説明

硬質装飾部材

【課題】耐傷性、耐腐食性に優れ、かつ高級感のある硬質装飾部材を提供することにある。
【解決手段】本発明の硬質装飾部材は基材上に密着効果の高い密着層と、反応ガス含有量が傾斜的に増加した傾斜密着層と、複数の異なる種類の薄膜硬化層が積層された薄膜複合構造を有する耐磨耗層と、反応ガス含有量が傾斜的に減少した色上げ傾斜層からなることを特徴とする。基材と膜間および積層される膜同士間の密着性が著しく向上することで耐傷性が向上すると共に、密着性が高いことから耐磨耗層を厚く形成でき、さらに耐磨耗層を薄膜複合構造にすることで膜硬度が上昇し耐傷性が著しく向上する。また耐磨耗層を薄膜複合構造にする事で光の散乱増加を抑止し、さらに色上げ傾斜層を形成することにより、輝度が高く高級感のある硬質装飾部材を提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計の外装部品、眼鏡やアクセサリーなどの装身具、装飾品などの金属色を有する装飾部材に関するものであり、特に、高級感のある色感と、特に長期間にわたり耐傷性、耐腐蝕性に優れる硬質装飾部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来において、外装部品、眼鏡、アクセサリー、時計などの装身具、装飾品などの耐傷性を向上させるための耐磨耗層は、後述する特許文献1および2のように、選択された一つの材料から構成されるものであった。また耐磨耗層の硬度は、装飾部材の色調を低下させないために、硬度を増加させる為の反応ガス量を抑制する必要があり、十分な硬度を持った耐磨耗層を形成させる事ができないという問題があった。さらに耐磨耗層が持っている膜応力による剥離性により、膜厚を十分に厚く形成させる事が困難であった。このため表面傷の発生を十分に抑制できないという問題を抱えていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−043959
【0004】
【特許文献2】特開2007−262472
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、耐傷性を著しく向上させることにより、傷などによる外観品質の低下を抑制し、かつ高級感のある色調を有した硬質装飾部材を提供する事にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明の硬質装飾部材は下記に記載の構成を採用する。
【0007】
本発明の硬質装飾部材は、基材上に密着効果の高い密着層と、反応ガス含有量が傾斜的に増加した傾斜密着層と、複数の薄膜硬化層が積層されて形成される複合構造を有する耐磨耗層と、反応ガス含有量が傾斜的に減少した色上げ傾斜層からなることを特徴とする。
【0008】
本発明の要旨は次のとおりである。
(1)基材、前記基材上に積層される金属(M1)の低級酸化物層からなる密着層、前記密着層上に積層される金属(M2)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる傾斜密着層、前記傾斜密着層上に積層される金属(M3)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる薄膜複合構造を有する耐磨耗層、及び前記耐磨耗層上に積層される金属(M4)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる色上げ傾斜層から構成される硬質装飾部材であって、前記傾斜密着層を構成する反応化合物における非金属元素の含有量が基材から離れるにつれて厚さ方向に傾斜的に増加し、前記色上げ傾斜層を構成する反応化合物における非金属元素の含有量が基材から離れるにつれて厚さ方向に傾斜的に減少すること特徴とする硬質装飾部材。
(2)前記耐磨耗層の前記複合構造は、金属(M3)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる2〜50nmの厚さを有する異なる種類の薄膜硬化層が複数層積層させることによって形成されることを特徴とする上記(1)に記載の硬質装飾部材。
(3)前記密着層及び前記傾斜密着層は微量の酸素を含むことを特徴とする(1)又は(2)に記載の硬質装飾部材。
(4)前記金属M1、M2,M3及びM4は、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)から選ばれることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の硬質装飾部材。
(5)外装部品の一部又は全部が、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の硬質装飾部材で構成されることを特徴とする時計。
(6)基材上に、金属(M1)の低級酸化物層からなる密着層を積層し、前記密着層上に金属(M2)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる傾斜密着層を、前記傾斜密着層を構成する反応混合物中の非金属元素の含有量が基材から離れるにつれて厚さ方向に傾斜的に増加するように積層させ、前記傾斜密着層上に金属(M3)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる2〜50nmの厚さを有する異なる種類の薄膜層を複数層積層させることにより薄膜複合構造を有する耐磨耗層を形成させ、次いで、前記耐磨耗層上に金属(M4)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる色上げ傾斜層を、前記色上げ傾斜層を構成する反応化合物における非金属元素の含有量が基材から離れるにつれて厚さ方向に傾斜的に減少するように積層すること特徴とする硬質装飾部材の製造方法。
(7)前記密着層及び前記傾斜密着層に微量の酸素を含ませることを特徴とする上記(6)に記載の硬質装飾部材の製造方法。
