説明

皮膜に対する密着性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼

【課題】皮膜との密着性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼を提供することである。
【解決手段】本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、母材と、母材の表面に形成される酸化スケール層とを備える。母材は、質量%で、C:0.01〜0.4%、Si:0.1〜4%、Mn:0.1〜2%、P:0.15%以下、S:0.01%以下、Cr:15〜26%、Ni:7〜22%、sol.Al:0.001〜0.3%及びN:0.005〜0.3%を含有し、残部がFe及び不純物からなる。酸化スケール層の表面の化学組成は、式(1)及び式(2)を満たす。
Si+Mn+Cr≧15 (1)
P+S+Cu+Zn+As+Sn+Sb+Pb+Bi≦10 (2)
ここで、式(1)及び式(2)の各元素記号には、対応する元素の原子%での濃度が代入される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼に関し、更に詳しくは、表面に皮膜がコーティングされるオーステナイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、省エネルギを目的として、高効率のボイラの開発が進められている。たとえば、超々臨界圧ボイラは、従来よりも蒸気の温度及び圧力を高めることにより、エネルギ効率を高める。また、化石燃料以外の燃料として、廃棄物やバイオマスを利用するボイラの開発も進められている。さらに、太陽光を利用した発電用ボイラの開発も進められている。特に、太陽光発電用ボイラは、省エネルギ及び環境保全の観点から注目されている。これらのボイラの熱交換器管等の鋼材としてステンレス鋼は、高温での優れた耐食性を求められる。
【0003】
オーステナイト系ステンレス鋼は、フェライト系ステンレス鋼と比較して、高温強度及び高温耐食性に優れる。したがって、600℃以上の高温域で利用される鋼材には、オーステナイト系ステンレス鋼が多用される。
【0004】
オーステナイト系ステンレス鋼の耐食性を向上するために、従来、以下の対策が実施されてきた。
(1)母材のCr含有量を高める。
(2)ショットピーニングや冷間加工を施すことにより表層に加工歪みを付与し、次に熱処理を施して表層を細粒化する。
(3)表面に耐食性に優れた皮膜を形成する。ここでいう皮膜はたとえば、めっき層や、塗装により形成される塗膜等である。
【0005】
上記(1)の方法では、Cr含有量の増加に伴い、オーステナイト組織が不安定になる。そのため、(1)の方法を利用する場合、Cr含有量を高めると共に、オーステナイト形成元素であるNi含有量も高めなければならない。Ni含有量の増大は製造コストを引き上げる。
【0006】
上記(2)の方法では、表面の細粒層を維持するのが難しい。たとえば、オーステナイト系ステンレス鋼管に対して高温曲げ加工を実施したり、溶接したりすると、表面は粗粒化してしまう。
【0007】
これに対して、上記(3)の皮膜を形成する方法では、耐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼が得られやすい。皮膜を利用する場合はさらに、耐食性以外の特性も付与しやすい。たとえば、オーステナイト系ステンレス鋼を太陽光発電に利用する場合、オーステナイト系ステンレス鋼には、耐食性と共に、優れた熱吸収性が求められる。特開昭56−12196号公報(特許文献1)、特開昭58−7460号公報(特許文献2)及び特開昭63−42339号公報(特許文献3)に開示された皮膜をオーステナイト系ステンレス鋼の表面にコーティングすれば、耐食性とともに、熱吸収性にも優れたオーステナイト系ステンレス鋼が得られる。
【0008】
以上のとおり、皮膜により、オーステナイト系ステンレス鋼材は、種々の特性を得ることができる。したがって、オーステナイト系ステンレス鋼の表面に皮膜を形成する方法は有効である。
【0009】
このような皮膜がコーティングされるオーステナイト系ステンレス鋼では、オーステナイト系ステンレス鋼の皮膜に対する優れた密着性が要求される。皮膜に対する密着性を向上する技術は、特開昭57−92165号公報(特許文献4)、特開昭57−161069号公報(特許文献5)、特開昭63−7877号公報(特許文献6)及び特開平8−225897号公報(特許文献7)に開示されている。
【0010】
