説明

素材の表面改質方法

【課題】 優れた生体適合性及び親水性を有する素材の提供。
【解決手段】 下記式で示されるホスホリルコリン基含有化合物を、カルボン酸ハロゲン化物を経由して素材表面に直接的に共有結合により導入する。


1、R2、R3は炭素原子数1〜6のアルキル基、R4はカルボキシル基、n=1〜12、m=2〜4である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は素材の表面改質方法に関する。本発明の改質方法は、高分子、セラミック、金属、繊維、成型樹脂など多種多様の素材に応用され、生体適合性及び親水性に優れた表面を有する成形品及び原料を容易に提供でき、例えば、医用材料、化粧料配合原料、分析関連素材、生化学的診断素材として有用である。
【背景技術】
【0002】
ホスホリルコリン基を有する重合体は生体適合性高分子として検討されており、この重合体を各種基剤に被覆させた生体適合性材料が開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、2−メタクロイルオキシエチルホスホリルコリンの単独重合体及び共重合体で被覆した粉末を、化粧料用粉末として利用して保湿性や皮膚密着性を改善した化粧料が開示されている。
また、特許文献2及び特許文献3には、ホスホリルコリン基を有する重合体で被覆した医療用材料や分離剤が開示されている。
【0004】
上記の材料は、主に水酸基を有するアクリル系モノマーと2−クロロ−1,3,2−ジオキサホスホラン−2−オキシドを反応させ、更にトリメチルアミンにより4級アンモニウムとすることによりホスホリルコリン構造を有するモノマーを合成しこれを重合して得られる重合体により、その表面が被覆されたものである(重合体の製造方法に関しては特許文献4及び5を参照)。
【0005】
特許文献4には、2−メタクロイルオキシエチルホスホリルコリンとメタクリル酸エステルの共重合体が製造され、特許文献5には2−メタクロイルオキシエチルホスホリルコリンの単独重合体が製造されている。
【0006】
また、特許文献6には、重合体以外のホスホリルコリン処理により生体適合性を向上させる方法として、反応基を有するホスホリルコリン基含有化合物による素材の表面処理が開示されている。
【特許文献1】特開平7−118123号公報
【特許文献2】特開2000−279512号公報
【特許文献3】特開2002−98676号公報
【特許文献4】特開平9−3132号公報
【特許文献5】特開平10−298240号公報
【特許文献6】特表平5−505121号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、ホスホリルコリン基を有する重合体により素材を被覆して表面を改質する方法では、素材の形状によっては表面全体を効果的に被覆することは難しい。また、被覆した重合体が素材表面から剥離するため、耐久性に問題が生じる場合がある。さらには、素材表面が重合体により被覆されるため、ホスホリルコリン基による生体適合性を付与する目的から逸脱して、素材自体に要求されている基本的性質が失われる場合もある。
また、被覆に用いる重合体の上記製造方法は厳密な無水条件下にて行う必要があり、手法が煩雑という問題もある。さらに、重合条件により被覆重合体に結合しているホスホリルコリン基の安定性にも問題が生じる。
さらに特許文献6に示されている方法は結合様式から安定性に問題があり、また処理条件も極めて限定される上に処理効率も低いものであり実用性において効果を示すことは難しい。
【0008】
本発明者らは、上述の観点から、ホスホリルコリン基により各種素材の表面を改質する方法について鋭意研究した結果、あらかじめホスホリルコリン基を有する重合体を素材表面に被覆する方法ではなく、カルボキシル基とホスホリルコリン基を含有する特定のホスホリルコリン基含有化合物を、カルボン酸ハロゲン化物を経由して、これに共有結合可能な任意の官能基を有する素材表面に反応させると、素材表面における共有結合形成反応により、簡便かつ高い汎用性をもってホスホリルコリン基を素材表面に直接導入でき、優れた生体適合性及び親水性を有する素材が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
一方、重合体により素材を被覆して表面を改質する方法であっても、特定のポリマーを使用してコーティングした後に上記本発明の方法を応用すると、単に親水性ポリマーのキャストにより物理的に被覆しただけに過ぎない従来の方法よりも素材表面のホスホリルコリン基の耐久性が十分に確保できることを見出した。そして、素材によっては(金属、プラスチック、ガラスなどの基板や加工品のように一定の厚みを有している素材等)、素材に要求される基本的性質を維持しつつ、本発明の方法により親水性や生体適合性を極めて容易に付与できるようになり、分離分析装置等の材料として有効に利用可能なことを見出して本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち、本発明は、下記式(1)で示されるホスホリルコリン基含有化合物を、カルボン酸ハロゲン化物を経由して素材表面に直接的に共有結合により導入することを特徴とする素材の表面改質方法を提供するものである。
【化4】

