説明

筋障害診断方法

本発明は、スタチンによって誘発される筋障害を診断する筋障害診断方法を提供する。本診断方法は、とりわけ、筋障害の早期の徴候の診断に適用可能である。本診断方法は、血液または血清などの生体試料から脂質プロフィールを収集する工程と、得られた脂質プロフィールを、標準となる脂質マーカと比較する工程とを含む。標準となる脂質マーカは、炎症性の筋組織の遺伝子発現プロフィールと、高スタチン治療に関連した脂質プロフィールとを組み合わせて作成されている。本発明はまた、スタチンによって誘発される筋障害の診断方法を用いるキットにも関する。

【発明の詳細な説明】
【発明の分野】
【0001】
本発明は、スタチンによって誘発される筋障害を診断する筋障害診断方法に関するものである。本診断方法は、初期症状や筋障害の兆候の診断に適用可能である。本診断方法は、脂質バイオマーカのパターンを収集する工程と、これを標準となるバイオマーカと比較する工程とを含む。また、本発明は、バイオマーカパターンの、化学的測量モデリング工程と、統計的分析工程とを含む。さらに、本発明は、スタチンによって誘発される筋障害を診断する診断方法を用いるキットにも関する。
【発明の背景】
【0002】
高い水準の血中コレステロールは、動脈硬化症や循環器疾患につながる主要な危険因子である。増加したコレステロールの水準は、スタチンと総称される3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリルCoA還元酵素阻害剤によって臨床的に低下させることができる。スタチンが、血中コレステロールの水準を効果的に低下させることは、臨床試験で広く示されている。現在では、多様で莫大な量のスタチンが存在している。コレステロールの水準の増加はヨーロッパや米国に共通していて、コレステロール値を低下させるためのスタチンの使用が大幅に増加している。EU諸国ではスタチンの平均使用量が1997年から2002年の間に30%増加している。
【0003】
最近の臨床データでは、スタチン療法が副作用と関連していることが示されている。スタチン療法に関連した最も重大な副作用は、筋障害である。筋障害は複合的であり、筋肉痛、虚弱化や痙攣などの様々な筋肉に関連した問題を含んでいる(Paul D. Thompson et al, Am J Cardiol 2006, 97 [suppl]; 69C-76C)。スタチンによって誘発される筋障害の正確な仕組みは未だ解明されていない。最近の研究では、臨床的に容認された量のアトルバスタチンとシンバスタチンの服用であっても、血漿中のユビキノンの水準を低下させることが示されている。ユビキノンは、ミトコンドリアの電子伝達や、組織の代謝エネルギーに関係する補酵素である。アトルバスタチンやシンバスタチンなどのスタチン類は、明らかに骨格筋に影響を与えている(Paiva et al, Clin Pharmacol Ther 2005; 78:60-8)。
【0004】
メタボロミクスは、細胞、組織、および生体の流動組織の小さな分子類(いわゆる代謝産物)の系統的な研究に専念した学問である。代謝産物は細胞の調節過程における最終産物であり、代謝産物の水準は、遺伝的な生体システム、または環境変化により拡大された反応とみなすことができる。臨床医は、例えばグルコースを測定することで糖尿病を視診したり、循環器疾患のためにコレステロールを測定したりするなど、メタボロームに含まれている小さな情報に、数十年間もの間、頼ってきた。最新鋭のメタボロミック解析のプラットフォームや情報科学的な手段では、高感度で広範囲な測定法が既に開発されている。
【0005】
脂質は、構成成分(例えば細胞膜)、エネルギー貯蔵成分、および情報伝達分子として、重要な役割を有することが知られている。脂質は、疎水性または両親媒性の小さな分子、と大まかに定義され、これらは、その全体または一部が、チオエステルの縮合を基礎にしたカルバニオン、および/またはイソプレンの縮合を基礎にしたカルボカチオンから生じる。リピドミクスは、メタボロミクスのサブフィールドと考えてよく、脂質の状況における生物学的過程を解明することを目的としていて、これは、分子レベルの拡張された脂質プロフィール(リピドミックプロフィール)を測定し、特徴付けることによって行われる。従来の臨床での脂質測定では、トリグリセリド、コレステロール、リポ蛋白の総量を測定する。しかしながら、血清の脂質プロフィールの分子レベルは非常に複雑である。現在のリピドミクスのプラットフォームによれば、スフィンゴ脂質、リン脂質、ステロールエステル、アシルグリセロール、ステロール、胆汁酸、脂肪酸、エコサノイド、およびステロイド類などの多数の脂質類にわたる、何百種もの多様な脂質の分子を、定量的に特徴付けることが可能である。
