稔性抑制キク科植物の作製方法
【課題】安定に稔性が抑制されたキク科植物の提供。
【解決手段】減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列を含むRNAをコードするDNAを含む、キク科植物の雄性稔性及び雌性稔性を抑制するためのRNA発現カセット、それを含む組換えベクター、及びそれらをキク科植物に導入することによるキク科植物の稔性を抑制する方法。
【解決手段】減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列を含むRNAをコードするDNAを含む、キク科植物の雄性稔性及び雌性稔性を抑制するためのRNA発現カセット、それを含む組換えベクター、及びそれらをキク科植物に導入することによるキク科植物の稔性を抑制する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RNAサイレンシングを利用した稔性抑制キク科植物の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では遺伝子組換え作物の研究および栽培が飛躍的に拡大し、それに伴って意図しない遺伝子拡散による生物多様性への影響が懸念されている。特に栽培キクは虫媒花で他殖性であり、これまでにも栽培ギクと野生ギクの雑種が見つかっていることから、遺伝子組換えキクの実用化には有効な導入遺伝子の拡散防止手段の開発が必須である。
【0003】
遺伝子拡散を防止するためには、生殖細胞の不稔化が有効となる。これまでにも、例えば、メロン由来改変エチレン受容体遺伝子(CmETR1/H69A遺伝子)をタバコやトマトなどの植物に導入することによって花粉の発達を抑制し、雄性不稔性を誘発する手法が用いられてきた(特許文献1)。また減数分裂期相同組換え遺伝子(DMC1)を発現抑制することにより、植物の稔性が低下したことも報告されている(非特許文献1〜4)。
【0004】
キクにおいても雄性不稔遺伝子を導入することにより雄性不稔化が試みられてきた。ところが、キクにおいては、改変エチレン受容体遺伝子を導入した場合、20℃以上の開花温度ではタペート細胞の老化の遅延が起こるため、花粉が成熟し得ずに不稔化するものの、15℃の低温になると当該遺伝子の発現レベルが低くなり、稔性のある花粉を形成してしまう現象が見られた(非特許文献5)。すなわち、改変エチレン受容体遺伝子の導入に基づく従来の方法は不稔化効果の温度安定性に問題があった。キクは開花温度帯が10〜35℃と広いことから、花粉をより確実に不稔化するため、キクを温度安定的に不稔化できる方法の開発が望まれていた。一方で、改変エチレン受容体遺伝子を導入した場合の不稔化は、花粉の発育(成熟)を抑制することによる量的な不稔化に留まるため、より安定な不稔化の実現には、減数分裂によって生じる一価染色体(花粉核)の形成自体を阻止する質的な不稔化を達成する手法も望まれていた。また、より効果的な遺伝子拡散防止策の観点から、雄性不稔化だけでなく、雌性不稔化方法の開発も求められていた。導入遺伝子の過剰発現にはいわゆる構成的プロモーターが汎用されるが、このようなプロモーターは生殖細胞系列において必ずしも活性が認められるとは限らず、キクの花粉や卵細胞中で遺伝子発現を誘導可能なプロモーターも知られていなかったため、花粉や卵細胞での導入遺伝子の発現に基づいてキクを不稔化することは困難であった。
【0005】
一方、植物分子生物学の発展に伴い、特定の遺伝子に対するアンチセンス核酸又は二本鎖RNA(dsRNA:後述のRNA干渉(RNAi)を参照)を植物細胞内で発現させて、植物に内在性の遺伝子の発現抑制(ノックダウン)を行うことが可能になってきた。例えばトマト果実の登熟に関与するポリガラクチュロナーゼ遺伝子をアンチセンス方向に導入した日持ちの良いトマト(非特許文献6)が報告されている。このようなRNAを介した遺伝子発現抑制は、RNAサイレンシングと呼ばれている。中でもRNA干渉(RNAi)は、ある遺伝子と相同な塩基配列を有するdsRNAが、その遺伝子のmRNAの特異的分解を促進することにより、標的遺伝子の発現を特異的に抑制する現象であり、より効果の高い遺伝子ノックダウン手法として幅広く活用されている。提唱されているRNAiのメカニズムは、以下の通りである。内在性の遺伝子座から転写されたmRNAを鋳型に、RNA依存性RNAポリメラーゼにより生成したdsRNA〔低分子RNA(small RNA)のうち、低分子干渉性RNA(small interfering RNA;siRNA)の起源〕、あるいは内在性もしくはゲノムに組込まれたヘアピン型dsRNA発現遺伝子〔small RNAのうち、micro-RNA (miRNA) の起源〕に起因するdsRNAは、リボヌクレアーゼIIIファミリーに属するDicerと称される酵素によって認識され、21〜23ヌクレオチドの短い3'突出型の二本鎖siRNAやmiRNAに分解される。次にこれらsmall RNA(siRNA及びmiRNA)はRNA誘導型サイレンシング複合体(RISC)と呼ばれるRNAi標的複合体に組み込まれる。このRISCは、そこに組み込まれたsmall RNAに相補的な配列を有する標的mRNAを認識し、相補配列の中央で標的mRNAを切断する。この後、標的mRNAは速やかに分解され、コードするタンパク質の発現量が低下する(非特許文献7)。
【0006】
RNAiを利用した発現抑制技術では、当初はRNAiを引き起こすdsRNAやsiRNAなどのRNA分子(RNAi分子)を細胞に直接導入する手法が用いられた。しかし近年では、RNAi分子を最適な形で生合成可能な発現ベクターが開発され、汎用されるようになってきている。一般的に、この発現ベクターが導入された細胞では、互いに相補的な配列を有するRNAを各種のスペーサーで連結したshRNA(short hairpin RNA;これはin vivoでdsRNAを形成可能である)が発現し、siRNAが生成する。植物でもRNAi分子を生成する発現ベクターの導入により、標的とする遺伝子発現を抑制した形質転換体の作製が行われている(非特許文献1〜4)。
【0007】
しかし実際には、RNAiのメカニズムはまだ十分に解明されているとは言えない。例えば広範な温度環境下で、安定的に遺伝子発現抑制を達成することは、現在のRNAi技術でもなお困難を伴う課題である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−180178号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Deng, Z. Y. and Wang, T., Plant Mol. Biol., 65(1-2): 31-42 (2007)
【非特許文献2】Siaud, N.ら, EMBO J., 23(6): 1392-1401 (2004)
【非特許文献3】Stevens, R.ら, Plant Cell, 16(1): 99-113 (2004)
【非特許文献4】Couteau, A.ら, Plant Cell, 11(9): 1623-1634 (1999)
【非特許文献5】福井県農業試験場、平成18年度バイテク試験成績書P5〜6
【非特許文献6】Smith C.J.ら, Nature, 334(6184): 724-726 (1988)
【非特許文献7】Vaucheret, H., Genes and Dev., 20(7): 759-771 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、安定した稔性抑制を起こすキク科植物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、キク科植物において減数分裂期相同組換え遺伝子(DMC1遺伝子;減数分裂期特異的相同組換え遺伝子とも称される)をRNAサイレンシングを利用して発現抑制することにより、その稔性を安定的に抑制することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] 減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列を含むRNAをコードするDNAを含む、キク科植物の雄性稔性及び雌性稔性を抑制するためのRNA発現カセット。
【0013】
このRNA発現カセットのより好適な実施形態では、前記RNAは、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列からなるセンス配列と、該塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列とを含むものであることが好ましい。
【0014】
このRNA発現カセットの一実施形態では、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1としては、以下の(a)〜(e)のいずれかの遺伝子を用いることが好ましい:
(a) 配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子、
(b) 配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドからなる遺伝子、
(c) 配列番号1で示される塩基配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(d) 配列番号2で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子、
(e) 配列番号2で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、及び/若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【0015】
このRNA発現カセットにおいて、一実施形態では、前記の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列は、500〜700塩基長であることが好ましい。
【0016】
このRNA発現カセットにおいて、前記の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列は、配列番号1の234位〜815位に相当する該遺伝子中の領域を含むものであることが好ましい。
【0017】
このRNA発現カセットにおいて、前記センス配列と前記アンチセンス配列とはスペーサー配列を挟んで連結されていてもよい。
【0018】
本発明に係るとりわけ好適な実施形態のRNA発現カセットは、前記のRNAをコードするDNAを、マンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーターの制御下に含むものである。
【0019】
本発明に係るRNA発現カセットの好ましい一実施形態においては、前記の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列が、配列番号11で示される塩基配列からなるものである。
【0020】
[2] 上記[1]に記載のRNA発現カセットを含む組換えベクター。
[3] 上記[1]に記載のRNA発現カセット又は上記[2]に記載の組換えベクターをキク科植物細胞に導入することにより、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物を作製することを含む、キク科植物の稔性を抑制する方法。
ここで、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質は、10〜35℃の温度条件下で雄性稔性及び雌性稔性が抑制される性質であることが好ましい。
【0021】
[4] 上記[1]に記載のRNA発現カセット又は上記[2]に記載の組換えベクターが導入された形質転換細胞。
この形質転換細胞の好適例は、形質転換キク科植物細胞である。
【0022】
[5] 上記[4]に記載の形質転換キク科植物細胞から植物体を再生させて得られる、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物。
[6] 上記[5]に記載の形質転換キク科植物を種子親とし、非形質転換キク科植物を花粉親として交雑させて、前記RNA発現カセットを含有する子孫植物を取得することを含む、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物の作製方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明の方法により、キク科植物において、安定な稔性抑制を示す形質転換植物を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、キク由来減数分裂期相同組換え遺伝子(CmDMC1)の塩基配列(上段;配列番号1)及びコードされるアミノ酸配列(下段;配列番号2)を示す。下線部は実施例でRNAi分子のトリガーとして用いた配列である。
【図2】図2は、バイナリーベクターpBIK102DBsの構造を示す。pBIK102DBsの塩基配列全長は16,416 bpである。RBからLBまでのT-DNA領域の全長は7,850 bpである。制限酵素名に付記した数値は、T-DNAの5'末端の塩基を1番目としたときの各制限酵素部位の最も5'側の塩基の番号を示す。
【図3(A)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(A)はその最も5'側の配列を示す。
【図3(B)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(B)は図3(A)に続く配列を示す。
【図3(C)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(C)は図3(B)に続く配列を示す。
【図3(D)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(D)は図3(C)に続く配列を示す。
【図3(E)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(E)は図3(D)に続く配列を示す。
【図3(F)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(F)は図3(E)に続く配列を示す。
【図3(G)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(G)は図3(F)に続く配列を示す。
【図3(H)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(H)は図3(G)に続く配列を示す。
【図4】図4は、開花期温度に応じた葯の発達状態を示す葯の横断面像の写真である。図中のスケールバーは200μmを示す。赤い部分は成熟組織、青い部分は未熟組織を示す。
【図5】図5は、開花期温度に応じた葯中の花粉形成状況を示す葯及び花粉の写真である。図中のスケールバーは、葯では1mm、花粉では50μmを示す。赤い部分は成熟組織、青い部分は未熟組織を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1(以下、DMC1遺伝子とも称する)の少なくとも一部の塩基配列に対して相補的な塩基配列(アンチセンス配列)を含む二本鎖RNA(dsRNA)の生成に基づくRNAサイレンシングにより、キク科植物の稔性を安定に抑制する方法に関する。
【0026】
本発明の方法では、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1由来の前記アンチセンス配列を少なくとも含むRNAを、キク科植物細胞内に導入したDNA構築物(発現カセット又は組換えベクター)から発現させて、該植物の内在性の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1から転写されるmRNAの機能を阻害することにより、生殖細胞又は配偶子形成を抑制し、該植物に安定した雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を付与することができる。このDMC1遺伝子のmRNAの機能の阻害は、主として、上記アンチセンス配列を含むRNA(好ましくは短鎖のアンチセンスRNA(例えば21〜25bp、好ましくは21〜23bpのsiRNA))をDMC1遺伝子のmRNAと会合させ二本鎖RNA(dsRNA)を形成させること、又はDMC1遺伝子の少なくとも一部の塩基配列(センス配列)とそれに対して相補的な塩基配列(アンチセンス配列)とを少なくとも含むRNAの分子内会合により二本鎖RNA(dsRNA)を形成させることに基づき、該DMC1遺伝子のmRNAの翻訳阻害及び/又は該mRNAの分解促進(RNAi)を引き起こす手法によるものである。本発明の方法では、雄性稔性と雌性稔性の両方を抑制できることから、キク科植物の稔性を安定に抑制することができる。さらに本発明の方法では開花期温度の幅に左右されにくい温度安定的な稔性抑制も達成することができる。
【0027】
なお本発明において、RNAの塩基配列を配列表に記載の配列番号を引用して特定するときは、当該配列番号で示される塩基配列中の「チミン(t)」を「ウラシル(u)」に読み替えた塩基配列で特定されているものとする。
【0028】
本発明において用いるmRNAの調製、cDNAの作製(RT-PCR)、PCR、cDNAライブラリーの作製、DNA断片のベクター中へのライゲーション、細胞の形質転換、DNAの塩基配列決定、プライマーの合成、突然変異誘発、タンパク質の抽出・精製を始めとする分子生物学的・生化学的実験法は、通常の実験書の記載に従って行うことができる。そのような実験書としては、例えば、SambrookらのMolecular Cloning, A laboratory manual, 2001, Eds., Sambrook, J. & Russell, DW. Cold Spring Harbor Laboratory Pressを挙げることができる。
【0029】
1.キク科植物の雄性稔性及び雌性稔性を抑制するためのRNA発現カセット及びそれを含む組換えベクター
本発明の方法においては、キク科植物の稔性を安定に抑制するために、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列を含むRNAをコードするDNAを含むRNA発現カセットを使用することができる。
【0030】
本発明において「RNA発現カセット」とは、所定のRNA分子を発現することができるDNA構築物をいう。具体的には、RNA発現カセットは、通常は、転写制御配列(一般的には少なくともプロモーターを含み、典型的にはプロモーター及びターミネーターである)の制御下に上記RNAをコードするDNA配列(RNAコード配列)を含む自己複製能を有しないDNA断片であり、例えば、上記RNAをコードするDNA配列にプロモーターとターミネーターが連結されたDNA断片である。本発明において、複数の核酸(配列)が「連結された」というときは、その連結された核酸間に制限酵素部位や短い非コード配列が挿入されている場合も包含するものとする。
【0031】
本発明において減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1(又はDMC1遺伝子)とは、減数分裂期に発現し、減数分裂における相同組換えを制御する機能を有する、リコンビナーゼタンパク質をコードする遺伝子である。DMC1遺伝子は、動物、植物を問わずに存在することが知られており、各種生物において単離されている(例えば、アラビドプシス由来DMC1遺伝子(AtDMC1)、イネ由来DMC1遺伝子(OsDMC1)、出芽酵母由来DMC1遺伝子(ScDMC1/ISC)、マウス由来DMC1遺伝子(MmDMC1)、ヒト由来DMC1遺伝子(HsDMC1)等)。
【0032】
本発明で用いるDMC1遺伝子は、限定するものではないが、任意のキク科植物から単離されるものであってよく、特に、稔性を抑制する対象となるキク科植物から単離されるもの(すなわち、当該キク科植物に由来するもの)であることが好ましい。DMC1遺伝子は、限定するものではないが、キク由来のものであることがより好ましい。キク由来のDMC1遺伝子の特に好適な例としては、配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子が挙げられる。
【0033】
本発明で用いるDMC1遺伝子は、具体的には、キク由来の、配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子の他、配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドからなる遺伝子であってもよい。ここで「ストリンジェントな条件」とは、特異的な核酸ハイブリッドが形成される条件を言い、具体的には、ナトリウム塩濃度が15〜750mM、好ましくは50〜750mM、より好ましくは300〜750mM、温度が25〜70℃、より好ましくは55〜65℃、ホルムアミド濃度が0〜50%、より好ましくは35〜45%となる反応条件をいう。ストリンジェントな条件では、さらに、ハイブリダイゼーション後のフィルターの洗浄条件を、ナトリウム塩濃度が15〜600mM、好ましくは50〜600mM、より好ましくは300〜600mM、温度が50〜70℃、好ましくは55〜70℃、より好ましくは60〜65℃とすることが好適である。
【0034】
また本発明で用いるDMC1遺伝子は、配列番号1で示される塩基配列に対して90%以上(好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、97%以上、又は98%以上、さらに好ましくは99%以上)の同一性を有する塩基配列からなり、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。塩基配列の同一性はカーリンおよびアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA、87:2264、1990、Karlin, S及びAltschul. SF、Proc. Natl. Acad. Sci. USA、90:5873.)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLANSTNと呼ばれるプログラムが開発されている (Altschul, SFら、J. Mol. Boil.、215:403、1990)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは例えばscore=100、word length=12とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知であり、例えばhttp//www.ncbi.nlm.nih.gov/から利用できる。
【0035】
さらに本発明で用いるDMC1遺伝子は、キクから単離したDMC1タンパク質である配列番号2で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子でもあり得るし、配列番号2で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個(2〜9個、好ましくは2〜5個)のアミノ酸が欠失、置換、及び/若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子でもあり得る。
【0036】
本発明の「DMC1遺伝子」は、リコンビナーゼ活性、特に生殖細胞内では減数分裂において相同組換えを制御する機能を有するタンパク質をコードする。このタンパク質のリコンビナーゼ活性は、当業者に公知の方法により確認することができるが、例えば、そのタンパク質をコードする遺伝子を有する植物体において当該遺伝子を遺伝的に欠失させた際、減数分裂期又は四分子期で生育が停止した花粉細胞が観察されることにより、そのタンパク質が生殖細胞内で「減数分裂において相同組換えを制御する機能」を有することが示されることに基づき、確認することができる。
【0037】
本発明における「遺伝子」は、オープンリーディングフレーム(ORF)の塩基配列からなるものを意味する。本発明において「遺伝子」は、DNA又はRNAであり得る。DNAには少なくともゲノムDNA、cDNAが含まれ、RNAには、mRNAなどが含まれる。
【0038】
本発明のDMC1遺伝子は、常法により単離することができ、例えば、キク科植物を始めとする動植物からmRNAを抽出し、そこから常法により逆転写してcDNAを合成し、それに対して、公知のDMC1遺伝子又は配列番号1で示されるキク由来のDMC1遺伝子の塩基配列に基づいて設計した特異的PCRプライマー又はプローブを用いて、一般的なPCR技術(Saiki, RK. et al. Science (1985) 230, 1350、Saiki RK. et al., Science, (1985) 239, 487)又はサザンブロット法等を用いて単離することができる。単離されたDMC1遺伝子は、部位特異的変異誘発技術(Kramer, W.とFritz, H.J., Methods Enzymol, 154: 350, (1987))等によって塩基配列を改変することもできる。例えば、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用し、部位特異的変異導入用キット、例えばMutan(R)-Super Express Kit(TAKARA BIO INC.)やLA PCRTM in vitro Mutagenesis シリーズキット(TAKARA BIO INC.)などを用いて、単離したDMC1遺伝子に変異を導入することにより、変異型DMC1遺伝子を得ることができる。得られたDMC1遺伝子は、常法により塩基配列を決定することができる。例えば、塩基配列決定はマキサム-ギルバートの化学修飾法、ジデオキシヌクレオチド鎖終結法等の公知手法により行うことができるが、通常は自動塩基配列決定装置(例えばABI社製等の市販のDNAシークエンサー)を用いて行えばよい。
【0039】
本発明において、「減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列を含むRNAをコードするDNA」とは、DMC1遺伝子の塩基配列の全体又は一部(連続した21塩基以上)の塩基配列に対して相補的な塩基配列(アンチセンス配列)を少なくとも含む塩基配列(ここでは、その特定に用いる塩基配列中の「チミン(t)」は「ウラシル(u)」に読み替える)からなる好ましくは非翻訳性(タンパク質に翻訳されない)のRNA分子をコードする、DNAを意味する。
【0040】
