説明

生化学的スクリーニングのためのフッ素NMR分光法

【課題】新規なリード分子の同定のための生化学的アッセイの信頼性をより高める方法。また、NMRに基づく生化学的スクリーニングの応用性を広げる方法。
【解決手段】酵素の阻害剤を同定する方法であって、該酵素の基質をCF3で標識し、該酵素の存在下でその19Fシグナルシフトを測定し、次に酵素及び阻害剤の存在下で19Fシグナルシフトを測定し、次に酵素及び阻害剤の混合物のデコンボリューションにより阻害剤を同定する方法。また、該方法に従って同定できる酵素阻害剤。同様に、酵素のアゴニストを同定する方法又は酵素の未知機能を特性決定する方法。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
適切な生化学アッセイ又は細胞アッセイにおける数多くの分子の試験は、通常、薬剤発見プロジェクトにおける最初の工程の1つである(Smith A. Nature 418, 453-459 (2002))。蛍光偏光(FP)(Checovich, W. J.等 Nature 375, 254-256. (1995); Pope, A. J.等 Drug Discov. Today 4, 350-362 (1999))、蛍光共鳴エネルギートランスファー(FRET)、ホモジーニアス時間分割蛍光(HTRF)、及び伝統的なシンチレーションプロキシミティアッセイ(SPA)に基づくスクリーニングが、今日では生化学的アッセイについてえり抜きの技術である(Parker, G. J.等 J. Biomol. Screening 5, 77-88 (2000))。これら方法の感度及び小型化されたフォーマットは、巨大な独占化合物コレクションのハイスループットスクリーニング(HTS)を可能とする。しかしながら、HTSに利用されるアッセイの複雑さは、しばしば、その後の第二アッセイで確認されない数多くのヒット群をもたらす。スクリーニングのためには量よりも質の方が重要であることは、いまや広く受け入れられている(Smith A. Nature 418, 453-459 (2002))。故に、新たなリード分子の同定のための生化学的アッセイの信頼性をより高める方法が継続して開発されている。
【0002】
ここ数年にわたり、核磁気共鳴(NMR)に基づくスクリーニングが、リード分子同定のための強力な手段として現れてきている(Hajduk, P. J.等 Quaterly Reviews of Biophysics 32, 211-240 (1999); Stockman, B. J.等 Prog. NMR Spectr. 41, 187-231 (2002); Meyer B.等 Chem. Int. Ed. 42, 864 (2003))。NMRは、酵素反応の生成物の特性決定や、反応速度論への知見を得るために広く適用されているが(Percival, M. D.及び Withers, S. G. Biochemistry 31, 505-512 (1992))、新たなリード分子の同定のために酵素の阻害又は活性を測定する、NMRに基づく生化学的スクリーニングは、応用性が限られていることが見出されている(Chiyoda T.等 Chem. Pharm. Bull. 46, 718-720 (1998))。その低い感度は、NMRを、非常に高い基質濃度での酵素反応へと制限する。それでもなお、NMRは、HTSに利用される他の技術と比べると、より信頼性の高いデータのアレイを提供する。NMR技術は、小分子シグナル又はタンパク質シグナルを介してレセプターに結合するリガンドをモニターする。
【0003】
1H及び、特に19F NMR競合結合実験を用いる最近の開発は、スクリーニングのための基質及びタンパク質消費の低減を可能とする。加えて、これら実験は、同定されるリガンドの結合定数の値を、一点測定で提供する。Percival及びWithersは、酵素の、フッ素処理された基質類似体への結合を研究するためにNMR方法を用いた(Percival, M. D.及び Withers, S. G. Biochemistry 31, 505-512 (1992))。そのような方法は、19F NMR検出を利用し、非ペプチド基質上のフッ素原子の存在を必要とする。出発基質及び酵素的に変換された基質の19Fシグナルが、次いでモニターされる。実験は、観察される酵素活性が速度論的にモニターされるのを可能にするリアルタイムで行われても、終点アッセイフォーマットで行われてもよい。
