説明

粒子線治療システム

【課題】
本発明の目的は、スポットスキャニング法による粒子線治療に好適な照射ビームが得られ、小型で安価かつ調整容易な粒子線治療システムを提供することにある。
【解決手段】
粒子線治療システム100は、シンクロトロン200と、ビーム輸送系300と、照射装置500から構成され、ビーム輸送系300に設置され照射装置500への荷電粒子ビームの供給を遮断するビーム遮断装置700が、ビーム輸送系300を構成する偏向電磁石31の入口側に設置された遮断電磁石34とその励磁電源34A、および出口側に設置されたビームダンプ35から構成される。制御装置600は励磁電源34Aを制御して遮断電磁石34の動作タイミングを調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高精度な治療照射が可能な粒子線治療システムに係り、特に、スポットスキャニング照射法を用いるのに好適な粒子線治療システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年の高齢化社会を反映し、がん治療法の一つとして、低侵襲で体に負担が少なく、治療後の生活の質が高く維持できる放射線治療が注目されている。その中でも、加速器で加速した陽子や炭素などの荷電粒子ビームを用いた粒子線治療システムが、患部への優れた線量集中性のため特に有望視されている。粒子線治療システムは、イオン源で発生したビームを光速近くまで加速するシンクロトロンやサイクロトロンなどの加速器と、加速器の出射ビームを輸送するビーム輸送系と、患部の位置や形状に合わせてビームを患者に照射する照射装置から構成される。
【0003】
ところで、粒子線治療システムの照射装置では、従来、患部の形状に合わせてビームを照射する際、散乱体でビーム径を拡大したのちコリメータで周辺部を削ってビームを整形していた。ところが、その方法ではビーム利用効率が悪く、不必要な中性子が発生し易いこと、また患部形状との一致度にも限界がある。そこで最近、より高精度な照射方法として、加速器からの細径ビームを電磁石で偏向し患部形状に合わせて走査するスキャニング照射法の市場ニーズが高まっている。
【0004】
スキャニング照射法では、3次元的な患部形状を深さ方向の複数の層に分割し、各層を更に2次元的に分割して複数の照射スポットを設定する。深さ方向には照射ビームのエネルギーを変更して各層を選択的に照射し、各層内では電磁石で照射ビームを2次元的に走査して各照射スポットに所定の線量を与える。照射スポット間を移動中に照射ビームを連続的にONし続ける方法をラスタースキャニングと称し、一方、移動中に照射ビームをOFFする方法をスポットスキャニングと称する。
【0005】
従来のスポットスキャニング法では、ビーム走査を停止した状態で各照射スポットに所定の線量を照射し、照射ビームをOFFしてから走査電磁石の励磁量を変更して次の照射スポットに移動する。したがって、スポットスキャニング法で高精度な治療照射を実現するためには、照射ビームの位置精度とともに高速ON/OFF、特に高速遮断(OFF)が必須である。
【0006】
照射ビームの位置精度の観点から、シンクロトロンからのビーム出射法として、高周波で周回ビームのサイズを増大させて、安定限界を超えた振幅の大きい粒子から出射するものが知られている。この方法では、シンクロトロンの出射関連機器の運転パラメータを出射中に一定に設定できるため、出射ビームの軌道安定度が高く、スポットスキャニング法に要求される照射ビームの高い位置精度を達成できる。
【0007】
しかし、各スポットの照射終了時に出射用高周波をOFFしても、出射ビームが遮断されるまでには時間がかかるため、この遅延時間中の照射(遅延照射)が生じる。スポットスキャニング法では線量精度の観点で、この遅延照射量を極力低減することが必須である。そこで、ビーム輸送系に設置した遮断電磁石をON/OFFして、シンクロトロンの出射ビームが照射スポット間で照射装置に到達しないように制御している。例えば、特許文献1では、ビーム輸送系の直線部に配置した遮断電磁石で出射ビームを偏向し、その直線部の下流に配置したビームダンプで遅延照射の原因となる不要ビーム成分を廃棄している。図11に上記従来技術のビーム遮断装置を用いた粒子線治療システムの構成を示す。
【0008】
一方、加速器がサイクロトロンの場合にも遅延照射の問題がある。サイクロトロンではイオン源の印加電圧を制御して出射ビームをON/OFFするが、各スポットの照射終了時にイオン源の印加電圧をOFFしても出射ビームが遮断されるまでには時間がかかる。そのため、シンクロトロンと同様に、例えば特許文献1に開示されている対策(図11)を実施している。
