説明

生理学的過程の調節およびこれに有用な薬剤

【課題】中枢神経系のグルタチオン代謝を調節する方法及びそれに使用する薬剤の提供。
【解決手段】グルタチオン前駆体、又はその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、グルタチオン前駆体分子のレベルをアップレギュレーションすることによって、中枢神経系のグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法であり、特に、統合失調症を含むがこれに限定されない異常な、望ましくない、又は不適当な中枢神経系の酸化のホメオスタシスによって特徴付けられる状態の治療及び/又は予防に特に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は一般に、哺乳類の中枢神経系のグルタチオン代謝を調節する方法およびこれに使用する薬剤に関する。より詳細には、本発明はグルタチオン前駆体分子のレベルをアップレギュレーションすることによって、中枢神経系のグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法に関する。本発明の方法はとりわけ、統合失調症を含むがこれに限定されない異常な、望ましくない、または不適当な中枢神経系の酸化のホメオスタシスによって特徴付けられる状態の治療および/または予防に特に有用である。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
本明細書に著者のアルファベット順に参照した文献の詳細は明細書の最後に収集されている。
【0003】
本明細書の任意の従来技術の参照は、その従来技術がオーストラリア国内において共通の一般的な知識の一部を形成するということの承認または任意の形態の示唆であるとして受け取られないおよび受け取られるべきではない。
【0004】
統合失調症は、100人に約1人が罹患する重症の精神病である。統合失調症を特徴づける症状には、妄想(迫害、犯罪、誇大妄想、またはさせられ感(outside control)の誤った確信)、幻覚(幻視または幻聴)、および思考障害(追従困難な会話、または論理的な関連なく1つの話題から別の話題に飛ぶ会話)が挙げられる。統合失調症の二次症状には、意欲喪失、感情鈍磨、社会的離脱、および/または見識欠如が挙げられる。
【0005】
統合失調症の発症は通常思春期または早期青年期に生じるが、高齢者において発症することが知られている。発症は迅速で、急性症状が数週間発症することもあれば、緩徐で数ヶ月または数年にわたって発症することもある。
【0006】
統合失調症の原因は十分に理解されていない。しかし、ここ数年統合失調症における酸化ホメオスタシスの異常を全身的および中枢的に支持する多数の文献が報告された。この酸化的ストレスの起源は依然として不明である。統合失調症の脳は、抗酸化防御の変化を示す以外に、酸化的攻撃の多数の化学的特質を示す。任意の組織が持続的なラジカル攻撃下にあると、遊離ラジカル/H2O2の主要な補足剤、グルタチオンが脳内で欠損することがある。最近、グルタチオンが統合失調症において実際に欠損していることおよびグルタチオン代謝に関連する抗酸化酵素活性が顕著に混乱されていることが報告されている。Do KQ、Trabesinger AH、Kirsten-Kruger M、Lauer CJ、Dydak U、Hell D、Holsboer F、 Boesiger P、およびCuenod M., (2000), Euro J. Neurosci, 12: 3721-8:非特許文献1は、薬剤を使用していない統合失調症患者では、対照と比較してグルタチオンの脳脊髄液中レベルが有意に低いこと(-27%)を報告している。この低下は、以前に報告されている、このような患者の脳脊髄液中のグルタチオン代謝物γ-グルタミルグルタチオンのレベルの低下と一致している(Do KQ、Lauer CJ、Schreiber W、Zollinger M、Gutteck-Amsler U、Cuenod M、およびHolsboer F.、(1995)、J Neurochem, 65-2652-62:非特許文献2)。さらに、Doら(2000)もまた、非侵襲的プロトン磁気共鳴分光学的方法を使用して、統合失調症患者の内側前頭前野皮質におけるグルタチオンレベルが対照と比較して52%低いことを見出した。
【0007】
興味深いことに、グルタチオン代謝経路の他の局面も統合失調症では混乱されている。抹消グルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)活性の低下が統合失調症患者において記載されており(Abdalla DS、Monteiro HP、Oliveira JAおよびBechara EJ、(1986)、Clin Chem, 32: 805-7:非特許文献3)、この低下は脳萎縮の増加と関連している(Buckman TD、Kling AS、Eiduson S、Sutphin MS、およびSteinberg A、(1987)、Biol Psychiatry, 22: 1349-56:非特許文献4)。血漿GPxは、薬剤を使用または未使用の統合失調症患者においてスコアリングされた精神病判定に正に関連している(Yao JK、Reddy RDおよびvan Kammen DP.、(1999)、Biol Psychiatry, 45: 1512-5:非特許文献5)。GPxは、グルタチオンによるH2O2および他のラジカルの捕捉を触媒する酵素である。
【0008】
これらの生化学的変化により、抗精神病薬の補助療法として使用される統合失調症治療薬としての抗酸化剤の臨床研究が必要になった。これまでは、他のラジカル捕捉系の効率を増加するなどのグルタチオン代謝の欠損を克服する間接的な手段の使用に研究の焦点が絞られていた。例えば、ビタミンC、ビタミンE(α-トコフェロール)、α-リポ酸補給、およびセレノメチオニンも検討されている。現在では、研究者らはビタミンEおよびCの使用に焦点を絞っている(Yaoら、1999、上記:非特許文献5)。セレノメチオニン補給は、グルタチオンペルオキシダーゼの活性を増加することが知られている(Duffield AJ、Thomson CD、Hill KE、およびWilliams S.、(1999), Am J Clin Nutr, 70: 896-903:非特許文献6)。ビタミンEとセレンの併用補給は、FALS遺伝子組み換えマウスモデルを治療する際に有用な影響を提供することがすでに報告されており(Gurney ME、Cutting FB、Zhai P、Doble A、Taylor CP、Andrus PK、およびHall ED.、(1996), Ann Neurol, 39: 147-57:非特許文献7)、抗酸化的な利点があると思われるこのような経口補給も、脳の酸化障害において血液脳関門を通過して伝達されうることを証明している。しかし、これらの分子は抗酸化剤として機能することができるという点においてグルタチオン代謝を支持するが、それらは脳内のグルタチオンレベルを増加する最も効率のようい手段ではない。従って、現在利用されている治療の補助的な治療形態または現在利用可能な抗精神病薬の使用の代替として、統合失調症を治療する方法を開発する必要性が絶えることなく存在している。
【0009】
本発明に至る研究において、本発明者らは、中枢神経系、特に脳におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションすることにより統合失調症に罹患している患者の酸化ホメオスタシスをある程度正常化し、結果として統合失調症に関連する症状の発症および/または重症度が低下されることを確認した。より詳細には、本発明者らは、中枢神経系、特に脳の酸化ホメオスタシスは中枢神経系のグルタチオン代謝をアップレギュレーションすることにより直接正常化されうることを確認した。本発明者らは、N-アセチルシステインなどのグルタチオン前駆体の有効量を投与することによって、これは容易に且つ効率的に達成されうることをさらに確認した。N-アセチルシステインなどのグルタチオン前駆体分子は肝臓において脱アシル化されると考えられ、それによって血中システインレベルが上昇し、このシステインが血液脳関門を通過して伝達されうる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Do KQ、Trabesinger AH、Kirsten-Kruger M、Lauer CJ、Dydak U、Hell D、Holsboer F、 Boesiger P、およびCuenod M., (2000), Euro J. Neurosci, 12: 3721-8
【非特許文献2】Do KQ、Lauer CJ、Schreiber W、Zollinger M、Gutteck-Amsler U、Cuenod M、およびHolsboer F.、(1995)、J Neurochem, 65-2652-62
【非特許文献3】Abdalla DS、Monteiro HP、Oliveira JAおよびBechara EJ、(1986)、Clin Chem, 32: 805-7
【非特許文献4】Buckman TD、Kling AS、Eiduson S、Sutphin MS、およびSteinberg A、(1987)、Biol Psychiatry, 22: 1349-56
【非特許文献5】Yao JK、Reddy RDおよびvan Kammen DP.、(1999)、Biol Psychiatry, 45: 1512-5
【非特許文献6】Duffield AJ、Thomson CD、Hill KE、およびWilliams S.、(1999), Am J Clin Nutr, 70: 896-903
