説明

発酵飲料中のH2Sレベルを低減するための組成物および方法

本発明は、発酵飲料中のH2Sレベルを低減するための組成物および方法を提供する。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、2007年3月16日付けで出願された米国特許仮出願第60/918,616号、および2007年7月12日付けで出願された米国特許仮出願第60/959,366号の恩典を主張するものであり、この両出願の開示全体が全ての目的で参照により本明細書に組み入れられる。
【0002】
連邦政府支援の研究開発の下でなされた発明の権利に関する陳述
該当なし。
【背景技術】
【0003】
発明の背景
アルコール発酵中の硫化水素(H2S)のような揮発性硫黄化合物の産生は、醸造業およびワイン醸造業に影響を及ぼす問題である。硫化水素(H2S)は、硫酸還元経路の望ましくない副産物である(図1)。それは発酵条件下のサッカロマイセス・セレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)において形成される。S.セレビシェ株によるH2Sの産生は、ヒトの検知閾値11 ng/Lを優に上回って、0 ug/Lから290 ug/Lに及ぶ(Amoore and Hautala 1983)。その望ましくない品質は、硫化水素がワインに特有の腐卵臭をもたらすという事実に端を発しており、H2Sは揮発性化合物であって、通気により除去されうるものの、低pHのためワインにしつこく残りうるメルカプタンおよびチオールを生ずる可能性がある(Thoukis 1962)。メルカプタンおよびチオールは、玉ねぎおよび缶詰野菜の香りとして存在しており、揮発性H2Sは管理されうるが、他の望ましくない硫黄化合物の除去は技術的に困難であり、ワインから他の風味化合物を取り去ってしまう。
【0004】
サッカロマイセス・セレビシェによる硫化水素の形成は、ワイン、ビール、および日本酒の業界において十分に裏付けされた問題である(Acree et al. 1972, Eschenbruch et al. 1978, Giudici and Kunkee 1994, Jiranek et al. 1995, Rauhut and Kurbel 1994, Walker and Simpson 1993)。栄養因子、例えば窒素、ビタミン、および補因子のレベル(Giudici and Kunkee 1994, Jiranek et al. 1995)、ならびに環境因子、例えば温度、pH、元素硫黄のレベル(Rauhut and Kurbel 1994)、二酸化硫黄の存在(Stratford and Rose 1985)、および硫黄を含有する有機化合物のレベル(Acree et al. 1972)は、発酵飲料中の揮発性硫黄化合物の産生と関連付けられている。揮発性硫黄化合物の産生の相違は、酵母株の代謝の相違によるものと考えられてもいる(Acree et al. 1972, Spiropoulos et al. 2000)。
【0005】
硫化水素の形成に関する酵母株の挙動には、以下の少なくとも6つの異なる部類があり、これらは発酵速度および二酸化炭素の発生に、または熱発生の増大のような他のいくつかの要因に関連することができる:(1) 全ての条件下で上昇したレベル;(2) 全ての条件下で低いレベル;(3) 窒素の閾値レベル上下で産生の上昇、つまりある「領域(window)」の窒素レベルの間では産生が低下し、この領域(window)を上回るまたは下回る窒素レベルで硫化物が増加する;(4) 窒素含有量に関係なく微量栄養素レベルを制限することに応じての産生の上昇;(5) 窒素および微量栄養素のどちらも制限された場合にだけ硫化物産生の上昇; ならびに(6) 発酵速度の増大に伴う硫化物産生の上昇(Spiropoulos 2000, Jiranek 1995, Giudici 1994, Linderholm 2006)。
【0006】
ワインから硫化物を除去するための既存の方法は銅清澄法(copper fining)である。銅の添加は有害な組成変化を触媒する作用を引き起こすほかに、ワイン醸造所によって生み出される、特別な処理の要る廃棄物の量も増やし、最終的には、ワイン醸造所にはさらに高い生産コストおよび消費者にはさらに高いワイン価格をもたらしうる。さらに、清澄剤としての銅の使用は、ワイン中の高い残留銅レベルも招きうる。貿易関税局(Trade and Tax Bureau)はワインの場合0.5 mg/Lの残留銅レベルを許容している(例えばregulations.justia.com/view/89060/のワールドワイドウェブサイトを参照のこと)。したがって、硫化水素を除去するために銅を使用するワイン生産者は、ワイン中の銅レベルを低減するための措置を講じなければならない。世界保健機関は、過剰な銅摂取に関連する健康への悪影響、とりわけアルツハイマー病のような神経障害を考慮して、この化合物の消費に関する食事制限を推奨している(who.int/water_sanitation_health/dwq/chemicals/copper.pdfのワールドワイドウェブサイトを参照のこと)。硫化水素を産生することができないまたは低減したレベルの硫化水素を産生する商業用酵母株が利用可能になることによって、ワインの銅処理の必要性がなくなるであろう。
【0007】
このように、発酵飲料中のH2Sレベルを低減するための組成物および方法が当技術分野において必要である。本発明はこれらのおよびその他の必要に応える。
【発明の概要】
【0008】
本発明は発酵飲料中のH2Sレベルを低減するための組成物および方法を提供する。
【0009】
本発明の一つの局面では、発酵産物または培地中のH2Sレベルを減らすまたはなくすための方法を提供する。いくつかの態様において、この方法は、亜硫酸からの遊離硫化水素の放出を触媒しない改変MET10ポリペプチド(すなわち「硫化物不活性の」MET10ポリペプチド)をコードするポリヌクレオチドを含んだ酵母株、酵母細胞、または酵母培養物と発酵産物または培地とを接触させる段階を含み、このMET10ポリペプチドの662位のアミノ酸がトレオニンではない。いくつかの態様において、ポリヌクレオチドは、662位のXがトレオニンではない、SEQ ID NO:3のMET10ポリペプチドをコードする。いくつかの態様において、ポリヌクレオチドはSEQ ID NO:1を含む。
【0010】
硫化物不活性のMET10ポリペプチドの態様に関し、いくつかの態様において、MET10ポリペプチドの662位のアミノ酸残基はトレオニンまたはセリンではない。いくつかの態様において、MET10ポリペプチドの662位のアミノ酸残基は

