説明

細胞増殖方法ならびに組織の修復および再生のための医薬

【課題】
本発明の課題は、生体の組織の修復・再生のための安全かつ有効な医薬を提供するために、生体から採取された細胞を、生体外で迅速かつ大量に増殖させることである。
【解決手段】
したがって、本発明は、生体から採取された試料中の細胞を、培地中で培養して増殖させる方法であって、採取された試料に添加される抗凝固剤(例えば、ヘパリンもしくはヘパリン誘導体またはこれらの塩など)の量を該試料の容積に対して5U/mL未満とするか、または培養を開始する際の培地中の抗凝固剤の量を0.5U/mL未満とすることを特徴とする方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体から採取した細胞を生体外で迅速かつ大量に増殖させる方法、ならびにかかる方法によって増殖した細胞を含む生体組織の修復および再生のための医薬、ならびにかかる医薬を製造する方法に関する。この方法は、特に間葉系幹細胞の自家移植のために好適であり、特に神経系組織の修復および再生のために適用され得る。
【背景技術】
【0002】
従来、損傷を受けた神経組織の機能回復は非常に困難と考えられてきたが、近年になって成熟脳においても自己増殖能と多分化能を保持する神経幹細胞が発見されたことを基に、中枢神経系においても再生医療の研究が精力的に行われている。幹細胞を用いる再生医療として最も実用化に近いと考えられているのは、損傷された細胞の補充をおこなう細胞療法である。細胞療法においては、ドナーから提供される細胞(以下、ドナー細胞)を生体外で培養、増殖、および/または分化誘導し、適切な形態においてレシピエントの生体内へ投与することによって、レシピエントの損傷された組織細胞を補充する。
【0003】
脳神経疾患に対しては、神経系細胞への分化能を有する細胞を組織から抽出後培養し個体へ移植することが、虚血モデル、外傷モデルなどにおいて試みられている。例えば、本発明者らは、骨髄細胞中に神経細胞へ分化し得る細胞を含む細胞分画が存在することを既に見出しており、さらに、ラット脊髄脱髄モデルへこれらの細胞を移植すると脱髄された神経軸索が再有髄化することを確認している(特許文献1)。
【0004】
疾患の治療、特に、脳梗塞による虚血脳疾患など急性期の症状を有する疾患の治療に用いる場合、ドナー細胞を迅速かつ大量に増殖させることが重要である。生体外で細胞を増殖させるために、細胞の生存率を向上させ、増殖率を高めるために、様々な試みがなされている。
【0005】
例えば、細胞の増殖率の改善のために、種々の増殖促進物質を添加した培地が使用されている。例えば、特許文献2においては、白血球阻害因子が細胞増殖の速度を増加させることが開示されており、特許文献3においては、造血細胞を増殖させるための組み替えヒト血清アルブミンを含む培地中が開示されている。特許文献4においては、ビタミンCおよび塩基性繊維芽細胞増殖因子を含む培地中で間葉系幹細胞を培養する方法が開示されている。他の増殖因子(例えば、上皮細胞増殖因子、神経細胞増殖因子、肝細胞増殖因子、トロンボポエチン、インターロイキンなど)の使用もまた公知である。
【0006】
より細胞増殖率を高めるような培養基質の開発もなされている。例えば、特許文献5においては、基底膜細胞外基質上で間葉系幹細胞を培養する方法が開示されている。
【0007】
また、血清も増殖を促進する物質として一般的に使用される。従来、幹細胞の培養においては、細胞増殖因子として10〜20%程度のウシ胎児血清(FBS)を始めとする異種動物血清を添加した培地が広く使用されている。しかし、FBSのような動物血清はロットによる組成の差が大きく、また、ウイルス、プリオンなどの病原体混入の危険性も問題となっている。
【0008】
このような問題に対応すべく、血清を添加しない培地もまた開発されている(例えば、特許文献2、特許文献3などを参照のこと)。しかし、無血清培地における培養では、血清添加培地と同等の増殖を得ることは困難であるのが現状である。
【0009】
一方、ヒト血清を使用する試みにおいては、倫理的観点から胎児血清の使用は困難であるため、成人ヒト血清が使用される(例えば、特許文献6〜8を参照のこと)。成人血清を使用する上での利点は、ドナー細胞を採取した個体と同一の個体の血清を用いることが可能な点であり、適合性および安全性の観点から非常に好ましい。
【0010】
成人血清を使用する場合の問題点は、例えばFBSと比較した場合の増殖促進活性の低さである。成人血清は単独では充分な細胞増殖促進活性を示さず、FBSと同程度の増殖を得るためには、さらにFBSを添加するか(特許文献6)または他の増殖因子の添加が不可欠である(特許文献7)。しかしながら、増殖因子などの添加によりFBSと同等の効果が得られた場合においてですら、先に述べたような急性期の疾患の治療に対応し得るような迅速かつ大量の増殖は得られていない。
【0011】
一方、従来、生体から採取した細胞を培養・増殖させる方法においては、血液成分を含む組織または細胞をドナーから採取する際に、血液凝固を阻止するために、ヘパリンが添加される(例えば、特許文献9、非特許文献1、および非特許文献2などを参照のこと)。代表的な場合(例えば、通常の骨髄移植における骨髄細胞採取)においては、細胞液の容積に対するヘパリンの投与量は、数十U/mL(約20〜40U/mL)程度であり、例えば特許文献8は、ヘパリンを5〜15U/mL程度の範囲で含有するヘパリン/緩衝液を骨髄液に添加することを開示している。特許文献2においては、さらに培養培地中にもヘパリンを含有させる方法が開示されている。
【0012】
ヘパリンは、上記のような血液凝固防止の用途の他に、増殖助剤としてもまた用いられており、例えば特許文献4において、ヘパリンには塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)とそのレセプターとの親和性を高める作用があることが開示されている。また、特許文献10は、ヘパリンを含む硫酸化グリコサミノグリカンの改変体を、神経幹細胞増殖助剤として開示している。しかしながら、これらヘパリンを用いる方法においても、なお十分に迅速かつ大量の増殖率は達成し得ないのが現状である。
【特許文献1】国際公開第WO02/00849A1号パンフレット
【特許文献2】特表2002-518990号公報
【特許文献3】特開2005-204539号公報
【特許文献4】特開2006-136281号公報
【特許文献5】特開2003-52360号公報
【特許文献6】特開平10-179148号公報
【特許文献7】特開2003-235548号公報
