説明

神経回路網再構築剤および神経回路網の再構築方法

【課題】アルツハイマー病、老年痴呆、脳血管性痴呆、パーキンソン病などの神経変性疾患は、病因は異なるがいずれも神経回路網の破綻により、記憶・認知に障害を呈する症候を指す。これら有効な治療法の無い疾患に対し、既に神経回路網の障害が進行している状態からでも、神経機能を正常に近づけることのできる治療が求められており、この治療に用いる薬物を開発を目的とする。
【解決手段】培養神経細胞において、軸索と樹状突起の萎縮、前シナプス数と後シナプス数の減少を呈する状態を作製した。この状態の神経細胞に処置することで、神経細胞の神経突起とシナプスを正常状態に戻すことのできる薬物を、伝統薬物中の成分から探索し、ウィタノシド類とその代謝物であるソミノンを同定した。さらにウィタノシド(withanoside)の代謝物および/またはアストラガロシド(astragaloside)代謝物は神経回路網再構築剤として有用であることを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳内の神経回路網の破綻に起因する認識機能不全の治療に有効な生薬由来の化合物を有効成分とする神経回路網再構築剤およびそれを用いる神経回路網の再構築方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
記憶・認知に障害を呈する疾患として、アルツハイマー病、脳血管性痴呆、老年性痴呆、前頭側頭型痴呆、レビー小体痴呆、パーキンソン病、ハンチントン舞踏病などが知られている。これらは病因が異なるものの神経突起の萎縮とシナプス欠落による機能障害により生じる疾患である
また、筋萎縮性側索硬化症、脳出血、脳梗塞、脳腫瘍、脳外傷、脊髄損傷なども神経突起の萎縮とシナプス欠落による機能障害により生じる疾患である。
【0003】
臨床で抗痴呆薬として用いられているコリンエステラーゼ阻害薬は、疾患の進行を遅らせるものの疾患を治療するには至らず、且つ中程度を超えた痴呆患者には有効性が現れにくい。また神経栄養因子様作用物質に分類される薬物も抗痴呆薬候補として研究されているが、いずれも神経保護作用が主であり、神経変成環境下における神経突起伸展作用とシナプス形成作用は明確に示されていない。
【0004】
一方、生薬成分、例えば、朝鮮人参の成分であるジンセノシド(ginsenoside)、とりわけ、ジンセノシドRbについては、脳細胞または神経細胞保護剤として利用できることが知られている(特許文献1)。
インドの伝統医学であるアーユルヴェーダ医学で抗痴呆薬として用いられているアシュバガンダ(Ashwagandha)の成分であるウィタノライドグリコシド(withanolide glycosides)、 ウィタノライド・アグリコン(withanolide aglycones)について認識増強剤(Cognition Enhancer)の用途が知られている。(特許文献2)。そして、該文献によればアシュバガンダ(Ashwagandha)の成分の認識増強は、ムスカリン様アセチルコリン(muscarinic acetylcholine)伝達の促進によるものとされている。
また、アシュバガンダの成分であるウィタノライドA、ウィタノシドIV、ウィタノシドVIに関して、本発明者らの研究により神経突起伸展作用とシナプス再形成作用を併せ持つ化合物であることが明らかにされている(非特許文献1)。
また、ステロイドサポニンまたはサポゲニンが、シナプス後膜−結合レセプター数又は機能の欠乏によって特徴付けられる疾患(アルツハイマー病またはアルツハイマー型老年痴呆)に有用であることが知られている(特許文献3)。そして、該文献にはステロイドサポゲニンの一つとして黄耆などの成分であるアストラガロシド(astragaloside)が挙げられている。
【0005】
【特許文献1】国際公開WO00/37481
【特許文献2】特表2004-500151
【特許文献3】特開2004-217666
【非特許文献1】日本生薬学会第51回年会講演要旨集、第151頁、2004年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記したアルツハイマー病、老年痴呆、脳血管性痴呆、パーキンソン病などの神経変性疾患は、病因は異なるがいずれも神経回路網の破綻により、記憶・認知に障害を呈する症候を指す。これら有効な治療法の無い疾患に対し、既に神経回路網の障害が進行している状態からでも、神経機能を正常に近づけることのできる治療が、真に求められている。しかも患者の立場を考えると、手術を要する神経細胞移植や遺伝子治療よりは、負担の少ない投薬による治療法がより望ましい。そこで、神経細胞が障害を受けている時、あるいは受けた後からでも神経回路網を再生する薬物の開発が必要である。
