説明

純銅板の製造方法及び純銅板

【課題】微細な結晶組織を有すると共に、適度な硬さを有し、また高い特殊粒界長さ比率を付与する純銅板の製造方法、及びその製造方法により製造されたスパッタリング用ターゲットやめっき用アノード等の純銅板を提供する。
【解決手段】純度が99.96wt%以上である純銅インゴットを550〜800℃に加熱して、圧延率が80%以上で圧延終了温度が500〜700℃である熱間圧延加工を施した後に、前記圧延終了温度から200℃以下の温度になるまで200〜1000℃/minの冷却速度にて急冷し、その後、5〜24%の圧延率で冷間圧延して焼鈍する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、良好な品質を有する純銅板の製造方法、特に詳しくは微細な結晶組織を有すると共に、適度な硬さを有し、また部分再結晶化によって双晶組織を形成させることにより高い特殊粒界長さ比率を付与する純銅板を製造する方法、及びその製造方法により製造されたスパッタリング用ターゲットやめっき用アノード等の素材の純銅板に関する。
【背景技術】
【0002】
純銅板は、通常、純銅のインゴットを熱間圧延或いは熱間鍛造した後、冷間圧延或いは冷間鍛造を施し、その後、歪み取り或いは再結晶化の為の熱処理を施すことにより製造される。この様な純銅板は、鋸切断、切削加工、エンボス加工、冷間鍛造などにて所望の形状に加工されて使用されるが、加工時のムシレを少なくする為にも、結晶粒径が小さいことが要求される。
【0003】
また、上述の方法にて製造された純銅板は、最近では、半導体素子の配線材料用のスパッタリングターゲットとして使用されている。半導体素子の配線材料としてAl(比抵抗3.1μΩ・cm程度)が使われてきたが、最近の配線の微細化に伴い、更に抵抗の低い銅配線(比抵抗1.7μΩ・cm程度)が実用化されている。この銅配線の形成プロセスとしては、コンタクトホール又は配線溝の凹部にTa/TaNなどの拡散バリア層を形成した後、銅を電気メッキすることが多く、この電気メッキを行うために下地層(シード層)として、純銅をスパッタ成膜することが行われる。
【0004】
通常では、4N(純度99.99%以上:ガス成分抜き)程度の電気銅を粗金属として湿式や乾式の高純度化プロセスによって、5N(純度99.999%以上)〜6N(純度99.9999%以上)の純度の高純度銅を製造し、これを上述の方法にて純銅板とし、更に、所望の形状に加工後にスパッタリングターゲットとして使用している。電気抵抗の低いスパッタ膜を作製するためには、スパッタリングターゲット中の不純物含有量を一定値以下に抑え、また、合金化するために添加する元素も一定レベル以下に下げる必要があり、スパッタ膜厚の均一性を得るためには、スパッタリングターゲットの結晶粒径及び結晶配向性のばらつきを抑えることが必要となっている。
【0005】
この様なスパッタリング用純銅ターゲットを工業的に製造する従来の方法として、特許文献1に、純度が99.995wt%以上である純銅のインゴットを熱間加工し、その後900℃以下の温度で焼鈍を行い、ついで冷間圧延を40%以上の圧延率で施した後、500℃以下の温度で再結晶焼鈍することにより、実質的に再結晶組織を有し、平均結晶粒径が80ミクロン以下であり、かつビッカース硬さが100以下であるスパッタリング用銅ターゲットを得る方法が開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、5N以上の高純度銅インゴットを熱間鍛造や熱間圧延等の加工率50%以上の熱間加工を施した後、さらに、冷間圧延や冷間鍛造等の加工率30%以上の冷間加工を行って、350〜500℃、1〜2時間の熱処理を実施することにより、NaおよびK含有量がそれぞれ0.1ppm以下、Fe、Ni、Cr、Al、Ca、Mg含有量がそれぞれ1ppm以下、炭素および酸素含有量がそれぞれ5ppm以下、UおよびTh含有量がそれぞれ1ppb以下、ガス成分を除いた銅の含有量が99.999%以上であり、さらに、スパッタ面における平均粒径が250μm以下で、平均粒径のばらつきが±20%以内、X線回折強度比I(111)/I(200)がスパッタ面において2.4以上でそのばらつきが±20%以内であるスパッタリング用銅ターゲットを得る方法が開示されている。