【特許文献8】特開2006-55106号公報
【特許文献9】国際公開第WO01/48147A1号パンフレット
【特許文献10】特開2005-218308号公報
【非特許文献1】高久史麿著、「骨髄移植マニュアル」、初版、内外医学社、1996年、86頁
【非特許文献2】三浦恭定編、「血液幹細胞培養法」、改訂2版1刷、内外医学社、1989年、38頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
したがって、本発明の課題は、細胞移植のために生体外で細胞を増殖させる場合において、従来技術の問題を解決し、かつ従来の方法より高い増殖率を得、迅速かつ大量に細胞を増殖することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を解決するために、本発明者らは、細胞培養における種々の条件および手順を検証する中で、通常は血液凝固防止の目的で用いられるヘパリンに着目して研究を進めたところ、ヘパリンが細胞増殖に対して著しい阻害作用を及ぼしているという知見を得、さらに研究を進めた結果、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、生体から採取された試料中の細胞を、培地中で培養し増殖させる方法であって、細胞が抗凝固剤と実質的に接触しない、前記方法に関する。
また、本発明は、採取された試料に添加される抗凝固剤の量を該試料の容積に対して5U/mL未満とする、前記方法に関する。
さらに、本発明は、培養を開始する際の培地中の抗凝固剤の量を0.5U/mL未満とする、前記方法に関する。
また、本発明は、前記抗凝固剤が、ヘパリン、ヘパリン誘導体またはこれらの塩である、前記細胞増殖方法に関する。
【0016】
本発明は、血清を含む培地中で細胞を増殖させる、前記方法に関する。
また、本発明は、細胞が由来する動物と同種の動物個体の血清を含有する培地中で細胞を増殖させる、前記方法に関する。
さらに、本発明は、自己血清を含有する培地中で細胞を増殖させる、前記方法に関する。
本発明はまた、培地中の血清含有量が1〜20容積%である、前記方法に関する。
【0017】
本発明は、幹細胞を増殖させる、前記方法に関する。
また、本発明は、間葉系幹細胞を増殖させる、前記方法に関する。
さらに、本発明は、ヒトの細胞を増殖させる、前記方法に関する。
本発明は、幹細胞を未分化な状態で増殖させる、前記方法に関する。
【0018】
本発明はまた、培地中の間葉系幹細胞の密度が5,500個/cm以上になった時点で継代培養させる、前記方法に関する。
さらに、本発明は、培地の交換を少なくとも週1回は行う、前記方法に関する。
本発明は、細胞の総数が100,000,000個以上になるまで継代培養を繰り返し行う、前記方法に関する。
【0019】
本発明は、前記のいずれかの方法によって培養された細胞を用いて組織修復・再生用医薬を製造する方法に関する。
また、本発明は、前記のいずれかの方法によって培養された細胞を含む組織修復・再生用医薬に関する。
本発明は、組織が神経系組織であり、細胞が自家の間葉系幹細胞であり、静脈内投与、腰椎穿刺投与、脳内投与、脳室内投与、または動脈内投与される、虚血性神経疾患の処置のための前記医薬に関する。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、従来では細胞増殖に必須または有用と考えられてきた抗凝固剤をごく微量で添加するか、または抗凝固剤を実質的に添加せず培養を行うことによって著しい増殖率の改善が得られるという、これまでの常識からは全く予測し得ない驚くべき効果を奏する。ヘパリンなどの抗凝固剤が細胞増殖に作用する機序については必ずしも明らかではないが、抗凝固剤が細胞に添加されると、細胞表面に結合し、これが培養時の細胞の基質への接着を阻害し、それによって細胞の増殖を阻害するなどが一因として考えられるところ、抗凝固剤を実質的に存在させないことにより、細胞増殖が飛躍的に向上したものと推測される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明による細胞増殖の方法について、詳細に説明する。
本発明の方法は、生体から採取された試料中の細胞を、培地中で培養して増殖させる方法であって、細胞が抗凝固剤と実質的に接触しないことを特徴とする。
【0022】
本発明において用いられる試料とは、増殖能を有し、および/または組織の修復・再生のために有用な細胞を含む体液および/または組織であって、例えば、骨髄液、血液(末梢血もしくは臍帯血)またはリンパ液などの体液、筋肉組織、骨組織、皮膚、リンパ系組織、脈管、または消化器などの組織、または胚(ヒト胚を除く)などが挙げられる。生体から採取された試料は、その試料全体をそのまま、または必要に応じて処理(例えば、不要な成分の除去、特定の細胞分画の精製、酵素処理など)を行い、本発明による増殖方法に供する。
【0023】
本明細書において「細胞が抗凝固剤と実質的に接触しない」とは、細胞の採取から培養期間全体のいずれかの時点において使用する抗凝固剤の量を実質的に減少させることを意味し、例えば、抗凝固剤を、細胞採取のための容器(採血管など)の内壁を抗凝固剤溶液で濡らす程度に添加するか、もしくは全く添加しないか、または培養を開始する際に試料中の抗凝固剤を実質的に除去した場合に得られる状態を意味する。
【0024】
より迅速かつ大量に細胞増殖を得るためには、試料を採取する際に添加される抗凝固剤の量が少ないことが好ましく、採取した細胞は、凝血を避けるために採取後速やか(30分以内)に培養工程に移行させる。より好ましくは、細胞と抗凝固剤とが実質的に接触しないようにする。以上の操作により、従来のおよそ3〜100倍という驚くべき増殖率が得られる。
【0025】
本発明の好ましい態様においては、生体から採取された試料に添加される(すなわち、採取された試料が収められる採血管に予め添加される)抗凝固剤の量を、試料の容積に対して5U/mL未満、好ましくは2U/mL未満、さらに好ましくは0.2U/mL未満とする。
【0026】
本発明の別の好ましい態様においては、生体から採取された試料中の細胞を培養する際に、培地中に存在する抗凝固剤の量が、培地の容積に対して0.5U/mL未満、好ましくは0.2U/mL未満、最も好ましくは0.02U/mL未満である。より具体的には、培養を開始する際の抗凝固剤の量が培地の容積に対して0.5U/mL未満になるように、予め試料採取のための採血管に投与する抗凝固剤の量を抑えるか、および/または、培地中に添加する抗凝固剤の量を調整する。
【0027】
