説明

眼科用水性注射可能組成物およびその使用方法

本発明は、硝子体内に注射するのに適切な眼科用組成物を提供することに関する。この組成物は、眼の中で、一種以上の内因性成分(例えばヒアルロン酸)と反応して高粘性塊を形成する量の複合化剤を含有する。この塊は、治療剤の望ましい放出プロフィールを創出するのに役立ち得る。一般的に、複合化剤は、組成物がヒトの眼の中に注射されるとき、ヒトの眼の硝子体液中に高粘性塊を形成するのに十分な量で供給される。この高粘性塊は、一般的に、硝子体液中で、この塊が崩壊することおよび/またはこの高粘性塊から治療剤が拡散することによって、治療剤を放出する。これは、治療剤を、長期間にわたって放出できるので有利である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願への相互参照
本出願は、2009年9月23日に出願された米国仮特許出願第61/244,916号に対して米国特許法§119の下、優先権を主張する。この出願の全内容は本明細書において参照として援用される。
【0002】
発明の技術分野
本発明は眼科用水性注射可能組成物に関する。より詳しくは、本発明は、眼科用水性注射可能組成物であって、上記組成物をヒトまたは動物の眼に注射するときその組成物の薬物送達能力を増強するための複合化剤(例えば陽電荷ポリマーまたは他の化合物)を含有する眼科用水性注射可能組成物に関する。
【背景技術】
【0003】
発明の背景
一般的に、硝子体内注射は、眼の病気、例えば加齢黄斑変性(AMD)、糖尿病黄斑浮腫(DME)、および炎症などを処置するため、治療剤を、眼に、特に眼の硝子体液に送達するのに使用されている。硝子体内注射は、局所送達などの他の送達機序と比べて眼の標的部位(例えば網膜)の生物学的利用能を増大できるので、特に望ましいことが多い。
【0004】
硝子体内注射は、一般的に好ましい形態の薬物送達を行うが、欠点もあり、幾種類もの合併症を起こすことがあり得る。多くの治療剤は、硝子体内注射を行った後でも標的の眼の組織への浸透が困難である。いくつかの例では、治療剤の溶解性または親水性が劣ることが原因で浸透が困難になり得ることがある。他の例では、治療剤の大きさ、分子量または他の特性が原因で透過性が低下して、浸透性が低下する原因になることがあり得る。
【0005】
硝子体内注射はまた、他の欠点を有することがある。一例を挙げると、治療剤が粒子(例えば懸濁されたサブミクロン粒子またはナノ粒子)の形態であるときの硝子体内注射は、その粒子が好ましくない状態で分散している場合、視力を阻害し得る。他の例の場合、硝子体内注射は、注射角の変動と多様な眼の大きさが原因で送達部位がかなり変動し得ることがあるので、一貫して、治療剤を、硝子体内注射によって標的部位に近接して提供することが困難であることがあり得る。さらに別の例では、硝子体内注射は、特に治療剤が相対的に溶解しやすい場合、治療剤が好ましくない高濃度で標的部位または別の部位に送達されることになることがあり得る。
【0006】
上記のことに加えて、硝子体内注射によって送達される治療剤は、注射後、眼の中で急速度で分散し得ることが多いので、作用の持続性を欠くことがあり得る。そのように持続性を欠いていると、注射の頻度をより多くすることが必要になり得るので特に望ましくない。
【0007】
上記のことからみて、上記欠点の一つまたは任意の組み合わせを克服する硝子体内注射を提供することが特に望ましい。したがって、本発明は、より望ましい硝子体内注射を可能とする眼科用組成物、システムおよび方法を提供する。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明の要旨
本発明は眼科用注射可能組成物に関する。上記組成物は、一般的に治療剤、複合化剤および水を含有する。一般的に、複合化剤は、組成物がヒトの眼の中に注射されるとき、ヒトの眼の硝子体液中に高粘性塊を形成するのに十分な量で供給される。この高粘性塊は、一般的に、硝子体液中で、この塊が崩壊することおよび/またはこの高粘性塊から治療剤が拡散することによって、治療剤を放出する。これは、治療剤を、長期間にわたって放出できるので有利である。
【0009】
