説明

眼鏡レンズの製造方法

【課題】光学性能を許容範囲に確保しつつ、見栄えを良好にし、同時に両眼視を快適にすることができる眼鏡レンズの設計方法及び製造方法を提供する。
【解決手段】製造側コンピュータに、顧客側コンピュータから、眼鏡レンズ情報・眼鏡枠情報・処方値・レイアウト情報・加工指示情報・利き眼情報等の眼鏡レンズの加工に必要とされる加工条件データが送信された時、製造側コンピュータに備えられた眼鏡レンズ設計プログラムは、前記送信された眼鏡レンズ情報のデータに基づき、予め用意されているレンズ設計データにより左眼、右眼の光学性能を含む因子を比較検討し、利き眼情報に応じ左眼、右眼の光学性能を含む因子のバランス調整を行い、その顧客に適した利き眼比率となる眼鏡レンズの光学設計を行い、左右の処方レンズを決定する処理を実行し眼鏡レンズを製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、度数を含む処方が左右眼で所定以上異なる場合にも、見栄えと光学性能とを両立させ、さらに両眼視を快適なものとする眼鏡レンズを得ることを可能とする眼鏡レンズの製造方法及び眼鏡レンズに関する。
【背景技術】
【0002】
視力を矯正する眼鏡レンズを処方するに当たって、左右眼が同じ視力を有する場合には、左右眼で同じ屈折力(度数)のレンズを用いて処方することになる。こうして処方された左右の眼鏡レンズは、互いに、第一屈折面(眼鏡レンズ装用状態における物体側の面すなわち前方屈折面)および第二屈折面(眼鏡レンズ装用状態における眼側の面すなわち後方屈折面)の曲率も同じとなり、当然に非点収差・像面湾曲・歪曲収差等の光学性能も同じものとなるので左右の眼鏡レンズの差異に基づく問題が生ずることはない。なお、ここで、一般に、眼鏡レンズの屈折力(度数)は、近似的に第一屈折面の屈折力と第二屈折面の屈折力の和であって、ディオプター(以下Dで示す)という単位で表される。第一屈折面および第二屈折面の屈折力(面屈折力)は、それぞれの面の曲率ρ(単位は1/m、曲率半径R=1/ρ)と、レンズの素材の屈折率nとにより以下の式で定義される。
面屈折力=(n−1)×ρ=(n−1)/R・・・(1)
この場合、眼鏡レンズの第一屈折面の屈折力は特にベースカーブと呼ばれている。
【0003】
しかし、度数を含む処方が左右眼で異なる場合には、必然的に、第一屈折面の曲率もしくは第二屈折面の曲率のいずれか一方又は双方が左右眼で異なることになる。ここで、眼鏡レンズの非点収差を除去する数学的解としてチェルニング(Tscherning)が見いだしたチェルニングの楕円によれば、レンズの度数により、非点収差を除去するために最適なベースカーブ(第一屈折面の屈折力)が異なる。それゆえ、視力が左右で異なる場合には、チェルニングの楕円に従えば、左右のレンズのベースカーブが異なる必要がある。したがって、チェルニングの楕円に従ってレンズを設計した場合、左右の視力が大幅に異なるとき、左右のベースカーブが著しく異なることになる。またパーシバル(Percival)が提唱した、眼鏡レンズの像面湾曲に関するパーシバルフォームであっても同様な結果である。つまり、眼鏡レンズを装用者以外の第三者が外部から見たとき、左右の眼鏡レンズの表面形状が著しくアンバランスに見えることを意味している。それゆえ、光学性能は良いが見栄えが著しく悪いということになる、しかも、個々の屈折力(度数)毎にベースカーブが異なるので、製造コストの面においても不利であった。
【0004】
このため、加工コスト低減やレンズの外観上の見栄えを良くする等の観点から、所定の度数の範囲内でベースカーブを共通化することも行われている。特に、累進屈折力レンズの場合には、ベースカーブ毎に遠方視から中間視を経由し近方視にいたる非点収差の分布および像面湾曲の分布が処方の度数に応じて最適な配置となる基準累進屈折面の設計が施されており、処方度数以外の前述の光学的要素は左右同一にする必要がある、したがって左右の眼鏡レンズのベースカーブを共通化することが必須である。この場合において、チェルニングの楕円によると、眼鏡レンズとして実用的な範囲では、視力に対しベースカーブの曲率が大きいほど非点収差が改善されるので、通常左右の眼鏡レンズのどちらかベースカーブの曲率が大きいものを残る一方に用いている。したがって左右の眼鏡レンズがプラス度数を含む場合にはプラス度数の強度側、マイナス度数同士である場合にはマイナス度数の弱度側のベースカーブを用いる。しかし、この方法で製造したレンズは、左右眼それぞれの視力に対する最適ベースカーブからのずれが左右で異なってしまい、どうしても光学性能がアンバランスになるという問題がある。このような問題を解決し、光学性能を許容範囲に確保しつつ、同時に見栄えも良好なものにできる方法として、処方や光学性能等を確保した上で、左右のレンズの第一屈折面の曲率の差を所定範囲に収めるようにした方法が知られている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2002−202482号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記方法で製造したレンズは、光学性能を許容範囲に確保しつつ、同時に見栄えも良好なものにできる点で優れているが、両眼視の性能が確保できない場合のあることが判明した。
本発明は、上述の背景のもとなされたものであり、光学性能を許容範囲に確保しつつ、同時に見栄えも良好なものにでき、さらに両眼視を快適なものとすることができる眼鏡レンズ製造方法および眼鏡レンズ供給方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述の課題を解決する手段として第1の手段は、
度数を含む処方が左右眼で異なる眼鏡を構成する左右の眼鏡レンズを設計して製造する眼鏡レンズの製造方法において、
前記度数を含む処方の違いが左右眼で所定以上である場合において、
前記左右の眼鏡レンズの前方側(物体側)の屈折面を第一屈折面とし、後方側(眼球側)の屈折面を第二屈折面としたとき、これら左右の眼鏡レンズの第一屈折面および第二屈折面の曲率を設計する際に、前記左右の眼鏡レンズが度数を含む処方条件をそれぞれ満たすようにし、かつ、左右の眼鏡レンズの光学性能が許容範囲内に収まるようにした上で、左右の眼鏡レンズの第一屈折面の曲率の差が所定の範囲内に収まるように、前記左右の眼鏡レンズのうち少なくとも一方の第一屈折面および第二屈折面の曲率を、利き眼比率に応じて選定することを特徴とする眼鏡レンズの製造方法である。
ただし、前記利き眼比率とは、左右眼のうち利き眼である側の眼鏡レンズの光学性能指数と、左右眼のうち利き眼でない側の眼鏡レンズの光学性能指数との比をいう。
ここで、光学性能指数とは、左右眼それぞれの眼鏡レンズの光学性能の明視域の空間的な広がりを指数化したものであり、眼鏡レンズの第一屈折面がBi(単位:ディオプター)であり、処方の度数がDi(単位:ディオプター)であるとき、I(Di、Bi)で表される指数である。したがって、左右眼のうち利き眼である側の眼鏡レンズの光学性能指数は、このレンズの任意の第一屈折面をB1、処方の度数をDmjとしたとき、I(Dmj、B1)で表される。また、左右眼のうち利き眼でない側の眼鏡レンズの光学性能指数は、このレンズの任意の第一屈折面をB2、処方の度数をDmnとしたとき、I(Dmn、B2)である。よって、前記利き眼比率は、左右眼の眼鏡レンズの光学性能指数の比であるI(Dmj、B1):I(Dmn、B2)で表される。
【0007】
第2の手段は、
前記度数を含む処方のうちの度数の処方がプラス度数を含む場合においては左右眼の度数の違いが0.5ディオプター(眼鏡レンズの屈折力の単位、以下Dで示す)以上であり、前記度数の処方がマイナス度数を含む場合においては左右眼の度数の違いが1.0D以上であるとともに、前記左右の眼鏡レンズの第一屈折面の曲率の差が1.0D以内であることを特徴とする第1の手段にかかる眼鏡レンズの製造方法である。
【0008】
第3の手段は、
前記光学性能は、非点収差・像面湾曲・歪曲収差等のうち少なくとも一つであることを特徴とする第1または第2の手段にかかる眼鏡レンズおよび眼鏡レンズの製造方法である。
第4の手段は、
前記左右の眼鏡レンズのうち少なくとも一方の第一屈折面の曲率の選定は、この曲面が非球面になる選定であることを特徴とする第1〜第3のいずれかの手段にかかる眼鏡レンズの製造方法である。
【0009】
第5の手段は、
前記利き眼比率は、動的に空間内の奥行の認識が必要な場合では、利き眼である側の眼鏡レンズの光学性能指数より、利き眼でない側の眼鏡レンズの光学性能指数に、優位性を持たせ、かつ、その優位性が突出しないよう、その比率を4:6から3:7の範囲に収め、逆に、静的に空間内の物体の判別が必要な場合では、利き眼である側の眼鏡レンズの光学性能指数に、利き眼でない側の眼鏡レンズの光学性能指数より、優位性を持たせ、かつ、その優位性が突出しないよう、その比率を6:4から7:3の範囲に納めることを特徴とする第1ないし第4のいずれかの手段に記載の眼鏡レンズの製造方法である。
