説明

磁気記録媒体の製造方法

【課題】磁気記録媒体表面の汚染物質を極限まで低減し、これにより磁気ヘッドへの汚染物の転写を防止し、磁気記録再生特性の安定した磁気記録媒体の得られる磁気記録媒体の製造方法を提供する。
【解決手段】非磁性基板上に磁性層を形成する工程と、前記磁性層上に保護層を形成する工程と、前記保護層上に潤滑剤層を形成する工程とを少なくとも備える磁気記録媒体の製造方法であって、前記潤滑剤層を形成する工程が、第四級アルキルアンモニウム塩の濃度が60ppm以下である潤滑剤の溶解された塗布溶液を調製する塗布溶液調製工程と、前記塗布溶液を前記保護層上に塗布する塗布工程とを備える磁気記録媒体の製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハードディスクドライブなどの磁気記録再生装置などに用いられる磁気記録媒体の製造方法に関し、さらに詳しくは、磁気記録媒体の表面に潤滑剤層を形成する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
磁気記録再生装置は、現在その記録密度が250Gビット/平方インチにまで到達しおり、さらに今後も記録密度の向上が続くと言われている。このために高記録密度に適した磁気記録媒体の開発が進められている。
現在、磁気記録再生装置に用いられる磁気記録媒体としては、磁気記録媒体用の基板にスパッタリング法により記録層等を積層し、その上にカーボン等の保護膜を形成し、その上に液体潤滑剤を塗布した構成が主流となっている。
【0003】
上記の構成において、保護層は、記録層に記録された情報を保護するとともに、磁気ヘッドの摺動性を高める効果を発揮している。しかし、保護層を設けただけでは、磁気記録媒体の耐久性が劣る。このため、保護層の表面に厚さが0.5〜3nm程度の潤滑剤を塗布して保護層の耐久性を改善している。
潤滑剤としては、パーフルオロポリエーテル系潤滑剤や脂肪族炭化水素系潤滑剤が知られている。この様な潤滑剤の主な役割は、保護層の表面に吸着して磁気ヘッドスライダが保護層と直接接触するのを防止するとともに、磁気記録媒体上を摺動する磁気ヘッドスライダの摩擦力を著しく低減させることにある。
【0004】
磁気ヘッド浮上量は、ハードディスクドライブの記録密度の向上に伴って、ますます小さくなってきている。磁気ヘッド浮上量が小さい場合、磁気記録媒体に少しでも汚染物が存在すると、磁気記録媒体と磁気ヘッドとの接触により、磁気ヘッド側に汚染物が付着もしくは転写する。このような磁気ヘッドの汚染物は、磁気ヘッドの記録再生特性を低下させるばかりでなく、磁気ヘッドの浮上安定性を損ない、ひいては磁気ヘッドの破壊の原因ともなる。
【0005】
磁気記録媒体の表面に存在する汚染物は、イオン性の物質である場合が多い。これらのイオン性の物質は、磁気記録媒体の製造工程において外部(例えば、周囲環境または磁気記録媒体のハンドリング)から付着する場合が多い。また、これらのイオン性の付着物質は、磁気記録媒体が高温・高湿条件下におかれることにより、磁気記録媒体表面の吸着水が潤滑剤を通り抜け易くなり、潤滑剤を通り抜けた水分子が潤滑剤の下に隠されていた微少なイオン成分を凝縮させることによって発生し、磁気ヘッド側に転写されるものと考えられる。
【0006】
このような磁気記録媒体の表面に存在する汚染物を除去する方法として、例えば、特許文献1には、保護膜を形成した磁気記録媒体の表面を純水でスクラブ洗浄し、磁気記録媒体の表面に付着した、蟻酸イオン,しゅう酸イオン,アンモニアイオン、腐食性イオン(SO2−,NO,Na)を除去し、その後、磁気記録媒体の表面に潤滑剤を塗布することが記載されている。
【0007】
また、磁気記録媒体表面に付着する汚染物質が潤滑剤に起因する場合がある。潤滑剤は、一般的には、フッ素樹脂系潤滑剤をフッ素系溶媒に溶解または分散させて保護膜上に塗布する場合が多い。塗布の方法としては、潤滑剤を含む溶液を磁気記録媒体表面にスピンコートする方法や、溶液を潤滑剤浸漬槽に入れ、この潤滑剤浸漬槽に磁気記録媒体を浸漬し、その後、潤滑剤浸漬槽から磁気記録媒体を所定の速度で引き上げて磁気記録媒体表面に均一な膜厚の潤滑剤膜を形成する方法(ディップ法)などがある。
【0008】