【発明の要旨】
【0004】
1つの側面では、本発明は、NMR技術を用いてキナーゼ阻害剤を同定する方法を提供する。別の側面では、本発明は、NMR技術により同定されたキナーゼ阻害剤を提供する。
【0005】
本発明は、他の既知機能タンパク質のCF3標識された基質との相互作用により、タンパク質の未知機能を特性決定するNMR方法も提供する。
【発明の詳細な説明】
【0006】
先行するHTS技術と比較して、本発明は、タンパク質及び基質濃度に関してNMR生化学的スクリーニングの限界を克服する。本発明は、3フッ素原子を有する部分(CF3)が基質を標識するために用いられる、新規で感度のよいNMR方法を提供する。CF3標識された基質、例えば、CF3標識ペプチドの使用は、標準的なHTS技術に用いられる濃度に匹敵するタンパク質及び基質濃度での、迅速で信頼性の高い生化学的スクリーニングを可能にする。本発明のNMR方法は、独特の利点を有している。i)フッ素NMR分光法は非常に感度がよく、プロトンの感度の0.83倍である。ii)フッ素シグナルは3フッ素原子から生じるシャープなシングレット共鳴として現れ、故に、シグナルは非常に強度が強い(CF3がプロトンにスカラーカップリングしないならば、この実験はプロトンデカップリングを必要としない)。この特性は、Kmの範囲における基質濃度の使用を可能とし、かくして中程度及び弱い阻害剤の検出を可能とするので、スクリーニングのためには非常に重要である。iii)酵素反応で典型的に用いられるプロトン化された溶媒、バッファー、又は洗浄剤からのスペクトル干渉がない。CF3含有分子の存在下における基質の諸シグナルの重なりは、シャープなシングレット19Fシグナルの限定された数(分子は典型的に1つのCF3基を有することとなる)及び19F化学シフトの大きな分散のため、非常にまれにしか発生しない。iv)19F等方性(isotropic)化学シフトは、化学的環境に非常に敏感であり(Gerig, J. T. Prog. NMR Spectrosc. 26, 293-370 (1994))、出発基質共鳴及び酵素的に変換された基質共鳴について異なる化学シフトをもたらし、かくしてそれら強度の直接的な比較を可能とする。
【0007】
本発明の一態様では、NMRは、タンパク質Ser/ThrキナーゼAKT1によるCF3標識された基質のリン酸化を測定するために利用される。タンパク質キナーゼAKT1は、多くのヒト悪性腫瘍において高められた活性を有する抗アポトーシスタンパク質キナーゼである(Staal, S. P.等 J. Exp. Med. 167, 1295-1264 (1988); Bellacosa, A.等 Science 254, 274-277 (1991))。基質AKTideは、トリフルオロ酢酸無水物でのN末端キャッピングによりCF3部分で標識された14アミノ酸のペプチドであり(Obata, T.等 J. Biol. Chem. 46, 36108-36115 (2000))、ペプチド(CF3−CO−ARKRERAYSFGHHA)(配列番号:1)をもたらす。別の方法は、トリフルオロメチルアミンでのアミド形成を介してC末端にCF3基を導入すること、又はペプチド合成中の1アミノ酸をフッ素処理された(CF3)アミノ酸で(例えば、Tyrをパラ−CF3Pheで)置換することを包含する。N末端、C末端、又は置換されたアミノ酸におけるCF3は、セリンリン酸化部位から離れたところに位置する故にその結合を妨げない(パラ−CF3Pheは溶媒の方へ向いている一方で、リン酸化されるべきSerは酵素の方へ向いている)。ペプチドでない基質の場合は、基質の適切な位置にCF3部分を導入するために、化学合成が必要となる。
【0008】
酵素反応は、ATP及び活性化されたタンパク質キナーゼAKT1の存在下で、配列番号:1の未リン酸化CF3標識ペプチドをインキュベートすることにより行われた。未リン酸化(unphosphorylated)ペプチドのリン酸化(phosphorylated)ペプチドへの転化は、図1(上)に示すように19Fシグナルのシフトを生じる。図1(上)は、酵素反応の開始後、時間の関数として、基質のCF3部分のシグナルを含有する19Fスペクトルを示す。時間0では、ペプチドの未リン酸化種に相当する1つのシグナルしか観察されない。時間が経つにつれて、未リン酸化ペプチドのシグナルは減少し、リン酸化ペプチドに相当する新しいシグナルがスペクトルに現れる。反応開始後のいずれかの時間でのその2つの積分シグナルの合計は、時間0での未リン酸化ペプチドのシグナル積分に相当する。酵素反応は149分後に完了し、リン酸化ペプチドのシグナルのみがスペクトル中に見られる。
