説明

組換え微生物

【課題】タンパク質又はポリペプチドの分泌生産量が増大された微生物、更に当該微生物を用いたタンパク質又はポリペプチドの製造法の提供。
【解決手段】secA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子をゲノム上に有する微生物において、当該遺伝子とは別に、そのゲノム上に、枯草菌におけるsecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子、およびその上流に転写開始制御領域又は転写開始制御領域とリボソーム結合部位を連結したが導入されてなる組換え微生物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有用なタンパク質又はポリペプチドの生産に用いる微生物、及びタンパク質又はポリペプチドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物による有用物質の工業的生産は、アルコール飲料や味噌、醤油等の食品類をはじめとし、アミノ酸、有機酸、核酸関連物質、抗生物質、糖質、脂質、タンパク質等、その種類は多岐に渡っており、特にセルラーゼ、アミラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼは、糖質、脂質、タンパク質を分解する酵素として工業的にも大量生産され、それらの用途についても食品、医薬や、洗剤、化粧品等の日用品、或いは各種化成品原料に至るまで幅広い分野に広がっている。
【0003】
工業的には、菌体外に所定のタンパク質等を分泌された形態で生産する微生物を用いており、菌体外に分泌されたタンパク質は、通常そのネイティブの構造を維持していること、また分泌によりタンパク質の精製が容易になる等の点で、有用である。従って、斯かる細菌菌株を改良して、分泌される所定のタンパク質の分泌産生量を増やすことは、非常に有意義なことである。
中でも、枯草菌(Bacillus subtilis)、バチルス リケニフォルミス(Bacillus licheniformis、バチルス メガテリウム(Bacillus megaterium)のようなグラム陽性細菌は、アミラーゼ、プロテアーゼ及びリパーゼのような多くの細胞外酵素を分泌する能力が非常に高く、実際、多くのバチルス属の細胞外酵素が産業的に利用されている。
【0004】
ところで、原核生物において、外膜やペリプラズム空間に局在するタンパク質の多くは、Sec膜透過装置を介して細胞質膜を透過する。SecA/SecE/SecGからなるヘテロ膜タンパク質複合体と膜表在性のSecA2量体で構成され、SecD/SecF/YajDヘテロ膜タンパク質複合体が弱く結合することで、膜透過チャンネルを形成し、SecAによるATP加水分解のエネルギーを用いて、タンパク質を膜透過させている。この際、大腸菌では、分泌タンパク質前駆体は分子シャペロンSecBに認識され、細胞膜表在のSecAへと受け渡されることが知られている。一方、枯草菌においては、分子シャペロンであるSecBの相同因子は同定されていないが、真核生物小胞体膜透過に特徴的なSRP(シグナル認識粒子)が存在し、分泌タンパク質はSRPからSecAへ引き渡されていると考えられている。斯様なことから、菌体外のタンパク質の分泌産生量を向上させる際にSec膜透過装置の構成因子について種々の検討がなされている。
【0005】
例えば、SecD/SecE/SecDFの過剰発現(特許文献1)、SecGの過剰発現(特許文献2)、プラスミドを用いたsecA遺伝子の過剰発現(非特許文献1)等の遺伝子改変を行うことが報告されている。
しかしながら、微生物に本来のsecA遺伝子とは別に、secA遺伝子をゲノム上に導入した場合のタンパク質の分泌産生量の向上については、知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第99/004007号パンフレット
【特許文献2】国際公開第99/004006号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Laurence Leloup, Arnold J. M. Driessen, Roland Freudl, Regis Chambert, Marie-Francoise Petit-Glatron. Journal of Bacteriology. 1999 Mar:181(6):1820-1826
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、タンパク質又はポリペプチドの分泌生産量が増大された微生物、更に当該微生物を用いたタンパク質又はポリペプチドの製造法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、バチルス属細菌の分泌タンパク質輸送装置の構成因子について検討したところ、secA遺伝子を有している微生物において、ゲノム上にある本来のsecA遺伝子領域とは別の領域に、secA遺伝子を導入した組換え微生物を用いた場合に、タンパク質の分泌生産能が向上したことは全く予想外のことであり、当該組換え微生物がタンパク質又はポリペプチドの生産に有用であることを見出した。
【0010】
本発明は、以下の1)〜13)に係るものである。
1) secA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子をゲノム上に有する微生物において、当該遺伝子とは別に、そのゲノム上に、枯草菌におけるSecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子が導入されてなる組換え微生物。
2) 導入SecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の上流に転写開始制御領域又は転写開始制御領域とリボソーム結合部位を連結した上記1)記載の組換え微生物。
3) 転写開始制御領域又は転写開始制御領域とリボソーム結合部位が、枯草菌のamyE遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.3〜0.5kbの上流領域である上記2)記載の組換え微生物。
4) SecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子のゲノム上の導入部位が枯草菌のamyE遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の内部である上記1)〜3)記載の組換え微生物。
5) 微生物がバチルス属(Bacillus)細菌である上記1)〜4)記載の組換え微生物。
6) バチルス(Bacillus)属細菌が枯草菌(Bacillus subtilis)である上記5記載の組換え微生物。
