説明

細胞の検出方法

【課題】がん細胞等の、生体試料中に微量に含まれている細胞を、十分量の生体試料から、細胞を抽出・回収することなく簡便に検出する方法の提供。
【解決手段】生体試料中の細胞を検出する方法であって、(a)生体試料にバッファーを添加し、懸濁物を調製する工程と、(b)前記工程(a)において調製した懸濁物中の細胞を、標識物質を用いて標識する工程と、(c)前記工程(b)の後、懸濁物を固化する工程と、(d)前記工程(c)において得られた固化懸濁物中の標識物質を、画像解析法を用いて検出することにより、標識された細胞を検出する工程と、を有することを特徴とする細胞の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体試料中に含まれている細胞を、十分量の生体試料から細胞を抽出・回収することなく簡便に検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
欧米と同様に日本においても、大腸がんの患者数は、年々急激に増加しており、大腸がんが、がん死亡率の上位を占めるようになってきている。これは、日本人の食生活が欧米型の肉食中心となったことに原因があると考えられている。具体的には、毎年約6万人程度が大腸がんに罹患しており、臓器別の死亡数でも、胃がん、肺がんに続く3番目の多さであり、今後更なる増加も予想されている。一方で、大腸がんは、他のがんと異なり、発症の初期に治療することにより、100%近く治癒可能ながんである。したがって、大腸がんを早期がん検診の対象とすることは極めて有意義であり、大腸がんの早期発見のための検査方法の研究・開発が盛んに行われている。
【0003】
大腸がんの早期発見のための検査方法として、例えば、注腸検査、大腸内視鏡検査等が行われている。注腸検査とは、大腸にバリウムを注入し、大腸の粘膜面に付着させ、X線を照射しその表面の凹凸の撮影を行い、大腸の表面を観察する検査である。一方、大腸内視鏡検査とは、内視鏡により直接大腸内部を観察する検査である。特に大腸内視鏡検査は、感度や特異性が高く、ポリープや早期がんの切除も可能であるという利点も有している。
しかしながら、これらの検査方法は、コストが高い上に被験者への負担が大きく、合併症のリスクを伴うという問題がある。例えば、注腸検査には、X線被爆や腸閉塞の危険性がある。また、大腸内視鏡検査は、内視鏡を直接大腸内に投入するため侵襲的であり、かつ、内視鏡操作には熟練を要し、検査のできる施設が限られている。このため、これらの検査方法は、定期健診等の無症状の一般人を対象とした大腸がん検査に適しているとは言い難い。
【0004】
近年、大腸がんの一次スクリーニング法として便潜血検査が広く実施されている。便潜血検査は、糞便中に含まれる赤血球由来のヘモグロビンの有無を調べる検査であり、間接的に大腸がんの存在を予測する方法である。便潜血検査は、非侵襲的で低コストであるという利点を有しているが、一方で、感度が25%程度と低く、大腸がんを見落とす確率が高いという問題がある。さらに、陽性的中率も低く、便潜血検査陽性の被験者の中で実際に大腸がん患者である割合は10%以下であり、多くの偽陽性を含んでいる。このため、より信頼性の高い新たな検査法の開発が強く望まれている。
【0005】
定期健診等にも適した、非侵襲的で簡便であり、かつ信頼性の高い新たな検査方法として、糞便中のがん細胞の有無やがん細胞由来遺伝子の有無を調べる検査が注目されている。例えば、大腸がん患者の自然排泄便からParcoll遠心分離法によりがん細胞のみを分離し、がん細胞において異常発現しているタンパク質の存在を確認したという報告がある(例えば、非特許文献1参照。)。しかしながら、Parcoll遠心分離法では、細胞に損傷が与えられやすく、細胞回収率が低いという問題があった。そこで、より細胞へのダメージが少ない方法として、(1)がん細胞を認識するモノクローナル抗体を担持させた磁気ビーズを糞便試料中に分散させて、がん細胞と結合させた後、該磁気ビーズを磁石を用いて回収することによりがん細胞を回収する方法が確立された(例えば、特許文献1参照。)。該方法を用いて糞便試料中から細胞を回収して遺伝子検査を行った結果、感度71%、特異度88%であったという報告もある(例えば、非特許文献2参照。)。
【0006】
その他にも、がん細胞を直接検査するための細胞を回収する方法として、例えば、(2)糞便から細胞を分離する方法であって、a)便をそのゲル氷点未満の温度に冷却する工程と、b)便が実質的に完全な状態を残すように、便をそのゲル氷点未満の温度に維持しながら便から細胞を採取する工程と、を含むことを特徴とする方法が開示されている(例えば特許文献2参照。)。また、(3)採取された自然排出便にバッファー液が添加された試料を濾過し、濾液よりがん細胞を採取するための糞便濾過装置であって、前記自然排出便及び前記バッファー液の混合物を濾過するフィルタが、円錐状又は筒状フィルタであり、前記フィルタを装着させる多孔質又は網目構造の支持機構を有し、前記フィルタ及び支持機構を回転させる機構を有し、前記支持機構の外周部に、遠心力により濾過された濾液を採取する容器を有することを特徴とする糞便濾過装置が開示されている(例えば特許文献3参照。)。
