筋肉タンパク質分解抑制剤としてのジブトキシブタン
【課題】筋肉タンパク質の分解を特異的に抑制することができる筋肉タンパク質分解抑制剤を提供する。
【解決手段】1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤。
【解決手段】1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
焼酎粕には、動物の成長を促進する物質が含まれていることが知られており、家畜飼料の原料として使用されている。例えば、特許文献1は、焼酎粕上清濃縮液を含有してなるドリップ流出減少用畜産動物用飼料を記載する。当該文献は、焼酎粕上清液がタンパク質、クエン酸、ポリフェノール及びビタミンEを多く含んでおり、強い抗酸化作用を有するため、これを濃縮して畜産用マッシュ状飼料に添加することによって、畜産物のドリップ流出の減少や、食味改善、畜産動物の体重増加などの効果を奏することを記載する。
【0003】
畜産動物に限らず、一般に動物の体重増加は、動物の体を構成する筋肉タンパク質の重量増加に依存する。筋肉タンパク質は、体内の代謝酵素によって日々分解される一方、生合成酵素によって日々合成されている。
【0004】
筋肉タンパク質の分解は、カルシウム依存性プロテアーゼ(カルパイン)が関与するカルシウム依存性経路、並びにユビキチンリガーゼの一種であるアトロジン-1及びMuRF1 (muscle-specific RING finger protein 1)が関与するユビキチン−プロテアソーム経路によって制御されていることが知られている。筋肉タンパク質を構成する筋原線維タンパク質は、カルパインによって断片化される。筋原線維タンパク質断片は、上記のユビキチンリガーゼによってユビキチン化され、ユビキチン化された筋原線維タンパク質断片は、プロテアソームに輸送されて、より鎖長の短いペプチド又はアミノ酸に分解される。
【0005】
上記のような経路によって筋肉タンパク質の分解及び合成のバランスが維持されることで、動物の成長及び発達は維持される。それ故、このバランスが崩れると、筋萎縮及び/又は筋肉重量の減少に起因する様々な疾患又は障害の原因となる。
【0006】
特許文献2は、筋肉タンパク質の分解を抑制し、タンパク質生合成を促進するための医薬として、式CaXC6H5O7 [式中Xはアルカリ金属である]のカルシウム−アルカリ金属クエン酸塩1種以上を含有することを特徴とする、抗異化作用により筋肉タンパク質の形成及び筋肉物質代謝を高めるための医薬品を記載する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006-320206号公報
【特許文献2】特開平8-40975号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、筋肉タンパク質の分解がいくつかの経路で制御されていることは知られているため、筋肉タンパク質の分解を抑制することで、筋萎縮及び/又は筋肉重量の減少に起因する様々な疾患又は障害を治療又は改善できると考えられる。しかしながら、筋肉タンパク質の分解を特異的に抑制するための医薬は、十分に開発されていない。
【0009】
それ故、本発明は、筋肉タンパク質の分解を特異的に抑制することができる筋肉タンパク質分解抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、焼酎粕の有機溶剤抽出物が高い筋肉タンパク質分解抑制活性を有することを見出し、その活性本体として1,1-ジブトキシブタンを単離・同定した。本発明者らは、1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、筋肉タンパク質の分解を特異的に抑制することを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1) 1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤。
(2) 1,1-ジブトキシブタンを、焼酎粕の有機溶剤抽出物又はその精製物の形態で含有する、前記(1)の筋肉タンパク質分解抑制剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、筋肉タンパク質の分解を特異的に抑制することができる筋肉タンパク質分解抑制剤を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】焼酎粕のヘキサン抽出物から得られた画分から、1,1-ジブトキシブタンをSP2MGSカラムを用いて分離するときの、波長275 nmにおける溶出液の紫外線吸収クロマトグラムを示す図である。横軸:保持時間(分);縦軸:吸収強度。
【図2】反応混合物から、合成1,1-ジブトキシブタンをCHP2MGM-1カラムを用いて分離するときの、波長275 nmにおける溶出液の紫外線吸収クロマトグラムを示す図である。横軸:保持時間(分);縦軸:吸収強度。
【図3A】焼酎粕のヘキサン抽出物を配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の浅胸筋重量を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 8)を示す。**が付された平均値は、対照区と比較して1%水準(p<0.01)で有意に異なる値であることを示す。
【図3B】焼酎粕のヘキサン抽出物を配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の血漿中の3-メチルヒスチジン濃度を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 8)を示す。**が付された平均値は、対照区と比較して1%水準(p<0.01)で有意に異なる値であることを示す。
【図4A】合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の浅胸筋重量を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 8)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。
【図4B】合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の血漿中の3-メチルヒスチジン濃度を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 8)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。
【図5】合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の血漿中のコルチコステロン濃度を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値(n= 8)を示す。*が付された平均値は、対照区と比較して5%水準(p<0.05)で有意に異なる値であることを示す。
【図6】合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の血漿中のトリヨードサイロニン濃度を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値(n= 8)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。
【図7】合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中でニワトリ筋肉細胞を培養した場合の培養液中のタンパク質含有量の測定結果を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 6)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。
【図8】合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中でニワトリ筋肉細胞を培養した場合の培養液中の3-メチルヒスチジン量の測定結果を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 6)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。
【図9】合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中でニワトリ筋肉細胞を培養した場合の培養液中のアトロジン-1 mRNAの発現量の解析結果を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 6)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。
【図10】合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中でニワトリ筋肉細胞を培養した場合の培養液中のMuRF1 mRNAの発現量の解析結果を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 6)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。*が付された平均値は、対照区と比較して5%水準(p<0.05)で、**が付された平均値は、対照区と比較して1%水準(p<0.01)で有意に異なる値であることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
1. 1,1-ジブトキシブタン
本発明は、1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤に関する。
【0015】
1,1-ジブトキシブタンは、2分子の1-ブタノールとブタナール(ブチルアルデヒド)とがアセタールを形成することによって生成する公知の化合物であって、式I:
【化1】
で表される構造を有する。1,1-ジブトキシブタンは、ブタナールジブチルアセタールとしても知られる。
【0016】
本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤に使用される1,1-ジブトキシブタンは、限定するものではないが、例えば、化学合成によって調製される合成1,1-ジブトキシブタンの形態、又は天然若しくは人工材料から有機溶剤によって抽出することによって調製される天然若しくは人工材料の有機溶剤抽出物の形態のような、様々な形態で提供することができる。化学合成によって調製される合成1,1-ジブトキシブタンの形態で提供することが好ましい。
【0017】
化学合成の場合、1当量のブタナールと少なくとも2当量の1-ブタノールとを、酸触媒の存在下で反応させることにより、1,1-ジブトキシブタンを調製することができる。ここで、原料のブタナール及び1-ブタノールは、慣用の方法によって調製されたものを使用すればよい。酸触媒は、p-トルエンスルホン酸、硫酸又はポリアニオンナノシートであることが好ましい。また、反応温度は、20〜50℃の範囲であることが好ましく、反応時間は、3〜24時間の範囲であることが好ましい。
【0018】
天然又は人工材料からの抽出の場合、米、麦又は芋焼酎を製造する際に生成する焼酎粕及び各種麹より選択される天然又は人工材料から有機溶剤によって抽出することにより、1,1-ジブトキシブタンを調製することができる。この場合において、有機溶剤は、n-ヘキサン、アセトン及びジエチルエーテルより選択される有機溶剤、又はその混合物であることが好ましい。
