説明

硬化被膜付き基材

【課題】実使用時において指紋汚れが目立ちにくい硬化被膜を基材の最表面に備えた硬化被膜付き基材を提供する。
【解決手段】オルガノシリコーン化合物をマトリクス樹脂として含む硬化被膜を基材の最表面に備えた硬化被膜付き基材であって、前記オルガノシリコーン化合物は、π電子共役系構造を有する加水分解性オルガノシランを5モル%を超えて含有する加水分解性オルガノシランの加水分解物であり、前記硬化被膜上に指紋付着させた場合の指紋の紋1本に相当する指紋汚れの2次元表面粗さ(Ra)が100nm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の最表面に耐指紋性の硬化被膜が形成されてなる硬化被膜付き基材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
表示機器の代表とされるディスプレイにおいて、その最表面に形成される反射防止被膜は、指紋汚れが付着しやすく、付着した指紋汚れが目立ち易いという問題がある。そのため、従来、反射防止被膜は、反射防止性能と、傷の発生を防止する表面強度(すなわち耐擦傷性)という基本性能に加えて、指紋汚れが簡単に除去できる表面撥水・撥油性(すなわち防汚染性)が要求されてきた。
【0003】
例えば、特開2003−266581号公報(特許文献1)では、コーティング材組成物に分子中にフッ素原子を有する加水分解性有機ケイ素化合物を配合することにより、硬化被膜の表面に撥水・撥油性を付与している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−266581号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近年、タッチパネル、携帯電話等のディスプレイにおいては、指紋汚れが簡単に除去できることよりも、付着した指紋汚れが目立ちにくい、あるいは指紋汚れが付着しにくいことの方が望まれるようになってきた。
【0006】
また、表示機器以外の製品においても、高級感のある外観とするために高光沢性の表面加工が施されている。例えば、携帯電話のハウジングに代表される小型電気製品のハウジング表面に高光沢表面塗装が増えているが、付着した指紋が目立ちやすく、高級感を損なう問題も発生している。その他、光を透過あるいは反射する種々の部位(例えば照明用クリア反射板等の反射部位、保護カバー等の透過部位)においても、付着した指紋汚れが目立ちやすいという同様の問題を抱えている。
【0007】
一方で、従来、指紋汚れの付着性評価や目立ち易さは、オレイン酸等を指紋の油脂成分の代替成分として利用した接触角等で評価されてきたが、実際に人から分泌される油脂成分は多種多様な成分の混合物であり、実使用時における耐指紋性の評価と充分な相関が得られていない問題があった。このように、指紋汚れの目立ちやすさを目視以外で正確に定量的に評価する方法がないのも、耐指紋性を備える材料開発の際の妨げとなっていた。
【0008】
本発明は、前記問題に鑑みてなされたものであり、実使用時において指紋汚れが目立ちにくい耐指紋性の硬化被膜を基材の最表面に備えた硬化被膜付き基材を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、本願請求項1記載の発明は、オルガノシリコーン化合物をマトリクス樹脂として含む硬化被膜を基材の最表面に備えた硬化被膜付き基材であって、前記オルガノシリコーン化合物は、π電子共役系構造を有する加水分解性オルガノシランを5モル%を超えて含有する加水分解性オルガノシランの加水分解物であり、前記硬化被膜上に指紋付着させた場合の指紋の紋1本に相当する指紋汚れの2次元表面粗さ(Ra)が100nm以下であることを特徴とする硬化被膜付き基材を提供している。
【0010】
付着した指紋汚れが目立つ理由は、指紋汚れ中の油脂成分が被膜上でミクロな油滴として存在し、その油滴で透過光あるいは反射光が散乱することによって拡散光に変わるからである。本発明者らは、指紋汚れを目立たなくするためには、被膜表面で油脂成分が油滴とならず、濡れて拡がる状態とすればよく、特に、π電子共役系構造を有するオルガノシランから形成されるオルガノシリコーン化合物がこの指紋の油脂成分の濡れ性向上に優れた効果を発揮することを知見し、本発明に至った。
【0011】
さらに前記知見と併せて、付着した指紋の視認性を定量的に評価する方法について本発明者らが鋭意研究した結果、目視で指紋が目立ちにくいと感じる硬化被膜は指紋を付着させた場合に指紋の紋1本の2次元表面粗さ(Ra)が100nm以下であることを見出した。このように、本発明の耐指紋性の評価は実際に人間から分泌される指紋汚れによる定量的評価で行うものとしているので、実使用時の指紋汚れの目立ちやすさとの相関性にも極めて優れる。
【0012】
本願請求項2記載の発明は、前記請求項1記載の硬化被膜付き基材において、π電子共役系構造を有する加水分解性オルガノシランのπ電子共役系構造が環状構造であることを特徴としている。
【0013】
本願請求項3記載の発明は、前記請求項2記載の硬化被膜付き基材において、環状構造がベンゼン環であることを特徴としている。
【0014】
本願請求項4記載の発明は、前記請求項1乃至3のいずれかに記載の硬化被膜付き基材において、加水分解性オルガノシランとして更にアルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランを含有してなることを特徴としている。
【0015】
本願請求項5記載の発明は、前記請求項1乃至4のいずれかに記載の硬化被膜付き基材において、前記硬化被膜の2次元表面粗さ(Ra)が5〜20nmであることを特徴としている。
【発明の効果】
【0016】
本願請求項1記載の発明の硬化被膜付き基材においては、硬化被膜のマトリクス樹脂として、π電子共役系構造を有する加水分解性オルガノシランを5モル%を超えて含有する加水分解性オルガノシランの加水分解物からなるオルガノシリコーン化合物を含むので、硬化被膜上に指紋付着させた場合の指紋の紋1本に相当する指紋汚れの2次元表面粗さ(Ra)を100nm以下にでき、指紋の油脂成分の濡れ拡がり性に優れ、付着した指紋汚れを目立ちにくくすることができる。
【0017】
本願請求項2記載の発明の硬化被膜付き基材においては、特に、π電子共役系構造を環状構造としているので、π電子共役系構造を有する加水分解性オルガノシリコーン化合物の取り扱い性に優れ、かつ調整もしやすい。
【0018】
本願請求項3記載の発明の硬化被膜付き基材においては、特に、環状構造をフェニル基としているので、π電子共役系構造を有する加水分解性オルガノシランとして市販品を利用しやすく、さらに取り扱い性に優れ、かつ調整もしやすい利点がある。
【0019】
本願請求項4記載の発明の硬化被膜付き基材においては、特に、加水分解性オルガノシランとして更にアルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランを含有してなるので、硬化被膜付き基材に親水性を付与し、指紋付着直後の指紋汚れの濡れ拡がり性を向上させることができる。即ち、π電子共役系構造を有する加水分解性オルガノシラン由来のπ電子共役系構造は、指紋の油脂成分が濡れて拡がりやすくなる効果(親油性効果)を有するが、水をはじく撥水性効果も合わせ持つ。指紋汚れは、通常、油脂成分だけでなく、汗等の水分も含有するので、硬化被膜表面が親油性と共に撥水性を有すると、油脂成分が濡れ拡がろうとするのに対し、水分ははじこうとし、油脂成分の濡れ拡がりを阻害することにもなり得る。指紋汚れ中の水分は付着後、蒸発してなくなるので、時間が経過すると、親油性効果を発現し、油脂成分は濡れ拡がることになるが、指紋付着直後においては水分の阻害効果により濡れ拡がり性が悪くなる傾向がある。よって、指紋付着直後の濡れ拡がり性を向上させるためには、硬化被膜表面を親水性かつ親油性の状態にすることが有効であり、π電子共役系構造を有するオルガノシリコーン化合物に親水性基を共存させることが効果的である。なかでも、親水性基としてアルキレンオキサイド基を導入すると、π電子共役系構造が有する指紋の油脂成分が濡れて拡がりやすくなる効果を阻害することなく、水分も濡れ拡がり易くすることができ、付着直後から指紋の濡れ拡がり性に優れることを知見し前記請求項4記載の発明に至った。
【0020】
本願請求項5記載の発明の硬化被膜付き基材においては、特に、硬化被膜の2次元表面粗さ(Ra)を5〜20nmとすることで、硬化皮膜の表面積の増大によって指紋の油脂成分の濡れ拡がり性に優れ、付着した指紋汚れを目立ちにくくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例6及び比較例1の指紋視認性及び指紋付着部分の2次元表面粗さの評価結果を示す図。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための最良の形態を説明する。
本発明に係る硬化被膜付き基材は、基材の最表面にオルガノシリコーン化合物から形成されてなる硬化被膜を備えている。前記オルガノシリコーン化合物は、π電子共役系構造を有する加水分解性オルガノシランを5モル%を超えて含有する加水分解性オルガノシランの加水分解物から形成されることにより、前記硬化被膜上に指紋付着させた場合の指紋の紋1本に相当する指紋汚れの2次元表面粗さ(Ra)を100nm以下としている。
【0023】
2次元表面粗さ(Ra)はレーザ顕微鏡を用いて測定した中心線表面粗さであり、60nm以下、更には50nm以下としていることがより好ましい。下限値は限定されないが、通常5〜20nm程度である。
【0024】
硬化被膜のマトリクス樹脂を形成するオルガノシリコーン化合物は、加水分解基を有する加水分解性オルガノシランを加水分解して得られるポリシロキサン化合物である。本明細書において、「加水分解物」とは、完全加水分解物と部分加水分解物のいずれか、或いは両方を含む。前記オルガノシリコーン化合物は、前述したようにπ電子共役系構造を有する加水分解性オルガノシランを原料加水分解性オルガノシランの全モル中に5モル%を超えて含んでなるオルガノシランから形成されるが、残りはπ電子共役系構造を有さない加水分解性オルガノシランから形成されるものとしている。
【0025】
「π電子共役系構造を有する加水分解性オルガノシラン」(以下、「π電子共役系オルガノシラン」と称す)は、ケイ素原子にπ電子共役系構造を含む官能基が結合しているとともに、加水分解基が結合しているものである。ここで、「π電子共役系」とは、化合物が有するσ結合、π結合及び非共有電子対に基づいて、π結合をつかさどるπ電子が非局在化する構造を示す。π電子共役系オルガノシランは、ケイ素原子を分子内に1個あるいは複数有するものを用いることができ、π電子共役系構造を含む官能基は分子内に1個以上有していればよい。加水分解基は分子内に1個以上有していればよく、2個以上有することが好ましい。
【0026】
1分子内にケイ素原子を1個有するπ電子共役系オルガノシランは、下記一般式(1)あるいは下記一般式(2)で示される構造を有する。
【0027】
【化1】

