説明

硬組織再生用デバイス

【課題】
本発明は、骨芽細胞を利用した新たな硬組織再生用デバイスの提供を目的とする。
【解決手段】
骨芽細胞と骨芽細胞によって産生されたリン酸カルシウムと非水溶性ポリマーからなる孔径1μm〜14μmの貫通孔を有するハニカム状多孔質体との複合体である、硬組織再生用デバイス。本発明に係る硬組織再生用デバイスは、関節治療、骨・軟骨疾患に対する硬組織再生治療に利用することができ、生体適合性に優れるハニカム状多孔質体を基本骨格とすることで、骨芽細胞の良好な増殖と骨再生を促すことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬組織再生用デバイスとして有用な、骨芽細胞と骨芽細胞によって産生されたリン酸カルシウムと特定の微小孔を有するハニカム状多孔質体との複合体及びその製造方法に関する。より詳細には、本発明は、骨芽細胞と骨芽細胞が産生するリン酸カルシウムゲルと非水溶性ポリマーからなる孔径1μm〜14μmの貫通孔を有するハニカム状多孔質体との複合体である硬組織再生用デバイスと、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会の進行により、骨粗しょう症や関節疾患に代表される骨、軟骨、歯などの硬組織疾患、特に骨組織疾患が増加している。これらの疾患は、老人医療費の増加に加えてヒトのQOLを著しく損なわせるために、大きな社会問題ともなってきている。
【0003】
硬組織疾患、特に骨組織疾患の治療法の一つとして、組織工学的な骨欠損部の修復方法が注目されている。この方法は、骨芽細胞を用いて形成させた硬組織、典型的には骨、を疾患部位に移植して、生体内にて硬組織そのものを再生するものである。
【0004】
骨芽細胞を増殖させて硬組織を再生させるには、骨芽細胞が付着してその上で増殖することのできる培養基材、いわゆる足場(scaffold)が必要とされる。典型的な骨芽細胞増殖用の足場はハイドロキシアパタイト(リン酸カルシウムゲル)からなる細胞培養用担体であるが、骨芽細胞による硬組織の効率的な再生を促すために、前記担体に様々な改良、工夫が行われている。
【0005】
その様な例としては、多糖類を吸着させたヒドロキシアパタイトからなる骨芽細胞培養用担体(特許文献1)、繊維状リン酸カルシウム化合物の係合により形成された、直径が100〜500μmの範囲にある気孔から構成される気孔連続体を含み、かつ全体の気孔率が70〜99%の範囲にある多孔質リン酸カルシウム化合物シート(特許文献2)、粒径が300〜1000μmの燐酸カルシウムで構成された成形体であって、100〜300μm径の大きさを有する気孔が50〜80%の気孔率で形成されていることを特徴とする細胞培養支持体(特許文献3)などを挙げることができる。
【0006】
これらハイドロキシアパタイトを用いた足場は、一般に直径100μm以上の孔が形成された培養基材(マトリックス)であることが好ましいとされている(例えば前記特許文献2参照)。しかし、所望の大きさの気孔を形成させるにはハイドロキシアパタイトの結晶成長を制御する必要があるが、無機物の結晶成長の制御は一般的には容易なことではない。
【0007】
一方、ハイドロキシアパタイト以外の化学物質を利用した足場も、いくつか提唱されている。その例としては、コラーゲン等のタンパク質あるいはヒアルロン酸等の糖類等を用いて三次元形状に形成された多孔質担体と、前記多孔質担体を囲うように形成され、前記多孔質担体を外部と連通した状態で支持するポリ乳酸等のポリマーで形成される支持体とを備えた組織再生用基材(特許文献4)を挙げることができる。また、約50〜約500μmの円形開放大孔及び20μm未満の円形開放小孔から成る高度に相互連結された二様式分布を有する実質的に連続的なポリマー相を有し、前記小孔が前記大孔の壁内に規則的に直線的に配列されている生体適合性多孔質足場(特許文献5)も提案されている。
【0008】
こうした基材乃至足場は、多孔質体と支持体、あるいは大小異なる径の孔が規則的に配列されているなどの複雑な構造を有するものであり、その作製は煩雑な操作を要する。
【0009】
本発明者らは、ハニカム構造体、ハニカムパターン化フィルムあるいはハニカム状多孔質体と呼ばれる、非水溶性ポリマーからなる微細な多数の孔が規則的に配置された薄膜(以下、ハニカム状多孔質体とする)が、肝実質細胞、心筋細胞、軟骨細胞ならびに上皮系細胞などのインビトロでの培養において良好な足場となることを報告してきた(例えば特許文献6、特許文献7、特許文献8など)。一方、腫瘍細胞に対しては、ハニカム状多孔質体はその増殖を却って抑制することが確認されている(例えば特許文献9)。
