説明

磁歪材の原料粉末とその製造方法、磁歪材の製造方法

【課題】粉末冶金法で磁歪材を製造する際に使用する原料粉末として、酸化され難く、吸水性が低く、焼結性が良好なものを得る。
【解決手段】組成がTb0.4 Dy0.6 Fe1.0 である合金粒子とFe粒子を、ステンレス鋼ボールが入っている遊星ミルのステンレス鋼ミルポットに入れ、アルゴンガス雰囲気下で、このミルポットを回転する。これにより、前記合金粒子が粉砕され、その表面に鉄被膜が形成される。この鉄被膜を含む合金粒子を原料粉末として使用し、粉末冶金法により、被膜形成工程、成形工程、焼結工程を経て、組成がTb0.3 Dy0.7 Fe1.89である磁歪材を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、粉末冶金法で磁歪材(外部磁界を作用させたときに寸法が変化する磁性体)を製造する際に使用される原料粉末とその製造方法、および前記原料粉末を用いた磁歪材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
磁歪材の製造方法としては、粉末冶金法や単結晶法が挙げられる。単結晶法は、磁性体を所定の配向で結晶成長させることで単結晶の磁歪材を得る方法である。粉末冶金法は、原料粉末をボールミル等により所定の組成となるように混合した後、得られた混合粉末を磁場中で配向させながら成形して焼結する方法であり、結晶軸が配向された磁歪材が所定形状で得られる。粉末冶金法は単結晶法よりも、磁歪材の製造コストを低く抑えることができる。
【0003】
下記の特許文献1には、磁歪量の大きな(Tb,Dy)Fe2 系磁歪材を、粉末冶金法で製造することが記載されている。具体的には、下記の原料A粉末と原料B粉末を含む混合物、または、原料A粉末と原料B粉末と原料C粉末とを含む混合物を、磁場中で成形した後、焼結することにより、(Tbv Dy1-v )Tw で表わされる組成(Tは、Fe、Co、およびNiから選択される少なくとも1種の元素であり、vおよびwは原子比を表わし、0.27≦v<0.50、1.70≦w≦2.00である)の磁歪材を製造することが記載されている。
【0004】
原料A粉末は、(Tbx Dy1-x )Ty で表される組成の粉末であり、xおよびyは原子比を表わし、0.30<x≦0.50、1.70≦y≦2.00である。原料B粉末は、(Dy1-t Tbt z 1-z で表される組成の粉末であり、tおよびzは原子比を表わし、0≦t≦0.30、0.40≦z≦0.80である。原料C粉末は、実質的に前述のTから構成される。
【0005】
下記の特許文献2には、一般式:(Tbx Dy1-x )(Fey Cr1-y ) z (但し、0≦x≦1.0、0.8≦y≦0.95、1.5≦z≦3.0)で表される組成を有する相を主相とする磁歪合金及び/又はその前駆体からなり、酸素量が1.5wt%以下、窒素量が1.5wt%以下である主原料粉末を製造する粉末製造工程と、前記主原料粉末を用いて多結晶体を製造する焼結体製造工程と、を備えた超磁歪材料の製造方法が記載されている。
【0006】
さて、粉末冶金法で磁歪材を製造する際に使用する原料粉末は、化学的に活性であるため酸化し易いという問題があり、磁歪特性および安全性を確保する目的で、従来より酸化防止の対策がとられている。その方法としては、窒素やアルゴンなどの不活性ガス中に長時間放置して表面を安定化する方法がある。
【0007】
しかしながら、この方法では、磁歪特性が劣化するだけでなく、安定化処理に時間がかかるため、製造コストが高くなるという問題もある。また、希土類元素を含む組成の原料粉末は、水分を吸収し易いため、大気中で取り扱うと大気中の水分を吸収して、磁歪特性が劣化し易いという問題もある。さらに、RT(Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素)からなる合金粒子は、表面が互いに付着し難いため焼結性が良好でなく、前記合金粒子を用いて緻密な磁歪材を得ることは困難である。
【特許文献1】特開平7−286249号公報
