説明

短稈コシヒカリ型の水稲品種ヒカリ新世紀のDNA識別法

【課題】公知のマイクロサテライトマーカーでは識別不可能であったヒカリ新世紀を、正確に他品種と区別可能な識別方法を提供する。
【解決手段】前記識別方法では、ヒカリ新世紀のsd1遺伝子のエキソン1の塩基配列における281番目の塩基を決定する工程、及びマイクロサテライトマーカーを用いて分析する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一塩基多型(single nucleotide polymorphism;SNP)とマイクロサテライトマーカーに基づく、イネ品種のヒカリ新世紀の識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
良食味の品種「コシヒカリ」は、1956年に品種登録され、1979年以降作付け第1位となり、日本で最も消費需要が高い。しかし、コシヒカリは稈が長くて倒伏しやすいため、収穫を困難にして品質低下を招くことが問題であった。
本発明者は、短稈の在来種「十石」を利用してコシヒカリを短稈化した「ヒカリ新世紀」を開発し、2004年に品種登録された(水稲品種第12273号)。ヒカリ新世紀は、十石の半矮性遺伝子sd1を戻し交雑によってコシヒカリに導入したものと考えられている。
【0003】
半矮性遺伝子sd1は、イネ(Oryza sativa L)のジベレリンGA1の生合成系におけるC20酸化酵素GA20ox−2の欠損型遺伝子で、イネを短稈化する効果がある。非特許文献1〜3には、各種短稈品種におけるsd1遺伝子の変異に関して、エキソン2における一塩基置換による一アミノ酸置換(Leu(266)→Phe;品種Calrose76)、エキソン1−イントロン1−エキソン2に亘る383塩基対の欠失(停止コドンが生じる;品種Dee-Geo-Woo-Gen)、エキソン1における一塩基置換による一アミノ酸置換(Gly(94)→Val;品種十石)が報告されている。
【0004】
植物品種の鑑別には、簡易性および正確性の観点から、SNPよりもマイクロサテライトマーカーを利用することが、本願出願時における本技術分野の技術常識であった。
例えば、コシヒカリとの戻し交配を行ったsd1を持つ品種、例えば、「コシヒカリつくばSD1号」や「佐賀1号(ぴかいち)」であっても、マイクロサテライトマーカーによる識別が可能であった。
従って、十石sd1のSNPが公知であるにもかかわらず、本願出願以前に、それをイネ品種識別に利用する動機づけは全くなく、また、本発明者の知る限りにおいて、本願出願以前に、十石sd1のSNPをイネ品種識別に用いた報告はなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Spielmeyer, W. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 2002, vol. 99, no. 13, p. 9043-9048
【非特許文献2】Monna, L. et al., DNA Res., 2002, vol. 9, p. 11-17
【非特許文献3】Sasaki A. et al., Nature, 2002, vol. 416, p. 701
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者は、ヒカリ新世紀の識別を目的として、常法に従って、50種類以上の公知のマイクロサテライトマーカーを評価したが、驚くべきことに、すべてのマイクロサテライトマーカーについてコシヒカリと全く差異が見つからなかった。この結果は、コシヒカリとの戻し交配を行ったsd1を持つ品種であっても、マイクロサテライトマーカーによる識別が可能であったことを考慮すると、本願出願時の本技術分野の当業者にとって、極めて予想外の事実であった。
【0007】
このような状況下、本発明者は、ヒカリ新世紀が十石sd1を有すると考えられることに注目し、品種鑑別に一般的には利用されないことが常識となっているSNP法とマイクロサテライト法をあわせることにより、ヒカリ新世紀の識別が可能であることを見出した。
十石sd1がSNPを有することが公知であったとしても、イネ品種の識別にSNPを利用することは、先述のとおり、本願出願時の本技術分野の当業者にとって全く意外なアプローチであって、この発想自体は、ヒカリ新世紀の識別がマイクロサテライトマーカーではできないという、本発明者の新規な知見があって初めてもたらされたものである。
従って、本発明は、公知のマイクロサテライトマーカーでは識別不可能であったヒカリ新世紀を正確に区別可能な識別方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、
[1]配列番号1で表される塩基配列の281番目の塩基を決定する工程、及びマイクロサテライトマーカーを用いて分析する工程を含むことを特徴とする、ヒカリ新世紀の識別方法、
[2]配列番号1で表される塩基配列の281番目の塩基を決定する工程、及び/又は、マイクロサテライトマーカーを用いて分析する工程が遺伝子増幅法を使用する、請求項1に記載のヒカリ新世紀の識別方法、
[3]配列番号1で表される塩基配列の281番目の塩基を決定する工程、及びマイクロサテライトマーカーを用いて分析する工程を、遺伝子増幅法を使用して同時に行う、請求項2に記載のヒカリ新世紀の識別方法、
[4]前記マイクロサテライトマーカーとして、MRG4653、MRG6545、RM153、RM253、MRG5375、MRG4931、RM264、RM144、RM72、及びRM6333からなる群から選んだ、少なくとも1つのマイクロサテライトマーカーを使用する、[1]〜[3]の識別方法、
[5]配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はt)において、281番目の塩基を含む10〜100の連続した塩基配列又はその相補的塩基配列からなるポリヌクレオチド、
[6]配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はt)において、10〜100の連続した塩基配列からなり、且つ、その3’末端塩基がt(281番目のtに対応)であるポリヌクレオチド、
[7]配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はt)において、10〜100の連続した塩基配列の相補的塩基配列からなり、且つ、その3’末端塩基がa(281番目のtに対応)であるポリヌクレオチド
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、公知のマイクロサテライトマーカーでは識別不可能であったヒカリ新世紀を正確に識別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】ヒカリ新世紀のsd1遺伝子のエキソン1(枠で囲まれた塩基配列)並びにその5’側領域及び3’側領域の塩基配列(配列番号3)を示す説明図である。
【図2】野生型GA20ox−2エクソン1周辺の塩基配列および設計したプライマー位置を示す説明図である。記号「*」は、GS20ox−2エクソン1の開始点を示す。
【図3】ASP−PCR法(プライマーSD1F3/SD1JR)によるSD1領域のSNP検出の結果を示す電気泳動パターンである。レーン1:ヒカリ新世紀,レーン2:コシヒカリ,(−):DNAフリー。
【図4】PCR−RFLP法(上段)及びASP−PCR法(下段)によるGA20ox−2における十石由来の遺伝子型検出結果を比較した電気泳動パターンである。1:愛のゆめ,2:秋の詩,3:吟おうみ,4:ニシホマレ,5:ハナエチゼン,6:はなさつま,7:ヒカリ新世紀,8:ミナミヒカリ,9:ゆめおうみ,10:レイホウ,11:サイワイモチ,12:ヒヨクモチ,13:アキヒカリ,14:あきほ,15:あさひの夢,16:彩南月,17:コシヒカリ,18:DNAフリー.