【特許文献1】特開平8−149976号公報
【特許文献2】特開2003−93052号公報
【特許文献3】特開平6−343456号公報
【特許文献4】国際特許出願公開WO2003/011353号パンフレット
【特許文献5】特表2002−541925号公報
【特許文献6】特開2002−334959号公報
【特許文献7】特開2002−152005号公報
【特許文献8】特開2007−6987号公報
【特許文献9】特開2005−52526号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、骨芽細胞を利用した新たな硬組織再生用デバイスの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、これまで報告されてきた数十μm〜数百μmの気孔を有する培養基材に代わり、1μm〜10数μm程の微小な孔径を有するハニカム状多孔質体が骨芽細胞に対する足場として利用することができること、当該ハニカム状多孔質体上で骨芽細胞を増殖させ、リン酸カルシウムの結晶を生成させることで、ハニカム状多孔質体とを骨格とした、骨芽細胞とリン酸カルシウムとハニカム状多孔質体との複合体が形成されることを見いだし、下記の各発明を完成した。
【0012】
(1)骨芽細胞と骨芽細胞によって産生されたリン酸カルシウムと非水溶性ポリマーからなる孔径15μm未満の貫通孔を有するハニカム状多孔質体との複合体である、硬組織再生用デバイス。
【0013】
(2)ハニカム状多孔質体の孔径が1μm〜14μmである、(1)に記載の硬組織再生用デバイス。
【0014】
(3)ハニカム状多孔質体の貫通孔が平面方向に存在する周囲の貫通孔と連通している、(1)又は(2)に記載の硬組織再生用デバイス。
【0015】
(4)ハニカム状多孔質体の貫通孔の少なくとも一部に骨芽細胞によって産生されたリン酸カルシウムが入り込んでいる、(1)〜(3)のいずれかに記載の硬組織再生用デバイス。
【0016】
(5)骨芽細胞が硬組織の再生を必要とする哺乳動物由来の骨芽細胞である、(1)〜(4)の何れかに記載の硬組織再生用デバイス。
【0017】
(6)孔径15μm未満の貫通孔を有するハニカム状多孔質体に骨芽細胞を接種する工程a)、及び前記骨芽細胞を培養してリン酸カルシウムを生成させる工程b)を含む、骨芽細胞と骨芽細胞が産生するリン酸カルシウムと非水溶性ポリマーからなる孔径15μm未満の貫通孔を有するハニカム状多孔質体との複合体の製造方法。
【0018】
(7)ハニカム状多孔質体の孔径が1μm〜14μmである、(6)に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る硬組織再生用デバイスは、関節治療、骨・軟骨疾患に対する硬組織再生治療に利用することができ、生体適合性に優れるハニカム状多孔質体を基本骨格とすることで、骨芽細胞の良好な増殖と骨再生を促すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明は、骨芽細胞と骨芽細胞によって産生されたリン酸カルシウムと非水溶性ポリマーからなる孔径15μm未満の貫通孔を有するハニカム状多孔質体との複合体である、硬組織再生用デバイスに関する。硬組織再生用デバイスとは、骨粗しょう症や関節疾患に代表される、骨、軟骨、歯などの硬組織疾患の再生治療に用いられるものであって、患者体内に移植され、疾患部位における硬組織の再生を安全に、副作用なく促すことのできる移植片として理解することができる。
【0021】
骨芽細胞は、生体の骨組織から直接採取される骨芽細胞でも、骨髄から採取される骨髄幹細胞から適当な条件の下で分化誘導された骨芽細胞の何れを用いてもよい。骨組織からの骨芽細胞の採取は、例えばBellowsら(Calcif Tissue Int.、1986年、第38巻、第143−154頁)、Harrisら(Prostate、1994年、第24巻、第204−211頁)又はBokhariら(Biomaterials、2005年、第26巻、第25号、第5198−5208頁)に記載された、当業者に知られた方法によって採取して使用することができる。また骨芽細胞は、例えばBokhariら(Biomaterials、2005年、第26巻、第25号、第5198−5208頁)らの方法に基づいて骨髄幹細胞から分化誘導させた骨芽細胞を用いてもよい。本発明にかかる複合体は硬組織再生用デバイスとして利用できることから、骨芽細胞は、硬組織の再生治療を受ける患者由来の骨芽細胞(患者の骨髄から採取される骨髄幹細胞から適当な条件の下で分化誘導された骨芽細胞を含む)であることが望ましい。