特許文献4では、はんだ付け性を向上するために、鋼中にCuが含有される。特許文献5及び7では、ステンレス鋼の表面に対して化学処理が実施され、不動態皮膜が改善されることによりめっき層の密着性が向上する。特許文献6では、アルキルシリケート処理により、SiO皮膜が形成され、SiO皮膜上に塗膜が形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭56−12196号公報
【特許文献2】特開昭58−7460号公報
【特許文献3】特開昭63−42339号公報
【特許文献4】特開昭57−92165号公報
【特許文献5】特開昭57−161069号公報
【特許文献6】特開昭63−7877号公報
【特許文献7】特開平8−225897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献4〜7の方法によっても皮膜に対して十分な密着性が得られない場合がある。特に耐熱性及び熱吸収性に優れた皮膜をコーティングする場合、特許文献4〜7の方法では、十分な密着性が得られない場合がある。
【0013】
本発明の目的は、皮膜との密着性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、母材と、酸化スケール層とを備える。母材は、質量%で、C:0.01〜0.4%、Si:0.1〜4%、Mn:0.1〜2%、P:0.15%以下、S:0.01%以下、Cr:15〜26%、Ni:7〜22%、sol.Al:0.001〜0.3%及びN:0.005〜0.3%を含有し、残部がFe及び不純物からなる。酸化スケール層は、母材の表面に形成される。酸化スケール層の表面の化学組成は、式(1)及び式(2)を満たす。
Si+Mn+Cr≧15 (1)
P+S+Cu+Zn+As+Sn+Sb+Pb+Bi≦10 (2)
ここで、式(1)及び式(2)の各元素記号には、対応する元素の原子%での含有量が代入される。
【0015】
本発明の実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、皮膜との密着性に優れる。
【0016】
上記母材はさらに、Feの一部に代えて、1又は複数の元素からなる第1〜第5群から選択された1種又は2種以上の元素を含有してもよい。
第1群: Cu:5%以下、
第2群: Ti:1.5%以下、V:1.5%以下、Nb:1.5%以下及びHf:1.5%以下、
第3群: Mo:10%以下、Ta:10%以下、W:10%以下及びRe:10%以下、
第4群: Ca:0.2%以下、Mg:0.2%以下、Zr:0.2%以下、B:0.2%以下及びREM:0.2%以下、
第5群: Zn:1%以下、As:1%以下、Sn:1%以下、Sb:1%以下、Pb:1%以下及びBi:1%以下。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を詳しく説明する。
【0018】
[本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の概要]
オーステナイト系ステンレス鋼の表面は皮膜と接触する。そのため、発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼の表面に含まれる元素が、皮膜に対する密着性に影響すると考えた。そこで、発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼の表面の化学組成をX線光電子分光分析(X−ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)を用いて分析し、オーステナイト系ステンレス鋼の表面の化学組成と、密着性との関係について検討した。検討の結果、本発明者らは、以下の知見を得た。
【0019】
(A)オーステナイト系ステンレス鋼の母材表面に、Si、Mn及びCrを含有する酸化スケール層を形成し、かつ、形成された酸化スケール層上に皮膜をコーティングすれば、オーステナイト系ステンレス鋼の皮膜に対する密着性が向上する。さらに具体的には、酸化スケール層の化学組成が、以下の式(1)を満たせば、オーステナイト系ステンレス鋼は、塗膜に対して優れた密着性を得ることができる。
Si+Mn+Cr≧15 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号は、酸化スケール層の表面内の対応する元素の原子%での含有量が代入される。
【0020】
(B)酸化スケール層が式(1)を満たす場合であっても、酸化スケール層の表面に、P、S、Cu、Zn、As、Sn、Sb、Pb及びBiが基準量以上含有されている場合、オーステナイト系ステンレス鋼の密着性が低下する。酸化スケール層の表面の化学組成が、式(2)を満たせば、オーステナイト系ステンレス鋼は優れた密着性を有する。
