説明

生物組織標本用包埋ブロックの製造方法および包埋ブロック用情報表示ラベル

【課題】有機溶媒及びホルマリンに接しても剥がれない生物組織標本用包埋ブロック及び表示ラベルを提供する。
【解決手段】容器1は、壁面に貫通させて薬液入出孔2を多数整列させて形成した通液性の容器1であり、ホルマリンにて固定処理された生体試料Aを収容すると共に、生体試料Aに関する情報を表示するラベル3を傾斜面4に接着して設けている。ラベル3は、ポリエチレンテレフタレートを主成分とするフィルム状のラベル基材の裏面にシアノアクリレート系接着剤層を介して容器1の傾斜面4に接着したものであり、このラベル表面には顔料系インクで生体試料情報が記録されている。シアノアクリレート系接着剤層は、被着体表面の空隙に浸透して完全に濡れて隙間なく接着する。そのため、接着剤層と容器表面の間や、接着剤層とラベル基材の間にキシレン、ホルマリン、アルコールが浸透する空隙がなくなり、ラベルは包埋の処理工程を経ても剥がれ難くなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、生物組織標本用包埋ブロックの製造方法およびこの包埋ブロック用情報表示ラベルに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、臨床医が採取した病理組織等を検査に供するため、またはその他の生物学的実験のために、動・植物のパラフィン包埋組織標本が必要とされる場合に、ホルマリンなどで固定処理された組織が包埋カセットに収容された状態で、脱水・脱脂、パラフィンの浸透および包埋処理が行なわれている。
【0003】
通常、標本に供される組織は生体から取り出した直後から急速に乾燥し、タンパク変性(自己融解)が起きるため、前述の固定処理によって組織や細胞を生きていたときにできるだけ近い状態に留めるようにする。その際に用いる固定液としては、ホルマリンやメチルアルコール、エチルアルコール等が用いられる。
【0004】
前記した包埋カセットや包埋ブロック台は、市販されている周知なものであり、臨床医から移送された病理各患者からの検体の忠実な保管とその追跡管理を確実にできるように、文字、数字、記号、バーコードまたは二次元データコードなどによって記録情報を表示するラベルを接着しておき、包埋された組織を薄切りして鏡検に必要なスライドグラス標本を作製した後、適正な検査の証拠となるよう保管される(特許文献1)。
【0005】
ところで、生体組織標本は、包埋された状態からミクロトームで薄切りにされ、得られた薄片をスライドグラスに載せて、伸展、染色、封入の各処理を順次経た状態で鏡検されるが、このスライドグラスにも標本用ラベルが接着固定されている。
この場合に使用するラベルは、ホルマリンに接することがないので前記の包埋カセット用のラベルとは異なる条件で使用されるが、そのラベルとしては、ポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂製のシートの裏面にアクリル系糊剤を接着剤として用いたものが知られている(特許文献2)。
【0006】
【特許文献1】特開2002−303568号公報(請求項3、段落[0003]参照)
【特許文献2】特開平8−5640号公報(請求項1、段落[0009]参照)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、このような従来のスライドグラス標本用ラベルを、プラスチック製の包埋ブロック台や包埋カセットの表示ラベルとして転用すると、接着力が充分に得られずに剥がれてしまう場合がある。その理由として、包埋カセットは、アルコール、キシレンまたはその代替有機溶媒ばかりでなく、ホルマリンに浸漬されるものであり、また固定された生物組織が直接触れる場合など、ホルマリンに接することがあり、このホルマリンによってアクリル系糊剤は接着力が脆弱になってしまうからではないかと考えられる。
【0008】
