説明

生体材料を保護する機能を有するペプチド

【課題】生体材料保護活性を有しながら、免疫学的な毒性の低い物質を提供する。
【解決手段】式I:X1-[X2-X3-X4-X5-(X6n-X7]m-X8(I)(式中、X1がLys、HisまたはArgであってX8がAspまたはGluであるか、またはX1がAspまたはGluであってX8がLys、HisまたはArgであり;X2は、独立して、SerまたはThrであり;X3は、AlaまたはValであり;X4は、独立して、Gly、Ala、SerまたはThrであり;X5は、AspまたはAsnであり;X6は、同一または異なって、AlaまたはValであり;X7は、LeuまたはIleであり;mは、1〜3であり;nは、5〜11である)で表されるアミノ酸配列からなるペプチド、該ペプチドを含む生体材料保存液、ならびに該ペプチドを用いる生体材料保存方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞、組織および臓器等の生体材料に対して保護効果を有する新規なペプチド、該ペプチドを有効成分として含む生体材料保存液に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトや動物の細胞、組織および臓器等の生命機能は生体内において維持されているが、生体外では容易に維持されない。しかし、生体外ではあっても、温度を0℃前後の非凍結温度域にまで下げ、更に無機塩、グリセロール、糖、アミノ酸などを成分とする保存液を用いることによって、生命機能をある程度維持させたまま細胞、組織および臓器等を一定期間保存することが可能である。乳酸リンゲル液、ユーロコリンズ液、University of Wisconsin(UW)液などはそのような効果のある保存液として広く知られ、現在世界中で用いられている。これらは1リットルあたり数mMから数100 mM濃度のナトリウム、カリウム、マグネシウム、重炭酸塩、塩素、リン酸、硫酸塩、グルコース、糖、アミノ酸等を含んでおり、至適濃度に調整されたこれらの成分が、生体外にある細胞、組織および臓器等の生命機能の急速な低下を緩和することが知られている。しかしながら、これらの保存液と最新の機器を用いた現代の細胞、組織および臓器等の保存技術をもってしても、日本国内だけで年間約3,000人に上る臓器の移植適応患者のうち、実に7〜8割が移植手術の待機中に死亡しているのが現状である。その原因の一つは、健常者(ドナー)から摘出した心臓、膵臓、肝臓、腎臓の非凍結温度下(0℃前後)での保存限界時間が各々約4、12、24、48時間と短いことである。このことが、1件の移植手術の成立自体を困難にしていると同時に、移植手術中の患者および医師の負担を著しく高める原因になっている。もしも細胞、組織および臓器の保存限界時間をもっと長くすることができれば、医学・生理学分野の研究開発が加速され、多くの移植適応患者が救われ、また患者と医師の負担が軽減されると期待されている。
【0003】
マイナスの温度下で凍結寸前状態にある水の中には氷核と呼ばれる氷の単結晶が無数に生成する。これらの氷核は周囲の水分子をたちまち結合して結晶成長をし、互いに結びつくことで、我々が日常目にする氷を形成する。極寒水域に生息する魚類の体液成分の一つとして発見された熱ヒステリシスタンパク質は、氷核の表面に集積してその結晶成長を抑制する特異的な機能をもつ。熱ヒステリシスタンパク質によって結晶成長抑制を受けた氷核は、2つの六角錐を底面で貼り合わせたバイピラミダル型と呼ばれるユニークな形状に変化することが知られている。つまり、注目するタンパク質が熱ヒステリシスタンパク質であるか否かは、該タンパク質の水溶液中にバイピラミダル型氷結晶が観察されるか否かによって容易に判定することができる。熱ヒステリシスタンパク質は、0℃以下の水の凍結温度域において生体内で氷結晶成長抑制機能を発揮すると考えられ、このことが血液の凍結をさまたげるために低温環境下での魚体の生存率を向上させると言われていた。
【0004】
熱ヒステリシス活性を有するタンパク質、すなわち熱ヒステリシスタンパク質は不凍タンパク質とも呼ばれている。糖鎖が修飾された種類の不凍タンパク質は不凍糖タンパク質と呼ばれている。不凍タンパク質と不凍糖タンパク質はそれぞれAFPおよびAFGPと略される。魚類由来のAFPは、アミノ酸組成、分子量、3次元構造の異なる4つの型に分類される。I型は連続したAla残基の間にThrとAsp残基が等間隔で配置された分子量約5千のα-へリックス様タンパク質である。II型は高いCys含量(8%)を特徴とし分子量約1万5千のC型レクチン様タンパク質である。III型は分子量約7千の二重コイル様タンパク質である。IV型は高いGln含量を特徴とし分子量約1万1千のα-へリックスの束状構造をもつタンパク質である。これらの熱ヒステリシスタンパク質が正しく3次元構造を形成する結果として、その分子表面に氷結晶結合部位が形成される。
【0005】
米国カリフォルニア大学のRubinskyらは、0℃付近の低温下において、熱ヒステリシスタンパク質であるAFGPとAFPの両方が氷結晶成長抑制機能のみならず細胞膜保護機能も示すことを見出した(非特許文献1、2)。このような機能は従来の保存液含有成分には存在しないメカニズムによって発揮されると考えられ、熱ヒステリシスタンパク質と細胞膜の間の特異的な相互作用が細胞の生存力を向上させ、低温環境下での魚体の生存率向上をもたらすと考察された。Rubinskyらは、特に極洋魚類から単離および精製された熱ヒステリシスタンパク質について、その液体溶液を接触させることを特徴とする哺乳動物の生細胞を保護および保存する方法を報告している(特許文献1)。しかしながら、狂牛病の原因であるプリオンタンパク質の例で広く知られるように、動物由来の天然タンパク質はヒトに対して強い免疫学的な毒性を示す場合や予測不可能な二次的障害・疾病を発生させる場合があり、熱ヒステリシスタンパク質を直ちに臨床医学の場で用いることは不可能である。また、熱ヒステリシスタンパク質は分子量が約5千〜1万5千とサイズが大きいため、組織や細胞のすみずみにまで浸透させることは困難である。すなわち、魚類由来の熱ヒステリシスタンパク質を含む保存液に浸した細胞、組織および臓器等をヒトの体内に入れる技術には、未だ多くの検討すべき課題があるために、実用化に至っていないのが現状である。
【0006】
このような状況下、移植または再生医療などの医学的分野においては、生存能力のある細胞、組織、臓器および細菌などをより有効に保護または保存し、それらの生存率を向上させる組成物の開発が待たれてきた。そして、熱ヒステリシスタンパク質と同様の細胞、組織、臓器の生存率向上機能を有すると同時に、免疫学的な毒性が低く、安全性に優れた物質の開発が強く望まれていた。
【0007】
【特許文献1】特公平8-9521
【非特許文献1】Rubinsky, B., Arav, A., and Fletcher, G.L. (1991) Hypothermic protection - a fundamental property of “antifreeze” proteins. Biochim. Biophys. Res. Commun., 180(2), 566-571.
