説明

磁石薄帯の製造方法および製造装置

【課題】急冷凝固により磁石合金の薄帯を製造する際に、冷却ロール表面の温度変動を防止することにより、均一な微細組織とそれによる優れた磁気特性を達成することができる磁石薄帯を製造する方法および装置を提供する。
【解決手段】磁石合金の溶湯を冷却ロールの表面に吐出して急冷凝固により磁石薄帯を製造する際に、上記冷却ロールを上記磁石薄帯の生成方向に対して垂直に連続して往復移動させる。望ましくは、上記溶湯を吐出直前に加熱するための誘導コイルに対して上記ロールの表面を遮蔽するために遮蔽板を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、急冷凝固による磁石薄帯の製造方法および製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ネオジム磁石(NdFe14B)で代表される希土類磁石は、磁束密度が高く極めて強力な永久磁石として種々の用途に用いられている。優れた磁気特性を得るために、ナノサイズの結晶粒または非晶質から成る微細組織を安定して確保する必要がある。そのため、希土類磁石の組成を有する合金溶湯を単ロール法、双ロール法等により急冷凝固させて薄帯(急冷リボン)を形成する方法が行なわれている。
【0003】
例えば特許文献1には、上記のような急冷凝固により永久磁石を製造する方法が提案されている。
【0004】
しかし、合金溶湯を急冷凝固させる冷却ロール表面の温度が変動し、冷却速度が変動してしまうため、ナノ結晶粒組織または非晶質組織を安定して得ることができず、両者の混在組織となったり、粗大な結晶粒組織が生成したり、これらの3種類の混在組織が生成してしまうため、優れた磁気特性を安定して確保することができないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第03248942号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、急冷凝固により磁石合金の薄帯を製造する際に、冷却ロール表面の温度変動を防止することにより、均一な微細組織とそれによる優れた磁気特性を達成することができる磁石薄帯を製造する方法および装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明によれば、磁石合金の溶湯を冷却ロールの表面に吐出して急冷凝固する磁石薄帯の製造方法において、
上記冷却ロールを上記磁石薄帯の生成方向に対して垂直に連続して往復移動させることを特徴とする磁石薄帯の製造方法が提供される。
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明によれば、磁石合金の溶湯を冷却ロールの表面に吐出して急冷凝固する磁石薄帯の製造装置において、
上記冷却ロールを上記磁石薄帯の生成方向に対して垂直に連続して往復移動させる手段を有することを特徴とする磁石薄帯の製造装置も提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、冷却ロールが溶湯の吐出部位に対して、磁石薄帯の生成方向に対して垂直に、すなわち冷却ロールの回転軸方向に、連続して往復移動するので、冷却ロール表面の同一円周上に集中して溶湯吐出流が当ることがなく常に回転軸方向にシフトした位置に当るので、ロール表面の昇温により溶湯の冷却速度が低下することなく常に安定した冷却速度が維持され、望ましい微細組織が安定して確保できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、本発明を実施するための冷却ロールによる急冷凝固手段を示す。
【図2】図2は、実施例において用いた単ロール炉を示す。
【図3】図3は、温度測定のための配置を示す。
【図4】図4は、図3において、吐出溶湯と冷却ロール表面との関係を詳細に示す。
【図5】図5は、実施例と比較例について、吐出時間と冷却速度との関係を示すグラフである。
【図6】図6は、比較例について、吐出流の荒れおよび凝着の状態を示す。
【図7】図7は、実施例および比較例について、減磁曲線を示すグラフである。
【図8】図8は、実施例および比較例について、焼結体組織のSEM像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1に、本発明を実施するための冷却ロールによる急冷凝固手段を示す。