P+S+Cu+Zn+As+Sn+Sb+Pb+Bi≦10 (2)
ここで、式(2)の各元素記号には、酸化スケール層の表面における対応する元素の原子%での含有量が代入される。
【0021】
以上の知見に基づいて、本発明者らは本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼を完成した。以下、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼について説明する。
【0022】
[オーステナイト系ステンレス鋼の構成]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、母材と、酸化スケール層とを備える。酸化スケール層は、母材表面に形成される。たとえば、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼が鋼管である場合、酸化スケール層は、鋼管の外面に形成される。
【0023】
[母材の化学組成]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の母材は、以下の化学組成を有する。母材の化学組成の説明において、特に断りがない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0024】
C:0.01〜0.4%
炭素(C)は、鋼の高温引張強さ及び高温クリープ強度を高める。一方、Cが過剰に含有されると、CはCrと結合して共晶炭化物を形成する。共晶炭化物は鋼を脆くし、さらに、鋼の耐食性を低下する。したがって、C含有量は0.01〜0.4%である。好ましいC含有量の下限は0.05%であり、好ましいC含有量の上限は0.2%である。
【0025】
Si:0.1〜4%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Siはさらに、鋼の耐水蒸気酸化性を高める。Siはさらに、母材表面に形成される酸化スケール層にも含有され、鋼の皮膜に対する密着性を向上する。一方、Siが過剰に含有されると、鋼の溶接性が低下する。したがって、Si含有量は0.1〜4%である。好ましいSi含有量の上限は1.5%であり、さらに好ましくは、0.9%である。
【0026】
Mn:0.1〜2%
マンガン(Mn)は、Crと複合酸化物を形成し、ステンレス鋼の高温耐食性を向上する。Mnはさらに、酸化スケール層内に含有されることにより、鋼の皮膜に対する密着性を向上する。Mnはさらに、母材中でSと結合してMnSを形成し、熱間加工性を向上する。一方、Mnが過剰に含有されると、鋼が脆くなり、加工性や溶接性が低下する。したがって、Mn含有量は、0.1〜2%である。好ましいMn含有量の下限は、0.2%である。好ましいMn含有量の上限は、1.7%である。
【0027】
P:0.15%以下、S:0.01%以下
燐(P)及び硫黄(S)は、いずれも不純物である。P及びSは、母材中の結晶粒界に偏析し、鋼の熱間加工性を低下する。P及びSはさらに、母材表面に形成される酸化スケール層の表面にも偏析し、酸化スケール層表面の濡れ性を低下する。したがって、P及びSの含有量はなるべく少ない方が好ましい。P含有量は、0.15%以下であり、S含有量は0.01%以下である。好ましいP含有量は、0.12%以下であり、好ましいS含有量は、0.005%以下である。
【0028】
Cr:15〜26%
クロム(Cr)は、鋼の耐酸化性、耐水蒸気酸化性及び耐食性を向上する。Crはさらに、母材表面に形成される酸化スケール層に含有され、鋼の皮膜に対する密着性を向上する。一方、Crはフェライト形成元素であるため、Crが過剰に含有されると、オーステナイト組織の安定性が低下し、さらに、溶接性も低下する。したがって、Cr含有量は15〜26%である。好ましいCr含有量の下限は17%である。好ましいCr含有量の上限は、22%であり、さらに好ましくは、20%である。
【0029】
Ni:7〜22%
ニッケル(Ni)は、オーステナイト形成元素であり、オーステナイト組織を安定化する。Niはさらに、鋼の耐食性を向上する。一方、Niが過剰に含有されると、鋼のクリープ強度が低下する。したがって、Ni含有量は、7〜22%である。好ましいNi含有量の下限は、8%である。好ましいNi含有量の上限は、18%であり、さらに好ましくは、13%である。
【0030】
