説明

相分離構造を有するシンチレータおよびそれを用いた放射線検出器

【課題】X線CT装置のような放射線検出に用いるシンチレータであって、クロストーク防止のための隔壁形成を不要とする光導波機能を有する一方向性相分離構造を有するシンチレータを提供する。隔壁形成に代えて、光導波機能を有するシンチレータを提供する。
【解決手段】一方向性を有する複数の柱状晶を有する第一の結晶相と、該第一の結晶相の側面を覆う第二の結晶相とを有するシンチレータであって、該第一の結晶相が少なくともLuまたはGdの元素を含有するペロブスカイト型酸化物材料を有し、かつ発光中心として希土類元素を含有し、該第一の結晶相が放射線励起で発光する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線による励起で発光を呈する材料であるシンチレータに関し、その発光を光検出器に導波する機能を有するシンチレータに関する。また、本発明は、そのシンチレータを用いた放射線検出器に関する。
【背景技術】
【0002】
医療現場などで用いられているX線CT(Computed Tomography)装置では、被写体を通過したX線をシンチレータで受け、そのシンチレータが発した光を光検出器で検出している。また、かかる検出器は2次元アレイとして配置されており、各々のシンチレータは光のクロストークが生じないように隔壁によって分離されている。そして、その隔壁はX線の検出に寄与しないよう、またX線CT装置の空間分解能を劣化させないよう、可能な限り薄く形成されることが望まれている。
【0003】
例えば、特許文献1には多数のシンチレータ結晶を接着剤で接合してシンチレータアレイを形成し、その後、接着剤をエッチングし、それにより生じた空隙に酸化チタン粉末を隔壁材として充填することが開示されている。この場合、隔壁の厚さを1μm程度と薄く形成できることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−145335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に係る技術では、いくら隔壁を薄く形成できるとしても、その存在自体を省略することは出来ない。また、その製造に関しても、シンチレータのカッティングや隔壁形成のためのシンチレータの張り合わせのような多くの工程が必要になってしまう。
【0006】
そこで、本発明の目的は、従来のシンチレータ自体には光を導波する機能が備わっていなかったために散乱面や反射面となる隔壁が必要であったことを根本的に改善すべく、シンチレータ自体に光導波機能を付与することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第一の観点によれば、一方向性を有する複数の柱状晶を有する第一の結晶相と、該第一の結晶相の側面を覆う第二の結晶相とを有するシンチレータであって、該第一の結晶相が少なくともLuまたはGdの元素を含有するペロブスカイト型酸化物材料を有し、かつ発光中心として希土類元素を含有し、該第一の結晶相が放射線励起で発光することを特徴とするシンチレータが提供される。
本発明のその他の観点については、以下で説明する実施の形態で明らかにする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、一方向性を有する複数の柱状晶を有する第一の結晶相と、該第一の結晶相の側面を覆う第二の結晶相との2相からなる相分離構造を有しており、それ自体が光を導波する機能を有しているシンチレータを得ることができる。その結果、従来のシンチレータの製造時に必要であったカッティングや隔壁形成というプロセスを不要とすることが可能になる。さらには、アレイ状に配置された光検出器にシンチレータを対向して配置するだけで用いることができる簡易な構造の放射線検出器を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明のシンチレータの模式的斜視図である。
【図2】本発明のシンチレータの断面の光学顕微鏡による観察画像である。
【図3】本発明のシンチレータの走査型電子顕微鏡による観察画像である。
【図4】本発明のシンチレータの励起スペクトル、及び発光スペクトルである。
【図5】本発明のシンチレータの励起スペクトル、及び発光スペクトルである。
【図6】本発明の放射線検出器の模式的断面図である。
【図7】本発明のシンチレータの光導波特性である。
【図8】本発明のシンチレータの走査型電子顕微鏡による観察画像である。