【0006】
今日では筋障害は、患者に起こる症状としてよく診断される。クレアチンキナーゼ(CK)レベルの上昇は、筋障害の患者の検査に用いることができる。しかしながら、CKレベルは運動などの他の理由でも高まるため、スタチンによって誘発される筋障害の信頼性のあるバイオマーカとはならない。現在のところ、無症候の筋障害を診断する臨床的な方法は存在しない。さらに、スタチン療法を受ける際に筋障害が進展する危険性を推定することは不可能である。本発明は、スタチンによって誘発される筋障害の発生の危険性と初期症状を診断する診断方法を開示するものである。
【発明の概要】
【0007】
本発明が開示する、スタチンによって誘発される筋障害の診断方法は、以下の工程から構成される。
a)スタチン治療前またはスタチン治療中に個人の生体試料を準備し、
b)上記の生体試料から脂質プロフィールを収集し、
c)上記の収集した脂質プロフィールと、炎症性の筋組織の遺伝子発現プロフィールに高スタチン治療に関連した脂質プロフィールを組み合わせて作成された標準となる脂質マーカとを比較する。
【0008】
本発明は、とりわけ、スタチンによって誘発される筋障害の発生の危険性と初期症状の診断に有益である。また本発明は、個人に発症した、スタチンによって誘発される筋障害の臨床的な症状の診断に有益である。
【0009】
本発明の他の側面は、スタチンによって誘発される筋障害を診断するキットを提供することである。
【0010】
図1は血清の脂質代謝データの部分的最小二乗法による判別解析(PLS/DA)を示す。対照薬(N=11)、アトルバスタチン(N=14)(A)、およびシンバスタチン(N=12)(B)の各グループから、8週間の治療後の結果が得られ、変数として132種の特定された脂質類が解析値に含まれている。8週間の治療後の各分子種について、各試料のレベルは、全試料にわたる治療前の中央値のレベルを減算して尺度が決定され、そのときの標準偏差で除算されている。4つの潜在した変数がモデル(Q=0.46)で使われた。標識は患者のID番号である。輪郭線は、それぞれ異なるグループを示している。潜在した変数(LV)1と3の値は、そのスタチン治療に特有な血清の脂質の変化(LV1)と、そのスタチン自体に固有の血清の脂質の変化(LV3)とを明らかにしている。
【0011】
図2は、図1からVIP分析によって選ばれたシンバスタチン(B)またはアトルバスタチン(A)のグループにおいて最も重要な脂質の、LV3での荷重を示している。2つのうちの少なくとも1つのグループで、2以上のVIP値を示す脂質が示されている。
【0012】
図3は、筋肉の遺伝子の発現と血清の脂質データとの組み合わせのPLS/DA解析を示している。試料への介在後の結果が、対照薬(N=5)、アトルバスタチン(N=6)(A)、シンバスタチン(N=6)(B)の各グループから得られた。4つの濃縮経路に由来する合計38の遺伝子と、132種の脂質が、変数として解析値に含まれている。データは多変量解析を行う前にオートスケールされている。3つの潜在した変数がモデル(Q=0.50)で使用されている。標識は患者のID番号である。PLS/DA解析のスコアプロットは、それぞれの治療による差異を、介在後の分子プロフィールの観察による差異として明らかにしている。
【発明の詳細な説明】
【0013】
本発明の目的は、スタチンによって誘発される筋障害の初期段階でのバイオマーカを提供することである。初期段階でのバイオマーカは、スタチンによってコレステロールを低下させる治療の結果として筋障害が発生する危険性を、実際に筋障害の症状が発生する前に診断するために使用可能である。また、バイオマーカはスタチンによって誘発される筋障害の早期の兆候のためにも使用できる。コレステロールの低下のための薬物治療は、筋障害の初期症状を検出することで、調節することが可能である。さらに、バイオマーカは、既に筋障害の臨床的な症状が発生した場合に、スタチンによって誘発された筋障害を診断するために使用可能である。本願の発明者は、脂質バイオマーカが、スタチンによって誘発される筋障害のバイオマーカとして使用可能という、驚異的な発見をした。
【0014】