sol.Al:0.001〜0.3%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。一方、Alが過剰に含有されると、鋼の清浄度が低下し、鋼の熱間加工性や延性が低下する。したがって、sol.Al含有量は、0.001〜0.3%である。好ましいsol.Al含有量の下限は、0.005%であり、好ましいsol.Al含有量の上限は、0.1%である。なお、sol.Alとは、酸可溶Alを意味する。
【0031】
N:0.005〜0.3%
窒素(N)は、鋼を固溶強化する。Nはさらに、炭窒化物を形成して鋼を析出強化する。一方、Nが過剰に含有されると、窒化物が粗大化し、鋼の機械的特性が低下する。したがって、N含有量は、0.005〜0.3%である。好ましいN含有量の下限は、0.01%であり、好ましいN含有量の上限は、0.15%である。
【0032】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の母材の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップ、あるいは製造過程の環境等から混入する元素をいう。不純物はたとえば、酸素(O)である。
【0033】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の母材はさらに、Feの一部に代えて、1又は複数の元素からなる第1群〜第5群から選択された1種又は2種以上の元素を含有してもよい。以下、これらの元素について詳述する。
【0034】
第1群: Cu:5%以下
銅(Cu)は、鋼の高温強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果は得られる。一方、Cuが過剰に含有されると、酸化スケール表面にCuが偏析し、鋼の濡れ性が低下する。そのため、鋼の皮膜に対する密着性が低下する。したがって、Cu含有量は5%以下である。Cuが0.1%以上含有されれば、上記効果が顕著に得られる。
【0035】
第2群: Ti:1.5%以下、V:1.5%以下、Nb:1.5%以下及びHf:1.5%以下
チタン(Ti)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)及びハフニウム(Hf)はいずれも、炭素及び窒素と結合して炭化物、窒化物又は炭窒化物を形成し、鋼を析出強化する。これらの元素の少なくとも1種が少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、これらの元素が過剰に含有されると、鋼の加工性が低下する。したがって、各元素の含有量はそれぞれ1.5%以下である。各元素の好ましい上限は、1.2%であり、さらに好ましくは1.0%である。各元素の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。
【0036】
第3群: Mo:10%以下、Ta:10%以下、W:10%以下及びRe:10%以下
モリブデン(Mo)、タンタル(Ta)、タングステン(W)及びレニウム(Re)はいずれも、鋼の強度を高める。これらの元素の少なくとも1種が少しでも含有されると、上記効果が得られる。一方、これらの元素が過剰に含有されると、鋼の靭性、延性及び加工性が低下する。したがって、各元素の含有量は、10%以下である。各元素の含有量の好ましい上限は、4.5%であり、さらに好ましくは、4%である。各元素の含有量の好ましい下限は、0.01%であり、さらに好ましは0.05%であり、さらに好ましくは0.1%である。
【0037】
第4群: Ca:0.2%以下、Mg:0.2%以下、Zr:0.2%以下、B:0.2%以下及びREM:0.2%以下
カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、ジルコニウム(Zr)、ボロン(B)及び希土類金属(REM)はいずれも、鋼の強度、加工性及び耐水蒸気酸化性を高める。これらの元素の少なくとも1種が少しでも含有されると、上記効果が得られる。一方、これらの元素が過剰に含有されると、鋼の加工性及び溶接性が低下する。したがって、各元素の含有量はいずれも、0.2%以下である。各元素の含有量の好ましい上限は、0.1%である。各元素の好ましい下限は、0.0001%である。なお、REMは、周期律表中の原子番号57のランタン(La)から原子番号71のルテチウム(Lu)に、イットリウム(Y)及びスカンジウム(Sc)を加えた17元素の総称である。
【0038】
第5群:Zn:1%以下、As:1%以下、Sn:1%以下、Sb:1%以下、Pb:1%以下及びBi:1%以下
