説明

細胞遊走測定用基板および細胞遊走試験法

【課題】基板上に接着した細胞を特定の領域に制御して遊走させることにより細胞遊走を試験するための手段を提供する。
【解決手段】本発明は、導電性領域と絶縁性領域とを有する基材、ならびに該導電性領域上および該絶縁性領域上にそれぞれ形成された細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とを備える細胞培養用基板であって、導電性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っており、絶縁性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っている、前記細胞培養用基板に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養用基板および該細胞培養用基板を用いた細胞遊走試験法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、様々な動物や植物の細胞培養が行われており、また、新たな細胞の培養法が開発されている。細胞培養の技術は、細胞の生化学的現象や性質の解明、有用な物質の生産などの目的で利用されている。さらに、培養細胞を用いて、人工的に合成された薬剤の生理活性や毒性を調べる試みがなされている。
【0003】
一部の細胞(特に多くの動物細胞)は、何かに接着して生育する接着依存性を有しており、生体外の浮遊状態では長期間生存することができない。このような接着依存性を有した細胞の培養には、細胞が接着するための担体が必要であり、一般的には、コラーゲンやフィブロネクチンなどの細胞接着性タンパク質を均一に塗布したプラスチック製の培養皿が用いられている。これらの細胞接着性タンパク質は、培養細胞に作用し、細胞の接着を容易にし、細胞の形態に影響を与えることが知られている。
【0004】
一方、細胞の遊走は免疫応答や受精後の胚形態形成、組織修復および再生などの様々な段階に関与している。また、癌やアテローム動脈硬化症、関節炎などの疾患の進行においても極めて重要な役割を持つ。具体的には、血管内皮を通しての細胞の遊走は、炎症、アテローム性動脈硬化症、癌の転移といった状態の病態生理における重要な現象である。そのため、インビトロでの細胞遊走を測定する方法は、長年に渡って開発されてきた。
【0005】
細胞遊走アッセイに関してすでに市販されている装置としては、古典的なボイデンチャンバ、細胞培養インサート、FluoroBlock(登録商標)(BD Biosciences)、Cell Motility HitKit(登録商標)(Cellomics)がある。しかし、こうした装置では、接着した細胞の遊走方向を制御して、定量的に細胞遊走をアッセイすることは困難である。
【0006】
非特許文献1には、パターニングされていない全面が導電性の基板上で、電圧の印加により、細胞の接着および非接着を制御する技術が記載されている。しかし、この基板では、電圧の印加により基板上の全面の性質が変化してしまうため、基板上に細胞を接着させた後、特定の領域のみを細胞接着性に改変させて、その領域にのみ細胞を制御させて遊走させることはできない。
【0007】
非特許文献2には、導電性領域と絶縁性領域を有する基材に細胞接着阻害性の膜を形成し、特定の導電性領域に電圧を印加することにより細胞接着阻害性の膜を細胞接着性に改変させて、その領域にのみ細胞を接着させて培養する方法が記載されている。しかし、非特許文献2の基板の導電性領域上においては、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域が隣り合っていない。従って、細胞接着性に改変した領域に細胞を接着させた後、別の導電性領域に電圧を印加して細胞接着性に改変させても、すでに接着した細胞を隣り合っていない別の領域に遊走させてアッセイすることはできない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Jiang X,Ferrigno R,Mrksich M,Whitesides GM.2003.Electrochemical desorption of self−assembled monolayers noninvasively releases patterned cells from geometrical confinements.J.Am.Chem.Soc.125:2366−7
【非特許文献2】Sunny S.Shah,Ji Youn Lee,Stanislav Verkhoturov,Nazgul Tuleuova,Emile A.Schweikert,Erlan Ramanculov,and Alexander Revzin.2008.Exercising Spatiotemporal Control of Cell Attachment with Optically Transparent Microelectrodes. Langmuir 24:6837−6844.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、基板上に接着した細胞を特定の領域に制御して遊走させることにより細胞遊走を試験するための手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、細胞接着阻害性の膜をパターン状に細胞接着性に改変させる2種類の異なる手段を採用することにより、細胞接着性領域と隣り合った領域に細胞接着阻害性領域を形成し、さらにその細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変させることが可能であり、それにより細胞を特定の領域に制御して遊走させることが可能になることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)導電性領域と絶縁性領域とを有する基材、ならびに該導電性領域上に形成された細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域、および該絶縁性領域上に形成された細胞接着阻害性領域を備える細胞培養用基板であって、導電性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っている、前記細胞培養用基板。
(2)導電性領域と絶縁性領域とを有する基材、ならびに該導電性領域上および該絶縁性領域上にそれぞれ形成された細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とを備える細胞培養用基板であって、導電性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っており、絶縁性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っている、(1)記載の細胞培養用基板。
(3)導電性領域上の細胞接着阻害性領域が、導電性領域への電圧印加によって細胞接着性に改変可能である、(1)または(2)記載の細胞培養用基板。
(4)細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした領域であり、細胞接着阻害性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されている、(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞培養用基板。
(5)導電性領域が、複数の櫛歯部と各櫛歯部を支持する基部とからなる櫛形にパターニングされている、(1)〜(4)のいずれかに記載の細胞培養用基板。
(6)細胞接着阻害性領域が櫛歯部に直交する細長形状の領域となるようパターニングされている、(5)記載の細胞培養用基板。
(7)導電性領域が形成する櫛歯部の幅が0.1〜500μmである、(5)または(6)記載の細胞培養用基板。
(8)導電性領域が形成する櫛歯部間の間隔が10〜1000μmである、(5)〜(7)のいずれかに記載の細胞培養用基板。
(9)炭素酸素結合を有する有機化合物がアルキレングリコールオリゴマーである、(4)記載の細胞培養用基板。
(10)導電性領域が、基材表面に酸化インジウム錫の膜が存在する領域である、(1)〜(9)のいずれかに記載の細胞培養用基板。
【0012】
(11)細胞遊走を試験する方法であって、
(i)(1)〜(10)のいずれかに記載の細胞培養用基板に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させる工程、
(ii)導電性領域に電圧を印加することによって導電性領域上の細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変させる工程、および
(iii)導電性領域上の細胞接着性領域に接着している細胞の、工程(ii)で細胞接着性領域に改変した領域への移動を観察する工程
を含む、前記方法。
(12)導電性領域と絶縁性領域を有する基材の全面に、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜を形成する工程、および
導電性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合うように、親水膜をパターン状に酸化処理および/または分解処理して細胞接着性に改変させる工程、
