説明

粒子線照射装置

【課題】実データに基づいたより実現象に近い高精度なビーム照射位置を実現できる粒子線照射装置を得る。
【解決手段】逆写像数式モデルは、目標照射位置座標を表す変数を含む多項式であり、前記多項式に含まれる未知の係数は、X方向とY方向スキャニング電磁石に予め設定した複数組のX方向とY方向指令値を入力すると共に、加速器に予め設定した複数の運動エネルギー指令値を入力して、荷電粒子ビームを制御し、実際に照射されたそれぞれの照射位置座標の実データに対して、一部のデータに低い重み付けをする重み付け最小二乗法により求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、がん治療等の医療用や研究用に用いられる粒子線照射装置に関する。特にスポットスキャニングやラスタスキャニングなどの走査式照射を行う粒子線照射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
がん治療等の医療用や研究用に用いられる粒子線照射装置において、もっとも広く用いられている照射方式はブロード照射方式である。ブロード照射方式は、散乱体やワブラー電磁石を使って荷電粒子ビームを広げ、コリメータやボーラスを使って患部以外の場所への照射を減らす方法である。
【0003】
この一気に照射対象領域を照射するブロード照射方式に対して、スポットスキャニングやラスタスキャニングといった、荷電粒子ビームを走査して照射対象である患部を小領域ずつ照射する走査式照射方法が提案されている(例えば非特許文献1)。非特許文献1に示された走査式照射を行う従来の粒子線照射装置を更に応用して、最終偏向電磁石よりも上流側に走査電磁石を置くことにより、ガントリの半径を著しく減少させたもの(特許文献1)や、走査電磁石を省略できることを示したもの(特許文献2)も提案されている。また、医療用や研究用の粒子線照射装置ではないが、試料上に照射する目的の荷電粒子ビーム走査式装置において、偏向走査位置ずれを補正する手段が提案されている(特許文献3)。
【0004】
走査式照射方法は、ブロード照射方式で用いるコリメータやボーラスといった患部以外の正常組織への照射を防ぐ部品がないのが一般的なため、ブロード照射方式以上にビーム位置精度が要求される。このように、走査式照射方法はブロード照射方式以上にビーム位置精度が要求されているにもかかわらず、そのビーム位置精度を補償する装置はあまり開示されていない。
【0005】
また、陽子、炭素イオンなどの荷電粒子ビームは、体内など物質に入射すると、荷電粒子ビームのエネルギーに応じた特定の深さ(飛程という)まで物質中を進み、飛程終端付近で物質に対するエネルギー付与が最大となるピークがあり(ブラッグピークと呼ぶ)、X線など他の放射線に比べてブラッグピークがとてもシャープな深部線量分布を形成する特徴を有する。粒子線照射装置はこの性質を利用して、正常組織への影響を極力抑え、患部に線量を集中照射させるものである。このことから、スポットスキャニングやラスタスキャニングを行う走査型の粒子線照射装置や治療計画装置において従来は、目標照射位置の体内深さ方向(Z方向)は荷電粒子ビームのエネルギーを調整することで、Z方向と直交するX方向とY方向は走査電磁石等の走査手段を制御することで、というふうに分離して行えると仮定して、走査手段と加速器それぞれの制御量を計算していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2007−534391号公報(第4図)
【特許文献2】特開2006−166947号公報
【特許文献3】国際公開第WO01/69643号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Tatsuaki Kanai, et al., “Spot scanning system for proton radiotherapy", Medical Physics, Jul./Aug. 1980, Vol.7, No.4, pp365-369
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
