説明

磁性体のシミュレーションプログラム、シミュレーション装置及びシミュレーション方法

【課題】高抵抗磁性材料の磁性体での磁気共鳴現象及び渦電流の発生を考慮した高精度なシミュレーションを行なうこと。
【解決手段】右辺第1項はメッシュci内の磁気的エネルギーによる磁界、第2項は慣性項、第3項は摩擦項である。慣性項は磁化変化速度の微分であるため、磁化変化速度を一定に保つ方向に磁界が働くことを表現している。摩擦項は、磁化変化速度に比例しており、磁化変化を阻止する方向に働くため磁化に対する摩擦を表現している。摩擦項および慣性項を用いた実効磁界[Hi]を求めることで、メッシュciにおいて、時刻(τ−Δτ)での磁化[Mi]から時刻τでの磁化[Mi]への変化量Δ[Mi]を、時刻(τ−Δτ)での磁化[Mi]と時刻τでの磁化[Mi]との摩擦および慣性を考慮して求めることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体のシミュレーションプログラム、シミュレーション装置及びシミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モータや発電機といった磁性材料を用いた電気機器のシミュレーションは、コンピュータの性能向上と電磁界解析手法の進歩により、さまざまな場面で広く行なわれるようになってきている。電磁界解析の手法としては、差分法や有限要素法が一般的に用いられている。近年、CO2削減や地球温暖化防止への取組みとして、電気機器の効率は非常に重要視されており、シミュレーションへの期待はさらに高まっている。
【0003】
電気機器に使用される金属系の磁性材料、たとえば電磁鋼板の場合、磁性体内の損失は、磁性体のヒステリシスに起因するヒステリシス損失、磁性体で発生する渦電流による古典的渦電流損失、および異常渦電流損失に分類される。高周波で駆動される機器に使用される磁性材料、たとえばフェライトやアモルファス系圧粉材料のような高抵抗磁性材料の場合は、磁性材料内の損失はヒステリシス損失と残留損失(あるいは動的磁気損失)と呼ばれる損失に分類される。
【0004】
高抵抗磁性材料とは、フェライトに代表される酸化物磁性材料、電気的絶縁処理を施した磁性金属粉末をプレス成形したアモルファス系圧粉材料、金属磁性材料と酸化物・窒化物等との磁性合金材料がある。
【0005】
電気機器の効率を計算するためには、上述の磁性体内の損失を正確に求める必要がある。近年の電気機器はインバータに代表されるような駆動する技術の進歩により、モータ等に使用される磁性材料には従来よりも高い周波数が印加されるようになっており、kHzオーダの高調波成分も含まれるような条件で駆動されている。
【0006】
損失を計算する手法として有限要素法で用いられている手法がある(非特許文献1を参照。)。以下の解析式(1),(2)によって磁性体モデルに高周波磁界が印加されたときのヒステリシス損失Whおよび渦電流損失Weをそれぞれ算出している。
【0007】
【数1】