【非特許文献2】Rubinsky, B. (2003) Principles of Low Temparture Cell Preservation. Heart Failure Reviews, 8, 277-284.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、このような従来の問題を解消しようとするものであり、生体材料保護機能を有しながら、免疫学的な毒性の低い物質を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、熱ヒステリシス活性を全く示さない化学的に合成された13残基の小分子量ペプチドが、強い細胞保護効果を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)式I:
X1-[X2-X3-X4-Asp-(Ala)n-X7]m-X8 (I)
(式中、
X1がLys、HisまたはArgであってX8がAspまたはGluであるか、またはX1がAspまたはGluであってX8がLys、HisまたはArgであり、
X2は、SerまたはThrであり、
X3は、AlaまたはValであり、
X4は、Gly、Ala、SerまたはThrであり、
X5は、AspまたはAsnであり、
X6は、同一または異なって、AlaまたはValであり、
X7は、LeuまたはIleであり、
mは、1〜3であり、
nは、5〜11である)
で表されるアミノ酸配列からなるペプチド。
【0011】
(2)mが1である、(1)記載のペプチド。
(3)X1がAspであってX8がArgであるか、またはX1がArgであってX8がAspである、(1)または(2)記載のペプチド。
(4)nが5〜7である、(1)〜(3)のいずれかに記載のペプチド。
(5)式Iが式II:
X1-Thr-Ala-Ser-Asp-(Ala)6-Leu-X8 (II)
(式中、X1がAspであってX8がArgであるか、またはX1がArgであってX8がAspである)
で表される(1)記載のペプチド。
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載のペプチドを有効成分として含む、生体材料保存液。
(7)生体材料が細胞、組織または臓器である、(6)記載の生体材料保存液。
(8)生体材料が細菌である、(7)記載の生体材料保存液。
(9)(6)〜(8)のいずれかに記載の生体材料保存液に生体材料を浸漬することを含む、生体材料の保存方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、熱ヒステリシスタンパク質と同様の生体材料保護機能を有しながら、免疫学的な毒性の低いペプチドが提供される。また、本発明のペプチドは、熱ヒステリシスタンパク質に比べて分子量が小さく、より単純な組成からなり、化学合成技術または遺伝子工学的技術によって工業生産が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明者らは、魚類の一種であるWinter Flounder 由来I型AFP(Harding, M.M., Ward, L.G., and Haymet, A.D.J. (1999) Type I ‘Antifreeze’ Proteins: Structure-activity studies and mechanisms of ice growth inhibition. Eur. J. Biochem., 264, 653-665.)を構成する下記式Aで表されるアミノ酸配列のうちの特定の部分配列を有するペプチドがAFPと同様の生体材料保護活性を有することを見出した。
Asp-Thr-Ala-Ser-Asp-Ala-Ala-Ala-Ala-Ala-Ala-Leu-Thr-Ala-Ala-Asn-Ala-Lys-Ala-Ala-Ala-Glu-Leu-Thr-Ala-Ala-Asn-Ala-Ala-Ala-Ala-Ala-Ala-Ala-Thr-Ala-Arg (A)
式A中の2番目、13番目、24番目および35番目にあるThrがI型AFPの分子表面上に等間隔に配置され、さらに、これら4つのThrが1つの氷結晶面上にある4つの酸素原子と同時に結合するものと推察されている。式Aで表されるI型AFPのN末端側から10残基を除いた残りのペプチドはもはや熱ヒステリシス活性を示さないことが報告されている(Harding, M.M. et al., (1999)、前掲)。すなわち、上述のアミノ酸配列は、I型AFPが熱ヒステリシス活性を有するために最低必要な条件と言える。
【0014】
熱ヒステリシスとは、AFPが氷結晶表面と結合して結晶成長を抑制しさらに氷結晶同士の結びつきを強く抑制することにより、通常同一である水の凝固点と氷の融点に差が生じる現象をさす。熱ヒステリシス活性は、通常、AFPが存在するときに生じる氷の融点と水の凝固点の差によって評価され、浸透圧計(オスモメーター)や凍結ステージ付きの顕微鏡を用いることによって測定することができる。
【0015】
これまで、熱ヒステリシス活性のあるAFPが、細胞、組織および臓器等の生体材料保護機能を有するとされていた。しかしながら、本発明者らは、驚くべきことに、熱ヒステリシス活性と生体材料保護機能とは無関係であり、AFPを構成するアミノ酸配列の部分配列を有するペプチドが熱ヒステリシス活性を有しないにもかかわらず生体材料保護機能を有することを見出した。