である。いくつかの態様において、MET10ポリペプチドの662位のアミノ酸残基は

である。いくつかの態様において、662位のアミノ酸残基はLys、Arg、His、Gln、およびAsnからなる群より選択される(SEQ ID NO:6)。いくつかの態様において、662位のアミノ酸残基はLysである(SEQ ID NO:7)。
【0011】
いくつかの態様において、硫化物不活性のMET10ポリペプチドまたはMET10ポリヌクレオチドは酵母MET10である。いくつかの態様において、硫化物不活性のMET10ポリペプチドは、662位のXが上記におよび本明細書に記述される通りの、SEQ ID NO:3またはSEQ ID NO:4のMET10と少なくとも約90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、またはそれ以上の配列同一性を共有する。いくつかの態様において、硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、SEQ ID NO:1と少なくとも約90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%、またはそれ以上の配列同一性を共有する。
【0012】
いくつかの態様において、酵母細胞はまた、亜硫酸を硫化物に変換できる硫化物活性のMET10ポリペプチドを発現しない。いくつかの態様において、発酵産物はワイン、ビール、またはシャンパンである。いくつかの態様において、発酵培地は、マスト(例えば、ブドウ果汁マスト)および麦汁からなる群より選択することができる。
【0013】
酵母細胞の態様に関し、いくつかの態様において、酵母株はサッカロマイセス・セレビシェ株でありうる。いくつかの態様において、酵母株は本明細書において記述されるように、ビールまたはワインの醸造で用いられる任意の市販の株であってよい。多くの場合、親株または始源株は、硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする核酸で硫化物活性のMET10ポリペプチドをコードする核酸を置換することによって硫化水素非生成株にされた、硫化水素生成株である。例示的なS.セレビシェ・ワイン株としては、非限定的に、プリーズ・ド・ムース(Prise de Mousse)、プルミエ・キュヴェ(Premier Cuvee)、フレンチ・レッド(French Red)、モンラッシェ(Montachet)、ラレマンK1(Lallemand K1)、ボルドー(Bordeaux)、UCD522、UCD940、Ba25、Ba126、Ba137、Ba220、Bb23、Bb25、Ba30、Bb32、Bb19、およびBb22が挙げられる。酵母細胞のさらなる態様は本明細書において記述される通りである。
【0014】
本発明の別の局面では、亜硫酸の硫化物への変換を触媒しないMET10ポリペプチドであって、このMET10ポリペプチドの662位のアミノ酸がトレオニンではないものをコードする核酸配列を含んだ単離ポリヌクレオチドを提供する。いくつかの態様において、MET10ポリペプチドの662位のアミノ酸はトレオニンまたはセリンではない(SEQ ID NO:5)。ポリヌクレオチドによってコードされる硫化物不活性のMET10ポリペプチドの態様は、上記におよび本明細書に記述される通りである。いくつかの態様において、硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする単離ポリヌクレオチドは、SEQ ID NO:1と少なくとも約90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、99%の配列同一性を共有する。いくつかの態様において、単離ポリヌクレオチドは、SEQ ID NO:1に示される核酸配列またはその相補体を含む。
【0015】
関連した局面において、本発明は、亜硫酸の硫化物への変換を触媒しないMET10ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含んだ発現カセットおよび発現ベクターであって、このMET10ポリペプチドの662位のアミノ酸がトレオニンではなく(SEQ ID NO:3)、かつこのポリヌクレオチドが発現制御配列に機能的に連結された発現カセットおよび発現ベクターを提供する。硫化物不活性のMET10ポリペプチドのさらなる態様は、上記におよび本明細書に記述される通りである。さらに提供されるのは、発現ベクターまたは発現カセットを含む宿主細胞である。宿主細胞は酵母細胞、例えば、サッカロマイセス・セレビシェ細胞であることができる。酵母細胞のさらなる態様は、上記におよび本明細書に記述される通りである。いくつかの態様において、発現カセットまたは発現ベクターは、酵母細胞での発現を促進するプロモーターを含む。
【0016】
関連した局面において、本発明は、検出可能な硫化水素を産生しないまたは低レベルの硫化水素を産生する改良された酵母細胞であって、亜硫酸の硫化物への変換を触媒しないMET10ポリペプチドをコードする外因性ポリヌクレオチドを含み、このMET10ポリペプチドの662位のアミノ酸がトレオニンではなく(SEQ ID NO:3)、その親細胞が硫化水素を産生する、改良された酵母細胞を提供する。いくつかの態様において、MET10ポリペプチドの662位のアミノ酸はトレオニンまたはセリンではない(SEQ ID NO:5)。硫化物不活性のMET10ポリペプチドおよび酵母細胞のさらなる態様は、上記におよび本明細書に記述される通りである。
【0017】
さらなる局面において、本発明は、低減したレベルの硫化水素を産生するまたは検出可能な硫化水素を産生しない改良された酵母細胞培養物であって、亜硫酸の硫化物への変換を触媒しないMET10ポリペプチドをコードする外因性ポリヌクレオチドを含んだ酵母細胞の集団を含み、このMET10ポリペプチドの662位のアミノ酸がトレオニンではなく(SEQ ID NO:3)、親細胞の培養物と比較して硫化水素を産生しないまたは低減した硫化水素を産生する、改良された酵母細胞培養物を提供する。いくつかの態様において、MET10ポリペプチドの662位のアミノ酸はトレオニンまたはセリンではない(SEQ ID NO:5)。硫化物不活性のMET10ポリペプチドおよび酵母細胞のさらなる態様は、上記におよび本明細書に記述される通りである。
【0018】
別の局面において、本発明は、検出可能な硫化水素を産生しない改良された酵母細胞を産生する方法であって、亜硫酸の硫化物への変換を触媒しない硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする外因性ポリヌクレオチドを改良された酵母細胞の親細胞に導入することにより、硫化物活性のMET10ポリペプチドをコードする内因性核酸を、硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする核酸と置き換える段階を含み、この硫化物不活性のMET10ポリペプチドの662位のアミノ酸がトレオニンではなく(SEQ ID NO:3)、この改良された酵母細胞の親細胞が硫化水素を産生する、方法を提供する。いくつかの態様において、MET10ポリペプチドの662位のアミノ酸はトレオニンまたはセリンではない(SEQ ID NO:5)。いくつかの態様において、硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする核酸は、組換えにより導入される。いくつかの態様において、硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする核酸は、戻し交雑により導入される。硫化物不活性のMET10ポリペプチドおよび酵母細胞のさらなる態様は、上記におよび本明細書に記述される通りである。
【0019】
別の局面において、本発明は、検出可能な硫化水素のないもしくは硫化水素レベルの低い発酵産物であって、本明細書において記述される方法によって産生される発酵産物、例えば、ワイン、ビール、シャンパン、またはそれ由来の残留物を提供する。
【0020】
本発明のさらなる態様では、SEQ ID NO:1に示される配列またはその相補体と野生型MET10をコードする核酸とを識別できる単離ポリヌクレオチド、発現制御配列に機能的に連結された該ポリヌクレオチドを含む発現ベクター、および該発現ベクターを含む宿主細胞(例えば、サッカロマイセス・セレビシェ細胞)を提供する。
【0021】
本発明のさらなる態様では、SEQ ID NO:1において、404位のA → C、514位のA → G、1278位のA → G、ならびに1532位のC → T、1768位のG → A、および1985位のA → Cより選択される一つまたは複数の置換(例えば、少なくとも二つ、三つ、四つ、またはそれ以上の置換)を含む単離ポリヌクレオチド、発現制御配列に機能的に連結された該ポリヌクレオチドを含む発現ベクター、および該発現ベクターを含む宿主細胞(例えば、サッカロマイセス・セレビシェ細胞)を提供する。
【0022】
本発明の別の態様では、SEQ ID NO:2において、404位のC → A、514位のG → A、1278位のG → A、ならびに1532位のT → C、1768位のA → G、および1985位のC → Aからなる群より選択される一つまたは複数の置換(例えば、少なくとも二つ、三つ、四つ、またはそれ以上の置換)を含む単離ポリヌクレオチド、発現制御配列に機能的に連結された該ポリヌクレオチドを含む発現ベクター、および該発現ベクターを含む宿主細胞(例えば、サッカロマイセス・セレビシェ細胞)を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】硫酸還元経路を図解している。遺伝子に対して行われた配列解析は太字になっており、見出された対立遺伝子の数は()内であり、UCD932において見出された対立遺伝子は点線で輪郭が描かれている。
【図2】種々のサッカロマイセス株におけるMET10対立遺伝子の配列アライメントを示している(それぞれ、SEQ ID NO:8、9、1、10〜14、2、15、および16)。コドン変化をもたらす核酸変化が強調表示されている。
【図3】例示的な遺伝子交換技術を図解している。MET10s = S288C対立遺伝子。MET10w = ワイン株対立遺伝子。
【図4】種々のサッカロマイセス株におけるMET10遺伝子のアミノ酸配列アライメントを例証している(S288C = SEQ ID NO:17; UCD932 = SEQ ID NO:18; UCD950 = SEQ ID NO:19)。異なる株間のアミノ酸の相違が強調表示されている。
【図5】MET10タンパク質における残基662の周囲のアミノ酸変化を例証している。S288C (SEQ ID NO:20)、UCD932 (SEQ ID NO:21)、およびUCD950 (SEQ ID NO:20)由来のMET10対立遺伝子のDNA配列がヌクレオチド番号1985の近くで整列されており、重要な突然変異は強調表示され太字とされている。コドン(SEQ ID NO:22および23)ならびに対応するアミノ酸配列(SEQ ID NO:24) (薄灰色で強調表示されている)が挿入図に示されている。CからAへの変化は、タンパク質の662位での対応するトレオニン残基のリジンへの変化をもたらす。
【図6】MET10タンパク質の公知および予測の機能ドメインに対する662アミノ酸残基の位置を図解している。MET10タンパク質の公知のモチーフおよびドメインのマップが描かれている。662位の変化塩基の位置が黒矢印で示されている。その突然変異はタンパク質の亜硫酸レダクターゼドメイン内にある。ワールドワイドウェブ//db.yeastgenome.org/cgi-bin/protein/domainPage.pl?dbid=S000001926からのデータ。
【図7】亜硫酸レダクターゼドメインの構造的特徴を図解し、このタンパク質の構造的特徴に及ぼすトレオニン残基とリジンの交換の影響を図解している。構造的相同性予測に基づいたMET10タンパク質の構造リボンモデルが描かれている。予測されるリジン633からチロシン1035までの亜硫酸レダクターゼドメインだけが示されており、残基662周辺の領域は挿入図の中に拡大されている。予測されるUCD932の構造(図A)では残基662のリジンを強調表示しているのに対し、予測されるUCD950の構造(図B)では残基662のトレオニンを強調表示している。
【図8】亜硫酸レダクターゼ触媒領域中の配列が公知である、いくつかの工業的に関連する酵母種由来MET10タンパク質の部分配列のアライメントを例証している(UCD 932 Met10 = SEQ ID NO:25; S288c Met10 = SEQ ID NO:26; S.セレビシェ(S.cerevisiae) (carlsbergensis) = SEQ ID NO:27; クルイベロマイセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis) = SEQ ID NO:28; ヤロウィア・リポリティカ(Yarowwia lipolytica) = SEQ ID NO:29; シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe) = SEQ ID NO:30)。整列された種の全体にわたって、保存されているアミノ酸残基は太字になっている。最も関連する種において保存されているアミノ酸残基は影付きとされている。662位のまたはモチーフ(N/K)(R/K)R(V/L)TP(A/D/E)(D/N/E)Y(D/N)R(Y/N)IFH(I/V)EFD(I/L)(SEQ ID NO:31)内のトレオニンは、整列された全酵母種にわたって、活性MET10ポリペプチドにおいて保存されている。
【0024】
表の簡単な説明
表1は天然のおよび工業用の酵母株のリストを示す。
【0025】
表2は改変トリプルM (MMM)培地の組成を示す。
【0026】
表3はBiGGYプレートおよびMMM上にて増殖された天然酵母分離株の分析の結果を示す。
【0027】
表4はさらなる酵母株を示す。
【0028】
表5は、とりわけ、MET10を増幅するためのPCRプライマーの配列を示す。
【0029】
表6は、とりわけ、MET10の配列決定用プライマーの配列を示す。
【0030】
表7はMET10で形質転換された酵母株のH2S産生をまとめた結果を示す。
【0031】
表8はMET10対立遺伝子におけるアミノ酸の相違を示す。
【0032】
表9はMET10で形質転換されたさらなる酵母株によるH2S産生をまとめた結果を示す。
【0033】
表10はMET10で形質転換された酵母株によるH2S産生をまとめた結果を示す。
【0034】
表11はMET10対立遺伝子で形質転換された酵母株によるH2S産生をまとめた結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0035】
発明の詳細な説明
I. 導入
本発明は発酵飲料中のH2Sレベルを低減するための組成物および方法を提供する。本発明は、一つには、トレオニン以外である662位のアミノ酸残基を有するMET10ポリペプチドが亜硫酸の遊離または放出硫化水素への変換を触媒しないという発見に基づいている。これは、MET10遺伝子における1985位の一ヌクレオチド変化によりMET10タンパク質の触媒ドメインにおけるトレオニンからリジンへの662位のアミノ酸の変化がもたらされる、酵母株UCD932でのMET10対立遺伝子からの硫化物不活性のMET10ポリペプチドの発現によって例証される。
【0036】
II. 定義
別段の定義がない限り、本明細書において用いられる全ての技術用語および科学用語は、本発明が属する技術分野において当業者が通常理解するのと同じ意味を一般に有する。一般的に、本明細書において用いられる専門用語ならびに以下に記述される細胞培養、分子遺伝学、有機化学・核酸化学、およびハイブリダイゼーションにおける実験室手順は、当技術分野において周知とされ通常利用されるものである。核酸およびペプチド合成には標準的な技術が用いられる。一般的に、酵素反応および精製段階は製造者の仕様書にしたがって行われる。その技術および手順は、当技術分野における従来の方法、および本書の全体にわたって示される各種一般的な参考文献(一般的に、Sambrook and Russell, Molecular Cloning, A Laboratory Manual (3d ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001); Ausubel, et al., eds., Current Protocols in Molecular Biology (John Wiley & Sons 1987-2008)を参照のこと)にしたがって一般に行われる。本明細書において用いられる専門用語ならびに以下に記述される分析化学および有機合成における実験室手順は、当技術分野において周知とされ通常利用されるものである。化学合成および化学分析には標準的な技術、またはその変法が用いられる。
【0037】
本明細書において用いられる「発酵培地」とは、酵母の添加前の未発酵混合物をいう。発酵培地は、例えば、マストおよび麦汁を含む。発酵培地はさらなる糖供給源(例えば、ハチミツ、サトウキビ糖、テンサイ糖、トウモロコシ糖、フルクトース、スクロース、またはグルコース); 酸(例えば、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、およびその混合物)ならびに酵母栄養素(例えば、リン酸二アンモニウムまたは別の窒素源、ビタミンなど)をさらに含むことができる。
【0038】
本明細書において用いられる「マスト」とは、果汁、茎の断片、果皮、種子、および/または果実をすりつぶすことによって作られる果肉の未発酵混合物をいう。例えば、ブドウ、リンゴ、サクランボ、モモ、ネクタリン、プラム、アプリコット、西洋ナシ、カキ、パイナップル、マンゴー、キーウィ、イチゴ、ラズベリー、ブルーベリー、エルダーベリー、ブラックベリー、クランベリー、イチジク、およびビワのような発酵性糖を含有する任意の果実を使用することができる。果実は、すりつぶす前に、乾燥されても、煮沸されても、ゆでられても、または別の方法で処理されてもよい。マストは二種類またはそれ以上の果実を含んでもよい。
【0039】
本明細書において用いられる「麦汁」とは、穀物および/または穀物外皮をすりつぶすことによって作られる未発酵液をいう。例えば、大麦、小麦、ライ麦、大麦、米、トウモロコシ、およびオートムギのような発酵性糖を含有する任意の穀物を使用することができる。穀物は、すりつぶす前に、焼かれても、フレーク状にされても、または別の方法で処理されてもよい。麦汁は、二種類またはそれ以上の穀物を含む混合物から作出されてもよい。
【0040】
本明細書において用いられる「Met10」および「MET10」とは、サッカロマイセスの同化亜硫酸レダクターゼのαサブユニットをいう。機能的に、MET10ポリペプチドは亜硫酸の硫化物への変換を触媒する。構造的に、MET10ポリペプチド、とりわけ酵母MET10ポリペプチドは特徴付けられている。MET10ポリペプチドは保存されたC末端部の亜硫酸レダクターゼ触媒ドメイン、ならびにFADおよびNAD結合ドメインを含有する。このポリペプチドの中央部はピルビン酸フェレドキシンオキシドレダクターゼドメインを含有する。亜硫酸の遊離または放出硫化水素への変換を触媒できる硫化物活性のMET10ポリペプチドでは、662位のアミノ酸残基が保存されており、通常は、とりわけ酵母では、トレオニンまたは時にセリンである。特定されているMET10ポリペプチドドメインは、図6に描かれている。
【0041】
本明細書において用いられる場合、「MET10」とは、以下である核酸およびポリペプチドの多型変種、対立遺伝子、変異体、ならびに種間相同体をいう:(1) MET10核酸によってコードされる参照アミノ酸配列(酵母MET10核酸配列、例えば、SEQ ID NO:1、図2、および以下に例示されたGenBankアクセッション番号を参照のこと)に対し、好ましくは少なくとも約25、50、100、200、500、1000、もしくはそれ以上のアミノ酸の領域にわたって、またはその完全長にわたって、約80%を超えるアミノ酸配列同一性、例えば、85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、もしくは99%、またはそれ以上のアミノ酸配列同一性のあるアミノ酸配列を有する; (2) MET10ポリペプチド(例えば、SEQ ID NO:1によってコードされる)、および保存的に改変されたその変種のアミノ酸配列を含む免疫原に対して作製された抗体、例えば、ポリクローナル抗体に結合する; (3) MET10タンパク質、および保存的に改変されたその変種をコードする核酸配列に対応するアンチセンス鎖にストリンジェントなハイブリダイゼーション条件の下で特異的にハイブリダイズする; (4) MET10参照核酸配列に対し、好ましくは少なくとも約25、50、100、200、500、1000、もしくはそれ以上のヌクレオチドの領域にわたって、またはその完全長にわたって、約95%を超える、好ましくは約96%、97%、98%、99%、またはそれ以上を超えるヌクレオチド配列同一性のある核酸配列を有する。本発明の核酸およびタンパク質は天然分子も組換え分子もともに含む。いくつかの態様において、MET10ポリペプチドおよびMET10ポリヌクレオチドは酵母由来である。例示されるMET10アミノ酸および核酸の配列はGenbankアクセッション番号EF058164、EF058165、EF058166、EF058167、EF058168、EF058169、EF058170、EF058171、EF058172、EF058173に記載されている。
【0042】
本明細書において用いられる場合、「硫化物活性のMET10」ポリペプチドは、亜硫酸の硫化水素への変換を触媒することができる。酵母では、硫化物活性のMET10ポリペプチドはアミノ酸の662位にセリンまたはトレオニン残基を有することができる。酵母株では、S.セレビシェにおける662位のアミノ酸はトレオニンまたはセリンとして保存されており、亜硫酸レダクターゼ触媒領域中の以下のモチーフ:

に存在している。図8を参照されたい。
【0043】
本明細書において用いられる場合、「硫化物不活性のMET10」ポリペプチドは、亜硫酸の遊離または放出硫化水素への変換を触媒しない。酵母では、硫化物不活性のMET10ポリペプチドは、アミノ酸の662位にまたはモチーフ

内にトレオニンを持たない、すなわち、式中においてXがTではない。いくつかの態様において、硫化物不活性のMET10ポリペプチドは、アミノ酸の662位にトレオニンまたはセリン残基を持たない。いくつかの態様において、硫化物不活性のMET10ポリペプチドは、662位に

を有する(SEQ ID NO:3)。いくつかの態様において、硫化物不活性のMET10ポリペプチドにおける662位のアミノ酸残基はヒドロキシル基を持たない、例えば、Thr、Ser、またはTyrではない(SEQ ID NO:33)。いくつかの態様において、硫化物不活性のMET10ポリペプチドにおける662位のアミノ酸残基は大きいまたはかさ高いアミノ酸、例えば、