【0008】
ここで、Khは磁性材料により決まるヒステリシス損失係数であり、Keは磁性材料により決まる渦電流損失係数である。fは周波数、Dは磁性体の密度である。BrnとBθnは径方向と回転方向の磁束密度である。この手法においては、実際の電気機器の動作状態での値とは異なっており、正確なヒステリシス損失および異常渦電流損失を計算することは難しい。
【0009】
また、非特許文献2は、“Stop and Play Models”と呼ばれる解析的な手法によって磁性体のヒステリシス曲線を計算することを検討しているが、実際の解析にはまだ利用されていない。
【0010】
磁性体の磁区構造や磁壁を扱うシミュレーション手法としては、非特許文献3のマイクロマグネティクスによる計算方法が知られている。非特許文献4では、マイクロマグネティクスによるヒステリシス曲線が検討されているが、実際の解析には適用されていない。
【0011】
高抵抗磁性材料を使用した高周波トランスや高周波インダクタにおいては、磁壁の共鳴現象や強磁性共鳴といった動的磁化過程による損失が発生する。これらの機器やデバイスの小型化・高効率化のため、MHzオーダでの駆動が検討されているが、このためには磁壁の共鳴や強磁性共鳴を考慮した設計が必要となっている。
【0012】
図15は、磁気共鳴がある場合の透磁率の周波数依存性の実測データを示すグラフである(下記非特許文献5を参照)。透磁率の虚数部分μ”は磁界Hと磁束密度Bの位相差を示すものであり、虚数部分μ”が大きいほど損失は大きい。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】山崎克巳、瀬戸嘉明、谷田誠著、「キャリア高調波を考慮したIPMモータの鉄損解析」、IEEJ Trans.IA, Vol.125, No.7,2005
【非特許文献2】Tetsuji Matsuo, Yasushi Terada, Masaaki Shimasaki, "Representation of minor hysteresis loops of a silicon steel sheet using stop and play models", http://www.sciencedirect.com, Physica B, Volume 372, Issues 1-2, 1 February 2006, Pages 25-29
【非特許文献3】William Fuller Brown, Jr., "Thermal Fluctuations of a Single-Domain Particle", Physical Review, Volume 130, Number 5, 1 June 1963
【非特許文献4】松尾哲司、山崎由也、岩下武史著、「周期境界マイクロ磁気学シミュレーションにおける減磁界に関する検討」、電気学会研究会資料、MAG-10-17, SA10-17, RM10-17, 2010年1月
【非特許文献5】K Kawano, M Hachiya, Y Iijima, N Sato, Y Mizuno , "The grain size effect on the magnetic properties in NiZn ferrite and the quality factor of the inductor",
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
フェライトやアモルファス系圧粉材料などの高抵抗磁性材料の磁性体では、磁性体内に電流を通しにくい。一方、磁壁の共鳴や強磁性共鳴等の磁気共鳴により駆動周波数が高くなるにしたがって磁性体内の損失は増加する傾向にある。したがって、磁性体内の損失の正確な見積もりは、機器の構造や材料の最適化にとって重要な課題となっている。しかしながら、上述した非特許文献1〜5の従来技術では、高抵抗磁性材料における磁壁の共鳴や強磁性共鳴等の磁気共鳴現象及び渦電流の発生といった物理現象を考慮した損失の計算は取り扱うことができない。
【0015】
1つの側面では、本発明は、高抵抗磁性材料の磁性体での磁気共鳴現象及び/又は渦電流の発生を考慮したシミュレーションを行なうことができる磁性体のシミュレーションプログラム、シミュレーション装置、およびシミュレーション方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の一側面によれば、前記磁性体を構成する要素群のいずれかの要素から分割された領域ごとの磁化が変化する場合、各領域内の磁気的エネルギーから生成される磁界と、前記領域ごとの磁化を平均した平均磁化の変化を阻止する方向に働く磁化変化速度に基づく実効磁界を、前記領域ごとに算出し、前記領域ごとに算出された実効磁界と、前記領域ごとの磁化に基づいて、前記領域ごとに磁化変化量を求めて、前記領域ごとに前記変化後の磁化を算出し、前記領域ごとの変化前の磁化と前記変化後の磁化に基づいて、前記いずれかの要素における磁化が収束するかを判断し、前記いずれかの要素における磁化が収束すると判断した場合の前記領域ごとの平均磁化および前記平均磁化に基づく静磁界との組み合わせを記憶装置に格納する磁性体のシミュレーションプログラム、シミュレーション装置及びシミュレーション方法が提案される。
【0017】
本発明の他の側面によれば、前記磁性体を構成する要素群のいずれかの要素から分割された領域ごとの磁化が変化する場合、各領域内の磁気的エネルギーから生成される磁界と、前記各領域のうち磁化反転が生じた領域での磁化反転速度に基づく実効磁界を、前記領域ごとに算出し、前記領域ごとに算出された実効磁界と、前記領域ごとの磁化に基づいて、前記領域ごとに磁化変化量を求めて、前記領域ごとに前記変化後の磁化を算出し、前記領域ごとの変化前の磁化と前記変化後の磁化に基づいて、前記いずれかの要素における磁化が収束するかを判断し、前記いずれかの要素における磁化が収束すると判断した場合の前記領域ごとの磁化を平均した平均磁化および前記平均磁化に基づく静磁界との組み合わせを記憶装置に格納する磁性体のシミュレーションプログラム、シミュレーション装置及びシミュレーション方法が提案される。
【発明の効果】
【0018】
本発明の一側面によれば、高抵抗磁性材料の磁性体での共鳴現象及び/又は渦電流の発生を考慮したシミュレーションを行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、実施の形態1にかかるシミュレーションの一例を示す説明図である。
【図2】図2は、シミュレーションを実行するコンピュータのハードウェア構成例を示すブロック図である。
【図3】図3は、図2に示したコンピュータを用いたシステム構成例を示す説明図である。
【図4】図4は、磁性体DBの記憶内容の一例を示す説明図である。
【図5】図5は、実施の形態1にかかるシミュレーション装置の機能的構成例を示すブロック図である。
【図6】図6は、フェライトに対する直流でのヒステリシス曲線、ならびに、1.0MHzでのヒステリシス曲線の実測データを示すグラフである。
【図7】図7は、本実施の形態1でのシミュレーション結果を示すグラフである。
【図8】図8は、実施の形態1にかかるシミュレーション装置によるシミュレーション処理手順例を示すフローチャートである。
【図9】図9は、図8に示した磁性体内の要素Cgでのシミュレーション処理(ステップS803)の詳細な処理手順を示すフローチャート(その1)である。
【図10】図10は、図8に示した磁性体内の要素Cgでのシミュレーション処理(ステップS803)の詳細な処理手順を示すフローチャート(その2)である。
【図11】図11は、時刻t(j−1)〜tjでの要素Cgでの磁化分布の変化を示す説明図である。
【図12】図12は、実施の形態2にかかるシミュレーション装置の機能的構成例を示すブロック図である。
【図13】図13は、実施の形態2にかかる磁性体内の要素Cgでのシミュレーション処理(ステップS803)の詳細な処理手順を示すフローチャート(その1)である。
【図14】図14は、図13に示した磁化反転量算出処理(ステップS1304)の詳細な処理手順例を示すフローチャートである。
【図15】図15は、磁気共鳴がある場合の透磁率の周波数依存性の実測データを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に添付図面を参照して、この発明にかかる磁性体のシミュレーションプログラム、シミュレーション装置、およびシミュレーション方法の実施の形態を詳細に説明する。なお、本明細書では、図面および数式において太字で表現されているベクトルを、『[ ]』を用いて表記する。たとえば、ベクトルXは、[X]とする。また、図面および数式においてベクトルの上に表記されているバーは、平均を表している。明細書中では、バーが表記されているベクトルを、『[ av]』を用いて表記する。たとえば、バーがあるベクトルXは、[Xav]とする。
【0021】
(実施の形態1)
<シミュレーションの一例>
図1は、実施の形態1にかかるシミュレーションの一例を示す説明図である。磁性体モデルは、フェライトやアモルファス系圧粉材料などの高抵抗磁性材料で形成された磁性体をモデル化した電子データである。高抵抗磁性材料の磁性体は、たとえば、周波数fが1.0MHz以上の交流磁界となる磁性体である。磁性体モデルは3次元で表現されるが、図1では便宜上2次元で表現している。磁性体モデルは、N個(N≧2)の要素C1〜CNに個々に割り当てられる。
【0022】
また、任意の要素Cg(1≦g≦N)は、n個(N≧2)のメッシュc1〜cnをもつ。n個(N≧2)のメッシュc1〜cnは、たとえば、マイクロマグネティクスの磁化分布を表す。マイクロマグネティクスにおける磁性体内の磁気的なエネルギーは、下記式(3)〜(7)の磁気異方性エネルギーEani、静磁エネルギーEmag、交換相互エネルギーEexcおよびゼーマンエネルギーEextで表現される。
【0023】
【数2】