【0012】
冷却ロールRは回転軸Xの周りをV方向に回転する。磁石合金の溶湯MはノズルNから冷却ロールRの表面Sに吐出されて急冷され、凝固して薄帯(急冷リボン)BとなってD方向に生成する。
【0013】
従来は、冷却ロールRの表面Sの同一円周上の位置に溶湯Mが吐出されていたため、溶湯吐出位置の円周上のロール表面Sが昇温してしまい、冷却速度が低下し、望ましい冷却速度が維持できないという問題があった。
【0014】
上記従来の問題を解消するために、本発明の特徴は、冷却ロールRが溶湯Mの吐出部位に対して、磁石薄帯Bの生成方向Dに対して垂直に、すなわち冷却ロールRの回転軸X方向に、連続して往復移動(T)する。これにより、冷却ロールRの表面Sの同一円周上の位置に集中して溶湯Mの吐出流が当ることがなく常に回転軸X方向にシフトした別の位置に当るので、ロール表面Sの昇温により溶湯Mの冷却速度が低下することなく常に安定した冷却速度が維持され、望ましい微細組織が安定して確保できる。
【0015】
往復移動の速度は、用いる装置について、予備実験により予め設定することができる。本発明者が後述の実施例において用いた装置については、0.1mm/s〜50mm/s程度が望ましい。遅すぎると急冷効果が得られず、速すぎると冷却ロール表面で吐出溶湯流に乱れが生じるため、溶湯と冷却ロール表面との密着性が低下する。
【0016】
図1に示したように、溶湯が吐出するノズルNには、溶湯加熱用の誘導コイルHが配備されている。冷却ロールRの表面Sは、誘導コイルHによって加熱作用を受けるため、それによる表面Sの昇温も冷却速度変動の原因となる。
【0017】
これを防止するため、本発明の望ましい形態においては、溶湯Mを吐出直前に加熱するための誘導コイルHに対してロールRの表面Sを遮蔽するために遮蔽板Pを設ける。これにより、冷却ロールRの表面Sが誘導コイルHにより加熱されるのが防止される。
【0018】
遮蔽板Pを設けない場合には、冷却ロール表面Sの加熱を避けるために、誘導コイルHと冷却ロール表面Sとの間隔を十分に広くとる必要がある。その場合、溶湯Mが誘導コイルHにより加熱される位置と冷却ロール表面Sとの距離が広がり、溶湯Mが表面Sに接触するまでの緩冷却区間が増加するので、急冷効果が低下する。遮蔽板Pを設けることにより、誘導コイルHを冷却ロール表面に近接して配置することができ、急冷効果を高めることができる。
【0019】
遮蔽板Pは、高周波の印加により発熱するので、遮蔽板P自体も水冷パイプを配置する等により冷却することが望ましい。この冷却水として、誘導コイルに通常用いられている冷却水を共用することができる。
【0020】
以下に、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
【実施例】
【0021】
組成がNd14.7Fe79.035.67Ga0.3Cu0.1Al0.2のネオジム磁石合金をアーク溶解炉にて溶製し、図2に示した単ロール炉にて合金薄帯(急冷リボン)を作製した。図2において、生成した薄帯Bは凝固に伴い細かい薄片状になって、回収機構A内に回収される。表1に作製条件を示す。
【0022】
【表1】

【0023】
ロールの往復移動速度は3mm/sとした。
【0024】
Cu製の高周波遮蔽板Pを用いて、誘導コイルHと冷却ロール表面Sとの間を遮蔽した。遮蔽板Pの表面に密着して水冷用のCuパイプを配管し、内部に水温30℃の冷却水を流して遮蔽板Pを冷却した。
【0025】
図3に示すように、赤外カメラK(NECアビオ製:TS9230H−A01)にて、凝固前後の溶湯温度を測定し、吐出中の急冷速度を評価した。
【0026】
すなわち図4に示すように、赤外カメラにて溶湯が冷却ロールに接触する直前の範囲を設定し、その範囲内での最高温度をT1とした。冷却ロール表面S上で凝固後に距離L(m)の範囲を設定し、その範囲内での最高温度をT2とした。T1とT2との温度差ΔTから冷却速度を算出した。本実施例においては、L=0.005mとした。
【0027】
得られた合金薄帯を放電プラズマ焼結(SPS:Spark Plasma Sintering)により、100MPa加圧下にて、570℃加熱、5min保持で焼結した。
【0028】
〔比較例〕
比較例として、冷却ロールの往復移動および遮蔽板の設置を行なわず、他の条件は実施例と同一にして、焼結体を得た。
【0029】
実施例および比較例により得られた焼結体について、VSMによる磁気特性の測定およびSEMによる組織観察を行なった。