【特許文献2】特開2003−129194号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような従来技術の問題点に着目してなされたものであり、粉末冶金法で磁歪材を製造する際に使用する原料粉末として、酸化され難く、吸水性が低いものを、コストの低い方法で得ることを課題とする。また、この原料粉末を用いた磁歪材の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明の磁歪材の原料粉末は、RTX (Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素、XはRに対するTの原子比で、1.5≦X≦2.3)で表される組成の磁歪材を、粉末冶金法で製造する際に使用される原料粉末であって、Fe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素からなる金属被膜が、RT(Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素)からなる合金粒子の表面に形成されていることを特徴とする磁歪材の原料粉末を提供する。
【0010】
本発明の「磁歪材の原料粉末」によれば、Fe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素からなる金属被膜が、前記RTからなる合金粒子の表面に形成されているため、同じ組成で前記被覆が無い原料粉末と比較して、酸化され難く、吸水性も低く、焼結性が良好となる。
前記「磁歪材の原料粉末」の製造方法としては、RT(Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素)からなる合金粒子と、Fe粒子、Ni粒子、およびCo粒子からなる群より選択される一種類以上の金属粒子と、ステンレス鋼、セラミックス、または超硬合金からなるボールとを、遊星ミルのステンレス鋼製または超硬合金製のミルポットに入れて、このミルポットを回転させること(メカニカルアロイング法)により、前記合金粒子を所定粒度(例えば、平均粒径10〜20μm)に粉砕し、前記合金粒子の表面にFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素からなる金属被膜を形成する方法が挙げられる。
【0011】
前記金属被膜は合金粒子の表面全体に形成されていることが好ましい。そのため、合金粒子の粒径が50〜100μmの場合、合金粒子と被膜用の金属粒子は質量比で、合金粒子:金属粒子=10:1.0〜4.0の比率で配合することが好ましい。金属粒子の量が前記比率の範囲より少ないと、金属被膜により合金粒子の表面を十分に被覆することができない。金属粒子の量が前記範囲より多いと、被膜が剥がれ易くなる。
【0012】
本発明はまた、RTX (Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素、XはRに対するTの原子比で、1.5≦X≦2.3)で表される組成の磁歪材を製造する方法であって、RT(Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素)からなる合金粒子の表面に、Fe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素からなる金属被膜をメカニカルアロイング法により形成する工程と、前記金属被膜が形成された合金粒子を磁場中で配向させながら成形する工程と、得られた成形体を1.33Pa(1×10-2Torr)以下の圧力の下、3℃/min以下の速度で1100℃以上1300℃以下の温度まで昇温させ、前記温度で30分以上保持する焼結工程と、を備えた磁歪材の製造方法を提供する。
【0013】
本発明の「磁歪材の製造方法」によれば、前記金属被膜を形成する工程により、酸化され難く、吸水性が低く、焼結性が良好な原料粉末が得られる。そのため、この原料粉末を用いて成形体を作製する工程を大気中で行ったり、長時間放置した後に行ったりしても、磁歪特性は劣化し難い。また、前記金属被膜が形成された(焼結性の良好な)原料粉末を用いて前記条件で焼結を行うことにより、緻密な磁歪材が得られる。
【0014】
本発明の原料粉末は、RTX (Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素、XはRに対するTの原子比で、1.5≦X≦2.3)で表される組成の磁歪材を製造する際に使用される。この磁歪材用の原料粉末とするために、前述の被膜形成工程では、被膜として付着する金属分を除いた組成の合金粒子を使用する。
【0015】
希土類元素とは、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luを指す。これらの希土類元素のうち、Sc、Y以外はランタノイドである。これらの元素のうち、Pr、Nd、Sm、Tb、Dy、Hoを用いることが好ましく、Tb、Dyを用いることがより好ましい。RとT以外に、Rと合金を形成できる遷移元素を含んでいてもよい。その遷移元素としては、Mn、Cr、Mo、Wが挙げられる。