である。いくつかの態様において、硫化物不活性のMET10ポリペプチドにおける662位のアミノ酸残基は塩基性アミノ酸または正に荷電したアミノ酸、例えば、Lys、Arg、His、Gln、またはAsnである(SEQ ID NO:6)。いくつかの態様において、662位のアミノ酸残基はLysである(SEQ ID NO:7)。
【0044】
本明細書において用いられる場合、「外因性の」MET10核酸配列またはアミノ酸配列はヒトの行為によって親酵母細胞または親酵母株に導入される。外因性核酸配列または外因性アミノ酸配列の酵母細胞への導入は、組換え法または古典的な酵母育種法(例えば、戻し交雑)を含め、当技術分野において公知の任意の手段によるものであってよい。
【0045】
「核酸」および「ポリヌクレオチド」という用語は、一本鎖または二本鎖の形態のデオキシリボヌクレオチドまたはリボヌクレオチドおよびそれらの重合体を意味するために本明細書において互換的に用いられる。この用語は、公知のヌクレオチド類似体または改変された骨格残基もしくは結合を含有する核酸であって、合成、天然、および非天然であって、参照核酸と類似の結合特性を有し、かつ参照ヌクレオチドと同じように代謝されるものを包含する。そのような類似体の例としては、非限定的に、ホスホロチオエート、ホスホロアミデート、メチルホスホネート、キラル-メチルホスホネート、2-O-メチルリボヌクレオチド、ペプチド核酸(PNA)が挙げられる。
【0046】
特記されないない限り、特定の核酸配列は、明示された配列だけでなく、保存的に改変されたその変種(例えば、縮重コドン置換)および相補的配列も包含する。具体的には、縮重コドン置換は、一つまたは複数の選択の(または全ての)コドンの第3位が混合塩基および/またはデオキシイノシン残基で置換された配列を作出することによって達成することができる(Batzer et al., Nucleic Acid Res. 19:5081 (1991); Ohtsuka et al., J. Biol. Chem. 260:2605-2608 (1985); Rossolini et al., Mol. Cell. Probes 8:91-98 (1994))。核酸という用語は、遺伝子、cDNA、mRNA、オリゴヌクレオチド、およびポリヌクレオチドと互換的に用いられる。
【0047】
本明細書において用いられる「識別できる」核酸とは、以下であるポリヌクレオチドをいう:(1) MET10タンパク質、および保存的に改変されたその変種をコードする核酸配列に対応するアンチセンス鎖にストリンジェントなハイブリダイゼーション条件の下で特異的にハイブリダイズする; または(2) MET10核酸に対し、好ましくは少なくとも約25、50、100、200、500、1000、もしくはそれ以上のヌクレオチドの領域にわたって、約80%、85%、90%、95%を超える、好ましくは約96%、97%、98%、99%、もしくはそれ以上を超えるヌクレオチド配列同一性のある核酸配列を有する。
【0048】
「ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件」という語句は、プローブが、典型的には核酸の複合混合物中で、その標的の部分配列にハイブリダイズするが、しかし他の配列にはハイブリダイズしないような条件をいう。ストリンジェントな条件は配列依存性であり、環境によっても異なると考えられる。より長い配列はより高温で特異的にハイブリダイズする。核酸のハイブリダイゼーションに関する広範な手引は、Tijssen, Techniques in Biochemistry and Molecular Biology-Hybridization with Nucleic Probes,「Overview of principles of hybridization and the strategy of nucleic acid assays」(1993)の中に見出される。一般に、ストリンジェントな条件は、規定のイオン強度、Phでの特定配列の熱融点Iよりも約5〜10℃低くなるように選択される。このTmは、標的に相補的なプローブの50%が、平衡状態で標的配列にハイブリダイズする(標的配列が過剰に存在する場合、Tmで、プローブの50%が平衡状態で占有される)(規定のイオン強度、Ph、および核酸濃度の下での)温度である。ストリンジェントな条件は、塩濃度がPh 7.0〜8.3で約1.0 M未満のナトリウムイオン、典型的には約0.01〜1.0 Mナトリウムイオン濃度(または他の塩)であり、かつ温度が、短いプローブ(例えば、10〜50ヌクレオチド)では少なくとも約30℃であり、長いプローブ(例えば、50ヌクレオチドを超える)では少なくとも約60℃であるものになると考えられる。ストリンジェントな条件は、ホルムアミドなどの脱安定化剤の添加によって達成することもできる。選択的または特異的ハイブリダイゼーションの場合、正のシグナルは少なくともバックグラウンドの2倍、好ましくは、バックグラウンドのハイブリダイゼーションの10倍である。例となるストリンジェントなハイブリダイゼーション条件は、以下のようであってよい: 50%ホルムアミド、5×SSC、および1% SDS中にて42℃でインキュベートし、または5×SSC、1% SDS中にて65℃でインキュベートし、その上で65℃の0.2×SSCおよび0.1% SDS中にて洗浄。
【0049】
ストリンジェントな条件の下で互いにハイブリダイズしない核酸も、それらのコードするポリペプチドが実質的に同一であれば、実質的には同一である。これは、例えば、核酸のコピーが遺伝暗号によって許容される最大のコドン縮重を用いて作出される場合に起こる。そのような場合、核酸は、典型的には、中程度にストリンジェントなハイブリダイゼーション条件の下でハイブリダイズする。例示的な「中程度にストリンジェントなハイブリダイゼーション条件」としては、40%ホルムアミド、1 M NaCl、1%SDSの緩衝液中37℃でのハイブリダイゼーション、および1×SSC中45℃での洗浄が挙げられる。正のハイブリダイゼーションは、少なくともバックグランドの2倍である。別のハイブリダイゼーションおよび洗浄条件を利用して、類似のストリンジェンシーの条件を提供できることを当業者は容易に認識するであろう。
【0050】
「単離された」、「精製された」、または「生物学的に純粋な」という用語は、天然の状態において見られるような通常は付随する成分を実質的にまたは本質的に含まない物質をいう。純度および均一性は、典型的には、ポリアクリルアミドゲル電気泳動または高速液体クロマトグラフィーのような分析化学技術を用いて決定される。調製物に存在する主たる種であるタンパク質は、実質的に精製されている。具体的には、単離されたMET10核酸は、MET10遺伝子に隣接する、かつMET10以外のタンパク質をコードするオープンリーディングフレームから分離される。「精製された」という用語は、核酸またはタンパク質が電気泳動ゲルにおいて本質的に1本のバンドをもたらすことを示す。特に、これは、核酸またはタンパク質が少なくとも85%純粋であり、より好ましくは少なくとも95%純粋であり、最も好ましくは少なくとも99%純粋であることを意味する。
【0051】
核酸の部分に関して用いられる場合「異種」という用語は、核酸が、自然突然変異もしくはゲノム再編成を介して集団内で自然に生じうる、または人工的に導入されうる互いに異なる二つまたはそれ以上の部分配列を含むことを示す。例えば、核酸は典型的には、関連のない遺伝子由来の二つまたはそれ以上の配列、例えば、ある供給源由来のプロモーターおよび別の供給源由来のコード領域が並べられて新しい機能的核酸を作出するように、組換えにより産生される。同様に、異種タンパク質は、このタンパク質が、天然では互いに異なるまたは同一の関係に見られない二つまたはそれ以上の部分配列を含むこと(例えば融合タンパク質)を示す。
【0052】
「発現ベクター」とは、宿主細胞において特定の核酸の転写を可能にする一連の特定核酸要素で、組換えによりまたは合成により作出された、核酸構築物である。発現ベクターは、プラスミド、ウイルス、または核酸断片の一部でありうる。典型的には、発現ベクターは、プロモーターに機能的に連結された、転写される核酸を含む。
【0053】
「ポリペプチド」、「ペプチド」、および「タンパク質」という用語は、本明細書において、アミノ酸残基の重合体を意味するために互換的に用いられる。これらの用語は、天然アミノ酸重合体および非天然アミノ酸重合体にあてはまるほかに、一つまたは複数のアミノ酸残基が、対応する天然アミノ酸の人工的な化学模倣体であるアミノ酸重合体にもあてはまる。
【0054】
「アミノ酸」という用語は、天然アミノ酸および合成アミノ酸、ならびに天然アミノ酸と同じように機能するアミノ酸類似体およびアミノ酸模倣体をいう。天然アミノ酸は、遺伝暗号によってコードされるもの、ならびに後で改変されるそれらのアミノ酸、例えば、ヒドロキシプロリン、γ-カルボキシグルタミン酸、およびO-ホスホセリンである。アミノ酸類似体とは、天然アミノ酸と同じ基礎化学構造、すなわち、水素、カルボキシル基、アミノ基、およびR基に結合しているγ炭素を有する化合物、例えば、ホモセリン、ノルロイシン、メチオニンスルホキシド、メチオニンメチルスルホニウムをいう。そのような類似体は、改変されたR基(例えば、ノルロイシン)または改変されたペプチド骨格を有するが、天然アミノ酸と同じ基礎化学構造を保持する。アミノ酸模倣体とは、アミノ酸の一般的な化学構造と異なる構造を有するが、天然アミノ酸と同じように機能する化合物をいう。
【0055】
アミノ酸は一般的に公知のその三文字記号によりまたはIUPAC-IUB生化学命名委員会(Biochemical Nomenclature Commission)により推奨されている一文字記号により本明細書において言及される。ヌクレオチドも同様に、一般に認められたその一文字コードによって言及される。
【0056】
「保存的に改変された変種」とは、アミノ酸配列にも核酸配列にもともにあてはまる。特定の核酸配列に関して、保存的に改変された変種は、同一のもしくは本質的に同一のアミノ酸配列をコードするそれらの核酸をいい、または核酸がアミノ酸配列をコードしない場合、本質的に同一の配列をいう。遺伝暗号の縮重のため、多数の機能的に同一の核酸が所与のタンパク質をコードする。例えば、コドンGCA、GCC、GCG、およびGCUは全て、アミノ酸アラニンをコードする。したがって、コドンによりアラニンが指定されるあらゆる位置で、コードされるポリペプチドを変化させることなく、記述した対応するコドンのいずれかにコドンを変化させることができる。そのような核酸変異は、保存的に改変された変種の一種である「サイレント変異」である。ポリペプチドをコードする本明細書におけるあらゆる核酸配列も、核酸のあらゆる可能なサイレント変異を記述する。核酸中の各コドン(通常、メチオニンに対する唯一のコドンであるAUG、および通常、トリプトファンに対する唯一のコドンであるTGGを除く)を改変して機能的に同一の分子を得られることを当業者は認識する。したがって、各記載の配列にはポリペプチドをコードする核酸の各サイレント変異が含まれている。
【0057】
アミノ酸配列に関して、コード配列中の単一のアミノ酸または少数のアミノ酸を変化させる、付加する、または欠失する、核酸、ペプチド、ポリペプチド、またはタンパク質配列に対する個々の置換、欠失、または付加は、この変化によって化学的に類似のアミノ酸とのアミノ酸置換が起こる場合、「保存的に改変された変種」であることを当業者は認識する。機能的に類似のアミノ酸を提供する保存的置換の表は、当技術分野において周知である。そのような保存的に改変された変種は、本発明の多型変種、種間相同体、および対立遺伝子に追加されるものであり、本発明の多型変種、種間相同体、および対立遺伝子を排除するものではない。
【0058】
以下の8つの群は各々が、互いに保存的置換であるアミノ酸を含有する:
(1) アラニン(A)、グリシン(G);
(2) アスパラギン酸(D)、グルタミン酸(E);
(3) アスパラギン(N)、グルタミン(Q);
(4) アルギニン(R)、リジン(K);
(5) イソロイシン(I)、ロイシン(L)、メチオニン(M)、バリン(V);
(6) フェニルアラニン(F)、チロシン(Y)、トリプトファン(W);
(7) セリン(S)、トレオニン(T); および
(8) システイン(C)、メチオニン(M)
(例えば、Creighton, Proteins (1984)参照)。
【0059】
二つまたはそれ以上の核酸配列またはポリペプチド配列という文脈において、「同一の」または「同一性」の割合という用語は、以下の配列比較アルゴリズムの一つを用いてまたは手動的アライメントおよび目視検査によって判定されるように比較ウィンドウまたは指定領域にわたり最大の一致を求めて比較され整列される場合、同一であるか、または同一のアミノ酸残基もしくはヌクレオチドの特定の割合(すなわち、特定の領域、SEQ ID NO:1の領域にわたり60%の同一性、好ましくは65%、70%、75%、80%、85%、90%、もしくは95%の同一性)を有する、二つまたはそれ以上の配列または部分配列をいう。その場合、そのような配列は「実質的に同一」であるといわれる。この定義は試験配列の相補体も意味する。同一性は、長さが少なくとも約25アミノ酸もしくはヌクレオチドである領域にわたり存在することが好ましく、または長さが50〜100アミノ酸もしくはヌクレオチドである領域にわたって存在することがより好ましい。
【0060】
配列比較の場合、典型的には一つの配列が参照配列としての役割を果たし、これに対して試験配列が比較される。配列比較アルゴリズムを用いる場合、試験配列および参照配列をコンピュータに入力し、部分配列座標を指定し、必要ならば、配列アルゴリズムプログラムのパラメータを指定する。デフォルトのプログラムパラメータが使われてもよく、または別のパラメータを指定してもよい。その後、配列比較アルゴリズムにより、プログラムパラメータに基づいて、参照配列に対する試験配列の配列同一性の割合を計算する。MET10核酸およびタンパク質に対する核酸およびタンパク質の配列比較の場合、BLASTおよびBLAST 2.0アルゴリズムならびに以下で論じられるデフォルトパラメータを用いる。
【0061】
本明細書において用いられる「比較ウィンドウ」は、20〜600個、通常は約50〜約200個、さらに通常は約100〜約150個からなる群より選択される連続する位置の数のいずれか一つのセグメントであって、二つの配列が最適に整列された後で同数の連続する位置の参照配列に対し配列を比較できるセグメントへの言及を含む。比較のための配列アライメントの方法は、当技術分野において周知である。比較のために最適な配列アライメントは、例えば、Smith & Waterman, Adv. Appl. Math. 2:482 (1981)の局所相同性アルゴリズムにより、Needleman & Wunsch, J. Mol. Biol. 48:443 (1970)の相同性アライメントアルゴリズムにより、Pearson & Lipman, Proc. Nat'l. Acad. Sci. USA 85:2444 (1988)の類似性の検索法により、コンピュータによるこれらのアルゴリズム(Wisconsin Genetics Software PackageにおけるGAP、BESTFIT、FASTA、およびTFASTA, Genetics Computer Group, 575 Science Dr., Madison, WI)の実施により、または手動的アライメントおよび目視検査により(例えば、Current Protocols in Molecular Biology (Ausubel et al., eds. 1995 supplement)を参照のこと)、行うことができる。
【0062】
配列同一性の割合および配列類似性を判定するのに適したアルゴリズムの好ましい例は、BLASTおよびBLAST 2.0アルゴリズムであり、これらは、それぞれ、Altschul et al., Nuc. Acids Res. 25:3389-3402 (1977)およびAltschul et al., J. Mol. Biol. 215:403-410 (1990)に記述されている。BLASTおよびBLAST 2.0は、本発明の核酸およびタンパク質に対する配列同一性の割合を判定するため、本明細書において記述されるパラメータとともに用いられる。BLAST解析を行うためのソフトウェアは、全米バイオテクノロジー情報センター(ワールドワイドウェブncbi.nlm.nih.gov/参照)を通じて公的に利用可能である。このアルゴリズムは、データベース配列における同じ長さのワードと整列される場合に、ある正の値の閾値スコアTに適合するか、それらを満たすかのいずれかである、クエリ配列における長さWの短いワードを最初に同定することによって、高スコア配列(HSP)ペアを同定する工程を包含する。Tは、隣接ワードスコア閾値という(Altschul et al., 前記)。これらの最初の隣接ワードヒットは、それらを含むより長いHSPを見出すための検索を開始するための元として作用する。ワードヒットは、累積アラインメントスコアが増加され得る限り、各配列に沿って両方向に伸長する。累積スコアは、ヌクレオチド配列の場合、パラメータM (適合残基の対に対する報酬(reward)スコア; 常に>0)およびパラメータN (ミスマッチ残基に対するペナルティースコア; 常に<0)を用いて計算される。アミノ酸配列の場合、スコア付けマトリックスを用いて累積スコアを計算する。各方向でのワードヒットの伸長は、以下の場合に停止される: 累積アライメントスコアがその最大達成値から量Xで減少する場合; 一つもしくは複数の負のスコアの残基アラインメントの蓄積に起因して、累積スコアが0もしくはそれ以下になる場合; または配列のいずれかの末端に達した場合。BLASTアルゴリズムのパラメータW、T、およびXは、アライメントの感度と速度を決定する。BLASTNプログラム(ヌクレオチド配列用)では、デフォルトとして、11のワード長(W)、10の期待値(E)、M=5、N=-4、および両鎖の比較を使用する。アミノ酸配列の場合、BLASTPプログラムでは、デフォルトとして3のワード長(W)、および10の期待値(E)、およびBLOSUM62スコアリングマトリックス(Henikoff & Henikoff, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89: 10915 (1989)を参照のこと)、50のアライメント(B)、10の期待値(E)、M=5、N=-4、および両鎖の比較を使用する。
【0063】
BLASTアルゴリズムでは同様に、二つの配列間の類似性の統計的解析を行う(例えば、Karlin & Altschul, Proc. Nat'l. Acad. Sci. USA 90:5873-5787 (1993)を参照のこと)。BLASTアルゴリズムによって提供される類似性の一つの基準は、最小の合計確率であり(P(N))、これは二つのヌクレオチドまたはアミノ酸配列間の適合が偶然に起こる確率の指標を提供する。例えば、核酸は、試験核酸と参照核酸との比較における最小の合計確率が約0.2より小さい、より好ましくは約0.01より小さい、および最も好ましくは約0.001より小さい場合、参照配列に類似であると考えられる。
【0064】
二つの核酸配列またはポリペプチドが実質的に同一であることの指標は、第一の核酸によってコードされるポリペプチドが、下記のように、第二の核酸によってコードされるポリペプチドに対して作製された抗体と免疫学的に交差反応性であるということである。したがって、ポリペプチドは、典型的には、第二のポリペプチドと、この二つのペプチドが保存的置換だけしか違わない場合、実質的に同一である。二つの核酸配列が実質的に同一であることのもう一つの指標は、二つの分子またはそれらの相補体が、下記のように、ストリンジェントな条件の下で互いにハイブリダイズすることである。二つの核酸配列が実質的に同一であることのさらにもう一つの指標は、同じプライマーを用いてその配列を増幅できることである。
【0065】
「選択的に(または特異的に)ハイブリダイズする」という語句は、配列が複合混合物(例えば、細胞内の全DNAもしくはRNAまたはライブラリDNAもしくはRNA)の中に存在する場合、ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下での特定のヌクレオチド配列のみとの分子の結合、二本鎖形成、またはハイブリッド形成をいう。
【0066】
「宿主細胞」とは、発現ベクターを含有し、かつ該発現ベクターの複製または発現を支持する細胞を意味する。宿主細胞は、例えば、大腸菌(E. coli)のような原核細胞または酵母のような真核細胞でありうる。
【0067】
III. MET10をコードする核酸
A. 一般的な組換えDNA法
本発明は、組換えおよび古典的遺伝学の分野における日常的技術に依る。一般的に、以下に記述される組換えDNA技術における専門用語および実験室手順は、当技術分野において周知とされ通常利用されるものである。クローニング、DNAおよびRNAの単離、増幅、および精製には標準的な技術が用いられる。一般的に、DNAリガーゼ、DNAポリメラーゼ、制限エンドヌクレアーゼなどを伴う酵素反応は、製造者の仕様書にしたがって行われる。本発明で用いる一般的な方法を開示している基礎テキストは、Sambrook and Russell, Molecular Cloning, A Laboratory Manual (3d ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001); Ausubel et al., eds., Current Protocols in Molecular Biology (John Wiley & Sons 1987-2008); およびKriegler, Gene Transfer and Expression: A Laboratory Manual (1990)を含む。
【0068】
核酸の場合、サイズはキロベース(kb)または塩基対(bp)のいずれかで与えられる。これらはアガロースもしくはアクリルアミドゲル電気泳動から、配列決定された核酸から、または公開されたDNA配列から導かれた推定値である。タンパク質の場合、サイズはキロダルトン(kDa)またはアミノ酸残基数で与えられる。タンパク質サイズはゲル電気泳動から、配列決定されたタンパク質から、由来するアミノ酸配列から、または公開されたタンパク質配列から推定される。
【0069】
市販されていないオリゴヌクレオチドは、Van Devanter et. al., Nucleic Acids Res. 12:6159-6168 (1984)に記述されているように、自動合成機を用い、Beaucage & Caruthers, Tetrahedron Letts. 22: 1859-1862 (1981)によって最初に記述された固相ホスホロアミダイトトリエステル法により化学的に合成することができる。オリゴヌクレオチドの精製は、未変性アクリルアミドゲル電気泳動によるかまたはPearson & Reanier, J. Chrom. 255: 137-149 (1983)に記述されているように陰イオン交換HPLCによるかのいずれかである。
【0070】
クローニングされた遺伝子および合成オリゴヌクレオチドの配列は、例えば、Wallace et al., Gene 16:21-26 (1981)の二本鎖の鋳型を配列決定するための連鎖停止法を用いてクローニングの後に検証することができる。
【0071】
B. MET10をコードするヌクレオチド配列の単離のためのクローニング法
一般に、MET10をコードする核酸配列および関連する核酸配列相同体は、cDNAおよびゲノムDNAライブラリからクローニングされるか、またはオリゴヌクレオチドプライマーによる増幅技術を用いて単離される。例えば、MET10配列は、典型的には、配列がSEQ ID NO:1に由来しうる核酸プローブ、またはその部分配列とハイブリダイズすることによって核酸(ゲノムまたはcDNA)ライブラリから単離される。MET10 RNAおよびcDNAは任意の酵母株から単離することができる。
【0072】
MET10と実質的に同一であるMET10多型変種、対立遺伝子、および種間相同体は、ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件の下でMET10核酸プローブおよびオリゴヌクレオチドを用いライブラリをスクリーニングすることによって単離することができる。あるいは、MET10相同体も認識し、MET10相同体にも選択的に結合する、MET10のコアドメインに対し作製された抗血清または精製抗体で、発現された相同体を免疫学的に検出することによって、MET10多型変種、対立遺伝子、および種間相同体をクローニングするために発現ライブラリを用いることもできる。
【0073】
cDNAライブラリを作製するために、MET10 mRNAを任意の酵母株から精製することができる。次にmRNAを逆転写酵素によってcDNAにし、組換えベクターの中に連結し、増殖、スクリーニング、およびクローニングのため組換え宿主にトランスフェクトする。cDNAライブラリを作製およびスクリーニングするための方法は周知である(例えば、Gubler & Hoffman, Gene 25:263-269 (1983); Sambrook et al., 前記; Ausubel et al., 前記を参照のこと)。
【0074】
ゲノムライブラリの場合、DNAを組織から抽出し、機械的にせん断するか、または酵素的に消化するかして、約1〜8 kbの断片を得る。この断片を次いで、勾配遠心分離により望ましくないサイズから分離し、バクテリオファージλベクターの中に構築する。これらのベクターおよびファージはインビトロにおいてパッケージングされる。Benton & Davis, Science 196:180-182 (1977)に記述されているようにプラークハイブリダイゼーションによって組換えファージを分析する。Grunstein et al., PNAS USA., 72:3961-3965 (1975)に一般的に記述されているようにコロニーハイブリダイゼーションを行う。
【0075】
MET10核酸およびその相同体を単離する別法では、合成オリゴヌクレオチドプライマーの使用および鋳型RNAまたはDNAの増幅を組み合わせる(米国特許第4,683,195号および同第4,683,202号; PCR Protocols: A Guide to Methods and Applications (Innis et al., eds, 1990)を参照のこと)。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)およびリガーゼ連鎖反応(LCR)のような方法を用いてmRNAから、cDNAから、ゲノムライブラリまたはcDNAライブラリから直接的にMET10の核酸配列を増幅することができる。本明細書において示される配列を用いてMET10相同体を増幅するように縮重オリゴヌクレオチドを設計することができる。制限エンドヌクレアーゼ部位をプライマーの中に組み入れることができる。ポリメラーゼ連鎖反応または他のインビトロ増幅法も、例えば、発現されるタンパク質をコードする核酸配列をクローニングするのに、生理学的サンプル中のMET10をコードするmRNAの存在を検出するための、核酸配列決定のための、または他の目的のためのプローブとして用いる核酸を作出するのに有用でありうる。PCR反応によって増幅された遺伝子は、アガロースゲルから精製することができ、適切なベクターの中にクローニングすることができる。
【0076】
プライマーを用いた増幅技術を使って、MET10 DNAまたはRNAを増幅および単離することもできる。例えば、MET10をコードする核酸またはその断片を、表5に記載の配列を有する単離核酸プライマー対を用いて酵母cDNAライブラリの増幅により得ることができ、または酵母RNAから逆転写することができる。
【0077】
これらのプライマーは、例えば、完全長の配列、または完全長のMET10を求めてcDNAライブラリをスクリーニングするために使用される百から数百ヌクレオチドのプローブのいずれかを増幅するために使用することができる。
【0078】
MET10の遺伝子発現は当技術分野において公知の技術、例えば、mRNAの逆転写および増幅、全RNAまたはポリA+ RNAの単離、ノーザンブロッティング、ドットブロッティング、インサイチューハイブリダイゼーション、RNase保護、DNAマイクロチップアレイのプロービングなどによって分析することもできる。
【0079】
合成オリゴヌクレオチドを用い、プローブとして用いるためのまたはタンパク質の発現のための組換えMET10遺伝子を構築することができる。この方法は、遺伝子のセンス鎖と非センス鎖の両方に対応する、長さが通常40〜120 bpの一連の重複オリゴヌクレオチドを用いて行われる。次いでこれらのDNA断片をアニールし、連結し、クローニングする。あるいは、増幅技術を的確なプライマーとともに用いて、MET10遺伝子の特定の部分配列を増幅することもできる。次いでこの特定の部分配列を発現ベクターの中に連結する。MET10キメラを作製することが可能であり、これは、例えば、MET10の一部分を異種MET10の一部分と組み合わせて、キメラの機能的MET10を作出する。
【0080】
硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする遺伝子は、典型的には、複製および/または発現用の原核細胞または真核細胞への形質転換前に中間ベクターの中にクローニングされる。これらの中間ベクターは、典型的には、原核生物ベクター、例えば、プラスミドまたはシャトルベクターである。硫化物不活性のMET10タンパク質をコードする単離された核酸は、硫化物不活性のMET10タンパク質をコードする核酸配列ならびにその部分配列、種間相同体、対立遺伝子、および多型変種を含む。いくつかの態様において、硫化物不活性のMET10タンパク質をコードする単離された核酸は、SEQ ID NO:1またはその相補体である。
【0081】
C. 硫化物不活性のMET10ポリペプチドの発現
硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードするcDNAのような、クローニングした遺伝子の高レベル発現を得るために、典型的には、転写を指令する強力なプロモーター、転写/翻訳ターミネーター、およびタンパク質をコードする核酸の場合であれば、翻訳開始のためのリボソーム結合部位を含んだ発現ベクターの中に、硫化物不活性のMET10の核酸配列をサブクローニングする。適当な細菌プロモーターは当技術分野において周知であり、例えば、Sambrook et al.およびAusubel et al.に記述されている。硫化物不活性のMET10タンパク質を発現させるための細菌発現系は、例えば、大腸菌、バチルス種(Bacillus sp.)、およびサルモネラ(Salmonella)において利用可能である(Palva et al., Gene 22:229-235 (1983); Mosbach et al., Nature 302:543-545 (1983)。そのような発現系のためのキットは市販されている。哺乳類細胞、酵母、および昆虫細胞のための真核生物発現系は、当技術分野において周知であり、同様に市販されている。
【0082】
異種核酸の発現を指令するために用いられるプロモーターは、特定の適用に依存する。プロモーターは異種の転写開始部位から、その自然環境での転写開始部位からの距離にあるのとほぼ同じ距離に配置されることが好ましい。しかしながら、当技術分野において公知であるように、この距離のある程度のばらつきがプロモーター機能を失うことなく適応されうる。
【0083】
発現ベクターはプロモーターに加えて、典型的には、宿主細胞における硫化物不活性のMET10をコードする核酸の発現に必要とされる付加的な要素の全てを含んだ転写単位または発現カセットを含む。したがって、典型的な発現カセットは、硫化物不活性のMET10をコードする核酸配列に機能的に連結されたプロモーターならびに転写産物の効率的なポリアデニル化に必要とされるシグナル、リボソーム結合部位、および翻訳終結を含む。カセットの付加的な要素は、エンハンサーならびに、ゲノムDNAが構造遺伝子として用いられるなら、機能的なスプライス供与部位および受容部位を有するイントロンを含むことができる。
【0084】
発現カセットはプロモーター配列に加えて、効率的な終結をもたらすように構造遺伝子の下流に転写終結領域も含むべきである。終結領域は、プロモーター配列と同じ遺伝子から得られてもよく、または異なる遺伝子から得られてもよい。
【0085】
遺伝情報を細胞へ輸送するために用いられる特定の発現ベクターは、特に重要ではない。真核細胞または原核細胞における発現に用いられる従来のベクターのどれが用いられてもよい。標準的な細菌発現ベクターは、pBR322に基づいたプラスミド、pSKF、pET23Dのようなプラスミド、ならびにGSTおよびLacZのような融合発現系を含む。エピトープタグ、例えば、c-mycを組換えタンパク質に付加して、簡便な単離法を提供することもできる。
【0086】
真核生物ウイルス由来の調節要素を含んだ発現ベクターは、典型的には、真核生物発現ベクター、例えば、SV40ベクター、パピローマウイルスベクター、およびエプスタイン・バーウイルスに由来するベクターにおいて用いられる。他の例示的な真核生物ベクターはpMSG、pAV009/A+、pMTO10/A+、pMAMneo-5、バキュロウイルスpDSVE、ならびにSV40初期プロモーター、SV40後期プロモーター、メタロチオネインプロモーター、マウス乳がんウイルスプロモーター、ラウス肉腫ウイルスプロモーター、ポリヘドリンプロモーター、または真核細胞における発現に効果的であることが示された他のプロモーターの指令下でのタンパク質の発現を可能にする他の任意のベクターを含む。
【0087】
いくつかの発現系は、チミジンキナーゼ、ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ、およびジヒドロ葉酸レダクターゼのような、遺伝子増幅をもたらすマーカーを有する。
【0088】
発現ベクターに典型的に含まれる要素は、大腸菌において機能するレプリコン、組換えプラスミドを内部に持つ細菌の選択を可能にする抗生物質耐性をコードする遺伝子、および真核生物配列の挿入を可能にするための、プラスミドの非必須領域中の独特な制限部位も含む。選択される特定の抗生物質耐性遺伝子は重要ではなく、当技術分野において公知の多くの耐性遺伝子のいずれも適当である。原核生物配列は、必要ならば、真核細胞においてDNAの複製を干渉しないように選択されることが好ましい。
【0089】
D. 宿主細胞およびそれらの産生の方法
本発明は、本明細書において記述されるように、硫化水素を産生しないかまたは低レベルの硫化水素を産生し、かつ外因性の硫化物不活性のMET10ポリペプチドを発現する宿主細胞も提供する。662位のアミノ酸がトレオニンまたはセリンではない、硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする外因性ポリヌクレオチドを、当技術分野において公知の方法によって、例えば、組換えまたは遺伝的交雑法を用いて親宿主細胞に導入する。いくつかの態様において、宿主細胞はまた、硫化物活性のMET10ポリペプチドを発現しない。すなわち、活性MET10ポリペプチドのコード配列がノックアウトされており、硫化物不活性のMET10ポリペプチドのコード配列と置き換えられているからである。
【0090】
低いまたは減少したもしくは低減したレベルの硫化水素を産生する宿主細胞は、硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする核酸を導入する前の親株と比較して50%またはそれ以下のH2Sを産生する。いくつかの態様において、低いまたは減少したレベルの硫化水素を産生する宿主細胞は、硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする核酸を導入する前の親株と比較して40%、30%、25%、20%、またはそれ以下のH2Sを産生する。
【0091】
宿主細胞は、例えば、真核細胞または原核細胞であってよい。宿主細胞は細菌細胞、哺乳類細胞、酵母細胞、または昆虫細胞であってよい。いくつかの態様において、宿主細胞は酵母細胞、例えば、S.セレビシェ、クルイベロマイセス・ラクティス、ヤロウィア・リポリティカ、またはシゾサッカロマイセス・ポンベ酵母細胞である。発酵飲料、例えば、ワイン、ポルトワイン、マデイラワイン、ビール、シャンパンなどの生産に使われる酵母細胞(例えば「ワイン酵母」、「ビール酵母」、「シャンパン酵母」など)においては、外因性の硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする核酸の導入が有用である。発酵飲料の製造で用いられるMET10不活性化の候補である酵母細胞株(すなわち、それらは硫化水素産生株である)は、非限定的に、Lallemand (Lalvin) (Petaluma, CA; ウェブ上のlallemandwine.us/products/yeast_chart.phpにある)、Red Star (ウェブ上のwww.redstaryeast.net/にある)、White Labs (Boulder, CO; ウェブ上のwhitelabs.com/yeast_search.htmlにある)、Wyeast (Odell, OR; ウェブ上のwyeastlab.comにある)、Kitzinger's、J. Laffort、Vierka、Gervin、SB Active、Unican、Siebel Inst.、およびFermentis (ウェブ上のfermentis.com/FO/EN/00-Home/10-10_home.aspにある)を含めて、多数の供給元から市販されている。例えば、ワインおよびシャンパン酵母株の代表的なリストの場合にはワールドワイドウェブwinemaking.jackkeller.net/strains.aspならびにビール酵母株の代表的なリストの場合にはワールドワイドウェブbyo.com/referenceguide/yeaststrains/を参照されたい。
【0092】
いくつかの態様において、酵母細胞株はS.セレビシェ株である。いくつかの態様において、S.セレビシェ酵母細胞株は、例えば、プリーズ・ド・ムース、プルミエ・キュヴェ、フレンチ・レッド、モンラッシェ、ラレマンK1、ボルドー、UCD522、UCD940、Ba25、Ba126、Ba137、Ba220、Bb23、Bb25、Ba30、Bb32、Bb19、およびBb22より選択されるワイン酵母である。例えば、その開示全体が全ての目的で参照により本明細書に組み入れられる、米国特許第6,140,108号を参照されたい。MET10不活性化のための候補である、すなわち、硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする核酸の導入のための候補であるさらなる酵母株は、表1、3、および4に記載されている。
【0093】
標準的なトランスフェクション法を用いて、多量の硫化物不活性のMET10タンパク質を発現する細菌細胞系、哺乳類細胞系、または酵母細胞系を産生し、次いで、そのタンパク質を標準的な技術によって精製する(例えば、Colley et al., J. Biol. Chem. 264:17619-17622 (1989); Guide to Protein Purification, Methods in Enzymology, vol. 182 (Deutscher, ed., 1990)中を参照のこと)。真核細胞および原核細胞の形質転換は、標準的な技術によって行われる(例えば、Morrison, J. Bact. 132:349-351 (1977); Clark-Curtiss & Curtiss, Methods in Enzymology 101:347-362 (Wu et al., eds, 1983)を参照のこと)。
【0094】
外来ヌクレオチド配列を宿主細胞に導入するための任意の周知の手順を使用することができる。これらは、リン酸カルシウムトランスフェクション、ポリブレン、プロトプラスト融合、エレクトロポレーション、リポソーム、マイクロインジェクション、プラズマベクター、ウイルスベクターの使用、およびクローニングしたゲノムDNA、cDNA、合成DNA、または他の外来遺伝物質を宿主細胞に導入するための他の周知の方法のいずれかを含む(例えば、Sambrook et al., 前記参照)。用いられる特定の遺伝子操作手順は、硫化物不活性のMET10を発現できる宿主細胞の中に少なくとも一つの遺伝子を成功裏に導入できることが必要である。硫化水素を産生しないように改良された宿主細胞(すなわち、ヌルH2S産生細胞)はまた一般に、活性MET10がノックアウトされるか、置き換えられるか、または突然変異されていると考えられる。例えば、親株中の硫化物活性のMET10をコードする核酸を、662位のアミノ酸をコードするコドンの位置(核酸の位置1984〜1986)で、このコドンがトレオニン(またはセリン)をコードしないように突然変異させることができる。相同組換え技術も本明細書において記述されるように、硫化物活性のMET10ポリペプチドをコードする核酸を硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする核酸配列と置き換える上で有用である。例えば、図3およびBaudin, et al., Nucleic Acids Res (1993) 21(14):3329を参照されたい。
【0095】
発現ベクターを細胞に導入した後に、トランスフェクト細胞を硫化物不活性のMET10の発現に有利に働く条件の下で培養し、このMET10を下記の標準的な技術によって培養液から回収する。
【0096】
不活性酵素をコードする外因性MET10核酸を、胞子分離、逆接合型の胞子の接合、および得られた2倍体株の分離の古典的な酵母遺伝子工学によって新規の遺伝的背景に移入することもできる。数ラウンドの遺伝的交雑を用いて、異なる株背景における新規のMET10対立遺伝子を分離することができる。改変株の作出に組換え手段が使われる必要はない。古典的な酵母遺伝子工学を用いて硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする核酸を酵母宿主細胞に導入するために例示された方法は、例えば、米国特許第6,140,108号に記述されている。
【0097】
E. MET10タンパク質の精製
天然MET10タンパク質または組換えMET10タンパク質のどちらも機能的アッセイ法で用いるために精製することができる。天然MET10タンパク質は、例えば、酵母およびMET10相同体のその他任意の供給源から精製される。組換えMET10は任意の適当な発現系から精製される。
【0098】
MET10は硫酸アンモニウムのような物質による選択的沈殿、カラムクロマトグラフィー、免疫精製法などを含む、標準的な技術によりかなりの純度に精製することができる(例えば、Scopes, Protein Purification: Principles and Practice (1982); 米国特許第4,673,641号; Ausubel et al., 前記; およびSambrook et al., 前記を参照のこと)。
【0099】
組換えMET10タンパク質を精製する場合には、いくつかの手順を利用することができる。例えば、確立された分子接着性を有するタンパク質を、MET10に可逆的に融合することができる。適切なリガンドを用いて、MET10を精製カラムに吸着させ、その後、比較的純粋な形態でカラムから遊離させることができる。次いで融合タンパク質を酵素活性により除去する。最後に、免疫親和性カラムを用いてMET10を精製することができる。
【0100】
IV. MET10核酸配列の検出による、酵母株がH2Sを産生するかどうかの判定
本発明の一つの態様において、特定の酵母株がH2S産生株であるかどうかを判定する方法を提供する。本発明の方法によれば、酵母株のMET10対立遺伝子を分析し、本明細書において開示されるMET10対立遺伝子と比較して、酵母株がH2Sの高産生株、低産生株、または非産生株であるかどうかを判定する。特定のMET10対立遺伝子の有無の判定は一般に、分析される(例えば、サッカロマイセス属の)酵母から得られる核酸サンプルを分析することにより行われる。多くの場合、核酸サンプルはゲノムDNAを含む。RNAサンプルをMET10対立遺伝子の存在について分析することも可能である。
【0101】
一塩基変化の存在について核酸を評価するための検出技術は、分子遺伝学の分野において周知の手順を伴う。さらに、それらの方法の多くが核酸の増幅を伴う。それらの方法を実施するための十分な手引が当技術分野において提供されている。例示的な参考文献としてはPCR Technology: PRINCIPLES AND APPLICATIONS FOR DNA AMPLIFICATION (ed. H. A. Erlich, Freeman Press, NY, N. Y., 1992); PCR PROTOCOLS: A GUIDE TO METHODS AND APPLICATIONS (eds. Innis, et al., Academic Press, San Diego, Calif., 1990); 2004年4月までの補遺最新版を含め、CURRENT PROTOCOLS IN MOLECULAR BIOLOGY, Ausubel, 1994-2008, Wiley Interscience; Sambrook & Russell, Molecular Cloning, A Laboratory Manual (3rd Ed, 2001)のようなマニュアルが挙げられる。
【0102】
当技術分野において周知の一塩基変化を検出するための方法は、多くの場合、いくつかの一般的プロトコル: 配列特異的オリゴヌクレオチドを用いたハイブリダイゼーション、プライマー伸長、配列特異的な連結、配列決定、または電気泳動分離技術、例えば、一本鎖高次構造多型(SSCP)分析およびヘテロ二本鎖分析のうちの一つを必要とする。例示的なアッセイ法としては、5'ヌクレアーゼアッセイ法、鋳型指向性色素終結因子の取込み、分子ビーコン対立遺伝子特異的オリゴヌクレオチドアッセイ法、一塩基伸長アッセイ法、およびリアルタイムピロリン酸配列によるSNPスコアリングが挙げられる。増幅配列の分析は、マイクロチップ、蛍光偏光アッセイ法、およびマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)質量分析法のような種々の技術を用いて実施することができる。一塩基変化を検出するための核酸サンプルの分析によく使われるこれらの方法論に加え、当技術分野において公知の任意の方法を用いて、本明細書において記述されるMET10突然変異の存在を検出することができる。
【0103】
これらの方法では典型的にはPCR段階を利用するが、他の増幅プロトコルを使用することもできる。適当な増幅法はリガーゼ連鎖反応(例えば、Wu & Wallace, Genomics 4:560-569, 1988を参照のこと); 鎖置換アッセイ法(例えば、Walker et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89:392-396, 1992; 米国特許第5,455,166号を参照のこと); ならびに米国特許第5,437,990号、同第5,409,818号、および同第5,399,491号に記述されている方法を含め、いくつかの転写に基づく増幅系; 転写増幅系(TAS) (Kwoh et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 86: 1173-1177, 1989); および自立配列複製(3SR) (Guatelli et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87: 1874-1878, 1990; WO 92/08800)を含む。あるいは、Qβ-レプリカーゼ増幅のような、プローブを検出可能なレベルに増幅する方法を用いることもできる(Kramer & Lizardi, Nature 339:401-402, 1989; Lomeli et al., Clin. Chem. 35:1826-1831, 1989)。公知の増幅法に関する概説は、例えば、Abramson and Myers in Current Opinion in Biotechnology 4:41-47, 1993によって提供されている。
【0104】
いくつかの態様において、MET10対立遺伝子はオリゴヌクレオチドプライマーおよび/またはプローブを用いて検出される。オリゴヌクレオチドは化学合成を含め、任意の適当な方法によって調製することできる。オリゴヌクレオチドは、市販の試薬および機器を用いて合成することができる。あるいは、それらは商業的供給元を通じて購入することもできる。オリゴヌクレオチドを合成する方法は当技術分野において周知である(例えば、Narang et al., Meth. Enzymol. 68:90-99, 1979; Brown et al., Meth. Enzymol. 68:109-151, 1979; Beaucage et al., Tetrahedron Lett. 22:1859-1862, 1981; および米国特許第4,458,066号の固相支持体法を参照のこと)。
【0105】
A. MET10対立遺伝子のPCR同定
いくつかの態様において、MET10対立遺伝子をコードする核酸を増幅するためにPCRを使用する。適用可能な技術の一般的概説はPCR Protocols: A Guide to Methods and Applications (Innis et al. eds. (1990))およびPCR Technology: Principles and Applications for DNA Amplification (Erlich, ed. (1992))のなかで見出すことができる。さらに、増幅技術は米国特許第4,683,195号および同第4,683,202号に記述されている。
【0106】
PCRは標的核酸、例えば、MET10をコードする核酸の複製、および結果として起こる増幅を可能にする。手短に言えば、標的核酸、例えば、関心対象の酵母株を含むサンプル由来のDNAを、センスおよびアンチセンスプライマー、dNTPs、DNAポリメラーゼおよび他の反応成分と合わせる(Innis et al., 前記参照)。センスプライマーは関心対象のDNA配列のアンチセンス鎖にアニールすることができる。アンチセンスプライマーは、センスプライマーがDNA標的にアニールする位置の下流で、DNA配列のセンス鎖にアニールすることができる。第一ラウンドの増幅において、DNAポリメラーゼは、標的核酸にアニールされるアンチセンスおよびセンスプライマーを伸長する。第一鎖は無差別の長さの長鎖として合成される。第二ラウンドの増幅において、アンチセンスおよびセンスプライマーは親標的核酸におよび長鎖上の相補配列にアニールする。DNAポリメラーゼが次に、アニールされたプライマーを伸長して、互いに相補的である別々の長さの鎖を形成する。その後のラウンドは別々の長さのDNA分子を主に増幅する働きをする。
【0107】
一般に、PCRおよび他の増幅方法では、関心対象のDNAのどちらかの末端にアニールするプライマーを用いる。例えば、MET10対立遺伝子をコードする核酸またはその断片を、表5に記載の配列を有する単離核酸プライマー対を用いて増幅することができる。
【0108】
B. 増幅産物の検出
増幅産物は、例えば、制限断片長多型(RFLP)分析; 変性ゲル電気泳動(例えば、Erlich, ed., PCR TECHNOLOGY, PRINCIPLES AND APPLICATIONS FOR DNA AMPLIFICATION, W. H. Freeman and Co, New York, 1992, Chapter 7を参照のこと)、直接的な配列決定およびHPLCに基づく分析を含め、当技術分野において公知の任意の手段を用いて検出することができる。適当な配列決定法は、例えば、ダイデオキシ配列決定に基づく方法およびマキサム・ギルバート配列決定法を含む(例えば、Sambrook and Russell、前記を参照のこと)。例えば、適当なHPLCに基づく分析は、例えばPremstaller and Oefner, LC-GC Europe 1-9 (July 2002); Bennet et al., BMC Genetics 2: 17 (2001); Schrimi et al., Biotechniques 28(4):740 (2000); およびNairz et al., PNAS USA 99(16): 10575-10580 (2002)に記載の変性HPLC分析(dHPLC); ならびに、例えばOberacher et al.; Hum. Mutat. 21(1):86 (2003)に記載のイオン対逆相HPLC-エレクトロスプレイイオン化質量分析(ICEMS)を含む。MET10対立遺伝子中の一塩基変化を特徴付けるための他の方法は、例えば、一塩基伸長(例えば、Kobayashi et al, Mol. Cell. Probes, 9: 175-182, 1995を参照のこと); 例えば、Orita et al., Proc. Nat. Acad. Sci. 86, 2766-2770 (1989)に記載の一本鎖高次構造多型分析、対立遺伝子特異的オリゴヌクレオチドハイブリダイゼーション(ASO) (例えば、Stoneking et al., Am. J. Hum. Genet. 48:70-382, 1991; Saiki et al., Nature 324, 163-166, 1986; EP 235,726; およびWO 89/11548); ならびに、例えば、WO 93/22456; 米国特許第5,137,806号; 同第5,595,890号; 同第5,639,611号; および米国特許第4,851,331号に記載の配列特異的増幅法またはプライマー伸長法; 米国特許第5,210,015号; 同第5,487,972号; および同第5,804,375号; ならびにHolland et al., 1988, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 88:7276-7280に記載の5'-ヌクレアーゼアッセイ法を含む。
【0109】
V. 発酵飲料中のH2Sレベルを低減するための方法
本明細書において記述されるMET10核酸配列を含む酵母株を用いて、発酵飲料(例えば、ワインおよびビール)中のH2Sレベルを低減することができる。
【0110】
本発明の方法によれば、本明細書において記述されるように、硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードする外因性核酸配列で形質転換された酵母細胞を、発酵培地(例えば、マストまたは麦汁)と接触させ、この混合物を、発酵の進行に適した温度(例えば、約70〜75°F)で、適切な第一の発酵容器(例えば、タンク、たる、つぼ、かめ、バケツ、またはポリエチレン容器)中にて、適量の時間(例えば、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、または14日間)インキュベートする。次いで、この液体を第二の発酵容器に移すことができる。第二の容器は密閉されてもまたはされなくてもよく、内容物を嫌気的発酵および熟成の進行に適した温度(例えば、約60〜65°F)で適量の時間(例えば、2、3、4、5、6、7、または8週間)インキュベートする。次いで、この液体をラッキング(すなわち、清澄化)のため第三の容器に移す。第三の容器を密閉し、沈殿物を適量の時間(例えば、2、3、4、5、6、7、または8週間)沈降させる。ラッキングは、発酵飲料を瓶に詰める前に、1回、2回、3回、またはそれ以上の回数繰り返されてもよい。天然のMET10対立遺伝子は、組換えDNA技術を用いるかまたは古典的な発酵戦略を通じ交雑されるかのいずれかで置き換えることができる。UCD932 MET10対立遺伝子はBiGGY寒天上で白いコロニー色をもたらすので、この対立遺伝子を遺伝的交雑中に追跡し、産生中に容易にスクリーニングして株移植の成功を示すことができる。
【0111】
ワインが澄んでいて、全ての発酵および前瓶熟成が終わったら、サイフォンでワイン瓶に吸い出し、しっかりと瓶にコルク栓をする。コルク栓をした瓶を3〜5日間まっすぐ立てて放置し、その後、サンプリングの前に華氏55度で6ヶ月間(白ワイン)から1年間(赤ワイン)横倒しにして保管する。期待通りでなければ、さらに1年またはそれ以上熟成させる。
【0112】
酵母は、例えば、Gietz and Woods Methods in Enzymology 350: 87-96 (2002); Agatep et al., Technical Tips Online Transformation of Saccharomyces cerevisiae by the lithium acetate/single-stranded carrier DNA/polyethylene glycol (LiAc/ss-DNA/PEG) protocol (1998)によって記述されているLiac/SSキャリアDNA/PEG法; およびGietz et al., Mol Cell Biochem 172:67-79 (1997)に記述されている酵母ツーハイブリッド法を含め、当技術分野において公知の任意の方法を用いて形質転換することができる。形質転換に受容性である酵母細胞を調製するための方法は、例えば、Dohmen et al. (1991) Yeast 7: 691-692に記載されている。
【0113】
VI. キット
MET10およびその相同体は、H2S低産生株である酵母株のさらに特異的かつ高感度の同定に有用な手段である。例えば、MET10核酸に特異的にハイブリダイズする核酸、例えばMET10プローブおよびプライマー(例えば、表5に記載の)、MET10核酸(例えば、図2に記載の)を用いて、H2S低産生株である酵母株を同定する。
【0114】
本発明は同様に、本明細書において記述されるMET10対立遺伝子を検出するためのキットおよび溶液を提供する。例えば、本発明は、本発明の反応成分の一部または全部のアリコットを内有する一つまたは複数の反応容器を含んだキットを提供する。アリコットは液体または乾燥された形態であってもよい。反応容器は、サンプル処理カートリッジまたは同一容器中でのサンプルの包含、処理および/もしくは増幅を可能にする他の容器を含むことができる。そのようなキットは標準または携帯増幅装置中での本発明の増幅産物の即時検出を可能にする。これらのキットは同様に、標的サンプルの増幅または増幅の制御のためにキットを用いる場合の取扱説明書を含むことができる。
【0115】
キットは、例えば、少なくとも一つのMET10対立遺伝子を増幅するのに十分なプライマー、ならびにそのポリヌクレオチド配列を増幅および検出するための少なくとも一つのプローブを含んだ増幅試薬を含むことができる。さらに、キットはヌクレオチド(例えば、A、C、G、およびT)、DNAポリメラーゼおよび適切な緩衝液、塩、ならびに増幅反応を容易にするための他の試薬を含むこともできる。
【0116】
いくつかの態様において、キットは、Belgrader, et al., Biosensors and Bioelectronics 14:849-852 (2000); Belgrader, et al., Science, 284:449-450 (1999); およびNorthrup, M. A., et al.「A New Generation of PCR Instruments and Nucleic Acid Concentration Systems」 in PCR PROTOCOLS (Sninsky, J.J. et al (eds.)) Academic, San Diego, Chapter 8 (1998))に記述されるようにサンプルの迅速な増幅に有用なサンプル処理カートリッジのような容器を含む。
【0117】
実施例
以下の実施例は、特許請求される本発明を例証するために提示されるが、限定するために提示されるものではない。
【0118】
実施例1: H2S産生に影響を及ぼす遺伝子の同定
H2Sが形成される機序および経路をよりよく理解するため、および将来の防止または管理戦略を開発するため、4,827種の変異体から構成される酵母欠失株のセットのスクリーニングを行って、H2S産生に影響を及ぼす遺伝子を同定した。コロニー色 vs 実際のH2S産生の偏向の基準を定義するために、ワイン発酵の天然分離株のコレクション(Mortimer 1994)をスクリーニングした。さらに、親株が非H2S産生株である酵母ヌル変異体のコレクションを、突然変異時にH2S形成の上昇をもたらした遺伝子についてスクリーニングした。これらの突然変異体のH2S形成に及ぼす相加的作用の可能性も評価した。
【0119】
材料および方法
酵母株および培養条件
本研究に用いられ、結果が提示される酵母株を表1に記載する。酵母株を2%グルコースの入った酵母抽出物・ペプトン・デキストロース培地(YPD)にて維持し増殖した(Sherman et al. 1974)。ジェネティシン(G418, 0.2 mg/ml)の入った、その培地(YPD)を、G418Rマーカーを保有する欠失株の維持に用いた。
【0120】
(表1)天然のおよび工業用の酵母株