【0016】
従って、一実施形態において本発明は、式I:
X1-[X2-X3-X4-X5-(X6n-X7]m-X8 (I)
(式中、
X1がLys、HisまたはArg、好ましくはArgであって、X8がAspまたはGlu、好ましくはAspであるか、または
X1がAspまたはGlu、好ましくはAspであって、かつX8がLys、HisまたはArg、好ましくはArgであり、
X2は、SerまたはThr、好ましくはThrであり、
X3は、AlaまたはVal、好ましくはAlaであり、
X4は、Gly、Ala、SerまたはThr、好ましくはSerであり、
X6は、同一または異なって、AlaまたはVal、好ましくはAlaであり、
X7は、LeuまたはIle、好ましくはLeuであり、
mは、1〜3、好ましくは1であり、
nは、5〜11、好ましくは5〜7、より好ましくは6である)
で表されるアミノ酸配列からなるペプチドに関する。
【0017】
最も好ましくは、式Iのペプチドは、下記式II:
X1-Thr-Ala-Ser-Asp-(Ala)6-Leu-X8 (II)
(式中、X1およびX8は上記と同様であり、好ましくは、X1がAspであり、X8がアルギニンである)で表される。
【0018】
ペプチドとは、アミノ酸が2個以上ペプチド結合で連結した物質をさし(研究社刊 理化学英和辞典)、タンパク質もペプチドに包含される。本発明の式Iのペプチドには、該ペプチドの塩も包含される。本発明のペプチドの塩は、薬学的に許容できる塩であれば限定されないが、たとえば、酸付加塩および塩基付加塩が挙げられる。酸付加塩としては、塩酸、硫酸、硝酸またはリン酸等の無機酸との塩、酢酸、リンゴ酸、コハク酸、酒石酸またはクエン酸等の有機酸との塩が挙げられる。また塩基付加塩としては、ナトリウムまたはカリウム等のアルカリ金属との塩、カルシウムまたはマグネシウム等のアルカリ土類金属との塩、アンモニウムまたはトリエチルアミン等のアミン類との塩が挙げられる。
【0019】
式Iで表されるペプチドは、AlaまたはVal、好ましくはAlaの繰り返し配列を有することを特徴とし、この構造により、α-へリックス構造を形成すると考えられる。当該構造は、Alaのみの繰り返しでもよいし、Valのみの繰り返しでもよいし、AlaとValの双方を含んでいてもよい。Alaを5個以上含む事が好ましい。式Iのペプチドにおいて、X1およびX8のアミノ酸残基は、それぞれ正電荷または負電荷をもつ側鎖を有するアミノ酸残基であり、ペプチドに電荷を付与することにより、ペプチドを可溶化する機能を有すると考えられる。X1が正電荷をもつ側鎖を有するアミノ酸残基の場合、X8は負電荷をもつ側鎖を有するアミノ酸残基である。X1が負電荷をもつ側鎖を有するアミノ酸残基の場合、X8は正電荷をもつ側鎖を有するアミノ酸残基である。また、式Iで表されるペプチドにおいて、-X2-X3-X4-X5-の配列は親水性であり、-(X6n-X7-の配列は疎水性である。[-X2-X3-X4-X5-(X6n-X7-]の配列が生体材料の保護機能において重要であることから、当該配列の繰り返し配列を含むペプチドもまた、生体材料の保護機能を有する。
【0020】
本発明のペプチドは、通常のペプチド合成法あるいは遺伝子組み替え手段を用いることにより、容易に製造できる。
【0021】
ペプチド合成法においては、液相合成法および固相合成法のいずれでも合成することができる。固相合成法を採用する場合、ペプチド合成装置を使用して合成することもできる。好ましくは固相合成法と液相合成法とを組み合わせて用いる。例えば、本発明のポリペプチドを構成するアミノ酸を、該アミノ酸の側鎖をベンジルオキシカルボニル基(Z基)、t-ブチル基等の保護基で保護し、酸無水物法の1種であるBOP法(Benzotriazole-l-yl-oxy-tns-pyrrolidino-phosphonium hexafluorophosphate法)を用いて、固相合成により順次反応せしめて、上記式Iのペプチドに対応し、かつアミノ酸側鎖が保護基で保護された鎖状のポリペプチドを、レジンに結合した状態で得る。次いで、トリフルオロ酢酸等を用いて鎖状のポリペプチドとレジンを切断し、本発明のペプチドを得ることができる。続いて、全ての保護基を除去した後、逆相系のカラムを用いたHPLC等による通常の方法で精製することができる。この際に各アミノ酸のL体、D体を用いることにより、L-アミノ酸およびD-アミノ酸を含むペプチドを合成することもできるが、すべてL-アミノ酸からなるペプチドが好ましい。
【0022】
また、遺伝子組み換え手段を用いる場合には、本発明のペプチドをコードするDNAを、DNA合成機等を用いて常法により合成し、この合成されたDNAを適当なベクターに導入し、得られた組み換えベクターを用いて、大腸菌等の宿主を形質転換する。次いで形質転換体を培養し、上記合成DNAに対応する本発明のペプチドを得ることができる。
【0023】
本発明の式Iのペプチドは、生体材料を保護する機能を有する。生体材料保護機能は、換言すれば、生体材料の生存を維持する機能をさす。本発明のペプチドはまた、細胞膜保護機能を有する。細胞膜は厚さ約5 nmの脂質二重層の構造を有し原子や分子を選択的に透過させる性質すなわち流動性を有する。この流動性によって細胞内の物質の濃度や状態が適正に制御される結果、細胞の生命活動が維持される。もしも、温度等の外的条件等の変化によって脂質二重層が欠損するかあるいは脂質二重層の構造や流動性が変化すると、細胞の生命活動は維持されない。従って、細胞膜保護機能とは、換言すれば、脂質二重層の欠損を防ぐあるいは本来の構造や流動性の消失を防ぐことによって、細胞の生命活動を維持する機能のことである。