また、本明細書において「抗凝固剤」とは、体液中または培地中に存在する場合、細胞表面に結合して、細胞外マトリクスに存在する抗血液凝固作用を有するタンパク質と相互作用し、細胞と細胞外マトリクス、細胞同士または細胞と基質とが接着することを阻害する物質を指し、典型的には、例えば、ヘパリンおよびヘパリン誘導体(例えば、特開2005-218308A号公報において開示される、ヘパリンを構成するD−グルコサミンの6位を脱硫酸したグリコサミノグリカンなど)またはそれらの塩が用いられる。
【0028】
本発明の方法において細胞を増殖させるための培地は、細胞培養の分野において通常使用される培地であれば特に限定されないが、より迅速かつ大量の増殖を得るためには、血清含有培地が好ましい。血清含有培地は、本明細書において以下の他の箇所に記載するような標準培地を基に、培地に対して12%未満の量で血清を加えたものを使用する。血清を提供する個体の負担を考えると血清量は少なければ少ないほど好ましいが、所望の迅速な細胞増殖促進作用が得られる範囲内であることを考慮すると、1%〜20容積%であることが好ましく、より好ましくは3〜12%であり、さらに好ましくは5〜10%である。
【0029】
本発明の方法において使用される血清は、哺乳動物の血清であり、好ましくは培養される細胞が由来する動物と同種の動物個体の血清(同種血清)であるが、さらに好ましくは培養される細胞が由来する個体の血清(自己血清)であるが、これらに限定されない。培養される細胞がヒト細胞である場合、成人ヒト血清が使用されることが好ましいが、採取が困難である場合、異種動物血清(例えばFBS)を使用してもよい。ただし、例えばFBSに比べ、ヒト血清を用いた場合に、抗凝固剤を添加しないことによる本発明の効果は、より顕著に現れる。血清は、末梢血由来の血清であっても、臍帯血由来の血清であってもよい。血清は、細胞の由来する個体の血清(自己血清)であることが好ましいが、採取が困難である場合は同種の他個体の血清(他家血清)でもよい。
【0030】
本発明の方法によって増殖させる細胞は、血液成分を含む試料から調製し、付着させて培養する細胞であればよく、例えば、間葉系細胞、間葉系幹細胞、造血幹細胞、臍帯血幹細胞、角膜幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞などの体性幹細胞、胎児幹細胞などの胚性幹細胞単核細胞(ヒト胚を除く)の他、骨芽細胞、繊維芽細胞、靱帯細胞、上皮細胞、血管内皮細胞などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0031】
本発明の方法は、その一態様において、幹細胞を増殖させるために好適であり、例えば、間葉系幹細胞を増殖させるために用いられる。
間葉系幹細胞とは、間葉系組織の間質細胞の中に微量に存在する多分化能および自己複製能を有する幹細胞であり、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞などの結合組織細胞に分化するだけでなく、神経細胞や心筋細胞への分化能を有することが近年見出されている。
【0032】
一態様において、本発明の方法を、ヒトの細胞を増殖させるために用いてもよい。
本発明の別の態様において、増殖させる細胞はヒト以外の動物(例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスターなどの齧歯類、チンパンジーなどの霊長類、ウシ、ヤギ、ヒツジなどの偶蹄目、ウマなどの奇蹄目、ウサギ、イヌ、ネコなど)の細胞であってもよい。
【0033】
さらに、本発明の方法の一態様において、幹細胞を未分化な状態で増殖させてもよい。
一般に、幹細胞は、未分化な状態の方が増殖率および生体内導入後の生存率が高い。例えば、虚血性脳疾患の処置など、迅速かつ大量の細胞増殖が必要とされる場合においては、採取した幹細胞を未分化な状態のままで増殖させることによって、短期間に必要な細胞数を得ることができる。
あるいは、一定の細胞種へ分化した細胞が所望である場合、幹細胞または芽細胞を未分化な状態で大量に増殖させ、次いで、所望の細胞種への分化を誘導する既知の成長因子の添加またはかかる性質を有する遺伝子の導入などによる分化誘導を行うことによって、大量の分化した細胞を得てもよい。
【0034】
本発明の一態様において、培地中の間葉系幹細胞の密度が5,500個/cm以上になった時で継代培養させることが好ましい。
培地における細胞の密度は、細胞の性質および分化の方向性に影響を与える。例えば、間葉系幹細胞を培養する場合、培地中の細胞の密度が8,500個/cmを超えると、細胞の性質が変化してしまうため、最大でも8,500個/cm以下で継代培養させることが好ましく、より好ましくは、5,500個/cm以上になった時点で継代培養させる。
【0035】
また、本発明の好ましい態様において、培地は、少なくとも週1回交換する。
培地の交換は、細胞の培養および増殖に必要な栄養素、成長因子、増殖因子などを供給するため、また、細胞の代謝によって生成する乳酸などの老廃物を除去し、培地のpHを一定に保つために必要である。培地交換の周期は、細胞の種類、培養条件などに依存して選択されるが、特に、ヒト血清含有培地を使用する場合、血清ドナーの負担を考慮して、なるべく少ない回数であることが望ましく、例えば、本発明の方法によって間葉系幹細胞を培養する場合、少なくとも週1回、より好ましくは週1〜2回の培地交換を行う。本発明の方法によって、必要な細胞数を得るまでにかかる培養日数が短縮されるため、培地交換によって使用される血清の量を抑えることができる。
【0036】
本発明の方法の好ましい一態様において、細胞の総数が100,000,000個以上になるまで継代培養を繰り返し行うことができる。
本発明の方法を用いて細胞を培養することにより、通常より3〜100倍高い増殖率が得られるため、短期間に大量の細胞を得ることができる。必要とされる細胞数は、その細胞を使用する目的に応じて変化し得るが、例えば、脳梗塞による虚血性脳疾患の治療のための移植に必要とされる間葉系幹細胞の数は、10,000,000個以上と考えられている。本発明の方法を用いた場合、典型的には、12日間で10,000,000個の間葉系幹細胞を得ることができる。このような細胞増殖の迅速化はこれまで実現されておらず、本発明の方法によって初めて可能になった。血清含有培地において実質的にヘパリンを含有させないで培養することによりこのような迅速な細胞増殖が可能であることは、当業者にとって極めて驚くべきことである。
【0037】
一局面において、本発明の方法によって培養させた細胞は、組織修復・再生のための医薬の製造に用いられてもよい。