第6の手段は、
前記動的に空間内の奥行の認識が必要な場合であるか、又は、静的に空間内の物体の判別が必要な場合であるかは、眼鏡レンズ装用者個別の利き眼情報によって決定されるものであることを特徴とする第5の手段にかかる眼鏡レンズの製造方法である。
ただし、前記利き眼情報とは、眼鏡レンズを屋外で装用し動的に空間内の奥行の認識が必要なのか、または屋内で装用し静的に空間内の物体の判別が必要なのか等の眼鏡レンズの用途的条件と、車の運転等のように動的な空間内の奥行の認識が遠方視から近方視までおよぶのか、またはOA作業等のように静的な空間内の物体の判別がおもに近方視のみなのか等の眼鏡レンズの機能的条件と、装用者が遠方視・中間視・近方視それぞれで物体を注視する場合に、左右眼どちらか一方の眼を利き眼とするのであるか等の装用者の肉体的条件とを組み合わせた眼鏡レンズ装用者個別の情報である。
【0010】
第7の手段は、
前記左右の眼鏡レンズのうち少なくとも一方がトーリック面またはアトーリック面を有することを特徴とする第1〜第6のいずれかの手段にかかる眼鏡レンズの製造方法である。
【0011】
第8の手段は、
度数を含む処方が左右眼で異なる眼鏡を構成する左右の眼鏡レンズを設計して製造する眼鏡レンズの製造方法において、
前記度数を含む処方の違いが左右眼で所定以上である場合において、
前記左右の眼鏡レンズの前方側(物体側)の屈折面を第一屈折面とし、後方側(眼球側)の屈折面を第二屈折面としたとき、これら左右の眼鏡レンズの第一屈折面および第二屈折面の曲率を設計する際に、前記左右の眼鏡レンズが度数を含む処方条件をそれぞれ満たすようにし、かつ、左右の眼鏡レンズの光学性能が許容範囲内に収まるようにした上で、左右の眼鏡レンズの第一屈折面の曲率の差が所定の範囲内に収まるように、前記左右の眼鏡レンズ両者の中間的な第一屈折面の曲率を、利き眼比率に応じて選定することを特徴とする眼鏡レンズの製造方法である。
【0012】
第9の手段は、
前記度数を含む処方のうちの度数の処方がプラス度数を含む場合においては左右眼の度数の違いが0.5D以上であり、前記度数の処方がマイナス度数を含む場合においては左右眼の度数の違いが1.0D以上であるとともに、前記左右の眼鏡レンズの第一屈折面の曲率の差が1.0D以内であることを特徴とする第8の手段にかかる眼鏡レンズの製造方法である。
【0013】
第10の手段は、
眼鏡レンズの発注側に設置された顧客側コンピュータと、この顧客側コンピュータと情報交換が可能となるよう接続された製造側コンピュータとを備え、前記顧客側コンピュータと製造側コンピュータとは所定の入力操作に応じて演算処理を行い、情報を相互交換しながら眼鏡レンズの発注または受注処理に必要な処理を行って眼鏡レンズを製造する眼鏡レンズの製造方法において、
前記製造側コンピュータに、前記顧客側コンピュータから、眼鏡レンズ情報・眼鏡枠情報・処方値・レイアウト情報・加工指示情報・利き眼情報(眼鏡レンズの用途的条件と機能的条件、装用者の肉体的条件などの組み合わせ)等の眼鏡レンズの加工に必要とされる加工条件データが送信された時、製造側コンピュータに備えられた眼鏡レンズ設計プログラムは、前記送信された眼鏡レンズ情報のデータに基づき、予め用意されているレンズ設計データにより左眼、右眼の光学性能を含む因子を比較検討し、前記利き眼情報に応じ左眼、右眼の光学性能を含む因子のバランス調整を行い、その顧客に適した利き眼比率となる眼鏡レンズの光学設計を行い、左右の処方レンズを決定することを特徴とする眼鏡レンズの製造方法である。
【0014】
第11の手段は、
眼鏡レンズの発注側に設置された顧客側コンピュータと、この顧客側コンピュータと情報交換が可能となるよう接続された製造側コンピュータとを備え、前記顧客側コンピュータと製造側コンピュータとは所定の入力操作に応じて演算処理を行い、情報を相互交換しながら眼鏡レンズの発注または受注処理に必要な処理を行って眼鏡レンズを製造する眼鏡レンズの製造方法において、
前記製造側コンピュータに、前記顧客側コンピュータから、眼鏡レンズ情報・眼鏡枠情報・処方値・レイアウト情報・加工指示情報・利き眼情報(眼鏡レンズの用途的条件と機能的条件、装用者の肉体的条件などの組み合わせ)等の眼鏡レンズの加工に必要とされる加工条件データが送信された時、製造側コンピュータに備えられた眼鏡レンズ設計プログラムは、
前記送信された眼鏡レンズ情報のデータに基づき、予め用意されているレンズ設計テーブルから左右眼レンズを選択するステップと、
前記選択された左右眼レンズの凸面ベースカーブ差の比較を行うステップと、
前記度数を含む処方の違いが所定以上であり、そのベースカーブ差が予め設定された基準以上である場合に、前記利き眼情報に応じ凸面ベースカーブを左眼、右眼の光学性能を含む因子のバランス調整を行い、凸面ベースカーブをもう一方のベースカーブに非球面形状で近似させ所定の利き眼比率となる再レンズ設計を行うステップを備えていることを特徴とする眼鏡レンズの製造方法である。
【0015】
第12の手段は、
眼鏡レンズの受注側に設置された製造側コンピュータから、前記凸面カーブを揃える前のレンズ形状とこのレンズの処方値を含むデータ、凸面カーブを揃えた後のレンズ形状とこのレンズの処方を含むデータを比較するための表示手段を眼鏡レンズの発注側に設置された顧客側コンピュータに転送し表示することを特徴とする第10又は第11の手段にかかる眼鏡レンズの製造方法である。
【0016】
第13の手段は、
眼鏡レンズの発注側に設置された顧客側コンピュータと、この顧客側コンピュータと情報交換が可能となるよう接続された製造側コンピュータとを備え、前記顧客側コンピュータと製造側コンピュータとは所定の入力操作に応じて演算処理を行い、情報を相互交換しながら眼鏡レンズの発注または受注処理に必要な処理を行って眼鏡レンズを供給する眼鏡レンズの製造方法において、
前記製造側コンピュータに、前記顧客側コンピュータから、眼鏡レンズ情報・眼鏡枠情報・処方値・レイアウト情報・加工指示情報・利き眼情報(眼鏡レンズの用途的条件と機能的条件、装用者の肉体的条件などの組み合わせ)等の眼鏡レンズの加工に必要とされる加工条件データが送信された時、製造側コンピュータに備えられた眼鏡レンズ設計プログラムは、
前記送信された眼鏡レンズ情報のデータに基づき、予め用意されているレンズ設計テーブルから左右眼レンズを選択するステップと、
前記選択された左右眼レンズの凸面ベースカーブ差の比較を行うステップと、
前記度数を含む処方の違いが所定以上であり、そのベースカーブ差が予め設定された基準以上である場合に、前記利き眼情報に応じ凸面ベースカーブを左眼、右眼の光学性能を含む因子のバランス調整を行い、凸面ベースカーブを両者の中間的なベースカーブに非球面形状で近似させ所定の利き眼比率となる再レンズ設計を行うステップを備えていることを特徴とする眼鏡レンズの製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
上述の第1〜第3の手段によれば、度数を含む処方の違いが左右眼で所定以上(例えば1.0D以上)である場合において、度数を含む処方条件および光学性能の差が左右で許容範囲内に収まるようにした上で、左右の眼鏡レンズの第一屈折面の曲率の差が所定の範囲内(例えば1.0D以内)に収まるように、前記左右の眼鏡レンズのうち少なくとも一方の第一屈折面および第二屈折面の曲率を、利き眼比率に応じて選定するようにしたことにより、光学性能を確保した上で見栄えも良く、さらに両眼視も快適に行える眼鏡を構成する眼鏡レンズを得ることができる。
【0018】
このような効果が得られるのは、以下の理由によるものと考えられる。すなわち、人には利き腕(その人が何かをする時に主に使う腕)と同じように利き眼(その人が何かを見る時に主に使う眼)があることは知られている。この利き眼に関して、本発明者の研究によれば、以下の事実が判明した。例えば、車の運転など広い視野、前方および後方との距離感など両眼視による立体視が必要な場面において、利き眼側の眼鏡レンズに重み加重の掛かった眼鏡レンズ設計を施し、両眼視をより快適にしようと試みた。すなわち、利き眼側の非点収差・像面湾曲・歪曲収差等の光学性能を利き眼でないほうのレンズに比較して所定以上少なくする(良くする)ようにした。然るに、予想に反して、立体視の能力低下が起こり、それにより距離感の感覚不足などを招いてしまうことが判明した。これは、利き眼側の光学性能を所定以上良くすると、利き眼のバランス偏重となってしまい、あたかも利き眼側の片眼のみで視界を得る状態に陥り、利き眼と逆側の眼の視野狭窄による左右方向の視野の広さのアンバランス、さらには立体視の能力低下から距離感の感覚不足などを招いてしまうことからであることがわかった。
【0019】
