説明

細胞分離方法

【課題】複雑な構造の装置を用いることなく、細胞への物理的なダメージを抑えて、かつ、定量的解析やマルチパラメータ解析による細胞分離や、Hoechst染色などを指標とした細胞分離などが可能な細胞分離方法の提供。
【解決手段】ケージド化合物によって標識された細胞の特性を判定するステップSと、所定の特性を備える目的細胞のみに光を照射して、目的細胞に標識されたケージド化合物を活性化するステップSと、活性化されたケージド化合物に対して親和性を有する物質に細胞を接触させ、該物質と活性化されたケージド化合物との相互作用に基づいて、細胞中から目的細胞のみを分離するステップSと、を含む細胞分離方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞分離方法に関する。より詳しくは、ケージド化合物を利用して、細胞集団の中からの所定の特性を備えた目的細胞のみを分離する細胞分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞集団の中から所定の特性を備えた目的細胞を分離する細胞分離技術は、血球細胞の分別や、遺伝子組換え細胞の純化、細胞の表現型変化の解析等に幅広く用いられている。従来用いられている細胞分離技術としては、Fluorescence Activated Cell Sorting(FACS)や磁気マイクロビーズを用いた方法が挙げられる。
【0003】
例えば、FACSを用いて、所定の細胞表面抗原を発現する目的細胞を分離する場合には、その抗原に特異的に結合する蛍光標識抗体で標識した目的細胞を含む細胞集団をフローセル中に流し、レーザー光を照射する。そして、各細胞から放射される蛍光を検出して細胞の光学特性を判定し、標識蛍光物質に由来する光学特性を示す目的細胞のみを物理的に分離する。特許文献1(第7図)には、蛍光標識試薬などで染色された細胞をフローセル内で一列に配列し、フローセル外に液滴化して吐出する流体系と、細胞にレーザー光を照射して散乱光や蛍光を検出する光学系と、吐出された液滴の移動方向を制御する分取系と、からなるFACSが開示されている。
【0004】
また、例えば、磁気マイクロビーズを用いて、所定の細胞表面抗原を発現する目的細胞を分離する場合には、その抗原に特異的に結合する磁性体標識抗体で目的細胞を標識する。そして、磁石を用いて十分量の磁性体標識抗体が結合した目的細胞を捕捉し、磁性体標識抗体が結合していない細胞(又は結合量が少ない細胞)と分離する。特許文献2には、細胞を磁気的に分離するための方法と装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−46947号公報
【特許文献2】特表2002−515319号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
FACSによれば、毎秒数千〜数万個という高速で細胞の特性を判定し、目的細胞を分離することができる。しかし、一方で、高速分離のためには、フローセル内に高圧で細胞を送流する必要があり、液滴を形成するノズル部での急激な圧力変化等によって、細胞に物理的なダメージが加わる。また、FACSは、流体系や分取系の構造が複雑で、非常に高価な装置である。
【0007】
また、磁気マイクロビーズを用いる方法によれば、大量の細胞をまとめて処理でき、FACSに比べて細胞への物理的ダメージも小さくできる。しかし、この方法では、各細胞について検出された光学特性を定量的に解析して目的細胞の判定を行うことができないため、例えば、所定の表面抗原が一定基準値以上で発現している細胞のみを分離するということができない。また、この方法では、複数の表面抗原の発現状態を組み合わせて解析できないため、細胞をマルチパラメータで分析し、ゲーティングにより分離することもできない。さらに、磁気マイクロビーズを用いる方法では、細胞表面抗原に対する磁性体標識抗体を用いて細胞の標識、分離を行うため、抗体によっては標識できないような細胞の性質に基づいて細胞を分離することは不可能である。抗体によっては標識できない細胞の性質としては、具体的には、例えばHoechst試薬による核酸の蛍光染色や、Fluo-3試薬による細胞内カルシウムの蛍光染色などが挙げられる。Hoechst試薬に対して高い排出能を示す細胞は「サイドポピュレーション細胞(SP細胞)」と呼ばれており、SP細胞は幹細胞の性質を有するといわれる。Hoechst試薬で染色した細胞の蛍光強度を指標としたSP細胞の分離は幹細胞研究の分野で広く行われているが、磁気マイクロビーズを用いた方法ではSP細胞の分離は不可能であった。