本発明の増殖方法で得た細胞を有効成分として含む治療薬を被験体に投与することによって、機能を喪失した対象の組織を修復、再生させることができる。特に、間葉系幹細胞を用いる場合、虚血性脳疾患の脳組織を修復、再生させることが可能である(国際公開WO02/00849A1号公報を参照のこと)。本明細書において言及される場合、組織の修復、再生とは、機能の修復、再生と同義であり、治療効果としては、例えば、神経系組織を修復・再生する場合、神経の保護作用(例えば、軸索の再有髄化)、神経栄養作用(例えば、神経膠細胞の補充)、脳血管新生作用、神経再生等を含む。すなわち、本発明の方法によって増殖させた細胞を含む医薬の治療効果の実体としては、組織の修復、再生を、現象としては、その組織の機能障害の修復、再生を意味している。増殖させた細胞を組織の修復・再生のために使用する場合、ドナー細胞のソースがHIV、ATL、HB、HC、梅毒、ヒトパルボウイルスB19などに感染していないことが、予め末梢血により確認されていることが必要である。
【0038】
また、一態様において、本発明の方法によって増殖させた細胞を、疾患または病原体感染の診断に使用することも可能である。例えば、被験体から採取して体外で増殖させた細胞中に含まれる癌関連遺伝子の状態を調べることによって発癌の危険性を診断することができる。
また、被験体がプリオン病に感染している場合、通常の検査方法では検出が困難であるが、本発明の方法によって細胞を増殖させることで、迅速に検出感度以上まで異常プリオンを増幅させ、プリオン病の診断を行うことができる。
あるいは、本発明の方法によって増殖させた細胞を、インビボまたはインビトロ実験に使用してもよい。
【0039】
本発明の方法によって増殖させた細胞を含む組織修復・再生用医薬としては、例えば、本発明の方法を用いて生体外増幅された細胞と薬学的に受容可能な希釈剤、賦形剤および/または基材からなる、注射(例えば、神経前駆細胞、造血幹細胞、肝細胞、膵細胞、リンパ球細胞などを含む注射)および移植用インプラント、(例えば、心筋細胞シート、人工皮膚、人工角膜、人工歯根、人工関節など)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0040】
本発明の方法によって培養させた細胞を含む医薬は、神経系組織の修復・再生のために用いられてもよい。例えば、自家の間葉系幹細胞を増殖させて、虚血性神経疾患の処置のための医薬に用いてもよい。好ましい一態様において、前記医薬に含まれる細胞は、細胞が投与される被験体に由来する細胞(自家細胞)である。
【0041】
かかる細胞療法の対象となる神経系疾患としては、例えば、中枢性および末梢性の脱髄疾患、中枢性および末梢性の変性疾患、脳卒中(脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血を含む)、脳腫瘍、痴呆を含む高次機能障害、精神疾患、てんかん、外傷性の神経系疾患(頭部外傷、脳挫傷、脊髄損傷を含む)、脊髄梗塞、ならびにクロイツフェルトヤコブ病、クールー病、牛海綿状脳症、スクレイピーなどのプリオン病が挙げられるが、これらに限定されない。
【0042】
本発明の方法によって増殖される細胞は、神経系疾患以外の疾患の処置においても有用である。例えば、急性白血病の治療のために、造血幹細胞を生体外増幅して骨髄中に移植してもよい。通常の骨髄移植においては、自家移植の場合でレシピエントの体重あたり典型的には2×10個、他家移植の場合4×10個の細胞数が必要とされ、細胞ドナーから採取される骨髄液の量は1000mLに及ぶこともあり得るが、本発明の方法を用いて生体外で細胞を迅速に増殖させることにより、細胞ドナーの身体的な負担を軽減することができる。また、ウイルス感染などの治療のために、患者の末梢血から採取したTリンパ球を、本発明の方法を用いて生体外で増幅し、同一患者に移植してもよい。
【0043】
組織の修復・再生のための細胞補充に用いられるドナー細胞のソースは、自家または他家の組織幹細胞もしくは体性幹細胞または胚性幹細胞に求め得るが、倫理的な問題、感染症の危険性、または免疫抑制剤使用の必要性などの困難を考慮すると、自家細胞、とりわけ、非侵襲的にドナー細胞を確保できる体性幹細胞(例えば、骨髄細胞)を使用する自家移植療法が望ましい。自家移植療法が困難な場合には、他人または他の動物由来の細胞を利用することも可能である。ドナー細胞は、培養を開始する際の試料中に含まれる抗凝固剤の量が5U/mL未満であれば、培養の直前に採取された試料に含まれる細胞であっても、凍結保存した細胞であってもよい。例えば、国際公開WO 2005/001732A1号公報に記載の治療用細胞の配送支援システムを用いる治療モデルのように、予め自家細胞を増殖し、凍結保存して、疾患時に投与してもよい。
【0044】
あるいは、本発明の一態様においては、予めドナー細胞を冷蔵または凍結保存し、一定の時間の後で培養・増殖させることも可能である。そのような処置が必要となる場合、例えば、臨床で細胞を採取する場所(病院など)と細胞処理施設との間の距離が離れている場合、試料採取時に血液凝固を阻止するために試料に一定量(20〜40U/mL)の抗凝固剤を添加して、冷蔵または凍結保存し、培養を開始する前に、例えば、Ficol遠心分離などによって所望の細胞を試料から単離し、洗浄することで、抗凝固剤を除去する。
【0045】
細胞のソースは、修復・再生の対象とする特定の組織の細胞種へ分化することが既に分かっている細胞、例えば、同じ胚葉系の細胞または全能性幹細胞を含むものであることが望ましいが、ある程度他の胚葉へ分化している幹細胞(例えば、胎児肝細胞)が、神経系細胞など他の組織の細胞に再分化することも見出されている(例えば、WO 02/00849A1号公報に記載の細胞)ことを考慮すれば、公知の分化誘導因子などを用いて所望の細胞種への分化を誘導することができるものであれば、異なる胚葉系の細胞を含む組織であってもよい。
【0046】
修復の対象となる組織が神経系の場合、ドナー細胞のソースとして、例えば、骨髄、末梢血、臍帯血、胎児胚、脳などに由来する細胞が挙げられる。修復の対象となる組織が造血組織の場合、骨髄、末梢血、臍帯血、胎児胚などに含まれる、造血幹細胞、臍帯血幹細胞などが挙げられる。
【0047】