たしかに、荷電粒子ビームが常に進行方向が一定な平行ビームであれば、ビーム照射位置のz座標は荷電粒子ビームのエネルギーのみによって一意に決めることができる。しかし、実際の走査電磁石等の走査手段によってビームの向きが制御される粒子線照射装置においては、荷電粒子ビームは扇状に広がるファンビーム(1次元走査)や円錐状に広がるコーンビーム(2次元走査)となるため、ビーム照射位置のz座標は荷電粒子ビームのエネルギーによって一意に決められない。このファンビームであることによる照射位置への影響はファンビーム効果と呼ばれ、コーンビームであることによる照射位置への影響はコーンビーム効果と呼ばれている。
【0009】
図8はファンビーム効果とコーンビーム効果を説明する図である。図中、1は荷電粒子ビーム、31は患者の体、32はその体表面を示す。図8(a)はファンビーム効果を説明しており、荷電粒子ビーム1が1次元走査されると照射位置の端部33のz座標と中心部34のz座標が一定にならない。図8(b)はコーンビーム効果を説明しており、荷電粒子ビーム1が2次元走査されると照射位置の端部33のz座標と中心部34のz座標が一定にならない。
【0010】
この発明は前述のような課題を解決するためになされたものであり、高精度なビーム照射位置を実現できる粒子線照射装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明の粒子線照射装置は、制御器で加速器とスキャニング電磁石とを制御して前記加速器からの荷電粒子ビームを照射対象に照射する粒子線照射装置において、前記スキャニング電磁石は、X方向スキャニング電磁石と、前記X方向スキャニング電磁石の走査方向と直交する方向に走査するY方向スキャニング電磁石とを有し、前記制御器は、照射対象における荷電粒子ビームの目標照射位置座標から、その照射を実現する前記X方向スキャニング電磁石を励磁するためのX方向指令値,及び前記Y方向スキャニング電磁石を励磁するためのY方向指令値をそれぞれ生成する逆写像数式モデルを有し、前記逆写像数式モデルは、前記目標照射位置座標を表す変数を含む多項式であり、前記多項式に含まれる未知の係数は、前記X方向とY方向スキャニング電磁石に予め設定した複数組のX方向とY方向指令値を入力すると共に、前記加速器に予め設定した複数の運動エネルギー指令値を入力して、荷電粒子ビームを制御し、実際に照射されたそれぞれの照射位置座標の実データに対して、一部のデータに低い重み付けをする重み付け最小二乗法により求め、信頼性を向上させるものである。
【0012】
また、この発明の粒子線照射装置は、制御器で加速器とスキャニング電磁石とを制御して前記加速器からの荷電粒子ビームを照射対象に照射する粒子線照射装置において、前記スキャニング電磁石は、X方向スキャニング電磁石と、前記X方向スキャニング電磁石の走査方向と直交する方向に走査するY方向スキャニング電磁石とを有し、前記制御器は、照射対象における荷電粒子ビームの目標照射位置座標から、その照射を実現する前記X方向スキャニング電磁石を励磁するためのX方向指令値,及び前記Y方向スキャニング電磁石を励磁するためのY方向指令値をそれぞれ生成する逆写像数式モデルを有し、前記逆写像数式モデルは、前記目標照射位置座標を表す変数を含む多項式であり、前記多項式に含まれる未知の係数を求めるにあたっては、前記照射対象を複数のエリアに分割し、それぞれのエリア毎の前記多項式に含まれる未知の係数を、前記X方向とY方向スキャニング電磁石に予め設定した複数組のX方向とY方向指令値を入力すると共に、前記加速器に予め設定した複数の運動エネルギー指令値を入力して、荷電粒子ビームを制御し、実際に照射されたそれぞれの照射位置座標の実データに対して、当該エリアに属する実データの重みが当該エリアに属さない実データの重みよりも大きい重み付けをする重み付け最小二乗法により求めるものである。
【発明の効果】
【0013】
