説明

移相値算出装置、移相器制御装置及びプログラム

【課題】アンテナ利得劣化量を確実にかつ効果的に低減させるための移相値を算出する。
【解決手段】移相値算出部20の利得劣化量算出手段22は、移相器2の量子化移相誤差、移相器2の移相損及びアンテナ素子1に対する振幅重み付けを反映した式(1)によって、移相オフセット値Pを変化させアンテナ利得劣化量Dを算出し、アンテナ利得劣化量Dと移相オフセット値Pとを対応付けて利得劣化量メモリ23に記憶する。最適移相値設定手段24は、利得劣化量メモリ23から、アンテナ利得劣化量Dが最小となる移相オフセット値Pを抽出し、これを最適移相オフセット値Pooptとして最適量子化移相値φQopt_kを算出し、これを移相設定値として出力する。これにより、移相器2は、アンテナ利得劣化量Dが最小となる移相設定値に基づいて制御され、アンテナ素子1には、アンテナ利得劣化量Dを最小に抑えたビームが、所定のビーム指向方向に形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のアンテナ素子、複数の移相器、及び移相器制御装置により構成されるフェーズドアレイアンテナシステムにおいて、各移相器の最適な移相値を算出する移相値算出装置、最適な移相値に基づいて移相器を制御する移相器制御装置、及びプログラムに関わるものである。
【背景技術】
【0002】
フェーズドアレイアンテナシステムは、複数のアンテナ素子、及びアンテナ素子毎に設けられた移相器により構成されるリフレクトアレイアンテナ等のフェーズドアレイアンテナと、移相器を制御する制御装置(移相器制御装置)とを備えて構成される。移相器制御装置は、各移相器の移相値を制御することにより、所望の方向にアンテナのビームを指向することができる。移相器としてディジタル移相器を用いた場合には、所要の理想移相値(アナログ値)を量子化するため、量子化後の量子化移相値(ディジタル値)と理想移相値(アナログ値)との間の差、すなわち量子化移相誤差によってアンテナ利得の劣化が生じる。
【0003】
アンテナ利得の劣化が生じると、ビーム指向方向の電波の送信電力及び受信電力が低下し、これにより、伝送する情報の品質が劣化してしまう。このような場合には、伝送する情報の品質劣化を避けるために、送信電力の増力を行う必要がある。したがって、フェーズドアレイアンテナシステムでは、アンテナ利得の劣化をできる限り抑えることが望ましい。
【0004】
このような量子化移相誤差によって生じるアンテナ利得劣化量を低減させるために、最適な移相値を算出する移相値算出装置が知られている(特許文献1を参照)。この移相値算出装置は、量子化する前の理想移相値に対する最適移相オフセット値Poopを求め、理想移相値に最適移相オフセット値Poopを加えた最適オフセット理想移相値を求め、最適オフセット理想移相値を量子化して最適量子化移相値を求める。この最適量子化移相値に基づいて移相器を制御することにより、アンテナ利得劣化量を低減させることができる。
【0005】
図6は、最適な移相値を算出する従来技術を説明するブロック図であり、フェーズドアレイアンテナシステムのブロック構成、及び移相設定値を求める処理フローを示している。このフェーズドアレイアンテナシステムは、移相値算出装置100、アンテナ特性解析手段101、入力装置102、移相設定器103及びフェーズドアレイアンテナ104を備えている。フェーズドアレイアンテナ104は、複数のアンテナ素子、及びアンテナ素子毎に設けられた移相器により構成される。
【0006】
アンテナ特性解析手段101は、電磁気学的な理論に基づいてアンテナ特性を解析し、フェーズドアレイアンテナ104に対するアナログの理想移相値を移相器毎に求める。移相値算出装置100は、アンテナ特性解析手段101により求めたアナログの理想移相値に基づいて、量子化による利得劣化が最小になる最適理想オフセット値を求め、量子化した最適な移相値(移相設定値)を移相器毎に求める。入力装置102は、各アンテナ素子及び移相器に対応する量子化された移相設定値を移相設定器103に入力する。移相設定器103は、入力装置102により入力された移相設定値をフェーズドアレイアンテナ104の各移相器に設定する。
【0007】
移相値算出装置100は、理想移相値保持手段110、移相値量子化手段111、移相値算出手段112及び移相設定値保持手段113を備えている。理想移相値保持手段110は、アンテナ特性解析手段101により求めたアナログの理想移相値を保持する。
【0008】
移相値算出手段112は、理想移相値保持手段110から移相器毎の理想移相値を入力し(ステップS100)、移相器毎の理想移相値に対して所定の移相オフセット値Pを設定し(ステップS101)、理想移相値に移相オフセット値Pを加えてオフセットし、オフセット理想移相値を求める(ステップS102)。
【0009】
そして、移相値算出手段112は、移相値量子化手段111によってオフセット理想移相値を量子化し、オフセット量子化移相値を求め、オフセット理想移相値(アナログ値)とオフセット量子化移相値(ディジタル値)との間の量子化移相誤差について二乗平均平方根(RMS:Root Mean Square)を求める。また、移相値算出手段112は、移相オフセット値を変化させながら、量子化移相誤差のRMSが最小となる最適移相オフセット値Poopを求める(ステップS103)。移相値算出手段112は、移相器毎の理想移相値を最適移相オフセット値Poopによりオフセットした最適オフセット理想移相値を求め、これを移相値量子化手段111によって量子化し、最適量子化移相値を移相設定値とする(ステップS104)。
【0010】
移相設定値保持手段113は、移相値算出手段112により算出された移相器毎の移相設定値を保持する。このようにして、移相値算出装置100の移相設定値保持手段113に保持された移相器毎の移相設定値は、入力装置102及び移相設定器103を介して、フェーズドアレイアンテナ104の各移相器に設定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第4177207号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