(1)
式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に炭素原子数1〜6の直鎖若しくは分枝アルキル基を表す。R4はカルボキシル基を表す。n=1〜12、m=2〜4である。
【0011】
また、本発明は、素材表面にアミノ基または水酸基を導入するステップと、次にグリセロホスホリルコリンの酸化的開裂反応により得られる下記式(1)で示されるホスホリルコリン基含有化合物を、カルボン酸ハロゲン化物を経由して素材表面に直接的に共有結合により導入するステップとからなることを特徴とする素材の表面改質方法を提供するものである。
【化5】

(1)
式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に炭素原子数1〜6の直鎖若しくは分枝アルキル基を表す。R4はカルボキシル基を表す。n=1〜12、m=2〜4である。
【0012】
さらに、本発明は、前記式(1)において、n=1,m=2のホスホリルコリン基含有化合物を、カルボン酸ハロゲン化物を経由して素材表面に直接的に共有結合により導入することを特徴とする上記の素材の表面改質方法を提供するものである。
【0013】
また、本発明は、下記式(1)で示されるホスホリルコリン基含有化合物を、カルボン酸ハロゲン化物を経由して、アミノ基を有するシランカップラーと縮合させて得られる化合物、または、オレフィンを有するアミン若しくはアルコールと縮合させて得られる化合物を用いて導入することを特徴とする素材の表面改質方法を提供するものである。
【化6】

(1)
式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に炭素原子数1〜6の直鎖若しくは分枝アルキル基を表す。R4はカルボキシル基を表す。n=1〜12、m=2〜4である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法により、素材自体に要求されている基本的物理的性質を失うことなく、素材表面に結合安定性に優れたホスホリルコリン基を導入できる。
本発明の方法により得られる結合安定性に優れたホスホリルコリン基改質素材は、ホスホリルコリン基に起因する様々な効果を有効に発揮する。
また、これまでに我々は、グリセロホスホリルコリンの酸化的開裂により得られるアルデヒド体を素材表面のアミノ基と反応させる手法を開発している(特開平2004-175676, 特開平2004-225035)が、その場合、反応後にホスホリルコリン基と素材表面の接合部に2級アミンが形成され、あるpH領域においては正に帯電するため、負に帯電した化合物が吸着するなど、好ましくない効果が発現することもあった。今回の手法により形成される接合部はアミド或いはエステルであり、電気的に中性であることから、上記の問題を回避することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を詳述する。
本発明の方法により、表面が処理される素材は限定されない。例えば、高分子、セラミックまたは金属からなる各種材料を好ましく処理できる。好ましく処理される高分子材料は、樹脂成形品、繊維、フィルム、シート、布、不織布、粉体などがあり、最終製品、中間加工品若しくは原料等として利用されるものであり、その形状は限定されない。セラミック又は金属からなる材料についても同様である。セラミック又は金属加工品、セラミック又は金属粉体が好ましく処理される。
【0016】
式(1)の化合物は公知化合物であっても新規化合物であってもよい。公知の方法により製造できる。例えば、以下に示す合成ルートにより合成できる。