この発明に係る粒子線照射装置よれば、前記制御器は、照射対象における荷電粒子ビームの目標照射位置座標から、その照射を実現する前記X方向スキャニング電磁石を励磁するためのX方向指令値,及び前記Y方向スキャニング電磁石を励磁するためのY方向指令値をそれぞれ生成する逆写像数式モデルを有し、前記逆写像数式モデルは、前記目標照射位置座標を表す変数を含む多項式であり、前記多項式に含まれる未知の係数は、前記X方向とY方向スキャニング電磁石に予め設定した複数組のX方向とY方向指令値を入力すると共に、前記加速器に予め設定した複数の運動エネルギー指令値を入力して、荷電粒子ビームを制御し、実際に照射されたそれぞれの照射位置座標の実データに対して、一部のデータに低い重み付けをする重み付け最小二乗法により求めるため、信頼性の低いデータの影響を抑えることができ、高精度なビーム照射位置を実現できる粒子線照射装置が得られる。
【0014】
また、この発明に係る粒子線照射装置よれば、前記多項式に含まれる未知の係数を求めるにあたっては、前記照射対象を複数のエリアに分割し、それぞれのエリア毎の前記多項式に含まれる未知の係数を、前記X方向とY方向スキャニング電磁石に予め設定した複数組のX方向とY方向指令値を入力すると共に、前記加速器に予め設定した複数の運動エネルギー指令値を入力して、荷電粒子ビームを制御し、実際に照射されたそれぞれの照射位置座標の実データに対して、当該エリアに属する実データの重みが当該エリアに属さない実データの重みよりも大きい重み付けをする重み付け最小二乗法により求めるため、実データに基づいたより実現象に近い高精度なビーム照射位置を実現できる粒子線照射装置が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】この発明の基礎となる技術における粒子線照射装置を示す構成図である。
【図2】この発明において、キャリブレーション時の実データから、係数(未知パラメータ)を計算する手法を説明する図である。
【図3】この発明において、係数(未知パラメータ)を計算する手法を説明するブロック図である。
【図4】この発明において、係数(未知パラメータ)を計算する手法を説明するフローチャートである。
【図5】この発明において、治療計画値よりスキャニング電磁石の指令値と荷電粒子ビームの運動エネルギーの指令値を求めるブロック図である。
【図6】この発明の実施の形態1における粒子線照射装置を示す構成図である。
【図7】この発明の実施の形態2における粒子線照射装置を示す構成図である。
【図8】ファンビーム効果とコーンビーム効果を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
発明の基礎となる技術
図1はこの発明の基礎となる技術における走査式照射をする粒子線照射装置を示す構成図である。粒子線照射装置は、荷電粒子ビーム1を所望の運動エネルギーを有する荷電粒子ビーム1に加速する加速器11、荷電粒子ビーム1を輸送するビーム輸送ダクト2、荷電粒子ビーム1を走査するスキャニング電磁石(走査電磁石)3、ビームを取出すビーム取出し窓4、及び、スキャニング電磁石3へ指令値を送るスキャニング制御器10などから構成されている。ビーム輸送ダクト2を有するビーム輸送系には、偏向電磁石、ビームモニタ、遮蔽電磁石、ビームダンパ、照射路偏向電磁石などが設けられている。発明の基礎になる技術における粒子線照射装置は、スキャニング制御器10にビーム照射位置座標空間7からスキャニング電磁石指令値空間6への逆写像数式モデルを有するものである。換言すれば、スキャニング制御器10には目標ビーム照射位置座標に対して、それを実現するスキャニング電磁石3の指令値の推定値を生成する逆写像手段9を有している。
【0017】
次に粒子線照射装置の動作について説明する。加速器11により所望の運動エネルギーを有する荷電粒子ビーム1にまで加速された荷電粒子ビーム1は、ビーム輸送ダクト2の中をとおり、照射部へと導かれる。荷電粒子ビーム1はさらにビーム取出し窓4から取出され、照射基準点であるアイソセンタ5に向けて照射されるように設計されている。一般的に、照射対象である患部を選択的に走査して照射するために、荷電粒子ビーム1は、ビーム輸送ダクト2の外側に設けられたX方向スキャニング電磁石(X方向走査電磁石)3aとY方向スキャニング電磁石(Y方向走査電磁石)3bとによって、ビーム照射位置のXY方向が制御されると共に、加速器11で荷電粒子ビーム1の運動エネルギーを変えることによってビーム照射位置のZ方向(患部の深さ方向)が制御される。これらのビーム照射位置の制御を行うのは、粒子線照射装置全体を制御する照射制御装置23(図5参照)により集中制御する方法と、スキャニング電磁石と、加速器の荷電粒子ビーム1の運動エネルギーを制御するスキャニング制御器10によって分散制御する方法がある。
