説明

生体内にて基材周囲に骨形成を誘導するための基材処理方法

【課題】生体内に埋植した基材が迅速に生着する簡便かつ安価な技術を実現する。
【解決手段】骨形成因子溶液中に基材を浸漬する工程を包含する、埋植前の基材に施す前処理方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体への埋植前の基材に対する処理方法に関するものであり、より詳細には、生体内にて基材の周囲に骨形成を誘導するために生体へ埋植する前の基材に施す前処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
総人口の20%が高齢者となった昨今、加齢による歯の欠損には可撤性床義歯が主に用いられているが、患者のQuality of Life(QOL)の改善に十分成功しているとは言いがたい。義歯に代わる機能回復法として歯科インプラント治療が用いられているが、埋入した歯科用インプラント体が骨にしっかりと固定された状態(オッセオインテグレーション)を獲得するまでに3〜5ヶ月の期間を要する。
【0003】
この期間を短縮することで患者の負担は軽減されるため、オッセオインテグレーションの獲得能に優れた歯科用インプラント体の改良が進められてきた。これまでに、表面形状を粗面にし骨芽細胞の骨沈着を促進させる方法(非特許文献1および2参照)、表面に細胞接着を促進するタンパク質を固定する方法(非特許文献3および4参照)、表面にリン酸カルシウムをコーティングする方法(非特許文献5および6参照)が検討されている。
【非特許文献1】Zhao JM, Tsuru K, Hayakawa S, Osaka A. Modification of Ti implant surface for cell proliferation and cell alignment. J Biomed Mater Res A. 2007 Jul 23 (published online).
【非特許文献2】Finke B, Luethen F, Schroeder K, Mueller PD, Bergemann C, Frant M, Ohl A, Nebe BJ. The effect of positively charged plasma polymerization on initial osteoblastic focal adhesion on titanium surfaces. Biomaterials. 2007 Jul 10 (published online).
【非特許文献3】Middleton CA, Pendegrass CJ, Gordon D, Jacob J, Blunn GW. Fibronectin silanized titanium alloy: A bioinductive and durable coating to enhance fibroblast attachment in vitro. J Biomed Mater Res A. 2007 Jun 21 (published online).
【非特許文献4】Hall J, Sorensen RG, Wozney JM, Wikesjo UM. Bone formation at rhBMP-2-coated titanium implants in the rat ectopic model.J Clin Periodontol. 2007 May;34(5):444-51.
【非特許文献5】Park KH, Heo SJ, Koak JY, Kim SK, Lee JB, Kim SH, Lim YJ. Osseointegration of anodized titanium implants under different current voltages: a rabbit study. J Oral Rehabil. 2007 Jul;34(7):517-27.
【非特許文献6】Boyd AR, Burke GA, Duffy H, Cairns ML, O'hare P, Meenan BJ. Characterisation of calcium phosphate/titanium dioxide hybrid coatings. J Mater Sci Mater Med. 2007 Jul 3 (published online)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記方法(非特許文献1〜6記載の方法)を臨床現場において実用化することは難しい。また、タンパク質はその生理活性を発揮する正しい立体構造を維持させるために大腸菌を用いた生産が不向きなものも多く、哺乳動物細胞を用いた生産システムが用いられる場合はコストがかかる。