前述の特許文献1では、フェーズドアレイアンテナ104のアンテナ利得劣化量を低減させるために、量子化移相誤差のRMSが最小になるように移相値を求めている。しかしながら、一般に、フェーズドアレイアンテナ104の移相器には挿入損があり、挿入損は、設定される移相値によって変化し、アンテナ利得を劣化させてしまう。したがって、アンテナ利得劣化量は、量子化移相誤差と移相器の挿入損との複合的な影響によって決まると考えられるから、量子化移相誤差のRMSが最小のときに、必ずしもアンテナ利得劣化量が最小になるとは限らない。すなわち、アンテナ利得劣化量をより効果的に低減させるためには、量子化移相誤差の影響と、移相値によって変化する移相器の挿入損の影響とを同時に考慮した移相値を求めることが必要である。
【0013】
また、フェーズドアレイアンテナ104の各アンテナ素子に対して振幅重み付けがされている場合には、その重みに応じて、量子化移相誤差及び挿入損の影響度が変化する。しかしながら、特許文献1では、振幅重み付けを考慮した具体的なアンテナ利得劣化量を求める手法は示されていない。アンテナ素子に対する振幅重み付けは、フェーズドアレイアンテナ104の各アンテナ素子におけるビーム(電波)の振幅を相対的に変化させるための重みである。アンテナ素子毎に設けられた移相器は、設定された振幅重み付けに応じて、電波の振幅を変化させる。
【0014】
さらに、特許文献1では、アンテナ利得劣化量を低減させるために、量子化移相誤差のRMSが最小となるように移相値を算出しており、これは、アンテナ利得劣化量が、量子化移相誤差のRMSに対する単調増加関数であることを示す計算結果に基づいている。その計算結果は、ある特定のフェーズドアレイアンテナ104において導き出されたものであり、多くのフェーズドアレイアンテナ104において同様の傾向を示すと考えられる。
【0015】
しかしながら、アンテナ利得劣化量が単調増加関数であることを示す計算結果は、必ずしも全てのフェーズドアレイアンテナ104に当てはまるとは限らない。特に、量子化ビット数が少ない移相器の場合には、アンテナ利得劣化量は、必ずしも、量子化移相誤差のRMSに対する単調増加関数になるとは限らない。
【0016】
図7は、図6に示した従来技術のフェーズドアレイアンテナシステムにおいて、量子化ビット数が1の移相器を備えたフェーズドアレイアンテナ104についての量子化移相誤差のRMSとアンテナ利得劣化量の関係を示すシミュレーション結果である。このシミュレーション結果は、以下に示す条件にて計算されたものである。
(1)アンテナタイプ:リフレクトアレイアンテナ
(2)アンテナ素子の配列:格子状、縦横40×40素子
(3)アンテナ素子の間隔:縦横0.7λ(λは電波の波長)
(4)一次放射器(点波源)の位置:アンテナ素子アレイの正面46λの距離
(5)ビーム指向方向:アジマス0度、エレベーション0度
【0017】
図7から、アンテナ利得劣化量は、量子化移相誤差のRMS値が大きくなるに従って単調増加しているが、量子化移相誤差のRMSが0.889rad及び0.922rad付近に、単調増加していない部分があることがわかる。これは、移相器の挿入損の影響を無視できる場合においても、従来のように量子化移相誤差のRMSが最小になるように移相値を設定したときに、アンテナ利得劣化量を最小にすることができない場合があることを示している。
【0018】
したがって、量子化移相誤差のRMSに基づいてアンテナ利得劣化量を最小にする手法ではなく、量子化移相誤差、移相器の挿入損及び振幅重み付けから、アンテナ利得劣化量を直接求める手法を用いることが望ましい。
【0019】
一方、量子化ビット数が大きい場合には、量子化移相誤差が小さくなり、量子化移相誤差の影響によるアンテナ利得劣化量も小さくなる。この場合、量子化移相誤差よりも移相器の挿入損の方が、アンテナ利得劣化量に与える影響が大きくなる。つまり、量子化移相誤差のみに着目した特許文献1の手法では、量子化ビット数が大きい場合に、必ずしも、アンテナ利得劣化量を低減させるための適切な移相値を求めることができるとは限らない。
【0020】
そこで、本発明は、前記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、アンテナ利得劣化量を確実にかつ効果的に低減させるための移相値を算出する移相値算出装置、移相設定装置により求めた移相値を用いて移相器を制御する移相器制御装置、及びプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、移相器の量子化移相誤差の影響に加え、移相器の挿入損の影響、及びアンテナ素子に対する振幅重み付けの影響を考慮したアンテナ利得劣化量Dが、以下の式で表されることを見出した。
【数1】

ここで、Nは移相器の数、kは移相器の番号を表す。a,φは、移相器番号kのアンテナ素子に対する理想振幅値(振幅重み付け)及び理想移相値をそれぞれ表す。φQは、移相器番号kの移相器における量子化移相値である。すなわち、φQ−φは量子化移相誤差を表す。αφQkは、量子化移相値がφQのときの移相器の挿入損を表す係数、すなわち、移相器の入力信号の振幅に対する出力信号の振幅の比であり、0から1までの範囲の値をとる。
【0022】
前記式(1)において、対数の真数部分の分母は、移相器の量子化移相誤差及び移相器の挿入損の影響がない場合の理想的なフェーズドアレイアンテナのアンテナ利得を表す。分子は、移相器の量子化移相誤差、移相器の挿入損及びアンテナ素子に対する振幅重み付けの影響を考慮した場合のアンテナ利得を表す。移相器の量子化移相誤差が大きい場合、アンテナ利得劣化量Dは大きくなり、移相器の量子化移相誤差が小さい場合、アンテナ利得劣化量Dは小さくなる。また、移相器の挿入損が大きい場合、アンテナ利得劣化量Dは大きくなり、移相器の挿入損が小さい場合、アンテナ利得劣化量Dは小さくなる。
【0023】
前記式(1)において、対数の真数部分の分母は、次の処理により導出される。フェーズドアレイアンテナの電界放射パターンは、球座標系を表す角度(θ,φ)の関数として、各アンテナ素子の励振電流の合成により、以下の式で表される。
【数2】

【0024】
ここで、aは、k番目のアンテナ素子における振幅、expの項は位相を表す。また、u及びuは、以下の式で表される。
【数3】

【数4】

(x,y,z)は、k番目のアンテナ素子の座標を表し、(θ,φ)は、アンテナのビームを指向させる方向を表す。