【0022】
本発明を構成するリン酸カルシウムは、骨芽細胞自身がその増殖に伴って産生するものである。したがって、本発明は、特許文献1〜3に記載される従来の技術のように、リン酸カルシウムやハイドロキシアパタイトを用いて足場そのものを形成する技術とは異なるものである。本発明に係る複合体としては、複合体を構成するハニカム状多孔質体のポリマー表面の少なくとも一部がリン酸カルシウムによって覆われている複合体が好ましく、さらにハニカム状多孔質体の貫通孔の少なくとも一部にリン酸カルシウムが入り込んでいる形態にある複合体が好ましい(図4参照)。
【0023】
本発明の複合体を構成する非水溶性ポリマーからなるハニカム状多孔質体は、高分子(ポリマー)でできた多孔性の薄膜であって、膜の垂直方向に向けられた微少な孔が膜の平面方向に蜂の巣状に(ハニカム状に)設けられているものを意味する。この様なハニカム状という規則的な配置で孔が設けられている多孔質の薄膜は、孔の孔径、形状あるいは深さなどがまちまちである不規則な孔を有する通常の多孔質体とは全く異なる構造体として理解される。
【0024】
本発明の複合体を構成するハニカム状多孔質体の孔は、膜を垂直方向に貫通している孔(貫通孔)であることが望ましい。この貫通孔は、薄膜の平面方向に存在する周囲の貫通孔と、膜の内部において互いに連通していることが好ましい。推論ではあるが、ハニカム状多孔質体における貫通孔及び貫通孔同士の連通構造は、ハニカム状多孔質体上で増殖する骨芽細胞間の相互作用が発揮される、あるいは培地や溶存酸素の供給、老廃物の排出がスムーズに行われるなどの利点をもたらすと考えられる。
【0025】
本発明の複合体を構成するハニカム状多孔質体には、孔径が15μm未満の貫通孔、好ましくは孔径が1μm〜14μmの貫通孔を有するハニカム状多孔質体が使用される。理由は不明であるが、孔径が15μm以上の貫通孔を有するハニカム状多孔質体上を足場としたときの骨芽細胞の増殖と骨再生マーカーの発現は、貫通孔を有しない平面からなる膜(以下、平膜と表す)上におけるそれと殆ど違いは観察されない。したがって、ハニカム状多孔質体を骨芽細胞培養の足場として使用する際には、その孔径が少なくとも15μm未満、好ましくは1〜14μmという範囲内にあることが必要であると考えられる。なお、推論ではあるが、上記の特定の孔径は、特許文献1〜5に記載された骨芽細胞の培養増殖に対する従来の足場において必要とされてきた数十μm〜数百μmという孔径とは大きく異なることから、ハニカム状多孔質体の均一かつ規則性の高い微小な貫通孔という構造的特徴が、従来使用されてきた足場では提供することのできない骨芽細胞の増殖に対する好適な刺激となっているものと推察される。
【0026】
本発明の複合体を構成するハニカム状多孔質体は、特開平8−311231号公報、特開2001−157475号公報、特開2002−347107号公報あるいは特開2002−335949号公報に記載された、高分子の水不溶性有機溶媒溶液表面上に水滴を結露させ、該水滴を鋳型とするという製造原理に基づく方法によって製造することができる。特に、水不溶性有機溶媒、例えば50dyn/cm以下の表面張力γLを有する水不溶性有機溶媒に非水溶性ポリマーを溶解した、非水溶性ポリマーの濃度が0.1g/L〜20g/Lの水不溶性有機溶媒溶液を、表面の表面張力をγSとし、塗布される水不溶性有機溶媒の表面張力γLならびに該基板と該溶媒との間の表面張力γLSとした場合にγS−γLS>γLの関係を満たす基板の表面に塗布し、さらに相対湿度30〜99%、風速0.01〜20m/秒の範囲内で調節した気流に基板上に塗布された非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を置いて溶媒を蒸発させることで製造されるものが好ましい。
【0027】
上記の水不溶性有機溶媒は、50dyn/cm以下の表面張力を有し、かつ該溶液表面に結露した水滴を保持し得る程度の水不溶性と、大気圧下で0〜150℃、好ましくは10〜90℃の沸点を有する有機溶媒をいう。かかる水不溶性有機溶媒の例としては、四塩化炭素、ジクロロメタン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、メチルイソブチルケトン等の非水溶性のケトン類、二硫化炭素などを挙げることができる。
【0028】