【0007】
また、特許文献3には、純度6N以上の高純度銅と添加元素からできたインゴットの表面層を除去して、熱間鍛造、熱間圧延、冷間圧延、熱処理工程を経て得られた、Alを0.5〜4.0wt%含有し、Siが0.5wtppm以下である銅合金スパッタリングターゲット、Snを0.5〜4.0wt%含有し、Mnが0.5wtppm以下である銅合金スパッタリングターゲット、並びに、これらにSb、Zr、Ti、Cr、Ag、Au、Cd、In、Asから選択した1又は2以上を総量で1.0wtppm以下含有する銅合金スパッタリングターゲットが開示されている。特に、実施例中には、製造したインゴットの表面層を除去してφ160mm×厚さ60mmとした後、400℃で熱間鍛造してφ200mmとし、その後、400℃で熱間圧延してφ270mm×厚さ20mmまで圧延し、更に冷間圧延でφ360mm×厚さ10mmまで圧延し、500℃にて1時間熱処理後、ターゲット全体を急冷してターゲット素材とするとの記載がある。
【0008】
この様なスパッタリング用銅ターゲットの製造方法に代表されるように、従来の純銅板の製造方法では、均質で安定した再結晶組織を得る為に、純銅インゴットを熱間鍛造や熱間圧延をした後、冷間鍛造や冷間圧延を行い、更に熱処理が施されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平11−158614号公報
【特許文献2】特開平10−330923号公報
【特許文献3】特開2009−114539号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで大型形状の均質で安定した結晶組織を有する純銅板を工業的に製造する従来の方法では、純銅インゴットに熱間鍛造や熱間圧延を施した後、更なる冷間鍛造や冷間圧延、熱処理を施すことが必要であるが、前記純銅板をスパッタリングターゲット、めっき用アノードあるいは放熱基板などに用いた場合、スパッタリングターゲットでは長時間に渡るスパッタ中での異常放電の抑制、めっき用アノードでは面内溶解均質性の向上、また放熱基板では耐熱疲労特性といった特性に対し、微細化のみでの対応が困難となってきた。
【0011】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、特にスパッタリングターゲット素材やめっき用アノード素材の製造において、熱間圧延した純銅からなる圧延板に冷間圧延での圧延率を5〜24%とし、さらに焼鈍することによって微細な結晶組織を有すると共に、部分再結晶化によって双晶組織を形成させることにより高い特殊粒界比率を付与し、スパッタリングターゲットやめっき用アノードに適した純銅板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意検討の結果、純銅のインゴットを、結晶粒の成長を抑制するために一定の条件下で熱間圧延し、粒成長を停止させるために一定の条件化で急冷した後に冷間圧延、熱処理を施すことにより、EBSD法で測定した特殊粒界の長さ比率を25%以上とすることにより、スパッタ時の異常放電の抑制や、めっき中の不溶性スライムの発生を抑制した純銅板を製造できることを見出した。
【0013】
本発明の純銅板の製造方法は、純度が99.96wt%以上である純銅のインゴットを、550℃〜800℃に加熱して、総圧延率が80%以上で圧延終了時温度が500〜700℃である熱間圧延加工を施した後に、前記圧延終了時温度から200℃以下の温度になるまで200〜1000℃/minの冷却速度にて急冷し、その後、5〜24%の圧延率で冷間圧延して焼鈍することを特徴とする。
【0014】