このDNAによってコードされるRNAが発現すると、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1のmRNAの機能を阻害する。このRNAは、DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的な塩基配列からなるRNA分子であってもよいし、その5'又は3'末端に別の塩基配列が付加されたものでもよい。
【0041】
より好ましい実施形態では、本発明に係るこのRNAは、DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列からなるセンス配列とその塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列とを含むものである。このRNAは逆方向反復配列を含むため、分子内会合によりヘアピン構造を有する長鎖又は短鎖dsRNAを形成し、RNAiを誘導する。
【0042】
好ましい実施形態では、RNA発現カセットから発現されるこのRNAは、DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列からなるセンス配列とその塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列とが、スペーサー配列を挟んで連結されている配列を含むRNA分子であり得る。このようなRNA分子は、ステムループ構造(ヘアピン構造)を有するdsRNAを形成する。そのようなRNAにおいては、そのセンス配列とアンチセンス配列とがスペーサー配列に対していずれが5'側又は3'側に位置するように配置されていてもよい。例えば、そのようなRNA中のセンス配列がスペーサー配列の3'末端に、アンチセンス配列がスペーサー配列の5'末端に連結されていてもよい。
【0043】
スペーサー配列は、分子内会合による二本鎖形成を阻害せずにステムループのループ構造部分を構成可能なものであることが好ましい。スペーサー配列としては、特に限定されないが、例えばgusA遺伝子(β-D-グルクロニダーゼ遺伝子)のORFの部分配列(好ましい例では、配列番号16で示される塩基配列からなる配列)を使用することができる。使用可能なスペーサー配列の例としては、各種ゲノム遺伝子のイントロン配列を含む断片等も挙げられる。「スペーサー配列」は、RNA又はそのRNAをコードするDNAでありうる。スペーサー配列であるRNAの塩基配列は、それをコードするDNA配列の「チミン(t)」を「ウラシル(u)」に読み替えた配列として特定することができる。
【0044】
本発明に係るRNA発現カセットから発現される上記RNAは、DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列からなるセンス配列とその塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列との組み合わせを、1組含んでもよいし、2組以上含んでもよい。2組以上含む場合には各組のセンス配列とそれに対して相補的なアンチセンス配列はそれぞれ隣り合って配置されるか又はスペーサー配列を挟んで連結されていることが好ましい。
【0045】
本発明に係るRNA発現カセットに関して、「DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列」は、短鎖dsRNAを形成させる場合には、DMC1遺伝子中の連続した21〜49塩基、好ましくは21〜25塩基、より好ましくは21〜23塩基の塩基配列であり得る。一方、長鎖dsRNAを形成させる場合には、「DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列」は、DMC1遺伝子中の連続した50塩基以上、1032塩基以下、さらに好ましくは100塩基以上、特に好ましくは500塩基以上であり、典型的には800塩基以下、好ましくは500〜700塩基、より好ましくは500〜600塩基の塩基配列であり得る。
【0046】
特に好適な態様では、本発明に係る上記RNAにおいて、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列は、配列番号1の234位〜815位に相当する該遺伝子中の領域を含むことが好ましい。本発明において、「配列番号1の234位〜815位に相当するDMC1遺伝子中の領域」とは、キク由来のDMC1遺伝子の配列である配列番号1で示される塩基配列と任意の起源(好ましくはキク科植物)のDMC1遺伝子の塩基配列“X”とをアラインメントした場合に、配列番号1の234位の塩基A(アラニン)に対してアラインメントされる塩基から始まり、配列番号1の815位の塩基A(アラニン)に対してアラインメントされる塩基で終わる、塩基配列“X”上の領域を意味する。配列番号1で示される塩基配列と任意の起源のDMC1遺伝子の塩基配列“X”とのアラインメントは、手作業で行うこともできるが、例えばClustal W マルチプルアラインメントプログラム(Thompson, J.D.ら (1994) Nucleic Acids Res. 22(22): 4673-4680)をデフォルト設定で用いることにより作成することができる。より好適な実施形態では、本発明に係る上記RNAにおけるDMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列は、配列番号1で示される塩基配列中の234位〜815位を含む連続した582塩基以上の塩基配列であってよく、さらに好適な例としては、配列番号1で示される塩基配列中の234位〜815位を含む連続した582塩基の塩基配列(配列番号11)であってよい。
【0047】
本発明に係る上記RNAは、全長で21塩基〜5000塩基長、好ましくは500塩基長〜3000塩基長、さらに好ましくは2000〜2500塩基長の長さを有するものであり得る。
【0048】
本発明に係るRNA発現カセット中、上記RNAをコードするDNAは、転写制御配列の制御下に配置されるように連結する。転写制御配列としては、プロモーター、ターミネーター、TATAボックス、イニシエーター等が挙げられるが、一般的にはRNA発現カセット中には少なくともプロモーターを含むことが好ましい。本発明に係るRNA発現カセットは、より好適には、プロモーター及びターミネーターを含み、それらの制御下に、上記RNAをコードするDNAを含むことが好ましい。使用可能なプロモーターは、以下に限定されないが、植物用プロモーター(植物細胞で機能できるプロモーター)であることが好ましく、キク科植物細胞で高発現を誘導可能な(すなわち、高いプロモーター活性を示す)プロモーターであることがより好ましく、特に花粉や卵細胞などの生殖細胞又は配偶子でプロモーター活性を示すプロモーターであることがさらに好ましい。プロモーターは、誘導性プロモーターであっても構成的プロモーターであってもよい。好適なプロモーターとしては、例えば、好ましくはリゾビウム(アグロバクテリウム)T-DNA由来であるマンノピン合成酵素遺伝子双方向性プロモーター、タバコ由来EF1αプロモーター(Aida, R., et al., JARQ, 39: 269 (2005))、DMC1プロモーター(例えば、AtDMC1プロモーター(Klimyuk, V.I. and Jones, J.D. Plant J. 11(1): 1-14 (1997))などが挙げられるが、これらに限定されない。マンノピン合成酵素遺伝子双方向性プロモーターには、マンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーター(Pmas102;これをmas102プロモーターとも称する)と、マンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas2'-1'プロモーター(Pmas201;これをmas201プロモーターとも称する)があり、そのいずれを使用してもよい。マンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーター及びマンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas2'-1'プロモーターは、いずれもmas1'とmas2'という2つの遺伝子プロモーターが5'末端同士で連結されている天然由来配列であるが、Pmas102は、例えば図2のベクターマップ及び図3のT-DNA配列を参照すると、5'側にmas1'、3'側にmas2'が配置されているが、一方、Pmas201は、それとは逆に5'側にmas2'、3'側にmas1'が配置されている構造を有している。マンノピン合成酵素遺伝子双方向性プロモーター、特に好適にはマンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーターPmas102(典型的には、配列番号20で示される塩基配列からなる)は、花粉及び卵細胞で高いプロモーター活性を安定して示す点で有用な植物用プロモーターであり、また、温度安定的な稔性抑制をもたらす上で非常に好適に使用できる。マンノピン合成酵素遺伝子双方向性プロモーターPmas102を用いる場合、上記RNAをコードするDNAの5'末端にターミネーター、及び3'末端にプロモーターPmas102を連結することによりRNA発現カセットを構築することもできる。一方、使用可能なターミネーターとしては、特に限定されないが、植物用ターミネーター(植物細胞で機能できるターミネーター)であることが好ましく、キク科植物細胞で機能できるターミネーターであることがより好ましい。好適なターミネーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルス由来のターミネーター(CaMV 35Sターミネーター)、又はノパリン合成酵素遺伝子由来のターミネーター(nosターミネーター)等を例示することができるが、これらに限定されない。本発明に係るRNA発現カセットは、RNAをコードするDNA断片及び転写制御配列に加えて、さらに他の構成要素(例えば、制限酵素部位)を含んでもよい。
【0049】
本発明の方法では、上記のようなRNA発現カセットをキク科植物に導入するために、上記RNA発現カセットを含む組換えベクターも使用することができる。本発明は、上記RNA発現カセットを含む組換えベクターも提供する。本発明に係るRNA発現カセットを挿入するベクターは、宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、例えば、プラスミドDNA、ファージDNA等が挙げられる。例えばプラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpET22b(+)、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19、pBluescript等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13、YCp50、pPICZαA等)などが挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ(Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP、λZAPII等)などが挙げられる。さらに、レトロウイルス又はワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターをベクターとして用いることもできる。ベクター中に本発明に係るRNA発現カセットを組み込むには、例えば、そのRNA発現カセットを構成する各DNA断片を適当な制限酵素で切断し、ベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに連結した後、然るべき順序で挿入されたものを確認して選択すればよい。
【0050】
RNA発現カセットを宿主のキク科植物細胞中で発現させる目的では、本発明に係るRNA発現カセットを含めるベクターは、植物細胞で複製可能なベクターであることが好ましい。さらに、RNA発現カセットを宿主のキク科植物細胞のゲノムに組み込む目的では、本発明に係るRNA発現カセットを含めるベクターは、アグロバクテリウム法に好適に使用可能なリゾビウム(旧名:アグロバクテリウム)由来のプラスミドベクター(例えばpBI101、pBI102、pBI120、pBI121系などのバイナリーベクター)又はそれらの系列ベクターを用いることが好ましい。具体的には、例えば、実施例に従って作製できるpBIK102系ベクターが好適例として挙げられる。
【0051】
本発明に係るRNA発現カセットを含む組換えベクターは、アグロバクテリウム法を適用する場合には、本発明に係るRNA発現カセットを右側境界配列(RB)と左側境界配列(LB)との間の領域(T-DNA領域)内に含むことが好ましい。このような組換えベクターを用いるアグロバクテリウム法では、植物細胞内に導入された本発明に係る組換えベクター中のRBとLBに挟まれた領域がT-DNAとして植物細胞のゲノム中に導入(伝達)され、これにより本発明に係るRNA発現カセットが当該植物に導入されることとなる。
【0052】
本発明に係る組換えベクターは、さらに、選択マーカー遺伝子等を含んでいてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば抗生物質カナマイシン又はG418への耐性を付与するネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼ遺伝子(ネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼII遺伝子など)、改変cry1Ab遺伝子、ハイグロマイシンへの耐性を付与するハイグロマイシンフォスフォトランスフェラーゼ遺伝子、除草剤ホスフィノスリシンへの耐性を付与するアセチルトランスフェラーゼ遺伝子等が挙げられる。
【0053】
本発明に係るRNA発現カセットを含む組換えベクターは、さらに他の構成要素を含んでもよい。例えば、選択マーカー遺伝子の発現を誘導するためのプロモーター及びターミネーター等の転写制御配列を含んでもよいし、さらなる制限酵素部位を含んでもよいが、これらに限定されるものではない。選択マーカー遺伝子とその転写制御配列等を含む発現カセット等のさらなる構成要素は、T-DNA領域を含むベクターに追加的に含まれる場合、T-DNA領域内に含まれていてもよいし、ベクター中のそれ以外の領域に含まれていてもよい。
【0054】
本発明に係るRNA発現カセット及びそれを含む組換えベクターは、当業者には公知の方法により作製することができる。本発明に係るRNA発現カセットの構成要素である、「DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列からなるセンス配列」をコードするDNA断片は、例えば、上記のようにして任意の生物(好ましくは、稔性抑制の対象であるキク科植物)から調製されたmRNA、cDNA、cDNAライブラリー若しくはゲノムDNAライブラリー又はそこから単離されたDMC1遺伝子を鋳型とし、当該連続した21塩基以上の塩基配列を、DMC1遺伝子の塩基配列に基づいて設計した特異的プライマーを用いたPCR等の核酸増幅技術により増幅することによって取得することができるし、単離されたDMC1遺伝子を含むDNA断片から適当な制限酵素で切り出すことにより取得することもできる。一方、「DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列」をコードするDNA断片としては、そのようにして取得した当該センス配列をコードするDNA断片を(例えばRNA発現カセット中で)アンチセンス方向(逆方向)に配置したものを用いればよい。スペーサー配列のDNA断片も、例えばgusA遺伝子由来のスペーサー配列の場合には、由来生物(例えば、大腸菌(E. coli))から常法により調製されたmRNA、cDNA、cDNAライブラリー若しくはゲノムDNAライブラリー又は単離されたgusA遺伝子等を鋳型とし、スペーサー配列として用いる領域を、PCR等の当業者には公知の手法で核酸増幅することにより取得することもできるし、単離されたgusA遺伝子を含むDNA断片から適当な制限酵素で切り出すことにより取得することもできる。あるいはこれらのDNA断片は、化学合成などの他の常法の核酸合成法により調製することもできる。以上のようにして調製したDNA断片は、ライゲーション反応により、例えばRNA発現カセット中で、意図する順番で互いに連結させればよい。一実施形態では、そのようなアンチセンス配列をコードするDNA断片、及び必要であればセンス配列をコードするDNA断片及び/又はスペーサー配列を含むDNA断片等を、RNAi発現ベクター等のベクター中に含まれる転写制御配列の制御下に、典型的にはプロモーターとターミネーターの間にある制限酵素部位に挿入することにより、本発明に係るRNA発現カセットを含む組換えベクターを作製することができる。必要であれば、この組換えベクターから適当な制限酵素処理によりRNA発現カセットを切り出すことにより、RNA発現カセットを単離することもできる。
【0055】
本発明では、上記のようなRNA発現カセット又はそれを含む組換えベクターをキク科植物に導入することにより、キク科植物の雄性稔性及び雌性稔性を抑制することができる。すなわち本発明に係るRNA発現カセット及びそれを含む組換えベクターは、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質をキク科植物に付与するための試薬として有用である。本発明に係るRNA発現カセット又はそれを含む組換えベクターは、特に好ましくは、温度非依存的に雄性及び雌性稔性を抑制できるものである。
【0056】
本発明では、上記のようなRNA発現カセット又はそれを含む組換えベクターを、当業者には公知の形質転換技術を用いて任意の宿主細胞に導入した形質転換細胞も提供する。この形質転換細胞は、宿主細胞として、キク科植物細胞を用いたものの他、大腸菌、リゾビウム属菌や枯草菌等の細菌、酵母細胞、昆虫細胞、動物細胞(例えば、哺乳動物細胞)、植物細胞等のいずれを使用したものでもよい。例えば組換えベクターを導入したリゾビウム属菌(リゾビウム・ラジオバクター(Rhizobium radiobacter)等)は、本発明の方法においてアグロバクテリウム法によりキク科植物細胞に当該組換えベクターを導入する上で非常に有用である。公知の形質転換技術としては、例えば、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、パーティクルガン法、PEG法等が挙げられる。
【0057】
2.形質転換キク科植物の作製及び稔性抑制
本発明の方法では、キク科植物の稔性、好ましくは雄性稔性及び雌性稔性を抑制するため、上記のようにして作製される本発明に係るRNA発現カセット又はそれを含む組換えベクターをキク科植物に導入する。本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターのキク科植物への導入は、当業者に公知の方法により実施することができる。
【0058】
本発明の稔性抑制方法により本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターを導入するキク科植物は、雄性稔性及び雌性稔性を抑制する対象となる植物であり、好ましくは、そのRNA発現カセット中のアンチセンス配列に相補的な塩基配列又はセンス配列の塩基配列を有するDMC1遺伝子をゲノム中に有するキク科植物である。本発明の方法による稔性抑制の対象として好適なキク科植物としては、例えば、キク属(Chrysanthemum)、シオン属(Aster)、ノコギリソウ属(Achillea)、アゲラタム属(Ageratum)、カイザイク属(Ammobium)、ゴボウ属(Arctium)、モクシュンギク属(Argyranthemum)、ヨモギ属(Artemisia)、ヒナギク属(Belis)、キンセンカ属(Calendula)、エゾギク属(Callistephus)、ベニバナ属(Carthamus)、ヤグルマソウ属(Centaurea)、キコリウム属(Cichorium)、アザミ属(Cirsium)、コレオプシス属(Coreopsis)、コスモス属(Cosmos)、チョウセンアザミ属(Cynara)、ダリア属(Dahlia)、ディモルフォセカ属(Dimorphotheca)、エキノプス属(Echinops)、ツワブキ属(Farfugium)、フェリシア属(Felicia)、ガイラルディア属(Gaillardia)、ガザニア属(Gazania)、ガーベラ属(Gerbera)、シュンギク属(Glebionis)、ミヤコワスレ属(Gymnaster)、ギヌラ属(Gynura)、ヒマワリ属(Helianthus)、ムギワラギク属(Helichrysum)、ローダンセ属(Helipterum)、アキノノゲシ属(Lactuca)、ミコシギク属(Leucanthemella)、フランスギク属(Leucanthemum)、リアトリス属(Liatris)、マトリカリア属(Matricaria)、ハマギク属(Nipponanthemum)、フキ属(Petasites)、ジョチュウギク属(Pyrethrum)、ルドベキア属(Rudbeckia)、セネシオ属(Senecio)、ストケシア属(Stokesia)、タゲテス属(Tagetes)、ヨモギギク属(Tanacetum)、タンポポ属(Taraxacum)、ジニア属(Zinnia)等が挙げられる。キク科植物としては、キク属の植物がより好ましく、限定するものではないが、例えば、キク(Chrysanthemum morifolium)、ワカサハマギク(Chrysanthemum wakasaense)、リュウノウギク(Chrysanthemum makinoi)、キクタニギク(Chrysanthemum seticuspe)、チシマコハマギク(Chrysanthemum arcticum)、イワインチン(Chrysanthemum rupestre)、ナカガワノギク(Chrysanthemum yoshinaganthum)、シマカンギク(Chrysanthemum indicum)、ノジギク(Chrysanthemum japonense)、イワギク(Chrysanthemum zawadskii)、オオイワインチン(Chrysanthemum pallasianum)、サツマノギク(Chrysanthemum ornatum)、シオギク(Chrysanthemum shiwogiku)、ピレオギク(Chrysanthemum weyrichii)、オオシマノジギク(Chrysanthemum crassum)、コハマギク(Chrysanthemum yezoense)、イソギク(Chrysanthemum pacificum)等が挙げられる。キク(Chrysanthemum morifolium)としては、各種栽培品種を用いることができ、限定するものではないが、例えば、「秀芳の力」、「山手白」、「幸福の鳥」、「広島紅」、「サマーイエロー」、「精雲」、「セイマリン」、「神馬」、「精興の誠」、「岩の白扇」、「フローラル」、「つばさ」、「秋芳」、「金秀」、「沖の乙女」、「さくら」、「セイプリン」、「舞風車」、「レミダス」、「セイエルサ」等が挙げられる。
【0059】
本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターを導入する際に用いるキク科植物細胞は、植物体への再生可能な形態である限り、特に制限はない。例えば、葉、根、茎、花および種子中の胚盤等の細胞、カルス、懸濁培養細胞等が挙げられる。
【0060】
本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターをキク科植物細胞に導入する方法としては、植物の形質転換に一般的に用いられる方法、例えば、限定するものではないが、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、ポリエチレングリコール(PEG)法、マイクロインジェクション法、プロトプラスト融合法、リポソーム融合法等の物理的・化学的手法を用いることができる。これらの植物形質転換法の詳細は、『島本功、岡田清孝 監修 「新版 モデル植物の実験プロトコール 遺伝学的手法からゲノム解析まで」(2001) 秀潤社』などの一般的な教科書の記載や、Potrykus, I.、Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol.、42: 205-225、1991等の文献を参照すればよい。
【0061】
アグロバクテリウム法を用いる場合は、例えば、上述のようにして作製される、アグロバクテリウム法に適したベクター中に本発明に係るRNA発現カセットを組み込んだ組換えベクターを、適当なリゾビウム、例えばリゾビウム・ラジオバクター(R. radiobactor(R. ラジオバクター);旧名:アグロバクテリウム・ツメファシエンス)(例えば、R. ラジオバクターEHA105株)に導入し、得られた組換え菌株を、キク科植物の葉などの組織由来の外植片(好ましくは殺菌処理したもの又は無菌植物体由来のもの)に接種して感染させ、次いで望ましくは除菌した後、さらに選択培地等で形質転換細胞の選抜を行うと共にカルスを誘導することにより、キク科植物細胞内に組換えベクターを導入し、その結果RNA発現カセットをそのゲノム中に導入することができる。より好適な方法としては、例えばShinoyamaらの方法(Plant Biotechnol. 19: 335 (2002))に従うアグロバクテリウム法が挙げられる。この方法によれば、組換えベクターをR. ラジオバクター細菌中に形質転換し、次いで形質転換されたR. ラジオバクターを、リーフディスク法等公知の方法により植物細胞に導入する。
【0062】
パーティクルガン法、エレクトロポレーション法などを用いる場合には、本発明に係るRNA発現カセットを細胞に直接導入してもよい。あるいは、本発明に係る組換えベクターを、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法などにより細胞内に導入してもよい。RNA発現カセット又は組換えベクターの導入に用いる試料としては、植物体、植物器官、植物組織自体を使用してもよく、それらの切片を使用してもよく、プロトプラストを調製して使用してもよい(Christou P., et al., Biotechnology 9: 957 (1991))。例えばパーティクルガン法では、このような試料に対し、遺伝子導入装置(例えばPDS-1000(BIO-RAD社)等)を製造業者の説明書に従って使用して、RNA発現カセット又は組換えベクターをまぶした金属粒子を試料に打ち込むことにより、それを細胞内に導入し、形質転換キク科細胞を得ることができる。操作条件は、通常は450〜2000psi程度の圧力、4〜12cm程度の距離で行う。
