説明

組織細胞核DNA酸化度の非破壊的定量方法、これを用いるDNA酸化に起因する疾病の病理検査方法、及び該疾病治療剤のスクリーニング方法

【課題】特定の組織細胞における細胞核DNAの酸化度を定量的に測定する方法を提供する。更には、この方法を用いてDNA酸化に起因する疾病を病理組織学的に検査する方法、及び該疾病治療剤のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】1.核染色色素による細胞核染色,2.標的細胞特異的物質の重染色,及び3.染色核脱色後、酸化DNAの重染色、の3重染色を行い、それぞれの染色画像につき細胞核や標的細胞の位置、組織の染色度を解析又は計測することにより、標的細胞における細胞核DNAの酸化度を定量的に測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織細胞核DNA酸化度の非破壊的定量方法に関する。更に詳しくは、特定の組織細胞において個々の細胞を同定しながら細胞核中の酸化DNAを定量することにより、DNA酸化に起因する疾病を病理組織学的に検査する方法、及び該疾病治療剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
好気性細胞は、呼吸を営むと同時に常にその副産物である活性酸素を生成している。これらの活性酸素は細胞の抗酸化作用により消去されるが、その作用が十分でないと、酸化ストレスの状態を招き、細胞傷害や細胞死(アポトーシス)を引き起こす。近年、老化や多くの疾患において、細胞内に酸化ストレスの産物が蓄積していくことが見出され、酸化ストレスが老化や疾患と密接に関係していることが明らかになっている。
【0003】
このような理由から、酸化ストレスについて、その程度や状態を定量的に測定する方法の確立が強く望まれており、既に様々な方法が提案されている。例えば、グルタチオン付加ヘモグロビンをマーカーとし、血液中の赤血球から遊出したヘモグロビン中のグルタチオン付加ヘモグロビン量を測定する方法(特許文献1参照)、モノ不飽和脂肪酸をマーカーとし、血漿や血液等の生体試料中のモノ不飽和脂肪酸量を測定する方法(特許文献2参照)等が公知である。
【0004】
また、酸化ストレスは細胞核中のDNAを酸化損傷させるため、これらDNAの酸化的損傷産物をマーカーとして酸化ストレスを測定する方法も知られている。このようなDNAの酸化的損傷産物としては、8−オキソグアニン、8−オキソデオキシグアノシン、8−オキソアデニン等が上げられるが、その中でも特にグアニンの酸化体である8−オキソグアニンは、DNA複製の際にシトシン以外にアデニンとも塩基対を形成してC:G→A:T変異を引き起こすことが知られており、発癌や老化の一因になると考えられている。8−オキソグアニンを定量する方法としては、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた電気化学的検出法による定量方法、32P−ポストラベル法による定量方法等がある。これらDNAの酸化的損傷産物は、臓器や細胞を用いて定量することができるが、DNAの損傷を修復する過程で血液を経て尿中に排出されるため、尿中の濃度の定量によりDNAの酸化度を測定する方法もよく検討されている。例えば、逆相カラム及びイオン交換カラムの特性を併せ持つゲルろ過カラムに尿を通して分画後、その画分を逆相カラムに通して尿試料を精製後、電気化学検出法等で定量する方法が知られている(特許文献3参照)。他にも、DNA中の8−オキソグアニン、8−オキソアデニン及び8−オキソデオキシグアノシンの検出方法として、アビジン、ストレプトアビジン又は抗ビオチン抗体と結合させ、その結合を検出、分析することにより前記DNA酸化的損傷産物を定量する方法が公知である(特許文献4参照)。
【0005】
本発明者は、DMD型筋ジストロフィー患者からの骨格筋は生後2〜7年ですでに酸化ストレスの産物であるリポフスチンを細胞質に蓄積しているが、同年齢の健常人からの筋にはリポフスチンがほとんど存在していないことを見い出した(非特許文献1参照)。また、DMD型筋ジストロフィーのモデル動物であるmdxマウスの骨格筋においても、DMD筋と同様にリポフスチンを蓄積している筋細胞が観察され、これらの細胞は細胞死(アポトーシス)を起こしていることが明らかになった(非特許文献2参照)。したがって、ジストロフィー筋において酸化ストレスの増大と筋細胞の変性との関連性が示唆された。このような理由から、酸化ストレスによる酸化的損傷を組織の各部位あるいは各細胞において定量的に測定する方法は、疾患の病理検査や発症機序の解明、抗酸化剤の効果試験やスクリーニング等において非常に有用な手段になると考えられる。