このような潤滑剤の調製工程や塗布工程において、周囲環境から微量の汚染物質(多くはイオン性有機物)が潤滑剤に入り込む場合がある。特許文献2には、潤滑剤の調整工程等に混入する汚染物質を除去するために、シリカゲル、アルミナ等の吸着材を用いて、フッ素、臭素、塩素、リン酸、硫酸、硝酸、亜硝酸、酢酸、蟻酸、(メタ)アクリル酸、蓚酸、フタル酸等を除去する方法が記載されている。また、特許文献3には、超臨界抽出法により、パーフルオロポリエーテル構造を有する化合物を含む潤滑剤から、イオン性不純物(金属イオン、例えばナトリウムイオン、カリウムイオンなど、無機イオン、例えば塩素イオン、HCOイオン、HSOイオン、硫酸イオン、アンモニアイオン、シュウ酸イオン、蟻酸イオン)を除去することが記載され、特許文献4には、潤滑剤中の非水系液層中のイオン性不純物を除去する方法が記載されている。
【特許文献1】特開2000−235708号公報
【特許文献2】特開2002−45606号公報
【特許文献3】特開2004−51716号公報
【特許文献4】特開2001−67656号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ハードディスクドライブに求められる記録密度はますます高まり、磁気記録媒体の表面における磁気ヘッド浮上量はますます小さくなってきている。その結果、従来の方法では除去できない極微量の汚染物質が問題となりはじめ、また今まで認識されていなかった新たな汚染物質も明らかになってきている。
【0010】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、磁気記録媒体表面の汚染物質を極限まで低減し、これにより磁気ヘッドへの汚染物の転写を防止し、磁気記録再生特性の安定した磁気記録媒体の得られる磁気記録媒体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者は、上記課題を解決すべく以下に示すように、鋭意努力検討した。
すなわち、本願発明者は、研究を重ね、磁気記録媒体表面に残留する第四級アルキルアンモニウム塩が、極微量であっても磁気ヘッドに転写され、磁気ヘッドの汚染原因となっていることを見出した。
さらに、本願発明者は、磁気記録媒体表面に残留する第四級アルキルアンモニウム塩の由来を調べた。その結果、この物質が、磁気記録媒体の潤滑剤層を形成するに際して用いられる塗布溶液に含まれていることが明らかになった。そこで、本願発明者は、塗布溶液に第四級アルキルアンモニウム塩が混入する理由について検討した。その結果、塗布溶液に含まれる潤滑剤の製造過程で第四級アルキルアンモニウム塩が生成または混入し、これが潤滑剤の精製処理でも除去されないためであることが明らかになった。
【0012】
本願発明者は、磁気ヘッドを汚染しやすい第四級アルキルアンモニウム塩に着目して鋭意研究を重ね、潤滑剤層を形成するに際して用いられる塗布溶液の潤滑剤中に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩の濃度を60ppm以下にすることで、第四級アルキルアンモニウム塩に起因する磁気ヘッドの汚染を防止できることを見出し、本発明の磁気記録媒体の製造方法を完成させた。
すなわち本願発明は以下に関する。
(1)非磁性基板上に磁性層を形成する工程と、前記磁性層上に保護層を形成する工程と、前記保護層上に潤滑剤層を形成する工程とを少なくとも備える磁気記録媒体の製造方法であって、前記潤滑剤層を形成する工程が、第四級アルキルアンモニウム塩の濃度が60ppm以下である潤滑剤の溶解された塗布溶液を調製する塗布溶液調製工程と、前記塗布溶液を前記保護層上に塗布する塗布工程とを備えることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【0013】
前述のように、従来から、磁気記録媒体の表面に存在する汚染物の多くは、保護膜の形成された磁気記録媒体に対してスクラブ洗浄を行う方法や、潤滑剤中に含まれる不純物をシリカゲル、アルミナ等の吸着材やイオン交換樹脂を用いて精製する方法、超臨界抽出法によりイオン性不純物を除去する方法により除去されている。これらの方法により除去される汚染物は、フッ素、臭素、塩素、リン酸、硫酸、硝酸、亜硝酸、酢酸、蟻酸、(メタ)アクリル酸、蓚酸、フタル酸、蟻酸イオン,しゅう酸イオン,アンモニアイオン、SO2−,NO,Na、ナトリウムイオン、カリウムイオン、塩素イオン、HCOイオン、HSOイオン等である。
【0014】
本願発明者は、上記の方法を用いて潤滑剤中に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩の除去を行うことを検討した。その結果、上記の方法では、以下に示す理由により、潤滑剤中に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩を完全に除去することは難しいことが明らかになった。上記の方法によって潤滑剤中に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩を効果的に除去できない理由としては、超臨界抽出の場合、抽出媒体への溶解性が潤滑剤と差ほど大きく無く分離効率が悪いこと、モレキュラーシーブなどへの吸着法では、担体への吸着能と溶媒への溶解能差が潤滑剤と大きく違わないため分離しきれないことなどが挙げられる。