そこで、この発明の課題は、上記した問題点を解決して生物組織をパラフィンに包埋する際に、必要な情報を表示するラベルを前記容器に表示するにあたり、そのラベルがアルコール、キシレンまたはその代替有機溶媒、およびホルマリンに接しても剥がれず、また印字された生体試料情報も消えることなく、包埋ブロックに生体試料情報が確実に記録されている生物組織標本用包埋ブロックの製造方法とし、またはそれに用いる包埋ブロック用情報表示ラベルとすることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、容器壁面に貫通させて薬液入出孔を形成した通液性容器に、ホルマリンにて固定処理された生体試料を収容すると共にこの生体試料に関する情報を表示するラベルを前記容器壁面に接着して設け、前記薬液入出孔から容器内にアルコールを出入りさせて前記生体試料を脱水・脱脂処理し、次いで前記アルコールおよびパラフィンに可溶な有機溶媒を前記容器内に薬液入出孔から出入りさせて生体試料中のアルコールと有機溶媒を置換した後、溶融パラフィンを前記容器内に薬液入出孔から出入りさせて生体試料中の有機溶媒とパラフィンを置換し、さらに前記生体資料をパラフィンで包埋して生物組織標本用の包埋ブロックを製造する方法において、前記ラベルは、ポリエチレンテレフタレートを主成分とするラベル基材の裏面にシアノアクリレート系接着剤層を介して容器に接着したものであり、このラベル表面には顔料系インクで前記生体試料情報が記録されている生物組織標本用包埋ブロックの製造方法としたのである。
【0010】
上記したように構成されるこの発明の生物組織標本用包埋ブロックの製造方法は、ラベルが、ポリエチレンテレフタレートを主成分とするラベル基材からなるため、そのラベルはキシレン、ホルマリンおよびアルコールのいずれにも溶けず、かつラベル基材の物性によって、表面から裏面の接着剤層にまで処理液が染み透らないので、前記接着剤層の接着力が保護される。
【0011】
また、シアノアクリレート系接着剤層は、高純度かつ低粘度のシアノアクリレートモノマーからなるので、このものは被着体表面の空隙に浸透して完全に濡れ、隙間なく接着する。そのため、接着剤層と容器表面の間や接着剤層とラベル基材の間に、キシレン、ホルマリン、アルコールなどが浸透する空隙がなくなり、ラベルは包埋処理を経ても剥がれ難くなる。
【0012】
また、ラベル表面には顔料系インクで生体試料情報が記録されており、無機質の顔料は変質しにくいため、印字された情報が消去され難く、包埋の処理工程を経た後でも確実に生体試料情報が記録されているパラフィン包埋生物組織標本になる。
【0013】
このような作用が確実に奏される有機溶媒、すなわちアルコールおよびパラフィンに可溶な有機溶媒としては、キシレンを使用することが好ましい。
【0014】
また、情報を表示するラベルを前記容器に接着する際、情報を記したラベルは容器に接着された後、熱転写式プリンタにより生体試料に関する情報を印刷することにより、所用の情報を簡単に文字、数字、記号、バーコードまたは二次元データコードなどによって生物組織標本用包埋ブロックに表示できる。
【0015】
すなわち、上記した生物組織標本用包埋ブロックの製造に用いられる情報表示ラベルにおいて、このラベルがポリエチレンテレフタレートを主成分とするラベル基材の裏面にシアノアクリレート系接着剤層を有し、このラベル表面には顔料系インクによる前記生体試料情報が記録されている包埋ブロック用情報表示ラベルとすることが好ましいラベルの構成である。
【発明の効果】
【0016】
この発明は、ポリエチレンテレフタレートを主成分とするラベル基材の裏面にシアノアクリレート系接着剤層を介して容器に接着し、このラベル表面には顔料系インクで生体試料情報を記録して生物組織標本用包埋ブロックを製造するので、ラベルにキシレン、ホルマリン、アルコールが浸透せず、接着剤層と容器表面の間や、接着剤層とラベル基材の間にもキシレン、ホルマリン、アルコールが浸透する空隙がないので、このラベルが固定や包埋処理のための薬液に接しても剥がれず、また印字された生体試料情報も消えることなく、包埋ブロックに生体試料情報が確実に記録されている生物組織標本用包埋ブロックの製造方法となり、またはそれに用いる包埋ブロック用情報表示ラベルとなる利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
この発明の実施形態を以下に添付図面に基づいて説明する。