【0121】
DNAおよび遺伝子操作
交雑、胞子形成、および四分子分析を含む遺伝子操作は、標準的な手順(Gunthrie 1991)を用いて行った。KanMX破壊マーカーJKKanREに対して上流のフォワードプライマーおよび内部のリバースプライマーを用いたPCRにより、遺伝子欠失を確認した。増幅条件は次の通りであった: 30サイクル×2分間94℃、45秒間92℃、30秒間56℃、1分間72℃、および7分間72℃で最後の伸長。プライマー配列は表5に記載されている。
【0122】
欠失セットおよび天然株のスクリーニング
欠失セット(Open Biosystems, Huntsville, AL)および天然分離株のコレクションをBiGGY寒天、つまりビスマスグルコースグリシン酵母寒天(Nickerson 1953)上にてスクリーニングした。また、それらを最初に123 mgの窒素当量/リットルで、合成ブドウ果汁培地「最少マスト培地(Minimal Must Media)」(MMM) (Spiropoulos et al. 2000)中にてスクリーニングした。この窒素レベルは0.2 gのL-アルギニン/リットルおよび0.5 gのリン酸アンモニウム/リットルを用いて得られた。
【0123】
硫化水素形成の分析
硫化水素の産生は酢酸鉛法(Spiropoulos et al. 2000; Giudici, P., and R. E. Kunkee, 1994)を用いて評価した。5%酢酸鉛溶液50 μLで予め処理し、室温で乾燥させておいた紙片(2×10 cm, 3 mm Whatmanろ紙)を用いて硫化水素の形成を最初に検出した。酢酸鉛紙を半分に折り、50 mLの培養試験管に挿入し、培養試験管の蓋で紙の両端を固定して、酢酸鉛紙の中央部を液体培地上の気体環境の中に入れた。硫化水素の形成を酢酸鉛紙の黒化度によって定性的に測定した。このスクリーニングはCarrie Findletonにより、そのMS学位論文の一環として行われた。
【0124】
陽性反応は全て、より高感度かつ半定量的な方法を用いて確認した。Whatmanろ紙片(1.5×8.0 cm, 3 mm)を巻き、1 mlのバルブレス・プラスチックピペットに入れて、3%酢酸鉛溶液250 μlで処理した。ろ紙を室温で乾燥させ、次にプラスチック酢酸鉛カラムをシリコンストッパで50 mL培養試験管に取り付けた。硫化水素の形成をろ紙上で暗色化したmmによって測定した。
【0125】
その後の実験において、H2S産生を定量化するため、カラム上での各1 mmの黒色化が4 μg/LのH2Sを示す、充填酢酸鉛カラムを用いた。酢酸鉛カラムはFigasa International Inc. (Seoul, Korea)から購入した。
【0126】
発酵条件
酵母株および硫化水素の形成において影響を及ぼす栄養条件を特定するため、酵母培養物を50 mLの培養試験管に入れた改変トリプルM培地5 mL中25℃にて、振盪機台に載せて120 rpmで増殖させた。合成ブドウ果汁培地「最少マスト培地」(MMM) (Giudici et al. 1993)を使用し、元の配合から改変して、7種の異なる窒素および微量栄養素の組成を作出した。アルギニン、リン酸アンモニウム、およびカザミノ酸の添加を操作して窒素濃度を調整し、YNB (アミノ酸および硫酸アンモニウム不含の酵母窒素ベース; Yeast Nitrogen Base without Amino Acids and Ammonium Sulfate)の添加を調整して栄養素およびビタミンの濃度を制御した。トリプルMの改変を表2に例示する。
【0127】
(表2)改変トリプルM培地の組成