【0009】
【特許文献1】特開2005−332794号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、例えば特許文献1記載の従来技術では出射ビームの遮断時間を短縮することが困難であった。即ち、励磁電源は高電圧で且つ大電流出力が必須で高価となり、遮断電磁石は耐電圧特性と耐熱冷却特性の強化のため大型化する。そこで、遮断電磁石と励磁電源の要求性能を緩和するため、遮断電磁石とビームダンプ間のビーム輸送系の直線部ドリフト距離を延長すると、システム全体の大型化とビーム輸送調整の困難化を招く問題があった。
【0011】
本発明の目的は、スポットスキャニング法による粒子線治療に好適な照射ビームが得られ、小型で安価かつ調整容易な粒子線治療システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するために、本発明は、荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速し出射する加速装置と、荷電粒子ビームを照射対象に出射する照射装置と、荷電粒子ビームを偏向する偏向電磁石を有し、加速装置から出射された荷電粒子ビームを照射装置に導くビーム輸送系と、ビーム輸送系に設置され、照射装置への荷電粒子ビームの供給を遮断するビーム遮断装置とを備え、ビーム遮断装置は、荷電粒子ビームの進行方向において偏向電磁石よりも上流側に設置される遮断電磁石と、荷電粒子ビームの進行方向において偏向電磁石よりも下流側又は偏向電磁石の内部に設置されるビームダンプを備えるようにしたものである。
【0013】
また、本発明は、上記粒子線治療システムにおいて、ビーム輸送系を構成する偏向電磁石と該偏向電磁石の入口側に設置された遮断電磁石との間に四極電磁石を配置して、前記遮断電磁石で偏向した荷電粒子ビームを前記四極電磁石で更に偏向するようにしたものである。
【0014】
さらに、本発明は、上記粒子線治療システムにおいて、偏向電磁石の形状が矩形型(両端面が実質的に平行)の場合には、遮断電磁石で荷電粒子ビームを偏向する方向が前記偏向電磁石の偏向面内であり、また、偏向電磁石の形状がセクタ型の場合には、遮断電磁石で荷電粒子ビームを偏向する方向が前記偏向電磁石の偏向面と垂直となるように構成したものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ビーム輸送系の偏向電磁石を設置した空間をドリフト空間として利用可能なため、コンパクトな粒子線治療システムを提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
〔第1の実施形態〕
以下、図1〜図4を用いて、本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムの構成及び動作について説明する。最初に、図1〜図3を用いて、本実施形態による粒子線治療システムの全体構成及び粒子線ビームの照射原理について説明する。図1は、本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムの構成を示すシステム構成図である。
【0017】
粒子線治療システム100は、ライナックのような前段加速器11で予備加速した荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速したのち出射するシンクロトロン200と、シンクロトロン200から出射された荷電粒子ビームを治療室400まで導くビーム輸送系300と、治療室400で患者41の患部形状に合わせて荷電粒子ビームを照射する照射装置500と、制御装置600とから構成される。
【0018】
シンクロトロン200は、前段加速器11で予備加速した荷電粒子ビームを入射する入射装置24と、荷電粒子ビームを偏向し一定の軌道上を周回させる偏向電磁石21と、荷電粒子ビームが広がらないように水平/垂直方向に収束力を与える収束/発散型の四極電磁石22と、高周波加速電圧で荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速する加速空胴25と、周回する荷電粒子ビームの振動振幅に対して安定限界を形成する六極電磁石23と、高周波電磁場で荷電粒子ビームの振動振幅を増大し安定限界を超えさせて外部に取り出す出射装置26と、出射装置26に出射用高周波電力を供給する電源26Aと、荷電粒子ビームを出射するために偏向する出射偏向装置27とから構成される。