また非水溶性ポリマーは、水に不溶性でかつ上記の水不溶性有機溶媒に可溶な、あるいは適当な界面活性剤の存在下で水不溶性有機溶媒に溶解し得るポリマーであれば特別の制限はなく、適宜選択して使用することができる。例えば、ポリ乳酸やポリヒドロキシ酪酸のような生分解性ポリマー、脂肪族ポリカーボネート、両親媒性ポリマー、光機能性ポリマー、電子機能性ポリマーなどを挙げることができる。
【0029】
具体的な例示としては、ポリブタジエン、ポリイソプレン、スチレン−ブタジエン共重合体、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体などの共役ジエン系高分子;ポリε−カプロラクトン;ポリウレタン;酢酸セルロース、セルロイド、硝酸セルロース、アセチルセルロース、セロファンなどのセルロース系高分子;ポリアミド6、ポリアミド66、ポリアミド610、ポリアミド612、ポリアミド12、ポリアミド46などのポリアミド系高分子;ポリテトラフルオロエチレン、ポリトリフルオロエチレン、パーフルオロエチレン−プロピレン共重合体などのフッ素系高分子;ポリスチレン、スチレン−エチレン−プロピレン共重合体、スチレン−エチレン−ブチレン共重合体、スチレン−イソプレン共重合体、塩素化ポリエチレン−アクリロニトリル−スチレン共重合体、メタクリル酸エステル−スチレン共重合体、スチレン−アクリロニトリル共重合体、スチレン−無水マレイン酸共重合体、アクリル酸エステル−アクリロニトリル−スチレン共重合体などのスチレン系高分子;ポリエチレン、塩素化ポリエチレン、エチレン−α−オレフィン共重合体、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−塩化ビニル共重合体、エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリプロピレン、オレフィン−ビニルアルコール共重合体、ポリメチルペンテンなどのオレフィン系高分子;フェノール樹脂、アミノ樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、ベンゾグアナミン樹脂などのホルムアルデヒド系高分子;ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートなどのポリエステル系高分子;エポキシ樹脂;ポリ(メタ)アクリル酸エステル、ポリ−2−ヒドロキシエチルアクリレート、メタクリル酸エステル−酢酸ビニル共重合体などの(メタ)アクリル系高分子;ノルボルネン系樹脂;シリコン樹脂;ポリ乳酸、ポリヒドロキシ酪酸、ポリグリコール酸などのヒドロキシカルボン酸の重合体などが挙げられる。これらは単独で使用されても組み合わせて使用されてもよい。
【0030】
なお、本発明の複合体を構成するハニカム状多孔質体を構成するポリマーは必ずしも生分解性である必要はないが、硬組織再生用デバイスを製造するための非水溶性ポリマーとしては、ポリスチレン、ポリ乳酸、ポリ(ε−カプロラクトン)を挙げることができる。
【0031】
また本発明の複合体を構成するハニカム状多孔質体は、両親媒性ポリマーを含んで調製されることが好ましい。好ましい両親媒性ポリマーとしては、ポリエチレングリコール/ポリプロピレングリコールブロック共重合体、アクリルアミドポリマーを主鎖骨格とし疎水性側鎖としてドデシル基と親水性側鎖としてラクトース基またはカルボキシル基を併せ持つ両親媒性樹脂、ヘパリンやデキストラン硫酸、核酸(DNAやRNA)などのアニオン性高分子と長鎖アルキルアンモニウム塩とのイオンコンプレックス、ゼラチン、コラーゲン、アルブミンなどの水溶性タンパク質を親水性基とした両親媒性樹脂、ポリ乳酸−ポリエチレングリコールブロック共重合体、ポリε−カプロラクトン−ポリエチレングリコールブロック共重合体、ポリリンゴ酸−ポリリンゴ酸アルキルエステルブロック共重合体などの両親媒性樹脂などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0032】
上記の水不溶性有機溶媒と非水溶性ポリマーとの具体的な組み合わせの例としては、例えばポリスチレン、ポリカーボネート、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアルキルシロキサン、ポリメタクリル酸メチルなどのポリアルキルメタクリレートまたはポリアルキルアクリレート、ポリブタジエン、ポリイソプレン、ポリ−N−ビニルカルバゾール、ポリ乳酸、ポリ−ε−カプロラクトン、ポリアルキルアクリルアミド、およびこれらの共重合体よりなる群から選ばれるポリマーに対しては、四塩化炭素、ジクロロメタン、クロロホルム、ベンゼン、トルエン、キシレン、二硫化炭素などの有機溶媒を組み合わせて使用することができる。また、フッ素化アルキルを側鎖に持つアクリレート、メタクリレートおよびこれらの共重合体よりなる群から選ばれるポリマーに対しては、AK−225(旭硝子株式会社製)などのフッ化炭素溶媒、トリフルオロベンゼン、フルオロエーテル類などの使用も良好な結果を与える。これらの中から、具体的に使用する非水溶性ポリマーに対する溶解性を考慮して、適宜選択して使用することができる。