【0128】
プレーティングされた酵母コロニーから酵母種菌を得た。この手順は播種において細胞数のいくらかのばらつきをもたらす可能性があったが、予備スクリーニング過程にかかわる酵母株数の多さのために必要であった。硫化水素の形成を酢酸鉛片の黒化度によって4日後に評価した。4日のうちに増殖しなかった株を繰り返し用いて、増殖の欠如をもたらす変動性が他にないことを確認した。
【0129】
関心対象の選択株の場合には、酢酸鉛カラムを用いて硫化水素の形成を定量化した。このために、MMM 300 mLを含有する500 mLのエルレンマイヤフラスコ中、ゴム栓でフラスコの口に酢酸鉛カラムを固定して発酵を行った。このために、123 mg/Lの窒素MMMを用いて低窒素ブドウ果汁の状態をより正確に模倣した。同じ組成のトリプルM培地中で予め増殖された培養物由来の定常期細胞の播種により、細胞1.33×105個/mlの密度で発酵を開始した。発酵は三つ組で行われ、25℃および120 rpmでインキュベートされ、重量の損失および酢酸鉛カラム上での暗色化により7日間にわたってモニターされた。
【0130】
BiGGY寒天上での欠失セットおよび天然分離株のスクリーニング
欠失株および天然分離株のH2S産生を評価するため、それらを最初に全て、BiGGY寒天上にプレーティングし、コロニーの色を評価した。コロニー色は白色、淡黄褐色、黄褐色(欠失セットの親株の色)、淡褐色、褐色、または黒色であった(Linderholm et al. 2006)。欠失セットからは、4個のコロニーが白色であり、258個が淡黄褐色であり、4478個が黄褐色であり、59個が淡褐色であり、28個が褐色であり、1個のコロニーが黒色であり、コロニー色が明るいものから暗いものまでさまざまであった。
【0131】
合成ジュース中での天然分離株および工業用分離株のスクリーニング
30個の天然分離株を123 mg/Lの窒素入り合成ジュースMMM中でスクリーニングして、H2S産生 vs コロニー色を評価した。非H2S産生株(すなわち、UCD932、UCD713、UCD819、UCD938、UCD942、UCD954、およびUCD956)は、白色〜淡褐色に及ぶコロニー色を有していた。H2Sを産生する株は淡黄褐色(3)〜黄褐色(10)〜淡褐色(5)〜褐色(5)に及んだ。最も暗い色のコロニー(褐色)はH2S 2〜6 mmに及び、中間産生域にある。3個の最高産生株(10 mmを超える)はBiGGY上で淡黄褐色、黄褐色、および淡褐色である。BiGGY上のおよびMMM中の天然分離株を表3に示す。
【0132】
(表3)BiGGY上のおよびMMM中の天然分離株