【0008】
そこで、本発明は、複雑な構造の装置を用いることなく、細胞への物理的なダメージを抑えて、かつ、定量的解析やマルチパラメータ解析による細胞分離や、Hoechst染色などを指標とした細胞分離などが可能な細胞分離方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題解決のため、本発明は、ケージド化合物によって標識された細胞の特性を判定するステップと、所定の特性を備える目的細胞のみに光を照射して、目的細胞に標識されたケージド化合物を活性化するステップと、活性化されたケージド化合物に対して親和性を有する物質に細胞を接触させ、該物質と活性化されたケージド化合物との相互作用に基づいて、細胞中から目的細胞のみを分離するステップと、を含む細胞分離方法を提供する。
この細胞分離方法は、例えば、ケージドビオチンによって標識された細胞の特性を判定するステップと、所定の特性を備える目的細胞のみに光を照射して、目的細胞に標識されたケージドビオチンを活性化するステップと、ストレプトアビジンに細胞を接触させ、ストレプトアビジンと活性化されたケージドビオチンとの相互作用に基づいて、細胞中から目的細胞のみを分離するステップと、を含む。
あるいは、この細胞分離方法は、例えば、ケージドフルオレセインによって標識された細胞の特性を判定するステップと、所定の特性を備える目的細胞のみに光を照射して、目的細胞に標識されたケージドフルオレセインを活性化するステップと、抗フルオレセイン抗体に細胞を接触させ、該抗体と活性化されたケージドフルオレセインとの相互作用に基づいて、細胞中から目的細胞のみを分離するステップと、を含む。
また、本発明は、上記細胞分離方法の変形例として、ケージド化合物によって標識された細胞の特性を判定するステップと、所定の特性を備えない非目的細胞のみに光を照射して、非目的細胞に標識されたケージド化合物を活性化するステップと、活性化されたケージド化合物に対して親和性を有する物質に細胞を接触させ、該物質と活性化されたケージド化合物との相互作用に基づいて、細胞中から非目的細胞のみを分離除去して目的細胞を得るステップと、を含む細胞分離方法を提供する。
これらの方法では、活性化されたケージド化合物に対して親和性を有する物質として、該親和性が、ケージド化合物からの光解離性保護基の解離によって発現する物質を用いる。
さらに、本発明は、上記2つの細胞分離方法の変形例として、ケージド化合物によって標識された細胞の特性を判定するステップと、所定の特性を備える非目的細胞のみに光を照射して、非目的細胞に標識されたケージド化合物を活性化するステップと、活性化されていないケージド化合物に対して親和性を有する物質に細胞を接触させ、該物質と活性化されていないケージド化合物との相互作用に基づいて、細胞中から目的細胞のみを分離するステップと、を含む細胞分離方法を提供する。
あるいは、ケージド化合物によって標識された細胞の特性を判定するステップと、所定の特性を備える目的細胞のみに光を照射して、目的細胞に標識されたケージド化合物を活性化するステップと、活性化されていないケージド化合物に対して親和性を有する物質に細胞を接触させ、該物質と活性化されていないケージド化合物との相互作用に基づいて、細胞中から非目的細胞のみを分離除去して目的細胞を得るステップと、を含む細胞分離方法を提供する。
これらの方法では、活性化されていないケージド化合物に対して親和性を有する物質として、該親和性が、ケージド化合物からの光解離性保護基の解離によって消失する物質を用いる。
以上の本発明に係る細胞分離方法は、さらに、細胞をケージド化合物によって標識するステップを含んでいてもよい。
【0010】
本発明において「ケージド化合物」とは、光解離性(光分解性)の保護基で活性部位が保護された化合物であって、光の照射によって活性部位から光解離性保護基が解離すると不活性状態から活性状態に変化する化合物を意味する。また、本発明において「ケージド型化合物」は、光解離性保護基により活性部位が保護された不活性状態のケージド化合物を指し、「アンケージド型化合物」は、光の照射により光分解性保護基が解離して活性状態となったケージド化合物を指すものとする。
【0011】