(8)前記金属M1、M2,M3及びM4は、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)から選ばれることを特徴とする上記(6)又は(7)に記載の硬質装飾部材の製造方法。
(9)反応性スパッタリング法により、前記密着層、前記傾斜密着層、前記耐磨耗層及び前記色上げ傾斜層の少なくとも1つを積層することを特徴とする上記(6)〜(8)のいずれかに記載の硬質装飾部材の製造方法。
(10)反応性スパッタリング法において、前記非金属元素を含む反応ガス量を時系列的に増加又は減少させることにより前記傾斜密着層及び前記色上げ傾斜層を積層することを特徴とする上記(9)に記載の硬質装飾部材の製造方法。
【0009】
本発明の硬質装飾部材は、基材上に密着効果の高い密着層と、反応ガス含有量が傾斜的に増加した傾斜密着層と、複数の薄膜硬化層が積層された形成される複合構造を有する耐磨耗層と、反応ガス含有量が傾斜的に減少した色上げ傾斜層からなる構成を備えている。
本発明では、基材上に低級金属酸化物膜からなる密着層を形成していることから、従来技術のように金属膜からなる密着層を使用する場合と比較して著しく密着性が向上する。耐傷性はおおよそ耐磨耗層の硬度、耐磨耗層の膜厚、基材との密着度の積によって決定されることから、基材との密着性が向上することにより耐傷性を向上させることができる。
密着層上には、密着層と耐磨耗層との密着性を向上させるための傾斜密着層を設けている。この傾斜密着層は、密着層と耐磨耗層間で明確な界面を作らないことから、明確な境界面が生成されず基材と密着層との一体化が図れる。傾斜密着層がないと密着層と耐磨耗層との密着性が十分に確保できずに、膜剥離を招きやすい。傾斜密着層を設けることによって、密着層と耐磨耗層との密着性が十分に確保され耐傷性が向上される共に、膜硬度の高い耐磨耗層を厚く形成できる事から耐傷性を飛躍的に向上させることができる。また、ある一定量(微量)の酸素を密着層、傾斜密着層に対磨耗層に含有させることで、酸素が密着層、傾斜密着層、耐磨耗層間で糊の役割を果たし、密着度をより強固にすることができる。
【0010】
傾斜密着層上には、複数の金属からなる炭化物膜、窒化物膜、炭窒化物膜、酸窒化物膜、酸炭化物膜、酸窒化炭化物膜からなる薄膜硬化層を積層させて形成した薄膜複合構造を有する耐磨耗層を設けている。
本明細書において、薄膜複合構造とは、異なる金属の化合物の薄膜を複数層積層することによって、各薄膜間の接合により薄膜の接合部の格子構造が変形されて形成された構造を意味する。これによって、いわゆる超格子のような複合構造が部分的に又は全体的に形成される。このような薄膜複合構造は、好ましくは、異なる種類の薄膜層の厚さをそれぞれ2〜50nmとし、これら薄膜層を複数層周期的に繰り返して積層することによって形成することができる。
【0011】
薄膜複合構造を形成する事により、単一金属からなる炭化物膜、窒化物膜、炭窒化物膜、酸窒化物膜、酸炭化物膜、酸窒化炭化物膜の硬化層よりも膜硬度が上昇し、また積層効果による傷の進行抑制により、耐傷性を飛躍的に向上させることができる。さらに薄膜複合構造にすることにより、単一金属からなる炭化物膜、窒化物膜、炭窒化物膜、酸窒化物膜、酸炭化物膜、酸窒化炭化物膜を厚くした場合に発生する結晶成長に伴う表面荒れによる光散乱が抑制され、反射率が高く、輝度の高い硬質装飾部材を作成できる。一定量の酸素を常時含有させることで、酸素が積層膜間で糊の役割を果たし、積層させる膜同士の密着度をより強固にでき耐傷性を向上できる。
【0012】
耐磨耗層上には密着性と色調を向上させるための色上げ傾斜層を設けている。この色上げ傾斜層を形成することにより、耐磨耗層との明確な界面がなくなることから高い密着性を確保でき、耐傷性が向上する。また非金属元素含有量が傾斜的に減少する構造であるため、色調が耐磨耗層から段階的に上昇し、傷が入っても分かりにくく、金属光沢があり高級感のある色感が得られるという効果が得られる。
【発明の効果】
【0013】
以上、本発明の硬質装飾部材は、基材上に密着効果の高い密着層と、反応ガス含有量が傾斜的に増加した傾斜密着層と、複数の異なる種類の薄膜硬化層が積層されて形成される薄膜複合構造を有する耐磨耗層と、非金属含有量が傾斜的に減少した色上げ傾斜層からなっているため、基材と密着層間および積層される膜同士間の密着性が著しく向上し耐傷性が向上すると共に、膜硬度の高い耐磨耗層を厚く形成できる事から耐傷性をさらに向上させることができる。
【0014】
また、耐磨耗層が複数の異なる種類の薄膜硬化層を積層させて形成される薄膜複合構造を有するため、単一金属からなる耐磨耗層よりも膜硬度が上昇し、また積層効果による傷の伝播抑制により、耐傷性をさらに向上させることができる。
【0015】
さらに耐磨耗層の薄膜複合構造により表面荒れによる光散乱を抑制することができ、また、色調を向上させるための色上げ傾斜層により、傷が目立ちにくく、高級感のある色感をもった装飾部材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施形態1による硬質装飾部材10の構造を示す断面模式図である。
【図2】本発明の実施例1の硬質装飾部材20の断面模式図である。
【図3】本発明の実施例1の硬質装飾部材の耐磨耗層の硬度比較を示す図である。
【図4】本発明の実施例1の硬質装飾部材の耐磨耗層の積層膜厚と硬度を示す図である。
【図5】本発明の実施例1の硬質装飾部材の色上げ傾斜層による色調変化を示す図である。
【図6】本発明の実施例2の硬質装飾部材30の断面模式図である。
【図7】本発明の実施例2の硬質装飾部材の耐磨耗層の硬度比較を示す図である。
【図8】本発明の実施例2の硬質装飾部材の耐磨耗層の積層膜厚と硬度を示す図である。
【図9】本発明の実施例2の硬質装飾部材の色上げ傾斜層による色調変化を示す図である。
【図10】本発明の実施例3の硬質装飾部材40の断面模式図である。
