説明

真菌・細菌の画像化方法

【課題】真菌や細菌を特異的に画像化し得るトレーサーおよびそれを用いた真菌および細菌の画像化/検出方法を提供すること。
【解決手段】UDP-N-アセチル-D-グルコサミンもしくはN-アセチルグルコサミンまたはそれを経路内に含む真菌もしくは細菌の細胞壁構成成分の代謝経路内に含まれる他のいずれかの化合物あるいはその誘導体をトレーサーとして含有してなる、真菌および/または細菌の検出用試薬。前記トレーサーを該被験体に接触させる工程および該トレーサーの該被験体内への取り込みを検出する工程を含む、被験体における真菌および/または細菌の存在の有無を検定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真菌および細菌の画像化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
真菌や細菌の感染を画像としてとらえる方法として、18F標識した2-フルオロ-2-デオキシグルコース (18F-FDG) を用いたポジトロン断層撮影 (FDG-PET) による画像化が報告されている (非特許文献1)。しかし、FDGは、感染巣に集簇した炎症細胞に取り込まれて、炎症巣を画像化しているに過ぎず、真菌や細菌を直接画像化するのではない。従って、特異性に乏しいという問題がある。
一方、細菌を直接画像化し得る方法としては、細菌に結合する化合物やウイルスあるいは抗生物質を放射性同位元素等で標識する方法があり、例えば、99mTc標識したシクロフロキサシンやM13ファージ、あるいは病原菌に特異的な抗体等の利用が報告されている (非特許文献1)。しかし、これらの方法でも、十分な特異性が得られていないのが現状である。
【0003】
N-アセチル-D-グルコサミン (以下、単にN-アセチルグルコサミン、「GlcNAc」と略記する場合がある) は、真菌の細胞壁構成多糖であるキチンや細菌の細胞壁構成多糖であるグリカンの構成単位である。キチンは、UDP-N-アセチル-D-グルコサミン (以下、単にUDP-N-アセチルグルコサミン、「UDP-GlcNAc」と略記する場合がある) からキチンシンターゼの作用により合成される (図6に真菌における細胞壁構成成分の代謝経路の一部を示す)。
GlcNAcは、ヒト等の動物においては、グルクロン酸などとともにヒアルロン酸、ヘパラン硫酸、ヘパリンなどの構成単位であり、例えば、ヒアルロン酸はUDP-GlcNAcとUDP-グルクロン酸を基質としてヒアルロン酸合成酵素の作用により合成される。
【0004】
癌組織では、間質を構成する細胞外マトリックスに質的・量的変化が高頻度に認められ、なかでもヒアルロン酸は、乳癌、大腸癌、グリオーマなど多くの癌組織において、その高い産生レベルが癌の進展としばしば関連している。担癌マウスに18F標識したN-フルオロアセチルグル-D-グルコサミン (18F-FAG) を投与したところ、腫瘍組織に最も効率よく取り込まれ、該化合物が癌診断用の有望な核種であることが示唆されている (非特許文献2)。また、GlcNAcはキチンやキトサンと同様、健康食品素材、甘味料等として利用されており、ラット等におけるGlcNAcの体内動態を試験する目的で、14C標識したGlcNAcを用いて血中濃度や排泄率の経時変化が調べられている (非特許文献3)。
【0005】
しかしながら、GlcNAcやUDP-GlcNAcを用いて生体内の真菌や細菌などの存在を検出したという報告は皆無である。
【非特許文献1】http://www.rada.or.jp/database/home4/normal/ht-docs/member/synopsis/030273.html
【非特許文献2】T. Fujiwara et al., J. Nucl. Med. 31: 1654-1658 (1990)
【非特許文献3】A. Shoji et al., Chitin and Chitosan Research, 5(1): 33-42 (1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、真菌や細菌を特異的に画像化し得るトレーサーおよびそれを用いた真菌および細菌の画像化/検出方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、トリチウム標識したUDP-GlcNAcもしくはGlcNAcを用いることにより、真菌および細菌の本体を画像化/検出することに成功して、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、
