説明

生物学分析的応用に用いられるダイヤモンドクリスタリット

【課題】生体分子の固定化、および任意で、後に続く分析のための、使用に便利なダイヤモンドベースの組成物を提供する。
【解決手段】(1)化学誘導体化された表面基を有するダイヤモンドクリスタリット、および(2)官能基を有するポリマー、を含むものであって、官能基の一部が化学誘導体化された表面基と非共有結合してなるダイヤモンドベースの組成物である。また、かかる組成物を用いて、この組成物に結合する生体分子を同定することにより生体試料の分析を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学分析的応用に用いられるダイヤモンドクリスタリットに関するものである
【背景技術】
【0002】
生体分子の固定化は、バイオチップおよびバイオセンサーなど、多くのバイオテクノロジー応用における重要な工程である(「Nature Biotechnology」誌、Drummondら、2003年、21:1192から1199、「Current Opinion in Chemical Biology」誌、Zhuら、2003年7:55から63、「Nature Reviews Cancer」誌、Wulfkuhleら、2003年、3:267から275および「Molecular & Cellular Proteomics」誌、Tirumalaiら、2003年、2:1096から1103参照)。固体の担体に生体分子を固定させるための様々な方法が開発されている。
【0003】
例えば、アフィニティークラマトグラフィーカラム用のマイクロメーターサイズのアガロースビーズは、未精製の試料溶液中から目的のタンパク質を捕捉するために用いられている。そして、このアガロースビーズは回収されて、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)飛行時間型(TOF)質量分析法(MS)による分析ができるようになる(「Rapid Communication in Mass Spectrometry」誌、Hutchensら、1993年、7:576から580参照)。しかし、表面に結合された(surface-bound)タンパク質の直接分析には、質量分解能と精度の低下が伴うことが多く、これはイオン形成と抽出におけるアガロースビーズの干渉が原因だとされている。
【0004】
ほかの例としては、その光透過性、化学安定性および生物学的親和性から、ダイヤモンドが生物学分析的応用における生体分子を固定する材料として用いられている(「Biomaterials」誌、Tangら、1995年、16:483から488および「Biomater」誌、Hauertら、2003年、12:583参照)。生体分子を結合させるため、ダイヤモンド表面に化学誘導体化された表面基(chemically derivatized surface groups)を導入することができる(「Surface Science」誌、Millerら、1999年、439:21から33、「Langmuir」誌、Millerら、1996年、12:5809から5817、「Nature Materials」誌、Yangら、2002年、1:253から257、「Journal of the American Chemical Society」誌、Strotherら、2000年、122:1205から1209および「Chemical Physics Letters」誌、Ushizawaら、2002年、351:105から108参照)。しかしながら、現在行われている固定化法は多くの場合、一般的に使用するのには時間がかかりすぎる上に手間がかかる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
生体分子の固定化、および任意で、後に続く分析のための、使用に便利なダイヤモンドベースの組成物を開発する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
1態様において、本発明は、(1)化学誘導体化された表面基からなる表面を有するダイヤモンドクリスタリット、および(2)複数の官能基を有するポリマー、を含んでなるダイヤモンドベースの組成物に特徴を有する。化学誘導体化された表面基は、官能基の一部と非共有結合するため、ポリマーがダイヤモンドクリスタリットの表面を被覆できるようになる。
【0007】
化学誘導体化された表面基は、アミノ基、カルボキシル基、カルボニル基、リン酸基または水酸基であり得る。官能基は、化学誘導体化された表面基と相互作用を生じて非共有結合を形成するものであれば、任意の化学物質であってよい。例えば、官能基は、イオン性基である場合に、同じくイオン性基ではあるが電荷が逆の化学誘導体化された表面基とイオン結合を形成する。別の例として、負の電荷を帯びた表面リン酸基は、間に介在する金属カチオンを介しアルカロイドと相互作用して、“塩橋”を形成することができる。また別の例として、表面水酸基とプロトン化したアミノ基との間には水素結合が形成され得る。さらにまた別の例として、長い炭化水素鎖、例えばC18を持つカルボニル誘導体間には疎水結合が形成され得る。