【0030】
図5に、実施例および比較例について、吐出時間と冷却速度との関係を示す。図示したように、冷却ロールの往復移動および遮蔽板の設置を行なった実施例においては、ほぼ一定に安定した冷却速度が得られた。これに対し、冷却ロールの往復移動および遮蔽板の設置を行なわなかった比較例においては、吐出中に短時間の冷却速度変動(振動的な温度変化)が繰り返され、更に吐出後半では冷却速度が大幅に低下した(図5中○印の部分)。
【0031】
後半の冷却速度の大幅な低下は、図6に示すように、冷却ロールに溶湯が凝着し、ロール表面の状態が荒れたため、溶湯の凝固過程が不安定になったためであると考えられる。図6(1)はノズルN先端から吐出した溶湯Mが冷却ロール表面Sに衝突する様子を、冷却ロールRの端面方向から撮影した高速度カメラ写真であり、図6(2)はその状態を示す模式図である。溶湯Mが冷却ロール表面Sの同一円周上の位置に吐出されることにより、断続的に冷却ロール表面に凝着し(Z)、周回してきた凝着部Zに吐出された溶湯Mの液滴Yが弾け飛んでいる。
【0032】
図7に、実施例および比較例について、VSMによる焼結体の減磁曲線を示す。安定した急冷凝固が達成された実施例は、急冷凝固が不安定であった比較例に比べて保磁力が大幅に向上したことが分かる。
【0033】
図8に、実施例および比較例について、焼結組織のSEM像を示す。実施例では均一な微細組織の薄帯から成る焼結組織が得られているのに対し、比較例では焼結組織を構成する薄帯の組織が不均一であり、空隙や酸化物等の異物の混入も認められる。
【0034】
なお、遮蔽板Pの形状は、特に限定する必要はなく、誘導コイルHと冷却ロール表面Sとの間を遮り、溶湯がノズルから吐出して冷却ロール表面に到達できるように貫通口を備えている必要がある。貫通口の平面形状は、スリット状、円形状等の種々の形状が可能である。本実施例では、図1に示したように、スリットの薄帯生成方向の端部が開口した形状にして、生成した薄帯の進行を妨げないように配慮した。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明によれば、急冷凝固により磁石合金の薄帯を製造する際に、冷却ロール表面の温度変動を防止することにより、均一な微細組織とそれによる優れた磁気特性を達成することができる磁石薄帯を製造する方法および装置が提供される。
【符号の説明】
【0036】
R 冷却ロール
S 冷却ロールRの表面
X 冷却ロールRの回転軸
V 冷却ロールRの回転方向
T 冷却ロールRの往復移動方向
M 磁石合金の溶湯
N ノズル
H 誘導コイル
P 誘導コイルと冷却ロール表面との間に設けた遮蔽板
B 磁石合金の薄帯(急冷リボン)
D 薄帯の生成方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁石合金の溶湯を冷却ロールの表面に吐出して急冷凝固する磁石薄帯の製造方法において、
上記冷却ロールを上記磁石薄帯の生成方向に対して垂直に連続して往復移動させることを特徴とする磁石薄帯の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、上記溶湯を吐出直前に加熱するための誘導コイルに対して上記ロールの表面を遮蔽するために遮蔽板を用いることを特徴とする磁石薄帯の製造方法。
【請求項3】
磁石合金の溶湯を冷却ロールの表面に吐出して急冷凝固する磁石薄帯の製造装置において、
上記冷却ロールを上記磁石薄帯の生成方向に対して垂直に連続して往復移動させる手段を有することを特徴とする磁石薄帯の製造装置。
【請求項4】
請求項3において、上記溶湯を吐出直前に加熱するための誘導コイルに対して上記ロールの表面を遮蔽するために遮蔽板を設けたことを特徴とする磁石薄帯の製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図7】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−94810(P2013−94810A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−239277(P2011−239277)
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(593001624)株式会社米倉製作所 (5)
【Fターム(参考)】