7) 目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入した上記1)〜6)のいずれか記載の組換え微生物。
8) 目的のタンパク質又はポリペプチドが、セルラーゼである上記7)記載の組換え微生物。
9) 目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子の上流に転写開始制御領域、翻訳開始制御領域又は分泌シグナル領域のいずれか1以上の領域を結合した上記7)又は8)記載の組換え微生物。
10) 転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域を結合した上記9)記載の組換え微生物。
11) 分泌シグナル領域がバチルス(Bacillus)属細菌のセルラーゼ遺伝子由来のものであり、転写開始制御領域及び翻訳開始制御領域が当該セルラーゼ遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.6〜1kbの上流領域由来のものである上記9)又は10)記載の組換え微生物。
12) 転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が、配列番号6で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1〜659の塩基配列、配列番号8で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1〜696の塩基配列又は当該塩基配列のいずれかと70%以上の同一性を有する塩基配列からなるDNA断片、又は当該塩基配列の一部が欠失した塩基配列からなるDNA断片である上記9)〜11)のいずれか記載の組換え微生物。
13) 上記1)〜12)のいずれか記載の組換え微生物を用いる目的のタンパク質又はポリペプチドの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の組換え微生物を用いれば、目的タンパク質又はポリペプチドを効率よく生産することができ、また培養液から目的タンパク質又はポリペプチドを容易に回収することができる。従って、本発明は、目的タンパク質又はポリペプチドの工業的生産に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】SOE-PCR法により調製したsecA遺伝子を含む核酸断片を用いたamyE遺伝子内の導入を模式的に示した図である(制御領域を含まないsecA遺伝子をゲノム上のamyE遺伝子内に導入することによって、secA遺伝子の発現はamyE遺伝子の制御領域の制御下になる)。
【図2】SOE-PCR法により調製した制御領域をsecA遺伝子の上流に連結した核酸断片を用いた遺伝子導入を模式的に示した図である(当該制御領域がamyE遺伝子の制御領域であって、ゲノム上のamyE遺伝子以外に導入する場合)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において、アミノ酸配列及び塩基配列の同一性はLipman-Pearson法 (Science, 227, 1435, (1985))によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、パラメータであるUnit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0014】
本明細書において、転写開始制御領域は、プロモーター及び転写開始点を含む領域であり、リボソーム結合部位は、開始コドンと共に翻訳開始制御領域を形成するShine-Dalgarno(SD)配列(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 74, 5463 (1974))に相当する部位である。
【0015】
本発明において、遺伝子の上流・下流とは、複製開始点からの位置ではなく、上流とは対象として捉えている遺伝子又は領域の5’側に続く領域を示し、一方、下流とは対象と
して捉えている遺伝子又は領域の3’側に続く領域を示す。
【0016】
本発明の微生物を構築するための親微生物(宿主微生物)としては、枯草菌のsecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子を染色体(ゲノム)上に有するものであればよく、これらは野生型のものでも変異を施したものでもよい。
当該微生物としては、グラム陽性菌、グラム陰性菌或いは酵母等のいずれでもよいが、タンパク質を菌体外に分泌生産させる能力を有する点からグラム陽性菌が好ましく、中でもバチルス(Bacillus)属細菌や、クロストリジウム(Clostridium)属細菌、が挙げられ、特に中でもバチルス(Bacillus)属細菌が好ましい。更に、全ゲノム情報が明らかにされ、遺伝子工学、ゲノム工学技術が確立されている点、またタンパク質を菌体外に分泌生産させる能力を有する点から特に枯草菌(Bacillus subtilis)が好ましい。
本明細書に記載の枯草菌の各遺伝子及び遺伝子領域の名称は、Nature, 390, 249-256,(1997)で報告され、JAFAN: Japan Functional Analysis Network for Bacillus subtilis (BSORF DB)でインターネット公開(http://bacillus.genome.ad.jp/、2004年3月10日更新)された枯草菌ゲノムデータに基づいて記載している。
【0017】
本発明の枯草菌のsecA遺伝子とは、配列番号1に示される塩基配列からなる遺伝子をいう。
【0018】
尚、枯草菌のsecA遺伝子(配列番号1)は、JAFAN(Japan Functional Analysis Network for Bacillus subtilis (BSORF DB),http://bacillus.genome.ad.jp/、2008年6月18日更新)において掲載され、また、枯草菌以外のSecAをコードする遺伝子については、大腸菌においてColibri(http://genolist.pasteur.fr/Colibri/)データベースに掲載されている。また、TIGER(http://cmr.tigr.org/tigr-scripts/CMR/CmrHomePage.cgi)には、グラム陽性菌、グラム陰性菌のゲノムが数多く掲載される。
【0019】
