説明

皮膚内部の弾性計測方法

【課題】皮膚内部局所の弾力性を正確に測定し・可視化するための方法の提供。
【解決手段】被検体内部の歪みを画像化可能な超音波診断装置を用いた皮膚内部の弾性計測方法であって、超音波プローブ1に設けた加圧・加振手段7により、音速1500〜1600m/sの介在物を介して被検体を一定周期で加圧し、被検体内部の弾性率を測定することを特徴とする皮膚内部の弾性計測方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚各部位の内部弾性を非侵襲で計測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の柔軟性を非侵襲で測定する方法は、従来色々な方法が考案されている。例えば、皮膚を減圧で吸引して皮膚の変形を計測する吸引法、皮膚を機械的に持ち上げたり押し込んだりして、皮膚の変形を計測する牽引・圧搾法、皮膚表面に垂直に重りのついた物を落とし、その落ちたときの振動の減衰を計測するバリスト法、超音波振動子を利用し、皮膚に垂直に振動を与え、その振動の帰りを測定する超音波振動法、皮膚に1つあるいは2つの金属接触子を密着させ伸縮させその応力等を測定する伸展法、皮膚に円盤状のDiskを皮膚に当て回転トルクをかけてその応力や位相のずれを測定する捻れ法、ある周波数の波動を皮膚に水平に伝搬させ、その振動の速さや振動の位相のズレを測定する波動伝搬法等が知られている。このうち、吸引法は、皮膚のはり・たるみを測定する一般的な評価法としてその地位を確立しており、一定の吸引圧及び時間で変形する皮膚の変位を解析した場合に、戻り弾性比率(Ur/Uf)には加齢に伴いその戻り比率が減少することが報告されている(非特許文献1及び2)。
しかしながら、皮膚は多層構造を有することから、それぞれの層(表皮・真皮・皮下組織)の寄与が互いに影響し、いずれ方法を用いてもこれらが合成されて検出されるために、皮膚のどこの部分がどのように寄与し検出されるかどうかは不明であり、また、皮膚の内部弾性を非侵襲で表皮・真皮・皮下組織といった層別に算出することは不可能である。
【0003】
一方、超音波診断装置は、生体内部の構造を表示する診断装置として医療機関で一般的に使用されているが、最近ではその静的な生体内部情報(構造)だけではなく生体内部の動的情報(心臓の弁膜の柔軟性・乳癌等の腫瘍の診断)を捉える組織弾性イメージング法(例えばTSI:Tissue Strain Imaging)という技術が開発されてきている(特許文献1、2及び3)。
【0004】
組織弾性イメージング法は、超音波画像利用し、生体内部が自己振動することあるいは、外部から振動等で生体内部に力を加えることにより、その歪みを追跡し局所の弾性を可視化及び数値化する方法であり、これによれば、組織の歪みや弾性率データを基にした弾性画像を生成することにより、生体組織の硬さや柔らかさを計測して表示できる。
しかし、これらの方法は、たとえば、外部から振動等で生体内部に力を加える際に力の加え方により、再現性や精度を著しく欠くことがあり、熟練を必要とする計測方法である。またこれらの方法では、生体内部でも比較的浅い部位である皮膚内部の弾力性を正確に測定し、可視化することが困難であるという問題があった。
【特許文献1】特開2007−105400号公報
【特許文献2】特開2004−57652号公報
【特許文献3】特開2005−144155号公報
【非特許文献1】Takema Y,Yoritomo Y,Kawai M,Imokawa G. Age-related changes in the elastic properties and thickness of human facial skin. Br J Dermatol1994;131;641-8.