また、本発明において、ケージド化合物の「活性状態」とは、「活性化されたケージド化合物に対して親和性を有する物質」と相互作用し得る状態を意味し、逆に「不活性状態」とは、該物質と相互作用し得ない状態を意味するものとする。すなわち、「活性化されたケージド化合物に対して親和性を有する物質」は、「アンケージド型化合物」に対してのみ親和性を有し、「ケージド型化合物」に対しては親和性を示さない。一方、「活性化されていないケージド化合物に対して親和性を有する物質」とは、「ケージド型化合物」に対してのみ親和性を有し、「アンケージド型化合物」に対しては親和性を示さない。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、複雑な構造の装置を用いることなく、細胞への物理的なダメージを抑えて、かつ、定量的解析やマルチパラメータ解析による細胞分離や、Hoechst染色などを指標とした細胞分離などが可能な細胞分離方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る細胞分離方法の手順を説明するフローチャートである。
【図2】本発明の第一実施形態に係る細胞分離方法の手順を示す模式図である。
【図3】本発明の第一実施形態に係る細胞分離方法の手順を示す模式図である。
【図4】本発明の第二実施形態に係る細胞分離方法の手順を示す模式図である。
【図5】本発明の第二実施形態に係る細胞分離方法の手順を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。説明は以下の順序で行う。

1.ケージドビオチンを用いた細胞分離
(1)ケージド化合物の標識(ステップS
(2)蛍光物質標識(ステップS)・特性判定(ステップS
(3)アンケージド(ステップS
(4)分離(ステップS
2.ケージドフルオレセインを用いた細胞分離
(1)ケージド化合物の標識(ステップS
(2)蛍光物質標識(ステップS)・特性判定(ステップS
(3)アンケージド(ステップS
(4)分離(ステップS

【0015】
1.ケージドビオチンを用いた細胞分離
図1は、本発明に係る細胞分離方法の手順を説明するフローチャートである。また、図2及び図3は、本発明の第一実施形態に係る細胞分離方法の手順を示す模式図である。以下、図1〜3を参照しながら、第一実施形態に係る細胞分離方法の手順を説明する。
【0016】
(1)ケージド化合物の標識(ステップS
図1中、符号Sで示す「ケージド化合物標識ステップ」は、細胞をケージド化合物によって標識するステップである(図2(A)参照)。このステップでは、分離対象とする目的細胞を含む全ての細胞にケージド化合物を標識する。
【0017】
細胞へのケージド化合物の標識は、例えば、ケージド化合物を結合した抗体を用いて行うことができる。この場合、抗体には、目的細胞を含む全ての細胞の細胞表面に存在する物質を抗原とするものを用いる。全ての細胞表面に存在する物質としては、例えば、細胞表面にユビキタスに発現する細胞膜タンパク質や、細胞表面にユビキタス存在する糖鎖や脂質などが挙げられる。
【0018】
また、細胞へのケージド化合物の標識は、例えば、ケージド化合物を結合したレクチンを用いて行うことができる。この場合、レクチンには、目的細胞を含む全ての細胞の細胞表面にユビキタスに存在する糖鎖に結合し得るものを用いる。この他、細胞へのケージド化合物の標識は、細胞に対して直接又は間接にケージド化合物を結合できる方法であれば、特に限定されず採用し得るものとする。
【0019】
細胞に標識するケージド化合物には、例えば、ケージドビオチンやケージドフルオレセイン等を用いる。ケージド化合物としては、ケージドヌクレオチドやケージドペプチド、ケージドカルシウムキレート剤などが入手可能であり、これまでに核酸やタンパク質、脂質などのケージド化合物も報告されている(”Biologically active molecules with a "light switch".” Angew Chem Int Ed Engl. 2006 Jul 24;45(30):4900-21参照)。本発明においては、その目的を達成可能な限りにおいて、これらのケージド化合物を特に限定されることなく用いることができる。
【0020】
図2(A)は、ケージド化合物標識ステップSにおいて、目的細胞11と非目的細胞12に、抗体3を用いてケージド化合物21を標識する場合を示している。以下、本実施形態においては、ケージド化合物21としてケージドビオチンを用いた場合を例に説明する。ケージドビオチンとしては、MeNPOC-biotinやHydroquinone-bitoin等を用いることができる。以下、本実施形態においては、ケージド化合物21を「ケージド型ビオチン21」というものとする。