【0033】
また、フッ素化アルキルを側鎖に持つポリアクリレートやメタクリレートの側鎖の水素をフッ素に置換したフッ素系ポリマーを用いてハニカム状多孔質体を製造する際には、フッ素系の有機溶媒(AK−225等)の使用も良好な結果を与える。
【0034】
本発明の複合体を構成するハニカム状多孔質体の作製に際しては、水不溶性有機溶媒溶液中の非水溶性ポリマー濃度は、0.1g/L〜20g/L、特に0.5g/L〜10g/Lとすることが好ましい。
【0035】
非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を塗布する基板は、例えば、紙、ガラス板、プラスチック(例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等)がラミネートされた紙、金属板(例えば、アルミニウム、亜鉛、銅等)、プラスチックフィルム(例えば、二酢酸セルロース、三酢酸セルロース、プロピオン酸セルロース、酪酸セルロース、酢酸酪酸セルロース、硝酸セルロース、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリビニルアセタール等)、シリコン製板等が挙げられる。
【0036】
さらにかかる非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を塗布する基板は、基板表面の表面張力γSと塗布される水不溶性有機溶媒の表面張力γLならびに該基板と該溶媒との間の表面張力γLSとの間で、γS−γSL>γLの関係を満たす基板を選択して用いることが望ましい。これは、非水溶性ポリマー溶液の水不溶性有機溶媒溶液を塗布する基板自体の水不溶性有機溶媒に対する濡れ性が、基板上に形成される液膜の厚みに影響を与え得るためである。基板には、塗布される非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液との親和性が高いものであることが好ましい。具体的には、水不溶性有機溶媒の表面張力γLを指標にして上記式で表すことのできる表面張力を示す表面を有する基板を利用すればよい。そのような基板の好適な例としては、ガラス板、シリコン製板あるいは金属板などを挙げることができる。
【0037】
また、水不溶性有機溶媒溶液との親和性を高めることのできる加工を表面に施した基板の使用も可能である。この様な基板表面の濡れ性の改良は、基板と使用する水不溶性有機溶媒に合わせて、自体公知の方法、例えばガラス製や金属製の基板に対してはそれぞれシランカップリング処理やチオール化合物による単分子膜形成処理方法などを利用することができる。例えば、クロロホルムなどの疎水性有機溶媒を水不溶性有機溶媒として用いる場合の基板としては、十分に洗浄されたSi基板や、アルキルシランカップリング剤などで表面を修飾したガラス基板などの使用が好ましい。また、フッ素系溶媒を用いる場合は、テフロン(登録商標)基板、あるいはフッ素化アルキルシランカップリング剤などで修飾したガラス基板などの使用が好ましい。
【0038】
非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を基板に塗付して同溶液の液膜を形成させる際の液膜厚としては50μm〜5mm、好ましくは2mm以下とすることが望ましい。また基板に非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を塗付する方法としては、基板に同溶液を滴下する方法の他、バーコート、ディップコート、スピンコート法などを挙げることができ、バッチ式、連続式の何れも利用することができる。
【0039】
基板表面に塗布された非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液は、相対湿度30%以上の空気に接触させることによって蒸発させることが好ましい。溶媒の蒸発速度を非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液の基板表面への塗布時の液膜厚が20分以内に50μmにまで減少する速度とすることによって、孔径が15μm未満の貫通孔を有するハニカム状多孔質体を調製することができる。