【0018】
発明の基礎になる技術において、荷電粒子ビーム1の照射位置制御を行うスキャニング制御器10には、ビーム照射位置座標空間7からスキャニング電磁石指令値空間6への逆写像数式モデルを有する逆写像手段9を設けた。逆写像数式モデルの好適な一例は多項式モデルである。以下の数式1に最高次数=2の場合の多項式モデルを示す。なお、発明の基礎になる技術では、ビーム照射位置のZ方向(深さ方向)は、荷電粒子ビームの運動エネルギーにより一意に決まると仮定し、逆写像数式モデルは複数個、異なった運動エネルギーに対して作成する。
【0019】
【数1】

【0020】
ただし、a00,a01,a02,…,b00,b01,b02,…は逆写像数式モデルの特性を決定する係数(未知パラメータ)である。Iae,Ibeは荷電粒子ビームの照射位置座標が(x,y)となるX,Y方向スキャニング電磁石指令値の推定値である。逆写像数式モデルの特性を決定する係数(未知パラメータ)は、あらかじめキャリブレーション(calibration)用に試し照射を行い、その試し照射の実データから最小二乗法などにより求めればよい。
【0021】
図2はキャリブレーション時の実データから、係数(未知パラメータ)を計算する手法を説明する図である。なお、図1の8は正写像(実物理現象)の方向を示している。図3は係数(未知パラメータ)を計算する手法を説明するブロック図である。図4は係数(未知パラメータ)を計算する手法を説明するフローチャートである。なお、各図において、同一符号は同一又は相当部分を示す。図において、12は第1ビームプロファイルモニタで、荷電粒子ビームの基準照射軸15に垂直に設置され、照射される荷電粒子ビームの2次元の通過位置座標(xa,ya)を出力する。13は第2ビームプロファイルモニタで、第1ビームプロファイルモニタ12との間に所定の間隔を空けて荷電粒子ビームの基準照射軸15に垂直に設置され、照射される荷電粒子ビームの2次元の通過位置座標(xb,yb)を出力する。14は水ファントムで、その表面を患者の体表面16に合わせ荷電粒子ビームの基準照射軸15に垂直に配置され、照射される荷電粒子ビームの到達する位置座標の深さ方向の座標zpを出力する。なお、第1,第2ビームプロファイルモニタ12,13及び水ファントム14は、未知パラメータを計算するときや、荷電粒子ビームの校正,確認のときに配置し、患者への荷電粒子ビーム照射時は移動させるものである。
【0022】
キャリブレーションの試し照射は、スキャニング制御器10により、以下の値をふって行う。
X方向スキャニング電磁石への指令値Ia(=電流値,ヒステリシスを考慮して補正計算した電流値や設定磁場強度等)。
Y方向スキャニング電磁石への指令値Ib(=電流値,ヒステリシスを考慮して補正計算した電流値や設定磁場強度等)。
加速器への運動エネルギー指令値Eb
【0023】
前記指令値を受けて、照射された荷電粒子ビーム1は、第1,第2ビームプロファイルモニタ12,13を通過し、第1,第2ビームプロファイルモニタ12,13よりそれぞれ測定された通過位置座標(xa,ya),(xb,yb)を出力する。また、照射された荷電粒子ビーム1は、荷電粒子の運動エネルギーから到達する位置の深さ方向座標zが一意に決まると仮定する。これらの値(xa,ya),(xb,yb)及びzから、データ処理手段17(図3)は、照射位置座標(x,y,z)を算出する。
【0024】
前述したように、キャリブレーションの試し照射は、各指令値の値をふって行う。例えば、X方向スキャニング電磁石への指令値IaをIa+ΔIa、…に、Y方向スキャニング電磁石への指令値IbをIb+ΔIb、…にふる。ここで、試し照射の実データから、逆写像の係数(未知パラメータ)を求める方法の一例を示す。数式1で示した多項式モデルは、行列とベクトルを用いると以下のように表現できる。
【0025】
【数2】

