説明

相分離構造を有するシンチレータ結晶体および放射線検出器

【課題】X線CT装置のような放射線検出に用いるシンチレータにおいて、クロストーク防止のための隔壁形成を不要とする光導波機能を有する一方向性相分離構造からなるシンチレータ結晶体を提供する。隔壁形成に代えて、光導波機能を有するシンチレータを提供する。
【解決手段】一方向性を有する複数の柱状晶をなす第一の結晶相と、第一の結晶相の側面を覆う第二の結晶相の2相からなる相分離構造体であって、少なくとも第二の結晶相がCuClまたはCuBrを有する材料から構成され、第二の結晶相が放射線励起によって発光することを特徴とするシンチレータ結晶体を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線による励起で発光を呈する材料であるシンチレータにおいて、その発光を検出器に導波する機能を有するシンチレータ結晶に関する。また、本発明は、かかるシンチレータ結晶体を用いる放射線検出器に関する。
【背景技術】
【0002】
医療現場等で用いられているX線CT(Computed Tomography)装置では、被写体を通過したX線をシンチレータで受け、そのシンチレータが発した光を光検出器で検出している。また、こうした検出器は2次元アレイとして配置されており、各々のシンチレータは光のクロストークが生じないように隔壁によって分離されている。そして、かかる隔壁はX線の検出に寄与しないよう、またX線CT装置の空間分解能を劣化させないよう、可能な限り薄く形成されることが望まれていた。
【0003】
例えば、特許文献1には、多数のシンチレータ結晶を接着剤で接合してシンチレータアレイを形成し、その後、接着剤をエッチングし、それにより生じた空隙に酸化チタン粉末を隔壁材として充填することが開示されている。この場合、隔壁の厚さを1μm程度と薄く形成できることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−145335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に係る技術では、いくら隔壁を薄く形成することができるとしても、隔壁自体の存在を省略することはできない。また、その製造に関しても、シンチレータのカッティングや隔壁形成のためのシンチレータの張り合わせのような多くの工程が必要になってしまう。
【0006】
そこで、本発明の目的は、従来のシンチレータ自体には光を導波する機能が備わっていなかったために散乱面や反射面となる隔壁が必要であったことを根本的に改善すべく、シンチレータ自体に光導波機能を付与することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第一の観点によれば、一方向性を有する複数の第一の結晶相と、前記第一の結晶相の側面を覆う第二の結晶相とを有するシンチレータ結晶体であって、前記第二の結晶相がCuClまたはCuBrを有する材料からなることを特徴とするシンチレータ結晶体が提供される。
【0008】
また、前記第二の結晶相は、前記第一の結晶相よりも屈折率が大きいことを特徴とする。
【0009】
また、前記第二の結晶相がCuClを有する材料の場合には、前記第一の結晶相はNaClまたはNaBrを有する材料からなることを特徴とする。
【0010】
また、前記第二の結晶相がCuBrを有する材料の場合には、前記第一の結晶相はNaBrを有する材料からなることを特徴とする。
【0011】
また、前記第一の結晶相の組成比X’および前記第二の結晶相の組成比Y’は、前記第一の結晶相と前記第二の結晶相の共晶組成(mol%)における前記第一の結晶相の組成比をX、前記第二の結晶相の組成比をYとするとき、(X−5)≦X’≦(X+5)およびX’+Y’=100の各関係を満たすことを特徴とする。
【0012】
また、前記第一の結晶相の最近接距離の平均値は、500nm以上50μm以下であることを特徴とする。
【0013】
また、前記第二の結晶相は、放射線による励起で発光することを特徴とする。
【0014】
さらに、本発明の第二の観点によれば、光検出器と、前記光検出器に対向して配置されたシンチレータ結晶体とを有する放射線検出器であって、前記シンチレータ結晶体が上記の本発明の第一の観点によるシンチレータ結晶体であり、該シンチレータ結晶体は、前記光検出器に前記第一の結晶相が垂直に対向するように配置されている放射線検出器が提供される。
【0015】