本発明は、スタチンによって誘発される筋障害が患者に発症する危険性と、早期の兆候とを診断する方法を提供する。本発明は、個人から作成された脂質プロフィールを、標準となる脂質マーカと比較することに基づく。標準となる脂質マーカは、遺伝子発現解析のデータと血清の脂質代謝のデータとを組み合わせることによって作成される。高スタチン治療と関連する、遺伝子の発現プロフィールは、筋肉の生体組織検査での全ゲノムのマイクロアレイ解析によって検出されている。マイクロアレイ解析と脂質代謝から得た情報とを組み合わせ、統計的に修正することにより、スタチンによって誘発される筋障害に有益なバイオマーカを提供する。
【0015】
本発明は、筋障害診断方法を開示する。本発明は、筋障害の臨床的な症状が発生する前の、筋障害の初期症状の診断に有益である。本発明の利点は、身体に筋障害の症状が発生する前に、スタチン治療を調整または中止できることにある。
【0016】
本発明の他の側面は、既に臨床的な筋障害の症状に苦しんでいる個人に対し、スタチンによって誘発された筋障害の診断方法を提供することである。本発明による診断方法は、既に筋障害における筋肉痛やその他の症状を起こしている患者に対する、生化学的な診断方法として使用可能である。本診断方法は、筋障害の臨床的な診断に加えて、筋障害を検証するための診断方法として使用可能である。クレアチンキナーゼ(CK)レベルは、一般には筋障害が疑わしい患者のために測定されるものである。開示された方法は、CKレベルの測定と平行して使用可能である。CKレベルは、例えば運動や肉体活動による筋肉の小さな損傷によっても高まるため、筋障害の信頼性のあるバイオマーカとはならない。本発明は、スタチンによって誘発された筋障害のための、CKレベルよりも信頼性のあるバイオマーカを提供する。
【0017】
本発明が提供する、スタチンによって誘発された筋障害の診断方法は、以下の工程から構成される。
a)スタチン治療前またはスタチン治療中に個人の生体試料を準備し、
b)上記の生体試料から脂質プロフィールを収集し、
c)上記の収集した脂質プロフィールと、炎症性の筋組織の遺伝子発現プロフィールに高スタチン治療に関連した脂質プロフィールを組み合わせて作成された標準となる脂質マーカとを比較する。
【0018】
収集した脂質プロフィールと標準となる脂質マーカとの差異は、スタチンによって誘発された筋障害を表しているか、あるいは、かかる筋障害に関連している。また、収集した脂質プロフィールと標準となる脂質マーカとの差異は、スタチンによって誘発された筋障害の進行の危険性の診断、または進行の感受率の診断にも使用可能である。
【0019】
本発明による方法は、スタチン治療の結果として発症した筋障害の進行の危険性の診断に使用可能である。
【0020】
さらに、本発明による方法は、スタチンによって誘発される筋障害の早期の兆候の診断に使用可能である。早期の兆候は、個人に筋障害の症状が実際に現れる前に、診断可能である。
【0021】
またさらに本発明による方法は、既に個人に筋障害の症状が現れている場合に、スタチンによって誘発された筋障害の診断に使用可能である。本発明の方法によれば、臨床的な筋障害の診断を生化学的に検証可能である。
【0022】
生体試料には、血液、血清、血漿または組織などの全体が適用できる。患者の血液試料を採ることは通常の医療行為の一部である。血液試料は、例えば患者のコレステロールレベルの測定に関係して採取される。収集された血液試料は、一般的によく知られている方法で、血清や血漿に分離することができる。
【0023】
上記の生体試料からの脂質代謝の収集は、様々な化学的で分解能の高い分析技術によって実行可能である。適用可能な分析技術は、質量分析法や核磁気共鳴分光法に限られない。個々の脂質または脂質類を分解可能で、これら脂質または脂質類の組織の情報を提供可能な、高い分解能を有するあらゆる技術を、生体試料からの脂質プロフィールの収集に利用してよい。
【0024】
質量分析法(MS)によって脂質代謝プロフィールを収集することは、本発明の1つの実施形態である。MSの機器は、HPLCやUPLCなどの高い分離精度を有する方法と組み合わせてよい。
【0025】
脂質プロフィールの収集に使用する分析手段は、個々の脂質または脂質類の正確な量、または少なくとも相対量のいずれかを測定可能なものとすべきである。収集した脂質代謝プロフィール中の個々の脂質または脂質類の量は、標準となる脂質代謝のバイオマーカとの比較に用いられる。
【0026】
標準となる脂質バイオマーカは、スタチン治療を受けている同一人物、または一般人から作成してよい。同一人物から標準となる脂質バイオマーカを作成する場合、試料はその人物にスタチン治療を行う前に収集する。そして、標準となる脂質マーカは、その人物の最初の脂質プロフィールから作成される。その脂質マーカは基準線、または出発点として使用される。一連の脂質プロフィールを、スタチン治療中に収集してよい。これらの脂質プロフィールは、スタチン治療に先がけて作成された標準となる脂質マーカと比較される。