亜鉛(Zn)、ヒ素(As)、スズ(Sn)、アンチモン(Sb)、鉛(Pb)及びビスマス(Bi)はいずれも、鋼の耐食性を向上したり、浸炭を抑制したりする。これらの元素の少なくとも1種が少しでも含有されると、上記効果が得られる。一方、これらの元素が過剰に含有されると、酸化スケール層の表面にこれらの元素が偏析し、鋼の濡れ性が低下する。そのため、鋼の皮膜に対する密着性が低下する。したがって、各元素の含有量の上限は、1%である。各元素の好ましい下限は、0.0001%である。
【0039】
[酸化スケール層]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼では、上述の化学組成を有する母材の表面に酸化スケール層が形成される。酸化スケール層の表面における化学組成は、次の式(1)及び式(2)を満たす。以降、酸化スケール層における化学組成の%は、特に断りがない限り、「原子%」である。
Si+Mn+Cr≧15 (1)
P+S+Cu+Zn+As+Sn+Sb+Pb+Bi≦10 (2)
ここで、式(1)及び式(2)の各元素記号には、対応する元素の原子%での含有量が代入される。
【0040】
[式(1)について]
酸化スケール層の表面が、式(1)を満たすことにより、酸化スケール層の耐食性は向上する。さらに、酸化スケール層の表面が、式(1)を満たすことにより、酸化スケール層の、後述する皮膜との密着性が向上する。その理由は定かではないが、以下の理由が推定される。酸化スケール層内のSi、Mn及びCr含有量が少なければ、酸化スケール層内のFe含有量が増大する。つまり、酸化スケール層内において、Fe酸化物が増大する。Fe酸化物は、ポーラスな構造である。そのため、酸化スケール層内のFe含有量が増大すれば、酸化スケール層の緻密度が低下する。緻密度が低下すれば、酸化スケール層の皮膜に対する密着性も低下する。酸化スケール層の表面が式(1)を満たせば、酸化スケール層中のSi、Mn及びCr含有量は高く、Fe含有量は低い。そのため、酸化スケール層は緻密であり、密着性が向上する。酸化スケール層の化学組成の構成上、式(1)の上限はたとえば、80%である。
【0041】
酸化スケール層の表面の化学組成は、たとえば、以下の方法で測定される。酸化スケール層の表面のうち、任意の5視野(各視野10mm)において、化学組成を調査する。調査には、X線光電子分光分析(X−ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)を利用する。XPSのビーム径は200μmで行う。調査された各視野において、式(3)に示されるS1値を求める。
S1=Si+Mn+Cr (3)
求めたS1値(合計5つ)の平均値を、酸化スケール層のS1値と定義する。S1値が式(1)を満たす場合、酸化スケールは優れた密着性を有する。
【0042】
[式(2)について]
酸化スケール層の表面の化学組成が式(1)を満たす場合であっても、酸化スケール層の表面のP、S、Cu、Zn、As、Sn、Sb、Pb及びBiの含有量が式(2)を満たさなければ、オーステナイト系ステンレス鋼の皮膜に対する密着性は低下する。この原因は定かではないが、以下の理由が推定される。酸化スケール層の表面の濡れ性は、密着性に影響すると考えられる。表面エネルギが小さければ、濡れ性は低下する。P、S、Cu、Zn、As、Sn、Sb、Pb及びBiは、表面エネルギを低下すると推定される。
【0043】
酸化スケール層の表面におけるP、S、Cu、Zn、As、Sn、Sb、Pb及びBi含有量の測定方法は、式(1)の場合と同じである。具体的には、酸化スケール層の表面のうち、任意の5視野(各視野10mm)において、化学組成を調査する。調査には、XPSを利用する。XPSのビーム径は200μmで行う。調査された各視野において、式(4)に示されるS2値を求める。
S2=P+S+Cu+Zn+As+Sn+Sb+Pb+Bi (4)
得られたS2値(合計5つ)の平均値を、酸化スケール層のS2値と定義する。S2値が式(2)を満たす場合、酸化スケール層は優れた密着性を有する。
【0044】
好ましくは、S2値は0である。しかしながら、P、S、Cu、Zn、As、Sn、Sb、Pb及びBiを酸化スケール層の表面から完全に除去するのは困難である。したがって、S2値の下限はたとえば、0.01%である。
【0045】
本実施の形態によるステンレス鋼は、母材の表面に酸化スケール層を有し、かつ、酸化スケール層の表面の化学組成が、式(1)及び式(2)を満たすことにより、皮膜に対して高い密着性を有する。
【0046】