【図11】本発明の実施例3の硬質装飾部材の耐磨耗層の硬度比較を示す図である。
【図12】本発明の実施例3の硬質装飾部材の耐磨耗層の積層膜厚と硬度を示す図である。
【図13】本発明の実施例3の硬質装飾部材の色上げ傾斜層による色調変化を示す図である。
【図14】本発明の実施例4の硬質装飾部材50の断面模式図である。
【図15】本発明の実施例4の硬質装飾部材の耐磨耗層の硬度比較を示す図である。
【図16】本発明の実施例4の硬質装飾部材の耐磨耗層の積層膜厚と硬度を示す図である。
【図17】本発明の実施例4の硬質装飾部材の色上げ傾斜層による色調変化を示す図である。
【図18】比較例1の硬質装飾部材60の断面模式図である。
【図19】比較例1の硬質装飾部材70の断面模式図である。
【図20】比較例1の密着層と傾斜密着層の形成条件による耐傷性変化を示す図である。
【図21】比較例1の耐磨耗層の限界膜厚とその耐傷性比較を示す図である。
【図22】比較例3の硬質装飾部材110の断面模式図である。
【図23】実施例1、実施例2、実施例3、実施例4、比較例2における耐傷性比較を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【0018】
<硬質装飾部材>
図1は本発明に係る硬質装飾部材の構造の一例を示す断面模式図である。基材としてSUS316L基材11の表面に、Tiの低級酸化物(TixOy)からなる密着層12が形成され、密着層12上にTiの低級酸化物(TixOy)に傾斜的に炭素含有量を増加させたTi傾斜密着層13が形成され、Ti傾斜密着層13上にTi酸炭化物層14とTa酸炭化物層15が複数層交互に積層されて耐磨耗層16が形成され、耐磨耗層16上に傾斜的に炭素含有量を低下させたTa色上げ傾斜層17から構成されている。
【0019】
本発明に係る硬質装飾部材では、密着層12、傾斜密着層13間で界面がなくなり、基材との高い密着性が確保されていることにより耐傷性が向上すると共に、膜硬度の高い耐磨耗層16を厚く形成できることからさらに高い耐傷性能が得られる。
【0020】
硬質装飾部材10の耐磨耗層が、薄膜硬化層14と薄膜硬化層15が複数層交互に積層されて薄膜複合構造の耐磨耗層16を形成していることから、一つの硬化層から形成される耐磨耗層よりも膜硬度が上昇し耐傷性が向上する。また薄膜複合構造の耐磨耗層が形成されていることにより、キズの伝播がその積層界面で分散されることによりさらにキズが入りにくい。
【0021】
硬質装飾部材10の外観色は色上げ傾斜層17によってコントロールされる。耐磨耗層16から非金属元素含有量が傾斜的に減少する構造であるため、色調が耐磨耗層から傾斜的に上昇し、傷が入っても分かりにくく、金属光沢があり高級感のある色感が得られる。
【0022】
このようにして、本発明に係る硬質装飾部材では、従来技術の問題点を解決しているのである。
【0023】
本発明の硬質装飾部材10は、基材11と、基材11表面に形成された密着層12と、密着層12上に形成された傾斜密着層13と、傾斜密着層13上に2種類以上の薄膜硬化層14と薄膜硬化層15が複数層積層されて薄膜複合構造をもった耐磨耗層16と、耐磨耗層16上に形成された色上げ傾斜層17から形成される。
【0024】
(基材)
上記基材11としては金属またはセラミックスから形成される基材である。金属(合金を含む)として、具体的には、ステンレス鋼、チタン、チタン合金、銅、銅合金、タングステンなどが挙げられる。これらの金属は、一種単独で、あるいは2種以上組み合わせて用いる事ができる。また上記基材11の形状については限定されない。
【0025】
(密着層)
上記密着層12としては、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)の低級金属酸化物膜が望ましく、特に基材材質との相性によって選択される。
【0026】
低級金属酸化物膜の酸素含有量は、金属に対して10〜60atm%が望ましく、特に10〜45atm%が好ましい。酸素含有量が10atm%よりも小さい場合金属膜との差異がなく、また60atm%になると耐傷性は逆に低下してしまう。
【0027】
これら低級金属酸化物膜の密着層の厚みは0.03〜0.3μmであることが望ましい。密着層による密着性向上の効果を得るには0.03μm以上で有効な効果があり、また0.3μmより厚くしても密着効果にあまり変化は見られない。
【0028】
(傾斜密着層)
上記傾斜密着層13としては、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)に炭素、窒素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物において、非金属元素を傾斜的に増加させた膜から構成される。好ましくは、炭素、窒素、酸素の2種類以上の非金属元素を傾斜的に増加させた膜、例えば、炭化物膜、窒化物膜、炭窒化物膜、酸窒化物膜、酸炭化物膜、酸窒化炭化物膜等からなる。密着層12および耐磨耗層16との相性によって選択される。
【0029】
傾斜密着層の炭素、窒素、酸素または選択される1種又は2種類以上の非金属元素の含有量は、金属元素に対して0〜50atm%まで傾斜的に含有量が増加する傾斜膜になっている。傾斜密着層は酸素を10〜25atm%含有することが好ましく、さらに、炭素、窒素またはそれら混合元素を0〜50atm%で傾斜的に増加して含有する構造となっていることが望ましい。
【0030】
傾斜密着層の厚みは0.05〜0.3μmであることが望ましい。傾斜密着層の効果を得るには0.05μm以上で有効な効果があり、また0.3μmより厚くしても密着効果にあまり変化は見られない。
【0031】
(耐磨耗層)