【0007】
その他、がん細胞を直接検査する方法として、フローサイトメーターを用いた方法がある。フローサイトメーターは、細胞を流しながら細胞がもつ個々の蛍光強度を測定するものであり、該測定結果に基づき、一つ一つの細胞ががん細胞か正常細胞かを判断する。フローサイトメーターは、一般的に他には生細胞、固定培養細胞、全血細胞、微生物の分離等に用いられている。また、BD Quantibrite(登録商標) PE beads,QuantiBRITE(ベクトン・ディッキンソン社製)等の、白血球細胞の表面抗原を認識して標識してフローサイトメーターで分取するキット等が市販されている。
【非特許文献1】ヤマオ(Yamao, T)、外7名、ガストロエンテロロジー(GASTROENTEROLOGY)、1998年、第114巻、第1196〜1205ページ。
【非特許文献2】マツシタ(Matsushita, H)、外14名、ガストロエンテロロジー(GASTROENTEROLOGY)、2005年、第129巻、第1918〜1927ページ。
【特許文献1】特開2005−46065号公報
【特許文献2】特表平11−511982号公報
【特許文献3】特開2005−241520号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
糞便等の生体試料中に含まれている細胞は、生体試料全体に比べて非常に微量である。このため、特にがん検査等の高い精確性を求められる検査の場合には、十分量の生体試料から細胞を検出することが必要である。
実際に、非特許文献2では、5〜10gの便を回収し、これを200mLのバッファーに懸濁してホモジェナイズした後、フィルタを通して5つに分け、それぞれから細胞を回収している。このように、十分な感度を得るためには、大量の便が必要となり、この結果、処理する溶液量が多くなるという欠点がある。さらに、非特許文献2記載の方法では、遺伝子解析を行っており、従来法よりも検査精度が高いものの、回収した細胞から遺伝子を抽出する工程や、その後の遺伝子解析工程を要するため、非常に煩雑な操作が必要となり、時間やコストがかかるという問題がある。
【0009】
また、上記(2)の方法では、便を氷結させる、遠心分離を行う等、様々な機器が必要となる上、時間もかかり、操作も煩雑であり、多数の糞便試料を処理することが困難である。さらに、上記(3)の方法では、夾雑物の多い便からがん細胞を濾過して回収するため、非常に操作が煩雑であることに加えて、糞便試料ごとに装置を洗浄しなくてはならないが、洗浄操作中に汚染や感染のおそれがある、という問題もある。
【0010】
その他、フローサイトメーターを用いた方法では、測定試料を非常に狭い流路に通すため、糞便等の夾雑物が非常に多い試料を、希釈等の簡便な前処理のみを施しただけでは、細胞と夾雑物とを上手く分離することが困難であることに加え、フローの流路を塞いでしまう可能性が高い。このため、フローサイトメーターを用いて便から標識した細胞を検出する場合には、一旦なんらかの方法により便から細胞を回収するという工程が必要となり、迅速かつ簡便に細胞を検出し得るとは言い難い。
【0011】
本発明は、がん細胞等の、生体試料中に微量に含まれている細胞を、十分量の生体試料から、細胞を抽出・回収することなく簡便に検出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、十分量の生体試料に、バッファーを添加して懸濁物を調製し、該懸濁物中の検出対象である細胞を標識した後、固化し、得られた固化懸濁物中の標識された細胞を、三次元解析法を用いて検出することにより、細胞を抽出・回収することなく、簡便かつ精度よく細胞を検出し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち、本発明は、
(1) 生体試料中の細胞を検出する方法であって、(a)生体試料にバッファーを添加し、懸濁物を調製する工程と、(b)前記工程(a)において調製した懸濁物中の細胞を、標識物質を用いて標識する工程と、(c)前記工程(b)の後、懸濁物を固化する工程と、(d)前記工程(c)において得られた固化懸濁物中の標識物質を、画像解析法を用いて検出することにより、標識された細胞を検出する工程と、を有することを特徴とする細胞の検出方法、
(2) 前記工程(c)が、懸濁物をゲル化することにより固化する工程であることを特徴とする、前記(1)記載の細胞の検出方法、