【0028】
前記一般式(1)において、R1はπ電子共役系構造を含む官能基を示し、Xは加水分解基を示す。なお、式(1)中、pは1〜3の整数である。前記一般式(2)はπ電子共役系構造を含む官能基R1のほかにπ電子共役系構造を含まない官能基R2を有し、前記一般式(1)と同様、Xは加水分解基を示す。式(2)中、q,rは1又は2である整数であり、q+rは2又は3である整数である。
【0029】
前記一般式(1)(2)のR1は同一または異種のπ電子共役系構造を含む官能基であれば特に限定されず、置換していても直鎖状でも分岐鎖状でもよい。具体的なπ電子共役系構造を形成する骨格としては、1,3−ブタジエンのような非環状構造骨格、シクロペンタエン、シクロペンタ−1,3−ジエン、シクロヘキサエン、シクロヘキサ−1,4−ジエンのような非芳香族系環状骨格、ベンゼン環、ナフタレン環のような芳香族骨格構造を含むことが好ましい。なかでも、環状構造を有することが好ましく、環状構造としては、取り扱いの容易さや調整のしやすさから、ベンゼン環を有する構造が好ましい。
【0030】
前記π電子共役系構造を含む官能基R1としては、例えばアリル基のようなアルケニル基;例えばフェニル基、4−メチルフェニル基、3−シアノフェニル基、2−クロロフェニル基、2−ナフチル基等の置換していても縮環していてもよいアリール基;例えば4−ピリジル基、2−ピリジル基、1−オクチルピリジニウム−4−イル基、2−ピリミジル基、2−イミダゾリル基、2−チアゾリル基等の置換していても縮環していてもよい複素環基を挙げることができる。なかでも取り扱い及び調整しやすいことから、ベンゼン環を骨格構造とするアリール基や複素環基等の環状構造が好ましい。そのなかでもフェニル基がより好ましい。また、R1はπ電子共役系構造を含んでいればよく、ケイ素原子に直接π電子共役系構造を備えた官能基が結合していても、π電子共役系構造を備えた官能基がアルキル基を介してケイ素原子に結合していてもよい。
【0031】
一方、前記一般式(2)はπ電子共役系構造を含まない置換基R2を含む。R2は置換もしくは非置換の炭化水素基を示し、同一であっても異なっていてもよい。なかでも炭素数1〜8の1価の炭化水素基が好ましく用いられる。
【0032】
具体的な官能基R2としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等のアルキル基;シクロペンチル基、シクロヘキシル基等のシクロアルキル基;ビニル基;クロロメチル基、γ−クロロプロピル基等のハロゲン置換炭化水素基;γ−メタクリロキシプロピル基、γ−グリシドキシプロピル基、3,4−エポキシシクロヘキシルエチル基,γ−メルカプトプロピル基等の置換炭化水素等を例示することができる。
【0033】
前記一般式(1)及び一般式(2)のXはいずれも加水分解基を示し、クロロ基(−Cl)、ブロム基(−Br)、ヨード基(−I)等のハロゲン基、アルコキシ基、アセトキシ基、オキシム基(−O−N=C−Ra(Rb))、エノキシ基(−O−C(Ra)=C(Rb)Rc)、アミノ基、アミノキシ基(−O−N(Ra)Rb)、アミド基(−N(Ra)−C(=O)−Rb)(これらの基においてRa、Rb、Rcは、例えばそれぞれ独立に水素原子又は一価の炭化水素基等である)を挙げることができる。そのなかでも、入手の容易さや、取り扱いのし易さから、加水分解基Xがクロロ基あるいはアルコキシ基であるものが好ましい。
【0034】
前記一般式(1)で示されるπ電子共役系オルガノシランの好ましい構造例としては、下記一般式(3)で示される3官能性アルコキシシラン、下記一般式(4)で示される2官能性アルコキシシラン、下記一般式(5)で示される1官能性アルコキシシランを挙げることができる。
【0035】
【化2】

