説明

粘弾性歯科用材料及びこれを用いた歯科用材料

【課題】フタル酸エステル系の可塑剤及びアルコール類を混合することなく重合性単量体又は共重合体に膨潤することにより粘弾性体となり、最終的に重合させることにより可塑剤の溶出が無い、液材と粉材からなる歯科用印象材料及び義歯床用材料を提供する。
【解決手段】(a)成分:少なくとも1つの不飽和二重結合を有したビニル系エステル、及び(b)成分:(メタ)アクリレート重合体又はその共重合体から成る粉材を含み、(a)成分である少なくとも1つ以上の不飽和二重結合を有したビニル系エステルは(b)成分と混合することにより膨潤して粘弾性体となり印象材料として用いられ、その後、混合物の状態で(a)成分の少なくとも1つ以上の不飽和二重結合を有したビニル系エステルを重合することにより、弾性体となり義歯床用材料として用いられる。この組成物は、所定の期間安定したゴム弾性と、その後の重合により高い曲げ特性を有する歯科材料となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、義歯床下粘膜や歯槽堤に何らかの異常がある場合、床下粘膜面を裏装することにより加わる刺激を緩和し、歪んだ粘膜を機能的形態に回復させることを目的に、粘膜調整材・機能印象材として使用する粉材と液材からなる歯科用印象材料に関する。また、前記歯科用印象材料を重合硬化させることにより得られる義歯床用材料に関する。
【背景技術】
【0002】
義歯を長期間使用することにより、歯槽堤の吸収などが発生し、次第に義歯粘膜面と義歯床下粘膜面の適合が悪くなる。その結果、床下粘膜面に局部的な過剰圧が加わることにより、義歯床下粘膜や歯槽堤に異常が発生する。義歯床下粘膜や歯槽堤に異常がある場合、床下粘膜面を軟性樹脂組成物である粘膜調整材などで裏装することにより、咬合時に義歯から床下粘膜面に加わる圧力を緩和し、正常な状態へと回復させる。
【0003】
粘膜調整材は、粉材と液材を混合することにより粘性から弾性へと物理的に性状変化することが特徴である。粉材と液材の混合物は、粘性状態で、義歯粘膜面に流し込み、流動状態で口腔内に装着して、義歯粘膜面と義歯床下粘膜面の空隙を満たし、時間とともに流動性の無い粘弾性体、或いは、弾性体へと物理的に性状が変化していく。弾性体へと変化していくにつれて、粘膜面との適合が悪くなる。弾性体へと変化した粘膜調整材は、通常3日〜10日程度、長い場合では30日程度義歯床下粘膜面に接触した状態で口腔内に保持される。
【0004】
現在、市販されている粘膜調整材の組成は、粉材として、PMMA、PEMAなどのポリアルキル(メタ)アクリレートの重合体或いは共重合体、液材としてフタル酸ジブチル(DBP)、ブチルフタリルグリコール酸ブチル(BPBG)、フタル酸ジベンジルブチル等に代表されるフタル酸エステル系の可塑剤とエチルアルコールに代表されるアルコール類の混合物が広く使用されている。従来の材料には、可塑剤、アルコール類を含有しているため、粘膜調整材が接触する口腔内への刺激、唾液中への溶出のほか、接触する義歯床に対しても膨潤性があるため、義歯の物性低下や変形などの問題があった。これらの問題を解決するために、特許文献1には、アルコール類を含有しない粘膜調整材が提案されている。
【0005】
次に、特許文献2には、脂肪族系などの酸エステル系可塑剤、反応性基を有する(メタ)アクリレート、重合性単量体又は共重合体、重合開始材からなる組成物が提案されている。しかし、重合性モノマーを入れることにより溶出量は軽減するものの、可塑剤自体に反応性基が無いことから液成分の溶出を完全に抑えるには未だ至っていない。
【0006】
このように、従来の技術では、粘膜調整材からの液材類の溶出に伴う物性の変化が解決していないため、これら問題点を早期に解決した粘膜調整材の開発が求められている。
【特許文献1】特許第2905843号公報
【特許文献2】特許第3479274号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、酸エステル系可塑剤を使用することなく、アルコール類を混合することなく重合性単量体又は共重合体に膨潤することにより粘弾性体となり、適合性が良く、可塑剤の溶出が少なく、粘弾性が劣化することなく維持することができる歯科用印象材料を提供する。更に、最終的に重合させることにより可塑剤の溶出が無い義歯床用材料を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の粘弾性歯科用材料は、