また、これとは逆に、劇場での演劇鑑賞またはオフィスでのOA作業など広い視野や距離感より人物または文字など物体の判別のための分解能が必要な場面において、利き眼の逆側の眼の眼鏡レンズに重み加重の掛かった眼鏡レンズ設計を施してしまうと、利き眼の視力低下により、利き眼の逆側の眼で注視することとなり、人物または文字の判別・認識の能力低下などを招いてしまうことが判明した。このような、解明結果から、左右眼の眼鏡レンズのバランス調整を適切に行わないと、両眼視の視力が低下したり、両眼視が困難になったりする場合があることわかった。
本発明は以上の解明結果に基づいている。
【0020】
ここで、眼鏡レンズにおける非点収差を除去する数学的解であるチェルニングの楕円の形状を考えると、プラス度数を有するレンズでは、レンズの度数が強くなるにつれてベースカーブの曲率の変化が漸増していく傾向になる、逆に、マイナス度数を有するレンズでは、レンズの度数が強くなるにつれてベースカーブの曲率の変化が漸減していく傾向になる、これは、チェルニングの楕円の傾きから分かるように、プラス度数を有するレンズでは傾斜がだんだん急激になる傾向にあり、マイナス度数を有するレンズでは傾斜がだんだん緩やかになる傾向にあるからである。また像面湾曲に関するパーシバルフォームであっても同様の傾向にある。
【0021】
したがって、プラス度数を含む処方においては、左右の度数の違いが0.5D以上の場合に、左右眼の眼鏡レンズの第一屈折面の曲率の差が1.0D以内になるようにし、逆に、マイナス度数を含む処方においては、左右の度数の違いが1.0D以上の場合に、左右の眼鏡レンズの第一屈折面の差が1.0D以内になるようにするのが望ましい。
眼鏡レンズの光学性能としては、非点収差・像面湾曲・歪曲収差等があるが、これらのうち少なくとも一つが許容範囲内であれば、眼鏡レンズとして十分な性能を発揮し、かつ、左右両眼レンズが許容範囲内であれば、互いの性能の差もほぼ同等とみることができるので、眼鏡としての性能も十分なものとなる。
【0022】
さらに利き眼情報に応じて、左右両眼レンズの光学性能を表す指数のバランスを取れば、眼鏡レンズとしての性能はさらに向上する。例えば、非点収差の分布のバランスを取れば、網膜上での結像状態も左右眼でバランスが取れ、両眼視がし易くなる。像面湾曲はm(メリディオナル)像面とs(サジタル)像面の平均値であるから、これの分布のバランスを取れば、周辺視したときの調節量もバランスが取れ、両眼視がし易くなる。歪曲収差は網膜上での像の歪みであるから、これのバランスを取れば、周辺視したときの像の歪みもバランスが取れ、両眼視がし易くなる。これらの収差のバランスを同時に取ることが望ましいが、眼鏡レンズではレンズを構成する屈折面が2面しかないので、複数の収差のバランスを同時に取ることは困難である。
【0023】
上述の第4〜第6の手段によれば、少なくとも第一屈折面を非球面にすることにより、光学性能的にも優れたものを実現するだけでなく、左右のレンズの第一屈折面の曲率差をより少なくして見栄えがさらに良いレンズを実現することが可能となったものである、さらに眼鏡レンズ装用者それぞれの利き眼を設計要素としたことにより、両眼視を快適なものとする眼鏡レンズを得ることができる。
【0024】
上述の第6の手段によれば、眼鏡レンズの左眼用および右眼用のレンズの少なくとも一つがトーリック面またはアトーリック面を有するようにしたことにより、乱視矯正用としても適用できる眼鏡レンズを得ることができる。上述の第7〜第8の手段によれば、光学性能と見栄えの双方に優れ、かつ、左右のバランスも良いので、両眼視も快適な眼鏡を構成する眼鏡レンズを得ることができる。上述の第9〜第11の手段によれば、非点収差や凸面ベースカーブ(第一屈折面)等の光学性能を含む因子を、左右のレンズについて比較検討し、利き眼のバランスを考慮し調整するので、左右のバランスの良い、優れた眼鏡を構成する眼鏡レンズを供給することができる。
【0025】
上述の第12の手段によれば、度数を含む処方の違いが左右眼で所定以上である場合に、左右の眼鏡レンズの第一屈折面の曲率に、利き眼に応じてバランスを調整した両者の中間的なベースカーブを採用することにより、極めて簡単に、光学性能と見栄えが良く、さらに両眼視も快適な眼鏡を構成する眼鏡レンズを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施にかかる眼鏡レンズ供給方法を実施するためのシステムの全体構成図である。
【図2】本発明の実施にかかる眼鏡レンズ供給方法の流れを示すフローチャート図である。
【図3】本発明の実施にかかる眼鏡レンズ供給方法の流れを示すフローチャート図である。
【図4】本発明の実施にかかる眼鏡レンズ供給方法の流れを示すフローチャート図である。
【図5】本発明の実施にかかる眼鏡レンズを発注する際のレンズの種類等の指定を行うオーダーエントリー画面である。
【図6】本発明の実施にかかる外径70φの左眼用累進屈折力レンズの物体側から見た説明図である。
【図7】本発明の実施例1にかかるレンズ設計表である。
【図8】本発明の実施例1にかかる図7の設計表による非点収差分布図であって、図8(a)が右眼の分布図であり、図8(b)が左眼の分布図である。
【図9】本発明の実施例1にかかる右眼の第一屈折面で共通化した場合のレンズ設計表である。
【図10】本発明の実施例1にかかる図9の設計表による場合の非点収差分布図であって、図10(a)が右眼の分布図であり、図10(b)が左眼の分布図である。
【図11】本発明の実施例1における左眼の第一屈折面で共通化して利き眼のバランスを調整した場合のレンズ設計表である。
【図12】本発明の実施例1における図11の設計表による場合の非点収差分布図であって、図12(a)が右眼の分布図であり、で図12(b)が左眼の分布図である。
【図13】本発明の実施例2にかかるレンズ設計表である。
【図14】本発明の実施例2にかかる図13の設計表による場合の非点収差分布図であって、図14(a)が右眼の分布図であり、図14(b)が左眼の分布図である。
【図15】本発明の実施例2にかかる右眼の第一屈折面で共通化した場合のレンズ設計表である。
【図16】本発明の実施例2にかかる図15の設計表による場合の非点収差分布図であって、図16(a)が右眼の分布図であり、図16(b)が左眼の分布図である。
【図17】本発明の実施例2にかかる左眼の第一屈折面で共通化した場合のレンズ設計表である。
【図18】本発明の実施例2にかかる図17の設計表による非点収差分布図であって、図18(a)が右眼の分布図であり、図18(b)が左眼の分布図である。
【図19】本発明の実施例1における左右眼の第一屈折面の中間的なカーブで共通化して利き眼のバランスを調整した場合のレンズ設計表である。
【図20】本発明の実施例1における図19の設計表による非点収差分布図であって、図20(a)が右眼の分布図であり、図20(b)が左眼の分布図である。
【図21】本発明の実施にかかる利き眼を測定する方法の一例の平面図であって、図21(a)が目標物Oを両眼で見ている状態を示す図、図21(b)が目標物Oを両眼で遮蔽版Bの穴を通し探している状態を示す図、図21(c)が左右眼のうち右眼をカバーCで遮断している状態を示す図、図21(d)が利き眼を偏重した設計を施した場合に立体の距離感の感覚不足をきたした状態を示す図である。
【図22】本発明の実施にかかる利き眼のバランス調整を行う眼鏡レンズの設計の大まかな流れを示すフローチャート図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
図1は本発明の実施の形態にかかる眼鏡レンズの供給方法を実施するためのシステムの全体構成図である。図1において、発注側である眼鏡店100とレンズ加工側であるレンズメーカーの工場200とは通信回線300により接続されている。図では簡易的に眼鏡店を一つしか示していないが、実際には複数の眼鏡店が工場200に接続される。この通信回線は、眼鏡店のほかに、一般消費者1001、あるいは眼科医1002とも接続されていてもよい。また、通信回線は公衆通信回線だけでなく専用通信回線であってもよい、さらに通信回線はインターネットを利用したものでもよい。
【0028】
眼鏡店100には、オンライン用の顧客側コンピュータ101およびフレーム形状測定装置102が設置される。顧客側コンピュータ101はキーボード・マウス等の入力装置や、CRTや液晶等の画面表示装置を備えるとともに、通信回線300に接続されている。顧客側コンピュータ101へは、キーボード・マウス等の入力装置から眼鏡レンズ情報・処方値・加工指定等の加工に必要な条件データを入力し、フレームデータにおいては、フレームメーカーの形式・品番等の識別番号、あるいはフレーム形状測定装置102から眼鏡枠実測値が入力され、工場200に送信される。
【0029】
顧客側コンピュータ101から発信されたデータは、通信回線300を経由して工場200の製造側メインフレーム(コンピュータ)201にオンラインで送信される。なお、顧客側コンピュータ101と製造側メインフレーム201との間に、中継局を設けてもよい。インターネットの場合にブラウザーがその機能を有することになる、また、顧客側コンピュータ101の設置場所については、眼鏡店100に限定されたものではない。