[皮膜について]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の表面(より具体的には、母材に形成される酸化スケール層の表面)には、皮膜がコーティングされる。皮膜はたとえば、セラミックスや、酸化鉄、Cu−Cr複合酸化物、Cu−Cr−Mn複合酸化物、Co−Cr−Fe複合酸化物、Co−Mn−Fe複合酸化物等の塗膜である。塗膜はさらに、TiやZrを主体とした酸化物や窒化物であってもよい。これらの塗膜は、熱吸収性及び耐食性に優れる。
【0047】
皮膜はさらに、ブラッククロムや、ブラックニッケル、ブラックアルミニウム等に代表されるめっき層であってもよい。ブラッククロム。ブラックニッケル及びブラックアルミニウムは、無電解めっき法により生成される。
【0048】
[製造方法]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法の一例を説明する。
【0049】
[オーステナイト系ステンレス鋼材の製造工程]
上述の化学組成を有する素材を準備する。素材は、連続鋳造法(ラウンドCCを含む)により製造された鋳片であってもよい。また、造塊法により製造されたインゴットを熱間加工して製造された鋼片でもよい。鋳片から製造された鋼片でもよい。
【0050】
準備された素材を加熱炉又は均熱炉に装入し、加熱する。続いて、加熱した素材を熱間加工してオーステナイト系ステンレス鋼材(母材)を製造する。たとえば、熱間加工としてマンネスマン法を実施する。具体的には、素材を穿孔機により穿孔圧延して素管にする。続いて、マンドレルミルやサイジングミルにより、素管をさらに圧延する。熱間加工として熱間押出を実施してもよいし、熱間鍛造を実施してもよい。必要に応じて、熱間加工された素管に対して軟化熱処理を行った後、冷間加工してもよい。冷間加工はたとえば、冷間圧延や、冷間引抜等である。以上の工程によりオーステナイト系ステンレス鋼管が製造される。なお、熱間加工によりオーステナイト系ステンレス鋼板を製造してもよいし、条鋼を製造してもよい。さらに、オーステナイト系ステンレス鋼板を溶接して溶接管を製造してもよい。
【0051】
[酸化スケール層の製造工程]
製造されたオーステナイト系ステンレス鋼材(母材)に酸化スケール層を形成する。
【0052】
[酸化前処理工程]
初めに、製造されたオーステナイト系ステンレス鋼材(母材)に対して、必要に応じて、溶体化処理を実施する。溶体化処理されたオーステナイト系ステンレス鋼材に形成された酸化スケール層を除去する。たとえば、酸洗処理により、酸化スケール層を除去する。酸洗液はたとえば、弗硝酸や硫酸、弗硝酸等である。酸洗温度はたとえば、20〜60℃であり、好ましくは、30〜50℃である。酸洗時間はたとえば、10〜100分であり、好ましくは、30〜60分である。
【0053】
酸洗後、オーステナイト系ステンレス鋼材(母材)の表面に対して機械研磨や電解研磨を実施してもよい。この場合、母材表面が活性化される。具体的には、機械研磨により、母材表面にひずみが導入される。ひずみは、SiやMn、Cr等の拡散を促す。そのため、式(1)を満たす酸化スケール層が生成しやすくなる。電解研磨により、母材表面の不純物が除去される。そのため、式(2)を満たす酸化スケール層が生成しやすくなる。
なお、酸化前処理工程において、溶体化処理を実施しなくてもよい。この場合、オーステナイト系ステンレス鋼材に対して、酸洗や研磨(電解研磨又は機械研磨)を実施してもよいし、これらの処理に代えて、化学脱脂を実施してもよい。化学脱脂後、酸洗してもよい。
【0054】
[酸化処理工程]
酸化前処理を実施されたオーステナイト系ステンレス鋼材に対して酸化処理を実施する。酸化処理はたとえば、空気、燃焼ガス、Arガス、H−HOガス、CO含有ガス等のガス雰囲気中で実施される。好ましい酸化処理温度は、900℃以下であり、好ましい酸化処理時間は1時間以下である。
【0055】
酸化処理温度が低すぎると、酸化スケール層の表面の化学組成が式(1)を満たさない場合が生じる。そのため、好ましい酸化処理温度は、500℃以上である。
【0056】
溶体化処理を兼ねた酸化処理を実施することもできる。つまり、酸化前処理工程において溶体化処理が実施されていないオーステナイト系ステンレス鋼材に対して、溶体化処理を兼ねた酸化処理を実施してもよい。この場合、好ましい酸化処理温度は1000℃以上である。好ましい酸化処理時間は15分以下であり、さらに好ましくは、10分以下である。酸化処理温度が高すぎる場合、又は、酸化処理時間が長すぎる場合、酸化スケール層が厚くなりすぎ、上述の皮膜に対するオーステナイトステンレス鋼材の密着性が低下する。
【実施例】
【0057】
表1に示す化学組成の鋼1〜8を溶製し、複数のインゴットを製造した。
【表1】

【0058】