【図5】プライマーSD1F3/SD1JRを用いたPCR産物の電気泳動パターンである。
【図6】ASP−PCRとSSR−PCRのマルチプレックスPCRの結果を示す電気泳動パターンである。
【図7】プライマーSD1F3とSD1NRMを用いたPCR産物の電気泳動パターンである。
【図8】プライマーSD1F3、SD1NRM、およびSD1JRを同時に用いたPCR産物の検出例を示す電気泳動パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の識別方法では、配列番号1で表される塩基配列における281番目の塩基を決定すると共に、マイクロサテライトマーカーを用いる解析を行うことにより、ヒカリ新世紀の識別を行う。配列番号1で表される塩基配列は、ヒカリ新世紀のsd1遺伝子(エキソン1〜エキソン3及びイントロン1〜イントロン2からなる)のエキソン1の塩基配列(281番目の塩基はt)である。ヒカリ新世紀のsd1遺伝子は、その対立遺伝子である、イネのジベレリン(GA)20−オキシダーゼ遺伝子(OsGA20ox2)のエキソン1の塩基配列(配列番号2;Spielmeyer, W. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 2002, vol. 99, no. 13, p. 9043-9048)において、280〜282番目の塩基配列gggがgtgに変異(一塩基置換)しており、その結果、94番目のGlyがValに変異(一アミノ酸置換)している。
【0012】
本発明の識別方法では、識別すべきイネ品種から核酸試料を調製し、それ自体公知の遺伝子分析方法を用いて、配列番号1で表される塩基配列(281番目の塩基はt)における281番目の塩基[あるいは、配列番号2で表される塩基配列(281番目の塩基はg)における281番目の塩基]を決定することにより、そのイネが十石sd1遺伝子を有する品種(例えば、ヒカリ新世紀、佐賀1号(ぴかいち))であるか、あるいは、それ以外の品種(例えば、コシヒカリ)であるかを判定する。本発明の識別方法では、後述するとおり、適当なマイクロサテライトマーカーを用いる解析により、識別すべきイネ品種がヒカリ新世紀又はコシヒカリであるか否か(すなわち、ヒカリ新世紀又はコシヒカリのいずれであるか、あるいは、それら以外の品種であるか)を、予め決定することができる。以下、ヒカリ新世紀又はコシヒカリであることを予め確認済みであることを前提として、本発明の識別方法におけるSNP分析工程を説明する。前記塩基がt(コードするアミノ酸はVal)であれば、ヒカリ新世紀と判定することができ、前記塩基がg(コードするアミノ酸はGly)であれば、コシヒカリと判定することができる。なお、前記塩基がg及びt以外のアミノ酸である場合、すなわち、前記塩基がc(コードするアミノ酸は理論上、Ala)又はa(コードするアミノ酸は理論上、glu)である場合には、ヒカリ新世紀又はコシヒカリのいずれでもないと判断することができる。
【0013】
本発明で用いる核酸試料は、分析可能な核酸(DNA、RNA等)が含まれる限り、特に限定されるものではなく、イネから単離されるあらゆる細胞又は組織から調製することができる。例えば、種子、葉、根、茎、幼植物(シードリング)から調製することができ、前記種子としては、更に、籾、玄米、精米、米粉を挙げることができる。
【0014】
本発明で用いることのできる遺伝子分析方法としては、SNPの分析に用いる各種方法を挙げることができ、例えば、PCR−RFLP(restriction fragment length polymorphism)法、ハイブリダイゼーション法、ASP(Allele Specific primer)−PCR法、ダイレクトシークエンス法などを挙げることができる。
また、PCR法と同様な方法として、特異的に目的の遺伝子を増幅することができるものであれば、PCR法の替わりに、既知の他の遺伝子増幅法も使用することができる。
【0015】
前記PCR−RFLP法は、判定用のSNP部位を含むDNA断片を増幅可能なプライマーセットを用いてPCRを行った後、前記SNP部位を認識する制限酵素で消化反応を実施し、その反応産物を電気泳動することにより、各DNA断片の大きさを解析する方法である。
具体的には、配列番号1で表される塩基配列の281番目の塩基を含むDNA断片を増幅可能なプライマーセットを用いてPCRを行った後、制限酵素PmaCI(認識部位=cac:gtg)により切断する。
配列番号1で表される塩基配列の277〜282番目の塩基配列(またはその対応塩基配列)が、ヒカリ新世紀ではcacgtgであるのに対して、コシヒカリではcacgggであるため、後述の実施例2に示すように、ヒカリ新世紀では2本のバンドが検出される(すなわち、制限酵素PmaCIで切断される)のに対して、コシヒカリでは1本のバンドのみが検出される(すなわち、制限酵素PmaCIで切断されない)。
【0016】
前記ハイブリダイゼーション法は、判定用のSNP部位を含むDNA断片を増幅可能なプライマーセットを用いてPCRを行った後、品種識別用のプローブを使用してハイブリダイゼーションを実施し、プローブの結合の有無を解析する方法である。
具体的には、まず、配列番号1で表される塩基配列の281番目の塩基を含むDNA断片を増幅可能なプライマーセットを用いてPCRを行う。
ヒカリ新世紀を識別するプローブとしては、配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はt)において、281番目の塩基を含む10〜100(好ましくは15〜50、より好ましくは20〜30)の連続した塩基配列又はその相補的塩基配列からなるポリヌクレオチドを挙げることができる。このプローブは、配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドのセンス鎖の281番目の塩基がtである場合に、それを鋳型とするPCR増幅産物とハイブリダイズするのに対して、前記塩基がt以外の塩基(特にg)である場合には、それを鋳型とするPCR増幅産物とハイブリダイズしない。従って、前記プローブを適当な手段で標識することにより、プローブのハイブリダイズの有無を容易に解析することができ、その結果に基づいて、ヒカリ新世紀であるか否かを判定することができる。
【0017】