上記耐磨耗層16としては、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)から選択される金属に炭素、窒素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる異なる種類の薄膜硬化層を複数層積層させて形成される。好ましくは、複数の異なる種類の炭化物膜、窒化物膜、炭窒化物膜、酸窒化物膜、酸炭化物膜、酸窒化炭化物膜を積層させて形成する。どのような材料を選択するかは求める外観色によって決定される。
【0032】
耐磨耗層は、好ましくは10〜25atm%の酸素を含有し、さらに炭素、窒素またはそれら混合元素の含有量が15〜50atm%になっていることが望ましい。酸素を若干量入れることで、硬化層間の密着力を高める事ができるが、酸素が多すぎると炭素、窒素またはそれら混合元素の含有量が低下する事から硬度が低下し、耐傷性を低下させてしまう。
【0033】
耐磨耗層の厚みは1.0μm以上が望ましく、また膜硬度はHV2000以上が望ましい。耐傷性能が耐磨耗層の膜厚、膜硬度に依存する事から、膜厚および膜硬度はできるだけ高くすることが望ましい。
【0034】
耐磨耗層を構成する2種以上の薄膜硬化層のそれぞれの厚さは2〜50nmになっていることが望ましい。2nm以下または50nm以上の厚さでは、積層による複合効果が見られず膜硬度が低下してしまう。また、本明細書で定義するところの薄膜複合構造を得るためには、好ましくは、異なる種類の薄膜硬化層を複数層周期的に繰り返して積層するとよい。このような異なる種類の極薄膜を複数層積層することにより、薄膜の接合部の格子構造が変形され、いわゆる超格子のような複合構造が部分的に又は全体的に形成することができる。
【0035】
(色上げ傾斜層)
上記色上げ傾斜層17としては、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)に炭素、窒素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物において、非金属元素を傾斜的に減少させて形成する。例えば、炭化物膜、窒化物膜、炭窒化物膜、酸窒化物膜、酸炭化物膜、酸窒化炭化物膜等からなる。どのような材料を選択するかは耐磨耗層16との相性や求める外観色によって決定される。
【0036】
色上げ傾斜層の非金属元素、好ましくは炭素、窒素、またはそれらの混合元素の含有量は、金属元素に対して50〜0atm%まで傾斜的に含有量が減少する傾斜膜になっている。
【0037】
色上げ傾斜層の厚みは0.05〜0.2μmであることが望ましい。色上げ傾斜層の厚みが0.05μm以下であると、耐磨耗層の色を十分に色上げする事ができない。また0.2μm以上では耐磨耗層の色を十分に色上げすることができるが、硬度の低い色上げ傾斜層の厚みが増すため耐傷性が低下してしまう。
【0038】
(製造方法)
本発明の硬質装飾部材を構成する各積層は、スパッタリング法、CVD法、イオンプレーティング法などによって形成することができるが、好ましくは、反応性スパッタリング法により形成される。
実施形態に係る硬質装飾部材10は、反応性スパッタリング法によって製造される。スパッタリング法は、真空に排気されたチャンバー内に不活性ガス(主にArガス)を導入しながら、基材と被膜の構成原子からなるターゲット間に直流または交流の高電圧を印加し、イオン化したArをターゲットに衝突させて、はじき飛ばされたターゲット物質を基材に形成させる方法である。不活性ガスとともに微量の反応性ガスを導入することで、ターゲット構成原子と反応性ガスとの化合物被膜を基材上に形成させることができる。実施形態に係る装飾部材10は、ターゲット構成原子と反応性ガスの選択および量を調整することで、密着性、膜硬度、色調をコントロールすることにより製造される。
【0039】
反応性スパッタリング法は膜質や膜厚の制御性が高く自動化も容易である。またスパッタリングされた原子のエネルギーが高いことから、密着性を向上させるための基材加熱が必要なく、融点の低いプラスチックのような基材でも被膜形成が可能となる。またはじき飛ばされたターゲット物質を基材に形成させる方法であることから高融点材料でも成膜が可能であり、材料の選択が自由である。さらに反応性ガスの選択や混合により炭化物膜、窒化物膜、炭窒化物膜、酸窒化物膜、酸炭化物膜、酸窒化炭化物膜等の形成が容易に行える。またターゲット構成原子を合金化することにより、合金被膜の形成、合金の炭化物膜、窒化物膜、炭窒化物膜、酸窒化物膜、酸炭化物膜、酸窒化炭化物膜等の形成も可能となる。
【0040】
実施形態に係る硬質装飾部材10の耐磨耗層16は、異なる2種類以上のターゲットを同一チャンバー内にセットし、同時にスパッタリングを起こさせた状態で、基材をそれぞれのターゲット前を通過させることで形成される。通過速度を制御することで積層させるそれぞれの硬化層の膜厚をコントロールできる。
【0041】
実施形態に係る硬質装飾部材10の傾斜密着層13および色上げ傾斜層17は、選択される反応性ガスの量を段階的に増加あるいは減少させて形成される。反応性ガス量の調整は自動制御されたマスフローコントローラーによって制御され、反応性ガスの量により層の色調および硬度をコントロールできる。
【0042】
以上の製造方法によれば、上述したような特性を有する硬質装飾部材を得ることができる。
【0043】
<時計>
本発明に係る時計は、その構成部品の一部に上述した硬質装飾部材を有することを特徴とする。時計は、光発電時計、熱発電時計、標準時電波受信型自己修正時計、機械式時計、一般の電子式時計のいずれであってもよい。このような時計は、上記硬質装飾部材を用いて公知の方法により製造される。時計はシャツとの擦れや、机、壁などに衝突することにより傷が入りやすい装飾部材の一例である。本発明の硬質装飾部材を時計に形成する事により、長年にわたり傷が入りにくく、外観が非常にきれいな状態を維持する事が可能となる。
【0044】
<耐傷性試験方法>