【0008】
官能基は、化学誘導体化された表面基と結合できるだけでなく、架橋剤、生体分子、細胞小器官または細胞とも結合することができる。この架橋剤は、化学誘導体化された表面基のうちの1つと、生体分子、細胞小器官または細胞とにそれぞれ結合する少なくとも2つの反応基を有している、という点に注目すべきである。
【0009】
下記に挙げるのは、本発明の有用な4種のダイヤモンドベースの組成物である。
【0010】
組成物(1)中の、化学誘導体化された表面基と結合しない官能基は、未結合となっている(unoccupied)。この組成物は、その未結合の官能基との共有または非共有の相互作用によって生体分子、細胞小器官または細胞を結合させるものとして用いることができる。共有相互作用の例として、生体分子と官能基との間にジスルフィド結合が形成され得る。
【0011】
組成物(2)は、その官能基の少なくとも1つが架橋剤の反応基と共有結合するという点においてのみ組成物(1)とは異なっており、この架橋剤は、追加された未結合の反応基を少なくとも1つ有している。この組成物は、その未結合の反応基を介して生体分子を共有結合させるものとして用いることができる。
【0012】
組成物(3)は、生体分子、細胞小器官または細胞を、その未結合の官能基と共有または非共有結合させるという点においてのみ組成物(1)と異なっている。この組成物は、分子量既知の生体分子を含んでいる場合に、同定されるべき生体分子を含有する別の組成物との比較基準として用いることができる。また、この組成物を、第1の生体分子、細胞小器官または細胞を介して、第2の生体分子、細胞小器官または細胞を結合させるために用いてもよい。このような組成物も、本発明の範囲内に入る。例えば、遊離面のスルフヒドロル基を有する酵母のシトクロムc(YCC)を第1の生体分子として用い、遊離システイン残基を有する第2の生体分子と、ジスルフィド結合されるようにしてもよい。
【0013】
組成物(4)は、生体分子、細胞小器官または細胞を、その未結合の反応基と共有結合させる点において組成物(2)と異なっている。組成物(3)と同じように、この組成物は、分子量既知の生体分子を含んでいる場合に、同定されるべき生体分子を含有する別の組成物との比較基準として用いることができる。また、この組成物を、第1の生体分子、細胞小器官または細胞を介して、第2の生体分子、細胞小器官または細胞を結合させるために用いてもよい。
【0014】
別の態様において、本発明は、例えば血清などの生体サンプルを分析する方法に関するものである。例として、サンプルと組成物(1)を混合し、試料中の目的分子と組成物(1)を非共有結合させて、例えば質量分析法により分子を同定することができる。別な例としては、試料と組成物(2)を混合し、試料中の目的分子と組成物(2)を共有結合させて、分子を同定することができる。
【0015】
本明細書の記載および特許請求の範囲により、本発明の、その他の特徴、目的および長所が明らかとなろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、(1)化学誘導体化された表面基を有するダイヤモンドクリスタリット、および(2)官能基を有するポリマー、を含んでなるダイヤモンドベースの組成物に関するものである。ダイヤモンドクリスタリットは、化学誘導体化された表面基と官能基間の非共有性相互作用を通して、ポリマーに被覆される。
【0017】
“ダイヤモンドクリスタリット”という語は、直径サイズが1nmから100μm(例えば5nmから20μm)のダイヤモンド粉末のことである。ダイヤモンドクリスタリットのサイズは、用途および使用する分析法に応じて選ばれる。例えば、100から500nmのダイヤモンドクリスタリットは、ダイヤモンドに結合した生体分子を遠心分離法で分離する場合に非常に適している。別の例として、カラムクロマトグラフフィーには1から100μmのものが要される。上記の“直径”という語は、ダイヤモンドクリスタリットにおける最も長い2点間の距離として定義される。また、ダイヤモンドクリスタリットのサイズはアスペクト比によって表すこともでき、これは、最長の長さの、最短の長さに対する比として定義される。例えば、組成物(1)から(4)におけるダイヤモンドクリスタリットは、アスペクト比が1対2であることが好ましい。ダイヤモンドクリスタリットのサイズは、機械篩(マイクロメーターサイズの粉末の場合)、または、各種電子顕微鏡、例えば走査透過電子顕微鏡(ナノメーターサイズの粉末の場合)によって測定することが可能である。
【0018】