【0030】
製造側メインフレーム201は、眼鏡レンズ加工設計プログラムやヤゲン加工設計プログラム等を備え、顧客側コンピュータより発信されたデータに基づき、ヤゲン形状を含めたレンズ形状を演算する。その演算結果は、通信回線300を経由して顧客側コンピュータ101へ返信され、画面表示装置に表示させるとともに、その演算結果であるレンズ形状設計数値を工場200の各製造コンピュータ210、220、230、240、250にLAN・WAN202を経由して送信される。
【0031】
製造側コンピュータ220には、レンズメーター221と肉厚計222とが接続され、製造側コンピュータ220は、レンズメーター221と肉厚計222とで得られる測定値と、製造側メインフレーム201から送信されたレンズ形状設計数値とを比較して、曲面仕上げが完了した処方レンズの受け入れ検査を行うとともに、合格レンズには光学中心・レイアウトの基準を示すマーク(3点マーク)、あるいは累進屈折力レンズの遠用・近用度数測定位置を示すマーク(ペイントマーク)を施す。
【0032】
製造側コンピュータ230には、マーカー231と画像処理機232とが接続され、製造側コンピュータ230は、製造側メインフレーム201から送信されたレンズ形状設計数値に従い、レンズの縁摺りおよびヤゲン加工をする際にレンズをブロック(保持)すべきブロッキング位置を決定し、またブロッキング位置マークを施すことに使用される。このブロッキング位置マークに従い、ブロック用の治工具がレンズに固定される。
【0033】
製造側コンピュータ240には、マシニングセンタからなるNC制御のレンズ研削装置241とチャックインタロック242とが接続され、製造側コンピュータ240は、製造側メインフレーム201から送信されたレンズ形状設計数値に従い、レンズの縁摺り加工およびヤゲン加工を行う。
【0034】
製造側コンピュータ250には、ヤゲン頂点の形状測定器251が接続され、製造側コンピュータ250は、この形状測定器251が測定したヤゲン加工済みのレンズ形状を、製造側メインフレーム201から送信されたレンズ形状設計数値と比較して、加工の合否判定を行う。
【0035】
図2〜図4は本発明の実施の形態にかかる眼鏡レンズの供給方法の流れを示すフローチャート図、図5はレンズの種類・処方値・加工指示等の指定を行うオーダーエントリー画面を示す図である。なお、この処理の流れには、「問い合わせ」と「注文」の2種類があり、「問い合わせ」は、ヤゲン加工を含めたレンズ加工の完了時のレンズ形状予測を返答するように、眼鏡店100が工場200に求めることであり、また「注文」は縁摺り・ヤゲン加工前のレンズ、または縁摺り・ヤゲン加工後のレンズを送るように、眼鏡店100が工場200に求めることである。
【0036】
図2は、眼鏡店100での最初の入力処理の流れを示すフローチャート図である、なお図のSに続く数字はステップ番号を表す。
〔S1〕 スタート操作により、眼鏡店100の顧客側コンピュータ101のレンズ注文
・問い合わせ処理プログラムが起動され、オーダーエントリー画面が画面表示装置に表示される。眼鏡店100のオペレーターはオーダーエントリー画面を見ながら、キーボード
・マウスの入力装置により、注文あるいは問い合わせの対象となるレンズの種類の指定を行う。
【0037】
図5は起動された注文・問い合わせ処理プログラムで表示するオーダーエントリー画面の一例を示す図である。眼鏡店100のオペレーターは欄53の「Rレンズ」または「Lレンズ」項目でレンズの種類を指定する。すなわち、メーカーの商品分類記号が入力され、これによりレンズ材質・屈折率・コーティング・レンズカラー等が、さらに累進レンズであれば光学設計種等が指定できるようになっている。また、欄51が問い合わせの場合には、レンズ種類の違いを比較・検討できるよう2種類のレンズを指定できる。欄52の「形態」項目では、注文または問い合わせのレンズが、縁摺り・ヤゲン加工済みのレンズ(HELP)なのか、または縁摺り・ヤゲン加工を施されないレンズなのかを指定する。欄52の「METS加工」項目では、レンズの厚さをフレームの枠入れに必要最小値になるようにする加工指定や、マイナスレンズのコバ(縁)を目立たなくする面取り、およびその部分の研磨仕上げをする加工指定を行う。欄52の「用途」項目では、レンズの装用状況や装用目的等、つまりレンズ装用時に利き眼のバランスを調整することで、空間の認識を重視するのか、あるいは、物体の判別を重視するのかの指定を行う。この例では、「アウトドア」としているが、「OA作業」または「車の運転」等のレンズ装用時の状況や、「釣り」または「ゴルフ」等のレンズ装用時の目的等を指定しても構わない。
【0038】
欄54の「利き眼指定」項目では、利き眼指定のそのものの有無と、利き眼指定がありの場合には、左右眼のどちらが利き眼(その人が何かを見る時に主に使う眼)であるかの指定とを兼ねている。なお、「利き眼指定」が行われると、前述の欄52の「用途」項目の指定と組み合わされた「利き眼情報」として取り扱われ、左右眼のどちらか一方の眼鏡レンズの光学性能を優先した光学設計を行うのか、さらに光学性能の優先の重み加重をどの程度に行うのかなど眼鏡レンズ設計に影響を及ぼす。
【0039】
また「利き眼情報」は「用途」項目と「利き眼指定」項目とが両方とも入力された場合にのみ機能する。例えば、「用途」項目のみ指定された場合では、左右眼のうちどちらか一方を優先すべきか決定できず、逆に「利き眼指定」項目のみ指定された場合では、動的に空間内の奥行の認識を重視するのか、静的に空間内の物体の判別を重視するのか、決定できないため、左右眼のどちらか一方を優先し設計することはできない、したがって前述の場合には、「用途」項目「利き眼指定」項目両方が指定されない場合も含め、標準的な手法であるチェルニングの楕円に従ったベースカーブによる眼鏡レンズ設計がなされる。
【0040】
さらに「用途」項目と「利き眼指定」項目とが両方とも入力された場合、例えば「用途」項目の指定が動的に空間内の奥行きの認識を重視する「アウトドア」で、「利き眼指定」項目が左眼に「あり」の場合、利き眼側を偏重させないため右眼の眼鏡レンズの光学性能を優先することが設計の最優先課題となり、「用途」項目の指定が静的に空間内の物体の判別を重視する「OA作業」で、「利き眼指定」項目が左眼に「あり」の場合、利き眼を偏重させるため左眼の眼鏡レンズの光学性能を優先することが設計の最優先課題となる。
【0041】
図21は、利き眼を測定する方法の一例の平面図である。図21(a)で、まず初めに目標物Oを両眼で注視する。図21(b)で、次に5mm程度の穴が一つ開いた遮蔽板Bを顔面の前方10cm程度の位置に置き、両眼を開けた状態のまま目標物Oを遮蔽板Bの穴から見つける。図21(c)で、最後に左右眼それぞれを交互にカバーCで遮断する。このとき左右眼のうちカバーCで遮断すると目標物Oが見えなくなる側の眼が利き眼である。目標物Oは遠方視・中間視・近方視それぞれの位置に設置し利き眼を測定する。利き眼を偏重した設計が施された眼鏡レンズを装用した場合は言わば図21(d)の状態であり、距離感の感覚不足などを招いてしまう。また、これ以外にも効き眼を測定するいろいろな方法が知られており、他の方法を用いて利き眼を測定してもよい。なお、図示してはいないが、図5のオーダーエントリー画面の下部に、ソフトキーメニューが表示される、ここでは、画面に登録したデータを送信するための「送信キー」や、画面に入力したデータを登録する「登録キー」や、注文・問い合わせを切り換える「切換キー」や、画面に入力したデータを消去する「消去キー」や、オーダーエントリー画面のページ番号を指定する「頁指定キー」、さらにオーダーエントリーの処理を終了する「終了キー」が表示される。これらのソフトキーは顧客側コンピュータ101のキーボード上にあるファンクションキーにそれぞれ対応付けられ、選択・指定される。
【0042】
〔S2〕 図5の欄53でレンズカラーの指定を行う。
〔S3〕 図5の欄54で左右眼の球面屈折力・円柱屈折力・乱視軸・加入度等のレンズの処方値の基本的な部分を入力し、同様に欄54の加工項目で加工指定等を入力する。欄55ではHELP/METS加工を行う場合に必要となる眼鏡枠(フレーム)の情報を、欄56では眼鏡枠に枠入れする際のレイアウト情報、例えばPD・NPD(近用PD)・SEG(多重焦点レンズの小玉頂点位置)・EP(アイポイント)等と、眼鏡枠に枠入れする際のレンズコバの形状情報、ET(必要最小枠入れコバ厚)・ヤゲンモード・ヤゲン形状等を入力する、なおレイアウト情報とは、眼鏡枠内における瞳孔位置であるアイポイント位置を指定するものである。
【0043】