[1]UDP-N-アセチル-D-グルコサミンもしくはN-アセチルグルコサミンまたはそれを経路内に含む真菌もしくは細菌の細胞壁構成成分の代謝経路内に含まれる他のいずれかの化合物あるいはその誘導体をトレーサーとして含有してなる、真菌および/または細菌の検出用試薬;
[2]トレーサーが、UDP-N-アセチル-D-グルコサミンもしくはN-アセチルグルコサミンまたはその誘導体である、上記[1]記載の試薬;
[3]トレーサーが標識されてなる、上記[1]または[2]記載の試薬;
[4]標識物質が放射性同位元素である、上記[3]記載の試薬;
[5]放射性同位元素がγ線もしくはポジトロン放出核種である、上記[4]記載の試薬;
[6]造影剤である上記[1]〜[5]のいずれかに記載の試薬;
[7]被験体における真菌および/または細菌の存在の有無を検定する方法であって、
(1) UDP-N-アセチル-D-グルコサミンもしくはN-アセチルグルコサミンまたはそれを経路内に含む真菌もしくは細菌の細胞壁構成成分の代謝経路内に含まれる他のいずれかの化合物あるいはその誘導体をトレーサーとして該被験体に接触させる工程、および
(2) トレーサーの該被験体内への取り込みを検出する工程
を含む方法;
[8]被験体が動物個体であり、被験体へのトレーサーの接触が該被験体への該トレーサーの投与により行われる、上記[7]記載の方法;
[9]トレーサーが、UDP-N-アセチル-D-グルコサミンもしくはN-アセチルグルコサミンまたはその誘導体である、上記[7]または[8]記載の方法;
[10]トレーサーが標識されてなる、上記[7]〜[9]のいずれかに記載の方法;
[11]標識物質が放射性同位元素である、上記[10]記載の方法;
[12]シンチグラフィ、単光子放射計算断層撮影法もしくはポジトロン放出断層撮影法によりトレーサーを検出する、上記[11]記載の方法;および
[13]真菌および/または細菌を画像化する、上記[7]〜[12]のいずれかに記載の方法
を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明のトレーサーは、FDGとは異なり真菌や細菌の本体に選択的に取り込まれるので、当該菌体を直接的に画像化することができる。したがって、本発明の方法によれば、感染部位を正確に特定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の真菌および/または細菌の検出用試薬に含まれるトレーサーとしては、
(1)UDP-GlcNAcもしくはGlcNAc、
(2)UDP-GlcNAcもしくはGlcNAcを経路内に(出発物質もしくは代謝中間体として)含む、真菌もしくは細菌の細胞壁構成成分の代謝経路内に含まれる他のいずれかの化合物、および
(3)上記(1)または(2)の化合物の誘導体
が挙げられる。
上記(2)における真菌の細胞壁構成成分としては、例えば、キチン、マンナン、キトサン、グルカンなどが挙げられ、代謝経路としては、例えば図6に示すものが挙げられる。UDP-GlcNAcもしくはGlcNAcを経路内に含む真菌の細胞壁構成成分の代謝経路内に含まれる他の化合物としては、例えば、GDP-マンノース、マンノース、GlcNAcのβ1→4重合体、マンノースのβ1→4重合体などが挙げられる。これらの重合体は、真菌の菌体内に取り込まれ、且つ被験体との接触(例えば、動物個体への投与)に適した形態で使用され得る限り、その重合度に特に制限はないが、好ましくは2〜10、より好ましくは2〜5程度のオリゴ糖(キチンオリゴ糖、マンナンオリゴ糖)である。
また、上記(2)における細菌の細胞壁構成成分としては、例えば、グリカンが挙げられる。UDP-GlcNAcもしくはGlcNAcを経路内に含む細菌の細胞壁構成成分の代謝経路内に含まれる他の化合物としては、例えば、UDP-N-アセチルムラミン酸、N-アセチルムラミン酸 (MANAc)、GlcNAc-MANAcのβ1→4重合体などが挙げられる。該重合体は、細菌の菌体内に取り込まれ、且つ被験体との接触(例えば、動物個体への投与)に適した形態で使用され得る限り、その重合度に特に制限はないが、好ましくは1〜5程度のオリゴ糖である。
【0011】
上記(3)の誘導体としては、真菌もしくは細菌の菌体内に取り込まれ、且つUDP-GlcNAcやGlcNAc、あるいは上記(2)の化合物の代わりに上記(2)の代謝経路に取り込まれ得るものであれば、特に制限はない。例えば、UDP-GlcNAcの誘導体として、UDP-N-アセチルガラクトサミン、UDP-N-アセチルマンノサミン、UDP-N-アセチルグルコサミン-3-o-ピルビン酸エーテル、UDP-N-アセチルムラミン酸等が、GlcNAcの誘導体として、グルコサミン等が挙げられる。
