説明

磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価方法

【課題】磁気記録媒体に熱履歴等の測定誤差の原因となる処理をすることなく、簡便かつ容易に磁気記録媒体の熱ゆらぎを評価することができる磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価法の提供。
【解決手段】磁気記録媒体の磁性層を交流消磁する段階と、交流消磁された前記磁性層の磁気クラスターサイズrの平均値rclusterを求める段階と、前記磁気クラスターサイズrの平均値rclusterと、前記磁気記録媒体の磁性層の膜厚δとから求められる磁気クラスター体積Veffと、磁気異方性エネルギKuとから有効熱安定指標Ku×Veff/kT(k:ボルツマン定数、T:温度(K))を求める段階と、を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気ディスク等の磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気ディスク等の磁気記録媒体においては、近年、急速な高記録密度化が進展している。この高記録密度化に伴って、磁気記録層を構成する結晶粒子の微細化が進んでいる。しかし、結晶粒子が微細になると、熱ゆらぎの影響が大きくなり、磁化の熱的安定性が低下する原因となる。磁化の熱的安定性が低下すると、高温下での磁気記録や再生において、磁化が不安定となる場合がある。
【0003】
そこで、予め、磁気記録媒体の熱ゆらぎを正確に評価できれば、効率的な磁気記録媒体の開発や、磁気記録装置の設計が可能となる。現在、磁気記録媒体の熱ゆらぎは、媒体の磁気異方性定数Kuと媒体を構成する結晶粒の体積vから、熱安定指標Ku×v/kT(k:ボルツマン定数、T:絶対温度)を算出して推定されている。そして、熱安定性は、この熱安定指標の数値が50〜100程度となるように設計されている。しかしながら、磁気記録媒体の微細構造などによるばらつきがあるため、熱減衰特性は、磁気記録媒体へ信号を記録した後、再生波形の経時変化を数十分〜数時間の一定期間測定し、データを外挿することで求められる。
【0004】
また、直接的に、磁気記録媒体の熱安定性を測定する方法として、磁気記録媒体の磁気記録が書き込まれている部分を加熱するとともに、再生ヘッドにより磁気記録を再生して再生出力を測定する方法(特許文献1)などが提案されている。
【特許文献1】特開平11−39653号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、磁気記録媒体の熱減磁特性は、記録密度に依存して変化し、また測定誤差などによりデータの外挿値に大きな誤差を生じる可能性がある。また、前記の従来の熱安定性の指標として用いられている熱安定指標は、媒体の磁気異方性定数Kuと、媒体を構成する微粒子の体積Vgrainとから求められるエネルギ障壁ΔE=Ku×Vgrainに基づいている。しかし、このエネルギ障壁の計算では、媒体を構成する微粒子の間の相互作用が考慮されていないため、磁気クラスターを形成するような大きな相互作用を有する媒体における熱ゆらぎを正確に評価できるものではなかった。
【0006】
さらに、従来提案されている磁気記録媒体の熱安定性を測定する方法では、磁気記録が書き込まれている部分を加熱するためにレーザ照射を行うなど、煩雑な操作および特別な装置が必要であったり、レーザ照射によって媒体に熱履歴が与えられるため測定誤差が生じたり、測定に使用した磁気記録媒体を他の測定または分析に用いることはできない、などの問題があった。
【0007】
そこで、本発明の課題は、磁気記録媒体に熱履歴等の測定誤差の原因となる処理をすることなく、簡便かつ容易に磁気記録媒体の熱ゆらぎを評価することができる磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決するために、種々検討したところ、磁気記録媒体を交流消磁したときに、磁気力顕微鏡などで測定される磁気クラスターサイズと、熱緩和特性との間に一定の関係があることを発見した。そして、媒体を構成する微粒子の間の相互作用を考慮して、Vgrainの代わりに相互作用を反映した磁気クラスターの実効体積を用いることで、従来よりも正確に熱ゆらぎを評価できる熱安定指標を求めることができることを見出した。
【0009】
すなわち、請求項1に係る発明は、磁性層を有する磁気記録媒体の熱ゆらぎを評価する方法であって、前記磁気記録媒体の磁性層を交流消磁する段階と、交流消磁された前記磁性層の磁気クラスターサイズrの平均値rclusterを求める段階と、前記磁気クラスターサイズrの平均値rclusterと、前記磁気記録媒体の磁性層の膜厚δとから求められる磁気クラスター体積Veffと、磁気異方性エネルギKuとから有効熱安定指標Ku×Veff/kT(k:ボルツマン定数、T:温度(K))を求める段階と、を含むことを特徴とする。
【0010】
この磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価方法では、交流消磁された磁気記録媒体の磁性層の磁気クラスターサイズrの平均値rclusterを求め、この磁気クラスターサイズの平均値rclusterと磁性層の膜厚δとから求められる磁気クラスターの実効体積Veffと、磁気異方性定数Kuとから有効熱安定指標Ku×Veff/kT(k:ボルツマン定数、T:温度(K))を求めることによって、磁気記録媒体に熱履歴等の測定誤差の原因となる処理をすることなく、簡便かつ容易に磁気記録媒体の熱ゆらぎを評価することが可能となる。
【0011】
請求項2に係る発明は、前記磁気クラスターサイズrの平均値rclusterを、前記磁性層の磁化の垂直成分の自己相関関数の半値幅から求めることを特徴とする。
【0012】
この磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価方法では、磁性層の磁化の垂直成分mzの自己相関関数の半値幅から磁気クラスターサイズrの平均値rclusterを求めることによって、簡便かつ容易に磁気記録媒体の熱ゆらぎを評価することが可能となる。
【0013】
請求項3に係る発明は、前記自己相関関数が、下記式(1)で表されることを特徴とする。
【数2】

