説明

白金の電解溶出方法及び電解処理装置

【課題】化学的に安定であり溶解が溶解ではない白金を、電解法により効率的に溶解させる方法を提供する。
【解決手段】本発明は、電解液中で白金を電極として電解することで白金を溶出させ電解溶出方法であって、前記電解液は、錯化剤として3〜10重量%のモノエタノールアミンを含む、5〜15重量%の水酸化ナトリウム溶液であり、電解条件として、液温25〜60℃、電流密度100〜140A/dmの交流電流を印加して前記白金電極を溶出させる方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解により白金を溶出させる方法に関し、これにより、白金の10mg単位の重量調整を行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白金は、その化学的特性や電気的特性から、触媒・各種電極等の工業的用途で多様に使用されているが、それらに加えて、希少性のある貴金属であることから、資産的な用途も古くから知られている。この白金の資産的な利用形態としては、インゴット・コインバー等に成形したものの売買によるのが一般的である。
【0003】
白金コインバーは、その重量が表面に表示されており、地金時価と当該表示重量との関係で価値が変動するものであるから、表示重量と実重量との乖離は回避されるべきものである。特に、製造元の信用確保のため、実重量が表示重量より小さくなることは許されるものではない。
【0004】
コインバーの製造は、白金地金原料を溶解・鋳造して成形するものであり、複雑なものではないが、上記のような重量管理が肝要であり、地金原料の秤量を厳密に行うと共に、成形後の重量調整が必要となる。これまでのコインバーの製造において、この重量調整の方法としては、機械的研摩によりコインバーを削って、実重量が表示重量より僅か(ミリグラムオーダー程度)に大きくなるように調整している。
【0005】
しかし、機械的研摩による重量調整は、その精度を作業者の熟練に頼る傾向があり、効率的なものではない。また、機械的研摩は熟練者が行っても、常に適正になされるとは限らずに、ときとして削りすぎにより実重量が表示重量を下回ることもある。このような場合、そのコインバーは製品として扱うことができないために歩留まりを悪化させ、全体の製造コストを圧迫することとなる。
【0006】
一方、高精度且つ効率的な重量調整の手法として、化学的溶解により重量を減少させる方法も考えられる。ただ、白金は化学的に極めて安定な金属であり、これを溶解できる溶液は、王水或いは王水をベースとしたエッチング液(特許文献1)程度しかない。また、化学的溶解は、一旦溶解反応を開始させると、その制御が容易ではないため、白金を過剰に溶解させるおそれがあり、10mg単位の高精度の重量調整は困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−3132215号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明は、白金を重量調整のため溶出する方法であって、効率的でありながら高精度のものを提供する。また、この方法に基づいた白金の溶出装置も開示する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記課題を解決すべく、電解法による白金溶出を検討した。電解法は、所定の電解液中で白金を電極として通電したときの電気化学反応に基づくものであるが、溶解反応は通電時にのみ進行することから、反応の制御が容易である。また、種々の電解条件による溶解量を予め検定しておけば、所望の溶解量に対して精度良く溶解させることができる。従って、電解法は、本願のような微妙な重量調整においても有効であるといえる。
【0010】
もっとも、白金は、一般的な電解作業(めっき、水溶液電解等)における陽極材料として用いられる程、電気化学的にも安定な金属である。そのため、電解が効率的であったとしても、容易に溶出させることはできないと考えられる。本発明者等は、白金を電解法により溶出させる条件についての電解液、電解条件(温度、電流密度)を鋭意検討し、本発明に想到した。
【0011】