合成ルート1
【化7】

合成ルート2
【化8】

【0017】
一般的には、カルボキシル基を有する化合物は、アミノ基或いは水酸基を有する素材表面と直接的に共有結合させることが出来る。しかしながら、下記式(2)のように、末端にカルボキシル基を有する式(1)のホスホリルコリン含有化合物は、特にn=1〜6の場合、極めて極性が高く、水或いはメタノールのみに可溶であり、カルボジイミド系やカルボニルジイミダゾールなどの縮合剤を用いることができず、エステル化反応には適していない。また、アミド化も、水中で反応可能なカップリング剤は限られるため、反応のバリエーションに乏しい、カップリングする相手の化合物が水と反応する場合、利用できない、などの問題があった。これに対し、塩化チオニル、五塩化リン、オキシ塩化リン、三臭化リン、オキザリルクロライドなどを用いて活性化し、カルボン酸ハロゲン化物を経由する方法の場合、ホスホリルコリン化合物のカルボン酸ハロゲン化物は有機溶媒にも可溶となり、エステル化、アミド化が問題なく進行すると共に、水と反応してしまう化合物とも縮合可能であることを見出した。なお、カルボン酸ハロゲン化物を生成させる試薬は上記に限定されるものではなく、その他の試薬も必要に応じて用いることが可能である。