(ここで、mzは、磁性層の磁化の垂直成分(磁化ベクトルのZ成分)である。)
【0014】
この磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価方法では、自己相関関数を、下記式(1)に基づいて求め、その半値幅から磁気クラスターサイズrの平均値rclusterを簡便かつ容易に求めることができる。
【0015】
請求項4に係る発明は、前記磁気クラスターサイズrを、磁気力顕微鏡を用いて測定することを特徴とする。
【0016】
この磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価方法では、磁気力顕微鏡を用いることによって、磁気クラスターを高分解能で測定し、その測定結果から、磁気クラスターサイズrを求めることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価方法によれば、磁気記録媒体に熱履歴等の測定誤差の原因となる処理をすることなく、媒体を構成する微粒子の間の相互作用を考慮して従来よりも正確に熱ゆらぎを評価できる熱安定指標を簡便に求めることができ、この熱安定指標によって正確に熱ゆらぎを評価することが可能となる。これにより効率的な磁気記録媒体の開発や、磁気記録装置の設計が可能となり、工業上非常に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価方法(以下、「本発明の方法」という)について詳細に説明する。
本発明の方法は、磁気記録媒体の磁性層を交流消磁する段階(a)と、磁性層の磁気クラスターサイズrの平均値rclusterを求める段階(b)と、有効熱安定指標Ku×Veff/kT(k:ボルツマン定数、T:温度(K))を求める段階(c)とを含む。
【0019】
磁気記録媒体の磁性層を交流消磁する段階(a)は、通常、磁気記録媒体の飽和磁界(7.96×10A/m(10kOe)〜1.19×10A/m(15kOe))程度の交流磁界中に磁気記録媒体を置き、徐々に、例えば、10秒程度で減磁することによって、行うことができる。
【0020】
磁性層の磁気クラスターサイズrを求める段階(b)は、磁性層の表面磁化状態を測定することによって行うことができる。表面磁化状態の測定は、例えば、高分解能測定は磁気力顕微鏡(MFM)、ローレンツ顕微鏡、スピン偏極電子を用いたトンネル顕微鏡または走査型電子顕微鏡、低分解能測定であれば磁気光学効果を利用した観察手法などを用いて行うことができる。
ここで、図1(A)〜(C)は、交流消磁された磁気記録媒体の表面磁化状態の一例として、後記の実施例のシミュレーションにおいて、交換スティフネスを変化させた場合の表面磁化状態の例を示し、(A)〜(C)はそれぞれ交換スティフネスが1×10−16J/cm(0.001×10−6erg/cm)、1×10−14J/cm(0.1×10−6erg/cm)、および3×10−14J/cm(0.1×10−6erg/cm)の場合の磁化パターンを示す図である。図中、MCは磁気クラスターを示す。
このとき、磁性層の表面磁化パターンから磁気クラスターサイズrを算出する方法は、磁気力顕微鏡等による表面磁化状態の画像から、直接、磁気クラスターサイズrを計測してもよいし、また、閾値以上の円形領域を切り出すような画像処理による擬似的な算出方法によって求めてもよい。
【0021】
そして、測定された磁気クラスターサイズrに基づいて、下記式(1)にしたがって、前記磁性層の磁化の垂直成分の自己相関関数F(a)を計算する。ここで、mzは、磁性層の磁化の垂直成分(磁化ベクトルのZ成分)であり、磁化の自己相関関数とは、相互作用などによる磁化の相関の大きさを表す。
【数3】