即ち、本発明は、電解液中で白金を電極として電解することで白金を溶出させる電解溶出方法であって、前記電解液は、錯化剤として3〜10重量%のモノエタノールアミンを含む、5〜15重量%の水酸化ナトリウム溶液であり、電解条件として、液温25〜60℃、電流密度100〜140A/dmの交流電流を印加して前記白金電極を溶出させる方法である。
【0012】
本発明は、白金の電解溶出のための電解液として、水酸化ナトリウム溶液を用い、その濃度及び液温、並びに電解時の電流密度を所定範囲に制限する。これらの数値範囲は、白金の溶解量をできるだけ大きいものとするためである。また、本発明では、電解液にモノエタノールアミンを錯化剤として添加することを要する。錯化剤添加を必須とするのは、錯化剤のない状態で電解を行うと、一旦溶出した白金が再度電極に付着し、電解の進行を妨げるためであり、溶出した白金を電解液中で安定化させる必要があるからである。また、本発明における白金の電解は、交流電流を印加するものであり、直流電流の印加では白金の溶出は生じない。
【0013】
本発明に係る白金の電解溶出について、他の条件について説明すると、白金の対極としては、ステンレス、グラファイト、バルブ金属(チタン、ニオブ、タンタル)の他、白金も有用である。そして、本発明が高濃度のアルカリ溶液を使用すること、及び、電解溶出させた電解液の後処理(白金回収)の容易さを考慮すると、耐腐食性の良好なバルブ金属、白金を対極とするのが好ましい。
【0014】
また、電解時の電極間距離は、特に限定する必要はないが、30mm以上が好ましく、50mm以上がより好ましい。尚、電極間距離の上限は、電解電圧低減の理由から、100mm以下とするのが好ましい。
【0015】
本発明では、上記範囲内で電解条件(電解液の温度、濃度、電流密度)を所定値に設定し、それらに基づき電解時間を設定することで白金の溶出量を制御することができる。電解時間の設定は、電解条件おける電流効率と所望の白金溶出量とから計算することができる。ここで、電流効率とは、印加した電力(電流)に対し、実際に白金の溶出反応に消費された電力である。電流効率は、予め実験的に種々の電解条件における白金溶出量を測定することで電解条件毎に設定される。
【0016】
ところで、上記のように電解時間を設定して電解を行っても、ごく微量ではあるが、所望量の白金が溶出しないおそれがある。これは、電解液の温度管理や印加電流の安定化(定電流化)を図っても、電解液の濃度及び温度、電流密度は電解中に僅かながら変化することを完全に回避することは困難であり、これら電解条件の変化は白金溶出量にズレを生じさせることなる。この白金溶出量のズレは僅かなものであるが、本発明において調整する白金溶出量は微量であることを考慮すれば無視できないものである。
【0017】
そこで、本発明では、電解中の電解条件の変化に応じて電解時間を調整することで、所望の白金溶出量を達成させることが好ましい。この電解時間の調整は、電解中における電解条件を逐次測定し、測定値に基づき電解効率を補正して電解時間を調整する。具体的には、電解開始時の電解液の液温、水酸化ナトリウム濃度、モノエタノールアミン濃度、印加電流値に基づき基準電流効率Eを設定し、電解中、一定時間間隔Δtで電解液の液温、水酸化ナトリウム濃度、モノエタノールアミン濃度、印加電流値を測定し、測定された液温、水酸化ナトリウム濃度、モノエタノールアミン濃度、印加電流値の各値に基づき前記基準電流効率Eを補正して実効電流効率Eを算出し、前記実効電流効率Eから、白金の所要溶出量に応じた電解時間Tを算出した後、それまでの累積測定時間(ΣΔt)と前記電解時間Tとを対比してT≦ΣΔtとなるまで電解を継続するものである。
【0018】
基準電流効率Eは、上記の通り、種々の電解条件で実験的に測定することで予備的に設定可能なものである。そして、電解中に電解条件に変動が生じないのであれば、この基準電流効率から単純に電解時間を算定することができるが、電解中の電解条件の変動は不可避であることを考慮した補正が必要となる。そこで、本発明では、電解開始から一定時間間隔Δtで電解液の液温等を測定し、その測定値に基づき基準電流効率Eを補正して実効電流効率Eを算出する。そして、実効電流効率Eに基づいて、白金の所要溶出量に応じた電解時間Tを改めて算出する。この電解時間Tは、その電解条件測定時における所要電解時間であるが、これも測定毎に変動するものである。そこで、本発明では、最新の測定時まで累積測定時間(ΣΔt)がその段階における電解時間Tに超えているか否かを判定しつつ電解を継続し、T≦ΣΔtとなった時点で所要溶解量に達したと判断し電解を中断する。