(3) 前記工程(a)が、生体試料成分の最終濃度が2〜10(w/v)%となるように、生体試料にバッファーを添加し、懸濁物を調製する工程であることを特徴とする、前記(1)又は(2)記載の細胞の検出方法、
(4) 前記工程(a)において調製した懸濁物が5〜25mLであることを特徴とする、前記(1)〜(3)のいずれか記載の細胞の検出方法。
(5) 懸濁物のゲル化を、高分子ゲル化剤又は重合性モノマーを用いて行うことを特徴とする、前記(2)〜(4)のいずれか記載の細胞の検出方法、
(6) 前記工程(c)における懸濁物のゲル化を、高分子ゲル化剤としてアガロース又はゼラチンを用いて、前記懸濁物温度を低下させることにより行うことを特徴とする、前記(2)〜(4)のいずれか記載の細胞の検出方法、
(7) 前記工程(c)における懸濁物のゲル化を、重合性モノマーを、架橋剤存在下で重合させることにより行うことを特徴とする、前記(2)〜(4)のいずれか記載の細胞の検出方法、
(8) 前記重合性モノマーがアクリルアミドであり、前記架橋剤がN,N’−メチレンビスアクリルアミドであることを特徴とする、前記(7)記載の細胞の検出方法、
(9) 前記生体試料が糞便又は体液であることを特徴とする、前記(1)〜(8)のいずれか記載の細胞の検出方法、
(10) 前記工程(b)における細胞の標識を、当該細胞を特異的に認識する標識済み抗体を用いて行うことを特徴とする前記(1)〜(9)のいずれか記載の細胞の検出方法、
(11) 前記標識済み抗体が、蛍光物質、放射性同位体、及び常磁性体からなる群より選択される1種により標識された抗体であることを特徴とする前記(10)記載の細胞の検出方法、
(12) 前記画像解析法が三次元画像解析法であることを特徴とする前記(1)〜(11)のいずれか記載の細胞の検出方法、
(13) 前記工程(d)の後、(e)前記工程(d)において解析された固化懸濁物中の標識物質を、再度、画像解析法を用いて検出する工程、を有することを特徴とする前記(1)〜(12)のいずれか記載の細胞の検出方法、
(14) 前記工程(d)が、前記工程(c)において得られた固化懸濁物の一部分中の標識物質を検出する工程であることを特徴とする前記(1)〜(13)のいずれか記載の細胞の検出方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の細胞の検出方法は、生体試料をバッファーに希釈して得られた懸濁物から細胞を検出する方法であり、該懸濁物の容量が数mLと大きい場合であっても、細胞を抽出・回収することなく、該懸濁物中の細胞を検出することができる。このため、生体試料中に検出対象である細胞が微量にしか含まれておらず、信頼性の高い検出結果を得るためには、大量の生体試料から細胞を検出する必要がある場合であっても、本発明の細胞の検出方法を用いて、簡便に細胞を検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の細胞の検出方法は、生体試料中の細胞を検出する方法であって、(a)生体試料にバッファーを添加し、懸濁物を調製する工程と、(b)前記工程(a)において調製した懸濁物中の細胞を、標識物質を用いて標識する工程と、(c)前記工程(b)の後、懸濁物を固化する工程と、(d)前記工程(c)において得られた固化懸濁物中の標識物質を、画像解析法を用いて検出することにより、標識された細胞を検出する工程と、を有することを特徴とする。画像解析法を用いることにより、細胞を抽出・回収することなく、生体試料の懸濁物全体から標識した細胞を検出し得ることから、検出に用いる生体試料の量を増大させた場合であっても、簡便に検出することができる。特に、生体試料のように比較的不均一な試料からの細胞検出は、検出に用いる試料の量が多ければ多いほど、信頼性の高い安定した検出結果を得ることができる。すなわち、本発明の細胞の検出方法は、十分量の生体試料から簡便に細胞を検出し得ることから、従来になく信頼性・安定性に優れた検出結果を得ることができる。
以下、工程ごとに説明する。
【0016】
まず、工程(a)として、生体試料にバッファーを添加し、懸濁物を調製する。
本発明の細胞の検出方法に供される生体試料は、生物から採取された試料であって、細胞を含むことが期待できる試料であれば、特に限定されるものではない。該生体試料として、例えば、糞便、尿、体液、器官洗浄液等がある。体液としては、例えば、血液、骨髄液、リンパ液、唾液、腹水、滲出液、羊膜液等がある。本発明の細胞の検出方法に供される生体試料としては、糞便又は体液等の一般的に臨床検査等に用いられる生体試料であることが好ましい。
【0017】