【特許文献1】特開2000−74923号公報
【特許文献2】特開2003−83977号公報
【特許文献3】特開2000−310625号公報
【特許文献4】特表平11−507435号公報
【非特許文献1】Journalof Molecular Histology,(in press)
【非特許文献2】Histochemistryand Cell Biology,115, 205−214, (2001)
【非特許文献3】HistolHistopathol, 10, 463−479(1995a)
【非特許文献4】蛋白質核酸酵素, 40, 1927−1935 (1995b)
【非特許文献5】化学と生物, 36, 113−119 (1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、酸化ストレスを測定するのに、前述したような尿中や血液中に含まれる酸化的損傷産物を定量する方法では、生体における酸化ストレスの程度を知る指標にはなるものの、特定の組織の酸化度を知ることはできず疾患の病理検査には使用できない。さらに、特定の組織において個々の細胞を同定しながら、組織細胞核DNAの酸化度を定量的に測定する方法は、現在、国内外において全く報告されていない。
【0007】
従って本発明の目的は、特定の組織の細胞核DNAの酸化度を定量的に測定する方法を提供することにあり、更には、この方法を用いてDNA酸化に起因する疾病を病理組織学的に検査する方法、及び該疾病治療剤のスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、1.核染色色素による細胞核染色,2.標的細胞特異的物質の重染色,及び3.染色核脱色後、酸化DNAの重染色、の3重染色を行い、それぞれの染色画像につき細胞核や標的細胞の位置、組織の染色度を解析又は計測することにより、標的細胞における細胞核DNAの酸化度を定量的に測定できることを見い出した。
【0009】
本発明によれば、以下(1)〜(5)に記載の技術と薬剤がそれぞれ提供される。
(1)次の(a)〜(f)各工程をこの記載の順に行うことを特徴とする組織細胞核DNA酸化度の非破壊的定量方法:(a)核染色色素で組織細胞核を染色の後、その被染色組織の画像につき少なくとも被染色核の位置、及び組織の染色度を解析又は計測する工程;(b)工程(a)で得た被染色組織内の標的細胞の膜及び/又は細胞質を、これらの特異的結合物質含有液で重染色する工程;(c)工程(b)で得た被重染色組織細胞内の被染色核を脱色する工程;(d)工程(c)で得た脱色済み組織細胞内の酸化DNAを、これに対する特異的結合物質含有液又は特異的結合物質未含有液で重染色の後、その被重染色組織の画像につき少なくとも前記標的細胞の存在と位置、被染色酸化DNAの位置及び組織の染色度(D)を解析又は計測する工程;(e)工程(a)で解析した細胞核の位置と工程(d)で解析した被染色酸化DNAの位置の同一性、及び工程(d)で解析した標的細胞の存在及び位置と被染色酸化DNAの存在位置の的確性を確定する工程;及び(f)工程(d)での計測により得た組織の染色度(D)について、患者由来組織細胞の特異的結合物質含有液による染色度(Dpt)及び患者由来組織細胞の特異的結合物質未含有液による染色度(Dpc)からP=Dpt/Dpc、健常者由来組織細胞の特異的結合物質含有液による染色度(Dnt)及び健常者由来組織細胞の特異的結合物質未含有液による染色度(Dnc)からN=Dnt/Dnc、次いでP/Nをそれぞれ順次、算出する工程。
(2)上記(1)に記載の定量方法を用いることを特徴とする、DNA酸化に起因する疾病の病理検査方法。
(3)上記(1)に記載の定量方法を用いることを特徴とする、DNA酸化に起因する疾病の治療剤のスクリーニング方法。
(4)上記(3)に記載のスクリーニング方法により得られる、DNA酸化に起因する疾病の治療剤。
(5)上記(1)に記載の工程(a)で用いる核染色色素がニュートラルレッド、工程(b)で用いる特異的結合物質が抗ラミニンβ2鎖モノクローナル抗体、工程(d)で用いる特異的結合物質が抗8−オキソグアニンモノクローナル抗体である筋ジストロフィー患者の細胞核DNA酸化度の非破壊的定量方法。