【0019】
上記の方法によって得られる化学合成の反応物又は有機溶剤抽出物をそのままの状態で使用してもよいが、少なくとも1種の精製手段でさらに分離することにより、反応物自体、又は有機溶剤抽出物自体と比較してより高純度及び/又は高濃度の1,1-ジブトキシブタンを調製してもよい。それ故、本明細書において、「合成1,1-ジブトキシブタンの形態」は、上記の方法によって得られる化学合成の反応物自体だけでなく、反応物を少なくとも1種の精製手段でさらに分離することにより得られる処理物をも意味する。同様に、本明細書において、「有機溶剤抽出物の形態」は、上記の方法によって得られる有機溶剤抽出物自体だけでなく、有機溶剤抽出物を少なくとも1種の精製手段でさらに分離することにより得られる処理物をも意味する。
【0020】
上記の場合において、少なくとも1種の精製手段としては、限定するものではないが、例えば、溶媒抽出、カラムクロマトグラフィー及び高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を挙げることができる。
【0021】
上記の方法により、合成1,1-ジブトキシブタンの形態で1,1-ジブトキシブタンを提供する場合、1,1-ジブトキシブタンの含有量は、合成1,1-ジブトキシブタンの総質量に対して30質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることがより好ましい。また、天然又は人工材料の有機溶剤抽出物の形態で1,1-ジブトキシブタンを提供する場合、該抽出物に含有される1,1-ジブトキシブタンは、抽出物の総質量に対して10〜1000 mg/gの範囲の量であることが好ましく、100〜400 mg/gの範囲の量であることがより好ましい。
【0022】
上記の方法により、以下で説明する用途に許容し得る純度及び/又は濃度の1,1-ジブトキシブタンを調製することが可能となる。
【0023】
2. 筋肉タンパク質分解抑制剤
2-1. 1,1-ジブトキシブタンの作用機作
本明細書において、「筋肉タンパク質分解抑制」は、ヒト又は非ヒト動物において、皮膚及び内臓器官を構成するタンパク質には実質的に影響を及ぼすことなく、筋肉タンパク質の分解を抑制することを意味する。
【0024】
本発明者らは、焼酎粕の有機溶剤抽出物が筋肉タンパク質分解抑制活性を有することを見出し、その活性本体として、上記の1,1-ジブトキシブタンを単離・同定した。また、本発明者らは、1,1-ジブトキシブタンによる筋肉タンパク質分解抑制効果の作用機作を調査し、当該化合物が以下の効果を奏することを見出した。
(1) 1,1-ジブトキシブタンは、タンパク質分解を促進するホルモンとして知られる副腎皮質ホルモンのコルチコステロン及び甲状腺ホルモンのトリヨードサイロニンの血漿中濃度を低下させる。
(2) 1,1-ジブトキシブタンは、筋原線維タンパク質の断片化に関与するユビキチンリガーゼの一種であるアトロジン-1及びMuRF1 (muscle-specific RING finger protein 1)のmRNA発現を抑制することで該遺伝子の転写を阻害する。
【0025】
本発明によって提供される筋肉タンパク質分解抑制効果は、上記の作用(1)及び/又は(2)に基づき発現すると考えられる。このため、本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤は、タンパク質分解を促進するコルチコステロンのような副腎皮質ホルモン、及び/又はトリヨードサイロニンのような甲状腺ホルモンの血漿中濃度を低下させるため、或いは筋原線維タンパク質の断片化に関与するユビキチンリガーゼ遺伝子の転写を阻害するために使用することもできる。それ故、本発明はさらに、1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する、副腎皮質ホルモン及び/又は甲状腺ホルモンの分泌阻害剤、或いは筋原線維タンパク質の断片化に関与するユビキチンリガーゼ遺伝子の転写阻害剤を提供する。
【0026】
1,1-ジブトキシブタンは、天然由来の成分であって、動物に投与しても実質的に副作用を引き起こさない。それ故、本発明の1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、in vivoにおいて、以下で説明する疾患又は障害を有するヒト及び非ヒト動物のいずれの個体に対しても適用することができる。ヒトに適用する場合、以下で説明する医薬組成物又は製剤の形態として提供することができる。非ヒト動物に適用する場合、対象となる非ヒト動物は、限定するものではないが、例えば、ニワトリ、ウシ、ブタ、イヌ、ネコ又はサルであることが好ましく、ニワトリ、ウシ又はブタであることがより好ましい。この場合、本発明の1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、筋肉タンパク質分解抑制剤又はその製剤を含む非ヒト動物飼料の形態で提供することができる。
【0027】
上記の対象に本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤を適用することにより、以下で説明する疾患又は障害を治療又は改善することが可能となる。
【0028】
本発明の1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、上記の作用機作に基づき、in vitroにおいて筋肉タンパク質の分解を抑制するために使用することができる。或いは、in vitroにおいて副腎皮質ホルモン及び/若しくは甲状腺ホルモンの産生を阻害するため、又は筋原線維タンパク質の断片化に関与するユビキチンリガーゼ遺伝子の転写を阻害するために使用してもよい。この場合、in vitroにおける使用は、上記のヒト又は非ヒト動物に由来する培養細胞系、或いはそれらに由来する天然又は組換え酵素タンパク質を用いる酵素反応系であることが好ましい。
【0029】
上記の系に本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤を適用することにより、in vitroにおいて1,1-ジブトキシブタンの作用を発現させることが可能となる。
【0030】
2-2. 医薬用途
本発明の1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、筋肉タンパク質の分解を抑制して、筋肉重量を増加させることができる。それ故、本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤は、筋萎縮及び/又は筋肉重量の減少に起因する疾患又は障害を治療又は改善するための医薬として使用することができる。上記の疾患としては、限定するものではないが、例えば、先天性筋ジストロフィー、ミオトニア症候群及びミトコンドリア病のような遺伝性筋疾患、並びに膠原病、皮膚筋炎及び多発性筋炎のような非遺伝性筋疾患を挙げることができる。また、本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤を適用し得る障害としては、限定するものではないが、例えば、疾患及び/又は外科的手術に伴うストレスによる筋肉損耗のような後天的障害を挙げることができる。
【0031】
本発明の1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、副腎皮質ホルモン及び/又は甲状腺ホルモンの血漿中濃度を低下させることもできる。それ故、本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤は、副腎皮質ホルモン及び/又は甲状腺ホルモンの機能亢進症を治療又は改善するための医薬として使用することもできる。上記の疾患としては、限定するものではないが、例えば、グレーヴス病(バセドウ病)、甲状腺炎、クッシング症候群及びストレス症状のような内分泌疾患を挙げることができる。
【0032】
本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤を医薬として使用することにより、上記の疾患又は障害を治療又は改善することが可能となる。
【0033】
2-2 (a) 投与量
本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤を医薬として使用する場合、1,1-ジブトキシブタンの適切な投与量は、当然ながら患者により異なる。一般に、投与量は、実質的に有害な副作用を起こさずに所望の効果を達成する局所濃度を、作用の部位において達成するように選択される。ここで、選択される投与レベルは、限定するものではないが、例えば、1,1-ジブトキシブタンの活性、投与経路、投与の時間、排出速度、治療の継続期間、組み合わせて使用される他の薬物、並びに患者の年齢、性別、体重、病態、全般的健康状態、及び既往歴を含む種々の因子に依存する。それ故、1,1-ジブトキシブタンの量及び投与経路の選択は、最終的には医師の裁量に任される。
【0034】
in vivo投与は、全治療過程を通して、一回の投与で、連続的に、又は断続的に(例えば、適切な間隔をあけて分割投与で)行うことができる。最も効果的な投与手段及び投与量を決定する方法は当業者に公知であり、治療に使用する製剤、治療の目的、及び治療される患者により異なる。1回又は複数回の投与は、治療する医師により選択される用量レベル及びパターンで実施することができる。一般に、1,1-ジブトキシブタンの好適な用量は、被験体の体重kgあたり1日約10 μg〜約100 mgの範囲である。
【0035】
2-2 (b) 製剤
本発明の1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、1,1-ジブトキシブタンを単独で被験体に投与してもよいが、1,1-ジブトキシブタンを、該化合物と1種以上の製薬上許容される担体、補助剤、賦形剤、希釈剤、充填剤、緩衝剤、補助剤、安定剤、保存剤、滑沢剤、又は当業者に公知の他の材料、及び場合により他の薬物とを共に含む医薬組成物(例えば、製剤)として提供することもできる。それ故、本発明は、上記のような医薬組成物を提供するだけでなく、1,1-ジブトキシブタンを、1種以上の製薬上許容される担体、補助剤、賦形剤、希釈剤、充填剤、緩衝剤、補助剤、安定剤、保存剤、滑沢剤、又は当業者に公知の他の材料、及び場合により他の薬物と混合することを含む、医薬組成物を製造する方法を提供する。
【0036】
本明細書において、「製薬上許容される」は、健全な医学的判断の範囲内で、妥当な利益/危険比に相応する、過度の毒性、刺激、アレルギー反応又は合併症を起こさない、被験体(例えば、ヒト)の組織と接触させて使用するのに適した化合物、材料、組成物、及び/又は剤形を意味する。それぞれの担体、賦形剤等は、製剤の他の成分と共存可能であるという意味でも「許容される」ものでなければならない。上記の担体、希釈剤、賦形剤等は、標準的な薬学の教科書に記載されているものを使用することができる。
【0037】
製剤は、単位投薬形態として適宜提供することができ、製薬技術分野において周知の任意の方法により調製し得る。このような方法は、1,1-ジブトキシブタンと1種以上の副成分(例えば担体)とを混合する工程を含む。一般的には、製剤は、活性化合物と液体の担体若しくは微細に粉砕された固体の担体又はその両方とを均一かつ緊密に混合し、次いで必要な場合には生成物を成形することにより調製される。