を含む、細胞培養用基材の製造方法。
(13)導電性領域が線状導電性領域を含み、
線状導電性領域の長さ方向に沿う両側には絶縁性領域が配置されており、
線状導電性領域の、1つ又は長さ方向位置が異なる2つ以上の位置に、線状導電性領域の各位置における部分を全部又は一部に含むように細胞接着性領域が形成されており、
前記線状導電性領域の各位置における部分が前記細胞接着性領域の一部である場合には、該細胞接着性領域には、該部分に隣接する絶縁性領域の部分が更に含まれ、
線状導電性領域、及び、線状導電性領域の長さ方向に沿う両側に配置される絶縁性領域のうち前記細胞接着性領域に含まれない部分は、細胞接着阻害性領域であり、
各細胞接着性領域の、線状導電性領域長さ方向の寸法を細胞接着性領域の長さ、該長さ方向に直交する方向の寸法を細胞接着性領域の幅と定義したとき、各細胞接着性領域の長さ及び幅が、それぞれ独立に、1〜500μmであり、
線状導電性領域のうち、細胞接着性領域に含まれない部分の線幅が0.1〜10μmであり、且つ、該線幅は、該部分と接続される細胞接着性領域の幅よりも小さい、
(1)〜(10)のいずれかに記載の細胞培養用基板。
(14)導電性領域の細胞接着阻害性領域が、導電性領域への電圧印加によって細胞接着性に改変可能である、(13)記載の細胞培養用基板。
(15)線状導電性領域の、長さ方向位置が異なる2つ以上の位置に、細胞接着性領域が形成されている、(14)記載の細胞培養用基板。
(16)細胞を試験する方法であって、
(i)(14)記載の細胞培養用基板に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させる工程、
(ii)線状導電性領域に電圧を印加することによって線状導電性領域の細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変させる工程、および
(iii)細胞接着性領域に接着している細胞を観察する工程
を含む、前記方法。
(17)回路状の細胞構築物を形成する方法であって、
(i)(15)記載の細胞培養用基板に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させる工程、
(ii)線状導電性領域に電圧を印加することによって線状導電性領域の細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変させる工程、および
(iii)細胞を培養することによって、細胞接着性領域に接着している細胞に形態変化を生じさせ、工程(ii)で細胞接着性領域に改変した線状導電性領域を介して隣接する細胞間に該領域に沿った連絡部を形成させる工程
を含む、前記方法。
(18)工程(i)において、細胞接着性領域1つ当たり細胞を1つ接着させる(16)又は(17)記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、担体に接着して移動する細胞の細胞遊走を簡便にアッセイできるシステムが提供され、創薬産業でのスクリーニングに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態を示す図である。
【図2】実施例において細胞遊走試験を実施した結果を示す写真である。
【図3】本発明の細胞培養用基板の一実施形態を示す図である。
【図4】図3に示す細胞培養用基板を用いて細胞の一部に形態変化を生じさせる工程を示す図である。
【図5】図3に示す細胞培養用基板のより具体的な形態を示す図である。
【図6】本発明の細胞培養用基板の一実施形態を示す図である。
【図7】本発明の細胞培養用基板の一実施形態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の細胞培養用基板は、導電性領域(導電部)と絶縁性領域(絶縁部)とを有する基材、ならびに該導電性領域(導電部)上に形成された細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域、および該絶縁性領域(絶縁部)上に形成された細胞接着阻害性領域を備える細胞培養用基板であって、導電性領域(導電部)上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っている、ことを特徴とする。本発明の細胞培養用基板においては、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とがパターン化されて配置されていることが好ましい。また、絶縁性領域(絶縁部)上に細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域が形成されており、絶縁性領域(絶縁部)上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っていることが好ましい場合もある。
【0016】
本発明において細胞接着性とは、細胞が接着すること、または細胞が接着しやすいことを意味する。細胞接着阻害性とは、細胞が接着しにくいことまたは細胞が接着しないことを意味する。従って、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とがパターン化された基板上に細胞を播くと、細胞接着性領域には細胞が接着するが、細胞接着阻害性領域には細胞が接着しないため、基板表面には細胞がパターン状に配列されることになる。
【0017】
細胞接着性は、接着しようとする細胞によって異なる場合もあるため、細胞接着性とは、ある種の細胞に対して細胞接着性であることを意味する。従って、細胞培養用基板上には、複数種の細胞に対する複数の細胞接着性領域が存在する場合、すなわち細胞接着性が異なる細胞接着性領域が2水準以上存在する場合もある。
【0018】
本発明の細胞培養用基板における、細胞接着性領域および細胞接着阻害性領域の構造としては、例えば、以下の2つの形態が挙げられる。
【0019】
第一の形態は、細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした領域である形態である。この形態では、基材の表面全体に炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜を形成し、次いで、細胞の接着が望まれる領域に対して酸化処理および/または分解処理を施すことにより当該領域に細胞接着性を付与して細胞接着性領域に改変する。前記処理を施さない部分は細胞接着阻害性領域である。
【0020】
第二の形態は、細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を低密度で含む親水性膜で形成されている形態である。この形態は、炭素酸素結合を有する有機化合物を高密度で含む親水性膜が細胞接着阻害性を有するのに対して、前記化合物を低密度で含む親水性膜は細胞接着性を有することを利用したものである。基材表面に前記化合物が結合しやすい第一領域と結合しにくい第二領域とを設け、該基材表面に前記化合物の膜を形成すると、第一領域は細胞接着阻害性領域となり、第二領域は細胞接着性領域となる。
【0021】
さらに、本発明の細胞培養用基板においては、導電性領域上の細胞接着阻害性領域が、導電性領域への電圧印加、好ましくは正電圧の印加によって細胞接着性に改変可能である。電圧の印加によって細胞接着性に改変された領域は、上記のように炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して得られる細胞接着性領域とは、詳細な表面性状が異なる場合がある。
【0022】
(基材)
本発明の細胞培養用基板に用いられる基材としては、導電性領域と絶縁性領域とを形成可能な材料で形成されたものであれば特に制限されない。絶縁性材料からなる基材上に導電性領域を形成することにより、導電性領域と絶縁性領域とを形成することが好ましい。また、その表面に炭素酸素結合を有する有機化合物の被膜を形成することが可能な材料で形成されたものであることが好ましい。具体的には、ガラス、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミナ、サファイア、セラミクス、フォルステライト、感光性ガラス、セラミック、シリコン、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができる。その形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の平坦な形状、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路等の立体的な形状、ならびに表面に凹凸が形成された形状が挙げられる。フィルムを使用する場合、その厚さは特に制限されないが、通常0.1〜1000μm、好ましくは1〜500μm、より好ましくは10〜200μmである。
【0023】
特に、細胞の大きさよりも小さい1nm〜10μm程度の微細な凹凸が表面に付加された基材を用い、導電性領域や絶縁性領域上の細胞接着性の領域も同様の形状となる場合には、接着した細胞の形状や挙動を制御して、試験を効果的に行うことが可能である。微細な凹凸とは例えば、ラインパターンの場合、深さ1nm〜10μm、ライン凸部の幅1nm〜10μm、ライン凹部の幅1nm〜10μmのことを指す。