本発明の細胞の検出方法に供される生体試料としては、特に、糞便であることが好ましい。糞便中に含まれている消化管等から剥離した哺乳細胞は、極微量であるため、検出に用いる試料の量が少なすぎる場合には検出できないおそれがある。また、糞便はヘテロジニアスである、つまり、多種多様な成分が不均一に存在しているため、試料を採取する部位によっては、哺乳細胞が含まれていないこともある。このような細胞の局在の影響を避けるためには、糞便の様々な部位から採取したものを混ぜて、検出に用いることが好ましい。つまり、検出対象である細胞の含有量が少なくヘテロジニアスな糞便から高精度に細胞を検出するためには、複数の部位から十分量ずつ採取した大量の糞便を試料とする必要があり、比較的大量な生体試料から簡便に細胞を検出し得る本発明の細胞の検出方法は非常に好適である。
【0018】
また、該生体試料は、生物から採取された状態の試料であってもよく、調製した試料であってもよい。なお、「生物から採取された状態の試料」には、採取直後の試料に加えて、採取後に冷蔵又は室温で保存した試料も含まれる。また、該調製の方法は、該生体試料中に含有されている細胞を損なわない方法であれば、特に限定されるものではなく、通常、生体試料に対してなされている調製方法を行うことができる。例えば、血液から遠心分離処理により得られる血漿や血清であってもよく、組織等をホモジェナイズしたものであってもよい。
【0019】
さらに、予め固定化処理した生体試料を用いてもよい。生体試料中の細胞は、時間経過により変質・損傷を被り易いが、採取後に固定化処理を施すことにより、採取から検出方法の実施時までに時間がある場合であっても、時間経過による影響を排除した検出結果を得ることが可能となる。該固定化処理としては、細胞染色法等において、染色前の細胞に対して一般的に行われている固定化処理から、適宜選択して用いることができる。例えば、エタノール溶液、メタノール溶液等のアルコール溶液、ホルムアルデヒド溶液、パラホルムアルデヒド溶液等のアルデヒド溶液等の固定化処理液へ、生体試料を浸漬させることにより、該生体試料中の細胞を固定化し、安定して保存することができる。
なお、生体試料を予め固定化処理する場合には、以後の工程に対する固定化処理液の影響を抑制するために、固定化処理の生体試料を、工程(a)の前に適当なバッファーで洗浄しておくことが好ましい。
【0020】
生体試料に添加するバッファーとしては、その後の細胞の標識や検出等を阻害しないものであれば、特に限定されるものではなく、生体試料の希釈等に一般的に用いられるバッファーの中から適宜選択して用いることができる。該バッファーとして、例えば、リン酸バッファー、トリスバッファー、クエン酸バッファー、HEPESバッファー、HUNKSバッファー等がある。生体試料に添加するバッファーのpHは、細胞の標識等を損なわない範囲であれば、特に限定されるものではなく、特に、細胞の標識に蛍光物質を用いる場合には、使用する蛍光物質の蛍光特性に適したpHの範囲に調整されたバッファーを用いることが好ましい。一般的には、pH6〜8、好ましくはpH7付近である。
【0021】
該バッファーには、その後の細胞の標識や検出等を阻害しない限り、任意成分を添加してもよい。例えば、予め固定化処理を施した生体試料を用いる場合に、カオトロピック塩や界面活性剤を含有させたバッファーを添加することにより、生体試料をより容易に懸濁させることができるようになる。該バッファーに添加し得る界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤であることが好ましい。該非イオン性界面活性剤として、例えば、Tween80、CHAPS(3−[3−コラミドプロピルジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホネート)、Triton X−100、Tween20等がある。また、該バッファーに添加し得るカオトロピック塩として、例えば、塩酸グアニジン、グアニジンイソチオシアネート、ヨウ化ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、及びトリクロロ酢酸ナトリウム等がある。バッファーに添加するカオトロピック塩や界面活性剤の種類や濃度は、目的の細胞の標識や検出等を阻害しない濃度等であれば、特に限定されるものではなく、生体試料の種類や量、バッファーの種類等を考慮して、適宜決定することができる。
【0022】
生体試料に添加するバッファーの量は、後の工程で、懸濁物中の細胞を標識することが可能なほど、生体試料を十分に分散させることができる量であれば、特に限定されるものではなく、生体試料の種類や量、バッファーの種類等を考慮して、適宜決定することができる。例えば、生体試料成分の最終濃度が2〜10(w/v)%となるように、生体試料にバッファーを添加し、懸濁物を調製することが好ましい。より具体的には、例えば、0.5gの生体試料に対して、5〜25mLのバッファーを添加することにより、生体試料成分の最終濃度が2〜10(w/v)%となる懸濁物を調製することができる。