枯草菌のsecA遺伝子に相当する遺伝子とは、枯草菌のsecA遺伝子と実質的に同じ機能を有する遺伝子をいい、例えば、バチルス リケニホルミス(Bacillus licheniformis)、バチルス アントラシス(Bacillus anthracis)、バチルス セレウス(Bacillus cereus)、バチルス チューリンジェンシス(Bacillus thuringiensis)、或いはオーシャノバチルス イヘエンシス(Oceanobacillus iheyensis)等において、主にゲノム解析により同定された各secA遺伝子、及びSecAタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0020】
また枯草菌のsecA遺伝子に相当する遺伝子としては以下の(1)〜(4)のいずれかの遺伝子が挙げられる。
【0021】
(1)配列番号1で示される塩基配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つ配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に等価なタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子。
【0022】
(2)配列番号1で示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つ配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に等価なタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子。
なお、ここで、「ストリンジェントな条件」としては、例えばMolecular Cloning −A LABORATORY MANUAL THIRD EDITION[Joseph Sambrook, David W. Russell., Cold SpringHarbor LaboratoryPress]記載の方法が挙げられ、例えば、6×SSC(1×SSCの組成:0.15M 塩化ナトリウム、0.015M クエン酸ナトリウム、pH7.0)、0.5% SDS、5xデンハート及び100mg/mLニシン精子DNAを含む溶液にプローブとともに65℃で8〜16時間恒温し、ハイブリダイズさせる条件が挙げられる。
【0023】
(3)配列番号2で示されるアミノ酸配列と90%以上、好ましくは95%以上、更に好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に等価なタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子。
【0024】
(4)配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1若しくは2以上のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に等価なタンパク質をコードするDNAからなる遺伝子。
なお、ここで、配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1若しくは2以上のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列には、1若しくは数個、好ましくは1〜10個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列が含まれ、付加には、両末端への1〜数個のアミノ酸の付加が含まれる。
【0025】
なお、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に等価なタンパク質とは、secA遺伝子によりコードされるタンパク質と実質的に同じ機能を有し、細菌においてタンパク質輸送経路に関する因子(タンパク質)の一つであり、膜透過チャネル(SecY/SecE/SecG)と共同で分泌タンパク質を菌体外に分泌するため機能をもつタンパク質をいう。
【0026】
本発明において、前記微生物がゲノム上に有するsecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子とは別に、そのゲノム上に、枯草菌のsecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子が導入されるが、この際、導入する枯草菌のsecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の上流に、転写開始制御領域又は転写開始制御領域とリボソーム結合部位(単に「制御領域」ともいう。)を連結することが、 遺伝子の正常発現の点から、好ましい。
当該制御領域としては、一般に遺伝子発現制御に用いるものであれば、特に限定されず、定常発現性のもの、薬剤誘導性のもの、ストレス誘導性のもの等が挙げられ、具体的には枯草菌のamyE遺伝子(配列番号3)又は当該遺伝子に相当する遺伝子、secA遺伝子(配列番号1)又は当該遺伝子に相当する遺伝子、セルラーゼ遺伝子(配列番号6)又は当該遺伝子に相当する遺伝子、等の各遺伝子の制御領域が挙げられるが、これら各遺伝子の上流に位置するものである。
ここで、「当該遺伝子に相当する遺伝子の制御領域」とは、当該遺伝子と実質的に同じ機能を有する遺伝子の制御領域をいい、例えば、当該遺伝子と塩基配列において70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有する、他の微生物由来、好ましくはBacillus属細菌のゲノム上に本来存在する遺伝子が挙げられる。尚、ここで、塩基配列の同一性はLipman-Pearson法(Science,227,1435,1985) によって計算される。
【0027】
当該枯草菌のamyE遺伝子(配列番号3)又は当該遺伝子に相当する遺伝子の制御領域としては、宿主となる微生物において機能を有する枯草菌のamyE遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の制御領域であれば特に限定されないが、amyE遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の上流に位置するものである。
枯草菌のamyE遺伝子とは、デンプンやグリコーゲンの1,4-α-結合を不規則に切断し、多糖ないしオリゴ糖を生み出す酵素であるα-アミラーゼをコードするものである。
【0028】
枯草菌のamyE遺伝子に相当する遺伝子の制御領域とは、枯草菌のamyE遺伝子と実質的に同じ機能を有する遺伝子の制御領域をいい、例えば、枯草菌のamyE遺伝子と塩基配列において70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有する、他の微生物由来、好ましくはBacillus属細菌のゲノム上に本来存在する遺伝子が挙げられる。尚、ここで、塩基配列の同一性はLipman-Pearson法(Science,227,1435,1985) によって計算される。