【化9】

(2)
式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に炭素原子数1〜6の直鎖若しくは分枝アルキル基を表す。n=1〜12、m=2〜4である。
【0018】
式(2)に示す化合物のnは上記のとおり規定されるが、nは小さいほど好ましく、1の場合に最も処理表面にホスホリルコリン基が近接することにより、蛋白付着抑制効果が最大限に発揮される。
【0019】
式(2)のホスホリルコリン基含有化合物を直接的に導入するとは、シランカップリング剤のように、式(2)の化合物と素材表面の官能基の間に任意のスペーサーが入っていてもかまわない。
また、式(2)のホスホリルコリン基含有化合物が共有結合した重合体で、素材を被覆する方法は含まないという意味である。
なお、素材自体が、すでに式(2)の化合物と反応できる官能基を有する重合体で被覆されている素材或いはこのような素材を製造し、これらに対して、式(2)の化合物を共有結合させる方法を、本発明の方法から除外するものではない。
【0020】
改質する素材表面には、式(2)の化合物と共有結合可能な官能基(アミノ基、水酸基など)が必要である。
素材自体にアミノ基、水酸基、またはシランカップリング剤と反応する官能基(シラノール基、ヒドロシリル基など)が存在しない場合は、公知の方法若しくは今後開発される方法によりこれらを導入する。例えば、下記に示す公知の方法により、アミノ基、水酸基、シラノール基を素材表面に付与することが出来る。
【0021】
1.プラズマ処理の表面反応によるアミノ基の導入
窒素ガス雰囲気下で低温プラズマにより素材表面にアミノ基を導入する。具体的には、素材をプラズマ反応容器内に収容し、反応容器内を真空ポンプで真空にした後、窒素ガスを導入する。続いてグロー放電により、素材表面にアミノ基を導入できる。例えば、フッ素樹脂、各種金属(ステンレス、チタン合金、アルミニウム、鉄等)、セラミックス、カーボン系素材、各種ポリマー(ウレタン、ポリカーボネート、ポリイミド、アクリル系、ビニル系、多糖類、ポリアルキルシロキサン)、有機−無機複合系素材、各種無機物(マイカ、タルク、カオリン、アルミナ、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化鉄、各種無機顔料)等の材料に好ましくアミノ基が導入される。
本法によれば、素材表面が重合体などの物質で被覆されて複合化されることなく、アミノ基が素材表面に直接結合した素材が得られる。したがって、ホスホリルコリン基を導入すること以外には素材自体が有する機能を損なうことがない。
【0022】
2.プラズマ重合によるアミノ基の導入
プラズマ処理により素材表面にラジカルを発生させる。続いてモノマーで処理し重合させてアミノ基を導入する。例えば、ポリ乳酸フィルムをプラズマ反応容器内に収容し、容器内を真空にした後、放電によりフィルム表面にラジカルを発生させる。続いてフィルムを容器より取り出し、窒素置換したアリルアミンのTHF(テトラヒドロフラン)溶液中に浸し、グラフト重合させる。
素材を処理するモノマーは、アミン系モノマーを用いることが出来る。アミン系モノマーとは、アリルアミンに限られず、アミノ基及び重合可能なビニル、アクリル等の反応性部位を有していれば良い。アミノ基は、ブトキシカルボニル基、ベンジルオキシカルボニル基などにより保護されていても良い。
また、アミン系モノマーでなくても、エポキシ基のように、例えばジアミンとの反応により簡単にアミノ基を導入可能な官能基を有するモノマーでも良い。
【0023】
3.プラズマ処理の表面反応による水酸基の導入
酸素ガス雰囲気下で低温プラズマにより素材表面に水酸基を導入する。具体的には、素材をプラズマ反応容器内に収容し、反応容器内を真空ポンプで真空にした後、酸素ガスを導入する。続いてグロー放電により、素材表面に水酸基を導入できる。例えば、フッ素樹脂、各種金属(ステンレス、チタン合金、アルミニウム、鉄等)、セラミックス、カーボン系素材、各種ポリマー(ウレタン、ポリカーボネート、ポリイミド、アクリル系、ビニル系、多糖類、ポリアルキルシロキサン)、有機−無機複合系素材、各種無機物(マイカ、タルク、カオリン、アルミナ、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化鉄、各種無機顔料)等の材料に好ましく水酸基が導入される。
本法によれば、素材表面が重合体などの物質で被覆されて複合化されることなく、水酸基が素材表面に直接結合した素材が得られる。したがって、ホスホリルコリン基を導入すること以外には素材自体が有する機能を損なうことがない。
【0024】
プラズマ処理に関する文献を下記に示す。
1. M. Muller, C. oehr
Plasma aminofunctionalisation of PVDF microfiltration membranes: comparison of the in plasma modifications with a grafting method using ESCA and an amino-selective fluorescent probe
Surface and Coatings Technology 116-119 (1999) 802-807
2. Lidija Tusek, Mirko Nitschke, Carsten Werner, Karin Stana-Kleinschek, Volker Ribitsch
Surface characterization of NH3 plasma treated polyamide 6 foils
Colloids and Surfaces A: Physicochem. Eng. Aspects 195 (2001) 81-95
3. Fabienne Poncin-Epaillard, Jean-Claude Brosse, Thierry Falher
Reactivity of surface groups formed onto a plasma treated poly (propylene) film
Macromol. Chem. Phys. 200. 989-996 (1999)
【0025】
4.表面改質剤によるアミノ基の導入