【0036】
前記一般式(2)で示されるπ電子共役系オルガノシランの好ましい構造例としては、下記一般式(6)で示される2官能性アルコキシシランを挙げることができる。
【0037】
【化3】

【0038】
前記一般式(3)〜(6)のアルコキシ基「OR」中の「R」は1価の炭化水素基であれば特に限定されるものではなく、それぞれ同一でも異なっていてもよい。「R」は炭素数1〜8の1価の炭化水素基が好適であり、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、へプチル基、オクチル基等のアルキル基等を例示することができる。アルコキシ基中に含有されるアルキル基のうち、炭素数が3以上のものについては、n−プロピル基、n−ブチル基等のように直鎖状のものであってもよいし、イソプロピル基、イソブチル基、t−ブチル基等のように分岐を有するものであってもよい。なかでも、炭素数が1〜4のメチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基が好ましい。
【0039】
より具体的な前記一般式(3)で示される3官能性アルコキシシランの構造としては、下記一般式(7)で示されるフェニルトリアルコキシシランが挙げられる。このようなフェニルトリアルコキシシランとしては、OR中のRが全てメチル基であるフェニルトリメトキシラン、全てエチル基であるフェニルトリエトキシシランが好適に用いられる。
【0040】
【化4】

【0041】
前記一般式(3)で示される3官能性アルコキシシランの他の構造として、下記一般式(8)で示されるナフチルトリアルコキシシランが挙げられる。このようなナフチルトリアルコキシシランとしては、OR中のRが全てメチル基である1−ナフチルトリメトキシラン、全てエチル基である1−ナフチルトリエトキシシランが好適に用いられる。
【0042】
【化5】

【0043】
前記一般式(3)で示される3官能性アルコキシシランの他の構造として、π電子共役系構造を有する官能基がアルキル基を介してケイ素原子に結合されている下記一般式(9)で示されるフェネアルキルトリアルコキシシラン、下記一般式(10)で示されるアルキルトリアルコキシシランが挙げられる。nは2〜5の整数である。
【0044】
【化6】