【0024】
【数3】

【0025】
【数4】

【0026】
【数5】

【0027】
【数6】

【0028】
ここで、K:磁気異方性係数、[k]:磁化容易軸方向の単位ベクトル、[m]:磁化方向の単位ベクトル、[M]:メッシュciの磁化、M:磁化[M]の大きさ、Dij:メッシュciの幾何学的形状から決定される反磁界係数、[r]:メッシュciの位置ベクトル、[r']:メッシュcjの位置ベクトル、A*:スティフィネス・コンスタント、a:メッシュ間隔、[Happ]:外部印加磁界、n:メッシュ数である。なお、式(6)のΣ[Mj]は、[Mi]のメッシュに隣接するメッシュの磁化の総和である。
【0029】
図1において、各メッシュci(1≦i≦n)内の矢印は、磁化[Mi]を示している。磁化[Mi]は微小時間Δτごとに変化する。各メッシュciの磁化[Mi]の合計をメッシュ数nで割ることで、平均磁化[Mav]が求められる。なお、メッシュciにおける磁化方向の単位ベクトル[mi]は、[mi]=[Mi]/Miであらわされる。
【0030】
また、磁性体の要素Cg内の磁気的な全エネルギーEtotは、下記式(8)に示すように磁気異方性エネルギーEani、静磁エネルギーEmag、交換エネルギーEexc、およびゼーマンエネルギーEextの和で表される。
【0031】
【数7】

【0032】
また、[Hi]はメッシュciの実効磁界である。[Hi]は、下記式(9)により算出される。
【0033】
【数8】

【0034】
式(9)内の右辺第1項はメッシュci内の磁化[Mi]に対する磁気的エネルギーによる磁界であり、第2項は慣性項であり、第3項は摩擦項である。慣性項は磁化変化速度の微分であるため、磁化変化速度を一定に保つ方向に磁界が働くことを表現している。また、摩擦項は、磁化変化速度に比例しており、磁化変化を阻止する方向に働くため磁化に対する摩擦を表現している。実効磁界[Hi]は、次の時刻での磁化[Mi]の時間変化を求めるのに用いられる。
【0035】
このように、摩擦項を用いた実効磁界[Hi]を求めることで、メッシュciにおいて、時刻(τ−Δτ)での磁化[Mi]から時刻τでの磁化[Mi]への変化量Δ[Mi]を、時刻(τ−Δτ)での磁化[Mi]と時刻τでの磁化[Mi]との摩擦を考慮して求めることができる。したがって、共鳴現象より経時的に変化する磁化[Mi]での磁化変化を阻止する挙動を再現することができる。
【0036】
また、摩擦項とともに慣性項も加えた場合、摩擦項および慣性項を用いた実効磁界[Hi]を求めることで、メッシュciにおいて、時刻(τ−Δτ)での磁化[Mi]から時刻τでの磁化[Mi]への変化量Δ[Mi]を、時刻(τ−Δτ)での磁化[Mi]と時刻τでの磁化[Mi]との摩擦および慣性を考慮して求めることができる。したがって、共鳴現象より経時的に変化する磁化[Mi]での磁化変化を阻止する挙動や磁化変化速度を一定に保つ挙動を再現することができる。
【0037】
また、式(9)を磁気異方性Hk=2K/Mによって規格化して、式(10)を得る。
【0038】
【数9】

【0039】
ここで、hm,heは、下記式(11),(12)に示すように、それぞれ磁気異方性Hkで規格化された静磁界係数および交換相互作用係数である。また、haは磁気異方性Hkで規格化された外部印加磁界Happ/Hkである。
【0040】
【数10】

【0041】
【数11】

【0042】
また、磁性体の磁化の運動は、式(13)に示すランダウ−リフシッツ−ギルバート方程式(以下、「LLG方程式」)によって決定される。
【0043】
【数12】

【0044】
ここで、αはダンピングコンスタントである。ダンピングコンスタントαは、減衰していく過程での速さをあらわす磁性体固有の定数である。式(13)の右辺の第1項は歳差運動項であり、第2項はダンピング項である。フェライトの場合、たとえば、α=0.1を用いた。τはLLG方程式の計算を実行する時間変数である。
【0045】
ここでLLG方程式の分布計算方法を、下記式(14)を用いて示す。式(13)を計算するにあたり、ΔτはLLG方程式の計算時間ステップ幅である。ここではステップごとにステップ幅は一様とする。
【0046】
【数13】

【0047】
[mioldは、現在の時間ステップτでの[mi]であり、[minewは、次の時間ステップ(τ+Δτ)での[mi]である。
【0048】
また、時間ステップ毎に以下の式を評価する。
【0049】
【数14】

【0050】
【数15】

【0051】
ここで、[Mav]jは、要素Cg内の磁化[Mi]がいずれも収束したとき(時刻tj)での要素Cg内の平均磁化である。[Mav]j-1は、[Mav]jの直近で要素Cg内の磁化[Mi]がいずれも収束したときの平均磁化である。また、[Mav]j-2は、[Mav]j-1の直近で要素Cg内の磁化[Mi]がいずれも収束したときの平均磁化である。
【0052】
上述した磁化の収束判定は、たとえば、下記式(17)で実行される。
【0053】
【数16】

【0054】
いずれの磁化[Mi]も式(17)の収束判定を満たした場合、要素Cgでは、平均磁化[Mav]を用いて静磁界計算が実行される。静磁界計算では、下記式(18)を用いて、静磁界Hsgが求められる。νは、透磁率μの逆数である。
【0055】
【数17】