【0009】
強い阻害剤スタウロスポリン(staurosporine)の存在下で行われる同じ反応は、図1(下)で明らかなように、リン酸化ペプチドのいずれの形成ももたらさなかった。CF3基のリン酸化部位からの長い距離にもかかわらず、リン酸化及び未リン酸化ペプチドにおけるこの部分の化学シフトは異なっている。
【0010】
スクリーニング方法として、この反応は、阻害剤を含む化合物の混合物の存在下で行うこともできる。次いで、活性混合物のデコンボリューションが、混合物中のどの化合物が阻害剤であるかを同定するために行われる。本発明に従えば、デコンボリューションは、反応が混合物の存在下及びその諸化合物のうちの各々の1つの不存在下で繰り返して行われることを意味する。すなわち、反応が阻害性化合物を除く混合物の存在下で行われるときは、阻害がない。諸化合物のうちの1つの阻害性効果を確かめるために、その混合物から同定された単一の阻害性化合物の存在下でも反応が行われるときに、阻害が観察される。例として、配列番号:1の未リン酸化CF3標識ペプチド、ATP、及び活性化されたタンパク質キナーゼAKT1の反応が、AKT1阻害剤である化合物H89(Reuveni, H.等 Biochemistry 41, 10304-10314 (2002))を含む5分子混合物の存在下でも行われた。結果は、ペプチドリン酸化の阻害であった。この反応をH89を含まない混合物の存在下で行った場合は、ペプチドリン酸化の阻害がなかった。反応をH89のみの存在下で行ったとき、H89のペプチドリン酸化に対する阻害性効果が確認された。
【0011】
スクリーニング目的及びIC50測定のためには、反応は、酵素とATP濃度とKcatに依存することとなる遅延が確認された後に、典型的には停止される。反応は、EDTAの濃縮溶液を添加することによっても、タンパク質を変性させることによっても停止させることができる。しかしながら、本発明に従えば、より経済的な方法、すなわち、約5〜約10μMの強い阻害剤スタウロスポリン(低いnM範囲におけるIC50)の添加が、反応を停止させるために用いられる。スタウロスポリンの添加から数時間経っても、19Fスペクトルの変化は見られなかった。停止後、2つの19Fシグナルのシグナル強度比がモニターされる。阻害剤の不存在下においてシグナル強度比I(P)/I(unP)は0%阻害に相当し、一方その比が0のとき100%阻害に相当する。この方法はペプチド濃度が常に同じである場合のみ有効であり、そうでなければリン酸化ペプチドのシグナル積分がモニターされるべきである。
【0012】
ATPの解離結合定数は、スクリーニング実験のために用いられ、そしてヒット群の結合定数をそれらのIC50から誘導するために用いられるところのATP濃度を最適化するため、最初に計算されるべきである。この目的のために、異なるATP濃度での反応が記録される(Fersht, A. Enzyme Structure and Mechanism, W. H. Freeman and Company, New York 1985)。ATP濃度の関数としてのリン酸化ペプチドのシグナル強度を、図2に示す。実験データに見合うのは、ATPについて89+/−17μMの結合定数である(30μM基質の存在下)。
【0013】
本発明に従えば、スクリーニングは、ライブラリー中の諸化合物について、単一の濃度でまず行われる。諸化合物は、小又は大混合物においてスクリーニングされることができる。例えば、IC50<5μMの強い阻害剤のみを考慮することとするならば、その時は約5μM濃度の諸分子を使用すれば十分となる。実際、本発明方法の信頼性は、スクリーニングされる分子の濃度が約5μMしかない時であっても、例えば、10〜20μMの範囲のIC50を有する弱い阻害剤の同定を可能とする。図5が示すように、基質濃度は、約10〜20nMのように低くすることができる。この低い濃度は、凝集又は溶解性の深刻な問題を起こさずに、多数の成分を有する混合物の調製を可能とする。活性混合物のデコンボリューションが、次いで阻害剤の同定のために行われる。次いで、ヒット群のIC50の特性決定のために、異なる阻害剤濃度での実験が、化合物H89について図3に示されるように行われる(Reuveni, H.等 Biochemistry 41, 10304-10314 (2002))。アロステリック効果の不存在下において、有意なIC50値が一点測定で得られる。CF3標識されたATP類似体を、本発明の方法で用いることもできる。この場合には、ATP及びADPの19Fシグナルがモニターされる。ATP結合ポケットに結合する阻害剤又は基質結合部位に対してペプチドと競合する阻害剤を同定することができる。