【非特許文献7】Gurney ME、Cutting FB、Zhai P、Doble A、Taylor CP、Andrus PK、およびHall ED.、(1996), Ann Neurol, 39: 147-57
【発明の概要】
【0011】
以下の本願および特許請求の範囲において、その内容がそうでないことを要求しない限り、「含む」という言葉ならびに「含む」および「含んでいる」などの変形は、示されている1つの整数もしくは段階または複数の整数もしくは段階の群を含むが、任意の他の1つの整数もしくは段階または複数の整数もしくは段階の群を排除しないことが理解される。
【0012】
本発明の一局面は、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の中枢神経系におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法に関する。
【0013】
本発明の別の局面は、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の脳におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法を提供する。
【0014】
本発明のさらに別の局面は、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階であって、グルタチオン代謝が脳における抗酸化的機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強する段階を含む、哺乳類の脳におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法を提供する。
【0015】
より別の局面において、N-アセチルシステイン、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の中枢神経系におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法が提供される。
【0016】
よりさらに別の態様において、N-アセチルシステイン、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の脳におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法が提供される。
【0017】
さらにより別の局面において、N-アセチルシステイン、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階であって、グルタチオン代謝が脳における抗酸化的機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強する段階を含む、哺乳類の脳におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法が提供される。
【0018】
さらに別の局面において、N-アセチルシステイン、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階であって、グルタチオン代謝が脳における抗酸化的機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強する段階を含む、ヒトの脳におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法が提供される。
【0019】
関連する局面において、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を、グルタチオン代謝をアップレギュレーションする上で十分な時間および条件下で哺乳類に投与する段階を含む、望ましくない中枢神経系の酸化を示す哺乳類の中枢神経系における酸化ホメオスタシスを正常化する方法が提供される。
【0020】
さらに別の局面において、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を、グルタチオン代謝をアップレギュレーションする上で十分な時間および条件下で哺乳類に投与する段階を含む、望ましくない中枢神経系の酸化を示す哺乳類の脳における酸化ホメオスタシスを正常化する方法が提供される。
【0021】
好ましくは、グルタチオン前駆体はN-アセチルシステインであり、よりさらに好ましくは、哺乳類はヒトである。
【0022】
本発明のさらに別の局面は、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の中枢神経系における
(i)異常な、望ましくない、または不適当な酸化的ストレス;および/または
(ii)不十分なグルタチオン代謝
によって特徴付けられる状態を治療および/または予防する方法に関する。
【0023】
本発明のさらに別の局面は、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の脳における
(i)異常な、望ましくない、または不適当な酸化的ストレス;および/または
(ii)不十分なグルタチオン代謝
によって特徴付けられる状態を治療および/または予防する方法に関する。
【0024】
さらに別の局面において、本発明は、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を、哺乳類の脳において抗酸化的機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強するのに十分な時間および条件下で哺乳類に投与する段階を含む、望ましくない中枢神経系の酸化を示す哺乳類の脳における酸化ホメオスタシスを正常化する方法に関する。
【0025】
好ましくは、グルタチオン前駆体はN-アセチルシステインである。
【0026】
さらに好ましくは、神経精神医学的な障害は、統合失調症、精神病、双極性障害、躁うつ病、情動障害、または統合失調症様障害もしくは分裂情動性障害である。
【0027】
最も好ましくは、状態は統合失調症である。
【0028】
別の態様において、本発明は、被験者の脳において抗酸化的機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強するのに十分な時間および条件下で、N-アセチルシステイン、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の統合失調症を治療および/または予防する方法を提供する。
【0029】
さらに別の局面において、本発明は、哺乳類の中枢神経系のグルタチオン代謝のアップレギュレーションおよび/または酸化ホメオスタシスの正常化のための薬剤を製造する際の、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の用途であって、グルタチオン前駆体が中枢神経系における抗酸化機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強する用途に関する。
【0030】
よりさらに別の局面において、本発明は、哺乳類の中枢神経系における
(i)異常な、望ましくない、または不適当な酸化的ストレス;および/または
(ii)不十分なグルタチオン代謝
によって特徴付けられる状態を治療するための薬剤を製造する際の、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の用途であって、グルタチオン前駆体が中枢神経系における抗酸化機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強する用途に関する。
【0031】
好ましくは、中枢神経系は脳であり、よりさらに好ましくは、グルタチオン前駆体はN-アセチルシステインである。
【0032】
最も好ましくは、状態は神経精神医学的な障害であり、よりさらに好ましくは、統合失調症、精神病、双極性障害、躁うつ病、情動障害、または統合失調症様障害もしくは分裂情動性障害である。
【0033】
さらにより別の局面において、本発明は、本明細書において上記に規定されているグルタチオン前駆体と薬学的に許容されうる1つまたは複数の担体および/または稀釈剤を含む薬学的組成物に関する。薬学的組成物は、さらに同時投与されるべき分子を含んでもよい。
【0034】
本発明のさらに別の局面は、本発明の方法に使用する場合における、本明細書の上記に規定されている調節剤に関する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】統合失調症を治療する際のグルタチオンラジカル捕捉生化学経路を促進する安全な経口補給剤の略図による一例である。異常なドーパミン代謝によって形成されるH2O2は、グルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)が触媒する反応において、まず還元型グルタチオンによって捕捉されて酸化型グルタチオン(GSSG)を形成する。H2O2は、隣接するニューロン/シナプスにおける脂質ペルオキシド(LOO・)ラジカルの形成に寄与する。LOO・ラジカルは、ビタミンEによって捕捉されて、ビタミンE・ラジカルを形成しない限り、多不飽和脂肪酸を介して増殖することができる。次いで、ビタミンEはそのラジカルがグルタチオンによって還元されることにより回復して再度酸化型グルタチオンを形成し、およびアスコルビン酸塩によって還元されることによりセミデヒドロアスコルビン酸塩を形成する。これらの還元剤は共に、α-リポ酸(ALA)によって酸化状態から還元される(Hagen TM、Ingersoll RT、Lykkesfeldt J、Liu J、Wehr CM、Vinarsky V、Bartholomew JC、およびAmes AB.、(1999), Faseb J、13: 411-8)。ALAは、一旦酸化されると還元されるのに細胞のエネルギーを必要とする。GPxはグルタチオンによるビタミンEラジカルの還元を触媒しないが、H2O2によるグルタチオンの酸化を触媒する。NACは、グルタチオン生成の律速となる前駆体である。GPx活性は、統合失調症患者では欠損しており(Mahadik SP、Mukherjee S、Scheffer R.、Correnti EE、およびMahadik JS.、(1998), Biol Psychiatry, 43: 674-9)、経口セレノメチオニン(SeMet)補給剤は、全身および脳内のGPx活性を増加する容易な手段である(Duffieldら、1999、上記)。