次に、求められた自己相関関数F(a)の半値幅を磁気クラスターサイズの平均値rclusterとする。例えば、図2に示す自己相関関数のグラフから半値幅を求め、その半値幅を磁気クラスターサイズrの平均値rclusterとする。
【0022】
有効熱安定指標を求める段階(c)においては、まず、段階(b)で求められた磁気クラスターサイズrの平均値rclusterと、磁性層の膜厚δとから、磁気クラスターの実効体積Veff=rcluster×δを計算する。磁性層の膜厚δは、磁性層の作製時に求めておくことができる。
【0023】
次に、前記に求められた磁気クラスターの実効体積Veffと、磁気異方性定数Kuとから、下記式(2)にしたがって、有効熱安定指標Tを算出する。
=Ku×Veff/kT(k:ボルツマン定数、T:温度(K)) (2)
ここで、磁気異方性定数Kuは、例えば、トルク法等によって測定することができる。
【0024】
ここで、従来の熱安定性の指標として用いられている熱安定指標は、媒体の磁気異方性定数Kuと、媒体を構成する微粒子の体積Vgrainとから求められるエネルギ障壁ΔE=Ku×Vgrainに基づいている。しかし、図3に示すように、このエネルギ障壁は、媒体を構成する磁性結晶粒(磁気クラスター)の間の相互作用磁界Hintが考慮されていないため、磁気クラスターを形成するような大きな相互作用を示す磁気記録媒体における熱ゆらぎを正確に評価できるものではなかった。
そこで、本発明の方法においては、下記に示すように、媒体を構成する磁性結晶粒の間の相互作用を考慮して、Vgrainの代わりに相互作用を反映した磁気クラスターの実効体積を用いることで、従来よりも正確に熱ゆらぎを評価できる熱安定指標Tを求めることができるのである。
【数4】

【数5】

【実施例】
【0025】
以下、本発明の実施例により、本発明を具体的に説明する。
図4に示すシミュレーションモデル1を用いて、磁気クラスターサイズの平均値および有効熱安定指標を計算した。
このシミュレーションモデル1は、10nmの立方体セル2からなる磁気記録層3を軟磁性層4の上に有する磁気記録媒体5と、磁気記録層3の表面上を移動する記録ヘッド6と、再生ヘッド7を有する。
このシミュレーションモデル1において、図4に示すように、記録ヘッド6を移動させながら記録パターン8を計算する。交流消磁状態は、メッシュサイズ以下の記録ビット長で媒体への記録を行い擬似的に算出し、この交流消磁パターンより自己相関関数を計算し、磁気クラスターサイズの平均値rclusterを求めた。このとき、下記表1に示す計算パラメータを用いた。
【表1】