【0029】
枯草菌のamyE遺伝子の転写開始領域の一例としては、配列番号3の塩基番号268〜465の塩基配列からなる領域、又はこれらの配列と相同な位置からなり転写開始制御領域として機能を有する領域が挙げられる。
また、枯草菌のamyE遺伝子の転写開始制御領域とリボソーム結合部位の一例としては、配列番号3の塩基番号268〜531の塩基配列からなる領域、又はこれらの配列と相同な位置からなり転写開始制御領域とリボソーム結合部位として機能を有する領域が挙げられる。
より具体的には、当該領域としては、枯草菌のamyE遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.3〜0.5kbの上流領域が挙げられ、特に枯草菌のamyE遺伝子の5’側領域を含む0.5kb断片(配列番号5)が好ましい。
【0030】
また、secA遺伝子(配列番号1)の制御領域とは、枯草菌のsecA遺伝子と実質的に同じ機能を有する遺伝子の制御領域をいい、例えば、枯草菌のsecA遺伝子と塩基配列において70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有する、他の微生物由来、好ましくはBacillus属細菌のゲノム上に本来存在する遺伝子の制御領域が挙げられる。尚、ここで、塩基配列の同一性はLipman-Pearson法(Science,227,1435,1985) によって計算される。
secA遺伝子(配列番号1)の制御領域の一例としては、配列番号1の塩基番号1〜360の塩基配列からなる領域、又はこれらの配列と相同な位置からなり転写開始制御領域として機能を有する領域が挙げられる。
より具体的には、当該領域としては、枯草菌のsecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.2〜0.3kbの上流領域が挙げられ、特に枯草菌のsecA遺伝子の5’側領域を含む0.3kb断片(配列番号1)が好ましい
【0031】
また、セルラーゼ遺伝子(配列番号6)の制御領域としては、宿主となる微生物において機能を有する枯草菌のセルラーゼ遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の制御領域であれば特に限定されないが、セルラーゼ遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の上流に位置するものである。
セルラーゼ遺伝子(配列番号6)とは、セルロースのβ-1,4-グルカンのグリコシド結合を加水分解する酵素をコードするものである。
セルラーゼ遺伝子(配列番号6)の制御領域とは、枯草菌のセルラーゼ遺伝子と実質的に同じ機能を有する遺伝子の制御領域をいい、例えば、枯草菌のセルラーゼ遺伝子と塩基配列において70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有する、他の微生物由来、好ましくはBacillus属細菌のゲノム上に本来存在する遺伝子の制御領域が挙げられる。尚、ここで、塩基配列の同一性はLipman-Pearson法(Science,227,1435,1985) によって計算される。
また、セルラーゼ遺伝子(配列番号6)の制御領域の一例としては、配列番号6の塩基番号1〜572の塩基配列からなる領域、又はこれらの配列と相同な位置からなり転写開始制御領域として機能を有する領域が挙げられる。
より具体的には、当該領域としては、枯草菌のセルラーゼ遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.3〜0.5kbの上流領域が挙げられ、特に枯草菌のセルラーゼ遺伝子の5’側領域を含む0.5kb断片(配列番号6)が好ましい。
【0032】
この各遺伝子の制御領域のうち、枯草菌のamyE遺伝子(配列番号3)又は当該遺伝子に相当する遺伝子の制御領域が酵素生産の点から、好ましい。
【0033】
また、本発明における制御領域をsecA遺伝子の上流に連結した遺伝子断片は、枯草菌その他の微生物のゲノムをテンプレートとして、PCR法等の公知のクローニング方法により得た制御領域断片、及びsecA遺伝子断片をもとに、制限酵素法やSOE(splicing by overlap extension)−PCR法(Gene,77,61,1989)等公知の方法により連結することにより得ることができる。
【0034】
一例として、枯草菌のamyE遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の制御領域をsecA遺伝子の上流に連結した遺伝子断片は、枯草菌その他の微生物のゲノムをテンプレートとして、PCR法等の公知のクローニング方法により得た枯草菌のamyE遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の制御領域断片、及びsecA遺伝子断片をもとに、制限酵素法やSOE(splicing by overlap extension)−PCR法(Gene,77,61,1989)等公知の方法により連結することにより得ることができる。かかる断片は、プラスミド等のベクターによって細胞質中に導入することができ、また、公知の形質転換法によって細胞内に導入した核酸断片と染色体との間で相同組換えをさせることにより、染色体上に導入することができる。
また、遺伝子断片を宿主の染色体上に導入する公知の方法としては、コンピテントセル形質転換法、プロトプラスト形質転換法、又はエレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0035】
宿主において導入を起こさせる染色体の領域としては、必須でない遺伝子の内部、若しくは必須でない遺伝子上流の非遺伝子領域が好ましく、例えば、枯草菌のaprE遺伝子、sacB遺伝子、nprE遺伝子、amyE遺伝子、ybxG遺伝子若しくはこれらの遺伝子に相当する各遺伝子の内部、又は当該遺伝子上流の非遺伝子領域が挙げられるが、枯草菌のamyE遺伝子若しくは当該遺伝子に相当する遺伝子の内部、又は枯草菌のybxG遺伝子若しくは当該遺伝子に相当する遺伝子の上流の非遺伝子領域が好ましく、特に枯草菌のamyE遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の内部が好ましい。
ここで必須でない遺伝子とは、破壊されたとしても、少なくともある条件においては、宿主は生存することができる遺伝子の意である。また、導入に際して、必須でない遺伝子、若しくは必須でない遺伝子上流の非遺伝子領域の一部又は全部の欠失を伴ってもなんら問題は生じない。
【0036】
以下、より具体的に、SOE-PCR法(Gene, 77, 61, 1989)によって調製されるDNA断片を用いたsecA遺伝子の二重交差による宿主のゲノム上amyEの内部への導入方法について説明するが、本発明に於ける導入方法は下記に限定されるものではない。