(6)上記(5)に記載の定量方法を用いるスクリーニングにより得られる筋ジストロフィー治療剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明の組織細胞核DNA酸化度の非破壊的定量方法によれば、特定の細胞のDNAの酸化度を定量的に求めることができるため、DNA酸化に起因する疾病の病理検査や、これら疾病の治療剤のスクリーニング方法に利用できる。例えば、老化、アポトーシス、癌、動脈硬化、糖尿病、神経変性疾患[例えば、筋萎縮性側索硬化症(ALS)・パーキンソン病・アルツハイマー病]、虚血・再灌流障害、アドリアマイシン心筋症、動脈硬化、消化管粘膜障害等々の疾病の病理検査や、これらの疾病の治療剤のスクリーニングに利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の組織細胞核DNA酸化度の非破壊的定量方法は、組織細胞構造を保持した組織切片内で、1.核染色色素による細胞核染色,2.標的細胞特異物質の重染色,及び3.染色核脱色後酸化DNAの重染色、の3重染色を行い、それぞれの染色画像につき細胞核や標的細胞の位置、組織の染色度を解析又は計測するものである。このようにして標的細胞を同定しながら個々の細胞核の酸化DNA量を求めることにより、標的細胞における細胞核DNAの酸化度の定量を行う。本発明の組織細胞核におけるDNA酸化度の非破壊的測定法の概要を図1に示す。以下、各工程について順に詳しく説明する。
【0012】
<組織細胞核の染色>
被検者1名につき少なくとも2枚の組織標本を用い、組織切片の細胞核を核染色色素で染色を行う。前記核染色色素としては、後の工程で被染色核の脱色を行うため、脱色可能なものであれば特に限定されない。このような核染色色素として、好ましくはニュートラルレッドを使用する。
【0013】
<被染色組織の画像の取り込み・解析>
上記のようにして組織細胞核の染色を行った後、その被染色組織のカラー画像及びグレーレベル画像の取り込みを行う。グレーレベル画像の取り込みは、後述する吸光度測定用画像解析システムを用いる。このような吸光度測定用画像解析システムを用いることにより、画像の取り込みから個々の細胞核における吸光度(染色度)の測定まで行うことができる。取り込んだ画像から、被染色核の位置及び組織の染色度を確認する。
【0014】
<標的細胞特異的蛋白の重染色>
本工程では、標的細胞を同定するため、該標的細胞の膜及び/又は細胞質に局在している特異的蛋白をマーカーとして選択し、該マーカーに対する特異的結合物質含有液で重染色する。前記特異的結合物質としては、前記マーカーに特異的に結合する物質であれば特に限定されないが、好ましくはモノクローナル抗体を用いる。モノクローナル抗体を用いて染色を行う方法としては、モノクローナル抗体に直接に蛍光物質や酵素を標識して反応させる直接法、又はモノクローナル抗体を一次抗体として反応させた後、蛍光物質や酵素で標識された二次抗体を反応させる間接法を用いることができる。具体的には、筋細胞の同定には筋細胞の基底膜に局在しているラミニンβ2をマーカーとし、一次抗体としてラットの抗ラミニンβ2(γ’)鎖モノクローナル抗体、二次抗体としてビオチン結合抗ラットIgG(H+L)抗体を用い、次にストレプトアビジン結合アルカリホスファターゼを添加してアビジン−ビオチン複合体を形成させ、最後に発色基質を加えることにより、マーカーのラミニンを重染色することができる。本工程においては、このようなアルカリホスファターゼ反応による発色が好ましい。なぜなら、一般によく使用されるペルオキシターゼ反応による発色は、酸化作用のある過酸化水素を基質として使用するため、次工程の酸化DNAの定量に影響を与えてしまうからである。従って、酵素標識抗体の発色には、次工程の酸化DNAの重染色に影響を与えないものを選択する必要がある。また、アルカリホスファターゼ反応に用いられる発色基質としてはNBT/BCIP、ファーストブルーB、ファーストレッド等が上げられる、色素沈殿の局在性等の点から好ましくはNBT/BCIPを使用する。
【0015】