【0023】
懸濁物の調製方法は、生体試料に含まれている細胞を損なうことなく、生体試料をバッファーに分散し得る方法であれば、特に限定されるものではなく、一般的に生体試料の懸濁物を調製する際に用いられる物理的手法から適宜選択して行うことができる。例えば、予めバッファーを入れておいた密閉可能な容器に、生体試料を投入して密閉した後、該容器を上下に転倒させることにより、混合して懸濁させてもよく、該容器をボルテックス等の振とう機にかけることにより混合して懸濁させてもよい。また、生体試料とバッファーとを、混合用粒子の存在下で混合して懸濁させてもよい。
【0024】
懸濁物の調製に用いられる生体試料の量は、信頼性の高い検出結果を得ることが期待できる量であれば、特に限定されるものではなく、生体試料の種類や状態、採取方法等を考慮して適宜決定することができる。例えば、糞便中に比較的微量に存在する消化管等から剥離した哺乳細胞を検出する場合には、用いる糞便は、0.1〜5gであることが好ましく、0.1〜1gであることがより好ましく、0.1〜0.5gであることがさらに好ましい。
【0025】
工程(a)において得られる懸濁物の量は、特に限定されるものではないが、後述する三次元画像解析法による検出が容易であるため、5mL以上であることが好ましい。また、懸濁物量の上限値は、用いる三次元画像解析装置の規格等により適宜決定することができるが、検出時間の短縮の点からは、25mL以下程度であることが好ましい。
【0026】
次に、工程(b)として、工程(a)において調製した懸濁物中の細胞を、標識物質を用いて標識する。本発明において、「細胞を(標識物質を用いて)標識する」とは、直接又は間接的に標識物質を細胞に結合させることを意味する。標識物質としては、該物質から発されるシグナルを検出し解析することにより、細胞を検出することができる物質であれば特に限定されるものではなく、細胞やタンパク質、核酸等の生体成分を標識する場合に一般的に用いられる標識物質の中から、適宜選択して用いることができる。
【0027】
本発明においては、画像解析法による検出が容易であることから、細胞を標識する標識物質が、蛍光物質、放射性同位体、常磁性体等であることが好ましい。該蛍光物質としては、一般的にタンパク質等の生体分子の標識に用いられる蛍光物質であれば、特に限定されるものではなく、公知の蛍光物質の中から適宜選択して用いることができる。該蛍光物質として、例えば、FITC(フルオレセインイソチオシアナート)、フルオレセイン、ローダミン(Rhodamin)、TAMRA、NBD、TMR(テトラメチルローダミン)等が挙げられる。その他、CdSe等の蛍光性半導体量子ドットであってもよい。該常磁性体としては、MRI(Magnetic Resonance Imaging)造影剤として使用可能なものであれば特に限定されるものではなく、例えば、ガドリニウム(gadolinium:Gd)、鉄等の常磁性金属等が挙げられる。その他、化学発光物質、化学発光反応に用いられる酵素等を標識物質として用いてもよい。標識に用いられる化学発光物質としては、ルミノール等のように無機反応により発光する物質であってもよく、ルシフェリン、セランテラジン等の酵素によって触媒される発光物質であってもよい。さらに、標識に用いられる酵素としては、酵素反応を利用した標的物質の検出等において通常用いられている酵素から適宜選択して用いることができる。このような酵素として、例えば、アルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼ、ルシフェラーゼ等がある。本発明においては、検出感度に優れているため、細胞を標識する標識物質が蛍光物質であることがより好ましい。
【0028】
細胞の標識方法としては、検出対象である細胞を標識し得る方法であれば、特に限定されるものではなく、細胞生物学や臨床検査等の分野において一般的に用いられる手法の中から適宜選択して用いることができる。特に、検出対象である細胞を、その他の細胞と区別して特異的に標識し得るため、当該細胞を特異的に認識する標識済み抗体を用いた免疫学的手法により標識することが好ましい。なお、「標識済み抗体」とは、標識物質を結合させた抗体を意味する。該標識済み抗体と懸濁物中の細胞とは、常法により結合させることができる。
【0029】
具体的には、検出対象である細胞を特異的に認識する、蛍光物質等で標識した標識済み抗体を、工程(a)において調製した懸濁物に添加して、インキュベートし、懸濁物中の細胞と標識済み抗体とを結合させることにより、細胞を標識することができる。その後、遠心分離処理等により、上清と沈殿とに分離することにより、細胞と結合した標識済み抗体と、未結合の標識済み抗体とを分離することもできる。さらに、得られた沈殿を、適当なバッファー等で洗浄し、懸濁物中の成分に非特異的に結合している標識済み抗体を除去することにより、検出の際のバックグラウンドを低下させることができる。