本発明にかかわるダイヤモンドクリスタリットを作製するには、先ず、化学誘導体化された表面基が形成されるようにダイヤモンド表面を修飾する。この“化学誘導体化された表面基”という語は、アミノ基、カルボキシル基、カルボニル基、水酸基、アミド基、ニトリル基、ニトロ基、ジアゾニウム基、スルフィド基、スルホキシド基、スルホン基、スルフヒドリル基、エポキシル基、ホスホリル基、オキシカルボニル基、硫酸基、リン酸基、イミド基、イミドエステル基、ピリジニル基、プリニル基、ピリミジニル基、およびグアニジニル基のことをいう。これらは、従来の有機合成の手法により、僅かな修飾が加えられてダイヤモンド表面に導入され得る。例えば、下記の実施例(1)で説明するように、カルボキシル基は、酸化・酸処理によってダイヤモンド表面に導入することができる。その他の化学誘導体化された表面基は、出発のカルボキシル基から誘導されたものであり得る。例えば、アミド基は、カルボキシル化されたダイヤモンドクリスタリットを濃縮NH3溶液中で室温、1日反応させることにより生成することができる。アミノ基は、カルボキシル化されたダイヤモンドクリスタリットを塩化チオニル中で50℃、1日処理してから、還流させながらエチレンジアミン中で1日処理することにより、ダイヤモンド表面に導入することができる。また、カルボニル基は、先ず、カルボキシル基を塩化アシルまたはブロミド基に変換してから、SN2またはSN1アルキル化反応させることにより生成することができる。これらイオン性の化学誘導体化された表面基は、同じくイオン性基を持つが電荷は逆である官能基とイオン結合を形成することができる。この“イオン性基”という語は、所定のpHにおいて溶液中でイオンを形成し得る化学基のことをいう。イオン性基の例としては、アミノ基、カルボキシル基、水酸基、アミド基、スルフィド基、スルフヒドロリル基、イミド基、ピリジニル基、プリニル基、ピリミジニル基およびグアニジニル基がある。
【0019】
この“ポリマー”という語は、例えばポリペプチド、多糖類、核酸、工業用ポリマー(例えばポリスチレン、ポリエステル、ポリエチレングリコールおよびポリビニルハライド)、ならびにこれらの誘導体などの高分子を含むものである。これらポリマーは、化学誘導体化された表面基と相互作用が生じ得るように、多数の官能基を含有したものでなければならない。例えば、分子量が3000から30000(例えば10000)であるポリ−L−リジンは、カルボキシル化されたダイヤモンドクリスタリットを被覆するものとして使用可能である。別の例として、ポリ−L−アルギニンを用いてもよい。これら2つの例において、重要な官能基はいずれもアミノ基である。
【0020】
解決の手段の欄で述べた組成物(1)において、化学誘導体化された表面基と結合しない官能基は、未結合となっていることに注目されたい。同じく解決の手段の欄で述べた組成物(2)において、2つ以上の反応基を持つ架橋剤は、反応基とその未結合の官能基のうちの1つとの間の共有結合を通して、組成物(1)に結合される。この“架橋剤”という語は、2つ以上の反応基をそれぞれ有するヘテロ官能性の(heterofunctional)化学的クロスリンカーのことをいう。これら反応基のうち、1つはポリマーの官能基と共有結合し、もう1つは未結合となっているため、より望みに適った操作が可能となる。このような架橋剤の例には、スルホスクシンイミジル4−(N−マレイミドメチル)−シクロヘキサン−1−カルボキシラート(sulfosuccinimidyl4-(N-maleimidomethyl)-cyclohexane-1-carboxalate=SSMCC)、γ−マレイミド酪酸N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(γ-mareimidobutyric acid N-hydroxysuccinimide ester=GBMB)、N−[α−マレイミドカプロイルオキシ]スクシンイミドエステル(N-[α-maleimidocaproyloxy]succinimide ester)、N−[α−マレイミドカプロイルオキシ]スルホスクシンイミドエステル(N-[α-maleimidocaproyloxy]sulfosuccinimide ester)、エチレングリコールビス(スクシンイミジルスクシナート)(ethylene glycolbis(succinimidylsuccinate))、3−[(2−アミノエチル)ジチオ]プロピオン酸(3-[(2-aminoethyl)dithio]propionic acid)、およびN−(α−マレインイミドアセトキシ)スクシンイミドエステル(N-(α-maleimidoacetoxy)succinimide ester)がある。これら架橋剤には適当な化学特性が与えられている。例えば、SSMCCはヘテロ二官能性クロスリンカーである。SSMCCの1端は、ポリマー被覆表面のアミノ基と反応し、もう1端はシステイン含有タンパク質のスルフヒドロリル基と特異的に反応する。別な例として、GMBSは、ポリマー被覆表面のスルフヒドリル基とタンパク質のリジンアミノ基との間で架橋剤として機能する。
【0021】