【0014】
従って、本発明の方法は、均質であり、かつ、リン酸化基質と未リン酸化基質の両方を直接的に検出するので、簡便でかつ信頼性の高いアッセイに相当する。19F NMRアッセイは、i)酵素又は特定の抗体とともに行われる第二反応の存在も、ii)他の方法での読み出しに必須な分離及び/又は洗浄工程も必要としない。その方法の簡便さは、信頼性の高いリード分子同定と分子の阻害活性の定量化をもたらす。弱い阻害活性しか示さない化合物も安全に選ばれることができる。弱い阻害剤の小さな化学的変化又は同じ骨格を有する類似分子の選択は、強力な阻害剤の同定をもたらすかもしれない。
【0015】
他の認識されているHTS技術では、しばしば、真の濃度が名目上の濃度とは異なる。化合物濃度における大きな差は、得られるIC50の有意な誤りをもたらす。他の先行HTS技術における濃度差についての原因は、検量誤差、サンプル不純物、化合物の低い溶解性、及び水性環境における化学的な不安定性に帰する。対照的に、本発明のNMR方法では、これら化学的特性を、フッ素スペクトルに加えてプロトンスペクトルも得ることにより容易に測定することができる。故に、1H NMRで決定される阻害剤の真の濃度は、有意により正確なIC50値の測定を可能とする。
【0016】
本発明の方法は、阻害剤の同定のみに限定されず、アゴニストの検出のために用いることもできる。タンパク質キナーゼの場合には、参照試料(すなわち、反応がスクリーニングされる化合物の不存在下で行われる場合の試料)の同じシグナルと比較すると、アゴニストの存在下におけるリン酸化ペプチドの19Fシグナルの方が大きい。
【0017】
この方法で用いられるタンパク質の濃度は、数ナノモーラーもの低さであることができ、他のHTS技術で用いられる濃度に比べて勝るとも劣らない。しかしながら、5mmプローブを用いる各々のNMRサンプルに必要な容量は、約500〜550μLである。本発明に従ってフローインジェクションプローブ又は3mmプローブを用いれば、1/2〜1/3容量の低減が達成される。CF3シグナルの高い感度は、スペクトルの迅速な獲得を可能とする。さらに、同じスペクトルを、19F検出に適用される低温学的技術(cryogenic technology)を使用することで、よりいっそう迅速に記録することができる。故に、従来方法の状況下では3分の獲得時間を必要とするスペクトルを、たった12秒で記録することができる。さらに、クリオプローブで記録されるプロトン検出実験において遭遇する放射減衰の問題が、CF3標識された基質の濃度が低いため、本発明のフッ素検出方法では存在しない。
【0018】
ウシ血清アルブミン(BSA)を、タンパク質のチューブ壁への粘着を避けるために本発明の方法で用いることができる(Hlady, V.等 Curr. Opin. Biotechnol. 7, 72-77 (1996))。しかしながら、全ての酵素は溶液中において利用可能であるという事実のためにBSA存在下での酵素反応はより速くなる一方、化合物がBSAにより溶液から隔離されるために化合物のIC50は弱くなり得る。故に、BSA又はヒト血清アルブミン(HSA)の存在下又は不存在下で行われる、ヒットした諸化合物が最適化段階をもたらす本方法は、標的酵素への保持された阻害活性とアルブミンへの低減された親和性を有する類似体を設計するための重要な構造情報を提供することができる。
【0019】