【0056】
有限要素法における静磁界計算は、電磁気学の基礎方程式であるマックスウェル方程式から導かれる式(14)を用いて計算される。ここで、Aは磁気ベクトルポテンシャル、J0は計算の対象となる磁性体内を流れる電流である。
【0057】
本実施の形態では、磁性体は高抵抗であるため、磁性体内に流れる電流はJ0=0となる。また、外部電流が存在する場合は、外部電流の影響を考慮する必要があるため、J0に外部電流の値を与える。そして、式(18)の磁気ベクトルポテンシャルAに要素Cgの位置座標を与えることで、磁気ベクトルポテンシャルAが求まる。磁気ベクトルポテンシャルAは、磁束密度[B]=μ[H]+[M]とした場合、[B]=rot(A)で定義される。したがって、磁気ベクトルポテンシャルAが求まれば磁束密度[B]も求まる。磁束密度[B]が求まれば、磁化[M]を与えることで静磁界[H]が求まる。
【0058】
本例では、Mに[Mav]を与えることで、静磁界計算により、静磁界[Hsg]が求められる。静磁界[Hsg]が磁化収束する都度、そのときの平均磁化[Mav]と静磁界[Hsg]との組が保存される。平均磁化[Mav]と静磁界[Hsg]は複数組得られるため、グラフにプロットすることで、ヒステリシス曲線HLgが作成される。そして、ヒステリシス曲線HLg内の面積Sgが要素Cgでのヒステリシス損失となる。
【0059】
このように、本実施の形態では、高抵抗磁性材料の磁性体であっても、共鳴現象による磁化変化を高精度に再現することができるため、高抵抗磁性材料の磁性体の共鳴現象によるヒステリシス損失を高精度に求めることができる。
【0060】
<コンピュータのハードウェア構成例>
図2は、シミュレーションを実行するコンピュータのハードウェア構成例を示すブロック図である。図2において、コンピュータは、プロセッサ201、記憶装置202、入力装置203、出力装置204、および通信装置205が、バス206に接続されて構成されている。
【0061】
プロセッサ201は、コンピュータの全体の制御を司る。また、プロセッサ201は、記憶装置202に記憶されている各種プログラム(OS(Operating System)や本実施の形態の表示制御プログラム)を実行することで、記憶装置202内のデータを読み出したり、実行結果となるデータを記憶装置202に書き込んだりする。
【0062】
記憶装置202は、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、フラッシュメモリ、磁気ディスクドライブなどで構成され、プロセッサ201のワークエリアになったり、各種プログラム(OSや本実施の形態の表示制御プログラム)や各種データ(各プログラムの実行により得られたデータを含む)を記憶したりする。
【0063】
入力装置203は、キーボード、マウス、タッチパネルなどユーザの操作により、各種データの入力をおこなうインターフェースである。出力装置204は、プロセッサ201の指示により、データを出力するインターフェースである。出力装置204には、ディスプレイやプリンタが挙げられる。通信装置205は、ネットワークを介して外部からデータを受信したり、外部にデータを送信したりするインターフェースである。
【0064】
<システム構成例>
図3は、図2に示したコンピュータを用いたシステム構成例を示す説明図である。図3において、ネットワークNWは、サーバ301,302とクライアント331〜334とが通信可能なネットワークであり、たとえば、LAN(Local Area Network)、WAN(Wide Area Network)、インターネット、携帯電話網などで構成される。
【0065】
サーバ302は、クラウド320を構成するサーバ群(サーバ321〜325)の管理サーバである。クライアント331〜334のうち、クライアント331はノート型パソコン、クライアント332はデスクトップ型パソコン、クライアント333は携帯電話機(スマートフォン、PHS(Personal Handyphone System)でもよい)、クライアント334はタブレット型端末である。図3のサーバ301,302,321〜325、クライアント331〜334は、たとえば、図2に示したコンピュータにより実現される。なお、クライアント331〜334は、必ずしもネットワークNWに接続する必要はない。
【0066】
<磁性体DB(データベース)の記憶内容例>
図4は、磁性体DBの記憶内容の一例を示す説明図である。図4において、磁性体DB400には、磁性体ごとに、磁性体ID、ダンピングコンスタントα、摩擦項係数β、慣性項係数γ、導電率σ、異方性磁界Hkが格納されている。
【0067】
導電率σ、異方性磁界Hkは、要素Cgでの静磁界計算に用いられる。コンピュータにより磁性体IDが指定されると、指定された磁性体IDのレコードの各項の値が磁性体DB400から読み出されることになる。磁性体DB400は、具体的には、たとえば、図2に示した記憶装置202によりその機能を実現する。
【0068】
<シミュレーション装置の機能的構成例>
図5は、実施の形態1にかかるシミュレーション装置の機能的構成例を示すブロック図である。シミュレーション装置500は、磁性体DB400と記憶領域511を有する。また、シミュレーション装置500は、平均磁化算出部501と、磁界算出部502と、磁化算出部503と、判断部504と、静磁界算出部505と、判定部506と、格納部507と、作成部508と、損失算出部509と、出力部510と、を有する。平均磁化算出部501〜出力部510は、具体的には、たとえば、図2に示した記憶装置202に記憶されたシミュレーションプログラムをプロセッサ201に実行させることによりその機能を実現する。また、記憶領域511は、図2に示した記憶装置202によりその機能を実現する。
【0069】
平均磁化算出部501は、時刻τがΔτ変化する都度、要素Cg内のメッシュc1〜cnの磁化[M1]〜[Mn]の平均磁化[Mav]を算出する。具体的には、たとえば、下記式(19)により算出される。
【0070】
【数18】