【図9】本発明のシンチレータの発光中心濃度と発光量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面等を参照して本発明を実施するための形態を説明する。尚、本発明を実施するための形態としては、様々な形態(様々な構成や、様々な材料)があるが、これらの実施形態に共通することは、一方向性を有する複数の柱状晶を有する第一の結晶相と、第一の結晶相の側面を覆う第二の結晶相とからなる相分離構造を有するシンチレータにおいて、第一の結晶相がペロブスカイト型酸化物材料を有しており、第二の結晶相に対して屈折率が高いことである。かかる構成によって、高屈折率相である第一の結晶相内で発生した光のうち、低屈折率である第二の結晶相との界面で全反射条件を満たす角度で入射した光は全反射される。その結果、光は高屈折率の第一の結晶相内を導波されながら進む。その際、高屈折率相である第一の結晶相は、一方向性を有する複数の柱状晶を有するために、光の導波(光ガイディング)は、一方向に向けて行われる。これらは換言すると、シンチレータ内で生じた光は、第一の結晶相内に閉じ込められながら(つまり光の広がりが抑えられながら)、一方向に向けて進行するといえる。本発明では、特に一方向性を有する複数の柱状晶を有する第一の結晶相内で光の閉じ込めが生じるために、構造欠陥や柱の大きな曲がりがない限り、一度全反射された光は第一の結晶相から漏れ出ることはない。すなわち、発生した光は非常に高い空間分解能で一方向に向けて導波されることになる。このようにして、本発明の全ての実施形態では、シンチレータ自体が、光の導波機能(光ガイディング機能)を有する。本発明のシンチレータのかかる光導波機能を一層向上させるためには、第一の結晶相は、ペロブスカイト型酸化物材料を第一の結晶相の全重量に対して90〜100重量%の量で含むことが好ましく、第一の結晶相がペロブスカイト型酸化物材料からなることがより好ましい。
【0011】
以下、本発明を実施するための形態につき、さらに詳細に説明する。
【0012】
[シンチレータの構成]
図1に本実施形態に係るシンチレータの模式的斜視図を示す。
【0013】
本実施形態のシンチレータは、一方向性を有する複数の柱状晶を有する第一の結晶相11と、第一の結晶相11の側面を覆う第二の結晶相12との2相からなる相分離構造を有する。第一の結晶相11を構成する柱状晶の形状は、図1に示す円柱形に限らず、種々の形状から構成され、例えば多角形を構成してもよい。また、第一の結晶相11を構成する柱状晶の直径13は、300nm以上30μm以下の範囲内であることが好ましい。すなわち、発生した光は、第一の結晶相11と第二の結晶相12との界面で反射しながら光検出器に到達するが、この時、光の波長よりも構造周期が小さい場合は光が反射せずに透過してしまう成分が多くなる。そのため、第一の結晶相11の柱状晶の直径は発生する光の波長よりも大きいことが望ましい。本実施形態では、特に300nmからの紫外域に発光を有するようなシンチレータを用いることもあるため、第一の結晶相11の柱状晶の直径は300nm以上であることが望ましい。また、第一の結晶相の柱状晶の直径13が光検出器の1画素よりも大きくなってしまうと、1画素内に光を閉じ込める効果が低下してしまうため、第一の結晶相の柱状晶の直径13の上限値は1画素のサイズよりも小さいことが望ましい。本実施形態では、特に30μm角の画素サイズを有する光検出器を用いるために、第一の結晶相の柱状晶の直径13が30μm以下であることが望ましい。一方、第一の結晶相の柱状晶の最近接距離14は、第一の結晶相の柱状晶の直径13に対応して決定される。第一の結晶相の柱状晶の最近接距離14が大きい程、第一の結晶相の占有面積が小さくなってしまうため、第一の結晶相の柱状晶が最密充填となるように最近接距離14の60%程度が第一の結晶相の柱状晶の直径となることが望ましい。例えば、第一の結晶相の柱状晶の直径13が上限値の30μmである場合は、第一の結晶相の柱状晶の最近接距離14が50μmであることが望ましい。また第一の結晶相の柱状晶の直径13が下限値の300nmである場合は、第一の結晶相の柱状晶の最近接距離14が500nmであることが望ましい。以上より、第一の結晶相11の柱状晶の直径は、300nm以上30μm以下の範囲内であることが好ましく、柱状晶の最近接距離14の平均距離は500nm以上50μm以下の範囲内であることが好ましい。ここで、第一の結晶相の最近接距離とは、隣り合う第一の結晶相の柱状晶の中心線を最短距離で結ぶ直線の距離をいう。ただし、本実施形態のシンチレータと検出器または検出器アレイとを組み合わせた場合、こうした光検出器の受光部領域上に複数の柱状晶が対向して配置されるような構造サイズを有したシンチレータを組み合わせることが好ましい。従って、受光部領域の大きさに応じて、受光部領域の大きさよりも小さい構造サイズを有するシンチレータを組み合わせることが好ましい。例えば、受光部領域が正方で一辺が20μmであった場合、第一の結晶相の柱状晶の直径5μm、第一の結晶相の柱状晶の最近接距離の平均値8μmの構造サイズを有するシンチレータを組み合わせればよい。また、シンチレータの構造サイズは、シンチレータを構成する材料の選択や製造条件で決定されるものであり、それについては後述する。
