説明

生体分子を表面に固定したアパタイト被覆生体インプラント及び細胞培養担体

【課題】水酸アパタイトの表面に骨形成タンパク質などの塩基性タンパク質が固定された、人工関節、人工歯根などの生体インプラント及び細胞培養担体を提供する。
【解決手段】水酸アパタイトを主成分とするセラミックスから成る生体材料であって、当該セラミックス中の水酸アパタイト(HA)の結晶の(001)面(c面)が表面に優先的に露出した面を有し、HA(004)面のXRDの薄膜配向度解析による配向度が13.5°以上の高い結晶配向を示し、かつ、当該面の少なくとも表面近傍に塩基性タンパク質を選択的に固定したことを特徴とする生体材料。
【効果】人歯エナメル質に見られるような高い配向性を有しかつ、特に生体内で炎症を引き起こすとされる酸化カルシウムが皮膜の少なくとも表面近傍においてほとんど含まないような水酸アパタイト皮膜及び当該皮膜を有する生体インプラントならびに細胞培養担体を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水酸アパタイト皮膜の表面に塩基性タンパク質を固定した生体材料に関するものであり、更に詳しくは、水酸アパタイト(HA)の結晶の(001)面(c面)が表面に優先的に露出した面を有し、配向度が13.5°以上の高い結晶配向を有し、当該面の少なくとも表面近傍に塩基性タンパク質を選択的に固定した生体材料に関するものである。本発明は、例えば、人工関節、人工歯根などの生体インプラント材及び細胞培養担体を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
骨形成タンパク質(Bone Morphogenetic Protein,BMP)の未分化間葉系細胞の骨芽細胞・軟骨芽細胞への分化促進と他の系統の細胞への分化抑制により、BMPを固定した担体などの周囲には、骨組織が誘導される。BMPの生体内における特定の物質の薬効を効果的に発現させるためには、本物質を局所に保持し、適度な速度で徐放するような担体が必須である。
【0003】
一般には、人工関節や人工歯根の表面へコーティングされる水酸アパタイト(HA)の表面には、タンパク質が強く固定されないことが知られている。人工関節の表面に、BMPなどの塩基性タンパク質を固定する方法として、タンパク質を含むリン酸カルシウムの前駆体溶液からタンパク質を含有するリン酸カルシウム皮膜を析出させる方法が提案されている(特許文献1、2参照)。
【0004】
しかしながら、これらの方法では、皮膜の形成に1〜7日程度必要であり、使用するタンパク質の量に対して、固定されるタンパク質の量が少ないため、BMPなどの高価なタンパク質を多量に使用しなければならないという問題がある。また、これらの方法では、形成されるタンパク質含有リン酸カルシウム皮膜の密着性が低いという問題がある。このように、従来、BMPなどの塩基性タンパク質をHA材表面に吸着させるだけの簡便な固定法ならびにそのようにタンパク質を表面に固定したHA材は、これまでに知られていない。
【0005】
水酸アパタイト(HA)の結晶は、主に、(100)又は(010)面(a面)と(001面)(c面)が現われる。これらの面では、タンパク質などの分子の吸着に差があることが知られており(非特許文献1)、唾液などの体液への溶解性に差がある(非特許文献2)。生体では、このような水酸アパタイト(HA)の結晶面の性質の差をうまく利用しており、例えば、人歯のエナメル質は、HA結晶が(001)配向した構造を有し、唾液に対して不活性なc面が優先的に表面に現われている。
【0006】
結晶配向性を任意に制御したHA材料の作製が実現できれば、HA結晶の物性の異方性や、結晶面の性質を引き出すような新しい生体材料としての可能性が期待できると考えられる。従来、プラズマ溶射法を用いてc面配向HA皮膜を作製したことが報告されている(非特許文献3、4)。そして、塩基性タンパク質は、主にHAのc面に吸着することは知られていたが、高い結晶配向性を有するHO−HACにおいて、配向度が13.5℃以上で塩基性タンパク質が選択的に固定されることは知られていなかった。
【0007】
【特許文献1】特開2005−21208号公報
【特許文献2】特開2005−112848号公報
【非特許文献1】T.kawasaki,J.chromatogr.554,147(1991)
【非特許文献2】青木秀希、表面科学、10.96−104(1989)
【非特許文献3】M.Inagaki et al.,Journal of Materials Science;Materials in Medicine.14.919−22(2003)