同様に、コシヒカリを識別するプローブとしては、配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はg)[すなわち、配列番号1で表される塩基配列における281番目の塩基tがgに置換されていたこと以外は、配列番号1で表される塩基配列と同様の塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はg)]において、281番目の塩基を含む10〜100(好ましくは15〜50、より好ましくは20〜30)の連続した塩基配列又はその相補的塩基配列からなるポリヌクレオチドを挙げることができる。このプローブは、配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドのセンス鎖の281番目の塩基がgである場合に、それを鋳型とするPCR増幅産物とハイブリダイズするのに対して、前記塩基がg以外の塩基(特にt)である場合には、それを鋳型とするPCR増幅産物とハイブリダイズしない。従って、プローブのハイブリダイズの有無に基づいて、コシヒカリであるか否かを判定することができる。
【0018】
前記ASP−PCR法は、PCRプライマーセットの一方のプライマーとして、その3’末端塩基が判定用SNP部位と相補的になるように設計されたプライマーを使用する方法である。PCRでは、プライマーの3’末端塩基が、鋳型となる塩基配列とミスマッチがあると、PCRの効率が大幅に低下するが、それを利用した方法である。
【0019】
具体的には、ヒカリ新世紀で増幅産物が得られるプライマー(以下、ヒカリ新世紀用プライマーと称する)としては、例えば、配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はt)において、10〜100の連続した塩基配列からなり、且つ、その3’末端塩基がt(281番目のtに対応)であるポリヌクレオチド(フォワードプライマー)、あるいは、配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はt)において、10〜100の連続した塩基配列の相補的塩基配列からなり、且つ、その3’末端塩基がa(281番目のtに対応)であるポリヌクレオチド(リバースプライマー)を用いることができる。
一方、コシヒカリで増幅産物が得られるプライマー(以下、コシヒカリ用プライマーと称する)としては、例えば、配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はg)において、10〜100の連続した塩基配列からなり、且つ、その3’末端塩基がg(281番目のgに対応)であるポリヌクレオチド(フォワードプライマー)、あるいは、配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はg)において、10〜100の連続した塩基配列の相補的塩基配列からなり、且つ、その3’末端塩基がc(281番目のgに対応)であるポリヌクレオチド(リバースプライマー)を用いることができる。
各プライマーの塩基長は、10〜100である限り、特に限定されるものではないが、好ましくは15〜50、より好ましくは20〜30である。
【0020】
ASP−PCR法で用いることのできるこれらのプライマーとしては、例えば、以下の各種プライマーを挙げることができる。なお、各配列の下線で示す3’末端は、いずれも、配列番号1で表される塩基配列におけるSNP部位(281番目の塩基)に対応する塩基であることを意味する。
ヒカリ新世紀用フォワードプライマーSD1JF(配列番号8):
5−ccgcgtgcgccacgcacg−3
ヒカリ新世紀用リバースプライマーSD1JR(配列番号9):
5−cggacacctggaagaac−3
コシヒカリ用フォワードプライマー(配列番号10):
5−ccgcgtgcgccacgcacg−3
コシヒカリ用リバースプライマー(配列番号11):
5−cggacacctggaagaac−3
【0021】
ヒカリ新世紀用フォワードプライマー又はコシヒカリ用フォワードプライマーを用いる場合には、同時に、判定用SNP部位から下流の領域を増幅可能なリバースプライマー、例えば、図1に示すリバースプライマーR1〜R5を使用してPCRを実施する。一方、ヒカリ新世紀用リバースプライマー又はコシヒカリ用リバースプライマーを用いる場合には、同時に、判定用SNP部位から上流の領域を増幅可能なフォワードプライマー、例えば、図1に示すフォワードプライマーF1〜F4を同時に使用してPCRを実施する。
【0022】
ヒカリ新世紀用プライマーを用いてPCRを実施すると、識別する品種がヒカリ新世紀である場合には、前記プライマーの3’末端塩基と鋳型DNAの判定用SNP部位とが塩基対を形成できるため、PCRによる増幅産物が得られるが、識別する品種がコシヒカリである場合には、ミスマッチであるため、PCRによる増幅産物が得られない。
一方、コシヒカリ用プライマーを用いてPCRを実施すると、識別する品種がコシヒカリである場合には、前記プライマーの3’末端塩基と鋳型DNAの判定用SNP部位とが塩基対を形成できるため、PCRによる増幅産物が得られるが、識別する品種がヒカリ新世紀である場合には、ミスマッチであるため、PCRによる増幅産物が得られない。
この場合のPCR条件は、プライマー配列の3’末端の特異性に依存する方法であるので、一般的な条件で実施することができる。また、検出方法も、PCR増幅産物の有無を確認できれば良いため、簡易な検出手段、例えば、3%アガロースゲル電気泳動により充分に検出することができる。
例えば、実施例に示すように、ヒカリ新世紀が有するSNPを判定するためには、フォワードプライマーF3(SD1F3)及びヒカリ新世紀用リバースプライマー(SD1JR)を使用すると、高感度かつ高精度に検出することができるので好ましく、更に、これらのプライマーは、他のマイクロサテライトマーカーを検出するためのマーカーと共存させて行うPCR(マルチプレックスPCR)にも使用できるので非常に有用である。
【0023】
また、ASP−PCR法では、プライマーの3’末端の塩基に加え、3’末端から3番目の塩基をミスマッチ塩基としておくことにより、よりミスマッチを鋭敏に感知できることが知られている[Theor Appl Genet (2004) 108:1212-1220]。この手法を利用したプライマーとしては、例えば、以下のプライマーを挙げることができる。
ヒカリ新世紀用フォワードプライマー(配列番号12):
5−ccgcgtgcgccacgca−3
ヒカリ新世紀用リバースプライマー(配列番号13):
5−cggacacctggaaga−3
コシヒカリ用フォワードプライマー(配列番号14):
5−ccgcgtgcgccacgca−3
コシヒカリ用リバースプライマー(配列番号15):
5−cggacacctggaaga−3
(配列中、dは、c以外の塩基、すなわち、a、g、又はtであり、bは、a以外の塩基、すなわち、g、c、又はtである)
また、ASP−PCRにて、ヒカリ新世紀が有するSNPとそれに対応するコシヒカリが有する塩基を同時に検出する場合、上記のプライマーSD1F3とSD1JRとに加え、コシヒカリ用リバースプライマーを改変して作製したSD1NRMを組み合わせて使用することができる。前記SD1NRMは、コシヒカリ用リバースプライマーのbをcとし、SD1F3とSD1JRで増幅される塩基配列と容易に見分けられるようにするため、その5’側に3塩基付加したものである。例えば、実施例5に示すように、これらのプライマーを使用してマルチプレックスPCRが行え、簡便かつ正確に、十石型SNPと野生型配列を識別できるので好ましい。
