説明

糖鎖構造に特異的な抗体の同定方法

【課題】 ファージ提示型抗体ライブラリーと糖鎖を用いて、ある特定の構造を有する糖鎖に特異的に結合する抗体を同定する方法を提供すること。
【解決手段】 糖鎖に対してファージ提示型抗体を接触させることを含む、上記糖鎖に対して特異的に結合する抗体を同定する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖結合性抗体の同定方法に関する。より詳細には、本発明は、ファージ提示型抗体ライブラリーと固相固定化糖鎖との結合を解析することによって糖鎖と特異的に結合する抗体を同定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
複合糖質分子あるいは細胞表面の糖鎖は様々な生命現象に関与している。とりわけ、癌などの疾患に伴い糖鎖の構造あるいは組織内分布が変化するという知見から、糖鎖を調べることで疾患の原因や進行のメカニズムの解明につながることが期待されている。そのため、分子あるいは組織内に分布する特定糖鎖を簡便かつ高い精度で検出することが重要視されている。
【0003】
従来、組織内あるいは分子の特定糖鎖を検出するためには、目的とする糖鎖を認識するレクチンや抗体が用いられている。しかし、レクチンの糖に対する特異性は低く、糖残基の結合様式やオリゴ糖構造を識別するといった糖鎖構造の詳細な解析には適していない。また、免疫学的手法で作製された抗体は高い特異性を有しているが、抗原性を有する糖鎖に対する抗体が得られず、その種類も限られている。
【0004】
一方、ファージディスプレイ法を応用した糖結合性ファージ提示型抗体は、免疫学的手法を用いないで作製されるため、免疫原性に関わりなく多種類の抗体が得られること、また、抗体特有の高い特異性で複雑な構造の糖鎖を識別可能であることが期待される。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ファージ提示型抗体ライブラリーと糖鎖を用いて、ある特定の構造を有する糖鎖に特異的に結合する抗体を同定する方法を提供することを解決すべき課題とした。さらに本発明は、上記方法により得られる抗体並びに抗体ライブラリーを提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、特定の構造を有する糖鎖に対してファージ提示型抗体を接触させることによって上記糖鎖に対して特異的に結合する抗体を選択的に増幅し同定することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明によれば、糖鎖に対してファージ提示型抗体を接触させることを含む、上記糖鎖に対して特異的に結合する抗体を同定する方法が提供される。
【0008】
好ましくは、糖鎖は固相に固定化されている。
好ましくは、糖鎖は糖脂質であり、さらに好ましくは人工糖脂質である。
好ましくは、糖鎖を構成する糖成分としては、例えば、D−マンノース(D−Man)、L−フコース(L−Fuc)、D−N−アセチルグルコサミン(D−GlcNAc)、D−グルコース(D−Glc)、D−ガラクトース(D−Gal)、またはD−N−アセチルガラクトサミン(D−GalNAc)がある。
【0009】
好ましくは、ファージ提示型抗体は、ヒト型一本鎖ファージライブラリーである。
好ましくは、ファージ提示型抗体は、ヒトcDNAライブラリーを鋳型としてイムノグロブリン遺伝子のVH又はVL領域のCDR1及びCDR2領域を含む断片と、CDR3領域を含む断片とをそれぞれPCR法により増幅し、それらを混合し鋳型として、PCR法によりVH又はVL領域を増幅し、増幅したこれらのDNA断片をそれぞれ非発現型ファージミドベクターに組込み、VHライブラリーとVLライブラリーを作製し、これらの大腸菌VHライブラリーとVLライブラリーにヘルパーファージを感染させ、ファージライブラリーに変換し、これらファージ型VHおよびVLライブラリーをCre組換え酵素を発現する大腸菌に共感染させて大腸菌内でVH・VLベクター間で組換え反応を行い、この大腸菌にヘルパーファージを感染させて完全長一本鎖抗体を発現するファージを作製することにより得られるものである。
【0010】
好ましくは、ファージ提示型抗体は、ヒト型一本鎖ファージライブラリーから、所定の糖鎖構造を有する人工糖脂質に対する結合能を指標にして回収されたものである。
【0011】