微細な結晶粒を得るために、熱間圧延によって大きなエネルギーを付与した後に急冷することが有効であるが、その場合に、熱間圧延終了温度を500〜700℃に抑えることが重要である。熱間圧延終了温度が700℃を超えると、結晶粒が急激に大きくなり、その後に急冷しても微細な結晶粒を得ることが困難である。また、熱間圧延終了温度を500℃未満としても、結晶粒径の微細化の効果は飽和しており、それ以上に温度を下げても微細化には寄与しない。また、圧延温度が低いと所望の総圧延率を得るためには過大なエネルギーが必要になり、その加工が困難である。そして、この熱間圧延終了温度を500〜700℃とするために、熱間圧延の開始温度を550〜800℃とした。
【0015】
また、この熱間圧延による総圧延率として80%以上とするのが良く、総圧延率を80%以上とした大きなエネルギーによって結晶粒の増大を抑制するとともに、そのバラツキを小さくすることができる。総圧延率が80%未満であると、結晶粒が大きくなる傾向にあるとともに、そのバラツキが大きくなる。
【0016】
そして、このような熱間圧延終了後に、200℃以下の温度になるまで200〜1000℃/minの冷却速度で急冷する。冷却速度が200℃/min未満では、結晶粒の成長を抑制する効果に乏しく、1000℃/minを超えても、それ以上の微細化には寄与しない。より好ましい冷却速度は300〜600℃/minの範囲である。
このような範囲の冷却速度にて200℃以下の温度まで冷却すれば結晶粒の成長を停止して微細な結晶粒のものを得ることができる。200℃を超える温度で急冷を止めてしまうと、その後、その高温状態での放置によって徐々に結晶粒が成長するおそれがある。
そしてこの急冷の後に、5〜24%の圧延率の冷間圧延と焼鈍処理をすることによって、結晶粒径が微細化すると共に、部分再結晶化によって双晶組織を形成させることにより高い特殊粒界比率を付与することができる。
【0017】
また、本発明の製造方法によって製造された純銅板は、EBSD法にて測定した結晶粒界の全粒界長さLに対する特殊粒界の全特殊粒界長さLσの比率(特殊粒界長さ比率、Lσ/L)が25%以上であることを特徴とする。
また、EBSD法にて測定した平均結晶粒径が10〜120μmであり、ビッカース硬さは40〜90であるとなおよい。
特に、前記特殊粒界長さ比率が25%以上であることにより、結晶粒界の整合性が向上して、スパッタリングターゲットのスパッタ中での異常放電の抑制や、めっき用アノードの面内溶解均質性の向上といった各種特性が良好になる。
【0018】
本発明の純銅板はスパッタリングターゲットやめっき用アノードに用いると好適である。
前述したように、本発明の純銅板は、結晶粒径が微細であり、特殊粒界長さ比率が25%以上であることにより、スパッタリングターゲットとして用いた場合、長時間に渡って異常放電を抑制することができ、まためっき用アノードとして用いた場合、面内溶解均質性が向上し不溶性スライムの発生を抑制することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、結晶粒径が微細であり、特殊粒界長さ比率が25%以上であることにより、長時間に渡って異常放電を抑制することができるターゲットおよび面内溶解均質性が向上し不溶性スライムの発生を抑制することができるめっき用アノードを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】純銅板の表面を切削したときに生じるムシレの顕微鏡写真である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に、本発明の実施形態について説明する。
この実施形態の純銅板は、銅の純度が99.96wt%以上の無酸素銅、又は99.99wt%以上の電子管用無酸素銅である。
本発明の圧延板の平均結晶粒径は10〜120μmとされ、ビッカース硬さは40〜90であり、またEBSD法にて測定した特殊粒界長さ比率が25%以上とされる。
【0022】
結晶粒径が200μmを超える大きな結晶粒が混入すると、切削加工において表面に微細なムシレが生じ易い。このムシレは、図2に示したように、素材をフライス等によって切削したときに、その切削方向(矢印Aで示す方向)に生じる切削痕Wの中に、切削方向と直交する方向に符号Cで示すように筋状に生じる微細な凹凸である。このムシレが生じると、商品外観を損なうことになる。