図1〜2に示すように、生物組織標本用包埋ブロックの製造方法に用いる容器1としては、固定・包埋兼用の容器1を示すことができる。この容器1は、壁面に貫通させて薬液入出孔2を多数整列させて形成した通液性の容器1であり、ホルマリンにて固定処理された生体試料Aを収容すると共に、生体試料Aに関する情報を表示するラベル3を傾斜面4に接着して設けている。なお、容器1は、固定処理専用または包埋処理専用に使用されるものであってもよく、その上部開口に蓋(図示せず。)として通液性の網状または格子状のものを取り付けることができ、また、その下面には包埋皿5を着脱自在に嵌めることができる。
【0018】
ラベル3は、ポリエチレンテレフタレートを主成分とするフィルム状のラベル基材の裏面にシアノアクリレート系接着剤層を介して容器1の正面にある傾斜面4に接着したものであり、このラベル表面には顔料系インクで生体試料情報が印刷されている。
【0019】
図2に示すように、薬液入出孔2は、図示した形状と数に限定して設けられるものではなく、必要であるならば生体試料Aが容器1内の通液処理によって薬液と共に抜け落ちない程度の径で、さらに効率よく短時間に通液できるように開口面積を可及的に大きく形成することが好ましい。すなわち、図示したものより大口径で間隔の広いものであってもよく、生体試料Aが細かいものであるなら、逆に小さな口径で間隔を狭めて多数形成されたものであってもよい。
【0020】
容器の素材は、例えばポリアミド樹脂のように、ホルマリンおよびアルコールのいずれにも溶けず、かつアルコールおよびパラフィンに可溶な有機溶媒にも溶けない素材であればよく、さらにラベルを接着するシアノアクリレート系接着剤で接着できる素材であるものを採用できる。
【0021】
この発明に用いるアルコールおよびパラフィンに可溶な有機溶媒としては、キシレンのほか、クロロホルム、キシレン代替品(サクラファインテック社製:ティシュークリアなど)が挙げられる。
【0022】
また、接着剤層は、シアノアクリレート系接着剤で構成される層を用いる。特に、シアノアクリレートモノマーを主成分とする高純度シアノアクリレート系接着剤であることが好ましい。
【0023】
シアノアクリレートモノマーの例としては、メチルシアノアクリレート、エチルシアノアクリレートのように硬質プラスチックの接着に適したモノマーの他にも、ポリエチレンやポリプロピレンのような軟らかいプラスチックやゴムの接着に適したブチルシアノアクリレート、オクチルシアノアクリレート、メトキシエチルシアノアクリレートなどが挙げられる。
【0024】
前記した顔料系インクで生体試料情報を記録するには、図1、2に示す容器1の前壁面の上向きの傾斜面4に接着したラベル3に専用のプリンタ6を用いて印刷することが好ましい。
【0025】
図3、4に示すように、このプリンタ6は、熱転写フィルムを送る巻き取り式のインクリボン7と、印字ヘッド(サーマルヘッド)8とを所定の角度(容器台座9に対して約45度の傾斜面)で配置されたものであり、容器台座9の略水平面上に置いた容器1は、所定位置(ホームポジション)から印字ヘッド8に近づくように水平にスライド移動することができる。
【0026】
そして、このプリンタ6は、容器1が印字位置にある状態で、操作パネル10の操作によって所望の文字、数字、予めプログラムされた二次元バーコードが印刷できる周知の機構を有するプリンタである。
【0027】
上記した材料からなる容器1およびラベル3を用いて包埋ブロック11を作製するには、蓋を付けた容器1の薬液入出孔2から容器1内にエチルアルコールやメチルアルコールなどのアルコールを、当初は低濃度(70%程度)から次第に高濃度(85%、90%、95%、100%)のものに接するよう各1〜3時間づつ薬液中に浸漬し、生体試料Aを水分0.3〜0.5%以下程度まで脱水・脱脂処理をした。
【0028】
上記した材料からなる容器1およびラベル3を用いて包埋ブロック11を作製するには、 次いで、アルコールおよびパラフィンに可溶な有機溶媒の代表例としてキシレンを3回程度新しいものと入れ替えながら各20〜30分程度容器内に導入した。このような前記処理によって生体試料中に浸透したエチルアルコールとキシレンを置換した後、流動パラフィンを容器内に3回程度新しいものと入れ替えながら導入することにより、生体試料Aに浸透しているキシレンとパラフィンを置換し、さらに生体資料を溶融パラフィンで包埋して生物組織標本用の包埋ブロックを製造できる。