【0071】
磁界算出部502は、磁性体を構成する要素群のいずれかの要素から分割された領域群の領域ごとの磁化が更新されると、領域内の磁気的エネルギーで生成される磁界と、更新された領域ごとの磁化の平均磁化の変化を阻止する方向に働く磁化変化速度と、磁化変化速度を一定に保つ方向に磁界を働かせる慣性と、に基づく実効磁界を、領域ごとに算出する。
【0072】
ここで、「領域内の磁気的エネルギーで生成される磁界」とは、メッシュci内の磁気的エネルギーで生成される磁界であり、上記式(9)の右辺第1項に相当する。また、「更新された領域ごとの磁化の平均磁化の変化を阻止する方向に働く磁化変化速度」とは、平均磁化[Mav]の変化を阻止する方向に働く磁化変化速度であり、式(9)の右辺第3項の摩擦項に相当する。また、「磁化変化速度を一定に保つ方向に磁界を働かせる慣性」とは、式(9)の摩擦項で表現された磁化変化速度を一定に保つ方向に磁界を働かせる慣性であり、式(9)の右辺第2項の慣性項に相当する。
【0073】
磁界算出部502は、式(9)により、時刻τがΔτ変化する都度、メッシュciの実効磁界[hi]を算出することになる。なお、式(9)の右辺から慣性項を除いてもよい。実効磁界[Hi]は、次の時刻での磁化[Mi]を求めるのに用いられる。
【0074】
このように、摩擦項を用いた実効磁界[Hi]を求めることで、メッシュciにおいて、時刻(τ−Δτ)での磁化[Mi]から時刻τでの磁化[Mi]への変化量Δ[Mi]を、時刻(τ−Δτ)での磁化[Mi]と時刻τでの磁化[Mi]との摩擦を考慮して求めることができる。したがって、共鳴現象より経時的に変化する磁化[Mi]での磁化変化を阻止する挙動を再現することができる。
【0075】
また、摩擦項とともに慣性項も加えた場合、摩擦項および慣性項を用いた実効磁界[Hi]を求めることで、メッシュciにおいて、時刻(τ−Δτ)での磁化[Mi]から時刻τでの磁化[Mi]への変化量Δ[Mi]を、時刻(τ−Δτ)での磁化[Mi]と時刻τでの磁化[Mi]との摩擦および慣性を考慮して求めることができる。したがって、共鳴現象より経時的に変化する磁化[Mi]での磁化変化を阻止する挙動や磁化変化速度を一定に保つ挙動を再現することができる。
【0076】
磁化算出部503は、領域ごとに算出された実効磁界と、領域ごとの磁化と、に基づいて、領域ごとに磁化変化量を求めることにより、領域ごとの磁化を算出する。磁化算出部503では、磁化算出に先立って磁化変化量を算出する。磁化変化量は、時刻がτからτ+Δτに変化した場合の磁化[Mi]の単位ベクトル[mi]の変化量であり、具体的には、上記式(14)の右辺第2項で表現される。式(14)によりの単位ベクトルが[mioldから[minewに更新されると、更新後の[minewに磁化[Mi]の大きさMiを乗じることで、更新後の磁化[Mi]が算出される。算出された磁化[Mi]は、磁界算出部502に与えられ、つぎの時刻での実効磁界[Hi]が算出される。
【0077】
判断部504は、磁化算出部503による領域ごとの変化前の磁化と変化後の磁化に基づいて、いずれかの要素での磁化収束を判断する。具体的には、たとえば、判断部504は、要素Cgにおいて、上述した更新前の[mioldと更新後の[minewを用いて、上記式(17)により判断する。
【0078】
静磁界算出部505は、上記式(18)を用いて、要素Cgの静磁界Hsgを算出する。具体的には、たとえば、静磁界算出部505は、判断部504で同一時刻τにおいていずれの磁化[Mi]も式(17)の磁化収束条件を満たす場合に、要素Cgの静磁界Hsgを算出する。静磁界計算で用いられる透磁率μとしては、たとえば、真空の透磁率が用いられる。
【0079】
判定部506は、静磁界が磁界収束条件を満たすか否かを判定する。具体的には、たとえば、判定部506は、今回の静磁界[Hsgnewと前回の静磁界[Hsgoldとの差分ΔHsがしきい値εh以内であれば、磁界収束と判定する。
【0080】
格納部507は、式(17)の磁化収束条件を満たした時刻tjでの平均磁化[Mi]と判定部506による磁界収束条件を満たした静磁界Hsgとの組み合わせを記憶領域511に格納する。格納された平均磁化[Mi]と静磁界Hsgとの組み合わせ群は、ヒステリシス曲線の元となる。
【0081】
作成部508は、格納された平均磁化[Mi]と静磁界[Hsg]との組み合わせ群を、横軸が磁界、縦軸が磁束密度のグラフにプロットすることで、ヒステリシス曲線を作成する。作成部508では、磁束密度[B]=μ[H]+[M]に平均磁化[Mav]と静磁界[Hsg]とを与えることで、時刻tjごとの磁束密度[B]が得られる。これにより、ヒステリシス曲線を作成することができる。
【0082】
損失算出部509は、作成部508で作成されたヒステリシス曲線内の面積を算出することでヒステリシス損失を算出する。これにより、式(9)の摩擦項や慣性項を考慮したヒステリシス損失が得られる。
【0083】
出力部510は、損失算出部509によって算出されたヒステリシス損失を出力する。出力部510は、ヒステリシス損失をディスプレイに表示してもよく、プリンタにより印刷出力してもよい。また、外部装置に送信したり、記憶装置202に格納してもよい。また、出力部510は、作成部508によって作成されたヒステリシス曲線も出力してもよい。ここで、ヒステリシス曲線の例について説明する。
【0084】
図6は、フェライトに対する直流でのヒステリシス曲線、ならびに、1.0MHzでのヒステリシス曲線の実測データを示すグラフである。(b)は(a)の拡大グラフである。ヒステリシス曲線のループ内の面積が磁性体内で消費された1サイクル当たりのエネルギー損失となることがしられている。
【0085】
図7は、本実施の形態1でのシミュレーション結果を示すグラフである。式(9)において慣性項と摩擦項を0として計算したヒステリシス曲線が点線701で示されている。また、慣性項のみ0として計算したヒステリシス曲線が一点鎖線702で示されている。また、慣性項および摩擦項を含めて計算したヒステリシス曲線が実線703で示されている。実線703のヒステリシス曲線は楕円であり、実測でのヒステリシス曲線が再現されている。点線701および一点鎖線702のヒステリシス曲線では、楕円で再現できていない。図7では、周波数f=1.0MHz、γ=0.75×10-11、β=4.0×10-5とした。
【0086】
<シミュレーション処理手順例>
図8は、実施の形態1にかかるシミュレーション装置500によるシミュレーション処理手順例を示すフローチャートである。まず、シミュレーション装置500は、要素を特定する変数gをg=1とし(ステップS801)、g>Nであるか否かを判断する(ステップS802)。Nは要素の総数である。g>Nでない場合(ステップS802:No)、シミュレーション装置500は、磁性体内の要素Cgでのシミュレーション処理を実行する(ステップS803)。
【0087】