【0063】
RNA発現カセット又は組換えベクターを導入した形質転換キク科植物細胞の選抜は、例えば、選抜マーカー遺伝子を使用した場合には、従来知られている植物組織培養法に従って、その形質転換細胞又は該細胞を含む外植片/カルスを選択培地に置床して培養することによって行うことができる。選抜した形質転換キク科植物細胞又はそこから誘導されたカルスを、さらに再分化培地(適当な濃度の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノライド等)を含む)で培養することにより、植物体を再生することもできる(Shinoyama, H. et al., Plant Biotechnol., 19: 335 (2002))。また形質転換キク科植物細胞を茎頂に導入することにより、そのような再分化技術を用いることなく、植物体としての形質転換キク科植物を得てもよい。
【0064】
本発明における「形質転換キク科植物」には、上記のようにしてRNA発現カセット又は組換えベクターが導入されたキク科植物細胞又はそこから誘導されたカルスから再生等によって直接得られた形質転換キク科植物だけでなく、その子孫細胞であって当該RNA発現カセット又は組換えベクターを染色体ゲノム中にヘテロ接合又はホモ接合で、又は染色体外の細胞質中に保持するキク科植物も包含する。本発明において「形質転換キク科植物」とは、細胞内に導入されたRNA発現カセット又は組換えベクターを染色体ゲノム中に又は染色体外に保持するキク科植物細胞を少なくとも一部に含む、植物体又はその一部をも意味する。すなわち形質転換キク科植物は、RNA発現カセット又は組換えベクターの導入により作製されたキク科植物又は当該RNA発現カセット又は組換えベクターを保持するその子孫植物の植物体(植物個体)、又はその植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子、花粉、葯、雌しべ、雄しべ等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束、柵状組織、海綿状組織等)若しくは培養細胞(例えばカルス)を包含する。
【0065】
上記のようにして作製される形質転換キク科植物細胞及び形質転換キク科植物は、本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターを保持することにより、DMC1遺伝子に対するポスト転写阻害性RNA分子(好ましくは、RNAi分子)を、安定的に発現することができる。その結果、本発明に係る形質転換キク科植物は、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有することとなる。
【0066】
本発明において雄性稔性及び雌性稔性抑制形質とは、当該植物の個体又は系統の植物体が、雄性配偶子及び雌性配偶子の不稔化又は稔性低下を示す性質をいう。本発明において「稔性」とは、雄性稔性又は雌性稔性をいい、「稔性を抑制する」とは不稔化させるか又は稔性を有意に低下させることをいう。
【0067】
本発明に係る方法の好適な実施形態では、本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターの導入により、形質転換キク科植物において温度非依存的に稔性(雄性稔性及び雌性稔性)を抑制することができる。具体的には、好ましい例では、本発明に係る形質転換キク科植物では、育成温度条件、特に稔性に影響を及ぼす開花期温度が、例えば10℃〜35℃、より好ましくは15℃〜30℃というような、比較的広い範囲の条件下で変動しても、特定の開花期温度に依存せずに雄性稔性及び雌性稔性が温度安定的に抑制(不稔化又は稔性低下)され、所定の開花期温度(例えば20℃未満)で稔性抑制が消失することがない。この温度非依存的な雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を付与する上で、生殖細胞や配偶子で温度非依存的に高いプロモーター活性を示すマンノピン合成酵素遺伝子双方向性プロモーターPmas102を本発明に係るRNA発現カセット中で使用することは非常に有用である。
【0068】
本発明に係る方法のより好適な実施形態では、本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターの導入により、形質転換キク科植物に、雄性不稔と雌性稔性の顕著な低下をもたらすこともできる。すなわち本発明に係る形質転換キク科植物は、そのような雄性不稔及び雌性稔性低下形質を有することも好ましい。本発明に係るそのような形質転換キク科植物は、好ましくは比較的広範囲の温度で(例えば開花期温度10〜35℃の条件下で安定して)雄性不稔となり、かつ雌性稔性が顕著に低下する形質を示す。本発明において「開花期温度」とは、減数分裂期を含む開花までの時期、特に減数分裂期の周囲温度を意味し、例えばキク品種「山手白」の減数分裂期は、蕾の大きさが直径6mmに至ったことを指標として判断することができる。
【0069】
本発明に係る形質転換キク科植物の雄性稔性及び雌性稔性については、当業者においては周知の交雑試験等により確認することができる。キクは自家不和合性であるため自殖種子は得られない。しかしながら近縁種との間で交雑が可能であるため、本発明に係る形質転換キク科植物を種子親又は花粉親として利用してキク科近縁種と交雑させ、その結果を稔性抑制されていない非形質転換キク科植物とキク科近縁種とを交雑した結果と比較することにより、稔性が喪失(不稔化)しているか、低下しているか、維持(又は促進)されているかを調べることができる。また、Alexander染色法(Alexander, M.P.、Stain Technology、44(3): 117、1969)を用いて、形質転換キク科植物が生産する花粉について成熟花粉と未熟花粉を見分けることにより、雄性稔性を検定することも可能である。具体的には、本発明に係る形質転換キク科植物の雄性稔性の度合は、その形質転換キク科植物(花粉親)をキク科近縁種(種子親)と交雑させて、例えば、成熟花粉の形成率、花粉の充実性、及び花粉の発芽能等、花粉の充実性、及び花粉の発芽能等を調べ、その結果を稔性抑制されていない非形質転換キク科植物とキク科近縁種とを交雑した結果(対照)と比較することにより、判定できる。一方、本発明に係る形質転換キク科植物の雌性稔性の度合は、その形質転換キク科植物(種子親)をキク科近縁種(花粉親)と交雑させて、例えば、形成される他殖種子の形成率(結実率)等を調べ、その結果を稔性抑制されていない非形質転換キク科植物とキク科近縁種とを交雑した結果(対照)と比較することにより、判定できる。本発明においては、雄性稔性又は雌性稔性を示す値(例えば、上記の成熟花粉の形成率や他殖種子の結実率)が、対照実験で得られた値を100%としたときに、その60%以下、好ましくは50%以下、より好ましくは20%以下、さらに好ましくは15%以下、なお好ましくは10%以下、特に好ましくは5%以下の値である場合には、稔性が好適に抑制されたものと判定する。また、雄性稔性又は雌性稔性を示す値が稔性を示さない場合、すなわち、例えば上記の成熟花粉の形成率や他殖種子の結実率が0%であるときは、不稔化されていると判定する。
【0070】
あるいは、導入されたRNA発現カセットからの上記RNA(すなわち、ポスト転写阻害性RNA分子)の発現によって発現抑制されるDMC1遺伝子のmRNA量又はDMC1遺伝子にコードされるタンパク質(配列番号2)を細胞内(好ましくは、花粉や卵細胞等の生殖細胞又は配偶子)で測定することにより、形質転換キク科植物において雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有しているかどうかを確認することもできる。
【0071】
雄性稔性及び雌性稔性抑制効果の温度非依存性については、好ましくは開花期に、各種温度条件で処理した形質転換キク科植物について、雄性稔性及び雌性稔性を測定することにより判定することができる。
【0072】
上記のようにして、一旦、本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターが導入された稔性抑制された形質転換キク科植物が得られ、その形質転換キク科植物の雄性稔性又は雌性稔性の少なくとも一方が完全には不稔でない場合には、その形質転換キク科植物と、非形質転換キク科植物(稔性抑制されていないもの)とを常法に従って交雑することにより、その子孫雑種として、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物を得ることができる。例えば、得られた形質転換キク科植物が雄性不稔及び雌性稔性低下形質を示す場合には、本発明に係る形質転換キク科植物を種子親とし、非形質転換キク科植物を花粉親として交雑すればよい。
【0073】
上記の、稔性抑制されていない、非形質転換キク科植物とは、本発明のRNA発現カセットが導入されておらず、稔性が抑制されていない(すなわち、好ましくは野生型の稔性形質を有する)キク科植物を意味する。ここで形質転換キク科植物と交雑するのに用いる非形質転換キク科植物は、形質転換キク科植物とは同じ属であるが異なる品種又は種に属する、近縁種のキク科植物であることが好ましい。本発明において「近縁種」には、異なるキク科植物種だけでなく同種に属する異なる栽培品種も包含するものとする。例えば、形質転換キク科植物としてキク(Chrysanthemum morifolium)の栽培品種「山手白」を使用した場合には、交雑相手となる稔性抑制されていない非形質転換キク科植物としては、限定するものではないが、例えば、広島紅等の他のキク栽培品種の他、ワカサハマギク、ノジギク、イソギクなどのキク属植物を好適に用いることができる。
【0074】
アグロバクテリウム法により染色体中にRNA発現カセットが導入された本発明に係る形質転換キク科植物は、通常はそのRNA発現カセットを一方の染色体にのみ有するヘテロ接合体である。そのため、そのような本発明に係る形質転換キク科植物と非形質転換キク科植物を交雑することにより得られる雑種F1植物には、導入したRNA発現カセットを有する雑種F1植物と有しない雑種F1植物とが含まれ得る。そこで本発明に係る方法では、雑種F1植物の中から雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する雑種F1植物個体を単離するため、例えば、各個体のゲノム中のRNA発現カセットの有無を検出し、RNA発現カセットを含有する雑種F1植物個体を選択して取得することも好ましい。本発明は、これら雑種植物である稔性抑制された形質転換キク科植物及びその作製方法も提供する。
【0075】
本発明によれば、本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターをキク科植物に導入することにより、その形質転換キク科植物において、雄性稔性及び雌性稔性を安定かつ顕著に抑制することができ、さらに、その形質転換キク科植物からわずかに形成され得る配偶子が非形質転換キク科植物と交雑した場合でも、その雑種F1植物の雄性稔性及び雌性稔性も安定かつ顕著に(例えば、最大でも対照の稔性の10%以下)抑制することができる。特に、本発明に係る形質転換キク科植物が雄性不稔及び雌性稔性低下形質を示す場合には、花粉の飛散による遺伝子拡散を高い確実性で防止することができて有用である。
【0076】
なお、本明細書で引用する各配列番号は以下の配列に対応する。
配列番号1:キク減数分裂期相同組換え遺伝子(CmDMC1)の塩基配列
配列番号2:キク減数分裂期相同組換え遺伝子(CmDMC1)にコードされたアミノ酸配列
配列番号3:AtDMC1の高保存性領域増幅用フォワードプライマー
配列番号4:AtDMC1の高保存性領域増幅用リバースプライマー
配列番号5:内部プライマー配列(フォワード)
配列番号6:内部プライマー配列(リバース)
配列番号7:プライマーGSP1
配列番号8:プライマーNGSP1
配列番号9:プライマーGSP2
配列番号10:プライマーNGSP2
配列番号11:CmDMC1トリガー断片
配列番号12:EcoRV部位付加プライマー
配列番号13:XbaI-HindIII部位付加プライマー
配列番号14:SmaI部位付加プライマー
配列番号15:SpeI−HindIII部位付加プライマー
配列番号16:gusA由来スペーサー配列
配列番号17:CmDMC1トリガー断片の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列
配列番号18:DNA構築物 DMC1-RNAi
配列番号19:CaMV 35Sターミネーター(T35S)
配列番号20:mas102プロモーター(Pmas102)
配列番号21:pBIK102DBs中のT-DNA全体の塩基配列
配列番号22:Pmas102-mcbt検出用プライマー(フォワード)
配列番号23:Pmas102-mcbt検出用プライマー(リバース)
配列番号24:CmCMC1トリガー断片検出用プライマー(フォワード)
配列番号25:CmCMC1トリガー断片検出用プライマー(リバース)
配列番号26:gusA由来スペーサー配列検出用プライマー(フォワード)
配列番号27:gusA由来スペーサー配列検出用プライマー(リバース)
配列番号28:w-nptII検出用プライマー(フォワード)
配列番号29:w-nptII検出用プライマー(リバース)
【実施例】
【0077】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0078】
[実施例1]RNAi分子をコードする発現ベクターの作製
キク蕾由来全RNAの調製はRNeasy Plant mini kit(Qiagen)を用いて行った。まず、直径6mmの中輪ギク品種「秀芳の力」(Chrysanthemum morifolium Ramat. cv. Syuho-no-chikara)の蕾(10g)を液体窒素中で凍結させ、冷却した乳鉢と乳棒で粉末状になるまで破砕した。上記キットのプロトコルに従ってRNAを抽出し、50μlのRNaseフリーの滅菌水に溶解した。
【0079】
調製した全RNA中のmRNAを鋳型として、Ready-To-Go T-Primed First-Strand Kit(Amersham Bioscience)を用い、キットのプロトコルに従ってcDNAを合成した。
【0080】
また、アラビドプシス由来の減数分裂期相同組換え遺伝子(AtDMC1)の塩基配列(GenBankアクセッション番号U76670)に基づいて、生物間で保存性の高い領域(塩基200位から850位のあたりに相当)を増幅するためのプライマー5'-TGCAATGGTCTCATGATGCATA-3'(配列番号3)、及び5'-TGGGTCTGATATGAACATTCC-3'(配列番号4)を設計した。これらプライマーに加え、上記で調製したcDNA溶液を20倍希釈したDNA溶液1μlを鋳型として用いて、94℃、30秒での解離(変性)、45℃、30秒でのアニーリング、72℃、1分での伸長を30サイクル行う反応条件でファーストPCRを行った。
【0081】
得られたDNA溶液(ファーストPCR産物)を100倍希釈した溶液1μlを鋳型とし、さらに、そのファーストPCR産物の内側に設計したプライマー5'-TCTGAGGCCAAAGTTGACAA-3'(配列番号5)、5'-CTGGGTCAGCTATGACTTGG-3'(配列番号6)を用いて、94℃、30秒での解離、45℃、30秒でのアニーリング、72℃、1分での伸長を30サイクル行う反応条件でセカンドPCRを行った。
【0082】
セカンドPCRで増幅された約600bpのDNA断片を、SmaIで切断したプラスミドpUC19より作製したT-ベクターに導入し、10クローンについて常法により塩基配列を決定し、配列解析を行った。その結果、AtDMC1遺伝子の塩基配列との相同性が最も高かった#4クローンのDNA断片を、キク由来の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1(CmDMC1)の部分増幅断片として同定した。
【0083】
続いて、SMARTTM RACE cDNA Amplification Kit(Clontech)を用いて、以下のようにしてキク減数分裂期相同組換え遺伝子CmDMC1の全長配列(配列番号1)を決定した。
【0084】
最初に5'上流側の塩基配列を決定した。まず、上記で単離されたCmDMC1の部分断片の塩基配列に基づき、5'側の未知配列を増幅するためのプライマー(GSP1)5’-GTGAAGTCAACTCGGAACAGAGC-3’(配列番号7)を設計した。また、前述の通り「秀芳の力」から抽出した1ngのRNAを鋳型とし、上記キットに添付された5’RACEプライマー(5’CDSプライマー)とSD SMART II A Oligoを用いてcDNAを合成した。この合成反応液を6倍に希釈したDNA溶液(2.5μl)を鋳型とし、プライマーGSP1と上記キットに添付の10×Universal primer A mixを用いて、94℃、30秒での解離(変性)、68℃、30秒でのアニーリング、72℃、4分での伸長を25サイクル行う反応条件でファーストPCRを行った。
【0085】
得られたDNA溶液(ファーストPCR産物)を50倍希釈した溶液(5μl)を鋳型とし、そのファーストPCR産物の内側に設計したプライマー(NGSP1)5’-GTTCTTCAGCCATCTTTGCTGCC-3’(配列番号8)と上記キットに添付のNested Universal Primer A(10μM)を用いて、94℃、30秒での解離(変性)、68℃、30秒でのアニーリング、72℃、4分での伸長を20サイクル行う反応条件でセカンドPCRを行った。
【0086】
セカンドPCRで増幅された約700bpのDNA断片を、SmaIで切断したプラスミドpUC19より作製したT-ベクターに導入し、5クローンについて常法により塩基配列を決定し、配列解析を行った。その結果、AtDMC1遺伝子の塩基配列との相同性が最も高かった#9クローンのDNA断片を、キク由来の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1(CmDMC1)の5'上流側の部分断片として同定した。
【0087】
次に3'下流側の塩基配列を決定した。上記で単離されたCmDMC1の部分断片の塩基配列に基づき、3'側の未知配列を増幅するためのプライマー(GSP2)5'-GCTGGCTCATACTCTTTGCGTTTC-3’(配列番号9)を設計した。また、前述の通り「秀芳の力」から抽出した1ngのRNAを鋳型とし、上記キットに添付された3' RACEプライマー(3' CDSプライマーA)を用いてcDNAを合成した。この合成反応液を6倍に希釈したDNA溶液(2.5μl)を鋳型とし、プライマーGSP2と上記キットに添付の10×Universal primer A mixを用いて、94℃、30秒での解離(変性)、68℃、30秒でのアニーリング、72℃、4分での伸長を25サイクル行う反応条件でファーストPCRを行った。
【0088】
得られたDNA溶液(ファーストPCR産物)を50倍希釈した溶液(5μl)を鋳型とし、そのファーストPCR産物の内側に設計したプライマー(NGSP2)5'-GAAAGGTGGAAATGGGAAGGTTGC-3'(配列番号10)と上記キットに添付のNested Universal Primer A (10μM)を用いて、94℃、30秒での解離(変性)、68℃、30秒でのアニーリング、72℃、4分での伸長を20サイクル行う反応条件でセカンドPCRを行った。
【0089】
セカンドPCRで増幅された約850bpのDNA断片を、SmaIで切断したプラスミドpUC19より作製したT-ベクターに導入し、10クローンについて常法により塩基配列を決定し、配列解析を行った。その結果、AtDMC1遺伝子の塩基配列との相同性が最も高かった#16クローンのDNA断片を、キク由来の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1(CmDMC1)の3'上流側の部分断片として同定した。
【0090】
以上のようにしてCmDMC1遺伝子全長の塩基配列が決定された(図1)。CmDMC1遺伝子のORF全体の塩基配列を配列番号1に示す。また配列番号1の塩基配列によってコードされているタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。配列解析により、同定された#4クローンのDNA断片がCmDMC1遺伝子のORF配列(配列番号1)の一部に相当することが確認された。
【0091】
続いて、得られたCmDMC1遺伝子の全長配列を検討し、CmDMC1遺伝子の発現抑制をもたらすRNAi分子をコードするDNA構築物の設計を行った。ここでは、生物間で保存性の高い領域を含む582bpのCmDMC1部分断片(配列番号1の塩基234位〜815位;配列番号11)を、RNAi反応のトリガーとなる二本鎖siRNAを構成するトリガー断片として用いることとした。この582bpのCmDMC1部分断片を、本明細書ではCmDMC1トリガー断片とも称する。
【0092】
そこで、上記の#4クローンのプラスミドを鋳型とし、フォワードプライマー5'-CCGATATCGGAATCTGTGAAGCTGCT-3'(配列番号12)及びリバースプライマー5'-GCTCTAGAGCCCAAGCTTGGGTTTGTCATATACAC-3'(配列番号13)を用いて、上記CmDMC1トリガー断片の5'側に制限酵素EcoRV切断部位、3'側にXbaI及びHindIII切断部位を付加したDNA断片(EcoRV-CmDMC1トリガー断片-HindIII-XbaI)をPCR増幅により再合成した。同様に、#4クローンのプラスミドを鋳型とし、フォワードプライマー5'-TCCCCCGGGGGAAATCTGTGAAGCTGCT-3'(配列番号14)及びリバースプライマー5'-GACTAGTCCCAAGCTTGGGTTTGTCATATACACTGC-3'(配列番号15)を用いて、上記CmDMC1トリガー断片の5'側に制限酵素SmaI切断部位、3'側にSpeI及びHindIII切断部位を付加したDNA断片(SmaI-CmDMC1トリガー断片-HindIII-SpeI)をPCR増幅により再合成した。
【0093】
これら2つのDNA断片を、大腸菌gusA遺伝子(β-D-グルクロニダーゼ遺伝子)のORFの塩基第790位〜1729位の部分(931bp;配列番号16)をスペーサー配列として含むRNAi構築用ベクターpBS-RNAi-GUS(佐藤文彦、「植物における小分子RNAを介した遺伝子発現調節:siRNA,miRNA研究の現状と応用」、植物の生長調節、植物化学調節学会、42(2): 130-138);名古屋大学 上口博士より分譲)中に挿入し、CmDMC1トリガー断片がスペーサー配列を挟んで互いに逆向きに配置されるようにした(図2)。このスペーサー配列は、発現したRNAにおいてループ構造を形成する。
【0094】
さらに、このようにして得た組換えベクターを制限酵素HindIIIで処理することにより、上記CmDMC1トリガー断片をスペーサー配列を挟んで逆向き反復配列として含むDNA構築物を切り出した。
【0095】
次に、そのDNA構築物をクローン化した発現ベクターを作製した。ベクター骨格には、マンノピン合成酵素遺伝子双方向性プロモーターPmas102と改変cry1Ab遺伝子とを含むベクターpBIK102mcbt(Shinoyama, Hら, Breeding Sci., 53: 359 (2003))を用いた。このpBIK102mcbtをBamHIで切断して、野生型nptII遺伝子断片を除去した後、HindIIIで処理してその切断部位に上記DNA構築物を挿入することにより、ベクターpBIK102dmc1RNAiを得た。さらに、タバコ由来エロンゲーションファクター遺伝子の高発現プロモーター(EF1αプロモーター)(Aida, R.ら, JARQ, 39: 269 (2005);特開2004−65096)に野生型nptII遺伝子(Beck et al., Gene, 1982, 19(3):327-336)を連結させたDNA構築物を、pBIK102dmc1RNAiのXhoI切断部位に連結して、発現ベクターpBIK102DBsを得た(図2)。図2中、DMC1-RNAiが、CmDMC1トリガー断片(配列番号1の塩基234位〜塩基815位)を逆向き反復配列として含む上記DNA構築物である。DNA構築物DMC1-RNAiは、CmDMC1トリガー断片の塩基配列(配列番号11)に対して相補的なアンチセンス配列(配列番号17)、スペーサー配列(gusAループ断片)、CmDMC1トリガー断片配列を5'から3'方向にこの順番で含む。DNA構築物DMC1-RNAiの塩基配列を配列番号18に示す。
【0096】
なお図2中の略語は以下の通りである。RB: T-DNA領域の右側境界配列(25bp)、T35S: カリフラワーモザイクウイルス由来35S(CaMV 35S)ターミネーター、w-nptII: 野生型ネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼII遺伝子、PEF1α: タバコ由来エロンゲーションファクター遺伝子の高発現プロモーター、DMC1-RNAi: キク減数分裂期相同組換え遺伝子(CmDMC1)由来RNAi配列含有DNA構築物、Pmas102: リゾビウム・ラジオバクターAtC1株(MAFF301276)由来のマンノピン合成酵素(MAS)遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーター、mcbt: 改変cry1Ab遺伝子、Tnos: リゾビウム・ラジオバクター由来ノパリン合成酵素遺伝子由来ターミネーター、LB: T-DNA領域の左側境界配列(26bp)、RK2ori(oriV): 広宿主プラスミドRK2の複製開始点、nptIII:Streptococcus faecalis由来の野生型ネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼIII遺伝子。
【0097】
RBは、T-DNAがリゾビウムから植物ゲノムへと伝達される際、伝達の開始点として機能する配列である。LBは、T-DNAがリゾビウムから植物ゲノムへと伝達される際、伝達の終止点として機能する配列である。PEF1α、w-nptII、及びT35Sはw-nptII遺伝子発現カセットを構成している。Pmas102、DMC1-RNAi、及びT35SはRNA発現カセットを構成している。Pmas102、mcbt、Tnosはmcbt遺伝子発現カセットを構成している。改変cry1Ab遺伝子は、Bacillus thuringiensis var. kurstaki HD-1から単離されたチョウ目害虫抵抗性遺伝子cry1Ab遺伝子を改変して作製された人工合成遺伝子である。ここで用いたT35Sの塩基配列を配列番号19に、Pmas102の塩基配列を配列番号20に示す。