【0015】
また、潤滑剤中に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩を、イオン交換樹脂を用いて除去することも考えられる。しかし、従来のイオン交換樹脂(例えば、アンバーライト100(商品名)など)は、フッ素系溶剤によって劣化しやすいものであるため、そもそもフッ素系溶剤には対応しない。したがって、潤滑剤層を形成するに際して用いられる塗布溶液が、一般的なフッ素樹脂系潤滑剤をフッ素系溶媒に溶解または分散させてなるものである場合には、潤滑剤中に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩を分離できない。
そこで、本願発明者は、鋭意研究を重ね、塗布溶液の潤滑剤中に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩の濃度を60ppm以下とすることができる以下に示す方法を見出した。
【0016】
(2)前記塗布溶液調製工程が、未精製潤滑剤を含む透過液をカチオンイオン交換樹脂膜に透過させることにより、前記透過液に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩を除去して、前記潤滑剤を生成する除去工程と、前記潤滑剤を溶媒に溶解して前記塗布溶液とする溶解工程とを備えることを特徴とする(1)に記載の磁気記録媒体の製造方法。
(3)前記除去工程が、前記未精製潤滑剤を溶剤で希釈して前記透過液とし、前記透過液を前記カチオンイオン交換樹脂膜に透過させた後に前記溶剤を除去する工程を備えることを特徴とする(2)に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【0017】
(4)前記塗布溶液調製工程が、未精製潤滑剤と溶媒とを含む循環液をカチオンイオン交換樹脂膜の設けられた循環経路に循環させることにより、前記循環液に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩を除去して、前記塗布溶液を生成する除去工程を備えることを特徴とする(1)に記載の磁気記録媒体の製造方法。
(5)前記塗布工程が、前記保護層の形成された前記非磁性基板を前記塗布溶液の入れられた潤滑剤浸漬槽に浸漬する工程を備え、前記除去工程が、前記循環液を前記潤滑剤浸漬槽に付帯された前記循環経路に循環させる工程を備えることを特徴とする(4)に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【0018】
(6)前記第四級アルキルアンモニウム塩が、テトラブチルアンモニウム塩であることを特徴とする(1)〜(5)の何れか1項に記載の磁気記録媒体の製造方法。
(7)前記潤滑剤が、パーフルオロポリエーテル構造を有する化合物を含むものであることを特徴とする(1)〜(6)の何れか1項に記載の磁気記録媒体の製造方法。
(8)前記パーフルオロポリエーテル構造を有する化合物が、下記の構造式(I)を含む化合物であることを特徴とする(7)に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【0019】
【化1】

【発明の効果】
【0020】
本発明の磁気記録媒体の製造方法によれば、潤滑剤層を形成する工程が、第四級アルキルアンモニウム塩の濃度が60ppm以下である潤滑剤の溶解された塗布溶液を調製する塗布溶液調製工程を備えるので、得られた磁気記録媒体表面に残留する第四級アルキルアンモニウム塩を極限まで低減させることができる。したがって、本発明の製造方法によって得られた磁気記録媒体は、磁気記録媒体表面から磁気ヘッドへの汚染物の転写を防止することができ、磁気記録再生特性の安定したハードディスクドライブを提供可能なものとなる。また、本発明の製造方法によって得られた磁気記録媒体を備えたハードディスクドライブは、高温・高湿条件下におかれた場合であっても磁気記録媒体の汚染に起因する磁気ヘッドの汚染や破損が生じにくく、耐環境性に優れたものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の磁気記録媒体の製造方法は、非磁性基板上に磁性層を形成する工程と、磁性層上に保護層を形成する工程と、保護層上に潤滑剤層を形成する工程とを少なくとも備えている。