【0019】
以上のような電流効率の補正を加えた電解時間調整のプロセスは、電解装置においてプログラム化が可能である。そこで、本発明に対応した電解装置としては、電解液を収容する電解槽、電力供給手段を備える通常の電解処理装置に、電解時における水酸化ナトリウム濃度、モノエタノールアミン濃度、印加電流値を測定する測定手段と、前記測定手段により測定された液温、水酸化ナトリウム濃度、モノエタノールアミン濃度、印加電流値の各値に基づき基準電流効率Eを補正して実効電流効率Eを算出し、白金の所要溶出量に応じた電解時間Tを算出すると共に、累積測定時間(ΣΔt)と前記電解時間Tとを対比しT≦ΣΔtとなるまで電解を継続する制御手段と、を付加したものが提案できる。
【0020】
尚、上記した電流効率の補正を行なうことで、白金溶出量の精密な制御を行うことができるが、より正確な溶出量制御を行うため、電解処理装置に白金電極の計量手段を設置しても良い。この場合、例えば、所要溶出量の9割を上記のような電流効率の補正をしつつ電解し、その後電解を一時停止して白金電極を計量手段にて計量し、測定された白金重量から実際の溶出量を測定し、これを基に電解時間を再計算することとなる。尚、この計量手段としては、精密天秤等が好ましい。
【発明の効果】
【0021】
以上説明したように、本発明によれば、化学的に安定であり容易に溶解できない白金を効率的に溶解させることができる。そして、これにより白金の重量調整高精度に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】水酸化ナトリウム濃度と電流効率との関係を示す図。
【図2】水酸化ナトリウム溶液の温度と電流効率との関係を示す図。
【図3】電流密度と電流効率との関係を示す図。
【図4】モノエタノールアミン濃度と電流効率との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。本実施形態では、白金を電極とて種々の電解条件で電解処理を行い、電解条件と白金溶出量(電流効率)との関係を検討した。ここでの電解試験は、電解層として40mm×94mm×100mmの電解液体積を有する無隔膜電解槽を用い、白金電極(45×100mm、厚さ0.8mm)を浸漬した(浸漬長さ80mm)。対極にも同じ白金板を用いた。また、電解電源として交流変圧器電源(定格出力30V×30A)を使用した。尚、電解中は電解槽をマグネットスターラー攪拌装置の温浴内に設置し、電解液の攪拌と温度調節を行った。
【0024】
実施例1:まず、水酸化ナトリウム濃度による影響を検討した。電解液として2.5〜20重量%の水酸化ナトリウム溶液を用いた。ここでの他の電解条件は、電解液温度60℃、電流密度110A/dmとした。また、電解前後の白金電極の質量変化を白金溶出量とし、これをファラデーの式をもとに電流効率に換算して評価した。図1は、その結果を示す。図1から、電解液である水酸化ナトリウムの濃度は、少なくとも5重量%以上としなければ電解溶出の効果が生じない。また、濃度を高くすれば良いというものではなく、15重量%を超えると電流効率が低下する。よって、水酸化ナトリウム濃度は5から15重量%とすることが好ましいことが確認された。
【0025】
実施例2:次に、電解液(水酸化ナトリウム溶液)の温度による影響を検討した。電解液として10重量%の水酸化ナトリウム溶液を電解液として、これを50〜75℃に保持して電解した。電流密度は110A/dmとした。評価方法は実施例1と同様である。この結果を図2に示すが、電解液温度については、その上昇に従い電流効率が低下する傾向にある。特に、60℃を超えると下限に収束する。そこで、電解液温度については60℃以下にするのが好ましい。また、下限については、温度制御の容易さを考慮し室温程度とするのが好ましく25℃とするのが好ましい。
【0026】