(a)成分:(a)成分の少なくとも1つの不飽和二重結合を有したビニル系エステルであり、カルボン酸ビニルエステル基、及び下記一般式[I](式中、m,nはそれぞれ2以上の整数を示し、Rは水素原子又はメチル基を示す)で示されるメタアクリル酸エステル、及び
(b)成分:(メタ)アクリレート重合体又はその共重合体から成る粉材を含み、
(a)成分である少なくとも1つ以上の不飽和二重結合を有したビニル系エステルは、(b)成分と混合することにより膨潤して粘弾性体となる粘弾性歯科用材料である。
CH=C(CH)COO−(CH−OCO−(CH−COO−R ・・・[I]
また更に、前記(b)成分の重合体は、ポリアルキル(メタ)アクリレートの単重合体又は共重合体、ポリ酢酸ビニル、エチレン酢酸ビニル共重合体、ポリアクリロニトリル、ポリブタジエン、ポリスチロール、ポリ塩化ビニルの単重合体及びその共重合体から選ばれる少なくともひとつ以上を含む粘弾性歯科用材料である。
【0009】
前記(a)成分を100質量部としたとき、(b)成分は50〜100質量部の範囲である粘弾性歯科用材料である。
【0010】
前記粘弾性歯科用材料は、歯科用印象材料であることが望ましい。
粘弾性歯科用材料を、その後、混合物の状態で(a)成分の少なくとも1つ以上の不飽和二重結合を有したビニル系エステルを重合することにより、弾性体となることを特徴とする歯科用材料である。前記歯科用材料は、義歯床用材料であることが望ましい。
【0011】
本発明の歯科用材料は、
(a)成分:(a)成分の少なくとも1つの不飽和二重結合を有したビニル系エステルであり、カルボン酸ビニルエステル基、及び下記一般式[I](式中、m,nはそれぞれ2以上の整数を示し、Rは水素原子又はメチル基を示す)で示されるメタアクリル酸エステル、及び
(b)成分:(メタ)アクリレート重合体又はその共重合体から成る粉材を含み、
(a)成分である少なくとも1つ以上の不飽和二重結合を有したビニル系エステルは、(b)成分と混合することにより膨潤して粘弾性体となり、その後、混合物の状態で(a)成分の少なくとも1つ以上の不飽和二重結合を有したビニル系エステルを重合することにより、弾性体となることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の不飽和二重結合を有したビニル系エステルの液材と、重合体の粉材からなる組成物は、所定の期間安定したゴム弾性と、その後の重合により高い曲げ特性を有する歯科材料となる。すなわち、粘弾性の状態では義歯を歯肉に装着する際に使用する歯科用印象材料として有用であり、最終的に重合した後は弾性体となるので義歯床用材料として有用である。また本発明の粘弾性歯科用材料及びこれを用いた歯科用材料は、所定の期間を経過後、ヒト粘膜の形状変化が治まり、安定した形状で適合できる。さらに、フタル酸エステル系の可塑剤及びアルコール類を混合することなく重合性単量体又は共重合体に膨潤することにより粘弾性体となり、最終的に重合させることにより可塑剤の溶出が無く、安全性の高い液材と粉材からなる歯科用印象材料及び義歯床用材料を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明者等は、アルコール類が共存しない状態で、ポリメチルメタクリレート(以下、「PMMA」と略称する)、ポリエチルメタクリレート(以下、「PEMA」ともいう)等のポリアルキル(メタ)アクリレートの重合体或いは共重合体に良好な膨潤特性があり、且つ重合性を持った可塑剤として、少なくとも1つの不飽和二重結合を有したビニル系エステルが適していることを見い出し、本発明の歯科用軟性樹脂組成物を完成した。即ち、(a)成分として、少なくとも1つの不飽和二重結合を有したビニル系エステルと、(b)成分として(メタ)アクリレート重合体又は共重合体から成る粉材からなる歯科用印象材料及び義歯床用材料である。(a)成分である少なくとも1つ以上の不飽和二重結合を有したビニル系エステルは、(b)成分であるポリアルキル(メタ)アクリレート重合体又は共重合体と混合することにより膨潤して粘弾性体となり、その後、混合物の状態で(a)成分の少なくとも1つ以上の不飽和二重結合を有したビニル系エステルを重合することにより、弾性体となる歯科用材料である。
【0014】
粉材と液材からなる歯科用印象材料は、一般的には可塑剤が約25質量%〜90質量%、更にアルコール類が含有しており、その溶出を抑えることは、物性変化の低減や生体為害作用の軽減に直結する。そこで、重合性基である不飽和二重結合をもったビニル系エステルを主成分とし、アルコール類を含有しない液材と、ポリアルキル(メタ)アクリレートを主成分とした粉材を混合し、粘性体から粘弾性体に性状が変化していく過程、もしくは、急激な性状変化の終了後、一定のゴム硬度に至った弾性体になり性状が安定した状態で、ポリアルキル(メタ)アクリレート重合体又は共重合体、(メタ)アクリレート重合体又は共重合体に膨潤したビニル系エステルが高分子鎖に絡み合うように重合することにより、口腔内への溶出を抑えることが可能となった。