非磁性基板としては、Al、Al合金などの金属材料からなる基体上に、NiPまたはNiP合金からなる膜が形成されたものなどを用いることができる。また、非磁性基板としては、ガラス、セラミックス、シリコン、シリコンカーバイド、カーボン、樹脂などの非金属材料からなるものを用いてもよいし、この非金属材料からなる基体上にNiPまたはNiP合金の膜を形成したものを用いてもよい。
【0022】
磁性層としては、Co−Cr−Ta系、Co−Cr−Pt系、Co−Cr−Pt−Ta系、Co−Cr−Pt−B−Ta系合金等からなる層が用いられる。磁性層は、従来の公知のいかなる方法によって形成してもよい。
【0023】
磁性層上に形成される保護層は、従来の公知の材料、例えば、カーボン、SiCの単体またはそれらを主成分とした材料を使用することができる。
保護層の膜厚は1nm〜10nmの範囲内であるのが、高記録密度状態で使用した場合の、磁気的スペーシングの低減または耐久性の点から好ましい。ここで、磁気的スペーシングは、磁気ヘッドの素子部と磁性層との距離を表す。磁気的スペーシングが狭くなるほど電磁変換特性は向上する。
保護層の成膜方法としては、通常、カーボンターゲット材を用いるスパッタ法や、エチレンやトルエンなどの炭化水素原料を用いるCVD(化学蒸着法)法,IBD(イオンビーム蒸着)法が用いられ、さらにはこれらの方法を組み合わせて複層の構成となっていても良い。
【0024】
保護層上には潤滑剤層が設けられる。潤滑剤層の層厚は1nm〜3nmの範囲内であることが好ましい。
本実施形態において、潤滑剤層を形成するには、まず、第四級アルキルアンモニウム塩の濃度が60ppm以下である潤滑剤の溶解された塗布溶液を調製する(塗布溶液調製工程)。本実施形態の塗布溶液調製工程では、未精製潤滑剤を溶剤で希釈して潤滑剤を含む透過液を製造し、得られた未精製潤滑剤を含む透過液をカチオンイオン交換樹脂膜に透過させる。このことにより、透過液に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩を除去した後に溶剤を除去して、潤滑剤を生成する(除去工程)。
【0025】
潤滑剤を生成する未精製潤滑剤としては、化学的に安定で、低摩擦で、低吸着性を有するものが好適に用いられ、パーフルオロポリエーテル構造を有する化合物を含むパーフルオロポリエーテル系潤滑剤などのフッ素樹脂系潤滑剤が用いられることが好ましい。パーフルオロポリエーテル系潤滑剤としては、1種類のパーフルオロポリエーテル系潤滑剤を用いてもよいし、環状トリフォスファゼン系潤滑剤とパーフルオロポリエーテル系潤滑剤を組み合わせた潤滑剤や、末端基にホスファゼン環を有するパーフルオロポリエーテル化合物と末端基に水酸基を有するパーフルオロポリエーテル化合物をと組み合わせた潤滑剤を用いてもよい。
【0026】
パーフルオロポリエーテル構造を有する化合物を含む潤滑剤としては、上記構造式(I)を含む化合物であることが好ましく、具体的には、例えばSolvay Solexis社製のFomblin Z−DOL、Fomblin Z−TETRAOL(商品名)等が挙げられる。環状トリフォスファゼン系潤滑剤としてはDowChemical社製X−1p(商品名)などが挙げられる。また、末端基にホスファゼン環を有するパーフルオロポリエーテル化合物としては松村石油研究所(MORESCO)社製MORESCO PHOSPHAROLA20H−2000(商品名)などが挙げられる。
また、これらのパーフルオロポリエーテル構造を有する化合物の中でも特に、上記構造式(I)で表される化合物は、溶剤で希釈して未精製潤滑剤を含む透過液とし、カチオンイオン交換樹脂膜に透過させて精製した場合に、超臨界抽出法や蒸留法などを用いて精製した場合と比較して、効率よく第四級アルキルアンモニウム塩を除去できる。この理由は、上記構造式(I)で表される化合物と第四級アルキルアンモニウム塩の両者における極性や溶解性、蒸気圧などの特性が類似するため、超臨界抽出法や蒸留法では両者の分離が困難である一方、非イオン性の上記構造式(I)で表される化合物に含まれる第四級アンモニウム塩だけをカチオンイオン交換樹脂膜に効率よく吸着させることができるためであると推察される。
【0027】
潤滑剤を生成する未精製潤滑剤は1種だけであっても2種以上の混合であっても良い。2種以上の混合体である場合、その混合組成,種類は潤滑剤層として所望の機能が発揮される限りにおいて制限はない。また、耐久性を改善するために未精製潤滑剤に添加剤を混合してもよく、用いられる添加剤の組成や種類の制限はない。但し、未精製潤滑剤に含まれる潤滑剤分子あるいは添加剤分子構造中にイオン性基を有する材料は、未精製潤滑剤を含む透過液をカチオンイオン交換樹脂膜に透過させる工程において除去されてしまうため適切でない。