【0025】
前記式(2)より、ビーム指向方向の電界は、以下の式で表される。
【数5】

【0026】
このため、ビーム指向方向の利得は、以下の式で表される。
【数6】

この式(6)が、前記式(1)における対数の真数部分の分母となっている。
【0027】
一方、前記式(1)において、対数の真数部分の分子も、分母の場合と同様に導出される。分子の場合は、振幅には移相器の挿入損の係数αφQkが掛かり、移相には量子化移相誤差φQ−φが加わるから、フェーズドアレイアンテナの電界放射パターンは、以下の式で表される。
【数7】

【0028】
これにより、ビーム指向方向の電界は、以下の式で表される。
【数8】

【0029】
このため、ビーム指向方向の利得は、以下の式で表される。
【数9】

この式(9)が、前記式(1)における対数の真数部分の分子になっている。尚、前記式(7)及び(8)における電界の絶対的な値及び真の利得は、実際には固定係数を乗算することによって求められるが、ここでは相対的な値がわかればよいので省略してある。
【0030】
前記式(1)を用いることにより、移相器の量子化移相誤差の影響、移相器の挿入損の影響、及びアンテナ素子に対する振幅重み付けの影響を総合的に考慮したアンテナ利得劣化量を直接求めることができる。そして、このアンテナ利得劣化量を最小にする移相器毎の移相値を求め、この移相値に基づいて移相器を制御することにより、アンテナ利得劣化量を確実にかつ効果的に低減させることができる。尚、移相器の量子化移相誤差の影響に加え、移相器の挿入損の影響を考慮してアンテナ利得劣化量を直接求め、移相器毎の移相値を求めるようにしてもよいし、移相器の量子化移相誤差の影響に加え、アンテナ素子に対する振幅重み付けの影響を考慮したアンテナ利得劣化量を直接求め、移相器毎の移相値を求めるようにしてもよい。また、移相器の挿入損のみの影響を考慮して、移相器毎の移相値を求めるようにしてもよいし、移相器の挿入損の影響に加え、アンテナ素子に対する振幅重み付けの影響を考慮して、移相器毎の移相値を求めるようにしてもよい。
【0031】
すなわち、本発明による移相値算出装置は、フェーズドアレイアンテナの移相器を制御するための量子化した移相設定値を算出する移相値算出装置において、アナログの理想移相値に所定の移相オフセット値を加えて量子化し、前記量子化して得た量子化移相値と前記アナログの理想移相値との間の量子化移相誤差、及び前記量子化移相値のときの移相器の挿入損に基づいて、アンテナ利得劣化量を算出する利得劣化量算出手段と、前記移相オフセット値と前記アンテナ利得劣化量とを記憶するメモリと、前記移相器を制御するための移相設定値を算出する移相値設定手段と、を備え、前記利得劣化量算出手段が、前記移相オフセット値を変化させてそれぞれのアンテナ利得劣化量を算出し、前記移相オフセット値と前記移相オフセット値に対応するアンテナ利得劣化量とを前記メモリにそれぞれ記憶し、前記移相値設定手段が、前記メモリに記憶された複数のアンテナ利得劣化量のうちの最小のアンテナ利得劣化量を特定し、前記最小のアンテナ利得劣化量に対応する移相オフセット値を前記メモリから読み出し、前記アナログの理想移相値に前記移相オフセット値を加えて量子化し、前記量子化して得た量子化移相値を前記移相設定値とする、ことを特徴とする。
【0032】
また、本発明による移相値算出装置は、前記利得劣化量算出手段が、前記量子化移相誤差及び移相器の挿入損に基づいてアンテナ利得劣化量を算出する代わりに、前記量子化移相誤差、及び前記フェーズドアレイアンテナのアンテナ素子に対する振幅重み付けに基づいて、アンテナ利得劣化量を算出する、ことを特徴とする。
【0033】
また、本発明による移相値算出装置は、前記利得劣化量算出手段が、前記量子化移相誤差、前記量子化移相値のときの移相器の挿入損、及び前記フェーズドアレイアンテナのアンテナ素子に対する振幅重み付けに基づいて、アンテナ利得劣化量を算出する、ことを特徴とする。
【0034】
また、本発明による移相値算出装置は、前記利得劣化量算出手段が、前記量子化移相値のときの移相器の挿入損に基づいて、または、前記移相器の挿入損、及び前記フェーズドアレイアンテナのアンテナ素子に対する振幅重み付けに基づいて、アンテナ利得劣化量を算出する、ことを特徴とする。
【0035】
また、本発明による移相値算出装置は、前記利得劣化量算出手段の代わりに利得算出手段を備え、前記利得算出手段が、アナログの理想移相値をφ、量子化移相値をφQ、前記量子化移相値φQのときの移相器の挿入損をαφQk、フェーズドアレイアンテナのアンテナ素子に対する振幅重み付けをa、移相器の番号をk、及び移相器の数をNとした場合、
[数式]

により、移相器毎の個別利得を合計して利得を算出する際に、前記移相オフセット値を変化させてそれぞれの利得を算出し、前記移相オフセット値と前記移相オフセット値に対応する利得とを前記メモリにそれぞれ記憶し、前記移相値設定手段が、前記メモリに記憶された複数の利得のうちの最大の利得を特定し、前記最大の利得に対応する移相オフセット値を前記メモリから読み出し、前記アナログの理想移相値に前記移相オフセット値を加えて量子化し、前記量子化して得た量子化移相値を前記移相設定値とする、ことを特徴とする。
【0036】
さらに、本発明による移相器制御装置は、フェーズドアレイアンテナの移相器を制御し、所定のビーム指向方向にビームを形成する移相器制御装置において、前記移相値算出装置により複数のビーム指向方向についてそれぞれ算出された移相設定値を、前記ビーム指向方向に対応して記憶するメモリと、ユーザにより指定されたビーム指向方向に対応する移相設定値を、前記メモリから読み出すメモリ読み出し手段と、前記メモリ読み出し手段により読み出された移相設定値に基づいて、前記移相器を制御する移相器インタフェースと、を備えたことを特徴とする。
【0037】
さらに、本発明による移相値算出プログラムは、コンピュータを、前記移相値算出装置として機能させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0038】
以上のように、本発明によれば、アンテナ利得劣化量を確実にかつ効果的に低減させることができる。つまり、従来よりも伝送する情報の品質を向上させ、送信電力を低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】実施例1を説明するブロック図である。
