説明

細胞培養用担体

【課題】 軟骨組織のマトリックス成分であるコラーゲンを原料とし、培養当初より生体の軟骨組織と類似の物性を持ち、また移植部位の形状を持った細胞培養用担体を
【解決手段】 高濃度のコラーゲン分散液、溶液あるいはその混合物を原料とすることで凍結乾燥により生体内の軟骨組織に近い物性の材料を製造の後、さらにその物理的強度、体内での吸収速度の調節のために不溶化処理を行うことで5%負荷時に10〜30kPaの応力を持つ細胞培養用担体を製造するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明はコラーゲンを原料とした細胞培養用担体、更に具体的には軟骨細胞培養用担体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膝関節の半月板は、関節内の線維軟骨組織であり、衝撃吸収、荷重分散、滑動性の向上、関節安定性など多くの機能を担っており、スポーツ外傷や日常生活動作で損傷を受けやすく、損傷により膝関節の痛みや運動制限をきたすが、自然治癒しがたい。従来、薬物療法や運動療法など保存療法で治癒しない損傷半月板に対しては手術治療が行われ、半月板切除、または、部分切除術が行われてきたが、これらの手術では半月板機能が損なわれる。近年、内視鏡技術の進歩に伴い、関節鏡視下半月板縫合術が行われ機能温存が計られるようになった。
しかし、欠損のある損傷や、複雑な損傷、変性断裂などは縫合術の適応とならず、半月板機能を修復できないという問題点があった。この問題は半月板に限らず、血管走行の少ない軟骨組織全般についての問題といえる。
その解決策として再生医療が盛んに研究されているが、再生医療での3要素として細胞、担体、活性化因子と言われており、培養用担体は重要なものと位置付けられている。
この担体は培養する細胞によって形状、物性等最適なものが選ばれる必要があるが、軟骨細胞を培養するためには培養の当初より生体内の軟骨組織に近い物性あるいは形状を持つことが望ましい。
【0003】
しかし従来の担体は物性、形状において類似しているとは言い難い。そのために担体自体が軟骨様の強度を有していない、軟骨組織独特の形状に合わせることが困難である、培養時に軟骨のマトリックス成分を産生していない、生体成分以外の材料を含む等の問題があった。
【0004】
特許文献1によるとコラーゲンゲルを用いて表面と内部の軟骨細胞の密度を変え、移植後の組織周辺部への固定が早期に行われる移植用組織等価物が開示されている。
特許文献2によるとコラーゲン内で軟骨細胞をメンブランフィルター上、培地の中で細胞を増殖させることが開示されている。
特許文献3によるとコラーゲンIとコラーゲンIIの混合物を原料とした、軟骨の再構築のための足場移植物が開示されている。
特許文献4によるとコラーゲンスポンジと吸収性合成高分子を組み合わせ三次元形状が維持される組織再生用基材、移植用材料が開示されている。
【特許文献1】特開2002−233567
【特許文献2】特開2003−135056
【特許文献3】特開2003−180815
【特許文献4】特再WO2003−011353
【0005】
しかし、特許文献1、特許文献2、特許文献3では生体内と同様な三次元培養は可能であるが、生体組織と類似の物性を得ることはできない。また特許文献4では組織と類似した強度の担体の製造が可能となるが、生体のマトリックス成分以外の合成物が含まれるために、移植物としては最適とは言い難い。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、軟骨組織のマトリックス成分であるコラーゲンを原料とし、培養当初より生体の軟骨組織と類似の物性を持ち、また移植部位の形状を持った細胞培養用担体を目的としたものである。また担体には細胞が入り込むためのポアを持つことが必要である。更に細胞培養用担体を用いて生体内の軟骨細胞、軟骨組織が受ける付加を加えた培養も可能となればより生体組織に類似した移植物を培養によって得ることが可能となる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨は、高濃度のコラーゲン分散液、溶液あるいはその混合物を原料とすることで凍結乾燥により生体内の軟骨組織に近い物性の材料を製造の後、さらにその物理的強度、体内での吸収速度の調節のために不溶化処理を行うことで10%負荷時に10〜30kPaの応力を持つ細胞培養用担体である。