【0028】
通常、潤滑剤単体は粘度の大きい油状液体である。このため、未精製潤滑剤は、溶剤で希釈した透過液としてカチオンイオン交換樹脂膜に通液することが効率的であり、好ましい。
未精製潤滑剤を希釈する溶剤としては、フッ素樹脂系潤滑剤の溶解等に用いられるフッ素系溶媒が挙げられ、例えば、三井デュポンフロロケミカル社製のバートレルXF(商品名)等が用いられる。
未精製潤滑剤を上記の溶剤で希釈して得られた未精製潤滑剤を含む透過液は、カチオンイオン交換樹脂膜に透過させる際における通液が容易となることから粘度が小さいほど好ましく、透過液中における潤滑剤の濃度が50質量%以下、より好ましくは30質量%以下であることが望ましい。
【0029】
通常、イオン交換樹脂は、直径1mm程度の粒状であり、イオン交換樹脂を充填したカラムに溶液を通過させることにより溶液のイオン交換を行う。一方、イオン交換樹脂膜は、ポリエチレン等の膜に繊維状にしたイオン交換樹脂を植え付けたものであり、この膜の表面に溶液を通過させることにより溶液中のイオンとのイオン交換を行う。
【0030】
本実施形態では、上述した未精製潤滑剤を含む透過液中から第四級アルキルアンモニウム塩を除去するためのフィルターとしてカチオンイオン交換樹脂膜を用いる。カチオンイオン交換樹脂膜は、カチオンイオンのイオン交換樹脂を膜状にしたものである。カチオンイオン交換樹脂膜は、分子構造の一部にイオン基として電離する構造を持ち、これによって溶液中のカチオンイオンとイオン交換作用が得られ、加えて、特定のカチオンイオンに対する選択性が得られる。カチオンイオン交換樹脂膜は、粒状のイオン交換樹脂を用いた場合に比べ、フッ素系溶剤によるイオン交換樹脂の劣化を受けにくいものである。
【0031】
未精製潤滑剤であるフッ素樹脂系潤滑剤をフッ素系溶媒で希釈して得られた透過液を通液することが可能で、透過液中から第四級アルキルアンモニウム塩を除去するフィルターとしての機能が得られるカチオンイオン交換樹脂膜の好ましい例としては、PALL(ポール)社製のIonKleen(イオンクリーン)SL(商品名)などが挙げられる。
【0032】
カチオンイオン交換樹脂膜に対する透過液の通液量は、透過液中の第四級アルキルアンモニウム塩などのカチオン量とカチオンイオン交換樹脂膜のイオン交換能力とによって決まるので一概に決まらないが、少なくともカチオンイオン交換樹脂膜の能力を超えない範囲とされる。
【0033】
本願発明において、第四級アルキルアンモニウム塩とは、一般式RNX(Rはアルキル基、XはF,Cl,Br,I,OH,SO等の酸基)であらわされる、窒素原子に4個の炭化水素残基と1個の酸基の結合した化合物をいう。具体的には、塩化トリエチルベンジルアンモニウム、塩化テトラメチルアンモニウム、臭化トリエチルベンジルアンモニウム、塩化トリオクチルメチルアンモニウム、塩化トリブチルベンジルアンモニウム、塩化トリエチルベンジルアンモニウム、塩化N−ラウリルピリジニウム、水酸化テトラ−n−ブチルアンモニウム、水酸化テトラメチルアンモニウム、水酸化トリメチルベンジルアンモニウム、臭化トリメチルフェニルアンモニウム、臭化テトラメチルアンモニウム、臭化テトラエチルアンモニウム、臭化テトラ−n−ブチルアンモニウム、テトラブチルアンモニウムハイドロゲンサルフェート、N−ベンジルピコリニウムクロライド、ヨウ化テトラメチルアンモニウム、ヨウ化テトラ−ブチルアンモニウム、N−ラウリル−4−ピコリニウムクロライド、N−ラウリルピコリニウムクロライドなどが挙げられる。
【0034】
この中でも第四級アルキルアンモニウム塩である、テトラブチルアンモニウム塩をカチオンイオン交換樹脂膜に透過させることによって除去することが好ましい。テトラブチルアンモニウム塩は、本実施形態において未精製潤滑剤として好ましく使われるFomblin Z−TETRAOL GTシリーズ(2000GT,2700GT,3200GTなど)(商品名:Solvay Solexis社製)中に含まれる頻度が高く、またハードディスクドライブの磁気ヘッドの浮上安定性を損ね易い物質であることから、除去されることが好ましい。
【0035】
カチオンイオン交換樹脂膜に透過された透過液は、その後、溶剤が除去されることにより潤滑剤とされる。カチオンイオン交換樹脂膜による透過液中の第四級アルキルアンモニウム塩の除去は、溶剤が除去された後に得られる潤滑剤に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩濃度が60ppm以下、より好ましくは1ppm以下となるまで行われる。また、溶剤の除去は、溶剤を蒸発させる方法により行うことができる。