前記標的細胞を同定するための特異的蛋白(マーカー)として他には、腫瘍マーカーとして、細胞質に局在するα−フェトプロテイン、S−100蛋白、中間径フィラメント(ケラチン、ビメンチン、デスミン、ニューロフィラメント蛋白、GFAP)等、細胞膜に局在するepithelial membrane antigen等が上げられる。神経組織では、神経細胞に局在するMAP2、ニューロフィラメント蛋白、myelin basic protein、各種神経ペプチド等、更に星状膠細胞に局在するグリア線維性酸性蛋白質(GFAP)、小膠細胞に存在するF4/80等がマーカーとして上げられる。筋細胞のマーカーとしては他に、アクチン、ミオシン、ジストロフィン等がある。分泌細胞のマーカーとしては、内分泌系のホルモンであるガストリン、インスリン、グルカゴン、ACTH、カルシトニン等、外分泌系の分泌蛋白質であるアミラーゼ等が上げられる。アポトーシス細胞のマーカーとしては、Bax、Bcl−2、Bcl−x、Fas等の蛋白質が上げられる。本発明ではこれらをマーカーとして用い、前述したような特異的結合物質、例えば標識抗体や特異的染色色素で重染色することにより標的細胞を同定することができる。
【0016】
また本発明の方法をDNA酸化に起因する疾病の病理検査に用いる場合、例えば筋ジストロフィーの病理検査を行うには、前記標的細胞として筋細胞を選択し、筋細胞の細胞核DNAの酸化度を定量する。また肝細胞癌の病理検査には標的細胞として肝細胞を選択し、肺癌の病理検査には肺上皮細胞、頭頚部扁平上皮癌の病理検査には扁平上皮細胞、食道癌の病理検査には扁平上皮細胞、糖尿病の病理検査には単球、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病、アルツハイマー病等の神経変性疾患の病理検査には神経細胞、虚血・再灌流障害の病理検査には心筋細胞、アドリマイシン心筋症の病理検査には心筋細胞、動脈硬化の病理検査には血管平滑筋細胞をそれぞれ標的細胞として選択し、本発明で用いることができる。
【0017】
ここで、本工程の標的細胞特異的蛋白の重染色は、後述する酸化DNAの重染色工程の前に行わなければならない。なぜなら、酸化DNAの重染色工程では、細胞核中のDNAを露出させるため事前にプロテアーゼ処理を行う必要があるが、このプロテアーゼ処理を行うと、DNA結合蛋白質のみならず、標的細胞を同定するための特異的蛋白までもが分解を受け、検出することができなくなってしまうからである。従って、本発明においては、標的細胞特異的蛋白の重染色を先に行い、次いで酸化DNAの重染色を行うことが必須である。
【0018】
<被染色核の脱色>
次工程の酸化DNAの重染色では細胞核を染色するため、前工程で染色された被染色核を脱色する必要がある。前工程の核染色で核染色色素としてニュートラルレッドを使用した場合は、塩酸や氷酢酸による酸処理、又はNaOHやKOH等のアルカリ処理を行うことにより、被染色核からニュートラルレッドを完全に遊離することができる。好ましくは、塩酸を用いる。前記酸及びアルカリの濃度は、0.1〜2N程度で十分脱色可能である。この時、2N塩酸を用いて脱色処理を行うと、次工程のDNAの変性も同時に行うことができ非常に効率的である。
【0019】
図2は、Duchenne型筋ジストロフィー症(DMD)の2歳男児の上腕二頭筋組織切片の1%ニュートラルレッドによる核染色像(A)と、同一核染色切片の2N塩酸処理によるニュートラルレッドの完全遊離像(B)である。図2(A)に示すように、固定された組織切片を1%ニュートラルレッドと室温で30秒間インキュベートすると、すべての細胞核は赤色に染まった。更にこの被染色組織切片を2N塩酸で処理すると、図2(B)に示すように、ニュートラルレッドは組織切片から完全に遊離している。したがって、このような方法で脱色処理することで、引き続き行われる免疫重染色には、ニュートラルレッドによる核染色の影響はないと言える。また、酸処理による脱色で、ニュートラルレッドは完全に遊離するが、前工程の記標的細胞特異的蛋白の重染色で好ましく使用されるアルカリホスファターゼの反応最終生成物であるホルマザンはほとんど脱色されない。よって、次工程の酸化DNAの重染色後の画像から被染色標的細胞の存在及び位置も確認できるので、脱色前に撮像し前記標的細胞の存在や位置の確認行う必要はない。
【0020】
<酸化DNAの重染色>
本工程では、上記工程で脱色された組織細胞核内の酸化DNAを、該酸化DNAに対する特異的結合物質含有液又は特異的結合物質未含有液で重染色する。細胞核の核密度は個々の核やその切断面で異なっているため、異なる組織切片を用いて染色度を比較するのでは、組織細胞核DNAの酸化度を正確に定量することができない。従って、本発明の方法では組織切片を核染色色素による核染色後、該染色核を脱色し、同一の組織切片を用いて酸化DNAの重染色を行い、同一細胞核における核染色色素による核染色強度と酸化DNAの染色強度とを比較することにより、正確に組織細胞核DNAの酸化度を定量することが可能である。更に、本工程では前記特異的結合物質未含有液でも重染色を行い、この被重染色画像を後の画像解析でコントロールに使用すると、より正確に組織細胞核DNAの酸化度を定量できる。