耐傷性試験は、JISに定めるSUS316L基材に装飾膜を施し、アルミナ粒子が均一に分散した磨耗紙を試験サンプルに一定加重で接触させ、一定回数擦ることで傷を発生させる。傷がついた試験サンプルの表面を、キズの方向と垂直方向にスキャンして表面粗さを測定し、二乗平均荒さとして耐傷性の評価とした。傷の発生量が多いほど、傷の深さが深いほど二乗平均荒さの数値が大きくなり、逆に傷の発生量が少ないほど、傷の深さが浅いほど二乗平均粗さの数値が小さくなることから、耐傷性を数値的に評価することができる。
【0045】
<膜硬度測定方法>
膜硬度測定は、微小押込み硬さ試験機(FISCHER製H100)を用いて行った。測定子にはビッカース圧子を使用し、5mN荷重で10秒間保持した後に除荷を行い、挿入されたビッカース圧子の深さから膜硬度を算出した。
【0046】
[実施例1]
本発明の硬質装飾部材の第1の実施例を図2、図3、図4、及び図5を用いて説明する。図2は硬質装飾部材20の断面模式図、図3は硬質装飾部材の耐磨耗層26の膜硬度を示すグラフ、図4は耐摩耗層26を形成する薄膜硬化層24、薄膜硬化層25の積層膜厚と膜硬度を示すグラフ、図5は色上げ傾斜層27による色調変化を示したグラフである。基材21としてJISに規定されるSUS316L材を用い、基材21上にスパッタリング法でTiの低級酸化物(TixOy)からなる密着層22を0.1μm形成した。その後、酸素ガスを微量導入しながらメタンガスを傾斜的に増加させたTi酸炭化物膜の傾斜密着層23を0.2μm形成した。その後酸素ガスを微量導入しながらメタンガスを導入し、Ti酸炭化物膜の薄膜硬化層24とTa酸炭化物膜の薄膜硬化層25を6nmピッチで合計1.7μm積層した耐磨耗層26を形成した。その後酸素ガスを停止し、メタンガスを傾斜的に減少させたTa炭化物膜の色上げ傾斜層27を0.05μm形成して硬質装飾部材20を作成した。この実施例1で得られる硬質装飾部材20の外観カラーはL*:79.1、a*:0.78,b*:3.03であり、SUS316L基材21の外観カラー、L*:85.1、a*:0.38,b*:2.34とほぼ同色である。
【0047】
実施例1の硬質装飾部材20における耐磨耗層26の膜硬度は、図3に示すように、Ti酸炭化物膜の硬化層24およびTa酸炭化物膜の硬化層25それぞれの膜硬度より上昇し、その硬度はHV3260であった。耐傷性はおおよそ耐磨耗層の硬度、耐磨耗層の膜厚、基材との密着性の積に起因する事から、薄膜複合構造をもつ耐磨耗層26の硬度が上昇した事により、耐傷性はそれぞれの薄膜硬化層25および26を単一に形成した場合よりも向上した。また図4に示すように、耐磨耗層26の積層膜厚は2nm以上50nm以下の膜厚範囲でTi酸炭化物膜の薄膜硬化層24とTa酸炭化物膜の薄膜硬化層25を単独に成膜した場合よりも硬度が増加した。
【0048】
また耐磨耗層26を薄膜複合構造にすることにより、耐磨耗層26の表面粗さδは1.55nmとなり、それぞれの薄膜硬化層25および薄膜硬化層26を同膜厚形成した場合の表面粗さ6.05nm、3.41nmに比べ低下している。表面粗さδが低下する事により、光の表面散乱による輝度の低下が減少することから、輝度があがり高級感のある色感を得ることにも寄与している。
【0049】
上記光の表面散乱に関する輝度の計算は、各波長において下記一般式にて計算される。
【数1】

【0050】
実施例1の硬質装飾部材20における色上げ傾斜層27による色調変化は図5に示すように、炭素含有量を傾斜的に減少させることにより、L*の上昇、a*,b*の下降が傾斜的に行われ、外観カラーを基材であるSUS316L材に近づけると共に、耐磨耗層26との密着性が高いことから、傷が入っても剥離しにくく、また傷が目立ちにくいという効果にも寄与している。
【0051】
[実施例2]
本発明の硬質装飾部材の第2の実施例を図6、図7、図8及び図9を用いて説明する。図6は硬質装飾部材30の断面模式図、図7は硬質装飾部材の耐磨耗層36の膜硬度を示すグラフ、図8は耐摩耗層36を形成する薄膜硬化層34、薄膜硬化層35の積層膜厚と膜硬度を示すグラフ、図9は色上げ傾斜層37による色調変化を示したグラフである。基材31としてJISに規定されるSUS316L材を用い、基材31上にスパッタリング法でMoの低級酸化物(MoxOy)からなる密着層32を0.1μm形成した。その後、酸素ガスを微量導入しながらメタンガスを傾斜的に増加させたMo酸炭化物膜の傾斜密着層33を0.2μm形成した。その後酸素ガスを微量導入しながら,メタンガスを導入し、Mo酸炭化物膜の薄膜硬化層34とTa酸炭化物膜の薄膜硬化層35を6nmピッチで合計2.5μm積層した耐磨耗層36を形成した。その後酸素ガスを停止し、メタンガスを傾斜的に減少させたMo炭化物膜の色上げ傾斜層37を0.05μm形成して硬質装飾部材30を作成した。この実施例2で得られる硬質装飾部材30の外観カラーはL*:82.2、a*:0.72,b*:1.46であり、SUS316L基材31の外観カラー、L*:85.1、a*:0.38,b*:2.34とほぼ同色である。
【0052】
実施例2の硬質装飾部材30における耐磨耗層36の膜硬度は、図7に示すように、Mo酸炭化物膜の薄膜硬化層34およびTa酸炭化物膜の薄膜硬化層35それぞれの膜硬度より上昇し、その硬度はHV3150であった。耐傷性は耐磨耗層の硬度、耐磨耗層の膜厚、基材との密着性の積に起因する事から、薄膜複合構造をもつ耐磨耗層36の硬度が上昇した事により、耐傷性はそれぞれの硬化層35および36を単一に形成した場合よりも向上した。また図8に示すように、耐磨耗層36の積層膜厚は2nm以上50nm以下の膜厚範囲でMo酸炭化物膜の硬化層34とTa酸炭化物膜の硬化層35を単独に成膜した場合よりも硬度が増す結果となった。
【0053】
さらに、耐磨耗層36を薄膜複合構造にすることにより、耐磨耗層36の表面粗さδは1.05nmとなり、それぞれの薄膜硬化層35および薄膜硬化層36を同膜厚形成した場合の表面粗さ1.98nm、3.41nmに比べ低下している。表面粗さδが低下する事により、光の表面散乱による輝度の低下が減少することから、輝度があがり高級感のある色感を得ることにも寄与している。
【0054】