【0015】
本発明においては、前記(a)成分の少なくとも1つの不飽和二重結合を有したビニル系エステルは、カルボン酸ビニルエステル基、及び下記一般式[I](式中、m,nはそれぞれ2以上の整数を示し、Rは水素原子又はメチル基を示す)で示されるメタアクリル酸エステルであることが好ましい。
CH=C(CH)COO−(CH−OCO−(CH−COO−R ・・・[I]
また、前記(b)成分の重合体は、ポリアルキル(メタ)アクリレートの単重合体又は共重合体、ポリ酢酸ビニル、エチレン酢酸ビニル共重合体、ポリアクリロニトリル、ポリブタジエン、ポリスチロール、ポリ塩化ビニルの単重合体及びその共重合体から選ばれる少なくともひとつであることが好ましい。
【0016】
また、前記(b)成分の重合体は、平均分子量が5万〜100万、平均粒子径が1〜250μmであることが好ましい。
【0017】
また、前記(b)成分の粉材又は前記(a)成分の液材には、重合開始材を含むことが好ましい。
【0018】
また、前記(a)成分を100質量部としたとき、(b)成分は50〜100質量部の範囲であることが好ましい。
【0019】
少なくとも1つ以上の不飽和二重結合を有したビニル系エステルとは、カルボン酸ビニルエステル基、及び下記一般式[I](式中、m,nはそれぞれ2以上の整数を示し、Rは水素原子又はメチル基を示す)で示されるメタアクリル酸エステルである。
CH=C(CH)COO−(CH−OCO−(CH−COO−R ・・・[I]
これらの組成より、溶解性、揮発性(臭気)などが少なく、膨潤特性なども好ましい。特に好ましくはカルボン酸系のジビニルエステル類であり、さらに好ましくはアジピン酸ジビニル(以下、AVともいう)、セバシン酸ジビニル(以下、SVともいう)である。多官能性のビニルエステルであると機械的特性が向上する。
【0020】
本発明では、前記化学式[I]で示される代表的な化合物、メタクリロイロキシエチルコハク酸メチル(以下、TAともいう)、メタクリロイロキシエチルグルタル酸メチル、メタクリロイロキシエチルアジピン酸メチル、である。好ましくはTA、メタクリロイロキシエチルグルタル酸メチルであり、更に好ましくはTAである。好ましい配合量は液材を100重量%として、1.0〜25.0質量%である。
【0021】
本発明で用いられる重合体はPMMA、PEMA等のポリアルキル(メタ)アクリレート、PMMA、ポリ酢酸ビニル、エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリアクリロニトリル、ポリブタジエン、ポリスチロール、ポリ塩化ビニル等の単独又は共重合体及びこれらの単独或いは2種類以上の混合系である。
【0022】
本発明の重合開始剤としては、目的に適した重合形式に応じて任意に選択することが可能である。粉材と液材からなる歯科用印象材料を重合させて義歯床用材料とするには熱重合も可能である。熱重合の適切な範囲は、80℃以下である。具体的にはラウロイルパーオキサイド、ベンゾイルパーオキサイド(以下、「BPO」ともいう)、1,1−ビス-t-ブチルパーオキシシクロヘキサノン、AIBNが好ましい。紫外線及び可視光線で重合させる場合には、α-ジケトン化合物のカンファーキノン(以下、「CQ」ともいう)が好ましい。還元剤としては第1級、第2級アミン又は第3級アミンが有効であり、特に第3級アミンのメタクリル酸ジメチルアミノエチルが好ましい。またジブチルチンジラウレートのスズ化合物も好ましい。また重合方法も、歯科用印象材料及び義歯床用材料で裏装した義歯を直接温水中や恒温器で加温、光重合器で光照射することにより重合させる直接法や、粘膜を複製した石膏模型に歯科用印象材料及び義歯床用材料で裏装した義歯を装着した状態で重合する間接法など、特に限定するものではない。
【0023】
弾性体の曲げ強度は10MPa〜150MPaが好ましく、さらに好ましくは40MPa〜150MPaである。
【実施例】
【0024】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に具体的に説明する。
【0025】
(実施例1)
表1に示す組成を用いて、粉及び液成分を混合した。
【0026】
粉材が液材で膨潤した後、金型中に5〜50Kgf/cmの圧力下で10〜60分間圧をかけ歯科用印象材料を作製した。