【0040】
この蒸発速度は、基板上に塗布した非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液の液膜の面方向に対してほぼ平行ないし上方向に0.1L(リットル)/分以上の空気層の流れを形成して水不溶性有機溶媒を蒸発させる方法、水不溶性有機溶媒の沸点未満かつ液膜に接触する空気の露点未満で非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液が塗布された基板を加熱(例えばベルチェ素子を用いて加熱)して水不溶性有機溶媒を蒸発させる方法、あるいは水不溶性有機溶媒の沸点ならびに液膜に接触する空気の露点を超えないような減圧下において、非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液を基板に塗布し、水不溶性有機溶媒を蒸発させる方法、等によって達成することができる。ここで、露点とは、ある温度におかれた空気の中に含まれている水蒸気が飽和に達して凝結する温度をいい、相対湿度と絶対温度に対して定まる値である。
【0041】
好適な例としては、基板に塗布された非水溶性ポリマーの非水溶性有機溶媒溶液の液膜に対してほぼ平行ないし上方向に向けた、相対湿度30〜99%、風速0.01〜20m/秒の範囲内で調節した気流に非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液の液膜を置くことが好ましい。
【0042】
以上の方法によって、本発明で利用されるハニカム状多孔質体を作製することができる。このとき、基板上に塗布する非水溶性ポリマーの水不溶性有機溶媒溶液の量を調節することによって、孔径をさらに微細に調節することができる。例えば、ポリ(ε−カプロラクトン)を5mg/mLとなるようにクロロホルムに溶解した溶液を使用した場合、同溶1.5mL、2.5mL、5.0mLと量を変えてキャストすることで、孔径3〜4、5〜6、10〜11各μmの貫通孔を有するハニカム状多孔質体を作製することができる。
【0043】
また、このハニカム状多孔質体は、例えばその両端をマイクロマニュピレーターやピンセットを用いて又は手でつまんで、伸長方向に引っ張ることによって延伸させることができ、この様な延伸されたハニカム状多孔質体も、上記に説明した特定の孔径を維持するものである限り、本発明で使用することができる。延伸は、一軸延伸、二軸延伸又は三軸延伸の何れでもよい。また延伸方向の伸長率は特に限定されないが、好ましくは1.1倍〜10倍の範囲内である。
【0044】
ハニカム状多孔質体に含まれる両親媒性物質は、細胞外基質によるハニカム状多孔質体のコーティングに先立って、ハニカム状多孔質体から除去しておくことが好ましい。両親媒性物質の除去は、ハニカム状多孔質体を1−プロパノールに数分〜10分程度浸漬することで行うことができる。また本発明で使用するハニカム状多孔質体は、UV照射、加熱処理、又はエタノール処理等によって滅菌して使用することが好ましい。
【0045】
上記の方法によって作製されるハニカム状多孔質体における骨芽細胞の培養は、生体から単離したあるいは骨髄幹細胞から分化誘導された骨芽細胞をハニカム状多孔質体に接種し、適当な条件で培養すればよい。この培養によって、接種された骨芽細胞はハニカム状多孔質体上でリン酸カルシウムを産生しながら増殖し、骨芽細胞によって産生されたリン酸カルシウムと非水溶性ポリマーからなる孔径15μm未満の貫通孔を有するハニカム状多孔質体との複合体を形成する。
【0046】
すなわち本発明は、孔径15μm未満の貫通孔を有するハニカム状多孔質体に骨芽細胞を播種する工程a)、及び前記ハニカム状多孔質体上で骨芽細胞を培養して前記ハニカム状多孔質体表面にリン酸カルシウムを生成させる工程b)を含む、骨芽細胞と骨芽細胞が産生するリン酸カルシウムと非水溶性ポリマーからなる孔径15μm未満の貫通孔を有するハニカム状多孔質体との複合体の製造方法を提供するものである。
【0047】
生体からの骨芽細胞の単離は、前述の公知の方法に準じて行うことができる。また骨芽細胞は、例えばBokhariら(Biomaterials、2005年、第26巻、第25号、第5198−5208頁)らの方法に基づいて骨髄幹細胞から分化誘導させた骨芽細胞を用いてもよい。本発明では、哺乳動物、例えばラット、マウス、ウサギ、ブタ等に代表される各種動物由来の骨芽細胞をいずれも利用できるが、ヒトの骨芽細胞の利用が特に好ましい。特に、本発明にかかる複合体は硬組織再生用デバイスとして利用できることから、骨芽細胞は、硬組織の再生治療を受ける患者由来の骨芽細胞(患者の骨髄から採取される骨髄幹細胞から適当な条件の下で分化誘導された骨芽細胞を含む)であることが望ましい。