上記(1)〜(3)のトレーサー化合物は、生理学的に許容される酸 (例: 無機酸、有機酸) や塩基 (例: アルカリ金属) などとの塩であってもよく、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。この様な塩としては、例えば、無機酸 (例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸) との塩、あるいは有機酸 (例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸) との塩などが用いられ得る。
【0012】
好ましくは、本発明の真菌および/または細菌の検出用試薬に含まれるトレーサーは、UDP-GlcNAcもしくはGlcNAcまたはその誘導体である。
【0013】
好ましい一実施態様においてはトレーサーは標識されている。標識剤としては、例えば、放射性同位元素、酵素、蛍光物質、発光物質などが用いられる。放射性同位元素としては、例えば、99mTc、67Ga、111In、123I、125I、131I、169Yb、186Re、15O、13N、11C、18F、3H、14Cなどが用いられる。酵素としては、安定で比活性の大きなものが好ましく、例えば、β-ガラクトシダーゼ、β-グルコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素などが用いられる。蛍光物質としては、例えば、フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネート (FITC) などが用いられる。発光物質としては、例えば、ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニンなどが用いられる。
【0014】
動物個体などの生体にトレーサーを投与して、組織標本などの生体試料を採取することなく、個体内の真菌および/または細菌を直接検出(画像化)し得るという点において、標識剤として適当な半減期を有する放射性同位元素を用いることが好ましい。より好ましくは、放射性同位元素は、シンチグラフィや、単光子放射計算断層撮影(SPECT)およびポジトロン断層撮影(PET)などの各種断層撮影において通常使用される核種である。シンチグラフィやSPECTに用いられる核種としては、例えば、99mTc、201Ti、67Ga、111In、123I、131I、125I、169Yb、186Re、99Mo等が挙げられる。特に好ましくは、99mTcが挙げられる。PET核種としては、例えば、15O、13N、11C、18F等が挙げられる。
【0015】
放射性同位元素によるトレーサー化合物の標識は、各放射性同位元素について自体公知の方法をそれぞれ用いて行うことができる。例えば、99mTcでトレーサーを標識する場合、例えばRADIOISOTOPES, 53: 155-178 (2004) に記載の手法に従って行うことができる。即ち、トレーサー化合物に、必要に応じてリンカーを介して適当な配位子(例:DTPA、HMPAO、DMSA、MAAなど)を結合し、これをバイアルなどの容器に封入する。99Mo-99mTcジェネレータより溶出した過テクネチウム酸イオン(99mTcO4-)を適当な還元剤(例:塩化第一スズなど)を用いて+1、+3、+4もしくは+5価の酸化数の状態にまで還元し、これをトレーサー化合物を封入した容器中に注入して振とうすることにより、99mTc標識されたトレーサー化合物を得ることができる。99mTcは目的の配位子と直接反応させてもよいし、あるいは最初にグルコン酸や酒石酸などの配位能の弱い配位子と反応させて該配位子との錯体を生成させた後、配位能の強い配位子を作用させて配位子交換を行ってもよい。リンカーとしては、テクネチウム錯体の製造に通常用いられているものを適宜選択して用いることができる。
また、例えば、GlcNAcを18Fで標識する場合(即ち、18F-FAG)、例えば、J. Labelled Compds. Radiopharm., 27: 1317-1324 (1989) に記載の方法に準じて行うことができる。
【0016】
ヒト以外の生物個体、生体から採取した試料(例:血液、組織標本など)や細胞培養物などを被験体として用いる場合には、より半減期の長い放射性同位元素、例えば3H、14Cなども、標識剤として好ましく使用することができる。あるいは、前記した酵素、蛍光物質、発光物質などの使用も好ましい。
【0017】
また、本発明のトレーサー化合物自体を標識せずに、該化合物を特異的に認識し得る抗体を用いて、RIA法、EIA法、FIA法などの各種イムノアッセイを行うことによっても、真菌および/または細菌を検出・画像化することができる。かかる抗体は、本発明のトレーサー化合物をKLHやBSAなどの適当なキャリアに架橋したものを免疫原として、自体公知のポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体作製技術を用いて作製することができる。