【0005】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、生体内に埋植した基材が迅速に生着する簡便な技術を安価にて提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、オッセオインテグレーションに優れたインプラント体を得るための短時間で簡便な埋植前処理方法について検討した。オッセオインテグレーションの獲得には初期の細胞接着が重要であることから、リン酸カルシウムなどで表面をコーティングする方法が考案されているが、このような方法では均一なコーティングが困難であり、長期的な予後に問題が残ると考えられている。しかし、本発明者らは、大腸菌発現系で生産した骨形成因子を含む少量の溶液に短時間浸漬させたインプラント体を用いれば、インプラント体のオッセオインテグレーションが速やかに獲得され、インプラント体周囲に骨形成が認められることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明に係る前処理方法は埋植前の基材に施す方法であって、骨形成因子を含む溶液中に基材を浸漬する工程を包含することを特徴としている。
【0008】
本発明に係る前処理方法において、上記骨形成因子は、大腸菌を宿主細胞として発現させた組換えタンパク質であることが好ましい。
【0009】
本発明に係る前処理方法において、上記基材は主成分としてチタンを含んでいることが好ましい。
【0010】
本発明に係る前処理方法において、基材を浸漬する時間は、少なくとも0.1秒間であることが好ましく、1〜60分間であることがより好ましく、3分間程度が最も好ましい。
【0011】
本発明に係る前処理方法において、上記溶液における骨形成因子の濃度は、少なくとも0.5μg/μLであればよく、1.0〜10.0μg/μLの範囲内であることが好ましく、5.0μg/μL程度が最も好ましい。
【0012】
本発明に係る前処理方法において、上記骨形成因子は、BMP−2、BMP−4、BMP−5、BMP−6、BMP−7(OP−1)およびBMP−8(OP−2)からなる群より選択されるタンパク質の少なくとも1種であることが好ましい。
【0013】
本発明に係る前処理方法において、上記骨形成因子は、野生型タンパク質であっても、野生型タンパク質のN末端領域にヘパリン結合ドメイン配列を含むペプチドが挿入されている改変型タンパク質であってもよい。
【0014】
本発明に係る前処理方法において、上記ヘパリン結合ドメイン配列は、(a)リジン−ヒスチジン−リジン;および(b)アルギニン−リジン−アルギニン、の少なくともいずれかであることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明を用いて前処理したインプラント体は、被覆した骨形成因子の量が少なくても骨再生能が増強した。また、本発明における前処理の時間が短時間であっても、インプラント体の骨再生能は増強し得る。このように、本発明は、臨床現場において非常に実用的である。特に、大腸菌発現系を用いればタンパク質を簡便に生産することができる。
【0016】
臨床において実用的な本発明は、抜歯即時埋入法およびソケットリフト法への適応拡大が期待され得る。また、ヘパリン結合活性を増強した改良型骨形成因子を用いれば、より強い効果が認められ、治療時間の更なる短縮が期待され得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
BMP−2は、2量体を形成して活性を示すが、大腸菌で発現させた場合、単量体として発現されるため、得られた組換えタンパク質はそのままでは活性を示さない。成熟活性型BMP−2には7つのシステイン残基があり、分子内の3つのジスルフィド結合と分子間の1つのジスルフィド結合を形成する。リフォールディングの過程で2分子、7つのジスルフィド結合を正しく形成する必要があり、正確な2量体を形成して初めて活性を示し得る。このように、大腸菌で発現させた場合、従来はリフォールディングの効率が悪く、活性を示すBMP−2を効率良く大量に取得することができなかった。
【0018】
本発明者らは、最適化の検討を重ねた結果、従来哺乳動物発現系でのみ生産されていたタンパク質と同等の活性を有する大腸菌発現系タンパク質の大量生産に成功し、これらの大腸菌発現系タンパク質をインプラント体に付着させる前処理を行うことによって、インプラント体のオッセオインテグレーションが迅速に獲得され、インプラント体周囲の迅速な骨再生が得られることを確認した。
【0019】
具体的には、大腸菌発現系で生産したタンパク質の溶液中に1晩浸漬させた歯科用インプラント体を、ラット皮下に埋植したところ、歯科用インプラント体周囲に骨の再生を確認した。長時間の浸漬は臨床現場に適応しないが、短時間の浸漬時間であってもインプラント体周囲に首尾よく骨が再生することを確認した。
【0020】
〔1:骨形成因子〕