【非特許文献4】M.Inagaki et al.,BIOMATERIALS,28,2923−31(2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このような状況の中で、本発明は、上記従来技術に鑑みて、BMPなどの塩基性タンパク質をHA表面に吸着させるだけの簡便な固定法及びそのようにタンパク質を表面に固定したHA材を主成分とする生体材料を開発することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、配向度が13.5°以上の高い結晶配向を有する水酸アパタイト(HA)の結晶の(001)面(c面)が表面に優先的に露出した面を有するHAを用いることにより所期の目的を達成できることを見出し、更に研究を重ねて、本発明を完成するに至った。そして、本発明では、配向度が13.5°以上、より好ましくは18.0°以上の場合、塩基性タンパク質の選択的担持が生じることが確認された。
【0009】
本発明は、上記の問題を解決するものであり、水酸アパタイトの表面に、骨形成タンパク質などの塩基性タンパク質が固定された、人工関節、人工歯根などの生体インプラント及び細胞培養担体を提供することを目的とするものである。また、本発明は、塩基性タンパク質を表面に固定した水酸アパタイト及び当該水酸アパタイトの皮膜を有する生体インプラントならびに細胞培養担体をより少量のタンパク質を用いて短時間に作製し、提供することを目的とするものである。
【0010】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)水酸アパタイトを主成分とするセラミックスから成る生体材料であって、当該セラミックス中の水酸アパタイト(HA)の結晶の(001)面(c面)が表面に優先的に露出した面を有し、HA(004)面のXRDの薄膜配向度解析による配向度が少なくとも13.5°の高い結晶配向を示し、かつ、当該面の少なくとも表面近傍に塩基性タンパク質を選択的に固定したことを特徴とする生体材料。
(2)上記生体材料が、セラミックス又は金属から成る基材上に形成された水酸アパタイトを主成分とするアパタイト皮膜を有し、当該皮膜がラメラ状に堆積した粒子から成り、当該皮膜中の水酸アパタイトの結晶のc軸方向が基材に対して垂直方向に優先的に配向することで、(001)面(c面)が表面に優先的に露出した面を有する、前記(1)に記載の生体材料。
(3)三リン酸カルシウムならびに基材に対して垂直方向に結晶のa軸方向が優先的に配向した四リン酸カルシウムを含有する、前記(2)に記載の生体材料。
(4)前記(1)から(3)のいずれか1項に記載の生体材料を構成要素として有することを特徴とする細胞培養担体。
(5)厚さが5〜1000μmのアパタイト皮膜を有する、前記(4)に記載の細胞培養担体。
(6)前記(1)から(3)のいずれか1項に記載の生体材料を構成要素として有することを特徴とする生体インプラント材。
(7)チタン又はチタン合金から成る基材上にアパタイト皮膜を有し、当該皮膜内にチタン又はチタン合金とそれらの窒化物の混合物を含有する層が形成されていて皮膜の基材に対する密着性が高められている、前記(6)に記載の生体インプラント材。
(8)厚さが5〜1000μmのアパタイト皮膜を有する、前記(6)又は(7)に記載の生体インプラント材。
(9)生体インプラント材の表面の限定された範囲に凹凸が形成されている、前記(6)から(7)のいずれか1項に記載の生体インプラント材。
【0011】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、水酸アパタイトを主成分とするセラミックスから成る生体材料であって、当該セラミックス中の水酸アパタイト(HA)の結晶の(001)面(c面)が表面に優先的に露出した面を有し、HA(004)面のXRDの薄膜配向度解析による配向度が少なくとも13.5°の高い結晶配向を示し、かつ、当該面の少なくとも表面近傍に塩基性タンパク質を選択的に固定したことを特徴とするものである。
【0012】
本発明では、上記生体材料が、セラミックス又は金属から成る基材上に形成された水酸アパタイトを主成分とするアパタイト皮膜を有し、当該皮膜がラメラ状に堆積した粒子から成り、当該皮膜中の水酸アパタイトの結晶のc軸方向が基材に対して垂直方向に優先的に配向することで、(001)面(c面)が表面に優先的に露出した面を有すること、三リン酸カルシウムならびに基材に対して垂直方向に結晶のa軸方向が優先的に配向した四リン酸カルシウムを含有すること、を好ましい実施の態様としている。