【0037】
まず、amyE遺伝子の上流側1kbの断片(A)と下流側1kbの断片(B)、リボソーム結合部位を含むsecA遺伝子断片(C)、及びネオマイシン耐性遺伝子断片(D)の4断片をPCRにより調製する。そのとき、断片(A)の3’末端に断片(C)の5‘末端の20塩基対、断片(C)の3’末端に断片(D)の5‘末端の20塩基対、断片(B)の5‘末端に断片(D)の3’末端の20塩基対を付加しておく。次いで、断片(C)と断片(D)を鋳型としsecAfとNmrのプライマーセットを用いて、1回目のSOE−PCRによって断片(C)(D)の順に連結した断片(E)を調製する。最後に、断片(A)、断片(B)及び断片(E)の3断片を鋳型としamyEfw1とamyErv1のプライマーセットを用いて、2回目のSOE−PCRによって(A)(E)(B)の順に連結した遺伝子断片を得ることができる(図1参照)。
【0038】
また、本方法で用いる導入用DNA断片は、宿主のゲノム上の導入部位の上流に隣接する約0.1〜3、好ましくは0.4〜3kbの断片(以下、断片(1))と、下流に隣接する約0.1〜3、好ましくは0.4〜3kbの断片(以下、断片(2))の間に、転写開始制御領域又は転写開始制御領域とリボソーム結合部位を含む断片(以下、断片(3))、secA遺伝子断片(以下、断片(4))、及びネオマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性マーカー遺伝子断片(以下、断片(5))を順に連結したDNA断片でもよい。
転写開始制御領域又は転写開始制御領域とリボソーム結合部位は、一般に遺伝子発現制御に用いるものであれば、特に限定されず、定常発現性のもの、薬剤誘導性のもの、ストレス誘導性のもの等が挙げられ、具体的にはsecA遺伝子、amyE遺伝子、セルラーゼ遺伝子のもの等が挙げられ、amyE遺伝子のものが好ましい。
まず、PCRによって、断片(1)〜断片(5)の5断片を調製する。この際、例えば、断片(1)の下流末端に断片(3)の上流側10〜30塩基対配列、断片(4)の上流末端に断片(3)の下流側10〜30塩基対配列、断片(4)の下流末端に断片(5)の上流側10〜30塩基対配列、更に断片(2)の上流側に断片(5)の下流側10〜30塩基対配列が付加される様にデザインしたプライマーを用いる(図2参照)。
次いで、断片(3)(4)(5)を鋳型とし、断片(3)の上流側プライマーと断片(5)の下流側プライマーを用いて1回目のSOE−PCRを行う。これにより、断片(3)(4)(5)の順に連結した断片(6)を調整する。次いで、断片(1)(2)(6)を鋳型とし、断片(1)の上流側プライマーと断片(2)の下流側プライマーを用いて2回目のSOE−PCRを行う。PCR増幅の結果、断片(1)(6)(2)の順に結合したDNA断片を得ることが出来る(図2参照)。
【0039】
ここで行うPCR反応は、表1に示したプライマーセットを用い、Pyrobest DNAポリメラーゼ(宝酒造)などの一般のPCR用酵素キット等を用いて、成書(PCR Protocols. Current Methods and Applications, Edited by B.A.White, Humana Press pp251 ,1993、Gene,77,61,1989)等に示される通常の条件に準じて行えばよい。
【0040】
かくして得られた導入用DNA断片を、コンピテント法等によって細胞内に導入すると、同一性のあるゲノム上導入部位の上流及び下流の相同領域おいて、細胞内での遺伝子組換えが生じ、枯草菌の転写開始制御領域又は転写開始制御領域とリボソーム結合部位をsecA遺伝子の上流に連結した遺伝子断片が導入された細胞を薬剤耐性マーカーによる選択によって分離することができる。薬剤耐性マーカーによる選択は、例えば、ネオマイシンを含む寒天培地上に生育するコロニーを分離したのち、ゲノムを鋳型としたPCR法などによってゲノム上への導入が確認されるものを選択することにより行えばよい。
尚、上記薬剤耐性マーカー遺伝子は、一般的に用いられる抗生物質を用いた選択に利用可能なものであれば特に限定されないが、ネオマイシン耐性遺伝子の他には、エリスロマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子及びブラストサイジンS耐性遺伝子等の薬剤耐性マーカー遺伝子が挙げられる。
【0041】
尚、導入する枯草菌のsecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の塩基配列は、当該塩基配列である限り、その微生物が本来有する枯草菌のsecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の塩基配列と一致しないものであってもよい。また導入する枯草菌のamyE遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の制御領域の塩基配列は、当該塩基配列である限り、その微生物が本来有する塩基配列と一致しないものであってもよい。
【0042】
本発明においては、目的のタンパク質又はポリペプチドの生産性の向上に影響を与えない範囲で、上記枯草菌のsecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子を過剰発現することに加え、枯草菌のSec経路に関する他の遺伝子、例えばsecE遺伝子等の過剰発現を行ってもよいし、Sec経路以外の機能に関与する遺伝子の過剰発現、或いは1又は2以上の遺伝子の不活性化や欠失を併せて行っても良い。尚、遺伝子の不活性化や欠失には当該遺伝子中の全部又は一部の塩基の置換・欠失の他、当該遺伝子中への塩基の挿入が含まれる。
【0043】
かくして得られた微生物株に、目的とする異種タンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入することによって、本発明の組換え微生物を得ることができる。
ここで、「目的タンパク質又はポリペプチド」は、製造又は精製が目的の一つであるタンパク質又はポリペプチドをいう。また、「目的タンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を有する微生物」において、遺伝子とは、その微生物が本来有する遺伝子を含むのみならず、その微生物は本来有しない遺伝子、すなわち外来の遺伝子を含む意である。
【0044】
目的タンパク質又は目的ポリペプチドは特に限定されず、例えば洗剤、食品、繊維、飼料、化学品、医療、診断など各種産業用酵素や生理活性ペプチドなどが含まれるが、産業用酵素が好ましい。