【0021】
組織細胞核DNA中の酸化DNAを重染色するための上記特異的結合物質としては、酸化DNAに特異的に結合する物質であれば特に限定されない。前記酸化DNAとしては、例えば酸化的損傷塩基、酸化的損傷デオキシヌクレオシド、酸化的損傷デオキシヌクレオチド等が上げられ、具体的には、8−オキソグアニン、2,6−ジアミノ−4ヒドロキシ−5−ホルムアミドピリミジン、8−オキソアデニン、4,6−ジアミノ−5−ホルムアミドピリミジン、ウラシルグリコール、5−ヒドロキシシトシン、チミングリコール、5,6−ジヒドロチミン、5−ヒドロキシ−5,6−ジヒドロチミン、6−ヒドロキシ−5,6−ジヒドロチミン等の酸化的損傷塩基、これら酸化的損傷塩基を含むデオキシヌクレオシド、及びデオキシヌクレオチドが上げられる。これら種々の酸化DNAに対する特異的結合物質としては、前述したような酸化的損傷塩基や、それら酸化的損傷塩基を含むデオキシヌクレオシド及びデオキシヌクレオチドに対するモノクローナル抗体が好ましく使用できる。このようなモノクローナル抗体としては、抗8−ヒドロキシデオキシグアノシンモノクローナル抗体 N45.1(日研ザイル(株)日本老化制御研究所、静岡)、マウス8−オキソグアニンモノクローナル抗体(MAB3560;Chemicon International,Temecula,California,USA)、抗8−ヒドロキシデオキシグアノシン&8−ヒドロキシグアノシンモノクローナル抗体(QED bioscience,San Diego,California,USA)、FITCラベル抗8−オキソグアニン抗体(Biotrim International,Dublin,Ireland)等の一般に市販されているものが使用可能である。
【0022】
前述したような種々の酸化DNAの中でも、特に8−オキソグアニンは低度の酸化ストレスによって生じ、またに8−オキソグアニンがもたらす突然変異は癌や老化への関与が示唆されるため、細胞核DNA中の8−オキソグアニン量を定量することは非常に重要であると考えられる。このような理由から、前記特異的結合物質として、DNA中の8−オキソグアニンに対するモノクローナル抗体を用いることが好ましい。特に好ましくは、本実験例で使用しているマウス抗8−オキソグアニンモノクローナル Fab166(米国バーモント大学 Ivan Bespalov博士より恵与;Soultanakis et al.,Free Radical Biology&Medicine,28,987−998,2000)を使用する。
【0023】
<被重染色組織の画像の取り込み>
上記のようにして酸化DNAの重染色を行った後、その被重染色組織についてもカラー画像及びグレーレベル画像の取り込みを行う。グレーレベル画像の取り込みは、前記組織細胞核の染色像と同様に後述する吸光度測定用画像解析システムを用いる。このような吸光度測定用画像解析システムを用いることにより、画像の取り込みから個々の細胞核における吸光度(染色度)の測定まで行うことができる。取り込んだ画像から、前記標的細胞の存在と位置、被染色酸化DNAの位置及び組織の染色度(D)を確認する。
【0024】
<画像解析>
前記工程で得られた標的細胞特異的物質及び酸化DNAの重染色のグレーレベル画像から、後述する吸光度測定用ARGUS−100画像解析システムを用い、個々の組織細胞核の451.2nmの吸光度をそれぞれ測定する。同様にして、前記工程で得られた酸化DNAに対する特異的結合物質非存在下(コントロール)での連続組織切片の重染色画像についても、個々の組織細胞核の吸光度を測定する。この時、吸光度を測定する組織細胞核は、核染色色素で染色された細胞核の位置と対比させて同一性を確認し、更に標的細胞の組織細胞核であることも確認しなければならない。
【0025】
<DNA酸化度の算出>
上記で得られた組織の染色度(D)について、患者由来組織細胞の特異的結合物質含有液による染色度(Dpt)及び患者由来組織細胞の特異的結合物質未含有液による染色度(Dpc)からP=Dpt/Dpc、健常者由来組織細胞の特異的結合物質含有液による染色度(Dnt)及び健常者由来組織細胞の特異的結合物質未含有液による染色度(Dnc)からN=Dnt/Dnc、次いでP/Nをそれぞれ順次、算出することにより、患者の健常者に対するDNA酸化度を得ることができる。本計算式は、後述する本実験例から導かれた。