【0013】
また、本発明は、上記生体材料を構成要素として有する細胞培養担体の点、上記生体材料を構成要素として有する生体インプラント材の点、を特徴とするものである。また、本発明では、チタン又はチタン合金から成る基材上にアパタイト皮膜を有し、当該皮膜内にチタン又はチタン合金とそれらの窒化物の混合物を含有する層が形成されていて皮膜の基材に対する密着性が高められていること、生体インプラント材の表面の限定された範囲に凹凸が形成されていること、を好ましい実施の態様としている。
【0014】
本発明は、水酸アパタイトの結晶のc軸方向が表面に対して垂直方向に優先的に配向し、かつ、水酸アパタイトの少なくとも表面近傍に塩基性タンパク質を固定した点に最大の特徴を有する水酸アパタイト及び当該水酸アパタイト皮膜を有する生体インプラント材ならびに細胞培養担体である。本発明では、当該塩基性タンパク質を固定した水酸アパタイトをセラミックス、ポリマー又は金属から成る基材上に被覆して利用することが適宜可能である。
【0015】
本発明では、水酸アパタイトの結晶のc軸方向が表面に対して垂直方向に優先的に配向し、かつ、水酸アパタイト皮膜の少なくとも表面近傍に塩基性タンパク質を固定した水酸アパタイト又はその被覆物をセラミックス、ポリマー又は金属から成る基材に被覆して生体インプラントを製造する。本発明で云うセラミックス、ポリマー又は金属からなる基材は、使用目的に必要な特性を有するものであれば、セラミックス又は金属の組成、形状ならびに使用形態などは、特に限定されるものではない。
【0016】
本発明で云う生体インプラント材とは、少なくとも表面近傍に水酸アパタイトの結晶のc軸方向が表面に対して垂直方向に優先的に配向し、かつ、水酸アパタイト皮膜の少なくとも表面近傍に塩基性タンパク質を固定した被覆組成物が形成された、生体内で使用するための成形体を意味する。生体インプラント材は、生体内で使用するために必要な特性と安全性を有するものであれば、形状ならびに使用形態などは、特に限定されるものではない。
【0017】
本発明の生体インプラント材は、例えば、形状としては、柱状、板状、シート状、ブロック状、ワイヤ状、繊維状、粉末状など任意の形状のものが使用できる。また、使用形態としては、人工股関節用ステム、人工ひざ関節、人工椎体、人工椎間板、骨補填材、骨プレート、骨スクリュー、人工歯根などの製品形態を適宜採用することが可能である。
【0018】
本発明で云う細胞培養担体とは、表面近傍に水酸アパタイトの結晶のc軸方向が表面に対して垂直方向に優先的に配向し、かつ、水酸アパタイト皮膜の少なくとも表面近傍に塩基性タンパク質を固定した被覆組成物が形成された細胞を培養するための成形体を意味する。細胞を培養に使用するために必要な特性を有するものであれば、形状ならびに使用形態などは特に限定されるものではない。
【0019】
本発明の細胞培養担体は、例えば、形状としては、板状、シート状、ブロック状、柱状、ワイヤ状、繊維状、粉末状など、任意の形状のものが使用できる。また、使用形態としては、細胞培養用シャーレ、細胞培養用シートなどの製品形態を適宜採用することが可能である。
【0020】
本発明の生体材料の作製方法としては、具体的には、例えば、平均粒径が80μmの水酸アパタイト粉末を熱プラズマに導入し、プラズマ直下の基材上に堆積して、被覆組成物を形成した後に、熱処理したものを、塩基性タンパク質の溶液に浸漬する方法が好適なものとして例示される。しかし、本発明は、これらの方法に制限されるものではなく、上記プラズマガスの組成、粉体の種類及び粒径又は基材の種類は、目的製品に応じて適宜選択、設計及び変化させることが可能であり、適宜の方法で実施することが可能である。
【0021】
本発明で云う水酸アパタイトの結晶のc軸方向が表面に対して垂直方向に優先的に配向したとは、水酸アパタイト成形物の形成する表面の凹凸において、1000μm以下のものを無視した平均的な表面の法線方向に水酸アパタイトの結晶のc軸方向配向していることを意味する。本発明で云う配向度とは、ブラッグの条件にあるHA(004)面の格子面の法線に対する試料表面の法線の角度ψに対して回折強度をプロットし、ψ=0のときの積分強度に対して積分強度が50%となるψの角度を意味する。
【0022】
従来、人工関節の表面に、BMPなどの塩基性タンパク質を固定する方法として、例えば、タンパク質を含むリン酸カルシウムの前駆体溶液からタンパク質を含有するリン酸カルシウム皮膜を析出させる方法が提案されていたが、この種の方法では、皮膜の形成に1〜7日程度必要であり、また、使用するタンパク質の量に対して、固定されるタンパク質の量が少ないため、BMPなどの高価なタンパク質を多量に使用しなければならないこと、また、形成されるタンパク質含有カルシウム皮膜の密着性が低いこと、などの問題点があった。
