説明

移植用人工弁尖及びその製造方法

【課題】 移植後に自己組織として再生可能となる移植用人工弁尖及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】 本発明に係る移植用人工弁尖は、ヒトの心臓弁の弁尖を模擬した形状を有するものであり、細胞再生の足場となり得る動物組織由来の材料から形成され、DNA量がゼロとなっている。これにより、心臓弁を含む血管組織の移植の場合と異なり、移植用人工弁尖のみが患者の血管組織に移植されるため、当該移植用人工弁尖に細胞が入り易くなり、移植用人工弁尖の自己組織化を一層促進させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移植用人工弁尖及びその製造方法に係り、更に詳しくは、人体に移植した後に当該人体の一組織として再生させることのできる移植用人工弁尖及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人体の心臓弁が正常に働かず、弁の開口部位の狭窄や血液の逆流が生じさせる閉鎖不全のような機能障害が生じた場合には、薬剤投与による内科的治療の他に、弁を修復する弁形成術又は弁を代替弁に置換する弁置換術による外科的治療が行われる。
【0003】
前記弁置換術における代替弁としては、現在、所定の人工材料で形成される機械弁、ウシやブタ等の動物から採取される異種生体弁、他の人体から提供される同種生体弁等がある。ここで、前記機械弁は、耐久性があるものの抗凝固剤を一生飲み続けなければならないという問題がある。一方、前記異種生体弁は、抗凝固剤を一生飲み続けなくても良いが、長期的なカルシウムの沈着(石灰化)等によって弁機能不全を起こし、15年程度で新たな代替弁への交換する必要性がある。また、前記同種生体弁は、ドナー不足により大量確保が難しいという問題がある。これらの中で、異種生体弁は、十分な数を供給でき、且つ、移植後に患者が抗凝固剤を一生飲み続けなくても良いことから、欠点とされている耐久性を向上させれば、他の代替弁より有用になることが期待できる。
【0004】
そこで、ウシやブタ等の動物から採取した異種生体弁に対し、移植後の免疫拒絶反応を抑制し、且つ、耐久性を向上させる次の処理方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。この処理方法では、胆汁酸や界面活性剤等の細胞除去溶液に異種生体弁を浸漬し、動物の内皮細胞、線繊芽細胞等の動物の原細胞を除去する脱細胞化処理が行われる。
【0005】
しかしながら、前述した処理方法にあっては、動物から採取した異種生体弁に対する脱細胞化処理を効果的に行えず、当該脱細胞化処理後の異種生体弁に十分な生体適合性を付与させることできないという不都合がある。すなわち、前述の脱細胞化処理では、原細胞がある程度残存してしまい、当該原細胞の存在により、処理後の異種生体弁の生体適合性が低下する。従って、処理後の異種生体弁について、グルタールアルデヒド等によって組織を固定する処理が必要となり、当該固定処理によって、前述の石灰化を招来するばかりか、患者の自己細胞の増殖が不可能となる。
【0006】
そこで、本発明者らは、以上の課題を解決するために、鋭意、実験研究を行った結果、前記脱細胞処理時において、異種生体弁が浸漬される前記細胞除去溶液に人体の血流にほぼ相当する流れを付与するとともに、前記細胞除去溶液に浸漬された異種生体弁にマイクロ波を照射したところ、残存する原細胞数が、前述の処理方法より大幅に減少することを知見し、当該知見に基づく新たな脱細胞化処理法を提案した(特許文献2、3参照)。
【0007】
そして、異種生体弁が無細胞化されると、前述の固定処理を行う必要がなくなるばかりか、患者に移植した後、当該患者の組織との接触により患者の細胞増殖のための足場が形成されることになり、その結果、自己細胞が経時的に増殖し、患者の自己組織として再生されることが期待できる。
【特許文献1】特開平6−261933号公報
【特許文献2】国際公開第2004/100831号パンフレット
【特許文献3】特開2007−301262号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記特許文献3では、大動脈弁を含む血管組織の部分を動物から採取し、当該動血管組織ごと脱細胞処理することが開示されており、大動脈弁置換術の際に、当該脱細胞処理後の血管組織を患者に移植することを意図している。