また、前記光検出器と前記シンチレータ結晶体との間には、保護層が配置されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、一方向性を有する複数の第一の結晶相と第一の結晶相の側面を覆う第二の結晶相との2相からなる相分離構造を有しており、それ自体が光を導波する機能を有しているシンチレータ結晶体を得ることができる。その結果、従来のシンチレータの製造時に必要とされたカッティングや隔壁形成というプロセスが不要となる。さらには、アレイ状に配置された光検出器にシンチレータ結晶体を対向して配置するだけで用いることができる放射線検出器を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明のシンチレータ結晶体の模式図である。
【図2】本発明のシンチレータ結晶体を製造する装置の模式図である。
【図3】本発明のシンチレータ結晶体の断面の光学顕微鏡による観察画像である。
【図4】本発明の放射線検出器の概要を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面等を用いて本発明を実施するための形態を説明する。
尚、本発明を実施するための形態としては、様々な形態(様々な構成や、様々な材料)があるが、全ての実施形態に共通することは、2つの結晶相を有し、一方の結晶相と、一方の結晶相よりも屈折率が大きい他方の結晶相との2相を備える相分離構造を有するシンチレータ結晶体が、互いに同一面上に位置しない第一の主面と第二の主面とに他方の結晶相が露出する部分を有し、 他方の結晶相の第一の主面に露出する部分と第二の主面に露出する部分とがつながっていることである。これによって、高屈折率の結晶相内の光は、高屈折率相の周りに位置する低屈折率の結晶相によって全反射され、結果、高屈折率結晶内を導波されながら進む。その際、高屈折率の結晶相は、第一の主面と第二の主面とに露出するとともに、この露出部がつながっているため、導波(光ガイディング)は、第一の主面または第二の主面に向けて行われる。これらは換言すると、シンチレータ結晶体内で生じた光は、より屈折率の大きい他方の結晶相内に閉じ込められながら(つまり光が広がることなく)、第一の主面または第二の主面に向けて進行するといえる。このようにして、本発明の全ての実施形態は、シンチレータ結晶体自体が、導波機能(光ガイディング機能)を有する。尚、ここで、例えば第一の主面41とは、光検出器44に対向する面であり、第二の主面42とは、X線等の放射線が入射する面である(図4参照)。これによって、シンチレータ結晶体45で発生した光を光検出器44に向けて導波(光ガイディング)することが可能となり、光の利用効率の優れたシンチレータ結晶体の提供と、これを用いた、高輝度、高解像度の放射線検出器の提供が可能となる。
尚、以下に説明する各実施形態においては、低屈折率相である一方の結晶相も、第一の主面と第二の主面とに露出する部分を有し、これら露出部がつながっている構成が好ましい。これによって、高屈折率相である他方の結晶相内の光を、より確実に、第一の主面または第二の主面に、広がることなく導波(光ガイディング)することが可能となる。
また、低屈折率相である一方の結晶相が、高屈折率相である他方の結晶相中に位置している構成が好ましい。これによって、シンチレータ結晶体における低屈折率相である一方の結晶相が占める割合を抑えながら、十分な導波機能(光ガイディング機能)を得ることができる。
【0019】
[相分離シンチレータ結晶体の構成]
図1に本発明のシンチレータ結晶体の模式図を示す。
本発明のシンチレータ結晶体は、一方向性を有する多数の柱状晶をなす第一の結晶相11と、第一の結晶相11の側面を覆う第二の結晶相12との2相からなる相分離構造を有する。第一の結晶相11を構成する柱状晶の形状は、円柱形に限らず、種々の形状から構成されることができ、例えば多角形を構成していてもよい。また、第一の結晶相の直径13は、50nm以上30μm以下の範囲内であることが好ましく、200nm以上10μm以下の範囲内であることがより好ましいましい。第一の結晶相の最近接距離14の平均値は500nm以上50μm以下の範囲内であることが好ましく、1μm以上20μm以下の範囲内であることがより好ましい。かかるシンチレータ結晶体において、第二の結晶相で発生した光が第一の結晶相との界面で反射しながら光検出器に到達する。この時、光の波長よりも構造周期が小さい場合は光が反射せずに透過してしまう成分が多くなってしまう。そのため、第一の結晶相の最近接距離14の下限値は、発生する光の波長よりも大きいことが望ましい。本発明においては、特に発光波長500nm以上に感度を有するような光検出器を用いる場合も想定しており、第一の結晶相の最近接距離14が500nm以上であることが望ましい。