【0098】
このようにして作製された発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNA(図3(A)〜(H)、配列番号21)がアグロバクテリウム法により植物ゲノムに組み込まれると、RNA発現カセット中のプロモーターPmas102の働きにより、CmDMC1遺伝子を発現抑制可能なRNAi分子の発現が誘導されることになる。
【0099】
[実施例2]キクの形質転換
本実施例では、アグロバクテリウム法により、実施例1で作製した発現ベクターpBIK102DBsをキクに導入するため、まず、pBIK102DBsをエレクトロポレーション法によりリゾビウム・ラジオバクター(Rhizobium radiobactor(R. ラジオバクター);旧名:アグロバクテリウム・ツメファシエンス)EHA105株(Zeneca Morgenより分譲)に導入した。そしてpBIK102DBsが導入されたR. ラジオバクターを選抜し、YEP培地(組成:1%ペプトン、1%酵母エキス、0.5%塩化ナトリウム、pH7.2)で、28℃で5時間にわたり培養することにより、R. ラジオバクター懸濁液を調製した。
【0100】
キクの形質転換は以下の手順で行った。小ギク品種「山手白」(Chrysanthemum morifolium Ramat. cv. Yamate-shiro)から茎頂培養を経て作製した無菌植物体の葉を直径6mmのコルクボーラーで打ち抜いてリーフディスクを作製し、外植片とした。外植片を上記で調製したR. ラジオバクター懸濁液に約15分間浸漬した後、余分な菌液をろ紙で除いて共存培地(ムラシゲ・スクーグ(MS)基本培地に、3%ショ糖、0.3%ゲランガム、1mg/lナフタレン酢酸、0.5mg/lベンジルアデニン、及び1g/lカザミノ酸を添加、pH5.8)に葉の表側を上向きにして置き、25℃、暗黒下で3日間共存培養した。共存培養終了時に、外植片を除菌培地(MS基本培地に、3%ショ糖、0.3%ゲランガム、1mg/lナフタレン酢酸、0.5mg/lベンジルアデニン、及び250mg/l セフォタキシムナトリウム塩を添加、pH5.8)に置床し、低照度(光合成有効光量子束密度(PPFD):60μmol/m2/s)で7日間除菌した。その後外植片を、選抜培地A(MS基本培地に、3%ショ糖、0.3%ゲランガム、1mg/lナフタレン酢酸、0.5mg/lベンジルアデニン、250mg/lセフォタキシムナトリウム塩、及び20mg/l G418を添加、pH5.8)に移し、25℃、中照度(PPFD:60μmol/m2/s)で2週間培養した。2週間後、新しい選抜培地Aに移し、さらに2週間後、新しい選抜培地Aに移した。次いで、2週間後に選抜培地B(MS基本培地に、3%ショ糖、0.3%ゲランガム、1mg/lナフタレン酢酸、0.5mg/lベンジルアデニン、100mg/lセフォタキシムナトリウム塩、及び20mg/l G418を添加、pH5.8)に移し、さらに2週間後、新しい選抜培地Bに移し、形質転換細胞の選抜を行うとともに該形質転換細胞からのカルス誘導を促した。その後再分化培地(MS基本培地に、3%ショ糖、0.3%ゲランガム、0.5mg/lベンジルアデニン、0.2mg/lジベレリンA3、及び100mg/lセフォタキシムナトリウム塩を添加、pH5.8)に移し、カルスから植物体を再生させた。再分化培地は3週間ごとに更新し、シュートが2〜3mm長になった時点でシュートをかきとり、ホルモンフリーのMS基本培地の入った試験管へ移し、発根を促した。ビトリフィケーション(vitrification: ガラス化)を起こしているシュートについては、通気膜ミリシール(Millipore社)を用いて通気性を確保し、ビトリフィケーションの解消を図った。
【0101】
さらに、同様にして、中輪ギク品種「秀芳の力」(Chrysanthemum morifolium Ramat. cv. Shuho-no-chikara)及びスプレーギク品種「幸福の鳥」(Chrysanthemum morifolium Ramat. cv. Kouhuku-no-tori)についても、形質転換植物体を作製した。
【0102】
この結果、キク品種「山手白」から682個体、「秀芳の力」から131個体、「幸福の鳥」から102個体の再分化植物体が得られた。そこで、これらの各個体についてゲノムDNAを抽出し、それを鋳型として、PCR法に基づく導入配列の検出を行った。PCR法による検出には、以下の導入配列特異的プライマー対を用いた。
【0103】
(a) マンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーター(Pmas102)-mcbt検出用プライマー対:
5'-GAATAGATGATCTGACACGCC-3' (配列番号22)
5'-AGTGGTGTGGAGTACCTGTAG-3' (配列番号23)
(b) CmDMC1トリガー断片検出用プライマー対:
5'-AATCTGTGAAGCTGCTGAGA-3' (配列番号24)
5'-TTTGTCATATACACTGCAAGC-3' (配列番号25)
(c) gusA由来スペーサー配列検出用プライマー対:
5'-ATCTACCCGCTTCGCGTCGGCATC-3' (配列番号26)
5'-TCGCGAGTGAAGATCCCCTTCTTG-3' (配列番号27)
(d) w-nptII検出用プライマー対:
5'-ATGATTGAACAAGATGGATTGCAC-3' (配列番号28)
5'-TCAGAAGAACTCGTCAAGAAGGCG-3' (配列番号29)
【0104】
この検出により、全ての再分化個体(再生植物体)で、pBIK102DBs中の構成要素mas102プロモーター(Pmas102)、改変cry1Ab遺伝子(mcbt)、DMC1-RNAi、及び野生型nptII遺伝子(w-nptII)の存在を示すPCR増幅バンドが確認された。すなわち、得られた全ての再生植物体が、pBIK102DBsが導入されている形質転換キク植物体(CmDMC1遺伝子由来RNAi配列導入キク植物)であることが示された。
【0105】
[実施例3]異なる開花期温度で育成した形質転換キクの稔性試験(雄性稔性)
実施例2で得られたCmDMC1遺伝子由来RNAi配列導入キク植物(形質転換キク)について、サザンブロット分析およびノーザンブロット分析を行い、CmDMC1遺伝子由来RNAiの導入確認と発現確認を行った。形質転換キクとしては、組換え体であるDB315、DB569、DB576系統個体を用いた。その後、CmDMC1遺伝子由来RNAi配列導入キク植物について、閉鎖系温室にて順化、及び低温処理を行い、育成した。対照実験用に、pBIK102DBsを導入していない非形質転換キク(キク品種「山手白」;形質転換において宿主として用いた系統)についても、同様の方法で育成して用いた。
【0106】
蕾の大きさが直径6mm(減数分裂期)になったキク個体(形質転換キク、及び非形質転換キク)を10〜35℃の異なる温度に設定した人工気象器に入れ、開花させた。開花1日前の筒状花について、アレクサンダー染色(Alexander, MP, Stain Technology, 44 (3):117, (1969))、アセトカーミン染色、花粉培地(Ikeda, H及びNumata, S, Acta Hort., 454: 329, (1998))での発芽試験、キク科近縁種との交雑試験等に供して、雄性の稔実度合を確認した。
【0107】
その結果、非形質転換キクでは、10〜25℃の開花期処理温度において、成熟花粉を形成した。一方、形質転換キクでは、いずれの温度でも成熟花粉の形成は認められず、15℃の処理温度を除いて花粉自体の形成も全く観察されなかった。処理温度15℃の形質転換キクでも、未熟な花粉が観察されたのみであった。
【0108】
図4及び5に、各開花期処理温度条件の葯及び花粉についてアレクサンダー染色した結果を示した。この試験では、筒状花ごと染色した後にパラフィン包埋切片を作成し、成熟組織を示す赤く染まった部分と、未熟組織を示す青く染まった部分を顕微鏡下で観察した。図4は葯の発達状態を示しており、一方、図5は葯中の花粉形成状況を示している。図5に示される通り、非形質転換キクでは、核(赤く染まった部分)を有し個々に分離した細胞(成熟花粉)が観察された。これに対し、形質転換キク(DB315系統)では、20℃及び25℃の開花期温度では花粉形成が観察されず、花粉が観察された15℃でも、開花期であるにもかかわらず小分子(細胞)が集まって花粉塊となっており四分子期で生育を止めている花粉と、核(赤く染まった部分)を有さず青く染まった花粉(未熟花粉;減数分裂がうまくいかず、途中で生育が停止したことを示す)が観察されたのみであった。さらに、実施例2に従って作製した形質転換キクDB260系統及びDB194系統でも、同様に15℃の開花期温度条件下で四分子期で生育を止めた花粉塊や未熟花粉が観察されただけであった。
【0109】
表1には、アレクサンダー染色した筒状花の各葯中の成熟花粉の数、未熟花粉及び四分子期花粉の数を計数した結果を示す(示したデータは葯1本当たりの平均花粉数±標準偏差)。アレクサンダー染色法で赤く染色された花粉を成熟花粉、青く染色された花粉を未熟花粉、赤及び青く染まった小分子が集まった花粉塊を四分子期花粉として判定した。
【0110】
【表1】
【0111】
表2及び3は、形成された花粉の稔性と寿命を示す。表2は、花粉の充実性の推定を行った結果を示している。まず、形質転換キク個体DB315と対照の非形質転換キク個体(宿主「山手白」)について、開花1日前の筒状花より葯を採取し、花粉をプレパラート上にのせた。花粉の乗ったプレパラートを10、15、20及び25℃に設定した人工気象器(連続光、湿度60%)に入れてインキュベートした。0、1、5、10及び24時間インキュベートした花粉にアセトカーミン染色液を滴下し、25℃の人工気象器(連続光)にて培養した。アセトカーミン染色の1時間後に花粉粒の染色程度を観察した。表中の数値は経過時間毎の染色された花粉の割合(%)を示し、そこから花粉の充実性(成熟性)を推定した。
【0112】
【表2】
【0113】
表3には、花粉培地における経過時間ごとの発芽能の検定結果を示した。充実していても発芽能力がない(すなわち、受精できない)花粉もあるためである。形質転換キク個体DB315、DB569、DB576と対照の非形質転換キク個体について、花粉培地を用いて発芽能を測定した。花粉培地としては、以下の液体培地:酢酸エチル抽出液=4:1で混合して用いた。
・液体培地:100 ppm H3BPO4、300 ppm CaCl2・2H2O、0.01 ppm CoCl2・6H2O、30 %サッカロース
・酢酸エチル抽出液:キクの舌状花(20 g)を100 mlの酢酸エチルに浸漬し、密閉して冷蔵庫内で24時間貯蔵した後、酢酸エチルを揮発させることによって得た残留抽出物である。
【0114】
検定には、まず非形質転換キク及び形質転換キクの開花1日前の筒状花より葯を採取し、花粉をプレパラート上にのせた。花粉の乗ったプレパラートを10、15、20及び25℃に設定した人工気象器(連続光、湿度60%)に入れてインキュベートした。0、1、5、10及び24時間インキュベートした花粉に花粉培地を1〜2滴を垂らし、プラスチックシャーレ(直径9 cm)に入れて密封し、25℃の人工気象器(連続光)にて培養した。2時間後に花粉管が花粉直径程度に達したものを発芽とみなした。数値は経過時間毎の発芽した花粉の割合(%)を示し、そこから、花粉の発芽能を推定した。
【0115】
【表3】
【0116】
上記の通り、形質転換キクで15℃にて形成が観察された花粉は、充実度が低く(表2)、花粉培地における発芽能も示さなかった(表3)。
【0117】
さらに、形質転換キクで15℃にて形成が観察された花粉を用い、キク科近縁種(種子親)との間で交雑試験を行って、雄性稔性を調べた。キク科近縁種としては、小ギク品種「広島紅(Hiroshimabeni)」、食用菊品種「もってのほか(Mottenohoka)」、ワカサハマギク(Chrysanthemum wakasaense)、ノジギク(Chrysanthemum japonense)、イソギク(Chrysanthemum pacificum)、コンギク(Aster ageratoides ssp. avalus)を用いた。
【0118】
この交雑試験では雑種種子は形成されなかった(表4)ことから、15℃で形成された形質転換キクの花粉は、不稔花粉であると認められた。
【0119】
【表4】
【0120】
表4中、「self」は自殖(自家交雑)を示す。
上記結果から、本発明に係る形質転換キクが、キク開花温度帯(10℃〜35℃)で安定して雄性不稔を示すことが示された。
【0121】
[実施例4]異なる開花期温度で育成した形質転換キクの稔性試験(雌性稔性)
次に、実施例2で得られたCmDMC1遺伝子由来RNAi配列導入キク植物(形質転換キク;組換え体DB315、DB569、DB576系統個体)について、キク科近縁種(花粉親)との間で交雑試験を行い、雌性稔性を調べた。キク科近縁種としては、上記と同様に「広島紅」、「もってのほか」、ワカサハマギク、ノジギク、イソギク、コンギクを用いた。さらに、形質転換キクについて自殖稔性も調査した(下記表5中の「self」)。
【0122】
具体的には花粉親については、2007年6月1日から40日間、10℃に設定した人工気象器(16時間日長)にて低温処理を行い、同年8月9日に草丈5 cm(展開した本葉3枚)の植物体を挿し芽増殖し、25℃に設定した人工気象器(16時間日長)にて苗を育成した。8月25日に混合土(土太郎:バーミキュライト=5:1)を入れたポリポット(直径15 cm)に鉢上げし、網戸越しに窓を解放した特定網室にて育成した。
【0123】
種子親については、試験管内無菌植物体を2006年10月に順化し、2007年6月1日から40日間10℃に設定した人工気象器(16時間日長)にて低温処理を行った。同年8月9日に草丈5 cm(展開した本葉3枚)の植物体を挿し芽増殖し、25℃に設定した人工気象器(16時間日長)にて苗を育成した。8月25日に混合土(土太郎:バーミキュライト=5:1)を入れたポリポット(直径15 cm)に鉢上げし、網戸越しに窓を解放した特定網室にて育成した。蕾の大きさが直径5 mmになった植物体を10、15、20、25、30及び35℃に設定した人工気象器(8時間日長)に入れ、生育させた。
【0124】
開花1日前の筒状花から採取された花粉親の花粉を、栽培状態の種子親、及び授粉1日前に草丈50cmの長さに切断し、水道水に切り口を浸漬させた切り花状態の種子親の、筒状花の柱頭に小筆で授粉し、人工交雑試験を行った。その後種子親である非組換えキク及び組換えキクは10〜35℃に設定された人工気象器で育成し、他殖種子の成熟を図った。授粉2ヶ月後に子房を採取し、湿らせた濾紙を入れたシャーレ(直径9 cm)に入れ、25℃暗黒下に3日間置き、発芽の有無を調査した。結実率は発芽した種子数を授粉した筒状花数で除して算出した。
【0125】
その結果、下記表5に示される通り、非形質転換キク(宿主;種子親)をキク科近縁種(花粉親)と交雑させた場合には、栽培状態および切り花状態の双方において、15〜30℃の各処理条件下で他殖種子を形成した。これに対し、形質転換キク(組換え体DB315、DB569、DB576個体)をキク科近縁種(花粉親)と交雑させたところ、処理温度20℃以下では栽培状態と切り花状態のいずれにおいても他殖種子の形成は認められず、25℃、30℃でも切り花状態では他殖種子の形成は全く認められなかった。形質転換キクの場合、25℃〜30℃の処理条件下の栽培状態でのみ他殖種子の形成を示したが、その結実率は非形質転換キクの10分の1〜20分の1に過ぎなかった。
【0126】
【表5】
【0127】
表中の「self」は自殖(自家交雑)を示す。
このように、本発明に係る形質転換キクは、キク開花温度帯(10℃〜35℃)で安定して雌性稔性の顕著な低下を示し、特に20℃以下では雌性不稔を示した。
【0128】
そこで、上記の通り形質転換キクDB315系統個体を種子親としてキク科近縁種(花粉親)と交雑して得られた他殖種子(F1雑種)からゲノムDNAを抽出し、それを鋳型として、PCR法に基づき導入配列の検出を行った。PCR法による検出には、実施例2に記載のPmas102-mcbt検出用プライマー対、CmDMC1トリガー断片検出用プライマー対、及びw-nptII検出用プライマー対を用いた。その結果、形質転換キクDB315とキク科近縁種の間のF1雑種の多くが、DNA構築物CmDMC1-RNAiを含む導入配列を有していることが確認された。
【0129】
[実施例5]F1雑種への不稔形質の伝達
実施例4で形質転換キク(種子親)とキク科近縁種(花粉親)との交雑によって得られた他殖種子を育成して雑種F1系統を得て、その花粉形成状態をアセトカーミン染色とアレクサンダー染色によって調べた(表6)。表6中、DB315/H1〜5: 形質転換キクDB315と広島紅の雑種F1系統、DB315/M1〜5: DB315ともってのほかの雑種F1系統、DB315/W1〜5: DB315とワカサハマギク福井保存系統1号の雑種F1系統、DB315/N1〜5: DB315とノジギク福井保存系統1号の雑種F1系統、DB315/I1〜5: DB315とイソギクの雑種F1系統である。
【0130】
具体的にはまず、蕾の大きさが直径5 mmになった非形質転換キク、形質転換キク及び雑種F1系統を15及び20℃に設定した人工気象器(8時間日長)に入れた。非形質転換キク、形質転換キク及び雑種F1系統の開花1日前の筒状花より葯を採取し、アセトカーミン染色とアレクサンダー染色を行った。アセトカーミン染色については染色1時間後に花粉粒の染色程度を観察し、花粉の稔実度合を判定した。アレクサンダー染色については50℃、24時間の処理を行った後、染色程度を観察した(表6)。アレクサンダー染色法で赤く染色された花粉を成熟花粉と判定し、その個数を稔実花粉数として計数した。またアレクサンダー染色法で青く染色された花粉を未熟花粉、赤及び青く染まった小分子が集まった花粉塊を四分子期花粉と判定し、未熟花粉と四分子期花粉を不稔花粉としてその合計個数を不稔花粉数として計数した。表6の数値は、葯1本当たりの平均花粉数±標準偏差を示す。
【0131】
表6から分かるように、形質転換キクとキク科近縁種との交雑によって得られる雑種系統も、片親の形質転換キクと同程度の温度非依存的な雄性不稔を示した。雑種F1系統のうち、稔性花粉を形成したのは、実施例4で導入配列(CmDMC1-RNAi等)が検出されなかったものだけであった。これは、親の形質転換キクにおいてpBIK102DBs由来のT-DNAが染色体の一方にしか導入されていないために導入配列(CmDMC1-RNAi等)を有するものと有さないものの両方のF1雑種が生じたことによるものであり、従ってそのような導入配列(CmDMC1-RNAi等)を有さないF1雑種における稔実花粉形成は、当該導入配列を有するF1雑種における不稔化に対する好適な対照として捉えることができる。
【0132】
【表6】
【0133】
さらに、上記の雑種F1系統を種子親として、上述の方法と同様にしてキク科近縁種(花粉親)との間で交雑試験を行うことにより、雌性稔性の検定も行った(表7)。表7中、DB315/H1〜5: 形質転換キクDB315と広島紅の雑種F1系統、DB315/M1〜5: DB315ともってのほかの雑種F1系統、DB315/W1〜5: DB315とワカサハマギク福井保存系統1号の雑種F1系統、DB315/N1〜5: DB315とノジギク福井保存系統1号の雑種F1系統、DB315/I1〜5: DB315とイソギクの雑種F1系統である。
【0134】
表7から分かる通り、形質転換キクとキク科近縁種との交雑によって得られる雑種系統は、雌性稔性についても、片親の形質転換キクと同様、顕著な温度非依存的稔性低下を示した。雑種F1系統のうち、結実率が比較的高かったのは、実施例4で導入配列(CmDMC1-RNAi等)が検出されなかったものだけであった。導入配列(CmDMC1-RNAi等)を有さないF1雑種のこのような結果は、当該導入配列を有するF1雑種における雌性稔性の顕著な低下に対する好適な対照として捉えることができる。
【0135】
【表7】
【0136】
以上の結果から、CmDMC1遺伝子に対するRNAi分子をコードするDNAの導入(形質転換)により、キク科植物において、雄性稔性及び雌性稔性を安定に抑制できることが示された。また、DMC1-RNAi配列の発現誘導に使用したマンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーターが、花粉及び卵細胞において高いプロモーター活性を示し、また広範な開花期温度にも左右されにくく温度非依存的に発現を誘導でき、本発明の方法による雄性稔性及び雌性稔性の抑制に非常に有用であることも示された。さらに、その雄性不稔性及び低雌性稔性の形質は後代にも遺伝することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0137】
本発明の方法及びそれに用いるRNA発現カセット等は、遺伝子組換えキク科植物の作製において、栽培時の通常の温度条件下(特に、開花期温度条件下)でも生殖細胞を高確率で稔性抑制し、該植物中の導入遺伝子の意図せぬ拡散を効果的に防止するために使用することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0138】
配列番号3〜10、12〜15、及び22〜29の配列は、プライマーである。
配列番号17の配列は、CmDMC1トリガーに対して相補的なアンチセンス配列である。
配列番号18の配列は、DNA構築物 DMC1-RNAiである。
配列番号21の配列は、T-DNAである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、RNAサイレンシングを利用した稔性抑制キク科植物の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年では遺伝子組換え作物の研究および栽培が飛躍的に拡大し、それに伴って意図しない遺伝子拡散による生物多様性への影響が懸念されている。特に栽培キクは虫媒花で他殖性であり、これまでにも栽培ギクと野生ギクの雑種が見つかっていることから、遺伝子組換えキクの実用化には有効な導入遺伝子の拡散防止手段の開発が必須である。
【0003】
遺伝子拡散を防止するためには、生殖細胞の不稔化が有効となる。これまでにも、例えば、メロン由来改変エチレン受容体遺伝子(CmETR1/H69A遺伝子)をタバコやトマトなどの植物に導入することによって花粉の発達を抑制し、雄性不稔性を誘発する手法が用いられてきた(特許文献1)。また減数分裂期相同組換え遺伝子(DMC1)を発現抑制することにより、植物の稔性が低下したことも報告されている(非特許文献1〜4)。
【0004】
キクにおいても雄性不稔遺伝子を導入することにより雄性不稔化が試みられてきた。ところが、キクにおいては、改変エチレン受容体遺伝子を導入した場合、20℃以上の開花温度ではタペート細胞の老化の遅延が起こるため、花粉が成熟し得ずに不稔化するものの、15℃の低温になると当該遺伝子の発現レベルが低くなり、稔性のある花粉を形成してしまう現象が見られた(非特許文献5)。すなわち、改変エチレン受容体遺伝子の導入に基づく従来の方法は不稔化効果の温度安定性に問題があった。キクは開花温度帯が10〜35℃と広いことから、花粉をより確実に不稔化するため、キクを温度安定的に不稔化できる方法の開発が望まれていた。一方で、改変エチレン受容体遺伝子を導入した場合の不稔化は、花粉の発育(成熟)を抑制することによる量的な不稔化に留まるため、より安定な不稔化の実現には、減数分裂によって生じる一価染色体(花粉核)の形成自体を阻止する質的な不稔化を達成する手法も望まれていた。また、より効果的な遺伝子拡散防止策の観点から、雄性不稔化だけでなく、雌性不稔化方法の開発も求められていた。導入遺伝子の過剰発現にはいわゆる構成的プロモーターが汎用されるが、このようなプロモーターは生殖細胞系列において必ずしも活性が認められるとは限らず、キクの花粉や卵細胞中で遺伝子発現を誘導可能なプロモーターも知られていなかったため、花粉や卵細胞での導入遺伝子の発現に基づいてキクを不稔化することは困難であった。
【0005】
一方、植物分子生物学の発展に伴い、特定の遺伝子に対するアンチセンス核酸又は二本鎖RNA(dsRNA:後述のRNA干渉(RNAi)を参照)を植物細胞内で発現させて、植物に内在性の遺伝子の発現抑制(ノックダウン)を行うことが可能になってきた。例えばトマト果実の登熟に関与するポリガラクチュロナーゼ遺伝子をアンチセンス方向に導入した日持ちの良いトマト(非特許文献6)が報告されている。このようなRNAを介した遺伝子発現抑制は、RNAサイレンシングと呼ばれている。中でもRNA干渉(RNAi)は、ある遺伝子と相同な塩基配列を有するdsRNAが、その遺伝子のmRNAの特異的分解を促進することにより、標的遺伝子の発現を特異的に抑制する現象であり、より効果の高い遺伝子ノックダウン手法として幅広く活用されている。提唱されているRNAiのメカニズムは、以下の通りである。内在性の遺伝子座から転写されたmRNAを鋳型に、RNA依存性RNAポリメラーゼにより生成したdsRNA〔低分子RNA(small RNA)のうち、低分子干渉性RNA(small interfering RNA;siRNA)の起源〕、あるいは内在性もしくはゲノムに組込まれたヘアピン型dsRNA発現遺伝子〔small RNAのうち、micro-RNA (miRNA) の起源〕に起因するdsRNAは、リボヌクレアーゼIIIファミリーに属するDicerと称される酵素によって認識され、21〜23ヌクレオチドの短い3'突出型の二本鎖siRNAやmiRNAに分解される。次にこれらsmall RNA(siRNA及びmiRNA)はRNA誘導型サイレンシング複合体(RISC)と呼ばれるRNAi標的複合体に組み込まれる。このRISCは、そこに組み込まれたsmall RNAに相補的な配列を有する標的mRNAを認識し、相補配列の中央で標的mRNAを切断する。この後、標的mRNAは速やかに分解され、コードするタンパク質の発現量が低下する(非特許文献7)。
【0006】
RNAiを利用した発現抑制技術では、当初はRNAiを引き起こすdsRNAやsiRNAなどのRNA分子(RNAi分子)を細胞に直接導入する手法が用いられた。しかし近年では、RNAi分子を最適な形で生合成可能な発現ベクターが開発され、汎用されるようになってきている。一般的に、この発現ベクターが導入された細胞では、互いに相補的な配列を有するRNAを各種のスペーサーで連結したshRNA(short hairpin RNA;これはin vivoでdsRNAを形成可能である)が発現し、siRNAが生成する。植物でもRNAi分子を生成する発現ベクターの導入により、標的とする遺伝子発現を抑制した形質転換体の作製が行われている(非特許文献1〜4)。