【0030】
なお、本発明において、「特異的に認識する」とは、認識する対象である物質の検出や精製等に通常用いることができる程度に特異的に結合し得ることを意味し、細胞の検出に影響を及ぼさないような他の物質と交差するものであってもよい。
また、本発明において用いられる抗体は、モノクローナル抗体であってもよく、ポリクローナル抗体であってもよい。また、このような抗体は、市販の抗体を用いてもよく、抗原をマウス等の実験動物に免疫し、常法により作製した抗体を用いてもよい。
【0031】
工程(b)の後、工程(c)として、懸濁物を固化する。「懸濁物を固化する」とは、後の細胞の検出工程において、懸濁物中の細胞が移動しない程度に流動性が低下した状態にすることを意味する。本発明においては、特に、懸濁物をゲル化することにより、固化懸濁物を得ることが好ましい。例えば、懸濁物をゲル化することにより、懸濁物中の標識された細胞に対する影響を低く抑えつつ、懸濁物の流動性を十分に低下させることができる。
【0032】
懸濁物のゲル化は、例えば、ゼラチン、アガロース(寒天)等の高分子ゲル化剤を用いてゲル化させることができる。その他、重合性モノマーを用いて、重合させることによっても、懸濁物をゲル化させることができる。
【0033】
例えば、高分子ゲル化剤としてアガロース又はゼラチンを用いる場合には、高分子ゲル化剤を含有させた懸濁物の温度を低下させることにより、懸濁物のゲル化を行うことができる。より具体的には、例えば、37℃程度まで冷やした溶融させた高分子ゲル化剤溶液を、工程(b)において得られた標識した細胞を含有する懸濁物に添加して速やかに混合し、冷やすことにより、懸濁物をゲル化させ、固化懸濁物を得ることができる。その他、工程(b)において得られた標識した細胞を含有する懸濁物を、遠心処理等により固形成分(沈殿)のみを回収し、これに37℃程度まで冷やした溶融させた高分子ゲル化剤溶液を添加して速やかに混合し、冷やすことにより、懸濁物をゲル化させることもできる。なお、懸濁物に添加するアガロース又はゼラチンの濃度は、懸濁物全体がゲル化するために十分な濃度であれば特に限定されるものではなく、例えば1%程度であってもよい。
【0034】
また、重合性モノマーを用いる場合には、例えば、工程(b)において得られた標識した細胞を含有する懸濁物に重合性モノマー溶液を添加して混合した後、架橋剤や重合開始剤をさらに添加することにより、重合反応を開始させ、固化懸濁物を得ることができる。また、遠心処理等により懸濁物の固形成分(沈殿)のみを回収し、これに重合性モノマー溶液を添加して混合した後、さらに架橋剤等を添加して混合することにより、懸濁物をゲル化させることができる。その他、工程(a)において生体試料に添加するバッファー中に、重合性モノマーを予め添加しておき、工程(b)において得られた標識した細胞を含有する懸濁物に架橋剤や重合開始剤等を添加して混合することにより、懸濁物をゲル化させることもできる。
【0035】
本発明において用いられる重合性モノマーは、ビニル基やアリル基等の重合性基を一分子中に少なくとも1つ有するモノマーであって、標識された細胞を損なうことなく重合反応を行うことができるものであれば、特に限定されるものではなく、臨床検査や製剤等の分野において一般的に用いられている重合性モノマーの中から適宜選択して用いることができる。また、重合性モノマーは1種類を用いてもよく、2種類以上を用いてもよい。例えば、重合性モノマーとしてアクリルアミドを、架橋剤としてN,N’−メチレンビスアクリルアミドを用いることにより、懸濁物をゲル化することができる。この場合に、さらに重合開始剤として、過硫酸アンモニウム等を用いることも好ましい。なお、懸濁物に添加される重合性モノマー、架橋剤、重合開始剤等の濃度は、懸濁物全体がゲル化するために十分な濃度であれば特に限定されるものではない。
【0036】
その後、工程(d)として、得られた固化懸濁物中の標識物質を、画像解析法を用いて検出することにより、標識された細胞を検出する。すなわち、画像解析法により、固化懸濁物中の標識物質を検出することによって、該標識物質に標識された細胞が検出される。従来のスライドガラス等のほぼ一層に固定した細胞の検出とは異なり、より厚みのある立体である固化懸濁物から細胞を検出するため、より大量の試料から細胞を簡便に検出することができる。
【0037】