実施例2の硬質装飾部材30における色上げ傾斜層37による色調変化は図9に示すように、メタンガスを傾斜的に減少させることにより、L*の上昇、a*,b*の下降が傾斜的に行われ、外観カラーを基材であるSUS316L材に近づけると共に、耐磨耗層36との密着性が高いことから、傷が入っても剥離しにくく、また傷が目立ちにくいという効果にも寄与している。
【0055】
[実施例3]
本発明の硬質装飾部材の第3の実施例を図10、図11、図12及び図13を用いて説明する。図10は硬質装飾部材40の断面模式図、図11は硬質装飾部材の耐磨耗層46の膜硬度を示すグラフ、図12は耐摩耗層46を形成する薄膜硬化層44、薄膜硬化層45の積層膜厚と膜硬度を示すグラフ、図13は色上げ傾斜層47による色調変化を示したグラフである。基材41としてJISに規定されるSUS316L材を用い、基材41上にスパッタリング法でMoの低級酸化物(MoxOy)からなる密着層42を0.1μm形成した。その後、酸素ガスを微量導入しながらメタンガスを傾斜的に増加させたMo酸炭化物膜の傾斜密着層43を0.2μm形成した。その後酸素ガスを微量導入しながらメタンガスを導入し、Mo酸炭化物膜の薄膜硬化層44とTi酸炭化物膜の薄膜硬化層45を6nmピッチで合計2.4μm積層した耐磨耗層46を形成した。その後酸素ガスを停止し、メタンガスを傾斜的に減少させたMo炭化物膜の色上げ傾斜層47を0.05μm形成して硬質装飾部材40を作成した。この実施例3で得られる硬質装飾部材40の外観カラーはL*:81.0、a*:0.77,b*:1.80であり、SUS316L基材41の外観カラー、L*:85.1、a*:0.38,b*:2.34とほぼ同色である。
【0056】
実施例3の硬質装飾部材40における耐磨耗層46の膜硬度は、図11に示すように、Mo酸炭化物膜の薄膜硬化層44およびTi酸炭化物膜の薄膜硬化層45それぞれの膜硬度より上昇し、その硬度はHV2916であった。耐傷性は耐磨耗層の硬度、耐磨耗層の膜厚、基材との密着性の積に起因する事から、薄膜複合構造をもつ耐磨耗層46の硬度が上昇した事により、耐傷性はそれぞれの薄膜硬化層45および46を単一に形成した場合よりも向上した。また図12に示すように、耐磨耗層46の積層膜厚は2nm以上50nm以下の膜厚範囲でMo酸炭化物膜の薄膜硬化層44とTi酸炭化物膜の薄膜硬化層45を単独に成膜した場合よりも硬度が増す結果となった。
【0057】
さらに、耐磨耗層46を薄膜複合構造にすることにより、耐磨耗層46の表面粗さδは1.49nmとなり、それぞれの薄膜硬化層45および薄膜硬化層46を同膜厚形成した場合の表面粗さ1.98nm、6.05nmに比べ低下している。表面粗さδが低下する事により、光の表面散乱による輝度の低下が減少することから、輝度があがり高級感のある色感を得ることにも寄与している。
【0058】
実施例3の硬質装飾部材40における色上げ傾斜層47による色調変化は図12に示すように、メタンガスを傾斜的に減少させることにより、L*の上昇、a*,b*の下降が傾斜的に行われ、外観カラーを基材であるSUS316L材に近づけると共に、耐磨耗層46との密着性が高いことから、傷が入っても剥離しにくく、また傷が目立ちにくいという効果にも寄与している。
【0059】
[実施例4]
本発明の硬質装飾部材の第4の実施例を図14、図15、図16及び図17を用いて説明する。図14は硬質装飾部材50の断面模式図、図15は硬質装飾部材の耐磨耗層56の膜硬度を示すグラフ、図16は耐摩耗層56を形成する薄膜硬化層54、薄膜硬化層55の積層膜厚と膜硬度を示すグラフ、図17は色上げ傾斜層47による色調変化を示したグラフである。基材51としてJISに規定されるSUS316L材を用い、基材41上にスパッタリング法でTiの低級酸化物(TixOy)からなる密着層52を0.1μm形成した。その後、酸素ガスを微量導入しながらメタンガスを傾斜的に増加させたTi酸炭化物膜の傾斜密着層53を0.2μm形成した。その後酸素ガスを微量導入しながらメタンガスを導入し、Ti酸炭化物膜の薄膜硬化層54とNb酸炭化物膜の薄膜硬化層55を6nmピッチで合計1.6μm積層した耐磨耗層56を形成した。その後酸素ガスを停止し、メタンガスを傾斜的に減少させたNb炭化物膜の色上げ傾斜層57を0.05μm形成して硬質装飾部材50を作成した。この実施例4で得られる硬質装飾部材50の外観カラーはL*:79.84、a*:0.57,b*:2.56であり、SUS316L基材51の外観カラー、L*:85.1、a*:0.38,b*:2.34とほぼ同色である。
【0060】
実施例4の硬質装飾部材50における耐磨耗層56の膜硬度は、図15に示すように、Ti酸炭化物膜の薄膜硬化層54およびNb酸炭化物膜の薄膜硬化層55それぞれの膜硬度より上昇し、その硬度はHV3118であった。耐傷性は耐磨耗層の硬度、耐磨耗層の膜厚、基材との密着性の積に起因する事から、薄膜複合構造をもつ耐磨耗層56の硬度が上昇した事により、耐傷性はそれぞれの薄膜硬化層55および56を単一に形成した場合よりも向上した。また図16に示すように、耐磨耗層56の積層膜厚は2nm以上50nm以下の膜厚範囲でTi酸炭化物膜の薄膜硬化層54とNb酸炭化物膜の薄膜硬化層55を単独に成膜した場合よりも硬度が増す結果となった。
【0061】
さらに、耐磨耗層56を薄膜複合構造にすることにより、耐磨耗層56の表面粗さδは1.87nmとなり、それぞれの薄膜硬化層55および薄膜硬化層56を同膜厚形成した場合の表面粗さ2.99nm、6.05nmに比べ低下している。表面粗さδが低下する事により、光の表面散乱による輝度の低下が減少することから、輝度があがり高級感のある色感を得ることにも寄与している。
【0062】
実施例4の硬質装飾部材50における色上げ傾斜層57による色調変化は図17に示すように、メタンガスを傾斜的に減少させることにより、L*の上昇、a*,b*の下降が傾斜的に行われ、外観カラーを基材であるSUS316L材に近づけると共に、耐磨耗層56との密着性が高いことから、傷が入っても剥離しにくく、また傷が目立ちにくいという効果にも寄与している。