【図2】普通水または0.5%もしくは2% NACを投与したウィスターラットの平均体重(上のパネル)および日々の液体消費(下のパネル)のグラフによる提示である。
【図3】普通水または0.5%もしくは2% NAC溶液を飲水として投与したラットのベースラインの自発運動のグラフによる提示である。データは、3回の運動実験を平均した注射前の移動距離±SEMである。
【図4】普通水または0.5%もしくは2%NACを飲水として投与したラットの自発運動に対する0.5mg/kgのアンフェタミン(上のパネル)または5mg/kgのアンフェタミン(下のパネル)の注射の影響のグラフによる提示である。データは、30分あたりの自発運動の変化の平均±SEMとして表す。
【図5】普通水または0.5%もしくは2% NACを飲水として投与したラットの、注射の30〜60分後の自発運動に対する0.5mg/kgのアンフェタミンの影響のグラフによる提示である。データは、注射前のベースライン値と比較した移動距離の変化の平均±SEMである。
【発明を実施するための形態】
【0036】
発明の詳細な説明
本発明は部分的に、中枢神経系のグルタチオン代謝、特に脳のグルタチオン代謝のアップレギュレーションが異常な酸化ホメオスタシスを改善すること、およびグルタチオン前駆体、特にN-アセチルシステインを哺乳類に投与することによりそれが達成されうることに基づいている。従って、この測定により、統合失調症などの異常もしくは望ましくない酸化ホメオスタシスまたは不十分なグルタチオン代謝によって特徴付けられる状態を補助的に、またはそれ以外の方法で治療するための治療的方法および/または予防的方法の合理的な設計が今や可能となる。
【0037】
従って、本発明の一局面は、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の中枢神経系におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法に関する。
【0038】
「中枢神経系」への言及は、脳および脊髄に関係する神経系の一部を言及すると理解されるべきである。好ましくは、本発明の関心対象の中枢神経系は脳である。
【0039】
従って、本発明は、より詳細には、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の脳におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法を提供する。
【0040】
「グルタチオン代謝」への言及は、グルタチオンまたは代謝産物によって直接または間接的に調節される任意の生理学的過程または経路を言及すると理解されるべきである。グルタチオンによる生理学的過程または経路の「直接的な」調節は、酸化型グルタチオン、還元型グルタチオン、またはγ-グルタミルグルタミンなどのグルタチオンまたはグルタチオン代謝物の機能活性によって調節される任意の過程または経路を言及すると理解されるべきである。生理学的過程または経路の「間接的な」調節は、グルタチオンまたは本明細書において上記するグルタチオン代謝物の機能活性によるいくつかの形態の調節を受けた分子の機能活性によって調節される、任意の過程または経路を言及すると理解されるべきである。
【0041】
本発明を任意の1つの理論または作用様式に限定するわけではないが、グルタチオンの生理学的な重要性は、分子に存在する反応性の高いスルフヒドリル基に依存すると考えられる。この基が対応するジスルフィドに容易に酸化されることにより、グルタチオンは酸化-還元システムに関与することができる。従って、グルタチオンは、酸化的障害から細胞および組織を保護する際に重要な役割を果たすと考えられる。例えば、グルタチオンは、遊離ラジカルおよびH2O2の捕捉剤として機能することが既知である。これに関しては、グルタチオンの捕捉機能は、グルタチオンペルオキシダーゼによって触媒されると考えられる。
【0042】
本発明によると、本発明の「グルタチオン代謝」は、好ましくは、抗酸化機能活性を直接または間接的にアップレギュレーションするものである。しかし、酸化ホメオスタシスを調節する以外の目的のためにグルタチオン代謝を調節することも本発明の方法に含まれることが理解されるべきである。本発明の好ましい態様に関しては、本発明の抗酸化機能活性は、グルタチオンまたはそれから誘導される代謝物によって直接または間接的に調節される全ての形態の抗酸化機能活性を言及すると理解されるべきである。
【0043】
本発明は従って、好ましくはグルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階であって、グルタチオン代謝が脳における抗酸化的機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強する段階を含む、哺乳類の脳におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法を提供する。
【0044】
「グルタチオン」への言及は、任意の形態のグルタチオン、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物を言及すると理解されるべきである。本発明を任意の1つの理論または作用様式に限定するわけではないが、グルタチオンは、生組織に広く分布している、スルフヒドリル基を有するトリペプチドである。グルタチオンは、α-グルタミルシステイニルグリシンという別の名称または略語GSHでも知られている。グルタチオンは一般に特異的な酵素作用の結果として形成され、通常のペプチド合成の直接の結果としてではなく、ペプチドを特異的にコードする核酸分子の転写および翻訳である。グルタチオンは、式COOHCH(NH2)CH2CH2CONHCH(CH2SH)CONHCH2COOHの分子であるが、グルタチオンの誘導体、相同物、類似物、化学的等価物または模倣物による生理学的過程または経路の調節は本発明の範囲内に含まれる。グルタチオンの合成の最初の段階は、グルタミン酸塩のγ-カルボキシル基とシステインのアミノ基との間にペプチド結合を形成してγ-グルタミル-システインを形成することである。これは、γ-グルタミルシステイン合成酵素によって触媒される。このペプチド結合の形成にはγ-カルボキシル基の活性化が必要であり、その活性化はATPによって提供される。結果として生じる分子は中間体であり、次いでシステインのアミノ基による攻撃を受ける。グルタチオン合成酵素によって触媒されるこの第2の段階において、ATPはシステインのカルボキシル基を活性化して、グリシンのアミノ基と縮合させる。従って、グルタチオンは、律速段階の前駆体であるシステインに対する酵素の作用の結果として形成される分子である。グルタチオンは、還元型のチオール型(GSH)と2つのトリペプチドがジスルフィド結合によって結合された酸化型(GSSG)とを循環する。
【0045】
これに関して、「グルタチオン前駆体」への言及はグルタチオンを直接または間接的に誘導することができる任意の分子に言及すると理解されるべきである。本発明の分子は天然型であっても非天然型であってもよい。グルタチオンを形成する1つの段階における分子の修飾は、前駆体から直接誘導されるグルタチオンの一例である。さらに修飾を受けてグルタチオンを形成する「中間体」分子を形成する分子の修飾は、本発明の前駆体から間接的に誘導されるグルタチオンの一例である。システインは、グルタチオンが間接的に誘導される天然型の前駆体である。具体的には、システインが触媒されてγ-グルタミルシステインを形成した後、この分子が触媒されてグリシンを取り込み、グルタミンを形成する。
【0046】
本発明のさらに別の局面によると、本発明者らは、システインのアシル化誘導体であるN-アセチルシステインは経口投与により生物利用が可能であり、脳内のグルタチオンレベルを補給することができることを確認した。従って、好ましい態様において、グルタチオン前駆体はN-アセチルシステイン、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物または模倣物である。
【0047】
本発明の好ましい態様に従って、N-アセチルシステイン、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の中枢神経系におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法が提供される。
【0048】
より詳細には、N-アセチルシステイン、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の脳内におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法が提供される。