【0045】
前記一般式(9)のフェネアルキルトリアルコキシシランとしては、OR中のRが全てメチル基で、かつnが2であるフェネエチルトリメトキシランが好適に用いられる。また、前記一般式(10)のアルキルトリアルコキシシランとしては、OR中のRが全てエチル基でnが3である、3−シクロペンタジエニルプロピルトリエトキシシラン及び/又はその二量体が好適に用いられる。
【0046】
さらに、前記一般式(3)で示される3官能性アルコキシシランの他の構造として、下記一般式(11)で示される1,4−ビス(トリアルコキシシリル)ベンゼンを用いることもできる。下記一般式(11)ではπ電子共役系構造を含む官能基(下記式ではフェニル基)を介して2つのケイ素原子が存在する。このような1,4−ビス(トリアルコキシシリル)ベンゼンとしては、OR中のRが全てメチル基である1,4−ビス(トリメトキシシリル)ベンゼン、全てエチル基である1,4−ビス(トリエトキシシリル)ベンゼンが好適に用いられる。
【0047】
【化7】

【0048】
前記一般式(4)で示される2官能性アルコキシシランの構造としては、下記一般式(12)で示されるジフェニルジアルコキシシランが挙げられる。このようなジフェニルジアルコキシシランとしては、OR中のRが全てメチル基であるジフェニルジメトキシラン、全てエチル基であるジフェニルジエトキシシランが好適に用いられる。
【0049】
【化8】

【0050】
さらに、前記一般式(4)で示される2官能性アルコキシシランの他の構造としては、前記一般式(12)のフェニル基にアルキル置換基を有する下記一般式(13)で示されるジアルコキシシランが挙げられる。一般式(13)におけるアルキル基Rは先に例示したアルコキシ基「OR」中の「R」と同様のアルキル基とすることができ、それぞれ同一でも異なっていてもよい。このようなジアルコキシシランとしては、Rが全てメチル基であるジ(p−トリル)ジメトキシシランが好適に用いられる。
【0051】
【化9】

【0052】
前記一般式(5)で示される1官能性アルコキシシランとしては、下記一般式(14)のトリフェニルモノアルコシシランが挙げられる。このようなトリフェニルモノアルコシシランとしては、OR中のRが全てエチル基であるトリフェニルエトキシシランが好適に用いられる。
【0053】
【化10】

【0054】
前記一般式(6)で示される、π電子共役系構造を含まない官能基R2を有する2官能性アルコキシシランとしては、下記一般式(15)のフェニルアルキルジアルコシシランが挙げられる。このようなフェニルアルキルジアルコシシランとしては、アルコキシ基ORのRが全てメチル基で、ケイ素原子に結合したアルキル基がメチル基であるフェニルメチルジメトキシシラン、あるいはアルコキシ基ORのRが全てエチル基のフェニルメチルジエトキシシランが好適に用いられる。
【0055】
【化11】

【0056】
さらに、本発明に係る硬化被膜のマトリクス樹脂に含有されるオルガノシリコーン化合物は、π電子共役系構造を含まない加水分解性オルガノシラン(以下、「非π電子共役系オルガノシラン」と称す)の加水分解物からなるポリシロキサン化合物を含む。非π電子共役系オルガノシランとしては、下記一般式(16)で示される4官能性アルコキシシランが好適に用いられる。
【0057】
【化12】

【0058】
前記式(16)のアルコキシ基「OR」中の「R」は前述したπ電子共役系オルガノシランのアルコキシ基「OR」中の「R」と同様である。
【0059】
このような4官能性アルコキシシランの加水分解物を含むことにより、硬化被膜は十分な被膜強度を達成することができ、付着した指紋を拭き取る際にも表面にキズを発生させにくくすることができ、耐擦傷性にも優れる。
【0060】
また、本発明の硬化被膜付き基材は、所望により、硬化被膜のマトリクス樹脂を形成するオルガノシリコーン化合物を形成する加水分解性オルガノシランとして、非π電子共役系オルガノシランであるアルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランを含有させることができる。このようなアルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランを含有させることで、指紋汚れの付着直後の初期の指紋汚れの濡れ拡がり性を得ることができる。
【0061】
本発明において用いるアルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランは、アルキレンオキサイド基を備えると共に加水分解基が結合したケイ素原子を分子内に有するものであり、前述したπ電子共役系オルガノシラン及び非π電子共役系オルガノシランと相溶できるものであればよい。ケイ素原子は分子内に1個あるいは複数有するものを用いることができ、加水分解基は分子内に2個以上有することが好ましい。アルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランはアルキレンオキサイド基を分子内に1個以上有していればよく、アルキル基を介してアルキレンオキサイド基がケイ素原子に結合していてもよい。
【0062】
アルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランの加水分解基としては、前述したπ電子共役系オルガノシランと同様の加水分解基Xであり、なかでもアルキレンオキサイド基含有アルコキシシラン化合物であることが好ましい。
【0063】
アルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランのアルキレンオキサイド基としては、炭素数2以上であるアルキレンオキサイドを含むものであればよい。なかでも、エチレンオキサイド基[−(CH2CH2O)s−](sは1〜100、好ましくは3〜30)、プロピレンオキサイド基{−[CH(CH3)CH2O]t−}(tは1〜100、好ましくは3〜30)であることが好ましい。これらエチレンオキサイド基及びプロピレンオキサイド基はブロック共重合体とされていてもよい。
【0064】
具体的な化学構造式としては、ケイ素原子を分子内に2個有しているものとしては、下記化学式(17)〜(20)に示されるものを例示することができる。
【0065】
【化13】