骨形成因子(bone morphogenetic protein ;BMP)は強力な骨誘導能を有しており、近年その骨再生能力の高さから注目されている。BMPは異所性の骨形成を誘導する因子として1965年に発見されたが、完全な精製タンパク質として単離されず、具体的な構造は未解明であった。しかし、1988年にWozneyらによってヒトBMPをコードする遺伝子がクローニングされたことによってその構造が明らかとなり、組換えタンパク質としての製造が可能となった(特開2004−203829号公報(2004(平成16)年7月22日公開)を参照)。また、その後の研究により、BMPはTGFβファミリーに属する成長因子の一群でBMPサブファミリーとして分類され、BMPサブファミリーに分類される多数のタンパク質が報告されている。
【0021】
本明細書中において使用される場合、「骨形成因子」は、未分化の間葉系細胞を軟骨細胞や骨芽細胞へ分化させる活性あるいは軟骨または骨を形成させる活性を有するタンパク質が意図される。例えば、BMP−2、BMP−3、BMP−4(BMP−2Bともいう)、BMP−5、BMP−6、BMP−7(OP−1)、BMP−8(OP−2)、もしくはBMP−9、またはこれらの機能的等価改変体(すなわち天然に存在するBMPのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を有し、しかも、天然に存在するBMPと同じ活性を有するタンパク質)が挙げられる。骨形成因子としては、BMP−2、BMP−4、BMP−5、BMP−6、BMP−7(OP−1)およびBMP−8(OP−2)が好ましく、骨形成能が最も高いことが従来の基礎研究で明らかにされていることからBMP−2がより好ましい。
【0022】
本明細書中において使用される場合、「1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加された」は、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ペプチド作製法により欠失、置換もしくは付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下)のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されることが意図される。
【0023】
タンパク質のアミノ酸配列中におけるアミノ酸のいくつかが、このタンパク質の構造または機能に有意に影響することなく容易に改変され得ることは、当該分野において周知である。さらに、人為的に改変させるだけでなく、天然のタンパク質において、当該タンパク質の構造または機能を有意に変化させない変異体が存在することもまた周知である。
【0024】
好ましい変異体は、保存性もしくは非保存性アミノ酸置換、欠失、または付加を有する。好ましくは、サイレント置換、付加、および欠失であり、特に好ましくは、保存性置換である。これらは、本発明に係るポリペプチド活性を変化させない。
【0025】
代表的に保存性置換と見られるのは、脂肪族アミノ酸Ala、Val、Leu、およびIleの中での1つのアミノ酸から別のアミノ酸への置換、ヒドロキシル残基SerおよびThrの交換、酸性残基AspおよびGluの交換、アミド残基AsnおよびGlnの間の置換、塩基性残基LysおよびArgの交換、ならびに芳香族残基Phe、Tyrの間の置換である。
【0026】
本明細書中において使用される場合、「野生型タンパク質」は天然に存在するタンパク質またはその機能的等価改変体が意図される。ヒトBMP−2のmRNAの塩基配列は、GenBank Accession NM_001200に開示されており、preproproteinのアミノ酸配列は、GenPept Accession NP_001191に開示されている。ヒトBMP−2の成熟タンパク質はpreproprotein(全396アミノ酸)の第283位〜第396位に該当し(配列番号1)、ヒトBMP−2の成熟タンパク質をコードするポリヌクレオチドの塩基配列は、ヒトBMP−2のmRNAの塩基配列(全3150塩基)の第1632位〜第1973位(配列番号2)に該当する。BMPに関する場合、野生型タンパク質(野生型BMP)は成熟タンパク質が意図される。
【0027】
本明細書中において使用される場合、「改変型タンパク質」は、野生型タンパク質のアミノ酸配列を改変することによって野生型タンパク質の特定の機能が増強されている(または野生型タンパク質に特定の機能が付与されている)タンパク質が意図される。BMPに関する場合、改変型タンパク質(改変型BMP)は、野生型BMPよりもヘパリン結合能が亢進するようにアミノ酸配列が改変されている。好ましくは、改変型BMPのアミノ酸配列は、野生型BMPのN末端領域にヘパリン結合ドメイン配列を含むペプチドが挿入されている。ここで、野生型BMPの「N末端領域」とは、成熟型BMPのアミノ酸配列(配列番号1)におけるN末端から第20位までのアミノ酸配列の範囲が意図される。
【0028】