【0024】
絶縁性材料からなる基材上に導電性領域を形成する場合、公知のパターニング技術を利用できる。公知のパターニング技術としては、例えば、グラビア印刷法、スクリーン印刷法、オフセット印刷法、フレキソ印刷法およびコンタクトプリンティング法などの各種印刷法による方法、各種リソグラフィー法を用いる方法、ならびにインクジェット法による方法、他に微細な溝を彫刻等する立体整形の手法などが挙げられる。具体的には、絶縁性材料からなる基材、例えばガラス基材に、導電性材料、例えば金属膜または金属酸化物膜を成膜し、これをフォトリソグラフィー技術等の公知の技術を用いてパターニングすることにより、導電性領域と絶縁性領域を形成することができる。
【0025】
基材上への導電性材料の成膜は、公知の方法で行うことができる。例えば、マイクロ波プラズマCVD(Chemical vapor deposit)法、ECRCVD(Electric cyclotron resonance chemical vapor deposit)法、ICP(Inductive coupled plasma)法、直流スパッタリング法、ECR(Electric cyclotron resonance)、スパッタリング法、イオン化蒸着法、アーク式蒸着法、レーザー蒸着法、EB(Electron beam)蒸着法、抵抗加熱蒸着法などが挙げられる。成膜は、塗布により実施してもよい。スピンコートや各種の印刷方式も使用できる。
【0026】
導電性領域を構成する導電性材料の膜として、金属膜または金属酸化物膜、金属微粒子や金属ナノファイバーが絶縁体に分散された膜、導電性の有機材料からなる膜などが挙げられる。金属酸化物としては、ITO(酸化インジウム錫)、IZO(酸化インジウム亜鉛)などが挙げられ、金属微粒子としては、銀、金、銅などの微粒子、金属ナノファイバーとしてはカーボンナノチューブ、導電性の有機材料としては、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)などが挙げられる。
【0027】
導電性材料の膜としては特に制限されないが、透明な膜であることが好ましく、例えば、ITO膜、IZO膜、導電性高分子のポリエチレンジオキシチオフェン膜などが挙げられる。また、電圧印加後も透明な膜であることが好ましい。本発明においては、ITO膜をスパッタリング法により成膜して、その後パターニングすることにより、導電性領域を形成することが好ましい。透明な膜は、細胞の観察において有利である。
【0028】
導電性材料の膜の厚さは、通常、単分子膜〜100μm程度であり、好ましくは2nm〜1μm、より好ましくは5nm〜500nmである。
【0029】
導電性領域は、複数の櫛歯部と各櫛歯部を支持する基部とからなる櫛形にパターニングされていることが好ましい。その場合、導電性領域が形成する櫛歯部の幅(基部から櫛歯部が延びる方向(櫛歯部の長さ方向)と直交する側の幅、図1(1)のx)は、好ましくは0.1〜500μmであり、細胞遊走を観察するためには、好ましくは5〜500μm、より好ましくは10〜200μmである。櫛歯部の幅が狭すぎると、櫛歯部の長さ方向の電気抵抗が高くなり、一定の電圧をかけた際に櫛歯部の長さ方向に電圧降下が生じやすく、電位の制御が困難になる。電圧降下の程度は、用いる導電性材料の導電率により変わるため、櫛歯部の幅の下限も導電性材料の導電率に応じて適宜決められるが、一般的には5μm以上が好ましい。基材上の導電性領域の幅を5μm以下のように狭くする場合には、基板上に幅の広い電極を設け、該電極の表面の一部を絶縁膜で被覆し、5μm以下の所望の幅の領域だけを露出させて、該領域を導電性領域とすることにより、抵抗値が高く電圧降下を起こす問題を解決することができる。また、櫛歯部の幅が測定対象の細胞の大きさよりも狭いと、櫛歯部上に細胞が接着しにくくなる。従って、細胞遊走を観察する際の櫛歯部の幅は、測定対象の細胞の大きさによって適宜決められるが、一般的には10μm以上が好ましい。櫛歯部の幅が広いと、顕微鏡で観察する際に視野に入る櫛歯の本数が少なくなり、統計的な処理をする際に不利になる。一般的には、顕微鏡の視野は数mm以下であるため、視野内に少なくとも1本の櫛歯部が入るためには、櫛歯部の幅は500μm以下が好ましい。また、櫛歯部の幅が適度に狭いと、測定対象の細胞の遊走方向が制限されるため、一定時間経過後の遊走距離が長くなり測定に有利になる効果もある。櫛歯部間の間隔は、好ましくは10〜1000μm、より好ましくは50〜500μmである。櫛歯部間の間隔が狭すぎると、櫛歯部間の絶縁性領域上の細胞接着阻害性領域を乗り越えて、隣り合った櫛歯部間で細胞が遊走しやすくなるため、細胞の遊走方向を制限しにくくなる。従って、一般的には10μm以上、より好ましくは50μm以上の櫛歯部間の間隔だと好ましい。櫛歯部間の間隔が広すぎると、顕微鏡で観察する際に視野に入る櫛歯の本数が少なくなり、統計的な処理をする際に不利になる。一般的には、顕微鏡の視野は数mm以下であるため、櫛歯部の幅は1000μm以下が好ましい。櫛歯部と櫛歯部が互いにかみあった2つの櫛形のパターンが特に好ましい。そのようなパターンは、細胞遊走試験において電圧を印加した場合に、電流が効果的に流れるため好ましい。
【0030】
上記のような導電性領域のパターニングは、具体的には、成膜した金属膜または金属酸化物膜に、レジスト塗布、フォトマスクを介した露光、現像およびエッチングを行って実施することができる。
【0031】
(細胞接着阻害性領域)
細胞接着阻害性領域は、好ましくは、炭素酸素結合を有する有機化合物により形成される親水性膜により形成される。当該親水性膜は、水溶性や水膨潤性を有する、炭素酸素結合を有する有機化合物を主原料とする薄膜であり、酸化される前は細胞接着阻害性を有し、酸化および/または分解された後は細胞接着性を有しているものであれば特に限定されない。
【0032】
本発明において炭素酸素結合とは、炭素と酸素との間に形成される結合を意味し、単結合に限らず二重結合であってもよい。炭素酸素結合としてはC−O結合、C(=O)−O結合、C=O結合が挙げられる。
【0033】
主原料としては、水溶性高分子、水溶性オリゴマー、水溶性有機化合物、界面活性物質、両親媒性物質等が挙げられ、これらが相互に物理的または化学的に架橋し、基材と物理的または化学的に結合することにより親水性薄膜となる。
【0034】
具体的な水溶性高分子材料としては、ポリアルキレングリコールおよびその誘導体、ポリアクリル酸およびその誘導体、ポリメタクリル酸およびその誘導体、ポリアクリルアミドおよびその誘導体、ポリビニルアルコールおよびその誘導体、双性イオン型高分子、多糖類、等を挙げることができる。分子形状は、直鎖状、分岐を有するもの、デンドリマー等を挙げることができる。より具体的には、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールの共重合体、例えば、Pluronic F108、Pluronic F127、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−ビニル−2−ピロリドン)、ポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)、ポリ(メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン)、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンとアクリルモノマーの共重合体、デキストラン、およびヘパリンが挙げられるがこれらには限定されない。
【0035】
具体的な水溶性オリゴマー材料や水溶性低分子化合物としては、アルキレングリコールオリゴマーおよびその誘導体、アクリル酸オリゴマーおよびその誘導体、メタクリル酸オリゴマーおよびその誘導体、アクリルアミドオリゴマーおよびその誘導体、酢酸ビニルオリゴマーの鹸化物およびその誘導体、双性イオンモノマーからなるオリゴマーおよびその誘導体、アクリル酸およびその誘導体、メタクリル酸およびその誘導体、アクリルアミドおよびその誘導体、双性イオン化合物、水溶性シランカップリング剤、水溶性チオール化合物等を挙げることができる。より具体的には、エチレングリコールオリゴマー、(N−イソプロピルアクリルアミド)オリゴマー、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンオリゴマー、低分子量デキストラン、低分子量ヘパリン、オリゴエチレングリコールチオール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、2−〔メトキシ(ポリエチレンオキシ)−プロピルトリメトキシシラン、およびトリエチレングリコール−ターミネーティッド−チオールが挙げられるがこれらには限定されない。
【0036】
親水性膜は、処理前は高い細胞接着阻害性を有し、酸化処理および/または分解処理後は細胞接着性を示すものであることが望ましい。
【0037】
親水性膜の平均厚さは、0.8nm〜500μmが好ましく、0.8nm〜100μmがより好ましく、1nm〜10μmがより好ましく、1.5nm〜1μmが最も好ましい。平均厚さが0.8nm以上であれば、タンパク質の吸着や細胞の接着において、基板表面の親水性薄膜で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500μm以下であればコーティングが比較的容易である。