【0014】
さらに、シンチレータの厚さ15に関しては、製法にも依存するが、任意の厚さに調整することが可能である。実質的には、第一の結晶相は、第一の結晶相の柱状晶の厚さ方向(伸長方向)16に沿って直線的に連続していることが好ましい。しかしながら、第一の結晶相の柱状晶が、途中で途切れたり、枝分かれしたり、複数の柱状晶が一体化したり、柱状晶の直径が変化したり、直線的でなく非直線部分が含まれたりするような場合を排除するものではない。以下に述べる凝固界面の方向を適宜制御することで、あえて第一の結晶相の柱状晶を曲げることも可能である。
【0015】
本実施形態において、前記第一の結晶相は、一般式ABOで表わされるペロブスカイト型酸化物材料であり、第二の結晶相は一般式A12で表わされるガーネット型酸化物材料またはアルミナ(Al)のいずれかであり、かつ発光中心としてCe3+、Tb3+、Pr3+、Eu3+のうち少なくとも一種からなる希土類元素(希土類イオン)を、第一の結晶相と第二の結晶相の総物質量に対して0.001mol%以上含有することが好ましい。ここで、一般式中のAはLu、Gdのうち少なくとも一種からなる元素であり、BはAl、Sc、Yのうち少なくとも一種からなる元素であることが好ましい。
【0016】
第一の結晶相は、ペロブスカイト型酸化物材料であるGdScO、LuScO、GdAlO、LuAlOのいずれかから選択されることが好ましい。また、第二の結晶相は、GdScAl12、LuScAl12、またはAlであることが好ましい。さらに、シンチレータとして機能させるために、発光中心としてCe3+、Tb3+、Pr3+、Eu3+のうち少なくとも一種からなる希土類元素(希土類イオン)を第一の結晶相と第二の結晶相の総物質量に対して0.001mol%以上含有することが好ましい。Ce3+を添加した場合はf−d遷移による数10nsec程度の高速な発光寿命を示し、Tb3+、Pr3+、Eu3+を添加した場合はf−f遷移による数μsec〜数msecの応答の遅い発光を示す。また、第一および第二の結晶相には上記材料以外の材料が添加されていてもよい。例えば、上記の組成にイットリウム(Y)を含有していてもよい。さらには、第一の結晶相はペロブスカイト型酸化物材料であればGd、Lu以外の希土類元素(Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb)から構成されていてもよい。同様に、第二の結晶相がガーネット型酸化物材料であればGd、Lu以外の希土類元素から構成されていてもよい。
【0017】
上記材料の選択において、本実施形態で重要になるのは、第一の結晶相および第二の結晶相の材料組成である。本実施形態のシンチレータを構成する材料のうち、以下の4種類の組み合わせにおいて好ましい組成比(mol%)を表1に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
表1に示した4種類の組み合わせで図1に示す模式図のような良好な相分離構造を有するシンチレータを得るためには、概ね表1に示した組成でシンチレータを製造することが好ましい。これらの組成比は共晶組成に対応している。ただし、上記組成比は共晶組成から外れてはならないというものではなく、これらの組成比に対して共晶組成±5mol%の範囲は許容範囲とすることができる。
【0020】
上記組成の許容範囲を規定する要因は、シンチレータの相分離構造の形成において上記材料が共晶関係にあり、共晶組成近傍で上記材料の一方向凝固を行うことで図1に示すような良質な相分離構造を有する結晶体を得ることができるからである。上記許容範囲外、つまり上記組成比が共晶組成±5mol%の範囲を逸脱している場合は、一方の結晶相が先に析出するため、相分離構造形成の観点から、シンチレータの良好な相分離構造を乱す要因となる。ただし、上記組成比が共晶組成±5mol%の範囲を逸脱している場合であっても、共晶組成±10mol%の範囲内であれば、部分的には良好な相分離構造を有するシンチレータが得られる場合があることから、上記組成に組成範囲を限定するものではない。
【0021】
本実施形態のように、発光中心を添加したGdScO、LuScO、GdAlO、LuAlOなどを第一の結晶相の材料に用いた場合、放射線の照射によって励起され、発光を示す。本実施形態では、第二の結晶相より高い屈折率を有する、ペロブスカイト型酸化物材料を有する第一の結晶相が発光することが好ましいが、第一及び第二の結晶相の双方が発光してもよい。