また、第一の結晶相の最近接距離14が光検出器の1画素よりも大きくなってしまうと、1画素内に光を閉じ込める効果が低下してしまうため、第一の結晶相の最近接距離14の上限値は1画素のサイズよりも小さいことが望ましい。本発明においては、特に50μm角の画素サイズを有する光検出器を用いることも想定しており、第一の結晶相の最近接距離14が50μm以下であることが望ましい。一方、第一の結晶相の直径13に関しては、第一の結晶相の最近接距離14に対応して決定される。第一の結晶相の最近接距離14に、第一の結晶相の直径13が近づくほど、光を閉じ込める効果が大きくなるため、第一の結晶相が最密充填となるように最近接距離の60%程度の直径であることが望ましい。従って、第一の結晶相の最近接距離14が上限値の50μmである場合は、第一の結晶相の直径13が30μmであることが望ましい。また第一の結晶相の最近接距離14が下限値の500nmである場合は、第一の結晶相の直径13が大き過ぎると、光の反射面となる界面の構造周期が光の波長よりも小さくなり、光が反射せずに透過してしまう成分が多くなってしまう。そのため、第一の結晶相の最近接距離14が下限値の500nmである場合は、第一の結晶相の直径13が50nmであることが望ましい。ただし、本発明のシンチレータ結晶体と検出器または検出器アレイとを組み合わせた場合、かかる光検出器の受光部領域上に多数の柱状晶が対向して配置されるような構造サイズを有したシンチレータ結晶体を組み合わせることが好ましい。ここで、第一の結晶相の最近接距離とは、隣り合う第一の結晶相の中心線同士を最短で結ぶ直線の距離をいう。例えば、受光部領域が正方形状で一辺が20μmであった場合、第一の結晶相の直径で5μm、第一の結晶相の最近接距離の平均値8μmの構造サイズを有するシンチレータ結晶体を組み合わせる。従って、受光部領域の大きさに応じて、受光部領域の大きさよりも小さい構造サイズを有するシンチレータ結晶体を組み合わせることが好ましい。また、シンチレータ結晶体の構造サイズは、シンチレータ結晶を構成する材料の選択や製造条件によって決定されるものであり、それについては後述する。
【0020】
さらに、シンチレータ結晶体の厚さ15に関しては、製法にも依存するが、任意の厚さに調整することが可能である。実質的には、第一の結晶相は、第一の結晶相の厚さ方向16に沿って直線的に連続していることが好ましい。しかしながら、第一の結晶相が、途中で途切れたり、枝分かれしたり、複数の結晶相が一体化したり、結晶相の直径が変化したり、直線的でなく非直線部分が含まれていたりするような場合を排除するものではない。以下に述べる凝固界面の方向を適宜制御することで、あえて第一の結晶相の柱状晶を曲げることも可能である。
【0021】
少なくとも、第二の結晶相がCuClまたはCuBrを有する材料から構成されることが望ましい。そのときの第一の結晶相を構成する材料は、第二の結晶相に対して共晶関係にある材料であれば、選択、使用が可能である。特に、好ましくは、第二の結晶相がCuClを有する材料の場合には、第一の結晶相がNaClまたはNaBrを有する材料から構成されていることが望ましい。また、第二の結晶相がCuBrを有する材料の場合には、第一の結晶相がNaBrを有する材料から構成されていることが望ましい。上記材料系の選択に関して、本発明において重要となるのは、第一の結晶相および第二の結晶相の材料組成である。本発明のシンチレータ結晶体を構成する上記材料系の3種類の組み合わせにおいて好ましい組成比(mol%)は、以下の表1に示す通りである。
【0022】
【表1】

【0023】
図1の模式図に示すような良好な分離構造を有するシンチレータ結晶体を得るためには、概ね表1に示した組成でシンチレータ結晶体を製造することが好ましい。これらの組成比は共晶組成に対応している。ただし、上記組成比は共晶組成から外れてはならないものではなく、これらの組成比に対して、共晶組成±5mol%の範囲は許容範囲とすることが好ましい。すなわち、第一の結晶相の組成比X’と第二の結晶相の組成比Y’は、次式の関係を満たす。すなわち、第一の結晶相と第二の結晶相との共晶組成における第一の結晶相の組成比をX、第二の結晶相の組成比をYとするとき、(X−5)≦X’≦(X+5)、かつX’+Y’=100である。
【0024】
上記の組成の許容範囲を規定する要因は、シンチレータ結晶体の相分離構造の形成において上記各材料が共晶関係にあり、共晶組成近傍で上記材料の一方向凝固を行うことで図1のような良質な相分離構造を有する結晶体を得ることができるからである。上記許容範囲外、つまり上記組成比が共晶組成±5mol%の範囲を逸脱している場合は、一方の結晶相が先に析出するため、相分離構造形成の観点から、シンチレータ結晶体の良好な相分離構造を乱す要因となる。