【0007】
筋萎縮性側索硬化症は、大脳皮質運動野の運動ニューロンと脊髄、脳幹の運動ニューロンが脱落することによって手足が動かなくなる難病であり、有効な治療法は存在しない。さらに、大脳皮質運動野の運動ニューロンは、脳出血、脳梗塞、脳腫瘍、脳外傷などによっても障害を受け、身体の麻痺に繋がる。また、外傷性の脊髄損傷では、脊髄の運動ニューロンが障害を受けることにより四肢麻痺が生じる。いずれの場合も神経回路網の破綻による機能障害であるが、生き残った神経細胞を賦活化して再び神経回路網を形成させることが出来れば、機能の回復が期待できる。
【0008】
一方、生薬の成分であるサポニン、例えば、人参類生薬に含まれるプロトパナキサジオール(protopanaxadiol)系サポニンは、腸内細菌により20-O-β-D-glucopyranosyl-(20S)-protopanaxadiol(M1)に代謝されることが知られている。そして、M1自体がプロトパナキサジオールと同様の薬理作用を示すことも知られている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、神経回路網の破綻の細胞モデルとして、ラット大脳皮質神経の初代培養細胞に、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドベータの活性部分配列(Aβ(25-35))を処置し、軸索と樹状突起の萎縮、前シナプス数と後シナプス数の減少を呈する状態を作製した。この状態の神経細胞に処置することで、神経細胞の神経突起とシナプスを正常状態に戻すことのできる薬物を探索することができる。
【0010】
本発明者らは、神経回路網の破綻の動物モデルとして、マウスの側脳室内にAβ(25-35)を単回投与し、1週間後から現れ始める空間記憶障害と、脳内の軸索と樹状突起の萎縮、前シナプス数と後シナプス数の減少を呈する状態を作製した。細胞モデルで神経突起伸展作用が認められた薬物をこの状態のマウスに経口投与し、空間記憶の回復をもたらすこと、同時に脳内の軸索、樹状突起、前シナプスのいずれもが正常状態の発現量に回復することを確認する。
【0011】
上記した細胞モデルと動物モデルを利用した探索方法は、例えば、試験薬物として様々な世界の伝統薬物を選び、エキスを抽出し、神経突起伸展作用を有するエキスをまず同定する。次いで活性を示したエキスから活性化合物を単離、同定し、各化合物の神経回路網再形成作用をさらに確認するといった手法を挙げることができる。
【0012】
本発明において、ウィタノシドの代謝物およびアストラガロシドの代謝物とは、ウィタノシドおよびアストラガロシドが生体内において、代謝酵素あるいは腸内細菌によって生成される化合物を意味する。さらに、アシュバガンダ(Withania somnifera)、ウィタニア・コアグランス(Withania coagulans)、ウィタニア・フルテスセンス(Withania frutescens)、アクニスタス・アルボレスセンス(Acnistus arborescens)、ヤエチョウセンアサガオ(Datura fastuosa)、チョウセンアサガオ(Datura metel)、シロバナチョウセンアサガオ(Datura stramonium)、デプレア・オリノセンシス(Deprea orinocensis)、デプレア・サブトリフローラ(Deprea subtriflora)、ディスコポディウム・ペンニネルビウム(Discopodium penninervium)、デュナリア・オーストラリス(Dunalia australis)、デュナリア・ブラキアカンタ(Dunalia brachyacantha)、デュナリア・ソラナキア(Dunalia solanacea)、ヒヨス(Hyoscyamus niger)、イオクローマ・フクシオイデス(Iochroma fuchsioides)、ヤボローサ・ベルギー(Jaborosa bergii)、クコ(Lycium chinensis)、オオセンナリ(Nicandra physaloides)、センナリホオズキ(Physalis angulata)、フィサリス・ケノポディフォリア(Physalis chenopodifolia)、 ヒメセンナリホオズキ(Physalis minima)、フィサリス・ミニマ・バリエイタス・インディカ(Physalis minima var. indica)、オオブドウホオズキ(Physalis ixocarpa)、ケープグーズベリー(Physalis peruviana)、フィサリス・ビスコーサ(Physalis viscosa)、キンギンナスビ(Solanum ciliatum)、ブラックキャット(Tacca chantrieri)、およびキバナオウギ(Astragalus membranaceus)、ナイモウオウギ(Astragalus mongholicus)、シナガワハギ(Meliotus officinalis)、アストラガルス・スピノーサス(Astragalus spinosus)、Trifolium属植物などから得られる同一化学構造を有する化合物も含まれる。