【0027】
また、標準となる脂質マーカは一般人から作成してもよい。標準となる脂質マーカの作成に一般人を用いる場合は、一般人を集合させ、この集合から脂質マーカを作成するとよい。
【0028】
好ましくは、標準となる脂質マーカは、表1に記載の脂質から1つまたは複数を選ぶとよく、より好ましくは、表2から選ぶとよい。
【0029】
以下説明するように、標準となる脂質マーカは、遺伝子発現データと脂質代謝の解析データとを組み合わせて作成される。個々の脂質または脂質類のレベルすなわち量は、スタチンによって誘発される筋障害を診断するための標準となる脂質バイオマーカの、個々の脂質または脂質類のレベルすなわち量と比較される。
【表1】

【0030】
筋肉内におけるスタチンの反応に関連した経路を解明するために、本願発明者らは、筋肉の生体組織検査における全ゲノムのマイクロアレイ法による解析を行った。生体組織検査の試料は3つのグループの人々から採取した。グループは、対照薬のみを受けた人々、アトルバスタチン治療のみを受けた人々、シンバスタチン治療のみを受けた人々である。マイクロアレイ実験は、スタチン治療による、筋肉痛や、またはクレアチンキナーゼの上昇などの副作用が観察されていない人々に対して行った。
【表2】

【0031】
まず、単一の遺伝子の解析を行い、筋肉内の遺伝子にスタチン治療が与える影響を明らかにした。介在中、5つの遺伝子の発現には顕著な変化が観察された一方、アトルバスタチングループでは、わずかな変化しか記録されなかった。シンバスタチンのグループでは遺伝子の発現が著しく変化した。さらに、人の骨格筋に及ぼされるスタチンによる影響に対する、遺伝子発現に基づくフィンガープリントをRT−PCRによって同定するために、階層的クラスタ分析に基づいて20の遺伝子が選び出された。
【0032】
全体的に単一の遺伝子の発現で記録された差異はわずかであり、本願発明者らは、単一の遺伝子の解析では解明できなかった代謝経路への影響を解明するために遺伝子集合濃縮解析(GSEA)を行った。GSEAにおいて、判断基準(FDR<0.25)によれば、アトルバスタチンまたは対照薬のグループには代謝経路に顕著な影響は現れなかった。興味深いことに、高シンバスタチン治療を行ったグループには、上方制御(FDR<0.25)で143の代謝経路が記録された。結果、最も影響のあった代謝経路(FDR<0.10)に対し、できる限り体系的な分析を行った。
【0033】
どのように高スタチン治療が血漿の脂質プロフィールに影響を与えるか、どのように骨格筋の代謝作用の変化が血漿の脂質分子群に反映されるかを調べるために、脂質代謝の解析を行った。試料としては、対照薬、シンバスタチン、アトルバスタチンの介在を受ける前と、受けた後の試料を解析した。データ処理に続いて、合計132種の脂質分子を識別し、データ解析に含めた。
【0034】
部分的最小二乗法による判別解析(PLS/DA)は、脂質プロフィールにおける薬品に特有な変化を明らかにした(図1)。スタチンの介在を受けているグループにおける、最初の潜在した変数(LV1)での差異は、2種の薬品に共通のスタチン治療に起因する変化であり、それはトリグリセリドおよびコレステロールエステルの低下に関係していると予測された。脂質プロフィールでのシンバスタチンとアトルバスタチンの間における差異は、3番目の潜在した変数(LV3)で発見された。VIP(variable importance in the projection)解析に続いて、スタチンの介在を受けている両グループについて、最も重要な脂質の種類が解明された。図2では、シンバスタチンとアトルバスタチンの装薬の指示における、最も重要な脂質の差異(LV3)が示されている。特にシンバスタチングループでは、ホスファチジルエタノールアミンと長鎖トリグリセロールの上方制御、ホスファチジルコリンとコレステロールエステルの下方制御、などの脂質の種類に特有の主要な血漿の脂質プロフィール2つのスタチンにおける差異が明確に現れた。
【0035】
遺伝子発現解析は、シンバスタチンの多量な投与を受けたグループにおける、骨格筋内での炎症とミトコンドリアの損傷に関連した上方制御経路を明らかにした。本願発明者らは、これらの変化が血清の脂質分子群において観察された差異と関連するかどうかを調査した。
【0036】