【図2】移相値算出部の処理を示すフローチャートである。
【図3】移相オフセット値Pとアンテナ利得劣化量Dの関係を示すシミュレーション結果である。
【図4】移相オフセット値Pと量子化移相誤差のRMSの関係を示すシミュレーション結果である。
【図5】実施例2を説明するブロック図である。
【図6】従来技術を説明するブロック図である。
【図7】量子化移相誤差のRMSとアンテナ利得劣化量の関係を示すシミュレーション結果である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本発明を実施するための形態について図面を用いて詳細に説明する。
〔実施例1〕
まず、実施例1について説明する。実施例1は、ユーザにより任意に指定されたビーム指向方向を入力し、入力したビーム指向方向において、アンテナ利得劣化量を最小にするための移相器毎の移相値を算出し、この移相値に基づいて移相器を制御することにより、ユーザにより指定されたビーム指向方向にビーム形成を行う。
【0041】
図1は、実施例1を説明するブロック図である。このフェーズドアレイアンテナシステムは、複数のアンテナ素子1、アンテナ素子毎に設けられた移相器2、伝送する情報を送信または受信する送受信機3、ユーザにより指定されたビーム指向方向にてアンテナ利得劣化量を最小にするための移相器毎の移相値を算出し、この移相値に基づいて移相器2を制御する移相器制御装置4−1を備えている。アンテナ素子1及び移相器2によりフェーズドアレイアンテナが構成される。移相器制御装置4−1は、アンテナ素子1、移相器2及び送受信機3と共に、送信装置に実装される。
【0042】
移相器制御装置4−1は、ビーム指向方向入力インタフェース10、移相値算出部20(移相値算出装置)及び移相器インタフェース30を備えている。ビーム指向方向入力インタフェース10は、ユーザにより任意に指定されたビーム指向方向θを外部から入力し、入力したビーム指向方向θを移相値算出部20に出力する。
【0043】
移相値算出部20は、ビーム指向方向入力インタフェース10からビーム指向方向θを入力し、このビーム指向方向θにおける理想移相値φに対し所定の移相オフセット値Pを加えて量子化し、前記式(1)に示した、移相器2の量子化移相誤差、移相器2の挿入損及びアンテナ素子1に対する振幅重み付けの影響を総合的に考慮したアンテナ利得劣化量Dを求める。そして、移相値算出部20は、アンテナ利得劣化量Dが最小になる移相オフセット値Pを求め、理想移相値φにこの移相オフセット値Pを加えて量子化した最適量子化移相値φQopt_kを求め、これを移相設定値として移相器インタフェース30に出力する。移相値算出部20の詳細については後述する。
【0044】
移相器インタフェース30は、移相値算出部20から、ビーム指向方向θにおける最適量子化移相値φQopt_kである移相設定値を入力し、移相設定値を移相器2の制御信号に変換し、制御信号φQopt_kを移相器2へ出力する。
【0045】
このように、移相器制御装置4−1は、移相器インタフェース30から、最適量子化移相値φQopt_kである移相設定値が反映された制御信号φQopt_kを移相器2へ出力することにより、移相器2を制御する。これにより、アンテナ素子1及び移相器2により構成されるフェーズドアレイアンテナにおいて、アンテナ利得劣化量Dを最小に抑えたビームが、ユーザにより指定されたビーム指向方向θに形成される。
【0046】
(移相値算出部)
次に、図1に示した移相値算出部20について詳細に説明する。図1に示すように、この移相値算出部20は、理想移相値算出手段21、利得劣化量算出手段22、利得劣化量メモリ23及び最適移相値設定手段(移相値設定手段)24を備えている。図2は、移相値算出部20の処理を示すフローチャートである。
【0047】
移相値算出部20の理想移相値算出手段21は、ビーム指向方向入力インタフェース10からビーム指向方向θを入力し(ステップS1)、ビーム指向方向θに基づいて、所定の数式により移相器2毎の理想移相値φ(k=1,2,・・・,N:Nは移相器2の数)を求める(ステップS2)。この理想移相値φを求める手法は既知であるから説明を省略する。理想移相値算出手段21により求めた理想移相値φは、利得劣化量算出手段22に出力される。
【0048】
利得劣化量算出手段22は、理想移相値算出手段21から理想移相値φを入力し、理想移相値φに移相オフセット値P(初期値0)を加え、オフセット理想移相値φ+Pを算出する(ステップS3)。ここで、同じ値の移相オフセット値Pが移相器2毎の理想移相値φに加えられる。そして、利得劣化量算出手段22は、オフセット理想移相値φ+Pを量子化し、量子化移相値φQを算出する(ステップS4)。利得劣化量算出手段22は、処理がステップS2から移行した場合、移相オフセット値P=0として、入力した理想移相値φであるオフセット理想移相値φを量子化し、量子化移相値φQを算出する。このように、利得劣化量算出手段22は、理想移相値φを、移相器2の離散移相値に合わせて量子化し、量子化移相値φQを求める。
【0049】
利得劣化量算出手段22は、k番目の移相器2に対するアンテナ素子の理想振幅値(振幅重み付け)a、k番目の移相器2における理想移相値φ、k番目の移相器2における量子化移相値φQ、及びこの量子化移相値φQのときの移相器2の挿入損αφQkから前記式(1)によって、アンテナ利得劣化量Dを算出する(ステップS5)。尚、アンテナ素子の理想振幅値(振幅重み付け)aは、アンテナ素子1及び移相器2毎に予め設定された既知の値であり、移相器2の挿入損αφQkは、量子化移相値φQに応じて定められる既知の値である。
【0050】
利得劣化量算出手段22は、ステップS3にて用いた移相オフセット値P(最初はP=0rad)と、ステップS5にて算出したアンテナ利得劣化量Dとを対応付けて、利得劣化量メモリ23に記憶する(ステップS6)。
【0051】
利得劣化量算出手段22は、移相オフセット値Pを微小量δP増加させ(ステップS7)、すなわち、P=P+δPの計算を行い、新たな移相オフセット値Pを求め、新たな移相オフセット値Pが2π以上であるか否かを判定する(ステップS8)。
【0052】