ウィタノシドの代謝物の一つとしてソミノン(sominone)が挙げられる。
【0013】
活性化合物の単離及び同定は、通常知られた方法で行えばよいが、例えば、本発明の成分および関連する化合物に関して以下の方法が挙げられる。
(1)ウィタノライドA(withanolide A)(式1)、ウィタノシドIV(withanoside IV)(式2)、ウィタノシドVI(withanoside VI)(式3)の単離
これら3成分の単離は、アシュバガンダ(Ashwagandha:Withania somnifera Dunalの根)から行うことができる。具体的には、Chem. Pharm. Bull., 50, 760-765 (2002)に記載の方法で行えばよい。
【0014】
(2)ソミノン(sominone)(式4)の単離
ソミノンは、ウィタノシドIVの体内における代謝物である。このものは、ウィタノシドIVを、酵素、例えば、ナリンギナーゼ(naringinase)で処理(pH5.25、37℃、3日間)し、分配高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などにより分離、精製することによっても得ることができる。また、ソミノンはアシュバガンダ中から単離することもでき、具体的には、Heterocycles, 34, 689-698 (1992)に記載の方法で行えばよい。
【0015】
(3)アストラガロシドI(astragaloside I)(化5)、アストラガロシドII(astragaloside II)(化6)、アストラガロシドIV(astragaloside IV)(化7)の単離
これら3成分は、黄耆(Astragalus membranaceus BungeまたはAstragalus mongholicus Bungeの根)から行うことができる。具体的には、Chem. Pharm. Bull., 31, 698-708 (1983)に記載の方法で行えばよい。
【0016】
ウィタノシドの代謝物および/またはアストラガロシドの代謝物を医薬品とする場合、賦形剤、補助剤、添加剤などと組み合わせることにより、各種の医薬製剤、例えば、液剤、懸濁剤、シロップ剤、エリキシル剤、エキス剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、錠剤、カプセル剤などにすればよい。
また、医薬品として投与する場合、投与方法、投与量および投与回数は、患者の年齢、体重および症状によって適宜選択できるが、経口投与の場合、ウィタノシドの代謝物および/またはアストラガロシドの代謝物として0.01〜100μmol/kgであればよい。
【発明の効果】
【0017】
アミロイドベータの活性部分配列(Aβ(25-35))に誘発される軸索および樹状突起の萎縮と、前シナプスおよび後シナプスの減少に対し、ソミノンは、ウィタノライドA、ウィタノシドIVおよびウィタノシドVIと同様に顕著な改善作用を有する。
また、ウィタノライドA、ウィタノシドIVおよびウィタノシドVIは、Aβ(25-35)を脳室内投与することでマウスに誘発される空間記憶障害、および軸索・樹状突起・前シナプスの減少を、正常レベルにまで回復させるが、経口投与したウィタノシドIVの場合、体内における活性本体はソミノンであった。
これらのことから、本発明における化合物は、既存の薬物には無い新規の作用様式を有し、アルツハイマー病、老年痴呆、脳血管性痴呆、前頭側頭型痴呆、レビー小体痴呆、パーキンソン病、ハンチントン舞踏病、など種々の神経変性疾患の治療に有用あるとともに、軸索形成が必要な筋萎縮性側索硬化症、脳出血、脳梗塞、脳腫瘍、脳外傷、脊髄損傷等による運動ニューロンの障害の治療にも有用である。
【実施例】
【0018】
実施例1
神経回路網形成作用
(方法)胎生18日齢のSDラットの大脳皮質神経細胞を分散培養した。10μM Aβ(25-35)を神経細胞に処置し障害を与えた。障害誘発後の神経細胞に対して薬物を処置した後、リン酸化型NF-H(軸索マーカー)、MAP2(樹状突起マーカー)、synaptophysin(前シナプスマーカー)、PSD-95(後シナプスマーカー)に対する抗体を用いた免疫染色を行い、細胞当たりの軸索、樹状突起の長さ、および樹状突起単位長さ当たりのシナプス密度を測定した。