また、平均結晶粒径を10μm未満とするのは現実的でなく、製造コスト増を招く。
【0023】
また、部分再結晶化によって双晶組織を形成させ特殊粒界長さ比率を25%以上とすることにより、結晶粒界の整合性が向上して、スパッタリングターゲットや、めっき用アノード等の用途に有効となる。
結晶粒界は、二次元断面観察の結果、隣り合う2つの結晶間の配向が15°以上となっている場合の当該結晶間の境界として定義される。特殊粒界は、結晶学的にCSL理論(Krongerg et.al.:Trans. Met. Soc. AIME, 185, 501 (1949))に基づき定義されるΣ値で3≦Σ≦29を有する結晶粒界(対応粒界)であって、当該粒界における固有対応部位格子方位欠陥 Dqが Dq≦15°/Σ1/2 (D.G.Brandon:Acta.Metallurgica. Vol.14,p1479,1966)を満たす結晶粒界として定義される。
すべての結晶粒界のうち、この特殊粒界の長さ比率が高いと、結晶粒界の整合性が向上して、純銅板の用途として広く知られるスパッタリングターゲットやめっき用アノード、あるいは放熱基板等の特性を向上させることが出来る。
【0024】
すなわち、スパッタリングターゲットにおいては、スパッタ時における異常放電特性と結晶組織との間に相関があるとされており、素材の高純度化つまり含有不純物量の低減(特開2002−129313)、粒径の均質性(WO03/046250)、組織の結晶配向性の制御(特開平10−330923)などにより、スパッタ特性のうち、異常放電を抑制する手段が示されている。しかしながら、近年では生産性向上のためスパッタレートの一層の向上が求められ、スパッタ電圧は高電圧化する方向にある。スパッタ電圧が向上するとスパッタ時の異常放電がより起きやすい環境となるため、従来の組織制御手法だけでは異常放電抑止効果が不十分であり、さらなる組織制御が求められていた。
【0025】
また、純銅製のめっき用アノード材は、特にプリント配線板のスルーホールめっきなどに用いられるが、アノード溶解時に電流密度分布のムラが生じて局所的な導通不良を起こし、結果的に不溶性のスライムが発生し、めっき不良や生産効率の低下に繋がることがある。対策として、アノードの溶解面での面内溶解均質性を高めることが有効であり、結晶粒の微細化により対策が取られている。しかしながら、一般に粒界は粒内に比べ溶解しやすく、微細化によりアノードの面内溶解均質性が向上しても、粒界が選択的に溶解することは避けられず、微細化効果には限界があることが判明してきた。よって、粒界自体の溶解性を抑制させることが前記スライムの発生に対し有効であると考えられるが、従来そのような観点からの検討はなされていなかった。
【0026】
さらに、放熱基板においては、使用時に膨張収縮を繰り返す事から、均一な変形特性を有し、かつ疲労特性に優れる事が重要である。近年、省エネルギー化、低CO化の流れにより普及が進んでいるハイブリッド車や太陽電池などでは直・交インバーター回路が不可欠であり、変換時に発生する熱を放熱するための放熱基板として純銅もしくは低合金銅板が用いられている。これらの用途では、システムの大型化による大電流化が進んでおり放熱基板に掛かる熱負担は増大する方向である。放熱基板は、使用中、常に熱膨張/収縮が繰り返すため長期的には耐熱疲労特性が求められる。耐熱疲労特性については、組織の均質性が重要であるが、従来の組織の均一性の向上だけでは前記大電流化に伴う疲労特性の向上は困難となっている。
【0027】