眼鏡枠の情報は、フレーム測定装置のないインターネットでの眼科医または一般消費者の顧客側コンピュータからのオーダーも対応できるように、メーカーの商品分類番号(フレーム品番)の入力の場合と、直接フレームを測定し、そのデータを入力する場合とが選択できるようになっている。また、その他フレームサイズ・フレーム素材・色・形状・玉型種類等のフレーム情報の一切が入力できるようになっており、プログラムの処理形態が「問い合わせ」の場合には、ステップS1のレンズ種類の指定が1種類であれば、眼鏡枠を2種類まで指定でき、眼鏡枠の違いを比較・検討できる。
【0044】
図5の欄54に「加工1」〜「加工3」項目があるのは、一般的な加工指定、または特別な処方値を入力する部分であり、レンズの加工指定値として、レンズ中心厚さ・レンズコバ厚さ・偏心・レンズ外径・レンチキュラーレンズの有効径・およびレンズ凸面カーブ(ベースカーブ)等が、特別な処方値としてプリズム量・プリズム基底方向またはプリズム水平量・プリズム垂直量が入力できる。さらに、「利き眼指定」項目では、利き眼指定のそのものの有無と、利き眼指定がありの場合には、左右眼のどちらが利き眼(その人が何かを見る時に主に使う眼)であるかの指定とを兼ねている。また、この例では「利き眼指定」を右眼に「ある」として入力しているが、チェックボックスやオプションボタンにより左右眼どちらか一方を指定する方法や、数値によって、例えば右眼60%、左眼40%など左右眼それぞれの光学性能の優先比率などを指定する方法であってもかまわない。
【0045】
図5の欄56の「ヤゲンモード」項目では、レンズのコバのどこにヤゲンを立てるのかによって、「1:1」・「1:2」・「凸ならい」・「フレームならい」および「オートヤゲン」のモードがあり、それらの中から選択する、また例では番号を入力しているがメニューリストから選択するようであってもかまわない。なお、「凸ならい」とはレンズ凸面に沿ってヤゲンを立てるモードである。
【0046】
図5の欄56の「位置」項目は、ヤゲンモードが「凸ならい」・「フレームならい」および「オートヤゲン」の場合に有効であり、ヤゲン頂点の位置をレンズ凸面からどれだけ凹面側へ位置させるかを指定するもので、0.5mm単位で指定する。眼鏡枠が厚く、枠前面からヤゲン溝まで距離がある場合でも、この位置の入力で、レンズ凸面が枠前面に沿うようにヤゲン頂点を位置付けることができる。
【0047】
図5の欄56の「ヤゲン形状」項目では、「標準ヤゲン」・「小ヤゲン」・「コンビ用(コンビネーションフレーム用)ヤゲン」・「溝彫り」・「平摺り」から選択する。「コンビ用ヤゲン」は眼鏡枠に装飾部材が設けられ、レンズが装飾部材に当たるような場合に指定する。また、この例では番号を入力しているが、メニューリストから選択するようであってもかまわない。
【0048】
〔S4〕 図5の欄55で指定した眼鏡枠に対し、図1のフレーム形状測定器102による眼鏡枠形状の測定がすでに完了しているか(形状データを保有しているか)否かを判別する。完了(保有)していればステップS7へ進み、完了(保有)していなければステップ5へ進む。
【0049】
〔S5〕 まず、眼鏡店100の顧客側コンピュータ101において、レンズ注文・問い合わせ処理プログラムからフレーム形状測定プログラムへ処理が渡される。次に、これから形状を測定される眼鏡枠にデータ分類・保存・検索のため測定番号を入力する。また、眼鏡枠の材質(メタル・プラスティック等)を指定し、さらにフレームが曲げられるか否かの指定を行う。眼鏡枠の材質は、レンズを眼鏡枠に枠入れする際に、眼鏡枠にレンズが嵌合するように、材質に応じてヤゲン頂点の周長を補正するためのパラメータとしてステップS11の演算に使用される。眼鏡枠の曲げが不可の指定の場合には、眼鏡枠を曲げずにレンズを枠入れすることができないとき、注文を受けないよう、眼鏡店100の顧客側コンピュータ101に返信し、画面表示装置に受注エラーを表示するようにする。
【0050】
〔S6〕 測定する眼鏡枠をフレーム形状測定器102に固定し測定を開始する。フレーム形状測定器102は、眼鏡枠の左右枠のヤゲン溝に測定子を接触させ、その測定子を、所定点を中心に回転させてヤゲン溝の形状の円筒座標値(Rn、θn、Zn)(n=1,2、・・・、N)を3次元的に検出し、測定データを顧客側コンピュータ101へ送信する。顧客側コンピュータ101では、必要に応じて、それら測定データのスムージングを行い、眼鏡枠の近似トーリック面の中心座標値(a、b、c)・ベース方向半径RB・クロス方向半径RC・トーリック面の法線ベクトル(p、q、r)・さらにフレームカーブCV(眼鏡枠が球面上にあると見做したときの球面の曲率)・ヤゲン溝の周長FLN、フレームPD(眼鏡枠の左右枠の中心間距離)FPD・フレーム鼻幅DBL・眼鏡枠の左右枠の水平/垂直最大幅であるAサイズ/Bサイズ・フレーム最小必要径ED・眼鏡枠の左右枠のなす角度である傾斜角TILTを算出する。
【0051】
〔S7〕 すでに眼鏡枠を測定しデータを保有している場合には、そのデータを読み出す測定番号を入力する。またはメーカーにより眼鏡枠データが提供されている場合には、眼鏡枠の商品分類番号(品番)を入力する。
〔S8〕 測定番号あるいは商品分類番号に従い、該当する眼鏡枠の形状データを顧客側コンピュータあるいは製造側メインフレームから読み出す。
以上のステップS1〜S8により、眼鏡レンズ情報・処方値・利き眼情報・眼鏡枠情報
・レイアウト情報・加工指示情報等のレンズの設計・製造に必要とされる加工条件データが送信される。
【0052】
〔S9〕 図5の欄51では、「問い合わせ」か、または「注文」かの指定をする。以上のステップの実行によって得られたレンズ情報・処方値・眼鏡枠情報・レイアウト情報・さらに利き眼情報等のデータが、通信回線300を介して工場200の製造側メインフレーム201へ送信される、眼鏡枠情報は、2次元の極座標値(Rn、θn)(n=1、2、3、・・・、n)・トーリック面の中心座標(a、b、c)・ベース方向半径RB・クロス方向半径RC・トーリック面の法線ベクトル(p、q、r)・さらにフレームカーブCV・ヤゲン溝の周長FLN・フレームPD(フレーム中心間距離)FPD・フレーム鼻幅DBL・Aサイズ/Bサイズ・フレーム最小必要径ED・傾斜角TILT等である。
【0053】
図3は、工場200での処理の流れ、ならびに工場200からの返信により眼鏡店100で行われる確認およびエラー表示のステップを示すフローチャートである。
〔S10〕 工場200の製造側メインフレーム201には、眼鏡レンズ受注システムプログラム・眼鏡レンズ加工設計プログラム・およびヤゲン加工設計プログラムが備えられている。眼鏡レンズ情報・処方値・利き眼情報・眼鏡枠情報・レイアウト情報・ヤゲン情報等の加工条件データが通信回線300を介して送信されると、眼鏡レンズ受注システムプログラムを経て眼鏡レンズ加工設計プログラムが起動し、レンズ加工設計演算が行われる。
【0054】
まず、眼鏡レンズの処方値・眼鏡枠の形状情報・およびレイアウト情報に基づき、指定レンズの外径が眼鏡枠に対し不足していないかを確認する、レンズの外径が不足している場合には、ボクシングシステムでの不足方向・不足量を算出し、眼鏡店100の顧客側コンピュータ101にレンズ受注エラーを表示するために、眼鏡レンズ受注システムプログラムに処理を戻す。
【0055】
次に、レンズ加工設計プログラムを実行する、以下、レンズ加工設計プログラムの実行内容を説明する。なお、ここでは、上述の図5のオーダーエントリー画面の欄52において、「用途」がアウトドア(屋外)に指定され、さらに欄54において、「利き眼指定」が右眼に行われた場合について説明する。また、アウトドアでの使用であるため物点が無限遠にあるとして設計する。さらに、累進屈折力レンズは特にその設計において、ベースカーブ毎に遠方視から中間視を経由し近方視にいたる非点収差の分布および像面湾曲の分布が処方の度数に応じて最適な配置となる基準累進屈折面の設計が施されており、処方度数以外の光学的要素は左右同一にする必要がある。したがって左右の眼鏡レンズのベースカーブを共通化することが必須であることから、累進屈折力レンズを実施例として説明する。しかし、本発明は、累進屈折力レンズに限られるものではなく、単焦点レンズや多重焦点レンズ等にも適用可能であることは勿論である。
【0056】
以下、累進屈折力レンズの光学設計手法の基本構造部分を簡単に説明し、併せて本発明の説明を行う。
まず、左右眼それぞれの処方に応じて基準累進屈折面が決定される。その基準累進屈折面は、レンズ加工設計プログラムにおいては、凸面および凹面は所定の数式で関数化された面として設定されている。なお、本発明は累進屈折力レンズ面の設計に関するものではないので関数化等の詳細な説明については省略する。また、その場合、上記基準累進屈折面は遠方視・中間視・近方視領域それぞれの眼鏡レンズ全面にわたって度数分布を決定することにより設定されることになる。さらに、上記度数分布を決定するための要素としては、遠方視の処方度数を満たすベースカーブ値、加入度数、遠方視および近方視領域の水平方向度数分布、遠方視・近方視領域の眼鏡レンズ上の配置、累進帯における度数変化の分布、主注視線の配置、非点収差分布の配置、像面湾曲分布の等があり、これら要素によって度数分布が決定される。