【0026】
上記計算式P/Nを用いて、患者の健常者に対するDNA酸化度を算出することにより、DNA酸化に起因する疾患の病理検査を行うことができる。すなわち、上述した方法で得られた酸化DNAの重染色像から、標的細胞の組織細胞核50〜300個の吸光度を患者及び健常者それぞれについて測定し、計算式P/Nの値が1.1〜1.3であるとき、患者はDNA酸化に起因する疾患に罹患していると判定することができる。
【0027】
<装置>
各工程における画像の取り込み及び取り込んだ画像の解析には、本発明者が開発した吸光度測定用ARGUS−100画像解析システム(非特許文献3〜5参照)(以下、「本システム」と略記する)が好ましく用いられる。以下、吸光度測定用ARGUS−100画像解析システムについて詳しく説明する。本システムは、光学顕微鏡(ニコン、東京)、プランビコンカメラ(浜松ホトニクス、浜松)、ARGUS−100画像処理装置(浜松ホトニクス)、モニター(浜松ホトニクス)、プリンター(浜松ホトニクス)、安定化電源(高砂製作所、川崎)、及びソフトウエアからなる。ソフトウエアは、本発明者が測定原理、数式及び測定手順を提示し、そのプログラム化を浜松ホトニクスに依頼して作成されたものである。本システムは、組織切片のグレーレベル画像の取り込みから、取り込み画像における個々の細胞核の吸光度測定までを行うことが可能である。
【0028】
本システム以外に、組織画像において吸光度を測定するソフトウェアは市販されていないが、透過率が既知のNDフィルターの透過光の強度を使用システムで測定して、入射光の強度を前もって求めておくと、検体の透過光の強度から吸光度を算出することができる。このような測定が可能と思われる市販機器として下記のAQUA−C・IMAGING顕微鏡イメージングシステム(浜松ホトニクス、浜松)、DXM 1200Fシステム(ニコン、東京)等が上げられる。本システムの代わりに、前述したようなシステムを利用することも可能である。
【0029】
次に、実験例及び実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれに限定されるものではない。
【0030】
(実験例1)
実験例では、本発明の方法を筋ジストロフィーの骨格筋と健常筋に応用し、筋ジストロフィーにおける酸化ストレスの細胞核DNAへの影響について明らかにした。
<組織>
インフォームドコンセントを得て、国立精神・神経センター(小平)で行われた,2、4、7歳のDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)男児患者3名及び2、3、6歳の健常男児3名からの上腕二頭筋バイオプシーの凍結検体の一部を使用した。
【0031】
<試験方法>
(1)組織切片の作成と固定
上腕二頭筋バイオプシーの凍結検体から、7μmの凍結連続切片をクリオスタット(Bright,Huntingdon,UK)を用いて作製し、前もって0.01%のポリ−L−リジン(Sigma Chemical,St.Louis,Missouri,USA)をコートしたスライドガラスに貼付した。組織切片は、風乾後−20℃のメタノールに30分間浸漬させることによって固定し、直ちに、氷冷した0.1M Tris−buffered saline(TBS)(pH7.4)及び0.1M酢酸緩衝液(pH4.8)で、それぞれ5分間ずつ切片を洗浄した。組織切片は、被検者1名につき6枚用いた。
【0032】
(2)細胞核の染色
室温の0.1M酢酸緩衝液(pH4.8)に溶かした1%ニュートラルレッド(和光純薬工業、大阪)で組織切片を30秒間染色後、同緩衝液で5分間ずつ3回、室温で洗浄した。同緩衝液で組織切片を封入し、カバーガラスの周囲をマニキュアで封じた。直ちに、核染色像のグレーレベル画像とカラー画像を、後述の吸光度測定用ARGUS−100画像解析システムと、デジタルカメラを取り付けた光学顕微鏡を用いて、それぞれ取り込んだ。引き続き免疫重染色を行うために、プレパラートをTBSに浸し、乳白色に変色したマニキュアとカバーガラスを除去し、組織切片を再び露出させた。
【0033】
(3)ラミニンの免疫重染色