アミノ基を有するアルコキシシラン、クロロシラン、シラザンなどの表面改質剤を用いて、シラノール含有粉体、酸化チタン粉体等の表面を処理する。
例えば、1級アミノ基を有する3−アミノプロピルトリメトキシシランにより、シリカ粉体を処理してアミノ基を導入する。具体的には、シリカを水−2−プロパノール混合液中に浸し、3−アミノプロピルトリメトキシシランを添加後、100℃に加熱し6時間反応させる。室温に冷却後、シリカをメタノールで洗浄し、乾燥してアミノ基がシリカ表面に直接導入された粉体が得られる。本法において好ましく処理される素材としては、シリカ以外に、ガラス、アルミナ、タルク、クレー、アルミニウム、鉄、マイカ、アスベスト、酸化チタン、亜鉛華、酸化鉄等の成形品及び粉体が挙げられる。
本法によれば、素材表面が重合体などの物質で被覆されて複合化されることなく、アミノ基が素材表面の官能基に直接結合した素材が得られる。したがって、ホスホリルコリン基を導入すること以外には素材自体が有する機能を損なうことがない。
【0026】
5.シリコーン気相処理によるアミノ基の導入(特公平1−54379号公報、特公平1−54380号公報、特公平1−54381号公報参照)
粉体表面を、まず1.3.5.7−テトラメチルシクロテトラシロキサンにより処理し、表面に導入されたSi−H基と、アミノ基を有するモノマーを反応させてアミノ化された表面を得る。例えば、マイカと1.3.5.7−テトラメチルシクロテトラシロキサンをデシケーター中に入れ、アスピレーターで脱気する。80℃で16時間反応させた後、マイカを取り出し、120℃で乾燥させる。得られたマイカをエタノール中に分散し、アリルアミンを添加、続いて塩化白金酸のエタノール溶液を添加し、60℃で2時間攪拌する。反応終了後、濾過、エタノール洗浄、減圧乾燥してアミノ化マイカを得る。本法により好ましく処理可能な粉体として、フッ素樹脂、各種金属(ステンレス、チタン合金、アルミニウム、鉄等)、セラミックス、カーボン系素材、各種ポリマー(ウレタン、ポリカーボネート、ポリイミド、アクリル系、ビニル系、多糖類、ポリアルキルシロキサン)、有機−無機複合系素材、各種無機物(マイカ、タルク、カオリン、アルミナ、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化鉄、各種無機顔料)などの粉体が挙げられる。
本法に用いるモノマーは、アミン系モノマーを用いることが出来る。アミン系モノマーとは、アリルアミンに限られず、アミノ基及び重合可能なビニル、アクリル等の反応性部位を有していれば良い。アミノ基は、ブトキシカルボニル基、ベンジルオキシカルボニル基などにより保護されていても良い。
また、アミン系モノマーでなくても、エポキシ基のように、例えばジアミンとの反応により簡単にアミノ基を導入可能な官能基を有するモノマーでも良い。
【0027】
「表面改質剤の製造法と、この表面改質剤による素材の表面改質方法」
次に、請求項4に記載する発明について説明する。表面改質剤は、下記に示す製造方法により得られ、これを用いてシラノール基を有する素材を改質する。
【0028】
A:アミノ基を有するシランカップラーとの縮合反応による化合物(表面改質剤)の製法
アミノ基を有するアルコキシシラン、クロロシラン、シラザンなどのシランカップラーと、式(2)のホスホリルコリン基含有化合物を、カルボン酸ハロゲン化物を経由して縮合させて、ホスホリルコリン基を有する表面改質剤を合成できる。例えば、1級アミノ基を有する3−アミノプロピルトリメトキシシランと化合物(2)のカルボキシル体をアミド結合により縮合できる。具体的には、化合物(2)のカルボキシル体をアセトニトリル中に分散し、塩化チオニルを添加してカルボン酸ハロゲン化物とする。この試薬には他に五塩化リン、オキシ塩化リン、三臭化リン、オキザリルクロライドなどを用いても良い。この溶液に3−アミノプロピルトリメトキシシランを添加後、室温で3時間反応させる。溶液を減圧濃縮、乾燥し、目的とする表面改質剤を得る。本法により好ましく合成できる表面改質剤として、水酸基、カルボキシル基、アミノ基を有する各種シランカップリング剤が挙げられる。
【0029】
B:オレフィンを有するアミンまたはアルコールとの縮合反応による化合物(表面改質剤)の製法
二重結合を有するアミンまたはアルコールと、式(2)のホスホリルコリン基含有化合物とを、カルボン酸ハロゲン化物を経由してアミド化或いはエステル化により縮合させ、更にトリクロロシランなどのヒドロシリル化合物と二重結合を白金触媒を用いて反応させ、シリル基を導入し、目的とするシランカップラーを合成できる。二重結合を有する化合物は、ビニルアミン、ビニルアルコール、アリルアミン、アリルアルコールの他、より長いアルキル鎖を有する化合物でも良い。白金触媒は塩化白金酸が好ましく用いられるが、これに限定されるものではない。
【0030】
上記で得られるシランカップラー表面改質剤を、シラノール基を有する素材に常法に従って処理することにより、式(2)のホスホリルコリン基含有化合物が素材表面に直接的に共有結合により導入される。
【実施例】
【0031】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明する。本発明は下記の実施例のみに限定されない。素材表面に導入されたホスホリルコリン基はFT−IR及び元素分析により確認して定量出来る。
【0032】
「合成例1」
200mlフラスコ内に、グリセロホスホリルコリン5g、過ヨウ素酸ナトリウム17g、三塩化ルテニウム・n水和物81mg、および、イオン交換水70g、アセトニトリル30gを加える。室温にて2時間攪拌した後、ろ過し、濾液から溶媒を除去した。得られた固形物からメタノールにて目的化合物を抽出、続いてメタノールを除去することによって目的化合物(3)を得た。反応収率はほぼ100%であった。
【0033】
図4に1H NMRスペクトル、図5にMassスペクトルを示す。これより、目的の式(3)の化合物が製造されていることが分かる。
【0034】
「合成例2」
式(2)のホスホリルコリン基含有化合物として下記式(3)の化合物7.0gをN,N-ジメチルホルムアミド30mlに分散し、塩化チオニル10gを氷冷下で添加し、30分間攪拌した。3−アミノプロピルトリメトキシシラン3.5gを添加し、4時間攪拌、反応させて下記式(4)の化合物を含む混合液を得た。
【化10】