【0007】
しかし実際には、RNAiのメカニズムはまだ十分に解明されているとは言えない。例えば広範な温度環境下で、安定的に遺伝子発現抑制を達成することは、現在のRNAi技術でもなお困難を伴う課題である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−180178号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Deng, Z. Y. and Wang, T., Plant Mol. Biol., 65(1-2): 31-42 (2007)
【非特許文献2】Siaud, N.ら, EMBO J., 23(6): 1392-1401 (2004)
【非特許文献3】Stevens, R.ら, Plant Cell, 16(1): 99-113 (2004)
【非特許文献4】Couteau, A.ら, Plant Cell, 11(9): 1623-1634 (1999)
【非特許文献5】福井県農業試験場、平成18年度バイテク試験成績書P5〜6
【非特許文献6】Smith C.J.ら, Nature, 334(6184): 724-726 (1988)
【非特許文献7】Vaucheret, H., Genes and Dev., 20(7): 759-771 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、安定した稔性抑制を起こすキク科植物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、キク科植物において減数分裂期相同組換え遺伝子(DMC1遺伝子;減数分裂期特異的相同組換え遺伝子とも称される)をRNAサイレンシングを利用して発現抑制することにより、その稔性を安定的に抑制することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] 減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列を含むRNAをコードするDNAを含む、キク科植物の雄性稔性及び雌性稔性を抑制するためのRNA発現カセット。
【0013】
このRNA発現カセットのより好適な実施形態では、前記RNAは、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列からなるセンス配列と、該塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列とを含むものであることが好ましい。
【0014】
このRNA発現カセットの一実施形態では、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1としては、以下の(a)〜(e)のいずれかの遺伝子を用いることが好ましい:
(a) 配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子、
(b) 配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドからなる遺伝子、
(c) 配列番号1で示される塩基配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(d) 配列番号2で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子、
(e) 配列番号2で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、及び/若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【0015】
このRNA発現カセットにおいて、一実施形態では、前記の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列は、500〜700塩基長であることが好ましい。
【0016】
このRNA発現カセットにおいて、前記の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列は、配列番号1の234位〜815位に相当する該遺伝子中の領域を含むものであることが好ましい。
【0017】
このRNA発現カセットにおいて、前記センス配列と前記アンチセンス配列とはスペーサー配列を挟んで連結されていてもよい。
【0018】
本発明に係るとりわけ好適な実施形態のRNA発現カセットは、前記のRNAをコードするDNAを、マンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーターの制御下に含むものである。
【0019】
本発明に係るRNA発現カセットの好ましい一実施形態においては、前記の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列が、配列番号11で示される塩基配列からなるものである。
【0020】
[2] 上記[1]に記載のRNA発現カセットを含む組換えベクター。
[3] 上記[1]に記載のRNA発現カセット又は上記[2]に記載の組換えベクターをキク科植物細胞に導入することにより、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物を作製することを含む、キク科植物の稔性を抑制する方法。
ここで、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質は、10〜35℃の温度条件下で雄性稔性及び雌性稔性が抑制される性質であることが好ましい。
【0021】
[4] 上記[1]に記載のRNA発現カセット又は上記[2]に記載の組換えベクターが導入された形質転換細胞。
この形質転換細胞の好適例は、形質転換キク科植物細胞である。
【0022】
[5] 上記[4]に記載の形質転換キク科植物細胞から植物体を再生させて得られる、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物。
[6] 上記[5]に記載の形質転換キク科植物を種子親とし、非形質転換キク科植物を花粉親として交雑させて、前記RNA発現カセットを含有する子孫植物を取得することを含む、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物の作製方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明の方法により、キク科植物において、安定な稔性抑制を示す形質転換植物を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、キク由来減数分裂期相同組換え遺伝子(CmDMC1)の塩基配列(上段;配列番号1)及びコードされるアミノ酸配列(下段;配列番号2)を示す。下線部は実施例でRNAi分子のトリガーとして用いた配列である。
【図2】図2は、バイナリーベクターpBIK102DBsの構造を示す。pBIK102DBsの塩基配列全長は16,416 bpである。RBからLBまでのT-DNA領域の全長は7,850 bpである。制限酵素名に付記した数値は、T-DNAの5'末端の塩基を1番目としたときの各制限酵素部位の最も5'側の塩基の番号を示す。
【図3(A)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(A)はその最も5'側の配列を示す。
【図3(B)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(B)は図3(A)に続く配列を示す。
【図3(C)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(C)は図3(B)に続く配列を示す。
【図3(D)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(D)は図3(C)に続く配列を示す。
【図3(E)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(E)は図3(D)に続く配列を示す。
【図3(F)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(F)は図3(E)に続く配列を示す。
【図3(G)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(G)は図3(F)に続く配列を示す。
【図3(H)】図3(A)〜(H)は、発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNAの構造及び塩基配列を示し、図3(H)は図3(G)に続く配列を示す。
【図4】図4は、開花期温度に応じた葯の発達状態を示す葯の横断面像の写真である。図中のスケールバーは200μmを示す。赤い部分は成熟組織、青い部分は未熟組織を示す。
【図5】図5は、開花期温度に応じた葯中の花粉形成状況を示す葯及び花粉の写真である。図中のスケールバーは、葯では1mm、花粉では50μmを示す。赤い部分は成熟組織、青い部分は未熟組織を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1(以下、DMC1遺伝子とも称する)の少なくとも一部の塩基配列に対して相補的な塩基配列(アンチセンス配列)を含む二本鎖RNA(dsRNA)の生成に基づくRNAサイレンシングにより、キク科植物の稔性を安定に抑制する方法に関する。
【0026】
本発明の方法では、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1由来の前記アンチセンス配列を少なくとも含むRNAを、キク科植物細胞内に導入したDNA構築物(発現カセット又は組換えベクター)から発現させて、該植物の内在性の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1から転写されるmRNAの機能を阻害することにより、生殖細胞又は配偶子形成を抑制し、該植物に安定した雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を付与することができる。このDMC1遺伝子のmRNAの機能の阻害は、主として、上記アンチセンス配列を含むRNA(好ましくは短鎖のアンチセンスRNA(例えば21〜25bp、好ましくは21〜23bpのsiRNA))をDMC1遺伝子のmRNAと会合させ二本鎖RNA(dsRNA)を形成させること、又はDMC1遺伝子の少なくとも一部の塩基配列(センス配列)とそれに対して相補的な塩基配列(アンチセンス配列)とを少なくとも含むRNAの分子内会合により二本鎖RNA(dsRNA)を形成させることに基づき、該DMC1遺伝子のmRNAの翻訳阻害及び/又は該mRNAの分解促進(RNAi)を引き起こす手法によるものである。本発明の方法では、雄性稔性と雌性稔性の両方を抑制できることから、キク科植物の稔性を安定に抑制することができる。さらに本発明の方法では開花期温度の幅に左右されにくい温度安定的な稔性抑制も達成することができる。
【0027】
なお本発明において、RNAの塩基配列を配列表に記載の配列番号を引用して特定するときは、当該配列番号で示される塩基配列中の「チミン(t)」を「ウラシル(u)」に読み替えた塩基配列で特定されているものとする。
【0028】
本発明において用いるmRNAの調製、cDNAの作製(RT-PCR)、PCR、cDNAライブラリーの作製、DNA断片のベクター中へのライゲーション、細胞の形質転換、DNAの塩基配列決定、プライマーの合成、突然変異誘発、タンパク質の抽出・精製を始めとする分子生物学的・生化学的実験法は、通常の実験書の記載に従って行うことができる。そのような実験書としては、例えば、SambrookらのMolecular Cloning, A laboratory manual, 2001, Eds., Sambrook, J. & Russell, DW. Cold Spring Harbor Laboratory Pressを挙げることができる。
【0029】
1.キク科植物の雄性稔性及び雌性稔性を抑制するためのRNA発現カセット及びそれを含む組換えベクター
本発明の方法においては、キク科植物の稔性を安定に抑制するために、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列を含むRNAをコードするDNAを含むRNA発現カセットを使用することができる。
【0030】
本発明において「RNA発現カセット」とは、所定のRNA分子を発現することができるDNA構築物をいう。具体的には、RNA発現カセットは、通常は、転写制御配列(一般的には少なくともプロモーターを含み、典型的にはプロモーター及びターミネーターである)の制御下に上記RNAをコードするDNA配列(RNAコード配列)を含む自己複製能を有しないDNA断片であり、例えば、上記RNAをコードするDNA配列にプロモーターとターミネーターが連結されたDNA断片である。本発明において、複数の核酸(配列)が「連結された」というときは、その連結された核酸間に制限酵素部位や短い非コード配列が挿入されている場合も包含するものとする。
【0031】
本発明において減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1(又はDMC1遺伝子)とは、減数分裂期に発現し、減数分裂における相同組換えを制御する機能を有する、リコンビナーゼタンパク質をコードする遺伝子である。DMC1遺伝子は、動物、植物を問わずに存在することが知られており、各種生物において単離されている(例えば、アラビドプシス由来DMC1遺伝子(AtDMC1)、イネ由来DMC1遺伝子(OsDMC1)、出芽酵母由来DMC1遺伝子(ScDMC1/ISC)、マウス由来DMC1遺伝子(MmDMC1)、ヒト由来DMC1遺伝子(HsDMC1)等)。
【0032】
本発明で用いるDMC1遺伝子は、限定するものではないが、任意のキク科植物から単離されるものであってよく、特に、稔性を抑制する対象となるキク科植物から単離されるもの(すなわち、当該キク科植物に由来するもの)であることが好ましい。DMC1遺伝子は、限定するものではないが、キク由来のものであることがより好ましい。キク由来のDMC1遺伝子の特に好適な例としては、配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子が挙げられる。
【0033】
本発明で用いるDMC1遺伝子は、具体的には、キク由来の、配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子の他、配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドからなる遺伝子であってもよい。ここで「ストリンジェントな条件」とは、特異的な核酸ハイブリッドが形成される条件を言い、具体的には、ナトリウム塩濃度が15〜750mM、好ましくは50〜750mM、より好ましくは300〜750mM、温度が25〜70℃、より好ましくは55〜65℃、ホルムアミド濃度が0〜50%、より好ましくは35〜45%となる反応条件をいう。ストリンジェントな条件では、さらに、ハイブリダイゼーション後のフィルターの洗浄条件を、ナトリウム塩濃度が15〜600mM、好ましくは50〜600mM、より好ましくは300〜600mM、温度が50〜70℃、好ましくは55〜70℃、より好ましくは60〜65℃とすることが好適である。
【0034】
また本発明で用いるDMC1遺伝子は、配列番号1で示される塩基配列に対して90%以上(好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、97%以上、又は98%以上、さらに好ましくは99%以上)の同一性を有する塩基配列からなり、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。塩基配列の同一性はカーリンおよびアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA、87:2264、1990、Karlin, S及びAltschul. SF、Proc. Natl. Acad. Sci. USA、90:5873.)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLANSTNと呼ばれるプログラムが開発されている (Altschul, SFら、J. Mol. Boil.、215:403、1990)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは例えばscore=100、word length=12とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知であり、例えばhttp//www.ncbi.nlm.nih.gov/から利用できる。
【0035】
さらに本発明で用いるDMC1遺伝子は、キクから単離したDMC1タンパク質である配列番号2で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子でもあり得るし、配列番号2で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個(2〜9個、好ましくは2〜5個)のアミノ酸が欠失、置換、及び/若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子でもあり得る。
【0036】
本発明の「DMC1遺伝子」は、リコンビナーゼ活性、特に生殖細胞内では減数分裂において相同組換えを制御する機能を有するタンパク質をコードする。このタンパク質のリコンビナーゼ活性は、当業者に公知の方法により確認することができるが、例えば、そのタンパク質をコードする遺伝子を有する植物体において当該遺伝子を遺伝的に欠失させた際、減数分裂期又は四分子期で生育が停止した花粉細胞が観察されることにより、そのタンパク質が生殖細胞内で「減数分裂において相同組換えを制御する機能」を有することが示されることに基づき、確認することができる。
【0037】
本発明における「遺伝子」は、オープンリーディングフレーム(ORF)の塩基配列からなるものを意味する。本発明において「遺伝子」は、DNA又はRNAであり得る。DNAには少なくともゲノムDNA、cDNAが含まれ、RNAには、mRNAなどが含まれる。
【0038】
本発明のDMC1遺伝子は、常法により単離することができ、例えば、キク科植物を始めとする動植物からmRNAを抽出し、そこから常法により逆転写してcDNAを合成し、それに対して、公知のDMC1遺伝子又は配列番号1で示されるキク由来のDMC1遺伝子の塩基配列に基づいて設計した特異的PCRプライマー又はプローブを用いて、一般的なPCR技術(Saiki, RK. et al. Science (1985) 230, 1350、Saiki RK. et al., Science, (1985) 239, 487)又はサザンブロット法等を用いて単離することができる。単離されたDMC1遺伝子は、部位特異的変異誘発技術(Kramer, W.とFritz, H.J., Methods Enzymol, 154: 350, (1987))等によって塩基配列を改変することもできる。例えば、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用し、部位特異的変異導入用キット、例えばMutan(R)-Super Express Kit(TAKARA BIO INC.)やLA PCRTM in vitro Mutagenesis シリーズキット(TAKARA BIO INC.)などを用いて、単離したDMC1遺伝子に変異を導入することにより、変異型DMC1遺伝子を得ることができる。得られたDMC1遺伝子は、常法により塩基配列を決定することができる。例えば、塩基配列決定はマキサム-ギルバートの化学修飾法、ジデオキシヌクレオチド鎖終結法等の公知手法により行うことができるが、通常は自動塩基配列決定装置(例えばABI社製等の市販のDNAシークエンサー)を用いて行えばよい。
【0039】
本発明において、「減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列を含むRNAをコードするDNA」とは、DMC1遺伝子の塩基配列の全体又は一部(連続した21塩基以上)の塩基配列に対して相補的な塩基配列(アンチセンス配列)を少なくとも含む塩基配列(ここでは、その特定に用いる塩基配列中の「チミン(t)」は「ウラシル(u)」に読み替える)からなる好ましくは非翻訳性(タンパク質に翻訳されない)のRNA分子をコードする、DNAを意味する。
【0040】
このDNAによってコードされるRNAが発現すると、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1のmRNAの機能を阻害する。このRNAは、DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的な塩基配列からなるRNA分子であってもよいし、その5'又は3'末端に別の塩基配列が付加されたものでもよい。
【0041】
より好ましい実施形態では、本発明に係るこのRNAは、DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列からなるセンス配列とその塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列とを含むものである。このRNAは逆方向反復配列を含むため、分子内会合によりヘアピン構造を有する長鎖又は短鎖dsRNAを形成し、RNAiを誘導する。
【0042】
好ましい実施形態では、RNA発現カセットから発現されるこのRNAは、DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列からなるセンス配列とその塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列とが、スペーサー配列を挟んで連結されている配列を含むRNA分子であり得る。このようなRNA分子は、ステムループ構造(ヘアピン構造)を有するdsRNAを形成する。そのようなRNAにおいては、そのセンス配列とアンチセンス配列とがスペーサー配列に対していずれが5'側又は3'側に位置するように配置されていてもよい。例えば、そのようなRNA中のセンス配列がスペーサー配列の3'末端に、アンチセンス配列がスペーサー配列の5'末端に連結されていてもよい。
【0043】
スペーサー配列は、分子内会合による二本鎖形成を阻害せずにステムループのループ構造部分を構成可能なものであることが好ましい。スペーサー配列としては、特に限定されないが、例えばgusA遺伝子(β-D-グルクロニダーゼ遺伝子)のORFの部分配列(好ましい例では、配列番号16で示される塩基配列からなる配列)を使用することができる。使用可能なスペーサー配列の例としては、各種ゲノム遺伝子のイントロン配列を含む断片等も挙げられる。「スペーサー配列」は、RNA又はそのRNAをコードするDNAでありうる。スペーサー配列であるRNAの塩基配列は、それをコードするDNA配列の「チミン(t)」を「ウラシル(u)」に読み替えた配列として特定することができる。
【0044】
本発明に係るRNA発現カセットから発現される上記RNAは、DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列からなるセンス配列とその塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列との組み合わせを、1組含んでもよいし、2組以上含んでもよい。2組以上含む場合には各組のセンス配列とそれに対して相補的なアンチセンス配列はそれぞれ隣り合って配置されるか又はスペーサー配列を挟んで連結されていることが好ましい。
【0045】
本発明に係るRNA発現カセットに関して、「DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列」は、短鎖dsRNAを形成させる場合には、DMC1遺伝子中の連続した21〜49塩基、好ましくは21〜25塩基、より好ましくは21〜23塩基の塩基配列であり得る。一方、長鎖dsRNAを形成させる場合には、「DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列」は、DMC1遺伝子中の連続した50塩基以上、1032塩基以下、さらに好ましくは100塩基以上、特に好ましくは500塩基以上であり、典型的には800塩基以下、好ましくは500〜700塩基、より好ましくは500〜600塩基の塩基配列であり得る。
【0046】
特に好適な態様では、本発明に係る上記RNAにおいて、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列は、配列番号1の234位〜815位に相当する該遺伝子中の領域を含むことが好ましい。本発明において、「配列番号1の234位〜815位に相当するDMC1遺伝子中の領域」とは、キク由来のDMC1遺伝子の配列である配列番号1で示される塩基配列と任意の起源(好ましくはキク科植物)のDMC1遺伝子の塩基配列“X”とをアラインメントした場合に、配列番号1の234位の塩基A(アラニン)に対してアラインメントされる塩基から始まり、配列番号1の815位の塩基A(アラニン)に対してアラインメントされる塩基で終わる、塩基配列“X”上の領域を意味する。配列番号1で示される塩基配列と任意の起源のDMC1遺伝子の塩基配列“X”とのアラインメントは、手作業で行うこともできるが、例えばClustal W マルチプルアラインメントプログラム(Thompson, J.D.ら (1994) Nucleic Acids Res. 22(22): 4673-4680)をデフォルト設定で用いることにより作成することができる。より好適な実施形態では、本発明に係る上記RNAにおけるDMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列は、配列番号1で示される塩基配列中の234位〜815位を含む連続した582塩基以上の塩基配列であってよく、さらに好適な例としては、配列番号1で示される塩基配列中の234位〜815位を含む連続した582塩基の塩基配列(配列番号11)であってよい。
【0047】