複合化剤は一般的に陽電荷を有する。好ましい複合化剤は、ポリアミノ酸類、ガラクトマンナンポリマー(例えば、カチオン誘導体化ガラクトマンナンポリマー)、第四級アンモニウム化合物、セルロース系ポリマーまたはこれらの混合物から選択できる。このような剤は、好ましくは、硝子体中で、内因性ヒアルロン酸、コラーゲンまたはその両者と複合して高粘性塊を形成できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
発明の詳細な説明
本発明は、硝子体内注射で送達するのに特に適切な眼科用組成物を提供することに基づく。その眼科用組成物は、一般的に、眼科用治療剤、複合化剤および水を含有する。注射すると、その複合化剤は、硝子体の内因性成分(例えばヒアルロン酸)と複合して(例えばイオン性相互作用を行って)、硝子体内に高粘性塊を形成する。この塊は、下記:a)眼の中での治療剤の放出を遅延させること;b)眼の中での治療剤の望ましくない移動を抑制すること;c)眼の中で自然に崩壊する持続性放出ビヒクルを提供すること;および/もしくはd)網膜の高い治療剤濃度に対する暴露を減らすことによっていくつもの治療剤の網膜に対する毒性を低下させること、またはこれら事項の任意の組み合わせ、の一つ以上を促進することができ、有利である。
【0011】
特に断らない限り、すべての成分の濃度は%(w/v)で示してある。
【0012】
本発明の眼科用組成物の治療剤は、一般的に、硝子体内注射としてその剤を送達する際に通常、問題になる一つ以上の特性を示す。この治療剤は、その疎水性または他の特性によって相対的に低い溶解性を示すことがある。あるいは、この治療剤はその親水性または他の特性によって相対的に高い溶解性を示すことがある。さらにまたはあるいは、この治療剤は、分子量が比較的高くて、その生体膜に浸透する性能に影響し得ることがある。
【0013】
本治療剤は、固体、半固体または液体の形態で提供され得る。この治療剤は、粒子(例えばサブミクロン粒子またはナノ粒子)として固体状態で存在することができ、そして複合化剤で形成される複合体(例えばカチオン/アニオン性ポリマー複合体)が、粒子を封入して、そして治療剤を、一つ以上の機序(少なくともそのいくつかは本明細書中で考察する)によって放出できるように、特に考慮されている。粒子として提供される場合、その平均粒径は、一般的には少なくとも1ナノメートルであり、より一般的には少なくとも約10ナノメートルであり、そして一般的には10ミクロン未満であり、より一般的には1ミクロン未満であり、場合によっては約500ナノメートル未満であり得る。
【0014】
本発明のための溶解度が相対的に低い治療剤とは、その治療剤が、0.01%未満、より一般的には0.005%未満の水に対する溶解度を示すことを意味する。水に対する溶解度は、本明細書で使用する場合、特に断らない限り、25℃および大気圧下で測定される。これらの水に相対的に溶解しにくい治療剤は一般的に疎水性である。したがって、これらの剤は、logD値が一般的には0.3より大きく、より好ましくは0.8より大きく、より好ましくは1.5より大きく、場合によっては2.7より大きく、または5.0より大きい。
【0015】
本明細書で使用する場合、logDは、二相すなわちオクタノール相および水相の各相における治療剤のすべての形態(イオン化形態+非イオン化形態)の濃度の合計の比率である。分配係数を測定するとき、水相のpHは、化合物の導入によって有意に変動しないように7.4に緩衝される。一溶媒中の溶質の各種形態の濃度の合計の、別の溶媒中のその溶質の各種形態の濃度の合計に対する比率の対数値はLogDと呼称される。すなわち
LogDオクタノール/水=log([溶質]オクタノール/([溶質]イオン化水+[溶質]中性水))
で表される。
【0016】
溶解度が相対的に低い治療剤の例としては、限定されないが、下記のもの、すなわちステロイド類(例えばコルチコステロイド類)、例えばデキサメタゾン、プレドニゾロン(例えばプレドニゾロンアセテート)、フルオロ−ステロイド(例えばフルオロメトロン)、トリアムシノロンアセトニドなど;多標的結合プロフィールを有する受容体チロシンキナーゼ阻害剤(RTKi)、例えばN−[4−(3−アミノ−1H−インダゾール−4−イル)フェニル]−N’−(2−フルオロ−5−メチルフェニル)尿素;および/またはシクロオキシゲナーゼI型およびII型阻害剤とも呼称されるプロスタグランジンH合成阻害剤(Cox IまたはCox II)、例えばジクロフェナク、フルルビプロフェン、ケトロラク、スプロフェン、ネパフェナク、アンフェナク、インドメタシン、ナプロキセン、イブプロフェン、ブロムフェナク、ケトプロフェン、メクロフェナメート、ピロキシカム、スリンダク、メフェナム酸(mefanamic acid)、ジフルニサル(diflusinal)、オキサプロジン、トルメチン、フェノプロフェン、シプロフロキサシン、ベノキサプロフェン、ナブメトム、エトドラク、フェニルブタゾン、アスピリン、オキシフェンブタゾンが挙げられる。