【0019】
ここで、図2を用いて、本実施形態による粒子線治療システムにおけるシンクロトロン200からの荷電粒子ビームの出射方法について説明する。図2は、本発明の第1の実施形態による粒子線治療システム100におけるシンクロトロン200からの荷電粒子ビームの出射方法の説明図である。
【0020】
図2は、シンクロトロン200を周回する荷電粒子ビームの状態を、出射に関係する水平方向の位相空間内に示したものである。横軸は設計軌道からのずれ(位置P)で、縦軸は設計軌道に対する傾き(角度θ)である。図2(A)は、出射開始前の水平方向の位相空間を示している。図2(B)は、出射開始後の水平方向の位相空間を示している。
【0021】
図2(A)に示すように、荷電粒子ビームを構成する各粒子は、設計軌道を中心にして水平/垂直方向に振動しながら、周回ビームBMとして周回する。ここで、図1に示した六極電磁石23を励磁することで、位相空間内に三角形状の安定領域SAが形成される。安定領域内の粒子はシンクロトロン200内を安定に周回し続ける。
【0022】
このとき、図1に示した出射装置26に出射用高周波を印加すると、図2(B)に示すように、周回ビームBMの振幅が増大する。そして、安定領域SAの外に出た粒子は、出射ブランチEBに沿って急激に振動振幅が増大し、最終的に出射偏向装置27の開口部OPに飛び込んで、出射ビームBとして、シンクロトロン200から取り出される。
【0023】
安定領域の大きさは四極電磁石22や六極電磁石23の励磁量で決まる。図2(A)は出射開始前の、図2(B)は出射開始後の位相空間を示す。安定領域の大きさを出射開始前の荷電粒子ビームのエミッタンス(位相空間で占める面積)より大きめに設定する。出射開始とともに出射用の高周波電磁場を印加して荷電粒子ビームのエミッタンスを大きくし(粒子の振動振幅を増大させ)、安定限界を超えた粒子から出射する。この状態で出射用の高周波電磁場をON/OFFすることで、出射ビームのON/OFFが制御できる。この出射方法の特長は、出射中に電磁石励磁量が一定で安定領域や出射ブランチが不変なので、出射ビームの位置やサイズが安定でありスキャニング法に好適な照射ビームが得られることである。
【0024】
再び、図1においてビーム輸送系300は、シンクロトロン200からの出射ビームを磁場で偏向して所定の設計軌道に沿って治療室400に導く偏向電磁石31と、輸送中に荷電粒子ビームが広がらないように水平/垂直方向に収束力を与える収束/発散型の四極電磁石32と、治療室内の照射装置500への荷電粒子ビームの供給をON/OFFするビーム遮断装置700から構成される。
【0025】
ビーム遮断装置700は、ビーム遮断電磁石34と、ビーム遮断電磁石34の励磁電源34Aと、遮断電磁石34で除去したビーム成分を廃棄するビームダンプ35から構成される。励磁電源34Aが遮断電磁石34に接続される。制御装置600は、励磁電源34Aに接続され、遮断電磁石34の励磁を制御する。ビーム輸送系300には、荷電粒子ビームの進行方向の上流側からビーム遮断電磁石34,偏向電磁石31,ビームダンプ35,四極電磁石32が設置される。本実施形態では偏向電磁石31とビームダンプ35を個別に設ける構成としたが、ビームダンプ35が偏向電磁石31の内部に設置され、偏向電磁石31の鉄心が放射線遮蔽を兼ねている構成であってもよい。偏向電磁石31とビームダンプ35を個別に設けることによって、メンテナンス性が高くなる。
【0026】
ビーム遮断装置700を用いて、照射装置500へ供給する荷電粒子ビームをON/OFFする方法としては、ビーム遮断電磁石34を励磁した際の2極磁場で不要ビーム成分を偏向してビームダンプ35で廃棄する方法と、ビーム遮断電磁石34を励磁した際の2極磁場で偏向したビーム成分のみ照射装置500に供給する方法がある。前者は、シンクロトロン200から出射された荷電粒子ビームをビーム遮断電磁石34で偏向し、偏向した不要ビーム成分をビームダンプ35に衝突させる。後者は、ビーム遮断電磁石34を励磁して荷電粒子ビームを偏向し、偏向されたビーム成分を照射装置500へ供給する。なお、後者は、ビーム遮断電磁石34の励磁を停止することで不要ビーム成分をビームダンプ35に衝突させ、照射装置500への荷電粒子ビームの供給を停止する。前者はビーム輸送系300の調整が簡単であり、後者は機器の異常時に他の機器を制御することなく照射装置500への荷電粒子ビームの供給を遮断することができるので安全性が高い。どちらの方法も可能であるが、本実施形態では前者の場合について記述している。