【0066】
また、ケイ素原子を分子内に1個有しているものとしては、下記化学式(21)〜(24)に示されるものを例示することができる。
【0067】
【化14】

【0068】
アルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランは、マトリクス樹脂の全固形分に対して、1〜50モル%含有することが好ましい。さらに好ましくは5〜30モル%である。これは、アルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランが1モル%未満であると、アルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランを配合する初期の指紋汚れの濡れ拡がり性向上効果が得られにくく、50モル%を超えると被膜強度が十分でないおそれがあるからである。
【0069】
前述した成分を、例えば、以下のように配合することにより、硬化被膜を形成するためのコーティング材組成物を得ることができる。
【0070】
はじめに、フェニルトリクロロシラン、ジフェニルジクロロシラン、トリフェニルクロロシランに代表されるクロロシランもしくはこれに対応するアルコキシシランの1種もしくは2種以上の混合物を公知の方法により水で加水分解することによりπ電子共役系オルガノシランを原料オルガノシランの5モル%を超えて含む溶液を得る。この時に硬化被膜に要求される物性(強度、柔軟性)に応じて、クロロシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシランもしくはこれに対応するアルコキシシランの1種もしくは2種以上を混合していても良い。また、指紋付着直後の耐指紋性を確実に達成した場合には、非π電子共役系オルガノシランであるアルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランを配合することが好ましい。この際、共加水分解させて共加水分解物とすると、アルキレンオキサイド基をマトリクス樹脂に固定化することができ、指紋付着直後の指紋汚れの濡れ拡がり性に優れるものとしながら、耐久性に優れたものとすることができる。このようにアルキレンオキサイド基を固定化することで、付着した指紋を除去するために繰り返し拭き取りを行なっても指紋付着直後の初期の耐指紋性を維持することができる。しかも、被膜形成能、硬化被膜の透明性と被膜強度にも優れるものとすることができる。これらπ電子共役系オルガノシラン及びπ電子共役系オルガノシランを含む加水分解性オルガノシランを硬化させる方法は特に限定されず、例えば、特許第3374368号公報等に例示されているような加水分解性オルガノシランのシリカ分散オリゴマーと硬化触媒とを混合する方法等を用いることができる。
【0071】
なかでも、1μm以下の薄膜で硬化被膜を形成する場合は、π電子共役系オルガノシランと、非π電子共役系オルガノシランである4官能性アルコキシシラン、所望により配合されるオルガノシランアルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランとを共存させて加水分解し、共加水分解物からなるオルガノシリコーン化合物に調整されていることが好ましい。なお、「共加水分解物」には共完全加水分解物、共部分加水分解物のいずれか一方あるいは両方を含むものが含まれる。
【0072】
共加水分解物の重量平均分子量は特に限定されるものではないが、1000〜20000の範囲が好ましい。1000未満であると被膜形成能力が劣り、逆に20000を超えると被膜強度が低下するおそれがある。加水分解の際の温度条件は、20〜80℃程度が好ましい。温度がこの範囲より低いと反応が進まず、逆にこの範囲より温度が高いと反応が早く進みすぎて一定の分子量の確保が困難になると共に、分子量が大きくなりすぎて被膜強度が落ちるおそれがある。
【0073】
また、前記共加水分解物において、π電子共役系オルガノシランは、全オルガノシランに対して5モル%を超えて配合されている。好ましくは6モル%以上、特に10モル%以上が好ましい。上限は限定されないが、被膜強度の観点から、50モル%以下であることが好ましい。これはπ電子共役系オルガノシランの含有比率が5モル%以下であると、前記硬化被膜上に指紋付着させた場合の指紋の紋1本に相当する指紋汚れの2次元表面粗さ(Ra)が100nmを超え、付着した指紋が目立ちやすく、耐指紋性が十分でないからである。
【0074】
また、本発明の効果に悪影響を与えない範囲で、オルガノシリコーン化合物に、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、アクリル・ウレタン樹脂等の有機樹脂を混合して、硬化被膜を形成しても良い。
【0075】
さらには、本発明の効果に悪影響を与えない範囲で粒子(コロイダルシリカに代表されるシリカナノ粒子、顔料、有機微粒子、金属微粒子等)、レベリング剤、染料、酸化防止剤、紫外線吸収剤、帯電防止剤等を硬化被膜中に含むことができる。
【0076】
粒子としては、シリカ系金属酸化物微粒子を含むことが好ましい。このシリカ系金属酸化物微粒子の形態としては、特に限定されるものではなく、例えば、粉体状の形態でもゾル状の形態でもよい。シリカ系金属酸化物微粒子をゾル状の形態、すなわちコロイダルシリカとして使用する場合、特に限定されるものではないが、例えば、水分散性コロイダルシリカあるいはアルコール等の親水性の有機溶媒分散性コロイダルを使用することができる。一般にこのようなコロイダルシリカは、固形分としてのシリカを20〜50質量%含有しており、この値からシリカ配合量を決定することができる。シリカ系微粒子は所謂フィラー効果のために含むことが好ましく、硬化被膜の強度アップあるいはクラック防止の効果が期待できる。
【0077】
このシリカ系金属酸化物微粒子の配合量は特に限定されるものではないが、耐指紋性コーティング材組成物中における固形分全量に対して、0.1〜50質量%になるように設定するのが好ましい。0.1質量%未満ではこのシリカ微粒子の配合によるフィラー効果の発現が弱く、逆に50質量%を超えると硬化被膜の強度低下を引き起こすおそれがある。
【0078】
前記硬化被膜の2次元表面粗さ(Ra)は5〜20nmに設定することが好ましい。この範囲の2次元表面粗さ(Ra)であれば、表面積増大による指紋汚れの濡れ拡がり効果を得ることができる。2次元表面粗さ(Ra)が5nm未満であれば表面積増大による濡れ拡がり効果が得られ難く、20nmを超えると光の散乱によりヘーズが高くなるおそれがある。
【0079】
硬化被膜の2次元表面粗さ(Ra)を前記範囲に設定する方法は問わないが、例えば、下記(1)〜(3)の方法が考えられる。
(1)プラズマエッチング、機械研磨等のドライエッチング
(2)NaOH水溶液などによるウエットエッチング
(3)特定粒径の粒子を含有させる。この場合、上記2次元表面粗さ(Ra)の範囲とできれば粒子の種類や粒径は問わないが、平均一次粒子径30〜300nm、好ましくは50〜200nmのシリカ系金属酸化物微粒子を硬化被膜中に30〜60質量%含有させることが好ましい。
【0080】
さらに具体的な製造方法の例を以下に示す。