標識物質の検出に用いられる画像解析法は、二次元画像解析法であってもよく、三次元画像解析法であってもよい。三次元画像解析法を用いた検出とは、具体的には、固化懸濁物の断面を、該断面に対して垂直な方向にずらして連続的に各断面の二次元画像(断層画像)を撮影して取得し、これらを合成して三次元画像を再構築する。これにより、厚みを有し、細胞が多層に存在している固化懸濁物中の標識された細胞が簡便に検出することができる。断層画像の取得方法は、公知の撮像手段のなかから、細胞の標識の種類に適した撮像手段を適宜選択して用いることができる。例えば、ガドリニウム標識された抗体を用いて細胞を標識した場合には、汎用されているMRI装置等を用いて常法により、固化懸濁物の三次元画像を取得し、標識された細胞を検出することができる(例えば、Journal of surgical oncology, 2006, 94(2), p144-8参照。)。また、蛍光標識や発光標識された抗体を用いて細胞を標識した場合には、特許第3786903号に記載の光検出装置等を用いて検出することができる。標識物質として放射性同位体を用いた場合には、陽電子放出断層撮影(Positron Emission Tomography;PET)装置等を用いて検出することができる。
【0038】
また、本発明において、検出される細胞は固化懸濁物中に固定されているため、試料内において細胞の位置が変動することなく、かつ、比較的長時間安定である。このため、該固化懸濁物から画像を取得した後に、同じ部位の画像を再度簡便に取得することができることから、再検査が容易であり、固化懸濁物中の細胞をより高精度に検出することができる。より具体的には、固化懸濁物全体から取得された断層画像、又はこれから構築された三次元画像に基づき、標識物質が検出された部分のうちの疑わしい部分のみの断層画像を再度取得し、確認することにより、細胞検出の精度を高めることが可能となる。なお、「疑わしい部分」とは、検出された標識物質が、細胞を標識している標識物質であるのか、又は単に非特異的に凝集等を生じている標識物質に過ぎないのかの判別が困難な部分を意味する。
【0039】
すなわち、本発明の細胞の検出方法は、工程(d)の後、工程(e)として、工程(d)において解析された固化懸濁物中の標識物質を、再度、画像解析法を用いて検出する工程、を有していてもよい。このように再度、標識物質を検出する(標識物質が存在する部位の画像を取得する)場合には、より解像度を上げて撮像することが好ましい。
【0040】
また、固化懸濁物の全部ではなく、その一部分のみから細胞を検出してもよい。具体的には、断層画像の取得を、固化懸濁物の一部分のみに対して行ってもよい。例えば、固化懸濁物中に十分量の細胞が存在している場合には、固化懸濁物の一部分のみから検出することにより、検出方法に要する時間を短縮することができる。
【0041】
このように、本発明の細胞の検出方法を用いることにより、比較的大量の生体試料から、細胞を簡便に検出することができる。このため、特にがん検査等の、生体試料中に微量にしか存在していない細胞を、高い特異度で検出することが要求される場合に、特に好適に用いられる。十分量の生体試料から検出することにより、信頼性の高い安定した検出が可能となるためである。その他、感染症の罹患の有無を調べる検査等にも好適に用いられる。
【0042】
また、本発明の細胞の検出方法においては、前述したように、調製された固化懸濁物中の標識された細胞の位置を示す二次元又は三次元画像が得られるため、この取得された画像に基づき、固化懸濁物から標識された細胞を含む領域を切り出すことにより、標識された細胞を回収することができる。この回収された細胞は、他の生体試料と同様に、様々な解析方法に供されることができる。例えば、アガロースやゼラチン等を用いてゲル化された固化懸濁物の場合には、切り出された固化懸濁物を加熱して溶融させたゲル中から、標識された細胞由来の核酸を回収し、これに対してPCR等の公知の核酸解析を行うことができる。
【実施例】
【0043】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0044】
[実施例1]
大腸がん患者から採取した2gの便を、5mLのトリスバッファー(pH7.5)に懸濁し、懸濁物を調製した。その後、この懸濁物に、がん細胞特異的に発現しているCD34に対する抗体であって、FITCにより標識されているFITC標識抗CD34抗体(ベックマンコールター社製)を適量添加して混合し、便中に含まれているがん細胞と反応させ、がん細胞を標識した。その後、一旦溶解させた後に40℃程度まで冷却した2%アガロース溶液を、該懸濁物に添加して混合し、その後冷却することによって固化懸濁物(試料)を得た。なお、コントロールとして、健常人から採取した2gの便を、5mLのトリスバッファー(pH7.5)に懸濁して調製した懸濁物に、FITC標識抗CD34抗体を適量添加して混合した後、2%アガロース溶液を添加して固化懸濁物(対照)を得た。
【0045】