【0133】
実施例2: UCD932のMET10対立遺伝子における突然変異の同定
上記の実施例1に記載されるように、UCD932は、種々の環境条件の下で少量〜検出不能の硫化水素を産生する酵母株と同定された。この株はまた、低い亜硫酸レダクターゼ活性に関連して、BiGGY寒天上で白色のコロニーを生じる。S.セレビシェ株の欠失セットのスクリーニングは、白色のコロニーを生じる4つの有力な突然変異をもたらしたが、これらは全て亜硫酸レダクターゼの構成要素をコードしていた。遺伝的交雑から、UCD932における白色コロニーのBiGGY表現型はMET10遺伝子の変化によるものだということが明らかになった。MET10欠失株はメチオニン要求株であったが、UCD932はメチオニン要求株でないことから、細胞は亜硫酸レダクターゼ活性を依然として保持していることが示唆された。この低い硫化物産生能の遺伝的基礎を明らかにするため、S.セレビシェにおけるH2Sの抑制に関与している可能性があると同定された、MET10遺伝子および硫酸還元経路のその他いくつかの遺伝子を配列決定した(Linderholm et al. 2006)。これによって、望ましくない硫化物特性を取り除くためにH2S産生ワイン株において置き換え可能な対立遺伝子の同定が可能になるであろう。
【0134】
材料および方法
酵母株および培養条件
本研究に用いられた酵母株を表4に記載する。酵母株を2%グルコースの入った酵母抽出物・ペプトン・デキストロース培地(YPD)にて維持し増殖した(Sherman et al. 1974)。ジェネティシン(G418, 0.2 mg/ml)またはハイグロマイシン(Hph, 0.3 mg/ml)の入った、その培地(YPD)を、G418RまたはHphMXマーカーを保有する欠失株の維持に用いた。最少培地(YNB)をアミノ酸不含の0.67%酵母窒素ベースで作出し、推奨(Sherman)されるようにカザミノ酸で補完した。選択的met脱落培地をメチオニン不含のYNBと同じように作出した。
【0135】
(表4)さらなる酵母株

【0136】
欠失セットのスクリーニング
酵母欠失セット(Open Biosystems, Huntsville, AL)を、カザミノ酸で補完した(Sherman 1974) BiGGY寒天、つまりビスマスグルコースグリシン酵母寒天(Nickerson 1953)上にてスクリーニングした。各株をBiGGY寒天上にプレーティングし、48時間30℃でインキュベートした。得られたコロニーを色について評価した。
【0137】
配列分析
MET10、HOM2、HOM6、SER33、MET1、MET5、およびMET8の配列分析を169の天然および工業用酵母株で行った。スマッシュ・アンド・グラブ(smash and grab)プロトコル(Hoffman and Winston 1987)を用いて染色体DNAを細胞ペレットから抽出し、High Fidelity Platinum Taq (Invitrogen, Carlsbad, CA)、ならびにMET10の場合にはプライマーPCR-MET10-F/PCR-MET10-R、HOM2の場合にはプライマーHOM2-F/HOM2-R、HOM6の場合にはプライマーHOM6-F/HOM6-R、SER33の場合にはプライマーSER33-F/SER33-R、MET1の場合にはプライマーMET1-F/MET1-R、MET5の場合にはプライマーMET5-F/MET5-R、およびMET8の場合にはプライマーMET8-F/MET9-R (表5)を用いて遺伝子の増幅を行った。増幅条件は次の通りであった: 30サイクル×1分間94℃、30秒間94℃、30秒間50℃、4分間68℃、および7分間68℃で最後の伸長。
【0138】
(表5)PCRプライマー

【0139】
全ての配列決定はABI 3730キャピラリー電気泳動遺伝子分析装置およびABI BigDye Terminatorバージョン3.1サイクル配列決定化学反応(Foster City, CA)を用いてUniversity of California, DavisのCollege of Biological Sciences Sequencing Facilityで行い、用いられたプライマーを表6に記載する。配列データをBioEdit配列アライメントエディタ(Alignment Editor) (バージョン; 5.0.9; Nucleic Acids Symp. Ser. 41:95-98)で編集し分析した。
【0140】
(表6)MET配列決定用プライマー