SD1NRM(配列番号55):
5−gctcggacacctggaaga−3
【0024】
前記ダイレクトシークエンス法では、判定用SNP部位を含む塩基配列を実際にシークエンスすることにより、判定用SNP部位がtである(すなわち、ヒカリ新世紀である)か、gである(すなわち、コシヒカリである)かを分析し、品種を識別する。
【0025】
本発明の識別方法では、特定のSNPとマイクロサテライトを分析することにより、これまで公知のマイクロサテライトマーカーでは区別できなかったヒカリ新世紀を識別することができる。なお、本発明においては、SNP分析とマイクロサテライト分析を実施する順序は、特に限定されるものではなく、いずれを先に実施しても、あるいは、両者を同時に実施することができる。例えば、公知のマイクロサテライトマーカーを用いて、識別対象品種が、ヒカリ新世紀又はコシヒカリであるか、あるいは、それ以外の品種であるかを決定し、ヒカリ新世紀又はコシヒカリであることを確認した後に、SNPによる識別方法を用いることができる。あるいは、SNP分析により、十石sd1を有する品種(ヒカリ新世紀を含む)であるか、それ以外の品種(コシヒカリを含む)であるかを決定した後、マイクロサテライト分析を用いてヒカリ新世紀であるか否かを識別することができる。また、SNP分析とマイクロサテライト分析とを同時に実施する場合には、例えば、上記で示したマルチプレックスPCR法によって、SNPを解析するASP−PCRとマイクロサテライトマーカーを用いたPCRを同時に実施することができる
【0026】
本発明で用いるマイクロサテライトマーカーとしては、コシヒカリの同定に使用可能なマイクロサテライトマーカー[例えば、RGP(Rice Genome Research Program)データベース(http://rgp.dna.affrc.go.jp/giot/data/SSRAll)、Grameneデータベース(http://www.gramene.org/markers/index.html)、特開2004−65251号公報]を用いることができ、その一例を表1に示す。
表1に示す品種は、コシヒカリを除けば、十石に由来する品種である。表1に示す各マイクロサテライトマーカー毎に使用したプライマーセットの塩基配列を以下に示す。なお、下線で示す配列gtgtcttは、明瞭なバンド(ピーク)を得るために付加したテール配列である。また、付加するテール配列や使用するプライマーの標識の種類は、使用するマイクロサテライトマーカーの組み合わせやプライマーの組み合わせによって、適宜変更することができる。
MRG4653F(TexasRed標識)(配列番号16):
5−tgatttctcggacaagcatgatct−3
MRG4653R(配列番号17):
5−gtgtcttcgagctaccaaccgatgcagat−3
MRG6545F(TexasRed標識)(配列番号18):
5−tccgctccgttttcatcccaatag−3
MRG6545R2(配列番号19):
5−gtgtcttcatgggaggggggggtgtagaa−3
RM153F(TexasRed標識)(配列番号20):
5−gcctcgagcatcatcatcag−3
RM153R11(配列番号21):
5−gtgtctttgccgaactcgatcaacctgcactt−3
RM253F(TexasRed標識)(配列番号22):
5−tccttcaagagtgcaaaccttaatac−3
RM253R(配列番号23):
5−gcattgtcatgtcgaagccgttctac−3
MRG5375F(FITC標識)(配列番号24):
5−gaatggaacgacaagagatgcacgt−3
MRG5375R(配列番号25):
5−gtgtcttgtgcttttcgtatccaccttcggg−3
MRG4931F2(FITC標識)(配列番号26):
5−acaaaagcgaagggaggcggtg−3
MRG4931R1(配列番号27):
5−gtgtctttggtaatatgggcggctgttttag−3
MRG6288F(FITC標識)(配列番号28):
5−acaagataatagacaacatgtctcaaatact−3
MRG6288R(配列番号29):
5−gtgtctttatgtggcagtttaagagcgtttc−3
RM223F(FITC標識)(配列番号30):
5−gagtgagcttgggctgaaac−3
RM223R(配列番号31):
5−gaaggcaagtcttggcactg−3
RM264F(FITC標識)(配列番号32):
5−gttgcgtcctactgctacttc−3
RM264R(配列番号33):
5−gatccgtgtcgatgattagc−3
RM144F(FITC標識)(配列番号34):
5−tgccctggcgcaaatttgatcc−3
RM144R2(配列番号35):
5−gacatcatcacttctcctcga−3
RM336F(配列番号36):
5−cttacagagaaacggcatcg−3
RM336R(TexasRed標識)(配列番号37):
5−gctggtttgtttcaggttcg−3
MRG6237F(TexasRed標識)(配列番号38):
5−atttctagccccacagcgaacgt−3
MRG6237R(配列番号39):
5−gtgtcttttctattgctgtttcggttttgcac−3
RM333F(FITC標識)(配列番号40):
5−gatcgactacgagtgtcaccaa−3
RM333R(配列番号41):
5−gtcttcgcgatcactcgc−3
RM72F(FITC標識)(配列番号42):
5−ccggcgataaaacaatgag−3
RM72R(配列番号43):
5−gcatcggtcctaactaaggg−3
RM6333F(FITC標識)(配列番号44):
5−agagaagacacggtggatgg−3
RM6333R(配列番号45):
5−gtgtcttcaaactcctcatttcgctcc−3
【0027】
これらのプライマーセットを用いた場合に増幅されるDNA断片の塩基長に応じて複数のクラスに分類することができ、その結果(例えば、ミナミヒカリであれば、クラスA〜F)を表1に示す。
また、表1に本発明の判定用SNP部位による、十石型のsd1遺伝子型(J)と野生型GA20ox−2遺伝子型(N)判定クラスを示す。
【0028】
【表1】

【0029】
表1に示す入手機関欄の記号(1)〜(7)は、以下のとおりである:
(1)農業生物資源研究所
(2)九州沖縄農業研究センター