本発明に係る上記RNAは、全長で21塩基〜5000塩基長、好ましくは500塩基長〜3000塩基長、さらに好ましくは2000〜2500塩基長の長さを有するものであり得る。
【0048】
本発明に係るRNA発現カセット中、上記RNAをコードするDNAは、転写制御配列の制御下に配置されるように連結する。転写制御配列としては、プロモーター、ターミネーター、TATAボックス、イニシエーター等が挙げられるが、一般的にはRNA発現カセット中には少なくともプロモーターを含むことが好ましい。本発明に係るRNA発現カセットは、より好適には、プロモーター及びターミネーターを含み、それらの制御下に、上記RNAをコードするDNAを含むことが好ましい。使用可能なプロモーターは、以下に限定されないが、植物用プロモーター(植物細胞で機能できるプロモーター)であることが好ましく、キク科植物細胞で高発現を誘導可能な(すなわち、高いプロモーター活性を示す)プロモーターであることがより好ましく、特に花粉や卵細胞などの生殖細胞又は配偶子でプロモーター活性を示すプロモーターであることがさらに好ましい。プロモーターは、誘導性プロモーターであっても構成的プロモーターであってもよい。好適なプロモーターとしては、例えば、好ましくはリゾビウム(アグロバクテリウム)T-DNA由来であるマンノピン合成酵素遺伝子双方向性プロモーター、タバコ由来EF1αプロモーター(Aida, R., et al., JARQ, 39: 269 (2005))、DMC1プロモーター(例えば、AtDMC1プロモーター(Klimyuk, V.I. and Jones, J.D. Plant J. 11(1): 1-14 (1997))などが挙げられるが、これらに限定されない。マンノピン合成酵素遺伝子双方向性プロモーターには、マンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーター(Pmas102;これをmas102プロモーターとも称する)と、マンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas2'-1'プロモーター(Pmas201;これをmas201プロモーターとも称する)があり、そのいずれを使用してもよい。マンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーター及びマンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas2'-1'プロモーターは、いずれもmas1'とmas2'という2つの遺伝子プロモーターが5'末端同士で連結されている天然由来配列であるが、Pmas102は、例えば図2のベクターマップ及び図3のT-DNA配列を参照すると、5'側にmas1'、3'側にmas2'が配置されているが、一方、Pmas201は、それとは逆に5'側にmas2'、3'側にmas1'が配置されている構造を有している。マンノピン合成酵素遺伝子双方向性プロモーター、特に好適にはマンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーターPmas102(典型的には、配列番号20で示される塩基配列からなる)は、花粉及び卵細胞で高いプロモーター活性を安定して示す点で有用な植物用プロモーターであり、また、温度安定的な稔性抑制をもたらす上で非常に好適に使用できる。マンノピン合成酵素遺伝子双方向性プロモーターPmas102を用いる場合、上記RNAをコードするDNAの5'末端にターミネーター、及び3'末端にプロモーターPmas102を連結することによりRNA発現カセットを構築することもできる。一方、使用可能なターミネーターとしては、特に限定されないが、植物用ターミネーター(植物細胞で機能できるターミネーター)であることが好ましく、キク科植物細胞で機能できるターミネーターであることがより好ましい。好適なターミネーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルス由来のターミネーター(CaMV 35Sターミネーター)、又はノパリン合成酵素遺伝子由来のターミネーター(nosターミネーター)等を例示することができるが、これらに限定されない。本発明に係るRNA発現カセットは、RNAをコードするDNA断片及び転写制御配列に加えて、さらに他の構成要素(例えば、制限酵素部位)を含んでもよい。
【0049】
本発明の方法では、上記のようなRNA発現カセットをキク科植物に導入するために、上記RNA発現カセットを含む組換えベクターも使用することができる。本発明は、上記RNA発現カセットを含む組換えベクターも提供する。本発明に係るRNA発現カセットを挿入するベクターは、宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、例えば、プラスミドDNA、ファージDNA等が挙げられる。例えばプラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpET22b(+)、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19、pBluescript等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13、YCp50、pPICZαA等)などが挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ(Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP、λZAPII等)などが挙げられる。さらに、レトロウイルス又はワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターをベクターとして用いることもできる。ベクター中に本発明に係るRNA発現カセットを組み込むには、例えば、そのRNA発現カセットを構成する各DNA断片を適当な制限酵素で切断し、ベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに連結した後、然るべき順序で挿入されたものを確認して選択すればよい。
【0050】
RNA発現カセットを宿主のキク科植物細胞中で発現させる目的では、本発明に係るRNA発現カセットを含めるベクターは、植物細胞で複製可能なベクターであることが好ましい。さらに、RNA発現カセットを宿主のキク科植物細胞のゲノムに組み込む目的では、本発明に係るRNA発現カセットを含めるベクターは、アグロバクテリウム法に好適に使用可能なリゾビウム(旧名:アグロバクテリウム)由来のプラスミドベクター(例えばpBI101、pBI102、pBI120、pBI121系などのバイナリーベクター)又はそれらの系列ベクターを用いることが好ましい。具体的には、例えば、実施例に従って作製できるpBIK102系ベクターが好適例として挙げられる。
【0051】
本発明に係るRNA発現カセットを含む組換えベクターは、アグロバクテリウム法を適用する場合には、本発明に係るRNA発現カセットを右側境界配列(RB)と左側境界配列(LB)との間の領域(T-DNA領域)内に含むことが好ましい。このような組換えベクターを用いるアグロバクテリウム法では、植物細胞内に導入された本発明に係る組換えベクター中のRBとLBに挟まれた領域がT-DNAとして植物細胞のゲノム中に導入(伝達)され、これにより本発明に係るRNA発現カセットが当該植物に導入されることとなる。
【0052】
本発明に係る組換えベクターは、さらに、選択マーカー遺伝子等を含んでいてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば抗生物質カナマイシン又はG418への耐性を付与するネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼ遺伝子(ネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼII遺伝子など)、改変cry1Ab遺伝子、ハイグロマイシンへの耐性を付与するハイグロマイシンフォスフォトランスフェラーゼ遺伝子、除草剤ホスフィノスリシンへの耐性を付与するアセチルトランスフェラーゼ遺伝子等が挙げられる。
【0053】
本発明に係るRNA発現カセットを含む組換えベクターは、さらに他の構成要素を含んでもよい。例えば、選択マーカー遺伝子の発現を誘導するためのプロモーター及びターミネーター等の転写制御配列を含んでもよいし、さらなる制限酵素部位を含んでもよいが、これらに限定されるものではない。選択マーカー遺伝子とその転写制御配列等を含む発現カセット等のさらなる構成要素は、T-DNA領域を含むベクターに追加的に含まれる場合、T-DNA領域内に含まれていてもよいし、ベクター中のそれ以外の領域に含まれていてもよい。
【0054】
本発明に係るRNA発現カセット及びそれを含む組換えベクターは、当業者には公知の方法により作製することができる。本発明に係るRNA発現カセットの構成要素である、「DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列からなるセンス配列」をコードするDNA断片は、例えば、上記のようにして任意の生物(好ましくは、稔性抑制の対象であるキク科植物)から調製されたmRNA、cDNA、cDNAライブラリー若しくはゲノムDNAライブラリー又はそこから単離されたDMC1遺伝子を鋳型とし、当該連続した21塩基以上の塩基配列を、DMC1遺伝子の塩基配列に基づいて設計した特異的プライマーを用いたPCR等の核酸増幅技術により増幅することによって取得することができるし、単離されたDMC1遺伝子を含むDNA断片から適当な制限酵素で切り出すことにより取得することもできる。一方、「DMC1遺伝子中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列」をコードするDNA断片としては、そのようにして取得した当該センス配列をコードするDNA断片を(例えばRNA発現カセット中で)アンチセンス方向(逆方向)に配置したものを用いればよい。スペーサー配列のDNA断片も、例えばgusA遺伝子由来のスペーサー配列の場合には、由来生物(例えば、大腸菌(E. coli))から常法により調製されたmRNA、cDNA、cDNAライブラリー若しくはゲノムDNAライブラリー又は単離されたgusA遺伝子等を鋳型とし、スペーサー配列として用いる領域を、PCR等の当業者には公知の手法で核酸増幅することにより取得することもできるし、単離されたgusA遺伝子を含むDNA断片から適当な制限酵素で切り出すことにより取得することもできる。あるいはこれらのDNA断片は、化学合成などの他の常法の核酸合成法により調製することもできる。以上のようにして調製したDNA断片は、ライゲーション反応により、例えばRNA発現カセット中で、意図する順番で互いに連結させればよい。一実施形態では、そのようなアンチセンス配列をコードするDNA断片、及び必要であればセンス配列をコードするDNA断片及び/又はスペーサー配列を含むDNA断片等を、RNAi発現ベクター等のベクター中に含まれる転写制御配列の制御下に、典型的にはプロモーターとターミネーターの間にある制限酵素部位に挿入することにより、本発明に係るRNA発現カセットを含む組換えベクターを作製することができる。必要であれば、この組換えベクターから適当な制限酵素処理によりRNA発現カセットを切り出すことにより、RNA発現カセットを単離することもできる。
【0055】
本発明では、上記のようなRNA発現カセット又はそれを含む組換えベクターをキク科植物に導入することにより、キク科植物の雄性稔性及び雌性稔性を抑制することができる。すなわち本発明に係るRNA発現カセット及びそれを含む組換えベクターは、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質をキク科植物に付与するための試薬として有用である。本発明に係るRNA発現カセット又はそれを含む組換えベクターは、特に好ましくは、温度非依存的に雄性及び雌性稔性を抑制できるものである。
【0056】
本発明では、上記のようなRNA発現カセット又はそれを含む組換えベクターを、当業者には公知の形質転換技術を用いて任意の宿主細胞に導入した形質転換細胞も提供する。この形質転換細胞は、宿主細胞として、キク科植物細胞を用いたものの他、大腸菌、リゾビウム属菌や枯草菌等の細菌、酵母細胞、昆虫細胞、動物細胞(例えば、哺乳動物細胞)、植物細胞等のいずれを使用したものでもよい。例えば組換えベクターを導入したリゾビウム属菌(リゾビウム・ラジオバクター(Rhizobium radiobacter)等)は、本発明の方法においてアグロバクテリウム法によりキク科植物細胞に当該組換えベクターを導入する上で非常に有用である。公知の形質転換技術としては、例えば、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、パーティクルガン法、PEG法等が挙げられる。
【0057】
2.形質転換キク科植物の作製及び稔性抑制
本発明の方法では、キク科植物の稔性、好ましくは雄性稔性及び雌性稔性を抑制するため、上記のようにして作製される本発明に係るRNA発現カセット又はそれを含む組換えベクターをキク科植物に導入する。本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターのキク科植物への導入は、当業者に公知の方法により実施することができる。
【0058】
本発明の稔性抑制方法により本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターを導入するキク科植物は、雄性稔性及び雌性稔性を抑制する対象となる植物であり、好ましくは、そのRNA発現カセット中のアンチセンス配列に相補的な塩基配列又はセンス配列の塩基配列を有するDMC1遺伝子をゲノム中に有するキク科植物である。本発明の方法による稔性抑制の対象として好適なキク科植物としては、例えば、キク属(Chrysanthemum)、シオン属(Aster)、ノコギリソウ属(Achillea)、アゲラタム属(Ageratum)、カイザイク属(Ammobium)、ゴボウ属(Arctium)、モクシュンギク属(Argyranthemum)、ヨモギ属(Artemisia)、ヒナギク属(Belis)、キンセンカ属(Calendula)、エゾギク属(Callistephus)、ベニバナ属(Carthamus)、ヤグルマソウ属(Centaurea)、キコリウム属(Cichorium)、アザミ属(Cirsium)、コレオプシス属(Coreopsis)、コスモス属(Cosmos)、チョウセンアザミ属(Cynara)、ダリア属(Dahlia)、ディモルフォセカ属(Dimorphotheca)、エキノプス属(Echinops)、ツワブキ属(Farfugium)、フェリシア属(Felicia)、ガイラルディア属(Gaillardia)、ガザニア属(Gazania)、ガーベラ属(Gerbera)、シュンギク属(Glebionis)、ミヤコワスレ属(Gymnaster)、ギヌラ属(Gynura)、ヒマワリ属(Helianthus)、ムギワラギク属(Helichrysum)、ローダンセ属(Helipterum)、アキノノゲシ属(Lactuca)、ミコシギク属(Leucanthemella)、フランスギク属(Leucanthemum)、リアトリス属(Liatris)、マトリカリア属(Matricaria)、ハマギク属(Nipponanthemum)、フキ属(Petasites)、ジョチュウギク属(Pyrethrum)、ルドベキア属(Rudbeckia)、セネシオ属(Senecio)、ストケシア属(Stokesia)、タゲテス属(Tagetes)、ヨモギギク属(Tanacetum)、タンポポ属(Taraxacum)、ジニア属(Zinnia)等が挙げられる。キク科植物としては、キク属の植物がより好ましく、限定するものではないが、例えば、キク(Chrysanthemum morifolium)、ワカサハマギク(Chrysanthemum wakasaense)、リュウノウギク(Chrysanthemum makinoi)、キクタニギク(Chrysanthemum seticuspe)、チシマコハマギク(Chrysanthemum arcticum)、イワインチン(Chrysanthemum rupestre)、ナカガワノギク(Chrysanthemum yoshinaganthum)、シマカンギク(Chrysanthemum indicum)、ノジギク(Chrysanthemum japonense)、イワギク(Chrysanthemum zawadskii)、オオイワインチン(Chrysanthemum pallasianum)、サツマノギク(Chrysanthemum ornatum)、シオギク(Chrysanthemum shiwogiku)、ピレオギク(Chrysanthemum weyrichii)、オオシマノジギク(Chrysanthemum crassum)、コハマギク(Chrysanthemum yezoense)、イソギク(Chrysanthemum pacificum)等が挙げられる。キク(Chrysanthemum morifolium)としては、各種栽培品種を用いることができ、限定するものではないが、例えば、「秀芳の力」、「山手白」、「幸福の鳥」、「広島紅」、「サマーイエロー」、「精雲」、「セイマリン」、「神馬」、「精興の誠」、「岩の白扇」、「フローラル」、「つばさ」、「秋芳」、「金秀」、「沖の乙女」、「さくら」、「セイプリン」、「舞風車」、「レミダス」、「セイエルサ」等が挙げられる。
【0059】
本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターを導入する際に用いるキク科植物細胞は、植物体への再生可能な形態である限り、特に制限はない。例えば、葉、根、茎、花および種子中の胚盤等の細胞、カルス、懸濁培養細胞等が挙げられる。
【0060】
本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターをキク科植物細胞に導入する方法としては、植物の形質転換に一般的に用いられる方法、例えば、限定するものではないが、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、ポリエチレングリコール(PEG)法、マイクロインジェクション法、プロトプラスト融合法、リポソーム融合法等の物理的・化学的手法を用いることができる。これらの植物形質転換法の詳細は、『島本功、岡田清孝 監修 「新版 モデル植物の実験プロトコール 遺伝学的手法からゲノム解析まで」(2001) 秀潤社』などの一般的な教科書の記載や、Potrykus, I.、Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol.、42: 205-225、1991等の文献を参照すればよい。
【0061】
アグロバクテリウム法を用いる場合は、例えば、上述のようにして作製される、アグロバクテリウム法に適したベクター中に本発明に係るRNA発現カセットを組み込んだ組換えベクターを、適当なリゾビウム、例えばリゾビウム・ラジオバクター(R. radiobactor(R. ラジオバクター);旧名:アグロバクテリウム・ツメファシエンス)(例えば、R. ラジオバクターEHA105株)に導入し、得られた組換え菌株を、キク科植物の葉などの組織由来の外植片(好ましくは殺菌処理したもの又は無菌植物体由来のもの)に接種して感染させ、次いで望ましくは除菌した後、さらに選択培地等で形質転換細胞の選抜を行うと共にカルスを誘導することにより、キク科植物細胞内に組換えベクターを導入し、その結果RNA発現カセットをそのゲノム中に導入することができる。より好適な方法としては、例えばShinoyamaらの方法(Plant Biotechnol. 19: 335 (2002))に従うアグロバクテリウム法が挙げられる。この方法によれば、組換えベクターをR. ラジオバクター細菌中に形質転換し、次いで形質転換されたR. ラジオバクターを、リーフディスク法等公知の方法により植物細胞に導入する。
【0062】
パーティクルガン法、エレクトロポレーション法などを用いる場合には、本発明に係るRNA発現カセットを細胞に直接導入してもよい。あるいは、本発明に係る組換えベクターを、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法などにより細胞内に導入してもよい。RNA発現カセット又は組換えベクターの導入に用いる試料としては、植物体、植物器官、植物組織自体を使用してもよく、それらの切片を使用してもよく、プロトプラストを調製して使用してもよい(Christou P., et al., Biotechnology 9: 957 (1991))。例えばパーティクルガン法では、このような試料に対し、遺伝子導入装置(例えばPDS-1000(BIO-RAD社)等)を製造業者の説明書に従って使用して、RNA発現カセット又は組換えベクターをまぶした金属粒子を試料に打ち込むことにより、それを細胞内に導入し、形質転換キク科細胞を得ることができる。操作条件は、通常は450〜2000psi程度の圧力、4〜12cm程度の距離で行う。
【0063】
RNA発現カセット又は組換えベクターを導入した形質転換キク科植物細胞の選抜は、例えば、選抜マーカー遺伝子を使用した場合には、従来知られている植物組織培養法に従って、その形質転換細胞又は該細胞を含む外植片/カルスを選択培地に置床して培養することによって行うことができる。選抜した形質転換キク科植物細胞又はそこから誘導されたカルスを、さらに再分化培地(適当な濃度の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノライド等)を含む)で培養することにより、植物体を再生することもできる(Shinoyama, H. et al., Plant Biotechnol., 19: 335 (2002))。また形質転換キク科植物細胞を茎頂に導入することにより、そのような再分化技術を用いることなく、植物体としての形質転換キク科植物を得てもよい。
【0064】
本発明における「形質転換キク科植物」には、上記のようにしてRNA発現カセット又は組換えベクターが導入されたキク科植物細胞又はそこから誘導されたカルスから再生等によって直接得られた形質転換キク科植物だけでなく、その子孫細胞であって当該RNA発現カセット又は組換えベクターを染色体ゲノム中にヘテロ接合又はホモ接合で、又は染色体外の細胞質中に保持するキク科植物も包含する。本発明において「形質転換キク科植物」とは、細胞内に導入されたRNA発現カセット又は組換えベクターを染色体ゲノム中に又は染色体外に保持するキク科植物細胞を少なくとも一部に含む、植物体又はその一部をも意味する。すなわち形質転換キク科植物は、RNA発現カセット又は組換えベクターの導入により作製されたキク科植物又は当該RNA発現カセット又は組換えベクターを保持するその子孫植物の植物体(植物個体)、又はその植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子、花粉、葯、雌しべ、雄しべ等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束、柵状組織、海綿状組織等)若しくは培養細胞(例えばカルス)を包含する。
【0065】
上記のようにして作製される形質転換キク科植物細胞及び形質転換キク科植物は、本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターを保持することにより、DMC1遺伝子に対するポスト転写阻害性RNA分子(好ましくは、RNAi分子)を、安定的に発現することができる。その結果、本発明に係る形質転換キク科植物は、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有することとなる。
【0066】
本発明において雄性稔性及び雌性稔性抑制形質とは、当該植物の個体又は系統の植物体が、雄性配偶子及び雌性配偶子の不稔化又は稔性低下を示す性質をいう。本発明において「稔性」とは、雄性稔性又は雌性稔性をいい、「稔性を抑制する」とは不稔化させるか又は稔性を有意に低下させることをいう。
【0067】
本発明に係る方法の好適な実施形態では、本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターの導入により、形質転換キク科植物において温度非依存的に稔性(雄性稔性及び雌性稔性)を抑制することができる。具体的には、好ましい例では、本発明に係る形質転換キク科植物では、育成温度条件、特に稔性に影響を及ぼす開花期温度が、例えば10℃〜35℃、より好ましくは15℃〜30℃というような、比較的広い範囲の条件下で変動しても、特定の開花期温度に依存せずに雄性稔性及び雌性稔性が温度安定的に抑制(不稔化又は稔性低下)され、所定の開花期温度(例えば20℃未満)で稔性抑制が消失することがない。この温度非依存的な雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を付与する上で、生殖細胞や配偶子で温度非依存的に高いプロモーター活性を示すマンノピン合成酵素遺伝子双方向性プロモーターPmas102を本発明に係るRNA発現カセット中で使用することは非常に有用である。
【0068】
本発明に係る方法のより好適な実施形態では、本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターの導入により、形質転換キク科植物に、雄性不稔と雌性稔性の顕著な低下をもたらすこともできる。すなわち本発明に係る形質転換キク科植物は、そのような雄性不稔及び雌性稔性低下形質を有することも好ましい。本発明に係るそのような形質転換キク科植物は、好ましくは比較的広範囲の温度で(例えば開花期温度10〜35℃の条件下で安定して)雄性不稔となり、かつ雌性稔性が顕著に低下する形質を示す。本発明において「開花期温度」とは、減数分裂期を含む開花までの時期、特に減数分裂期の周囲温度を意味し、例えばキク品種「山手白」の減数分裂期は、蕾の大きさが直径6mmに至ったことを指標として判断することができる。
【0069】