【0017】
本発明のための溶解度が相対的に高い治療剤とは、その治療剤が、少なくとも0.3%、より一般的には少なくとも1.0%の水に対する溶解度を示すことを意味する。これらの相対的に水溶性の治療剤は一般的に親水性である。したがって、これらの剤は、一般的にはlogD値が約0.1未満であり、より一般的には約0.05未満であり、場合によっては約0.01未満であり得る。
【0018】
溶解度が相対的に高い治療剤の例としては、限定されないが、フルオロキノロン類、例えばモキシフロキサシン、バンコマイシン、ガチフロキサシンなど、ならびにタンパク質類および/またはペプチド類、例えばラニズマブ、ベバシズマブなど、ならびにある特定の抗ウイルス剤、例えばガンシクロビルが挙げられる。
【0019】
本発明のための分子量の高い治療剤とは、その剤の平均分子量が、少なくとも1000ダルトン、より一般的には少なくとも10,000ダルトン、さらにより一般的には少なくとも50,000ダルトンであることを意味する。その平均分子量は、一般的には150,000ダルトン未満であり、場合によっては80,000ダルトン未満であり得る。比較的分子量の高い治療剤の例としては、限定されないが、ラニズマブ、ベバシズマブ、ペガプタニブ(ペガプタニブナトリウム)などが挙げられる。
【0020】
用語「複合化剤(complexing agent)」は、本明細書で使用する場合、硝子体の一種以上の内因性成分と複合して高粘性塊を形成できる化合物を意味する。その複合反応は、好ましくは、複合化剤と硝子体の一種以上の成分とのイオン性相互作用(例えば引力)によって起こるが、他の相互作用(例えば化学反応)が代わりにもしくは追加して複合体を形成することがある。好ましい複合化剤は、カチオン電荷(すなわち陽電荷)を有するので、硝子体内で内因性ヒアルロン酸、コラーゲンまたはその両者とイオン複合体を形成して高粘性塊を形成することができる。また複合化剤は、好ましくは陽電荷のポリマーである。さらに複合化剤は、好ましくは、生物学的に相溶性でもある。また、複合化剤、複合化剤と内因性硝子体成分(例えばヒアルロン酸)との複合体およびその結果形成された高粘性塊は、硝子体内で生物学的に侵食されて、高粘性塊および/またはそれが形成された後の複合体が、徐々に崩壊するのを助けることも好ましいことである。粘質性塊および/または複合体の形成と崩壊についてはさらに以下で考察する。
【0021】
複合化剤として利用できる多種類の化合物がある。非常に好ましい化合物としては、限定されないが、ポリアミノ酸、ガラクトマンナン(例えばカチオン誘導体化)、アミン化合物類、セルロース系化合物類(例えばカチオン性セルロース系化合物類)、第四級アンモニウム化合物類またはこれら化合物の任意の組み合わせが挙げられる。当然、一複合化剤が、その化学的特性によって、これらカテゴリーの二つ以上に分類されることもあり得る。これら複合化剤は、各々、ポリマー形態および/または陽電荷の形態で提供できる。複合化剤は、一般的には、本発明の組成物中に、少なくとも0.01w/v%の量で、より一般的には少なくとも0.1w/v%の量で、さらにより一般的には少なくとも0.5w/v%の量で存在する。また、複合化剤の濃度は、一般的には約10w/v%以下、より一般的には約3w/v%以下、場合によっては1.0w/v%以下である。
【0022】
ポリアミノ酸類は、アミノ酸の複数の繰り返し単位で形成された任意のポリマーを含み得る。その例としては、限定されないが、ポリリジン、ポリアルギニン、ポリヒスチジンなどが挙げられる。ポリアミノ酸は、使用する場合、組成物中、一般的には少なくとも0.05w/v%の濃度、より一般的には少なくとも0.2w/v%の濃度、さらにより一般的には少なくとも0.7w/v%の濃度で存在し、そして一般的には10.0w/v%未満の濃度、より一般的には5.0w/v%未満の濃度、さらにより一般的には1.4w/v%未満の濃度で存在する。