しかしながら、大動脈弁を含む前記血管組織を患者に移植する場合、当該血管組織を患者の大動脈に縫合するため、当該縫合部位から離れた弁尖には、患者の細胞が全体的に十分行き渡らない可能性がある。すなわち、図2に示されるように、患者の大動脈Aと前記血管組織Bの縫合部位Tから、血管組織Bと弁尖Vの接合位置まである程度の距離Lがあるため、弁尖Vについては、患者の自己細胞が入り込み難く、自己組織として再生が困難であると思われる。
【0009】
本発明は、このような課題に着目して案出されたものであり、その目的は、移植後に自己組織として再生可能となる移植用人工弁尖及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)前記目的を達成するため、本発明は、ヒトの心臓弁の弁尖を模擬した形状を有する移植用人工弁尖であって、
細胞再生の足場となり得る動物組織由来の材料から形成され、DNA量がゼロとなる、という構成を採っている。
【0011】
(2)また、本発明に係る移植用弁尖の製造方法は、細胞再生の足場となり得る動物組織由来の材料に対し、DNA量をゼロにする無細胞化処理を行った上で、ヒトの心臓弁の弁尖と同一形状に形成する、という手法を採っている。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、動物由来の材料から無細胞化された状態の弁尖形状となっているため、従来のように、心臓弁付近の血管組織ごと移植する必要がない。このため、患者の血管組織から、弁機能不全を招来する弁尖のみを切除し、当該弁尖に代えて移植用人工弁尖を患者の血管組織に縫合すればよい。ここで、移植用人工弁尖は、無細胞化されているため、グルタールアルデヒド等による固定処理の必要性がなく、当該固定処理による経時的な石灰化を抑制することができる。また、移植用人工弁尖は、前記固定処理がされていないため、細胞増殖の足場とすることができ、患者との縫合部分を通じて患者の細胞が入り込んで、自己組織としての再生が期待できる。この際、心臓弁の弁尖を含む血管組織の移植の場合と異なり、移植用人工弁尖のみが患者の血管組織に移植されるため、当該移植用人工弁尖に細胞が入り易くなり、移植用人工弁尖の自己組織化を一層促進させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本実施形態に係る移植用人工弁尖を形成する際に用いる生体組織処理装置の概略斜視図。
【図2】動物から採取した移植用組織となる大動脈を含む血管組織部分の概略断面図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0015】
本実施形態に係る移植用人工弁尖は、ウシ、ブタ、ウマ等の心膜、羊膜、硬膜、小腸粘膜下層等、細胞再生の足場となり得る動物組織の由来のシート材から、ヒトの大動脈弁の弁尖と同一の形状に切り出すことで形成される。前記シート材は、図1に示される生体組織処理装置10によって、DNA量をゼロとする無細胞化処理が行われ、当該無細胞化処理後に前述の弁尖形状に形成される。なお、ここでの無細胞化処理は、動物から採取した前記シート材をデオキシコール酸等の細胞除去溶液に浸漬することにより、前記動物の細胞(以下、「原細胞」と称する)を除去してコラーゲンやエラスチン等からなる基質のみにする処理である。
【0016】
前記生体組織処理装置10は、前記細胞除去溶液を所定の回路によって一方向(図中矢印方向)に循環させる溶液循環部11と、この溶液循環部11の途中に設けられ、前記シート材Tに対し細胞除去溶液を浸漬した状態で保持する組織保持部12と、組織保持部12の周囲に配置され、シート材Tにマイクロ波を照射可能なマイクロ波照射手段13とを備えて構成されている。
【0017】
前記溶液循環部11は、細胞除去溶液に拍動流を付与する拍動ポンプ15と、この拍動ポンプ15から吐出した細胞除去溶液が拍動ポンプ15に戻るように配置された循環路16と、この循環路16内の細胞除去溶液が所望の状態になるように拍動ポンプ15の動作を制御する制御手段17と、循環路16の途中に設けられて細胞除去溶液を冷却する冷却手段18と、組織保持部12から流出した循環路16内の細胞除去溶液の流量及び圧力を測定する計測装置25と、組織保持部12から流出した直後の循環路16内の細胞除去溶液の温度を測定する温度センサ29とを備えて構成されている。