【0025】
また、第一の結晶相および第二の結晶相には上記材料以外の材料が添加されてもよい。特に、第一の結晶相11を構成する材料に添加する材料は、その材料を添加した後の組成において第一の結晶相11に固溶し、かつ第二の結晶相12には固溶しない材料であることが好ましい。例えば、第一の結晶相を構成する材料である塩化ナトリウムに臭化ナトリウムを添加するような場合である。
【0026】
本発明のように、CuClまたはCuBrを第二の結晶相12の材料に用いた場合、放射線の照射によって、前記各材料は励起され、発光を示す。本発明においては、第一の結晶相11より高い屈折率を有するCuClまたはCuBrからなる第二の結晶相12が発光することが好ましいが、双方の結晶相が発光してもよい。
【0027】
本発明の一方向に沿って伸びる第一の結晶相を有する相分離構造のシンチレータ結晶体に関する重要な特性として、光を導波するということが挙げられる。上記の第一の結晶相11と第二の結晶相12とを構成する各材料系について、それらの屈折率及び屈折率比(第一の結晶相の屈折率/第二の結晶相の屈折率)を表2に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
表2に示した屈折率は、波長に依存して、あるいは第一および第二の結晶相を構成する材料に添加した材料により変化するため、厳密なものではなく、結晶相を構成する材料間に屈折率の差(屈折率比)があることを示すためのものである。
【0030】
スネルの法則によれば、屈折率の異なる材質間では、光が高屈折率媒質から低屈折率媒質へある角度で入射すると、全反射が生じ、それより低角度で入射すると、反射と屈折が生じる。従って、本発明の相分離構造を有するシンチレータ結晶体において、表2に示す屈折率比が生じているということは、光が高屈折率媒質から低屈折率媒質へ入射するときに生じる全反射により、光が広がらない状況があるということを示している。つまり、高屈折率媒質内を伝搬する光が屈折や反射を繰り返し、低屈折率媒質に比べて高屈折率媒質の方が光を閉じ込めて伝播することになる。従って、屈折率比(=低屈折率の結晶相の屈折率/高屈折率の結晶相の屈折率)が1より小さいことが望まれる。また、全反射条件のみを考慮すれば、屈折率比が小さいほど光は広がり難いことを表している。表2から、NaCl−CuCl、NaBr−CuBr、NaBr−CuClの順で光は広がり難い。ここで、特に本発明においては、第二の結晶相12は高屈折率媒質であるCuClまたはCuBrからなる。つまり、第二の結晶相は柱状晶をなす第一の結晶相の周囲を取り囲むマトリックスを構成する。そのため、上記材料系の柱状晶をなす第一の結晶相11の組成比率が各シンチレータ結晶体間で低い場合は、シンチレータ結晶体における柱状晶の体積比率が低くなる。その結果、光が柱状晶の側面を埋めるマトリックスである第二の結晶相内を伝播しやすくなる傾向を示す。本発明の材料系では、各シンチレータ結晶体間の第一の結晶相の体積比率はNaBr−CuCl、NaCl−CuCl、NaBr−CuBrの順に大きくなる。従って、シンチレータ内の光の導波という観点では、上記屈折率比および体積比率の双方を考慮する必要がある。ただし、放射線による励起で発光するシンチレータ結晶体の発光効率なども加味して、用途ごとに材料を選択するべきである。従って、屈折率比および体積比率のみからシンチレータの優劣が決定されてしまうわけではないことから、いずれの材料系も重要であることには違いない。
【0031】
本発明は、特に第二の結晶相が屈折率の高いCuClまたはCuBrからなることが特徴であり、これにより第二の結晶相の屈折率よりも屈折率の低い第一の結晶相との屈折率比を大きくすることができる。これにより、シンチレータ結晶体への真上からの放射線照射による励起によってCuClまたはCuBrで発光した光は効率良く第二の結晶相内を伝搬する。その結果、上記屈折率比が0.9より大きい材料の組み合わせからなるシンチレータと比較すると、直下に到達する発光した光の量は増加する。さらに、上記のように光の広がりが抑えられることから、シンチレータ結晶体の空間分解能が高まる。
【0032】
このように、本発明の相分離構造を有するシンチレータ結晶体は、一方向性を有する複数の柱状晶をなす第一の結晶相に沿って平行方向の光を導波させ、その一方向に垂直な方向に沿った散乱や反射のような光を導波させない特性を備えることが特徴である。よって、従来のように単結晶群から構成されるシンチレータに隔壁を設けることなく光のクロストークを抑えることができる。