【0027】
照射装置500は、走査電磁石の電源500Aを備えている。ここで、図3を用いて、本実施形態による粒子線治療システム100に用いる照射装置500の構成について説明する。図3は、本発明の第1の実施形態による粒子線治療システム100に用いる照射装置500の構成を示す正面図である。
【0028】
照射装置500は、ビーム輸送系300で導かれた荷電粒子ビームを水平及び垂直方向に偏向し患部42の断面形状に合わせて2次元的に走査する走査電磁石51a,51bと、走査電磁石51a,51bに接続される走査電磁石51の電源500Aと、荷電粒子ビームの位置,サイズ(形状),線量を監視する各種ビームモニタ52a,52bから構成される。
【0029】
制御装置600は、図1に示すように、シンクロトロン200に備えられる出射装置26の電源26A、ビーム遮断装置700に備えられるビーム遮断電磁石34の電源34A及び照射装置500に備えられる走査電磁石51a,51bの電源500Aに接続される。制御装置600は、電源26Aに出射用高周波制御信号を送信し、出射装置26に印加する高周波電磁場のON/OFFを制御する。また、制御装置600は、電源34Aにビーム遮断制御信号を送信して遮断電磁石34のON/OFF(励磁量)を制御し、電源500Aに走査指令信号を送信して走査電磁石51a,51bを制御する。
【0030】
ここで、図3(A)と(B)により、スポットスキャニング法について説明する。図3(B)は、照射ビームを上流側から見た説明図である。
【0031】
図3(A)に示すように、患者41の患部42に対して、その患部形状を3次元的な深さ方向の複数の層に分割し、各層を更に2次元的に分割して複数の照射スポットを設定する。深さ方向にはシンクロトロン200の出射ビームのエネルギー変更などで照射ビームのエネルギーを変更して各層を選択的に照射する。各層内では、図3(B)に示すように、走査電磁石51a,51bで照射ビームを2次元的に走査して各照射スポットSPに所定の線量を与える。1つの照射スポットSPの線量が満了すると照射ビームを高速で遮断したのち、照射ビームをOFFした状態で次の照射スポットに移動し、同様に照射を進めていくことにより、スポットスキャニングを行える。照射スポットを移動する際に、制御装置600は、照射装置500への荷電粒子ビームの供給を遮断するようにビーム遮断装置700を制御する。
【0032】
次に、図4を用いて、本実施形態の粒子線治療システム100によるスポットスキャニング法の動作について説明する。図4は、本発明の第1の実施形態の粒子線治療システム100によるスポットスキャニング法の動作を示すタイミングチャートである。
【0033】
図4において、横軸は時間tを示している。図4(A)の縦軸は、制御装置600から走査電磁石51の電源500Aに供給される走査指令信号に応じて、電源500Aから走査電磁石51に供給される走査電磁石電流を示している。図4(B)の縦軸は、制御装置600から出射装置26の電源26Aに供給される出射用高周波制御信号に応じて、電源26Aから出射装置26に供給される出射用高周波電力を示している。図4(C)の縦軸は、シンクロトロン200からビーム輸送系300に出射する出射ビームを示している。図4(E)の縦軸は、制御装置600から遮断電磁石34の電源34Aに供給されるビーム遮断制御信号に応じて、電源34Aから遮断電磁石34に供給される励磁電流のON/OFF状態を示している。図4(F)の縦軸は、照射装置500から照射される照射ビームのON/OFF状態を示している。照射ビームがONのとき、スポットS1,S2,S3,S4が形成される。
【0034】
図4(A)に示すように、電源500Aから走査電磁石51に供給される走査電磁石電流を増加させることで、照射ビームの照射位置を走査し、電源500Aから走査電磁石51に供給される走査電磁石電流を一定とすることで、照射ビームの照射位置を一定とできる。そして、スポットスキャニング法では、図4(A)と(F)に示すように、ビーム走査を停止した状態で各照射スポットS1,S2,S3に所定の線量を照射し、各照射スポットの荷電粒子ビームの線量が目標照射量(設定値)になると、照射ビームをOFFしてから走査電磁石の励磁量を変更して次の照射スポットに移動する。
【0035】