【0026】
この計算は、下記のようにして行った。
すなわち、磁気記録媒体の磁性層にデータを記録した後、T秒後の記録パターンを、図4に示すシミュレーションモデルから得られた記録直後の記録パターンより計算します。各微粒子(計算セル;磁性微粒子に相当)の緩和時間をτ、attempt frequencyをf0とすると、k(ボルツマン定数)、T(絶対温度)、ΔE(安定状態間のエネルギー障壁)を用いて、
1/o=f0exp(−ΔE/kT)
と表され、各微粒子はt秒後に、exp(−t/τ)に比例する確率で磁化反転を起こす。(f0に関しては正確な測定値はなく、10Hzが計算に用いられます。)これをメトロポリスのアルゴリズムを用いたモンテカルロ法を使ってシミュレーションによって計算した。
【0027】
このシミュレーションより得られた、例えば、1000秒後の記録パターンから再生波形vを、相反定理を用いて以下のように計算した。
v(T) ∝ ∬∫K(x’、y、’z’)*m(x−x’、y’、z’、T)dx’dy’dz’
ここで、KはMRヘッドの感度分布、mは磁気記録媒体の磁化分布(記録パターン)である。
【0028】
この計算において、記録直後の波形出力v(0)と1000秒後の出力v(1000)より|v(1000)/v(0)|を計算してプロットしたものが図5である。
【0029】
この図5は、磁気記録媒体の磁気クラスターサイズrの平均値rclusterに対して、記録ヘッドによる記録から1000秒後の規格化出力を示す。すなわち、この図5に示す結果は、記録直後の再生出力を1.0とするとき、記録から1000秒後の出力レベルが、どの程度減衰したのかを示している。この結果から、磁気クラスターサイズrの平均値rclusterが17nm以上の場合には、ほとんど出力の減衰がないことが分かる。
【0030】
そして、図6は、図1の交流消磁された磁気記録媒体の表面磁化パターンより数式1を使って自己相関関数を求め、その半値幅より磁気クラスターサイズを算出し、数式3(Ku=1.2×10−1J/cm、δ=10nm、k=1.38×10−23J/K、T=300K)から計算した数値をプロットしたものである。
【0031】
したがって、図6は、図2に示す磁気クラスターの実効体積Veffから求めた有効熱安定指標Tと、磁気クラスターサイズrの平均値rclusterとの関係を示す。ここで、磁気異方性定数1.2×10−1J/cm(1.2×10erg/cm)、磁気記録層3の膜厚δ=10nm、温度T=300Kとした。この図6に示す結果から、磁気クラスターサイズの平均値rclusterが17nmで有効熱安定指標KuVeff/kTが約65となり、熱安定性の目安である50〜100程度に対応していることが分かる。したがって、熱減衰が小さくなる磁気クラスターサイズの平均値は熱安定指標が65以上の領域である。この熱安定指標が65以上の磁気クラスターの実効体積をもつ領域が、熱減磁が小さく使用可能な領域であることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】交流消磁された磁気記録媒体の表面磁化状態の一例として、実施例のシミュレーションにおいて、交換スティフネスを変化させた場合の表面磁化状態の例を示し、(A)〜(C)はそれぞれ交換スティフネスが1×10−16J/cm(0.001×10−6erg/cm)、1×10−14J/cm(0.1×10−6erg/cm)、および3×10−14J/cm(0.1×10−6erg/cm)の場合の磁化パターンを示す図である。
【図2】自己相関関数の一例を示す図である。
【図3】磁気記録媒体におけるエネルギ障壁を説明する図である。
【図4】実施例で用いたシミュレーションモデルを示す模式概念図である。
【図5】磁気クラスターサイズの平均値と、記録ヘッドによる記録から1000秒後の規格化出力の関係を示す図である。
【図6】磁気クラスターサイズの平均値と有効熱安定指標の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0033】
1 シミュレーションモデル
2 立方体セル
3 磁気記録層
4 磁気記録媒体
5 記録ヘッド
6 再生ヘッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性層を有する磁気記録媒体の熱ゆらぎを評価する方法であって、
前記磁気記録媒体の磁性層を交流消磁する段階と、
交流消磁された前記磁性層の磁気クラスターサイズrの平均値rclusterを求める段階と、
前記磁気クラスターサイズrの平均値rclusterと、前記磁気記録媒体の磁性層の膜厚δとから求められる磁気クラスター体積Veffと、磁気異方性エネルギKuとから有効熱安定指標Ku×Veff/kT(k:ボルツマン定数、T:温度(K))を求める段階と、を含むことを特徴とする磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価方法。
【請求項2】
前記磁気クラスターサイズrの平均値rclusterは、前記磁性層の磁化の垂直成分mzの自己相関関数の半値幅から求めることを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価方法。
【請求項3】
前記自己相関関数が、下記式(1)で表されることを特徴とする請求項2に記載の磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価方法。
【数1】

(ここで、mzは、磁性層の磁化の垂直成分(磁化ベクトルのZ成分)である。)
【請求項4】
前記磁気クラスターサイズrを、磁気力顕微鏡を用いて求めることを特徴とする請求項2または請求項3に記載の磁気記録媒体の熱ゆらぎ評価方法。

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2008−287760(P2008−287760A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−129240(P2007−129240)
【出願日】平成19年5月15日(2007.5.15)
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】