【0049】
さらにより詳細には、N-アセチルシステイン、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階であって、グルタチオン代謝が脳における抗酸化的機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強する段階を含む、哺乳類の脳におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法が提供される。
【0050】
誘導体には、融合タンパク質を含む、天然、合成、または組換え起源由来の断片、一部、部分、突然変異体、変種、および模倣物が挙げられる。一部または断片には、例えば、グルタチオンまたはグルタチオン前駆体の活性領域が含まれる。誘導体は、アミノ酸の挿入、欠損、または置換から誘導されてもよい。アミノ酸の挿入誘導体には、アミノ末端および/またはカルボキシル末端融合物ならびに1つまたは多数のアミノ酸配列内挿入物が挙げられる。挿入アミノ酸配列変種は、1つまたは複数のアミノ酸残基がタンパク質の所定の部位に導入されているが、結果として生じる産物の好適なスクリーニングにより、ランダムな挿入も可能であるものである。欠損変種は、配列から1つまたは複数のアミノ酸の除去によって特徴づけられる。置換アミノ酸変種は、配列の少なくとも1つの残基が除去され、異なる残基がその場所に挿入されたものである。置換アミノ酸変種の一例は同類アミノ酸置換である。同類アミノ酸置換は、典型的には、以下の群内の置換があげられる:グリシンおよびアラニン;バリン、イソロイシンおよびロイシン;アスパラギン酸およびグルタミン酸;アスパラギンおよびグルタミン;セリンおよびスレオニン;リジンおよびアルギニン;ならびにフェニルアラニンおよびチロシン。アミノ酸配列への付加には、他のペプチド、ポリペプチド、もしくはタンパク質との融合またはペプチドの環化により、例えば、薬学的に活性な型を生じるものが挙げられる。
【0051】
グルタチオンまたはグルタチオン前駆体分子の化学的および機能的等価物は、これらの分子の機能的な活性の任意の1つまたは複数を示す分子として理解されるべきであり、化学的に合成されるかまたは天然物スクリーニングなどのスクリーニング方法により同定されるなどの、任意の起源から誘導することができる。
【0052】
誘導体には、ペプチド、ポリペプチド、または他のタンパク性もしくは非タンパク性分子に融合したタンパク質全体の特定のエピトープまたは一部を有する断片が挙げられる。
【0053】
本明細書において考慮される類似物には、側鎖の修飾、ペプチド、ポリペプチド、またはタンパク質の合成中における非天然アミノ酸および/またはそれらの誘導体の組込み、ならびにタンパク性分子またはそれらの類似物に立体配座的抑制を与える架橋剤の使用および他の方法が挙げられるが、これらに限定されない。
【0054】
核酸配列の誘導体は同様に、他の核酸分子との融合を含む、1つまたは多数のヌクレオチドの置換、欠損、および/または付加から誘導することができる。本発明の核酸分子誘導体には、オリゴヌクレオチド、PCRプライマー、アンチセンス分子、核酸分子の共抑制、および融合に使用するのに好適な分子が挙げられる。核酸配列の誘導体には変性変種も含まれる。
【0055】
本発明によって考慮される側鎖修飾の例には、アルデヒドと反応させてからNaBH4で還元する還元アルキル化、メチルアセチミデートによるアミジン化、無水酢酸によるアシル化、シアン酸塩によるアミノ基のカルバモイル化、2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸(TNBS)によるアミノ基のトリニトロベンゼン化、無水コハク酸および無水テトラヒドロフタル酸によるアミノ基のアシル化、ならびにピリドキサール-5-リン酸塩と反応させてからNaBH4で還元することによるリジンのピリドキシル化のようなアミノ基の修飾が挙げられる。
【0056】
アルギニン残基のグアニジン基は、2,3-ブタンジオン、フェニルグリオキサール、およびグリオキサールなどの試薬と複素環縮合生成物を形成することによって修飾することができる。
【0057】
カルボキシル基は、O-アシルイソウレアを形成してから、例えば、対応するアミドに誘導体化することによるカルボジイミド活性化によって修飾することができる。
【0058】
スルフヒドリル基は、ヨード酢酸またはヨードアセタミドによるカルボキシメチル化;システイン酸への過ギ酸酸化;他のチオール化合物による混合ジスルフィドの形成;マレイミド、無水マレイン酸、または他の置換マレイミドとの反応;4-クロロマーキュリベンゾエート、4-クロロマーキュリフェニルスルホン酸、塩化フェニル水銀、2-クロロマーキュリ-4-ニトロフェノール、および他の水銀剤を使用した水銀誘導体の形成;アルカリ性pHにおけるシアン酸塩によるカルバモイル化などの方法によって修飾することができる。
【0059】
トリプトファン残基は、例えば、N-ブロモスクシンイミドによる酸化または2-ヒドロキシ-5-ニトロベンジルブロミドもしくはハロゲン化スルフェニルによるインドール環のアルキル化によって修飾することができる。一方、チロシン残基は、テトラニトロメタンでニトロ化して3-ニトロチロシン誘導体を形成することによって変更することができる。
【0060】
ヒスチジン残基のイミダゾール環の修飾は、ヨード酢酸誘導体によるアルキル化またはジエチルピロカルボネートによるN-カルボエトキシル化によって実施することができる。
【0061】
タンパク質合成に非天然アミノ酸および誘導体を導入する例には、ノルロイシン、4-アミノ酪酸、4-アミノ-3-ヒドロキシ-5-フェニルペンタン酸、6-アミノヘキサン酸、t-ブチルグリシン、ノルバリン、フェニルグリシン、オルニチン、サルコシン、4-アミノ-3-ヒドロキシ-6-メチルヘプタン酸、2-チエニルアラニンおよび/またはアミノ酸のD-異性体の使用が挙げられるが、これらに限定されない。本明細書において考慮される非天然アミノ酸のリストを表1に示す。
【0062】
(表1)



【0063】
例えば、n=1〜n=6の(CH2)nスペーサー基を有する二官能性イミドエステル、グルタールアルデヒド、N-ヒドロキシスクシンイミドエステルのようなホモ二官能性架橋剤ならびにN-ヒドロキシスクシンイミドなどのアミノ反応性部分および別の基特異的反応性部分を通常含有するヘテロ二官能性試薬を使用して、3D立体配座を安定させるために架橋剤を使用することができる。
【0064】
誘導体、類似物、化学的等価物、または模倣物はタンパク性であってもまたは非タンパク性であってもよい。タンパク性分子は、融合タンパク質を含むまたは例えば天然物スクリーニングの結果、天然もしくは組換え起源から誘導してもよい。非タンパク性分子もまた、例えば天然物スクリーニングを介するなどの天然起源から誘導されてもまたは化学的に合成されてもよい。本発明は、グルタチオン前駆体の化学的類似物を意図している。化学的アゴニストはグルタチオン前駆体から誘導されなくてもよいが、ある種の立体配座的類似性を有してもよい。または、化学的アゴニストはある種の物理化学的特性を模倣するように特別に設計してもよい。
【0065】
本発明により哺乳類に投与することができる分子は、標的領域にこれらの分子を特異的に送達するモノクローナル抗体などの標的化手段に結合してもよい。
【0066】
グルタチオン前駆体を投与する被験体は、ヒト、霊長類、家畜動物(例えば、ウマ、ウシ、ヒツジ、ブタ、およびロバ)、実験用試験動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ、モルモット)、ペット(例えば、イヌ、ネコ)、または捕獲された野生動物(例えば、カンガルー、シカ、キツネ)を含むが、これらに限定されない任意の哺乳類であってもよい。好ましくは、哺乳類はヒトである。
【0067】
本発明の最も好ましい態様に従って、N-アセチルシステイン、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階であって、グルタチオン代謝が脳における抗酸化的機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強する段階を含む、哺乳類の脳におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法が提供される。
【0068】
本発明を任意の1つの理論または作用様式に限定するわけではないが、グルタチオンは、フリーラジカルの捕捉剤として、ならびにH2O2、ペルオキシ亜硝酸、過酸化脂質、および酸化還元活性金属イオンを含む種々の親電子性化合物の解毒の基質として機能する能力により酸化的障害を防御すると考えられる(Freedman JH、Ciriolo MRおよびPeisach J.、 (1995)、J Neurosci、264: 5598-605)。統合失調症は、酸化的ストレスによって特徴付けられる疾患状態である。本明細書において上記に詳細に記載するように、出現している徴候は、統合失調症において全身的および中枢的に酸化ホメオスタシスが異常であることを示唆している。具体的には、患者のドーアミン代謝の異常により、フリーラジカルおよびH2O2が産生されると考えられる。この事象は、脳内のドーパミン活性部位における酸化的防御の損失と相まって神経組織の酸化的攻撃を生じさせ、その結果神経の機能不全が生じて統合失調症に関連する精神病が生じる。本発明者らは、脳内のグルタチオンレベルが増加すると脳の酸化ホメオスタシスが正常化し、統合失調症に関連する症状の発生および/または重症度が低下することにより酸化的ストレスが低下することを確認した。さらに、脳の酸化ホメオスタシスのこのような正常化は、一部には、グルタチオンが上昇してドーパミンの分解を抑制するためであることが確認されている。