このあと、シミュレーション装置500は、gをインクリメントし(ステップS804)、ステップS802に戻る。ステップS802において、g>Nである場合(ステップS802:Yes)、シミュレーションすべき要素Cgがないため、シミュレーション装置500は、出力部510による出力処理を実行して(ステップS805)、一連のシミュレーション処理を終了する。なお、図8では、要素Cgごとに順番にシミュレーション処理(ステップS803)を実行することとしているが、並列に実行することとしてもよい。
【0088】
図9は、図8に示した磁性体内の要素Cgでのシミュレーション処理(ステップS803)の詳細な処理手順を示すフローチャート(その1)である。まず、シミュレーション装置500は、時刻変数jと更新時刻τをj=0、τ=0とする(ステップS901)。つぎに、シミュレーション装置500は、時刻tjでの外部印加磁界[Happ]を設定する(ステップS902)。外部印加磁界[Happ]は周波数fと時刻tjで決まる磁界である。周波数fはあらかじめ与えられるものとする。外部印加磁界[Happ]は、上記式(7)で用いられる。
【0089】
そして、シミュレーション装置500は、磁化[Mi]の初期値を記憶装置202から読み込む(ステップS903)。磁化[Mi]の初期値は、たとえば、あらかじめ記憶装置202に記憶させておき、シミュレーション開始時に記憶装置202から読み込むものとする。
【0090】
このあと、シミュレーション装置500は、平均磁化算出部501により、時刻τでの平均磁化[Mgav]を算出する(ステップS904)。そして、シミュレーション装置500は、磁界算出部502により、時刻τでの実効磁界[Hi]を算出する(ステップS905)。
【0091】
このあと、シミュレーション装置500は、時刻τを所定時間幅Δτ進め(ステップS906)、式(13)のLLG方程式を用いて、磁化[Mi]の単位ベクトル[mi]の変化量を算出することで、磁化算出部503により、式(14)を用いて磁化[Mi]を算出する(ステップS907)。そして、シミュレーション装置500は、変化前後の磁化[Mi]を用いて、判断部504により磁化収束条件を満たすか否かを、メッシュciごとに判断する(ステップS908)。
【0092】
いずれか1つのメッシュciでも磁化収束条件を満たさない場合(ステップS908:No)、ステップS904に戻って、ステップS907で更新後の磁化[Mi]により、平均磁化[Mav]を算出することになる。一方、いずれのメッシュciでも磁化収束条件を満たした場合(ステップS908:Yes)、図10のステップS1001に移行する。
【0093】
図10は、図8に示した磁性体内の要素Cgでのシミュレーション処理(ステップS803)の詳細な処理手順を示すフローチャート(その2)である。ステップS908:Yesのあと、図10において、シミュレーション装置500は、[M]jを、ステップS904で得られた最新の平均磁化[Mav]に設定する(ステップS1001)。[M]jは、式(15)の摩擦項および式(16)の慣性項で用いられる値である。後続のステップS1006でjがインクリメントされるため、その後の実効磁界の算出(ステップS905)では、[Mgj-1となる。
【0094】
このあと、シミュレーション装置500は、静磁界算出部505により、式(18)を用いて静磁界計算処理を実行する(ステップS1002)。そして、シミュレーション装置500は、判定部506により、静磁界[Hsg]が磁界収束条件を満たすか否かを判定する(ステップS1003)。満たさない場合(ステップS1003:No)、図9のステップS904に戻る。このときの静磁界[Hsg]と平均磁化[Mav]の組み合わせは記憶領域511に格納されず、ヒステリシス曲線には反映されないことになる。
【0095】
一方、満たした場合(ステップS1003:Yes)、シミュレーション装置500は、時刻tjでの静磁界[Hsgjと平均磁化[Mav]jとして、記憶領域511に保持する(ステップS1004)。このあと、j>jmaxであるか否かを判断する(ステップS1005)。jmaxは変数jの最大値であり、tjmaxがシミュレーション時間となる。j>jmaxでない場合(ステップS1006:No)、jをインクリメントして(ステップS1006)、図9のステップS902に戻り、インクリメント後の時刻tjで外部印加磁界[Happ]を再設定する。
【0096】
また、jのインクリメントにより、ステップS1001での最新の平均磁化[Mav]jは、平均磁化[Mav]j-1となり、平均磁化[Mav]j-1は平均磁化[Mav]j-2となる。これにより、摩擦項(式(15))と慣性項(式(16))の計算をおこなうことができることになる。一方、j>jmaxである場合(ステップS1005:Yes)、要素Cgでのシミュレーション処理が終了するため、図8のステップS804に移行する。
【0097】
このように、本実施の形態によれば、摩擦を考慮して実効磁界[Hi]を求めることができるため、共鳴現象より経時的に変化する磁化[Mi]での磁化変化を阻止する挙動を再現することができる。したがって、その挙動に影響されたヒステリシス曲線が得られ、高周波での高抵抗磁性材料の磁性体についてヒステリシス損を高精度に求めることができる。
【0098】
また、摩擦項とともに慣性項も加えた場合、摩擦および慣性を考慮して実効磁界[Hi]を求めることができるため、共鳴現象より経時的に変化する磁化[Mi]での磁化変化を阻止する挙動と、磁化変化速度を一定に保つ挙動と、を再現することができる。したがって、その挙動に影響されたヒステリシス曲線が得られ、高周波での高抵抗磁性材料の磁性体についてヒステリシス損失を高精度に求めることができる。
【0099】
なお、上述した実施の形態では、シミュレーション装置500において作成部508によりヒステリシス曲線を作成し、損失算出部509によりヒステリシス損失を算出することとしたが、作成部508および損失算出部509は、シミュレーション装置500ではない他の装置に実行させてもよい。たとえば、シミュレーション装置500では、格納部507により記憶領域511に、時刻tjでの静磁界[Hsgjと平均磁化[Mav]jとの組み合わせを格納して、作成部508および損失算出部509を有する他の装置に対し送信することとしてもよい。
【0100】
(実施の形態2)
つぎに、実施の形態2について説明する。実施の形態1では、高抵抗磁性材料の磁性体について磁気共鳴の影響を考慮したシミュレーションを実行したが、実施の形態2は、磁壁の共鳴の影響を考慮したシミュレーションを実行する例である。磁壁の共鳴として考える場合、マイクロマグネティクスでは磁化の反転のみを扱うことが望ましい。マイクロマグネティクスにおいて磁化反転のみを取り扱うのは磁壁移動に対応するためである。一般的な180°磁壁を考えた場合、磁壁の移動により各磁化[Mi]は180°の反転を起こす。そのため、ある時間ステップj内で反転した[Mijは磁壁移動による磁化変化を表すことになる。
【0101】
したがって、実施の形態2では、式(9)を適用する場合、右辺の摩擦項に代えて、下記式(20)のように磁化反転速度を用い、慣性項に代えて、下記式(21)のように磁化反転加速度を用いる。
【0102】
【数19】