【0018】
前記拍動ポンプ15は、吐出時に拍動流を生成可能な拍動型ポンプであれば何でも良く、例えば、本出願人によって既提案された(特願2002−167836号等参照)ポンプが挙げられる。
【0019】
前記循環路16は、拍動ポンプ15の流出ポート20から吐出した細胞除去溶液が、外気に非接触となる状態で流入ポート21に流入する閉ループ状に構成されている。この循環路16は、人体の血液の体循環状態を模擬可能となる構造が採用されており、本出願人によって既提案された構造(国際公開第2004/100831号パンフレット)と実質的に同一の構造となっており、この構造は、本発明の要旨ではないため、ここでは、詳細な説明を省略する。
【0020】
前記制御手段17は、ソフトウェア及びハードウェアによって構成され、プロセッサ等、複数のプログラムモジュール及び処理回路より成り立っている。この制御手段17は、前記計測装置25により測定された細胞除去溶液の流量及び圧力に基づき、循環路16内の細胞除去溶液に所望の拍動流が付与されるように拍動ポンプ15の駆動を制御するようになっている。具体的に、特に限定されるものではないが、拍動ポンプ15の流出ポート20から吐出した直後の循環路16内の細胞除去溶液は、人体の動脈にほぼ相当する流れに制御され、流入ポート21に流入する直前の循環路16内の細胞除去溶液は、人体の静脈に近い流れに制御される。
【0021】
前記冷却手段18は、流入ポート21に流入する直前の循環路16の一部分を水に浸漬させることで細胞除去溶液を冷却する水槽27と、この水槽27内の水温を低下させる冷却装置28とを備えている。この冷却装置28は、マイクロ波の照射によって加温された循環路16内の細胞除去溶液を冷却するように機能する。
【0022】
前記組織保持部12は、循環路16内を流れる細胞除去溶液を導き、当該細胞除去溶液にシート材Tを浸漬させた状態で保持可能となっている。
【0023】
前記マイクロ波照射手段13は、組織保持部12の下側位置に設けられて当該組織保持部12に対して回転可能に設けられた円盤状のテーブル31と、このテーブル31上に載るとともに、組織保持部12の側方からマイクロ波を照射する照射装置32とを備えて構成されている。
【0024】
前記テーブル31は、図示しないモータ等によって回転速度が制御された状態で回転されるようになっており、テーブル31の回転により、組織保持部12の側方ほぼ全周からシート材Tに万遍なくマイクロ波が照射されることになる。
【0025】
前記照射装置32は、マイクロ波の発生源として図示しないマグネトロンを利用した公知の装置であり、その詳細な構造については、ここでは説明を省略する。この照射装置32は、周波数が2.45GHz、出力が0W〜1500W程度のマイクロ波を照射可能となるものが用いられており、前記温度センサ29の計測値に基づき、自動的にマイクロ波の照射を停止若しくは開始するようになっている。すなわち、循環路16内の細胞除去溶液がマイクロ波の照射によって加温されて、ヒトの体温程度(約37℃)以上になった場合には、マイクロ波の照射を自動的に停止するようになっている。そして、前述したように、冷却装置28により、循環路16内の細胞除去溶液の温度がヒトの体温程度(約37℃)未満に低下すると、再びマイクロ波の照射を開始するようになっている。
【0026】
なお、図中一点鎖線で描かれた部材は、組織保持部12が収容されてテーブル31と一体回転可能なケース34である。当該ケース34は、その内部に照射装置32の照射部32Aが入り込んでおり、当該照射部32Aから照射されたマイクロ波をケース34の外側に漏出させないように設計されている。
【0027】
また、図中符号35は、テーブル31の回転に伴う照射装置32のコードCの絡まりを防止するために設けられたスリップリングである。このスリップリング35は、照射装置32からのコードCが繋がる内筒部分37と、この内筒部分37に電気的に導通可能に設けられるとともに、内筒部分37に相対回転可能に設けられて図示しない電源側からのコードCが繋がる外筒部分38とからなる。このような構造によれば、テーブル31の回転に伴って、照射装置32からのコードを通じて内筒部分37が回転されるが、このとき、外筒部分37は静止状態となり、テーブル31の回転による前記電源側からのコードCの絡まりが阻止されることになる。
【0028】
次に、本発明に係る移植用人工弁尖の製造手順について説明する。