【0023】
ポリリジンは好ましいアミノ酸である。ポリリジンは、一般的に下記化学式I:
(I)(C12O)
(但し式中、n=2〜10,000)
で表される。
【0024】
代表的なポリリジン類としては、ポリ−L−リジン、ポリ−D−リジン、ラセミ体ポリ−DL−リジン、これらの誘導体およびこれらの組み合わせが挙げられる。αポリリジン類、εポリリジン類、ポリ−L−リジン類、ポリ−D−リジン類、これらの任意の誘導体、これらの任意の組み合わせなどのいずれかは、特に断らない限り本発明で使用できるように考慮されている。しかし、ポリ−ε−L−リジンが好ましいので、組成物のリジンは、全体または実質的に全体がポリ−ε−L−リジンでよい。用語「実質的に全体」とは、ポリ−ε−L−リジンを指す場合、組成物のリジンの少なくとも70重量%、より好ましくは、少なくとも90重量%がポリ−ε−L−リジンであることを意味する。ポリ−ε−L−リジンは下記スキームに従って形成され得る。
【0025】
【化1】

【0026】
組成物に含有されているポリリジンはいずれも、好ましくは、比較的高い数平均分子量を有する。ポリリジンの数平均分子量は、一般的には少なくとも50,000、より一般的には少なくとも150,000、場合によっては少なくとも300,000であり得る。
【0027】
別の好ましいクラスの複合化剤は、陽電荷のアミン化合物類であり、特に陽電荷のアミンポリマー類である。そのようなアミンポリマー類は、第一級アミン類、第二級アミン類、第三級アミン類またはその組み合わせでもよい。そのようなアミン化合物類またはアミンポリマー類は、アニリン、ピリジン、または他のものなどの芳香族系基または複素環系基を含み得るか、またはそれらの基から誘導され得る。それらから誘導されるヌクレオシド類およびポリマー類は、本発明の組成物用複合化剤として適切な、特に好ましい一クラスのアミン化合物類である。アミン基を含有する多糖類も本発明の組成物用に好ましい。好ましいアミン含有多糖類としては、キトサンおよびキトサンの水溶性誘導体が挙げられる。
【0028】
別の好ましいクラスの複合化剤は、陽電荷を有するようにおよび/または水溶性になるように改質された天然ポリマーの誘導体である。このクラスの中で、セルロース系ポリマーが特に好ましい。特に好ましい一つの陽電荷セルロース系ポリマーは、ポリエトキシル化セルロースとジメチルジアリルアンモニウムクロリドとのコポリマーであり、これを米国化粧品工業会(CTFA)ではポリクォーターニウム−4と呼称する。適切なそのようなポリマーは、商品名CELQUAT SC−230MおよびCELQUAT SC−240Cで市販されており、Akzo−Nobelから入手可能である。これらのポリマーは、改質してさまざまな量の窒素を含有させる(すなわち窒素置換する)ことができ、その置換の増減を利用して複合度をそれぞれ増減することができるので有利である。陽電荷の天然の(例えばセルロース系)ポリマーは、組成物中に含有されている場合、一般的には少なくとも最小で(at least at least)0.01w/v%、より一般的には少なくとも0.05w/v%、さらにより一般的には少なくとも0.2w/v%の濃度で、そして一般的には4.0w/v%未満、より一般的には1.0w/v%未満、さらにより一般的には0.4w/v%未満の濃度で存在する。
【0029】
第四級アンモニウム化合物類も本発明用の複合化剤として使用できる。メチル、エチルもしくはプロピルの側鎖を有するアミノアクリレート類のホモポリマーもしくはコポリマーに基づいて、第四級化が異なる各種の第四級コポリマー類を合成できる。またこれらのモノマーは、他の非イオンモノマーと共重合させることができ、第四級アクリルホモポリマー類、例えば2−メタクリルオキシエチルトリメチルアンモニウムクロリドおよび2−メタクリルオキシエチルメチルジエチルアンモニウムブロミドのホモポリマーならびに第四級アクリレートモノマーと水溶性モノマーとのコポリマーを含む。この第四級アンモニウム化合物類は、組成物中に含有されている場合、一般的には少なくとも最小で0.01w/v%、より一般的には少なくとも0.05w/v%、さらにより一般的には少なくとも0.2w/v%の濃度で、そして一般的には4.0w/v%未満、より一般的には1.0w/v%未満、さらにより一般的には0.4w/v%未満の濃度で存在する。