好ましくは、本発明の方法は、ヒト型一本鎖ファージライブラリーを用意し、所定の糖鎖構造を有する人工糖脂質に対する結合能を指標にして当該糖鎖構造に結合するヒト型一本鎖ファージをパニングにより取得し、取得したヒト型一本鎖ファージを固相に固定化されている糖鎖に接触させることを含む方法である。
【0012】
好ましくは、糖鎖とファージ提示型抗体との結合を、検出可能な物質で標識されている抗ファージ抗体を用いて検出する。
好ましくは、糖鎖とファージ提示型抗体との結合を、ELISAにより検出する。
【0013】
本発明の別の側面によれば、上記した本発明の方法により単離される、ある特定の糖鎖に対して特異的に結合する抗体又は抗体ライブラリーが提供される。
【0014】
本発明のさらに別の側面によれば、後述するM3−DPPEに特異的な結合能を有する、配列番号1及び2に記載のアミノ酸配列を有する抗体が提供される。本発明の抗体としては、例えば、配列番号3及び4に記載のアミノ酸配列を有する抗体である。
本発明のさらに別の側面によれば、配列番号1及び2に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有するDNA、並びに配列番号3及び4に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有するDNAが提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、これまで単離が不可能であった各種の糖鎖に特異的な抗体を取得することが可能になり、これにより抗体ライブラリーを構築することが可能になる。本発明の方法は、個体を免疫してポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体を作製する従来の方法とは本質的に異なる。即ち、本発明では、抗体産生機構を生体外で達成できるファージディスプレイ法を活用することにより、個体が認識できない糖鎖抗原を含む各種糖鎖に特異的かつ高親和性で結合する抗体を単離することができる。さらに本発明の方法で得られる一本鎖抗体の遺伝子操作により、改良型の二次単鎖抗体を作製することも可能であり、単鎖抗体の量産も容易である。また、本発明で得られた抗体の遺伝子操作によりトキシンや酵素などのタンパク質の糖鎖特異的デリバリーも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態についてより具体的に説明する。
(1)人工糖脂質
本発明で用いる糖脂質としては、例えば、特許第2828391号公報に記載の人工糖脂質を用いることができる。オリゴ糖を構成する糖成分の種類は特に限定されないが、例えば、D−マンノース(D−Man)、L−フコース(L−Fuc)、D−N−アセチルグルコサミン(D−GlcNAc)、D−グルコース(D−Glc)、D−ガラクトース(D−Gal)、D−N−アセチルガラクトサミン(D−GalNAc)などの単糖が挙げられる。
【0017】
さらに、シアル酸残基を有するスフィンゴ糖脂質であるガングリオシドを用いることもできる。なお、ガングリオシドは、細胞膜表面に存在し、細胞の増殖、分化あるいはシグナル伝達などを調節することが知られている、また、ガングリオシドは、癌細胞の浸潤や転移において他の細胞や組織との相互作用プロセスにも関与していることが知られている。
【0018】
オリゴ糖中で、各構成糖は、α1→2結合、α1→3結合、α1→4結合、α1→6結合またはβ1→4結合等あるいはこれらの組み合わせにより結合したものである。例えば、マンノースは上記の結合により直鎖を構成してもよく、又はα1→3結合、α1→6結合との組み合わせにより分岐構造をとってもよい。オリゴ糖中の単糖の数は、好ましくは2から11個である。
【0019】
具体的なオリゴ糖として、例えばマンノビオース(M2)、マンノトリオース(M3)、マンノテトラオース(M4)、マンノペンタオース(M5)、マンノヘキサオース(M6)、マンノヘプタオース(M7)、種々の混合オリゴ糖、例えば下記に示すM5(化1)及びRN(化2)等を挙げることができる。
【0020】
【化1】

【0021】
【化2】

【0022】
さらに、グルコースを含有するオリゴ糖として化3に示す構造を有するものを挙げることができ、N−アセチルグルコサミンを含むオリゴ糖として化4に示すものを挙げることができ、そしてフコースを含むオリゴ糖として化5に示すものを挙げることができる。
【0023】
【化3】

【0024】
【化4】

【0025】
【化5】

【0026】