【0023】
これに対して、本発明では、水酸アパタイト(HA)の結晶の(001)面(c面)が表面に優先的に露出した面を有し、かつ配向度が13.5°以上、好ましくは18.0°以上の結晶配向をするHA面を使用すること、及び当該面の少なくとも表面近傍に塩基性タンパク質を選択的に固定すること、により、短時間に、多量のタンパク質を使用することなく、しかも、基材に対して高い密着性を有するアパタイト皮膜−タンパク質複合体を有する生体材料を提供することを可能としたものである。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)BMPなどの塩基性タンパク質をHA材料表面に選択的に吸着、固定した生体材料を提供することができる。
(2)塩基性タンパク質をHA材料表面に選択的に固定させる簡便な固定手法を提供することができる。
(3)特定の塩基性タンパク質を表面近傍に選択的に固定した細胞培養担体及び生体インプラント材を提供することができる。
(4)チタン又はチタン合金から成る基材上にアパタイト皮膜を有し、当該皮膜の基材に対する密着性が高められている生体インプラント材を提供することができる。
(5)表面に固定した骨形成タンパク質や新生血管の形成を促進する繊維芽細胞成長因子等により骨組織や血管の形成能を高めたインプラント材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0026】
プラズマ溶射法を用いて、c面配向HA皮膜を作製した。溶射条件により配向性の高いHA皮膜(HO−HAC)と配向性の低いHA皮膜(LO−HAC)を作製した。リファレンスとして、焼結体HA(S−HA)(1200℃、2h焼結)を作製した。それぞれの試料の結晶配向度をHAの(004)の回折ピークを用いて、XRDの薄膜配向度解析により評価した。ブラッグの条件にある特定の格子面の法線に対する試料表面の法線の角度ψに対して回折強度をプロットした。
【0027】
図1に、ψ−回折強度曲線を示す。試料のψ=0のときの積分強度に対して、積分強度が50%となるψの角度を配向度(OD)とした。HO−HACでは、配向度の異なるOD=13.5°と18.0°の皮膜が得られた。上記S−HA、LO−HAC、HO−HAC(OD=13.5°)及びHO−HAC(OD=18.0°)を試料として用いた。
【実施例2】
【0028】
本実施例では、上記試料に吸着させる塩基性タンパク質としてラクトフェリンを用いた。FITCラベルしたラクトフェリン(FITC−LAC)を22μg/100μlでリン酸バッファー(PBS)に溶かした溶液を、各試料表面に室温で30分吸着させた。これをNaCl濃度を154、250、500、1000mMとしたリン酸バッファーで洗浄した後、蛍光顕微鏡で観察し、得られた像から蛍光強度を測定した。
【0029】
図2に、タンパク質を吸着した試料表面を異なるNaCl濃度のリン酸バッファーで洗浄した後の蛍光強度を、洗浄液のNaCl濃度に対してプロットしたものを示す。いずれの場合においても、コントロールのS−HAでは、蛍光強度が低く、タンパク質の吸着量が低かった。
【0030】
等電点が8.5の塩基性タンパク質であるラクトフェリンの場合は、配向性の低いLO−HACに較べ、配向性の高いHO−HACの蛍光強度は、NaCl濃度を1000mMとして洗浄した場合には75%以上高く、配向性の高いHA皮膜の方がタンパク質の保持量が高いことが分かった。配向性の高いHO−HACにおいて、より配向性の高いOD=13.5°の方が蛍光強度が強く、タンパク質を約65%多く吸着した。
【実施例3】
【0031】
本実施例では、上記試料に吸着させる塩基性タンパク質としてシトクロムCを用いた。FITCラベルしたシトクロムC(FITC−CCC)を22μg/100μlでリン酸バッファー(PBS)に溶かした溶液を、各試料表面に室温で30分吸着させた。NaCl濃度を154、250、500、1000mMとしたリン酸バッファーで洗浄した後、蛍光顕微鏡で観察し、得られた像から蛍光強度を測定した。
【0032】
図3に、タンパク質を吸着した各試料表面を異なるNaCl濃度のリン酸バッファーで洗浄した後の蛍光強度を、洗浄液のNaCl濃度に対してプロットしたものを示す。いずれの場合においても、コントロールのS−HAでは、蛍光強度が低く、タンパク質の吸着量が低かった。