【0057】
次に、左右眼それぞれで決定された基準累進屈折面に対し、最適化計算を行って累進屈折面を決定していく。その最適化計算は、所定の具体的度数を決定し、設計入力データとする。この設計入力データに基づいて、レンズ曲面形状を決定し、そのレンズ光学特性を光線追跡法により求める。なお、光線追跡法自体は周知の技術であるので、詳細な説明は省略するが、簡単に説明すると、まず、光線追跡の出発点として回旋点を設定する。次に、レンズ全面に光線追跡を行うレンズ面追跡点を設定する。設定する点の数は多ければ多いほど精度の高い設計が行えるが、同時に演算処理に要する時間も比例的に増加するので注意が必要である。そして、前述の設定されたレンズ面追跡点を通過し、かつ、眼鏡レンズの凸面および凹面を通過できるように射出された、それぞれの光線について所定の光学ファクター(非点収差、像面湾曲、歪曲収差等)を計算していく。例えば、光線追跡領域が近方視領域であった場合、所定の近方の物体距離(近業目的距離:目的とする近方の作業距離)と左右眼の位置、VR値(眼球回旋点からレンズ面までの距離)、遠用PD、フレームデータ、フレーム前傾角を基に装用状態での仮の光学モデルを設定し、光線追跡演算を行うこともある。そして、前述の基準累進屈折面を初期値とし光学特性を所定の光学ファクター(非点収差、像面湾曲、歪曲収差等)で評価し、その評価結果に基づいて以下説明するいろいろな設計ファクターを操作しながら、累進屈折面の候補をあげていき、光学ファクターが所定の設定値以下になったとき最適化計算を終え、累進屈折面(ベースカーブ)を決定する。
【0058】
本発明では、設計ファクターとして特に、レンズ領域の特定(遠方視領域・中間視領域・近方視領域等)と、光学量の指定(表面や透過での非点収差・像面湾曲・歪曲収差等)を、利き眼情報(眼鏡レンズの用途的条件と機能的条件、装用者の肉体的要件などの組み合わせ)のバランス調整による重み付けを行いながら、それぞれの光線に沿った光学量の重み加重の掛かったメリット関数を変化させる最適化計算を行っていく、例えば用途的要件が動的に空間内の奥行きの認識を必要とし、機能的要件が遠方視から近方視におよび、肉体的要件が右眼であった場合には、左眼の眼鏡レンズの光学性能を優先し、さらに遠方視領域では動的に空間内の奥行の認識が重要であるため、左眼の眼鏡レンズの光学性能の優先の度合いが大きく作用し、近方視領域では逆に、静的に空間内の物体の判別が重要であるため、左眼の眼鏡レンズの光学性能の優先の度合いが小さく作用する。そして、左右両眼の光学量の比率が目標の設定光学量以下になったとき、最適化計算を終える。
図22は、利き眼情報のバランス調整によるレンズ設計の概要のフローチャート図である。
〔S31〕 左右眼それぞれを個別に、それぞれの処方の度数に応じた眼鏡レンズの基準設計ファクターを設定する。
〔S32〕 設定された設計ファクターに従い、屈折面を設計する。従来の設計手法ではステップS36へ進む。
〔S33〕 左右眼それぞれの眼鏡レンズの光学性能指数を計算する。
〔S34〕 左右眼それぞれの眼鏡レンズの光学性能指数が、利き眼比率の許容範囲内にあるか否かを判断する。許容範囲内であれば、ステップS36へ進む。
〔S35〕 設計ファクターのいずれかを、利き眼情報のバランス調整範囲内で変化させ、ステップS32に戻る。
〔S36〕 左右眼それぞれの眼鏡レンズの光学ファクターが、許容範囲内にあるか否かを判断する。許容範囲内であれば、屈折面の設計を終了する。
〔S37〕 設計ファクターのいずれかを変化させ、ステップS32へ戻る。
【0059】
図6は左眼用の累進屈折力レンズを第一屈折面側(物体側)から見た図である。図6において、主注視線は、幾何中心Gの上方fの距離に位置する遠方視ポイントFから、累進的に変化していく中間視の途中部分である幾何中心Gを経由し、幾何中心Gの下方nおよび鼻側内方iの距離に位置する近方視ポイントNに至る。この主注視線は、視力および加入度により、最適な経路となるよう変化している。以下、具体的処方の例をいくつか掲げ、その場合に本発明の方法を適用して設計する例を、従来の手法を適用した場合と対比しながら説明する。
【0060】
(実施例1)
この例は、左眼が+4D、右眼が+5D、左右眼とも加入度が2Dの処方がなされており、利き眼情報として、アウトドアでの装用を用途とし、利き眼が右眼に指定されている場合の例である。したがってこの例では動的に空間内の奥行の認識が重要な設計要件であることから、バランス調整は利き眼でない側の眼鏡レンズ、つまり左眼の眼鏡レンズの光学性能が優先される。既存のレンズ設計手法では、まず、初めに予め処方の度数に応じて作成されているレンズ設計表(レンズデータテーブル)が選択され、その表の数値を用いた設計がなされる。図7は実施例1の処方の場合に選択される左右眼それぞれの処方の度数に応じた基準累進屈折面でのレンズ設計表を示す図である。
【0061】
図8は図7の第一屈折面が左右眼それぞれの基準累進屈折面であるレンズ設計表に従いレンズを設計し、その光学性能のうち非点収差を示した図である、図8(a)は右眼、図8(b)は左眼の非点収差分布図であり、0.5D毎の等高線である、この等高線は以下に説明する分布図に共通するものである。また、非点収差に対する人の眼の感度は遠方視が最も敏感であり、中間視から近方視に移るにつれて鈍くなる傾向が認められており、遠方視における明視域は約0.5D以内の非点収差であることが必要であり、近方視においては約0.75Dから1.0D以内の非点収差であれば明視しうることが知られている。
【0062】
上述の通り、累進屈折力レンズは特にその累進面の設計において、ベースカーブ毎に遠方視から中間視を経由し近方視にいたる非点収差分布の配置および像面湾曲分布の配置が処方の度数に応じて最適な配置となるよう基準累進屈折面の設計が施されており、処方度数以外の光学的要素は左右同一にする必要がある、したがって左右の眼鏡レンズの第一屈折面(ベースカーブ)を共通化することが必須である。既存のレンズ設計手法では、前述のチェルニングの楕円により、眼鏡レンズとして実用的な範囲では、視力に対しベースカーブの曲率が大きいほど非点収差が改善されるので、通常左右の眼鏡レンズのどちらかベースカーブの曲率が大きいものを残る一方に用いている。図9は前記既存のレンズ設計方法に従い、左右眼のうち第一屈折面の曲率が大きい右眼の第一屈折面を左眼の第一屈折面と共通化した場合のレンズ設計表である。
【0063】
図10は、図9の第一屈折面を左右眼のうち第一屈折面の曲率が大きい右眼の基準累進屈折面で共通化したレンズ設計表に従いレンズを設計し、その光学性能のうち非点収差を示した図である。図10(a)は右眼の非点収差分布図である。図10(b)は左眼の非点収差分布図である。既存のレンズ設計手法では、ここでレンズ形状設計が完了し、レンズ加工設計およびヤゲン加工設計へと続く。
【0064】
ところが、利き眼指定がなされていない左眼の非点収差分布図に注目すると、既存の設計手法による図10(b)の非点収差分布図は、処方の度数に応じたレンズ設計表での図8(b)の非点収差分布図に比較し、遠方視の明視域が狭まっており光学性能の低下が見て取れる。また図10(a)、(b)の左右眼の非点収差分布図の遠方視の利き眼比率I(Dmj、Br):I(Dmn、Br)はおよそ6:4である。つまり利き眼である右眼のほうが利き眼でない左眼より眼鏡レンズの光学性能が勝っており、利き眼である右眼を偏重した状態に陥りやすくなり、動的に空間内の奥行きの認識が必要であるアウトドアでの装用を用途とした用途的条件に適さない。したがって既存の設計手法では利き眼のバランス偏重が起こり視野の狭さ・距離感の感覚低下等により両眼視の視力に悪影響をもたらしている。そこで、利き眼でない左眼の光学性能を優先するため、左眼の第一屈折面を用いて左右眼の第一屈折面の共通化を図る。
【0065】
図11は利き眼でない左眼の光学性能を優先するため、左眼の第一屈折面を右眼の第一屈折面と共通化した場合のレンズ設計表である。図12は、図11の第一屈折面を利き眼ではない左眼の光学性能を優先するため、左眼の基準累進屈折面で共通化したレンズ設計表に従いレンズを設計し、その光学性能のうち非点収差を示した図である。図12(a)は右眼の非点収差分布図である。図12(b)は左眼の非点収差分布図である。図12(a)、(b)の左右眼の非点収差分布図の遠方視の利き眼比率I(Dmj、Bl):I(Dmn、Bl)はおよそ3:7である。したがって利き眼である右眼より利き眼でない左眼のほうが眼鏡レンズの光学性能が勝っており、眼鏡レンズを経由した視界が左右両眼で均衡した状態になり、アウトドアでの装用を用途とした、動的に空間内の奥行きの認識が必要である用途的要件に適する。つまり利き眼のバランス調整がなされた状態となり、両眼視の視力に好影響をもたらしている。また、光学性能指数の設定について、本発明では、光学性能の明視域の空間的な広がりを指数化したもの中心にしているが、表現方法も含め、本発明を逸脱しない範囲で、例えば、他の光学的収差に起因する評価ファクターを加えて設定することも可能である。