【0038】
基材表面への親水性膜の形成方法としては、基材へ親水性有機化合物を直接吸着させる方法、基材へ親水性有機化合物を直接コーティングする方法、基材へ親水性有機化合物をコーティングした後に架橋処理を施す方法、基材への密着性を高めるために多段階式に親水性薄膜を形成させる方法、基材との密着性を高めるために基材上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法、基板表面に重合開始点を形成し、次いで親水性ポリマーブラシを重合する方法等を挙げることができる。
【0039】
上記成膜方法のうち特に好ましい方法としては、多段階式に親水性薄膜を形成させる方法、ならびに、基材との密着性を高めるために基材上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法を挙げることができる。これらの方法を用いると、親水性有機化合物の基材への密着性を高めることが容易だからである。本明細書では「結合層」という用語を用いる。結合層とは、多段階式に親水性有機化合物の薄膜を形成する場合には最表面の親水性薄膜層と基板との間に存在する層を意味し、基材表面に下地層を設け当該下地層の上に親水性薄膜層を形成する場合には当該下地層を意味する。結合層は、結合部分(リンカー)を有する材料を含む層であることが好ましい。リンカーとリンカーに結合させる材料の末端の官能基の組み合わせとしては、エポキシ基と水酸基、フタル酸無水物と水酸基、カルボキシル基とN−ハイドロキシスクシイミド、カルボキシル基とカルボジイミド、アミノ基とグルタルアルデヒド等が挙げられる。それぞれの組み合わせにおいて、いずれがリンカーであってもよい。これらの方法においては、親水性材料によるコーティングを行う前に、基板上にリンカーを有する材料により結合層を形成する。結合層における前記材料の密度は結合力を規定する重要な因子である。前記密度は、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。例えば、エポキシ基を末端に有するシランカップリング剤(エポキシシラン)を例にとると、エポキシシランを付加した基板表面の水接触角が典型的には45°以上、望ましくは47°以上であれば、次に酸触媒存在下エチレングリコール系材料等を付加することによって十分な細胞接着阻害性を有する基板を作ることができる。
なお、本発明において水接触角とは、23℃において測定される水接触角を指す。
【0040】
(親水性膜の酸化処理および/または分解処理による細胞接着性領域の形成)
本発明では、細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした領域により形成される。
【0041】
本発明において「酸化」とは狭義の意味であり、有機化合物が酸素と反応して酸素の含有量が反応以前よりも多くなる反応を意味する。
【0042】
本発明において「分解」とは有機化合物の結合が切断されて1種の有機化合物から2種以上の有機化合物が生じる変化を指す。「分解処理」としては典型的には、酸化処理による分解、紫外線照射による分解などが挙げられるがこれらには限定されない。「分解処理」が酸化を伴う分解(つまり酸化分解)である場合、「分解処理」と「酸化処理」とは同一の処理を指す。
【0043】
紫外線照射による分解とは、有機化合物が紫外線を吸収し、励起状態を経て分解することを指す。なお、有機化合物が、酸素を含む分子種(酸素、水など)とともに存在している系中に紫外線を照射すると、紫外線が化合物に吸収されて分解が起こる以外に、該分子種が活性化して有機化合物と反応する場合がある。後者の反応は「酸化」に分類できる。そして活性化された分子種による酸化により有機化合物が分解する反応は、「紫外線照射による分解」ではなく「酸化による分解」に分類できる。
【0044】
以上のように「酸化処理」と「分解処理」は操作としては重複する場合があり、両者を明確に区別することはできない。そこで本明細書では「酸化処理および/または分解処理」という用語を使用する。
【0045】
酸化処理および/または分解処理の方法としては、親水性膜を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法などが挙げられる。本発明では、導電性領域上、および好ましくは絶縁性領域上に、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とをそれぞれ形成することから、親水性膜をパターン状に部分的に酸化処理および/または分解処理する。部分的に酸化処理および/または分解処理する場合は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いたりするとよい。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化処理および/または分解処理を施してもよい。
【0046】
紫外線照射処理の場合は、波長185nmや254nmの紫外線を出す水銀ランプや波長172nmの紫外線を出すエキシマランプなどのVUV領域からUV−C領域の紫外線を出すランプを光源として用いることが好ましい。光触媒処理する場合は、波長365nm以下の紫外線を出す光源を用いることが好ましく、波長254nm以下の紫外線を出す光源を用いることがより好ましい。光触媒としては、酸化チタン光触媒、金属イオンや金属コロイドで活性化された酸化チタン光触媒を用いるのが好ましい。酸化剤としては、有機酸や無機酸を特に制限なく用いることができるが、高濃度の酸は取り扱いが難しいので、10%以下の濃度に希釈して用いるとよい。最適な紫外線処理時間、光触媒処理時間、酸化剤処理時間は、用いる光源の紫外線強度、光触媒の活性、酸化剤の酸化力や濃度などの諸条件に応じて適宜決定することができる。
【0047】
細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を低密度で含む親水性膜により形成されていてもよい。この態様では、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とは、ともに炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されている。2つの領域は前記有機化合物の密度が相違する。同密度が高いほど細胞は接着しにくくなる傾向がある。細胞接着性領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できる程度に低い。一方、細胞接着阻害性領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できない程度に高い。
【0048】
親水性有機化合物の密度を制御する方法としては、親水性有機化合物の薄膜と基材表面との間に結合層を設け、当該結合層の親水性有機化合物との結合力を調整する方法が挙げられる。ここで「結合層」とは上記で定義した通りであり、上記で説明した好ましい材料から構成され得る。結合層の結合力は、結合層におけるリンカーを有する材料の密度が高いほど強くなり、同密度が低いほど弱くなる。結合層におけるリンカーを有する材料の密度は、上述の通り、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。
【0049】
本発明のこの実施形態では、細胞接着性領域の結合層における、リンカーを有する材料の密度は低い。細胞接着性領域における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には、10°〜43°、望ましくは15°〜40°である。このような結合層を形成する方法としては、リンカーを有する材料の被膜(結合層)を基材表面に形成した後、当該結合層の表面を酸化処理および/または分解処理する方法が挙げられる。結合層表面を酸化処理および/または分解処理する方法としては、結合層表面を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法などが挙げられる。結合層表面の全面を酸化処理および/または分解処理してもよいし、部分的に処理してもよい。部分的な処理は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いることにより行うことができる。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化処理および/または分解処理を施してもよい。諸条件などについても、親水性膜の酸化処理および/または分解処理により細胞接着性領域を形成する方法の場合と同様の条件を適用できる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着性領域が形成できる。
【0050】
本発明のこの実施形態では、細胞接着阻害性領域の結合層における、リンカーを有する材料の密度は高い。細胞接着阻害性領域における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には45°以上、望ましくは47°以上である。このような結合層は、リンカーを有する材料の被膜を基材表面に形成することにより得られる。結合層表面を部分的に酸化処理および/または分解処理した場合には、処理を受けない残余の部分が前記水接触角を有する結合層となる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着阻害性領域が形成できる。