表1を参照して、鋼1〜鋼7の化学組成は、本実施の形態によるステンレス鋼の化学組成の範囲内であった。鋼8のCr含有量は、本実施の形態によるステンレス鋼のCr含有量の下限未満であった。
【0059】
[製造工程]
製造された各インゴットに対して、表2に示す製造条件に基づいて加工、酸化前処理及び酸化処理を実施し、ステンレス鋼材を製造した。表2中の「鋼番号」欄には、各試験番号で使用された鋼番号(1〜8)を示す。試験番号3〜11では、いずれも、鋼3からなるインゴットが使用された。
【表2】

【0060】
[オーステナイト系ステンレス鋼材の製造工程]
表2中の「素材仕上げ」欄には、上述のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造工程中の最終の加工工程を示す。試験番号1〜4、6、8〜13、15及び16では、インゴットを熱間鍛造し、その後、熱間圧延及び冷間圧延してステンレス鋼板を製造した。試験番号5及び7では、インゴットを熱間鍛造し、その後、熱間にて穿孔圧延して素管を製造した。試験番号5ではさらに、得られた素管を冷間抽伸してステンレス鋼管を製造した。試験番号14では、インゴットを熱間鍛造し、その後、熱間圧延してステンレス鋼板を製造した。
【0061】
[酸化前処理工程]
素材仕上げ後、各素材の表面を含み、3mm厚×30mm幅×30mm長さの試験片を採取した。各試験片のうち、残存した素材の表面(以下、母材表面という)の大きさは、30mm×30mmであった。
【0062】
得られた各試験片に対して、表2に示す酸化前処理を実施した。試験番号1〜3、9〜13及び16では、以下の酸化前処理を実施した。初めに、各試験片に対して、溶体化処理を実施した。溶体化処理温度は1150℃、溶体化処理時間は2分であった。溶体化処理を実施した後、酸洗を実施し、各試験片の母材表面上に形成された酸化スケール層を除去した。酸洗液は弗硝酸であった。酸洗液の温度は40℃であり、酸洗時間は30分であった。ただし、試験番号9のみ、酸洗液の温度を60℃にした(表2中では、「過酸洗」と記載)。
酸洗後、各試験片の母材表面に対して、電解研磨を実施した。燐酸と硫酸とを含有する電解液を使用した。カソード電極板として白金を使用した。10Vの一定電位を与えて室温にて30〜60秒間、電解研磨を実施した。
【0063】
試験番号4及び14では、上述の条件で溶体化処理及び酸洗を実施した。しかしながら、電解研磨を実施しなかった。
【0064】
試験番号5では、上述の条件で溶体化処理及び酸洗を実施した。そして、酸洗後、電解研磨に代えて、機械研磨を実施した。具体的には、1200番のエメリー紙を用いて、試験片の母材表面を5分間研磨した。
試験番号6〜8及び15では、酸化前処理において溶体化処理を実施しなかった。これらの試験番号では、溶体化処理を兼ねた酸化処理を実施したためである。試験番号6及び15では、酸化前処理工程において、試験片の母材表面に対して化学脱脂を実施した。具体的には、アルカリ脱脂により、母材表面の油脂性物質を除去した。
【0065】
試験番号7では、上述の酸洗及び電解研磨を実施した。試験番号8では、上述の化学脱脂を実施した後、上述の酸洗を実施した。
【0066】
[酸化処理工程]
上述の酸化前処理を実施した後、試験番号10を除く各試験片に対して、表2に示す条件で、酸化処理を実施し、各試験片の母材表面に酸化スケール層を形成した。試験番号10については、酸化処理を実施しなかった。そのため、試験番号10の試験片の母材表面には酸化スケール層が形成されなかった。
試験番号1〜5、9、11〜14及び16では、酸化処理温度を400〜700℃とし、酸化処理時間を20〜30分とした。試験番号6〜8及び15については、溶体化処理を兼ねた酸化処理を実施した。具体的には、酸化処理温度を1000℃以上とし、酸化時間は3分〜15分とした。
【0067】
[酸化スケール層表面の化学組成分析]
試験番号10を除く、各試験番号の試験片の酸化スケール層の表面の化学組成を、XPSを用いて分析した。そして、上述の測定方法に基づき、式(3)及び式(4)を利用して、各試験番号のS1値及びS2値を求めた。
【0068】
S1値及びS2値を表2に示す。
【0069】
表2を参照して、試験番号1〜8、12〜15では、いずれも、S1値及びS2値が式(1)及び式(2)を満足した。
【0070】
一方、試験番号9では、S2値が式(2)の上限を超えた。また、試験番号11及び16では、S1値が式(1)を満たさなかった。
【0071】
[密着性評価試験]