【0033】
[シンチレータ結晶体の製造]
本発明に係るシンチレータ結晶体を製造する方法は、所望の材料系を最適組成で一方向性を持たせて溶融凝固する方法であればいずれの方法でも採用が可能である。特に、以下に述べるように、試料の固液界面がヒーターおよび/または試料の移動方向に垂直な面に沿って平らになるように試料の温度勾配を制御することが要求され、30℃/mm程度またはそれ以上の温度勾配があることが好ましい。ただし、結晶相内の結晶への熱応力によるクラックの様な欠陥の発生を解消するために、本発明の各実施形態のシンチレータ結晶体の相分離構造の形成に支障のない範囲で温度勾配を低下させてもよい。また、すでにシンチレータ結晶体となった部分を溶融しない程度に再加熱してクラックのような欠陥の発生を抑制・消滅することを行うことも望ましい。また、本発明のシンチレータ結晶体の相分離構造の共晶組織が形成可能な組成範囲は、前述のように共晶組成±5mol%である。この組成範囲と温度勾配と以下に述べる凝固速度の間には材料系固有の相間関係が成り立ち、いわゆるCoupled Eutectic Zoneと称される範疇で本発明のシンチレータ結晶体は製造されるべきである。
【0034】
図2に本発明の相分離構造を有するシンチレータ結晶体を製造する装置の模式図を示す。その装置はブリッジマン法を利用し、材料が酸化しないように材料を円筒状の石英管のような容器に封じた試料を鉛直方向に沿って縦型に配置する。そして、ヒーターおよび/または試料を一定速度で鉛直方向に沿って一定方向に移動させることにより試料の凝固界面の位置を制御できるので、本発明のシンチレータ結晶体を製造することが可能である。一例として、図2では、試料23を鉛直方向下向きに沿って一定方向に異動させる装置を示す。装置は図2(A)のように、試料23の鉛直方向の長さに相当するヒーター部21と固液界面の30℃/mmの温度勾配を実現するための水冷部22とから構成される。また、図2(B)のように水冷部22が上下にあり、両水冷部22の間に配置されたヒーター部21が試料23の鉛直方向の長さの一部の領域にしか対応していない構成でも構わない。さらに、同等の手段を講じる製法でも可能である。
【0035】
また、チョクラルスキー法のように融液からの結晶引上げでも同様に製造可能である。この場合は、ブリッジマン法における容器内での材料融液の凝固を伴いわないために、容器壁面の影響を受けずに材料の固液界面を形成できる点でより好ましいとも言える。さらに、フローティングゾーン法でも製造可能である。
【0036】
特にブリッジマン法においては、凝固速度は試料の固液界面がヒーターおよび/または試料の移動方向に垂直な面に沿ってなるべく平面になるように設定されなければならないが、凝固時の試料と外部との熱のやり取りは試料側面からが主である。そのため、凝固速度は試料の直径に依存する。つまり、試料の直径が大きければ上記の熱のやり取りに時間がかかり、その場合に凝固速度を低速にしなければ、固液界面はかなり湾曲し、試料のほとんどの領域で第一の結晶相11である柱状晶が一方向に沿って非直線的に形成されることになる。これは、柱状晶の成長方向が固液界面にほぼ垂直であるからである。さらに、試料サイズに対して凝固速度がより速い場合には、固液界面が平坦でないだけでなく平滑に保つことができない。その結果、ヒーターおよび/または試料の移動方向に沿って微視的な起伏が生じ、樹枝状結晶の発生を伴う状況に至るので、こうした問題も避けることが重要である。従って、固液界面の十分な温度勾配を設定すると同時に、凝固速度850mm/h以下で行うことが好ましい。より好ましくは、500mm/h以下であり、さらには300mm/h以下である。
【0037】
また、シンチレータ結晶体の第一の結晶相11の直径や第一の結晶相の最近接距離の周期の平均値は、凝固速度に依存し、特に最近接距離の周期に関しては次式の相関があるとされる。すなわち、周期をλとし、凝固速度をvとすれば、λ・v=一定である。従って、所望の周期を設定すれば、必然的に凝固速度が制限される関係にある。しかしながら、上記のように製法上の制限として固液界面を平坦かつ平滑に制御できる凝固速度を考慮し、周期λの平均値の範囲は500nm以上50μm以下の範囲となる。また、それに対応して第一の結晶相の直径も50nm以上30μm以下の範囲となる。ここで、第一の結晶相の直径とは円形ではない場合も含まれ、例えば、不定形であればその最短直径が上記範囲に含まれるということである。また、多数の第一の結晶相の最長直径と最短直径との比から算出される平均比が10以下であることが好ましい。平均比が10よりも大きい場合では、ラメラ構造とするのが適切である。しかし、無数の第一の結晶相のうちのいくつかの比が10よりも大きい値であるとしても平均比が10以下であれば許容範囲である。また、製造条件上、一般的に2相の材料系の組成比がモル換算で1:1に近いほどラメラ構造を形成しやすいため、ラメラ構造を構成しないような製造条件や添加材料を選択することが好ましい。