神経系組織の修復のために骨髄由来の間葉系幹細胞を利用する場合、以下のような利点が存在する:1)顕著な効果が期待できる、2)副作用の危険性が低い、3)充分なドナー細胞の供給が期待できる、4)非侵襲的な治療であり自家移植が可能であるので、5)感染症のリスクが低い、6)免疫拒絶反応の心配がない、7)倫理的問題がない、8)社会的に受け入れられやすい、9)一般的な医療として広く定着しやすいなど。さらに、骨髄移植療法は既に臨床の現場で用いられている治療であり、安全性も確認されている。また、骨髄由来の幹細胞は遊走性が高く、局所への移植ばかりか、静脈内投与によっても目的の損傷組織へ到達し、治療効果が期待できる。
【0048】
骨髄液の採取は、例えば、採取源となる動物(ヒトを含む)を麻酔(局所または全身麻酔)し、胸骨または腸骨に針を刺し、シリンジで吸引することにより行うことができる。また、出生児に臍帯に直接針を刺し、注射器で吸引して、臍帯血を採取保存しておくことは、確立された技術となっている。従来の方法においては、採取した骨髄液中で血液成分の凝固が起こることを防ぐために抗凝固剤を用いるが、本発明の方法においては、抗凝固剤を使用しないことは、先に述べたとおりである。
【0049】
本発明の方法によって増殖された細胞を含む医薬を損傷組織へ送達する方法として、例えば、外科的手段による局所移植、静脈内投与、腰椎穿刺投与、局所注入投与、皮下投与、皮内投与、腹腔内投与、筋肉内投与、脳内投与、脳室内投与、または静脈投与などが考えられる。また、本発明の方法によって増殖された細胞を、インプラント、細胞シート基材、人工関節などに含有または播種させて生体内へ移植してもよい。
【0050】
患者への細胞の注射による移植は、例えば、神経系の修復のために用いられる場合、移植する細胞を、人工脳脊髄液や生理食塩水などを用いて浮遊させた状態で注射器に溜め、手術により損傷した神経組織を露出し、この損傷部位に注射針で直接注入することにより行うことができる。組織内を移動することができる程度に遊走性の高い細胞(例えば、WO 02/00849A1号公報に記載の細胞など)の場合、損傷部位の近傍へ移植してもよく、また、脳脊髄液中への注入によっても効果が期待できる。この場合、通常の腰椎穿刺で細胞を注入することができるため、患者の手術の必要はなく、局所麻酔のみですむため、病室で患者を処置できる点で好適である。さらに、静脈内への注入でも効果が期待できる。したがって、通常の輸血の要領での移植が可能となり、病棟での移植操作が可能である点で好適である。
【0051】
本発明による細胞の増殖に好適な培地は、細胞の種類、所望の分化の方向およびレベル、ならびに必要とされる増殖率などに応じて選択される。例えば、神経系の修復に用いるために間葉系幹細胞を増殖させる場合に好適な培地としては、以下に示すダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)の他、神経前駆細胞標準培地(NPBM:Clontech製)、αMEM培地などが挙げられるが、これらに限定されない。このような標準培地を基に、上記のように血清を添加し、さらに必要に応じてアミノ酸等の栄養因子、抗生物質、増殖因子および/または成長因子などを加える。
【0052】
標準培地の具体例としては、以下の成分を以下の濃度(mg/L)で含むダルベッコ改変培地が挙げられる:
CaCl(無水物):160〜240
KCL:320〜480
Fe(NO・9HO:0.08〜1.2
MgSO(無水物):80〜120
NaCl:5120〜7680
NaHCO:2960〜4440
NaHPO・HO:100〜150
D−グルコース:3600〜5400
フェノールレッド:12〜18
ピルビン酸ナトリウム:88〜132
L−アルギニン・HCl:67〜101
L−システィン・2HCl:50〜76
L−ヒスチジン・HCl・HO:34〜50
L−イソロイシン:84〜126
L−ロイシン:84〜126
L−リジン・HCl:117〜175
L−メチオニン:24〜36
L−フェニルアラニン:53〜79
L−セリン:34〜50
L−スレオニン:76〜114
L−トリプトファン:13〜19
L−チロシン(2ナトリウム塩):83〜125
L−バリン:75〜113
塩化コリン:3.2〜4.8
D−Ca−パントテン酸:3.2〜4.8
葉酸:3.2〜4.8
i−イノシトール:5.8〜8.6
ナイアシンアミド:3.2〜4.8
ピリドキサール・HCl:3.2〜4.8
リボフラビン:0.3〜0.5
チアミン・HCl:3.2〜4.8
【0053】
所望により、細胞培養の分野において通常使用される抗生物質(例えば、ペニシリン、ストレプトマイシンなど)を、単独でまたは併用して使用してもよい。複数の抗生物質を併用することが好ましく、例えば、ペニシリンとストレプトマイシンとを併用する場合、培地に対して各0.5〜2容積%であり、好ましくは0.8〜1.2容積%である。
【0054】
培地に含有される低分子アミノ酸としては、L-アラニン、L−アスパラギンサン、L−システイン、L-グルタミン、L−イソロイシン、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−プロリン、L−セリン、L−スレオニン、L−チロシン、L−バリン、L−アスコルビン酸、およびL−グルタミン酸が挙げられる。これらのアミノ酸は、細胞培養の分野において通常使用される培地中に栄養素として含まれているものである。
【0055】
さらに、本発明者らは、グルタミンを培地総量の0.1〜2%(重量/容積)で添加することが、間葉系幹細胞の迅速な増殖にとって不可欠であり、さらに、培養中のグルタミンが0.1〜2%(重量/容積)を保つように補充を行うことが、迅速な増殖をさらに促進することを見出した。
【0056】
上記の標準培地に、必要に応じて増殖・成長因子および/または分化誘導因子を添加してもよい。増殖・成長因子および分化誘導因子は、所望の分化の方向およびレベル、必要な増殖率などに応じて選択される。例えば、アスコルビン酸およびニコチンアミドなどのビタミン類、NGFおよびBDNFなどの神経栄養因子、BMPなどの骨形成因子、上皮細胞成長因子、塩基性線維芽細胞成長因子、インスリン様成長因子、IL−2などのサイトカインが挙げられるが、これらに限定されない。
【0057】
本発明の細胞培養方法は、具体的には例えば以下のように行う。
1.上記のようにヘパリン液にて内壁を濡らしたシリンジにて生体から採取した試料を、100倍以下の希釈率、好ましくは10倍以下の希釈率、さらに好ましくは約2倍〜6倍程度の希釈率で、予め37±0.5℃に保った培地中に加え、培養ディッシュに播種し、37±0.5℃、5%の炭酸ガス中でインキュベートする。培地の交換は少なくとも週1回、典型的には週1〜2回行う。培地は、好適な標準培地に血清および必要な助剤を添加して調製し、ろ過滅菌機により滅菌し、小分けして4℃の保冷庫に保管したものを、予め37±0.5℃に保って使用する。37.5℃を超えると死滅細胞が増え、36.5℃未満では生育が遅い。炭酸ガス濃度は5±1%の範囲が好ましい。全ての工程で細胞に接触する溶液を同様の温度範囲に保つことが、増殖の迅速化を促進する。