【0036】
続いて、このようにして得られた潤滑剤を溶媒に溶解し、塗布方法に適した濃度を有する塗布溶液とする(溶解工程)。ここで用いる溶媒としては、上述した潤滑剤を希釈する溶剤と同じく、フッ素系溶媒などが用いられる。このようにして調製された塗布溶液は、第四級アルキルアンモニウム塩の濃度が60ppm以下である潤滑剤の溶解されたものとなる。
【0037】
その後、このようにして得られた塗布溶液を保護層上に塗布する(塗布工程)。
塗布溶液の塗布方法としては、塗布溶液を保護層までの各層が形成された非磁性基板の表面にスピンコートする方法や、塗布溶液をディップコート装置の潤滑剤浸漬槽に入れ、この潤滑剤浸漬槽に保護層までの各層が形成された非磁性基板を浸漬し、その後、潤滑剤浸漬槽から非磁性基板を所定の速度で引き上げて非磁性基板の保護層上の表面に均一な膜厚の潤滑剤層を形成する方法(ディップ法)などが挙げられる。
【0038】
本実施形態の磁気記録媒体の製造方法は、非磁性基板上に磁性層を形成する工程と、磁性層上に保護層を形成する工程と、保護層上に潤滑剤層を形成する工程とを備え、潤滑剤層を形成する工程が、第四級アルキルアンモニウム塩の濃度が60ppm以下である潤滑剤の溶解された塗布溶液を調製する塗布溶液調製工程と、前記塗布溶液を前記保護層上に塗布する塗布工程とを備えるので、臨界的に磁気記録媒体表面の潤滑剤以外の残留物を低減することができる。
【0039】
また、本実施形態の磁気記録媒体の製造方法では、塗布溶液調製工程が、未精製潤滑剤を含む透過液をカチオンイオン交換樹脂膜に透過させることにより、透過液に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩を除去して、潤滑剤を生成する除去工程と、潤滑剤を溶媒に溶解して前記塗布溶液とする溶解工程とを備えるので、潤滑剤中の第四級アルキルアンモニウム塩の濃度を60ppm以下、より好ましくは1ppm以下とすることができ、得られた磁気記録媒体表面に残留する第四級アルキルアンモニウム塩を極限まで低減させることができる。
【0040】
また、本実施形態の磁気記録媒体の製造方法では、除去工程が、未精製潤滑剤を溶剤で希釈して透過液とし、透過液を前記カチオンイオン交換樹脂膜に透過させた後に溶剤を除去する工程を備えるので、透過液をカチオンイオン交換樹脂膜に透過させる際における透過液の通液が容易となり、効率よく除去工程を行うことができる。
【0041】
また、本実施形態の磁気記録媒体の製造方法において、潤滑剤が、パーフルオロポリエーテル構造を有する化合物を含むものである場合、パーフルオロポリエーテル構造を有する化合物が化学的に安定で、低摩擦であり、低吸着性であるので、潤滑剤層として優れた機能を有する磁気記録媒体が得られる。
【0042】
なお、本発明の磁気記録媒体の製造方法は、上述した実施形態に限定されるものではない。例えば、塗布溶液調製工程が、未精製潤滑剤と溶媒とを含む循環液をカチオンイオン交換樹脂膜の設けられた循環経路に循環させることにより、循環液に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩を除去して、塗布溶液を生成する除去工程を備える方法であってもよい。
ここでの未精製潤滑剤と溶媒とを含む循環液において、未精製潤滑剤としては上述した未精製潤滑剤と同様のものを用いることができ、溶剤としては上述した潤滑剤を希釈する溶剤と同じくフッ素系溶媒などを用いることができる。また、循環液中における未精製潤滑剤の濃度は、塗布溶液中における未精製潤滑剤の濃度と同程度の濃度とされる。また、カチオンイオン交換樹脂膜による循環液中の第四級アルキルアンモニウム塩の除去は、循環された後に得られる塗布溶液中の潤滑剤に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩濃度が60ppm以下、より好ましくは1ppm以下となるまで行われる。
【0043】
このような方法とした場合であっても、塗布溶液に溶解された潤滑剤中の第四級アルキルアンモニウム塩の濃度を60ppm以下、より好ましくは1ppm以下とすることができ、得られた磁気記録媒体表面に残留する第四級アルキルアンモニウム塩を極限まで低減させることができる。
【0044】
また、塗布工程が、保護層までの各層の形成された非磁性基板を塗布溶液の入れられたディップコート装置の潤滑剤浸漬槽に浸漬する工程を備えており、塗布溶液調製工程が、上記の循環液をカチオンイオン交換樹脂膜の設けられた循環経路に循環させることにより、塗布溶液とする除去工程を備える場合、除去工程が、循環液を潤滑剤浸漬槽に付帯された循環経路に循環用送液ポンプなどを用いて循環させる工程であることが好ましい。