これらの課題は平均結晶粒径を微細にし、結晶粒界の特殊粒界の長さ比率を25%以上とすることにより解決することができる。すなわち、スパッタリングターゲットにおいてはスパッタ面全体で均質にスパッタされることがら、異常放電の原因となる結晶粒界の段差が生じにくく、結果として異常放電回数が低減する。めっき用アノードについては、特殊粒界が一般的な粒界よりも粒内での溶解特性に近い性質を有することが判明し、特殊粒界比率を高めた銅板を用いることによって、アノード溶解時の面内溶解均質性が格段に向上し、溶解面が平滑に保たれることから、不溶性のスライムの発生が抑制され、形成されるめっき膜の品質が向上する。また、放熱基板においては、均一な変形手癖≦を示し、熱膨張と熱収縮の繰り返しによっても金属疲労が生じにくく、耐熱疲労特性が向上する。
このように本発明の純銅板は、特殊粒界の長さ比率を25%以上とすることにより、スパッタリングターゲットにおける異常放電の抑制、めっき用アノードにおける不溶性スライムの発生の抑制、放熱基板での耐熱疲労特性の向上等の効果が見られ、スパッタリングターゲット、めっき用アノード、放熱基板等に好適である。
【0028】
次に、このような純銅板を製造する方法について説明する。
まず、純銅のインゴットを550℃〜800℃に加熱し、これを複数回圧延ロールの間に往復走行させながら徐々に圧延ロール間のギャップを小さくして、所定の厚さまで圧延する。この複数回の圧延による圧延率は80%以上とされ、圧延終了時の温度は500〜700℃とされる。その後、圧延終了時温度から200℃以下の温度になるまで200〜1000℃/minの冷却速度にて急冷する。その後、5〜24%の圧延率で冷間圧延し、250〜600℃で30分〜2時間加熱することにより焼鈍する。
【0029】
通常の純銅板の製造方法で熱間圧延⇒冷却⇒冷間圧延⇒熱処理というプロセスにおいて、熱間圧延は850〜900℃の高温で加工される。このような高温状態で熱間圧延すると結晶粒が粗大化するため、これを急冷したとしても平均結晶粒径を80μm以下に微細化することはできない。
【0030】
本実施形態の製造方法においては、熱間圧延を開始温度が550〜800℃、終了温度が500〜700℃の比較的低温状態とした。熱間圧延の終了温度が700℃を超えると、結晶粒が急激に大きくなり、その後に急冷しても微細な結晶粒を得ることが困難である。また、熱間圧延終了温度を500℃未満としても、結晶粒径の微細化の効果は飽和しており、それ以下に温度を下げても微細化には寄与しない。また、圧延温度が低いと所望の総圧延率を得るためには過大なエネルギーが必要になり、その加工が困難である。したがって、圧延終了温度を500〜700℃とした。そして、この熱間圧延の終了温度を500〜700℃とするために、熱間圧延の開始温度を550〜800℃とした。
【0031】
また、この熱間圧延による圧延率として80%以上とするのが良く、圧延率を80%以上とすることによって結晶粒径の粗大化を抑制するとともに、そのバラツキを小さくすることができる。このような観点から圧延率を80%以上とすることが好ましい。圧延率が80%未満であると、結晶粒が大きくなる傾向にあるとともに、そのバラツキが大きくなる。た、前記圧延率を達成するために行う複数回の圧延のうち最終段階の圧延については、1パス当たりの圧下率を25%以上とするのがより好ましい。熱間圧延の最後の段階で圧下率を25%以上に大きくすることにより、大きい結晶粒の混在が防止され、全体的にさらに揃った微細な結晶粒とすることができる。最終段階の圧延をこの25%以上の圧下率で1パス〜数パス行うとよい。この1パス当たりの圧下率とは、圧延ロールを通す前の母材の板厚に対する圧延ロール通過後の母材の板厚の減少率(又は前回パス時の圧延ロール間のギャップに対する今回パスの圧延ロール間のギャップの減少率)であり、総圧延率は、圧延前の母材に対する圧延終了後の母材の板厚の減少率である。すなわち、圧延ロールを通す前の母材の板厚をt、圧延ロール通過後の母材の板厚をtとすると、1パス当たりの圧下率γ(%)は、γ=((t−t)/t)×100(%)と定義することができる。
【0032】
そして、このような熱間圧延終了後に、200℃以下の温度になるまで200〜1000℃/minの冷却速度で水冷によって急冷する。冷却速度が200℃/min未満では、結晶粒の成長を抑制する効果に乏しく、1000℃/minを超えても、それ以上の微細化には寄与しない。