【0058】
2.細胞が培養ディッシュ基材に付着した後、培地および培地中に浮遊している血球成分を吸引して分離、除去する。次いで、洗浄液としてリン酸緩衝食塩水を用いて、付着している幹細胞表面を洗浄する。
【0059】
3.継代は、ディッシュ内の細胞が5,500個/cm以上となる時点を目安として、細胞密度が8,500個/cmを超えないように、コンフルエントの60〜80%、好ましくは65〜75%になった時点で行う。継代の際は、主としてトリプシンおよび必要に応じてEDTA(エチレンジアミンテトラ酢酸)からなる剥離剤を、ディッシュ1枚あたり3mL添加して、37±5℃で3〜5分間のインキュベーションの後、付着した幹細胞が剥離したことを確認する。分離液を傾斜法にて培地と置換して、培地中の細胞を所定の遠沈管に移し遠心分離により細胞を遠沈させて継代する。少なくとも間葉系幹細胞の総数が100,000,000個以上になるまで、培養、培地交換、継代のサイクルを繰り返す。培地の交換は、少なくとも週1回は行う。
【0060】
以上のサイクルを繰り返すことで、迅速に目的とする細胞数が得られる(例えば、間葉系幹細胞の場合、1×10個の細胞を2週間以内に得ることができる)。
【0061】
所望により、増殖後の細胞の剥離を容易にする細胞足場材を使用することも可能である。好適な足場材の例としては、多孔質の無機系セラミックス、マイクロピラー(例えば、日立製作所製ナノピラー細胞培養シート)、不織布、ハニカム膜フィルム等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0062】
本発明の一つの局面において、培養される細胞は、予め、例えば、BDNF遺伝子、PLGF遺伝子、GDNF遺伝子、若しくはIL−2遺伝子などの、増殖および分化を誘導する遺伝子を導入されていてもよい。あるいは、培養される細胞は、テロメラーゼ遺伝子などの不死化遺伝子が導入された不死化した細胞であってもよい。かかる遺伝子の導入については、例えばWO03/038075A1号公報などにおいて開示されている。
【0063】
上記で例として挙げたような培地、足場剤、助剤、増殖因子および/または遺伝子導入などから、所望の増殖率および/または特定の細胞種への分化を誘導するような組み合わせを選択することは、当業者の能力の範囲内である。
【0064】
増殖された細胞の細胞種の確認を行うことが望ましい場合、当該分野において公知の手段(例えば、フルオサイトメトリー・セルソーターなど)を用いて、細胞表面抗原発現またはサイトカイン産生の解析などにより細胞種を決定する。所望の細胞に特異的なマーカー抗原は、文献などにおいて公知であり、例えば、間葉系幹細胞のマーカーとしてCD105、CD73、CD166、CD9、CD157、CD166などが公知である。かかる文献から所望の細胞に特異的なマーカーを選択して組み合わせることは、当業者が有する通常の技術の範囲内である。
【0065】
本発明の方法によって増殖させた細胞は、そのまま組織の修復・再生のために投与することも可能であるが、治療効率を向上させるために、任意に種々の薬剤を添加した組成物として、あるいは遺伝子導入により改変し、投与または移植することも考えられる。例えば、本発明の方法によって増殖させた細胞の組織内でのさらなる増殖率を向上させる物質、所望の細胞への分化を促進する物質、もしくは組織内での生存率を向上させる物質の添加、および/またはかかる効果を有する遺伝子の導入;移植される細胞が損傷した生体組織から受ける悪影響を阻止する効果を有する物質の添加、および/またはかかる遺伝子の導入;ドナー細胞の寿命を延長する物質の添加、および/またはかかる効果を有する遺伝子の導入;細胞周期を調節する物質の添加、および/またはかかる効果を有する遺伝子の導入;免疫細胞の抑制を目的とした物質の添加、および/またはかかる効果を有する遺伝子の導入;エネルギー代謝を活発にする物質の添加、および/またはかかる効果を有する遺伝子の導入;ドナー細胞の組織内での遊走能を向上させる物質の添加、および/またはかかる効果を有する遺伝子の導入;血流を向上させる物質の添加、および/またはかかる効果を有する遺伝子の導入などが考えられるが、これらに限定されない。
【実施例】
【0066】
以下の実施例は、本発明の方法による細胞の増殖、および本発明の方法によって増殖された細胞を含む組織の修復・再生のための医薬について、さらに具体的に説明するものであり、本発明の範囲を何ら限定するものではない。細胞培養および/または細胞療法の分野において通常の知識および技術を有する者は、本発明の精神を逸脱しない範囲で、多様な改変を行うことができる。
【0067】
実施例1
内壁を予め微量のヘパリン(骨髄液1mLあたり0.1U)で濡らした採血管を用いて、脳疾患患者から骨髄液を60mL採取し、210mLの培地中に添加し、総量270mLとした。この骨髄液含有培養液を18等分して、15mLずつ150mm径のディッシュ(IWAKI製Tissue culture dish #3030-150)中に播種し、培地を5mLずつ添加して1ディッシュあたり総量20mLとした。播種後、9ディッシュずつ、別々のインキュベーターに静置して、37±0.5℃、5%の炭酸ガス雰囲気下で培養した。骨髄液は、予め末梢血の検査によって、HIV、ATL、HB、HC、梅毒、ヒトパルボウイルスB19等に感染していないことを確認した。
【0068】
培地は、ダルベッコ改変イーグル培地500mLに、自己末梢血由来の血清56.8mL、抗生物質5.7mL(ペニシリン10,000U/mL、ストレプトマイシン10mg/mLよりなる)、およびグルタミン5.7mL(292.3mg/L)を添加して調製し、ろ過滅菌し、小分けして4℃の保冷庫に保管したものを、予め37℃に保って使用した。
【0069】
4日目に培養容器に付着した間葉系幹細胞を洗浄するに当たって、培地および培地中に浮遊している血球成分を吸引して分離、除去し、次いで洗浄液としてリン酸緩衝食塩水5mLを用いて、付着している間葉系幹細胞表面を6回洗浄した。
【0070】