【0051】
(細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域との比較)
細胞接着性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量は、細胞接着阻害性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量と比較して低いことが好ましい。具体的には、細胞接着性領域の炭素量が、細胞接着阻害性領域の炭素量に対して20〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「炭素量(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
【0052】
また、細胞接着性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値は、細胞接着阻害性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して小さい値であることが好ましい。具体的には、細胞接着性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞接着阻害性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「酸素と結合している炭素の割合(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
【0053】
(親水性薄膜の評価方法)
本発明の親水性薄膜(結合層が存在する場合には結合層も含む)の評価手法としては、接触角測定、エリプソメトリー、原子間力顕微鏡観察、電子顕微鏡観察、オージェ電子分光測定、X線光電子分光測定、各種質量分析法などを用いることができる。これらの手法の中で、最も定量性に優れているのはX線光電子分光測定(XPS/ESCA)である。この測定方法で求められるのは相対的定量値であり、一般的に元素濃度(atomic concentration、%)で算出される。以下、本発明におけるX線光電子分光分析方法を詳細に説明する。
【0054】
本発明において親水性薄膜の「炭素量」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる炭素量」と定義される。また、本発明において親水性薄膜の「酸素と結合している炭素の割合」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる酸素と結合している炭素の割合」と定義される。具体的な測定は、特開2007−312736に記載されるとおりに実施できる。
【0055】
(パターンの形状)
本発明の細胞培養用基板では、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とがパターン化されて配置されていることが好ましい。パターンの形状は、二次元のパターンであれば特に制限されず、細胞の種類、形成させる組織等によって選択することができる。例えば、ライン状、ツリー状(樹状)、網目状、格子状、円形、四角形のパターン、円形および四角形等の図形の内部がすべて細胞接着性領域または細胞接着阻害性領域となっているパターンなどを形成することができる。
【0056】
細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域のパターンは、基材の導電性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っており、絶縁性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っているように形成される。導電性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っていることにより、まず細胞接着性領域に細胞を接着させて培養した後、導電性領域への電圧の印加により細胞接着阻害性領域が細胞接着性領域に改変すると、改変された領域に細胞が遊走できるようになる。したがって、細胞接着性領域に改変される領域をパターンニングにより予め決定して、細胞遊走試験において細胞を遊走させる領域および方向を制御することができる。
【0057】
例えば、導電性領域が、複数の櫛歯部と各櫛歯部を支持する基部とからなる櫛形にパターニングされている場合、細胞接着阻害性領域が櫛歯部に直交する細長形状、すなわち、導電性領域と絶縁性領域をまたがる細長形状、好ましくはライン形の領域となるようパターニングを行うことにより、櫛歯部に沿った細胞遊走を試験することができる。
【0058】
櫛歯部に直交する細長形状、好ましくはライン形の幅は、櫛歯部が基部から延びる長さより短く、細胞培養できる幅であればよい。ライン形の幅は、通常1μm〜2cm、好ましくは50〜1000μmである。また、細長形状、好ましくはライン形の領域は、櫛歯部とは直交するが、櫛形の基部とは離れた位置、好ましくはできるだけ離れた位置にくるようパターニングする。そうすることにより、細長形状、好ましくはライン形の領域外に接着した細胞が、電圧印加後に細胞接着性に改変される櫛歯部の領域を移動できるからである。
【0059】
本発明の細胞培養用基板は、上記のように製造することができ、一実施形態においては、導電性領域と絶縁性領域を有する基材の全面に、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜を形成する工程、および導電性領域上において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合うように、親水膜をパターン状に酸化処理および/または分解処理して細胞接着性に改変させる工程を含む方法により製造できる。絶縁性領域上においても、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合うように、親水膜をパターン状に酸化処理および/または分解処理して細胞接着性に改変させることが好ましい場合もある。
【0060】
(細胞)
細胞培養用基板に播種する細胞としては、血球系細胞やリンパ系細胞などの浮遊細胞でもよいし接着性細胞でもよいが、本発明は、接着性を有する細胞に対して好適に使用される。また遊走する性質を有する細胞に対して好適に使用される。そのような細胞としては、例えば、肝がん細胞、グリオーマ細胞、結腸癌細胞、腎がん細胞、膵がん細胞、前立腺がん細胞、大腸がん細胞、乳癌細胞、肺がん細胞、卵巣がん細胞などのがん細胞、肝臓の実質細胞である肝細胞、クッパー細胞、血管内皮細胞や角膜内皮細胞などの内皮細胞、繊維芽細胞、骨芽細胞、砕骨細胞、歯根膜由来細胞、表皮角化細胞などの表皮細胞、気管上皮細胞、消化管上皮細胞、子宮頸部上皮細胞、角膜上皮細胞などの上皮細胞、乳腺細胞、ペリサイト、平滑筋細胞や心筋細胞などの筋細胞、腎細胞、膵ランゲルハンス島細胞、末梢神経細胞や視神経細胞などの神経細胞、軟骨細胞、骨細胞などが挙げられる。これらの細胞は、組織や器官から直接採取した初代細胞でもよく、あるいは、それらを何代か継代させたものでもよい。さらにこれら細胞は、未分化細胞である胚性幹細胞、多分化能を有する間葉系幹細胞などの多能性幹細胞、単分化能を有する血管内皮前駆細胞などの単能性幹細胞、分化が終了した細胞の何れであってもよい。また、細胞は単一種を培養してもよいし二種以上の細胞を共培養してもよい。
【0061】
目的の細胞を含む培養試料は、予め、生体組織を細かくして液体中に分散させる分散処理や、生体組織中の目的の細胞以外の細胞その他細胞破片等の不純物質を除去する分離処理などを行っておくことが好ましい。
【0062】
細胞培養用基板への細胞の播種に先だって、目的とする細胞を含む培養試料を、予め、各種の培養方法で予備培養して、目的とする細胞を増やすことが好ましい。予備培養には、単層培養、コートディシュ培養、ゲル上培養などの通常の培養方法が採用できる。予備培養において、細胞を支持体表面に接着させて培養する方法の一つに、いわゆる単層培養法として既に知られている手段がある。具体的には、例えば、培養容器に培養試料と培養液を収容して一定の環境条件に維持しておくことにより、特定の生細胞のみが、培養容器などの支持体表面に接着した状態で増殖する。使用する装置や処理条件などは、通常の単層培養法などに準じて行う。細胞が接着して増殖する支持体表面の材料として、ポリリシン、ポリエチレンイミン、コラーゲンおよびゼラチン等の細胞の接着や増殖が良好に行われる材料を選択したり、ガラスシャーレ、プラスチックシャーレ、スライドガラス、カバーガラス、プラスチックシートおよびプラスチックフィルム等の支持体表面に、細胞の接着や増殖が良好に行われる化学物質、いわゆる細胞接着因子を塗布しておくことも行われる。
【0063】
予備培養後に、培養容器中の培養液を除去することで、培養試料中の支持体表面に接着しない塊状や線維状の不純物等の不要成分が除去され、支持体表面に接着した生細胞のみを回収できる。支持体表面に接着した生細胞の回収には、EDTA−トリプシン処理などの手段が適用できる。
【0064】