【0018】
SPECTやPETなどの放射性同位元素を用いる画像診断以外にも、本発明のトレーサー化合物は、MRIやCTに使用される非放射性の造影剤、例えば、ガドリニウム、ヨード、フッ素などで標識することにより、MRIやCTなどの画像診断用の造影剤として調製することもできる。
【0019】
標識されたトレーサー化合物が全体として電荷を有する場合、生理学的に許容される酸 (例: 無機酸、有機酸) や塩基 (例: アルカリ金属) などとの塩であってもよく、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。この様な塩としては、例えば、無機酸 (例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸) との塩、あるいは有機酸 (例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸) との塩の形態であってもよい。
【0020】
本発明の真菌および/または細菌の検出用試薬は、水もしくはそれ以外の薬学的に許容し得る液との無菌性溶液、または懸濁液剤などの注射剤の形で非経口的に使用できる。
注射のための無菌組成物は注射用水のようなベヒクル中に活性物質、胡麻油、椰子油などのような天然産出植物油などを溶解または懸濁させるなどの通常の製剤実施に従って処方することができる。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液 (例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウムなど) などが用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール (例: エタノール)、ポリアルコール (例: プロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン性界面活性剤 (例: ポリソルベート80TM、 HCO-50) などと併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油などが用いられ、溶解補助剤である安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどと併用してもよい。
【0021】
また、上記試薬は、例えば、緩衝剤 (例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤 (例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤 (例えば、ベンジルアルコール、フェノールなど)、酸化防止剤などと配合してもよい。調製された注射液は通常、適当なアンプルに充填される。
【0022】
このようにして得られる製剤は安全で低毒性であるので、例えば、ヒトや他の温血動物 (例えば、ラット、マウス、ハムスター、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウシ、ウマ、ネコ、イヌ、サル、チンパンジー、トリなど) に対して投与することができる。投与経路は特に制限されないが、例えば、静脈内、筋肉内、腹腔内、皮内、皮下、動脈内投与などが挙げられる。好ましくは静脈内投与である。
【0023】
本発明の真菌および/または細菌の検出用試薬の投与量は、投与対象、投与方法などにより差異はあるが、例えば注射剤の形では、通常、1回あたり、トレーサー化合物量として、約0.0001〜約10mg/kg、好ましくは約0.01〜約0.1mg/kgを静脈内投与するのが好都合である。
また、トレーサー化合物が放射性同位元素で標識されている場合、トレーサー化合物の種類にもよるが、通常、該試薬は単位用量あたり約0.0001〜約10mCi、好ましくは約0.01〜約0.1mCiの放射能強度を有する。単位用量の注射剤の容量としては、例えば、約0.01〜約10mlである。
【0024】
本発明の真菌および/または細菌の検出用試薬は、生体から採取した試料や細胞もしくは組織の培養物などに対してインビトロで適用することもできる。この場合、該試薬を、適当な培地もしくは緩衝液中に適当な濃度となるように添加して、被験体を該培地もしくは緩衝液中でインキュベートすることにより、真菌および/または細菌を検出することができる。該試薬の添加濃度は、トレーサー化合物濃度として、約0.00001〜約10mg/L、好ましくは約0.001〜約0.1mg/Lである。また、トレーサー化合物が放射性同位元素で標識されている場合、培地もしくは緩衝液中の放射能強度は、トレーサー化合物の種類にもよるが、通常、約0.00001〜約10mCi、好ましくは約0.001〜約0.1mCiである。