【発明の効果】
【0008】
本細胞培養用担体を用いることで軟骨細胞を本担体に播種後、直ちに移植あるいは培養後の移植でも自己の軟骨組織との一体化が起こり、また細胞を播種の後、生体内の軟骨細胞、軟骨組織が受ける付加を加えた培養も可能となり、より生体組織に類似した移植物を培養によって得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の細胞培養用担体はコラーゲンを原料として製造される。用いるコラーゲンとしては生体組織より採取された不溶性コラーゲン、例えばアキレス腱由来のテンドンコラーゲン、皮膚由来のコラーゲン、可溶性、可溶化コラーゲン、例えば酵素可溶化コラーゲン(アテロコラーゲン)、アルカリ可溶化コラーゲン、酸可溶性コラーゲン、塩可溶性コラーゲン等を用いることができるが、特にアテロコラーゲンが望ましい。動物種にも特に制限はなく、培養時にコラーゲンが熱変性を起こすことのない変性温度を持つコラーゲンであれば問題はない。具体的にはウシ、ブタ等哺乳動物由来、ニワトリ等の鳥類由来、マグロ、イズミダイ等の魚類由来等を用いることができる。またリコンビナントコラーゲンも用いることはできる。コラーゲンの構成アミノ酸側鎖の化学修飾物、具体的にはアセチル化、サクシニル化、フタール化等のアシル化、メチル化、エチル化等のエステル化等を用いることが可能である。
【0010】
凍結乾燥を行う前にコラーゲンの分散液あるいは溶液を準備する。不溶性コラーゲンの場合は分散液となり、可溶性コラーゲンの場合には溶液あるいは分散液を調整することが可能である。分散液、溶液いずれもpHに特に制限はないが、望ましく中性付近、具体的にはpH4−10が望ましい。
【0011】
凍結乾燥によって軟骨様の強度に近づける為に、凍結乾燥の後に得られた乾燥物をプレスし密度を高くすることが考えられるが、その場合には凍結乾燥によって形成されたポアが潰れるために、細胞を担体内部にまで播種することは困難となる。
そこで凍結乾燥の原料となる不溶性、可溶性のコラーゲンの分散液、溶液、あるいはその混合液中のコラーゲン濃度を30mg/ml以上にする必要がある。更に望ましく50mg/ml以上であれば軟骨組織に類似した物性の担体を得ることができる。特にアテロコラーゲンを用いる場合は70mg/ml以上が望ましい。低濃度、例えば30mg/mLの場合、生体内の軟骨と物理的物性の隔たりが大きいために、軟骨細胞を本担体に播種後、直ちに移植あるいは培養後の移植が困難となり、また細胞を播種の後、生体内の軟骨細胞、軟骨組織が受ける付加を加えた培養も行うことが困難となる。
【0012】
上記コラーゲン濃度を持った分散液、溶液あるいは混合液のいずれも用いることはできるが、特に分散液が望ましい。分散液とはコラーゲンが溶解するpH以外のpHでコラーゲンが溶解せずに分散あるいは沈殿・膨潤している状態を言う。
溶液、分散液に気泡が含まれると凍結乾燥物内部に気泡による空胞が形成されるために望ましくないため、凍結乾燥前に溶液、分散液より気泡を除去する必要がある。除去の方法は特に制限はないが、コラーゲンが熱変性を起こす様な温度上昇は望ましくない。具体的には加温、長時間あるいは強力な超音波処理等は用いることはできない。
【0013】
凍結乾燥のために、まず準備したコラーゲン溶液、分散液あるいは混合液を所望の形状の型に充填、凍結させる。所望の形状としては立方体を作り使用時に所望の形状にカットして使用することもできるし、あるいは最初から所望の形状の型を用いる、のいずれの方法でも良い。
最初から所望の形状の型を用いる方法として、特に制限は無いが例えば本発明の培養担体を用いて培養後、その細胞を含んだ培養担体をそのまま軟骨欠損部に移植することも考えられ、その場合には培養担体そのものを軟骨欠損部の形状に合わせて作ることが望ましい。