照射装置500に荷電粒子ビームを供給するスポット照射時には、図4(B)に示すように、出射装置26に印加する高周波電磁場をONし、照射装置500への荷電粒子ビームの供給を遮断するスポット間移動時には出射装置26に印加する高周波電磁場をOFFする。照射装置500への荷電粒子ビームの供給を遮断する際には、同時に図4(E)に示すように、ビーム輸送系300に設置した遮断電磁石34を励磁して荷電粒子ビームの供給を高速に遮断する。つまり、1つの照射スポットでの荷電粒子ビームの線量が目標線量になると、制御装置600はシンクロトロン200(具体的には電源26A)へ出射停止信号を送信する。出射停止信号を受け取った出射装置26は、高周波電場の印加を停止する。また、制御装置600は、出射停止信号の送信後にシンクロトロン200から出射された荷電粒子ビームを遮断するようにビーム遮断装置700を制御する。本実施例の場合、制御装置600は、出射停止信号の送信後の出射ビームをビームダンプ35に衝突させるように遮断電磁石34を制御する。このような制御により、遅延照射量を低減することができる。出射装置26に印加する高周波電磁場のON/OFFのタイミングや遮断電磁石34を励磁するタイミングは制御装置600で管理・制御されている。
【0036】
ここで、前述した従来技術と対比しながら、本実施形態の特長を説明する。図4に示すように、ビーム遮断装置に対しては、遮断電磁石の励磁電流の急峻な立ち上がりと、その後長時間にわたり励磁電流を一定値で維持することが要求される。特に、照射スポットが離れた位置にある遠隔スポット照射時にはビーム走査時間、即ち照射ビームOFFの時間が長くなる。したがって、遮断電磁石の励磁電源は高電圧で大電流かつ高デューティ出力が必須で極めて高価となり、遮断電磁石は耐電圧特性と耐熱冷却特性の強化のため複雑化し大型化する。そこで、遮断電磁石と励磁電源の要求性能を緩和するため、遮断電磁石とビームダンプ間のビーム輸送系の直線部ドリフト距離を延長して必要な励磁電流を低減する方法もあるが、その場合には、システム全体の大型化とビーム輸送調整の困難化を招く大きな問題があった。
【0037】
一方、本実施形態によれば、ビーム輸送系300を構成する偏向電磁石31の入口側に遮断電磁石34を、出口側にビームダンプ35を配置している。つまり、荷電粒子ビームの進行方向において偏向電磁石31よりも上流側に遮断電磁石34を配置し、下流側にビームダンプ35を配置する。この機器配置により偏向電磁石31をドリフト空間として利用できるため、従来技術のようにビーム輸送系300にドリフト距離を確保するための長い直線部が必要ない。即ち、直線部ドリフト距離を延長しなくとも不要なビーム成分を十分に分離して廃棄できる。また、ビーム遮断装置700を構成する遮断電磁石34と励磁電源34Aの要求性能も緩和できる。更に、直線部ドリフト距離を延長しなくて済むため四極電磁石32によるビーム収束が容易となり、ビーム輸送調整の困難化を回避できる。図4(E)と(F)には、従来技術の場合を破線で併記して示しているが、本発明技術(実線)により遮断電磁石の励磁電流の低減とビーム遮断時間の短縮が可能となる。
【0038】
〔第2の実施形態〕
次に、本発明の第2の実施形態による粒子線治療システムの構成と運転方法について説明する。ここでは、第1の実施形態のシステム構成や運転方法と相違する部分のみを説明する。
【0039】
図5は、本実施形態による粒子線治療システム100Aの全体構成を示すシステム構成図である。
【0040】
本実施形態のビーム遮断装置700Aは、ビーム遮断電磁石34と、遮断電磁石34を励磁する励磁電源34Aと、四極電磁石36と、遮断電磁石34で除去したビーム成分を廃棄するビームダンプ35から構成される。ビーム輸送系300には、ビーム上流側からビーム遮断電磁石34,四極電磁石36,偏向電磁石31,ビームダンプ35,四極電磁石32が設置される。本実施形態では、ビーム輸送系300を構成する偏向電磁石31と該偏向電磁石の入口側に設置された遮断電磁石34との間に四極電磁石36を配置し、遮断電磁石34で偏向した荷電粒子ビームを四極電磁石36で更に偏向して、偏向電磁石31の出口側に配置したビームダンプ35で廃棄する構成である。なお、ビームダンプ35が偏向電磁石31の内部に設置され、偏向電磁石の鉄心が放射線遮蔽を兼ねている構成であってもよい。
【0041】