本発明に係る形質転換キク科植物の雄性稔性及び雌性稔性については、当業者においては周知の交雑試験等により確認することができる。キクは自家不和合性であるため自殖種子は得られない。しかしながら近縁種との間で交雑が可能であるため、本発明に係る形質転換キク科植物を種子親又は花粉親として利用してキク科近縁種と交雑させ、その結果を稔性抑制されていない非形質転換キク科植物とキク科近縁種とを交雑した結果と比較することにより、稔性が喪失(不稔化)しているか、低下しているか、維持(又は促進)されているかを調べることができる。また、Alexander染色法(Alexander, M.P.、Stain Technology、44(3): 117、1969)を用いて、形質転換キク科植物が生産する花粉について成熟花粉と未熟花粉を見分けることにより、雄性稔性を検定することも可能である。具体的には、本発明に係る形質転換キク科植物の雄性稔性の度合は、その形質転換キク科植物(花粉親)をキク科近縁種(種子親)と交雑させて、例えば、成熟花粉の形成率、花粉の充実性、及び花粉の発芽能等、花粉の充実性、及び花粉の発芽能等を調べ、その結果を稔性抑制されていない非形質転換キク科植物とキク科近縁種とを交雑した結果(対照)と比較することにより、判定できる。一方、本発明に係る形質転換キク科植物の雌性稔性の度合は、その形質転換キク科植物(種子親)をキク科近縁種(花粉親)と交雑させて、例えば、形成される他殖種子の形成率(結実率)等を調べ、その結果を稔性抑制されていない非形質転換キク科植物とキク科近縁種とを交雑した結果(対照)と比較することにより、判定できる。本発明においては、雄性稔性又は雌性稔性を示す値(例えば、上記の成熟花粉の形成率や他殖種子の結実率)が、対照実験で得られた値を100%としたときに、その60%以下、好ましくは50%以下、より好ましくは20%以下、さらに好ましくは15%以下、なお好ましくは10%以下、特に好ましくは5%以下の値である場合には、稔性が好適に抑制されたものと判定する。また、雄性稔性又は雌性稔性を示す値が稔性を示さない場合、すなわち、例えば上記の成熟花粉の形成率や他殖種子の結実率が0%であるときは、不稔化されていると判定する。
【0070】
あるいは、導入されたRNA発現カセットからの上記RNA(すなわち、ポスト転写阻害性RNA分子)の発現によって発現抑制されるDMC1遺伝子のmRNA量又はDMC1遺伝子にコードされるタンパク質(配列番号2)を細胞内(好ましくは、花粉や卵細胞等の生殖細胞又は配偶子)で測定することにより、形質転換キク科植物において雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有しているかどうかを確認することもできる。
【0071】
雄性稔性及び雌性稔性抑制効果の温度非依存性については、好ましくは開花期に、各種温度条件で処理した形質転換キク科植物について、雄性稔性及び雌性稔性を測定することにより判定することができる。
【0072】
上記のようにして、一旦、本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターが導入された稔性抑制された形質転換キク科植物が得られ、その形質転換キク科植物の雄性稔性又は雌性稔性の少なくとも一方が完全には不稔でない場合には、その形質転換キク科植物と、非形質転換キク科植物(稔性抑制されていないもの)とを常法に従って交雑することにより、その子孫雑種として、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物を得ることができる。例えば、得られた形質転換キク科植物が雄性不稔及び雌性稔性低下形質を示す場合には、本発明に係る形質転換キク科植物を種子親とし、非形質転換キク科植物を花粉親として交雑すればよい。
【0073】
上記の、稔性抑制されていない、非形質転換キク科植物とは、本発明のRNA発現カセットが導入されておらず、稔性が抑制されていない(すなわち、好ましくは野生型の稔性形質を有する)キク科植物を意味する。ここで形質転換キク科植物と交雑するのに用いる非形質転換キク科植物は、形質転換キク科植物とは同じ属であるが異なる品種又は種に属する、近縁種のキク科植物であることが好ましい。本発明において「近縁種」には、異なるキク科植物種だけでなく同種に属する異なる栽培品種も包含するものとする。例えば、形質転換キク科植物としてキク(Chrysanthemum morifolium)の栽培品種「山手白」を使用した場合には、交雑相手となる稔性抑制されていない非形質転換キク科植物としては、限定するものではないが、例えば、広島紅等の他のキク栽培品種の他、ワカサハマギク、ノジギク、イソギクなどのキク属植物を好適に用いることができる。
【0074】
アグロバクテリウム法により染色体中にRNA発現カセットが導入された本発明に係る形質転換キク科植物は、通常はそのRNA発現カセットを一方の染色体にのみ有するヘテロ接合体である。そのため、そのような本発明に係る形質転換キク科植物と非形質転換キク科植物を交雑することにより得られる雑種F1植物には、導入したRNA発現カセットを有する雑種F1植物と有しない雑種F1植物とが含まれ得る。そこで本発明に係る方法では、雑種F1植物の中から雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する雑種F1植物個体を単離するため、例えば、各個体のゲノム中のRNA発現カセットの有無を検出し、RNA発現カセットを含有する雑種F1植物個体を選択して取得することも好ましい。本発明は、これら雑種植物である稔性抑制された形質転換キク科植物及びその作製方法も提供する。
【0075】
本発明によれば、本発明に係るRNA発現カセット又は組換えベクターをキク科植物に導入することにより、その形質転換キク科植物において、雄性稔性及び雌性稔性を安定かつ顕著に抑制することができ、さらに、その形質転換キク科植物からわずかに形成され得る配偶子が非形質転換キク科植物と交雑した場合でも、その雑種F1植物の雄性稔性及び雌性稔性も安定かつ顕著に(例えば、最大でも対照の稔性の10%以下)抑制することができる。特に、本発明に係る形質転換キク科植物が雄性不稔及び雌性稔性低下形質を示す場合には、花粉の飛散による遺伝子拡散を高い確実性で防止することができて有用である。
【0076】
なお、本明細書で引用する各配列番号は以下の配列に対応する。
配列番号1:キク減数分裂期相同組換え遺伝子(CmDMC1)の塩基配列
配列番号2:キク減数分裂期相同組換え遺伝子(CmDMC1)にコードされたアミノ酸配列
配列番号3:AtDMC1の高保存性領域増幅用フォワードプライマー
配列番号4:AtDMC1の高保存性領域増幅用リバースプライマー
配列番号5:内部プライマー配列(フォワード)
配列番号6:内部プライマー配列(リバース)
配列番号7:プライマーGSP1
配列番号8:プライマーNGSP1
配列番号9:プライマーGSP2
配列番号10:プライマーNGSP2
配列番号11:CmDMC1トリガー断片
配列番号12:EcoRV部位付加プライマー
配列番号13:XbaI-HindIII部位付加プライマー
配列番号14:SmaI部位付加プライマー
配列番号15:SpeI−HindIII部位付加プライマー
配列番号16:gusA由来スペーサー配列
配列番号17:CmDMC1トリガー断片の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列
配列番号18:DNA構築物 DMC1-RNAi
配列番号19:CaMV 35Sターミネーター(T35S)
配列番号20:mas102プロモーター(Pmas102)
配列番号21:pBIK102DBs中のT-DNA全体の塩基配列
配列番号22:Pmas102-mcbt検出用プライマー(フォワード)
配列番号23:Pmas102-mcbt検出用プライマー(リバース)
配列番号24:CmCMC1トリガー断片検出用プライマー(フォワード)
配列番号25:CmCMC1トリガー断片検出用プライマー(リバース)
配列番号26:gusA由来スペーサー配列検出用プライマー(フォワード)
配列番号27:gusA由来スペーサー配列検出用プライマー(リバース)
配列番号28:w-nptII検出用プライマー(フォワード)
配列番号29:w-nptII検出用プライマー(リバース)
【実施例】
【0077】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0078】
[実施例1]RNAi分子をコードする発現ベクターの作製
キク蕾由来全RNAの調製はRNeasy Plant mini kit(Qiagen)を用いて行った。まず、直径6mmの中輪ギク品種「秀芳の力」(Chrysanthemum morifolium Ramat. cv. Syuho-no-chikara)の蕾(10g)を液体窒素中で凍結させ、冷却した乳鉢と乳棒で粉末状になるまで破砕した。上記キットのプロトコルに従ってRNAを抽出し、50μlのRNaseフリーの滅菌水に溶解した。
【0079】
調製した全RNA中のmRNAを鋳型として、Ready-To-Go T-Primed First-Strand Kit(Amersham Bioscience)を用い、キットのプロトコルに従ってcDNAを合成した。
【0080】
また、アラビドプシス由来の減数分裂期相同組換え遺伝子(AtDMC1)の塩基配列(GenBankアクセッション番号U76670)に基づいて、生物間で保存性の高い領域(塩基200位から850位のあたりに相当)を増幅するためのプライマー5'-TGCAATGGTCTCATGATGCATA-3'(配列番号3)、及び5'-TGGGTCTGATATGAACATTCC-3'(配列番号4)を設計した。これらプライマーに加え、上記で調製したcDNA溶液を20倍希釈したDNA溶液1μlを鋳型として用いて、94℃、30秒での解離(変性)、45℃、30秒でのアニーリング、72℃、1分での伸長を30サイクル行う反応条件でファーストPCRを行った。
【0081】
得られたDNA溶液(ファーストPCR産物)を100倍希釈した溶液1μlを鋳型とし、さらに、そのファーストPCR産物の内側に設計したプライマー5'-TCTGAGGCCAAAGTTGACAA-3'(配列番号5)、5'-CTGGGTCAGCTATGACTTGG-3'(配列番号6)を用いて、94℃、30秒での解離、45℃、30秒でのアニーリング、72℃、1分での伸長を30サイクル行う反応条件でセカンドPCRを行った。
【0082】
セカンドPCRで増幅された約600bpのDNA断片を、SmaIで切断したプラスミドpUC19より作製したT-ベクターに導入し、10クローンについて常法により塩基配列を決定し、配列解析を行った。その結果、AtDMC1遺伝子の塩基配列との相同性が最も高かった#4クローンのDNA断片を、キク由来の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1(CmDMC1)の部分増幅断片として同定した。
【0083】
続いて、SMARTTM RACE cDNA Amplification Kit(Clontech)を用いて、以下のようにしてキク減数分裂期相同組換え遺伝子CmDMC1の全長配列(配列番号1)を決定した。
【0084】
最初に5'上流側の塩基配列を決定した。まず、上記で単離されたCmDMC1の部分断片の塩基配列に基づき、5'側の未知配列を増幅するためのプライマー(GSP1)5’-GTGAAGTCAACTCGGAACAGAGC-3’(配列番号7)を設計した。また、前述の通り「秀芳の力」から抽出した1ngのRNAを鋳型とし、上記キットに添付された5’RACEプライマー(5’CDSプライマー)とSD SMART II A Oligoを用いてcDNAを合成した。この合成反応液を6倍に希釈したDNA溶液(2.5μl)を鋳型とし、プライマーGSP1と上記キットに添付の10×Universal primer A mixを用いて、94℃、30秒での解離(変性)、68℃、30秒でのアニーリング、72℃、4分での伸長を25サイクル行う反応条件でファーストPCRを行った。
【0085】
得られたDNA溶液(ファーストPCR産物)を50倍希釈した溶液(5μl)を鋳型とし、そのファーストPCR産物の内側に設計したプライマー(NGSP1)5’-GTTCTTCAGCCATCTTTGCTGCC-3’(配列番号8)と上記キットに添付のNested Universal Primer A(10μM)を用いて、94℃、30秒での解離(変性)、68℃、30秒でのアニーリング、72℃、4分での伸長を20サイクル行う反応条件でセカンドPCRを行った。
【0086】
セカンドPCRで増幅された約700bpのDNA断片を、SmaIで切断したプラスミドpUC19より作製したT-ベクターに導入し、5クローンについて常法により塩基配列を決定し、配列解析を行った。その結果、AtDMC1遺伝子の塩基配列との相同性が最も高かった#9クローンのDNA断片を、キク由来の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1(CmDMC1)の5'上流側の部分断片として同定した。
【0087】
次に3'下流側の塩基配列を決定した。上記で単離されたCmDMC1の部分断片の塩基配列に基づき、3'側の未知配列を増幅するためのプライマー(GSP2)5'-GCTGGCTCATACTCTTTGCGTTTC-3’(配列番号9)を設計した。また、前述の通り「秀芳の力」から抽出した1ngのRNAを鋳型とし、上記キットに添付された3' RACEプライマー(3' CDSプライマーA)を用いてcDNAを合成した。この合成反応液を6倍に希釈したDNA溶液(2.5μl)を鋳型とし、プライマーGSP2と上記キットに添付の10×Universal primer A mixを用いて、94℃、30秒での解離(変性)、68℃、30秒でのアニーリング、72℃、4分での伸長を25サイクル行う反応条件でファーストPCRを行った。
【0088】
得られたDNA溶液(ファーストPCR産物)を50倍希釈した溶液(5μl)を鋳型とし、そのファーストPCR産物の内側に設計したプライマー(NGSP2)5'-GAAAGGTGGAAATGGGAAGGTTGC-3'(配列番号10)と上記キットに添付のNested Universal Primer A (10μM)を用いて、94℃、30秒での解離(変性)、68℃、30秒でのアニーリング、72℃、4分での伸長を20サイクル行う反応条件でセカンドPCRを行った。
【0089】
セカンドPCRで増幅された約850bpのDNA断片を、SmaIで切断したプラスミドpUC19より作製したT-ベクターに導入し、10クローンについて常法により塩基配列を決定し、配列解析を行った。その結果、AtDMC1遺伝子の塩基配列との相同性が最も高かった#16クローンのDNA断片を、キク由来の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1(CmDMC1)の3'上流側の部分断片として同定した。
【0090】
以上のようにしてCmDMC1遺伝子全長の塩基配列が決定された(図1)。CmDMC1遺伝子のORF全体の塩基配列を配列番号1に示す。また配列番号1の塩基配列によってコードされているタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。配列解析により、同定された#4クローンのDNA断片がCmDMC1遺伝子のORF配列(配列番号1)の一部に相当することが確認された。
【0091】
続いて、得られたCmDMC1遺伝子の全長配列を検討し、CmDMC1遺伝子の発現抑制をもたらすRNAi分子をコードするDNA構築物の設計を行った。ここでは、生物間で保存性の高い領域を含む582bpのCmDMC1部分断片(配列番号1の塩基234位〜815位;配列番号11)を、RNAi反応のトリガーとなる二本鎖siRNAを構成するトリガー断片として用いることとした。この582bpのCmDMC1部分断片を、本明細書ではCmDMC1トリガー断片とも称する。
【0092】
そこで、上記の#4クローンのプラスミドを鋳型とし、フォワードプライマー5'-CCGATATCGGAATCTGTGAAGCTGCT-3'(配列番号12)及びリバースプライマー5'-GCTCTAGAGCCCAAGCTTGGGTTTGTCATATACAC-3'(配列番号13)を用いて、上記CmDMC1トリガー断片の5'側に制限酵素EcoRV切断部位、3'側にXbaI及びHindIII切断部位を付加したDNA断片(EcoRV-CmDMC1トリガー断片-HindIII-XbaI)をPCR増幅により再合成した。同様に、#4クローンのプラスミドを鋳型とし、フォワードプライマー5'-TCCCCCGGGGGAAATCTGTGAAGCTGCT-3'(配列番号14)及びリバースプライマー5'-GACTAGTCCCAAGCTTGGGTTTGTCATATACACTGC-3'(配列番号15)を用いて、上記CmDMC1トリガー断片の5'側に制限酵素SmaI切断部位、3'側にSpeI及びHindIII切断部位を付加したDNA断片(SmaI-CmDMC1トリガー断片-HindIII-SpeI)をPCR増幅により再合成した。
【0093】
これら2つのDNA断片を、大腸菌gusA遺伝子(β-D-グルクロニダーゼ遺伝子)のORFの塩基第790位〜1729位の部分(931bp;配列番号16)をスペーサー配列として含むRNAi構築用ベクターpBS-RNAi-GUS(佐藤文彦、「植物における小分子RNAを介した遺伝子発現調節:siRNA,miRNA研究の現状と応用」、植物の生長調節、植物化学調節学会、42(2): 130-138);名古屋大学 上口博士より分譲)中に挿入し、CmDMC1トリガー断片がスペーサー配列を挟んで互いに逆向きに配置されるようにした(図2)。このスペーサー配列は、発現したRNAにおいてループ構造を形成する。
【0094】
さらに、このようにして得た組換えベクターを制限酵素HindIIIで処理することにより、上記CmDMC1トリガー断片をスペーサー配列を挟んで逆向き反復配列として含むDNA構築物を切り出した。
【0095】
次に、そのDNA構築物をクローン化した発現ベクターを作製した。ベクター骨格には、マンノピン合成酵素遺伝子双方向性プロモーターPmas102と改変cry1Ab遺伝子とを含むベクターpBIK102mcbt(Shinoyama, Hら, Breeding Sci., 53: 359 (2003))を用いた。このpBIK102mcbtをBamHIで切断して、野生型nptII遺伝子断片を除去した後、HindIIIで処理してその切断部位に上記DNA構築物を挿入することにより、ベクターpBIK102dmc1RNAiを得た。さらに、タバコ由来エロンゲーションファクター遺伝子の高発現プロモーター(EF1αプロモーター)(Aida, R.ら, JARQ, 39: 269 (2005);特開2004−65096)に野生型nptII遺伝子(Beck et al., Gene, 1982, 19(3):327-336)を連結させたDNA構築物を、pBIK102dmc1RNAiのXhoI切断部位に連結して、発現ベクターpBIK102DBsを得た(図2)。図2中、DMC1-RNAiが、CmDMC1トリガー断片(配列番号1の塩基234位〜塩基815位)を逆向き反復配列として含む上記DNA構築物である。DNA構築物DMC1-RNAiは、CmDMC1トリガー断片の塩基配列(配列番号11)に対して相補的なアンチセンス配列(配列番号17)、スペーサー配列(gusAループ断片)、CmDMC1トリガー断片配列を5'から3'方向にこの順番で含む。DNA構築物DMC1-RNAiの塩基配列を配列番号18に示す。
【0096】
なお図2中の略語は以下の通りである。RB: T-DNA領域の右側境界配列(25bp)、T35S: カリフラワーモザイクウイルス由来35S(CaMV 35S)ターミネーター、w-nptII: 野生型ネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼII遺伝子、PEF1α: タバコ由来エロンゲーションファクター遺伝子の高発現プロモーター、DMC1-RNAi: キク減数分裂期相同組換え遺伝子(CmDMC1)由来RNAi配列含有DNA構築物、Pmas102: リゾビウム・ラジオバクターAtC1株(MAFF301276)由来のマンノピン合成酵素(MAS)遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーター、mcbt: 改変cry1Ab遺伝子、Tnos: リゾビウム・ラジオバクター由来ノパリン合成酵素遺伝子由来ターミネーター、LB: T-DNA領域の左側境界配列(26bp)、RK2ori(oriV): 広宿主プラスミドRK2の複製開始点、nptIII:Streptococcus faecalis由来の野生型ネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼIII遺伝子。
【0097】
RBは、T-DNAがリゾビウムから植物ゲノムへと伝達される際、伝達の開始点として機能する配列である。LBは、T-DNAがリゾビウムから植物ゲノムへと伝達される際、伝達の終止点として機能する配列である。PEF1α、w-nptII、及びT35Sはw-nptII遺伝子発現カセットを構成している。Pmas102、DMC1-RNAi、及びT35SはRNA発現カセットを構成している。Pmas102、mcbt、Tnosはmcbt遺伝子発現カセットを構成している。改変cry1Ab遺伝子は、Bacillus thuringiensis var. kurstaki HD-1から単離されたチョウ目害虫抵抗性遺伝子cry1Ab遺伝子を改変して作製された人工合成遺伝子である。ここで用いたT35Sの塩基配列を配列番号19に、Pmas102の塩基配列を配列番号20に示す。
【0098】
このようにして作製された発現ベクターpBIK102DBs中のT-DNA(図3(A)〜(H)、配列番号21)がアグロバクテリウム法により植物ゲノムに組み込まれると、RNA発現カセット中のプロモーターPmas102の働きにより、CmDMC1遺伝子を発現抑制可能なRNAi分子の発現が誘導されることになる。
【0099】
[実施例2]キクの形質転換
本実施例では、アグロバクテリウム法により、実施例1で作製した発現ベクターpBIK102DBsをキクに導入するため、まず、pBIK102DBsをエレクトロポレーション法によりリゾビウム・ラジオバクター(Rhizobium radiobactor(R. ラジオバクター);旧名:アグロバクテリウム・ツメファシエンス)EHA105株(Zeneca Morgenより分譲)に導入した。そしてpBIK102DBsが導入されたR. ラジオバクターを選抜し、YEP培地(組成:1%ペプトン、1%酵母エキス、0.5%塩化ナトリウム、pH7.2)で、28℃で5時間にわたり培養することにより、R. ラジオバクター懸濁液を調製した。
【0100】
キクの形質転換は以下の手順で行った。小ギク品種「山手白」(Chrysanthemum morifolium Ramat. cv. Yamate-shiro)から茎頂培養を経て作製した無菌植物体の葉を直径6mmのコルクボーラーで打ち抜いてリーフディスクを作製し、外植片とした。外植片を上記で調製したR. ラジオバクター懸濁液に約15分間浸漬した後、余分な菌液をろ紙で除いて共存培地(ムラシゲ・スクーグ(MS)基本培地に、3%ショ糖、0.3%ゲランガム、1mg/lナフタレン酢酸、0.5mg/lベンジルアデニン、及び1g/lカザミノ酸を添加、pH5.8)に葉の表側を上向きにして置き、25℃、暗黒下で3日間共存培養した。共存培養終了時に、外植片を除菌培地(MS基本培地に、3%ショ糖、0.3%ゲランガム、1mg/lナフタレン酢酸、0.5mg/lベンジルアデニン、及び250mg/l セフォタキシムナトリウム塩を添加、pH5.8)に置床し、低照度(光合成有効光量子束密度(PPFD):60μmol/m2/s)で7日間除菌した。その後外植片を、選抜培地A(MS基本培地に、3%ショ糖、0.3%ゲランガム、1mg/lナフタレン酢酸、0.5mg/lベンジルアデニン、250mg/lセフォタキシムナトリウム塩、及び20mg/l G418を添加、pH5.8)に移し、25℃、中照度(PPFD:60μmol/m2/s)で2週間培養した。2週間後、新しい選抜培地Aに移し、さらに2週間後、新しい選抜培地Aに移した。次いで、2週間後に選抜培地B(MS基本培地に、3%ショ糖、0.3%ゲランガム、1mg/lナフタレン酢酸、0.5mg/lベンジルアデニン、100mg/lセフォタキシムナトリウム塩、及び20mg/l G418を添加、pH5.8)に移し、さらに2週間後、新しい選抜培地Bに移し、形質転換細胞の選抜を行うとともに該形質転換細胞からのカルス誘導を促した。その後再分化培地(MS基本培地に、3%ショ糖、0.3%ゲランガム、0.5mg/lベンジルアデニン、0.2mg/lジベレリンA3、及び100mg/lセフォタキシムナトリウム塩を添加、pH5.8)に移し、カルスから植物体を再生させた。再分化培地は3週間ごとに更新し、シュートが2〜3mm長になった時点でシュートをかきとり、ホルモンフリーのMS基本培地の入った試験管へ移し、発根を促した。ビトリフィケーション(vitrification: ガラス化)を起こしているシュートについては、通気膜ミリシール(Millipore社)を用いて通気性を確保し、ビトリフィケーションの解消を図った。
【0101】
さらに、同様にして、中輪ギク品種「秀芳の力」(Chrysanthemum morifolium Ramat. cv. Shuho-no-chikara)及びスプレーギク品種「幸福の鳥」(Chrysanthemum morifolium Ramat. cv. Kouhuku-no-tori)についても、形質転換植物体を作製した。
【0102】
この結果、キク品種「山手白」から682個体、「秀芳の力」から131個体、「幸福の鳥」から102個体の再分化植物体が得られた。そこで、これらの各個体についてゲノムDNAを抽出し、それを鋳型として、PCR法に基づく導入配列の検出を行った。PCR法による検出には、以下の導入配列特異的プライマー対を用いた。
【0103】
(a) マンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーター(Pmas102)-mcbt検出用プライマー対:
5'-GAATAGATGATCTGACACGCC-3' (配列番号22)
5'-AGTGGTGTGGAGTACCTGTAG-3' (配列番号23)
(b) CmDMC1トリガー断片検出用プライマー対:
5'-AATCTGTGAAGCTGCTGAGA-3' (配列番号24)
5'-TTTGTCATATACACTGCAAGC-3' (配列番号25)
(c) gusA由来スペーサー配列検出用プライマー対:
5'-ATCTACCCGCTTCGCGTCGGCATC-3' (配列番号26)
5'-TCGCGAGTGAAGATCCCCTTCTTG-3' (配列番号27)
(d) w-nptII検出用プライマー対:
5'-ATGATTGAACAAGATGGATTGCAC-3' (配列番号28)
5'-TCAGAAGAACTCGTCAAGAAGGCG-3' (配列番号29)
【0104】