ここで、行列Acは照射位置座標からなる逆写像の入力行列、行列Xcは逆写像の未知パラメータ行列、行列Beは指令値の推定値からなる逆写像の出力行列である。ただし、未知パラメータ行列Xcは、まだこの段階では値が求まっていない。キャリブレーションの試し照射のときの指令値Bcaribおよび得られた照射位置Acaribの実データは、数式2の形にしたがって、縦長行列をつくるように縦にならべていく。
【0026】
【数3】

ここで、下添えの数字は、キャリブレーションの試し照射番号を意味する(上の例では、n箇所試し照射を行ったことを意味する)。逆写像の未知パラメータ行列Xcは、以下の最小二乗法の式により求まる。
【0027】
【数4】

ただし、上添え字のTは、転置行列であることを表す。
以上のキャリブレーションにより多項式の各係数を求めた後、本照射を実施する。まずスキャニング電磁石3aへのビーム入射点がキャリブレーション時から変動していないことを、ビーム輸送ダクト1に設けられたビームモニタ(図示しない)により確認する。この時ビーム入射点が変動していることが認められた場合には、前記キャリブレーション手順を再度行い、各係数を再び求めればよい。
【0028】
数式1等の多項式モデルの次数は、扱う粒子線照射装置の特性によって、非線形性が強いものは適宜次数を上げていけばよく、数式1に示した次数=2のものである必要はない。いくつかの多項式モデル(逆写像数式モデル)をあらかじめ用意し、オペレータが多項式モデルを選択できるようにするとよい。なお、特許文献3等に開示されている方法は、補正量を計算するものであるが、この発明における逆写像数式モデルは指令値そのものを求めるものである点が異なる。
【0029】
粒子線照射装置は、3次元的に荷電粒子ビームを照射することが求められ、図1に示すように、一般的に、目標ビーム照射位置座標の(x,y,z)は(x0,y0,z0)(x1,y1,z1)(x2,y2,z2)……という形でスキャニング制御器10に送られる。
【0030】
図5は治療計画値よりスキャニング電磁石の指令値と荷電粒子ビームの運動エネルギーの指令値を求めるブロック図である。患者に対する治療計画装置21より目標ビーム照射位置座標(x0,y0,z0)(x1,y1,z1)(x2,y2,z2)……が、データサーバ22,照射制御装置23を経由して、スキャニング制御器10に送られる。なお、図5の、逆写像数式モデルと運動エネルギー指令値Ebeについては実施の形態1で説明する。発明の基礎になる技術では、前述したように、加速器の荷電粒子ビームの運動エネルギーを設定値としてビーム照射位置のZ方向の制御を含めていないため、スキャニング電磁石3aへのビーム入射点が変動しないようにすると、送られた目標ビーム照射位置座標(x0,y0)(x1,y1)(x2,y2)……が、それぞれスキャニング制御器10の逆写像数式モデル(数式1)に代入され、それぞれ各目標ビーム照射位置座標について、スキャニング電磁石指令値の推定値(Iae,Ibe)(……が算出される。
【0031】
発明の基礎になる技術においては、異なる複数の荷電粒子ビーム運動エネルギーごとに逆写像を求めた。具体的には、例えば、照射基準であるアイソセンタ5を含む平面A0−A0への逆写像数式モデルだけではなく、荷電粒子ビームの運動エネルギーを−ΔEbずつ変更して(等間隔である必要はない)固定したアイソセンタ5よりも手前の平面A-1−A-1,A-2−A-2,…、逆に、荷電粒子ビームの運動エネルギーを+ΔEbずつ変更して固定したアイソセンタ5よりも奥の平面A1−A1,A2−A2,…、からの逆写像数式モデルも準備し、照射対象におけるビーム照射位置座標が平面と平面との間にある場合は線形補間するようにした。
【0032】
このように、発明の基礎となる技術では、照射基準平面上の目標照射位置座標(x,y)に対して、それを実現するスキャニング電磁石への指令値の推定値(Iae,Ibe)を計算する計算手段(逆写像手段)を設けている。具体的には、その逆写像手段は2入力2出力の多項式モデルを有している。そのため、対象とする粒子線照射装置の個体差、使用環境や経年変化に応じてビーム位置精度を補償し、高精度、高信頼度の粒子線照射装置が得られる。
【0033】
実施の形態1.