上記のように予備培養した細胞を、培養液中の細胞培養用基板上に播種する。細胞の播種方法や播種量については特に制限はなく、例えば、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術(1999年)」266〜270頁等に記載されている方法が使用できる。細胞を細胞培養用基板上で増殖させる必要がない程度に十分な量で、細胞が単層で接着するように播種することが好ましい。通常、培養液1ml当り10〜10個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましく、また、基板1cm当り10〜10個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましい。具体的には、400mmあたり2×10個程度で播種する。
【0065】
細胞を播種した細胞培養用基板を培養液中で培養することにより、細胞を細胞接着性領域に接着させることが好ましい。培養液としては、当技術分野で通常用いられる細胞培養用培地であれば特に制限なく用いることができる。例えば、用いる細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DME培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地およびRPMI1640培地等、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術第三版」581頁に記載されているような基礎培地を用いることができる。さらに、基礎培地に血清(ウシ胎児血清等)、各種増殖因子、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。また、Gibco無血清培地(インビトロジェン社)等の市販の無血清培地等を用いることができる。
【0066】
細胞を培養する時間は、培養時の細胞操作の有無などに左右されるが、通常6〜96時間、好ましくは12〜72時間である。培養する温度は、通常37℃である。CO細胞培養装置などを利用して、5%程度のCO濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。培養した後、細胞培養用基板を洗浄することにより、接着していない細胞が洗い流され、細胞接着性領域にのみ細胞を接着させることができる。
【0067】
(細胞遊走試験)
上記のように、本発明の細胞培養用基板上に細胞を播種して培養し、細胞接着性領域に細胞を接着させた後、導電性領域に電圧を印加して、導電性領域上の細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変させ、その後の細胞の移動を観察することにより、細胞遊走を試験することができる。
【0068】
換言すれば、本発明の細胞遊走試験法は、
(i)本発明の細胞培養用基板に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させる工程、
(ii)導電性領域に電圧を印加することによって導電性領域上の細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変させる工程、
(iii)導電性領域上の細胞接着性領域に接着している細胞の、工程(ii)で細胞接着性領域に改変した領域への移動を観察する工程
を含む。
【0069】
(i)の工程においては、細胞を播種した後、細胞培養を行い、細胞接着性領域に細胞を接着させることが好ましく、さらに細胞培養用基板を洗浄することにより、接着していない細胞を洗い流し、細胞接着性領域にのみ細胞を接着させることが好ましい。
【0070】
(ii)の工程において、導電性領域に印加する電圧は、正電圧であることが好ましい。正電圧を印加することにより、細胞接着阻害性領域を効果的に細胞接着性領域に改変できるとともに、特に導電性領域がITO膜からなる場合に黒変するのを防止することができ、細胞遊走の観察を良好に実施できる。
【0071】
印加する電圧は、当業者であれば適宜決定することができるが、通常1〜10V、好ましくは2〜5Vであり、印加する時間は、通常0.5〜60分間、好ましくは1〜10分間である。
【0072】
印加する電圧は、電極が接している溶媒の種類や、電極の材質、電極の形状によって、適切な値が変わるが、通常、細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変可能な電圧以上で、細胞に悪影響を与えない程度に低い電圧を加えるのがよい。
【0073】
電圧は、基板平面内の導電性領域間(例えば、ITOとITO間)に印加してもよいし、基板平面内に、Pt等の対抗電極を設けて導電性領域と対向電極の間(例えば、ITOとPt間)に印加してもよい。また、電圧を精密に制御するため、基板平面内にAg/AgCl等の参照電極を設けてもよい。上記の対抗電極や参照電極は、基板平面内でなくてもよい(培養液に電極を浸漬する形態でもよい)。
【0074】
細胞の移動の観察には、細胞が移動する速度の計測、ならびに遊走方向、遊走時の細胞形態、および周囲の細胞同士のコネクションなどの観察が含まれる。細胞が移動する速度の計測は、パターン、例えば櫛歯部のような線状のパターンにおいて、細胞が浸潤していく面積や距離を測定することにより、実施できる。
【0075】
本発明の細胞培養用基板において、櫛歯部のような線状のパターンにおいて櫛歯部の幅が狭いと、導電性領域上の細胞接着阻害性領域近傍の導電性領域上の細胞接着性領域は面積が小さくなり、遊走に関与できる細胞の数は少なくなってしまう。しかし、絶縁性領域上においても細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域が隣り合うように形成されている場合は、導電性領域上の細胞接着阻害性領域近傍の絶縁性領域上の細胞接着性領域に接着した細胞も遊走に関与することができるため、結果として遊走に関与できる細胞の総数が増え、遊走評価を有利に実施できる。
【0076】
以下、本発明の細胞培養用基板および細胞遊走試験法の一実施形態について、図を参照することにより説明する。
図1の(1)〜(3)に本発明の細胞培養用基板の製造方法の一実施形態が示されている。まず、(1)に示すように、基材上に導電性領域(b)と絶縁性領域(a)を、導電性領域が、複数の櫛歯部(c)と各櫛歯部を支持する基部(d)とからなる櫛形にパターニングされるように形成する。続いて、(2)に示すように、基材の全面に、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜を形成する。そして、(3)に示すように、親水膜をパターン状に(細胞接着阻害性領域が櫛歯部に直交する細長形状(ライン形)の領域となるように)酸化処理および/または分解処理して細胞接着性に改変させる。これにより、導電性領域上において細胞接着性領域(b)と細胞接着阻害性領域(b’)とが隣り合っており、絶縁性領域上において細胞接着性領域(a)と細胞接着阻害性領域(a’)とが隣り合っている、細胞培養用基板が得られる。
【0077】
図1の(3’)〜(5’)に本発明の細胞遊走試験法の一実施形態が示されている。まず、(3’)に示されるとおり、細胞培養用基板に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞(e)を接着させる。続いて、導電性領域に電圧、好ましくは正電圧を印加することによって(A)、導電性領域上の細胞接着阻害性領域(b’)を細胞接着性領域(b)に改変させる(4’)。そして、導電性領域上の細胞接着性領域に接着している細胞が、細胞接着性領域に改変した領域へと移動する様子を観察する(5’)。
【0078】
(他の実施形態)
本発明の細胞培養用基板の他の好ましい実施形態について図3〜7を参照して説明する。この実施形態における、細胞培養用基板を製造するための材料及び方法、細胞培養用基板の形状、細胞培養の方法、細胞培養の条件や用いる試薬、培養される細胞、印加電圧、電圧印加の方法等の諸条件は、この節において特に規定していない限り、本発明の他の実施形態について述べた諸条件と同様である。
【0079】
図3(b)に図示するように、この実施形態に係る細胞培養基板30は、基板上に少なくとも1つの線状導電性領域31を含み、線状導電性領域31の長さ方向に沿う両側には絶縁性領域32が配置されている。線状導電性領域31の、1つ又は長さ方向位置が異なる2つ以上の位置に、線状導電性領域の各位置における部分を少なくとも一部(一部又は全部)に含むように細胞接着性領域33が形成されている。図3〜7において、太枠は細胞接着性領域の外縁部を示し、枠外の領域が細胞接着阻害性領域を示す。複数の細胞接着性領域が存在する場合は、相互に離れて配置されている。図3〜6に示すように、線状導電性領域31、50、60の各位置における部分が前記細胞接着性領域33、62の一部である場合には、該細胞接着性領域33、62には、残部として、該部分に隣接する絶縁性領域32、55、61の部分が更に含まれる。ただし、図7を参照して後述するように、細胞接着性領域73の全部が、各位置における線状導電性領域(幅広部71)となるように形成されてもよい。この場合は、線状導電性領域は、細胞接着性領域に対応する長さ方向位置において細胞接着性領域の幅に応じた幅となるように形成される。線状導電性領域31、及び、絶縁性領域32のうち、前記細胞接着性領域33に含まれない部分(枠に囲まれていない部分)は、細胞接着阻害性領域である。各細胞接着性領域33の、該細胞接着性領域に連結する線状導電性領域31の長さ方向の寸法を細胞接着性領域の長さL、該長さ方向に対して基材平面上において直交する方向の寸法を細胞接着性領域の幅Wと定義したとき、各細胞接着性領域の長さL及び幅Wが、それぞれ独立に、1〜500μmである。線状導電性領域31のうち、細胞接着性領域に含まれない部分の線幅(該部分の、長さ方向に対して基材平面上において直交する方向の寸法)LWは0.1〜10μmであり、且つ、該線幅LWは、該部分と接続される細胞接着性領域33の幅Wよりも小さい。線状導電性領域31の細胞接着阻害性領域(図3(b)において線状導電性領域31のうち細胞接着性領域33に含まれない部分)は、好ましくは、電圧印加によって細胞接着性に改変可能である。すなわち、電圧印加時には図3(c)に示すように、予め形成されている線状導電性領域33と、線状導電性領域31の全体とが一体となって、長手方向の異なる複数の位置に、予め形成されている細胞接着性領域33に対応する幅広部を有する線状の細胞接着性領域が形成される。