【0069】
従って、関連する局面において、グルタチオン代謝をアップレギュレーションする上で十分な時間および条件下でグルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、望ましくない中枢神経系の酸化を示す哺乳類の中枢神経系における酸化ホメオスタシスを正常化する方法が提供される。
【0070】
より詳細には、グルタチオン代謝をアップレギュレーションする上で十分な時間および条件下でグルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、望ましくない中枢神経系の酸化を示す哺乳類の脳における酸化ホメオスタシスを正常化する方法が提供される。
【0071】
好ましくは、グルタチオン前駆体はN-アセチルシステインであり、よりさらに好ましくは、哺乳類はヒトである。
【0072】
酸化ホメオスタシスを「正常化する」への言及は、治療前の酸化ホメオスタシス状態と比較して酸化ホメオスタシスを改善することへの言及であると理解されるべきである。好ましくは、正常化は、中枢神経系における酸化の低下である。
【0073】
非常に都合の良いN-アセチルシステインの経口投与により脳内のグルタチオンレベルが上昇し、グルタチオン代謝がアップレギュレーションされることが確認されているので、本発明の方法によるN-アセチルシステインの用途が特に望ましい。N-アセチルシステインは、肝臓でN-アセチルシステインが迅速に脱アシル化されてシステインを形成することにより血漿中のシステインレベルを迅速且つ安全に増加する。しかし、本発明の方法は、肝臓で生じるNACのシステインへの変換に限定する意図されていないことが理解されるべきである。むしろ、本発明の方法は、任意の好適なファイル、例えば、脳におけるこのような変換の出現を含むことが理解されるべきである。
【0074】
本発明の方法の開発により、中枢神経系、特に脳における異常な、望ましくない、または好ましくない酸化的ストレスおよび/または不十分なグルタチオン代謝によって特徴づけられる状態を治療するための治療および予防プロトコールの設計および適用が容易になる。「酸化的ストレス」への言及は酸化への言及であると理解されるべきである。
【0075】
本発明の状態の治療および/または予防への言及は、中枢神経系における異常な、望ましくない、もしくは好ましくない酸化的ストレスおよび/または不十分なグルタチオン代謝を含む任意の疾患、傷害もしくは他の状態、症状、原因、もしくは副作用を治療することを言及すると理解されるべきである。中枢神経系における異常な、望ましくない、もしくは好ましくない酸化的ストレスおよび/またはグルタチオン代謝に至ると思われる1つもしくは複数の成分または段階が生じているが、顕著な症状を呈していない状態への言及を含むことも理解されるべきである。これには、例えば、関連のない疾患状態の治療法の副作用として生じる状態が含まれる。
【0076】
好ましくは、本発明の状態は神経精神医学的な障害であり、よりさらに好ましくは、統合失調症、精神病、双極性障害、躁うつ病、情動障害、または統合失調症様障害もしくは分裂情動性障害、精神病性うつ病、薬剤による精神病、うわごと、アルコール禁断症候群、または痴呆による精神病である。
【0077】
本発明の方法は、好ましくは、本発明の状態の低減、遅延、または阻止を促進する。「低減、遅延、または阻止する」への言及は、本発明の状態の任意の1つまたは複数の原因または症状の部分的または完全な阻止を誘導または促進することへの言及であると理解されるべきである。これに関し、神経精神医学的な障害などの状態は極めて複雑であり、同時に生じることが多い数多くの生理学的事象を含むことが理解されるべきである。本発明の治療および/または予防方法の目的に関して、本発明は、本発明の状態の任意の1つまたは複数の症状を軽減すること(例えば、1つまたは複数の精神病事象を軽減すること)または疾患状態の原因の遅延もしくは停止を促進すること(例えば、酸化的ストレスを軽減して、任意のさらなる神経障害を最小にする)を考慮していることが理解されるべきである。
【0078】
従って、本発明の別の局面は、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の中枢神経系における
(i)異常な、望ましくない、または不適当な酸化的ストレス;および/または
(ii)不十分なグルタチオン代謝
によって特徴付けられる状態を治療および/または予防する方法に関する。
【0079】
より詳細には、本発明は、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の脳における
(i)異常な、望ましくない、または不適当な酸化的ストレス;および/または
(ii)不十分なグルタチオン代謝
によって特徴付けられる状態を治療および/または予防する方法に関する。
【0080】
「異常な、望ましくない、または不適当な」酸化的ストレスへの言及は、そのレベルが所定の環境において不適当であるまたは望ましくない過剰な酸化または生理学的に正常な酸化レベルへの言及であると理解されるべきである。本発明の望ましくない酸化的ストレスは、例えば、抗癌剤、放射線治療、パーキンソン病のドーパミン補充療法、または抗精神病薬の影響による、関連のない状態の治療法の副作用または他の間接的な結果として生じることがあることも理解されるべきである。
【0081】
より詳細には、本発明は、哺乳類の脳内の抗酸化的機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強するのに十分な時間および条件下でグルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の神経精神医学的な障害を治療する方法に関する。
【0082】
好ましくは、グルタチオン前駆体はN-アセチルシステインである。
【0083】
さらに好ましくは、状態は統合失調症、精神病、双極性障害、躁うつ病、情動障害、または統合失調症様障害もしくは分裂情動性障害である。
【0084】
最も好ましくは、状態は統合失調症である。
【0085】
薬学的組成物の形態のグルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物(本明細書において「調節剤」と呼ぶ)の投与は任意の都合の良い手段によって実施することができる。薬学的組成物の調節剤は、特定の症例に依存する量を投与すると治療作用を示すことが意図されている。用量の変化は、例えば、ヒトまたは動物および選択した調節剤の形態に依存する。広い範囲の用量が適用可能となりうる。患者を考慮すると、例えば、約0.1mg〜約1mgの調節剤を1日あたり体重1キログラムあたり投与することができる。用法用量は、最適の治療反応を提供するように調節することができる。例えば、数回に分割した用量を毎日、毎週、毎月、または他の好適な時間間隔で投与してもまたは状況の必要性により適応されるように用量を均等に低下してもよい。調節剤は、経口、静脈内(水溶性の場合)、腹腔内、筋肉内、皮下、皮内もしくは坐剤経路、または埋込み(例えば、徐放性分子を使用する)などの都合の良い方法で投与することができる。好ましくは、薬剤は経口投与され、1日あたり1〜10グラムの用量が想定される。より詳細には、用量は1日あたり2〜6グラムである。調節剤は、酸添加塩または例えば、亜鉛、鉄等との金属錯体などの薬学的に許容されうる無毒性の塩(本出願の目的のための塩とみなされる)の形態で投与することができる。塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、リン酸塩、マレイン酸塩、酢酸塩、クエン酸塩、安息香酸塩、コハク酸塩、リンゴ酸塩、アスコルビン酸塩、酒石酸塩等はこのような酸添加塩の例である。作用成分が錠剤の形態で投与される予定の場合、錠剤は、トラガカント、トウモロコシデンプン、またはゼラチンなどの結合剤;アルギン酸などの崩壊剤;およびステアリン酸マグネシウムなどの潤滑剤を含有してもよい。
【0086】
投与経路には、気道、気管内、鼻咽頭、静脈内、腹腔内、皮下、頭蓋内、皮内、筋肉内、小室内、くも膜下腔内、脳内、鼻腔内、注入、経口、直腸、静脈内点滴、パッチ、および埋込みが挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、投与経路は経口である。
【0087】
最も好ましい態様において、本発明は、被験者の脳内の抗酸化的機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強する上に十分な時間および条件下で、N-アセチルシステイン、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の統合失調症を治療および/または予防する方法を提供する。
【0088】
別の局面において、本発明は、哺乳類の中枢神経系におけるグルタチオン代謝のアップレギュレーションおよび/または酸化ホメオスタシスの正常化のための薬剤を製造する際の、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の用途であって、グルタチオン前駆体が中枢神経系における抗酸化的機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強する用途に関する。
【0089】