【0021】
(2)蛍光物質標識(ステップS)・特性判定(ステップS
図1中、符号Sで示す「特性判定ステップ」は、ケージド化合物によって標識された細胞の特性を判定するステップである(図2(B)参照)。このステップでは、ケージド型ビオチン21を標識した細胞の光学特性の検出及び判定を行う。
【0022】
細胞の光学特性の検出は、例えば、従来公知のフローサイトメータを用いて行うことができる。具体的には、目的細胞11及び非目的細胞12を含むサンプル液をフローセル中に流し、レーザー光Fを照射して、細胞から発生する測定対象光を検出する。測定対象光は、例えば、前方散乱光や側方散乱光、レイリー散乱やミー散乱等の散乱光や蛍光などとすることができる。検出された測定対象光は電気信号に変換され、この電気信号に基づいて各細胞の特性が判定される。
【0023】
細胞の光学特性の判定を細胞から放射される蛍光の検出によって行う場合には、特性判定ステップSに先立って、目的細胞11(又は非目的細胞12)を蛍光標識抗体で標識してもよい。図1中、符号Sで示す「蛍光物質標識ステップ」は、所定の細胞表面抗原を発現する目的細胞11を分離する場合において、目的細胞11をその抗原に特異的に結合する蛍光標識抗体で標識する工程である。蛍光物質標識ステップSは、従来のFACSを用いた細胞分離方法と同様の工程で行うことができる。なお、蛍光物質標識ステップSは、ケージド化合物標識ステップSと同時に行われてもよく、またケージド化合物標識ステップSに先立って行われてもよい。
【0024】
本実施形態においては細胞の特性を光学的に検出・判定しているが、細胞の特性検出・判定は、例えば電気的又は磁気的な検出手段によって行われてもよい。細胞の特性を電気的又は磁気的に検出する場合には、フローセルに微小電極を配設し、フローセル中を送流される細胞について抵抗値、容量値(キャパシタンス値)、インダクタンス値、インピーダンス、電極間の電界の変化値、あるいは、磁化、磁界変化、磁場変化等を測定する。この場合、細胞の分離は、細胞の電気的又は磁気的な特性に基づいて行われる。
【0025】
(3)アンケージド(ステップS
図1中、符号Sで示す「アンケージドステップ」は、所定の特性を備える目的細胞のみに光を照射して、目的細胞に標識されたケージド化合物を活性化するステップである(図2(C)参照)。このステップでは、特性判定ステップSにおいて所定の特性を備えると判定された目的細胞11に対してレーザー光Fを照射し、標識されたケージド型ビオチン21を活性化する。
【0026】
ケージド化合物を活性化するためのレーザー光Fには、ケージド化合物の活性部位を保護する光解離性保護基を解離させるために適当な波長及び強度のレーザー光が用いられる。レーザー光源には、例えば、従来公知のフローサイトメータが備える上記レーザー光Fと同様の光源を用いることができ、水銀ランプやキセノンランプ、各種レーザー光源(固体レーザー、ガスレーザー、半導体レーザー)が用いられる。レーザー光源については、小型で高出力が可能なジャイアントパルスレーザーが好適に採用され得る。
【0027】
細胞の光学特性の検出のためのレーザー光Fとケージド化合物を活性化するためのレーザー光Fは、別個又は同一の光学系により構成される。また、目的細胞11へのレーザー光Fとレーザー光Fの照射は、別々のタイミング又は実質的に同一のタイミングで行うことができる。ここで、「実質的に同一のタイミング」とは、目的細胞11及び非目的細胞12へのレーザー光Fの照射と、所定の特性を備えると判定された目的細胞11へのレーザー光Fの照射とをフローセル中の同一部位で行うことを意味する。フローセル中の細胞の送流速度を、細胞の特性判定に要する時間に応じて適宜調整することにより、レーザー光Fとレーザー光Fの照射を実質的に同一のタイミングで行うことができる。
【0028】
レーザー光Fを照射されると、目的細胞11に標識されたケージド型ビオチン21は、活性部位からの光解離性保護基の解離によって不活性状態から活性状態に変化する。すなわち、ケージド型ビオチン21は、図2(C)に示すように、「アンケージド型ビオチン22」に変化する。一方、非目的細胞12にはレーザー光Fが照射されないため、非目的細胞12に標識されたケージド型ビオチン21は活性化せず、変化しない。
【0029】