【0048】
骨芽細胞の接種は、適当な緩衝液又は培地、好ましくはWilliams’E培地、F−10培地、RPMI1640培地、EagleのMEM培地、DMEM培地、又はこれらの培地に牛胎児血清等を添加した培地等に骨芽細胞を懸濁した懸濁液を用意し、ウェルプレート又は適当な容器に置いたハニカム状多孔質体の単位面積(cm)当たり約1.0×10〜1.0×10となるように前記懸濁液をハニカム状多孔質体に添加することで行うことができる。骨芽細胞をハニカム状多孔質体に添加後、pH6.0〜8.0、30〜40℃、5%CO雰囲気下で、21〜42日間インキュベーションすることにより、骨芽細胞は増殖し、本発明にかかる複合体が形成される。なお、培養中は適当な間隔を置いて培地交換を行うことが好ましい。
【0049】
本発明によって製造される複合体の典型的な構造は、ポリマー表面や孔の部分にリン酸カルシウムの結晶が沈着ないし入り込んでいるハニカム状多孔質体を骨芽細胞が覆っているというものである。この複合体は、骨芽細胞とハニカム状多孔質体とが単に接触している状態ではなく、水や緩衝液等で複合体を洗浄しても容易には骨芽細胞がハニカム状多孔質体から遊離しない程度に固着しており、そのまま硬組織疾患部位に移植して硬組織欠損部を再生させるためのデバイスとして利用することができる。また、本発明の複合体は骨芽細胞に対して硬組織再生を促進させる物質の探索その他の骨疾患治療薬の探索や評価を簡便に行うためのツールとしても利用することができる。
【0050】
以下、非限定的な実施例を示して、本発明をさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0051】
1)ハニカム状多孔質体と平膜の作製
生分解性高分子であるポリ(ε−カプロラクトン)(PCL、和光純薬(株)製、分子量70,000〜100,000)と両親媒性ポリアクリルアミドポリマー(Cap、ドデシルアクリルアミド、6−アクリルアミド−n−カプロン酸及び2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)からなるコポリマー)を重量比10:1で5mg/mLとなるようにクロロホルムに溶解した。ガラスシャーレ(内径90mm)に直径14mmのカバーガラスを敷き詰め、この上に前記PCLを含むクロロホルム溶液をそれぞれ、1.5、2.5、5.0、7.5mLキャストし、相対湿度80%、流速2.0L/分の雰囲気下でクロロホルムを蒸発させた。以上の操作により、孔径3〜4、5〜6、10〜11、15〜16各μmの貫通孔を有するハニカム状多孔質体を作製した。孔経10〜11μmの貫通孔を有するハニカム状多孔質体の、後に述べる走査型電子顕微鏡による拡大写真を図1に示す。
【0052】
クロロホルムが完全に蒸発した後にカバーガラスをガラスシャーレから剥がし、両親媒性高分子を除去するために1−プロパノール中に10分間浸漬し、さらにエタノールで洗浄し、残留溶媒を除去するために真空下に3時間おいた。その後、UV照射(約40mW/cm)を3時間行い、滅菌したハニカム状多孔質体を作製した。
【0053】
PCLとCap(重量比10:1)の濃度を10mg/mLとしたクロロホルム溶液1mLをスピンコーター(MIKASA 1H−D7)のステージに設置したカバーガラス上にキャストし、1,000rpm、15秒の条件でステージを回転させて、膜厚が均一な平膜を作製した。当該平膜を、両親媒性高分子を除去するために1−プロパノール中に10分間浸漬し、さらにエタノールで洗浄し、残留溶媒を除去するために真空下に3時間おいた。その後、滅菌するためにUV照射(約40mW/cm)を3時間行い、滅菌されたPCLの平膜を作製した。
【0054】
2)骨芽細胞の調製
体重200〜250g(6〜8週齢)の雄性Wistarラット(Charles River Laboratories社)から頭蓋骨を切除回収し、前記のBokhariら(Biomaterials、2005年、第26巻、第25号、第5198−5208頁)の方法に従って骨芽細胞を分離し、DMEM培地に懸濁した。
【0055】
3)骨芽細胞の培養
1)で作製した4種類のハニカム状多孔質体と平膜を、1.0mLのDMEM培地を加えた24ウェルプレートに置き、この上から2)で調製した骨芽細胞2×10個/DMEM培地を添加した。37℃、5%COの条件下で28日間培養した。培地は48時間後に新鮮な培地に交換した。