本発明の方法は、多くの異なるタイプ及びサブタイプの酵素(例えば、プロテアーゼ、ホスファターゼ、リガーゼ等)にも適用することができる。本発明の別態様では、スクリーニングは、トリプシン、すなわちリジン及びアルギニンのペプチド結合をC末端側で開裂するプロテアーゼ(Price, N. C.等 Fundamentals of Enzymology, Oxford University Press, Oxford, U. K. (1999))、基質として、ペプチド(ARKRERAF(3−CF3)SFGHHA)(配列番号:2)で行うことができる。図4bに示すように、トリプシン存在下では、出発ペプチド及び開裂したペプチドのそれぞれから生じた13.38及び13.33ppmにおいて、2つの19Fシグナルがスペクトル中に見られる。スクリーニングは、既知のトリプシン阻害剤を用いて決められた遅延後に反応が停止させられる終点アッセイフォーマットで行われた(図4c)。次いで、活性混合物のデコンボリューションが、阻害剤の同定のために行われた(図4d、e)。故に、天然産物抽出物を、この方法で容易にスクリーニングすることができる。次いで、活性抽出物の成分は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を介して分離され、単一化合物として、本発明の方法で、阻害活性の原因である化合物の同定について試験されることとなる。
【0020】
本発明方法の別の用途は、タンパク質機能の決定である。ハイスループットゲノムシークエンシングを容易に利用できることからみて、何千ものタンパク質が同定されている。しかしながら、これらタンパク質の多くの機能は未知である。タンパク質の機能は、修飾することができる基質のタイプから推測できる。この目的のために、既知機能の酵素のCF3標識された基質の機能的ゲノムライブラリーが生成される。これら基質は、出発基質及び修飾された基質の19F化学シフトを決定するために、それらの既知のそれぞれの酵素についてまず試験される。一部の基質は、異なるクラスの酵素に対して基質として作用できる。この基質のライブラリーは、次いで、単一化合物として、又は少ない混合物において、未知機能を有するタンパク質に対してスクリーニングされる。19Fシグナルのシグナル強度の低減及び決められた化学シフトでの新しい共鳴の出現は、タンパク質機能の認知を可能とする。
【0021】
本発明の別態様では、3つの異なるタンパク質であるAKT1、トリプシン、及びp−21活性化タンパク質(PAK4)が、配列番号:2のCF3標識されたペプチドとともにインキュベートされた。図5に示すように、PAK4存在下における反応は、AKT1存在下における反応の19Fシグナルのように、リン酸化ペプチドのシフトに類似する化学シフトの19Fシグナルの出現をもたらす。この結果は、PAK4をキナーゼファミリーへと分類することを可能とする。その基質が、未知機能を有するタンパク質にとって最適ではないかもしれないので、未知機能を有するより高い濃度のタンパク質と、より長い期間のインキュベーションが必要とされる。PAK4の酵素反応速度は、AKT1の速度の1/22しかないので、PAK4存在下での反応のための時間は、AKT1存在下での反応のための時間よりも長かった。本発明の方法は、活性化された酵素にも適用できる。
【0022】
本発明の方法は、NMRの可能性を、Ser/Thrキナーゼ類により行われる酵素反応へと広げる。この方法は、よく機能し、かつ、信頼性の高い実験データのアレイを提供する。
【実施例1】
【0023】
材料及び方法
WtAKT1組替えタンパク質を、N末端でGSTに縮合するタンパク質の全長をコードするバキュロウイルスを有するsf21昆虫細胞の感染により生成した。この細胞を、採取する前に、オカダ酸で4時間処理した。この処理は、細胞のホスファターゼを阻害することにより、タンパク質の総リン酸化レベルを増加させ、AKT活性に重要な2部位である活性化ループにおけるスレオニン308及びC末端疎水モチーフにおけるセリン473のリン酸化をもたらした。溶解、精製、及びGSTタグの除去が、次の標準的手順により行われた。Roche Molecular Biochemical (Cat. No. 1418025)から購入したトリプシンを、1%酢酸溶液中に、8.33μMの最終ストック溶液濃度で溶解した。
【0024】
セリン/スレオニンp−21活性化キナーゼPAK4は、Escherichia coliにおいてGST縮合タンパク質として発現し、GSTタグの除去後に均質に精製された。