好ましくは、中枢神経系は脳である。
【0090】
よりさらに好ましくは、グルタチオン前駆体はN-アセチルシステインである。
【0091】
本明細書に詳細に記載するように、本発明者らは、被験者においてグルタチオンレベルを上昇させることにより、ドーパミンの分解を抑制することによって、少なくとも一部、酸化ホメオスタシスが正常化されることを確認した。従って、関連する局面において、本発明の方法はまた、感情鈍麻および無気力を含む統合失調症などの状態において観察されることが多いドーパミン欠損の症状を治療する上で有用である。これに関して、このようなドーパミン欠損に関連する症状の出現はドーパミンの過剰分解サイクルによって特徴づけられるので、「異常な、望ましくない、または不適当な酸化的ストレス」によって特徴付けられる状態の範囲内であることが理解されるべきである。
【0092】
さらに別の局面において、本発明は、哺乳類の中枢神経系における
(i)異常な、望ましくない、または不適当な酸化的ストレス;および/または
(ii)不十分なグルタチオン代謝
によって特徴付けられる状態を治療するための薬剤を製造する際の、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の用途であって、グルタチオン前駆体が中枢神経系における抗酸化機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強する用途に関する。
【0093】
好ましくは、中枢神経系は脳であり、よりさらに好ましくは、グルタチオン前駆体はN-アセチルシステインである。
【0094】
最も好ましくは、、状態は神経精神医学的な障害であり、よりさらに好ましくは、統合失調症、精神病、双極性障害、躁うつ病、情動障害、または統合失調症様障害もしくは分裂情動性障害である。
【0095】
本発明の関連する局面において、治療を受ける哺乳類は、治療的治療または予防的治療を必要としているヒトまたは動物であってもよい。
【0096】
「治療」および「予防」への言及は、極めて広い内容に関して考慮されるべきである。「治療」という用語は、必ずしも、哺乳類が完全に回復するまで治療されることを意味しない。同様に、「予防」は、必ずしも、被験者が最終的に疾患状態に罹患しないことを意味しない。従って、治療および予防は、特定の状態の症状の軽減または特定の状態を発症するリスクの予防もしくは低減を含む。「予防」という用語は、特定の状態の発症の重症度を低下することと考慮してもよい。「治療」はまた、既存の状態の重症度または急性発作の頻度を低下する(例えば、精神病発作の重症度を低下する)こともできる。
【0097】
これらの方法によると、本発明により規定される調節剤は1つまたは複数の他の化合物または分子と同時投与することができる。「同時投与」は、同一もしくは異なる経路による同一製剤もしくは2つの異なる製剤での同時投与または同一もしくは異なる経路による逐次投与を意味する。「逐次投与」は、2種類の分子の投与間の数秒、数分、数時間、または数日の時間差を意味する。3つの分子を任意の順序で投与してもよい。これに関しては、N-アセチルシステイン補給は、本発明の目的を達成する最も直接的で効率的な手段であると考えられるが、本発明の方法は、他のラジカル捕捉系の効率を増加する間接的な手段を使用することにより増強してもよい。例えば、N-アセチルシステイン治療は、グルタチオン代謝への間接的な関与を増強する補給剤の投与と併用してもよい。生化学的連鎖反応に関して、ラジカルは放射状に増殖するので、グルタチオン代謝のこのような間接的な関与は、本明細書において、「パラ」-グルタチオン抗酸化系と呼ばれる。従って、グルタチオンは、抗酸化プールにとって重要であるが、ラジカルを除去する唯一の手段ではない。酸化ホメオスタシスの正常化を増強するために同時投与することができる薬剤の例には、ビタミンC、ビタミンE(α-トコフェロール)、α-リポ酸補給、およびセレノメチオニンが挙げられる。
【0098】
本発明を任意の方法で限定するわけではないが、セレノメチオニンは、グルタチオンによるラジカルおよびH2O2の捕捉を触媒する酵素であるグルタチオンペルオキシダーゼの活性を増強することが知られている。α-リポ酸は、酸化型グルタチオンからのグルタチオン回復を促進することが示されており、げっ歯類における酸化的損傷を軽減することが観察されている。他の補給剤の作用は、図1に略図により詳細に示してある。経口補給は、脳の酸化障害において、血液脳関門を通過するこれらの分子の伝達が見出されているので、ビタミンEおよびセレノメチオニン補給は特に望ましい。補給分子の好適な用法用量は当業者が決定することができる。
【0099】
本発明の方法は、抗精神病薬の投与などの現在既知の治療方法と併用してもよい。
【0100】
さらに別の局面において、本発明は、本明細書において規定されているグルタチオン前駆体と薬学的に許容されうる1つまたは複数の担体および/または稀釈剤を含む薬学的組成物に関する。薬学的組成物は、さらに、同時投与するべき分子をさらに含んでもよい。これらの薬剤は作用成分と呼ばれる。
【0101】
本発明の方法は、好ましくは、グルタチオン前駆体の経口投与により達成されるが、本発明はこの投与方法に限定されるわけではなく、任意の他の好適な投与方法を含んでもよいことが理解されるべきである。これに関しては、注射用用途に好適な薬学的形態には、滅菌水溶液(水溶液の場合)もしくは分散液および滅菌注射用溶液もしくは分散液を即時調製するための滅菌粉末が挙げられ、クリームの形態もしくは局所塗布に好適な他の形態であってもよい。それは、製造および保存条件下において安定でなければならず、細菌および真菌などの微生物の汚染作用を受けないように保存されなければならない。担体は、例えば、水、エタノール、多価アルコール(例えば、グリセロール、プロピレングリコール、および液体ポリエチレングリコール等)、それらの好適な混合物、および植物油を含有する溶媒または分散液であってもよい。例えば、レシチンなどのコーティングを使用することによって、分散液の場合には必要な粒子サイズを維持することによって、および界面活性剤を使用することによって、適当な流動性を維持することができる。微生物作用は、種々の抗菌剤および抗真菌剤、例えば、パラベン、クロロブタノール、フェノール、ソルビン酸、チメロサール等によって予防することができる。多数の場合において、等張剤、例えば、糖または塩化ナトリウムを含ませることが好ましい。注射用組成物は、吸収を遅延する薬剤、例えば、モノステアリン酸アルミニウムおよびゼラチンを組成物中に使用することによって吸収を遅延することができる。
【0102】
滅菌注射用溶液は、必要な量の作用化合物を、必要に応じ上記に掲載した種々の他の成分と共に適当な溶媒に組み入れ、ろ過滅菌することによって調製される。一般に、分散液は、滅菌した種々の作用成分を、基本的な分散媒体および上記に列挙したもののうち必要な他の成分を含有する滅菌基剤に組み入れることによって調製される。滅菌注射用溶液を調製するための滅菌粉末の場合、好ましい調製方法は、あらかじめ滅菌ろ過しておいた溶液から作用成分の粉末および任意の追加の望ましい成分を生じる真空乾燥および凍結乾燥技法である。
【0103】
作用成分が好適に保護されている場合には、例えば不活性な稀釈剤もしくは吸収性の食用担体とともにそれらを経口投与してもよく、または硬シェルゼラチンカプセルもしくは軟シェルゼラチンカプセルに封入してもよく、または錠剤に打錠してもよく、または食材に直接組み入れてもよい。経口治療用投与では、作用化合物を賦形剤と共に組み入れて、摂取可能な錠剤、口腔錠、トローチ、カプセル、エリキシル、懸濁液、シロップ、ウエハー等の形態で使用してもよい。このような組成物および調製物は少なくとも1重量%の作用化合物を含むべきである。組成物および調製物の割合は当然のことながら変わってもよく、都合の良いことに、約5〜約80重量%の単位であってもよい。このような治療的に有用な組成物中の作用化合物の量がこのような適した用量で得られると考えられる。本発明による好ましい組成物または調製物は、経口投与単位剤形が約0.1μg〜3000mgの作用化合物を含むように調製される。
【0104】
錠剤、トローチ、ピル、カプセル等も、以降に掲載する成分を含有してもよい:ガム、アカシア、トウモロコシデンプン、もしくはゼラチンなどの結合剤;リン酸二カルシウムなどの賦形剤;トウモロコシデンプン、ジャガイモデンプン、アルギン酸等などの崩壊剤;ステアリン酸マグネシウムなどの潤滑剤;およびショ糖、乳糖、もしくはサッカリンなどの甘味剤またはペパーミント、ウィンターグリーンオイル、もしくはチェリーフレーバーなどの矯味矯臭剤を添加してもよい。投与単位剤形がカプセルである場合には、上記の種類の材料以外に、液体の担体を含有してもよい。コーティングとしてまたは投与単位の物理的な形態を改良するために種々の他の材料が存在してもよい。例えば、錠剤、ピル、またはカプセルはシェラック、糖、または両方でコーティングされてもよい。シロップまたはエリキシルは作用化合物、甘味剤としてのショ糖、保存剤としてのメチルおよびプロピルパラベン、染料、ならびにチェリーまたはオレンジフレーバーなどの矯味矯臭剤を含有してもよい。当然のことながら、任意の投与単位形態を調製する際に使用される任意の材料は薬学的に純粋であるべきであり、使用される量で実質的に無毒であるべきである。また、作用化合物は徐放性調製物および製剤に組み入れてもよい。薬学的組成物はまた、標的細胞にトランスフェクトすることができ、調節剤をコードする核酸分子を保有するベクターなどの遺伝分子も含んでもよい。ベクターは、例えばウィルスベクターであってもよい。
【0105】
本発明のさらに別の局面は、本発明の方法に使用する場合における本明細書に記載する調節剤に関する。