【0016】
磁歪材のより好ましい組成は(TbY Dy(1-Y) )TX (0.2≦Y≦0.5、1.5≦X≦2.3)である。Yが0.2未満であると、常温より低い温度域での磁歪量が低い。Yが0.5を超えると、常温での磁歪量が低い。さらに好ましい組成は(Tby Dy(1-y) )FeX (0.2≦Y≦0.5、1.5≦X≦2.3)である。特に好ましい組成はTb0.3 Dy0.7 Fe2 である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の「磁歪材の原料粉末」は、酸化され難く、吸水性の低いものである。そして、この原料粉末は、合金粒子の表面に金属被膜を形成することにより得られるため、不活性ガスで安定化処理をして得られる従来の原料粉末よりも低いコストで製造できる。また、合金粒子の表面に金属被膜が形成されていないものと比較して、より緻密な磁歪材を製造することができる。
また、本発明の原料粉末を用い、本発明の方法で磁歪材を製造することにより、磁歪特性が良好で緻密な磁歪材が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について説明する。
<サンプルNo.1>
組成がTb0.3 Dy0.7 Fe1.89である磁歪材を、以下の方法で作製した。この方法は、被膜形成工程、成形工程、および焼結工程からなる。
[被膜形成工程]
粒度(平均粒径)が70μmであり、組成がTb0.4 Dy0.6 Fe1.0 である合金粒子(市販品)を用意した。この合金粒子を77質量部と、粒度(平均粒径)が10μmであるFe粒子を23質量部を、直径10μmのステンレス鋼ボールが入っている遊星ミルのステンレス鋼ミルポットに入れ、アルゴンガス雰囲気下、このミルポットを回転速度600min-1で100時間回転させた。これにより、前記合金粒子が平均粒径15μmの粒度に粉砕され、この合金粒子の表面に厚さ5μmの鉄被膜が形成された。この鉄被膜を含む合金粒子が磁歪材の原料粉末であり、その組成はTb0.3 Dy0.7 Fe1.8 であった。この原料粉末は、大気中で化学的に安定していた。
【0019】
なお、前記合金粒子は、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、鉄(Fe)をTb:Dy:Fe=0.4:0.6:1.0となるように秤量して混合し、この混合物をアルゴン(Ar)ガス雰囲気下で溶融することで合金化し、次いでアニールした後に粉砕することで製造できる。
【0020】
[成形工程]
次に、この原料粉末(被膜が形成された合金粒子)を、試験片作製用の型に入れ、15kOeの[111]軸に平行な磁場中で、圧力9.8×107 Pa(1ton/cm2 )、室温の条件で加圧成形した。
[焼結工程]
得られた成形体を直ぐに真空焼結炉に入れ、1.33Pa(1×10-2Torr)の圧力の下、炉内の温度を、室温から1300℃まで3.0℃/minの速度で昇温し、1300℃で1時間保持することにより焼結を行った。
これにより、組成がTb0.3 Dy0.7 Fe1.89で、[111]軸が配向されている磁歪材の試験片が得られた。
【0021】
<サンプルNo.2>
得られた成形体を5時間大気中に放置した後に、真空焼結炉に入れて焼結工程を行った。これ以外はサンプルNo.1と同じ方法で、組成がTb0.3 Dy0.7 Fe1.89で、[111]軸が配向されている磁歪材の試験片を得た。
<サンプルNo.3>
組成がTb0.3 Dy0.7 Fe1.8 である合金粒子を用意し、[被膜形成工程]を行なわずに、[成形工程]と[焼結工程]をサンプルNo.1と同じ方法で行った。これにより、組成がTb0.3 Dy0.7 Fe1.89で、[111]軸が配向されている磁歪材の試験片を得た。
<サンプルNo.4>
得られた成形体を5時間大気中に放置した後に、真空焼結炉に入れて熱処理工程を行った。これ以外はサンプルNo.3と同じ方法で、組成がTb0.3 Dy0.7 Fe1.89で、[111]軸が配向されている磁歪材の試験片を得た。
【0022】
これらの各試験片を用いて、磁歪量、酸素含有率、相対密度(焼結体中の粒子が占める割合)を測定した。磁歪量については、強度8×104 A/mの磁界を作用させた時の歪み量を、光ドップラー変位計で測定した。酸素含有率は酸素分析装置を用いて測定した。また、アルキメデス法により比重を測定し、この測定比重を理論比重(空孔率が0の場合の比重)で除算することにより相対密度を求めた。その結果を下記の表1に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