【0141】
これらの配列のGenBankアクセッション番号は以下である。

【0142】
遺伝子操作
交雑、胞子形成、および四分子分析を含む遺伝子操作は、標準的な手順(Guthrie 1991)を用いて行った。
【0143】
プラスミド、DNA操作、および形質転換法
プラスミドpAL51 (MET10S288C)、pAL52 (MET10UCD932)を本研究において使用した。酵母株UCD932およびS288Cの染色体DNA (Invitrogen, Carlsbad, CA)からMET10を増幅するために、制限部位BamHIおよびSacIIを保有するプライマーPCR-MET10-F/PCR-MET10-R (表5)を設計した。プラスミドpYC130 (Olesen et al. 2000)は、選択可能なマーカーG418Rを保有するセントロメアベクターであり、これをBamHIおよびSacII (New England Biolabs, Ipswich, MA)で消化してMET10の連結を可能にした。得られたプラスミドpAL51 (MET10S288C)、pAL52 (MET10UCD932)を形質転換に用いた。MET10の遺伝子欠失はPCRに基づく技術、図3 (Baudin 1993)を用いて作出した。MET10両側の非コード領域の突出部を有する、KanMXを含んだ欠失カセット(酵母欠失コレクション)を、プライマーMET10-F-KO/MET10-R-KOを用いてPCR増幅し、この直鎖状のPCR断片を酵母2倍体株UCD522、UCD932、UCD939、UCD940、およびUCD950に形質転換した。相同組換えにより、インタクトなMET10の一方のコピーをノックアウトカセットと置き換えて、MET10のインタクトなコピーとKanMXマーカーの両方のコピーを保有する株を作出した。次いでUCD522MET10/KanMXを除く、株の全てを胞子形成させ、G418Rが相同のものをさらなる実験に用いた。KanMX破壊マーカーJKKanREに対して上流のフォワードプライマーおよび内部のリバースプライマーを用いたPCRにより、遺伝子欠失を確認した。
【0144】
UCD522 MET10/KanMXにおけるMET10の残りのインタクトなコピーをノックアウトするため、プライマーMET10-hphMX-F/MET10-hphMX-Rを用いてBamHI線状化pYC140 (Hansen et al. 2003)からHphMXカセットを増幅し、直鎖状のPCR断片をALY29に形質転換した。G418RもHphRもともに示すメチオニン要求性のコロニーを選択し、HphMX破壊マーカーHYGROB CHK_Rに対して上流のフォワードプライマーおよび内部のリバースプライマーを用いたPCRにより、HphMX欠失を確認した。
【0145】
PCRに基づく技術を用いてMET10の対立遺伝子交換も行った(図3) (Baudin 1993)。プライマーMET10-F-KO/MET10-R-KOを用いてS288C、UCD932、UCD939、UCD940、UCD950、およびUCD522からMET10の対立遺伝子を増幅した。S288CおよびUCD932から増幅された直鎖状のPCR断片を次いで、メチオニン要求性の株に形質転換した。その他の断片を個々の株に形質転換して、対応する対照株を作出した。
【0146】
メチオニン要求性のプレート上で増殖する能力を示す株を選択し、胞子形成させて、さらなる実験のためにMET10が相同な株を作出した。Schiestl and Gietz (1989)から適合された酢酸リチウム法を用いてS.セレビシェを形質転換し、Inoue et al. (Inoue et al. 1990)によって記述されている方法を用いて大腸菌を形質転換した。大腸菌INVαF' (Invitrogen, Carlsbad, CA)をプラスミド調製に用いた。アンピシリン入りのルリア・ベルターニ(Luria-Bertani)培地(Miller 1972)を、形質転換された大腸菌細胞の選択に用いた。
【0147】
発酵条件
発酵実験では、合成ブドウ果汁培地「最少マスト培地」(MMM) (Spiropoulos et al. 2000)を208 mgの窒素当量/リットルで用いた。この窒素レベルは0.2 gのL-アルギニン/リットルおよび0.5 gのリン酸アンモニウム/リットルを用いて得られた。MMM開始培地中で予め増殖された培養物由来の定常期細胞の播種により、細胞1.33×105個/mlの密度で発酵を開始した。培地300 mLを含有する500 mLのエルレンマイヤフラスコ中で発酵を行った。各フラスコにシリコンストッパを取り付け、酢酸鉛試験管を装着した。フラスコを120 rpmで振盪しながら25℃でインキュベートした。CO2産生の推定値として重量の損失を用い、発酵を7日間モニターした。
【0148】
結果
欠失株の硫化水素産生の特徴付け
欠失株の全セットの硫化水素産生を評価するため、それらを最初に全て、BiGGY寒天上にプレーティングし、コロニーの色を評価した。コロニーは白色、淡黄褐色、黄褐色(親株の色)、淡褐色、褐色、または黒色であった。4個のコロニーが白色であり、258個が淡黄褐色であり、4478個が黄褐色であり、59個が淡褐色であり、28個が褐色であり、1個のコロニーが黒色であった。白色のコロニーを生じた4つの欠失体はMET10、MET8、MET5、またはMET1におけるものであった。本発明者らはまた、HOM2、HOM6、およびSER33を、硫化水素の形成の抑制に関与している可能性があると同定した(Linderholm et al. 2006)。
【0149】
天然株の白色度に関与する遺伝子の同定
Italyから分離された天然株UCD932 (Mortimer et al. 1994)は、BiGGY寒天上で白色の非H2S産生株である。白色表現型に関与する遺伝子を同定するため、それを白色欠失株の各々と接合した。一つの株YFR030W BY4742だけがUCD932の白色表現型を補完することができなかった。
【0150】
MET10の野生型コピーを保有するベクターpAL51 (MET10S288C)をUCD932に形質転換した場合、これは、黄褐色のコロニーを生ずるUCD932の株をもたらしたが、硫化物の形成を引き起こすことはなかった(表7)。このことから、恐らくMET10との組み合わせで、二つ以上の遺伝子が、UCD932の低H2S産生表現型に関与していることが示唆された。
【0151】
(表7)MET10で形質転換された硫化水素産生発酵物の特性

a ベクター: pYC130; pMET10S228C: pAL51; pMET10UCD932: pAL52
b 最大発酵速度は、重量の最急降下に対応する時点を用いることにより発酵速度データから計算された。
c 値は独立した2回反復測定の平均を表す。
d 発酵物が乾燥状態(残存する糖類が<0.5%により定義される)に達した。
【0152】
硫酸還元経路における遺伝子の配列分析
UCD932はCYS4およびMET6において突然変異を保有し、これらはともに硫酸還元経路における重要な酵素をコードしていることが以前に実証された(Linderholm et al. 2006)。しかしながら、この背景に対して野生型の対立遺伝子を導入しても、低いH2S産生特性は変わらなかった。それゆえ、その経路における他の遺伝子においてこの株が保有しうる他の突然変異が何かを同定することは興味深かった。硫酸還元経路由来のいくつかの遺伝子MET10、HOM2、HOM6、SER33、MET1、MET5、およびMET8をUCD932から、ならびにBiGGY寒天上での色が異なるおよび合成ジュース(Spiropoulos et al. 2000)中でのH2S産生が異なるいくつかの他の天然および工業用の株から配列決定して、硫酸還元経路の遺伝的多様性を評価した(種々のサッカロマイセス株由来のMET10の配列アライメントは図2にある)。MET10pアミノ酸の相違を表8に示す。
【0153】
(表8)MET10pアミノ酸の相違

a 二つのアミノ酸の可能性を有する株からは、この株が二つの対立遺伝子を保有することが示唆される。
【0154】
MET10 (酵素亜硫酸レダクターゼの成分)の配列分析から、これが酵母株の間で保存されていないことが実証された(表9)。S288Cの対立遺伝子とは異なる、6つの対立遺伝子が、配列決定された10株で見つかった。それらはBiGGY上での色およびH2S産生によって大まかに分類された。黄褐色のH2S産生株UCD934、UCD957、およびUCD950は同一の対立遺伝子を保有していた。黄褐色の非H2S産生株UCD938およびUCD942は同じ対立遺伝子を保有していた。褐色のH2S産生株UCD522およびUCD940はヘテロ接合性であったが、どちらの対立遺伝子も他の株において見られるものに同一であった。白色の非H2S産生株UCD932およびUCD956、ならびに黄褐色のH2S産生株UCD939は、それぞれが異なる対立遺伝子を保有していた。
【0155】
(表9)異なるMET10を有する硫化水素産生発酵物の特性

a 最大発酵速度は、重量の最急降下に対応する時点を用いることにより発酵速度データから計算された。
b 値は独立した2回反復測定の平均を表す。
c 発酵物が乾燥状態(残存する糖類が<0.5%により定義される)に達した。
【0156】
硫酸還元経路における他の遺伝子は、より保存されていることが示された。HOM2 (アスパラギン酸βセミアルデヒドデヒドロゲナーゼをコードする)においてアミノ酸またはDNA配列の相違はなく、UCD932のHOM6 (ホモセリンデヒドロゲナーゼをコードする)において1アミノ酸の相違があり、S288Cと他のワイン株の全ての間でSER33 (3-ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼをコードする)において1アミノ酸の相違があり、MET1、MET5、およびMET8 (全て亜硫酸レダクターゼ酵素の成分)においていくつかのアミノ酸の相違があった。
【0157】
MET10対立遺伝子の交換
亜硫酸レダクターゼ活性の検出によるH2Sの産生とBiGGY寒天上の色は大まかに関連付けられるので、MET10対立遺伝子の遺伝的多様性ならびにH2S産生およびコロニー色との明白な相関性から、硫酸還元経路における遺伝子はワイン株のH2S表現型に関与する可能性があるという仮説が支持された。そのため、H2S産生株におけるH2S産生に及ぼすMET10の効果を評価した。H2Sを産生する酵母株のMET10対立遺伝子を対立遺伝子MET10UCD932と置き換えた(図3)。UCD950、UCD940、UCD939、UCD522、およびUCD932における天然のMET10遺伝子をKanMXまたはHphMXカセットで欠失し、次いでKanMXまたはHphMXカセットをUCD932、S288C由来のMET10対立遺伝子または対照としてそれら独自の対立遺伝子と置き換えた。MET10UCD932を保有する株は全て親株および対照株と同じ速度で発酵したが、非H2S産生株となり、BiGGY寒天上での色がいっそう明るかった。S288C由来の対立遺伝子またはそれら独自の対立遺伝子を保有する株は、そのH2S産生表現型を維持していた(表9)。
【0158】
MET10UCD932対立遺伝子を保有するUCD939株は、他のワイン分離株および商業用分離株と対照的に、メチオニン原栄養株に戻らなかった。これは、この株が硫酸還元経路において保有する他の突然変異の存在によって説明することができる。UCD939は、亜硫酸レダクターゼ酵素の他のサブユニットをコードする遺伝子において二つの突然変異を有する。三つ目の突然変異の付加は亜硫酸レダクターゼ酵素の活性を劇的に低下させる可能性があり、したがって、メチオニンまたはシステインのような、含硫アミノ酸に組み入れられるのに利用可能な硫化物が減少する。すなわち、この株はメチオニンなしではプレート上で生育することができない。硫酸経路の抑制はS-アデノシルメチオニンのような含硫アミノ酸のないことで軽減されるので、亜硫酸レダクターゼ上流の有毒な中間体の蓄積の影響もあるかもしれない。しかしながら、MET10S288C対立遺伝子がその独自の対立遺伝子に代わって置き換えられると株は生存可能となり、BiGGY上での株の色は黄褐色から白色に変化し、そのH2S産生は著しく低下した。
【0159】
UCD522は、異数体と特徴付けられている商業用ワイン株(Bakalinsky and Snow 1990)であり、染色体数の不均衡によって胞子形成時に細胞死を引き起こす。それゆえ他の株で行われたように一方の対立遺伝子をノックアウトし、次いでその株を胞子形成させて相同ノックアウトを得るのとは対照的に、両方の対立遺伝子が個別に破壊される必要があった(図3)。MET10対立遺伝子をノックアウト株に形質転換し、次いでこれを胞子形成させて、G418R/hphNT1Rである二つの株およびMET10対立遺伝子を保有する二つの株を得た。各株を実験のなかで用いて、遺伝子操作による何らかの不一致があるかどうかを観察した(表10)。それらの株は最後まで発酵し、H2S産生に関して予想通りに挙動した。薬物耐性マーカーを保有する株のそれぞれがメチオニン要求株であり、H2Sを産生しなかった。MET10S288CまたはMET10UCD522対立遺伝子のいずれかを保有する株は、H2Sを産生し、MET10UCD932を保有する株はH2Sを産生しなかった。
【0160】
(表10)非相同株UCD522の硫化水素産生発酵物の特性