【0106】
本発明は、以下の非限定的な実施例によりさらに記載されている。
【実施例】
【0107】
実施例 1
ラットにおけるN-アセチルシステイン治療およびアンフェタミンの行動に対する影響
方法
動物
雄のSprague Dawleyラット(380〜430g)は、メルボルン大学病理学部(Department of Pathology, University of Melbourne)から入手した。到着時、ラットは、12時間の明暗サイクル(6am〜6pm)で維持した温度管理式(20〜24℃)コロニールームでペアで飼育した。ラットは食料および水を自由に摂取させ(未処理群または処理群)、到着時および実験開始からは毎日体重を測定した。実験開始前に3日間新たな環境にラットを慣らした。
【0108】
薬剤処理
この実験は、合計24匹のラットからなった。8匹のラットにはただの飲水(対照)を与え、8匹のラットには0.5% NAC(Sigma)を飲水に加えたもの(低用量)を与え、8匹のラットは2%NACを飲水に加えたもの(高用量)を与えた。薬物処理は14日間連続して行った。ボトルをきれいにし、新鮮な薬剤溶液を4、8、および11日目に作製した。体重および飼育箱あたりの飲んだ水の量を毎日測定した。7日の薬剤処理後、行動試験を開始し、処理の14日目まで続けた。
【0109】
自発運動
8つの自動フォトセルケージ内で自発運動を評価し、データを5分間隔で収集した。動物を個別にケージに入れ、ベースラインの活動を最初の30分間測定した。30分後、ラットに生理食塩液(基剤)、0.5mg/kgまたは5mg/kgのアンフェタミンを皮下注射し、自発運動をさらに90分間測定した。薬物処理および実験の日時は共に無作為的に行った(表1を参照されたい)。各ラットには合成3回の運動セッションを実施した。運動実験は3日間あけて行い、アンフェタミンの完全な排泄を確実にした。
【0110】
統計
自発運動亢進は、30分あたり、すなわち、注射前ならびに注射後0〜30分、30〜60分、および60〜90分に移動した総距離として得た。ベースラインの活動におけるわずかな変動を説明するために、注射後の行動をベースラインの活動の変化として表した。Systat9.0ソフトウェアーパッケージを使用した反復測定の分散分析(ANOVA)を使用して、水、0.5% NAC、または2% NACを与えたラットの平均データを比較した。
【0111】
結果
体重および水消費
14日間の処理中の、飼育箱あたりの毎日の水消費の平均は、0.5%用量および水の対照と比較して、ラットに2%用量のNACを投与した場合ではかなり低かった。水の消費は、対照ラットでは77〜99mlであり、低用量のラットでは60〜72mlであり、高用量のラットでは27〜49mlであった(図2)。これには、対照と比較して、高用量の処理期間のラットでは体重の顕著な低下を伴った(図2、表2)。
【0112】
自発運動に対するアンフェタミンの影響
全てのラットは3回試験した:生理食塩液注射後に1回、0.5mg/kgのアンフェタミン注射後に1回、および5mg/kgのアンフェタミン注射後に1回(表2)。これら3つのセッションで平均した注射前のベースラインの自発運動は、水の対照と比較してNAC処理ラットでは低い傾向であったが、この差は統計学的有意性には達しなかった(図3)。
【0113】
生理食塩液注射後では、予想どおり自発運動は実験の残りの90分間で低いレベルに低下した。一方、0.5mg/kgのアンフェタミンの注射は自発運動亢進を誘導し、注射後に移動した距離は最初の自発運動に等しいかまたは超えていた(図3)。0.5mg/kgのアンフェタミンの全体的な影響は、飲水に0.5% NAC(F(1,14)=5.11、P=0.04)または2%NAC(F(1,13)=4.3、P=0.06)を加えたものを与えたラットでは大きくなる傾向にあった。この用量のアンフェタミンの最大の影響は注射後30〜60分で観察された(図4)。この最大の影響は、水の対照と比較して、どちらの用量のNACを投与したラットでも有意に大きかった(図5)。
【0114】
5mg/kgのアンフェタミンの注射は、最初は顕著な自発運動亢進を誘導したが、活動は90分の観察期間後には低いレベルに低下した。5mg/kgのアンフェタミンの全体的な影響は、飲水に2% NACを加えたものを投与したラットでは大きい傾向にあったが、この差は全般的な統計学的有意性に達しなかった。しかし、処理x時間の全般的な相互作用は有意であり、この用量のアンフェタミンの影響の時間経過が群間で異なることを反映している。この相互作用は、2% NACを投与したラットを対照と比較したとき有意であったが(F(2,28)=4.9、P=0.024)、0.5% NACを投与したラットを対照と比較したときは有意ではなかった。従って、2% NAC用量を投与したラットでは、自発運動亢進は対照より長く維持された(図4)。
【0115】
分析
ラットに投与したアンフェタミンの影響は、腹側前脳の側坐核におけるドーパミン放出の増加によって媒介される自発運動を増強することである。本発明の結果は、NAC処理はアンフェタミンの影響を増強することを示している。これは、0.5% NACまたは2% NACを投与したラットにおける0.5mg/kgのアンフェタミンの最大影響の増強として、および2% NACを投与したラットにおける5mg/kgのアンフェタミンの影響の延長として見られた。これらの結果は、NAC はDAの中枢神経系の神経代謝に対して影響を与え、側坐核における利用率を高めることを確認している。NACは、肝臓でシステインに代謝されてからグルタチオン(GSH)に変換され、血液脳関門を通過して脳内に流入する。GSHは過酸化水素および他の酸化促進剤を捕捉し、ドーパミンのような生化学物質の酸化および分解を抑制する。脳内におけるGSHの利用率を増加することにより、アンフェタミンの作用によって放出、酸化、分解されるドーパミンは少なくなると思われる。これにより、より多くのドーパミンがシナプス後受容体を刺激し、観察される行動に対する影響が増強または延長されると思われる。
【0116】
これらの所見は、経口NAC処理は、脳のドーパミン代謝に有利に影響することを確認している。
【0117】
実施例2
統合失調症におけるN-アセチルシステイン:二重盲検無作為プラセボ対照臨床試験
この調査は、新規で、耐用性が良好の、実用的な補助治療を調査している。この調査では、急性および慢性統合失調症に罹患し、非定型抗精神病薬、オランザピン、リスペリドン、およびクロザピンで治療中の患者において、1日3gのN-アセチルシステイン(NAC)の効率および耐用性をプラセボと比較する。
【0118】
(i)調査群
構造的臨床面接基準(SCID)で統合失調症のDSM-IV基準を満足する年齢18〜65歳の200人の患者を対象に調査する。クロザピンで治療中の100人の慢性安定統合失調症患者の群およびリスペリドンおよびオランザピンで治療中の統合失調症再発の急性期にある100人の患者の群を対象とする。患者は、二重盲検的にNACまたはプラセボによる治療に無作為に、連続的に割り付ける。
【0119】
(ii)対象および除外基準
対象とするためには、患者は統合失調症のDSM-IV基準を満足する必要がある。年齢は18〜65歳であり、男女とも調査の対象とする。調査集団は入院患者および外来患者を含む。腎臓、肝臓、甲状腺、または血液に異常な所見が見られる患者は、急性の全身的医学的障害が認められる患者と同じく、調査から除外する。過去1ヶ月の間に神経遮断デポ製剤を使用したことのある患者は除外し、他の適応症の向精神薬で治療中の患者は、少なくとも1ヶ月間その薬剤で治療している必要がある。精神安定剤(リチウム、バルプロ酸塩、およびカルバマゼピン)で治療中の患者は調査から除外する。同意書の要件または治療プロトコールを遵守できない患者も除外する。
【0120】
(iii)測定
患者は、受け入れ時に、構造的臨床面接基準(SCID、DSM-IV)により評価する。完全な理学的検査および神経学的検査も実施する。患者の精神的状態は、Positive and Negative Symptom Scale(PANSS) Clinical Global Impression(CGI)改善および重症度スケールならびにGlobal Assessment of Functioning Scale(GAF)を使用して受け入れ時に測定する。また、AIMS、Simpson-AngusおよびBarnes Akathisiaスケールを実施する。これらのスケールは、2週間ごとに8週間、または患者が8週間を終了する前に離脱する場合には調査終了日に反復する。二重盲検を継続しながらの延長期間を設け、合計6ヶ月まで毎月評価する。有害事象は表にする。薬物相互作用の可能性を排除するために、ベースライン時および2ヶ月の治療の終了時にクロザピン、オランザピン、およびリスペリドンの血液レベルのモニタリングを実施する。通常の臨床試験的調査は腎層、甲状腺、血液、および肝臓機能を評価する。尿分析を実施する。来院時ごとに生命徴候をモニターする(血圧、脈拍、体重)。
【0121】
(iv)調査方法
患者は全員、無作為化の前にオランザピンまたはリスペリドン(急性治療群)またはクロザピン(慢性治療群)で治療する。無作為化した患者は全員に、1日合計用量3gまでのNAC 4カプセル BDまたはプラセボを毎日投与する。蛍光分析法を使用して測定する、血小板のグルタミン酸受容体感受性をベースライン時ならびに1ヶ月目および2ヶ月目の終了時に実施する。患者は全員、調査に参加する前に書面の同意書を提出する。患者が同意を撤回する場合または試験薬に関連する重篤な有害事象を発症する場合には、患者は調査から離脱する。有害事象による中止は、患者からの要望または調査担当医師の自由裁量による。この臨床試験は関連する研究および倫理委員会により承認されている。臨床試験はGCPガイドラインに準拠して実施される。