【0022】
本実施形態の一方向に沿って伸びる第一の結晶相を有する相分離構造のシンチレータに関する重要な特性として、光を導波するということが挙げられる。本実施形態では、第一の結晶相11がペロブスカイト型酸化物材料であり、第二の結晶相12を構成するガーネット型酸化物材料またはアルミナ(Al)に対して相対的に高い屈折率を有する。上記の第一の結晶相11と第二の結晶相12とを構成する材料系について、それらの屈折率および屈折率比(第二の結晶相の屈折率/第一の結晶相の屈折率)は1よりも小さくなる。
【0023】
スネルの法則によれば、屈折率の異なる材質間では、光が高屈折率媒質から低屈折率媒質へある角度で入射すると、全反射が生じ、それより低角度で入射すると、反射と屈折が生じる。したがって、本実施形態の相分離構造を有するシンチレータにおいて、屈折率比が生じているということは、光が高屈折率媒質から低屈折率媒質へ入射するときに生じる全反射により、光が広がりにくい状況にあるということを示している。つまり、高屈折率媒質内を伝播する光が屈折や反射を繰り返し、低屈折率媒質に比べて高屈折率媒質の方が光を閉じ込めて伝播させることになる。したがって、屈折率比(=低屈折率の結晶相の屈折率/高屈折率の結晶相の屈折率)が1より小さいことが望まれる。また、全反射条件のみを考慮すれば、屈折率比が小さいほど光は広がり難いことを表している。本実施形態において、第二の結晶相がガーネット型酸化物材料である場合は、第二の結晶相がアルミナ(Al)である場合と比較して屈折率比が小さくなる。いずれの場合も柱状晶を有する第一の結晶相が高屈折率であるために、第一の結晶相で発生した光は柱状晶の側面を埋めるマトリックスである第二の結晶相との界面で全反射を生じ、第一の結晶相の柱状晶内を伝播する。ただし、放射線による励起で発光するシンチレータの発光効率なども加味して、用途ごとに材料を選択すべきである。したがって、屈折率比および体積比率のみからシンチレータの優劣が決定されてしまうわけではないので、いずれの材料系も重要であることには違いない。
【0024】
このように、本実施形態の相分離構造を有するシンチレータは、一方向性を有する複数の柱状晶を有する第一の結晶相の内部に沿って光を導波させ、その一方向に垂直な方向に沿った散乱や反射のような光の導波を抑える特性を備えることが特徴である。よって、従来のように単結晶群から構成されるシンチレータに隔壁を設けたりしなくてもなく光のクロストークを抑えることができる。
【0025】
[シンチレータの製造]
本実施形態のシンチレータを製造する方法は、所望の材料系を最適組成において一方向性を持たせて熔融凝固する方法であればいずれの方法によっても製造が可能である。特に、以下に述べるように、試料の固液界面がヒーターおよび/または試料の移動方向に垂直な面に沿って平らになるように試料の温度勾配を制御することが要求され、30℃/mm程度またはそれ以上の温度勾配があることが好ましい。ただし、結晶相内の結晶への熱応力によるクラックのような欠陥の発生を抑制又は解消するために、本実施形態のシンチレータの相分離構造の形成に支障のない範囲で温度勾配を低下させてもよい。また、すでにシンチレータとなった部分を溶融しない程度に再加熱してクラックのような欠陥の発生抑制・消滅を行うことも望ましい。また、本実施形態のシンチレータの相分離構造の共晶組織が形成可能な組成範囲は、前述のように共晶組成±5mol%と記述している。この組成範囲と温度勾配と以下に述べる凝固速度との間には材料系固有の相関関係が成り立ち、いわゆるCoupled Eutectic Zoneと称される範疇で本実施形態のシンチレータは製造されるべきである。
【0026】
例えば、チョクラルスキー法のように融液から結晶を育成する方法により製造可能である。さらに、フローティングゾーン法でも製造可能である。ブリッジマン法においては、凝固速度は試料の固液界面がヒーターおよび/または試料の移動方向に垂直な面に沿ってなるべく平面になるように設定されなければならないが、凝固時の試料と外部との熱のやり取りは試料側面を介するものが主である。そのため、凝固速度は試料の直径に依存する。つまり、試料の直径が大きければ上記の熱のやり取りに時間がかかり、その場合に凝固速度を低速にしなければ、固液界面はかなり湾曲し、試料のほとんどの領域で第一の結晶相11である柱状晶が一方向に沿って非直線的に形成されることになる。これは、柱状晶の成長方向が固液界面にほぼ垂直であるからである。さらに、試料サイズに対して凝固速度がより速い場合には、固液界面が平坦でないだけでなく平滑に保つことができない。その結果、ヒーターおよび/または試料の移動方向に沿って微視的な起伏が生じ、樹枝状結晶の発生を伴う状況に至るので、こうした問題も避けることが好ましい。従って、十分に固液界面の温度勾配を設定すると同時に、凝固速度を850mm/h以下で行うことが好ましい。