全ての化合物が、DMSOストック溶液(20〜40nM)に調製された。配列番号:1と配列番号:2のペプチド、及びロイペプチンは、それぞれ10及び2.1mMの濃度で水溶液に調製された。反応を、AKT1については1mM DTT及び5mM MgCl2を含む50mMトリスpH7.5において進行させ、トリプシンについては50mMトリスpH7.5において進行させた。D2Oを、ロックシグナルのために、その溶液に添加した(8%最終濃度)。酵素反応は、エッペンドルフバイアル中で室温で行われ、次いで、決められた遅延後に、AKT1についてはスタウロスポリンの添加で、トリプシンについてはPMSFの添加で停止させた。溶液を、次いで、5mmNMRチューブへと移した。
【0025】
全てのNMRスペクトルは、20℃で、564MHZの19Fラーモア回転数(Larmor frequency)で操作する600NMR分光法で記録した。19F回転数にも1H回転数にも調節できる5mmプローブを用いた。装置には、自動的なデータ収集のために、サンプル管理システム(SMS)オートサンプラーが備え付けられた。データは、プロトンデカップリングをせずに、0.8秒の獲得時間と2.8秒の緩和時間で得た。化学シフトは、トリフルオロ酢酸に標準化された。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、酵素反応の開始後、時間の関数(分で示される)として、CF3−CO N−キャップ化−AKTideについての19F564MHz NMRスペクトルを提供する。活性化されたタンパク質、ペプチド、及びATP濃度は、それぞれ50nM、30μM、及び131μMであった。WtAKT1組換えタンパク質を、N末端でGST部分に縮合するタンパク質の全長をコードするバキュロウイルスを有するSf21昆虫細胞の感染により生成し、次いで、GSTタグの除去後に、精製して均質にした。そのサンプルは、50mMトリスpH7.5中で、1mM DTT及び5mM MgCl2と一緒にした。スペクトルを、10μMスタウロスポリンの不存在下(図1A上)及び存在下(図1B下)で、20℃で記録した。2.8秒反復時間を有する全部で256スキャンを、各々のスペクトルについて記録した(12分測定時間)。化学シフトは、トリフルオロ酢酸に標準化している。
【図2】図2は、ATPについて3つの異なる濃度(μMで示される)で記録されるCF3−CO N−キャップ化−AKTideについての19F564MHz NMRスペクトルを提供する(図2A上)。活性化されたタンパク質及びペプチド濃度は、それぞれ、40nM及び30μMであった。そのサンプルは、50mMトリスpH7.5中で、1mM DTT及び5mM MgCl2と一緒にした。その反応は、22℃で進行させ、60分後に10μMスタウロスポリンの添加で停止させた。(図2B下)ATP濃度の関数としてのリン酸化ペプチドの積分値と、実験データに最もよく一致したATPについて誘導された89+/−17μMのKM
【図3】図3は、阻害剤H89について3つの異なる濃度(μMで示される)で記録されるCF3−CO N−キャップ化−AKTideについての19F564MHz NMRスペクトルを提供する(図3A上)。活性化されたタンパク質、ペプチド、及びATP濃度は、それぞれ、40nM、30μM、及び131μMであった。そのサンプルは、50mMトリスpH7.5中で、1mM DTT及び5mM MgCl2と一緒にした。その反応は、22℃で進行させ、120分後に10μMスタウロスポリンの添加で停止させた。(図3B下)阻害剤濃度の関数としてのリン酸化ペプチドの積分値と、実験データに最もよく一致したH89について誘導された0.72+/−0.05μMのIC50
【図4】図4は、プロテアーゼのスクリーニングを提供し、その基質は配列番号:2のペプチドであり、そのタンパク質はウシ膵臓からのトリプシンである。トリプシンの不存在下(a)及び存在下(b〜e)のペプチドについての19F NMRスペクトル。その反応は、22℃で進行させ、30分後に、0.5mMフッ化フェニルメチルスルホニル(PMSF)の添加で停止させた。その反応は、化合物の不存在下(b)、5つの化合物混合物(2−アミノ−6メチルキナゾリン−4オール、エチル2−キノキサリンカルボキシレート、5−メチル−ベンズイミダゾール、メチルイソキノリン−3−カルボキシレート、及びロイペプチン)の存在下(c)、ロイペプチンを含まない同じ混合物の存在下(d)、及びロイペプチンのみの存在下(e)で行われた。そのタンパク質、ペプチド、及び化合物濃度は、それぞれ、15nM、30μM、及び20μMであった。2.8秒反復時間を有する全部で128スキャンを、各々のスペクトルについて記録した(6分測定時間)。Pep及びC−pepは、それぞれ基質及び生成物である。(c)及び(e)における星印は、失われた開裂ペプチドのシグナルの化学シフトを示す。