GSEA分析に基いて、本願発明者らは遺伝子のサブセットを選んだ。遺伝子には、FDR q-valueの2番目から5番目に並んだ、PLC由来の遺伝子、tubby由来の遺伝子、エイコサノイド生合成由来の遺伝子、sodd経路由来の遺伝子を選んだ。合計38の遺伝子発現プロフィールには132にわたる脂質が含まれていた。筋肉遺伝子の発現と血漿の脂質プロフィールのデータとの組み合わせのPLS/DA解析は、治療を受けた3つのグループ(図3)の明確な差異を明らかにした。この荷重は、シンバスタチン治療後のグループが、エイコサノイド合成経路に由来の多数の遺伝子の変化と、多数のホスファチジルエタノールアミンおよびスフィンゴミエリン分子の種類の変化とに主として関連していることを示す。部分的最小二乗法による解析によって、測定された変数(例えば、遺伝子発現と脂質プロフィールのデータとの組み合わせ)の分散行列と、測定データ・関心ある特性(例えば治療グループ)の相関との積を最大化するので、これらの結果は、シンバスタチングループにおいて、上方制御遺伝子(経路)と脂質マーカとの間に高い相関があることを明確に示す。
【0037】
本発明の他の側面は、スタチンによって誘発される筋障害の診断方法を用いるキットを提供することである。このキットは、標準となる脂質バイオマーカを形成する標準用脂質と、必要な試薬とを含む。
【0038】
脂質代謝の分析者により解析された脂質は、脂質マップ(http://www.Jipidmaps.org)に従って名付けられた。例えば、16:0の脂肪酸鎖を有するリゾホスファチジルコリンは、モノアシルグリセロールホスホコリンGPCho(16:0/0:0)と名付けられた。脂肪酸の構造が決定されなかった場合、炭素原子および二重結合の総数で表記された。例えば、ホスファチジルコリンの一種であるGPCho(16:0/20:4)は、GPCho(36:4)を表している。しかしながら、GPCho(36:4)はGPCho(20:4/16:0)やGPCho(18:2/18:2)などの他の種類の分子でも表すことができる。かかる質量異性体は、クロマトグラフィーで分離可能である。
【0039】
以下、本発明の実施例を説明するが、これによって本発明の範囲が制限されるものではない。
【実施例】
【0040】
(遺伝子発現と脂質分析の被験患者)
骨格筋の代謝における高スタチン治療の影響に焦点をおいた初期の研究(8)の37の被験者からの血漿サンプルが、血漿の脂質分子群の解析に用いられた。この被験者は、年齢が31歳から69歳であり、血清の平均コレステロール濃度が5.9±0.9mmol/Lで、血清トリグリセリド濃度が4.5mmol/L以下の人物である。筋肉の試料は、アトルバスタチン(n=6)、シンバスタチン(n=6)、対照薬(n=6)のいずれか1つの治療を受けた18歳の男性達に由来するもので、それらはゲノムの広範囲な発現解析のために選ばれた。
【0041】
研究被験者の患者達は、以前にスタチンによる治療を一度も受けていない人達である。彼らは、研究の間は標準の規定食を摂取する指示を受けていた。遺伝的な高コレステロール血症を有する患者と、初回検診で血清の総コレステロール値が7.0mmol/Lより高かった患者は除かれた。他の除外基準は、脂質に影響する医薬品または抗酸化ビタミンの併用、腎臓または肝臓の機能障害、またはアトルバスタチンまたはシンバスタチンの代謝へ影響すると知られている医薬品の使用などであった。研究プロトコルは、タンペレ大学病院の倫理委員会により容認され、記載されたインフォームドコンセントは、すべての参加者から同意を得たものであった。
(実施例1.遺伝子発現解析)
【遺伝子発現】
【0042】
マイクロアレイ実験は、46000の既知の遺伝子、候補の遺伝子と接合バリエーション(イルミナ,San Diego,CA,USA)にわたって解析し、セントリックス(登録商標)ヒト−6発現BeadChipsを使用し、説明書に従って実行した。生体組織検査の試料は、ウルトラタラックス(IKAタラックスT8/S8N-5G,IKA-Werke,Staufen,Germany)を使用してホモジナイズされた。総RNAは、すべて説明書に従い、トリゾール(#15596-018,インビトロジェンコーポレーション,Carisbad,CA)デオキシリボヌクレアーゼを使用して抽出し、次にキアゲンキット(#74106,and,#79254,キアゲンGmbH,Hifden,Germany)を使用して精製した。
【0043】