【0024】
生体材料は、生体に由来する材料であれば特に制限されない。本発明のペプチドは、脂質二重層の膜構造をもつ細胞を保護するために特に好適に用いられる。生体材料としては、細胞ならびにこれを含む材料、例えば、組織および臓器等が挙げられる。生体材料は、動物に由来するものでも植物に由来するものでもよいが、動物由来のものが好ましい。動物としては、哺乳動物(例えば、ヒトおよびサルなどの霊長類、ブタ、ウシおよびウマなどの家畜、イヌおよびネコなどの愛玩動物、ならびにウサギ、マウスおよびラットなどの齧歯類)、および鳥類(例えば、シチメンチョウおよびニワトリなどの家禽)が挙げられる。保護対象となる細胞としては、臓器由来の細胞、表皮細胞、膵実質細胞、膵管細胞、腎臓細胞、肝細胞、血液細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、骨芽細胞、骨格筋芽細胞、神経細胞、血管内皮細胞、色素細胞、平滑筋細胞、脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞、赤血球、白血球、卵子、精子、ならびに種々のタイプの細菌および植物細胞などが挙げられる。保護対象となる組織としては、上皮組織、結合組織、筋肉組織、神経組織、皮膚組織、骨髄組織、角膜組織などが挙げられる。保護対象となる臓器としては、皮膚、血管、角膜、腎臓、心臓、肝臓、さい帯、腸、神経、肺、胎盤、膵臓、脳、四肢末梢、網膜などが挙げられる。また、生体材料には、生物自体、例えば、胚、全動物、植物の種子および全植物も包含される。
【0025】
さらに本発明者らは、式Aで表されるWinter Flounder 由来I型AFPのアミノ酸配列における1〜12番目のアミノ酸のC末端にArgを付した本発明のペプチド(CPP13)が生体材料保護機能を有するのに対し、式Aのアミノ酸配列の1〜14番目のアミノ酸のC末端にArgを付したペプチド(CPP15)は生体材料保護機能を有しないことを確認し、本発明のペプチドのアミノ酸配列が特異的なものであることを実証した。
【0026】
生体から取り出した細胞、組織および臓器などは、通常、細胞保存液に浸漬され氷中(4℃前後)で保存される。これは、生体から取り出された細胞は、一定温度以上で虚血性障害による大きなダメージを受けること、また、凍結保存においても、解凍の際の氷の再結晶などが主な原因となり、様々な凍結溶液が開発されているものの、凍結解凍後の生存率が低くなるためである。また、氷中で保存される場合も細胞は徐々にダメージを受け、一定時間以上の保存は極めて難しい。これに対し、本発明の式Iで表されるペプチドは、細胞、組織および臓器などの生体材料と共存させることにより、これらを効果的に保護する機能を有する。
【0027】
生体材料保護機能は、生体材料を被検物質の存在下でインキュベートし、その後の経過を観察することにより評価することができる。ここで用いる生体材料は、実際に生体から取り出したものでもよいし、特定の細胞株でもよい。生体から細胞や組織などの生体材料を取り出して評価する為には、特殊な施設、技術および多量の保存液が必要となるが、既に確立されている細胞株を利用する場合は、比較的簡易な施設で培養可能であるとともに、世界的に品質が管理されていることから再現性を確認することも容易である。従って、細胞株を用いる評価方法では、様々な種類の生体材料、例えば、様々な臓器由来の細胞について容易に試験できる。
【0028】
保護機能の評価に細胞を用いる場合、細胞が保護されているかどうか、すなわち細胞が生存しているかどうかは、当技術分野で公知の方法で確認することができる。例えば、生細胞染色蛍光色素(例えばCalcein-AM)と死細胞染色用蛍光色素(例えば、Propidium Iodide)を組み合わせて使用することにより評価することができる(DeClerck et al., Journal of Immunological Methods, 172(1994)115, Nicoletti et al., Journal of Immunological Methods, 139 (1991)271)。例えば、Calcein-AMとPropidium Iodideを用いるセルステイン細胞二重染色キット((株)同仁科学研究所)では、生細胞が黄緑色に染色され、死細胞が赤色に染色されることから、細胞の生存率を測定することができる。生細胞染色色素であるCalcein-AMは、蛍光分子であるCalcein(最大吸収波長 490 nm、最大蛍光波長515 nm)の4つのカルボキシル基をアセトキシメチルエステル(AM)化したものである。AM化されたCalceinはほとんど蛍光を示さないが、AM化により脂溶性が高まり、細胞膜を透過して細胞内のエステラーゼにより加水分解される。加水分解により生じるCalceinは強い蛍光を示し、細胞膜を透過しないため生細胞が染色される。死細胞染色色素であるPropidium iodide(PI, 最大吸収波長 530 nm、最大蛍光波長620 nm)は、核酸に結合することで蛍光を示す分子である。細胞膜を透過しないため、細胞膜に大きなダメージを受けている細胞に取り込まれ、細胞核が染色される。
【0029】