これらのオリゴ糖は、いずれも1個の還元末端アルデヒド基を有する。そこで、このアルデヒド基を、オリゴ糖を固定化するための手段として使用することができる。すなわち、このアルデヒド基とアミノ基を有する脂質との間に反応によりシッフ塩基を形成し、次にこのシッフ塩基を常法に従って還元、好ましくは化学還元、例えばNaBH3CNによりオリゴ糖と脂質とを結合することができる(水落次男・中田宗宏、グライコバイオロジー実験プロトコール、42−47頁、秀潤社、1996)。
【0027】
上記のアミノ基を有する脂質は、好ましくはアミノ基を有するリン脂質であり、例えばジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(DPPE)、ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン(DSPE)等を使用することができる。上記のようにして得られたオリゴ糖と脂質との結合物を本発明においては人工糖脂質と称する場合がある。
【0028】
本発明で用いる糖脂質は、前記の人工糖脂質であってもよいし、さらには、天然物、例えば牛脳、ガン細胞、またはその他の動植物から得られる糖脂質、これらの糖脂質を修飾したもの、例えば、糖転移酵素を作用させ糖鎖を付加したもの、あるいは化学合成したものを使用することができる。具体的には、例えば、ガングリオシド(GT1a、GD1a、GM1、GM2、GM3、GM4、GQ1b、GT1b、GD1b、GD2、GD3、GP1c、GQ1c、GT1c、GT2およびGT3)等が挙げられる。
【0029】
(2)抗原コートプレート
抗原となる人工糖脂質を溶解する溶剤は特に限定しないが、クロロホルム/メタノール/水(10:10:3、体積比)に溶解後、さらにメタノールで、例えば40μg/mlに希釈することが望ましい。この溶液を、例えば96ウェルプラスチックプレート(平底)に加えて風乾させ、人工糖脂質をウェルに固定化させる。このウェルをブロッキングし、洗浄する。かかる操作で人工糖脂質をコートしたプレートを、抗原コートプレートと称する場合がある。
【0030】
緩衝液にはトリス緩衝生理食塩水(以下、TBSという)を用いることが望ましい。また、ブロッキング用溶液としては例えば3%ウシ血清アルブミンを含むTBS(以下、3%BSA/TBSという)が、洗浄溶液としては例えば0.2%Tween20を含むTBS(以下、TBS−Tという)が望ましい。
【0031】
(3)ファージ提示型抗体
ファージ提示型抗体は、公知の方法により作製することができる(Marks JDほか、J.Mol.Biol.222巻581−597頁、1991年;Nissim Aほか、EMBO J.13巻692−698頁、1994年;高柳淳・奥井理予・清水信義、超レパートリー人工抗体ライブラリ、出願番号 特願2001−358602(国際公開番号WO03/04419号))。
【0032】
ファージ提示型抗体ライブラリーは、繊維状ファージのコートタンパク質に抗体を融合させることにより、ファージの表面上に抗体を提示(ディスプレイ)するシステムを応用したものである。具体的には、抗体遺伝子をPCRで増幅して多種類の抗体遺伝子を含むライブラリーを作製し、これをファージ上に提示させることによってファージディスプレイライブラリーとすることができる。以下に、ファージ提示型単鎖抗体の作製方法の具体例を示すが、これに限定されるものではない。
【0033】
ヒト末梢血および脾臓cDNAライブラリーを鋳型としてイムノグロブリン遺伝子のVH又はVL領域のCDR1及びCDR2領域を含む断片と、CDR3領域を含む断片とをそれぞれPCR法により増幅する。それらを混合し鋳型として、PCR法によりVH又はVL領域を増幅する。増幅したこれらのDNA断片をそれぞれ非発現型ファージミドベクターに組込み、VHライブラリーとVLライブラリーを作製する。これらの大腸菌VHライブラリーとVLライブラリーに、ヘルパーファージを感染させ、ファージライブラリーに変換する。これらファージ型VHおよびVLライブラリーをCre組換え酵素を発現する大腸菌に共感染させ、大腸菌内でVH・VLベクター間で組換え反応を行う。この大腸菌にM13KO7ヘルパーファージを感染させ、完全長一本鎖抗体を発現するファージを生成させることができる。これらのファージに混入している非組換え体を取り除くため、このファージを多重感染が起こらないように大腸菌に感染させ、さらにヘルパーファージを重感染させ、アンピシリン・カナマシン・クロラムフェニコールを含みグルコースを含まない培地で25℃で培養する。これにより上清中に組換え一本鎖抗体を発現するファージを得ることができる。上清中のファージをポリエチレングリコールで沈殿し、再懸濁し、10の11乗以上のレパートリーを有する人工抗体ライブラリーを得ることができる。