解決の手段の欄で述べた組成物(3)は、生体分子、細胞小器官または細胞と結合するポリマーで覆われたダイヤモンドクリスタリットを含むダイヤモンドベースの組成物である。この“生体分子”という語は、個々の分子および分子複合体を包含するものである。個々の分子としては、タンパク質、核酸、多糖、脂質、およびこれらの誘導体がある。よって個々の分子の例には、疎水性の炭化水素鎖と、1つ以上のカルボキシル基、スルフヒドリル基、水酸基、スルホキシド基、スルホニル基、アミノ基、ピリジニル基、アンモニウム基、カルボニル基、硫酸基、またはリン酸基を含む親水性鎖と、キレート剤と、例えばペプチドグリカンおよびリポグリカン(lipoglycan)などの抗原と、抗体と、DNAと、リポタンパク質、コレステロールおよびスフィンゴリピドと、炭水化物および例えば糖タンパク質であるその誘導体と、例えばATPおよびNADである代謝産物と、例えば脂質誘導体であるホルモンと、アミノ酸誘導体と、ポリペプチド、がある。MW>2000であるほぼ全てのタンパク質またはポリペプチドは、ポリマー被覆ダイヤモンドクリスタリットと非特異的に結合することができる。小型のタンパク質(例えばグラミシジン−Sおよびブラジキニン)またはポリペプチドにあっては、ポリマーのそれとは逆の正味の電荷を持っている限りは結合が起こり得る。核酸の場合には、非特異的な結合が起こり、かつ、ほぼ全てのオリゴデオキシヌクレオチドが、ポリマー被覆ダイヤモンドと結合することができる。オリゴデオキシヌクレオチドの例としては、dpT16、dpC16、dpA16、dpG9、dATCGGCTAATCGGCTA(16−mer)およびラムダgt11(フォワード、dGGTGGCGACGACTCCTGGAGCCCG)がある。例えば、ポリ−L−リジンにおける正電荷を持ったアミノ基は、中性のpHで、dpA16における負電荷を持ったリン酸基とイオン結合を形成することができる。分子複合体としては、タンパク質−タンパク質の組み合わせ、タンパク質−ポリヌクレオチドの組み合わせおよびリポソームがある。分子複合体は、抗体、ウィルスノキャプシッド、またはリポソームであり得る。“細胞小器官”という語は、単細胞または多細胞生物におけるサブ細胞構造のことをいう。例としては、核小体、ミトコンドリア、リボソーム、リソソーム、ゴルジ体、エンドソームおよび小胞体がある。“細胞”という語は、単細胞または多細胞生物の基本的な構造的および機能的単位のことをいう。例としては、細菌性細胞、体細胞、成人幹細胞、および胚幹細胞がある。
【0022】
ダイヤモンド表面に固定化されたDNAは、酵素的に分解してより小さい断片(例えば、ホスホジエステラーゼによって3’から5’および5’から3’の方向に切断)にしたのちに、MALDI−TOF−MSでの連続分析が行えるようになる。リポソームは、広く、薬物担体として探究が行われてきたものである。薬物を担持するリポソームとしての安定性は、ダイヤモンドクリスタリットに結合させることで確保されている(すなわち半減期が延長されている)。また、ダイヤモンド表面にウィルスを固定することによりウィルス粒子の分離と分析を容易にするために、ダイヤモンドクリスタリットが用いられている。
【0023】
同じく解決の手段の欄で述べた組成物(4)は、架橋剤と結合するポリマーで覆われたダイヤモンドクリスタリットであり、この架橋剤はさらに生体分子、細胞小器官または細胞と結合する。「Analytica Chimica Acta」(Shriver-Lakeら、2002年、470:71から78)に記述されているように、細胞小器官および細胞は、架橋剤と共有結合することを通して、ダイヤモンド表面と結合することができる。組成物(3)および(4)においてはいずれも、生体分子、細胞小器官または細胞が、さらに第2の生体分子、細胞小器官または細胞と結合することができる。この第2の生体分子、細胞小器官または細胞は、ポリマー被覆ダイヤモンドクリスタリットに結合した架橋剤に抗体(すなわち第1の生体分子)が共有結合されることによって、ダイヤモンド表面に結合され得る。対応する抗原、例えばポリペプチド配列、またはそのグリコール−もしくはリポ−誘導体などを認識する抗体は、その抗原を持った標的(antigen-bearing target)、例えば分子、分子複合体、細胞小器官、ウィルスのキャプシッド、リポソームまたは細胞などに特異的に結合することができる。
【0024】
本発明はさらに、試料と組成物(1)を混合して、試料中の目的分子と組成物(1)とを非共有結合させて、その分子を同定することにより、生体試料の分析を行う方法に特徴を有するものである。この“生体試料”という語は、任意の生体由来の試料のことをいう。例としては、細胞内容物、組織生検部位、母乳、胃液、気管支液、脳脊髄液、腹水、子宮膣部の分泌液、尿、便、精液、月経血、唾液、痰、および血清の抽出物がある。組成物(1)に結合した分子は、MALDI−TOF−MS、ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)、および酵素免疫測定法(ELISA)といった標準的な分析法によって同定することができるが、これらの方法だけに限定されることはない。