また、細胞障害、すなわち細胞膜の障害を定量することにより、細胞の生存率を測定することもできる(T. Decker and M. L. L. Matthes, Jounal of Immunological Methods, 115 (1988)61)。生細胞数を測定する別の方法としては、MTT法がよく知られている。MTT法はテトラゾリウム塩化合物であるMTTが脱水素酵素の基質となる性質を利用している。細胞膜透過性のMTTは透過後、ミトコンドリア内脱水素酵素により青色の色素(ホルマザン)に還元される。ほとんどの動物細胞に適用可能であり、生成したホルマザン量は生細胞数に対応する。現在では、水溶性のホルマザンを生成するテトラゾリウム塩(WST-1やWST-8)が開発され、生細胞数の測定法として利用されている(文献 T. Mosmann, Jounal of Immunological Methods, 65 (1983)55)。
【0030】
本発明のペプチドは、天然の魚類由来AFPよりも分子量が小さいことから、細胞、組織および臓器のすみずみにまで浸透し、優れた生体材料保護機能を発揮することができる。魚類由来のAFPなどの動物由来の天然タンパク質はヒトに対して強い免疫学的な毒性を示す場合や予測不可能な二次的障害・疾病を発生させる場合があるが、本発明のペプチドは、容易に化学合成することができ、化学合成したペプチドは免疫学的な毒性が低く、上記のような障害・疾病を発生させる可能性が非常に低い。狂牛病の原因となるプリオンで広く知られるような動物由来の医薬品がもたらす感染症の危険も極めて低い。本発明のペプチドは、より小さい分子量かつ単純な構造をもち、安全性に優れ、量産が可能であり、実用的な低価格生産が可能である。また、本発明のペプチドは畜産分野等において需要の大きい卵子や精子などの低温長期保存への応用も期待できる。
【0031】
従って、一実施形態において本発明は、本発明の式Iで表されるペプチドを有効成分として含む生体材料保存液に関する。本発明の保存液を用いることができる保存対象となる生体材料については、上述のとおりである。すなわち、本発明の生体材料保存液は、例えば、細胞保存液、臓器保存液、組織保存液、細菌保存液として使用できる。本発明の生体材料保存液における式Iのペプチドの濃度は、通常1〜30 mg/ml、好ましくは5〜15 mg/mlである。このような濃度とすることにより、充分な細胞保護効果が得られる。
【0032】
本発明のペプチドを溶解する液は、本発明の保存液の用途に応じて適宜選択できる。例えば、イーグルスMEM等の各種培養液、PBS(-)等のリン酸緩衝液、トリス緩衝液、生理食塩水等が挙げられる。また、ユーロコリンズ液(Euro-Collins液, Squifflet, J.P. et al., Transplant Proc., 13693, 1981)、UW液(University of Wisconsin, Wahlberg, J. A. et al., Transplantation, 43, 5-8, 1987)等の従来の臓器保存液でもよい。
【0033】
本発明の保存液には、用途に応じて抗酸化剤、安定化剤等の添加剤を適宜添加してもよい。そのような成分としては、リン酸塩、クエン酸塩、または他の有機酸;抗酸化剤(例えば、SOD、ビタミンEまたはグルタチオン);低分子量ポリペプチド;親水性ポリマー(例えば、ポリビニルピロリドン);アミノ酸(例えば、グリシン、グルタミン、アスパラギン、アルギニンまたはリジン);単糖類、二糖類、および多糖類の化合物(グルコース、マンノースまたはデキストリンを含む);キレート剤(例えば、EDTA);糖アルコール(例えば、マンニトールまたはソルビトール);塩形成対イオン(例えば、ナトリウム);ならびに/あるいは非イオン性表面活性化剤(例えば、ポリオキシエチレン・ソルビタンエステル(Tween(商標))、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンブロック共重合体(プルロニック(pluronic、商標))またはポリエチレングリコール);血栓溶解剤;血管拡張剤;組織賦活化剤;カテコラミン;PDEII阻害剤;カルシウム拮抗剤;βブロッカー;ステロイド剤;脂肪酸エステル;抗炎症剤;抗アレルギー剤;抗ヒスタミン剤などが挙げられる。
【0034】
本発明はまた、式Iのペプチドを含む本発明の生体材料保存液に生体材料を浸漬することにより、該生体材料を保存する方法に関する。本発明の保存方法において、保存液中で生体材料を保存する温度は、臨床的に臓器の保存に用いられている温度であり、通常、-5〜10℃、好ましくは-1〜4℃である。低温で保存することにより、細胞内酵素が細胞生存するために必要とされる主要な細胞成分が分解する速度を低下させることができる。また、低温で保存することにより、代謝を停止させるのではなく、反応速度及び細胞の死亡を遅延させることができる。保存可能な期間は、通常、0〜144時間、好ましくは0〜72時間である。
【0035】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明は特にこれにより限定されるものではない。
【実施例】
【0036】
(実施例1)細胞の保護効果の確認(COS-7)
(1)検体試料