【0029】
先ず、ウシの心膜等のシート材Tを組織保持部12にセットして、生体組織処理装置10内に細胞除去溶液を注入し、当該細胞除去溶液を循環させる。ここで、細胞除去溶液として、例えば、デオキシコール酸、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、トリトンX−100等の界面活性剤が用いられる。このとき、生体組織処理装置10内では、細胞除去溶液が人体の血流に近似した流れの状態で循環することになる。すなわち、図示しない所定のスイッチを投入すると、拍動ポンプ15が駆動し、循環路16内を細胞除去溶液が循環し、拍動ポンプ15から吐出した細胞除去溶液は、人体の一般的な大動脈圧に略相当する圧力で組織保持部12内を流れ、更に循環路16を流れながら人体の末梢抵抗に相当する抵抗が付与され、減圧された細胞除去溶液が拍動ポンプ15に流入する。
【0030】
この際、組織保持部12に保持されたシート材Tに浸漬される細胞除去溶液は、人体の大動脈内を流れる血流にほぼ相当する流れが付与されるとともに、テーブル31の回転により、照射装置32が回転しながらシート材Tの側方ほぼ全周に満遍なくマイクロ波が照射される。これにより、シート材Tは、各種の原細胞(中皮細胞、内皮細胞、線維芽細胞等)が除去され、コラーゲン、エラスチン等からなる基質のみになる。なお、本実施形態では、照射するマイクロ波の条件を、周波数2.45GHz、出力500W以上としている。
【0031】
以上のようにして得られたシート材Tは、DNA量がゼロとなる無細胞化状態となっており、患者の大動脈弁の弁尖のサイズや形状に近いサイズや形状となるように、シート材Tを部分的に切除することで、移植先の患者の弁尖形状に相当する移植用人工弁尖が形成される。この移植用人工弁尖は、弁機能障害の原因となった患者の弁尖が切除された上で、血管組織に直接縫合される。
【0032】
なお、移植用人工弁尖は、種々のサイズや形状のものを予め用意しておくことも可能である。
【0033】
従って、このような実施形態によれば、無細胞化された動物由来の移植用人工弁尖が患者に直接縫合されるため、患者の細胞が移植用人工弁尖に入り込み易くなり、経時的な細胞増殖によって、患者固有の弁尖として再生可能になる。更に、無細胞化されているため、グルタールアルデヒド等の固定処理を行う必要がなく、経時的な石灰化を防ぐことも可能になる。以上により、本発明の移植用人工弁尖は、患者の自己組織への再生が期待され、経時的な石灰化も抑制できることから、成長過程で弁尖の形状が変化し得る若年齢層の患者に対する移植にも好適となる。
【0034】
なお、前記実施形態では、移植用人工弁尖として、大動脈弁の弁尖に適用する場合を説明したが、本発明はこれに限らず、他の心臓弁の弁尖に適用することも可能である。
【0035】
また、前記シート材に対する無細胞化処理は、DNA量をゼロにできる限り、前記生体組織処理装置10の使用に限定されるものではない。すなわち、シート材が浸漬される細胞除去溶液の流れとしては、シート材TのDNA量をゼロにできる限り、拍動流のみならず定常流も適用可能である。
【0036】
更に、本発明における構成は図示構成例に限定されるものではなく、実質的に同様の作用を奏する限りにおいて、種々の変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、動物組織を原材料とし、生体適合性が優れ、且つ、自己組織として再生可能な人工的な弁尖として製造販売可能となる。
【符号の説明】
【0038】
10 生体組織処理装置
T シート材
V 弁尖

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトの心臓弁の弁尖を模擬した形状を有する移植用人工弁尖であって、
細胞再生の足場となり得る動物組織由来の材料から形成され、DNA量がゼロとなることを特徴とする移植用人工弁尖。
【請求項2】
細胞再生の足場となり得る動物組織由来の材料に対し、DNA量をゼロにする無細胞化処理を行った上で、ヒトの心臓弁の弁尖と同一形状に形成することを特徴とする移植用人工弁尖の製造方法。

【図1】
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【図2】
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