【0025】
本発明における生体試料を分析する第2の方法は、試料と組成物(2)を混合し、生体試料中の目的分子を組成物(2)と共有結合させて、分子を同定することにより行われるものである。この組成物と結合する分子も同様に、MALDI−TOF−MS、SDS−PAGE、およびELISAといった標準的な分析法によって同定することができるが、これらの方法だけに限定されることはない。
【0026】
下記の具体例は、どのようなかたちであろうとも、その他の開示部分を単に説明するものであって、決して、制限するものではないと解釈されるべきである。さらなる詳述はしなくとも、当業者は、本明細書の記載に基づいて、本発明を最大限に利用することができる。なお、ここに引用する全ての刊行物を、参考のため本明細書にその全文を添付する。
【実施例1】
【0027】
直径5から100nmのダイヤモンドクリスタリットを、「Chemical Physics Letters」(Ushizawaら、2002年、351:105から108)に記述されている手順にしたがって酸処理により官能基化した。具体的には、先ず、ダイヤモンドクリスタリット(直径100nm)を、濃H2SO4およびHNO3を9:1(v/v)で混合した混合物中で75℃、3日間加熱してから、0.1M NaOH水溶液中で90℃、2時間加熱し、最後に、0.1M HCL水溶液中で90℃、2時間加熱した。その結果得られたカルボキシル化ダイヤモンドクリスタリットを純水で十分にすすぎ、久保田商事社製遠心分離機3700を用い、12000rpmで遠心分離を行った。1mLにつきダイヤモンドクリスタリット1mgと0.1mgをそれぞれ含有する2種類のストック懸濁液を、純水を用いて調製した。カルボキシル化ダイヤモンドクリスタリット0.07gを、ホウ酸(10mL、NaOH水溶液でpHが8.5に調節されたもの)中で、ポリ−L−リジン0.03gと30分間混合し、アミノ基を含むポリ−L−リジンで覆われたダイヤモンドクリスタリットを得た(“アミノ化ダイヤモンドクリスタリット”)。続いて、このようにして得たアミノ化ダイヤモンドクリスタリットを、純水で十分に洗浄した。
【実施例2】
【0028】
実施例1で調製したポリ−L−リジン被覆ダイヤモンドクリスタリット0.07gを、pH8.5のリン酸緩衝生理食塩水10mL中で、ヘテロ二官能性架橋剤であるSSMCC2.2mgと1時間混合して、ポリ−L−リジン/SSMCC被覆ダイヤモンドクリスタリットを得た。遠心分離により余分なSSMCCを分離してから、沈殿したダイヤモンドクリスタリットを純水で十分に洗浄した。
【実施例3】
【0029】
実施例1で調製したカルボキシル化ダイヤモンドクリスタリットを用いてヒト血清の分析を行った。血清試料を健康な男性から採取して凝固させたのち、遠心分離法により分離した。こうして分離された血清を50−μlずつに分けたら、速やかに−20℃の冷蔵庫に入れて、使用するまで保存した。そして、血清の質量分析をすべく3種類の測定をそれぞれ別々に行った。
【0030】
(1)従来法である。血清1μLを、4−ヒドロキシ−α−シアノ桂皮酸(4-hydroxy-α-cyanocinnamic acid=4HCCA)マトリックス溶液50μLに混合してから、その血清マトリックス混合物2μLを、ステンレス製のMALDI−TOF−MSプローブに堆積し、空気乾燥させた。
【0031】
(2)ZipTip法である。先ず、分子を付着するための樹脂が備わったZipTip(登録商標、ミリポア社製C18ピペットチップ)を、調製の標準プロトコールにしたがって作動させた。続いて、ピペットで試料溶液(10μLずつ)を5回吸入および吐出することにより、血清50μLをZipTipに繰り返し通した。0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)および5%メタノールを含有する水溶液で3回すすいだのち、樹脂に付着した分子を、0.001:1:1(v/v)で混合したTFA−アセトニトリル−水混合物(10μL)で溶出した。その溶出物の半量を、4HCCAマトリックス溶液2μLと混合し、その混合物をMALDI−TOF−MSプローブ上に堆積した。
【0032】
(3)ダイヤモンドクリスタリット法である。血清10μLを純水で100倍に希釈してから、ダイヤモンドクリスタリット懸濁液(1mg/mL)10μLと混合した。2分間で平衡に達したのち、その混ざり合った溶液を5分遠心分離にかけ、上清を除去した。その沈殿物を純水(1mL)で1回洗浄してから、遠心分離(3分間)により回収し、最後に、4HCCAマトリックス溶液5μLと混合した。その混合物のアリコート(1μL)を質量分光計測のためにMALDI−TOF−MSプローブ上に堆積した。
【0033】