【0122】
(v)投与方法の理論的根拠
NACはヒトによる耐用性が良好であり、アセトアミノフェン過剰投与を治療するための粘液溶解剤(AIDSおよび膿胞性線維症治療)として臨床の場で使用されており、肝臓におけるグルタチオン欠損を予防し、米国では店頭販売サプリメントとしても入手可能である。ヒトへの用量は最大5g/日まで有害作用を生じることがない(Louwerse ES、Weverling GJ、Bossuyt PM、Meyjes FE、およびde Jong JM.、(1995), Arch Neurol, 52: 559-64)。NACのカプセルは750mgで、これまで実施されている臨床試験における最大用量は5g/日であった。3g/日(4カプセル、2 bid)は血漿シスチンレベルの増加を持続する。
【0123】
(vi)結果の分析
実際の手段パターン間の有意性を検出するための全体的な検出力;治療後のスコアーとベースラインの測定値の相関が0.7であること、およびNAC群が対照と0.75標準偏差異なるようなNAC補助的治療の影響を仮定すると、検出力は、各群50人の被験者で90%を上回って維持される。群あたり50人の被験者による対応比較により、標準偏差が0.6より小さい影響を80%の検出力で検出することができる。これらのエフェクトサイズは小規模から中程度の規模の範囲である。従って、実験は、臨床的および科学的に関心対象の群間の差を検出することができる。
【0124】
(vii)利用可能な患者集団
臨床試験は3年間にわたって3つの施設、オーストラリアビクトリア州のGeelongおよびWerribeeならびに南アフリカのヨハネスブルグにおいて実施する。3つのセンターは全て臨床試験基準を満足するかなりの数の患者を有している。Geelongは、クロザピンで治療中の250人の患者を有し、Werribeeは100人、ヨハネスブルグは数百人の患者を有する。同様に、統合失調症の急性再発患者は、全てのセンターに見られる最も一般的な臨床問題の1つである。
【0125】
実施例3
補給剤の投与の理論的根拠
セレノメチオニン
200ugの錠剤を購入する。1日1回が、既知の有害作用を生じることなく許容されうる長期投与量である。
【0126】
ビタミンE
有害作用を生じることなく、400IUのα-トコフェロールがCSFレベルを増強するのに十分である。2000 IU/日より高い用量は凝固障害を生じることがあり、ラジカル源となることがある(Bowry VW、Mohr D、Cleary JおよびStocker R.、(1995), J Biol Chem, 270: 5756-63)。
【0127】
ビタミンC
1日あたり500mgのビタミンCは、血漿レベルを60%上昇させるのに十分である。過剰なビタミンCは核酸酸化を増加することがある(Podmore ID、Griffiths HR、Herbert KE、Mistry N、Mistry P、およびLunec J.、(1998)、Nature、392: 559)。
【0128】
α-リポ酸
100mg錠剤が市販されている。600〜1200mg/日の3週間投与は、有害作用を生じることなく耐用されることが示されており、糖尿病性神経障害(酸化的ラジカル損傷によって生じると考えられている)の症状を低下する際の利点が再現的に証明されている(Ziegler DおよびGries FA.、(1997)、Diabetes、46 Suppl 2, S62-)。従って、本発明者らは600mg/日を分割投与で使用することにする。
【0129】
当業者は、本明細書に記載されている発明は、具体的に記載されているもの以外の変更および改良を受けることを考慮している。本発明はこのような変更および改良を全て含むことが理解されるべきである。本発明はまた、本明細書に言及または示されている段階、特徴、組成物、および化合物の全てならびに段階または特徴の任意の2つ以上の任意の組み合わせおよび全ての組み合わせを個別にまたは集合的に含む。
【0130】
(表2)自発運動亢進実験の無作為化表
ラット1〜8には通常の水を投与し、ラット9〜16には0.5% NACを飲水に加えて慢性的に投与し、ラット17〜24は2% NACを投与した。自発運動亢進実験中、動物に生理食塩液(SAL)、0.5mg/kgのアンフェタミン(0.5)、または5mg/kgのアンフェタミン(5)を注射した。

【0131】
文献



【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の中枢神経系におけるグルタチオン代謝をアップレギュレーションする方法。
【請求項2】
哺乳類がヒトである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
中枢神経系が脳である、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
グルタチオン代謝が、脳における抗酸化機能活性を誘導、アップレギュレーション、または増強する、請求項3記載の方法。
【請求項5】
グルタチオン前駆体がN-アセチルシステインである、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
グルタチオン代謝のアップレギュレーションに十分な時間および条件下で、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、望ましくない中枢神経系の酸化を示す哺乳類の中枢神経系における酸化ホメオスタシスを正常化する方法。
【請求項7】
哺乳類がヒトである、請求項6記載の方法。
【請求項8】
中枢神経系が脳である、請求項6または7記載の方法。
【請求項9】
グルタチオン前駆体がN-アセチルシステインである、請求項6〜8のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の有効量を哺乳類に投与する段階を含む、哺乳類の中枢神経系において
(i)異常な、望ましくない、または不適当な酸化的ストレス;および/または
(ii)不十分なグルタチオン代謝
によって特徴付けられる状態を治療および/または予防する方法。
【請求項11】
哺乳類がヒトである、請求項10記載の方法。
【請求項12】
中枢神経系が脳である、請求項10または11記載の方法。
【請求項13】
状態が神経精神医学的な障害である、請求項12記載の方法。
【請求項14】
神経精神医学的な障害が、統合失調症、精神病、双極性障害、躁うつ病、情動障害、または統合失調症様障害もしくは分裂情動性障害、精神病性うつ病、薬剤による精神病、うわごと、アルコール禁断症候群、または痴呆による精神病である、請求項13記載の方法。
【請求項15】
障害が統合失調症である、請求項14記載の方法。
【請求項16】
グルタチオン前駆体がN-アセチルシステインである、請求項10〜15のいずれか1項記載の方法。
【請求項17】
哺乳類の中枢神経系におけるグルタチオン代謝アップレギュレーションおよび/または酸化ホメオスタシス正常化のための薬剤を製造する際の、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の用途であって、グルタチオン前駆体が中枢神経系における抗酸化機能活性を誘導、アップレギュレーション、もしくは増強する用途。
【請求項18】
哺乳類の中枢神経系における
(i)異常な、望ましくない、または不適当な酸化的ストレス;および/または
(ii)不十分なグルタチオン代謝
によって特徴付けられる状態を治療するための薬剤を製造する際の、グルタチオン前駆体、またはその誘導体、相同物、類似物、化学的等価物、もしくは模倣物の用途であって、グルタチオン前駆体が中枢神経系における抗酸化機能活性を誘導、アップレギュレーション、もしくは増強する用途。
【請求項19】
哺乳類がヒトである、請求項17または18記載の用途。
【請求項20】
中枢神経系が脳である、請求項17、18、または19記載の用途。
【請求項21】
状態が神経精神医学的な障害である、請求項20記載の用途。
【請求項22】
神経精神医学的な障害が、統合失調症、精神病、双極性障害、躁うつ病、情動障害、または統合失調症様障害もしくは分裂情動性障害、精神病性うつ病、薬剤による精神病、うわごと、アルコール禁断症候群、または痴呆による精神病である、請求項21記載の用途。
【請求項23】
神経精神医学的な障害が統合失調症である、請求項22記載の用途。
【請求項24】
グルタチオン前駆体がN-アセチルシステインである、請求項17〜24のいずれか1項記載の用途。
【請求項25】
グルタチオン前駆体ならびに1つまたは複数の薬学的に許容されうる担体および/または稀釈剤を含む薬学的組成物。
【請求項26】
請求項1〜16のいずれか1項記載の方法に従って使用する場合における調節剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−215646(P2010−215646A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−121582(P2010−121582)
【出願日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【分割の表示】特願2003−530319(P2003−530319)の分割
【原出願日】平成14年9月26日(2002.9.26)
【出願人】(504121759)ザ メンタル ヘルス リサーチ インスティチュート オブ ビクトリア (2)
【Fターム(参考)】