【0025】
本発明はまた、上記した本発明のトレーサー化合物を用いて、被験体中の真菌および/または細菌の存在の有無を検定する方法を提供する。該方法は、
(1) 本発明のトレーサー(即ち、UDP-N-アセチル-D-グルコサミンもしくはN-アセチルグルコサミンまたはそれを経路内に含む真菌もしくは細菌の細胞壁構成成分の代謝経路内に含まれる他のいずれかの化合物あるいはその誘導体)を被験体に接触させる工程、および
(2) トレーサーの該被験体内への取り込みを検出する工程
を含む。
【0026】
被験体としては、例えば、ヒトや他の温血動物 (例えば、ラット、マウス、ハムスター、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウシ、ウマ、ネコ、イヌ、サル、チンパンジー、トリなど)などの生物個体、該生体から採取した試料(例えば、血液、各種の細胞・組織・臓器)、細胞もしくは組織の培養物、水などの環境サンプルを含む生体以外から採取した試料等が含まれる。
【0027】
被験体が動物個体である場合、被験体のトレーサー化合物との接触は、該化合物の該被検体への投与によって行われ得る。投与経路は特に制限されないが、例えば、静脈内、筋肉内、腹腔内、皮内、皮下、動脈内投与などが挙げられる。好ましくは静脈内投与である。投与量(トレーサー化合物量、放射能強度)としては、上記の通りの量が好ましく例示される。
【0028】
一方、被験体が、生体から採取した試料や細胞もしくは組織の培養物などの場合には、被験体のトレーサー化合物との接触は、トレーサー化合物を適当な濃度で含む溶液中で該被験体をインキュベートすることにより行われ得る。被験体が動物細胞もしくは組織である場合、該溶液は、例えば、最小必須培地、ダルベッコ改変イーグル培地、ハム培地、F12培地、RPMI1640培地、ウイリアムE培地等の培地、あるいは生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水などの等張な緩衝液が挙げられる。溶液中のトレーサー化合物の濃度としては、約0.00001〜約10mg/L、好ましくは約0.001〜約0.1mg/Lが挙げられる。トレーサー化合物が放射性同位元素で標識されている場合、溶液中の放射能強度は、約0.00001〜約10mCi、好ましくは約0.001〜約0.1mCiである。
【0029】
本発明の方法に用いられるトレーサー化合物は好ましくは標識剤を用いて標識されている。この場合、トレーサーの被験体内への取り込みは、該標識剤を検出することにより行われる。ここで「被験体内への取り込み」とは、実際には、存在するとした場合における被験体内の真菌および/または細菌の菌体内への取り込みを意味し、被験体自身の細胞内への取り込みを意味するものではない。しかし、後述するように、ある種の感染症の病態においては感染巣が形成されないので、例えば、接触後に被験体に保持される(もしくは保持されない)トレーサー量と初期トレーサー量とを比較することにより、真菌および/または細菌の存在を判定する。この場合、直接的に測定されるのは被験体に取り込まれた(もしくは取り込まれなかった)トレーサー量であるので、本明細書において「被験体内への取り込み」とは、かかる実施態様をも含む包括的な表現として理解されるべきである。
【0030】
被験体がヒトや他の動物などの生物個体である場合、トレーサーの該被験体内への取り込みは、好ましくはシンチグラフィー、単光子放射計算断層撮影(SPECT)、ポジトロン断層撮影(PET)等、より好ましくはSPECTもしくはPETにより検出・画像化される。
シンチグラフィーの場合、前記した放射性同位元素で標識したトレーサー化合物を生物個体に投与した後、トレーサーの体内分布をシンチカメラにより描出する。SPECTおよびPETの場合、前記した放射性同位元素で標識したトレーサー化合物を生物個体に投与した後、それぞれ専用の断層撮像装置を用いて横断断層面を描画する。撮像開始時間は、標識剤の核種にもよるが、例えば、トレーサーの投与直後〜72時間後、好ましくは5分後〜24時間後、より好ましくは10分後〜4時間後が挙げられる。
【0031】
例えば、菌血症や敗血症などにおいては、感染巣が形成されないので、真菌や細菌の感染を画像化により明らかにすることが困難な場合がある。このような場合には、体外へ放出される(例えば、尿中に排泄される)トレーサー量を標識剤を指標にして検出・定量し、これと被験体に投与したトレーサー量とを比較することによって、被験体内に取り込まれたトレーサーを算出して被験体内の真菌および/または細菌の存在の有無を判定することができる。好ましくは、算出される残存トレーサー量を真菌および/または細菌に感染していないことが明らかな対照と比較して、残存トレーサー量が有意に高い場合に、被験体内に真菌および/または細菌が存在すると判定することができる。