従来法においては、適当な信号対雑音比のマススペクトルを得る目的で、各試料を4HCCAで直接50倍に薄めた。そのスペクトルは、ヒト血清アルブミンに対応するm/z66440、33220および22510において、それぞれ3つの強いシグナルを示したが、m/z2000〜10000では、目立った特徴は2つしか現れなかった。ZipTip法で精製した血清試料では、試料が脱塩および前濃縮されているために、m/zの低い領域において、多くの新たな特徴が現れた。ダイヤモンドクリスタリット法で調製された血清試料では、情報を得るために用いたのが10倍未満の血清にもかかわらず、同様に良質なマススペクトルが得られた。ZipTipの結果と対比して、得られたマススペクトルは、全ピーク強度で5倍以上あり、かつ、全質量範囲にわたって現れたスペクトル特徴ははるかに多かった。さらに、ダイヤモンドクリスタリット法では、ZipTip法に比べて、アルブミンのピークの広がりが抑えられた。高選択性はもちろん、高感度をも犠牲にすることなく、およそ10分程度の短い時間で各試料全ての分析が終了した。
【0034】
これらの結果は予期不可能なものであり、その他の既存法に比べて、感度と精度を著しく改善できた。
【実施例4】
【0035】
実施例2で調製したポリ−L−リジン/SSMCC被覆ダイヤモンドクリスタリットを用いて、タンパク質を共有結合させた。この結晶(10mLに0.07g)と、リン酸で緩衝されたYCC(pH6.5のリン酸緩衝生理食塩水5mL中のタンパク質1.6mg)26μMとを1時間混合した。その結果得られたタンパク質−ダイヤモンド混合物を、遠心分離後、試料の上清部分が澄んで透明となるまで繰り返し純水ですると、409nmで無視できる程度の吸収を示した。
【0036】
YCCは、409nm(ソレー帯)で強い吸収を示し、ヘテロ二官能性架橋剤であるSSMCCに共有結合するための単一の遊離スルフヒドリル基(システイン102)を有している。架橋剤の1端はポリ−L−リジン被覆ダイヤモンドクリスタリットのアミノ基と反応し、もう1端はシステイン含有タンパク質のスルフヒドリル基と反応した。ポリ−L−リジンおよびSSMCCで前処理された直径100nmのダイヤモンドクリスタリットに固定化されたYCCのフーリエ変換赤外分光(FTIR)スペクトルにおいて、ポリ−L−リジンおよびYCCは、スペクトルにおけるアミドIとIIバンドを観測するのに有用であった。しかしながら、後者の有用性については、〜1800cm-1における表面C=Oの吸収帯に関するスペクトルを適当に正規化したのちに、アミドの振動領域におけるポリ−L−リジンのスペクトルを除去することにより、半定量的な推定を行うのに有用であるというものであった。同様の分析を、直径5nmのダイヤモンドクリスタリット上のYCCにも行ったところ、SSMCCを用い共有結合で固定化したタンパク質の吸収密度は、SSMCCを用いずに非共有結合で固定化したタンパク質のほぼ2倍であった。
【0037】
2種類の試料、つまり、YCC被覆ダイヤモンドクリスタリットとポリ−L−リジン/SSMCC/YCC被覆ダイヤモンドクリスタリットを、Ge(111)ウェハ上の離れた位置に堆積してから空気乾燥し、薄膜を形成した。FTIRを分光プローブとして用い、これら2枚のタンパク質の膜の安定性を試験した。いずれのフィルムも、10回の洗浄を繰り返した後にも、そのスペクトルが実質的に非荷電のままでいるほど安定であった。試料の懸濁液を4℃で5ヶ月間保存したのちでも、そのYCCフィルムは、非共有結合しているタンパク質の脱離がいくらか生じることで、両アミドバンドの強度の僅かな低下が示されただけであった。そしてより注目すべきは、このポリ−L−リジン/SSMCC/YCCフィルムが、新たに調製したばかりのそれと実質的に同一のスペクトルを作り出して、予想以上に高い固定化分子の安定性を示したことである。
【実施例5】
【0038】
実施例1で調整したアミノ化ダイヤモンドクリスタリットを用いて核酸の検出を行った。MALDI−TOF−MSによりDNAの検出を行うべく、2,4,6トリヒドロキシアセトフェノン(3HPA)、ピコリン酸(PA)、クエン酸水素ジアンモニウム、およびTFAからなるマトリックス溶液を使用した。この溶液は、3HPA50mg、PA7mgおよびクエン酸アンモニウム10mgを、0.1%TFA入り50%アセトニトリル溶液500μLに溶かして調製したものである。試料の減容に対してダイヤモンドクリスタリットが有用であることを証明するため、濃度の異なる(0.1〜100nM)オリゴデオキシヌクレオチド溶液をそれぞれ純水で調製した。上述したタンパク質分析の手順と同様にして、オリゴデオキシヌクレオチド溶液のアリコート(500μL)と、活性化ダイヤモンドクリスタリット(0.2〜10μL)とを遠心分離管中で10分間混合した。そのオリゴデオキシヌクレオチド付着ダイヤモンドクリスタリットを遠心分離して沈殿させた。上清を除去したのち、その沈殿にマトリックス溶液(1.5〜10μL)を加えて再懸濁した。そして、再懸濁液のアリコート(1μL)をMALDI−TOF−MSプローブに堆積して空気乾燥した。
【0039】