(3)佐賀農業試験研究センター
(4)高知県農業技術センター
(5)(株)植物ゲノムセンター
(6)兵庫県農業試験場
(7)鳥取大学
(8)鹿児島農業開発センター
(9)鹿児島農業試験場
【0030】
表1から明らかなように、ヒカリ新世紀及びコシヒカリを同定するためには、表1に示す全てのマイクロサテライトマーカーを使用する必要はなく、例えば、表1に示す組合せ1〜10のいずれかの組合せ中のマイクロサテライトマーカー、すなわち、MRG4653、MRG6545、RM153、RM253、MRG5375、MRG4931、RM264、RM144、RM72、RM6333の少なくとも一つ以上を使用することにより、ヒカリ新世紀及びコシヒカリと他の品種とを識別(すなわち、ヒカリ新世紀又はコシヒカリのいずれか一方であるか、あるいは、ヒカリ新世紀及びコシヒカリ以外の品種であるかを決定)することができる。識別すべき品種にあわせて、使用するマイクロサテライトマーカーの種類や数を変更することもできるし、170種類を超える品種(具体的には、後述の表2に示す188品種)全てと識別するためには、表1に示す組合せ1〜10のいずれかの組合せを使用することもできる。なお、表1は、十石由来の各品種とヒカリ新世紀及びコシヒカリとが識別可能であることを示しているが、前記組合せは、188種類の品種からヒカリ新世紀及びコシヒカリを識別することができる。
【0031】
本発明では、これらのマイクロサテライトマーカーに対応する各種プライマーセットを用いてPCRを実施することにより、170種類を超える品種の中から、識別対象品種が、ヒカリ新世紀又はコシヒカリであるか、あるいは、それ以外の品種であるかを決定することができ、ヒカリ新世紀又はコシヒカリであることを確認すると共に、判定用SNP部位の分析を行うことにより、ヒカリ新世紀又はコシヒカリのいずれであるか、すなわち、ヒカリ新世紀であるか否かを決定することができる。
【0032】
また、本発明では、マイクロサテライト解析用の前記の各種プライマーセットを用いるPCRと、判定用SNP部位を分析するASP−PCRとを同時に実施することにより、一度の分析で、170種類を超える品種の中からヒカリ新世紀を識別することもできる。例えば、188種類の品種からヒカリ新世紀を識別するために使用可能なマイクロサテライトマーカーと十石由来のsd1遺伝子型(SD1J)の組み合わせは、188種類の品種識別データベースを使用することによって、適宜選択することができる。具体的には、実施例4に示す、RM153、RM223、RM253、MRG5375、SD1Jを検出するプライマーを使用して、ヒカリ新世紀を容易に識別することができる。また、実施例5に示すように、SD1Jが検出されなかった(すなわち、野生型GA20ox−2遺伝子型である)品種が、本当に野生型GA20ox−2遺伝子型を有するか否かを同時に検証するために、SD1J検出用プライマーに加え、野生型GA20ox−2遺伝子型を特異的に検出するプライマーをASP−PCRで使用することで、SD1Jの判定精度を高めることができるので好ましい。
【0033】
前記ハイブリダイゼーション法において先述した、ヒカリ新世紀を識別するプローブとして用いることのできる、「配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はt)において、281番目の塩基を含む10〜100の連続した塩基配列又はその相補的塩基配列からなるポリヌクレオチド」は、それ自体、新規化合物である。
また、前記ASP−PCR法においてヒカリ新世紀用プライマーとして用いることのできる、「配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はt)において、10〜100の連続した塩基配列からなり、且つ、その3’末端塩基がt(281番目のtに対応)であるポリヌクレオチド」や、「配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はt)において、10〜100の連続した塩基配列の相補的塩基配列からなり、且つ、その3’末端塩基がa(281番目のtに対応)であるポリヌクレオチド」も、それ自体、新規化合物である。
【実施例】
【0034】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0035】
《実施例1:sd1遺伝子(ヒカリ新世紀)及びGA20ox2遺伝子(コシヒカリ)の塩基配列決定》
本実施例では、ヒカリ新世紀及びコシヒカリの玄米から、それぞれ、DNAサンプルを調製し、sd1遺伝子(ヒカリ新世紀)及びGA20ox2遺伝子(コシヒカリ)のエキソン1の塩基配列を決定した。
配列決定のためのイネ品種としては、鳥取大学農学部から入手したヒカリ新世紀(8個体)と、独立行政法人農業生物資源研究所から入手したコシヒカリ(8個体)を使用した。
【0036】
玄米を1粒ずつ1.5mLチューブにいれ、ジルコニアビーズを4粒加え蓋をして、ミキサーミル[MM300;レッチェ(Retsch)社]を用いて25Hz6分間振とうさせ、玄米を粉砕した。次いで、抽出バッファー(10mmol/L Tris−HCL,0.15mol/L NaCl,10mmol/L EDTA−2Na,0.1%SDS)900μL、5mol/L塩酸グアニジン100μL、プロテイナーゼK溶液50μLを加え、ローテーターで撹拌しながら56℃で3時間加温した。これを、3,000rpmで10分間遠心を行って、1.5mLのマイクロチューブに上清を移し、更に、15,000rpmで3分間遠心を行った。ここで得られた上清から、DNA精製キット(Wizard Clean-Up system;プロメガ社)によって、イネのゲノムDNAを調製した。
【0037】
得られた各DNAサンプルについて、以下の手順で塩基配列を決定した。
まず、下記のフォワードプライマーF3とリバースプライマーR3、LA−Taq(タカラバイオ社)、GCバッファー(タカラバイオ社)を用いて、94℃30秒間、58℃30秒間、72℃1分間からなるサイクルを35サイクル実施して、エキソン1全領域を含む領域を増幅した(図1参照)。
フォワードプライマーF3(配列番号6):
5−gctcgtcttctcccctgttacaaatacccc−3
リバースプライマーR3(配列番号5):
5−gacgtcgtcctggaggaggatggtgagggc−3
増幅したPCR産物を、pGEM−Tベクター(プロメガ社)に連結し、市販の反応液(ABI-Terminator Ready Mix;ABI社)で塩基配列決定反応後、DNAシークエンサー(ABI-Prism;ABI社)で解読した。
【0038】
その結果、いずれの個体からも、ヒカリ新世紀については、配列番号1で表される塩基配列(281番目はt)が得られた。また、コシヒカリについては、配列番号2で表される塩基配列、すなわち、配列番号1で表される塩基配列における281番目の塩基tがgに置換されていたこと以外は、配列番号1で表される塩基配列と同様の塩基配列(281番目はg)が得られた。