【0027】
また、シンチレータの第一の結晶相11の柱状晶の直径や第一の結晶相11の柱状晶の最近接距離の周期の平均値は、凝固速度に依存し、特に最近接距離の周期に関しては次式の相関があるとされる。すなわち、周期をλとし、凝固速度をvとすれば、λ・v=一定である。したがって、所望の周期を設定すれば、必然的に凝固速度が制限される関係にある。しかしながら、上記のように製法上の制限として固液界面を平坦かつ平滑に制御できる凝固速度を考慮し、周期λの平均値の範囲は500nm以上50μm以下の範囲となる。また、それに対応して、第一の結晶相の柱状晶の直径は50nm以上30μm以下の範囲となる。ここで、第一の結晶相の柱状晶の直径とは柱状晶の断面が円形ではない場合も含まれ、例えば、不定形であればその最短直径が上記範囲に含まれるということである。また、第一の結晶相の多数の柱状晶の最長直径と最短直径との比から算出される平均比が10以下であることが好ましい。平均比が10よりも大きい場合では、ラメラ構造とするのが適切である。しかし、第一の結晶相の複数の柱状晶のうちのいくつかの比が10よりも大きい値であるとしても、平均比が10以下であれば許容範囲である。また、製造条件上、2相の材料系の組成比がモル換算で1:1に近いほどラメラ構造を形成しやすいため、ラメラ構造を構成しないような製造条件や添加材料を選択することが好ましい。
【0028】
次に、試料の原材料の仕込み組成について述べる。上記のシンチレータの組成比は表1に示す値であるが、仕込み組成に関しては共晶組成±5mol%の範囲を逸脱しても構わない。つまり、試料全体を熔融した状態から一方向凝固させると、育成初期に共晶組成から逸脱している物質が先に析出することになり、その結果、残留する融液が共晶組成となるからである。そのため、育成初期に共晶組成から逸脱した物質を成長させ、融液が共晶組成になってから再度成長させることも好ましい。不要部分はシンチレータの製造後に切り離せばよい。
【0029】
[シンチレータの利用]
本実施形態の相分離構造を有するシンチレータは、光検出器と組み合わせることで医療用・産業用・高エネルギー物理用・宇宙用の放射線検出器として用いることが可能である。特に、本実施形態のシンチレータは隔壁を設けずとも光の導波機能を有しているために、光検出器に向けて特定の方向に光を導波する必要がある状況に適用することが好ましい。また、隔壁形成が必要なX線CT装置での使用や、X線フラットパネルディテクタ(FPD)のCsI針状結晶の代替使用においても有効である。この場合、発光相への他材料の添加や発光中心物質の添加をすることで、光検出器の受光感度特性に適合するようにシンチレータの発光波長を調整することも可能である。
【0030】
シンチレータは、一方向性を有する第一の結晶相が光検出器に対して垂直に対向するように配置される。さらに、光検出器と本実施形態のシンチレータとの間には、保護層や反射防止のような機能を有した膜や層が配置され、これを介して接合または配置することも好ましい。
【実施例1】
【0031】
本実施例は、相分離構造を有するシンチレータの製造に関する。特に第一の結晶相としてペロブスカイト型酸化物材料のGdScOを用い、第二の結晶相としてガーネット型酸化物材料のGdScAl12を用いた例である。
【0032】
まず、表1に示すように、GdScOとGdScAl12の組成比が60:40(mol%)になるように評量した粉末に、第一の結晶相と第二の結晶相の総物質量に対してCeを0.1mol%添加した試料を十分に混合した粉末を準備した。この粉末をIrるつぼに入れ、誘導加熱によりるつぼを1700℃まで加熱して試料全体が溶解した後、30分保持してから、12mm/hの速度で試料を育成した。このようにして製造したシンチレータ結晶体を1mm厚に切り出し、凝固方向に垂直な面について光学顕微鏡、及び走査型電子顕微鏡(SEM)により構造観察を行った。
【0033】
図2(a)に凝固方向に垂直な面の光学顕微鏡の透過像を示す。光学顕微鏡像に示すような相分離構造を有しており、SEMによる組成分析よるとシリンダー構造をとる相が高屈折率のGdScO、マトリックスとなる相が低屈折率のGdScAl12となっていた。光学顕微鏡で透過像を撮ると高屈折率のGdScO相は光を導光しており、光伝播の異方性を確認することができた。
【0034】