【図5】図5は、3つの異なるタンパク質である25nM AKT1(図5A上)、15nMトリプシン(図5B中)、及び150nM PAK4(図5C下)の存在下における配列番号:2のペプチドの19Fスペクトルを提供する。そのペプチドは、AKT1及びトリプシンについての良好な基質である。リン酸化ペプチドの化学シフトと比較すると、その開裂したペプチドの化学シフトは全く異なる。p−21活性化タンパク質PAK4の存在下で行われるその反応は、リン酸化ペプチドの化学シフトでのシグナルの出現をもたらす。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素の阻害剤を同定する方法であって:
a)前記酵素の基質をCF3部分で標識すること;
b)前記CF3標識基質についての19Fシグナルシフトを前記酵素の存在下で時間をかけて測定することによって、前記時間が、未修飾のCF3標識基質の前記酵素による修飾されたCF3標識基質への転化に必要な長さの時間となること;
c)前記CF3標識基質についての19Fシグナルシフトを前記酵素と阻害剤又は阻害剤を含有する混合物との存在下で前記時間をかけて測定すること;及び、
d)阻害剤を、該阻害剤を含有する前記混合物のデコンボリューションにより同定すること
を含んでなる方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、前記酵素がキナーゼである方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法に従って同定できる酵素阻害剤。
【請求項4】
請求項2に記載の方法に従って同定できるキナーゼ阻害剤。
【請求項5】
酵素のアゴニストを同定する方法であって:
a)前記酵素の基質をCF3部分で標識すること;
b)前記CF3標識基質についての19Fシグナルシフトを前記酵素の存在下で時間をかけて測定することによって、前記時間が、未修飾のCF3標識基質の前記酵素による修飾されたCF3標識基質への転化に必要な長さの時間となること;
c)前記CF3標識基質についての19Fシグナルシフトを、前記酵素とアゴニスト又はアゴニストを含有する混合物との存在下で前記時間をかけて測定すること;及び、
d)アゴニストを、該アゴニストを含有する前記混合物のデコンボリューションにより同定すること
を含んでなる方法。
【請求項6】
請求項5に記載の方法であって、前記酵素がキナーゼである方法。
【請求項7】
請求項5に記載の方法に従って同定できる酵素アゴニスト。
【請求項8】
請求項6に記載の方法に従って同定できるキナーゼアゴニスト。
【請求項9】
酵素の未知機能を特性決定する方法であって:
a)既知機能酵素の基質をCF3部分で標識すること;
b)前記CF3標識基質についての19Fシグナルシフトを活性化された既知機能酵素の存在下で時間をかけて測定することによって、前記時間が、未修飾のCF3標識基質の前記既知機能酵素による修飾されたCF3標識基質への転化に必要な長さの時間であること;及び、
c)前記CF3標識基質についての19Fシグナルシフトを未知機能の活性化された酵素の存在下で時間をかけて測定することによって、前記時間が、未修飾のCF3標識基質の未知機能の前記酵素による修飾されたCF3標識基質への転化に必要な時間であること
を含んでなる方法。
【請求項10】
請求項9に記載の方法であって、該既知機能酵素が、キナーゼ、プロテアーゼ、ホスファターゼ、又はリガーゼである方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2009−501312(P2009−501312A)
【公表日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−518173(P2006−518173)
【出願日】平成16年7月12日(2004.7.12)
【国際出願番号】PCT/EP2004/007672
【国際公開番号】WO2005/005978
【国際公開日】平成17年1月20日(2005.1.20)
【出願人】(508270819)ネルヴィアーノ・メディカル・サイエンシズ・ソチエタ・ア・レスポンサビリタ・リミタータ (3)
【Fターム(参考)】