(3)

【化11】

(4)
【0035】
「合成例3」
式(3)のホスホリルコリン基含有化合物7.0gを無水アセトニトリル30mlに分散し、塩化チオニル10gを氷冷下で添加して5時間反応させた。トリエチルアミン2g、アリルアルコール1.7gを添加し、室温で3時間攪拌した後、溶媒を減圧留去した。残渣をカラムクロマトグラフィーで精製した後、無水アセトニトリルに溶解し、塩化白金酸0.01gとトリクロロシラン5gを添加し、70℃で5時間加熱攪拌し、続いてメタノール5gを添加して目的とする化合物(5)を得た。




【化12】

(5)
【0036】
「合成例4」
式(3)のホスホリルコリン基含有化合物7.0gを無水アセトニトリル30mlに分散し、塩化チオニル10gを氷冷下で添加して5時間反応させた。トリエチルアミン2g、アリルアミン1.6gを添加し、室温で3時間攪拌した後、溶媒を減圧留去した。残渣をカラムクロマトグラフィーで精製した後、無水アセトニトリルに溶解し、塩化白金酸0.01gとトリクロロシラン5gを添加し、70℃で5時間加熱攪拌し、続いてメタノール5gを添加して目的とする化合物(4)を得た。
【化13】

(4)
【0037】
「合成例5」
式(1)のホスホリルコリン基含有化合物として上記式(3)の化合物7.0gをN,N-ジメチルホルムアミド30mlに分散し、オキザリルクロライド12gを氷冷下で添加し、30分間攪拌した。3−アミノプロピルトリメトキシシラン3.5gを添加し、4時間攪拌、反応させて下記式(5)の化合物を含む混合液を得た。
「図7」に式(5)の化合物のNMRデータを示す。
【化14】