【非特許文献2】Takema Y,Yoritomo Y,Kawai M. The relationship between age-related changes in the physical properties and development of wrinkles in humanfacial skin. J Soc Cosmet Chem 1995;46:163-73.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、皮膚内部局所の弾力性を正確に測定し、可視化するための方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、超音波を利用した、皮膚組織の弾性イメージング法について検討したところ、被検体の皮膚と超音波プローブの間に特定の音響特性を有する介在物を挟み、皮膚内部を一定周期で加圧することにより、高精度で且つ再現性良く皮膚内部局所の弾性を可視化及び数値化できることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の1)〜3)に係るものである。
1)被検体内部の歪みを画像化可能な超音波診断装置を用いた皮膚内部の弾性計測方法であって、超音波プローブに設けた加圧・加振手段により、音速1500〜1600m/sの介在物を介して被検体を一定周期で加圧し、被検体内部の弾性率を測定することを特徴とする皮膚内部の弾性計測方法。
2)介在物が厚さ5mm〜30mmの超音波ファントムである1)の方法。
3)被検体を、1mm〜10mm、1〜30秒/1回で押し込むように加圧する1)又は2)の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、高精度度で且つ再現性良く、皮膚内部局所(表皮・真皮、皮下組織、筋層)の絶対的な弾性を可視化及び数値化できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の弾性計測方法は、被検体内部の歪みを画像化可能な超音波診断装置であって、超音波プローブに加圧・加振手段を設けた装置を用いて行うことができる。
超音波診断装置としては、被検体表面に超音波プローブを接触させながら超音波ビームを照射し、その反射エコー信号から得られる超音波画像の各画素の移動を超音波の通過速度で追跡し、被検体内部の歪みデータから弾性特性を算出できる超音波診断装置であれば特に限定されるものではなく、例えば、市販の、「Real Time Elastography」(日立メディコ)、「アプリオ」(東芝メディカルシステムズ)等が挙げられる。これらは、いずれも体表から静的な圧力を加えて組織を圧縮変形させ、その際生じる組織内部の歪みを超音波により計測し、歪みから組織の弾性特性を算出するものである。
【0010】
当該超音波診断装置の一般的な構成例を図1に示す。
すなわち、超音波プローブ1は超音波プローブ1内にある超音波送信部2、超音波受信部3から構成され、この超音波プローブ1から得られる超音波信号を処理する信号処理部4から歪み及び弾性率演算部5にて歪み及び弾性率を表示する画像表示器6にて結果が表示される。また、介在物を通して加圧・加振するための加圧・加振装置7には、変位計測部(図示せず)が含まれる。この加圧・加振装置7をパーソナルコンピュータ等から制御する装置制御インターフェース部9から構成される。
この構成により、応力の増分と歪みの増分に対する比である弾性率のデータを取得することができる。
【0011】
超音波プローブ1は、多数の振動子をアレイ状に配列して形成されており、機械式または電子的にビーム走査を行って被検体に超音波を送信及び受信する。
【0012】
本発明おいて、加圧・加振手段は、皮膚内部を一定周期で加圧できるものであれば良く、具体的には、電磁式、超音波モーター等で駆動する加振器が挙げられ、超音波プローブの上部又は側面に設けるのが好ましい(図2)。
加圧は、皮膚、皮下組織及び筋層に変形を与えることができる程度であればよく、具体的には、被検体の皮膚表面を10cm以下、好ましくは1mm〜10mm押し込むことができる程度の圧力が好ましい。
また、加圧速度は、10Hz以下が好ましく、粘性を無視できる点で、1Hz以下がより好ましく、0.08〜0.25Hzがさらに好ましい。
一定周期で繰り返し加圧することにより、再現性のある安定した加圧をすることができる。
【0013】
本発明の方法は、超音波プローブと被検体の間に厚さ5mm〜30mm、音速1500〜1600m/sの介在物を介して行われる。これにより、超音波プローブで超音波送受信を行いながら、被検体の皮膚又は皮膚組織内部に効果的に応力分布を与えることができ、表皮・真皮が良好に計測できる(実施例1及び2)。