このような範囲の冷却速度にて200℃以下の温度まで冷却すれば結晶粒の成長を停止して微細な結晶粒のものを得ることができる。200℃を超える温度で急冷を止めてしまうと、その後、その高温状態での放置によって徐々に結晶粒が成長するおそれがある。
【0033】
次いで冷間圧延は、硬さ、強さを向上させ、平坦度を高めて良好な表面状態を得ると共に、その後に熱処理を施すことによって、結晶粒界の特殊粒界の長さ比率を25%以上に増大させるために行われ、5〜24%の圧延率とされる。圧延率が5%未満では所望の特殊粒界比率を得ることが困難で、一方24%を越えても一層の効果は見られない。
焼鈍処理は、冷間圧延で導入した歪エネルギーを用いて、部分再結晶化によって双晶組織を形成させ特殊粒界長さ比率を向上させるために行う。焼鈍温度は250〜600℃が好ましく、その加熱雰囲気で30〜120分間、保持すればよい。
【実施例】
【0034】
次に本発明の実施例を説明する。
圧延素材は、電子管用無酸素銅(純度99.99wt%以上)の鋳造インゴットを用いた。圧延前の素材寸法は幅650mm×長さ900mm×厚さ290mmとし、熱間圧延以降の各条件を表1に示すように複数組み合わせて純銅板を作製した。また、温度の測定は放射温度計を用い、圧延板の表面温度を測定することにより行った。
【0035】
【表1】

【0036】
次に、表1に記載の純銅板について、平均結晶粒径、特殊粒界長さ比率、ビッカース硬さ、スパッタリングターゲットとして用いたときのスパッタ中における異常放電回数、およびめっき用アノードとして用いたときの不溶性スライムの発生量について測定した。
【0037】
<平均結晶粒径、特殊粒界長さ比率>
各試料について、耐水研磨紙、ダイヤモンド砥粒を用いて機械研磨を行った後、コロイダルシリカ溶液を用いて仕上げ研磨を行った。
そして、EBSD測定装置(HITACHI社製 S4300−SE,EDAX/TSL社製 OIM Data Collection)と、解析ソフト(EDAX/TSL社製 OIM Data Analysis ver.5.2)によって、結晶粒界、特殊粒界を特定し、その長さを算出することにより、平均結晶粒径及び特殊粒界長さ比率の解析を行った。
【0038】
まず、走査型電子顕微鏡を用いて、試料表面の測定範囲内の個々の測定点(ピクセル)に電子線を照射し、後方散乱電子線回折による方位解析により、隣接する測定点間の方位差が15°以上となる測定点間を結晶粒界とした。
平均結晶粒径(双晶も結晶粒としてカウントする)の測定は、得られた結晶粒界から、観察エリア内の結晶粒子数を算出し、エリア面積を結晶粒子数で割って結晶粒子面積を算出し、それを円換算することにより平均結晶粒径(直径)とした。
また、測定範囲における結晶粒界の全粒界長さLを測定し、隣接する結晶粒の界面が特殊粒界を構成する結晶粒界の位置を決定するとともに、特殊粒界の全特殊粒界長さLσと、上記測定した結晶粒界の全粒界長さLとの粒界長比率Lσ/Lを求め、特殊粒界長さ比率とした。
【0039】
<ビッカース硬さ>
ビッカース硬さは、圧延方向(R.D.方向)に沿う縦断面(T.D.方向に見た面)に対して、JIS(Z2244)に規定される方法により測定した。
【0040】
<スパッタ異常放電回数>
各試料からターゲット部分が直径152mm、厚さ8mmとなるようにバッキングプレート部分を含めた一体型のターゲットを作製しスパッタ装置に取り付け、チャンバー内の到達真空圧力を1×10-5Pa以下、スパッタガスとして高純度Arを用い、スパッタガス圧を0.3Paとし、直流(DC)電源にて、スパッタ出力1kWの条件で8時間の連続スパッタを行った。また、電源に付属するアーキングカウンターを用いて、総異常放電回数をカウントした。
【0041】
<アノードスライム発生量>
直径270mmの円盤状に切り出した銅板を電極ホルダーに固定(実行電極面積約530cm2)しアノード電極とし、直径200mmのシリコンウエハをカソードとして、以下の条件にて銅めっきを行い、めっき開始から5枚目までのウエハを処理した際に発生する不溶性スライムを採取し、スライム発生量を測定した。尚、スライム発生量は、スライムを回収後、乾燥させた後の重量測定により求めた。