【0019】
(結果)ラット大脳皮質神経細胞の培養開始1日後に、10μM Aβ(25-35)を処置するとその4日後には、軸索と樹状突起の著しい萎縮が認められた。ここに、ソミノン、ウィタノライドA、ウィタノシドIVおよびウィタノシドVIをそれぞれ1μMで処置したところ、その4日後には軸索、樹状突起のいずれもが溶媒処置群に比べて有意に伸展した。次にラット大脳皮質神経細胞を3週間培養しシナプスを十分形成させた後、10 μM Aβ(25-35)を4日間処置すると、前シナプス、後シナプスともに顕著に減少した。ここに、ソミノン、ウィタノライドA、ウィタノシドIVおよびウィタノシドVIをそれぞれ1μMで処置したところ、その7日後には前シナプス、後シナプスの密度がいずれも溶媒投与群に比べて有意に増加した。
【0020】
実施例2
空間記憶障害改善作用を示す。
(方法)6週齢のddYマウス(雄)の右側脳室に、25 nmol Aβ(25-35)を投与した。7日後から1日1回薬物(10 μmol/kg)を経口投与し13日間続けた。薬物投与を始めた7日後から、モーリス水迷路にて空間記憶の獲得試験を6日間行った。獲得試験の最終日で薬物投与を中止し、その7日後に水迷路にて空間記憶の保持試験を行った。行動実験終了後、リン酸化型NF-H(軸索マーカー)、MAP2(樹状突起マーカー)、synaptophysin(前シナプスマーカー)、PSD-95(後シナプスマーカー)に対する抗体を用いた免疫染色を行い、軸索、樹状突起、前シナプス、後シナプスの密度を測定した。
【0021】
(結果)25 nmol Aβ(25-35)の脳室内投与により、マウスの記憶保持能力が有意に低下した。薬物を投与し始める、Aβ(25-35)投与の7日後には既に、記憶障害が始まり、軸索、樹状突起、シナプス密度の減少が大脳皮質と海馬で顕著に認められていることを確認した上で、ウィタノライドA、ウィタノシドIVおよびウィタノシドVIをそれぞれ10 μmol/kgで連続経口投与した。4化合物のいずれによっても、記憶保持能力が正常マウスレベルにまで回復し、大脳皮質と海馬における軸索、樹状突起、前シナプスの密度が、正常マウスのレベルにまで回復した。
【産業上の利用可能性】
【0022】
ウィタノシドの代謝物およびアストラガロシド代謝物は、神経回路網形成作用および空間記憶障害改善作用を示し、脳内の神経回路網の破綻に起因する認識機能不全の治療するための薬剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】ウィタノライドA(withanolide A)の化学構造(化1)
【図2】ウィタノシドIV(withanoside IV)の化学構造(化2) ウィタノシドVI(withanoside VI)の化学構造(化3)
【図3】ソミノン(sominone)の化学構造(化4)
【図4】アストラガロシドI(astragaloside I)、 アストラガロシドII(astragaloside II)、 アストラガロシドIV(astragaloside IV)の化学構造
【図5】ソミノン、ウィタノライドAおよびウィタノシドIVによる前シナプスと後シナプスの再形成作用

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウィタノシド(withanoside)の代謝物またはアストラガロシド(astragaloside)代謝物から選ばれる一種以上を有効成分として含有する神経回路網再構築剤。
【請求項2】
ウィタノシド(withanoside)の代謝物がソミノン(sominone)である請求項1記載の神経回路網再構築剤。
【請求項3】
ウィタノシド(withanoside)の代謝物またはアストラガロシド(astragaloside)の代謝物から選ばれる一種以上を有効成分として含有する組成物による神経回路網の再構築方法。
【請求項4】
ウィタノシド(withanoside)の代謝物がソミノン(sominone)である請求項3記載の神経回路網の再構築方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−176428(P2006−176428A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−370299(P2004−370299)
【出願日】平成16年12月22日(2004.12.22)
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)
【Fターム(参考)】