また、産業用酵素としては、酸化還元酵素(oxidoreductase)、転移酵素(transferase)、加水分解酵素(hydrolase)、脱離酵素(lyase)、異性化酵素(isomerase)、合成酵素(ligase/synthetase)等が挙げられ、好適にはセルラーゼ、α−アミラーゼ、プロテアーゼ等の加水分解酵素等が挙げられる。
【0045】
セルラーゼとしては、多糖加水分解酵素の分類(Biochem.J.,280,309,1991)中でファミリー5に属するセルラーゼが挙げられ、中でも微生物由来、特にBacillus属細菌由来のセルラーゼが挙げられる。例えば、バチルス エスピー(Bacillus sp.)KSM-S237株(FERM BP-7875)、やバチルス エスピー(Bacillus sp.)KSM-64株(FERM BP-2886)由来のアルカリセルラーゼが挙げられ、更に好適な例としては、配列番号6のアミノ酸番号1〜795のアミノ酸配列からなるBacillus属細菌由来のアルカリセルラーゼ、又は配列番号8のアミノ酸番号1〜793のアミノ酸配列からなるBacillus属細菌由来のアルカリセルラーゼ、或いは当該アミノ酸配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるセルラーゼが挙げられる。
また、プロテアーゼとしては、微生物由来、好ましくはBacillus属細菌由来、より好ましくはBacillus clausii KSM-K16株(FERM BP-3376)由来のプロテアーゼが挙げられる。
また、α-アミラーゼとしては、微生物由来、好ましくはBacillus属細菌由来、より好ましくはBacillus sp. KSM-K38株由来のα-アミラーゼが挙げられる。
【0046】
本発明の微生物に導入されるべき目的タンパク質又は目的ポリペプチドの遺伝子は、その上流に当該遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる制御領域、即ち、プロモーター及び転写開始点を含む転写開始制御領域、リボソーム結合部位及び開始コドンを含む翻訳開始制御領域及び分泌シグナルペプチド領域から選ばれる1以上の領域が適正な形で結合されていることが望ましい。特に、転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が結合されていることが好ましく、更に分泌シグナルペプチド領域がバチルス属細菌のセルラーゼ遺伝子由来のものであり、転写開始制御領域及び翻訳開始制御領域が当該セルラーゼ遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.6〜1 kbの上流領域であるものが、目的タンパク質又は目的ポリペプチド遺伝子と適正に結合されていることが望ましい。
例えば、特開2000-210081号公報や特開平4-190793号公報等に記載されているBacillus属細菌、すなわちKSM-S237株(FERM BP-7875)、KSM-64株(FERM BP-2886)由来のセルラーゼ遺伝子と当該セルラーゼ遺伝子の転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌用シグナルペプチド領域が目的タンパク質又は目的ポリペプチドの構造遺伝子と適正に結合されていることが望ましい。より具体的には配列番号6で示される塩基配列の塩基番号1〜659の塩基配列、又は配列番号8で示される塩基配列の塩基番号1〜696の塩基配列、或いは当該塩基配列に対して70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有する塩基配列からなるDNA断片、あるいは上記いずれかの塩基配列の一部が欠失、置換若しくは付加した塩基配列からなるDNA断片が、目的タンパク質又は目的ポリペプチドの構造遺伝子と適正に結合されていることが望ましい。
尚、ここで、上記塩基配列の一部が欠失、置換若しくは付加した塩基配列からなるDNA断片とは、上記塩基配列の一部が欠失、置換若しくは付加しているが、遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる機能を保持しているDNA断片を意味する。
【0047】
このような目的タンパク質又は目的ポリペプチドをコードする遺伝子の導入は、例えば、(1)ベクターによる導入、(2)ゲノムへの挿入により行うことができる。(1)ベクターによって導入する場合、その上流に「当該遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる制御領域、即ち、プロモーター及び転写開始点を含む転写開始制御領域、リボソーム結合部位及び開始コドンを含む翻訳開始制御領域及び分泌シグナルペプチド領域から選ばれる1以上の領域」が適正な形で結合されている目的タンパク質又は目的ポリペプチドをコードする遺伝子を含むベクターを、コンピテントセル形質転換方法、プロトプラスト形質転換法、或いはエレクトロポレーション法等の適当な形質転換法により導入すればよい。ここで、ベクターとしては、目的とする遺伝子を宿主に導入し、増殖、発現させるための適当な運搬体核酸分子であれば特に限定されず、プラスミドのみならず、例えば、YAC、BACなどの人工染色体、トランスポゾンを用いたベクター、コスミドが挙げられ、プラスミドとしては例えば、pUB110、pHY300PLKが挙げられる。
【0048】
また、(2)ゲノムへの挿入は、例えば相同組換えによる方法を用いればよい。すなわち、目的タンパク質又は目的ポリペプチドをコードする遺伝子に導入を起こさせる染色体領域の一部を結合したDNA断片を、微生物細胞内に取り込ませ、当該染色体領域の一部領域における相同組換えを起こさせることによって、ゲノムに組み込ませることができる。
ここで、導入を起こさせる染色体領域としては、特に制限されないが、必須でない遺伝子領域、若しくは必須でない遺伝子領域上流の非遺伝子領域が好ましい。
【0049】
本発明の組換え微生物を用いた目的のタンパク質又はポリペプチドの生産は、当該菌株を同化性の炭素源、窒素源、その他の必須成分を含む培地に接種し、通常の微生物培養法にて培養し、培養終了後、タンパク質又はポリペプチドを採取・精製することにより行えばよい。そして、後記実施例に示すように、目的のタンパク質又はポリペプチドの生産性は、上記遺伝子の組換えをしていない微生物を用いた場合と比較して、その向上が達成されている。
【0050】
そして、後記実施例に示すように、目的のタンパク質又はポリペプチドの生産性は、ゲノム上のsecA遺伝子とは別に、そのゲノム上に、secA遺伝子導入することにより、その生産性の向上が達成されている。
特に、後記実施例に示すように、本発明の組換え微生物を用いてセルラーゼを生産させた場合、当該分泌生産量を1コピーで10%以上向上させることができ、工業的レベルにおいて数%の生産量の向上は大幅なコスト削減や製造時間の短縮等につながることを考慮すると、本発明の組換え微生物を用いた目的のタンパク質やポリペプチドの生産性は工業的レベルにおいても有望である。