図3に異なる成長速度でのSEMによる構造観察結果を示す。図3(a)、(b)はそれぞれ成長速度が3mm/hの場合の成長方向断面(a)、成長方向平行面(b)である。図3(c)、(d)はそれぞれ成長速度が12mm/hの場合の成長方向断面(c)、成長方向平行面(d)である。構造周期λと速度vはλ∝v−1/2の関係があることから、速度を4倍にすると構造周期はおおよそ1/2になる。成長速度3mm/hの場合シリンダー直径が5.0μm、ピッチが9.5μmであり、成長速度12mm/hの場合シリンダー直径が2.5μm、ピッチが4.5μmであった。
【0035】
図4に各相での発光、励起スペクトルの関係を示す。図4(a)はシリンダーを形成する第一の結晶相(GdScO:Ce3+)の励起、発光スペクトルである。図4(b)はマトリックスを形成する第二の結晶相(GdScAl12:Ce3+)の励起、発光スペクトルである。シリンダーを形成する第一の結晶相の青色発光が、マトリックスを形成する第二の結晶相の励起帯と重なっており、シリンダー中を全反射せずにマトリックス側に漏れた発光は吸収されて黄色発光に変換される。すなわち、放射線励起で第一の結晶相で発生した光のうち、全反射の臨界角を満たすように放出された光はシリンダー内を導波する。一方、シリンダー中を全反射せずにマトリックス側に漏れた光は、第二の結晶相に吸収され黄色発光に変換され、再び伝搬モードになることはなく、屈折を受けながら結晶中を広がる光となる。X線励起でも同様の発光を示し、シンチレータとして機能することが確認できた。
【0036】
以上のように、本実施例のような材料の組み合わせでは、シリンダーを形成する第一の結晶相を伝播する青色発光と、結晶中を単調に広がる黄色発光が存在する。これは、青色発光成分のみを分光してイメージングを行った場合は、シリンダーを伝播し直下へ落ちる光のみの情報となるため、分解能に優れた像を得ることが可能であることを意味する。しかしながら、マトリックスでの発光、及びシリンダーからの漏れ光はシグナルとして寄与しないので、全体の輝度は低くなる。
【0037】
以上から、本実施例で製造した、第一の結晶相としてペロブスカイト型酸化物材料のGdScOを用い、第二の結晶相としてガーネット型酸化物材料のGdScAl12を用いた相分離構造を有する構造体が、相分離シンチレータとして成り立っていることが確認された。
【実施例2】
【0038】
本実施例は、相分離構造を有するシンチレータの製造に関する。特に第一の結晶相としてペロブスカイト型酸化物材料のGdAlOを用い、第二の結晶相としてアルミナ(Al)を用いた例である。
【0039】
まず、表1に示すように、GdAlOとAlの組成比が48:52(mol%)になるように評量した粉末に、第一の結晶相と第二の結晶相の総物質量に対してCe3+をそれぞれ0.1mol%添加した試料を十分に混合した粉末を準備した。この粉末をIrるつぼに入れて、誘導加熱により,るつぼを1700℃まで加熱して試料全体が溶解した後,30分保持してから、54mm/hの速度で試料を育成した。このようにして製造したシンチレータ結晶体を1mm厚に切り出し、凝固方向に垂直な面を光学顕微鏡、及びSEMにより構造観察を行った。
【0040】
図8にSEMによる構造観察結果を示す。図8(a)、(b)はそれぞれ成長方向断面(a)、成長方向平行面(b)のSEM像である。SEMによる組成分析よると、シリンダー構造をとる相がGdAlO、マトリックスとなる相がAlとなっていた。GdAlOシリンダーの構造周期の平均値は約900nmであり、直径の平均値は約650nmであった。以上より屈折率の高いGdAlOシリンダー(n=2.05)が屈折率の低いAl(n=1.75)マトリックスの中に埋め込まれた構造となっていた。図2(b)に凝固方向に垂直な面の光学顕微鏡の透過像を示す。光は屈折率の高いGdAlO相を導光されるため、GdAlO側が明るいスポットとして観察され、光伝播の異方性を確認することができた。
【0041】
図5(a)に発光、励起スペクトルを示す。シリンダーを形成する第一の結晶相(GdAlO:Ce3+)の青色発光を示した。第二の結晶相であるAlは発光を示さなかった。第一の結晶相で発生した光のうち、全反射の臨界角を満たすように放出された光はシリンダー内を導波する。一方、シリンダー中を全反射せずにマトリックス側に漏れた光は、屈折を受けながら結晶中を広がる光となる。X線励起でも同様の発光を示し、シンチレータとして機能することが確認できた。
【0042】
上記のシンチレータは発光中心としてCe3+の他にTb3+、Pr3+、Eu3+を用いた場合もシンチレータとして機能する。ここで、Tb3+、Pr3+、Eu3+を用いた禁制のf−f遷移による発光になるため発光寿命が長くなるが、緑色発光とすることでCCDやa−Siを用いた光検出器の感度に一致させてイメージングに適した発光とすることが可能となる。発光中心をTb3+とし同様の製法により作製した試料の発光、励起スペクトルを図5(b)に示す。緑色領域に鋭いピークをもつTb3+からのf−f遷移発光を示した。X線励起でも同様の発光を示し、シンチレータとして機能することが確認できた。
