説明

発光標識試薬

【課題】より安定で、低コストである生体物質を検出するための生体標識用発光標識試薬を提供する。
【解決手段】本発明の発光標識試薬は、無機発光微粒子を生体由来の物質に特異的に吸着もしくは結合する物質と一体化させたものであり、DVD等に利用されているAlInGaP-LDの波長及び酸素吸着型ヘモグロビンの最短透過波長を含む波長650nm以上の光を照射することによって励起される。そして、この励起によりSi-CCDもしくはInGaAs-PDで検出可能でかつ、H2Oリッチな試料中を透過できる波長650nm〜1600nmの赤〜近赤外領域の光を発光する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療および生物分野等において、生体物質を検出するための生体標識用発光標識試薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、特定の生体高分子に吸着もしくは結合する物質に発光物質を担持させた発光標識化合物を用いて、生体高分子を光学的に検出する種々の測定方法および物質の開発が行われている。そのような発光標識化合物を用いた測定としては、例えば、特定のDNA配列を検出するDNAチップや抗体を利用した抗原物質の検出等がある。また、そのような特定の物質あるいは特定の物質を有する生体細胞を検出するフローサイトメトリーへの応用、さらには、直接、生体内に発光標識化合物を分散させ、生体内でどのような場所に特定の物質が存在するかを発光により可視化する、バイオイメージングにも利用されている。これらは、生体高分子に吸着もしくは結合した発光標識化合物に光を照射し、発光物質がその光を吸収し、特定の波長で発光するという現象を利用したものである。そのような発光標識化合物に担持させる発光物質としては、一般的に、有機色素、金属錯体、半導体ナノ粒子等が用いられている。
【0003】
可視発光性の無機微粒子としては、たとえば特許文献1であるUS5990479号公報(生体プローブ用II-VI半導体超微粒子)に記載されている。これはいずれも励起光源として紫外線もしくは青色など短波長の可視光を用い、可視領域の光を放出するものである。
【0004】
また、近赤外領域で発光する蛍光体としては、たとえば特許文献2である特表2003―525282号公報(蛍光キノリン配位子)がある。この公報には、蛍光性の有機金属錯体について記載されている。
【特許文献1】US5990479号公報
【特許文献2】特表2003―525282号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまで生体組織を調べるための蛍光プローブとしては、主に可視光で発光するものが用いられてきた。これは肉眼で直接発光の様子が確認できたり、既存の各種撮像機で画像を記録できたりという利便性に由来している。しかしながら、一般に励起光源はその発光波長よりも短い波長のものを使用しなければならず、そのような短波長の励起光源、特にレーザ光源は高価であるという問題があった。
【0006】
また、キセノンランプやLEDを用いる場合は、そのスペクトルがブロードであるために適切な回折格子や光フィルタを用いて発光波長領域の成分をカットしなければならず、測定系の複雑化や励起光強度の低下を引き起こしてしまう。
【0007】
さらに、励起光として紫外線を用いる場合は、その強度が強いと細胞などの生体組織を破壊してしまう恐れもある。また、哺乳類などの高等生物に由来する生体組織は多くがヘモグロビンやメラニンといった可視光を吸収しやすい色素を有しており、励起光が試料内部まで侵入できない、もしくは放出された発光が試料外部に取り出せないという問題も抱えていた。
【0008】
一方、近赤外光を吸収して近赤外光を放出する有機分子や有機金属錯体からなる生体標識用発光体も存在した。しかしながら、このような有機分子からなる発光体は光との相互作用を繰り返すうちに破壊されていき、長く測定しているうちにその発光強度が徐々に低下していく退色性が問題となっていた。
【0009】
さらに、有機色素を用いた発光標識化合物では、発光波長が不安定で、寿命が短いという問題があり、また、金属錯体をもちいた発光標識化合物では配位子等によって発光波長、発光強度が変化しやすいという問題がある。そのような不安定性を解決する材料として半導体ナノ粒子を発光物質に用いる方法が検討されている。しかしながら、半導体ナノ粒子の粒径を制御することは容易ではなく、半導体ナノ粒子の粒径によって発光波長が異なり検出される発光強度が異なるという問題が生ずる。また、一般的に、半導体ナノ粒子を効率よく発光させるためには、半導体ナノ粒子の表面に形成される非発光トラップ準位を抑制させるため、他の半導体等でコーティングされたコアシェル構造と言われる構造の粒子を製造するということが行われているが、これは製造コストがかかってしまう。さらに、カドミウムやセレンを原料とする半導体ナノ粒子は、毒性があるという問題があった。