利得劣化量算出手段22は、ステップS8において、新たな移相オフセット値Pが2π以上でないと判定した場合(ステップS8:N)、ステップS3へ移行する。利得劣化量算出手段22は、ステップS3及びステップS4において、δP増加させた新たな移相オフセット値Pを用いて、オフセット理想移相値φ+Pを算出し、このオフセット理想移相値φ+Pを、再び移相器2の離散移相値に合わせて量子化し、量子化移相値φQを求める。そして、前述の手順と同様に、ステップS5において、前記式(1)によってアンテナ利得劣化量Dを算出し、ステップS6において、移相オフセット値Pとアンテナ利得劣化量Dとを対応付けて、利得劣化量メモリ23に記憶する。
【0053】
このように、利得劣化量算出手段22は、移相オフセット値Pの値を微小量δPずつ増加させながら、移相オフセット値Pが2πまたは2π以上となるまで、ステップS3〜ステップS7の手順を繰り返し、移相オフセット値Pとアンテナ利得劣化量Dとを対応付けて利得劣化量メモリ23に記憶する。
【0054】
尚、ステップS7において、移相オフセット値Pの値を増加させる微小量δPは、2πよりも十分小さい値、例えば、2π/20radである。微小量δPが小さいほど、後述するステップS9において、アンテナ利得劣化量Dの最小値を精度よく決定することができる。
【0055】
一方、利得劣化量算出手段22は、ステップS8において、新たな移相オフセット値Pが2π以上であると判定した場合(ステップS8:Y)、ステップS9へ移行する。この場合、利得劣化量メモリ23には、移相オフセット値P及びアンテナ利得劣化量Dが、P=0から2πまでの間の微小量δP刻みで記憶されている。
【0056】
最適移相値設定手段24は、ステップS8から移行して、利得劣化量メモリ23に記憶された複数のアンテナ利得劣化量Dのうち、最小となるアンテナ利得劣化量Dを特定し、そのアンテナ利得劣化量Dに対応する移相オフセット値Pを利得劣化量メモリ23から読み出して抽出する(ステップS9)。そして、抽出した移相オフセット値Pを最適移相オフセット値Pooptとする。最適移相値設定手段24は、移相器2毎の理想移相値φに最適移相オフセット値Pooptを加え、移相器2毎の最適オフセット理想移相値φ+Pooptを算出し(ステップS10)、移相器2毎の最適オフセット理想移相値φ+Pooptを移相器2の離散移相値に合わせて量子化し、移相器2毎の最適量子化移相値φQopt_kを算出する(ステップS11)。最適移相値設定手段24は、移相器2毎の最適量子化移相値φQopt_kを移相器2毎の移相設定値として移相器インタフェース30に出力する(ステップS12)。
【0057】
尚、利得劣化量算出手段22は、前記式(1)によってアンテナ利得劣化量Dを算出し、移相オフセット値Pと共に利得劣化量メモリ23に記憶するようにしたが、利得劣化量算出手段22の代わりとなる利得算出手段が、前記式(1)の代わりに前記式(9)におけるΣの演算部分の絶対値のみによって利得を算出し、この利得を移相オフセット値Pと共に、利得劣化量メモリ23の代わりとなる利得メモリに記憶するようにしてもよい。すなわち、利得算出手段は、移相器2毎に、アンテナ素子に対する理想振幅値(振幅重み付け)aに、量子化移相値φQのときの移相器2の挿入損αφQkを乗算し、その乗算結果に、量子化移相誤差φQ−φの指数関数値(exp{j(φQ−φ)})を乗算して個別利得を算出し、全ての移相器2の個別利得を合計し、その合計の絶対値を全体の利得とする。そして、利得算出手段は、アンテナ利得劣化量Dの場合と同様に、ステップS9において、利得メモリから利得が最大の移相オフセット値P(最適移相オフセット値Poopt)を抽出する。これにより、アンテナ利得劣化量Dの場合と同様の最適移相オフセット値Pooptが抽出されるから、前記式(1)によりアンテナ利得劣化量Dを算出する場合に比べ、利得を算出する際に計算量を削減することができる。
【0058】
(移相オフセット値とアンテナ利得劣化量の関係)
次に、移相オフセット値Pとアンテナ利得劣化量Dとの間の関係について説明する。図3は、移相オフセット値Pとアンテナ利得劣化量Dとの間の関係を示すシミュレーション結果であり、前述の実施例1において、図3に示す関係を有する移相オフセット値P及びアンテナ利得劣化量Dが、図1に示した利得劣化量メモリ23に記憶される。
【0059】
このシミュレーション結果は、以下に示す条件にて計算されたものである。
(1)アンテナタイプ:リフレクトアレイアンテナ
(2)アンテナ素子の配列:格子状、縦横40×40素子
(3)アンテナ素子の間隔:縦横0.7λ
(4)一次放射器(点波源)位置: アンテナ素子アレイの正面46λの距離
(5)一次放射器の利得:20dBi
(6)ビーム指向方向:アジマス0度、エレベーション0度
(7)移相器2へ設定可能な移相値:π/2,−π/2の2つの離散値
(8)移相器2の挿入損:移相値がπ/2のとき2.7dB、−π/2のとき5.3dB
【0060】
図3から、移相オフセット値Pを3.77radとしたときに、アンテナ利得劣化量Dが最小の7.25dBとなることがわかる。移相値算出部20の最適移相値設定手段24は、最適移相オフセット値Pooptを3.77radとし、各移相器2の移相設定値を求める。
【0061】
(移相オフセット値と量子化移相誤差のRMSの関係)
次に、移相オフセット値Pと量子化移相誤差のRMSとの間の関係について説明する。図4は、移相オフセット値Pと量子化移相誤差のRMSとの間の関係を示すシミュレーション結果であり、移相器2の挿入損等を考慮することなく、量子化移相誤差のRMSから最適移相オフセット値Pooptを求める従来技術に対応したものである。
【0062】
図4から、移相オフセット値Pと量子化移相誤差のRMSとの間には、移相の離散値間隔を周期として、同じ形のカーブになる関係があることがわかる。移相オフセット値Pを変化させる範囲は離散値間隔の範囲であり、このシミュレーションの場合はπである。したがって、0からπの範囲で最適移相オフセット値Pooptを求めると、量子化移相誤差のRMSが最小となるときの0.94radとなる。これは、実際の移相器2の挿入損等を考慮した実施例1のシミュレーション結果(図3)における最適移相オフセット値Poopt=3.77radとは異なる結果である。図3において、移相オフセット値P=0.94radのときアンテナ利得劣化量D=7.73であり、アンテナ利得劣化量Dは最小ではない。
【0063】