この場合、循環液中に含まれる溶媒を除去することなく容易に塗布溶液が得られるので、効率よく潤滑剤層を形成する工程を行うことができる。
【0045】
以下、実施例を示して、本発明を具体的に説明するが本発明はこれに限定されるものではない。
「実施例」
(磁気記録媒体の製造)
非磁性基板として、外径65mm、内径25mm、板厚1.27mmのHOYA社製のアモルファスガラス基板を用意した。そして、この非磁性基板にテクスチャーを施し、十分に洗浄し乾燥した後、DCマグネトロンスパッタ装置(アネルバ社(日本)製C3010)のチャンバ内にセットした。
【0046】
そして、チャンバ内の真空到達度を2×10−7Torr(2.7×10−5Pa)まで排気し、非磁性下地層としてCr−Mn合金(Cr:70原子%、Mn:30原子%)からなるターゲットを用いて6nm積層した。続いて、Co−Cr−Pt−B合金(Co:60原子%、Cr:20原子%、Pt:13原子%、B:7原子%)からなるターゲットを用いて、磁性層であるCo−Cr−Pt−B合金層を17nmの膜厚で形成し、保護膜(カ−ボン)3nmを積層した。なお、成膜時のAr圧は3mTorr(0.4Pa)であった。
【0047】
その後、以下に示す実施例1、2、比較例1〜3の潤滑剤が溶剤に溶解された塗布溶液を、ディップコート装置を用いてディップ法で塗布し、磁気記録媒体の保護膜の表面に2nmの潤滑剤層を形成した。
なお、実施例1、2、比較例1〜3においては、潤滑剤を溶解するための溶剤として、三井デュポンフロロケミカル社製のバートレルXF(商品名)を用いた。また、塗布溶液中における潤滑剤の濃度はいずれも0.3質量%とした。
【0048】
(実施例1)
パーフルオロポリエーテル構造を有する化合物を含む未精製潤滑剤(Tetraol3200GT(商品名))1000gをSUS製ボトルに投入し、これを溶剤に溶解させて十分に撹拌し、30質量%の透過液を作製した。この透過液をカチオンイオン交換樹脂膜(PALL社製、イオンクリーンSL、製品No.DFA1SRPESW44)に透過させた。その後、カチオンイオン交換樹脂膜に透過させた透過液をナスフラスコ(2リットル容器)に移し、エヴァポレーターにて溶剤を除去し、潤滑剤を得た。回収された潤滑剤の重量は989gであり、回収率は98.9%であった。回収した潤滑剤中の第四級アルキルアンモニウム塩であるテトラブチルアンモニウム(TBA)塩の量として、テトラブチルアンモニウムイオンフラグメントの濃度をGC−MS(ガスクロマトグラフィ/質量分析計)で分析したところ、0.5ppmであった。
【0049】
(実施例2)
ディップコート装置として、潤滑剤浸漬槽に実施例1と同様のカチオンイオン交換樹脂膜の設けられた循環経路が付帯されたものを用意した。
実施例1と同様の未精製潤滑剤0.3質量%を溶剤に溶解させた循環液を潤滑剤浸漬槽に入れ、循環液を循環経路に十分に循環させて塗布溶液を得た。その後、塗布溶液1gを濃縮して潤滑剤を取り出し、この潤滑剤中のTBA塩濃度をGC−MSで分析したところ、2ppmであった。
【0050】
(比較例1)
実施例1と同様の未精製潤滑剤中のTBA塩濃度をGC−MSで分析したところ、82ppmであった。
(比較例2)
実施例1と同様の未精製潤滑剤を、シリカゲル・アルミナ吸着材に透過させて精製した。精製後の潤滑剤中のTBA塩濃度をGC−MSで分析したところ、52ppmであった。
(比較例3)
実施例1と同様の未精製潤滑剤を、アンバーライトを用いたイオン交換樹脂に透過させて精製した。精製後の潤滑剤中のTBA塩濃度をGC−MSで分析したところ、48ppmであった。
【0051】
(潤滑剤層の形成された磁気記録媒体の評価)
以上のように作製された実施例1、2、比較例1〜3の磁気記録媒体の耐環境性評価を実施した。
耐環境性評価は、磁気記録媒体を温度80℃、湿度85%の大気環境下に96時間保持し、その後、磁気記録媒体の表面に生ずる5ミクロンφ以上のコロージョンスポットの数をカウントすることにより行った。その結果を表1に示す。
【0052】
また、この磁気記録媒体の表面に3%の硝酸水溶液を5箇所(100マイクロリットル/箇所)、純水を5箇所(100マイクロリットル/箇所)ずつ滴下し、1時間静置後これを回収し、この中に含まれるCo量をICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析計)で測定した。なお、ICP−MSでの測定は、Yを200ppt含んだ3%硝酸1ミリリットルを基準液とした。上記の評価の結果を表1に示す。