【0043】
ここで、第一の結晶相と第二の結晶相の総物質量に対してCe3+をそれぞれ0.05mol%、0.1mol%、0.2mol%、0.3mol%、0.5mol%,1.0mol%,2.0mol%添加した試料、及びTb3+をそれぞれ0.1mol%、0.5mol%,1.0mol%,2.0mol%、4.0mol%、6.0mol%、8.0mol%添加した試料を作製した。図9に発光中心としてCe3+とTb3+を用いた場合の、発光中心濃度とLight Yieldの値を示す。Light Yieldとは1MeVの放射線1フォトンがシンチレータに入射した際に発生する光のフォトン数(photons/MeV)で表わされる発光量の絶対値を表す値である。ここでの発光中心濃度はGdAlOとAlの総物質量に対する値を表す。Ce3+とTb3+では発光量が最大となる濃度が異なり、Ce3+では0.3mol%で発光量が最大となるのに対して、Tb3+では4.0mol%で発光量が最大を示した。ここで、Light Yieldの値がおよそ4000(photons/MeV)以上をシンチレータとして機能する有意な発光量とすると、Ce3+を発光中心として用いた場合は、0.05〜1.0mol%の範囲である場合に、Tb3+を発光中心として用いた場合は、0.1〜8.0mol%の範囲である場合に有効なシンチレータとして機能することがわかった。
【0044】
以上のことから、本実施例で製造した、第一の結晶相としてペロブスカイト型酸化物材料のGdAlOを用い、第二の結晶相としてアルミナ(Al)を用いた相分離構造を有する構造体が、相分離シンチレータとして成り立っていることを確認した。
【実施例3】
【0045】
本実施例は、実施例1、及び実施例2で製造したシンチレータを用いた放射線検出器に関する。
【0046】
図6に、本実施例の放射線検出器の模式的断面図を示す。実施例1、及び実施例2で製造したシンチレータをそれぞれ厚さ1mmに切り出した。それらのシンチレータ51を、基板53上にアレイ状に配列した光検出器52上に、柱状晶が概ね垂直に対向されるように設置し、放射線検出器50を構成した。シンチレータ51は、互いに同一面上に位置しない第一の主面54と第二の主面55とを有する。シンチレータ51の第二の結晶相12は第一の主面54および第二の主面55で露出する部分を有し、これら露出する部分は連続している。つまり、シンチレータ51は、光検出器52に第一の主面54が対向するように配置した。そして、この放射線検出器に配置されるシンチレータにX線を照射した場合、隔壁の無い単結晶体からなるシンチレータに比べ光の広がりが抑制されていることが光検出器アレイの出力より確認できた。このとき、X線は上記結晶体の凝固方向に平行に照射した。さらに、相分離構造を有するシンチレータと光検出器アレイとの間に、保護層である樹脂を配置し、各々を接合した場合でも光の広がりが抑制された状態を維持していることが確認できた。その結果、実施例1、及び実施例2で製造したシンチレータと光検出器アレイとの間に他の材料の層や膜を介在させても放射線検出器は構成可能であることを示すことができた。
【0047】
ここで、実施例1、及び実施例2で製造したシンチレータの光導波特性について発光の伝搬特性を評価した。試料としては1mm厚に研磨したGdScO−GdScAl12:Ce3+、及びGdAlO−Al:Tb3+を上述の通りに配置して用いた。X線源にはタングステン管球を用い、60kV、1mA、Alフィルター無しの条件で得られるX線を2mm厚のタングステン板にある直径φ50μmの開口を通してこれら評価対象物に照射し、評価対象物底面における光強度分布を計測した。X線は、上記結晶体の凝固方向に平行に照射した。計測は20μmピッチのCCDにより行った。その光強度分布のピーク値を通る断面の強度プロファイルを図7に示す。図7(a)はGdScO−GdScAl12:Ce3+、図7(b)はGdAlO−Al:Tb3+のプロファイルであり、それぞれピーク輝度を規格化してその半値幅を算出した。GdScO−GdScAl12:Ce3+の半値幅が60μm、GdAlO−Al:Tb3+の半値幅が40μmであった。いずれの試料も高屈折率であり発光を呈する相がシリンダーを形成していることにより、導波する光はシリンダー内のみを伝搬するため、漏れが少なく高い空間分解能を示すことが確認された。これは、X線入射により発生した光を効果的に受光面に導波していることを示すものである。GdScO−GdScAl12:Ce3+と比較すると、GdAlO−Al:Tb3+の方が、屈折率差の大きい光学界面を形成しており、また光を導波するシリンダーの構造スケールが小さく、かつ高密度に存在しているため、高い空間分解能を示した。