ヘパリン結合ドメイン配列を含むペプチドは、ヘパリン結合能の亢進および骨形成活性に対して悪影響を及ぼさない限り、ヘパリン結合ドメイン配列以外のアミノ酸を含んでいてもよい。また、複数の異なるヘパリン結合ドメイン配列を含んでいてもよく、同一のヘパリン結合ドメイン配列を複数重複して含んでいてもよく、これらを複合的に含んでいてもよい。ヘパリン結合ドメイン配列としては、具体的には、例えば、(a)リジン−ヒスチジン−リジン、および(b)アルギニン−リジン−アルギニンを挙げることができる。
【0029】
なお、ヘパリン結合能が亢進しているか否かは、例えば、ヘパリンをコートした担体を用いた表面プラズモン共鳴分析によって測定することができる(参考文献:Ruppert et al., Eur. J. Biochem. 237(1996), 252-261)。
【0030】
本発明に用いられる野生型BMPおよび改変型BMPは大腸菌を宿主細胞として発現させた組換えタンパク質であることが好ましい。
【0031】
BMPの多くは2量体としてその活性を発揮するので、活性な2量体構造の組換えBMPを生産するための宿主細胞として、通常、哺乳動物細胞、昆虫細胞などの真核生物の細胞が利用されている。また、大腸菌を宿主として生産された組換えタンパク質は真核生物細胞を宿主として生産された組換えBMPと比較して糖鎖の修飾が大きく異なり得るので、キャリアとの所望の結合様式を有していない可能性が高い。特に、改変型タンパク質は、ヘパリン結合ドメインのアミノ酸配列が挿入されているので、キャリアとの結合様式が大きく異なり得る。このような技術常識に基づけば、大腸菌を用いて生産された組換えBMPタンパク質が有効に利用され得ることは容易に予測し得るものではなかった。
【0032】
真核生物を宿主とした場合は複雑な精製システムを用いる必要があるので、コストがかかる。しかし、大腸菌を宿主細胞とすることにより、安価な改変型BMPを生産することが可能となる。なお、野生型BMPおよび改変型BMPを大腸菌発現系にて生産する場合、成熟BMPのN末端に組換えタンパク質の発現に好適なメチオニン−アラニンを付加したアミノ酸配列を用いることが好ましい。
【0033】
改変型BMPの1種であるヒトBMP−2T3(以下、「BMP2T3」と記す)は、配列番号1に示されるアミノ酸配列の第9位のアルギニンと第10位のロイシンとの間に、アラニン−アルギニン−リジン−アルギニン(配列番号7)が挿入されているとともに、N末端にメチオニン−アラニンが付加されたアミノ酸配列(配列番号3)からなる、全アミノ酸数が120のタンパク質である。また、改変型BMPの他の1種であるヒトBMP−2T4(以下、「BMP2T4」と記す)は、配列番号1に示されるアミノ酸配列の第9位のアルギニンと第10位のロイシンとの間に、アラニン−リジン−ヒスチジン−リジン−グルタミン−アルギニン−リジン−アルギニン(配列番号8)が挿入されているとともに、N末端にメチオニン−アラニンが付加されたアミノ酸配列(配列番号5)からなる、全アミノ酸数が124のタンパク質である。これら2種類の改変型BMPは、野生型BMP−2と比較してヘパリン結合能が高いことが知られており、本発明に好適に用いられ得る。また、これら2種類の改変型BMPの機能的等価改変体(配列番号3または配列番号5に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、骨形成活性を維持しつつヘパリン結合能の亢進したタンパク質)も本発明に好適に用いられ得る。
【0034】
BMP2T3は、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子を適切な発現ベクターに挿入し宿主細胞である大腸菌に導入して発現させ、これを精製することにより製造することができる。同様に、BMP2T4は、配列番号5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子を適切な発現ベクターに挿入し宿主細胞である大腸菌に導入して発現させ、これを精製することにより製造することができる。
【0035】
配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子は、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列からなるものであれば限定されない。具体的には、例えば、配列番号4に示される塩基配列からなるDNAを挙げることができる。配列番号4に示される塩基配列は、ヒトBMP−2mRNAの塩基配列における成熟ヒトBMP−2をコードする部分に該当する塩基配列(配列番号2)の第27位のシトシンと第28位のシトシンとの間にgctcgtaaacgt(配列番号9)を挿入するするとともに5’末端にatggct(配列番号10)を付加することにより得ることができる。なお、塩基配列の挿入および付加は、公知の遺伝子工学的手法を用いることにより行うことができる。