それぞれのサンプルから分取された200ngの総RNAは、アンビオン社製イルミナRNA増幅キットを説明書(cat no 11755,アンビオン,Inc.,Austin,TX,USA)に従って使用し、cDNAに増幅した。試験管内でのcDNAからcRNAへの転写(IVT)反応は、cRNAの標識化のためのビオチン−11−dUTP(パーキンエルマー, cat no PC 3435-0402-ビオチン-11-dUTP,>95%,NEL539001EA,パーキンエルマーライフアンドアナライティカルサイエンス,Inc.,Boston,MA,USA)を混合し、一晩(14h)かけて行った。また、増幅前と増幅後の両方のRNA/cRNA濃縮液はナノドロップND−1000分光光度計(ナノドロップテクノロジー,Wilmington,DE,USA)で検査し、RNA/cRNAの品質はバイオラッド社製全自動電気泳動ExperionとRNAStdSens解析キット(バイオラッド研究所,Inc.,Hercules,CA,USA)で管理した。
【0044】
各サンプルである1500ngのcRNAはイルミナ社製セントリックス(登録商標)マウス−6発現BeadChip arrays(イルミナ,Inc.,San Diego,CA,USA)により、55℃で一晩(18h)かけてイルミナのBeadStationの全ゲノムの遺伝子発現プロトコル(Doc.#11176837 Rev.F,イルミナInc.)に従ってハイブリダイズされた。ハイブリダイズしたビオチン標識されたcRNAは、1ug/mlシアニン3−ストレプトアビヂン(アマシャムバイオサイエンス#146065)によって検出された。BeadChipsはイルミナのBeadアレイリーダーによって検出された。
【0045】
イルミナのプラットフォームからの原強度のデータは、インフォセンスKnowledge Discovery Environment(インフォセンス,London,UK)の3次スプライン曲線ノーマライゼーションを使用して標準化された。また、インフォセンスKDEプラットフォームは、倍率変化の計算と探査子のフィルタリングを含む、単一の遺伝子の処理にも使用した。
【0046】
選択した基準(1.5-fold change and p-value <0.05)によると、ある遺伝子の発現が、対照薬グループで顕著にと変化した。介在中、5つの遺伝子の発現には顕著な変化が観察された一方、アトルバスタチングループでは、わずかな変化しか記録されなかった。シンバスタチンのグループでは遺伝子の発現が著しく変化した。しかしながら、シンバスタチングループでは111の遺伝子の発現がはっきりと変化した。26の遺伝子は下方制御され、85の遺伝子は上方制御された。
【0047】
(実施例2.RT−PCR解析)
階層的クラスタ解析(実施例1に記述)に基づき、人の骨格筋でのスタチンによる影響に対する、遺伝子発現に基づくフィンガープリントをRT−PCRによって同定するために、階層的クラスタ分析に基づいて20の遺伝子が選び出された。
【0048】
マイクロアレイ法による発現の結果の記録は、シンバスタチングループ(n=5、このうち1つがPCRのための筋肉RNA量が十分ではなかったことによる)はリアルタイム定量タックマンPCRによって検定された。前もって精製したcRNAはcDNA生合成の出発材料として使用した。1000ng−18ulの分主されたcRNAは、1μlのプロメガのランダムプライマー(C1181,プロメガ U.S.,Madison,Wl,USA)と混合し、70℃で10分インキュベートした。以下の試薬は、総量が25μlに達するように追加された。すなわち、1μlの10μMのdNTP混合液(F09892,アプライドバイオシステム社, Foster City, CA, USA)、1μlのプロメガM−MLV逆転写酵素200U/μl(M3682)、と4μlのM−MLV RT 5X反応バッファであった。最終的にインキュベーションは室温で10分間、45℃で50分、そして70℃で10分で実行された。
【0049】
1:10で希釈されたcDNAサンプル2μlと、アブジーンABsolute2xQPCR ROX mix(AB-1139,アブジーン,Epsom,UK)から構成された10μl容量はPCRの反応に使用した。プライマーの濃度は300nM、プローブの濃度はユニバーサルプローブライブラリー(Exiqon,Vedbaek,Denmark)によるプローブを100nM、そして通常のロングプローブを200nMであった。最後にPCRの反応は、95℃で15分、そして95℃で15秒と60℃で1分を40サイクルの手順に従い、リアルタイムPCRシステム(ABI Prism 7700シークエンス検出システム,アプライドバイオシステムズ)で実行された。
【0050】