【0038】
製剤は、液剤、溶液剤、懸濁剤、乳剤、エリキシル剤、シロップ剤、錠剤、ロゼンジ剤、顆粒剤、カプセル剤、カシェ剤、丸剤、アンプル剤、軟膏剤、ゲル剤、ペースト剤、クリーム剤、スプレー剤、ミスト剤、フォーム剤、ローション剤、油剤、ボーラス剤、舐剤、又はエアロゾル剤の形態であればよい。
【0039】
経口投与(例えば、摂取による)に好適な製剤は、それぞれ所定量の1,1-ジブトキシブタンを含有するカプセル剤、カシェ剤若しくは錠剤などの個別単位として;水性若しくは非水性液体中の溶液剤若しくは懸濁剤として;又は水中油型液体乳剤若しくは油中水型液体乳剤として;ボーラス剤として;舐剤として、又はペースト剤として提供することができる。
【0040】
錠剤は、場合により1種以上の副成分を加えて、通常の手段、例えば圧縮又は成形により製造することができる。圧縮錠剤は、1,1-ジブトキシブタンを、場合により1種以上の結合剤(例えば、ポビドン、ゼラチン、アカシアガム、ソルビトール、トラガカント、ヒドロキシプロピルメチルセルロース);充填剤又は希釈剤(例えば、ラクトース、微結晶セルロース、リン酸水素カルシウム);滑沢剤(例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、シリカ);崩壊剤(例えば、デンプングリコール酸ナトリウム、架橋ポビドン、架橋カルボキシメチルセルロースナトリウム);界面活性剤若しくは分散剤又は湿潤剤(例えば、ラウリル硫酸ナトリウム);及び保存剤(例えば、p-ヒドロキシ安息香酸メチル、p-ヒドロキシ安息香酸プロピル、ソルビン酸)と混合して、好適な機械で圧縮することにより調製し得る。錠剤は、場合によりコーティング又は切込みを施してもよく、また、例えば、所望の放出特性を与える種々の割合のヒドロキシプロピルメチルセルロースを用いて、製剤中に含まれる1,1-ジブトキシブタンの徐放又は制御放出を提供するように製剤してもよい。錠剤は、場合により、胃以外の消化管の部分で放出されるように、腸溶コーティングを施してもよい。
【0041】
局所投与(例えば、経皮)に好適な製剤は、軟膏剤、クリーム剤、懸濁剤、ローション剤、粉剤、溶液剤、ペースト剤、ゲル剤、スプレー剤、エアロゾル剤、又は油剤として製剤することができる。
【0042】
皮膚を介する局所投与に好適な製剤としては、軟膏剤、クリーム剤、及び乳剤が挙げられる。軟膏剤として製剤する場合、1,1-ジブトキシブタンは、場合によりパラフィン系又は水混和性軟膏基剤のいずれかと共に使用し得る。或いは、1,1-ジブトキシブタンは、水中油型クリーム基剤を用いてクリーム剤として製剤してもよい。所望により、クリーム基剤の水相は、例えば、少なくとも約30質量%の多価アルコール、すなわち、プロピレングリコール、ブタン-1,3-ジオール、マンニトール、ソルビトール、グリセロール及びポリエチレングリコール並びにそれらの混合物などの2個以上のヒドロキシル基を有するアルコールを含んでもよい。局所製剤は、皮膚又は他の患部を介する活性化合物の吸収又は浸透を促進する化合物を含むことが好ましい。このような皮膚浸透促進剤の例としては、ジメチルスルホキシド及び関連する類似物を挙げることができる。
【0043】
局所用乳剤として製剤する場合、油相は場合により乳化剤(他にエマルジェントとしても知られる)のみを含んでもよく、少なくとも1種の乳化剤と脂肪若しくは油、又は脂肪及び油の両方との混合物を含んでもよい。安定剤として作用する親油性乳化剤と共に親水性乳化剤を含むことが好ましい。また、油及び脂肪の両方を含むことが好ましい。上記の乳化剤は、いわゆる乳化ワックスを作り、そのワックスは油及び/又は脂肪と共に、いわゆる乳化軟膏基剤を構成し、これがクリーム製剤の油性分散相を形成する。
【0044】
好適なエマルジェント及び乳化安定剤としては、Tween 60、Span 80、セトステアリルアルコール、ミリスチルアルコール、グリセリルモノステアレート及びラウリル硫酸ナトリウムが挙げることができる。クリーム剤は、好ましくは、油っぽくなく、汚れにくく、洗浄可能な製品であって、チューブ又は他の容器からの漏れを防ぐために適度な粘稠度を有するものでなければならない。ジイソアジペート、イソセチルステアレート、ココナッツ脂肪酸のプロピレングリコールジエステル、イソプロピルミリステート、デシルオレエート、イソプロピルパルミテート、ブチルステアレート、2-エチルヘキシルパルミテート、又はクロダモルCAP(Crodamol CAP)として知られる分枝鎖エステルの混合物のような、直鎖若しくは分枝鎖の一又は二塩基性アルキルエステルを使用することができる。これらは、要求される特性に応じて、単独で又は組合せて使用すればよい。或いは、白色軟パラフィン及び/若しくは液体パラフィン又は他の鉱油のような高融点脂質を使用することもできる。
【0045】
非経口投与(例えば、皮膚、皮下、筋肉内、静脈内及び皮内などへの注射による)に好適な製剤としては、抗酸化剤、緩衝剤、保存剤、安定剤、静菌剤、及び対象とする患者の血液と製剤を等張にする溶質を含有し得る、水性及び非水性で、等張の、発熱物質を含まない無菌注射溶液剤、懸濁化剤及び増粘剤、並びに血液成分を含んでもよい水性及び非水性の無菌懸濁剤が挙げられる。このような製剤に使用するのに好適な等張媒体の例としては、塩化ナトリウム注射液、リンゲル液又は乳酸加リンゲル注射液を挙げることができる。製剤は、1回投与量又は複数回投与量の密閉容器、例えば、アンプル及びバイアルに入れて提供することができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明する。
【0047】
実施例1:焼酎粕からの1,1-ジブトキシブタンの単離及び構造決定
[材料]
米、麦又は芋焼酎を製造する際に生成する焼酎粕を使用した。
【0048】
[生物検定法]
焼酎粕の抽出物及びその分離画分の筋肉タンパク質分解抑制活性を検出するために、実施例3で説明する15日齢のニワトリを用いる生物検定法又は実施例5で説明するニワトリ培養筋肉細胞を用いる生物検定法を使用した。
【0049】
[筋肉タンパク質分解抑制活性を有する物質の単離]
分液ロートに、400 gの焼酎粕(50質量%の水分含有量)、50 mlの10N NaOH及び400 mlのn-ヘキサンを加えて室温でよく混合し、脂溶性成分を抽出した。ヘキサン抽出液を分別後、濃縮して、焼酎粕のヘキサン抽出物(2 g乾燥重量)を得た。このヘキサン抽出物を、セパビーズ(登録商標)SP2MGSカラム(35×700 mm)(三菱化学)を用いたカラムクロマトグラフィーにより分離した。ヘキサン:エタノール(94:6)を移動相として用い、4 ml/分の流速で反応物の各成分を溶出した。波長275 nmにおける溶出液の紫外線吸収クロマトグラムを、TOSOH UV-8010(東ソー)及びTricorder(EYELA)を用いて測定し、記録した(図1)。次に各画分を濃縮し、上記の生物検定を用いて筋肉タンパク質分解抑制活性を評価した。活性の検出された画分の重量は約500 mgであった。
【0050】
上記の精製法の各工程における、筋肉タンパク質分解抑制活性を有する物質の含有量及び筋肉タンパク質分解抑制活性の値を表1に示す。
【0051】
【表1】
【0052】
[筋肉タンパク質分解抑制活性を有する物質の構造決定]
上記の方法で得られた活性物質のNMRスペクトルを測定した。NMRスペクトルは、JNM-ECA600型核磁気共鳴測定装置(日本電子)を用い、周波数600 MHz、測定溶媒CDCl3(内部標準としてテトラメチルシラン(TMS)を加える)の条件で取得した。
【0053】
得られたNMRスペクトルに基づき、筋肉タンパク質分解抑制活性を有する物質を、1,1-ジブトキシブタンと同定した。1H NMR δ(ppm):0.92、0.93、1.37、1.39、1.54、1.56、3.42、3.59、4.46。
【0054】
実施例2:1,1-ジブトキシブタンの合成
5 mlの1-ブタノール(4.1 g, 54 mmol)及び5 mlのブチルアルデヒド(4.1 g, 36 mmol)を、0.01 gのp-トルエンスルホン酸(触媒)の存在下、室温で3時間反応させた。
【0055】
その後、反応物を濃縮乾固させて、MCI(登録商標)GEL CHP2MGM-1カラム(4.6×150 mm)(三菱化学)を用いて分離した。メタノール:ジクロロメタン:水(9:2:1)を移動相として用い、0.5 ml/分の流速で、反応物の各成分を溶出し、分画した。波長275 nmにおける溶出液の紫外線吸収クロマトグラムを、TOSOH UV-8010(東ソー)及びTricorder(EYELA)を用いて測定し、記録した(図2)。
【0056】
1,1-ジブトキシブタンを含む画分を回収し、ロータリーエバポレーターを用いて移動相を蒸発させた。1,1-ジブトキシブタンを、約4 gの液体(20 mmol)として得た。
【0057】
実施例3:1,1-ジブトキシブタンの筋肉タンパク質分解抑制効果
下記の方法により、実施例1で得られた焼酎粕のヘキサン抽出物及び実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンの筋肉タンパク質分解抑制効果を評価した。
【0058】
15日齢のニワトリに対し、所定量のサンプルを配合した飼料を12日間(15〜27日齢)給餌した。実施例1で得られた焼酎粕のヘキサン抽出物は、飼料1 kg当たり、50質量%の水分含有量の焼酎粕40 gに相当する該抽出物の量で、飼料に配合した。実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンは、体重1 kg当たり30又は120 mgの量で、飼料に配合した。いずれの場合も、サンプルを配合しない飼料を試験区と同一条件で給餌した処理区を対照区とした。
【0059】
27日齢の各試験区及び対照区のニワトリを屠殺し、各個体の体重、並びに浅胸筋、肝臓、心臓及び腹部脂肪の新鮮重量を測定した。また、Hayashiら(J. Nutr. Sci. Vitaminol. 33:151-156 (1987))の方法により、筋肉タンパク質分解の指標として知られる血漿中の3-メチルヒスチジン濃度を測定した。なお、各試験区及び対照区は、それぞれ8個体を用いて行い、各測定値の平均値及び標準偏差を算出した。各測定値の有意差は、Studentのt検定又はTukeyの多重範囲検定を用いて評価した。
【0060】
実施例1で得られた焼酎粕のヘキサン抽出物を配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の浅胸筋重量及び血漿中の3-メチルヒスチジン濃度の測定結果を図3A及び3Bに、実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の浅胸筋重量及び血漿中の3-メチルヒスチジン濃度の測定結果を図4A及び4Bに、それぞれ示す。なお、図中において、異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)である。また、**が付された平均値は、対照区と比較して1%水準(p<0.01)で有意に異なる値である。
【0061】
図3Aに示すように、焼酎粕のヘキサン抽出物をニワトリに投与した場合、対照区と比較して有意(p<0.01)に浅胸筋の重量が増加した。また、図4Aに示すように、合成1,1-ジブトキシブタンをニワトリに投与した場合も、対照区と比較して有意(p<0.05)に浅胸筋の重量が増加した。ここで、合成1,1-ジブトキシブタンを体重1 kg当たり30 mgの量で投与した試験区(30 mg/kg)と、体重1 kg当たり120 mgの量で投与した試験区(120 mg/kg)との間では、重量の増加に有意な差は確認されなかった。