細胞の保護効果の確認に用いるために、下記式IVの配列を持つペプチド(CPP13と称する)の合成をシグマアルドリッチジャパン(株)に依頼し、その合成物を実験に使用した。CPP13の合成には固相合成法を用い、その精製物の純度は95.62 %であった。また、比較のためにCPP13の配列よりも2残基だけ長い下記式Vの配列を持つペプチド(CPP15と称する)の合成もシグマアルドリッチジャパン(株)に依頼し、その合成物を実験に使用した。CPP15の合成にも固相合成法を用い、その精製物の純度は96.82 %であった。
Asp-Thr-Ala-Ser-Asp-Ala-Ala-Ala-Ala-Ala-Ala-Leu-Arg (IV)
Asp-Thr-Ala-Ser-Asp-Ala-Ala-Ala-Ala-Ala-Ala-Leu-Thr-Ala-Arg (V)
【0037】
(2)細胞
細胞の保護効果の確認には、北海道大学医学部第一外科から供与を受けたmonkey, African green 腎臓由来の細胞株COS-7を用いた(図1)。実験には10 % ウシ血清(FBS、HyClone)、50 ug/ml ペニシリン/ストレプトマイシン(インビトロジェン(株))を含むダルベッコ改変イーグル培地(シグマアルドリッチジャパン(株))で一週間培養後の細胞を用いた。FBSは、56℃で30分加熱することで非働化した後に使用した。培養は炭酸ガスインキュベータ(SANYO, CO2 Incuvator)内で5% CO2、37℃の雰囲気下で、フラスコを用いた平面培養により行った。
【0038】
(3)保存液の調製
下記のA〜Dの液を調製して、細胞保存液として用いた。
A) 分離腎保存液である市販のユーロコリンズ液「小林」(小林製薬工業(株))に対して50 %グルコース溶液(第一製薬(株))を35 g/lとなるように加えた液(ユーロコリンズ液)。
B) A)にCPP13粉末を10 mg/mlとなるように溶解した液(CPP13液)。
C) A)にA/F Protein Co. Ltd.(日本代理店:重松貿易株式会社・化学品部)から購入したWinter Flounder 由来I型AFP粉末を10 mg/mlとなるように溶解した液(AFPI液)。
D) A)にCPP15粉末を10 mg/mlとなるように溶解した液(CPP15液)。
【0039】
(4)細胞保存実験
一週間培養後のCOS-7をPBSにより洗浄後、0.25 %トリプシン(インビトロジェン(株))溶液に4分間浸漬することでCOS-7細胞を剥離した。剥離した細胞に対して(2)に記載の培養液を添加した後に遠心分離し、再び培養液を加え、細胞数が105個/mlとなるよう調製した。調製した細胞懸濁液を16穴細胞培養プレート(ナルジェ ヌンク インターナショナル(株))に播種後、炭酸ガスインキュベータ内に静置し、5% CO2、37℃の雰囲気下で一晩培養した。その翌日に16穴内の培地を吸引してPBSを用いて洗浄した後に、上記のユーロコリンズ液、CPP13液、AFPI液、およびCPP15液を添加した。添加後にプレートを密閉し4℃に設定した低温インキュベータ(EYELE, LTI-601SD)内に24時間静置した。
【0040】
(5)細胞生存率の評価
(4)の操作により4℃で24時間保存した細胞の生存率は、(株)同仁科学研究所より市販されているセルステイン細胞二重染色キットを用いて染色した後に、蛍光顕微鏡(Olympus IX70)観察をすることにより評価した。セルステイン細胞二重染色キットは、生細胞染色蛍光色素Calcein-AMと死細胞染色用蛍光色素PI(Propidium Iodide)を組み合わせたものであり、生細胞および死細胞を各々異なる色に染色できる。(4)に記載の操作後に16穴細胞培養プレートを37℃のインキュベータに移して1時間放置し、二重染色液を終濃度2 μM Calcein-AM、4 μM PIとなるように添加した後、37℃で15分間インキュベートした。この操作後に細胞培養プレートを蛍光顕微鏡にセットし、490 nmのフィルターで励起することによって“黄緑色に染色された生細胞”を観察した。また、545 nmのフィルターで励起することで“赤色に染色された死細胞”を観察した。
【0041】
(6)結果
ユーロコリンズ液を用いて4℃で24時間保存したCOS-7細胞群については、その約半数が赤色に染色された(図2)。また、CPP15液を用いた場合にも、約半数の細胞が赤色に染色された。これらの結果は、ユーロコリンズ液およびCPP15液は、当該実験条件下において充分な細胞保護効果を持たないことを示している。一方、CPP13液を用いた細胞群については、ほぼ全てが黄緑色に染色された。また、AFPI液を用いた細胞群もほぼ全てが黄緑色に染色された(図2)。また、CPP13液とAFPI液を用いた細胞群には、赤く染色されたものが殆ど観察されなかった。これらの実験結果から、CPP13ペプチドはAFPIと同様に、4℃の低温下において優れた細胞保護機能を有することが示された。また、CPP15を用いた実験結果との比較から、CPP13は優れた細胞保護機能を有する特異的なペプチドであることが示された。
【0042】
(実施例2)細胞の保護効果の確認(Hep G2)
(1)細胞
細胞の保護効果の確認には、北海道大学医学部第一外科から供与を受けたhuman肝臓由来の細胞株Hep G2を用いた。実験には10 % ウシ血清(FBS、HyClone)、50 ug/ml ペニシリン/ストレプトマイシン(インビトロジェン(株))を含むダルベッコ改変イーグル培地(シグマアルドリッチジャパン(株))(培養液)で一週間培養後の細胞を用いた。FBSは、56℃で30分加熱することで非働化した後に使用した。培養は炭酸ガスインキュベータ(SANYO, CO2 Incuvator)内で5% CO2、37℃の雰囲気下で、フラスコを用いた平面培養により行い、細胞保存実験は、実施例1(3)のA〜Cに記載の保存液を用い、実施例1(4)に記載の方法で行った。