続いて、各試験片を用いて、密着性評価試験を実施した。具体的には、各試験片の母材表面にCu(Cr,Mn)(以下、黒色複合酸化物という)からなる塗膜をコーティングした。具体的には、溶剤に黒色複合酸化物を含有した塗料を、試験片の母材表面に塗布した。そして塗布された塗料を乾燥して塗膜を形成した。塗膜の厚さはいずれも試験片でも2μmであった。
【0072】
続いて、各試験片に対して、サイクリック熱負荷試験を実施した。具体的には、大気中において650℃で50時間保持する加熱工程と、加熱工程後室温まで空冷する空冷工程とを1サイクルとして、最大20回のサイクルを実施した。サイクルごとに、試験片の塗膜を目視で観察し、剥離しているか否かを判断した。そして、剥離が観察されるまでのサイクル数を調査した。
【0073】
[試験結果]
試験結果を表2に示す。表2中の「剥離なし」とは、20回のサイクルを実施した後でも塗膜の剥離が観察されなかったことを示す。表3を参照して、試験番号1〜8、12〜15については、化学組成が本実施の形態によるステンレス鋼の範囲内であり、かつ、S1値及びS2値が式(1)及び式(2)を満たした。そのため、サイクリック熱負荷試験において、10回以上のサイクルを実施した後でも、塗膜の剥離が観察されず、優れた密着性を示した。
【0074】
一方、試験番号11では、S1値が式(1)を満たさなかった。酸化処理温度が400℃と低く、酸化スケール層中のFe含有量が増大したためと推定される。そのため、試験番号11では、10回未満のサイクルで塗膜の剥離が観察された。
【0075】
試験番号9では、S2値が式(2)を満たさなかった。酸化温度が高く、母材表面の溶解が過度に進むことで表層の一部で脱硫が起こり、その結果としてその後の酸化処理時にSの成分が酸化物表面に優先的に出現したためと推定される。そのため、試験番号9では、10回未満のサイクルで塗膜の剥離が観察された。
【0076】
試験番号10では、酸化スケール層が形成されなかった。要するに、母材表面に直接塗膜が形成された。そのため、10回未満のサイクルで塗膜の剥離が観察された。
【0077】
試験番号16では、母材のCr含有量が本実施の形態によるステンレス鋼のCr含有量の下限未満であった。そのため、S1値が式(1)を満たさず、10回未満のサイクルで塗膜の剥離が観察された。母材のCr含有量が低いため、酸化スケール層のCr含有量が低かったと推定される。
【0078】
なお、試験番号6〜8及び15では、溶体化熱処理を兼ねた酸化処理を実施したが、いずれも10回未満のサイクルで塗膜の剥離は観察されず、優れた密着性が得られた。ただし、試験番号7では、15回のサイクル後に塗膜の剥離が観察された。試験番号7の酸化処理時間は15分であり、他の試験番号6、8及び15よりも長かった。そのため、酸化スケール層が厚くなり、他の試験番号の酸化スケール層と比較して、密着性が低かったと推定される。
【0079】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本実施の形態におけるステンレス鋼は、高温における熱吸収性、耐食性に優れた塗膜がコーティングされるステンレス鋼材に広く適用可能である。特に、熱吸収性に優れた塗膜がコーティングされる、太陽発電用のステンレス鋼材に適用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.01〜0.4%、Si:0.1〜4%、Mn:0.1〜2%、P:0.15%以下、S:0.01%以下、Cr:15〜26%、Ni:7〜22%、sol.Al:0.001〜0.3%及びN:0.005〜0.3%を含有し、残部がFe及び不純物からなる母材と、
前記母材の表面に形成される酸化スケール層とを備え、
前記酸化スケール層の表面の化学組成は、式(1)及び式(2)を満たす、オーステナイト系ステンレス鋼。
Si+Mn+Cr≧15 (1)
P+S+Cu+Zn+As+Sn+Sb+Pb+Bi≦10 (2)
ここで、式(1)及び式(2)の各元素記号には、対応する元素の原子%での含有量が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼であって、
前記母材はさらに、Feの一部に代えて、1又は複数の元素からなる第1〜第5群から選択された1種又は2種以上の元素を含有する、オーステナイト系ステンレス鋼。
第1群: Cu:5%以下、
第2群: Ti:1.5%以下、V:1.5%以下、Nb:1.5%以下及びHf:1.5%以下、
第3群: Mo:10%以下、Ta:10%以下、W:10%以下及びRe:10%以下、
第4群: Ca:0.2%以下、Mg:0.2%以下、Zr:0.2%以下、B:0.2%以下及びREM:0.2%以下、
第5群: Zn:1%以下、As:1%以下、Sn:1%以下、Sb:1%以下、Pb:1%以下及びBi:1%以下。