【0062】
一方、図3Bに示すように、焼酎粕のヘキサン抽出物をニワトリに投与した場合、対照区と比較して有意(p<0.01)に血漿中の3-メチルヒスチジン濃度が低下した。また、図4Bに示すように、合成1,1-ジブトキシブタンをニワトリに投与した場合も、対照区と比較して有意(p<0.05)に血漿中の3-メチルヒスチジン濃度が低下した。ここで、合成1,1-ジブトキシブタンを体重1 kg当たり30 mgの量で投与した試験区(30 mg/kg)と、体重1 kg当たり120 mgの量で投与した試験区(120 mg/kg)との間では、血漿中の3-メチルヒスチジン濃度の低下に有意な差は確認されなかった。
【0063】
上記の結果を考察する。3-メチルヒスチジンは、筋肉のアクチン及びミオシンに含まれるヒスチジンがメチル化されることによって生じる、筋肉タンパク質に特徴的なアミノ酸である。3-メチルヒスチジンは、筋肉タンパク質の分解後、再利用されることなく血液や尿中に溶出し、体外に排出されることが知られている。このため、血漿中の3-メチルヒスチジン濃度は、筋肉タンパク質分解の指標として広く用いられている。
【0064】
上記のように、実施例1で得られた焼酎粕のヘキサン抽出物、及び実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンは、浅胸筋の重量増加、及び血漿中の3-メチルヒスチジン濃度低下の効果を示した(図3A, B及び4A, B)。それ故、焼酎粕のヘキサン抽出物及び合成1,1-ジブトキシブタンの投与により、筋肉タンパク質の分解が抑制され、結果として浅胸筋の重量が増加したと推測される。
【0065】
実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の増体重、並びに浅胸筋、肝臓、心臓及び腹部脂肪の重量の測定結果を表2に示す。
【0066】
【表2】
【0067】
表2に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の増体重、並びに浅胸筋、肝臓、心臓及び腹部脂肪の重量は、対照区の場合と比較して、いずれも有意な差は確認されなかった。それ故、図3A及びBに示す、焼酎粕のヘキサン抽出物及び合成1,1-ジブトキシブタンによる浅胸筋重量の増加は、増体重に付随する効果ではなく、筋肉タンパク質に特異的に作用する効果に基づくと推測される。
【0068】
実施例4:1,1-ジブトキシブタンのホルモン分泌に対する効果
副腎皮質ホルモンのコルチコステロン及び甲状腺ホルモンのトリヨードサイロニンは、いずれもタンパク質分解促進作用を有することが知られている。市販のキットを用いて、合成1,1-ジブトキシブタンを投与したニワトリの血漿中のコルチコステロン及びトリヨードサイロニン濃度を測定した。合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区のサンプル及び対照区のサンプルとしては、実施例3で調製した血漿(8個体)を使用した。上記のサンプルについて測定を行い、各試験区及び対照区の測定値の平均値及び標準偏差を算出した。各測定値の有意差は、Studentのt検定又はTukeyの多重範囲検定を用いて評価した。血漿中のコルチコステロン濃度の定量結果を図5に、血漿中のトリヨードサイロニン濃度の定量結果を図6に、それぞれ示す。なお、図中において、異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)である。また、*が付された平均値は、対照区と比較して5%水準(p<0.05)で有意に異なる値である。
【0069】
図5に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを体重1 kg当たり30 mgの量で投与した試験区(30 mg/kg)の血漿中のコルチコステロン濃度は、対照区の血漿中のコルチコステロン濃度と有意な差は確認されなかった。これに対し、合成1,1-ジブトキシブタンを体重1 kg当たり120 mgの量で投与した試験区(120 mg/kg)は、対照区と比較して有意(p<0.05)に血漿中のコルチコステロン濃度が低下した。
【0070】
図6に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区は、いずれも対照区と比較して有意(p<0.05)に血漿中のトリヨードサイロニン濃度が低下した。しかしながら、合成1,1-ジブトキシブタンを体重1 kg当たり30 mgの量で投与した試験区(30 mg/kg)と、体重1 kg当たり120 mgの量で投与した試験区(120 mg/kg)との間では、血漿中のトリヨードサイロニン濃度の低下に有意な差は確認されなかった。
【0071】
実施例5:培養筋肉細胞における1,1-ジブトキシブタンの効果
[タンパク質及び3-メチルヒスチジンの定量]
15日齢胚のニワトリから大腿筋を摘出し、酵素消化法で筋肉細胞を調製した。調製した筋肉細胞をm199培地に播種し、37℃で24時間予備培養後、実施例2で調製した合成1,1-ジブトキシブタンを所定量加えたm199培地中で、37℃で6日間培養した。その後、ブラッドフォード法およびHayashiらの方法により、培養液中のタンパク質含有量及び3-メチルヒスチジン量を測定した。最終濃度0.015, 0.15, 1.5, 15又は150 μg/mlの濃度で合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中で培養した処理区を試験区とし、合成1,1-ジブトキシブタンを含まない培地中で試験区と同一条件で培養した処理区を対照区とした。各試験区及び対照区は、いずれも6連で実施し、測定値の平均値及び標準偏差を算出した。各測定値の有意差は、Studentのt検定又はTukeyの多重範囲検定を用いて評価した。
【0072】
実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中でニワトリ筋肉細胞を培養した場合の、培養液中のタンパク質含有量の測定結果を図7に、培養液中の3-メチルヒスチジン量の測定結果を図8に、それぞれ示す。なお、図中において、異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)である。
【0073】
図7に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区のうち、0.15 μg/ml以上の濃度で投与した試験区は、いずれも対照区と比較して有意(p<0.05)に培養液中のタンパク質含有量が増加した。しかしながら、0.15 μg/ml以上の濃度で投与した試験区の値を相互に比較した場合、一部の試験区を除いて有意な差はなく、濃度依存的な効果は確認されなかった。
【0074】
図8に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区のうち、150 μg/mlの濃度で投与した試験区は、対照区と比較して有意(p<0.05)に培養液中の3-メチルヒスチジン量が減少した。しかしながら、150 μg/ml未満の濃度で投与した試験区は、一部の試験区を除いて対照区と比較して有意な差は確認されなかった。
【0075】
[筋肉タンパク質分解関連遺伝子の発現量の定量]
アトロジン-1及びMuRF1 (muscle-specific RING finger protein 1) は、いずれも筋原線維タンパク質の断片化に関与するユビキチンリガーゼの一種であることが知られている。筋萎縮時には、これらの遺伝子発現が活性化するため、その発現を抑制することができれば、結果として筋萎縮を抑制できると考えられる。
【0076】
上記と同様の方法で、合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地又は合成1,1-ジブトキシブタンを含まない培地でニワトリ筋肉細胞を培養した。培養後、各ウェルから細胞ライセートを調製した。これを鋳型としてリアルタイムRT-PCRによりアトロジン-1 mRNA及びMuRF1 mRNAの発現解析を行い、得られた結果を用いて該mRNAの発現量を定量した。各試験区及び対照区は、いずれも6連で実施し、定量値の平均値及び標準偏差を算出した。各定量値の有意差は、Studentのt検定又はTukeyの多重範囲検定を用いて評価した。
【0077】
実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中でニワトリ筋肉細胞を培養した場合の、アトロジン-1 mRNAの発現量の解析結果を図9に、MuRF1 mRNAの発現量の解析結果を図10に、それぞれ示す。なお、図中において、異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)である。また、*が付された平均値は、対照区と比較して5%水準(p<0.05)で、**が付された平均値は、対照区と比較して1%水準(p<0.01)で有意に異なる値である。
【0078】
図9に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区のうち、1.5 μg/ml以上の濃度で投与した試験区は、いずれも対照区と比較して有意(p<0.05)に高いアトロジン-1 mRNAの発現量を示した。しかしながら、合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区の値を相互に比較した場合、有意な差はなく、濃度依存的な効果は確認されなかった。
【0079】
図10に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区のうち、1.5 μg/mlの濃度で投与した試験区は、対照区と比較して5%水準(p<0.05)で有意に高いMuRF1 mRNAの発現量を示した。また、15及び150 μg/mlの濃度で投与した試験区は、対照区と比較していずれも1%水準(p<0.01)で有意に高いMuRF1 mRNAの発現量を示した。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤は、筋肉タンパク質の分解を特異的に抑制する。これにより、筋萎縮及び/又は筋肉重量の減少に起因する疾患又は障害を治療又は改善することが可能となる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
焼酎粕には、動物の成長を促進する物質が含まれていることが知られており、家畜飼料の原料として使用されている。例えば、特許文献1は、焼酎粕上清濃縮液を含有してなるドリップ流出減少用畜産動物用飼料を記載する。当該文献は、焼酎粕上清液がタンパク質、クエン酸、ポリフェノール及びビタミンEを多く含んでおり、強い抗酸化作用を有するため、これを濃縮して畜産用マッシュ状飼料に添加することによって、畜産物のドリップ流出の減少や、食味改善、畜産動物の体重増加などの効果を奏することを記載する。
【0003】
畜産動物に限らず、一般に動物の体重増加は、動物の体を構成する筋肉タンパク質の重量増加に依存する。筋肉タンパク質は、体内の代謝酵素によって日々分解される一方、生合成酵素によって日々合成されている。
【0004】