図6は実施の形態1における粒子線照射装置を示す構成図である。発明の基礎となる技術では、逆写像数式モデルを2入力2出力として捉えたが、実施の形態1では、図6,数式5(後述)に示すように、逆写像数式モデルを目標照射位置座標からなる3入力3出力とした。以下の数式5に3入力3出力、最高次数=2の場合の多項式モデルを示す。
【0034】
【数5】

【0035】
ただし、a000,a001,a002,…,b000,b001,b002,…,c000,c001,c002,…は逆写像数式モデルの特性を決定する係数(未知パラメータ)である。Iae,Ibe,Ebeは荷電粒子ビームの照射位置座標が(x,y,z)となるX,Y方向スキャニング電磁石への指令値の推定値、加速器への荷電粒子ビームの運動エネルギーの指令値の推定値である。逆写像数式モデルの特性を決定する係数(未知パラメータ)は、発明の基礎となる技術と同様に、あらかじめキャリブレーション(calibration)用に試し照射を行い、その試し照射の実データから最小二乗法などにより求める。
【0036】
キャリブレーションの試し照射は、スキャニング制御器10により、以下の値をふって行う。
X方向スキャニング電磁石への指令値Ia(=電流値,ヒステリシスを考慮して補正計算した電流値や設定磁場強度等)。
Y方向スキャニング電磁石への指令値Ib(=電流値,ヒステリシスを考慮して補正計算した電流値や設定磁場強度等)。
加速器への運動エネルギー指令値Eb
【0037】
前記指令値を受けて、図2,図3,図4を参照して、照射された荷電粒子ビーム1は、第1,第2ビームプロファイルモニタ12,13を通過し、第1,第2ビームプロファイルモニタ12,13よりそれぞれ測定された通過位置座標(xa,ya),(xb,yb)を出力する。さらに、照射された荷電粒子ビーム1は、水ファントム14に到達し、その到達する位置座標の深さ方向の座標zpを出力する。これらの出力値を得たデータ処理手段17(図3)は、(xa,ya),(xb,yb)とzpから到達位置座標の(xp,yp)を求め、到達位置座標(xp,yp,zp)を決定する。
【0038】
前述したように、キャリブレーションの試し照射は、各指令値の値をふって行う。例えば、X方向スキャニング電磁石への指令値IaをIa+ΔIa、…に、Y方向スキャニング電磁石への指令値IbをIb+ΔIb、…に、加速器への運動エネルギー指令値EbをEb+ΔEb、…にふる。ここで、試し照射の実データから、3入力3出力の場合の逆写像の係数(未知パラメータ)を求める方法の一例を示す。数式5で示した多項式モデルは、行列とベクトルを用いると以下のように表現できる。
【0039】
【数6】

ここで、行列Acは照射位置座標からなる逆写像の入力行列、行列Xcは逆写像の未知パラメータ行列、行列Beは指令値の推定値からなる逆写像の出力行列である。ただし、未知パラメータ行列Xcは、まだこの段階では値が求まっていない。キャリブレーションの試し照射のときに得られた指令値および照射位置の実データは、数式6の形にしたがって、縦長行列をつくるように縦にならべていく。キャリブレーションの試し照射のときの指令値Bcaribおよび得られた照射位置Acaribの実データは、数式6の形にしたがって、縦長行列をつくるように縦にならべていく。
【0040】
【数7】

ここで、下添えの数字は、キャリブレーションの試し照射番号を意味する(上の例では、n箇所試し照射を行ったことを意味する)。逆写像の未知パラメータ行列Xcは、発明の基礎となる技術と同様、最小二乗法の数式4により求まる。以上のキャリブレーションにより多項式の各係数を求めた後、本照射を実施する。まずスキャニング電磁石3aへのビーム入射点がキャリブレーション時から変動していないことを、ビーム輸送ダクト1に設けられたビームモニタ(図示しない)により確認する。この時ビーム入射点が変動していることが認められた場合には、前記キャリブレーション手順を再度行い、各係数を再び求めればよい。
【0041】