【0066】
(実施例2)
この例は、左眼が+4D、右眼が+6D、左右眼とも加入度が2Dの処方がなされており、利き眼情報として、劇場での装用を用途とし、利き眼が左眼に指定されている場合の例である。したがってこの例では、静的に空間内の物体の判別が重要な設計要件であることから、バランス調整は利き眼である側の眼鏡レンズ、つまり左眼の眼鏡レンズの光学性能が優先される。既存のレンズ設計手法では、まず。初めに予め処方の度数に応じて作成されているレンズ設計表(レンズデータテーブル)が選択され、その表の数値を用いた設計がなされる。図13は、実施例2の処方の左右眼それぞれの処方の度数に応じた基準累進屈折面でのレンズ設計表を示す図である。図14は、図13の左右眼それぞれの処方の度数に応じた基準累進屈折面でのレンズ設計表に従いレンズを設計し、その光学性能のうち非点収差を示した図である。図14(a)は右眼、図14(b)は左眼の非点収差分布図である。
【0067】
次に、前述の既存のレンズ設計手法に従い、左右眼のうち第一屈折面の曲率が大きい右眼の第一屈折面を左眼の第一屈折面と共通化する。図15は第一屈折面の曲率が大きい右眼の第一屈折面で左眼の第一屈折面を共通化した場合のレンズ設計表である。図16は、図15の第一屈折面を曲率が大きい右眼の基準累進屈折面で共通化したレンズ設計表に従いレンズを設計し、その光学性能のうち非点収差を示した図である、図16(a)は右眼の非点収差分布図である。図16(b)は左眼の非点収差分布図である。前述のとおり既存のレンズ設計手法では、ここでレンズ形状設計が完了し、レンズ加工設計およびヤゲン加工設計へと続く。
【0068】
ところが、利き眼指定がなされている図16(b)の左眼の非点収差分布図に注目すると、遠方視における明視域である0.5D以内の非点収差の範囲は、図14(b)の処方の度数に応じたレンズ設計表での非点収差分布図に比較し、狭まっていることが見て取れる。また、図16(a)、(b)の左右眼の非点収差分布図の遠方視の利き眼比率I(Dmj、Br):I(Dmn、Br)はおよそ1:9である。つまり利き眼である左眼より利き眼でない右眼のほうが眼鏡レンズの光学性能が勝っており、利き眼でない右眼で舞台またはスクリーンを注視することとなり、静的に空間内の物体の判別が必要である劇場での装用を用途とした用途適条件に適さない。そこで、利き眼である左眼の光学性能を優先するため、左眼の第一屈折面を用い左右眼の第一屈折面の共通化を図る。
【0069】
図17は利き眼である左眼の光学性能を優先するため、左眼の第一屈折面を右眼の第一屈折面と共通化した場合のレンズ設計表である。また、左眼を優先し右眼の第一屈折面の曲率を小さくすることは、第二屈折面の屈折面の曲率も小さくなることを意味しており、処方のうち度数がプラス度数である場合、眼鏡レンズとして許容されない第二屈折面が凸形状になることを注意しなければならないことは言うまでもない。
【0070】
図18は、図17の第一屈折面を利き眼である左眼の光学性能を優先するため、左眼の基準累進屈折面で共通化したレンズ設計表に従いレンズを設計し、その光学性能のうち非点収差を示した図である。図18(a)は右眼の非点収差分布図である。図18(b)は左眼の非点収差分布図である。図18(a)、(b)の左右眼の非点収差分布図の遠方視の利き眼比率I(Dmj、Bl):I(Dmn、Bl)はおよそ8:2である。したがって利き眼である左眼のほうが利き眼でない右眼より眼鏡レンズの光学性能が勝っており、利き眼である左眼で舞台またはスクリーンを注視することとなり、静的に空間内の物体の判別が必要である劇場での装用を用途とした用途適条件に適する。ところが利き眼比率がおよそ8:2では、優先性の度合いが突出しており、利き眼の過優先となり、かえって両眼視し辛くなる恐れがある。
【0071】
そこで、図13の処方の度数に応じたレンズ設計表の左眼の第一屈折面を初期値として、右眼の第一屈折面までの中間的な値により共通化し、左右眼の利き眼比率が所定の範囲内に収まるよう繰り返し再設計を行う。図19は再設計して得た第一屈折面が中間的な値となるレンズ設計表である。
【0072】
図20は、図19の第一屈折面を繰り返し再設計し適切な利き眼比率にされたレンズ設計表に従いレンズを設計し、その光学性能のうち非点収差を示した図である。図20(a)は右眼の非点収差分布図である。図20(b)は左眼の非点収差分布図である。図14(b)の処方の度数に応じたレンズ設計表での非点収差分布図と比較し、利き眼である左眼の光学性能の低下は避けられないが、図12(a)、(b)の左右眼の非点収差分布図の遠方視の利き眼比率I(Dmj、Bi):I(Dmn、Bi)はおよそ7:3である。したがって利き眼である左眼のほうが利き眼でない右眼より眼鏡レンズの光学性能が勝っており、利き眼である左眼で舞台またはスクリーンを注視することとなり、静的に空間内の物体の判別が必要である劇場での装用を用途とした用途適条件に適する。また当然利き眼比率も適切な値であり、適度な両眼視を提供している。
【0073】
前述例は、累進屈折力レンズを例に用いているが、利き眼比率のバランスを調整することは、単焦点レンズあるいは多重焦点レンズであっても勿論かまわない。
以上により、縁摺り加工前のレンズの全体形状が設計される。ここで、眼鏡枠各方向の動径毎に全周のコバの厚さを調べ、枠入れに必要なコバの厚さを下回る箇所がないかを確認する。そして、レンズの加工のために必要となる、工場200の製造側コンピュータ210に対する加工指示値を算出する。
【0074】
〔S11〕 次に、製造側メインフレーム201では、眼鏡レンズ受注システムプログラムを経て、ヤゲン加工設計プログラムが起動され、ヤゲン加工計算演算が行われる。ヤゲン加工を行うためにレンズを保持する際に基準となる加工原点および回転軸である加工軸を決定し、この加工用座標に今までのレンズ加工設計データを座標変換し、3次元ヤゲン加工の設計演算を行う。
【0075】
〔S12〕 図2のステップS1からS9での入力操作が「注文」ならばステップ14へ進み、また、「問い合わせ」であるならば、問い合わせの結果が通信回線300を介して眼鏡店100の顧客側コンピュータ101へ返信され、ステップS13へ進む。
〔S13〕 このステップは、工場200の製造側メインフレーム201から返信されてきた問い合わせの結果に基づき、顧客側コンピュータ101へ利き眼をバランス偏重した設計、または、逆に利き眼をバランス調整した設計や、ヤゲン加工完了時のレンズの予測形状を画面表示装置に表示し、眼鏡レンズとして問題が無いか確認に供するためにある。
【0076】
利き眼バランス設計では、前記バランスを調整する前のレンズ形状とデータ、バランスを調整した後のレンズ形状とデータとを比較するための表示手段を備える、こうして眼鏡店100では、この表示画面によりバランス設計前後のレンズ形状等を確認し、必要に応じて指定を変更する。
【0077】
〔S14〕 図2のステップS1からS9での指定が「注文」ならば、このステップを実行し、図3のステップ10およびステップ11での加工設計演算においてエラーが発生したか否かを判別する。エラーが発生していた場合には、その結果が通信回線300を介して眼鏡店100の顧客側コンピュータ101へ返信され、ステップS15へ進む。一方、エラーが発生していない場合には、その結果が通信回線300を介して眼鏡店100の顧客側コンピュータ101へ返信され、ステップS16へ進むとともに、ステップS17以降(図4)へ進み、レンズ加工を行う。
【0078】
〔S15〕 注文のレンズは、レンズ加工設計演算またはヤゲン加工設計演算において、何らかの不具合が発生しており、すなわち加工のできないレンズであるから、「注文を受け付けられません」等の、レンズ受注エラーの表示を、眼鏡店100の顧客側コンピュータ101に行う。
〔S16〕 注文のレンズは、レンズ加工設計演算さらにヤゲン加工設計演算ともに、何ら不具合が無いので、「注文を受け付けました」等の、レンズ受注確認の表示を、眼鏡店100の顧客側コンピュータ101に行う。これにより、眼鏡店では、眼鏡枠に確実に枠入れ可能な縁摺り加工前またはヤゲン加工後のレンズを発注したことが確認できる。
【0079】
図4は、工場200で行われるレンズ表面または裏面のどちらか一面、または表裏両面の研磨加工・レンズの縁摺り加工・およびヤゲン加工等の実際の工程を示すフローチャートである。