【0053】
次に、上記実施例1,2および比較例1〜3の磁気記録媒体上に浮上ヘッドを飛行させ、以下に示すように不合格品発生率を求めた。すなわち、検査用ヘッド(TDK/SAE社製:Tiger3(商品名))を用意し、所定の検査条件で25枚(50面)の磁気欠陥検査(CetifyTest)を行ない、ヘッド汚染に基づく検出信号の減衰による不合格品の発生率を算出した。その結果を表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
表1より、潤滑剤中の第四級アルキルアンモニウム塩の濃度が30ppm以下である実施例1および実施例2では、コロージョンスポットがカウントされず、比較例1〜3と比較して耐環境性に優れていることが分かった。また、実施例1および実施例2では、コバルト抽出量が少なく、比較例1〜3と比較して磁気記録媒体の表面の汚染物質量が少ないことが分かった。また実施例1および実施例2では、ヘッド汚染による磁気欠陥検査での不合格発生率は0%となり、比較例1〜3と比較してヘッド汚染が著しく改善されることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非磁性基板上に磁性層を形成する工程と、前記磁性層上に保護層を形成する工程と、前記保護層上に潤滑剤層を形成する工程とを少なくとも備える磁気記録媒体の製造方法であって、
前記潤滑剤層を形成する工程が、第四級アルキルアンモニウム塩の濃度が60ppm以下である潤滑剤の溶解された塗布溶液を調製する塗布溶液調製工程と、
前記塗布溶液を前記保護層上に塗布する塗布工程とを備えることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項2】
前記塗布溶液調製工程が、未精製潤滑剤を含む透過液をカチオンイオン交換樹脂膜に透過させることにより、前記透過液に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩を除去して、前記潤滑剤を生成する除去工程と、
前記潤滑剤を溶媒に溶解して前記塗布溶液とする溶解工程とを備えることを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【請求項3】
前記除去工程が、前記未精製潤滑剤を溶剤で希釈して前記透過液とし、前記透過液を前記カチオンイオン交換樹脂膜に透過させた後に前記溶剤を除去する工程を備えることを特徴とする請求項2に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【請求項4】
前記塗布溶液調製工程が、未精製潤滑剤と溶媒とを含む循環液をカチオンイオン交換樹脂膜の設けられた循環経路に循環させることにより、前記循環液に含まれる第四級アルキルアンモニウム塩を除去して、前記塗布溶液を生成する除去工程を備えることを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【請求項5】
前記塗布工程が、前記保護層の形成された前記非磁性基板を前記塗布溶液の入れられた潤滑剤浸漬槽に浸漬する工程を備え、
前記除去工程が、前記循環液を前記潤滑剤浸漬槽に付帯された前記循環経路に循環させる工程を備えることを特徴とする請求項4に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【請求項6】
前記第四級アルキルアンモニウム塩が、テトラブチルアンモニウム塩であることを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【請求項7】
前記潤滑剤が、パーフルオロポリエーテル構造を有する化合物を含むものであることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【請求項8】
前記パーフルオロポリエーテル構造を有する化合物が、下記の構造式(I)を含む化合物であることを特徴とする請求項7に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【化1】




【公開番号】特開2010−20823(P2010−20823A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−179187(P2008−179187)
【出願日】平成20年7月9日(2008.7.9)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】