【0039】
《実施例2:イネ品種の識別(1)》
本実施例では、実施例1で得られたDNAサンプルを用いて、下記手順(PCR、制限酵素処理、及び電気泳動)を実施することにより、ヒカリ新世紀とコシヒカリとを視覚的に明確に識別可能であることを確認した。
まず、下記に示す反応条件でPCRを実施した。

反応液組成:
DNA(10ng) 1 μL
2×GCバッファーI(タカラバイオ社) 5 μL
プライマーHSF3(2.5μmol/L) 0.1μL
プライマーHSR5(2.5μmol/L) 0.1μL
d−NTP(2.5mmol/L) 1.6μL
La Taq(5U/μL) 0.1μL
水 2.1μL
総量 10 μL

PCR反応条件:
94℃ 1分間
サイクル(35サイクル)
94℃ 30秒間
62℃ 30秒間
72℃ 30秒間
72℃ 2分間

フォワードプライマーF3(配列番号6):
5−gctcgtcttctcccctgttacaaatacccc−3
リバースプライマーR5(配列番号7):
5−caccatcgttttaattaccccattggcgcg−3
【0040】
続いて、得られたPCR増幅産物を用いて、下記条件で制限酵素PmaCI(認識部位=cac:gtg)による切断を実施した。

反応液組成:
PCR増幅産物 10μL
10×バッファーL(タカラバイオ社) 2μL
PmaCI(10U/μL) 1μL
水 7μL
総量 20μL

制限酵素反応条件:
37℃ 90分間
65℃ 2分間
8℃ (電気泳動まで静置)
【0041】
得られた各制限酵素処理物を、マイクロチップ電位泳動装置(MCE-202 MultiNA;島津製作所)を用いて電気泳動したところ、ヒカリ新世紀では2本のバンド(417bp、296bp)が検出されたのに対して、コシヒカリでは1本のバンド(713bp)のみが検出された。この泳動パターンは、配列番号1で表される塩基配列の277〜282番目の塩基配列(またはその対応塩基配列)が、コシヒカリではcacgggであるのに対して、ヒカリ新世紀ではcacgtgであることと完全に一致した。
また、フォワードプライマーF3及びリバースプライマーR5の上記組合せ以外にも、図1に示す各種フォワードプライマーF1〜F4と、各種リバースプライマーR1〜R5との任意の組合せを用いて得られたPCR増幅産物を制限酵素PmaCIで処理しても、同様の結果が得られた。なお、加工品など、含有する遺伝子が断片化されているようなサンプルの場合は、増幅領域が短い方が好ましく使用できる。
従って、識別すべきイネ品種から、実施例1の手順に従ってDNAサンプルを調製し、続いて、実施例2の手順に従って、PCR、制限酵素処理、及び電気泳動を実施することにより、上記サイズの一本のバンドが検出された場合にはコシヒカリと、上記サイズの2本のバンドが検出された場合にはヒカリ新世紀と識別することができる。
【0042】
《実施例3:イネ品種の識別(2)》
(1)基準品のDNAの抽出
表2に示す基準品種(188品種)の種子(玄米)を各1粒用意し、2mLマイクロチューブにジルコニアビーズ5粒と共に入れ、振とう後、抽出バッファー(10 mmol/L Tris-HCl, 10 mmol/L EDTA-2Na, 0.1% SDS, 5mol/L NaCl 30 mL/L)900μL、5mol/L塩酸グアニジン100μL、20mg/mLプロテイナーゼK溶液50μLを加えた。これをローテーターで撹拌しながら、55℃で3時間加温した後、マイクロチューブ遠心機を用いて15,000rpmで3分間遠心分離を行った。
分離後、新たな2mL容量のマイクロチューブに上清各500μLを移し取り、市販の核酸精製キット(Wizard DNA Cleanupsystem;プロメガ社製)を用いてDNAの精製を行った。精製は,全てキットに収載のプロトコールに従って行い、個体ごとにDNA溶液を1.5mLマイクロチューブに得た。コシヒカリ及びヒカリ新世紀については各4個体からDNAを抽出した。
【0043】
得られた188品種のDNA溶液について、市販のDNA定量キット(Quant-iT PicoGreen dsDNA Assay Kit;Molecular Probes社製)を用いて濃度測定を行った。各品種のDNA溶液は、それぞれ2μLを分取してTEバッファー(10 mmol/L Tris-HCl (pH 8.0), 1 mmol/L EDTA)98μLと混合し、計100μLを濃度測定用サンプルとして96穴マイクロプレートのウェルに分注した。サンプルのほかに、キットに添付のスタンダード溶液(2000、200、20、2ng/mL)及びブランク(TE)についても、各100μLを測定に供した。各ウェルにキットに添付の試薬(PicoGreen Reagent)をTEバッファーで200倍希釈したものを100μLずつ加え、撹拌後、室温で2〜5分間インキュベーションを行った。このプレートを蛍光プレートリーダーに供して測定を行い(励起波長485nm、蛍光波長530nm)、スタンダード溶液の測定結果から得られた検量線を用いて、各DNA溶液の濃度を算出した。
【0044】
【表2】

【0045】
(2)イネ品種「十石」に由来するsd1遺伝子型を特異的に検出するASP−PCR(Allele Specific Primer PCR)法の開発
実施例2で示したようなPCR−RFLP法によるSNPの判定は、電気泳動の前に、PCR工程および増幅産物の制限酵素処理工程が必要であり、操作が煩雑である。品種識別技術に適用するには、従来のマイクロサテライトマーカーと同様にPCR工程と電気泳動工程のみで判定できることが望ましい。さらに、適切なプライマーを作製することで、マイクロサテライトマーカーと同一反応系にて検出を行えるマルチプレックスPCRが可能になる。特に、半矮性はイネ育種上重要な表現型であり、戻し交配の繰返しによる育種法が多く用いられ、その結果、育成品種と親品種の遺伝的背景が非常に似ており、従来のマイクロサテライトマーカーだけでは、品種識別が困難となることが予想されるため、表現型に直接関与する遺伝子の塩基配列を簡便に検出する技術が必要である。
【0046】
そこで、前記(1)において得られたもののうち、「十石」由来の変異型sd1遺伝子型を有する「ヒカリ新世紀」と、それを有しない野生型の「コシヒカリ」のDNAを用いて、十石由来のsd1遺伝子型に関するASP−PCR法の開発を実施した。図2は、野生型のGA20ox−2遺伝子エクソン1周辺の塩基配列を示したものである。十石では、エクソン1の開始点から281番目にSNPがあり、G(グアニン)がT(チミン)に変異している(非特許文献3)。そこで、十石由来のsd1遺伝子型特異的にPCR増幅産物を得るために、SNPが存在する箇所の塩基を3’末端とした塩基配列をプライマーとし、ASP−PCR法に適したプライマーの検討を実施した。検討に用いたプライマー配列を表3に、プライマー位置を図2に示す。プライマー名の最後がMのものは、3’末端から3塩基目に変異を導入し、PCR増幅の特異性の向上(Hayashi, K. et al., (2004) Theor. Appl. Genet., 108: 1212-1220)を図ったものである。