【0034】
さらに目的の糖結合性を有するファージ提示型抗体は、上記方法により作製したヒト型一本鎖ファージライブラリーから、当該糖鎖構造を有する人工糖脂質に対する結合能を指標にして選択的に回収することができる。この操作をパニングと称する場合がある。
【0035】
(4)ファージ提示型抗体の糖結合性解析法
パニングを繰り返して得られたファージ提示型抗体の糖結合性を解析する方法としては、例えば以下に述べるELISA法を応用して解析することが、多数のファージクローン試料について同時解析できる上で望ましい。すなわち、96ウェルプラスチックプレートに糖鎖を固定化し、ファージ提示型抗体の非特異的吸着をなくすため、例えば3%BSAを含む緩衝液でブロッキングする。これに、緩衝液で適切な濃度に調製したファージ提示型抗体の懸濁液を加え、十分に反応させた後(例えば、37℃で2時間)、緩衝液で洗浄する。
【0036】
糖鎖に結合したファージ提示型抗体を検出・定量するため、検出に適切な物質で標識されている抗ファージ抗体の水溶液を反応させ、緩衝液で洗浄後、標識物質の検出に最適な手法で検出・定量する。このとき、抗ファージ抗体の標識物質は特に制限されないが、例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼでの標識が、簡便さの点で望ましい。また、検出に用いる検出器も特に制限されないが、例えばELISAに適したプレートリーダーを用いることが望ましい。
【0037】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0038】
実施例1:マンノトリオースあるいはラクト−N−フコペンタオースIIIに結合
能をもつファージ提示型単鎖抗体
(1)人工糖脂質の調製
先ず、マンノトリオース(M3)またはラクト−N−フコペンタオースIII(
LNFPIII)2.5mgに600μlの蒸留水を加え溶解してオリゴ糖溶液を調製した。次に、クロロホルム/メタノール(1:1、体積比)混合液にDPPEを5mg/mlの濃度に溶解してDPPE溶液を調製した。また、メタノールにNaBH3CNを10mg/mlの濃度に溶解してNaBH3CN溶液を調製した。前記オリゴ糖の各溶液600μlに前記DPPE溶液9.4mlおよび前記NaBH3CN溶液1mlを加えて混合した。この混合液を60℃にて16時間保温し、人工糖脂質を生成させた。
【0039】
前記のように合成した人工糖脂質はシリカゲルカラムを用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)とODSカラムで精製した。シリカゲルカラムはShim−pack PREP−SILを用い、室温で行った。カラムをクロロホルム/メタノール/50mM酢酸(65:30:5、体積比)で平衡化した後、同溶媒に溶解した人工糖脂質を含む試料を注入し、60分間でクロロホルム、メタノールおよび50mM酢酸の比が50:55:18となる直線濃度勾配溶出を行った。流速は2ml/minであり、溶出液は4mlずつ分画した。ODSカラムは50mM酢酸で平衡化した後、同溶媒に溶解した人工糖脂質を含む試料をカラムに添加し、さらに同溶媒でカラムを洗浄後、50%アセトニトリル、メタノール、およびクロロホルム/メタノール/50mM酢酸(105:100:28、体積比)を順次流して人工糖脂質を溶出した。
【0040】
(2)抗原コートプレートおよびファージ回収用プレートの作製
人工糖脂質をクロロホルム/メタノール/水(10:10:3、体積比)に1mg/mlの濃度に溶解し、さらにメタノールで25倍希釈する(最終濃度40μg/ml)。この溶液を96ウェルプラスチックプレート(平底)に1ウェルあたり50μl(2μg/ウェル)入れ、37℃で静置し風乾させる。このウェルに3%BSA/TBSを加え、4℃で一晩静置しブロッキングする。これをTBS−Tで2回洗浄し、次にTBSで1回洗浄する。
【0041】
一方、別の96ウェルプラスチックプレートに150μlの3%BSA/TBSを入れ、4℃で一晩静置し、TBS−Tで2回、TBSで1回洗浄する。このプレートをファージ回収用プレートという場合がある。
【0042】
(3)抗体ライブラリーの作製法
ヒト末梢血および脾臓cDNAライブラリーを鋳型としてイムノグロブリン遺伝子のVH又はVL領域のCDR1及びCDR2領域を含む断片と、CDR3領域を含む断片とをそれぞれPCR法により増幅した。それらを混合し鋳型として、PCR法によりVH又はVL領域を増幅した。