【0056】
培養4週間終了後、ハニカム状多孔質体上の骨芽細胞に対して、Pearseら(PearseAG E著、「Histochemistry−Theoretical and applied、1968年、Churchill発行、ロンドン)らの方法によって骨形成の指標であるアルカリホスファターゼ(青色)およびカルシウム(赤色)を染色し、光学顕微鏡で観察した(図2)。さらに、ハニカム状多孔質体及び平膜1枚当たり9つの異なる地点を10倍の対物レンズで観察し、Image J(NIH)を用いて画像解析を行い、骨形成量を定量化した(図3)。
【0057】
その結果、孔径3〜4μmの貫通孔、孔径5〜6μmの貫通孔及び10〜11μmの貫通孔を有するハニカム状多孔質体において、骨芽細胞がハニカム状多孔質体を覆っていることが確認された。また、孔径が3〜4μmの貫通孔を有するハニカム状多孔質体において最も高い骨形成能が認められた。
【0058】
4)走査型電子顕微鏡による観察
培養後の孔径3〜4μmの貫通孔を有するハニカム状多孔質体にトリプシン処理を行って表面の骨芽細胞を取り除いたものを、2.5%グルタルアルデヒド溶液を用いて固定し、20%から100%のエタノールを用いて段階的に脱水した。さらに有機溶媒をtert−ブチルアルコールに置換した後、ハニカム状多孔質体を凍結し、凍結真空乾燥装置(日立ES−2030)を用いて乾燥させた後、イオンスパッタリング装置(日立E−1030)を用いて白金パラジウムを被覆させ、走査型電子顕微鏡(日立S−3500N)を用いて観察した。
【0059】
その結果、ハニカム状多孔質体のポリマー表面並びに貫通孔の部分にリン酸カルシウムの結晶の析出が認められた(図4)。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】実施例1で作製したハニカム状多孔質体(孔径10〜11μm)の走査型電子顕微鏡写真である。
【図2】実施例1で作製した複合体に対して骨形成の指標であるアルカリホスファターゼ(青色)およびカルシウム(赤色)を染色したときの光学顕微鏡写真である。パネルaは平膜、パネルbが孔径3〜4μm、パネルcが孔径5〜6μm、パネルdが孔径10〜11μm、パネルeは孔径15〜16μmの各貫通孔を有するハニカム状多孔質体を含む複合体である。
【図3】実施例1で作製した複合体における骨芽細胞の骨形成能を表すグラフである。
【図4】孔径3〜4μmの貫通孔を有するハニカム状多孔質体を含む複合体から表面の骨芽細胞を取り除いたものの走査型電子顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨芽細胞と骨芽細胞によって産生されたリン酸カルシウムと非水溶性ポリマーからなる孔径15μm未満の貫通孔を有するハニカム状多孔質体との複合体である、硬組織再生用デバイス。
【請求項2】
ハニカム状多孔質体の孔径が1μm〜14μmである、請求項1に記載の硬組織再生用デバイス。
【請求項3】
ハニカム状多孔質体の貫通孔が平面方向に存在する周囲の貫通孔と連通している、請求項1又は2に記載の硬組織再生用デバイス。
【請求項4】
ハニカム状多孔質体の貫通孔の少なくとも一部に骨芽細胞によって産生されたリン酸カルシウムが入り込んでいる、請求項1〜3のいずれかに記載の硬組織再生用デバイス。
【請求項5】
骨芽細胞が硬組織の再生を必要とする哺乳動物由来の骨芽細胞である、請求項1〜4の何れかに記載の硬組織再生用デバイス。
【請求項6】
孔径15μm未満の貫通孔を有するハニカム状多孔質体に骨芽細胞を接種する工程a)、及び前記骨芽細胞を培養してリン酸カルシウムを生成させる工程b)を含む、骨芽細胞と骨芽細胞が産生するリン酸カルシウムと非水溶性ポリマーからなる孔径15μm未満の貫通孔を有するハニカム状多孔質体との複合体の製造方法。
【請求項7】
ハニカム状多孔質体の孔径が1μm〜14μmである、請求項6に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−279337(P2009−279337A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−137040(P2008−137040)
【出願日】平成20年5月26日(2008.5.26)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(506067969)ザ・ユニバーシティ・オブ・ニューカッスル (2)
【Fターム(参考)】