ダイヤモンドクリスタリット処理を施した、および施していないオリゴデオキシヌクレオチドdpA16について、そのマススペクトルを得た。ダイヤモンドクリスタリットを備えないものでは、40nM溶液中のオリゴデオキシヌクレオチド(MALDI−TOF−MSプローブ上のマトリックス溶液0.5μLに試料溶液0.5μLを混合したもの)について、1価および2価の陰イオンに対応するピークが認められた。しかし、より低い濃度では、確認可能なシグナルはなかった。ダイヤモンドクリスタリットを用いて前濃縮したオリゴデオキシヌクレオチドでは、4nMの濃度でシグナルが認められ、しかも、検出限界が0.4nMまで大幅に低減された。タンパク質の分析と同様に、ダイヤモンドクリスタリットの存在がMALDI−TOF−MSのパフォーマンスに悪い影響を与えるようなことはほとんどなかった。
【0040】
dpA16以外に、例えばC、T、Gなどその他の塩基からなるオリゴデオキシヌクレオチドその混合物も、対応する(associated)m/z領域において、1価陰イオンに対し高感度で検出された。これらのオリゴデオキシヌクレオチドのイオンフラグメンテーションの範囲が全く異なることからすれば、この発見は予測不可能なものである。さらに意外な発見は、ターゲット分子の100倍もある例えばユビキチンなどのタンパク質混入物(protein contaminants)を含んだ溶液中のオリゴデオキシヌクレオチドに対する質量分析に対しても、そのパフォーマンスに何ら劣化の兆候を示さない、ということであった。
【0041】
本明細書において開示した特徴は全て任意に組み合わせることができるものである。また、本明細書で開示した各特徴は、同一、均等または類似する目的を実現できる別の特徴によって置換することも可能である。したがって、特に明示のない限り、ここに開示された各特徴は、単に、一連の均等または類似する特徴の包括的な例である。
【0042】
当業者であれば、上述の説明から、本発明の本質的特徴を理解することができ、かつ、本発明の思想および範囲を逸脱することなく、各種の利用方式および状況に適合するよう、本発明に様々な変更および修飾を加えることができる。つまり、その他の実施形態も本発明の特許請求の範囲に含まれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学誘導体化された表面基からなる表面を有するダイヤモンドクリスタリットと、複数の官能基を有するポリマーと、を含み、
前記化学誘導体化された表面基が、アミノ基、カルボキシル基、カルボニル基、水酸基、アミド基、ニトリル基、ニトロ基、ジアゾニウム基、スルフィド基、スルホキシド基、スルホン基、スルフヒドリル基、エポキシル基、ホスホリル基、オキシカルボニル基、硫酸基、リン酸基、イミド基、イミドエステル基、ピリジニル基、プリニル基、ピリミジニル基、またはグアニジニル基であり、前記官能基の一部が前記化学誘導体化された表面基と非共有結合するダイヤモンドベースの組成物。
【請求項2】
前記化学誘導体化された表面基と結合しない前記官能基が、未結合となっている請求項1記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項3】
前記化学誘導体化された表面基と前記官能基とがいずれもイオン性基である請求項2記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項4】
2つ以上の反応基を持つ架橋剤をさらに含み、1つの反応基が前記官能基の1つと共有結合し、もう1つの反応基が未結合となっている請求項1記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項5】
前記架橋剤が、スルホスクシンイミジル−4−(N−マレイミドメチル)−シクロヘキサン−1−カルボキシラート、γ−マレイミド酪酸N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、N−[α−マレインイミドカプロイルオキシ]スルホスクシンイミドエステル、エチレングリコールビス(スクシンイミジルスクシナート)、3−[(2−アミノエチル)ジチオ]プロピオン酸、およびN−(α−マレインイミドアセトキシ)スクシンイミドエステルからなる請求項4記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項6】
前記化学誘導体化された表面基と前記官能基とがいずれもイオン性基である請求項4記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項7】
前記架橋剤が、スルホスクシンイミジル−4−(N−マレイミドメチル)−シクロヘキサン−1−カルボキシラート、γ−マレイミド酪酸N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、N−[α−マレインイミドカプロイルオキシ]スルホスクシンイミドエステル、エチレングリコールビス(スクシンイミジルスクシナート)、3−[(2−アミノエチ)ジチオ]プロピオン酸、およびN−(α−マレインイミドアセトキシ)スクシンイミドエステルからなる請求項6記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項8】