8日目に第一継代を行うにあたり、リン酸緩衝食塩水5mLを用いて洗浄後、付着した幹細胞を剥離するために、分離液(0.25%トリプシン−2.21mM EDTA)4mLをディッシュに添加し、3分間37℃でインキュベートし、剥れを確認した。付着分離させた分離液に同量の培地を加え、傾斜法にて全量を回収した。ディッシュ9枚分の細胞を遠沈管9本に移して、遠心分離機により800rpmで5分間遠心した。分離後各遠沈管の上澄み液を除去し、DMEMを加えて細胞を集めた。集めた細胞溶液を、再度800rpmで5分間遠心した。遠心分離後、各遠沈管の上澄み液を除去し、培地300mLを加えて細胞を集めた。この細胞溶液をディッシュ15枚に小分けして継代し、初代培養と同様に37±0.5℃、炭酸ガス濃度5%中でインキュベートした。同様の継代操作を残り9ディッシュについても行った。
【0071】
13日目に、洗浄、剥離、遠心分離を上記と同様に行い、小分けしたもので細胞数を血球計測盤で計測したところ、1.1×10個に達していたので、更に継代させた。培養を継続し、20日目に同様の細胞数計測を行ったところ、細胞総数が1.0×10に達したので、洗浄、剥離、遠心分離を行い、凍結保存液(通常の濾過滅菌したRPMI20.5mLと、患者から採取した自己血清20.5mL、デキストラン5mL、DMSO 5mL)に懸濁して−150℃度で凍結した。細胞中の間葉系幹細胞の比率は98%以上(CD105陽性(陽性率=99.9%)、CD34陰性(陰性率=98.8%)、CD45陰性(陰性率=98.5%)であった。
【0072】
比較例1
試料中のへパリンの含量を2mL(267U/mL)に変えた他は全て実施例1と同様の条件で培養を行った。結果を図1および図2に示す。ヘパリンを極微量(0.1U/mL)しか添加しない場合、培養開始から4日後で、8×10個の増殖を得、一方、2mLのヘパリンを添加した場合、2×10個の増殖を得、ヘパリンが微量である場合において約40倍の増殖率を得た(図1および図2)。培養を続けた場合、培養開始から12日後での細胞数は、ヘパリンを極微量添加した細胞で1.4×10個まで増加し、一方、ヘパリン2mLを添加した細胞は、2.9×10個であった(図1)。これらの結果は、ヘパリンの添加が細胞増殖に対して阻害効果を及ぼすことを示すとともに、抗凝固剤の添加量がごく微量であるかまたは実質的に添加しなくとも、本発明の方法によって細胞を迅速に増殖させることが可能であることを確認し、さらに、試料中のヘパリンの量を極微量とすることによって、著しい増殖率の改善を得ることを示す。
【0073】
比較例2
ヒト末梢血由来の血清の代わりにFBSを用いる他は全て実施例1と同様の条件で、8日間培養を行った。細胞数計測による間葉系幹細胞の増殖速度の比較を、図3に示す。本発明の条件下においてヒト間葉系幹細胞を培養する場合、ヒト成人血清を用いた場合、FBSを用いた場合と比較して、培養開始から5日後で約2.6倍、8日後で約6倍の増殖率を得た。この結果は、ヒト骨髄細胞の培養において、試料中のヘパリンの量を極微量とすることによって、ヒト成人血清を使用してFBSより高い増殖率が得られることを示す。
【0074】
比較例3
ラット間葉系幹細胞を用いて実験を行った。ラット大腿骨2本から採取した骨髄細胞を、実施例1と同様の培地にヘパリンをそれぞれ1U/mL、10U/mL、100U、または1000U/mLで添加して培養した。ヒト末梢血由来の血清の代わりにFBSを用いる他は、全て実施例1と同様の条件で培養を行った。結果を図4に示す。培地中のヘパリンの濃度が高くなるほど、増殖に対する阻害効果が高くなることが示された。
【0075】
比較例4
ラット間葉系細胞を用いて、以下のように実験を行った。1群:ラット大腿骨1本より、DMEM4mLを用いて骨髄液を押し出し、合計4mL強の試料を得た。この試料を、ヘパリン160Uを添加したDMEM36mLに加え、培養を開始した。培地中のヘパリン濃度は、4U/mLであった。2群:ラット大腿骨1本より、ヘパリン160Uを添加したDMEM4mLを用いて骨髄液を押し出し、合計4mL強の試料を得た。この試料を、このまま高濃度のヘパリンに曝した状態で、5分間室温で放置した後、DMEM36mLに加え、培養を開始した。培地中のヘパリン濃度は、4U/mLであった。これら2群の細胞数の変化を、図5に示す。1群において、2群と比較して著しい増殖率の低下が観察された。この結果は、試料採取の際(または培養に移行する前)に細胞試料にヘパリンを添加した場合、培養時の培地中にヘパリンを添加した場合と比較して、ヘパリンが細胞増殖に及ぼす阻害効果がより顕著になることを示唆する。
【0076】
実施例2
標準培地としてDMEMの代わりにαMEM培地を使用した他は、全て実施例1と同様の条件で培養を行った。結果を図6に示す。αMEM培地を用いる場合においても、ヘパリンの量を抑えることにより、ヒト血清を用いてFBSよりも迅速な増殖が得られることを確認した。
【0077】
比較例5
培地中にグルタミンを含まない以外はすべて実施例1と同様にして7日間培養した。細胞数計測による間葉系幹細胞の増殖速度の比較を、図7に示す。培養開始から1週間後で、グルタミンを使用する場合において約1.6倍の増殖率が観察された。この結果は、間葉系幹細胞の迅速な増殖のために、グルタミンの添加が必要であることを示す。
【0078】
実施例3
患者(52歳、男性)は、虚血性神経疾患(脳梗塞:右内頸動脈閉塞)で、2007年2月4日に左半身麻痺を発症し、同年2月19日、札幌医科大学付属病院へ転院した。治療前の症状として;左半身麻痺、特に上肢に強い麻痺があり;手を開いたり握ったりすることが全く出来ず;物(積木など)を握ったり離したりすることが出来ず;腕を肩の位置より高く上げることが出来ず;手首を曲げたり伸ばしたりすることも出来なかった。この患者から、実施例1に記載のとおりに間葉系幹細胞を採取して増殖させ、その全量に、凍結保存液(通常の濾過滅菌したRPMI20.5mLと、患者から採取した自己血清20.5mL、デキストラン5mL、DMSO 5mL)を加え、治療薬を製造した。この治療薬を、3月19日に上記の患者に静脈内に30分間で投与した。副作用は全く認められなかった。
【0079】
結果
この患者は、細胞治療前は左手指全5指の運動機能不全であったが、細胞投与の翌朝には全く動かなかった左手の指が動くようになり、握ったり開いたりができるようになった。1週間後には運動機能改善が見られ、ステイック運搬運動が可能となった。2週間後には、脳梗塞が著明に縮小していることがMRIによって確認された(図9)。また、手を握ったり開いたりすることが、より早くできるようになり、積木をつまんだり、離したりすることもできるようになった。腕も肩の位置より高く上げ、「バンザイ」することが出来るようになった。肘の曲げ伸ばしおよび手首の曲げ伸ばしも出来るようになった。細胞治療の前後にわたるこの患者の脳梗塞レベルの推移を、脳梗塞の評価のための周知のスケール(NIHSS:米国立衛生研究所脳卒中スケール、JSS:日本脳卒中学会脳卒中スケール、MRS:修正ランキンスケール)を用いて図8に示す。