図6は、本実施形態による粒子線治療システム100Aに用いるビーム遮断装置700Aの動作原理を示す第1の説明図である。偏向電磁石31Aの形状が矩形型で、遮断電磁石34で荷電粒子ビームを偏向する方向が偏向電磁石31Aの偏向面内にある場合を示す。ここでは荷電粒子ビームが入出射する磁極端面が平行な磁極形状を矩形型という。図6(A)がビーム輸送系300を上部から見たときの平面図、図6(B)がビーム輸送系300を側面から見たときの正面図である。矩形型の偏向電磁石31Aの場合には、荷電粒子ビームに対して偏向面と垂直方向に収束力が作用するが、偏向面内では荷電粒子ビームは収束作用を受けない。そのため、遮断電磁石34で偏向された荷電粒子ビームは、偏向を受けない場合に辿るビーム軌道(照射ビームON時の荷電粒子ビームの軌道、以下中心軌道)30に対して、その偏向角を維持したまま偏向電磁石31A内をドリフトする。図6では更に、荷電粒子ビームが四極電磁石36で偏向面内での発散力を受け、中心軌道30に対してより大きな角度をもって偏向電磁石31A内をドリフトし、ビーム軌道(照射ビームOFF時の荷電粒子ビームの軌道)70に沿って進行してビームダンプ35で失われる状態を示している。
【0042】
図7は、本実施形態による粒子線治療システム100Aに用いるビーム遮断装置700Aの動作原理を示す第2の説明図である。偏向電磁石31Bの形状がセクタ型で、遮断電磁石34で荷電粒子ビームを偏向する方向が偏向電磁石31Bの偏向面と垂直である場合を示す。ここでは荷電粒子ビームが磁極端面に対して垂直に入出射する偏向電磁石31Bの磁極形状をセクタ型という。図7(A)がビーム輸送系300を上部から見たときの平面図、図7(B)がビーム輸送系300を側面から見たときの正面図である。セクタ型の偏向電磁石31Bの場合には、荷電粒子ビームに対して偏向面内で収束力が作用するが、偏向面と垂直方向では荷電粒子ビームは収束作用を受けない。そのため、遮断電磁石34で垂直方向に偏向された荷電粒子ビームは、偏向を受けない場合に辿る中心軌道30に対して、その偏向角を維持したまま偏向電磁石内をドリフトする。図7では更に、荷電粒子ビームが四極電磁石36で偏向面と垂直方向に発散力を受け、中心軌道30に対してより大きな角度をもって偏向電磁石内をドリフトし、ビーム軌道70に沿って進行してビームダンプ35で失われる状態を示している。
【0043】
本実施形態によれば、第1の実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0044】
本実施形態では、遮断電磁石34で偏向した荷電粒子ビーム軌道70を四極電磁石36で更に大きく偏向できるため、ビーム遮断装置700Aを構成する各機器の要求性能を十分に緩和できる。そのため、装置の低コスト化が達成できるとともに、ビーム輸送系300の直線部ドリフト距離を更に短縮できシステムの小型化を達成したうえで、スポットスキャニング法による粒子線治療に好適な照射ビームが得られる。
【0045】
〔第3の実施形態〕
次に、本発明の第3の実施形態による粒子線治療システム100Bの構成と運転方法について説明する。ここでは、第1の実施形態のシステム構成や運転方法と相違する部分のみを説明する。
【0046】
図8は、本実施形態による粒子線治療システム100Bの全体構成を示すシステム構成図である。本実施形態では、荷電粒子ビームを加速する加速器としてサイクロトロン800を用いている。サイクロトロン800は、荷電粒子ビームを生成するイオン源81と、荷電粒子ビームを周回毎に加速する加速空胴82と、荷電粒子ビームを偏向して螺旋状に周回させる偏向電磁石83と、最外周の所定のエネルギーに達した荷電粒子ビームを出射する出射偏向装置84で構成される。サイクロトロン800では、出射ビームのON/OFFをイオン源81に印加する高電圧のON/OFFで実現している。より具体的には、荷電粒子ビームの源となるプラズマを生成するアーク電圧、荷電粒子ビームをプラズマから引き出す加速電圧、引き出し直後に荷電粒子ビームに印加する偏向電圧のうち、何れかON/OFFすることで出射ビームをON/OFFできる。しかし、何れの場合も瞬時にON/OFFが可能であるわけではなく、高電圧電源の応答性やサイクロトロン内の周回時間に応じた遅延が発生する。
【0047】
本実施例の制御装置600Bは、サイクロトロン800に備えられるイオン源81の電源81A、ビーム遮断装置700に備えられるビーム遮断電磁石34の電源34A及び照射装置500に備えられる走査電磁石51a,51bの電源500Aに接続される。制御装置600は、イオン源81の電源81Aに電圧制御信号を送信し、イオン源81に印加する電圧を制御する。
【0048】