【0030】
特に好ましい一ポリマー複合化剤は、ヒドロキシエチルセルロースおよびトリメチルアンモニウムクロリド置換エポキシドのポリマー性第四級アンモニウム塩である。この複合化剤は、第四級アンモニウム化合物とセルロース系ポリマーの両方であり、CTFAではポリクォーターニウム−10と呼称する。適切なそのようなポリマーは、商品名UCARE JR−30Mで市販されておりRhodiaから入手可能であるか、または商品名CELQUAT L−200およびH−100で市販されておりAkzo Nobelから入手可能である。別の適切な第四級アンモニウム/セルロース系化合物は、ヒドロキシエチルセルロースおよびトリメチルアンモニウムクロリド置換エポキシドのアルキル修飾第四級アンモニウム塩であり、CTFAではポリクォーターニウム−24と呼称する。そのようなポリマーの一例は、商品名QUATRISOFT LM−200で市販されており、ニュージャージー州エジソン所在のAmerchol Corp.から入手可能である。第四級アンモニウム化合物とセルロース系ポリマーの両者である他の特に好ましいポリマー複合化剤は、ヒドロキシエチルセルロースの各種第四アンモニウム塩を含有し、商品名SOFTCATで市販され、ミシガン州ミッドランド所在のThe Dow Chemical Companyから入手可能である。
【0031】
別の好ましいポリマー複合化剤は、ガラクトマンナンポリマーであり、特にカチオン誘導体化ガラクトマンナンポリマーであり、一般的に、セルロース系ポリマーと考えることができる。特に好ましいのは陽電荷のグアーである。グアー(例えばグアーガム)または他の陽電荷の化学的部分で置換されたガラクトマンナンポリマーが特に望ましい。そのようなガラクトマンナンポリマーは、カチオン置換度(DS)が、一般的には下限が0.01%で上限が3.0%であり、より好ましくは下限が0.1%または0.3%で上限が2.5%である。ガラクトマンナンは、特にグアーガムの場合、数平均分子量(MW)が一般的には下限が50,000で上限が約1,000,000であり、より好ましくは下限が100,000または300,000で上限が約700,000である。特に好ましい一ガラクトマンナンは、陽電荷のグアーガム、例えばO−[2−ヒドロキシ−3−(トリメチルアンモニウム)プロピル]クロリドグアーであり、これは商品名C261NでCosmediaから入手可能である。そのようなガラクトマンナンポリマー(例えばグアーガム)化合物類は一般的に低い毒性を示すので有利である。ガラクトマンナンポリマーは、組成物中に含有されている場合、一般的には少なくとも最小で0.04w/v%、より一般的には少なくとも0.20w/v%、さらにより一般的には少なくとも0.5w/v%の濃度で存在し、そして一般的には7.0w/v%未満、より一般的には3.0w/v%未満、さらにより一般的には1.2w/v%未満の濃度で存在する。
【0032】
本発明の組成物は、液剤、懸濁物または他のものなどとして製剤化することができる。一般的に、本組成物は水性であり、少なくとも50%の水を含み、より一般的には少なくとも95%の水を含んでいる。
【0033】
本発明の組成物は、硝子体内注射用として適切に製剤化されるので、一般的に、複合化剤、治療剤および水だけで、または実質的に複合化剤、治療剤および水だけで製剤化されている。本明細書で使用する場合、実質的に複合化剤、治療剤および水だけとは、組成物が、複合化剤、治療剤および水以外の任意の成分を、5.0w/v%未満、より一般的には4.0w/v%未満、さらにより好ましくは2.0w/v%未満含有することを意味する。
【0034】
他の賦形剤が含有されている場合、その賦形剤は一般的に低濃度で含有されている。他の適切な賦形剤としては、限定されないが、緩衝剤類、塩類、表面活性剤(界面活性剤)類、ポリマー類、等張化剤類、これらの組み合わせなどが挙げられる。懸濁物に対しては、懸濁化剤を使用できる。特に好ましい懸濁化剤としては、限定されないが、ポリマー類、例えば多糖類(例えばキサンタンガム、カルボキシメチルセルロース、コンドロイチン硫酸)およびカルボキシビニルポリマーが挙げられる。