図2(D)は、アンケージドステップSの後に、フローセルから回収された目的細胞11と非目的細胞12を模式的に示す図である。図に示すように、目的細胞11にはアンケージド型ビオチン22が、非目的細胞12にはケージド型ビオチン21が標識された状態となっている。
【0030】
(4)分離(ステップS
図1中、符号Sで示す「分離ステップ」は、活性化されたケージド化合物に対して親和性を有する物質に細胞を接触させ、該物質と活性化されたケージド化合物との相互作用に基づいて、細胞中から目的細胞のみを分離するステップである(図3参照)。このステップでは、アンケージド型ビオチン22で標識された目的細胞11を、アンケージド型ビオチン22に対して親和性を有するストレプトアビジン5に接触させる。そして、アンケージド型ビオチン22とストレプトアビジン5との相互作用に基づいて、目的細胞11の分離を行う。
【0031】
具体的には、まず、図3(A)に示すように、フローセルから回収した目的細胞11と非目的細胞12を、ストレプトアビジン5を固相化したカラム4に通流する。アンケージド型ビオチン22で標識された目的細胞11は、アンケージド型ビオチン22とストレプトアビジン5との相互作用により、図3(B)に示すように、カラム4内に保持される。一方、ケージド型ビオチン21で標識された非目的細胞12は、カラム4内に保持されることなく、カラムを通過する。これにより、目的細胞11を非目的細胞12から分離することができる。なお、目的細胞11は、アンケージド型ビオチン22とストレプトアビジン5との相互作用によりカラム4内に捕捉されて完全に保持される必要はなく、ストレプトアビジン5との相互作用によって、相互作用せずに通過する非目的細胞12との間に、カラム4の通過時間の差が生じればよいものとする。
【0032】
ここでは、アンケージドステップSにおいて目的細胞11に対してレーザー光Fを照射し、目的細胞11をカラム4内に保持、分離する場合を説明した。しかし、本実施形態に係る細胞分離方法では、アンケージドステップSにおいて非目的細胞12に対してレーザー光Fを照射することもできる。この場合、活性化されたアンケージド型ビオチン22とストレプトアビジン5との相互作用により、非目的細胞12がカラム4内に保持、分離されることになる。従って、ケージド型ビオチン21で標識されたままの目的細胞11がカラム4を通過して回収されることになる。
【0033】
また、本実施形態においては、カラム4としてストレプトアビジンを固相化したカラムを用いたが、カラム4に固相化する物質は、アンケージド型ビオチン22に対して親和性を有する物質であればよい。このような物質としては、例えば、抗ビオチン抗体が挙げられる。また、ケージド化合物としては、ケージドフルオレセイン等の他の化合物を用いる場合には、抗フルオレセイン抗体等のアンケージド型化合物に対して親和性を有する物質をカラム4に固相化する。
【0034】
以上のように、本実施形態に係る細胞分離方法によれば、特性判定ステップSを従来のフローサイトメータを用いて行うことで、細胞の光学特性を定量的にかつマルチパラメータで解析することができる。そして、解析の結果、所定の特性を備えると判定された目的細胞のケージド化合物のみを活性化し、目的細胞を分離することができる。また、本実施形態に係る細胞分離方法によれば、流体系や分取系の構造が複雑なFACSを用いることなく、目的細胞を分離できる。
【0035】
さらに、本実施形態に係る細胞分離方法では、細胞をフローセルから回収した後に、カラム4を用いて分離ステップSを行うことで、FACSを用いた分離で問題となる液滴形成に伴う細胞への物理的ダメージをなくすことができる。また、感染のおそれなどの危険性を伴う細胞をFACSにより分離する際には、液滴形成時に発生するエアロゾルによる汚染が問題となるが、本実施形態に係る細胞分離方法ではこのような汚染の心配がない。
【0036】
2.ケージドフルオレセインを用いた細胞分離
図4及び図5は、本発明の第二実施形態に係る細胞分離方法の手順を示す模式図である。第一実施形態に係る方法では、特性判定ステップS及びアンケージドステップSをフローセルにおいて行っている。これに対して、本実施形態に係る細胞分離方法では、特性判定ステップS及びアンケージドステップSを、顕微鏡を用いたイメージングの手法によって行うことを特徴としている。
【0037】
(1)ケージド化合物の標識(ステップS