【0047】
【表3】

【0048】
PCRの反応は、サーマルサイクラーとしてVeriti(ABI社製)を使用し、20μLの反応液量で行った。反応液20μLは、1μLの鋳型DNA(10ng/μL)、1unitのFastStartTaq(キアゲン社製)、4μLのGC−Richソリューション、0.2μmol/LのdNTP、2mmol/LのMgCl、フォワードプライマーとリバースプライマーを各々0.25μmol/Lを含むよう調製した。PCRバッファー及びGC−Richソリューションは、FastStartTaqに添付のものを用いた。PCR温度条件は、95℃で4分の後、95℃で30秒、55℃で30秒、72℃で30秒の反応を1サイクルとし、これを40サイクル繰返し、最後に72℃を7分とした。PCR増幅産物の検出は、マイクロチップ電気泳動装置(MultiNA;島津製作所製)を用い、専用キット(DNA-1000)を用いて、添付の取扱い説明書に収載の通り実施した。将来、十石由来のsd1遺伝子型特異的PCRとマイクロサテライトマーカーとのマルチプレックスPCRを視野に入れ、PCR条件は、なるべく既存のSSRマーカー増幅における最適条件で固定した。
【0049】
検討したプライマー組み合わせは、フォワードプライマーSD1JF及びSD1JFMに対し、リバースプライマーSD1R1及びSD1R2及びSD1R5の組み合わせ(6通り)、あるいは、リバースプライマーSD1JR及びSD1JRMに対し、SD1F2及びSD1F3及びSD1F4及びSD1F5及びSD1F6の組み合わせ(10通り)の16通りである。鋭意検討の結果、プライマーSD1F3とSD1JR、SD1F2とSD1JR、およびSD1F3とSD1JRMの組み合わせを用いることで十石由来sd1を特異的に検出することができた。その中でも特にSD1F3とSD1JRでは強いシグナルで十石由来sd1特異的な増幅産物が得られ、この組合せでPCRを実施することで、十石タイプのsd1遺伝子型を検出できることが明らかとなった(図3)。
【0050】
(3)十石由来のsd1遺伝子型特異的PCRの検証実験
前記(2)にて構築した、十石由来のsd1遺伝子型に関するASP−PCR法について、ヒカリ新世紀及びコシヒカリを含む188品種について、PCR−RFLP法による結果との相関を確認した。その結果、PCR−RFLP法により、十石由来のsd1遺伝子型を示したのは、「ニシホマレ」「はなさつま」「ヒカリ新世紀」「ミナミヒカリ」「レイホウ」「サイワイモチ」「ヒヨクモチ」「彩南月」「ユメヒカリ」「夢はやと」であり、十石由来のsd1遺伝子型特異的ASP−PCR法でも全く同一の結果が得られた。図4に、PCR−RFLP法とASP−PCR法の検出例を示す。これらのことから、プライマーSD1F3とSD1JRを用いたASP−PCRによって十石由来のsd1遺伝子型を正確に検出できることが明らかになった。
【0051】
また、3730 DNA analyzer(ABI社製)を用いて検出を行う場合は、プライマーSD1JRの5’末端を蛍光色素で標識することで実施することができる。図5は、5’末端を蛍光色素VICで標識したプライマーSD1F3とSD1JRを用いて、コシヒカリ及びヒカリ新世紀各4個体から抽出したDNAを用いたASP−PCR法の検出結果を示したものである。マイクロチップ電気泳動装置MultiNAによる非標識プライマーを用いたときと同様、十石由来のsd1遺伝子型を持つヒカリ新世紀でのみ特異的に増幅産物が得られた。
【0052】
《実施例4:イネの品種識別(3)》
ASP−PCRとSSR−PCRのマルチプレックスPCRによる品種識別
前記の実施例のように、簡便に両品種を区別することが可能になった。さらに、従来のマイクロサテライトマーカーによる識別法を組み合わせることにより、多くの品種から、ヒカリ新世紀を同定することができる。例えば、188品種に対して、特開2004−65251号公報に記載のようにマイクロサテライトマーカーのデータベースを作成し、前記で構築されたASP−PCR法で得られた遺伝子型(十石型sd1あるいは野生型SD1)から成るデータベースを組み合わせて使用すれば、ヒカリ新世紀とコシヒカリを加えた188品種が同定可能になる。そこで、さらに検査工程の簡便化を考慮し、十石由来sd1遺伝子型に関するASP−PCRとSSRマーカーを組み合わせたマルチプレックスPCRの検討を実施した。
【0053】
PCRの反応は、サーマルサイクラーとしてVeriti(ABI社製)を使用し、20μLの反応液量で行った。反応液20μLは、1μLの鋳型DNA(10ng/μL)、1unitのFastStartTaq(キアゲン社製)、0.2μmol/LのdNTP、2mmol/LのMgCl、プライマーとして、RM153F(配列番号20)、RM153R11(配列番号21)、RM223F(配列番号30)、RM223R(配列番号31)、RM253F(配列番号22)、RM253R(配列番号23)、MRG5375F(配列番号24)、MRG5375R(配列番号25)、SD1F3、SD1JRを各々0.25μmol/Lを含むよう調製した。PCRバッファー及びGC−Richソリューションは、FastStartTaq(キアゲン社製)に添付のものを用いた。プライマーは、RM153F及びRM223Fは蛍光色素NED(ABI社製)で、RM223F及びMRG5375Fは蛍光色素FAM(ABI社製)で、SD1JRは蛍光色素VIC(ABI社製)で、それぞれ、5’末端を標識した。PCR温度条件は、95℃で4分の後、95℃で30秒、55℃で30秒、72℃で30秒の反応を1サイクルとし、これを40サイクル繰返し、最後に72℃を7分とした。次に、3730 DNA analyzer(ABI社製)を用いて検出を実施した。RM153FとRM153RによってRM153を検出し、RM223FとRM223RによってRM223を検出し、RM253FとRM253RによってRM253を検出し、MRG5375FとMRG5375RとによってMRG5375を検出し、SD1F3とSD1JRによって十石由来のsd1遺伝子型(SD1J)を検出した。その結果、5種類の座位について増幅産物が得られ、これらの品種において、使用したマイクロサテライトマーカーの有無や十石由来のsd1遺伝子型の判定が可能であった(図6)。本5種類のマーカーを用いて、188品種識別用データベースを用いることで、表2の188品種の中からヒカリ新世紀を同定することができた。
【0054】
《実施例5:イネの品種識別(4)》