このように、量子化移相誤差のRMSから最適移相オフセット値Pooptを求める従来技術では、実施例1とは異なり、必ずしもアンテナ利得劣化量Dを最小にするとは限らない最適移相オフセット値Pooptが求められる。したがって、従来技術の最適移相オフセット値Pooptから求めた移相設定値を用いた場合には、アンテナ利得劣化量Dを最小にすることができない場合がある。これに対し、実施例1では、移相器2の挿入損等の影響も考慮しているから、実際のアンテナ利得劣化量Dが最小になる最適移相オフセット値Pooptが求められる。つまり、実施例1の最適移相オフセット値Pooptから求めた移相設定値を用いることにより、アンテナ利得劣化量Dを確実に最小にすることができる。
【0064】
以上のように、図1に示した実施例1によれば、移相器2の量子化移相誤差、移相器2の移相損及びアンテナ素子1に対する振幅重み付けを反映した前記式(1)によって、移相オフセット値Pを変化させてアンテナ利得劣化量Dをそれぞれ算出し、アンテナ利得劣化量Dと移相オフセット値Pとを対応付けて記憶した利得劣化量メモリ23から、アンテナ利得劣化量Dが最小となる移相オフセット値Pを抽出し、これを最適移相オフセット値Pooptとして最適量子化移相値φQopt_kを算出し、これを移相設定値として出力するようにした。これにより、移相器2は、アンテナ利得劣化量Dが最小となる移相設定値に基づいて制御され、アンテナ素子1には、アンテナ利得劣化量Dを最小に抑えたビームが、所定のビーム指向方向に形成される。
【0065】
したがって、移相器2の量子化移相誤差の影響に加え、移相器2の挿入損の影響、及びアンテナ素子1に対する振幅重み付けの影響も考慮に入れて、最適な移相設定値を求めることができるから、アンテナ利得劣化量Dを確実にかつ効果的に低減させることができる。
【0066】
〔実施例2〕
次に、実施例2について説明する。実施例2は、指定するビーム指向方向数が限られており、予め指向方向がわかっている場合に用いられるフェーズドアレイアンテナシステムである。具体的には、運用前に、予め設定された複数のビーム指向方向において、アンテナ利得劣化量を最小にするための移相値をそれぞれ算出し、ビーム指向方向と移相値とを対応付けてメモリに記憶する。そして、運用時に、ユーザにより指定されたビーム指向方向に対応する移相値をメモリから読み出し、この移相値に基づいて移相器を制御することにより、ビーム形成を行う。
【0067】
図5は、実施例2を説明するブロック図である。このフェーズドアレイアンテナシステムは、複数のアンテナ素子1、アンテナ素子毎に設けられた移相器2、伝送する情報を送信または受信する送受信機3、ユーザにより指定されたビーム指向方向においてアンテナ利得劣化量を最小にするための移相値をメモリから読み出し、この移相値に基づいて移相器2を制御する移相器制御装置4−2、及び、複数のビーム指向方向においてアンテナ利得劣化量を最小にするための移相値をそれぞれ算出し、メモリに記憶する移相値算出装置5を備えている。アンテナ素子1及び移相器2によりフェーズドアレイアンテナが構成される。移相器制御装置4−2は、アンテナ素子1、移相器2及び送受信機3と共に、送信装置に実装される。また、移相値算出装置5は、例えば、送信装置に対して離れた場所に設置されたパーソナルコンピュータである。
【0068】
図5に示すフェーズドアレイアンテナシステムにより、移相器制御装置4−2が移相器2を制御してビームを形成する運用にあたり、まず、その運用前に、移相値算出装置5は、本フェーズドアレイアンテナシステムにて用いる全てのビーム指向方向θi(i=1,2,・・・,M:Mはビーム指向方向の数)に対して、最適量子化移相値φQopt_kiである移相設定値をそれぞれ算出し、後述する最適移相値メモリ40に記憶する。
【0069】
移相値算出装置5は、ビーム指向方向入力インタフェース10、ビーム指向方向メモリ11、移相値算出部20及び最適移相値メモリ40を備えている。ビーム指向方向入力インタフェース10は、予め設定された複数のビーム指向方向θiを外部から入力し、入力した複数のビーム指向方向θiをビーム指向方向メモリ11に記憶する。これにより、ビーム指向方向メモリ11には、本フェーズドアレイアンテナシステムにて用いる全てのビーム指向方向θiが記憶される。
【0070】
移相値算出部20は、ビーム指向方向メモリ11からビーム指向方向θiを一つずつ読み出し、ビーム指向方向θi毎に、ビーム指向方向θiに対応した最適量子化移相値φQopt_kiを逐次算出する。尚、移相値算出部20の処理は、図1及び図2に示した移相値算出部20の処理と同様であるから、ここでは説明を省略する。
【0071】
そして、移相値算出部20は、各ビーム指向方向θi及びこれに対応した最適量子化移相値φQopt_kiである移相設定値を最適移相値メモリ40に記憶する。これにより、最適移相値メモリ40には、ビーム指向方向θiと最適量子化移相値φQopt_kiである移相設定値(i=1,2,・・・,M)とが対応付いて記憶されることになる。ここで、最適移相値メモリ40は、持ち運び可能なメモリカード等の記録媒体である。
【0072】
次に、図5に示すフェーズドアレイアンテナシステムの運用にあたり、ユーザは、移相値算出装置5から最適移相値メモリ40を取り外し、移相器制御装置4−2へ装着する。そして、移相器制御装置4−2は、ユーザにより指定されたビーム指向方向θに対応する最適量子化移相値φQopt_kである移相設定値を最適移相値メモリ40から読み出し、この移相設定値に基づいて移相器2を制御する。
【0073】
移相器制御装置4−2は、移相器インタフェース30、最適移相値メモリ40、メモリ読み出し部41及びビーム指向方向入力インタフェース42を備えている。最適移相値メモリ40には、ビーム指向方向θiと移相設定値とが対応付いて記憶されている。ビーム指向方向入力インタフェース42は、ユーザにより指定されたビーム指向方向θを入力し、メモリ読み出し部41に出力する。尚、ユーザにより指定されるビーム指向方向θは、複数のビーム指向方向θiのうちのいずれかのビーム指向方向である。
【0074】
メモリ読み出し部41は、ビーム指向方向入力インタフェース42からビーム指向方向θを入力し、ビーム指向方向θに対応した移相設定値を最適移相値メモリ40から読み出し、移相設定値を移相器インタフェース30に出力する。