図9は、本実施形態の粒子線治療システム100Bによるスポットスキャニング法の動作を示すタイミングチャートである。第1の実施形態の場合(図4)との相違は、シンクロトロン200では出射装置26に印加する高周波電力をON/OFFするのに対し、サイクロトロン800ではイオン源81に印加する高電圧をON/OFFする点である(図9(G))。どちらも出射ビームが遮断されるまでには時間がかかるため、この遅延時間中の照射(遅延照射)が生じる。この遅延照射量を低減するためのビーム遮断装置700の構成は第1の実施形態の場合と同様であるが、本実施形態では運転方法に相違がある。
【0049】
本実施形態では、図9(E)に示すように、遮断電磁石34を励磁した状態で照射ビームをONできる動作論理となっており、機器故障の際には照射ビームが自然にOFFとなるため、安全性の高いシステムを構築できる。遮断電磁石34を励磁した状態で照射ビームがONのため、その直下流の偏向電磁石31の設置位置や偏向角度は、遮断電磁石34の偏向角度を考慮して決定される。勿論、本実施形態において、第1の実施形態と同様な動作論理、即ち、遮断電磁石を励磁して照射ビームをOFFすることも可能である。図9(E)と(F)には、従来技術の場合を破線で併記して示しているが、本発明技術(実線)により遮断電磁石34の励磁電流の低減とビーム遮断時間の短縮が可能となることは、第1の実施形態の場合と同様である。
【0050】
本実施形態によれば、第1の実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0051】
また、サイクロトロンはシンクロトロンより小型のため、本実施形態によればシステム全体も更に小型化できる。一方、システム全体の大きさを一定とするとビーム輸送系300の直線部ドリフト距離が長くとれるため、偏向電磁石31とビームダンプ35間のドリフト距離を延長でき、ビーム遮断装置の各機器の要求性能がより緩和できる。
【0052】
〔第4の実施形態〕
次に、本発明の第4の実施形態による粒子線治療システム100Cの構成について説明する。図10は、本実施形態による粒子線治療システム100Cの全体構成を示すシステム構成図である。
【0053】
本実施形態では第3の実施形態と同様に、荷電粒子ビームを加速する加速器としてサイクロトロン800を用いている。本実施形態のビーム遮断装置は、第2の実施形態のビーム遮断装置700Aと同様の構成を有する。また、第2の実施形態と同様に、ビーム輸送系300を構成する偏向電磁石31と該偏向電磁石の入口側に設置された遮断電磁石34との間に四極電磁石36を配置し、遮断電磁石34で偏向した荷電粒子ビームを四極電磁石36で更に偏向して、偏向電磁石31の出口側に配置したビームダンプ35で廃棄する構成である。本実施形態の場合が最も、ビーム遮断装置を構成する各機器の要求性能を緩和でき、更にシステム全体の小型化を達成したうえで、スポットスキャニング法による粒子線治療に好適な照射ビームが得られる。
【0054】
本実施形態によれば、第2の実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0055】
また、サイクロトロンはシンクロトロンより小型であるため、本実施形態によればシステム全体を更に小型化できる。一方、システム全体の大きさを一定とするとビーム輸送系300の直線部ドリフト距離が長くとれるため、偏向電磁石31とビームダンプ35間のドリフト距離を延長でき、ビーム遮断装置の各機器の要求性能がより緩和できる。
【0056】
以上、実施形態1〜4で説明したとおり、実施形態1〜4によればスポットスキャニング法による粒子線治療に好適な照射ビームが得られ、しかも小型で安価かつ調整が容易な粒子線治療システムを供給できるので、複雑な患部形状に対応した高精度治療照射が容易に実現できる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、がん治療等を目的とした粒子線治療システム以外に、シンクロトロンやサイクロトロン等の加速器で加速した高エネルギーの荷電粒子ビームを、高精度に且つ所望の強度分布でターゲットに照射する必要性のある物理研究にも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムの構成を示すシステム構成図である。
【図2】本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムにおけるシンクロトロンからの荷電粒子ビームの出射方法の説明図である。
【図3】本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムに用いる照射装置の構成を示す正面図である。