当該介在物としては、人体軟組織と等価な音響特性をもつ基材が挙げられ、いわゆる超音波ファントムが好適である。介在物は、音速の伝播速度を調整すること(生体組織に近づける)が容易である点で、低減衰ゴム基材より、ゼラチン、アガロース、寒天等の含水系ハイドロゲル基材を用いるのが好ましい。
【0014】
介在物は、音速が1500〜1600m/sであるものが用いられるが、1525〜1545m/sが生体組織の音速に近いのでより好ましい。
介在物の音速の計測方法は、生体用超音波周波数である1〜100MHz周波数音波を超音波プローブから介在物に入射させ、その介在物内を通過し支持体との境界面で反射した超音波を超音波プローブで検出し、その介在物内を往復する所要時間と介在物内で超音波を通過した距離(介在物の厚さの2倍)で算出できる(図3)。
【0015】
また、介在物は、焦点距離の確保及び皮膚及び皮下組織の移動追跡の精度の点から、5〜30mmの範囲が好ましく、6〜20mmがより好ましく、6〜10mmがさらに好ましい。
【0016】
上記介在物として好適に使用される超音波ファントムは、人体の皮膚や筋肉組織と同じ音速を持つ親水性のウレタンゴムやゲル基材中に、基材と音響インピーダンスの異なる様々なターゲットを配置したもので、超音波画像システムの品質管理や、医師・医療技術者のトレーニングに使われることが多い。例えば、粉体を懸濁した高分子ゲル(ポリビニールアルコール)を用いた超音波ファントム(特開平11−155856号公報)、堅く弾力性のある例えばABSプラスッチック製のケース内に水ベースポリマー等の組織模倣材料を充填した超音波ファントム(特開2003−180591号公報)、等が知られている。これらの超音波ファントムは、図4に示す一般的な皮膚弾性計測装置Courage and Khazaka社製(ドイツ)Cutometer SEM474にて吸引径6ミリで300mbの吸引圧を5秒間吸引し、その後開放したときの変形する皮膚の変位を解析し、戻り弾性比率(Ur/Uf)で皮膚と同じ弾性率を示す0.05〜0.095に調整してある。
【0017】
皮膚の弾性値計測は、一般的に皮膚上に中空アタッチメントをのせ、アタッチメントの中を減圧吸引し、吸引圧や時間を変えながら皮膚の変形を計測する方法が用いられる。市販されている代表的な機器としてはCourage and Khazaka社製(ドイツ)Cutometer SEM474が挙げられ、このCutometerの皮膚の弾性値の測定パラメーターとして、一定の吸引圧及び時間で変形する皮膚の変位を解析して求められる戻り弾性比率(Ur/Uf)が一般的に用いられている。標準的には、吸引径6ミリで300mbの吸引圧を5秒間吸引し、その後開放したときの変形する皮膚の変位を解析して求められる戻り弾性比率(Ur/Uf)が用いられ、皮膚では0.05〜0.095である。また、加齢によりその値は減少する。従って、本発明において使用する超音波ファントムは、戻り弾性比率(Ur/Uf)が、皮膚と同じ0.05〜0.095であるものが好ましく、10代皮膚の値とされている0.95〜0.60であるものがより好ましい。
【0018】
上記介在物は、超音波プローブの超音波送受信面と被検体の間に介在していればよいが、皮膚に対して図1のように並行に設置されるのが好ましい。
【0019】
超音波プローブ1を皮膚上に接触させて配置した介在物8の上から加圧・加振装置7を通して皮膚に対して垂直に一定周期で加圧・加振させる。加圧・加振はあらかじめパーソナルコンピュータ等からその加圧・加振速度と距離を入力し、装置制御インターフェース部9から制御しておくことが望ましい。加圧・加振させながら超音波プローブ1に内在する超音波送信部2から超音波を介在物を通して皮膚に送信する。超音波送信部2からの超音波信号は、皮膚及び介在物からの超音波反射信号を超音波プローブ1に内在する超音波受信部3にて検出される。この超音波信号は、信号処理部4でデジタル処理を行い、その2次元の超音波信号の計時変化を歪み及び弾性率演算部5にて演算処理し、歪み率を画像表示器で表示するようになっている。そして、同時に計測した介在物と皮膚内部の歪み率から皮膚内部の、介在物の弾性率に対する相対的な弾性率を求めることができる。
【実施例】
【0020】
実施例1
東芝メディカルシステムズ株式会社製の超音波診断装置アプリオ80XVにリニア式電子スキャンプローブ(超音波プローブ)PLT-1202Sを装着し、弾性解析ソフトTDI-Qを使用した。加振装置には、ケーエスエス株式会社製の2軸ステージコントローラKUMICONとミニチュアアクチュエータKUMIを使用した。超音波ファントムは図4に示す一般的な皮膚弾性計測装置Courage and Khazaka社製(ドイツ)Cutometer SEM474にて吸引径6ミリで300mbの吸引圧を5秒間吸引し、その後開放したときの変位を解析し、戻り弾性比率(Ur/Uf)で皮膚と同じ弾性率を示す0.05〜0.095のものをOST株式会社より入手した。