めっき液:イオン交換水に、ピロリン酸銅 70g/l、ピロリン酸カリウム 300g/l、硝酸カリウム 15g/lを添加し、アンモニア水にてpH8.5に調整したもの、
めっき条件:液温50℃で空気攪拌およびカソード揺動による攪拌実施、
カソード電流密度:2A/dm2
めっき時間:1時間/枚。
【0042】
<ムシレ状態>
各試料を100×2000mmの平板とし、その表面をフライス盤で超硬刃先のバイトを用いて切込み深さ0.2mm、切削速度5000m/分で切削加工し、その切削表面の500μm四方の視野内において長さ100μm以上のムシレ疵が何個存在したかを調べた。
これらの結果を表2に示す。
【0043】
【表2】

【0044】
この表2から明らかなように、本実施例の製造方法で製造した純銅板は、いずれも平均結晶粒径が10〜120μmであり、硬さは40〜90Hvの範囲となっており、特殊粒界長さ比率は25%以上となっている。これに対し、比較例の純銅板は平均結晶粒粒径、硬さあるいは特殊粒界長さ比率が範囲から外れている。その結果、実施例のスパッタリングターゲットにおいては異常放電回数が極めて低く、まためっき用アノードとして用いた際の、溶解特性評価における不溶性のアノードスライムの発生量も極めて低いことが判る。一方、比較例においては、実施例に比べ異常放電回数が多く、またアノードスライム量も増加しており、さらに機械加工後の表面状態においてムシレが発生しているものも観察された。
【0045】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこの記載に限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
また、本発明の純銅板は、スパッタリング用ターゲット以外にも、ターゲット用のバッキングプレートにも適用可能であり、その他、めっき用アノード、金型、放電電極、放熱板、ヒートシンク、モールド、水冷板、電極、電気用端子、ブスバー、ガスケット、フランジ、印刷版等にも適用することができる。
【符号の説明】
【0046】
W 切削痕
C ムシレ疵

【特許請求の範囲】
【請求項1】
純度が99.96wt%以上である純銅のインゴットを、550〜800℃に加熱して、熱間圧延の圧延率が80%以上で圧延終了温度が500〜700℃である熱間圧加工を施した後に、前記圧延終了温度から200℃以下の温度になるまで200〜1000℃/分の冷却速度にて急冷し、その後、5〜24%の圧延率で冷間圧延して焼鈍することを特徴とする純銅板の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造方法によって製造された純銅板であって、EBSD法にて測定した結晶粒界の全粒界長さLに対する特殊粒界の全特殊粒界長さLσの比率(L/Lσ)が25%以上であることを特徴とする純銅板。
【請求項3】
ビッカース硬さが40〜90であることを特徴とする請求項2記載の純銅板。
【請求項4】
EBSD法で測定した平均結晶粒径が10〜120μmであることを特徴とする請求項3に記載の純銅板。
【請求項5】
スパッタリングターゲットであることを特徴とする請求項2〜4のいずれか一項に記載の純銅板。
【請求項6】
めっき用アノードであることを特徴とする請求項2〜4のいずれか一項に記載の純銅板。

【図1】
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【公開番号】特開2011−162835(P2011−162835A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−26453(P2010−26453)
【出願日】平成22年2月9日(2010.2.9)
【出願人】(000176822)三菱伸銅株式会社 (116)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】