【0080】
本発明のこの実施形態では細胞接着領域33は、培養しようとする細胞が1〜数個、例えば1〜3個、好ましくは1又は2個、特に好ましくは1個、のみ接着することが可能な寸法、形状、面積を有することが好ましい。この目的を達成するために、細胞接着性領域33の寸法、形状、面積を、培養しようとする細胞の種類に応じて適宜決定することができる。細胞接着性領域33の上記の定義による長さL及び幅Wは、通常は1〜500μmであり、好ましくは10〜200μmであり、より好ましくは25〜50μmである。細胞接着領域の長さと幅の比は特に限定されないが、通常は、細胞接着領域の長さを1としたときに、細胞接着領域の幅は0.5〜2であり、好ましくは0.7〜1.5であり、より好ましくは0.8〜1.3であり、特に好ましくは0.95〜1.05であり、最も好ましくは1である。細胞接着領域の形状として図3〜7では正方形を例示するが、特に限定されず、正方形、長方形、菱形、平行四辺形等の四角形、三角形、五角形、六角形、又はそれ以上の角を有する多角形、真円、楕円、長円等の円形が挙げられる。細胞接着領域の長さ及び幅がそれぞれ1〜500μmである場合は、細胞接着領域が四角形であれば面積は1〜250,000μm、円形であれば約0.8〜196,350μmとなる。細胞接着領域の面積は好ましくは50〜40,000μm、より好ましくは625〜2,500μm(円形の場合は490〜1963μm)である。
【0081】
線状導電性領域の線幅LWは、好ましくは0.1〜20μmであり、より好ましくは0.1から10μmであり、特に好ましくは1〜5μmである。線幅LWがこの範囲内であるとき、予め形成される細胞接着領域に接着した細胞が、伸張することができるが遊走することはできない幅となる。具体的には、培養される細胞の種類に応じて適宜決定することができる。また、細胞接着領域に接着した細胞が、伸張することができるが遊走することはできないようにするために、線状導電性領域の線幅LWは、予め形成される細胞接着領域33の幅Wよりも小さく形成されている。例えば、細胞接着領域の幅Wを1としたとき、該細胞接着領域に接続される線状導電性領域の線幅LWは、好ましくは0.2以下、より好ましくは0.01〜0.2とすることができる。
【0082】
線状導電性領域の形状は直線状であってもよいし曲線状であってもよい。更に、後述する通り複数の線状導電性領域が組み合わされて樹状、網目状、格子状等の任意の形状を形成していてもよい。
【0083】
線状導電性領域の長さ方向位置が異なる2つ以上の位置に細胞接着性領域が形成される実施形態では、線状導電性領域の、2つの細胞接着性領域の間を連絡する部分の長さは培養される細胞の種類に応じて適宜決定することができ、通常は10μm〜10mmであり、好ましくは50〜200μmである。神経細胞の培養に用いる場合には、軸索の伸張能力が高いことを考慮すれば、上記長さを100mm〜30cmとしてもよい。
【0084】
この実施形態に係る本発明の細胞培養用基板は、例えば、図3(a)に示すように、基板表面上に線状導電性領域31と、絶縁性領域32を形成し、これらの領域を備えた基材表面の全面に、親水性膜等を形成して細胞接着阻害性とする。次いで図3(b)に示すように、親水膜をパターン状に酸化処理及び/又は分解処理して、1個又は複数個の細胞接着性領域33を形成する。
【0085】
この実施形態に係る本発明の細胞培養用基板30の使用方法について図4を参照して説明する。まず本発明の細胞培養用基板30に細胞40を播種し、細胞接着性領域33に細胞を接着させる(図4(a))。この場合、各細胞接着性領域33には1〜数個、例えば1〜3個、好ましくは1又は2個、特に好ましくは1個の細胞40のみが接着する。次いで図4(b)に示すように、線状導電性領域に電圧を印加することによって線状導電性領域の細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変させる。時間経過とともに、図4(c)に示すように、細胞接着性領域33に接着した細胞40の一部の形態が変化し、新たに細胞接着性となった線状導電性領域31に沿って伸長する。細胞を観察することにより、細胞の機能等を試験することができる。細胞の観察は、種々の観点から行うことができ、例えば形態変化の速度、距離、形態変化後の細胞の形状等を観察することができる。また、線状導電性領域の長さ方向位置が異なる2つ以上の位置に細胞接着性領域が形成されている本発明の基板を用いることにより、線状導電性領域を介して連絡された他の細胞との相互作用等を観察することもできる。この方法によれば、細胞−細胞間の相互作用を評価することが可能である。
【0086】
上記方法はまた、回路状の細胞構築物を形成するために用いることもできる。図4(c)に示すように、線状導電性領域の長さ方向位置が異なる2つ以上の位置に細胞接着性領域を形成する本発明の基板を用い、電圧を印加した状態で細胞40を培養することにより、細胞接着性領域33に接着した細胞40の一部が形態変化を生じ、新たに細胞接着性となった線状導電性領域に沿って伸長し、線状導電性領域を介して連絡された他の細胞との間に、連絡部41を形成する。この方法が適用される細胞は特に限定されない。例えば、培養細胞として神経細胞を用い、新たに細胞接着性となった線状導電性領域に沿った軸索伸張を誘導することにより、所望の形状の神経回路網を形成することが可能である。
【0087】
本発明のように、細胞の播種後に細い線状の細胞接着性領域を新たに形成する場合には、予め細い線状の細胞接着性領域が形成された基板に細胞を播種する場合と比べて、細胞播種時に余計な細胞が線状領域上へ付着してしまう可能性を減らすことが可能であると考えられる。
【0088】
導電性領域の全体の形状は特に限定されないが、例えば図5に示すように、複数の櫛歯部50と、各櫛歯部50を支持する基部51とからなる櫛形52にパターニングすることができる。この場合、各櫛歯部50を上記線状導電性領域として用いることができる。対抗電極として同様の形状の複数の櫛歯部54を有する櫛形の導電性領域53を形成し、櫛歯部50と54とが交互にかみ合った状態に配置することができる。図5(a)には装置の全体図を示し、図5(b)には図5(a)枠内の拡大図を示す。
【0089】
線状導電性領域の数および配置は特に限定されない。例えば図6に示すように、複数の線状導電性領域60が格子状に配置されていてもよい。この場合、例えば格子の交点の位置を含むように細胞接着性領域62を形成することができる。この実施形態においても、電圧を印加することにより、線状導電性領域60を細胞接着性に改変することができる(図6(c))。
【0090】
図3〜6では、細胞接着性領域が、線状導電性領域の一部と、該一部に隣接する絶縁性領域の一部を含むように形成される実施形態を示す。しかしながら細胞接着性領域は、その全体が導電性領域であってもよい。例えば図7(a)に示すように、長さ方向の異なる位置に複数の幅広部71を備えた線状導電性領域70を形成する。細胞接着性領域73を幅広部71と一致するように形成し(図7(b))、電圧を印加することにより、線状導電性領域70を細胞接着性に改変することができる(図7(c))。
【0091】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明は実施例の範囲に限定されない。
【実施例】
【0092】
1.電極基材の作製
10cm角の無アルカリガラス上に酸化インジウム錫(ITO)を150nmにスパッタ製膜し、レジスト塗布、フォトマスクを介した露光、現像、エッチングを経て、線幅100μmの櫛型ITO電極基材を準備した(図1(1))。
【0093】
2.細胞培養用基板の作製
(一段階目の反応)
トルエン39.0g及びエポキシシランTSL8350(GE東芝シリコーン製)750μlの混合液を攪拌しながら触媒量のトリエチルアミンを加え、さらに室温で数分間攪拌した。UV洗浄したITO基材を、上記のエポキシシラン溶液に浸漬し、19時間室温で振盪した。その後、下地処理されたITO基材をエタノールで洗浄し、次いで水洗し、乾燥した。
【0094】
(二段階目の反応)
テトラエチレングリコール15gを攪拌しながら、触媒量の濃硫酸をゆっくり添加し、さらに室温で数分間攪拌した。上記のエポキシシラン処理された基材を上記のテトラエチレングリコールに浸漬し、80℃で60分間反応させた。反応後、基材をよく水洗いし、次いで乾燥した。これにより親水性薄膜が形成された基板が得られた(図1(2))。