はじめに、π電子共役系オルガノシランと、非π電子共役系オルガノシランの混合物を公知の方法により加水分解することにより得ることができる。例えば、π電子共役系オルガノシランと非π電子共役系オルガノシランの混合物と、溶剤と、水と、酸あるいはアルカリ触媒とを混合して、共加水分解物あるいは共部分加水分解物を作製する。所望によりシリカ系金属酸化物微粒子を配合してもよい。
【0081】
溶剤としては、加熱等により容易に揮発させることができる適宜のものを用いることができるが、例えばメタノール、エタノール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、イソブチルアルコール、sec−ブチルアルコール、t−ブチルアルコール、ジアセトンアルコール等のアルコール類、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のグリコールエーテル類、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、アセチルアセトン等のケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチル、アセト酢酸エチル等のエステル類、キシレン、トルエン等を用いることができる。
【0082】
溶剤の配合は適宜設定することができる。しかし、コーティング材組成物の塗布の容易さと、硬化被膜の膜厚制御の容易さと、コーティング材組成物の安定性を考慮した場合、塗料中の溶剤の含有量は、50質量%以上99.8質量%以下の範囲に調整されていることが好ましく、70質量%以上99質量%以下の範囲がさらに好ましい。
【0083】
前述のように調製したコーティング材組成物を基材の表面に塗装して被膜を形成すると共にこの被膜を乾燥・硬化させることによって、最表面に硬化被膜が形成された硬化被膜付き基材を得ることができる。なお、基材としては、特に限定されるものではないが、例えば、ガラスに代表される無機系基材、金属基材、アクリル系樹脂、ポリカーボネートやポリエチレンテレフタレートに代表される有機系基材を挙げることができ、また基材の形状としては、板状やフィルム状等を挙げることができる。さらに、基材の表面に1層以上の層が形成されていても構わない。
【0084】
コーティング材組成物を基材の表面に塗装するにあたって、その方法は特に限定されるものではないが、例えば、刷毛塗り、スプレーコート、浸漬(ディッピング、ディップコート)、ロールコート、フローコート、カーテンコート、ナイフコート、スピンコート、テーブルコート、シートコート、枚葉コート、ダイコート、バーコート等の通常の各種塗装方法を選択することができる。
【0085】
また、基材の表面に形成した被膜を乾燥させた後に、これに熱処理を行なうのが好ましい。この熱処理によって、硬化被膜の機械的強度をさらに向上させることができるものである。熱処理の際の温度は、特に限定されるものではなく、基材の種類にもよるが、60〜300℃、好ましくは60〜120℃の比較的低温で5〜120分処理することが好ましい。このように低温で熱処理を行なっても、高温で熱処理を行うときと同等の機械的強度を得ることができるので、製膜コストを低減することが可能となり、また高温による熱処理の場合のように、基材の種類が制限されることがなくなるものである。しかも、例えばガラス基材の場合には熱伝導率が低いため、温度の上昇と冷却に時間がかかり、高温による熱処理ほど処理スピードが遅くなるのに対し、低温による熱処理では逆に処理スピードを早めることができるものである。基材の表面に形成する硬化被膜の膜厚は、使用用途や目的に応じて適宜選択することができ、特に限定されるものではないが、0.1〜50μmの範囲が好ましい。
【0086】
前述した本発明の硬化被膜付き基材は、π電子共役系オルガノシランを5モル%を超えて含有する加水分解性オルガノシランの加水分解物からなるオルガノシリコーン化合物を硬化被膜のマトリクス樹脂として含み、該硬化被膜上に指紋付着させた場合の指紋の紋1本に相当する指紋汚れの2次元表面粗さ(Ra)を100nm以下としているので、指紋の油脂成分の濡れ拡がり性に優れ、付着した指紋汚れを目立ちにくくすることができる。特に、4官能性アルコキシシランとの共加水分解物とすることにより、相溶性に優れ、被膜形成能と被膜強度を向上させることができる。本発明の硬化被膜付き基材は、特に表面にπ電子共役系構造を存在させることにより実際に指紋付着させた場合の指紋の紋1本の2次元表面粗さ(Ra)を100nm以下としているので、実使用における指紋付着時との相関性が高く、確実に付着した指紋を目立ちにくくすることができる効果を有する。
【0087】
また、硬化被膜にシリカ系金属酸化物微粒子を含む場合は更に硬化被膜の強度アップあるいはクラック防止の効果があり、付着した指紋を拭き取る際にも表面にキズを発生させにくくすることができる。
【0088】
しかも、加水分解性オルガノシランとして更にアルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランを含有させることにより、指紋汚れが付着した直後の濡れ拡がり性を得ることができ、付着した直後から指紋を目立ちにくくすることができる。
【0089】
さらに、前記硬化被膜の2次元表面粗さ(Ra)を5〜20nmとすることで、表面積増大による指紋汚れの濡れ拡がり効果を得ることができる。
【0090】
次に、本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、重量平均分子量はゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、標準ポリスチレンで検量線を作成し、その換算値として測定したものである。
【0091】
(実施例1)
非π電子共役系オルガノシランであるテトラエトキシシラン166.4質量部にメタノール356質量部を加え、さらにπ電子共役系オルガノシランであるフェニルトリエトキシシラン(アヅマックス株式会社)48質量部、更に水54質量部及び0.4規定の塩酸水溶液18質量部を加え、これをディスパーを用いてよく混合して混合液を得た。この混合液を30℃恒温槽中で4時間攪拌して、重量平均分子量を1250に調整した共重合加水分解物からなるオルガノシリコーン化合物を、硬化被膜のマトリクス形成材料として得た。
【0092】
次に、シリカ微粒子としてイソプロパノール分散シリカゾル(触媒化成工業製「OSCAL−1432(製品名)」、固形分20質量%、平均一次粒子径10nm)を、固形分基準でシリカ微粒子/オルガノシリコーン化合物の共加水分解物(縮合化合物換算)が質量比で40/60となるように配合し、その後、全固形分が1質量%になるようにIPA/酢酸ブチル/ブチルセロソルブ混合液(希釈後の溶液の全量中の5質量%が酢酸ブチル、全量中の2質量%がブチルセロソルブとなるように、予め混合された溶液)で希釈し、実施例1のコーティング材組成物を得た。
【0093】
そしてこのコーティング材組成物を1時間静置した後、予めUV−オゾン洗浄機(エキシマランプ、ウシオ電機製、型式H0011)で表面洗浄した、アクリル板(製品名「デラグラス(登録商標)HA,両面ハードコート処理、ハードコート屈折率1.52、ヘーズ0.10)のハードコート表面にワイヤーバーコータによって塗布して厚さ約100nmの塗膜を形成し、80℃で1時間、酸素雰囲気下で熱処理することによって、硬化被膜を備えた塗装品を得た。
【0094】
(実施例2)