具体的な方法としては患者自身のCTあるいはMRIのデータを元に光造形により欠損部の形状を持った型を作ることができる。
【0014】
型にコラーゲンの分散液、溶液あるいはその混合物を充填し、凍結乾燥を行うが先に述べた気泡の除去は充填前でも充填後でも良い。
凍結の方法には急速あるいは緩慢凍結などがあるが、凍結の方法によって乾燥物のポアサイズに違いが出る可能性があり、希望するポアサイズにできる凍結方法を選択する必要がある。
乾燥の方法には特に制限はなく、通常の行われる凍結乾燥の手法を用いることができる。
【0015】
凍結乾燥の終了した乾燥物は、次に不溶化処理を行う。不溶化処理を行うことによって、物理的な強度を高めたり、移植した組織内での残存期間を調節することができる。
不溶化処理を行う場合、できた乾燥物の形状を崩すことなく、また乾燥物の内部にまで均一に不溶化処理が行われなくてはならない。
【0016】
不溶化処理の方法として特に制限はないが、不溶化処理の際、水を溶媒として処理を行うと乾燥物の膨潤が起こり、乾燥によって得られた所望の形状の維持が困難となるため短時間に処理を行うことが望ましい。また膨潤を抑えるために有機溶媒を使用すると、乾燥物内部の不溶化処理が進みにくく、表面のみ不溶化されるため望ましくない。
本発明の不溶化処理としては乾燥物の内部にまで不溶化処理が可能な、乾熱処理、γ線照射、水溶性化学架橋剤、気化可能な化学架橋剤等が望ましい。更に具体的には水溶性化学架橋剤としては、アルデヒド化合物、エポキシ化合物等、気化可能な化学架橋剤としてはホルムアルデヒド等を用いることができる。
【0017】
不溶化処理は具体的には用いる方法によって異なる。例えば乾熱処理であれば完全に乾燥状態にした後に、120℃程度の加熱雰囲気下で30分以上放置することにより行うことができ、γ線照射では膨潤しない程度に乾燥物に湿度を与えた後に、10krad以上の照射によって行うことができる。水溶性化学架橋剤による不溶化処理であれば、例えばグルタルアルデヒドであれば0.5%の濃度でグルタルアルデヒドを含む水溶液に、乾燥物を浸漬することにより達成できるが、更に水による膨潤を抑えるために乾燥物を事前に乾熱処理を行った後に、水溶性化学架橋剤による不溶化処理を行っても良い。
気化可能な化学架橋剤による不溶化処理では、密閉した容器に乾燥物と化学架橋剤、例えばホルマリン溶液を入れることで密閉容器内で気化したホルムアルデヒドによって不溶化処理が行われる。
【0018】
本担体に軟骨細胞を播種ができ、そのまま移植するか、あるいは培養した後に移植する、のいずれも可能である。
培養する際に生体の軟骨組織が受ける負荷と類似の負荷を加えながら培養することも可能である。
更にポア内部に細胞を播種する際に、細胞のみを播種しても良いし培養担体と同じ材料であるコラーゲンの溶液に懸濁後、播種しても良い。
【実施例】
【0019】
以下、本発明の内容について実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
実施例1
ウシ真皮由来の酵素可溶化コラーゲン(アテロコラーゲン)をNaOHによってpH9となっている水に加える。一晩ゆっくりと攪拌し十分にコラーゲンを膨潤させた後に、この液を遠心分離しコラーゲンの分散液を得る。この分散液中のコラーゲン濃度をビューレット法により測定する。分散液中のコラーゲン濃度が80mg/mlとなるように調節する。80mg/mlより濃度が低い場合には追加で遠心分離を行い濃度を上げることを行う。80mg/mlより濃度が高い場合には先のpH9の水を加え、再度ゆっくりと攪拌し、遠心分離の回転数、時間により濃度の調整を行う。
【0020】
得られたコラーゲン分散液を培養用24wellプレート(パーキンエルマー製CulturPlateTM 24 細胞培養用マイクロプレート)に分注する。分注後、プレートを実験用減圧装置に入れ、分散液中の気泡の除去を行う。その後棚を−20℃に冷却した凍結乾燥機内にプレートを入れ、分散液を凍結した後に減圧乾燥を行う。乾燥時に棚の加温は行わなかった。