筋肉タンパク質の分解は、カルシウム依存性プロテアーゼ(カルパイン)が関与するカルシウム依存性経路、並びにユビキチンリガーゼの一種であるアトロジン-1及びMuRF1 (muscle-specific RING finger protein 1)が関与するユビキチン−プロテアソーム経路によって制御されていることが知られている。筋肉タンパク質を構成する筋原線維タンパク質は、カルパインによって断片化される。筋原線維タンパク質断片は、上記のユビキチンリガーゼによってユビキチン化され、ユビキチン化された筋原線維タンパク質断片は、プロテアソームに輸送されて、より鎖長の短いペプチド又はアミノ酸に分解される。
【0005】
上記のような経路によって筋肉タンパク質の分解及び合成のバランスが維持されることで、動物の成長及び発達は維持される。それ故、このバランスが崩れると、筋萎縮及び/又は筋肉重量の減少に起因する様々な疾患又は障害の原因となる。
【0006】
特許文献2は、筋肉タンパク質の分解を抑制し、タンパク質生合成を促進するための医薬として、式CaXC6H5O7 [式中Xはアルカリ金属である]のカルシウム−アルカリ金属クエン酸塩1種以上を含有することを特徴とする、抗異化作用により筋肉タンパク質の形成及び筋肉物質代謝を高めるための医薬品を記載する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006-320206号公報
【特許文献2】特開平8-40975号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、筋肉タンパク質の分解がいくつかの経路で制御されていることは知られているため、筋肉タンパク質の分解を抑制することで、筋萎縮及び/又は筋肉重量の減少に起因する様々な疾患又は障害を治療又は改善できると考えられる。しかしながら、筋肉タンパク質の分解を特異的に抑制するための医薬は、十分に開発されていない。
【0009】
それ故、本発明は、筋肉タンパク質の分解を特異的に抑制することができる筋肉タンパク質分解抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、焼酎粕の有機溶剤抽出物が高い筋肉タンパク質分解抑制活性を有することを見出し、その活性本体として1,1-ジブトキシブタンを単離・同定した。本発明者らは、1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、筋肉タンパク質の分解を特異的に抑制することを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1) 1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤。
(2) 1,1-ジブトキシブタンを、焼酎粕の有機溶剤抽出物又はその精製物の形態で含有する、前記(1)の筋肉タンパク質分解抑制剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、筋肉タンパク質の分解を特異的に抑制することができる筋肉タンパク質分解抑制剤を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】焼酎粕のヘキサン抽出物から得られた画分から、1,1-ジブトキシブタンをSP2MGSカラムを用いて分離するときの、波長275 nmにおける溶出液の紫外線吸収クロマトグラムを示す図である。横軸:保持時間(分);縦軸:吸収強度。
【図2】反応混合物から、合成1,1-ジブトキシブタンをCHP2MGM-1カラムを用いて分離するときの、波長275 nmにおける溶出液の紫外線吸収クロマトグラムを示す図である。横軸:保持時間(分);縦軸:吸収強度。
【図3A】焼酎粕のヘキサン抽出物を配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の浅胸筋重量を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 8)を示す。**が付された平均値は、対照区と比較して1%水準(p<0.01)で有意に異なる値であることを示す。
【図3B】焼酎粕のヘキサン抽出物を配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の血漿中の3-メチルヒスチジン濃度を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 8)を示す。**が付された平均値は、対照区と比較して1%水準(p<0.01)で有意に異なる値であることを示す。
【図4A】合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の浅胸筋重量を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 8)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。
【図4B】合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の血漿中の3-メチルヒスチジン濃度を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 8)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。
【図5】合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の血漿中のコルチコステロン濃度を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値(n= 8)を示す。*が付された平均値は、対照区と比較して5%水準(p<0.05)で有意に異なる値であることを示す。
【図6】合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の血漿中のトリヨードサイロニン濃度を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値(n= 8)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。
【図7】合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中でニワトリ筋肉細胞を培養した場合の培養液中のタンパク質含有量の測定結果を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 6)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。
【図8】合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中でニワトリ筋肉細胞を培養した場合の培養液中の3-メチルヒスチジン量の測定結果を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 6)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。
【図9】合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中でニワトリ筋肉細胞を培養した場合の培養液中のアトロジン-1 mRNAの発現量の解析結果を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 6)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。
【図10】合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中でニワトリ筋肉細胞を培養した場合の培養液中のMuRF1 mRNAの発現量の解析結果を示す図である。試験区及び対照区とも、平均値及び標準偏差(n= 6)を示す。異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)であることを示す。*が付された平均値は、対照区と比較して5%水準(p<0.05)で、**が付された平均値は、対照区と比較して1%水準(p<0.01)で有意に異なる値であることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
1. 1,1-ジブトキシブタン
本発明は、1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤に関する。
【0015】
1,1-ジブトキシブタンは、2分子の1-ブタノールとブタナール(ブチルアルデヒド)とがアセタールを形成することによって生成する公知の化合物であって、式I:
【化1】
で表される構造を有する。1,1-ジブトキシブタンは、ブタナールジブチルアセタールとしても知られる。
【0016】
本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤に使用される1,1-ジブトキシブタンは、限定するものではないが、例えば、化学合成によって調製される合成1,1-ジブトキシブタンの形態、又は天然若しくは人工材料から有機溶剤によって抽出することによって調製される天然若しくは人工材料の有機溶剤抽出物の形態のような、様々な形態で提供することができる。化学合成によって調製される合成1,1-ジブトキシブタンの形態で提供することが好ましい。
【0017】
化学合成の場合、1当量のブタナールと少なくとも2当量の1-ブタノールとを、酸触媒の存在下で反応させることにより、1,1-ジブトキシブタンを調製することができる。ここで、原料のブタナール及び1-ブタノールは、慣用の方法によって調製されたものを使用すればよい。酸触媒は、p-トルエンスルホン酸、硫酸又はポリアニオンナノシートであることが好ましい。また、反応温度は、20〜50℃の範囲であることが好ましく、反応時間は、3〜24時間の範囲であることが好ましい。
【0018】
天然又は人工材料からの抽出の場合、米、麦又は芋焼酎を製造する際に生成する焼酎粕及び各種麹より選択される天然又は人工材料から有機溶剤によって抽出することにより、1,1-ジブトキシブタンを調製することができる。この場合において、有機溶剤は、n-ヘキサン、アセトン及びジエチルエーテルより選択される有機溶剤、又はその混合物であることが好ましい。
【0019】
上記の方法によって得られる化学合成の反応物又は有機溶剤抽出物をそのままの状態で使用してもよいが、少なくとも1種の精製手段でさらに分離することにより、反応物自体、又は有機溶剤抽出物自体と比較してより高純度及び/又は高濃度の1,1-ジブトキシブタンを調製してもよい。それ故、本明細書において、「合成1,1-ジブトキシブタンの形態」は、上記の方法によって得られる化学合成の反応物自体だけでなく、反応物を少なくとも1種の精製手段でさらに分離することにより得られる処理物をも意味する。同様に、本明細書において、「有機溶剤抽出物の形態」は、上記の方法によって得られる有機溶剤抽出物自体だけでなく、有機溶剤抽出物を少なくとも1種の精製手段でさらに分離することにより得られる処理物をも意味する。
【0020】
上記の場合において、少なくとも1種の精製手段としては、限定するものではないが、例えば、溶媒抽出、カラムクロマトグラフィー及び高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を挙げることができる。
【0021】