【0043】
増幅したこれらのDNA断片をそれぞれ非発現型ファージミドベクターに組込み、VHライブラリーとVLライブラリーを作製した。それぞれ、10の6乗および10の5乗個以上のコロニーを含むように作製した。これら大腸菌VHライブラリーとVLライブラリーに、M13KO7ヘルパーファージを感染させ、ファージライブ ラリーに変換した。これらファージ型VHおよびVLライブラリーをCre組換え酵素を発現する大腸菌に共感染させ、大腸菌内でVH・VLベクター間で組換え反応を行った。この大腸菌にM13KO7ヘルパーファージを感染させ、完全長一本鎖抗体を発現するファージを生成させた。これらのファージに混入している非組換え体を取り除くため、このファージを多重感染が起こらないように大腸菌XL1−Blue株に感染させ、さらにM13KO7ヘルパーファージを重感染させ、アンピシリン・カナマシン・クロラムフェニコールを含みグルコースを含まない培地で25℃で培養した。これにより上清中に組換え一本鎖抗体を発現するファージを得た。上清中のファージをポリエチレングリコールで沈殿し、再懸濁し、10の11乗以上のレパートリーを有する人工抗体ライブラリーを得た。使用するまで−80℃で凍結保存した。
【0044】
(4)パニング操作
250μlのヒト型一本鎖ファージライブラリー(1.8×1015pfu/ml)に1.3mlのTBS、1.3mlの3%BSA/TBSおよび30μlの10%Tween20を含むTBSを混和し、37℃で1時間保温した。
【0045】
抗原コートプレートに、上記の処理をしたファージライブラリーを1ウェルあたり50μlずつ添加し、37℃で1時間保温する。このウェルをTBS−Tで3回、TBSで2回洗浄後、残液を丁寧に除去した。各ウェルに100mMトリエチルアミン(以下、TEAという)を50μlずつ添加し、10分間室温に静置して、結合したファージを遊離させた。
【0046】
一方、ファージ回収用プレートに、1Mトリス塩酸緩衝液(pH7.4)と3%BSA/TBSを2:1で混和して作製した中和液(以下、NRという)を、1ウェルあたり100μlずつ加えた。このウェルに、上記操作で遊離したファージを含むTEAを回収した。再度、上記抗原コートプレートのウェルにTEAを添加し、20分間室温に静置後、これをNR中に回収した。
【0047】
回収したファージ液に、大腸菌TG−1株の懸濁液を1ウェルあたり100μlずつ添加し、37℃で1時間保温した。これをLBGC(LB/グルコース/カルベニシリン)寒天プレートに播き、25℃で培養してコロニーを形成させた。コロニーを回収し、カルベニシリンを含むSBS培地で2時間回転培養(210rpm)した。次に、ヘルパー・ファージを添加して37℃で1時間静置後、カナマイシンとクロラムフェニコールを添加して、25℃で2晩回転培養(210rpm)した。
【0048】
培養液を遠心(5000×g、30分、4℃)し、上清液に20%ポリエチレングリコール/2.5M NaCl溶液を1/4量加え、氷中で1時間静置した。これを遠心(15000×g、30分、4℃)後、沈殿したファージをTBSで懸濁し回収した。これに等量の3%BSA/TBSおよび1/20量の10%Tween20を含むTBSを添加し、37℃で1時間保温後、不溶性成分を遠心除去(18000×g、5分、4℃)して、上清を一次パニング・ファージとして回収した。
【0049】
回収したファージについて上記と同様のパニング操作を繰り返し、四次パニング・ファージを回収した。ただし、二次パニングの操作では24ウェルプレートを、三次パニングの操作では12ウェルプレートを、四次パニングの操作では6ウェルプレートをそれぞれ使用した。また、三次パニング以降の洗浄操作では、TBS−TとTBSでの洗浄に加え、100mMグリシン塩酸緩衝液(pH2.7)による洗浄も行った。
【0050】
上記の方法に従って、マンノトリオースから作製した人工糖脂質(以下、M3−DPPEという)あるいはラクト−N−フコペンタオースIIIから作製した人工糖脂質(以下、LNFPIII−DPPEという)を用いてパニングを行い、四次パニングで得られた各ファージ・クローンについて、当該人工糖脂質との結合性をそれぞれ以下に記載するELISA法で調べた。
【0051】
(5)ELISA