【0048】
以上より、実施例1、及び実施例2で製造した相分離構造を有するシンチレータが光導波機能を有することが確認され、本実施例の放射線検出器に有用であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明に係る相分離構造を有するシンチレータは、放射線による励起で発光し、かつ発光した光を導波する特性を有しているため、従来のような隔壁を形成することなく、光検出器と組み合わせて用いることで放射線検出器として有用である。特に、X線のような放射線を用いた医療用・産業用・高エネルギー物理用・宇宙用のような計測装置に用いることが可能である。
【符号の説明】
【0050】
11 第一の結晶相
12 第二の結晶相
13 第一の結晶相を構成する柱状晶の直径
14 第一の結晶相を構成する柱状晶の最近接距離
15 シンチレータの厚さ
16 柱状晶の厚さ方向
50 放射線検出器
51 シンチレータ
52 光検出器
53 基板
54 第一の主面
55 第二の主面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方向性を有する複数の柱状晶を有する第一の結晶相と、該第一の結晶相の側面を覆う第二の結晶相とを有するシンチレータであって、該第一の結晶相が少なくともLuまたはGdの元素を含有するペロブスカイト型酸化物材料を有し、かつ発光中心として希土類元素を含有し、該第一の結晶相が放射線励起で発光することを特徴とするシンチレータ。
【請求項2】
前記第一の結晶相が、前記第二の結晶相よりも屈折率が大きいことを特徴とする請求項1に記載のシンチレータ。
【請求項3】
前記第一の結晶相が、一般式ABOで表わされるペロブスカイト型酸化物材料であり、前記第二の結晶相が一般式A12で表わされるガーネット型酸化物材料またはアルミナ(Al)のいずれかであり、ここで、一般式中のAはLu、Gdのうち少なくとも一種からなる元素であり、BはAl、Sc、Yのうち少なくとも一種からなる元素であり、かつ発光中心としてCe3+、Tb3+、Pr3+、Eu3+のうち少なくとも一種からなる希土類元素を、前記第一の結晶相と前記第二の結晶相の総物質量に対して0.001mol%以上含有することを特徴とする請求項1または2に記載のシンチレータ。
【請求項4】
前記第一の結晶相が、ペロブスカイト型酸化物材料であるGdAlOであり、前記第二の結晶相がアルミナ(Al)であり、かつ発光中心としてCe3+、Tb3+のうち少なくとも一種からなる希土類元素を、前記第一の結晶相と前記第二の結晶相の総物質量に対して0.001mol%以上含有することを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載のシンチレータ。
【請求項5】
前記第一の結晶相と前記第二の結晶相の組成比は共晶組成であることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載のシンチレータ。
【請求項6】
前記希土類元素であるCe3+の濃度が前記第一の結晶相と前記第二の結晶相の総物質量に対して0.05〜1.0mol%であることを特徴とする請求項4に記載のシンチレータ。
【請求項7】
前記希土類元素であるTb3+の濃度が前記第一の結晶相と前記第二の結晶相の総物質量に対して0.1〜8.0mol%であることを特徴とする請求項4に記載のシンチレータ。
【請求項8】
前記柱状晶の直径の平均値が、300nm以上30μm以下であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載のシンチレータ。
【請求項9】
光検出器と、該光検出器に対向して配置されたシンチレータとを有する放射線検出器であって、該シンチレータが請求項1〜8のいずれか一項に記載のシンチレータであり、該シンチレータは、該光検出器に前記第一の結晶相が垂直に対向するように配置されていることを特徴とする放射線検出器。
【請求項10】
前記光検出器と前記シンチレータとの間に保護層が配置されていることを特徴とする請求項9に記載の放射線検出器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−47334(P2013−47334A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−165938(P2012−165938)
【出願日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】