【0036】
配列番号5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子は、配列番号5に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列からなるものであれば限定されない。具体定期には、例えば、配列番号6に示される塩基配列からなるDNAを挙げることができる。配列番号6に示される塩基配列は、ヒトBMP−2mRNAの塩基配列における成熟ヒトBMP−2をコードする部分に該当する塩基配列(配列番号2)の第27位のシトシンと第28位のシトシンとの間にgctaagcataagcaacgtaagcgt(配列番号11)を挿入するするとともに5’末端にatggct(配列番号10)を付加することにより得ることができる。
【0037】
野生型BMPおよび改変型BMP(例えば、BMP2T3またはBMP2T4)を製造するために、当業者は、公知の遺伝子工学的手法を適宜組み合わせることによって、これらのタンパク質をコードする遺伝子を容易に取得し、組換え発現ベクターを容易に構築し、種々の発現系を用いて組換えタンパク質を容易に発現させ、容易に精製して取得することができる。
【0038】
〔2:基材の前処理〕
組換えBMPの効果は種々の動物実験で検討され、米国では臨床試験が実施されている。その結果、組換え型BMPは種々の骨欠損モデル動物に対して骨形成を促進し、骨欠損を修復し得ることが報告されている。しかし、上述したように、組換えBMPの生産には哺乳動物細胞、昆虫細胞などの真核生物の細胞が利用されているので、コストがかかる。
【0039】
また、霊長類などの大型の実験動物に対して十分な骨修復効果を発揮させるためには、大量のBMPを投与しなければならず、ヒト臨床試験においてもミリグラム単位という大量のBMP−2が使用されている。このような大量投与は、コストの問題だけでなく、副作用等の安全性面でも問題が生じる危険性がある。
【0040】
さらに、BMPについてのさらなる研究は、BMPが生体内において骨形成の促進因子として機能しているだけではなく、発生過程において四肢の形成や種々の臓器の器官形成過程に関与していることを示している。したがって、骨再生に有効な大量のBMPを投与すれば、重篤な副作用が生じる危険性を否定できない。BMP含有医薬組成物の研究においても徐放性が重要視されている点からも、上記のような危険性は十分考慮されるべきである(例えば、特開2004−203829号公報(平成16年7月22日公開)、特開2004−277348号公報(平成16年10月7日公開))。
【0041】
このように、BMPが生体内において骨形成の促進因子として機能していることが知られているにもかかわらず、BMPを用いる骨再生治療は、大量使用に伴う副作用やコストの面から臨床応用が遅れている。
【0042】
本発明は、生体内にて基材の周囲に骨形成を誘導することを目的とした、生体へ埋植する前の基材に施す前処理方法を提供する。本発明に係る前処理方法は、骨形成因子(BMP)を含む溶液中に基材を浸漬する工程を包含することを特徴としている。また、本発明に係る前処理方法に用いられる骨形成因子は、大腸菌を宿主細胞として発現させた組換えタンパク質であることが好ましい。
【0043】
大腸菌を宿主として生産された組換えタンパク質は真核生物細胞を宿主として生産された組換えBMPと比較して糖鎖の修飾が大きく異なり得るので、キャリアとの所望の結合様式を有していない可能性が高い。特に、改変型タンパク質は、ヘパリン結合ドメインのアミノ酸配列が挿入されているので、キャリアとの結合様式が大きく異なり得る。よって、大腸菌を用いて生産された組換えBMPタンパク質が生体への埋植前の基材に施す前処理に有効であることは容易に予測し得るものではなく、ましてや、大腸菌を用いて生産された組換えBMPタンパク質を低濃度で用いる前処理が短時間であっても非常に有効であることは到底予測し得るものではなかった。
【0044】
上述したように、本発明は、生体内にて基材の周囲に骨形成を首尾よく誘導することを目的としている。骨形成を誘導すべき基材としては、歯科用インプラント材や医療補綴器具(例えば、腰、膝等の補綴器具)が挙げられるがこれらに限定されない。歯科用インプラント材や医療補綴器具には、任意の金属、金属合金、生体適合材料、およびこれらの混合物が利用可能であるが、チタン、チタン合金(例えば、チタン、アルミニウムおよびバナジウムの合金)、クロム合金(例えば、クロムおよびコバルトの合金またはコバルト、クロムおよびモリブデンの合金)などが好適に利用され得る。特に、主成分としてチタンが含まれていることが好ましく、いわゆるチタン製基材が最も好ましい。
【0045】
本発明に係る前処理方法において、基材を浸漬する時間は、臨床での利用の観点から少なくとも0.1秒間であることが好ましく、1〜60分間であることがより好ましく、3分間程度が最も好ましい。また、本発明に係る前処理方法において、上記溶液における骨形成因子の濃度は、副作用の危険性の観点から、少なくとも0.5μg/μLであればよく、1.0〜10.0μg/μLの範囲内であることが好ましく、5.0μg/μL程度が最も好ましい。