【0032】
一方、被験体が生体から採取した試料や細胞もしくは組織の培養物などの場合には、前記した放射性同位元素で標識したトレーサー化合物を含む溶液(例えば、培地もしくは等張な緩衝液など)で該被験体をインキュベートした後、常法に従ってオートラジオグラフィーを行うことにより、真菌および/または細菌を画像化して検出することができる。あるいは、前記した酵素や蛍光物質、発光物質などで標識したトレーサー化合物を用い、該酵素活性や蛍光もしくは発光量を常法に従って測定することによっても、真菌および/または細菌を検出することができる。当該測定をin situで行うことにより、真菌および/または細菌を画像化して検出することもできる。
【0033】
以下に実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
実施例1
(1) アスペルギルス菌(福井大学医学部附属病院検査部細菌部門から譲渡されたもの)を斜面培地(サブロー培地)で培養し、一面に増殖した時点で、生理的食塩水を加えて、表面を擦過してアスペルギルス菌の懸濁液を調製した。
ddy系のマウス(Japan SLC co.Ltd., JAPAN)、雄、35-45gの尾静脈に、アスペルギルス菌懸濁液を0.1-0.2ml静脈内投与した。投与から約6日後、腹腔内にUDP-N-acetyl-D-glucosamine[6-3H(N)](UDP-Glc-NAc-3H) (ARC, JAPAN)を3.3μCi〜25μCi、N-Acetyl-D-glucosamine[glucosamine-6-3H](Glc-NAc-3H)(ARC, JAPAN) を10μCi投与した。投与後3時間で、安楽死させたのち、剖検し、各臓器を20%ホルマリン溶液に入れて固定した。約2日間の固定後、通常の病理標本を作製し、HE染色、グロコット染色を行い、感染巣の確認を行った。また、未染色標本を脱パラフィン後、オートラジオグラフィー乳剤Autoradiography Emulsion Type NTB (Kodak, USA)に漬けて、乾燥剤と共に、冷暗室で2週間感光させた。感光後、コダックD-19 (Kodak, USA)現像液で、10秒から10分まで現像時間を変えて現像し、定着、水洗を行い、ヘマトキシリンによる後染色を行った。
【0035】
(2) 菌体の細胞壁のキチン成分に取り込まれたかどうかを確認するために、未染色標本を脱パラフィン後、キチナーゼ:Chitinase from Streptomyces griseus (Sigma, USA)で、1.0mg/ml、37℃、1時間・2時間・3時間の処理を行い、その後に同様にオートラジオグラフィーを行った。
【0036】
その結果、アスペルギルスは腎盂に感染巣を形成することが多かった(図1)。感染が重症な場合は、肝臓や肺、脳などにも微小な感染巣を認めることができた。UDP-Glc-NAc-3Hを投与し、オートラジオグラフィーを行った場合、菌体に一致してトリチウムにより感光した黒色粒子を認めることができた(図2)。背景のマウス組織に、特異的な粒子の集積はなく、菌体のみに特異的に認められた。
キチナーゼ処理を行った標本は、粒子がキチナーゼ処理時間に反比例して減少していった(図3)。
Glc-NAc-3Hを投与した場合も、UDP-Glc-NAc-3H を投与した場合と同様に菌体に一致して、トリチウムに感光した黒色粒子を認めた(図4および5)。
【0037】
実施例2
細胞株6種(ThyL-6: 胸腺癌細胞株、HepG2: 肝癌細胞株、MDA-MB-231: 乳癌細胞株、HEK293; 胎児腎細胞株、MOLT-4: T細胞リンパ腫細胞株、K562: 骨髄性白血病細胞株)と大腸菌(E.coli)およびアルペルギルス菌を培養し、増殖期において、培養液1ml中に、1.8μCiのUDP-N-acetyl-D-glucosamine[6-3H(N)]あるいは、N-Acetyl-D-glucosamine[glucosamine-6-3H] を添加した。3時間後、遠心し、上清を吸引し、PBSを添加し再び遠心後、上清を吸引し、PBSを添加し、遠心し、上清を吸引し、ペレットに組織溶解剤ソルーソル溶解剤(SolusolTM, National Diagnostic, Co.Ltd. USA)0.5mlを添加して、細胞・菌を溶解した。溶解液を液体シンチレーションバイアルに入れ、シンチレーションカクテル剤、ソルシンチA(SoluscintTMA, National Diagnostic, Co.Ltd. USA)5.0mlを入れ、シンチレーションカウンター(ALOKA, Co.Ltd. JAPAN)で測定した。細胞株、菌ともに、それぞれ2個ずつ同じことを行った(n=2)。結果を表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