〔S17〕 図2のステップS1からS9での指定が「注文」であり、さらにレンズ加工設計演算およびヤゲン加工設計演算ともに、何ら不具合が発生していなかった場合のみ、このステップ以降が実行される。すなわち、予め、ステップS10でのレンズ加工設計演算の演算結果が図1の製造側コンピュータ210へ送信されており、粗摺り機211と砂掛け研磨機212とにより、送信された演算結果に従い、レンズ表面または裏面のどちらか一面、または表裏両面の曲面仕上げを行う。さらに、図示していないが、染色・表面処理装置により、染色・表面処理が行われ、縁摺り加工前までの加工が行われる。なお、在庫レンズが指定された場合には、このステップはスキップされる。
【0080】
〔S18〕 ステップS17の実行で縁摺り加工前まで加工された眼鏡レンズに対して、光学性能・外観性能の品質検査を行う。この検査には、図1の製造側コンピュータ220・レンズメーター221・肉厚計222が使用され、合格レンズには、光学中心・レイアウトの基準を示すマーク(3点マーク)、あるいは累進屈折力レンズの遠用・近用度数測定位置を示すマーク(ペイントマーク)を施す。なお、縁摺り加工前までの眼鏡レンズを眼鏡店100から注文された場合には、前記品質検査を行った後、合格した眼鏡レンズを眼鏡店100へ出荷する。
【0081】
〔S19〕 ステップS11でのヤゲン加工設計演算により演算された結果に基づき、図1の製造側コンピュータ230、マーカー231、画像処理機232等により、レンズ保持用のブロック治工具を前記合格レンズの所定の位置に固定する。
【0082】
〔S20〕 ブロック治工具に固定されたレンズを、図1のレンズ研削装置241に装着する。そして、レンズ研削装置241に装着された状態でのレンズの位置(傾斜)を把握するために、予め指定された、レンズ表面または裏面のどちらか一面の少なくとも3点の位置を測定する。ここで得られた測定値は、ステップS21の演算データとして使用されるため記憶される。
【0083】
〔S21〕 図1の製造側メインフレーム201がステップS11のヤゲン加工設計演算を再度行う。ただし、今回の実際の加工設計演算では、計算上で把握している理論上のレンズの位置と、ブロック治工具により固定された現実のレンズの位置とに誤差が生じる場合があるので、加工座標への座標変換が終了した時点で、この誤差の補正を行う。この誤差の補正以外の演算はステップS11のヤゲン加工設計演算と同様の演算を行い、最終的な3次元ヤゲン先端形状を算出する。そして、この算出された3次元ヤゲン先端形状を基に、所定の半径の砥石で研削加工する際の加工座標上の3次元加工軌跡データを算出する。
【0084】
〔S22〕 ステップS21で算出された加工軌跡データが製造側コンピュータ240を介してNC制御のレンズ研削装置241へ送信される。レンズ研削装置241では、Y軸方向(スピンドル軸方向に垂直な方向)に移動制御されてレンズの縁摺り加工やヤゲン加工を行う研削用の回転砥石を有し、また、レンズを固定するブロック治工具の回転角制御(スピンドル軸回転方向)と、Z軸方向(スピンドル軸に平行な方向)に砥石またはレンズを移動制御してヤゲン加工を行う。少なくとも3軸制御が可能なNC制御の研削装置であり、送信されたヤゲン加工設計データに従い、レンズの縁摺りまたはヤゲン加工を行う。
【0085】
〔S23〕 ヤゲン加工が完了したレンズのヤゲン位置を含むヤゲン形状を測定する。
〔S24〕 ステップS23で測定されたヤゲン位置を含むヤゲン形状と、ステップS11のヤゲン加工設計演算で演算された結果に基づいて作成された加工指示書に打ち出されているヤゲン位置の図面とを比較して、ヤゲンの品質を検査する。また、縁摺り加工またはヤゲン加工によりレンズに傷・バリ・欠け等が発生していないか外観検査を行う。
【0086】
〔S25〕 以上のレンズ加工により出来上がった縁摺り加工前レンズ、もしくは指定により縁摺り加工またはヤゲン加工を経て出来上がった、縁摺り加工またはヤゲン加工済みレンズのうち、品質検査に合格したレンズを眼鏡店100へ出荷する。
【0087】
なお、左右眼のいずれかが破損した場合にも左右どちらか方眼の受注も行う。この場合、破損を免れた側のレンズの光学性能が判れば、その光学性能データから破損した側のレンズの設計が行えるので、破損側のレンズの供給が可能である。また実施例では、レンズ設計の手法として、物点を無限遠として設計しているが、物点を無限遠以外の有限距離として設計しても良いことは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0088】
光学性能を許容範囲に確保しつつ、同時に外観上の見栄えも良く、さらにバランスの調整された快適な両眼視を行える眼鏡レンズを製造し供給する場合に利用できる。
【符号の説明】
【0089】
100 眼鏡店
101 顧客側コンピュータ
102 フレーム形状測定装置
200 工場
201 メインフレーム
300 通信回線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
眼鏡レンズの発注側に設置された顧客側コンピュータと、この顧客側コンピュータと情報交換が可能となるよう接続された製造側コンピュータとを備え、前記顧客側コンピュータと製造側コンピュータとは所定の入力操作に応じて演算処理を行い、情報を相互交換しながら眼鏡レンズの発注または受注処理に必要な処理を行って眼鏡レンズを製造する眼鏡レンズの製造方法において、
前記製造側コンピュータに、前記顧客側コンピュータから、眼鏡レンズ情報・眼鏡枠情報・処方値・レイアウト情報・加工指示情報・利き眼情報(眼鏡レンズの用途的条件と機能的条件、装用者の肉体的条件などの組み合わせ)等の眼鏡レンズの加工に必要とされる加工条件データが送信された時、製造側コンピュータに備えられた眼鏡レンズ設計プログラムは、前記送信された眼鏡レンズ情報のデータに基づき、予め用意されているレンズ設計データにより左眼、右眼の光学性能を含む因子を比較検討し、前記利き眼情報に応じ左眼、右眼の光学性能を含む因子のバランス調整を行い、その顧客に適した利き眼比率となる眼鏡レンズの光学設計を行い、左右の処方レンズを決定する処理を実行するものであることを特徴とする眼鏡レンズの製造方法。
ただし、前記利き眼情報とは、眼鏡レンズを屋外で装用し動的に空間内の奥行の認識が必要なのか、または屋内で装用し静的に空間内の物体の判別が必要なのか等の眼鏡レンズの用途的条件と、車の運転等のように動的な空間内の奥行の認識が遠方視から近方視までおよぶのか、またはOA作業等のように静的な空間内の物体の判別がおもに近方視のみなのか等の眼鏡レンズの機能的条件と、装用者が遠方視・中間視・近方視それぞれで物体を注視する場合に、左右眼どちらか一方の眼を利き眼とするのであるか等の装用者の肉体的条件とを組み合わせた眼鏡レンズ装用者個別の情報である。
また、前記利き眼比率は、左右眼の眼鏡レンズの光学性能指数の比であるI(Dmj、B1):I(Dmn、B2)で表される。ここで、前記光学性能指数とは、左右眼それぞれの眼鏡レンズの光学性能の明視域の空間的な広がりを指数化したものであり、眼鏡レンズの第一屈折面がBi(単位:ディオプター)であり、処方の度数がDi(単位:ディオプター)であるとき、I(Di、Bi)で表される指数である。したがって、左右眼のうち利き眼である側の眼鏡レンズの光学性能指数は、このレンズの任意の第一屈折面をB1、処方の度数をDmjとしたとき、I(Dmj、B1)で表される。また、左右眼のうち利き眼でない側の眼鏡レンズの光学性能指数は、このレンズの任意の第一屈折面をB2、処方の度数をDmnとしたとき、I(Dmn、B2)である。よって、前記利き眼比率は、左右眼の眼鏡レンズの光学性能指数の比であるI(Dmj、B1):I(Dmn、B2)で表される。
【請求項2】
前記製造側コンピュータに備えられた眼鏡レンズ設計プログラムは、
前記送信された加工条件データに基づき、予め処方の度数に応じて作成されているレンズ設計表を選択する設計表選択ステップと、
前記選択された設計表によって設計された左眼レンズの第一屈折面の曲率値と右眼レンズの第一屈折面の曲率値との中間の値を選定し、この選定した曲率値を新たに左右眼レンズの共通した第一屈折面の曲率値にして左右眼レンズを再設計する再設計ステップと、
前記再設計した左右眼レンズの利き眼比率が所定の値になるまで前記再設計ステップを繰り返す再設計繰返しステップと、
を実行する機能を有することを特徴とする請求項1に記載の眼鏡レンズの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【公開番号】特開2011−48386(P2011−48386A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−227200(P2010−227200)
【出願日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【分割の表示】特願2006−528653(P2006−528653)の分割
【原出願日】平成17年6月27日(2005.6.27)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】