(5)
【0038】
「比較合成例1」
合成ルート2に化合物(e)の合成スキームを示す。
【0039】
「比較合成例2」
式(1)のホスホリルコリン基含有化合物として上記式(3)の化合物7.0gを水30mlに分散し、N-ヒドロキシスクシンイミド 5.2g、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩6.5g、3−アミノプロピルトリメトキシシラン3.5gを添加し、4時間攪拌、反応させたところ、トリメトキシシラン同士の縮合反応が進行し、目的とする化合物(4)は純度良く得ることができなかった。
【0040】
「比較合成例3」
式(1)のホスホリルコリン基含有化合物として上記式(3)の化合物7.0gをメタノール30mlに分散し、N-ヒドロキシスクシンイミド 5.2g、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩6.5g、3−アミノプロピルトリメトキシシラン3.5gを添加し、4時間攪拌、反応させたところ、メタノールによる縮合反応の阻害が生じ、目的とする化合物(4)は純度良く得ることができなかった。
【0041】
「実施例1」
表面改質させる素材の石英板(1cmx1cm、厚さ1mm)を、合成例2の式(5)の化合物を含む混合液1ml(実分10%)、水1ml、及びメタノール5mlの混合液に浸し、2時間室温で静置した後、一晩乾燥させた。これにより、式(4)の化合物を共有結合により、直接的に石英素材表面に導入した。
これを、ウシ血清アルブミン(BSA)5mg/mlの2−(N−モルホリノ)エタンスルホン酸バッファー5mmol溶液(pH5)5ml中に浸漬、一晩放置後、上澄みのBSA濃度をUV吸収(λ=280nm)により定量した。結果を「図1」に示す。対照として、式(5)の化合物を導入していない未処理の石英板(比較例1)を用いて同様の実験を行った。
本発明の方法により改質した石英板はBSAの吸着量が著しく低い。
【0042】
「実施例2」
式(3)の化合物40mgを無水DMFに添加し、塩化チオニル40mgを添加、30分間攪拌した。架橋ポリビニルアルコール(16mmφ)を浸漬し、4時間反応させた後、水でよく洗浄し、ホスホリルコリン処理された架橋ポリビニルアルコール素材を得た。これを、リゾチーム5mg/mlの2−(N−モルホリノ)エタンスルホン酸バッファー5mmol溶液(pH5)5ml中に浸漬、一晩放置後、上澄みのBSA濃度をUV吸収(λ=280nm)により定量した。結果を「図5」に示す。対照として、比較合成例1において合成した化合物(e)についても同様の実験を行った。
また、式(5)の化合物を導入していない未処理の架橋ポリビニルアルコール(比較例2)を用いても同様の実験を行った。ホスホリルコリン基の導入により蛋白の吸着は低減されたが、その効果はnが6である(e)よりも、nが1である(3)の方が優れていた。
【0043】
「実施例3」
3−アミノプロピルトリメトキシシラン20mgのメタノール/水=90/10溶液10mlにガラス板(1cmx1cm、厚さ0.5mm)を50℃で3時間浸漬した。処理されたガラス板をメタノールで十分洗浄、乾燥した。化学式(3)の化合物30mgを無水DMFに加え、塩化チオニル30mgを加えて30分間攪拌した後、トリエチルアミン0.5mlと上記ガラス板を加え、室温で一晩放置してホスホリルコリン処理されたガラス板を得た。これを、ウシ血清アルブミン(BSA)5mg/mlの2−(N−モルホリノ)エタンスルホン酸バッファー5mmol溶液(pH5)5ml中に浸漬、一晩放置後、上澄みのBSA濃度をUV吸収(λ=280nm)により定量した。結果を「図6」に示す。対照として、式(6)の化合物を導入していない未処理の石英板(比較例3)を用いて同様の実験を行った。
本発明の方法により改質した石英板はアルブミンの吸着量が著しく低い。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の改質方法は、高分子、セラミック、金属、繊維など多種多様の素材に応用され、生体適合性及び親水性に優れた表面を有する成形品及び原料を容易に提供でき、例えば、医用材料、化粧料配合原料、クロマト用充填剤等として有用である。また、分離分析装置等の部材の改質に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】実施例1のBSA吸着量を比較するグラフである。
【図2】式(e)の化合物の1H−NMRである。
【図3】式(3)の化合物の1H−NMRである。
【図4】式(3)の化合物のMASSスペクトルである。
【図5】実施例2のリゾチーム吸着量を比較するグラフである。
【図6】実施例3のアルブミン吸着量を比較するグラフである。
【図7】式(4)の化合物の1H−NMRである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で示されるホスホリルコリン基含有化合物を、カルボン酸ハロゲン化物を経由して素材表面に直接的に共有結合により導入することを特徴とする素材の表面改質方法。
【化1】

(1)
式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に炭素原子数1〜6の直鎖若しくは分枝アルキル基を表す。R4はカルボキシル基を表す。n=1〜12、m=2〜4である。
【請求項2】
素材表面にアミノ基または水酸基を導入するステップと、次にグリセロホスホリルコリンの酸化的開裂反応により得られる下記式(1)で示されるホスホリルコリン基含有化合物を、カルボン酸ハロゲン化物を経由して素材表面に直接的に共有結合により導入するステップとからなることを特徴とする素材の表面改質方法。
(1)
【化2】

式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に炭素原子数1〜6の直鎖若しくは分枝アルキル基を表す。R4はカルボキシル基を表す。n=1〜12、m=2〜4である。
【請求項3】
前記式(1)において、n=1,m=2のホスホリルコリン基含有化合物を、カルボン酸ハロゲン化物を経由して素材表面に直接的に共有結合により導入することを特徴とする請求項1または2記載の素材の表面改質方法。
【請求項4】
下記式(1)で示されるホスホリルコリン基含有化合物を、カルボン酸ハロゲン化物を経由して、アミノ基を有するシランカップラーと縮合させて得られる化合物、または、オレフィンを有するアミン若しくはアルコールと縮合させて得られる化合物を用いて導入することを特徴とする素材の表面改質方法。
【化3】

(1)
式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に炭素原子数1〜6の直鎖若しくは分枝アルキル基を表す。R4はカルボキシル基を表す。n=1〜12、m=2〜4である。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−8987(P2006−8987A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−130686(P2005−130686)
【出願日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】