図4(A)は、シャーレ等の容器D内に収容された目的細胞11と非目的細胞12に、ケージド化合物を標識するケージド化合物標識ステップSを模式的に示している。ケージド化合物標識ステップSでは、分離対象とする目的細胞を含む全ての細胞にケージド化合物を標識する。
【0038】
細胞へのケージド化合物の標識は、第一実施形態において説明したのと同様に、例えば、ケージド化合物を結合した抗体や、ケージド化合物を結合したレクチン等を用いて行うことができる。細胞は浮遊系又は接着系の細胞であってよく、これらの細胞が培養された容器D内の培養液に抗体等を添加したり、培養液を適当な緩衝液に置換後抗体溶液を添加したりすることにより、細胞に対して直接又は間接にケージド化合物を結合する。
【0039】
図4(A)は、ケージド化合物標識ステップSにおいて、目的細胞11と非目的細胞12に、抗体3を用いてケージド化合物21を標識する場合を示している。以下、本実施形態においては、ケージド化合物21としてケージドフルオレセインを用いた場合を例に説明する。ケージドフルオレセインとしては、例えば、5-carboxymethoxy-2-nitrobenzyl(CMNB)をフルオレセインに付加したものを用いることができる。以下、本実施形態においては、ケージド化合物21を「ケージド型フルオレセイン21」というものとする。
【0040】
(2)蛍光物質標識(ステップS)・特性判定(ステップS
図4(B)は、ケージド型フルオレセイン21を標識した細胞の光学特性の検出及び判定を行う特性判定ステップSを模式的に示している。
【0041】
本実施形態では、細胞の光学特性の検出を、例えば、顕微鏡を用いたイメージングの手法によって行う。具体的には、例えば、レーザー光Fの照射手段と、撮像手段としてCCDやCMOS素子等のエリア撮像素子とを備えた顕微鏡により、レーザー光Fの照射により細胞から発生する蛍光を検出し、電気信号に変換する。そして、この電気信号に基づいて各細胞の特性を判定する。この場合には、特性判定ステップSに先立って、目的細胞11(又は非目的細胞12)を蛍光標識抗体で標識してもよい点は、先に説明した通りである(蛍光物質標識ステップS参照)。
【0042】
なお、ここでは細胞の特性を蛍光検出により判定しているが、細胞の特性検出・判定は、例えば、上記撮像手段により取得された細胞の形状に基づいて行うこともできる。
【0043】
(3)アンケージド(ステップS
図4(C)は、特性判定ステップSにおいて所定の特性を備えると判定された目的細胞11に対してレーザー光Fを照射し、標識されたケージド型フルオレセイン21を活性化するアンケージドステップSを模式的に示している。
【0044】
レーザー光Fの照射手段は、別個又は同一の光学系として顕微鏡に設けられる。ケージド化合物を活性化するためのレーザー光Fには、ケージド化合物の活性部位を保護する光解離性保護基を解離させるために適当な波長及び強度のレーザー光が用いられる。また、目的細胞11へのレーザー光Fとレーザー光Fの照射は、別々のタイミング又は実質的に同一のタイミングで行うことができる。
【0045】
レーザー光Fを照射されると、目的細胞11に標識されたケージド型フルオレセイン21は、活性部位からの光解離性保護基の解離によって不活性状態から活性状態に変化する。すなわち、ケージド型フルオレセイン21は、図4(C)に示すように、「アンケージド型フルオレセイン22」に変化する。一方、非目的細胞12にはレーザー光Fが照射されないため、非目的細胞12に標識されたケージド型フルオレセイン21は活性化せず、変化しない。
【0046】
図4(D)は、アンケージドステップS後の目的細胞11と非目的細胞12を模式的に示す図である。図に示すように、目的細胞11にはアンケージド型フルオレセイン22が、非目的細胞12にはケージド型フルオレセイン21が標識された状態となっている。
【0047】
(4)分離(ステップS
図5は、活性化されたケージド化合物に対して親和性を有する物質に細胞を接触させ、該物質と活性化されたケージド化合物との相互作用に基づいて、細胞中から目的細胞のみを分離する分離ステップS模式的に示している。このステップでは、アンケージド型フルオレセイン22で標識された目的細胞11を、アンケージド型フルオレセイン22に対して親和性を有する抗フルオレセイン抗体5に接触させる。そして、アンケージド型フルオレセイン22と抗フルオレセイン抗体5との相互作用に基づいて、目的細胞11の分離を行う。
【0048】