続いて、筋線維(細胞)の中の核(筋核)を外の核と区別するために、筋線維の細胞膜の外表面を覆っている基底膜に局在するラミニンβ2鎖の酵素免疫組織染色を次のようにして行った。ただし、筋衛星細胞は、通常、筋細胞膜と基底膜の間に存在するのでその核と筋細胞核とは区別できない。まず、(1)で核染色を行った組織切片を氷冷TBSで5分間ずつ3回洗浄後、組織切片の周囲の水分を拭き取り、PAPペン(大道産業、東京)で囲み、アビジン溶液(Zymed Laboratories,South San Francisco,California,USA)を切片の上に載せ、10分間インキュベートした。氷冷TBSで5分間ずつ3回洗浄後、d−ビオチン溶液(Zymed)と10分間インキュベートし、同様に洗浄した。次に、非特異的抗体結合部位をブッロックするため、0.05%Tween20(片山化学工業、大阪)を含むTBS(TBST)に溶かしたウサギの5%正常血清(Sigma)と切片を30分間インキュベートした。引き続き、その正常血清液で200倍に希釈したラットの抗ラミニンβ2(γ’)鎖モノクローナル一次抗体(MAB1914;Chemicon International,Temecula,California,USA)と組織切片を4℃でー晩インキュベートした。氷冷TBSで5分間ずつ3回洗浄後、5%ウサギ正常血清を含むTBSTで2500倍希釈したウサギのビオチン結合抗ラットIgG(H+L)二次抗体(61−9540;Zymed)と組織切片を室温で2時間インキュベートした。氷冷TBSで5分間ずつ3回洗浄後、ストレプトアビジン−アルカリホスファターゼ(Zymed)と室温で1時間インキュベートした。氷冷TBSで5分間ずつ2回切片を洗浄後、1mM塩化レバミソール(内在性アルカリホスファターゼの阻害剤;ナカライテスク,京都)、0.1M塩化ナトリウム及び50mM塩化マグネシウムを含む0.1Mトリス−塩酸緩衝液(pH9.5)と室温で5分間インキュベートした。次に、1mM塩化レバミソールと2%ポリビニルアルコール(熱湯に可溶;Sigma)を含むアルカリホスファターゼBCIP/NBT基質溶液(Zymed)と組織切片を、顕微鏡で反応最終産物である紫色のホルマザンの沈着を観察しながら室温で35分間反応させた。2%ポリビニルアルコールを含むTBSを切片にかけて反応を停止させた後、TBSTで5分間2回洗浄した。
【0034】
(4)被染色核の脱色と8−オキソグアニンの免疫重染色
ラミニンの免疫重染色を施した組織切片を、TBSに溶かした0.1%TritonX−100(Sigma)と室温で15分間インキュベートし、氷冷TBSで5分間ずつ3回洗浄した。次に、1mM EDTAと0.4M塩化ナトリウムを含む0.01Mトリス−塩酸緩衝液(pH7.4)に溶かした20μg/ml RNase(DNase free;ニッポンジーン、富山)で切片を37℃で1時間処理し、氷冷TBSで5分間ずつ3回洗浄した。さらに、50mM EDTAを含む0.1Mトリス−塩酸緩衝液(pH8.0)に溶かした10μg/ml proteinaseK(PCR grade;Roche Diagnostics,Mannheim,Germany)で10分間室温で処理し、氷冷TBSで切片を3分間洗浄した。DNAの変性とニュートラルレッドの組織切片からの完全遊離のために、組織切片を2N塩酸中に5分間浸漬した。2N塩酸と1Mトリスの混合液(1:2.5)中と氷冷TBS中で切片をそれぞれ5分間ずつ洗浄した。非特異的抗体結合部位をブロックするため、上記(3)で述べたようなアビジン・ビオチン処理を行った後、室温のBEATブロッカー溶液1A(Zymed)と1時間インキュベートした。氷冷TBSで5分間ずつ2回洗浄した後、さらに、室温のBEATブロッカー溶液1B(Zymed)で20分間ブロックし、氷冷TBSで5分間ずつ2回洗浄した。8−オキソグアニン検出のテストとして、5%ヤギ正常血清(Sigma)を含むTBSTに溶かした0.02μg/mlマウス抗8−オキソグアニンモノクローナル一次抗体Fab166(米国バーモント大学 Ivan Bespalov博士より恵与;Soultanakis et al.,Free Radical Biology&Medicine,28,987−998,2000)、コントロールとして5%ヤギ正常血清のみを含むTBSTをそれぞれ連続切片に載せ、4℃で一晩インキュベートした。(組織切片6枚/被検者1名は、それぞれ3枚を抗8−オキソグアニンモノクローナル一次抗体存在下、3枚を抗8−オキソグアニンモノクローナル一次抗体非存在下で反応させた。)