テトラエトキシシランを124.8質量部、フェニルトリエトキシシラン(アヅマックス株式会社)96質量部に変更して、得られる共重合加水分解物からなるオルガノシリコーン化合物の重量平均分子量を1200に調整した以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0095】
(実施例3)
テトラエトキシシランを166.4質量部、π電子共役系オルガノシランとしてジフェニルジエトキシシラン(アヅマックス株式会社)54.4質量部を用いることに変更し、得られる共重合加水分解物からなるオルガノシリコーン化合物の重量平均分子量を1250に調整した以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0096】
(実施例4)
テトラエトキシシランを187.2質量部、π電子共役系オルガノシランとしてナフチルトリエトキシシラン(アヅマックス株式会社)29.2質量部を用いることに変更し、得られる共重合加水分解物からなるオルガノシリコーン化合物の重量平均分子量を1250に調整した以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0097】
(実施例5)
テトラエトキシシランを187.2質量部、π電子共役系オルガノシランとしてフェニルエチルトリエトキシシラン(アヅマックス株式会社)53.6質量部を用いることに変更し、得られる共重合加水分解物からなるオルガノシリコーン化合物の重量平均分子量を1250に調整した以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0098】
(実施例6)
テトラエトキシシランを187.2質量部、π電子共役系オルガノシランとして3−シクロペンタジエニルプロピルトリエトキシシラン(アヅマックス株式会社)54質量部を用いることに変更し、得られる共重合加水分解物からなるオルガノシリコーン化合物の重量平均分子量を1250に調整した以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0099】
(実施例7)
テトラエトキシシラン104質量部にメタノール356質量部を加え、さらにπ電子共役系オルガノシランとしてフェニルトリエトキシシラン72質量部、さらに非π電子共役系オルガノシランであるアルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランとしてヒドロキシ(ポリエチレンオキサイド)プロピルトリエトキシシラン(EO=8〜12、アヅマックス社より入手、前記化学式(21))66.2質量部、更に水54質量部、0.4規定の塩酸水溶液18質量部を加え、これをディスパーを用いてよく混合して混合液を得た。この混合液を30℃恒温槽中で4時間攪拌して、重量平均分子量を1250に調整したオルガノシリコーン化合物を、硬化被膜のマトリクス形成材料として得た。
【0100】
次に、シリカ粒子としてイソプロパノール分散シリカゾル(触媒化成工業製「OSCAL−1432(製品名)」,固形分20質量%、平均一次粒子径10nm)を、固形分基準でシリカ微粒子/オルガノシリコーン化合物の共加水分解物(縮合化合物換算)が質量比で40/60となるように配合し、その後、全固形分が1質量%になるようにIPA/酢酸ブチル/ブチルセロソルブ混合液(希釈後の溶液の全量中の5質量%が酢酸ブチル、全量中の2質量%がブチルセロソルブとなるように、予め混合された溶液)で希釈し、実施例7のコーティング材組成物を得た。
【0101】
そしてこのコーティング材組成物を1時間静置した後、予めUV−オゾン洗浄機(エキシマランプ、ウシオ電機製、型式H0011)で表面洗浄した、アクリル板(製品名「デラグラス(登録商標)HA,両面ハードコート処理、ハードコート屈折率1.52、ヘーズ0.10)のハードコート表面にワイヤーバーコータによって塗布して厚さ約100nmの塗膜を形成し、80℃で1時間、酸素雰囲気下で熱処理することによって、硬化被膜を備えた塗装品を得た。
【0102】
(実施例8)シリカ微粒子の平均一次粒子径を50nmに変えた以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を備えた塗装品を得た。
【0103】
(比較例1)
テトラエトキシシランを208質量部とし、π電子共役系オルガノシランを配合せず、得られる加水分解物からなるオルガノシリコーン化合物の重量平均分子量を1300に調整した以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。比較例1における「H2O」/「OR」は1.0である。
【0104】
(比較例2)
テトラエトキシシランを166.4質量部とし、π電子共役系オルガノシランを配合しない代わりにメチルトリエトキシシラン35.6質量部を用い、得られる共加水分解物からなるオルガノシリコーン化合物の重量平均分子量を1200に調整した以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0105】
(比較例3)
テトラエトキシシランを197.6質量部とし、π電子共役系オルガノシランとしてフェニルトリエトキシシランを12質量部(全オルガノシランの5モル%に相当)配合し、得られる共加水分解物からなるオルガノシリコーン化合物の重量平均分子量を1300に調整した以外は、実施例1と同様にしてコーティング材組成物を得た後、実施例1と同様にして硬化被膜を有する塗装品を得た。
【0106】
実施例1〜8及び比較例1〜3で得た硬化被膜について、ヘーズ、指紋付着させた場合の指紋付着部分の表面粗さ、および指紋を付着させない硬化被膜の表面粗さを測定し、評価を行った。オルガノシリコーン化合物の調整条件とともに評価結果を表1に示す。また、実施例6と比較例1については、指紋視認性と指紋付着部分の表面粗さの具体的な測定結果を図1に示す。
【0107】
(ヘーズ(透明性))
ヘーズメータ(日本電色工業(株)製「NDH2000(製品名)」)を使用して、ヘーズ値を測定し、透明性を評価した。
【0108】
(指紋視認性)
硬化被膜表面に、指端の腹面を押し付けて指紋汚れを付着させ、アクリル板(製品名「デラグラス(登録商標)HA,両面ハードコート処理、ハードコート屈折率1.52、ヘーズ0.10)と比較して、目視により下記のように5段階評価を行った。
1.アクリル板と比較して差がない。指紋痕が明確に視認できる。
2.アクリル板と比較して少し指紋痕が見えにくいが、指紋痕は視認できる。
3.アクリル板と比較して指紋痕が見えにくい。指紋の紋の1本1本はある程度視認できる。
4.アクリル板と比較して指紋痕が見えにくい。指紋の紋の1本1本は視認できない。
5.指紋汚れの付着部分をほとんど視認できない。
【0109】
(指紋付着部分の表面粗さ)
硬化被膜表面に、指紋汚れを付着させ、レーザ光学顕微鏡(KEYENCE(株)製「VK−9710」)で指紋付着部分を50倍に拡大し、紋1本の2次元表面粗さRaをレーザスキャンで測定した。測定場所を変え、10回測定し、平均値を算出した。
(硬化被膜の表面粗さ)
硬化被膜の表面粗さを500nm×500nmの視野で、走査型プローブ顕微鏡((株)島津製作所製「SPM−9500」)を用いて測定した。測定場所を変え、3回測定し、平均値を算出した。硬化被膜には指紋汚れは付着させていない。
【0110】
【表1】