逆写像数式モデルである多項式モデルの次数は、扱う粒子線照射装置の特性によって、非線形性が強いものは適宜次数を上げていけばよく、数式5に示した次数=2のものである必要はない。実施の形態1でも、いくつかの多項式モデルをあらかじめ用意し、オペレータが多項式モデルを選択できるようにてもよい。
【0042】
実施の形態1においても、図5を参照して、患者に対する治療計画装置21より目標ビーム照射位置座標(x0,y0,z0)(x1,y1,z1)(x2,y2,z2)……が、データサーバ22,照射制御装置23を経由して、スキャニング制御器10に送られる。スキャニング電磁石3aへのビーム入射点が変動しないようにすると、送られた目標ビーム照射位置座標(x0,y0,z0)(x1,y1,z1)(x2,y2,z2)……が、それぞれスキャニング制御器10の逆写像数式モデル(数式5)に代入され、それぞれ各目標ビーム照射位置座標について、スキャニング電磁石の指令値の推定値(Iae,Ibe)(……と運動エネルギー指令値の推定値(Ebe)(……が算出される。
【0043】
荷電粒子ビームの位置の制御は、おおよそ、XY方向はスキャニング電磁石3により、Z方向は荷電粒子ビームの運動エネルギー調整により行うが、厳密にはこのようにきれいにXYとZとを分離できるわけではない。スキャニング電磁石3により荷電粒子ビームを制御すると、XY方向だけではなく、Z方向をも影響を受ける。同様に、荷電粒子ビームの運動エネルギーを制御すると、Z方向だけではなく、XY方向をも影響を受ける場合がある。このような影響をここでは「XYとZとの干渉項の影響」と呼ぶことにする。3入力3出力の逆写像数式モデルは、このXYとZとの干渉項の影響も考慮して指令値を生成することができる。
【0044】
従来の偏向補正による方法(例えば特許文献3)においては、Z方向を考慮しているものをみないが、実施の形態1ではこのように複数の逆写像数式モデルを用意することにより、Z方向をも考慮することができる。
このように、スキャニング制御器10における逆写像数式モデルを目標照射位置座標からなる3入力3出力としたので、スキャニング電磁石3への指令値と荷電粒子ビーム1の運動エネルギー指令値を一度に求めることができ、XYとZとの干渉項の影響をも考慮して指令値を生成するので、より高精度なビーム位置制御を実現できる。また、ファンビーム効果やコーンビーム効果に依存する照射位置座標の変動も考慮された高精度なビーム照射位置を実現できる。また、照射対象における荷電粒子ビームの目標照射位置座標から、その照射を実現するスキャニング電磁石の指令値及び荷電粒子ビームの運動エネルギーの指令値を生成する逆写像モデルとして、変換テーブルを用意して、照射対象における荷電粒子ビームの目標照射位置座標から、前記変換テーブルを使用して生成した前記指令値により前記スキャニング電磁石及び荷電粒子ビームの運動エネルギーを制御して荷電粒子ビームを走査し照射対象に照射するようにしてもよい。
【0045】
実施の形態2.
図7は実施の形態2における粒子線照射装置を示す構成図である。31はビーム輸送系に設けられた最終偏向電磁石で、Y方向スキャニング電磁石3bより上流に配置され、荷電粒子ビームをA,B、C経路に偏向する。発明の基礎となる技術の図1では、スキャニング電磁石3が最下流にある単純な場合を示したが、特許文献1の粒子線照射装置のように、スキャニング電磁石(スキャニング電磁石,ワブラー電磁石)の下流に偏向電磁石があるような場合や、特許文献2の粒子線照射装置のように、偏向電磁石をうまく利用してスキャニング電磁石を省略したものがある。かような構成例にもこの発明を適用することができ、むしろ、これらの場合は、指令値座標空間6からビーム照射位置座標空間7への正写像がより複雑になるため、この発明の効果は大きい。
【0046】
図7では、Y方向スキャニング電磁石3bは使用し、最終偏向電磁石31にX方向スキャニング電磁石の機能を持たせたものである。最終偏向電磁石31からX方向スキャニング電磁石への指令値Ia、を発生させ、荷電粒子ビームを走査し、最終偏向電磁石31にX方向スキャニング電磁石の指令値の推定値Iaeを入力する。このように、最終偏向電磁石31にX方向スキャニング電磁石と同様な機能をも持たせるものである。
【0047】
実施の形態3.