RT−PCR解析は、5つの遺伝子が、シンバスタチングループでの早期のスタチンの影響による筋障害の前兆にとっての、最も鋭敏なマーカ候補であると思われることを明らかにした。すなわち、ALOX5AP(+3.6-fold,p=0.041), CCL5(+11.9-fold, p=0.011), COL3A1(+27.1-fold,p=0.026),MYL5(+8.0-fold,p=0.021),MYBPH(+49.0-fold,p=0.027)となる。
【0051】
(実施例3.血漿の脂質代謝の解析)
分取(10ml)した11の脂質の種類を含む内部標準混合物、0.05Mの塩化ナトリウム(10ml)は、血漿サンプル(10ml)と脂質に加えられ、クロロホルム/メタノール(2:1、100ml)により抽出された。続いてボルテックスにより混合(2分)した後、静置(1時間)し、そして遠心分離(10000RPMで3分)し、下層は分離し、抽出物には、ラベル3のスタンダード脂質を含むスタンダード混合液(10ml)を加えた(内部標準と外部標準は補足表より)。サンプルへのLC/MS解析はランダムに測定された。
【0052】
脂質抽出物はウォーターズQ-Tof Premier質量分析計とAcquity Ultra Performance LC? (UPLC)を組み合わせて解析した。カラムは、1.7mm粒子径のAcquity UPLCTM BEH C18 10×50mmを50℃に保って使用した。2成分溶媒系にはA.水(1%1M酢酸アンモニウム、0.1%ギ酸)とB.LC/MSグレード(Rathburn)アセトニトリル/イソプロパノール(5:2、1%1M酢酸アンモニウム、0.1%ギ酸)を含む。濃度勾配は65%A/35%Bから開始し、Bは6分で100%に達し、その後7分間、その状態を保持した。総流出時間は、5分の平衡化過程を含んで、18分であった。流量は0.200ml/分であり、注入量は0.75mlであった。サンプルオーガナイザーの温度は10℃に設定した。
【0053】
脂質プロファイリングは、ウォーターズQ-Tof Premier質量分析計でESi+モードを使って実行した。データは、m/z300−1200の質量範囲で0.2秒の間隔の検出により収集された。ソースの温度は120℃に設定し、窒素は250℃で脱溶媒ガス(800L/h)として使用した。サンプリングコーンとキャピラリーの電圧は、それぞれ39Vと3.2kVであった。レセルピン(50mg/L)は内部標準物質(5ml/分;10秒の検出頻度)として使用した。
【0054】
データはMZmineソフトウェアバージョン0.60(14)を使って処理された。脂質はinternal spectral libraryを使用して見分けられた。標準化は以下の通りの多数の内部標準を使用して行った。コレステロールエステルを除いたすべてのモノアシル脂質は、モノアシルグリセロール、イソホスソリピドは1−ヘプタデカノイル−2−ヒドロキシ−sn−グリセロール−3−ホスホコリンによって標準化され、ホスファチヂルエタノールアミンとエタノールアミンプラスマロゲンを除いたすべてのジアシル脂質は、1,2−ジヘプタデカノイル−sn−グリセロール−3−ホスホエタノールアミンによって標準化され、またトリアシルグリセロール類とコレステロールエステル類はトリヘプタデカノインによって行った。
【0055】
タンデム質量分析は、選択した脂質分子の種類を識別するために使用した。MS/MS測定はESI+モードと、15から30Vの衝突エネルギーランプ、m/z150から始める質量範囲を使用して行った。他の条件は、上記の通りであった。
【0056】
リピドミカ分析とデータ処理は、合計132の脂質の分子種が識別されてデータ分析に含められていた。
【0057】
部分的最小二乗法による判別解析(PLS/DA)(17)は、脂質プロフィールでの薬剤に特有の変化を明らかにした(図1)。最初の潜在した変数(LV1)における差異は、2つの薬品に共通のスタチン治療の変化と関連していて、スタチン介在グループにおけるトリアシルグリセロール類とコレステロールエステル類の低下と関連していると思われた(補足物質)。脂質プロフィールでのシンバスタチンとアトルバスタチンの間における差異は、3番目の潜在した変数(LV3)で見つけられた。VIP(variable importance in the projection)解析により、スタチンが介在した両グループにとって最も重要な脂質が見極められた。図2は、アトルバスタチンとシンバスタチンの差異(LV3)での、シンバスタチンとアトルバスタチングループにおける最も重要な脂質の装薬の表である。特に、いくつかのホスファチジルエタノールアミンと長鎖トリアシルグリセロールの上方制御と、シンバスタチングループでのコリンプラスマロゲンとコレステロールエステルの下方制御は、2つのスタチンの、主要な血漿の脂質プロフィールの、脂質の種類に特有な差異と考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】血清の脂質代謝データの部分的最小二乗法による判別解析(PLS/DA)を示す図である。