【0075】
移相器インタフェース30は、メモリ読み出し部41から、ビーム指向方向θにおける最適量子化移相値φQopt_kである移相設定値を入力し、移相設定値を移相器2の制御信号に変換し、制御信号φQopt_kを移相器2へ出力する。
【0076】
このように、移相器制御装置4−2は、移相器インタフェース30から、最適量子化移相値φQopt_kである移相設定値が反映された制御信号φQopt_kを移相器2へ出力することにより、移相器2を制御する。これにより、アンテナ素子1及び移相器2により構成されるフェーズドアレイアンテナにおいて、アンテナ利得劣化量Dを最小に抑えたビームが、ユーザにより指定されたビーム指向方向θに形成される。
【0077】
尚、前記実施例2では、最適移相値メモリ40は、持ち運び可能なメモリカード等の記録媒体であり、ユーザにより、最適移相値メモリ40が移相値算出装置5から取り外され移相器制御装置4−2へ装着されるようにしたが、移相値算出装置5が、最適移相値メモリ40に記憶されたビーム指向方向θiと最適量子化移相値φQopt_kiである移相設定値とを、無線または有線のネットワークを介して移相器制御装置4−2へ送信するようにしてもよい。この場合、移相器制御装置4−2は、移相値算出装置5からネットワークを介して、ビーム指向方向θiと最適量子化移相値φQopt_kiである移相設定値とを受信し、移相器制御装置4−2に備えた最適移相値メモリ40に記憶する。
【0078】
以上のように、図2に示した実施例2によれば、移相値算出装置5が、複数のビーム指向方向θiについて、実施例1と同様に、移相器2の量子化移相誤差、移相器2の移相損及びアンテナ素子1に対する振幅重み付けを反映した前記式(1)によって、移相オフセット値Pを変化させてアンテナ利得劣化量Dをそれぞれ算出し、アンテナ利得劣化量Dが最小となる移相オフセット値Pを求め、これを最適移相オフセット値Pooptとして最適量子化移相値φQopt_kを算出するようにした。そして、移相値算出装置5により算出された複数のビーム指向方向θiとこれに対応した最適量子化移相値φQopt_kiである移相設定値とが最適移相値メモリ40に記憶され、その最適移相値メモリ40が移相器制御装置4−2へ装着される。そして、移相器制御装置4−2が、ユーザにより指定されたビーム指向方向θに対応する移相設定値を最適移相値メモリ40から読み出し、この移相設定値に基づいて移相器2を制御するようにした。これにより、移相器2は、アンテナ利得劣化量Dが最小となる移相設定値に基づいて制御され、アンテナ素子1には、アンテナ利得劣化量Dを最小に抑えたビームが、ユーザにより指定されたビーム指向方向θに形成される。
【0079】
したがって、指定するビーム指向方向数が限られており、予め指向方向がわかっている場合に用いられるフェーズドアレイアンテナシステムにおいても、移相器2の量子化移相誤差の影響に加え、移相器2の挿入損の影響、及びアンテナ素子1に対する振幅重み付けの影響も考慮に入れて、最適な移相設定値を求めることができる。これにより、アンテナ利得劣化量Dを確実にかつ効果的に低減させることができる。
【0080】
また、図2に示した実施例2によれば、移相器制御装置4−2は、複数のビーム指向方向θiとこれに対応した最適量子化移相値φQopt_kiである移相設定値とがそれぞれ記憶された最適移相値メモリ40を備え、最適移相値メモリ40を用いて移相設定値を求めるようにした。これにより、フェーズドアレイアンテナシステムの運用にあたり、ユーザにより指定されたビーム指向方向θに対応する移相設定値を、ユーザがビーム指向方向θを指定する毎に算出する必要がないから、処理負荷を低減させることができ、短時間で移相設定値を求めることができる。
【0081】
以上、実施例1,2を挙げて本発明を説明したが、本発明は前記実施例1,2に限定されるものではなく、その技術思想を逸脱しない範囲で種々変形可能である。前記実施例1,2では、移相器2の量子化移相誤差の影響に加え、移相器2の挿入損の影響、及びアンテナ素子1に対する振幅重み付けの影響を考慮して、前記式(1)によってアンテナ利得劣化量Dを算出し、最適な移相設定値を求めるようにしたが、移相器2の量子化移相誤差の影響及び移相器2の挿入損の影響を考慮した式によってアンテナ利得劣化量Dを算出するようにしてもよいし、移相器2の量子化移相誤差の影響及びアンテナ素子1に対する振幅重み付けの影響を考慮した式によって、アンテナ利得劣化量Dを算出するようにしてもよい。前者の場合は、前記式(1)において、移相器2の挿入損を示す係数αφQkを取り除いた式を用いる。後者の場合は、前記式(1)において、分母及び、分子の中のアンテナ素子1に対する振幅重み付けを示すaを取り除いた式を用いる。前記式(1)の代わりに前記式(9)によって最適な移相設定値を求める場合は、前記式(9)において、移相器2の挿入損を示す係数αφQkを取り除いた式、及び、アンテナ素子1に対する振幅重み付けを示すaを取り除いた式をそれぞれ用いる。
【0082】
また、移相器2の挿入損のみの影響を考慮した式によってアンテナ利得劣化量Dを算出するようにしてもよいし、移相器2の挿入損の影響及びアンテナ素子1に対する振幅重み付けの影響を考慮した式によって、アンテナ利得劣化量Dを算出するようにしてもよい。前者の場合は、前記式(1)において、分母、分子の中のアンテナ素子1に対する振幅重み付けを示すa、及び移相器2の量子化移相誤差を示すexpの項を取り除いた式を用いる。後者の場合は、前記式(1)において、移相器2の量子化移相誤差を示すexpの項を取り除いた式を用いる。一般に、量子化ビット数が大きい場合は、量子化移相誤差が小さくなるから、量子化移相誤差よりも移相器の挿入損または振幅重み付けの方が、アンテナ利得劣化量に与える影響が大きくなる。したがって、量子化ビット数が大きく、実質的に量子化移相誤差の影響を無視できる場合には、前述の移相器2の挿入損のみの影響を考慮する手法、または移相器2の挿入損の影響及びアンテナ素子1に対する振幅重み付けの影響を考慮する手法を用いることにより、アンテナ利得劣化量を確実にかつ効果的に低減させることができる。
【0083】