【0043】
(2)細胞生存率の評価
細胞の生存率は、実施例1(5)に記載の方法でセルステイン細胞二重染色キットにより染色し、蛍光顕微鏡で観察した。また、タカラバイオ(株)より市販されているLDH Cytotoxicity Detection Kitを用いて細胞膜の障害を定量した。乳酸デヒドロゲナーゼ (LDH)は、全ての細胞に安定して存在する細胞質酵素で、細胞膜が障害を受けるとすぐに培養上清中に放出される。Kit中に含まれる基質、触媒(ジアフォラーゼ)と細胞上清に放出されたLDHの反応により、テトラゾリウム塩INT(2-[4-インドフェニル]-3-[4-ニトロフェニル]-5-フェニルテトラゾリウムクロリド)から吸収波長約500 nmにピークを持つ赤色ホルマザンが生成する。死細胞または細胞膜に障害をうけた細胞の数の増加は、培養上清中のLDH酵素活性の増加として現れる。培養上清中のLDH酵素活性の増加は、一定の時間内に生成した赤色ホルマザン量と直線的に相関する。比較的安定な酵素であるLDHを定量することにより、間接的に細胞毒性を調べることができる。
【0044】
LDH活性の測定には、96穴細胞培養プレート(ナルジェ ヌンク インターナショナル(株))に実施例2(1)に記載の方法で調整した細胞懸濁液を播種し、一晩培養した細胞を用いた。細胞保存実験を行った後、上清を新しい96穴プレートに移し、試薬を添加後、25℃で30分インキュベートした。生成した赤色ホルマザン量は、マイクロプレートリーダー(パーキンエルマーライフサイエンスジャパン(株)、Wallac 1420 ARVOsx)で490 nmの吸光度を測定することで評価した。測定には、1% Triton X(和光純薬工業(株))を含むユーロコリンズ液を保存液として使用した結果を高コントロール、ナガガジすり身由来のAFPを10 mg/ml含むユーロコリンズ液を保存液として使用した結果を低コントロールとし、次の式より細胞障害の割合を決定した。
細胞障害(%)={(実験値 - 低コントロール)/(高コントロール - 低コントロール)}×100
【0045】
(3)蛍光染色による細胞保護効果の観察結果
ユーロコリンズ液を用いて4℃下で24時保存したHep G2細胞群については、全ての細胞が赤色に染色された(図3)。また、AFPI液を用いた場合にも、ほぼ全ての細胞が赤色に染色された。これらの結果は、ユーロコリンズ液およびAFPI液は、当該実験条件下においてHep G2細胞に対する充分な細胞保護機能を持たないことを示している。一方、CPP13液を用いた細胞群については、ほぼ半数が黄緑色に染色された。また、CPP13液を用いた細胞群は、ほぼ半数の細胞が赤く染色されることがなかった。これらの実験結果から、CPP13は、4℃の低温下において細胞保護機能を有することが示された。
【0046】
(4)LDH活性による細胞保護昨日の測定結果
ユーロコリンズ液を用いて4℃下で24時保存したHep G2細胞群については、80%以上の細胞障害が観察された(図4)。また、AFPI液を用いた場合にも、80%以上の細胞障害が観察された。これらの結果は、ユーロコリンズ液およびAFPI液は、当該実験条件下においてHep G2細胞に対する充分な細胞保護機能を持たないことを示している。一方、CPP13液を用いた細胞群については、細胞障害が測定されなかった(図4)。これらの実験結果から、CPP13は、4℃の低温下において細胞膜の障害を保護することが示された。
【0047】
(実施例3)熱ヒステリシス活性の確認
(1)検体試料と熱ヒステリシス活性の判定
Winter Flounder 由来I型AFP(A/F Protein Co. Ltd. (日本代理店:重松貿易株式会社・化学品部より購入)、CPP13、CPP15、および超純水の4つの試料について、熱ヒステリシス活性の有無を調べた。熱ヒステリシス活性をもつタンパク質およびペプチドは氷結晶成長抑制能をもつために、氷核を必ずバイピラミダル型などの特異的形状に変化させる。一方、熱ヒステリシス活性の無いタンパク質、ペプチド、水などには円盤状の氷結晶が観察される。このように熱ヒステリシス活性の有無は、各々の検体について、顕微鏡下にバイピラミダル型氷結晶が観察されるかどうかで容易に判定できる。
【0048】
(2)氷結晶形状の観察実験
CPP13、CPP15、およびWinter Flounder 由来I型AFPの粉末を各々10 mg/mlとなるよう超純水に溶解し、それぞれの4μl溶液(検体)を2枚のカバーガラスで挟んだ。これを温度コントローラー(Linkam LNP94/2、TMS94)、検体冷却ステージ(Linkam THMSG 600)、顕微鏡(Nikon ECLIPSE E600)から構成される冷却温度域顕微鏡システムの冷却ステージに静置した。顕微鏡下で検体を観察し、検体が全面結氷するまで冷却ステージを冷却した。次に、この全面結氷した検体の中に1個の氷核が観察される状態が生成されるまで冷却ステージの温度を上昇させた。この状態から、約0.05℃/分のゆっくりとした冷却度で検体を冷却することで、氷結晶の形状がバイピラミダル型に変化するのか円盤状に変化するのかを観察した。参照実験のために、超純水中の氷結晶についても氷結晶形状の観察を行った。
【0049】
(3)実験結果