【0033】
等電点が約10.9の塩基性タンパク質であるシトクロムCの場合は、配向性の低いLO−HACに較べ、配向性の高いHO−HAC(OD=13.5°)の蛍光強度は、NaCl濃度を1000mMとして洗浄した場合には83%程度高く、配向性の高いHA皮膜の方がタンパク質の保持量が高いことが分かった。配向性の高いHO−HACにおいて、配向度が18°程度の場合は、配向性の低いLO−HACに較べ、顕著な差がなく、より塩基性の高いタンパク質の場合は、配向度の影響が強く発現した。
【実施例4】
【0034】
本実施例では、上記試料に吸着させる塩基性タンパク質としてリゾチームを用いた。FITCラベルしたリゾチーム(FITC−Lyz)を22μg/100μlでリン酸バッファー(PBS)に溶かした溶液を、各試料表面に室温で30分吸着させた。NaCl濃度を154、250、500、1000mMとしたリン酸バッファーで洗浄した後、蛍光顕微鏡で観察し、得られた像から蛍光強度を測定した。
【0035】
図4に、タンパク質を吸着した各試料表面を異なるNaCl濃度のリン酸バッファーで洗浄した後の蛍光強度を、洗浄液のNaCl濃度に対してプロットしたものを示す。いずれの場合においても、コントロールのS−HAでは、蛍光強度が低く、タンパク質の吸着量が低かった。
【0036】
等電点が約11.2の塩基性タンパク質であるリゾチームの場合は、配向性の低いLO−HACに較べ、配向性の高いHO−HAC(OD=13.5°)の蛍光強度は、NaCl濃度を1000mMとして洗浄した場合には2.2倍程度高く、配向性の高いHA皮膜の方がタンパク質の保持量が高いことが分かった。配向性の高いHO−HACにおいて、配向度が18°程度の場合は、配向性の低いLO−HACに較べ、顕著な差がなく、より塩基性の高いタンパク質の場合は、配向度の影響が強く発現した。
【0037】
比較例1
FITCラベルした牛血清アルブミン(FITC−BSA)を22μg/100μlでリン酸バッファー(PBS)に溶かした溶液を、各試料表面に室温で30分吸着させた。NaCl濃度を154、250、500、1000mMとしたリン酸バッファーで洗浄した後、蛍光顕微鏡で観察し、得られた像から蛍光強度を測定した。
【0038】
図5に、タンパク質を吸着した各試料表面を異なるNaCl濃度のリン酸バッファーで洗浄した後の蛍光強度を、洗浄液のNaCl濃度に対してプロットしたものを示す。いずれの場合においても、コントロールのS−HAでは、蛍光強度が低く、タンパク質の吸着量が低かった。
【0039】
等電点が約4.5の酸性タンパク質であるアルブミンの場合は、配向性の高いHO−HACに較べ、配向性の低いLO−HACの蛍光強度は、NaCl濃度を1000mMとして洗浄した場合には32%程度高く、配向性の低いHA皮膜の方がタンパク質の保持量が高いことが分かった。配向性の高いHO−HACにおいて、配向度の差による蛍光強度の差は殆どなく、タンパク質の吸着量に差は見られなかった。
【0040】
比較例2
FITCラベルした免疫グロブリンG(FITC−IgG)を22μg/100μlでリン酸バッファー(PBS)に溶かした溶液を、各試料表面に室温で30分吸着させた。NaCl濃度を154、250、500、1000mMとしたリン酸バッファーで洗浄した後、蛍光顕微鏡で観察し、得られた像から蛍光強度を測定した。
【0041】
図6に、各タンパク質を吸着した各試料表面を異なるNaCl濃度のリン酸バッファーで洗浄した後の蛍光強度を洗浄液のNaCl濃度に対してプロットしたものを示す。いずれの場合においても、コントロールのS−HAでは、蛍光強度が低く、タンパク質の吸着量が低かった。
【0042】
等電点が6.6の中性タンパク質である免疫グロブリンGの場合は、配向性の高いHO−HACに較べ、配向性の低いLO−HACの蛍光強度は、NaCl濃度を1000mMとして洗浄した場合には55%程度高く、配向性の低いHA皮膜の方がタンパク質の保持量が高いことが分かった。配向性の高いHO−HACにおいて、配向度の差による蛍光強度の差は殆どなく、タンパク質の吸着量に差は見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