UDP-Glc-NAcやGlc-NAcは大腸菌にも取り込まれることが示された。また、MOLT-4やHepG2の腫瘍細胞株には、Glc-NAcがごく少量とりこまれるが、アスペルギルスや大腸菌への取り込みとは明瞭に区別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】アスペルギルス感染マウスにおける感染巣の確認試験の結果を示す図である。(A)および(B):ヘマトキシリン−エオジン(HE)染色。(C)〜(E):グロコット染色。(A)および(C)において左上は腎盂切片の標本を示す。(B)は(A)中の四角で囲った部分の拡大図である。(E)は(D)中の四角で囲った部分の拡大図であり、(D)は(C)中の四角で囲った部分の拡大図である。
【図2】UDP-GlcNAcを投与したアスペルギルス感染マウスにおける感染巣のオートラジオグラフィー像を示す図である。(D)、(C)、(B)、(A)の順でより高倍率の像を示す。
【図3】UDP-GlcNAcを投与したアスペルギルス感染マウスの標本における、キチナーゼ処理直後、1、2および3時間後のオートラジオグラフィー像を示す図である。
【図4】アスペルギルス感染マウスにおける感染巣のグロコット染色像((A)および(B))、並びにGlcNAcを投与したアスペルギルス感染マウスにおける感染巣のオートラジオグラフィー像((C)および(D))を示す図である。
【図5】アスペルギルス感染マウスにおける感染巣のグロコット染色像、並びにGlcNAcを投与したアスペルギルス感染マウスにおける感染巣のオートラジオグラフィー像を示す図である。
【図6】真菌の細胞壁構成成分の代謝経路の一例を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
UDP-N-アセチル-D-グルコサミンもしくはN-アセチルグルコサミンまたはそれを経路内に含む真菌もしくは細菌の細胞壁構成成分の代謝経路内に含まれる他のいずれかの化合物あるいはその誘導体をトレーサーとして含有してなる、真菌および/または細菌の検出用試薬。
【請求項2】
トレーサーが、UDP-N-アセチル-D-グルコサミンもしくはN-アセチルグルコサミンまたはその誘導体である、請求項1記載の試薬。
【請求項3】
トレーサーが標識されてなる、請求項1または2記載の試薬。
【請求項4】
標識物質が放射性同位元素である、請求項3記載の試薬。
【請求項5】
放射性同位元素がγ線もしくはポジトロン放出核種である、請求項4記載の試薬。
【請求項6】
造影剤である請求項1〜5のいずれかに記載の試薬。
【請求項7】
被験体における真菌および/または細菌の存在の有無を検定する方法であって、
(1) UDP-N-アセチル-D-グルコサミンもしくはN-アセチルグルコサミンまたはそれを経路内に含む真菌もしくは細菌の細胞壁構成成分の代謝経路内に含まれる他のいずれかの化合物あるいはその誘導体をトレーサーとして該被験体に接触させる工程、および
(2) トレーサーの該被験体内への取り込みを検出する工程
を含む方法。
【請求項8】
被験体が動物個体であり、被験体へのトレーサーの接触が該被験体への該トレーサーの投与により行われる、請求項7記載の方法。
【請求項9】
トレーサーが、UDP-N-アセチル-D-グルコサミンもしくはN-アセチルグルコサミンまたはその誘導体である、請求項7または8記載の方法。
【請求項10】
トレーサーが標識されてなる、請求項7〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
標識物質が放射性同位元素である、請求項10記載の方法。
【請求項12】
シンチグラフィ、単光子放射計算断層撮影法もしくはポジトロン断層撮影法によりトレーサーを検出する、請求項11記載の方法。
【請求項13】
真菌および/または細菌を画像化する、請求項7〜12のいずれかに記載の方法。

【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−206444(P2008−206444A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−46292(P2007−46292)
【出願日】平成19年2月26日(2007.2.26)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【Fターム(参考)】