具体的には、まず、シャーレ等の容器Dから回収した目的細胞11と非目的細胞12に、磁性体6を結合した抗フルオレセイン抗体5を添加する。抗フルオレセイン抗体5は目的細胞11に標識されたアンケージド型フルオレセイン22に特異的に結合し、これによって目的細胞11が磁性体6により磁気標識される(図5(A)参照)。一方、ケージド型フルオレセイン21で標識された非目的細胞12には抗フルオレセイン抗体5が結合しないため、非目的細胞12は磁気標識されない。
【0049】
続いて、図5(B)に示すように、目的細胞11と非目的細胞12を、磁石7が配設されたカラム4に通流する。磁気標識された目的細胞11は、磁性体6と磁石7との間に作用する磁気的な吸引力によってカラム4内に保持される(図5(C)参照)。一方、磁気標識されていない非目的細胞は、カラム4内に保持されることなく、カラムを通過する。これにより、目的細胞11を非目的細胞12から分離することができる。なお、目的細胞11は、磁性体6と磁石7との間の磁気的吸引力によりカラム4内壁に吸着されて完全に保持される必要はなく、この磁気的吸引力によって、目的細胞11と非目的細胞12のカラム通過時間に差が生じればよいものとする。
【0050】
ここでは、アンケージドステップSにおいて目的細胞11に対してレーザー光Fを照射し、目的細胞11をカラム4内に保持、分離する場合を説明した。しかし、本実施形態に係る細胞分離方法では、アンケージドステップSにおいて非目的細胞12に対してレーザー光Fを照射することもできる。この場合、活性化されたアンケージド型フルオレセイン22と抗フルオレセイン抗体5との結合により非目的細胞12が磁気標識され、非目的細胞12がカラム4内に保持、分離されることになる。従って、磁気標識されていない目的細胞11がカラム4を通過して回収されることになる。
【0051】
また、本実施形態においては、ケージド化合物としてケージドフルオレセインを用いたが、ケージド化合物はケージドフルオレセインに限られない。ケージドフルオレセイン以外のケージド化合物を用いる場合には、抗フルオレセイン抗体5に替えて、アンケージド型化合物に特異的に結合する抗体を用いて、目的細胞11の磁気標識を行う。
【0052】
以上のように、本実施形態に係る細胞分離方法によれば、特性判定ステップSをイメージングの手法を用いて行うことで、細胞の光学特性を定量的にかつマルチパラメータで解析することができる。そして、解析の結果、所定の特性を備えると判定された目的細胞のケージド化合物のみを活性化し、目的細胞を分離することができる。また、本実施形態に係る細胞分離方法によれば、流体系や分取系の構造が複雑なFACSを用いることなく、目的細胞を分離できる。
【0053】
さらに、本実施形態に係る細胞分離方法では、細胞をシャーレ等の容器Dから回収した後に、カラム4を用いて分離ステップSを行うことで、FACSを用いた分離で問題となる液滴形成に伴う細胞への物理的ダメージをなくすことができる。また、感染のおそれなどの危険性を伴う細胞をFACSにより分離する際には、液滴形成時に発生するエアロゾルによる汚染が問題となるが、本実施形態に係る細胞分離方法では、このような汚染の心配がない。
【0054】
以上に説明した第一実施形態及び第二実施形態に係る細胞分離方法では、ケージド型化合物に対しては親和性を示さず、アンケージド型化合物に対してのみ特異的な親和性を示す物質(ストレプトアビジン5又は抗フルオレセイン抗体5)を用いて、目的細胞又は非目的細胞の分離を行う例を示した。しかし、本発明に係る細胞分離方法では、アンケージド型化合物に対しては親和性を示さず、ケージド型化合物に対してのみ特異的な親和性を示す物質を用いて目的細胞又は非目的細胞の分離を行うことも当然に可能である。
【0055】
例えば、抗フルオレセイン抗体として、アンケージド型フルオレセインには結合せず、ケージド型フルオレセインに対してのみ結合する抗体を用意する。そして、アンケージドステップSにおいて非目的細胞に標識されたケージド型フルオレセインを活性化し、目的細胞にはアンケージド型フルオレセインが標識されままとする。このようにすることで、この抗フルオレセイン抗体を固相化したカラム内に目的細胞のみを保持して分離することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明に係る細胞分離方法は、血球細胞の分別や、遺伝子組換え細胞の純化、細胞の表現型変化の解析等に幅広く用いることができる。本発明に係る細胞分離方法は、細胞への物理的なダメージを抑えて、かつ、定量的解析やマルチパラメータ解析による細胞分離が可能であるため、特にヘマトロジーや幹細胞研究分野において有用である。