上記の方法により、合成1,1-ジブトキシブタンの形態で1,1-ジブトキシブタンを提供する場合、1,1-ジブトキシブタンの含有量は、合成1,1-ジブトキシブタンの総質量に対して30質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることがより好ましい。また、天然又は人工材料の有機溶剤抽出物の形態で1,1-ジブトキシブタンを提供する場合、該抽出物に含有される1,1-ジブトキシブタンは、抽出物の総質量に対して10〜1000 mg/gの範囲の量であることが好ましく、100〜400 mg/gの範囲の量であることがより好ましい。
【0022】
上記の方法により、以下で説明する用途に許容し得る純度及び/又は濃度の1,1-ジブトキシブタンを調製することが可能となる。
【0023】
2. 筋肉タンパク質分解抑制剤
2-1. 1,1-ジブトキシブタンの作用機作
本明細書において、「筋肉タンパク質分解抑制」は、ヒト又は非ヒト動物において、皮膚及び内臓器官を構成するタンパク質には実質的に影響を及ぼすことなく、筋肉タンパク質の分解を抑制することを意味する。
【0024】
本発明者らは、焼酎粕の有機溶剤抽出物が筋肉タンパク質分解抑制活性を有することを見出し、その活性本体として、上記の1,1-ジブトキシブタンを単離・同定した。また、本発明者らは、1,1-ジブトキシブタンによる筋肉タンパク質分解抑制効果の作用機作を調査し、当該化合物が以下の効果を奏することを見出した。
(1) 1,1-ジブトキシブタンは、タンパク質分解を促進するホルモンとして知られる副腎皮質ホルモンのコルチコステロン及び甲状腺ホルモンのトリヨードサイロニンの血漿中濃度を低下させる。
(2) 1,1-ジブトキシブタンは、筋原線維タンパク質の断片化に関与するユビキチンリガーゼの一種であるアトロジン-1及びMuRF1 (muscle-specific RING finger protein 1)のmRNA発現を抑制することで該遺伝子の転写を阻害する。
【0025】
本発明によって提供される筋肉タンパク質分解抑制効果は、上記の作用(1)及び/又は(2)に基づき発現すると考えられる。このため、本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤は、タンパク質分解を促進するコルチコステロンのような副腎皮質ホルモン、及び/又はトリヨードサイロニンのような甲状腺ホルモンの血漿中濃度を低下させるため、或いは筋原線維タンパク質の断片化に関与するユビキチンリガーゼ遺伝子の転写を阻害するために使用することもできる。それ故、本発明はさらに、1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する、副腎皮質ホルモン及び/又は甲状腺ホルモンの分泌阻害剤、或いは筋原線維タンパク質の断片化に関与するユビキチンリガーゼ遺伝子の転写阻害剤を提供する。
【0026】
1,1-ジブトキシブタンは、天然由来の成分であって、動物に投与しても実質的に副作用を引き起こさない。それ故、本発明の1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、in vivoにおいて、以下で説明する疾患又は障害を有するヒト及び非ヒト動物のいずれの個体に対しても適用することができる。ヒトに適用する場合、以下で説明する医薬組成物又は製剤の形態として提供することができる。非ヒト動物に適用する場合、対象となる非ヒト動物は、限定するものではないが、例えば、ニワトリ、ウシ、ブタ、イヌ、ネコ又はサルであることが好ましく、ニワトリ、ウシ又はブタであることがより好ましい。この場合、本発明の1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、筋肉タンパク質分解抑制剤又はその製剤を含む非ヒト動物飼料の形態で提供することができる。
【0027】
上記の対象に本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤を適用することにより、以下で説明する疾患又は障害を治療又は改善することが可能となる。
【0028】
本発明の1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、上記の作用機作に基づき、in vitroにおいて筋肉タンパク質の分解を抑制するために使用することができる。或いは、in vitroにおいて副腎皮質ホルモン及び/若しくは甲状腺ホルモンの産生を阻害するため、又は筋原線維タンパク質の断片化に関与するユビキチンリガーゼ遺伝子の転写を阻害するために使用してもよい。この場合、in vitroにおける使用は、上記のヒト又は非ヒト動物に由来する培養細胞系、或いはそれらに由来する天然又は組換え酵素タンパク質を用いる酵素反応系であることが好ましい。
【0029】
上記の系に本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤を適用することにより、in vitroにおいて1,1-ジブトキシブタンの作用を発現させることが可能となる。
【0030】
2-2. 医薬用途
本発明の1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、筋肉タンパク質の分解を抑制して、筋肉重量を増加させることができる。それ故、本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤は、筋萎縮及び/又は筋肉重量の減少に起因する疾患又は障害を治療又は改善するための医薬として使用することができる。上記の疾患としては、限定するものではないが、例えば、先天性筋ジストロフィー、ミオトニア症候群及びミトコンドリア病のような遺伝性筋疾患、並びに膠原病、皮膚筋炎及び多発性筋炎のような非遺伝性筋疾患を挙げることができる。また、本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤を適用し得る障害としては、限定するものではないが、例えば、疾患及び/又は外科的手術に伴うストレスによる筋肉損耗のような後天的障害を挙げることができる。
【0031】
本発明の1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、副腎皮質ホルモン及び/又は甲状腺ホルモンの血漿中濃度を低下させることもできる。それ故、本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤は、副腎皮質ホルモン及び/又は甲状腺ホルモンの機能亢進症を治療又は改善するための医薬として使用することもできる。上記の疾患としては、限定するものではないが、例えば、グレーヴス病(バセドウ病)、甲状腺炎、クッシング症候群及びストレス症状のような内分泌疾患を挙げることができる。
【0032】
本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤を医薬として使用することにより、上記の疾患又は障害を治療又は改善することが可能となる。
【0033】
2-2 (a) 投与量
本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤を医薬として使用する場合、1,1-ジブトキシブタンの適切な投与量は、当然ながら患者により異なる。一般に、投与量は、実質的に有害な副作用を起こさずに所望の効果を達成する局所濃度を、作用の部位において達成するように選択される。ここで、選択される投与レベルは、限定するものではないが、例えば、1,1-ジブトキシブタンの活性、投与経路、投与の時間、排出速度、治療の継続期間、組み合わせて使用される他の薬物、並びに患者の年齢、性別、体重、病態、全般的健康状態、及び既往歴を含む種々の因子に依存する。それ故、1,1-ジブトキシブタンの量及び投与経路の選択は、最終的には医師の裁量に任される。
【0034】
in vivo投与は、全治療過程を通して、一回の投与で、連続的に、又は断続的に(例えば、適切な間隔をあけて分割投与で)行うことができる。最も効果的な投与手段及び投与量を決定する方法は当業者に公知であり、治療に使用する製剤、治療の目的、及び治療される患者により異なる。1回又は複数回の投与は、治療する医師により選択される用量レベル及びパターンで実施することができる。一般に、1,1-ジブトキシブタンの好適な用量は、被験体の体重kgあたり1日約10 μg〜約100 mgの範囲である。
【0035】
2-2 (b) 製剤
本発明の1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤は、1,1-ジブトキシブタンを単独で被験体に投与してもよいが、1,1-ジブトキシブタンを、該化合物と1種以上の製薬上許容される担体、補助剤、賦形剤、希釈剤、充填剤、緩衝剤、補助剤、安定剤、保存剤、滑沢剤、又は当業者に公知の他の材料、及び場合により他の薬物とを共に含む医薬組成物(例えば、製剤)として提供することもできる。それ故、本発明は、上記のような医薬組成物を提供するだけでなく、1,1-ジブトキシブタンを、1種以上の製薬上許容される担体、補助剤、賦形剤、希釈剤、充填剤、緩衝剤、補助剤、安定剤、保存剤、滑沢剤、又は当業者に公知の他の材料、及び場合により他の薬物と混合することを含む、医薬組成物を製造する方法を提供する。
【0036】
本明細書において、「製薬上許容される」は、健全な医学的判断の範囲内で、妥当な利益/危険比に相応する、過度の毒性、刺激、アレルギー反応又は合併症を起こさない、被験体(例えば、ヒト)の組織と接触させて使用するのに適した化合物、材料、組成物、及び/又は剤形を意味する。それぞれの担体、賦形剤等は、製剤の他の成分と共存可能であるという意味でも「許容される」ものでなければならない。上記の担体、希釈剤、賦形剤等は、標準的な薬学の教科書に記載されているものを使用することができる。
【0037】
製剤は、単位投薬形態として適宜提供することができ、製薬技術分野において周知の任意の方法により調製し得る。このような方法は、1,1-ジブトキシブタンと1種以上の副成分(例えば担体)とを混合する工程を含む。一般的には、製剤は、活性化合物と液体の担体若しくは微細に粉砕された固体の担体又はその両方とを均一かつ緊密に混合し、次いで必要な場合には生成物を成形することにより調製される。
【0038】
製剤は、液剤、溶液剤、懸濁剤、乳剤、エリキシル剤、シロップ剤、錠剤、ロゼンジ剤、顆粒剤、カプセル剤、カシェ剤、丸剤、アンプル剤、軟膏剤、ゲル剤、ペースト剤、クリーム剤、スプレー剤、ミスト剤、フォーム剤、ローション剤、油剤、ボーラス剤、舐剤、又はエアロゾル剤の形態であればよい。
【0039】
経口投与(例えば、摂取による)に好適な製剤は、それぞれ所定量の1,1-ジブトキシブタンを含有するカプセル剤、カシェ剤若しくは錠剤などの個別単位として;水性若しくは非水性液体中の溶液剤若しくは懸濁剤として;又は水中油型液体乳剤若しくは油中水型液体乳剤として;ボーラス剤として;舐剤として、又はペースト剤として提供することができる。
【0040】
錠剤は、場合により1種以上の副成分を加えて、通常の手段、例えば圧縮又は成形により製造することができる。圧縮錠剤は、1,1-ジブトキシブタンを、場合により1種以上の結合剤(例えば、ポビドン、ゼラチン、アカシアガム、ソルビトール、トラガカント、ヒドロキシプロピルメチルセルロース);充填剤又は希釈剤(例えば、ラクトース、微結晶セルロース、リン酸水素カルシウム);滑沢剤(例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、シリカ);崩壊剤(例えば、デンプングリコール酸ナトリウム、架橋ポビドン、架橋カルボキシメチルセルロースナトリウム);界面活性剤若しくは分散剤又は湿潤剤(例えば、ラウリル硫酸ナトリウム);及び保存剤(例えば、p-ヒドロキシ安息香酸メチル、p-ヒドロキシ安息香酸プロピル、ソルビン酸)と混合して、好適な機械で圧縮することにより調製し得る。錠剤は、場合によりコーティング又は切込みを施してもよく、また、例えば、所望の放出特性を与える種々の割合のヒドロキシプロピルメチルセルロースを用いて、製剤中に含まれる1,1-ジブトキシブタンの徐放又は制御放出を提供するように製剤してもよい。錠剤は、場合により、胃以外の消化管の部分で放出されるように、腸溶コーティングを施してもよい。