【図2】図1からVIP分析によって選ばれたシンバスタチン(B)またはアトルバスタチン(A)のグループで、最も重要な脂質のLV3での荷重を示す図である。
【図3】筋肉の遺伝子の発現と血清の脂質データとの組み合わせのPLS/DA解析を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スタチンによって誘発される筋障害の診断方法において、
a)スタチン治療前またはスタチン治療中に個人の生体試料を準備し、
b)前記生体試料から脂質プロフィールを収集し、
c)前記収集した脂質プロフィールと、炎症性の筋肉組織の遺伝子発現プロフィールに高スタチン治療に関連した脂質プロフィールを組み合わせて作成された標準となる脂質マーカとを比較することを特徴とする筋障害の診断方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において、スタチンによって誘発された筋障害の進行の危険性を前記個人について診断することを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法において、スタチンによって誘発される筋障害の早期の徴候を前記個人について診断することを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1に記載の方法において、筋障害を発症している個人について、スタチンによって誘発された筋障害を診断することを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1に記載の方法において、炎症性の遺伝子発現プロフィールが、アラキドン酸5-リポキシゲナーゼ活性化タンパク質(ALOX5AP)遺伝子(Uniprot ID:P20292)の経路であることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1に記載の方法において、前記標準となる脂質マーカとして、表1に記載の脂質から1つまたは複数を選ぶことを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1に記載の方法において、前記標準となる脂質マーカとして、表2に記載の脂質から1つまたは複数を選ぶことを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1に記載の方法において、前記標準となる脂質マーカは、前記(b)の脂質プロフィールを収集した個人と同一の個人から収集した脂質プロフィールから作成し、該標準となる脂質マーカは、前記個人にスタチン治療を開始する前に作成することを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項1に記載の方法において、前記標準となる脂質マーカは、健康な一般人から収集された脂質プロフィールから作成することを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項1に記載の方法において、ALOX5AP遺伝子の発現を、さらにバイオマーカとして使用することを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項1に記載の方法を実行するキットであって、分析を実行するための、標準となる脂質マーカと、必要な試薬類とを含むことを特徴とするキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2009−540314(P2009−540314A)
【公表日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−514827(P2009−514827)
【出願日】平成19年6月12日(2007.6.12)
【国際出願番号】PCT/FI2007/050344
【国際公開番号】WO2007/144467
【国際公開日】平成19年12月21日(2007.12.21)
【出願人】(508366950)
【氏名又は名称原語表記】ZORA BIOSCIENCES OY
【Fターム(参考)】