96ウェルプラスチックプレート(丸底)にカルベニシリンを含むSBS培地を1ウェルあたり50μlずつ入れ、これに四次パニング・ファージのコロニーを移し、37℃で1時間回転培養した。次に、ヘルパー・ファージを加え37℃で1時間回転培養後、カナマイシンとクロラムフェニコールを含むSBS培地を添加して25℃で1晩回転培養した。これを遠心(1500rpm、15分、4℃)して得られた上清液50μlに100μlの3%BSA/TBSを添加し、37℃で1時間保温した。
【0052】
96ウェルプラスチックプレートの各ウェルに1μgの人工糖脂質(M3−DPPE、あるいはLNFPIII−DPPE)を固定化した後、150μlの3%BSA/TBSで4℃一晩ブロッキング処理した。また、コントロールとして人工糖脂質をコートしないウェルも準備した。これに上記ファージ液75μlを添加し、37℃で1時間保温した。対照として、抗原を固定化していないウェルについても同様の操作を行った。ウェルを200μlのTBS−Tで5回洗浄後、50μlの西洋ワサビペルオキシダーゼ(以下、HRPという)標識抗M13抗体溶液を加え、37℃で1時間保温した。ウェルを200μlのTBS−Tで10回洗浄後、さらに200μlのTBSで1回洗浄した。これに100μlのHRP発色溶液を入れて室温で反応させ、30分後、100μlの2%シュウ酸を加えて反応を停止させた。これをプレートリーダーにセットし、415nmの吸収を測定した。
【0053】
測定結果を図1及び図2に示す。図1はM3−DPPEでパニングした各ファージ・クローンのM3−DPPEへの結合性を調べた一例であり、また、図2はLNFPIII−DPPEでパニングした各ファージ・クローンのLNFPIII−DPPEへの結合性を調べた一例である。図1と図2のグラフにおいて、当該人工糖脂質をコートした場合(図中(+))とコートしない場合(図中(-))の吸光度の比が2倍以上であったコロニーをポジティブクローンとした。
【0054】
実施例2:ポジティブクローンのクローニングと配列決定
(1)コロニーPCRおよび制限酵素処理
使用するプライマーは以下のものである。
cmf:5'-TGTGATGGCTTCCATGTCGGCAGAATGC-3'(配列番号5)
g3-R:5'-GCTAAACAACTTTCAACTTTCAATAGTCTATGGGGCAC-3'(配列番号6)
【0055】
操作は以下のとおりである。抗原ポジティブ抗体ファージを大腸菌(TG−1株またはXL−1blue株)に感染させて寒天培地に播種する。TG−1株の場合はカルベニシリン含有LBGC寒天培地を、XL−1blue株の場合はテトラサイクリンおよびアンピシリン含有LBGTA寒天培地を用いる。25℃で1〜2日間培養しコロニーを形成させる。MgCl2を含むPCR用の緩衝液に4種類のデオキシヌクレオチド三りん酸(dNTPs)各0.2mM、上記の2種のプライマーを各0.5μM、Taqポリメラーゼを2.5U/100μlを添加した反応溶液を調製し、PCR用チューブに20μl入れておく。コロニーを楊子で突いて反応液に入れ楊子を数回振る。PCR機器に装着し、94℃で2分プレインキュベーションした後、94℃を20秒、50℃を10秒、68℃を1分といったサイクルを30サイクル回し、最後に4℃で保存しておく。1%アガロースゲルを調整し、PCRしたサンプルをアガロースゲル電気泳動にかけ、PCR産物の有無とサイズを確認する。
【0056】
制限酵素処理にはMvaIを用いた。操作は次のとおりである。TAバッフ
ァーに添加し、37℃で1時間保温する。4%アガロースゲル(2%スタンダードアガロース、2%低温融解アガロース)にのせて電気泳動を行い、切断パターンをクローンごとに比較する。
【0057】
(2)scFvのシークエンシング
M3−DPPEに結合能をもつファージクローンM3A4−12およびM3G4−10のシークエンシングを行った。結果を図3及び図4に示す。ファージクローンM3A4−12のVHのアミノ酸配列(とそれをコードする塩基配列)を配列番号1、VLのアミノ酸配列(とそれをコードする塩基配列)を配列番号2、ファージクローンM3G4−10のVHのアミノ酸配列(とそれをコードする塩基配列)を配列番号3、VLのアミノ酸配列(とそれをコードする塩基配列)を配列番号4に示す。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】図1は、M3−DPPEでパニングした得られたファージ・クローン(24クローン)のM3−DPPEへの結合性を調べた一例であり、24クローンのうち4クローンがポジティブを示している。
【図2】図2は、LNFPIII−DPPEでパニングした得られたファージ・クローン(24クローン)のLNFPIII−DPPEへの結合性を調べた一例であり、24クローンのうち23クローンがポジティブを示している。