【0038】
次に、試料の原材料の仕込み組成について述べる。上記のシンチレータ結晶体の組成比は表1に示す値であるが、仕込み組成に関しては共晶組成±5mol%の範囲を逸脱しても構わない。つまり、ブリッジマン法の場合は試料全体を熔融した状態から一方向凝固させると、凝固初期に共晶組成から逸脱している物質が先に析出することになり、その結果、残留する融液が共晶組成となるからである。また、チョクラルスキー法では、引上げ初期に共晶組成から逸脱した物質が引上がるため、一度ダミーで引上げて融液が共晶組成になってから再度引き上げることも好ましい。シンチレータ結晶体の製造後に不要部分は切り離せばよい。
【0039】
[シンチレータ結晶体の利用]
本発明の相分離構造を有するシンチレータ結晶体は、光検出器と組み合わせることで医療用・産業用・高エネルギー物理用・宇宙用の放射線検出器として用いることが可能である。特に、本発明のシンチレータ結晶体は隔壁を設けずとも光の導波機能を有しているために、検出器に向けて特定の方向に光を導波する必要がある状況に適用することが好ましい。また、隔壁形成が必要なX線CT装置での使用や、X線フラットパネルディテクタ(FPD)のCsI針状結晶の代替使用においても有効である。この場合、光検出器の受光感度特性に適合するように、シンチレータ結晶体の発光波長を、発光相への他材料の添加や発光中心物質の添加をすることで、調整することも可能である。
【0040】
シンチレータ結晶体は、一方向を有する第一の結晶相が光検出器に対して垂直に対向するよう配置される。さらに、光検出器と本発明のシンチレータ結晶体との間には、保護層や反射防止のような機能を有した膜や層が配置され、これを介して接合または配置することも好ましい。
【0041】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0042】
本実施例は、相分離構造を有するシンチレータ結晶体の製造に関する。
【0043】
まず、表1に示すように、CuClに対してNaClまたはNaBrを、かつCuBrに対してNaBrを、それぞれ39mol%,28mol%,36mol%混合した粉末を準備し、それらを個別に石英管に真空封じし、試料とした。次に、それらを図2(A)に示すような装置のブリッジマン炉に導入し、800℃まで昇温させ、試料全体が溶解した後30分保持してから、融液温度を各々の試料に対して凝固しない程度に降下させた。さらに、各々の試料を引下げて試料下部より逐次凝固(一方向凝固)するようにした。また、試料の引き下げにより、炉の冷却水が循環している水冷部22の領域に試料が突入することで、試料の溶解している部分と水冷部の領域に突入した部分との温度差が30℃/mm以上となるようにした。このようにして製造したシンチレータ結晶体3種をそれぞれ切り出し、凝固方向である試料を引下げた方向に垂直な面を光学顕微鏡にて構造観察を行った。その結果、図3(A)に示すようにNaCl−CuCl系は、良好な相分離構造を形成していた。同様に、NaBr−CuCl、NaBr−CuBrの系でもそれぞれ図3(B)、図3(C)に示すようになっており、良好な相分離構造を形成していた。また、これら試料を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、柱状晶が凝固方向に沿って平行方向に長く伸びていることを確認した。さらに、SEMに付属している組成分析手段により、各々のシンチレータ結晶体の柱状晶はNaCl,NaBrからなり、柱状晶を取り囲む部分はCuClまたはCuBrからなることが判明した。このように、多数の柱状晶が一方向性を有し、それら柱状晶をCuClまたはCuBrが取り囲む構造が形成可能であることが示され、それと同時に透過光が高屈折率側であるCuClまたはCuBr部分を導波する現象も確認された。また、製造した上記3試料系に対して、X線をもって励起すると、各々CuClまたはCuBr起因の発光を示した。
以上から、第二の結晶相がCuClまたはCuBrからなる相分離構造を有するシンチレータ結晶体が本発明のシンチレータ結晶体として得られることが確認された。
【実施例2】
【0044】
本実施例は、実施例1で製造したシンチレータ結晶体を用いた放射線検出器に関する。