当該超音波ファントムの音速は、図3に示す方法、すなわち生体用超音波周波数である1〜100MHz周波数音波を超音波プローブから介在物に入射させ、その介在物内を通過し支持体との境界面で反射した超音波を超音波プローブで検出し、その介在物内を往復する所要時間と介在物内で超音波を通過した距離(ファントムの厚さの2倍)から算出したところ、1540m/sであった。
14MHzのリニア式電子スキャンプローブ(超音波プローブ)PLT-1202Sを皮膚とプローブの間にある弾性値(既知)のファントム7mm厚を挟み込み4mmの移動距離を3.7秒/1回で押し込み(約2秒間)、超音波画像取得した(図5)。その超音波画像から東芝メディカルシステム株式会社製の組織ドップラー画像法TDI(Tissue Strain Imaging)を利用しそのファントム・皮膚・皮下脂肪・筋肉の各部位の領域を指定し、その歪み値(ストレイン値)の時間変化を図5(右)に示した。
【0021】
また、この方法で、20〜60代の女性の頬部を測定し、そのファントムで補正した歪み相対値(ストレイン相対値)を算出したところ、加齢に伴い歪み相対値は減少しており、皮膚内部の弾性が低下していることが、計測できた。また、皮膚内部では脂肪>筋肉>皮膚の順番で弾性が大きいことが判明した(図6)。
【0022】
実施例2
ファントムを用いることの有用性を、ファントムを挟む場合(ファントム有り)と挟まない場合(ファントム無し)とで比較検討を行った。14MHzの超音波プローブと前腕内側皮膚の間に、20代の女性の頬部の肌感触をもつ7mm厚ファントムを挟む場合と挟まない場合とで検討を行った。押し込みの条件は、4mmの移動距離を3.7秒/1回のストロークでの押し込みとした。図7に組織ドップラー画像法TDI(Tissue Strain Imaging)を利用した組織の変形の度合いを示した。その結果、ファントムを挟まない場合(無しの場合)は表皮がプローブ面に接するため、表皮,真皮層がBモード画像でクリアに見えず、かつ表皮,真皮層の変形度合いが(−)に表示され正しく捉えられないことが判明した。従って、ファントムを挟むことによる有用性を確認することができた。
【0023】
実施例3
機械押しした場合と手押しした場合の精度の比較検討を行った。
実施例に従い、14MHzの超音波プローブと皮膚の間に7mm厚ファントムを挟み込み、比較した。手押しは、同一者が適当に押し込み、機器使用では4mmの移動距離を3.7秒/1回で押し込む方法でそれぞれ5回繰返し計測を行った。図8にそれぞれ5回取得した超音波画像より描かれた歪み値(ストレイン値)のグラフを示し、ファントムの歪み値(ストレイン値)を求め変動係数(CV値:標準偏差/平均値×100)を算出した結果を表1に示す。その結果、機器で押す方法の方はCV値が小さいことが明らかとなり、精度が上がることが確認された。
【0024】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】超音波診断装置の構成図
【図2】加圧・加振手段を備えた超音波プローブの構成図
【図3】ファントム音速測定方法を示す図
【図4】吸引方法の測定原理と測定パラメーターの算出を示す図
【図5】介在物ファントムを介して加圧した場合の皮膚組織の超音波画像及び歪み値(ストレイン値)の時間変化を示すチャート
【図6】顔面頬のファントムで補正した皮膚の内部弾性値の測定結果を示す図
【図7】介在物ファントムの有無による皮膚組織の超音波画像及び内部弾性値の変形度合いを示すチャート
【図8】一定圧加振器有無による内部弾性値の安定性を示すチャート
【符号の説明】
【0026】
1 超音波プローブ
2 超音波送信部
3 超音波受信部
4 信号処理部
5 歪み及び弾性率演算部
6 画像表示器
7 加圧・加振装置
8 介在物
9 装置制御インターフェース部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体内部の歪みを画像化可能な超音波診断装置を用いた皮膚内部の弾性計測方法であって、超音波プローブに設けた加圧・加振手段により、音速1500〜1600m/sの介在物を介して被検体を一定周期で加圧し、被検体内部の弾性率を測定することを特徴とする皮膚内部の弾性計測方法。
【請求項2】
介在物が厚さ5mm〜30mmの超音波ファントムである請求項1記載の方法。
【請求項3】
被検体を、1mm〜10mm、1〜30秒/1回で押し込むように加圧する請求項1又は2記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−268640(P2009−268640A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−120609(P2008−120609)
【出願日】平成20年5月2日(2008.5.2)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】