【0063】
[実施例5]
上記の実施例1〜4と同様にして、JISに規定されるSUS316L基材41上に、表1のNo.1〜6に示される密着層、傾斜密着層、耐磨耗層、色上げ傾斜層をスパッタリング法により積層させた。得られた硬質装飾部材の耐磨耗層の硬度及び表面粗さ、硬質装飾部材の外観カラーをそれぞれ表2に示した。表2に示されるように、本発明の硬質装飾部材の密着層、傾斜密着層、耐磨耗層を構成すれば、実施例1〜4と同様に優れた密着性及び耐磨耗性を有し、外観の色合いが高級感を有する硬質装飾部材を得ることができる。
【0064】
【表1】

【0065】
【表2】

【0066】
[比較例1]
図18は密着層の効果を確認するために作成した硬質装飾膜60の断面図を示している。基材61としてSUS316L基材を用い、Ti、または導入酸素量を変化させたTiの酸化物を0.1μm形成した密着層62を形成し、密着層62上にTiの炭化物からなるTiC耐磨耗層63を1.1μm形成した硬質装飾部材である。耐磨耗層63の膜硬度はHV2590であった。
【0067】
また、図19は傾斜密着層の効果を確認するために作成した硬質装飾膜70の断面図を示している。基材71としてSUS316L基材を用い、Ti、または導入酸素量を変化させたTiの酸化物を0.1μm形成した密着層72を形成し、密着層72上に炭素導入量を傾斜的に増加させた傾斜密着層73を形成し、傾斜密着層73上にTiの炭化物からなるTiC耐磨耗層74を1.1μm形成した硬質装飾部材である。耐磨耗層73の膜硬度はHV2590であった。
【0068】
図20は硬質装飾部材60および70において、密着層62および72の導入酸素量を変化させた場合の耐傷性(二乗平均荒さ)を測定した結果である。図20によると、密着層62および72に若干量の酸素を導入した低級酸化物にすることで耐傷性が向上することが理解される。また図20によると、密着層62および72に導入する酸素量をさらに増やし密着層が完全酸化物(TiO)になると耐傷性は逆に低下することが理解される。さらに図20によると、硬質装飾部材60および70において、傾斜密着層73の存在により、耐傷性はさらに向上することが理解される。
【0069】
図21は硬質装飾部材60および70において、形成できる耐磨耗層の限界膜厚と、その時の耐傷性を示している。耐傷性はおおよそ耐磨耗層の硬度、耐磨耗層の膜厚、基材との密着係数の積で計算できることから、耐磨耗層を厚く形成できることにより耐傷性を向上させることができる。限界膜厚を超えると基材と密着層との界面、または密着層と耐磨耗層との界面で膜剥離が起きてしまう。また耐磨耗層の硬度は、反応性ガスとの結合量により変化するが、膜硬度の上昇と共に密着度を低下させる膜応力も増大してしまう。その為先行技術では、膜硬度を低く、また耐磨耗層の厚みを薄くしていたが、硬質装飾部材70のような構造にして密着力を向上させることにより、膜硬度の高い条件でかつ耐磨耗層の膜厚を厚く形成できる事から耐傷性を著しく向上させることができる。
【0070】
[比較例2]
導入酸素の効果を確認するために、実施例1と同様の構造で酸素を導入しない成膜条件で硬質装飾膜を作成した。酸素を導入しない条件で成膜すると、耐磨耗層の膜厚が1.5μm以上になると基材であるSUS316Lから完全に剥離した。また耐磨耗層の膜厚を1.4μmとしたところ、基材との剥離は抑制できるが、Ti炭化物膜の薄膜硬化層とTa炭化物膜の薄膜硬化層の積層界面で無数の点剥離が見られ、硬質装飾膜の色調は少し曇った色調となり、また耐傷性も低下した。さらに耐磨耗層の膜厚を1.0μmまで下げたところ機材との剥離や積層界面での点剥離もなくなるが、耐傷性は実施例1と比較し大幅に低下した。酸素を導入する事で基材との密着性および積層界面での密着性が強化され、硬度の高い耐磨耗層を厚く形成できる。
【0071】
[比較例3]
図22は本発明の耐傷性能を比較する為に、特開平2004−43959号の実施例1を参考に作成した装飾部材110の断面図を示している。基材111としてSUS316L基材を用い、下地層112としてTiを0.05μm形成し、下地層112上にTiの炭化物からなるTiC層113を0.8μm形成した。さらにTiC層113上に、プラチナ膜からなる装飾形成層114を形成して装飾部材110を作成した。また特開平2004−43959号では表面硬度をHV1000〜2000としている為、導入メタンガス量を調整し、HV1510の装飾部材110を作成した。
【0072】
図23は特開平2004−43959号を参考に作成した装飾部材110、本発明に係わる実施例1の硬質装飾部材20、実施例2の硬質装飾部材30、実施例3の硬質装飾部材40、実施例4の硬質装飾部材50、硬質膜を形成していないSUS316L基材の耐傷性(二乗平均粗さ)を測定した結果である。図23から、特開平2004−43959号を参考に作成した装飾部材110は硬質膜を形成していないSUS316L基材と比較し、はるかに耐傷性能が良くなっているが、本発明品に係わる実施例1の硬質装飾部材20、実施例2の硬質装飾部材30、実施例3の硬質装飾部材40、実施例4の硬質装飾部材50においては、その耐傷性能をはるかに凌駕している事が確認された。
【0073】
以上に述べたように、本発明に係る硬質装飾部材では、基材上に密着効果の高い密着層と、反応ガス含有量が傾斜的に増加した傾斜密着層と、異なる種類の複数の薄膜硬化層が積層されて形成される薄膜複合構造の耐磨耗層と、反応ガス含有量が傾斜的に減少した色上げ傾斜層からなっているため、基材と膜間および積層される膜同士間の密着性が著しく向上し耐傷性が向上すると共に、膜硬度の高い耐磨耗層を厚く形成できる事から耐傷性をさらに向上させることができる。このようにして、従来技術では得られない高耐傷性能と高級感を併せ持った装飾部品を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明は、時計の外装部品、眼鏡やアクセサリーなどの装身具、装飾品、スポーツ用品などの装飾部材に利用できる。