十石由来のsd1遺伝子型に関するASP−PCR法の精度向上
前記のように、プライマーSD1JRとSD1F3を用いることで、十石由来のsd1遺伝子型に関するASP−PCR法を開発した。本発明を用いた遺伝子型の判定は、増幅産物の有無により実施される。つまりASP−PCRは優性マーカーである。優性マーカーを、検査に実用化する場合、一般的に検査精度の維持が難しい。例えば、ASP−PCRで増幅産物が得られなかった場合、その原因としては、PCRの鋳型としたDNAが十石由来sd1遺伝子型では無い場合の他にも、テクニカルエラーなどによりPCR増幅が正常に行われなかった場合も想定される。そこで、本ASP−PCR法によるマーカーを共優性様にする、つまり十石由来sd1遺伝子型では無い場合にも区別できる増幅産物が得られるように改良することを試みた。
【0055】
十石では、図2の516番目(GA20ox−2エクソン1の開始点から281番目)の塩基がG(グアニン)からT(チミン)に変異している。前記のように、本塩基がTであることを検出するASP−PCR法を作製している。よって、共優性様のマーカーにするためには、同時に516番目のGを検出する検出系を構築する必要がある。まず、プライマーとして、SD1F3、SD1NR、SD1NRM(表4)を用い、実施例3の(2)に記載の通りの条件で検討を実施した。SD1NRおよびSD1NRMは、その5’末端をFAMにて標識して、さらにSD1NRおよびSD1NRMはSD1JRよりも5’側に3bp長くし、蛍光の種類および電気泳動での移動度の差異で区別できるように設計した。PCR産物の検出は、3730 DNA analyzer(ABI社製)にて実施した。鋭意検討の結果、SD1F3とSD1NRMのプライマーを用いた場合、516番目がGである遺伝子型を特異的に増幅することが明らかになった(図7)。
【0056】
【表4】

【0057】
次に、プライマーSDF3、十石由来遺伝子型(516番目がT)特異的プライマーSD1JR(VICで標識)、および516番目がG特異的プライマーSD1NRM(FAMで標識)を同時にPCR反応液に加え、実施例3の(2)に記載の条件でPCRを実施した。その結果、図8で示したとおり、十石タイプのsd1を持つヒカリ新世紀とヒヨクモチではVICで標識された増幅産物(黒塗りピーク)が検出され、それ以外ではFAMで標識された増幅産物(白抜きピーク)が検出された。「にこまる」とヒカリ新世紀は、異なるタイプの半矮性遺伝子型(Dee-geo-woo-gen)由来のsd1を有している。図2に示したとおり、それらは、532番目から383bpの欠失がある(非特許文献3、あるいは、Wolfgang et al., (2002) PNAS, 25, Vol. 99, No. 13, 9043-9048)。したがって、プライマーSDNRMの5‘末端の4bpは相補的ではない。しかしながら、野生型と同様に、SD1NRMによって増幅産物が得られることが明らかになった(図8)。品種によって、増幅産物に1bpから3bpの差異があった、これは、増幅領域内のSSRに多型がある(M. Tomita, (2009) Field Crops Research, Vol. 114, No. 2, 10 November 2009, 173-181)ことが原因であると思われる、しかしながら、波形ピークの蛍光の種類をみることでどちらのリバースプライマー由来の増幅産物であるかは明確であり、本法により、516番目の塩基がTであるものとGであるものが効率的かつ高精度にて検出できる。さらに、本法に関しても、SSRマーカーとのマルチプレックスPCRが可能であり、ヒカリ新世紀の効率的かつ正確な同定法として用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、イネの品種鑑別に利用することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0059】
以下の配列表の数字見出し<223>には、「Artificial Sequence」の説明を記載する。配列番号4〜55の配列で表される各塩基配列は、プライマー配列である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で表される塩基配列の281番目の塩基を決定する工程、及びマイクロサテライトマーカーを用いて分析する工程を含むことを特徴とする、ヒカリ新世紀の識別方法。
【請求項2】
配列番号1で表される塩基配列の281番目の塩基を決定する工程、及び/又は、マイクロサテライトマーカーを用いて分析する工程が遺伝子増幅法を使用する、請求項1に記載のヒカリ新世紀の識別方法。
【請求項3】
配列番号1で表される塩基配列の281番目の塩基を決定する工程、及びマイクロサテライトマーカーを用いて分析する工程を、遺伝子増幅法を使用して同時に行う、請求項2に記載のヒカリ新世紀の識別方法。
【請求項4】
前記マイクロサテライトマーカーとして、MRG4653、MRG6545、RM153、RM253、MRG5375、MRG4931、RM264、RM144、RM72、及びRM6333からなる群から選んだ、少なくとも1つのマイクロサテライトマーカーを使用する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の識別方法。
【請求項5】
配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はt)において、281番目の塩基を含む10〜100の連続した塩基配列又はその相補的塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項6】
配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はt)において、10〜100の連続した塩基配列からなり、且つ、その3’末端塩基がt(281番目のtに対応)であるポリヌクレオチド。
【請求項7】
配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド(281番目はt)において、10〜100の連続した塩基配列の相補的塩基配列からなり、且つ、その3’末端塩基がa(281番目のtに対応)であるポリヌクレオチド。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−30567(P2011−30567A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−153970(P2010−153970)
【出願日】平成22年7月6日(2010.7.6)
【出願人】(591122956)三菱化学メディエンス株式会社 (45)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】