【0010】
本発明は、より安定で、低コストである生体物質を検出するための生体標識用発光標識試薬を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第一の態様によれば、無機発光微粒子を生体由来の物質に吸着もしくは結合する物質と一体化させ、波長650nm以上の光を照射することによって励起され、650nm〜1600nmの発光を発することを特徴とする。
【0012】
本発明の第二の態様によれば、無機発光微粒子の一次粒子径は、1nm〜5000nmであることを特徴とする。
【0013】
本発明の第三の態様によれば、無機発光微粒子は、近赤外領域に発光スペクトルを持つ希土類元素成分をドーパントとして含むものである。
【0014】
本発明の第四の態様によれば、無機発光微粒子は、発光を示す希土類元素セリウム、プラセオジム、ネオジム、ガドリニウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ユーロピウム、テルビウム、サマリウム、ディスプロシウムの何れか一つ、または複数の成分をドーパントとして含むものである。
【0015】
本発明の第五の態様によれば、無機発光微粒子は、イットリウム、アルミニウム、酸素からなるガーネット構造を有し、該ガーネット構造に、発光を示す希土類元素うち少なくとも一つの元素成分が固溶した結晶性微粒子であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、発光標識試薬として、近赤外領域の光を吸収する無機発光微粒子を用いるので、測定用の励起光源および検出装置は、光通信等で利用されている一般的な近赤外領域の光源を使用すればよい。この近赤外領域の光源は、高出力・長寿命の特性を有するだけでなく、安価かつ容易に入手することができるため、本発明の発光標識試薬を使用することにより、トータル的なコストを削減することができる。
【0017】
また、本発明によれば、近赤外領域の光を用いることにより、ヘモグロビンやメラニンなどの可視光を吸収する色素を有する生体組織においても高い透過性を示すため、測定対象の試料の内部情報を得ることが容易となり、三次元的なイメージを得ることもできるようになる。
【0018】
さらに、本発明によれば、無機発光微粒子を用いることにより、光との相互作用に対して高い安定性を示すため、強い励起光に長時間曝されたとしても、蛍光強度が低下することはない。従って測定時には、高強度の励起光を照射することができる。これは、蛍光試薬が微量の場合、もしくは測定試料が厚い場合、発光強度が微弱になってしまうような場合でも、高精度で検出することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本発明の発光標識試薬は、無機発光微粒子を生体由来の物質に特異的に吸着もしくは結合する物質と一体化させ、DVD等に利用されているAlInGaP-LD + 酸素吸着型ヘモグロビンの最短透過波長を有する波長650nm以上の光を照射することによって励起され、赤〜近赤外領域であり、Si-CCDもしくはInGaAs-PDで検出でき、H2Oリッチな試料中を透過できる波長650nm〜1600nmの発光を発するものである。
【0020】
本発明で言う無機発光微粒子とは、複数の原子もしくは分子の凝集体であって、光の刺激によって励起され、異なる波長の光を発するものを言う。例えば、光励起による発光(蛍光)特性を示す原子もしくは分子を結晶性もしくは非晶質の母体中に含有する微粒子、もしくは直接遷移型半導体があげられる。
【0021】
具体的に言えば、発光を示す希土類元素セリウム、プラセオジム、ネオジム、ガドリニウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ユーロピウム、テルビウム、サマリウム、ディスプロシウムの何れか一つ、または複数の成分をドーパントとして含むものである。
【0022】