【0041】
局所投与(例えば、経皮)に好適な製剤は、軟膏剤、クリーム剤、懸濁剤、ローション剤、粉剤、溶液剤、ペースト剤、ゲル剤、スプレー剤、エアロゾル剤、又は油剤として製剤することができる。
【0042】
皮膚を介する局所投与に好適な製剤としては、軟膏剤、クリーム剤、及び乳剤が挙げられる。軟膏剤として製剤する場合、1,1-ジブトキシブタンは、場合によりパラフィン系又は水混和性軟膏基剤のいずれかと共に使用し得る。或いは、1,1-ジブトキシブタンは、水中油型クリーム基剤を用いてクリーム剤として製剤してもよい。所望により、クリーム基剤の水相は、例えば、少なくとも約30質量%の多価アルコール、すなわち、プロピレングリコール、ブタン-1,3-ジオール、マンニトール、ソルビトール、グリセロール及びポリエチレングリコール並びにそれらの混合物などの2個以上のヒドロキシル基を有するアルコールを含んでもよい。局所製剤は、皮膚又は他の患部を介する活性化合物の吸収又は浸透を促進する化合物を含むことが好ましい。このような皮膚浸透促進剤の例としては、ジメチルスルホキシド及び関連する類似物を挙げることができる。
【0043】
局所用乳剤として製剤する場合、油相は場合により乳化剤(他にエマルジェントとしても知られる)のみを含んでもよく、少なくとも1種の乳化剤と脂肪若しくは油、又は脂肪及び油の両方との混合物を含んでもよい。安定剤として作用する親油性乳化剤と共に親水性乳化剤を含むことが好ましい。また、油及び脂肪の両方を含むことが好ましい。上記の乳化剤は、いわゆる乳化ワックスを作り、そのワックスは油及び/又は脂肪と共に、いわゆる乳化軟膏基剤を構成し、これがクリーム製剤の油性分散相を形成する。
【0044】
好適なエマルジェント及び乳化安定剤としては、Tween 60、Span 80、セトステアリルアルコール、ミリスチルアルコール、グリセリルモノステアレート及びラウリル硫酸ナトリウムが挙げることができる。クリーム剤は、好ましくは、油っぽくなく、汚れにくく、洗浄可能な製品であって、チューブ又は他の容器からの漏れを防ぐために適度な粘稠度を有するものでなければならない。ジイソアジペート、イソセチルステアレート、ココナッツ脂肪酸のプロピレングリコールジエステル、イソプロピルミリステート、デシルオレエート、イソプロピルパルミテート、ブチルステアレート、2-エチルヘキシルパルミテート、又はクロダモルCAP(Crodamol CAP)として知られる分枝鎖エステルの混合物のような、直鎖若しくは分枝鎖の一又は二塩基性アルキルエステルを使用することができる。これらは、要求される特性に応じて、単独で又は組合せて使用すればよい。或いは、白色軟パラフィン及び/若しくは液体パラフィン又は他の鉱油のような高融点脂質を使用することもできる。
【0045】
非経口投与(例えば、皮膚、皮下、筋肉内、静脈内及び皮内などへの注射による)に好適な製剤としては、抗酸化剤、緩衝剤、保存剤、安定剤、静菌剤、及び対象とする患者の血液と製剤を等張にする溶質を含有し得る、水性及び非水性で、等張の、発熱物質を含まない無菌注射溶液剤、懸濁化剤及び増粘剤、並びに血液成分を含んでもよい水性及び非水性の無菌懸濁剤が挙げられる。このような製剤に使用するのに好適な等張媒体の例としては、塩化ナトリウム注射液、リンゲル液又は乳酸加リンゲル注射液を挙げることができる。製剤は、1回投与量又は複数回投与量の密閉容器、例えば、アンプル及びバイアルに入れて提供することができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明する。
【0047】
実施例1:焼酎粕からの1,1-ジブトキシブタンの単離及び構造決定
[材料]
米、麦又は芋焼酎を製造する際に生成する焼酎粕を使用した。
【0048】
[生物検定法]
焼酎粕の抽出物及びその分離画分の筋肉タンパク質分解抑制活性を検出するために、実施例3で説明する15日齢のニワトリを用いる生物検定法又は実施例5で説明するニワトリ培養筋肉細胞を用いる生物検定法を使用した。
【0049】
[筋肉タンパク質分解抑制活性を有する物質の単離]
分液ロートに、400 gの焼酎粕(50質量%の水分含有量)、50 mlの10N NaOH及び400 mlのn-ヘキサンを加えて室温でよく混合し、脂溶性成分を抽出した。ヘキサン抽出液を分別後、濃縮して、焼酎粕のヘキサン抽出物(2 g乾燥重量)を得た。このヘキサン抽出物を、セパビーズ(登録商標)SP2MGSカラム(35×700 mm)(三菱化学)を用いたカラムクロマトグラフィーにより分離した。ヘキサン:エタノール(94:6)を移動相として用い、4 ml/分の流速で反応物の各成分を溶出した。波長275 nmにおける溶出液の紫外線吸収クロマトグラムを、TOSOH UV-8010(東ソー)及びTricorder(EYELA)を用いて測定し、記録した(図1)。次に各画分を濃縮し、上記の生物検定を用いて筋肉タンパク質分解抑制活性を評価した。活性の検出された画分の重量は約500 mgであった。
【0050】
上記の精製法の各工程における、筋肉タンパク質分解抑制活性を有する物質の含有量及び筋肉タンパク質分解抑制活性の値を表1に示す。
【0051】
【表1】
【0052】
[筋肉タンパク質分解抑制活性を有する物質の構造決定]
上記の方法で得られた活性物質のNMRスペクトルを測定した。NMRスペクトルは、JNM-ECA600型核磁気共鳴測定装置(日本電子)を用い、周波数600 MHz、測定溶媒CDCl3(内部標準としてテトラメチルシラン(TMS)を加える)の条件で取得した。
【0053】
得られたNMRスペクトルに基づき、筋肉タンパク質分解抑制活性を有する物質を、1,1-ジブトキシブタンと同定した。1H NMR δ(ppm):0.92、0.93、1.37、1.39、1.54、1.56、3.42、3.59、4.46。
【0054】
実施例2:1,1-ジブトキシブタンの合成
5 mlの1-ブタノール(4.1 g, 54 mmol)及び5 mlのブチルアルデヒド(4.1 g, 36 mmol)を、0.01 gのp-トルエンスルホン酸(触媒)の存在下、室温で3時間反応させた。
【0055】
その後、反応物を濃縮乾固させて、MCI(登録商標)GEL CHP2MGM-1カラム(4.6×150 mm)(三菱化学)を用いて分離した。メタノール:ジクロロメタン:水(9:2:1)を移動相として用い、0.5 ml/分の流速で、反応物の各成分を溶出し、分画した。波長275 nmにおける溶出液の紫外線吸収クロマトグラムを、TOSOH UV-8010(東ソー)及びTricorder(EYELA)を用いて測定し、記録した(図2)。
【0056】
1,1-ジブトキシブタンを含む画分を回収し、ロータリーエバポレーターを用いて移動相を蒸発させた。1,1-ジブトキシブタンを、約4 gの液体(20 mmol)として得た。
【0057】
実施例3:1,1-ジブトキシブタンの筋肉タンパク質分解抑制効果
下記の方法により、実施例1で得られた焼酎粕のヘキサン抽出物及び実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンの筋肉タンパク質分解抑制効果を評価した。
【0058】
15日齢のニワトリに対し、所定量のサンプルを配合した飼料を12日間(15〜27日齢)給餌した。実施例1で得られた焼酎粕のヘキサン抽出物は、飼料1 kg当たり、50質量%の水分含有量の焼酎粕40 gに相当する該抽出物の量で、飼料に配合した。実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンは、体重1 kg当たり30又は120 mgの量で、飼料に配合した。いずれの場合も、サンプルを配合しない飼料を試験区と同一条件で給餌した処理区を対照区とした。
【0059】
27日齢の各試験区及び対照区のニワトリを屠殺し、各個体の体重、並びに浅胸筋、肝臓、心臓及び腹部脂肪の新鮮重量を測定した。また、Hayashiら(J. Nutr. Sci. Vitaminol. 33:151-156 (1987))の方法により、筋肉タンパク質分解の指標として知られる血漿中の3-メチルヒスチジン濃度を測定した。なお、各試験区及び対照区は、それぞれ8個体を用いて行い、各測定値の平均値及び標準偏差を算出した。各測定値の有意差は、Studentのt検定又はTukeyの多重範囲検定を用いて評価した。
【0060】
実施例1で得られた焼酎粕のヘキサン抽出物を配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の浅胸筋重量及び血漿中の3-メチルヒスチジン濃度の測定結果を図3A及び3Bに、実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の浅胸筋重量及び血漿中の3-メチルヒスチジン濃度の測定結果を図4A及び4Bに、それぞれ示す。なお、図中において、異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)である。また、**が付された平均値は、対照区と比較して1%水準(p<0.01)で有意に異なる値である。
【0061】
図3Aに示すように、焼酎粕のヘキサン抽出物をニワトリに投与した場合、対照区と比較して有意(p<0.01)に浅胸筋の重量が増加した。また、図4Aに示すように、合成1,1-ジブトキシブタンをニワトリに投与した場合も、対照区と比較して有意(p<0.05)に浅胸筋の重量が増加した。ここで、合成1,1-ジブトキシブタンを体重1 kg当たり30 mgの量で投与した試験区(30 mg/kg)と、体重1 kg当たり120 mgの量で投与した試験区(120 mg/kg)との間では、重量の増加に有意な差は確認されなかった。
【0062】
一方、図3Bに示すように、焼酎粕のヘキサン抽出物をニワトリに投与した場合、対照区と比較して有意(p<0.01)に血漿中の3-メチルヒスチジン濃度が低下した。また、図4Bに示すように、合成1,1-ジブトキシブタンをニワトリに投与した場合も、対照区と比較して有意(p<0.05)に血漿中の3-メチルヒスチジン濃度が低下した。ここで、合成1,1-ジブトキシブタンを体重1 kg当たり30 mgの量で投与した試験区(30 mg/kg)と、体重1 kg当たり120 mgの量で投与した試験区(120 mg/kg)との間では、血漿中の3-メチルヒスチジン濃度の低下に有意な差は確認されなかった。
【0063】
上記の結果を考察する。3-メチルヒスチジンは、筋肉のアクチン及びミオシンに含まれるヒスチジンがメチル化されることによって生じる、筋肉タンパク質に特徴的なアミノ酸である。3-メチルヒスチジンは、筋肉タンパク質の分解後、再利用されることなく血液や尿中に溶出し、体外に排出されることが知られている。このため、血漿中の3-メチルヒスチジン濃度は、筋肉タンパク質分解の指標として広く用いられている。
【0064】