この検出により、全ての再分化個体(再生植物体)で、pBIK102DBs中の構成要素mas102プロモーター(Pmas102)、改変cry1Ab遺伝子(mcbt)、DMC1-RNAi、及び野生型nptII遺伝子(w-nptII)の存在を示すPCR増幅バンドが確認された。すなわち、得られた全ての再生植物体が、pBIK102DBsが導入されている形質転換キク植物体(CmDMC1遺伝子由来RNAi配列導入キク植物)であることが示された。
【0105】
[実施例3]異なる開花期温度で育成した形質転換キクの稔性試験(雄性稔性)
実施例2で得られたCmDMC1遺伝子由来RNAi配列導入キク植物(形質転換キク)について、サザンブロット分析およびノーザンブロット分析を行い、CmDMC1遺伝子由来RNAiの導入確認と発現確認を行った。形質転換キクとしては、組換え体であるDB315、DB569、DB576系統個体を用いた。その後、CmDMC1遺伝子由来RNAi配列導入キク植物について、閉鎖系温室にて順化、及び低温処理を行い、育成した。対照実験用に、pBIK102DBsを導入していない非形質転換キク(キク品種「山手白」;形質転換において宿主として用いた系統)についても、同様の方法で育成して用いた。
【0106】
蕾の大きさが直径6mm(減数分裂期)になったキク個体(形質転換キク、及び非形質転換キク)を10〜35℃の異なる温度に設定した人工気象器に入れ、開花させた。開花1日前の筒状花について、アレクサンダー染色(Alexander, MP, Stain Technology, 44 (3):117, (1969))、アセトカーミン染色、花粉培地(Ikeda, H及びNumata, S, Acta Hort., 454: 329, (1998))での発芽試験、キク科近縁種との交雑試験等に供して、雄性の稔実度合を確認した。
【0107】
その結果、非形質転換キクでは、10〜25℃の開花期処理温度において、成熟花粉を形成した。一方、形質転換キクでは、いずれの温度でも成熟花粉の形成は認められず、15℃の処理温度を除いて花粉自体の形成も全く観察されなかった。処理温度15℃の形質転換キクでも、未熟な花粉が観察されたのみであった。
【0108】
図4及び5に、各開花期処理温度条件の葯及び花粉についてアレクサンダー染色した結果を示した。この試験では、筒状花ごと染色した後にパラフィン包埋切片を作成し、成熟組織を示す赤く染まった部分と、未熟組織を示す青く染まった部分を顕微鏡下で観察した。図4は葯の発達状態を示しており、一方、図5は葯中の花粉形成状況を示している。図5に示される通り、非形質転換キクでは、核(赤く染まった部分)を有し個々に分離した細胞(成熟花粉)が観察された。これに対し、形質転換キク(DB315系統)では、20℃及び25℃の開花期温度では花粉形成が観察されず、花粉が観察された15℃でも、開花期であるにもかかわらず小分子(細胞)が集まって花粉塊となっており四分子期で生育を止めている花粉と、核(赤く染まった部分)を有さず青く染まった花粉(未熟花粉;減数分裂がうまくいかず、途中で生育が停止したことを示す)が観察されたのみであった。さらに、実施例2に従って作製した形質転換キクDB260系統及びDB194系統でも、同様に15℃の開花期温度条件下で四分子期で生育を止めた花粉塊や未熟花粉が観察されただけであった。
【0109】
表1には、アレクサンダー染色した筒状花の各葯中の成熟花粉の数、未熟花粉及び四分子期花粉の数を計数した結果を示す(示したデータは葯1本当たりの平均花粉数±標準偏差)。アレクサンダー染色法で赤く染色された花粉を成熟花粉、青く染色された花粉を未熟花粉、赤及び青く染まった小分子が集まった花粉塊を四分子期花粉として判定した。
【0110】
【表1】
【0111】
表2及び3は、形成された花粉の稔性と寿命を示す。表2は、花粉の充実性の推定を行った結果を示している。まず、形質転換キク個体DB315と対照の非形質転換キク個体(宿主「山手白」)について、開花1日前の筒状花より葯を採取し、花粉をプレパラート上にのせた。花粉の乗ったプレパラートを10、15、20及び25℃に設定した人工気象器(連続光、湿度60%)に入れてインキュベートした。0、1、5、10及び24時間インキュベートした花粉にアセトカーミン染色液を滴下し、25℃の人工気象器(連続光)にて培養した。アセトカーミン染色の1時間後に花粉粒の染色程度を観察した。表中の数値は経過時間毎の染色された花粉の割合(%)を示し、そこから花粉の充実性(成熟性)を推定した。
【0112】
【表2】
【0113】
表3には、花粉培地における経過時間ごとの発芽能の検定結果を示した。充実していても発芽能力がない(すなわち、受精できない)花粉もあるためである。形質転換キク個体DB315、DB569、DB576と対照の非形質転換キク個体について、花粉培地を用いて発芽能を測定した。花粉培地としては、以下の液体培地:酢酸エチル抽出液=4:1で混合して用いた。
・液体培地:100 ppm H3BPO4、300 ppm CaCl2・2H2O、0.01 ppm CoCl2・6H2O、30 %サッカロース
・酢酸エチル抽出液:キクの舌状花(20 g)を100 mlの酢酸エチルに浸漬し、密閉して冷蔵庫内で24時間貯蔵した後、酢酸エチルを揮発させることによって得た残留抽出物である。
【0114】
検定には、まず非形質転換キク及び形質転換キクの開花1日前の筒状花より葯を採取し、花粉をプレパラート上にのせた。花粉の乗ったプレパラートを10、15、20及び25℃に設定した人工気象器(連続光、湿度60%)に入れてインキュベートした。0、1、5、10及び24時間インキュベートした花粉に花粉培地を1〜2滴を垂らし、プラスチックシャーレ(直径9 cm)に入れて密封し、25℃の人工気象器(連続光)にて培養した。2時間後に花粉管が花粉直径程度に達したものを発芽とみなした。数値は経過時間毎の発芽した花粉の割合(%)を示し、そこから、花粉の発芽能を推定した。
【0115】
【表3】
【0116】
上記の通り、形質転換キクで15℃にて形成が観察された花粉は、充実度が低く(表2)、花粉培地における発芽能も示さなかった(表3)。
【0117】
さらに、形質転換キクで15℃にて形成が観察された花粉を用い、キク科近縁種(種子親)との間で交雑試験を行って、雄性稔性を調べた。キク科近縁種としては、小ギク品種「広島紅(Hiroshimabeni)」、食用菊品種「もってのほか(Mottenohoka)」、ワカサハマギク(Chrysanthemum wakasaense)、ノジギク(Chrysanthemum japonense)、イソギク(Chrysanthemum pacificum)、コンギク(Aster ageratoides ssp. avalus)を用いた。
【0118】
この交雑試験では雑種種子は形成されなかった(表4)ことから、15℃で形成された形質転換キクの花粉は、不稔花粉であると認められた。
【0119】
【表4】
【0120】
表4中、「self」は自殖(自家交雑)を示す。
上記結果から、本発明に係る形質転換キクが、キク開花温度帯(10℃〜35℃)で安定して雄性不稔を示すことが示された。
【0121】
[実施例4]異なる開花期温度で育成した形質転換キクの稔性試験(雌性稔性)
次に、実施例2で得られたCmDMC1遺伝子由来RNAi配列導入キク植物(形質転換キク;組換え体DB315、DB569、DB576系統個体)について、キク科近縁種(花粉親)との間で交雑試験を行い、雌性稔性を調べた。キク科近縁種としては、上記と同様に「広島紅」、「もってのほか」、ワカサハマギク、ノジギク、イソギク、コンギクを用いた。さらに、形質転換キクについて自殖稔性も調査した(下記表5中の「self」)。
【0122】
具体的には花粉親については、2007年6月1日から40日間、10℃に設定した人工気象器(16時間日長)にて低温処理を行い、同年8月9日に草丈5 cm(展開した本葉3枚)の植物体を挿し芽増殖し、25℃に設定した人工気象器(16時間日長)にて苗を育成した。8月25日に混合土(土太郎:バーミキュライト=5:1)を入れたポリポット(直径15 cm)に鉢上げし、網戸越しに窓を解放した特定網室にて育成した。
【0123】
種子親については、試験管内無菌植物体を2006年10月に順化し、2007年6月1日から40日間10℃に設定した人工気象器(16時間日長)にて低温処理を行った。同年8月9日に草丈5 cm(展開した本葉3枚)の植物体を挿し芽増殖し、25℃に設定した人工気象器(16時間日長)にて苗を育成した。8月25日に混合土(土太郎:バーミキュライト=5:1)を入れたポリポット(直径15 cm)に鉢上げし、網戸越しに窓を解放した特定網室にて育成した。蕾の大きさが直径5 mmになった植物体を10、15、20、25、30及び35℃に設定した人工気象器(8時間日長)に入れ、生育させた。
【0124】
開花1日前の筒状花から採取された花粉親の花粉を、栽培状態の種子親、及び授粉1日前に草丈50cmの長さに切断し、水道水に切り口を浸漬させた切り花状態の種子親の、筒状花の柱頭に小筆で授粉し、人工交雑試験を行った。その後種子親である非組換えキク及び組換えキクは10〜35℃に設定された人工気象器で育成し、他殖種子の成熟を図った。授粉2ヶ月後に子房を採取し、湿らせた濾紙を入れたシャーレ(直径9 cm)に入れ、25℃暗黒下に3日間置き、発芽の有無を調査した。結実率は発芽した種子数を授粉した筒状花数で除して算出した。
【0125】
その結果、下記表5に示される通り、非形質転換キク(宿主;種子親)をキク科近縁種(花粉親)と交雑させた場合には、栽培状態および切り花状態の双方において、15〜30℃の各処理条件下で他殖種子を形成した。これに対し、形質転換キク(組換え体DB315、DB569、DB576個体)をキク科近縁種(花粉親)と交雑させたところ、処理温度20℃以下では栽培状態と切り花状態のいずれにおいても他殖種子の形成は認められず、25℃、30℃でも切り花状態では他殖種子の形成は全く認められなかった。形質転換キクの場合、25℃〜30℃の処理条件下の栽培状態でのみ他殖種子の形成を示したが、その結実率は非形質転換キクの10分の1〜20分の1に過ぎなかった。
【0126】
【表5】
【0127】
表中の「self」は自殖(自家交雑)を示す。
このように、本発明に係る形質転換キクは、キク開花温度帯(10℃〜35℃)で安定して雌性稔性の顕著な低下を示し、特に20℃以下では雌性不稔を示した。
【0128】
そこで、上記の通り形質転換キクDB315系統個体を種子親としてキク科近縁種(花粉親)と交雑して得られた他殖種子(F1雑種)からゲノムDNAを抽出し、それを鋳型として、PCR法に基づき導入配列の検出を行った。PCR法による検出には、実施例2に記載のPmas102-mcbt検出用プライマー対、CmDMC1トリガー断片検出用プライマー対、及びw-nptII検出用プライマー対を用いた。その結果、形質転換キクDB315とキク科近縁種の間のF1雑種の多くが、DNA構築物CmDMC1-RNAiを含む導入配列を有していることが確認された。
【0129】
[実施例5]F1雑種への不稔形質の伝達
実施例4で形質転換キク(種子親)とキク科近縁種(花粉親)との交雑によって得られた他殖種子を育成して雑種F1系統を得て、その花粉形成状態をアセトカーミン染色とアレクサンダー染色によって調べた(表6)。表6中、DB315/H1〜5: 形質転換キクDB315と広島紅の雑種F1系統、DB315/M1〜5: DB315ともってのほかの雑種F1系統、DB315/W1〜5: DB315とワカサハマギク福井保存系統1号の雑種F1系統、DB315/N1〜5: DB315とノジギク福井保存系統1号の雑種F1系統、DB315/I1〜5: DB315とイソギクの雑種F1系統である。
【0130】
具体的にはまず、蕾の大きさが直径5 mmになった非形質転換キク、形質転換キク及び雑種F1系統を15及び20℃に設定した人工気象器(8時間日長)に入れた。非形質転換キク、形質転換キク及び雑種F1系統の開花1日前の筒状花より葯を採取し、アセトカーミン染色とアレクサンダー染色を行った。アセトカーミン染色については染色1時間後に花粉粒の染色程度を観察し、花粉の稔実度合を判定した。アレクサンダー染色については50℃、24時間の処理を行った後、染色程度を観察した(表6)。アレクサンダー染色法で赤く染色された花粉を成熟花粉と判定し、その個数を稔実花粉数として計数した。またアレクサンダー染色法で青く染色された花粉を未熟花粉、赤及び青く染まった小分子が集まった花粉塊を四分子期花粉と判定し、未熟花粉と四分子期花粉を不稔花粉としてその合計個数を不稔花粉数として計数した。表6の数値は、葯1本当たりの平均花粉数±標準偏差を示す。
【0131】
表6から分かるように、形質転換キクとキク科近縁種との交雑によって得られる雑種系統も、片親の形質転換キクと同程度の温度非依存的な雄性不稔を示した。雑種F1系統のうち、稔性花粉を形成したのは、実施例4で導入配列(CmDMC1-RNAi等)が検出されなかったものだけであった。これは、親の形質転換キクにおいてpBIK102DBs由来のT-DNAが染色体の一方にしか導入されていないために導入配列(CmDMC1-RNAi等)を有するものと有さないものの両方のF1雑種が生じたことによるものであり、従ってそのような導入配列(CmDMC1-RNAi等)を有さないF1雑種における稔実花粉形成は、当該導入配列を有するF1雑種における不稔化に対する好適な対照として捉えることができる。
【0132】
【表6】
【0133】
さらに、上記の雑種F1系統を種子親として、上述の方法と同様にしてキク科近縁種(花粉親)との間で交雑試験を行うことにより、雌性稔性の検定も行った(表7)。表7中、DB315/H1〜5: 形質転換キクDB315と広島紅の雑種F1系統、DB315/M1〜5: DB315ともってのほかの雑種F1系統、DB315/W1〜5: DB315とワカサハマギク福井保存系統1号の雑種F1系統、DB315/N1〜5: DB315とノジギク福井保存系統1号の雑種F1系統、DB315/I1〜5: DB315とイソギクの雑種F1系統である。
【0134】
表7から分かる通り、形質転換キクとキク科近縁種との交雑によって得られる雑種系統は、雌性稔性についても、片親の形質転換キクと同様、顕著な温度非依存的稔性低下を示した。雑種F1系統のうち、結実率が比較的高かったのは、実施例4で導入配列(CmDMC1-RNAi等)が検出されなかったものだけであった。導入配列(CmDMC1-RNAi等)を有さないF1雑種のこのような結果は、当該導入配列を有するF1雑種における雌性稔性の顕著な低下に対する好適な対照として捉えることができる。
【0135】
【表7】
【0136】
以上の結果から、CmDMC1遺伝子に対するRNAi分子をコードするDNAの導入(形質転換)により、キク科植物において、雄性稔性及び雌性稔性を安定に抑制できることが示された。また、DMC1-RNAi配列の発現誘導に使用したマンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーターが、花粉及び卵細胞において高いプロモーター活性を示し、また広範な開花期温度にも左右されにくく温度非依存的に発現を誘導でき、本発明の方法による雄性稔性及び雌性稔性の抑制に非常に有用であることも示された。さらに、その雄性不稔性及び低雌性稔性の形質は後代にも遺伝することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0137】
本発明の方法及びそれに用いるRNA発現カセット等は、遺伝子組換えキク科植物の作製において、栽培時の通常の温度条件下(特に、開花期温度条件下)でも生殖細胞を高確率で稔性抑制し、該植物中の導入遺伝子の意図せぬ拡散を効果的に防止するために使用することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0138】
配列番号3〜10、12〜15、及び22〜29の配列は、プライマーである。
配列番号17の配列は、CmDMC1トリガーに対して相補的なアンチセンス配列である。
配列番号18の配列は、DNA構築物 DMC1-RNAiである。
配列番号21の配列は、T-DNAである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列を含むRNAをコードするDNAを含む、キク科植物の雄性稔性及び雌性稔性を抑制するためのRNA発現カセット。
【請求項2】
前記RNAが、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列からなるセンス配列と、該塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列とを含む、請求項1に記載のRNA発現カセット。
【請求項3】
減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1が、以下の(a)〜(e)のいずれかの遺伝子である、請求項1又は2に記載のRNA発現カセット。
(a) 配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子、
(b) 配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドからなる遺伝子、
(c) 配列番号1で示される塩基配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(d) 配列番号2で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子、
(e) 配列番号2で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、及び/若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項4】
前記の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列が、500〜700塩基長である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のRNA発現カセット。
【請求項5】
前記の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列が、配列番号1の234位〜815位に相当する該遺伝子中の領域を含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載のRNA発現カセット。
【請求項6】
前記センス配列と前記アンチセンス配列とがスペーサー配列を挟んで連結されている、請求項1〜5のいずれか1項に記載のRNA発現カセット。
【請求項7】
前記のRNAをコードするDNAを、マンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーターの制御下に含む、請求項1〜6のいずれか1項に記載のRNA発現カセット。
【請求項8】
前記の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列が、配列番号11で示される塩基配列からなる、請求項1〜7のいずれか1項に記載のRNA発現カセット。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のRNA発現カセットを含む組換えベクター。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のRNA発現カセット又は請求項9に記載の組換えベクターをキク科植物細胞に導入することにより、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物を作製することを含む、キク科植物の稔性を抑制する方法。
【請求項11】
雄性稔性及び雌性稔性抑制形質が、10〜35℃の温度条件下で雄性稔性及び雌性稔性が抑制される性質である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のRNA発現カセット又は請求項9に記載の組換えベクターが導入された形質転換細胞。
【請求項13】
形質転換キク科植物細胞である、請求項12に記載の形質転換細胞。
【請求項14】
請求項13に記載の形質転換キク科植物細胞から植物体を再生させて得られる、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物。
【請求項15】
請求項14に記載の形質転換キク科植物を種子親とし、非形質転換キク科植物を花粉親として交雑させて、前記RNA発現カセットを含有する子孫植物を取得することを含む、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物の作製方法。
【請求項1】
減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列を含むRNAをコードするDNAを含む、キク科植物の雄性稔性及び雌性稔性を抑制するためのRNA発現カセット。
【請求項2】
前記RNAが、減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列からなるセンス配列と、該塩基配列に対して相補的なアンチセンス配列とを含む、請求項1に記載のRNA発現カセット。
【請求項3】
減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1が、以下の(a)〜(e)のいずれかの遺伝子である、請求項1又は2に記載のRNA発現カセット。
(a) 配列番号1で示される塩基配列からなる遺伝子、
(b) 配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドからなる遺伝子、
(c) 配列番号1で示される塩基配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(d) 配列番号2で示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子、
(e) 配列番号2で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、及び/若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつリコンビナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項4】
前記の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列が、500〜700塩基長である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のRNA発現カセット。
【請求項5】
前記の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列が、配列番号1の234位〜815位に相当する該遺伝子中の領域を含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載のRNA発現カセット。
【請求項6】
前記センス配列と前記アンチセンス配列とがスペーサー配列を挟んで連結されている、請求項1〜5のいずれか1項に記載のRNA発現カセット。
【請求項7】
前記のRNAをコードするDNAを、マンノピン合成酵素遺伝子双方向性mas1'-2'プロモーターの制御下に含む、請求項1〜6のいずれか1項に記載のRNA発現カセット。
【請求項8】
前記の減数分裂期相同組換え遺伝子DMC1中の連続した21塩基以上の塩基配列が、配列番号11で示される塩基配列からなる、請求項1〜7のいずれか1項に記載のRNA発現カセット。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のRNA発現カセットを含む組換えベクター。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のRNA発現カセット又は請求項9に記載の組換えベクターをキク科植物細胞に導入することにより、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物を作製することを含む、キク科植物の稔性を抑制する方法。
【請求項11】
雄性稔性及び雌性稔性抑制形質が、10〜35℃の温度条件下で雄性稔性及び雌性稔性が抑制される性質である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のRNA発現カセット又は請求項9に記載の組換えベクターが導入された形質転換細胞。
【請求項13】
形質転換キク科植物細胞である、請求項12に記載の形質転換細胞。
【請求項14】
請求項13に記載の形質転換キク科植物細胞から植物体を再生させて得られる、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物。
【請求項15】
請求項14に記載の形質転換キク科植物を種子親とし、非形質転換キク科植物を花粉親として交雑させて、前記RNA発現カセットを含有する子孫植物を取得することを含む、雄性稔性及び雌性稔性抑制形質を有する形質転換キク科植物の作製方法。
【図1】
【図2】
【図3(A)】
【図3(B)】
【図3(C)】
【図3(D)】
【図3(E)】
【図3(F)】
【図3(G)】
【図3(H)】
【図4】
【図5】
【図2】
【図3(A)】
【図3(B)】
【図3(C)】
【図3(D)】
【図3(E)】
【図3(F)】
【図3(G)】
【図3(H)】
【図4】
【図5】
【公開番号】特開2010−187597(P2010−187597A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−35572(P2009−35572)
【出願日】平成21年2月18日(2009.2.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、農林水産省、「新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(592029256)福井県 (122)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年2月18日(2009.2.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、農林水産省、「新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(592029256)福井県 (122)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】
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