近赤外領域に発光スペクトルを持つ希土類元素としては、希土類元素プラセオジム、ネオジム、ディスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウムの何れか一つ、または複数の成分をドーパントとして含むものである。
発光物質を含有する母体までを具体的に言えば、例えば、イットリウム、アルミニウム、酸素の元素からなるガーネット構造(以下、YAGと言う。)を有する母体に、上述の希土類元素の何れか一つ、または複数の成分を固溶させた結晶性微粒子である。
【0023】
なお、上述した無機発光性微粒子は、その一次粒子径を1nm〜5000nmとしている。これは、一次粒子径が1nm以下の場合、分子の構造体とコンパラブルとなってしまい、5000nm以上では細胞自身とコンパラブルになってしまうからである。
【0024】
上記のような無機発光微粒子を生体由来の物質に特異的に吸着させるか、もしくは結合する物質と一体化させ、波長650nm以上の光を照射することによって励起され、650nm〜1600nmの発光を発する発光標識試薬を用いることによって、特定の生体高分子を、標識可能な蛍光標識化合物として得ることができる。
【0025】
なお、生体由来の物質への無機発光微粒子の一体化の方法としては特に限定するものではないが、無機発光微粒子表面に修飾基を設けて化学反応により有機分子に直接結合させてもよく、あるいは無機材料やポリマー材料等からなるビーズの表面に、特定の生体高分子と吸着もしくは結合するような分子が化学修飾された機能性ビーズ内に分散させてもよい。
【0026】
無機発光微粒子表面に直接有機化合物を結合させる方法としては、例えば、無機発光粒子をAPS(アミノプロピルシラン)等、アミノ基を有するシランカップリング剤と反応させ表面処理を施すことにより表面にアミノ基を付与し、このアミノ基を利用してアビジン若しくはストレプトアビジン、アビジン若しくはストレプトアビジンの融合タンパク質、ビオチン、抗原、抗体、DNA、RNAを結合することができる。また、無機発光粒子表面にアミノ基を付与する方法としては、アミノエタンチオールのようなアミノアルキルチオールを用いて無機発光粒子とチオールの結合を利用して付与しても良い。アミノ基が表面に露出した無機発光粒子はEMCS(N-(6-マレイミドカプロイロキシ)サクシンイミド)等の二価架橋剤を利用したり、あるいはNHSエステル(N-ヒドロキシサクシンイミジルエステル)等で活性化されたカルボキシル基とアミド結合を形成することによって、アビジン若しくはストレプトアビジン、アビジン若しくはストレプトアビジンの融合タンパク質、ビオチン、抗体、抗原と連結することが出来る。これら無機発光粒子の結合したアビジン若しくはストレプトアビジン、アビジン若しくはストレプトアビジンの融合タンパク質、ビオチン、抗体、抗原はサンドイッチ法の検出抗体や検出用酵素として利用できる。
【0027】
また、無機発光粒子を機能性ビーズに取り込ませた場合には、フローサイトメトリーによって生体分子の検出や濃度の測定等に利用できる。この際の機能性ビーズとはポリスチレンビーズ、ポリプロピレンビーズ、架橋アクリルビーズ、ポリ乳酸ビーズ等のポリマービーズや、磁気ビーズ、ガラスビーズ、金属ビーズ等の大きさ0.1μm〜100μmのビーズの表面に生体由来の物質に特異的に吸着もしくは結合するような化学修飾を施こしたものを言う。そのような機能性ビーズに無機発光粒子を分散させる方法としては、特に限定されないが、例えばポリマービーズを使用した機能性ビーズでは、溶媒中に予め無機発光粒子を分散させておき、その溶媒中でビーズを膨潤させることによって無機発光粒子を機能性ビーズ内に取り込ませることができる。
【0028】
以下に実施例を用いて詳細に説明する。
(実施例1)
酢酸イットリウム,アルミニウムイソプロポキシドに微量の希土類ドーパントによる酢酸化合物錯体を加えて1,4-ブタンジオール溶媒に混ぜ、オートクレーブにグリコサーマル処理を施すことで、蛍光性希土類ドーパントを含むYAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)結晶微粒子を得た。
(実施例2)
Yb,Pr,Erをドーパントとする3種類の蛍光試薬を波長0.97nmのレーザ光が発振されるLDで一括励起し、フィルタを用いてそれぞれの試薬からの発光を分離する。それぞれの発光波長は順に1.03nm、1.33nm、1.53nmである。受光装置として、InGaAsもしくはGeからなるフォトダイオードもしくは光電子増倍管を用いた。
(実施例3)