上記のように、実施例1で得られた焼酎粕のヘキサン抽出物、及び実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンは、浅胸筋の重量増加、及び血漿中の3-メチルヒスチジン濃度低下の効果を示した(図3A, B及び4A, B)。それ故、焼酎粕のヘキサン抽出物及び合成1,1-ジブトキシブタンの投与により、筋肉タンパク質の分解が抑制され、結果として浅胸筋の重量が増加したと推測される。
【0065】
実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の増体重、並びに浅胸筋、肝臓、心臓及び腹部脂肪の重量の測定結果を表2に示す。
【0066】
【表2】
【0067】
表2に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを配合した飼料を一定期間ニワトリに給餌した場合の増体重、並びに浅胸筋、肝臓、心臓及び腹部脂肪の重量は、対照区の場合と比較して、いずれも有意な差は確認されなかった。それ故、図3A及びBに示す、焼酎粕のヘキサン抽出物及び合成1,1-ジブトキシブタンによる浅胸筋重量の増加は、増体重に付随する効果ではなく、筋肉タンパク質に特異的に作用する効果に基づくと推測される。
【0068】
実施例4:1,1-ジブトキシブタンのホルモン分泌に対する効果
副腎皮質ホルモンのコルチコステロン及び甲状腺ホルモンのトリヨードサイロニンは、いずれもタンパク質分解促進作用を有することが知られている。市販のキットを用いて、合成1,1-ジブトキシブタンを投与したニワトリの血漿中のコルチコステロン及びトリヨードサイロニン濃度を測定した。合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区のサンプル及び対照区のサンプルとしては、実施例3で調製した血漿(8個体)を使用した。上記のサンプルについて測定を行い、各試験区及び対照区の測定値の平均値及び標準偏差を算出した。各測定値の有意差は、Studentのt検定又はTukeyの多重範囲検定を用いて評価した。血漿中のコルチコステロン濃度の定量結果を図5に、血漿中のトリヨードサイロニン濃度の定量結果を図6に、それぞれ示す。なお、図中において、異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)である。また、*が付された平均値は、対照区と比較して5%水準(p<0.05)で有意に異なる値である。
【0069】
図5に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを体重1 kg当たり30 mgの量で投与した試験区(30 mg/kg)の血漿中のコルチコステロン濃度は、対照区の血漿中のコルチコステロン濃度と有意な差は確認されなかった。これに対し、合成1,1-ジブトキシブタンを体重1 kg当たり120 mgの量で投与した試験区(120 mg/kg)は、対照区と比較して有意(p<0.05)に血漿中のコルチコステロン濃度が低下した。
【0070】
図6に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区は、いずれも対照区と比較して有意(p<0.05)に血漿中のトリヨードサイロニン濃度が低下した。しかしながら、合成1,1-ジブトキシブタンを体重1 kg当たり30 mgの量で投与した試験区(30 mg/kg)と、体重1 kg当たり120 mgの量で投与した試験区(120 mg/kg)との間では、血漿中のトリヨードサイロニン濃度の低下に有意な差は確認されなかった。
【0071】
実施例5:培養筋肉細胞における1,1-ジブトキシブタンの効果
[タンパク質及び3-メチルヒスチジンの定量]
15日齢胚のニワトリから大腿筋を摘出し、酵素消化法で筋肉細胞を調製した。調製した筋肉細胞をm199培地に播種し、37℃で24時間予備培養後、実施例2で調製した合成1,1-ジブトキシブタンを所定量加えたm199培地中で、37℃で6日間培養した。その後、ブラッドフォード法およびHayashiらの方法により、培養液中のタンパク質含有量及び3-メチルヒスチジン量を測定した。最終濃度0.015, 0.15, 1.5, 15又は150 μg/mlの濃度で合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中で培養した処理区を試験区とし、合成1,1-ジブトキシブタンを含まない培地中で試験区と同一条件で培養した処理区を対照区とした。各試験区及び対照区は、いずれも6連で実施し、測定値の平均値及び標準偏差を算出した。各測定値の有意差は、Studentのt検定又はTukeyの多重範囲検定を用いて評価した。
【0072】
実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中でニワトリ筋肉細胞を培養した場合の、培養液中のタンパク質含有量の測定結果を図7に、培養液中の3-メチルヒスチジン量の測定結果を図8に、それぞれ示す。なお、図中において、異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)である。
【0073】
図7に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区のうち、0.15 μg/ml以上の濃度で投与した試験区は、いずれも対照区と比較して有意(p<0.05)に培養液中のタンパク質含有量が増加した。しかしながら、0.15 μg/ml以上の濃度で投与した試験区の値を相互に比較した場合、一部の試験区を除いて有意な差はなく、濃度依存的な効果は確認されなかった。
【0074】
図8に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区のうち、150 μg/mlの濃度で投与した試験区は、対照区と比較して有意(p<0.05)に培養液中の3-メチルヒスチジン量が減少した。しかしながら、150 μg/ml未満の濃度で投与した試験区は、一部の試験区を除いて対照区と比較して有意な差は確認されなかった。
【0075】
[筋肉タンパク質分解関連遺伝子の発現量の定量]
アトロジン-1及びMuRF1 (muscle-specific RING finger protein 1) は、いずれも筋原線維タンパク質の断片化に関与するユビキチンリガーゼの一種であることが知られている。筋萎縮時には、これらの遺伝子発現が活性化するため、その発現を抑制することができれば、結果として筋萎縮を抑制できると考えられる。
【0076】
上記と同様の方法で、合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地又は合成1,1-ジブトキシブタンを含まない培地でニワトリ筋肉細胞を培養した。培養後、各ウェルから細胞ライセートを調製した。これを鋳型としてリアルタイムRT-PCRによりアトロジン-1 mRNA及びMuRF1 mRNAの発現解析を行い、得られた結果を用いて該mRNAの発現量を定量した。各試験区及び対照区は、いずれも6連で実施し、定量値の平均値及び標準偏差を算出した。各定量値の有意差は、Studentのt検定又はTukeyの多重範囲検定を用いて評価した。
【0077】
実施例2で得られた合成1,1-ジブトキシブタンを含む培地中でニワトリ筋肉細胞を培養した場合の、アトロジン-1 mRNAの発現量の解析結果を図9に、MuRF1 mRNAの発現量の解析結果を図10に、それぞれ示す。なお、図中において、異なる文字が付された平均値は、互いに有意に異なる値(p<0.05)である。また、*が付された平均値は、対照区と比較して5%水準(p<0.05)で、**が付された平均値は、対照区と比較して1%水準(p<0.01)で有意に異なる値である。
【0078】
図9に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区のうち、1.5 μg/ml以上の濃度で投与した試験区は、いずれも対照区と比較して有意(p<0.05)に高いアトロジン-1 mRNAの発現量を示した。しかしながら、合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区の値を相互に比較した場合、有意な差はなく、濃度依存的な効果は確認されなかった。
【0079】
図10に示すように、合成1,1-ジブトキシブタンを投与した試験区のうち、1.5 μg/mlの濃度で投与した試験区は、対照区と比較して5%水準(p<0.05)で有意に高いMuRF1 mRNAの発現量を示した。また、15及び150 μg/mlの濃度で投与した試験区は、対照区と比較していずれも1%水準(p<0.01)で有意に高いMuRF1 mRNAの発現量を示した。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の筋肉タンパク質分解抑制剤は、筋肉タンパク質の分解を特異的に抑制する。これにより、筋萎縮及び/又は筋肉重量の減少に起因する疾患又は障害を治療又は改善することが可能となる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤。
【請求項2】
1,1-ジブトキシブタンを、焼酎粕の有機溶剤抽出物又はその精製物の形態で含有する、請求項1の筋肉タンパク質分解抑制剤。
【請求項1】
1,1-ジブトキシブタンを有効成分として含有する筋肉タンパク質分解抑制剤。
【請求項2】
1,1-ジブトキシブタンを、焼酎粕の有機溶剤抽出物又はその精製物の形態で含有する、請求項1の筋肉タンパク質分解抑制剤。
【図1】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図4A】
【図4B】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図4A】
【図4B】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2012−56905(P2012−56905A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−203059(P2010−203059)
【出願日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り ▲1▼電子通信回線でのプログラム発表 刊行物名:日本家禽学会2010年度秋季大会講演目次 掲載者 :日本家禽学会 講演番号:II−1 電子通信回線掲載日:平成22年8月4日 掲載アドレス:http://wwwsoc.nii.ac.jp/jpsa/meeting/10.fall.mokuji.pdf ▲2▼刊行物名:日本家禽学会誌 第47巻 秋季大会号 発行所 :日本家禽学会 掲載頁 :第15頁(II−1) 発行日 :平成22年8月30日
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り ▲1▼電子通信回線でのプログラム発表 刊行物名:日本家禽学会2010年度秋季大会講演目次 掲載者 :日本家禽学会 講演番号:II−1 電子通信回線掲載日:平成22年8月4日 掲載アドレス:http://wwwsoc.nii.ac.jp/jpsa/meeting/10.fall.mokuji.pdf ▲2▼刊行物名:日本家禽学会誌 第47巻 秋季大会号 発行所 :日本家禽学会 掲載頁 :第15頁(II−1) 発行日 :平成22年8月30日
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【Fターム(参考)】
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