【0046】
本発明に係る前処理方法は骨形成治療に好適に用いられる。骨形成治療とは、骨組織や軟骨組織の形成が必要な疾患の予防または治療、あるいは、骨組織や軟骨組織の形成または補填が必要な症状の改善を意味する。具体的には、例えば、(1)事故、疾患、先天性異常、または各種手術に伴う骨または軟骨の欠損部位の修復、(2)各種骨折の治癒促進、(3)人工関節、人工骨、若しくは人工歯根等の人工インプラント周囲での骨の形成、人工インプラント使用時の固着促進、脊椎固定促進、または脚延長等の整形外科分野における骨若しくは軟骨の再生若しくは補填、または関節の再建、(4)形成外科分野での骨または軟骨の補填、あるいは、(5)歯科領域での顎骨の修復、歯槽骨の再生、象牙質およびセメント質の修復、またはインプラント使用のための骨の増大等が含まれる。また、骨組織での骨吸収と骨形成とのバランスが破綻した場合に生じる骨粗鬆症、線維性骨炎、骨軟化症、またはページェット病等を含む代謝性骨疾患や変形性関節炎の予防または治療も含まれる。
【0047】
なお、発明を実施するための最良の形態の項においてなした具体的な実施態様および以下の実施例は、あくまでも、本発明の技術内容を明らかにするものであって、そのような具体例にのみ限定して狭義に解釈されるべきものではなく、当業者は、本発明の精神および添付の特許請求の範囲内で変更して実施することができる。
【0048】
また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【実施例】
【0049】
野生型ヒトBMP(BMP−2 WT)および改良型ヒトBMP(BMP2T4)を以下の手順に従って作製した。
【0050】
ヒト骨肉腫細胞様細胞株(U2OS)からmRNAを抽出し逆転写酵素によりcDNAを得た。成熟型BMP−2の塩基配列(Wozney et al.,1988)の第283〜396位の領域を、N末端にMet−Alaが付加されるようにPCRにて増幅した。増幅したフラグメントを、制限酵素部位(NcoIおよびBamHI)を有する発現ベクター(RBSIIPN25x/o)に挿入した。構築した発現ベクターを大腸菌(M15株)に導入し、1mM isopropylthio−b−D−glucopyranosid存在下でBMP−2を生成した。
【0051】
大腸菌発現系においてBMP−2は封入体に生成されるため、変性剤(50mM Na acetate(pH5)、8M urea、14mM 2−mercaptoethanol)を用いて封入体を可溶化し、室温で一晩抽出した。蒸留水を用いて抽出物を完全に透析した後に、リフォールディングを行った。CMセファロースクロマトグラフィーを用いて生成タンパク質を濃縮し、FPLC(FractogelEMD EMD SO 650,50 mM sodium acetate, pH5 30% 2−propanol)により最終精製を行い、塩化ナトリウムグラディエントにて溶出した。得られたタンパク質を、蒸留水を用いて透析した後に凍結乾燥し、使用時まで−20℃で保存した。
【0052】
これらの組換えタンパク質の10μg/μL溶液を調製し、これをMilliQ水でさらに希釈して1μg/μL溶液および5μg/μL溶液を調製した。タンパク質を含まない溶液(0μg/μL溶液)をネガティブコントロールに用いた。
【0053】
Wistar rat(雄性、8週齢、220〜240g、日本クレア株式会社、東京)に、キシラジン(8mg/kg;バイエルメディカル株式会社、東京)およびケタミン(80mg/kg;第一三共株式会社、東京)の混合麻酔液を腹腔内注射した後、電動バリカンを用いてラット背部の毛を剃った。イソジンで消毒した後、ラット背部の外皮を、左右対象に2ヵ所ずつ。体軸に平行に1cm切開して、筋膜部分との隙間を作製した。
【0054】
組換えタンパク質溶液を用いて、ラットでの異所性の骨再生を調べた。上記組換えタンパク質溶液100μlを、PCRチューブ(Multi Ultra PCR tube 0.65ml,Sorenson Bioscience,Inc,USA)に移し、インプラント体(MrkIII Tiunite NP 10mm×φ3.3mm、ノーベルバイオケアインプラントシステム・ブローネマルクシステム、東京)をタンパク質溶液中に3分間浸漬した。タンパク質溶液から取り出したインプラント体を、上記ラットの背筋下の切開部分から2cm離れた場所に埋植し、インプラント体の埋植後に3糸縫合した。なお、ラット1匹あたり、右側にT4浸漬インプラント体、左側にWT浸漬インプラント体を埋植した(タンパク質溶液の各濃度あたりn=3)。
【0055】
【表1】

【0056】