【0095】
(酸化処理)
表面全域に酸化チタン系光触媒を塗布したフォトマスクを作製した。フォトマスクは、250μm角の開口部が500μmピッチで形成されたスクエアパターンで、且つ、周囲に幅約1.5cmの開口部を有する5インチサイズのものを用いた。あらかじめ露光機の照度を350nmの波長で計測し、露光時間の設定の目安とした。照度は25mW/cmであった。親水性薄膜が形成されたITO基板と上記触媒付き石英板を、親水性薄膜とフォトマスクの光触媒層が対向するように、且つITO基板の櫛型導電性領域の櫛歯部とフォトマスクのスクエアパターンが直交するように設置し、フォトマスクの裏面側から光が照射されるよう露光機内に設置した。120秒間露光し、酸化処理を行った。その後、培養に使いやすいように、25mm角に切断した(図1(3))。
【0096】
3.細胞培養
上記のように切断した基板をエチレンオキサイドガスで滅菌した。この基板に滅菌済みφ8mmのクローニングリングを設置し、その中に5x10個のマウス繊維芽細胞を播種した。10%血清を含むDMEM培地を用いて、37℃、5%CO濃度のインキュベータ内で24時間培養した。位相差顕微鏡で観察したところ、細胞は酸化処理された部分にのみコンフルエントの状態で接着していた(図1(3’))。
【0097】
4.電圧印加
上記櫛型ITOを回路に接続し、+2Vの電圧を2分間印加した。正の電圧が印加された電極上のみで、時間経過とともに、それまでフォトマスクのスクエアパターン通りに接着していた細胞が、パターンを崩しながら遊走していく様が観察された。7.5時間後には、100μm幅の電極上を100μmほど遊走していることを確認できた(図1(4’)(5’)および図2)。
【符号の説明】
【0098】
30:細胞培養用基板
31:導電性領域
32:絶縁性領域
33:細胞接着性領域
40:細胞
41:細胞間の連絡部
50:櫛歯部(線状導電性領域)
51:基部
52:櫛形電極
53:櫛形電極
54:対向電極櫛歯部
55:絶縁性領域
60:導電性領域
61:絶縁性領域
62:細胞接着性領域
70:導電性領域
71:導電性領域の幅広部
72:絶縁性領域
73:細胞接着性領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性領域と絶縁性領域とを有する基材、ならびに該導電性領域に形成された細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域、および該絶縁性領域に形成された細胞接着阻害性領域を備える細胞培養用基板であって、導電性領域において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っている、前記細胞培養用基板。
【請求項2】
導電性領域と絶縁性領域とを有する基材、ならびに該導電性領域および該絶縁性領域にそれぞれ形成された細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とを備える細胞培養用基板であって、導電性領域において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っており、絶縁性領域において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合っている、請求項1記載の細胞培養用基板。
【請求項3】
導電性領域の細胞接着阻害性領域が、導電性領域への電圧印加によって細胞接着性に改変可能である、請求項1または2記載の細胞培養用基板。
【請求項4】
細胞接着性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした領域であり、細胞接着阻害性領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されている、請求項1〜3のいずれか1項記載の細胞培養用基板。
【請求項5】
導電性領域が、複数の櫛歯部と各櫛歯部を支持する基部とからなる櫛形にパターニングされている、請求項1〜4のいずれか1項記載の細胞培養用基板。
【請求項6】
細胞接着阻害性領域が櫛歯部に直交する細長形状の領域となるようパターニングされている、請求項5記載の細胞培養用基板。
【請求項7】
導電性領域が形成する櫛歯部の幅が0.1〜500μmである、請求項5または6記載の細胞培養用基板。
【請求項8】
導電性領域が形成する櫛歯部間の間隔が10〜1000μmである、請求項5〜7のいずれか1項記載の細胞培養用基板。
【請求項9】
炭素酸素結合を有する有機化合物がアルキレングリコールオリゴマーである、請求項4記載の細胞培養用基板。
【請求項10】
導電性領域が、基材表面に酸化インジウム錫の膜が存在する領域である、請求項1〜9のいずれか1項記載の細胞培養用基板。
【請求項11】
細胞遊走を試験する方法であって、
(i)請求項1〜10のいずれか1項記載の細胞培養用基板に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させる工程、
(ii)導電性領域に電圧を印加することによって導電性領域の細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変させる工程、および
(iii)導電性領域の細胞接着性領域に接着している細胞の、工程(ii)で細胞接着性領域に改変した領域への移動を観察する工程
を含む、前記方法。
【請求項12】
導電性領域と絶縁性領域を有する基材の全面に、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜を形成する工程、および
導電性領域において細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とが隣り合うように、親水膜をパターン状に酸化処理および/または分解処理して細胞接着性に改変させる工程、
を含む、細胞培養用基材の製造方法。
【請求項13】
導電性領域が線状導電性領域を含み、
線状導電性領域の長さ方向に沿う両側には絶縁性領域が配置されており、
線状導電性領域の、1つ又は長さ方向位置が異なる2つ以上の位置に、線状導電性領域の各位置における部分を全部又は一部に含むように細胞接着性領域が形成されており、
前記線状導電性領域の各位置における部分が前記細胞接着性領域の一部である場合には、該細胞接着性領域には、該部分に隣接する絶縁性領域の部分が更に含まれ、
線状導電性領域、及び、線状導電性領域の長さ方向に沿う両側に配置される絶縁性領域のうち前記細胞接着性領域に含まれない部分は、細胞接着阻害性領域であり、
各細胞接着性領域の、線状導電性領域長さ方向の寸法を細胞接着性領域の長さ、該長さ方向に直交する方向の寸法を細胞接着性領域の幅と定義したとき、各細胞接着性領域の長さ及び幅が、それぞれ独立に、1〜500μmであり、
線状導電性領域のうち、細胞接着性領域に含まれない部分の線幅が0.1〜10μmであり、且つ、該線幅は、該部分と接続される細胞接着性領域の幅よりも小さい、
請求項1〜10のいずれか1項記載の細胞培養用基板。
【請求項14】
導電性領域の細胞接着阻害性領域が、導電性領域への電圧印加によって細胞接着性に改変可能である、請求項13記載の細胞培養用基板。
【請求項15】
線状導電性領域の、長さ方向位置が異なる2つ以上の位置に、細胞接着性領域が形成されている、請求項14記載の細胞培養用基板。
【請求項16】
細胞を試験する方法であって、
(i)請求項14記載の細胞培養用基板に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させる工程、
(ii)線状導電性領域に電圧を印加することによって線状導電性領域の細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変させる工程、および
(iii)細胞接着性領域に接着している細胞を観察する工程
を含む、前記方法。
【請求項17】
回路状の細胞構築物を形成する方法であって、
(i)請求項15記載の細胞培養用基板に細胞を播種し、細胞接着性領域に細胞を接着させる工程、
(ii)線状導電性領域に電圧を印加することによって線状導電性領域の細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変させる工程、および
(iii)細胞を培養することによって、細胞接着性領域に接着している細胞に形態変化を生じさせ、工程(ii)で細胞接着性領域に改変した線状導電性領域を介して隣接する細胞間に該領域に沿った連絡部を形成させる工程
を含む、前記方法。
【請求項18】
工程(i)において、細胞接着性領域1つ当たり細胞を1つ接着させる請求項16又は17記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−101638(P2011−101638A)
【公開日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−232954(P2010−232954)
【出願日】平成22年10月15日(2010.10.15)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】