【0080】
図9は、この患者の脳MRI画像である。右大脳の脳梗塞で障害された部位(白色部分)の減縮がみられ、上記の運動機能回復と合わせて、本治療薬の投与が顕著な改善効果を示すことが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明は、組織の修復・再生に顕著な効果を示す治療薬の迅速な提供を可能とするものであり、この治療薬提供の迅速化により、特に早期の細胞療法が有効な疾患、例えば脳神経に損傷を受けた患者の脳神経再生などに甚大な効果を有し、さらに、細胞提供者の不足および身体的負担を軽減する。本発明の方法によって製造される医薬は、治療薬としての効果は言うまでもなく、迅速に提供されることにより治療効果を増幅し、患者のQOLを著しく改善するとともに、介護者の負担および介護費用を軽減させることよって、社会的負担の低減にもつながるものであり、老齢化社会に光明を投げかけるものである。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】図1は、骨髄液に添加するヘパリンの量を0.1U/mLまたは267U/mLとした場合のヒト間葉系幹細胞の増殖を示すグラフである。
【図2】図2は、骨髄液に極微量または2mLのヘパリンを添加した場合の、培養開始から4日後での細胞数を示すグラフである。
【図3】図3は、ヘパリンの添加量を0.1U/mLとして、ヒト成人血清またはFBSを添加した培地中での間葉系幹細胞増殖を示すグラフである。
【図4】図4は、ラット間葉系幹細胞を、表示量のヘパリンを添加して10%FBS含有培地で培養した場合の増殖率を示すグラフである。
【図5】図5は、ラット間葉系幹細胞を、ヘパリンを添加した培地中で培養した場合、または、同量のヘパリンを骨髄液中に添加してその後培地中で培養した場合の増殖率を示すグラフである。
【図6】図6は、ヘパリンの添加量を0.1U/mLとして、ヒト成人自己血清またはFBSのいずれかを添加したαMEM培地中でのヒト間葉系幹細胞の増殖を示すグラフである。
【図7】図7は、ヘパリンの添加量を0.1U/mL未満として、グルタミンを添加した場合またはグルタミン無添加の場合の、ヒト間葉系幹細胞の増殖を示すグラフである。
【図8】図8は、虚血性能疾患患者の細胞治療の前後にわたる脳梗塞レベル(NIHSS:米国立衛生研究所脳卒中スケール、JSS:日本脳卒中学会脳卒中スケール、MRS:修正ランキンスケール)の推移を示すグラフである。
【図9】図9は、間葉系幹細胞の自家移植を行う前および移植の2週間後における虚血性能疾患患者の脳MRI画像である。損傷部位は白色部分として示される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から採取された試料中の細胞を、培地中で培養して増殖させる方法であって、細胞が抗凝固剤と実質的に接触しない、前記方法。
【請求項2】
採取された試料に添加される抗凝固剤の量を該試料の容積に対して5U/mL未満とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
培養を開始する際の培地中の抗凝固剤の量を0.5U/mL未満とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
抗凝固剤が、ヘパリン、ヘパリン誘導体またはこれらの塩である、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
培地が、血清を含有する、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
血清が、細胞が由来する動物と同種の動物個体の血清である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
血清が、自己血清である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
培地中の血清含有量が、1〜20容積%である、請求項5〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
細胞が、幹細胞である、請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
幹細胞が、間葉系幹細胞である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
細胞が、ヒト細胞である、請求項1〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
細胞を未分化な状態で増殖させる、請求項1〜11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
培地中の間葉系幹細胞の密度が5,500個/cm以上になった時点で継代培養させる、請求項1〜12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
培地の交換を少なくとも週1回は行う、請求項1〜13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
細胞の総数が100,000,000個以上になるまで継代培養を繰り返し行う、請求項1〜14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
請求項1〜15のいずれかに記載の方法によって増殖した細胞を用いて、組織修復・再生用治療薬を製造する方法。
【請求項17】
請求項1〜15のいずれかに記載の方法によって増殖した細胞を含む、組織修復・再生用医薬。
【請求項18】
組織が神経系組織であり、細胞が自家の間葉系幹細胞であり、静脈内投与、腰椎穿刺投与、脳内投与、脳室内投与、または動脈内投与される、虚血性神経疾患の処置のための、請求項17に記載の医薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−65884(P2009−65884A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−236499(P2007−236499)
【出願日】平成19年9月12日(2007.9.12)
【出願人】(307014555)北海道公立大学法人 札幌医科大学 (31)
【出願人】(506100495)NCメディカルリサーチ株式会社 (10)
【Fターム(参考)】