【0103】
【数20】

【0104】
Δ[M]jは、磁化反転量である。磁化反転量は、下記式(22)により求められる。
【0105】
【数21】

【0106】
磁化反転量Δ[M]jは、要素Cg内のメッシュc1〜cnのうち、式(23)の磁化反転条件を満たしたメッシュciの磁化[Mi]について、{[Mij−[Mij-1}の和をとる。
【0107】
図11は、時刻t(j−1)〜tjでの要素Cgでの磁化分布の変化を示す説明図である。時刻tjでの要素Cgで網掛けのメッシュが磁化反転したメッシュである。式(22)では、図11での網掛けのメッシュについてだけ、{[Mij−[Mij-1}の和をとることになる。
【0108】
図12は、実施の形態2にかかるシミュレーション装置1200の機能的構成例を示すブロック図である。なお、図12では、図5と同一構成には同一符号を付しその説明を省略し、図5と異なる機能的構成について説明する。磁化反転量算出部1201は、要素Cgにおける時刻tjでの磁化反転量Δ[M]jを算出する。算出手法は、上述したように、式(22)および式(23)を用いる。
【0109】
磁界算出部1202は、磁化反転量算出部1201によって算出された磁化反転量に基づいて、磁化反転速度および磁化反転加速度を求める。そして、実施の形態1での摩擦項および慣性項に代えて、磁化反転速度および磁化反転加速度を式(9)に与えることで、実効磁界[Hi]を算出する。
【0110】
なお、実施の形態1と同様、実効磁界[Hi]の算出においては、磁化反転速度のみを適用してもよく、磁化反転速度および磁化反転加速度の両方を適用してもよい。磁化反転速度のみを適用する場合は計算負荷の低減化を図ることができ、磁化反転速度および磁化反転加速度の両方を適用する場合は、磁壁共鳴現象の再現の高精度化を図ることができる。
【0111】
平均磁化算出部1203は、時刻τでの要素Cgでの磁化[M1]〜[Mn]の平均磁化[Mav]を算出する。実施の形態2では、実効磁界の算出の際に平均磁化を算出していない。したがって、静磁界計算のため、判断部504により磁化収束条件を満たした場合に、平均磁化[Mav]を算出し、静磁界計算に用いることになる。
【0112】
磁化反転量算出部1201、磁界算出部1202、および平均磁化算出部1203は、具体的には、たとえば、図2に示した記憶装置202に記憶されたシミュレーションプログラムをプロセッサ201に実行させることによりその機能を実現する。
【0113】
<シミュレーション処理手順例>
つぎに、実施の形態2にかかるシミュレーション処理手順例について説明する。実施の形態1と同一処理には同一ステップ番号を付し、その説明を省略する。ここでは、実施の形態1と異なる処理手順について説明する。
【0114】
図13は、実施の形態2にかかる磁性体内の要素Cgでのシミュレーション処理(ステップS803)の詳細な処理手順を示すフローチャート(その1)である。ステップS901〜S903は実施の形態1と同一であるため省略する。ステップS903のあと、シミュレーション装置1200は、磁化反転量算出部1201により、磁化反転量算出処理を実行する(ステップS1304)。磁化反転量算出処理(ステップS1304)では、要素Cgでの磁化反転量Δ[M]jを算出する。詳細は図14で説明する。
【0115】
このあと、シミュレーション装置1200は、磁界算出部1202により、磁化反転量Δ[M]jに基づいて、実効磁界[Hi]を算出する(ステップS1305)。つぎに、シミュレーション装置1200は、時刻τを所定時間幅Δτ進め(ステップS906)、式(13)のLLG方程式を用いて、磁化[Mi]の単位ベクトル[mi]の変化量を算出することで、磁化算出部503により、式(14)を用いて磁化[Mi]を更新する(ステップS907)。そして、シミュレーション装置1200は、更新前後の磁化[Mi]を用いて、判断部504により磁化収束条件を満たすか否かを、メッシュciごとに判断する(ステップS908)。
【0116】
いずれか1つのメッシュciでも磁化収束条件を満たさない場合(ステップS908:No)、ステップS1304に戻って、シミュレーション装置1200は、磁化反転量算出処理を実行する(ステップS1304)。一方、いずれのメッシュciでも磁化収束条件を満たした場合(ステップS908:Yes)、シミュレーション装置1200は、平均磁化算出部1203により平均磁化[Mgav]を算出し(ステップS1309)、図10のステップS1001に移行する。
【0117】
図14は、図13に示した磁化反転量算出処理(ステップS1304)の詳細な処理手順例を示すフローチャートである。まず、シミュレーション装置1200は、メッシュを特定する変数iをi=1とし(ステップS1401)、i>nであるか否かを判断する(ステップS1402)。nはメッシュの総数である。i>nでない場合(ステップS1402:No)、シミュレーション装置1200は、磁化[Mijと磁化[Mij-1との内積IPiを計算する(ステップS1403)。そして、シミュレーション装置1200は、磁化反転条件としてIPi<0であるか否かを判断する(ステップS1404)。
【0118】
IPi<0である場合(ステップS1404:Yes)、磁化[Mijが磁化[Mij-1に対して反転していることとなるため、磁化[Mijと磁化[Mij-1とを記憶装置202に保持して(ステップS1405)、ステップS1406に移行する。一方、IPi<0でない場合(ステップS1404:No)、磁化反転していないことになるため、磁化[Mijと磁化[Mij-1とを記憶装置202に保持せずに、ステップS1406に移行する。
【0119】
ステップS1406では、iをインクリメントして(ステップS1406)、ステップS1402に戻る。ステップS1402において、i>nである場合(ステップS1402:Yes)、シミュレーション装置1200は、式(22)により磁化反転量Δ[M]jを算出して(ステップS1407)、ステップS1305に移行して有効磁界[Hi]を算出する。
【0120】
このように、実施の形態2では、磁壁の共鳴の影響を考慮したシミュレーションを実行することにより、磁壁移動に対応することができ、磁壁共鳴現象の再現の高精度化を図ることができる。これにより、高精度なヒステリシス損失を求めることができる。
【符号の説明】
【0121】
202 記憶装置
500,1200 シミュレーション装置
501,1203 平均磁化算出部
502,1202 磁界算出部
503 磁化算出部
504 判断部
505 静磁界算出部
506 判定部
507 格納部
508 作成部
509 損失算出部
510 出力部