【0051】
以下に、本発明の組換え微生物の構築方法及び当該組換え微生物を用いたセルラーゼ及びアミラーゼの生産方法について具体的に説明する。
【実施例】
【0052】
以下の実施例におけるDNA断片増幅のためのポリメラーゼ連鎖反応(PCR)には、GeneAmp PCR System(アプライドバイオシステムズ)を使用し、Pyrobest DNA Polymerase(タカラバイオ)と付属の試薬類を用いてDNA増幅を行った。PCRの反応液組成は、適宜希釈した鋳型DNAを1μL、センス及びアンチセンスプライマーを各々20pmol及びPyrobest DNA Polymeraseを2.5U添加して、反応液総量を50μLとした。PCRの反応条件は、98℃で10秒間、55℃で30秒間及び72℃で1〜5分間(目的増幅産物に応じて調整。目安は1kbあたり1分間)の3段階の温度変化を30回繰り返した後、72℃で5分間反応させることにより行った。
また、以下の実施例において、遺伝子の上流・下流とは、複製開始点からの位置ではなく、上流とは各操作・工程において対象として捉えている遺伝子の開始コドンの5’側に続く領域を示し、一方、下流とは各操作・工程において対象として捉えている遺伝子の終始コドンの3’側に続く領域を示す。
さらに、以下の実施例における各遺伝子及び遺伝子領域の名称は、Nature, 390, 249-256,(1997)で報告され、JAFAN: Japan Functional Analysis Network for Bacillus subtilis (BSORF DB)でインターネット公開(http://bacillus.genome.ad.jp/、2004年3月10日更新)された枯草菌ゲノムデータに基づいて記載している。
【0053】
枯草菌の形質転換は以下の様に行った。すなわち、枯草菌株をSPI培地(0.20% 硫酸アンモニウム、1.40% リン酸水素二カリウム、0.60% リン酸二水素カリウム、0.10% クエン酸三ナトリウム二水和物、0.50% グルコース、0.02% カザミノ酸 (Difco)、5mM 硫酸マグネシウム、0.25μM 塩化マンガン、50μg/ml トリプトファン)において37℃で、生育度(OD600)の値が1程度になるまで振盪培養した。振盪培養後、培養液の一部を9倍量のSPII培地(0.20% 硫酸アンモニウム、1.40% リン酸水素二カリウム、0.60% リン酸二水素カリウム、0.10% クエン酸三ナトリウム二水和物、0.50% グルコース、0.01% カザミノ酸 (Difco)、5mM 硫酸マグネシウム、0.40μM 塩化マンガン、5μg/ml トリプトファン)に接種し、更に生育度(OD600)の値が0.4程度になるまで振盪培養することで、枯草菌株のコンピテントセルを調製した。次いで調製したコンピテントセル懸濁液(SPII培地における培養液)100μLに各種DNA断片を含む溶液(SOE−PCRの反応液等)5μLを添加し、37℃で1時間振盪培養後、適切な薬剤を含むLB寒天培地(1%トリプトン、0.5%酵母エキス、1%NaCl、1.5%寒天)に全量を塗沫した。37℃における静置培養の後、生育したコロニーを形質転換体として分離した。得られた形質転換体のゲノムを抽出し、これを鋳型とするPCRによって目的とするゲノム構造の改変が為されたことを確認した。
【0054】
目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子の宿主微生物への導入は、コンピテントセル形質転換法(J. Bacteriol. 93, 1925 (1967))、エレクトロポレーション法(FEMS Microbiol. Lett. 55, 135 (1990))、プロトプラスト形質転換法(Mol. Gen. Genet. 168, 111 (1979))のいずれかによって行った。
組換え微生物によるタンパク質生産用の培養には、LB培地(1%トリプトン、0.5%酵母エキス、1%NaCl)、2xYT培地(1.6%トリプトン、1%酵母エキス、0.5%NaCl)、2xL−マルトース培地(2%トリプトン、1%酵母エキス、1%NaCl、7.5%マルトース、7.5ppm硫酸マンガン4-5水和物)、或いはCSL発酵培地(2%酵母エキス、0.5%コーンスティープリカー(CSL)、0.05%塩化マグネシウム七水和物、0.6%尿素、0.2%L-トリプトファン、10%グルコース、0.15%リン酸二水素ナトリウム、0.35%リン酸水素二ナトリウム、pH7.2)を用いた。
【0055】
実施例1 secA遺伝子過剰発現株の構築(amyEのプロモーター使用)
以下の様に、secA遺伝子をamyEのプロモーター制御下に過剰発現する変異株の構築を行った(図1参照)。枯草菌168株から抽出したゲノムDNAを鋳型として、表1に示したsecAfとsecA/Nm-Rのプライマーセットを用いてリボソーム結合部位を含むsecA遺伝子の2.5kb断片(C)をPCRにより増幅した。また、ネオマイシン耐性マーカーの1.2kb断片(D)は、表1に示したrneofとrepUr-Nmとのプライマーセット及び鋳型としてプラスミドpUB110(Plasmid 15, 93 (1986))を用いて調製したrepU遺伝子プロモーター領域を含む0.4kb断片と、表1に示したNmUf-repとneorとのプライマーセット及び鋳型としてプラスミドpUB110を用いて調製したネオマイシン耐性遺伝子の構造遺伝子領域を含む0.8kb断片とを混合して鋳型とし、表1に示したプライマーrneof及びneorを用いたSOE-PCRを行うことによって調製した。
次いで、得られた(C)(D)2断片を混合して鋳型とし、表1に示したsecAfとNmrのプライマーセットを用いたSOE-PCRを行うことによって、2断片を(C)(D)の順になる様に結合させ、secA遺伝子の下流にネオマイシン耐性遺伝子が結合した3.7kbのDNA断片(E)を得た。続いて枯草菌168株から抽出したゲノムDNAを鋳型として、表1に示したamyEfw2とamyE/secA-R、及びamyE/Nm-FとamyErv2のプライマーセットを用いてamyE遺伝子の5'側領域を含む1.0kb断片(A)、及びamyE遺伝子の3'側領域を含む1.0kb断片(B)をPCRにより増幅した。次いで、得られた(A)(B)(E)3断片を混合して鋳型とし、表1に示したamyEfw1とamyErv1のプライマーセットを用いたSOE-PCRを行うことによって、3断片を(A)(E)(B)の順になる様に結合させ、secA遺伝子の下流にネオマイシン耐性遺伝子が結合した3.7kbのDNA断片がamyE遺伝子の中央に挿入された総塩基長5.7kbのDNA断片(F)を得た。得られた5.7kbのDNA断片(F)を用いてコンピテントセル法により枯草菌168株を形質転換し、ネオマイシン(10μg/mL)を含むLB寒天培地上に生育したコロニーを形質転換体として分離した。