実施例3:ここでは、電流密度と電流効率との関係を検討した。電解液として10重量%の水酸化ナトリウム溶液を電解液として、これを50℃に保持して電解した。電流密度は70〜155A/dmとした。評価方法は実施例1と同様である。この結果を図3に示す。これによると、電流密度についても、適正範囲があり、100〜140A/dmの範囲内とするのが好ましい。
【0027】
実施例4:更に、錯化剤添加の要否及びその濃度について検討した。まず、一般的な錯化剤を各種添加した電解液を使用し、電解試験を行った(水酸化ナトリウム濃度10重量%、電解液温度45℃、電流密度110A/dm)。その結果を表1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
表1から、電解液に錯化剤を添加するとしてもどのようなものでも良いというわけではなく、エタノールアミンを適用することが好ましいことがわかる。
【0030】
そこで、次に、エタノールアミンの添加量について検討した。上記と同じ電解液、電解条件とし、エタノールアミンの添加量を変化させて電流効率を評価した。図4はその結果を示すものであるが、モノエタノールアミンは3重量%以上の添加がなければ顕著な効果を示すことがないことがわかる。一方、10%を超えても効果さほどの差はない。よって、モノエタノールアミンの添加量としては3〜10重量%とすることが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、本来、溶解が困難な白金を制御可能な状態で溶解することができる。本発明は、白金の重量の微調整に好適であり、例えば、白金コインバー製造の最終工程に適用できる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解液中で白金を電極として電解することで白金を溶出させる電解溶出方法であって、
前記電解液は、錯化剤として3〜10重量%のモノエタノールアミンを含む、5〜15重量%の水酸化ナトリウム溶液であり、
電解条件として、液温25〜60℃、電流密度100〜140A/dmの交流電流を印加して前記白金電極を溶出させる方法。
【請求項2】
白金電極の対極として白金を使用する請求項1記載の白金の電解溶出方法。
【請求項3】
白金電極と対極との電極間距離を30mm以上とする請求項1又は請求項2記載の白金の電解溶出方法。
【請求項4】
電解開始時の電解液の液温、水酸化ナトリウム濃度、モノエタノールアミン濃度、印加電流値に基づき基準電流効率Eを設定し、
電解中、一定時間間隔Δtで電解液の液温、水酸化ナトリウム濃度、モノエタノールアミン濃度、印加電流値を測定し、測定された液温、水酸化ナトリウム濃度、モノエタノールアミン濃度、印加電流値の各値に基づき前記基準電流効率Eを補正して実効電流効率Eを算出し、
前記実効電流効率Eから、白金の所要溶出量に応じた電解時間Tを算出した後、それまでの累積測定時間(ΣΔt)と前記電解時間Tとを対比してT≦ΣΔtとなるまで電解を継続する請求項1〜請求項3のいずれかに記載の白金の電解溶出方法。
【請求項5】
請求項4記載の白金の電解溶出方法で使用される電解処理装置であって、
電解時における水酸化ナトリウム濃度、モノエタノールアミン濃度、印加電流値を測定する測定手段と、
前記測定手段により測定された液温、水酸化ナトリウム濃度、モノエタノールアミン濃度、印加電流値の各値に基づき基準電流効率Eを補正して実効電流効率Eを算出し、白金の所要溶出量に応じた電解時間Tを算出すると共に、累積測定時間(ΣΔt)と前記電解時間Tとを対比しT≦ΣΔtとなるまで電解を継続する制御手段と、を備える電解処理装置。
【請求項6】
更に、電解された白金電極を計量するための計量手段を備える請求項5記載の電解処理装置。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2011−132553(P2011−132553A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−290145(P2009−290145)
【出願日】平成21年12月22日(2009.12.22)
【出願人】(509352945)田中貴金属工業株式会社 (99)
【Fターム(参考)】