【0035】
本発明の組成物は、一般的に硝子体内注射剤として投与されるので、本発明は送達方法も含んでいる。上記方法では、組成物を、一般的にシリンジ内に入れ、次にシリンジの針を眼(例えばヒトの眼)に挿入し、次いで組成物が眼の中に放出される。注射する前に、組成物は、シリンジを使って、単位量容器から引き出してシリンジ内に入れることができる。あるいは、組成物をシリンジに予め充填しておいてもよい。個人(例えば医師)が一般的に、針を眼に挿入し、次にシリンジのプランジャーを使って、組成物をシリンジの中から眼の硝子体(すなわち、硝子体液)中に放出する。一般的に注射剤の容積は、少なくとも1μLであり、より一般的には少なくとも10μLであり、場合によっては少なくとも100μLであり得、かつ一般的には1000μL未満である。
【0036】
送達すると、組成物、特に複合化剤は硝子体の成分と相互に作用して高粘性塊を形成する。本明細書で使用する場合、用語「高粘性」は、体温(すなわち37℃)において硝子体液の粘度より大きい粘度を意味する。この用語はまた、その塊の粘度が注射する前の組成物の粘度より大きいことを示唆する。好ましくは、高粘性は、硝子体液および/または組成物の粘度の少なくとも105%、より一般的には少なくとも120%、さらにより一般的には少なくとも140%である。この高粘性塊が形成されると、治療剤がその高粘性塊を通じて分散される。高粘性塊を形成する場合、複合化剤は、硝子体内に天然に存在することが分かっている各種成分と相互に作用し得るが、複合化剤は、硝子体内で、少なくとも、内因性ヒアルロン酸、コラーゲンまたはその両者と相互作用することが好ましい。好ましい実施態様では、複合化剤は、硝子体内で内因性ヒアルロン酸と複合してゲル(例えばヒドロゲル)を形成する。この複合体を形成するために、複合化剤が陽電荷を有することが非常に好ましい。
【0037】
高粘性塊を形成した後、その高粘性塊は崩壊し、および/または治療剤が長期間にわたって高粘性塊から拡散して治療剤を放出する。相対的に可溶性または不溶性の治療剤(各種の粒径を有することがある)のために、長期間とは、一般的には少なくとも2時間であり、より一般的には少なくとも8時間であり、場合によっては少なくとも24時間または48時間であり得る。この長期間は、120日間未満または60日間未満であることが多い。この期間にわたって、複合化剤および/または高粘性塊は、生分解によって、また可能性として他の機序によっても崩壊する。好ましくは、リジン、特にポリリジンは、そのアミノ酸のリジンの形態に崩壊し、その結果、それは硝子体から通常の経路を通じて放出される。
【0038】
高粘性塊は、硝子体内のどの位置にでも形成され得る。しかし、網膜の多くの疾患について、高粘性塊は、網膜の窩部の近くに形成されることが望ましい。したがって、全高粘性塊は窩部から10mm以内に、より一般的には5mm以内に、場合によっては3mm以内に形成されるように考慮されている。
【0039】
本発明は、本発明の実施態様によって、各種の利点を提供できる。懸濁物は、一般的に、
相対的に疎水性/不溶解性の治療剤に使用されるが、この場合、高粘性塊は、治療剤の粒子が眼の底部に沈着するのを抑制することができる。相対的に親水性/可溶性の治療剤について、高粘性塊は治療剤の分散を抑制できるので、望ましくない多量の治療剤が眼の中に急速に分散することなくおよび/または治療剤を含有する組成物を相対的に高い頻度で投与する必要もなく、一度に多量の治療剤を注射できる。本発明の組成物は、48時間毎に一回未満、より好ましくは5日間毎に一回未満、さらにより好ましくは10日間毎に一回未満、さらに一層好ましくは20日間毎に一回未満、場合によっては30日間毎に一回未満投与され得るよう考慮されている。本組成物は、一般的には少なくとも60日間毎に一回投与される。さらに、複合化剤は、電荷の相互作用によって、電荷を有する治療剤の分散を抑制する追加の能力を有していてもよい。
【0040】
組成物中の複合化剤のタイプによって、複合化剤の組成物中の量を、硝子体液の密度と実質的に同じ密度を有する高粘性塊が得られるように調整することができることも発見された。そのような密度が上記のように調和すると、高粘性塊は、治療剤が放出される長時間の実質的な期間、眼に対して実質的に静止したままである。そのような実施態様では、高粘性塊の形成のときの密度は、硝子体液の密度より、15%未満、より好ましくは5%未満高いかもしくは低いかである。