得られた形質転換体から抽出したゲノムDNAを鋳型として、表1に示すamyEfw2とsecA/Nm-R、及びsecAfとamyErv2のプライマーセットを用いたPCRを行うことによって3.5kb及び4.7kbのDNA断片の増幅を確認し、枯草菌168株ゲノム上のamyE遺伝子部位にsecA遺伝子とネオマイシン耐性遺伝子が結合した3.7kbのDNA断片が挿入されたことを確認した。この様にして得られた菌株をsecA-K1株と命名した。
【0056】
【表1】

【0057】
実施例2 アルカリセルラーゼ分泌生産評価
実施例1にて得られたsecA-K1株、及び対照として枯草菌168株の異種タンパク質生産性評価は、配列番号7で示されるアミノ酸配列からなるバチルス属細菌由来のアルカリセルラーゼの生産性を指標として以下の様に行った。すなわち、バチルス エスピー(Bacillus sp.)KSM-S237株(FERM BP-7875)由来のアルカリセルラーゼ遺伝子(特開2000-210081号公報)断片(3.1 kb)を表1に示した237UB1と237DB1のプライマーセットを用いて増幅した後BamHI制限酵素処理し、シャトルベクターpHY300PLKのBamHI制限酵素切断点に挿入した組換えプラスミドpHY-S237を、プロトプラスト形質転換法によって各菌株に導入した。これによって得られた組換え菌株を10 mLのLB培地で一夜37℃で振盪培養を行い、更にこの培養液0.05 mLを50 mLの2×L−マルトース培地(2% トリプトン、1% 酵母エキス、1% NaCl、7.5% マルトース、7.5 ppm硫酸マンガン4-5水和物、15 ppmテトラサイクリン)に接種し、30℃にて3日間振盪培養を行った。遠心分離によって菌体を除いた培養液上清のアルカリセルラーゼ活性を測定し、培養によって菌体外に分泌生産されたアルカリセルラーゼの量を求めた。
セルラーゼ活性測定については、1/7.5M リン酸緩衝液(pH7.4 和光純薬)で適宜希釈したサンプル溶液50μLに0.4mM p-nitrophenyl-β-D-cellotrioside(生化学工業)を50μL加えて混和し、30℃にて反応を行った際に遊離するp-ニトロフェノール量を420nmにおける吸光度(OD420nm)変化により定量した。1分間に1μmolのp-ニトロフェノールを遊離させる酵素量を1Uとした。
【0058】
アルカリセルラーゼ活性測定の結果、表2に示した様に、宿主としてsecA-K1株を用いた場合、対照の168株(野生型)の場合と比較して培養液あたりのアルカリセルラーゼの分泌生産量が12%向上したことが示唆された。
【0059】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
secA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子をゲノム上に有する微生物において、当該遺伝子とは別に、そのゲノム上に、枯草菌におけるSecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子が導入されてなる組換え微生物。
【請求項2】
導入するsecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の上流に転写開始制御領域又は転写開始制御領域とリボソーム結合部位を連結した請求項1記載の組換え微生物。
【請求項3】
転写開始制御領域又は転写開始制御領域とリボソーム結合部位が、枯草菌のamyE遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.3〜0.5kbの上流領域である請求項2記載の組換え微生物。
【請求項4】
SecA遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子のゲノム上の導入部位が枯草菌のamyE遺伝子又は当該遺伝子に相当する遺伝子の内部である請求項1〜3記載の組換え微生物。
【請求項5】
微生物がバチルス属(Bacillus)細菌である請求項1〜4記載の組換え微生物。
【請求項6】
バチルス(Bacillus)属細菌が枯草菌(Bacillus subtilis)である請求項5記載の組換え微生物。
【請求項7】
目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入した請求項1〜6のいずれか1項記載の組換え微生物。
【請求項8】
目的のタンパク質又はポリペプチドが、セルラーゼである請求項7記載の組換え微生物。
【請求項9】
目的のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子の上流に転写開始制御領域、翻訳開始制御領域又は分泌シグナル領域のいずれか1以上の領域を結合した請求項7又は8記載の組換え微生物。
【請求項10】
転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域を結合した請求項9記載の組換え微生物。
【請求項11】
分泌シグナル領域がバチルス(Bacillus)属細菌のセルラーゼ遺伝子由来のものであり、転写開始制御領域及び翻訳開始制御領域が当該セルラーゼ遺伝子の開始コドンから始まる長さ0.6〜1kbの上流領域由来のものである請求項9又は10記載の組換え微生物。
【請求項12】
転写開始制御領域、翻訳開始制御領域及び分泌シグナル領域からなる3領域が、配列番号6で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1〜659の塩基配列、配列番号8で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号1〜696の塩基配列又は当該塩基配列のいずれかと70%以上の同一性を有する塩基配列からなるDNA断片、又は当該塩基配列の一部が欠失した塩基配列からなるDNA断片である請求項9〜11のいずれか1項記載の組換え微生物。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1項記載の組換え微生物を用いる目的のタンパク質又はポリペプチドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−178714(P2010−178714A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−27260(P2009−27260)
【出願日】平成21年2月9日(2009.2.9)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】