埋植4週間後に、ジエチルエーテルを用いてラットを屠殺し、埋植したインプラント体を摘出した後4%PFA中に1日間浸漬固定した。固定後のインプラント体の重量計測および軟X線撮影を行った(mFX−1000、20°KV、100mA、照射時間5秒間)。画像解析ソフト(image J)を用いて得られた画像から、新生骨部分の面積を算出し、インプラント体周囲に再生された骨量を評価した。
【0057】
図に示すように、ラット皮下埋植試験にて前処理を行った歯科用インプラント体周囲への骨再生能が確認された(図1および2)。図1(a)はインプラント体を透過光にて撮影した結果であり、図1(b)はインプラント体を軟X線撮影した結果であり、図1(c)は軟X線撮影の結果を二値化した結果である。図1(c)の白色部分が新生骨を示す。また、図2(a)は、インプラント体周囲に再生された新生骨部分の骨量を数値化したグラフであり、図2(b)は、インプラント体周囲に再生された新生骨部分の軟X線不透過度を数値化したグラフである。
【0058】
骨再生能は大腸菌発現系野生型及び改良型タンパク質の双方で認められ、濃度依存性であった。なお、インプラント体に付着した液量は12μLであり、3分間の浸漬時間で十分な骨再生能を獲得し得ることがわかった。
【0059】
このように、インプラント体を大腸菌発現系のタンパク質溶液に浸漬させることで、インプラント体周囲に骨再生能が生じた。インプラント体の骨再生能はタンパク質溶液への少量かつ短時間の浸漬だけで獲得された。また、野生型タンパク質を用いることによりインプラント体は十分な骨再生能を獲得したが、改良型タンパク質は野生型と比べて、インプラント体にさらに強い骨再生能を付与した。
【産業上の利用可能性】
【0060】
BMPを用いる骨再生治療は、大量使用に伴う副作用やコストの面から臨床応用が遅れているが、本発明は、非常に意義のある成果を提供し得る。本発明を用いることにより、インプラント体のオッセオインテグレーションが簡便かつ安価な方法によって迅速に得られ、歯科用インプラント体の使用を希望する患者の負担の軽減にも大きく貢献し得る。また、チタン製のインプラント体は人工関節などの整形外科の分野でも広く用いられている材料であるため、適応範囲の拡大が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明に係る前処理方法を施した後にラット皮下に埋植し、4週間後に摘出したインプラント体を観察した結果を示す図である。
【図2】インプラント体周囲に再生された新生骨部分の骨量および軟X線不透過度を数値化した結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
埋植前の基材に施す前処理方法であって、骨形成因子を含む溶液中に基材を浸漬する工程を包含することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記骨形成因子が、大腸菌を宿主細胞として発現させた組換えタンパク質であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記基材は主成分としてチタンを含んでいることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
基材を浸漬する時間が少なくとも0.1秒間であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記溶液における骨形成因子の濃度が少なくとも0.5μg/μLであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記骨形成因子が、BMP−2、BMP−4、BMP−5、BMP−6、BMP−7(OP−1)およびBMP−8(OP−2)からなる群より選択されるタンパク質の少なくとも1種であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記骨形成因子が、野生型タンパク質または野生型タンパク質のN末端領域にヘパリン結合ドメイン配列を含むペプチドが挿入されている改変型タンパク質であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記ヘパリン結合ドメイン配列が、
(a)リジン−ヒスチジン−リジン;および
(b)アルギニン−リジン−アルギニン
の少なくともいずれかであることを特徴とする請求項7に記載の方法。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2009−45142(P2009−45142A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−212059(P2007−212059)
【出願日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(506209123)株式会社オステオファーマ (2)
【Fターム(参考)】