【0041】
本発明の組成物のさらに別の利点は、他の注射剤に比べてより容易に眼に注射できることである。高粘性塊は注射する前ではなくて注射のときに形成されるので、本組成物は、注射される前にすでに高粘性の組成物に比べて、特に細いゲージ針を通じて、より容易に注射できる。さらに別の利点とは、組成物が、特に懸濁物として製剤化される場合、治療剤の小粒子の急速の分散を抑制する高粘性塊の能力によって、助けられて、視力の阻害が回避できることである。
【0042】
本組成物は、特に硝子体内に注射することによって各種の眼の病気の処置に使用することができる。本組成物は、加齢黄斑変性(AMD)、糖尿病黄班浮腫(DME)、網膜の感染症、ウイルス感染症、炎症、眼内炎などの疾患を処置するのに特に望ましい。
【実施例】
【0043】
実施例1
ポリ−L−リジン水溶液(1%)をマトリックス材料中に注射した。ポリ−リジンのアミン基は、約10.5のpKa値を有し、陽電荷を有し、pHに左右される電荷密度を有する酸性−中性の溶液に可溶性であった。このマトリックス材料は摘出されたブタの眼またはウサギの眼から得られた硝子体液で形成されていた。したがって、このマトリックス材料は一般的にヒアルロン酸とコラーゲンを含有した。ポリ−L−リジンは、注射されると、マトリックス材料内で、ゲル複合体の形態で、ヒアルロン酸および/またはコラーゲンと高粘性塊を形成した。その後、各高粘性塊は、各種長期間にわたって徐々に侵食された。
【0044】
実施例2
カチオン性グアーC261Nの1%水溶液をマトリックス材料中に注射した。このマトリックス材料は摘出されたブタの眼またはウサギの眼から得られた硝子体液で形成されていた。したがって、このマトリックス材料は一般的にヒアルロン酸とコラーゲンを含有した。このカチオン性グアーは、注射されると、マトリックス材料内で、ゲル複合体の形態で、ヒアルロン酸および/またはコラーゲンと高粘性塊を形成した。その後、各高粘性塊は、各種長期間にわたって徐々に侵食された。
【0045】
実施例3
キトサンならびにラクテートキトサンおよびカルボキシメチルキトサンのようなキトサンの水溶性誘導体をマトリックス材料中に注射した。キトサンのアミン基はpKa値が約6.5で、陽電荷を有し、pHおよびアセチル化度(%)に左右される電荷密度を有する酸性−中性の溶液に可溶性であった。マトリックス材料は摘出されたブタの眼から得られた硝子体液で形成されていた。したがって、マトリックス材料は一般的に、ヒアルロン酸およびコラーゲンを含有した。キトサンとその誘導体は、各々、注射されると、マトリックス材料内で、ゲル複合体の形態で、ヒアルロン酸および/またはコラーゲンと高粘性塊を形成した。その後、各高粘性塊は、各種長期間にわたって徐々に侵食された。
【0046】
実施例4
各種等級のヒドロキシエチルセルロースの第四級アンモニウム塩(SOFTCATポリマー)類を、実施例1に記載したマトリックス材料中に注射した。これらポリマーは各々、マトリックス材料内で、ゲル複合体の形態で、ヒアルロン酸および/またはコラーゲンと高粘性塊を形成した。その後、各高粘性塊は、各種長期間にわたって徐々に侵食された。
【0047】
実施例5
各種等級のCELQUATポリマー類を、実施例1に記載したマトリックス材料中に注射した。これらポリマーは各々、マトリックス材料内で、ゲル複合体の形態で、ヒアルロン酸および/またはコラーゲンと高粘性塊を形成した。その後、各高粘性塊は、各種長期間にわたって徐々に侵食された。
【0048】
出願人は、この明細書に、すべての引用文献の全内容を具体的に援用する。さらに、量、濃度または他の値もしくはパラメータが、範囲、好ましい範囲または好ましい高い値および好ましい低い値のリストのいずれかとして提示されているとき、これは、範囲が別個に開示されているか否かにかかわらず、任意の高い範囲の限界値もしくは好ましい値と、任意の低い範囲の限界値もしくは好ましい値の任意の対で形成されるすべての範囲を具体的に開示しているものと理解されたい。数値の範囲は、本明細書に列挙されている場合、特に断らない限り、その末端値およびその範囲内のすべての整数値と分数値を含むことを意図する。本発明の範囲は、範囲を定義するときに提示される特定の値に限定されないことを意図する。