【符号の説明】
【0057】
11 目的細胞
12 非目的細胞
21 ケージド型化合物(ケージド型ビオチン、ケージド型フルオレセイン)
22 アンケージド型化合物(アンケージド型ビオチン、アンケージド型フルオレセイン)
3 抗体
4 カラム
5 アンケージド型化合物22に対して親和性を有する物質(ストレプトアビジン、抗フルオレセイン抗体)
6 磁性体
7 磁石
D 容器
、F レーザー光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケージド化合物によって標識された細胞の特性を判定するステップと、
所定の特性を備える目的細胞のみに光を照射して、目的細胞に標識されたケージド化合物を活性化するステップと、
活性化されたケージド化合物に対して親和性を有する物質に細胞を接触させ、該物質と活性化されたケージド化合物との相互作用に基づいて、細胞中から目的細胞のみを分離するステップと、を含む細胞分離方法。
【請求項2】
ケージド化合物によって標識された細胞の特性を判定するステップと、
所定の特性を備えない非目的細胞のみに光を照射して、非目的細胞に標識されたケージド化合物を活性化するステップと、
活性化されたケージド化合物に対して親和性を有する物質に細胞を接触させ、該物質と活性化されたケージド化合物との相互作用に基づいて、細胞中から非目的細胞のみを分離除去して目的細胞を得るステップと、を含む細胞分離方法。
【請求項3】
活性化されたケージド化合物に対して親和性を有する物質として、
該親和性が、ケージド化合物からの光解離性保護基の解離によって発現する物質を用いる請求項1又は2記載の細胞分離方法。
【請求項4】
ケージド化合物によって標識された細胞の特性を判定するステップと、
所定の特性を備える非目的細胞のみに光を照射して、非目的細胞に標識されたケージド化合物を活性化するステップと、
活性化されていないケージド化合物に対して親和性を有する物質に細胞を接触させ、該物質と活性化されていないケージド化合物との相互作用に基づいて、細胞中から目的細胞のみを分離するステップと、を含む細胞分離方法。
【請求項5】
ケージド化合物によって標識された細胞の特性を判定するステップと、
所定の特性を備える目的細胞のみに光を照射して、目的細胞に標識されたケージド化合物を活性化するステップと、
活性化されていないケージド化合物に対して親和性を有する物質に細胞を接触させ、該物質と活性化されていないケージド化合物との相互作用に基づいて、細胞中から非目的細胞のみを分離除去して目的細胞を得るステップと、を含む細胞分離方法。
【請求項6】
活性化されていないケージド化合物に対して親和性を有する物質として、
該親和性が、ケージド化合物からの光解離性保護基の解離によって消失する物質を用いる請求項4又は5記載の細胞分離方法。
【請求項7】
さらに、細胞をケージド化合物によって標識するステップを含む請求項3又は6記載の細胞分離方法。
【請求項8】
ケージドビオチンによって標識された細胞の特性を判定するステップと、
所定の特性を備える目的細胞のみに光を照射して、目的細胞に標識されたケージドビオチンを活性化するステップと、
ストレプトアビジンに細胞を接触させ、ストレプトアビジンと活性化されたケージドビオチンとの相互作用に基づいて、細胞中から目的細胞のみを分離するステップと、を含む請求項1記載の細胞分離方法。
【請求項9】
ケージドフルオレセインによって標識された細胞の特性を判定するステップと、
所定の特性を備える目的細胞のみに光を照射して、目的細胞に標識されたケージドフルオレセインを活性化するステップと、
抗フルオレセイン抗体に細胞を接触させ、該抗体と活性化されたケージドフルオレセインとの相互作用に基づいて、細胞中から目的細胞のみを分離するステップと、を含む請求項1記載の細胞分離方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−207133(P2010−207133A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−56303(P2009−56303)
【出願日】平成21年3月10日(2009.3.10)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】