表2に、得られた歯科用印象材料ゴム弾性の経日変化を示し、表3に14日後に歯科用印象材を光重合した義歯床用材料の曲げ特性値を示した。歯科用印象材料は14日間変化することなくゴム弾性を維持した。14日後の義歯床用材料の光重合は光重合器“光重合器ツイン”(株式会社松風製商品名)で行った。照射時間は、10分間とした。
【0027】
【表1】

【0028】
下記に表1中の数値及び略語について説明する。
単位:g
略称説明:
アジピン酸ジビニル(AV)
カンファーキノン(CQ)
ジブチルチンジラウレート(GR)
重合体ポリエチルメタクリレート(PEMA−1:平均分子量25万、平均粒径40μm)
セバシン酸ジビニル(SV)
メタクリロイロキシエチルコハク酸メチル(TA)
エチレン酢酸ビニル共重合体(EV:塩化ビニル75.0±1.5質量%:酢酸ビニル25.0±1.5質量%、重合度:400±50)
(比較例1)
歯科用印象材料“松風ティッシュコンディショナー”(株式会社松風社製商品名)を用い実施例1と同様にして歯科用印象材料を作製した。ゴム硬度は液材の溶出により変化が見られ、光重合物の曲げ強度は測定不可能であった。結果を表2、3に示す。
(1)歯科用印象材料の評価方法
ゴム硬度:ゴム硬度測定は、〔HARDNESS TESTER TYPEC〕(高分子社製)を用い、温度23℃±1.5℃で測定した。
(2)義歯床用材料の曲げ特性評価
「オートグラフAG5000B」(株式会社島津製作所製)を用い試験体寸法が幅(2mm)、厚さ(2mm)及び長さ(25mm)の試料を作製し、37℃14日間生理食塩水に浸漬後の最大曲げ強度を測定した。試験体数5ケ。測定条件は、支点間距離20mm、クロヘッドスピード1mm/minとし、温度23℃±1.5℃で測定した。
【0029】
表2は、ゴム弾性を37℃生理食塩水中保存14日間後で測定したデータである(単位なし)。実施例1〜6の結果、ゴム硬度の低下もなく、市販品と比較して生理食塩水中で安定であることを示した。表2のデータを図1にグラフとして示す。
【0030】
【表2】

【0031】
表3は、曲げ強度を37℃生理食塩水中保存14日間後で測定したデータである。実施例1〜6の結果、市販品と比較して高い曲げ強度を示した。
【0032】
【表3】

【0033】
以上述べた如き不飽和二重結合を有したビニル系エステルと重合体の液材と粉材からなる歯科用印象材料は、所定の期間安定したゴム弾性を維持し、重合後は高い曲げ特性を示す義歯床用材料となった。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の実施例1〜8及び比較例1の37℃生理食塩水中保存14日間測定したゴム弾性のデータである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)成分:少なくとも1つの不飽和二重結合を有したビニル系エステルであり、ビニル系エステルはカルボン酸ビニルエステル基、及び下記一般式[I](式中、m,nはそれぞれ2以上の整数を示し、Rは水素原子又はメチル基を示す)で示されるメタアクリル酸エステル、及び
(b)成分:(メタ)アクリレート重合体又はその共重合体から成る粉材を含み、
(a)成分である少なくとも1つ以上の不飽和二重結合を有したビニル系エステルは、(b)成分と混合することにより膨潤して粘弾性体となる粘弾性歯科用材料。
CH=C(CH)COO−(CH−OCO−(CH−COO−R ・・・[I]
【請求項2】
前記(b)成分の重合体は、ポリアルキル(メタ)アクリレートの単重合体又は共重合体、ポリ酢酸ビニル、エチレン酢酸ビニル共重合体、ポリアクリロニトリル、ポリブタジエン、ポリスチロール、ポリ塩化ビニルの単重合体及びその共重合体から選ばれる少なくともひとつ以上を含む請求項1に記載の粘弾性歯科用材料。
【請求項3】
前記(a)成分を100質量部としたとき、(b)成分は50〜100質量部の範囲である請求項1又は2に記載の粘弾性歯科用材料。
【請求項4】
前記粘弾性歯科用材料は、歯科用印象材料である請求項1〜3のいずれかに記載の粘弾性歯科用材料。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の粘弾性歯科用材料を、その後、混合物の状態で(a)成分の少なくとも1つ以上の不飽和二重結合を有したビニル系エステルを重合することにより、弾性体となることを特徴とする歯科用材料。
【請求項6】
前記歯科用材料は、義歯床用材料である請求項5に記載の歯科用材料。

【図1】
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