2つ以上の反応基を持つ架橋剤をさらに含み、1つの反応基が前記官能基の1つと共有結合し、もう1つの反応基が第1の生体分子、細胞小器官または細胞と共有結合する請求項1記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項9】
前記化学誘導体化された表面基と前記官能基とがいずれもイオン性基である請求項8記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項10】
前記第1の生体分子、細胞小器官または細胞がさらに、第2の生体分子、細胞小器官または細胞と結合する請求項9記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項11】
別な反応基が第1の生体分子と結合する請求項10記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項12】
前記架橋剤が、スルホスクシンイミジル−4−(N−マレイミドメチル)−シクロヘキサン−1−カルボキシラート、γ−マレイミド酪酸N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、N−[α−マレインイミドカプロイルオキシ]スルホスクシンイミドエステル、エチレングリコールビス(スクシンイミジルスクシナート)、3−[(2−アミノエチル)ジチオ]プロピオン酸、およびN−(α−マレインイミドアセトキシ)スクシンイミドエステルからなる請求項11記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項13】
前記第1の生体分子、細胞小器官または細胞がさらに、第2の生体分子、細胞小器官または細胞と結合する請求項8記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項14】
別な反応基が第1の生体分子と結合する、請求項13記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項15】
前記架橋剤が、スルホスクシンイミジル−4−(N−マレイミドメチル)−シクロヘキサン−1−カルボキシラート、γ−マレイミド酪酸N−ヒドロキシスクシンイミドエステル、N−[α−マレインイミドカプロイルオキシ]スルホスクシンイミドエステル、エチレングリコールビス(スクシンイミジルスクシナート)、3−[(2−アミノエチル)ジチオ]プロピオン酸、およびN−(α−マレインイミドアセトキシ)スクシンイミドエステルからなる請求項14記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項16】
前記未結合となっている官能基に共有または非共有結合する第1の生体分子、細胞小器官または細胞をさらに含む請求項1記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項17】
前記化学誘導体化された表面基と前記官能基とがいずれもイオン性基である請求項16記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項18】
前記第1の生体分子、細胞小器官または細胞がさらに、第2の生体分子、細胞小器官または細胞と結合する請求項17記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項19】
前記第1の生体分子、細胞小器官または細胞がさらに、第2の生体分子、細胞小器官または細胞と結合する請求項16記載のダイヤモンドベースの組成物。
【請求項20】
生体試料を分析する方法であって、
請求項2に記載のダイヤモンドベースの組成物を準備する工程、および、
前記試料中の目的生体分子と前記組成物とが、1つ以上の前記未結合となっている官能基を介して共有または非共有結合するように、前記試料と前記組成物を混合し、前記目的生体分子を同定する工程、
からなる生体試料を分析する方法。
【請求項21】
生体試料を分析する方法であって、
請求項4に記載のダイヤモンドベースの組成物を準備する工程、および、
前記試料中の目的生体分子と前記組成物とが、前記未結合となっている反応基を介して共有結合するように、前記試料と前記組成物を混合し、前記目的生体分子を同定する工程、
からなる生体試料を分析する方法。

【公開番号】特開2006−189308(P2006−189308A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2005−973(P2005−973)
【出願日】平成17年1月5日(2005.1.5)
【出願人】(596118493)アカデミア・シニカ (33)
【氏名又は名称原語表記】ACADEMIA SINICA
【Fターム(参考)】