実施の形態1において、多項式の係数(未知パラメータ)の求め方として、最小二乗法について説明した。この多項式の係数(未知パラメータ)の求め方において、重み付け最小二乗法を用いてもよい。この重み付け最小二乗法とは、多項式の係数(未知パラメータ)を求めるもとのデータ(キャリブレーション時の実データ)において、各データに重みをつけて計算するものである。例えば、キャリブレーションの試し照射を行う際、何らかの理由により(例えば電気的ノイズ等)、信頼性の低いデータが得られる場合がある。この場合、信頼性の低いデータには0に近い重みをかけることによって、このデータの影響を抑えることができる。
また、照射対象をいくつかのエリアに分割して、それぞれのエリアごとに多項式の未知パラメータを求めても良い。この場合、あるエリアAの多項式を計算する場合、キャリブレーションの試し照射の実データにおいてエリアAに属するデータは重み1を、エリアAに属さないデータは0に近い重みをかけて計算することによって、より実現象に近い、すなわち高精度な照射を実現することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御器で加速器とスキャニング電磁石とを制御して前記加速器からの荷電粒子ビームを照射対象に照射する粒子線照射装置において、
前記スキャニング電磁石は、X方向スキャニング電磁石と、前記X方向スキャニング電磁石の走査方向と直交する方向に走査するY方向スキャニング電磁石とを有し、
前記制御器は、照射対象における荷電粒子ビームの目標照射位置座標から、その照射を実現する前記X方向スキャニング電磁石を励磁するためのX方向指令値,及び前記Y方向スキャニング電磁石を励磁するためのY方向指令値をそれぞれ生成する逆写像数式モデルを有し、
前記逆写像数式モデルは、前記目標照射位置座標を表す変数を含む多項式であり、
前記多項式に含まれる未知の係数は、前記X方向とY方向スキャニング電磁石に予め設定した複数組のX方向とY方向指令値を入力すると共に、前記加速器に予め設定した複数の運動エネルギー指令値を入力して、荷電粒子ビームを制御し、実際に照射されたそれぞれの照射位置座標の実データに対して、一部のデータに低い重み付けをする重み付け最小二乗法により求め、信頼性を向上させるようにしたことを特徴とする粒子線照射装置。
【請求項2】
制御器で加速器とスキャニング電磁石とを制御して前記加速器からの荷電粒子ビームを照射対象に照射する粒子線照射装置において、
前記スキャニング電磁石は、X方向スキャニング電磁石と、前記X方向スキャニング電磁石の走査方向と直交する方向に走査するY方向スキャニング電磁石とを有し、
前記制御器は、照射対象における荷電粒子ビームの目標照射位置座標から、その照射を実現する前記X方向スキャニング電磁石を励磁するためのX方向指令値,及び前記Y方向スキャニング電磁石を励磁するためのY方向指令値をそれぞれ生成する逆写像数式モデルを有し、
前記逆写像数式モデルは、前記目標照射位置座標を表す変数を含む多項式であり、
前記多項式に含まれる未知の係数を求めるにあたっては、
前記照射対象を複数のエリアに分割し、それぞれのエリア毎の前記多項式に含まれる未知の係数を、
前記X方向とY方向スキャニング電磁石に予め設定した複数組のX方向とY方向指令値を入力すると共に、前記加速器に予め設定した複数の運動エネルギー指令値を入力して、荷電粒子ビームを制御し、実際に照射されたそれぞれの照射位置座標の実データに対して、当該エリアに属する実データの重みが当該エリアに属さない実データの重みよりも大きい重み付けをする重み付け最小二乗法により求めるようにしたことを特徴とする粒子線照射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−284507(P2010−284507A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−57521(P2010−57521)
【出願日】平成22年3月15日(2010.3.15)
【分割の表示】特願2010−500593(P2010−500593)の分割
【原出願日】平成21年6月9日(2009.6.9)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】