得られた固化懸濁物の断層蛍光画像を、IVIS200(Xenogen社製)を用いて取得し、蛍光標識された細胞を検出した。図1は固化懸濁物(試料)から取得された断層蛍光画像であり、図2は、固化懸濁物(対照)から取得された断層蛍光画像である。この結果、全体的に蛍光が検出されたものの、固化懸濁物(試料)から取得された断層蛍光画像中には、局所的に蛍光強度が高い部分(図1中、丸で囲まれた部分)が観察された。該部分は、FITC標識抗CD34抗体により標識された細胞である。一方、固化懸濁物(対照)から取得された断層蛍光画像中には、固化懸濁物(試料)で検出された局所的な蛍光強度の増加という部分が観察されなかった。
これらの結果から、本発明の方法により、十分量の生体試料から細胞を簡便に検出し得ることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の細胞の検出方法を用いることにより、比較的大量の生体試料から、細胞を簡便に検出することができるため、特にがん検査等の、検出対象である細胞が極微量にしか存在していない生体試料を用いて細胞を検出し解析するような臨床検査、細胞生物学、薬学等の分野で利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】実施例1において、固化懸濁物(試料)から取得された断層蛍光画像である。
【図2】実施例1において、固化懸濁物(対照)から取得された断層蛍光画像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料中の細胞を検出する方法であって、
(a)生体試料にバッファーを添加し、懸濁物を調製する工程と、
(b)前記工程(a)において調製した懸濁物中の細胞を、標識物質を用いて標識する工程と、
(c)前記工程(b)の後、懸濁物を固化する工程と、
(d)前記工程(c)において得られた固化懸濁物中の標識物質を、画像解析法を用いて検出することにより、標識された細胞を検出する工程と、
を有することを特徴とする細胞の検出方法。
【請求項2】
前記工程(c)が、懸濁物をゲル化することにより固化する工程であることを特徴とする、請求項1記載の細胞の検出方法。
【請求項3】
前記工程(a)が、生体試料成分の最終濃度が2〜10(w/v)%となるように、生体試料にバッファーを添加し、懸濁物を調製する工程であることを特徴とする、請求項1又は2記載の細胞の検出方法。
【請求項4】
前記工程(a)において調製した懸濁物が5〜25mLであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか記載の細胞の検出方法。
【請求項5】
懸濁物のゲル化を、高分子ゲル化剤又は重合性モノマーを用いて行うことを特徴とする、請求項2〜4のいずれか記載の細胞の検出方法。
【請求項6】
前記工程(c)における懸濁物のゲル化を、高分子ゲル化剤としてアガロース又はゼラチンを用いて、前記懸濁物温度を低下させることにより行うことを特徴とする、請求項2〜4のいずれか記載の細胞の検出方法。
【請求項7】
前記工程(c)における懸濁物のゲル化を、重合性モノマーを、架橋剤存在下で重合させることにより行うことを特徴とする、請求項2〜4のいずれか記載の細胞の検出方法。
【請求項8】
前記重合性モノマーがアクリルアミドであり、前記架橋剤がN,N’−メチレンビスアクリルアミドであることを特徴とする、請求項7記載の細胞の検出方法。
【請求項9】
前記生体試料が糞便又は体液であることを特徴とする、請求項1〜8のいずれか記載の細胞の検出方法。
【請求項10】
前記工程(b)における細胞の標識を、当該細胞を特異的に認識する標識済み抗体を用いて行うことを特徴とする請求項1〜9のいずれか記載の細胞の検出方法。
【請求項11】
前記標識済み抗体が、蛍光物質、放射性同位体、及び常磁性体からなる群より選択される1種により標識された抗体であることを特徴とする請求項10記載の細胞の検出方法。
【請求項12】
前記画像解析法が三次元画像解析法であることを特徴とする請求項1〜11のいずれか記載の細胞の検出方法。
【請求項13】
前記工程(d)の後、
(e)前記工程(d)において解析された固化懸濁物中の標識物質を、再度、画像解析法を用いて検出する工程
を有することを特徴とする請求項1〜12のいずれか記載の細胞の検出方法。
【請求項14】
前記工程(d)が、前記工程(c)において得られた固化懸濁物の一部分中の標識物質を検出する工程であることを特徴とする請求項1〜13のいずれか記載の細胞の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−107373(P2010−107373A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−280048(P2008−280048)
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】