【0049】
本発明の他の実施態様は、当業者には、本明細書を考察してそこに開示されている本発明を実施することによって明らかになるであろう。本明細書および実施例は、例示しただけで、本発明の真の範囲と趣旨は後述の特許請求の範囲とその均等物とによって示されていることを意図するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
眼科用注射可能組成物であって、
治療剤、
該組成物をヒトの眼に注射すると、該眼の硝子体液中に高粘性塊を形成するのに十分な量の複合化剤、および

を含有し、
該高粘性塊が該硝子体液中で崩壊して該治療剤を放出し、そして/または該治療剤が長期間にわたって該高粘性塊から拡散する、
眼科用組成物。
【請求項2】
前記複合化剤が、陽電荷を有し、ガラクトマンナンポリマー、ポリアミノ酸、第四級アンモニウム化合物、セルロース系ポリマーまたはこれらの組み合わせから選択される、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記治療剤がタンパク質またはペプチドである、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
前記治療剤が親水性である、請求項1、2または3に記載の組成物。
【請求項5】
前記治療剤が疎水性であり、およびナノ粒子、サブミクロン粒子、マイクロ粒子またはこれらの組み合わせとして封入されている、請求項1、2または3に記載の組成物。
【請求項6】
前記複合化剤の量が、前記組成物の、少なくとも0.01w/v%であるが10w/v%以下である、前記請求項のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
前記複合化剤が、前記高粘性塊が、前記長期間のかなりの期間、前記眼に対して実質的に静止したままで存在できる密度で形成されるような複合化剤である、前記請求項のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
前記かなりの期間が、前記長期間の少なくとも50%である、請求項6に記載の組成物。
【請求項9】
実質的に静止が、前記塊の中心が前記長期間の前記かなりの期間に5mm以下移動することを意味する、請求項6または7に記載の組成物。
【請求項10】
前記長期間が少なくとも20日間である、前記請求項のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項11】
前記複合化剤が、前記塊を形成するために、内因性ヒアルロン酸、コラーゲンまたは両者と複合体を形成する、前記請求項のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項12】
前記組成物がヒアルロン酸を実質的にまたは全く含有していない、前記請求項のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項13】
前記組成物がシリンジ内に入れられ、該シリンジが硝子体内に注射するのに適切な針を有する、前記請求項のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項14】
硝子体注射剤を調製および/または投与する方法であって、
シリンジに請求項1〜13のいずれか1項に記載の組成物を充填すること、および
該組成物を、該シリンジでヒトの眼に注射することを含む、方法。

【公表番号】特表2013−505934(P2013−505934A)
【公表日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−530970(P2012−530970)
【出願日】平成22年9月21日(2010.9.21)
【国際出願番号】PCT/US2010/049623
【国際公開番号】WO2011/037908
【国際公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(508185074)アルコン リサーチ, リミテッド (160)
【Fターム(参考)】