乾燥の終了した乾燥物をプレートより取り出し、それをホルマリン液を入れたビーカーの入ったデシケーターに入れ、そのまま室温にて一晩放置する。
デシケーターより不溶化処理の終了したコラーゲン担体を取り出し、別のホルマリン液の入っていないデシケーターに入れ、アスピレーターによる減圧下に3時間放置し、軟骨細胞培養が可能な担体を得る。
得られた担体の断面写真を図1として示す。図1における下方はスケールを表わし、1目盛の間隔は1mmである。
得られた担体について物理的強度の測定を行った。測定は100マイクロメータ/秒にて、最大35kPaまでの圧縮負荷をかけて力と変位を計測した。
その結果5%負荷時ni15kPa、10%負荷時に22.5kPa、20%負荷時に33kPaであった。
また、この結果より接線係数(tangent modules)を求めたところ5%負荷時に224kPa、10%負荷時に160kPaであった。
なお、測定値は一元配置の分配分析を行い求めた。
【0021】
実施例2
実施例1と同様に分散液を調整する際、コラーゲン濃度を100mg/mlに調整し、実施例1と同様に培養担体を製造する。
【0022】
実施例3
実施例1でウシの代わりにブタの真皮層由来の酵素可溶化コラーゲン(アテロコラーゲン)を原料に実施例1と同様に培養担体を製造する。
【0023】
実施例4
実施例2でウシの代わりにブタの真皮層由来の酵素可溶化コラーゲン(アテロコラーゲン)を原料に実施例1と同様に培養担体を製造する。
【0024】
実施例1と同様に凍結乾燥を行い乾燥物を得た後に、この乾燥物を減圧条件下70℃で2時間さらに乾燥する。乾燥後常圧下120℃で2時間の加熱を行い、乾熱による不溶化を行う。その後、NaOHによってpHを9.0にした水に0.5ml/100mlの濃度でグルタルアルデヒドを加え溶液を調整し、そこの乾熱により不溶化処理をした乾燥物を入れ、室温で1時間ゆっくりと攪拌する。
処理の終わった培養用担体を取り出し水にて十分洗浄後、培養用培地に入れ培養を行う。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施例1で得られた担体の断面写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高濃度のコラーゲン分散液、溶液あるいはその混合物を凍結乾燥の後、不溶化処理を行い10%負荷時に10〜30kPaの応力を持つ細胞培養用担体。
【請求項2】
高濃度として30mg/ml以上であるのコラーゲン濃度の分散液、溶液あるいはその混合物を用いることを特徴とする請求項1に記載の細胞培養用担体。
【請求項3】
コラーゲンが酵素可溶化コラーゲンであることを特徴とする請求項2に記載の細胞培養用担体。
【請求項4】
不溶化処理として加熱、γ線照射、水溶性化学架橋剤、気化可能な化学架橋剤のいずれか、あるいは組み合わせて用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれかの項に記載の細胞培養用担体。
【請求項5】
凍結乾燥の際、所望の形状の隙間を持つ密閉容器にコラーゲン分散液、溶液あるいはその混合物を注入、凍結後乾燥することを特徴とする請求項1〜4のいずれかの項に記載の細胞培養用担体。
【請求項6】
所望の形状の隙間を持つ密閉容器とはCT、MRIのデータを元に製造したものであることを特徴とする請求項5に記載の細胞培養用担体。
【請求項7】
軟骨細胞の培養に用いることを特徴とする請求項1〜6のいずれかの項に記載の細胞培養用担体。

【図1】
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【公開番号】特開2008−79548(P2008−79548A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−264188(P2006−264188)
【出願日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(591071104)株式会社高研 (38)
【Fターム(参考)】