尚、本発明の実施例による移相器制御装置4−1,4−2及び移相値算出装置5のハード構成としては、通常のコンピュータを使用することができる。移相器制御装置4−1,4−2及び移相値算出装置5は、CPU、RAM等の揮発性の記憶媒体、ROM等の不揮発性の記憶媒体、及びインタフェース等を備えたコンピュータによって構成される。移相器制御装置4−1に備えたビーム指向方向入力インタフェース10、移相値算出部20及び移相器インタフェース30の各機能は、これらの機能を記述したプログラムをCPUに実行させることによりそれぞれ実現される。また、移相器制御装置4−2に備えた移相器インタフェース30、最適移相値メモリ40、メモリ読み出し部41及びビーム指向方向入力インタフェース42は、これらの機能を記述したプログラムをCPUに実行させることによりそれぞれ実現される。また、移相値算出装置5に備えたビーム指向方向入力インタフェース10、ビーム指向方向メモリ11、移相値算出部20及び最適移相値メモリ40は、これらの機能を記述したプログラムをCPUに実行させることによりそれぞれ実現される。これらのプログラムは、磁気ディスク(フロッピー(登録商標)ディスク、ハードディスク等)、光ディスク(CD−ROM、DVD等)、半導体メモリ等の記憶媒体に格納して頒布することもできる。
【符号の説明】
【0084】
1 アンテナ素子
2 移相器
3 送受信機
4 移相器制御装置
5,100 移相値算出装置
10,42 ビーム指向方向入力インタフェース
11 ビーム指向方向メモリ
20 移相値算出部
21 理想移相値算出手段
22 利得劣化量算出手段
23 利得劣化量メモリ
24 最適移相値設定手段
30 移相器インタフェース
40 最適移相値メモリ
41 メモリ読み出し部
101 アンテナ特性解析手段
102 入力装置
103 移相設定器
104 フェーズドアレイアンテナ
110 理想移相値保持手段
111 移相値量子化手段
112 移相値算出手段
113 移相設定値保持手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェーズドアレイアンテナの移相器を制御するための量子化した移相設定値を算出する移相値算出装置において、
アナログの理想移相値に所定の移相オフセット値を加えて量子化し、前記量子化して得た量子化移相値と前記アナログの理想移相値との間の量子化移相誤差、及び前記量子化移相値のときの移相器の挿入損に基づいて、アンテナ利得劣化量を算出する利得劣化量算出手段と、
前記移相オフセット値と前記アンテナ利得劣化量とを記憶するメモリと、
前記移相器を制御するための移相設定値を算出する移相値設定手段と、を備え、
前記利得劣化量算出手段は、前記移相オフセット値を変化させてそれぞれのアンテナ利得劣化量を算出し、前記移相オフセット値と前記移相オフセット値に対応するアンテナ利得劣化量とを前記メモリにそれぞれ記憶し、
前記移相値設定手段は、前記メモリに記憶された複数のアンテナ利得劣化量のうちの最小のアンテナ利得劣化量を特定し、前記最小のアンテナ利得劣化量に対応する移相オフセット値を前記メモリから読み出し、前記アナログの理想移相値に前記移相オフセット値を加えて量子化し、前記量子化して得た量子化移相値を前記移相設定値とする、ことを特徴とする移相値算出装置。
【請求項2】
請求項1に記載の移相値算出装置において、
前記利得劣化量算出手段は、前記量子化移相誤差及び移相器の挿入損に基づいてアンテナ利得劣化量を算出する代わりに、前記量子化移相誤差、及び前記フェーズドアレイアンテナのアンテナ素子に対する振幅重み付けに基づいて、アンテナ利得劣化量を算出する、ことを特徴とする移相値算出装置。
【請求項3】
請求項1に記載の移相値算出装置において、
前記利得劣化量算出手段は、前記量子化移相誤差、前記量子化移相値のときの移相器の挿入損、及び前記フェーズドアレイアンテナのアンテナ素子に対する振幅重み付けに基づいて、アンテナ利得劣化量を算出する、ことを特徴とする移相値算出装置。
【請求項4】
請求項1に記載の移相値算出装置において、
前記利得劣化量算出手段は、前記量子化移相値のときの移相器の挿入損に基づいて、または、前記移相器の挿入損、及び前記フェーズドアレイアンテナのアンテナ素子に対する振幅重み付けに基づいて、アンテナ利得劣化量を算出する、ことを特徴とする移相値算出装置。
【請求項5】
請求項1に記載の移相値算出装置において、
前記利得劣化量算出手段の代わりに利得算出手段を備え、
前記利得算出手段は、アナログの理想移相値をφ、量子化移相値をφQ、前記量子化移相値φQのときの移相器の挿入損をαφQk、フェーズドアレイアンテナのアンテナ素子に対する振幅重み付けをa、移相器の番号をk、及び移相器の数をNとした場合、
[数式]

により、移相器毎の個別利得を合計して利得を算出する際に、前記移相オフセット値を変化させてそれぞれの利得を算出し、前記移相オフセット値と前記移相オフセット値に対応する利得とを前記メモリにそれぞれ記憶し、
前記移相値設定手段は、前記メモリに記憶された複数の利得のうちの最大の利得を特定し、前記最大の利得に対応する移相オフセット値を前記メモリから読み出し、前記アナログの理想移相値に前記移相オフセット値を加えて量子化し、前記量子化して得た量子化移相値を前記移相設定値とする、ことを特徴とする移相値算出装置。
【請求項6】
フェーズドアレイアンテナの移相器を制御し、所定のビーム指向方向にビームを形成する移相器制御装置において、
請求項1から5までのいずれか一項に記載の移相値算出装置により複数のビーム指向方向についてそれぞれ算出された移相設定値を、前記ビーム指向方向に対応して記憶するメモリと、
ユーザにより指定されたビーム指向方向に対応する移相設定値を、前記メモリから読み出すメモリ読み出し手段と、
前記メモリ読み出し手段により読み出された移相設定値に基づいて、前記移相器を制御する移相器インタフェースと、を備えたことを特徴とする移相器制御装置。
【請求項7】
コンピュータを、請求項1から5までのいずれか一項に記載の移相値算出装置として機能させるための移相値算出プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−217299(P2011−217299A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−85777(P2010−85777)
【出願日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】