【符号の説明】
【0075】
10 装飾部材
11 基材
110 装飾部材
111 基材
112 密着層
113 耐磨耗層
114 装飾形成層
12 密着層
13 傾斜密着層
14 薄膜硬化層
15 薄膜硬化層
16 耐磨耗層
17 色上げ傾斜層
20 装飾部材
21 基材
22 密着層
23 傾斜密着層
24 薄膜硬化層
25 薄膜硬化層
26 耐磨耗層
27 色上げ傾斜層
30 装飾部材
31 基材
32 密着層
33 傾斜密着層
34 薄膜硬化層
35 薄膜硬化層
40 装飾部材
36 耐磨耗層
37 色上げ傾斜層
41 基材
42 密着層
43 傾斜密着層
44 薄膜硬化層
45 薄膜硬化層
46 耐磨耗層
47 色上げ傾斜層
50 装飾部材
51 基材
52 密着層
53 傾斜密着層
54 薄膜硬化層
55 薄膜硬化層
56 耐磨耗層
57 色上げ傾斜層
60 装飾部材
61 基材
62 密着層
63 薄膜硬化層
70 装飾部材
71 基材
72 密着層
73 傾斜密着層
74 薄膜硬化層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材、前記基材上に積層される金属(M1)の低級酸化物層からなる密着層、前記密着層上に積層される金属(M2)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる傾斜密着層、前記傾斜密着層上に積層される金属(M3)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる薄膜複合構造を有する耐磨耗層、及び前記耐磨耗層上に積層される金属(M4)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる色上げ傾斜層から構成される硬質装飾部材であって、前記傾斜密着層を構成する反応化合物における非金属元素の含有量が基板から離れるにつれて厚を有する方向に傾斜的に増加し、前記色上げ傾斜層を構成する反応化合物における非金属元素の含有量が基板から離れるにつれて厚さ方向に傾斜的に減少すること特徴とする硬質装飾部材。
【請求項2】
前記耐磨耗層の前記複合構造は、金属(M3)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる2〜50nmの厚さを有する異なる種類の薄膜硬化層が複数層積層させることによって形成されることを特徴とする請求項1に記載の硬質装飾部材。
【請求項3】
前記密着層及び前記傾斜密着層は微量の酸素を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の硬質装飾部材。
【請求項4】
前記金属M1、M2,M3及びM4は、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)から選ばれることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の硬質装飾部材。
【請求項5】
外装部品の一部又は全部が、請求項1〜4のいずれか1項に記載の硬質装飾部材で構成されることを特徴とする時計。
【請求項6】
基材上に、金属(M1)の低級酸化物層からなる密着層を積層し、前記密着層上に金属(M2)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる傾斜密着層を、前記傾斜密着層を構成する反応混合物中の非金属元素の含有量が基板から離れるにつれて厚さ方向に傾斜的に増加するように積層させ、前記傾斜密着層上に金属(M3)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる2〜50nmの厚さを有する異なる種類の薄膜層を複数層積層させることにより薄膜複合構造を有する耐磨耗層を形成させ、次いで、前記耐磨耗層上に金属(M4)と窒素、炭素、酸素の1種又は2種以上から選ばれる非金属元素との反応化合物からなる色上げ傾斜層を、前記色上げ傾斜層を構成する反応化合物における非金属元素の含有量が基板から離れるにつれて厚さ方向に傾斜的に減少するように積層すること特徴とする硬質装飾部材の製造方法。
【請求項7】
前記密着層及び前記傾斜密着層に微量の酸素を含ませることを特徴とする請求項6に記載の硬質装飾部材の製造方法。
【請求項8】
前記金属M1、M2,M3及びM4は、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)から選ばれることを特徴とする請求項6又は7に記載の硬質装飾部材の製造方法。
【請求項9】
反応性スパッタリング法により、前記密着層、前記傾斜密着層、前記耐磨耗層及び前記色上げ傾斜層の少なくとも1つを積層することを特徴とする請求項6〜8のいずれかに記載の硬質装飾部材の製造方法。
【請求項10】
反応性スパッタリング法において、前記非金属元素を含む反応ガス量を時系列的に増加又は減少させることにより前記傾斜密着層及び前記色上げ傾斜層を積層することを特徴とする請求項9に記載の硬質装飾部材の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate

【図21】
image rotate

【図22】
image rotate

【図23】
image rotate


【公開番号】特開2011−256424(P2011−256424A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−131136(P2010−131136)
【出願日】平成22年6月8日(2010.6.8)
【出願人】(000001960)シチズンホールディングス株式会社 (1,939)
【出願人】(307023373)シチズン時計株式会社 (227)
【Fターム(参考)】