【実施例1】
【0029】
図1、2に示した容器1に白色ポリエチレンテレフタレートフィルム(厚さ125μm、二軸延伸[MD/TD91〜49%]、表面は易接着マット[微細凹凸]加工、帯電防止処理済み)からなるラベル基材の裏面に、シアノアクリレート系接着剤(比重1.04〜1.10、粘度100mPa・s以下)を0.007g/cm2(±10%)の塗布量で設けた接着剤層を介してこのラベルを容器に接着し、このラベル表面にはカーボンインクリボンを用いて図3に示した熱転写式プリンタで生体試料情報を記録した。
【0030】
そして、多数の孔を有する通液性の蓋を付けた容器1の薬液入出孔2から容器1内にエチルアルコールを導入した。エチルアルコールは、低濃度(70%程度)から順次に高濃度(85%、90%、95%、100%)になるよう各1時間づつ導入して実験用の生体試料(マウスの肝臓)を水分0.4%まで脱水・脱脂処理し、次いでキシレンを3回新しいものと入れ替えながら、各20分づつ容器内に導入して生体試料中に浸透したエチルアルコールとキシレンを置換した後、流動パラフィンを容器内に1時間毎に3回新しいものと入れ替えながら導入して生体試料に浸透しているキシレンとパラフィンを置換し、さらに包埋皿5に入れた生体資料Aを容器1をブロック台座に兼用して溶融パラフィンで包埋して生物組織標本用の包埋ブロック11を製造した。
【0031】
得られた包埋ブロック11の容器1に接着されたラベルは、剥がれておらず、また印字された生体試料情報も明瞭に識別できた。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】容器と包埋皿を分解して示す正面図
【図2】(a)容器の平面図、(b)容器の側面図
【図3】プリンタの斜視図
【図4】プリンタの印字機構の説明図
【符号の説明】
【0033】
1 容器
2 薬液入出孔
3 ラベル
4 傾斜面
5 包埋皿
6 プリンタ
7 インクリボン
8 印字ヘッド
9 容器台座
10 操作パネル
11 包埋ブロック
A 生体試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
容器壁面に貫通させて薬液入出孔を形成した通液性容器に、ホルマリンにて固定処理された生体試料を収容すると共にこの生体試料に関する情報を表示するラベルを前記容器壁面に接着して設け、前記薬液入出孔から容器内にアルコールを出入りさせて前記生体試料を脱水・脱脂処理し、次いで前記アルコールおよびパラフィンに可溶な有機溶媒を前記容器内に薬液入出孔から出入りさせて生体試料中のアルコールと有機溶媒を置換した後、溶融パラフィンを前記容器内に薬液入出孔から出入りさせて生体試料中の有機溶媒とパラフィンを置換し、さらに前記生体資料をパラフィンで包埋して生物組織標本用の包埋ブロックを製造する方法において、
前記ラベルは、ポリエチレンテレフタレートを主成分とするラベル基材の裏面にシアノアクリレート系接着剤層を介して容器に接着したものであり、このラベル表面には顔料系インクで前記生体試料情報が記録されていることを特徴とする生物組織標本用包埋ブロックの製造方法。
【請求項2】
情報を表示するラベルを前記容器に接着する際、情報を記したラベルは容器に接着された後、熱転写式プリンタにより生体試料に関する情報が印刷される請求項1に記載の生物組織標本用包埋ブロックの製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の生物組織標本用包埋ブロックの製造に用いられる情報表示ラベルにおいて、
このラベルがポリエチレンテレフタレートを主成分とするラベル基材の裏面にシアノアクリレート系接着剤層を有し、このラベル表面には顔料系インクによる前記生体試料情報が記録されている包埋ブロック用情報表示ラベル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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