Nd,Erをドーパントとする2種類の発光試薬を波長0.80nmのレーザ光が発振されるLDで一括励起し、フィルタを用いてそれぞれの試薬からの発光を分離する。それぞれの発光波長は順に1.06nm、1.53nmである。受光装置として、InGaAsもしくはGeからなるフォトダイオードもしくは光電子増倍管を用いる。
(実施例4)
希土類元素を1%程度含有する数十nmφのYAG結晶微粒子をシリカガラスやPMMAのような光との相互作用に乏しい母体物質からなる1nmφ程度の粒子内に取り込み、その表面に標的となる物質に応じた抗体分子を修飾させる。
(実施例5)
上記のような生体物質標識用コンポジット蛍光粒子を標識したい生体物質が含まれると考えられる液状試料に混入し、フローサイトメーターを用いて物質検出を行う。
(実施例6)
特定の塩基配列を持つDNAやタンパク質などの物質を検出するための標識用コンポジット蛍光粒子をその物質が含まれると考えられる液状試料に混入し、DNAチップ及び検出装置を用いて検出を行う。
(実施例7)
立体的な生体試料のイメージング、例えば臓器内部の血管の立体的分布像などを得るために、試料に対して発光性微粒子からなる標識用試薬を投与した後、平行光にコリメートした励起用レーザ光を撮像方向に垂直に試料に照射しながらその位置、角度、もしくはその両方をスキャンし、検出される蛍光イメージから三次元イメージング像を得る。
(実施例8)
立体的な生体試料のイメージング、例えば臓器内部の血管の立体的分布像などを得るために、試料に対して赤外蛍光を示すTmなどの希土類を含有する発光性微粒子からなる標識用試薬を投与した後、励起用レーザ光の焦点を三次元的にスキャンし、その焦点において標識用試薬にアップコンバージョン蛍光を放出させ、適切なフィルタを用いてそのアップコンバージョン蛍光のみを検出し、その三次元スキャンの結果から三次元イメージング像を得る。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の蛍光標識化合物は生体高分子検出のための試薬として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施例2の多色化を実施した場合に検出される励起光及び信号光のスペクトルを表すグラフである。
【図2】実施例4の発光微粒子含有母体ビーズ表面に標識物質選択性の抗体を修飾させたコンポジット蛍光粒子を示す概略図である。
【図3】実施例7のコリメートレーザ光のスキャンによる三次元イメージングを実施するための光学系を表す概略構成図である。
【図4】実施例8のレーザ光の焦点スキャンによる三次元イメージングを実施するための光学系を表す概略構成図である。
【図5】実施例8のアップコンバージョン蛍光について、希土類などの発光性イオンの高位準位により実現されるタイプのエネルギー遷移を表す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機発光微粒子を生体由来の物質に吸着もしくは結合する物質と一体化させ、波長650nm以上の光を照射することによって励起され、650nm〜1600nmの発光を発することを特徴とする発光標識試薬。
【請求項2】
前記無機発光微粒子の一次粒子径は、1nm〜5000nmであることを特徴とする請求項1に記載の発光標識試薬。
【請求項3】
前記無機発光微粒子は、近赤外領域に発光スペクトルを持つ希土類元素成分をドーパントとして含む請求項1または2に記載の発光標識試薬。
【請求項4】
前記無機発光微粒子は、希土類元素セリウム、プラセオジム、ネオジム、ガドリニウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ユーロピウム、テルビウム、サマリウム、ディスプロシウムの何れか一つ、または複数の成分をドーパントとして含む請求項4に記載の発光標識試薬。
【請求項5】
前記無機発光微粒子は、イットリウム、アルミニウム、酸素からなるガーネット構造を有し、該ガーネット構造に、発光を示す希土類元素うち少なくとも一つの元素成分が固溶した結晶性微粒子であることを特徴とする請求項1または2に記載の発光標識試薬。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−230877(P2007−230877A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−50944(P2006−50944)
【出願日】平成18年2月27日(2006.2.27)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】