【図3】図3は、M3−DPPEに結合能をもつファージクローンM3A4−12のシークエンシングの結果を示す。
【図4】図4は、M3−DPPEに結合能をもつファージクローンM3G4−10のシークエンシングの結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖鎖に対してファージ提示型抗体を接触させることを含む、上記糖鎖に対して特異的に結合する抗体を同定する方法。
【請求項2】
糖鎖が固相に固定化されている、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
糖鎖が糖脂質である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
糖鎖が人工糖脂質である、請求項1から3の何れかに記載の方法。
【請求項5】
糖鎖を構成する糖成分が、D−マンノース(D−Man)、L−フコース(L−Fuc)、D−N−アセチルグルコサミン(D−GlcNAc)、D−グルコース(D−Glc)、D−ガラクトース(D−Gal)、D−N−アセチルガラクトサミン(D−GalNAc)、またはシアル酸である、請求項1から4の何れかに記載の方法。
【請求項6】
ファージ提示型抗体が、ヒト型一本鎖ファージライブラリーである、請求項1から5の何れかに記載の方法。
【請求項7】
ファージ提示型抗体が、ヒトcDNAライブラリーを鋳型としてイムノグロブリン遺伝子のVH又はVL領域のCDR1及びCDR2領域を含む断片と、CDR3領域を含む断片とをそれぞれPCR法により増幅し、それらを混合し鋳型として、PCR法によりVH又はVL領域を増幅し、増幅したこれらのDNA断片をそれぞれ非発現型ファージミドベクターに組込み、VHライブラリーとVLライブラリーを作製し、これらの大腸菌VHライブラリーとVLライブラリーにヘルパーファージを感染させ、ファージライブラリーに変換し、これらファージ型VHおよびVLライブラリーをCre組換え酵素を発現する大腸菌に共感染させて大腸菌内でVH・VLベクター間で組換え反応を行い、この大腸菌にヘルパーファージを感染させて完全長一本鎖抗体を発現するファージを作製することにより得られるものである、請求項1から6の何れかに記載の方法。
【請求項8】
ファージ提示型抗体が、ヒト型一本鎖ファージライブラリーから、所定の糖鎖構造を有する人工糖脂質に対する結合能を指標にして回収されたものである、請求項1から7の何れかに記載の方法。
【請求項9】
ヒト型一本鎖ファージライブラリーを用意し、所定の糖鎖構造を有する人工糖脂質に対する結合能を指標にして当該糖鎖構造に結合するヒト型一本鎖ファージをパニングにより取得し、取得したヒト型一本鎖ファージを固相に固定化されている糖鎖に接触させることを含む、請求項1から8の何れかに記載の方法。
【請求項10】
糖鎖とファージ提示型抗体との結合を、検出可能な物質で標識されている抗ファージ抗体を用いて検出する、請求項1から9の何れかに記載の方法。
【請求項11】
糖鎖とファージ提示型抗体との結合を、ELISAにより検出する、請求項1から10の何れかに記載の方法。
【請求項12】
請求項1から11の何れかに記載の方法により単離される、ある特定の糖鎖に対して特異的に結合する抗体又は抗体ライブラリー。
【請求項13】
M3−DPPEに特異的な結合能を有する、配列番号1及び2に記載のアミノ酸配列を有する抗体。
【請求項14】
M3−DPPEに特異的な結合能を有する、配列番号3及び4に記載のアミノ酸配列を有する抗体。
【請求項15】
配列番号1及び2に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有するDNA。
【請求項16】
配列番号3及び4に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有するDNA。



【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2006−55141(P2006−55141A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−243199(P2004−243199)
【出願日】平成16年8月24日(2004.8.24)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】