【図4】本発明の第1の実施形態による粒子線治療システムにおけるスポットスキャニング法の動作を示すタイミングチャートである。
【図5】本発明の第2の実施形態による粒子線治療システムの構成を示すシステム構成図である。
【図6】本発明の第2の実施形態による粒子線治療システムに用いるビーム遮断装置の動作原理を示す第1の説明図であり、(A)が平面図、(B)が正面図である。
【図7】本発明の第2の実施形態による粒子線治療システムに用いるビーム遮断装置の動作原理を示す第2の説明図であり、(A)が平面図、(B)が正面図である。
【図8】本発明の第3の実施形態による粒子線治療システムの構成を示すシステム構成図である。
【図9】本発明の第3の実施形態による粒子線治療システムにおけるスポットスキャニング法の動作を示すタイミングチャートである。
【図10】本発明の第4の実施形態による粒子線治療システムの構成を示すシステム構成図である。
【図11】従来技術による粒子線治療システムの構成を示すシステム構成図である。
【符号の説明】
【0059】
11 前段加速器
21,31,83 偏向電磁石
22,32,36 収束/発散型四極電磁石
23 六極電磁石
24 入射装置
25,82 加速空胴
26 出射装置
26A,34A,81A,500A 電源
27,84 出射偏向装置
34 遮断電磁石
35 ビームダンプ
41 患者
42 患部
51 走査電磁石
52 ビームモニタ
72 ビームダクト
81 イオン源
100 粒子線治療システム
200 シンクロトロン
300 ビーム輸送系
400 治療室
500 照射装置
600 制御装置
700 ビーム遮断装置
800 サイクロトロン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子ビームを所定のエネルギーまで加速し出射する加速装置と、
前記荷電粒子ビームを照射対象に出射する照射装置と、
前記荷電粒子ビームを偏向する偏向電磁石を有し、前記加速装置から出射された前記荷電粒子ビームを前記照射装置に導くビーム輸送系と、
前記ビーム輸送系に設置され、前記照射装置への前記荷電粒子ビームの供給を遮断するビーム遮断装置とを備え、
前記ビーム遮断装置は、前記荷電粒子ビームの進行方向において前記偏向電磁石よりも上流側に設置される遮断電磁石と、前記荷電粒子ビームの進行方向において前記偏向電磁石よりも下流側又は前記偏向電磁石の内部に設置されるビームダンプとを備えることを特徴とする粒子線治療システム。
【請求項2】
前記ビーム遮断装置は、前記偏向電磁石と前記遮断電磁石との間に配置される四極電磁石を有し、
前記遮断電磁石で偏向した荷電粒子ビームを前記四極電磁石で更に偏向することを特徴とする請求項1に記載の粒子線治療システム。
【請求項3】
前記偏向電磁石の形状は両端面が実質的に平行な矩形型であり、前記遮断電磁石で前記荷電粒子ビームを偏向する方向が前記偏向電磁石の偏向面内であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の粒子線治療システム。
【請求項4】
前記偏向電磁石の形状がセクタ型であり、前記遮断電磁石で前記荷電粒子ビームを偏向する方向が前記偏向電磁石の偏向面と垂直であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の粒子線治療システム。
【請求項5】
前記照射対象における照射位置での前記荷電粒子ビームの線量が設定値になったときに前記加速装置へ出射停止信号を送信し、前記出射停止信号の送信後に前記加速装置から出射された前記荷電粒子ビームを前記ビームダンプへ衝突させるように前記遮断電磁石を制御する制御装置を備えることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の粒子線治療システム。
【請求項6】
前記照射装置は、前記照射対象における前記荷電粒子ビームの照射位置を変更する走査電磁石を有し、
前記照射位置を変更する際に、前記照射装置への前記荷電粒子ビームの供給を遮断するように前記遮断電磁石を制御する制御装置を備えることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の粒子線治療システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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