【0111】
表1にみられるように、オルガノシリコーン化合物の原料オルガノシランとしてπ電子共役系オルガノシランを5モル%を超えて含む実施例1〜6のものは、指紋付着部分の2次元表面粗さ(Ra)がいずれも100nm以下であり、指紋視認性も3以上でアクリル板と比較して指紋痕が見えにくく、良好な結果を示すものであった。また、アルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランを含有してなる実施例7のものは、これを含有していない実施例2のものと比べて、指紋汚れを付着させた直後から指紋視認性に優れるものであった。さらに、硬化被膜の2次元表面粗さが8.5nmである実施例8のものは、指紋汚れの付着部分を視認しにくく、指紋視認性に極めて優れるものであった。
一方、硬化被膜にπ電子共役系オルガノシランを含まない比較例1,2のものは、指紋付着部分の2次元表面粗さ(Ra)がいずれも100nmを超えて、指紋視認性が劣り、指紋痕が紋1本1本まで視認できるものであった。また、オルガノシリコーン化合物の原料オルガノシランとしてπ電子共役系オルガノシランを5モル%含む比較例3は、指紋視認性はある程度改善されたが、十分ではなかった。
【0112】
また、図1にみられるように、実施例6では指紋汚れの油脂成分が被膜上で濡れ拡がって指紋痕が目立ちにくくなり、2次元表面粗さRaも60nmと小さい値が得られた。これに対して比較例1では、指紋汚れの油脂成分が被膜上でミクロな油滴として存在して指紋痕の紋1本1本が目立ち易く、その油滴の凹凸で2次元表面粗さRaも120nmと大きな値となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オルガノシリコーン化合物をマトリクス樹脂として含む硬化被膜を基材の最表面に備えた硬化被膜付き基材であって、
前記オルガノシリコーン化合物は、π電子共役系構造を有する加水分解性オルガノシランを5モル%を超えて含有する加水分解性オルガノシランの加水分解物であり、
前記硬化被膜上に指紋付着させた場合の指紋の紋1本に相当する指紋汚れの2次元表面粗さ(Ra)が100nm以下であることを特徴とする硬化被膜付き基材。
【請求項2】
前記π電子共役系構造が環状構造である請求項1に記載の硬化被膜付き基材。
【請求項3】
前記環状構造がベンゼン環である請求項2に記載の硬化被膜付き基材。
【請求項4】
加水分解性オルガノシランとして更にアルキレンオキサイド基を有する加水分解性オルガノシランを含有してなる請求項1乃至3のいずれかに記載の硬化被膜付き基材。
【請求項5】
前記硬化被膜の2次元表面粗さ(Ra)が5〜20nmである請求項1乃至4のいずれかに記載の硬化被膜付き基材。

【図1】
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【公開番号】特開2011−6653(P2011−6653A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−220123(P2009−220123)
【出願日】平成21年9月25日(2009.9.25)
【出願人】(000005832)パナソニック電工株式会社 (17,916)
【Fターム(参考)】