この結果から以下のことが分かる。
焼結前の大気中での放置時間が0分の場合と5時間の場合を比較すると、鉄被膜が形成された原料粉末を用いて製造したNo. 1とNo. 2は、磁歪量、酸素含有率、および相対密度のいずれにも違いがない。これに対して、鉄被膜を形成しない原料粉末を用いて製造したNo. 3とNo. 4では、大気中での放置時間が5時間であるNo. 4は、放置時間が0分であるNo. 3よりも、磁歪量が低下し、酸素含有率が増加し、相対密度が低下している。この結果から、鉄被膜が形成された原料粉末は酸化され難いことが分かる。
【0025】
同じ放置時間での比較では、鉄被膜が形成された原料粉末を用いて製造したNo. 1は、鉄被膜を形成しない原料粉末を用いて製造したNo. 3よりも、磁歪量が高く、酸素含有率が低く、相対密度が高い。同様に、鉄被膜が形成された原料粉末を用いて製造したNo. 2は、鉄被膜を形成しない原料粉末を用いて製造したNo. 4よりも、磁歪量が高く、酸素含有率が低く、相対密度が高い。この結果から、鉄被膜が形成された原料粉末を用いることにより、緻密で磁歪量の良好な磁歪材が得られることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
RTX (Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素、XはRに対するTの原子比で、1.5≦X≦2.3)で表される組成の磁歪材を、粉末冶金法で製造する際に使用される原料粉末であって、
Fe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素からなる金属被膜が、RT(Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素)からなる合金粒子の表面に形成されていることを特徴とする磁歪材の原料粉末。
【請求項2】
RTX (Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素、XはRに対するTの原子比で、1.5≦X≦2.3)で表される組成の磁歪材を、粉末冶金法で製造する際に使用される原料粉末の製造方法において、
RT(Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素)からなる合金粒子と、Fe粒子、Ni粒子、およびCo粒子からなる群より選択される一種類以上の金属粒子と、ステンレス鋼、セラミックス、または超硬合金からなるボールとを、遊星ミルのステンレス鋼製または超硬合金製のミルポットに入れて、このミルポットを回転させることにより、前記合金粒子を所定粒度に粉砕し、前記合金粒子の表面にFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素からなる金属被膜を形成することを特徴とする磁歪材原料粉末の製造方法。
【請求項3】
RTX (Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素、XはRに対するTの原子比で、1.5≦X≦2.3)で表される組成の磁歪材を製造する方法であって、
RT(Rは一種類以上の希土類元素、TはFe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素)からなる合金粒子の表面に、Fe、Ni、およびCoからなる群より選択される一種類以上の元素からなる金属被膜をメカニカルアロイング法により形成する工程と、
前記金属被膜が形成された合金粒子を磁場中で配向させながら成形する工程と、
得られた成形体を1.33Pa(1×10-2Torr)以下の圧力の下、3℃/min以下の速度で1100℃以上1300℃以下の温度まで昇温させ、前記温度で30分以上保持する焼結工程と、
を備えた磁歪材の製造方法。

【公開番号】特開2006−89834(P2006−89834A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−280036(P2004−280036)
【出願日】平成16年9月27日(2004.9.27)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】