【0045】
厚み1mmに切り出した相分離シンチレータ結晶体を光検出器アレイの上に、柱状晶が概ね垂直に配置されるように設置し、放射線検出器を構成した。このとき、相分離シンチレータ結晶体の第一の結晶相の柱状晶が伸びる方向と光検出器検出面が概ね垂直になるように配置した。そして、この放射線検出器の相分離シンチレータ結晶体にX線を100μmの開口を有するタングステン板を通して照射した場合、隔壁の無い単結晶体に照射した場合には結晶面内に光が拡散伝播していくのに対して、本発明のいずれの結晶体でも広がりが抑制されていることが検出器アレイの出力より確認できた。さらに、相分離シンチレータ結晶体と光検出器アレイの接合において、樹脂にて各々を接合した場合でも光の広がりが抑制された状態を保持していることが確認でき、本発明の相分離シンチレータ結晶体と光検出器アレイ間に他の材質の層を介在させても放射線検出器を構成可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の相分離構造を有するシンチレータ結晶体は、放射線による励起で発光し、かつ発光した光を導波する特性を有しているため、従来の隔壁を形成することなく、光検出器と組み合わせて用いることで放射線検出器として有用である。特に、X線のような放射線を用いた医療用・産業用・高エネルギー物理用・宇宙用のような計測装置に用いることが可能である。
【符号の説明】
【0047】
11 第一の結晶相
12 第二の結晶相
13 第一の結晶相の直径
14 第一の結晶相の最近接距離
15 シンチレータ結晶体の厚さ
16 柱状晶の厚さ方向
21 ヒーター部
22 水冷部
23 試料
41 第一の主面
42 第二の主面
43 基板
44 光検出器
45 シンチレータ結晶体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方向性を有する複数の第一の結晶相と、前記第一の結晶相の側面を覆う第二の結晶相とを有するシンチレータ結晶体であって、前記第二の結晶相がCuClまたはCuBrを有する材料からなることを特徴とするシンチレータ結晶体。
【請求項2】
前記第二の結晶相が、前記第一の結晶相よりも屈折率が大きいことを特徴とする請求項1に記載のシンチレータ結晶体。
【請求項3】
前記第二の結晶相がCuClを有する材料の場合には、前記第一の結晶相がNaClまたはNaBrを有する材料からなることを特徴とする請求項1または2に記載のシンチレータ結晶体。
【請求項4】
前記第二の結晶相がCuBrを有する材料の場合には、前記第一の結晶相がNaBrを有する材料からなることを特徴とする請求項1または2に記載のシンチレータ結晶体。
【請求項5】
前記第一の結晶相の組成比X’および前記第二の結晶相の組成比Y’は、前記第一の結晶相と前記第二の結晶相の共晶組成(mol%)における前記第一の結晶相の組成比をX、前記第二の結晶相の組成比をYとするとき、(X−5)≦X’≦(X+5)およびX’+Y’=100の各関係を満たすことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のシンチレータ結晶体。
【請求項6】
前記第一の結晶相の最近接距離の平均値が、500nm以上50μm以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のシンチレータ結晶体。
【請求項7】
前記第二の結晶相が、放射線による励起で発光することを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載のシンチレータ結晶体。
【請求項8】
光検出器と、該光検出器に対向して配置されるシンチレータ結晶体とを有する放射線検出器であって、前記シンチレータ結晶体が請求項1〜7のいずれか一項に記載のシンチレータ結晶体であり、該シンチレータ結晶体が、前記光検出器に前記第一の結晶相が垂直に対向するように配置されていることを特徴とする放射線検出器。
【請求項9】
前記光検出器と前記シンチレータ結晶体との間に保護層が配置されていることを特徴とする請求項8に記載の放射線検出器。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−18908(P2013−18908A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−154931(P2011−154931)
【出願日】平成23年7月13日(2011.7.13)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】