以上詳述したように、本発明は、生体分子を表面に固定したアパタイト被覆生体インプラント及び細胞培養担体に係るものであり、本発明により、表面近傍に塩基性タンパク質を選択的に固定した生体材料を提供することができる。本発明によれば、水酸アパタイト皮膜の表面に塩基性タンパク質を固定した生体インプラント材ならびに細胞培養担体を、タンパク質溶液に浸してタンパク質を吸着させるだけの簡便な方法で作製し、提供することができる。本発明は、BMPなどの塩基性タンパク質を表面に選択的に固定した人工関節、人工歯根などの生体インプラント材及び細胞培養担体を提供するものとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】第1図は、実施例1のψ−回折強度曲線を示すものである。
【図2】第2図は、実施例2のFITCラベルしたラクトフェリン(FITC−LAC)を吸着した各試料表面を異なるNaCl濃度のリン酸バッファーで洗浄した後の蛍光強度を、洗浄液のNaCl濃度に対してプロットしたものを示すものである。
【図3】第3図は、実施例3のFITCラベルしたシトクロムC(FITC−CCC)を吸着した各試料表面を異なるNaCl濃度のリン酸バッファーで洗浄した後の蛍光強度を、洗浄液のNaCl濃度に対してプロットしたものを示すものである。
【図4】第4図は、実施例4のFITCラベルしたリゾチーム(FITC−Lyz)を吸着した各試料表面を異なるNaCl濃度のリン酸バッファーで洗浄した後の蛍光強度を、洗浄液のNaCl濃度に対してプロットしたものを示すものである。
【図5】第5図は、比較例1のFITCラベルした牛血清アルブミン(FITC−BSA)を吸着した各試料表面を異なるNaCl濃度のリン酸バッファーで洗浄した後の蛍光強度を、洗浄液のNaCl濃度に対してプロットしたものを示すものである。
【図6】第6図は、比較例2のFITCラベル免疫グロブリンG(FITC−IgG)を吸着した各試料表面を異なるNaCl濃度のリン酸バッファーで洗浄した後の蛍光強度を、洗浄液のNaCl濃度に対してプロットしたものを示すものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水酸アパタイトを主成分とするセラミックスから成る生体材料であって、当該セラミックス中の水酸アパタイト(HA)の結晶の(001)面(c面)が表面に優先的に露出した面を有し、HA(004)面のXRDの薄膜配向度解析による配向度が少なくとも13.5°の高い結晶配向を示し、かつ、当該面の少なくとも表面近傍に塩基性タンパク質を選択的に固定したことを特徴とする生体材料。
【請求項2】
上記生体材料が、セラミックス又は金属から成る基材上に形成された水酸アパタイトを主成分とするアパタイト皮膜を有し、当該皮膜がラメラ状に堆積した粒子から成り、当該皮膜中の水酸アパタイトの結晶のc軸方向が基材に対して垂直方向に優先的に配向することで、(001)面(c面)が表面に優先的に露出した面を有する、請求項1に記載の生体材料。
【請求項3】
三リン酸カルシウムならびに基材に対して垂直方向に結晶のa軸方向が優先的に配向した四リン酸カルシウムを含有する、請求項2に記載の生体材料。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の生体材料を構成要素として有することを特徴とする細胞培養担体。
【請求項5】
厚さが5〜1000μmのアパタイト皮膜を有する、請求項4に記載の細胞培養担体。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか1項に記載の生体材料を構成要素として有することを特徴とする生体インプラント材。
【請求項7】
チタン又はチタン合金から成る基材上にアパタイト皮膜を有し、当該皮膜内にチタン又はチタン合金とそれらの窒化物の混合物を含有する層が形成されていて皮膜の基材に対する密着性が高められている、請求項6に記載の生体インプラント材。
【請求項8】
厚さが5〜1000μmのアパタイト皮膜を有する、請求項6又は7に記載の生体インプラント材。
【請求項9】
生体インプラント材の表面の限定された範囲に凹凸が形成されている、請求項6から7のいずれか1項に記載の生体インプラント材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−213723(P2009−213723A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−61886(P2008−61886)
【出願日】平成20年3月11日(2008.3.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年9月12日 社団法人日本セラミックス協会発行の「第20回秋季シンポジウム講演予稿集」に発表
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】