1201 磁化反転量算出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体のシミュレーションプログラムにおいて、
コンピュータに、
前記磁性体を構成する要素群のいずれかの要素から分割された領域ごとの磁化が変化する場合、各領域内の磁気的エネルギーから生成される磁界と、前記領域ごとの磁化を平均した平均磁化の変化を阻止する方向に働く磁化変化速度に基づく実効磁界を、前記領域ごとに算出させ、
前記領域ごとに算出された実効磁界と、前記領域ごとの磁化に基づいて、前記領域ごとに磁化変化量を求めて、前記領域ごとに前記変化後の磁化を算出させ、
前記領域ごとの変化前の磁化と前記変化後の磁化に基づいて、前記いずれかの要素における磁化が収束するかを判断させ、
前記いずれかの要素における磁化が収束すると判断された場合の前記領域ごとの平均磁化および前記平均磁化に基づく静磁界との組み合わせを記憶装置に格納させることを特徴とする磁性体のシミュレーションプログラム。
【請求項2】
前記実効磁界の算出において、
前記コンピュータに、
前記領域ごとの磁化が変化する場合、前記領域内の磁気的エネルギーにより生成される磁界と、前記磁化変化速度と、前記磁化変化速度を一定に保つ方向に前記磁界を働かせる慣性と、に基づく実効磁界を、前記領域ごとに算出させることを特徴とする請求項1に記載の磁性体のシミュレーションプログラム。
【請求項3】
磁性体のシミュレーションプログラムにおいて、
コンピュータに、
前記磁性体を構成する要素群のいずれかの要素から分割された領域ごとの磁化が変化する場合、各領域内の磁気的エネルギーから生成される磁界と、前記各領域のうち磁化反転が生じた領域での磁化反転速度に基づく実効磁界を、前記領域ごとに算出させ、
前記領域ごとに算出された実効磁界と、前記領域ごとの磁化に基づいて、前記領域ごとに磁化変化量を求めて、前記領域ごとに前記変化後の磁化を算出させ、
前記領域ごとの変化前の磁化と前記変化後の磁化に基づいて、前記いずれかの要素における磁化が収束するかを判断させ、
前記いずれかの要素における磁化が収束すると判断された場合の前記領域ごとの磁化を平均した平均磁化および前記平均磁化に基づく静磁界との組み合わせを記憶装置に格納させることを特徴とするシミュレーションプログラム。
【請求項4】
前記実効磁界の算出において、
前記コンピュータに、
前記領域ごとの磁化が変化する場合、前記領域内の磁気的エネルギーにより生成される磁界と、前記磁化反転速度と、前記領域のうち磁化反転が生じた領域での磁化反転加速度と、に基づく実効磁界を、前記領域ごとに算出させることを特徴とする請求項3に記載の磁性体のシミュレーションプログラム。
【請求項5】
前記コンピュータに、
前記記憶装置に格納された前記平均磁化および前記静磁界の組み合わせ群から得られるヒステリシス曲線の面積からヒステリシス損失を算出させることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の磁性体のシミュレーションプログラム。
【請求項6】
磁性体を構成する要素群に含まれる要素から分割された領域ごとの磁化が変化する場合、各領域内の磁気的エネルギーから生成される磁界と、前記領域ごとの磁化を平均した平均磁化の変化を阻止する方向に働く磁化変化速度に基づく実効磁界を、前記領域ごとに算出する磁界算出部と、
前記領域ごとに算出された実効磁界と、前記領域ごとの磁化に基づいて、前記領域ごとに磁化変化量を求めて、前記領域ごとに前記変化後の磁化を算出する磁化算出部と、
前記領域ごとの変化前の磁化と前記変化後の磁化に基づいて、前記いずれかの要素における磁化が収束するかを判断する判断部と、
前記いずれかの要素における磁化が収束すると判断された場合の前記領域ごとの平均磁化および前記平均磁化に基づく静磁界との組み合わせを格納する記憶装置と、
を有することを特徴とする磁性体のシミュレーション装置。
【請求項7】
磁性体を構成する要素群に含まれる要素から分割された領域ごとの磁化が変化する場合、各領域内の磁気的エネルギーから生成される磁界と、前記各領域のうち磁化反転が生じた領域での磁化反転速度に基づく実効磁界を、前記領域ごとに算出する磁界算出部と、
前記領域ごとに算出された実効磁界と、前記領域ごとの磁化に基づいて、前記領域ごとに磁化変化量を求めて、前記領域ごとに前記変化後の磁化を算出する磁化算出部と、
前記領域ごとの変化前の磁化と前記変化後の磁化に基づいて、前記いずれかの要素における磁化が収束するかを判断する判断部と、
前記いずれかの要素における磁化が収束すると判断された場合の前記領域ごとの磁化を平均した平均磁化および前記平均磁化に基づく静磁界との組み合わせを格納する記憶装置と、
を有することを特徴とする磁性体のシミュレーション装置。
【請求項8】
磁性体のシミュレーション方法において、
コンピュータが、
前記磁性体を構成する要素群のいずれかの要素から分割された領域ごとの磁化が変化する場合、各領域内の磁気的エネルギーから生成される磁界と、前記領域ごとの磁化を平均した平均磁化の変化を阻止する方向に働く磁化変化速度に基づく実効磁界を、前記領域ごとに算出し、
前記領域ごとに算出された実効磁界と、前記領域ごとの磁化に基づいて、前記領域ごとに磁化変化量を求めて、前記領域ごとに前記変化後の磁化を算出し、
前記領域ごとの変化前の磁化と前記変化後の磁化に基づいて、前記いずれかの要素における磁化が収束するかを判断し、
前記いずれかの要素における磁化が収束すると判断した場合の前記領域ごとの平均磁化および前記平均磁化に基づく静磁界との組み合わせを記憶装置に格納することを特徴とする磁性体のシミュレーション方法。
【請求項9】
磁性体のシミュレーション方法において、
コンピュータが、
前記磁性体を構成する要素群のいずれかの要素から分割された領域ごとの磁化が変化する場合、各領域内の磁気的エネルギーから生成される磁界と、前記各領域のうち磁化反転が生じた領域での磁化反転速度に基づく実効磁界を、前記領域ごとに算出し、
前記領域ごとに算出された実効磁界と、前記領域ごとの磁化に基づいて、前記領域ごとに磁化変化量を求めて、前記領域ごとに前記変化後の磁化を算出し、
前記領域ごとの変化前の磁化と前記変化後の磁化に基づいて、前記いずれかの要素における磁化が収束するかを判断し、
前記いずれかの要素における磁化が収束すると判断した場合の前記領域ごとの磁化を平均した平均磁化および前記平均磁化に基づく静磁界との組み合わせを記憶装置に格納することを特徴とするシミュレーション方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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