a A、B、C、D-異なる胞子を示す。
b 最大発酵速度は、重量の最急降下に対応する時点を用いることにより発酵速度データから計算された。
c 値は独立した2回反復測定の平均を表す。
d 発酵物が乾燥状態(残存する糖類が<0.5%により定義される)に達した。
【0161】
本発明者らはまた、YFR030W BY4742およびUCD932におけるKanMXカセットをUCD950由来のMET10対立遺伝子で置き換えたところ、どちらもBiGGY寒天上で黄褐色であったが、どちらもH2S産生株ではなかった。BY4742またはUCD932とUCD950との間の交雑から、H2S産生を分離する(segregate)少なくとも4〜5つの対立遺伝子が存在することが示唆された。
【0162】
考察
S.セレビシェでの硫化物産生において見出された天然に生じる相違の可能性の一つは、硫酸還元経路における酵素の発現または活性の遺伝的変化の発生である。硫酸還元経路は複合調節を示し(Mountain et al. 1991)、一つの酵素活性の増大は経路内の他のタンパク質の活性の変化によって緩和されうる。
【0163】
本発明者らの研究室におけるこれまでの研究から、天然の非H2S産生株UCD932において、硫酸還元経路内のいくつかの対立遺伝子が同定された。しかしながら、本発明者らは、それらの特定の対立遺伝子だけがH2S表現型に関与するのではないことを実証した(Linderholm et al. 2006)。H2S形成の抑制因子を求めて欠失コレクションを本発明者らがスクリーニングするなかで、本発明者らは、その役割において硫酸還元経路のその他いくつかの遺伝子HOM2、HOM6、SER33、MET1、MET5、MET8、およびMET10を同定した(Linderholm et al. 2006)。それらの遺伝子をUCD932ならびにH2S産生が異なる他の天然および工業用の酵母株において配列決定すると、UCD932がCYS4およびMET6を含め、9遺伝子のうち5つにおいて異なる対立遺伝子を保有することが明らかになった(Linderholm et al. 2006)。配列決定された株のコレクションのなかにはMET10の多くの対立遺伝子が見出された。
【0164】
本研究において、MET10だけがUCD932における非H2S形成表現型に関与するのではないが、MET10は他のH2S産生株においてH2S表現型を劇的に変え、MET10がH2S形成において重要な役割を果たしていることが実証された。上記の実験において、MET10UCD932は3つのH2S産生株において天然の対立遺伝子と成功裏に交換され、これによってそれらの株は非H2S産生株に変化した。これらの結果は、どんな遺伝的背景であっても適切な対立遺伝子を移入することにより硫黄産生の低下した商業用株を構築できるため、または任意のサッカロマイセス・セレビシェ株に特有のH2S産生を予測できるため、ワイン産業にとって多くの肯定的な意味がある。どちらの技術もかなり単純で、ワイン生産者に有用であろう。
【0165】
UCD939においてMET10UCD932に交換する実験はうまくいかなかった; UCD939 MET10UCD932はメチオニンが欠乏しているプレート上で生存できなかった。しかし、そのことは、UCD939が硫酸還元経路において保有する他の突然変異によって説明することができる。UCD939は、亜硫酸レダクターゼ酵素の他のサブユニットをコードする遺伝子において二つの突然変異を保有しており、加えて、UCD939はメチオニン要求株ではなかったが、下流の酵素が埋め合わせに十分な程それらの活性を高められないことから、三つ目の突然変異の付加によりその活性が劇的に低下することで、UCD939はメチオニン要求株になった。UCD939株はもはやメチオニンを産生することができないので、含硫アミノ酸による硫酸還元の調節も崩壊する可能性があり、有毒な中間体が亜硫酸レダクターゼ酵素を上回って蓄積し、その株を生存不能にもしうる。
【0166】
UCD522は異数体株と特徴付けられている(Bakalinsky and Snow 1990)。UCD522においてMET10遺伝子を配列決定したときに、UCD522はヘテロ接合性株であり、MET10の二つの対立遺伝子を保有することが見出された。この株を他の株のようには遺伝的に操作できないことをもたらした要素の間には、ある種の関連性がある可能性がある。対立遺伝子のうちの一つだけが欠失されると胞子形成の間に適切に分離する(segregrate)ことを許容しない、ある種の複合体がMET10対立遺伝子またはそれがコードするタンパク質の間で生じる可能性がある。しかしながら、各対立遺伝子が個別に置換されると、その株は適切に胞子形成することができる。UCD522 MET10UCD932は胞子を形成して、G418R/hphNT1Rかつメチオニン要求株である二つの株、および薬物感受性でかつMET10対立遺伝子を保有する二つの株を生じた。各株は完全に発酵し、そのH2S特性は予想通りであった。
【0167】
実施例3: UCD932のMET10p対立遺伝子のさらなる特徴付け
上記の実施例において実証されるように、酵母株UCD932に存在するMET10対立遺伝子は、硫化水素(H2S)高産生株を、検出可能なH2Sを産生しない株に変換することができる。これは、UCD932由来のMET10対立遺伝子を保有する場合に検出可能なH2Sを産生しなかった高産生株のUCD522およびUCD950において明確に示された。株をH2S低産生株に変換できることはワイン、醸造および燃料エタノールの産業を含め、酵母を使用する任意の産業において意味がある。強烈な腐卵臭を付加することによって最終産物に問題を起こすことのほか、発酵において作出されたCO2は、それ自体がガスとして販売されるか、または産物の移動(醸造)用のモーターガスとして使用されるかのいずれかに有用な副産物であることが多い。それゆえ、ガスが腐った卵の匂いのしないようにすることには、明らかな利点がある。
【0168】
先の研究により、UCD932およびUCD950由来のMET10対立遺伝子は6ヌクレオチド異なり、それらの変化のうちの5つが一次タンパク質配列の変化をもたらすことが分かった(図2参照)。UCD932 MET10対立遺伝子をさらに特徴付けるため、MET10の天然の対立遺伝子をシャトルベクターpUG6にクローニングした。Quick Change PCR突然変異誘発技術を用いて、一ヌクレオチド変化を作出した(例えば、Cormack, B. and Castano, I. (2002) Introduction of Point Mutations into Cloned Genes. Methods in Enzymology (350) 199-218を参照のこと)。別の反応では、この技術を用いて、一ヌクレオチドの相違を他の対立遺伝子の類似のヌクレオチドに変換した。例えば、UCD932 MET10は404位にアデニンを有するが、UCD950はシトシンを有する。UCD950の1985位のシトシンとアデニンの交換は、UCD950の背景での硫化物産生の喪失に必要かつ十分であることが分かった(表11)。UCD932対立遺伝子においてアデニンをUCD950のシトシンへ変換することによって、UCD932タンパク質は、硫化物産生をなくす能力を失った(表11)。したがって、662位のトレオニンのリジン残基への単一の変化が、硫化物放出の低減をもたらす改変Met10タンパク質の作出を引き起こす。
【0169】
(表11)異なるMET10対立遺伝子によるH2S産生

* 932株背景ではH2S産生の決定因子が他にあり、試験したいずれの条件下でもH2Sが産生されない。
【0170】
実施例4: MET10遺伝子の1985位での対立遺伝子の相違がサッカロマイセス・セレビシェによる硫化水素の産生を決定する
株UCD932のMET10対立遺伝子は、商業用および天然のワイン酵母分離株における天然の対立遺伝子を置換するための対立遺伝子置換戦略において用いられる場合に硫化水素(H2S)の産生不能を引き起こす。この対立遺伝子は、コードタンパク質のアミノ酸配列の相違を引き起こすいくつかの塩基対変化を含有することが分かった。これらのアミノ酸変化を評価して、どれがH2Sの産生能に影響を及ぼすかを決定した。
【0171】
H2S産生のこれらの劇的な相違に関与する正確な突然変異または突然変異の組み合わせを同定するため、本発明者らは、UCD932およびUCD950由来のMET10対立遺伝子をクローニングし、部位特異的突然変異誘発法を用いて一つ一つの塩基相違を反対側の対立遺伝子の塩基に体系的に変換した。得られた対立遺伝子は一交換塩基変化を除いて親対立遺伝子と同一であった。次いで改変された対立遺伝子を両株に挿入し戻し、BiGGY寒天を亜硫酸還元および同様にH2S産生の変化の指標として用いた。1985位での一塩基変化がこのスクリーニングにより、コロニー色の変化に関与する突然変異と同定された。これらの株を二つ組で合成ワインジュース中での小規模発酵の間のH2S産生について調べた。合成ワイン培地10 mLに各株を播種し、発酵4日後に酢酸鉛カラムの使用によってH2Sを検出した。未変化のUCD950 MET10対立遺伝子および1985位でUCD950対立遺伝子への突然変異を有するUCD932対立遺伝子(932 MET10 1985 A-C)はH2S産生を引き起こしたのに対し、未変化の対立遺伝子UCD932 MET10および1985位でUCD932への変化を有するUCD950対立遺伝子(950 MET10 1985 C-A)は検出可能なH2S産生を引き起こさなかった。これらの結果は、1985位での一塩基変化がこれらの対立遺伝子のH2S産生の相違の主な決定因子であることを示唆している。次にこれらの結果は、単一の変異対立遺伝子が二つのH2S高産生の商業用株UCD522およびUCD940に配置されたときのH2Sの産生を調べることによって強化された。これらの株のどちらも932 MET10 1985A-C対立遺伝子でH2Sを産生したが、H2Sは950 MET10 1985C-A対立遺伝子で検出されなかった。これらの結果は上記の表11にまとめられている。
【0172】
本研究は、MET10対立遺伝子における1985位での単一の塩基対変化が硫化水素の産生に影響することを実証する。1985位でのヌクレオチドの相違によってコードされるアミノ酸が変化し、それにより、該コードされるアミノ酸を変化させる周辺ヌクレオチド配列の任意の変化によりH2S産生が失われる可能性が高い。高産生株の対立遺伝子に存在するトレオニンは、リン酸基を含有するアミノ酸残基をリン酸化によって調節できるので、経路の流れを変える調節点として働く可能性がある。アミノ酸残基662は亜硫酸レダクターゼ触媒ドメインのなかにあると予想される(図6)。この変化を有するタンパク質の推定構造の分析(図7)から、タンパク質の全体構造は変わらないが、この残基変化の周辺の活性部位の局所域が影響を受けることが示唆される。すなわち、この変化はごくわずかにタンパク質構造を変化させる。
【0173】
参考文献



【0174】
本明細書において記述される実施例および態様は例示の目的のためだけであること、および、それに照らして種々の変更または修正が、当業者には連想されるはずであり、本出願の趣旨および範囲ならびに添付の特許請求の範囲のなかに含まれることを理解されたい。本明細書において引用される全ての刊行物、アクセッション番号、特許、および特許出願は、全ての目的においてその全体が参照により本明細書に組み入れられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜硫酸の硫化物への変換を触媒しないMET10ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含んだ酵母細胞と発酵培地とを接触させる段階を含む、発酵培地中のH2Sレベルを低減するための方法であって、該MET10ポリペプチドの662位のアミノ酸がトレオニンではない、方法。
【請求項2】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:3のMET10ポリペプチドをコードし、662位のXがトレオニンではない、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:3のMET10ポリペプチドをコードし、662位のXがリジンである、請求項1記載の方法。
【請求項4】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:1の核酸配列と少なくとも95%の配列同一性を共有する、請求項1記載の方法。
【請求項5】
検出可能なレベルのH2Sを有さない発酵産物が産生される方法であって、該発酵産物がワイン、ビール、およびシャンパンからなる群より選択される、請求項1記載の方法。
【請求項6】
酵母細胞がサッカロマイセス・セレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項7】
酵母細胞が、プリーズ・ド・ムース(Prise de Mousse)、プルミエ・キュヴェ(Premier Cuvee)、フレンチ・レッド(French Red)、モンラッシェ(Montachet)、ラレマンK1(Lallemand K1)、ボルドー(Bordeaux)、UCD522、UCD940、Ba25、Ba126、Ba137、Ba220、Bb23、Bb25、Ba30、Bb32、Bb19、およびBb22からなる群より選択されるワイン酵母株である、請求項6記載の方法。
【請求項8】
発酵培地が、マストおよび麦汁からなる群より選択される、請求項1記載の方法。
【請求項9】
発酵培地がブドウ果汁マストである、請求項1記載の方法。
【請求項10】
亜硫酸の硫化物への変換を触媒しないMET10ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含んだ発現ベクターであって、該MET10ポリペプチドの662位のアミノ酸がトレオニンではなく、かつ該ポリヌクレオチドが発現制御配列に機能的に連結された、発現ベクター。
【請求項11】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:3のMET10ポリペプチドをコードし、662位のXがトレオニンではない、請求項10記載の発現ベクター。
【請求項12】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:3のMET10ポリペプチドをコードし、662位のXがリジンである、請求項10記載の発現ベクター。
【請求項13】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:1の核酸配列と少なくとも95%の配列同一性を共有する、請求項10記載の発現ベクター。
【請求項14】
請求項10記載の発現ベクターを含む宿主細胞。
【請求項15】
酵母細胞である、請求項14記載の宿主細胞。
【請求項16】
サッカロマイセス・セレビシェ細胞である、請求項14記載の宿主細胞。
【請求項17】
亜硫酸の硫化物への変換を触媒しないMET10ポリペプチドをコードする外因性ポリヌクレオチドを含む、硫化水素を産生しない改良された酵母細胞であって、該MET10ポリペプチドの662位のアミノ酸がトレオニンではなく、該改良された酵母細胞の親細胞が硫化水素を産生する、改良された酵母細胞。
【請求項18】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:3のMET10ポリペプチドをコードし、662位のXがトレオニンではない、請求項17記載の酵母細胞。
【請求項19】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:3のMET10ポリペプチドをコードし、662位のXがリジンである、請求項17記載の酵母細胞。
【請求項20】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:1の核酸配列と少なくとも95%の配列同一性を共有する、請求項17記載の酵母細胞。
【請求項21】
サッカロマイセス・セレビシェ細胞である、請求項17記載の酵母細胞。
【請求項22】
プリーズ・ド・ムース、プルミエ・キュヴェ、フレンチ・レッド、モンラッシェ、ラレマンK1、ボルドー、UCD522、UCD940、Ba25、Ba126、Ba137、Ba220、Bb23、Bb25、Ba30、Bb32、Bb19、およびBb22からなる群より選択されるワイン酵母株である、請求項21記載の酵母細胞。
【請求項23】
亜硫酸の硫化物への変換を触媒しないMET10ポリペプチドをコードする外因性ポリヌクレオチドを含んだ酵母細胞の集団を含む、低減したレベルの硫化水素を産生する改良された酵母細胞培養物であって、該MET10ポリペプチドの662位のアミノ酸がトレオニンではなく、該改良された酵母細胞培養物が、親細胞の培養物と比較して低減した硫化水素を産生する、改良された酵母細胞培養物。
【請求項24】
検出可能なレベルの硫化水素を産生しない、請求項23記載の酵母細胞培養物。
【請求項25】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:3のMET10ポリペプチドをコードし、662位のXがトレオニンではない、請求項23記載の酵母細胞培養物。
【請求項26】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:3のMET10ポリペプチドをコードし、662位のXがリジンである、請求項23記載の酵母細胞培養物。
【請求項27】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:1の核酸配列と少なくとも95%の配列同一性を共有する、請求項23記載の酵母細胞培養物。
【請求項28】
酵母細胞の集団がサッカロマイセス・セレビシェ細胞を含む、請求項23記載の酵母細胞培養物。
【請求項29】
酵母細胞の集団が、プリーズ・ド・ムース、プルミエ・キュヴェ、フレンチ・レッド、モンラッシェ、ラレマンK1、ボルドー、UCD522、UCD940、Ba25、Ba126、Ba137、Ba220、Bb23、Bb25、Ba30、Bb32、Bb19、およびBb22からなる群より選択されるワイン酵母株由来である、請求項23記載の酵母細胞培養物。
【請求項30】
亜硫酸の硫化物への変換を触媒しない硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを酵母細胞の親細胞に導入することにより、硫化物活性のMET10ポリペプチドをコードする内因性ポリヌクレオチドを、硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドと置き換える段階を含む、低減したレベルの硫化水素を産生する改良された酵母細胞を産生する方法であって、該硫化物不活性のMET10ポリペプチドの662位のアミノ酸がトレオニンではなく、該改良された酵母細胞の親細胞が硫化水素を産生する、方法。
【請求項31】
硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドが組換えにより導入される、請求項30記載の方法。
【請求項32】
硫化物不活性のMET10ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドが戻し交雑により導入される、請求項30記載の方法。
【請求項33】
改良された酵母細胞が検出可能なレベルの硫化水素を産生しない、請求項30記載の方法。
【請求項34】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:3のMET10ポリペプチドをコードし、662位のXがトレオニンではない、請求項30記載の方法。
【請求項35】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:3のMET10ポリペプチドをコードし、662位のXがリジンである、請求項30記載の方法。
【請求項36】
ポリヌクレオチドがSEQ ID NO:1を含む、請求項30記載の方法。
【請求項37】
SEQ ID NO:1に示される配列またはその相補体と野生型MET10をコードする核酸とを識別できる、単離ポリヌクレオチド。
【請求項38】
発現制御配列に機能的に連結された請求項37記載のポリヌクレオチドを含む、発現ベクター。
【請求項39】
請求項38記載の発現ベクターを含む宿主細胞。
【請求項40】
サッカロマイセス・セレビシェ細胞である、請求項39記載の宿主細胞。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図2E】
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【図2F】
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【図2G】
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【図2H】
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【図2I】
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【図2J】
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【図2K】
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【図2L】
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【図2M】
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【図2N】
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【図2O】
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【図2P】
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【図2Q】
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【図2R】
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【図2S】
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【図2T】
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【図2U】
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【図2V】
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【図2W】
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【図2X】
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【図2Y】
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【図2Z】
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【図3】
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【図4−1】
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【図4−2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2010−521169(P2010−521169A)
【公表日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−553777(P2009−553777)
【出願日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際出願番号】PCT/US2008/056847
【国際公開番号】WO2008/115759
【国際公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【出願人】(592130699)ザ リージェンツ オブ ザ ユニバーシティ オブ カリフォルニア (364)
【氏名又は名称原語表記】The Regents of The University of California
【Fターム(参考)】