Winter flounder 由来I型AFPが溶解した溶液中の氷核はバイピラミダル型の形状に変化した(図5)。このバイピラミダル型氷結晶は観測後に更に温度を降下させても変化を示さず、同タンパク質が確かに熱ヒステリシスタンパク質であることを示した。一方、CPP13、CPP15、および超純水中の氷核は円盤状に成長した(図5)。また、これらの円盤状の氷核は温度降下に伴って容易に成長した。これらのことから、CPP13、CPP15および超純水には氷結晶成長抑制能が皆無であること、CPP13とCPP15は熱ヒステリシス活性、すなわち不凍活性をもたないペプチドであることが明らかになった。
【0050】
以上から、CPP13は熱ヒステリシス活性を有しないにもかかわらず、生体材料保護機能を有すること、一方、CPP15は、CPP13と同様にAFPの部分配列を有しかつ熱ヒステリシス活性を有しないが、生体材料保護機能を有しないことが示され、CPP13の特異性が実証された。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明のペプチドは、一般的に使用されているペプチド合成法または遺伝子工学により生産できるため、魚体などの天然資源量や天候などに左右されず容易に得られるものであり、細胞の低温保存の利用促進およびその基盤となる全てのバイオ分野の基礎と応用研究の推進に対して大いに寄与するものである。本発明のペプチドのうち、特にCPP13は分子量が1.2kDaと小さく、これまでに報告のある細胞保護機能を有する最小の天然I型AFPに比べても約1/3の大きさしかない。従って、同ペプチドは保存対象となる組織や臓器の中に浸透しやすいと期待できる。このように、本発明は実用上極めて有用なものである。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】実施例1に記載した細胞株COS-7の顕微鏡写真である。
【図2】実施例1に記載した1)ユーロコリンズ液、2)AFPI液、3)CPP13液、4)CPP15液を各々用いることで、4℃にて24時間COS-7細胞株を保存した後に、同細胞株の生細胞と死細胞を各々黄緑色および赤色で染色した顕微鏡写真である。
【図3】実施例2に記載した1)ユーロコリンズ液、2)AFPI液、3)CPP13液を各々用いることで4℃にて24時間Hep G2細胞株を保存した後に、同細胞株の生細胞と死細胞を各々黄緑色および赤色で染色した顕微鏡写真である。
【図4】実施例2に記載した1)ユーロコリンズ液、2)AFPI液、3)CPP13液を各々用いることで4℃にて24時間Hep G2細胞株を保存した後に、保存液上清に放出されたLDH量から算出した細胞障害の割合(%)である。
【図5】10mg/ml濃度のI型AFP水溶液、10mg/ml濃度のCPP13水溶液、10mg/ml濃度のCPP15水溶液、および超純水の中に観察される氷結晶の顕微鏡写真である。I型AFPにのみバイピラミダル型氷結晶が観察されており、I型AFPだけが熱ヒステリシス活性をもつことを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式I:
X1-[X2-X3-X4-X5-(X6n-X7]m-X8 (I)
(式中、
X1がLys、HisまたはArgであってX8がAspまたはGluであるか、またはX1がAspまたはGluであってX8がLys、HisまたはArgであり、
X2は、SerまたはThrであり、
X3は、AlaまたはValであり、
X4は、Gly、Ala、SerまたはThrであり、
X5は、AspまたはAsnであり、
X6は、同一または異なって、AlaまたはValであり、
X7は、LeuまたはIleであり、
mは、1〜3であり、
nは、5〜11である)
で表されるアミノ酸配列からなるペプチド。
【請求項2】
mが1である、請求項1記載のペプチド。
【請求項3】
X1がAspであってX8がArgであるか、またはX1がArgであってX8がAspである、請求項1または2記載のペプチド。
【請求項4】
nが5〜7である、請求項1〜3のいずれか1項記載のペプチド。
【請求項5】
式Iが式II:
X1-Thr-Ala-Ser-Asp-(Ala)6-Leu-X8 (II)
(式中、X1がAspであってX8がArgであるか、またはX1がArgであってX8がAspである)
で表される請求項1記載のペプチド。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のペプチドを有効成分として含む、生体材料保存液。
【請求項7】
生体材料が細胞、組織または臓器である、請求項6記載の生体材料保存液。
【請求項8】
生体材料が細菌である、請求項7記載の生体材料保存液。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれか1項記載の生体材料保存液に生体材料を浸漬することを含む、生体材料の保存方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−94752(P2008−94752A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−277991(P2006−277991)
【出願日】平成18年10月11日(2006.10.11)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】