氷冷TBSで5分間ずつ3回切片を洗浄後、ラット(徳島大学 原田永勝博士より恵与)、ウサギ、ヒト(徳島大学 佐藤八重子技師より恵与)、およびヤギの正常血清をそれぞれ1%の濃度で含むヤギのビオチン結合抗マウスIgG(Zymed)二次抗体溶液と室温で2時間インキュベートした。氷冷TBSで5分間ずつ3回切片を洗浄し、ストレプトアビジン−ぺルオキシダーゼ(HRP;Zymed)と室温で1時間インキュベートした。氷冷TBSで5分間ずつ2回切片を洗浄後、TBSに溶かした10mMアジ化ナトリウム(内在性アルカリホスファターゼの阻害剤;ナカライテスク)と5分間室温でインキュベートした。次に、組織切片を顕微鏡で観察しながら10mMアジ化ナトリウムを含むペルオキシダーゼDAB基質溶液(Zymed)と室温で50秒間反応させた。TBSで5分間ずつ3回切片を洗浄後、GVA封入液(Zymed)で封入し、カバーガラスの周囲をマニキュアで封じた。直ちに、免疫重染色像のグレーレベル画像とカラー画像を、後述の吸光度測定用ARGUS−100画像解析システムと、デジタルカメラを取り付けた光学顕微鏡を用いて、それぞれ取り込んだ。
【0035】
(5)画像解析
上記(2)及び(4)で取り込んだ組織切片のグレーレベル画像について、個々の細胞核に内接するフレームを設定し吸光度の測定を行った。吸光度の測定は、前述した吸光度測定用ARGUS−100画像解析システムを使用して行った。システムに含まれる透過型光学顕微鏡(ニコン、東京)には451.2nmの干渉フィルター(日本真空光学、東京)と40倍の対物レンズを取り付けた。一方、組織切片のカラー画像は、ツァイスAxioskop光学顕微鏡(Oberkochen,Germany)に取り付けたフジックスデジタルカメラ(HC−2500 3CCD;富士写真フィルム、東京)から、Photograb−2500 version1.0(富士写真フィルム)を用いて取り込んだ。図2〜4に示したデジタル画像の処理はPhotoshop version3.0J(Adobe Systems,Mountain View,California,USA)を使用して行った。
【0036】
<結果>
(ニュートラルレッドによる核染色と被染色核の脱色)
図2は、(1)で作成された組織切片のうち、DMDの2歳男児の上腕二頭筋組織切片における、1%ニュートラルレッドによる核染色像(A)と、同一核染色切片の2N塩酸処理によるニュートラルレッドの完全遊離像(B)である。図2に示すように、メタノール固定組織切片を1%ニュートラルレッドと室温で30秒間インキュベートすると、すべての細胞核は赤色に染まった。幼若筋線維の細胞質は塩基好性を示すことが知られているため、ニュートラルレッドで細胞質が淡く染まった小さな筋線維は幼若筋線維と同定した(図2A)。幼若筋線維の核は円形で、成熟筋線維のものより大きい。矢頭は幼若筋線維の核、矢印は塩基好性の細胞質を示す。図中のバーは20μmである。図2Aの核染色切片を2N塩酸で処理すると、ニュートラルレッドは組織切片から完全に遊離した(図2B)。したがって、引き続き行われる免疫重染色には、ニュートラルレッドによる核染色の影響がないものとした。
【0037】
(ラミニンと8−オキソグアニンの免疫重染色)
図3は、3歳健常男児の上腕二頭筋切片における上記(1)で得られたニュートラルレッドによる核染色像(A,D)、上記(4)で得られた基底膜ラミニン及び8−オキソグアニンの免疫重染色像(B,L)及び抗8−オキソグアニン抗体非存在下で行った免疫重染色像(C,F)を示す。A〜Cはカラー画像であり、D〜FはARGUS−100画像解析システムで取り込んだA〜Cにそれぞれ対応するグレーレベル画像である。なお、C及びFに対応するニュートラルレッドによる核染色像は載せていない。図中のバーは20μmである。また、図4は4歳DMD男児の上腕二頭筋切片の上記(1)で得られたニュートラルレッドによる核染色像(A,D)、上記(4)で得られたラミニンと8−オキソグアニンの免疫重染色像(B,E)及び抗8−オキソグアニン抗体非存在下で行った免疫重染色像(C,F)を示す。A〜Cはカラー画像であり、D〜FはARGUS−100画像解析システムで取り込んだA〜Cに対応するグレーレベル画像である。また、2歳DMD男児の上腕二頭筋切片の上記(1)で得られたニュートラルレッドによる核染色像(G)、および上記(4)で得られたラミニンと8−オキソグアニンの免疫重染色像(H)も示す。なお、C及びFに対応するニュートラルレッドによる核染色像は載せていない。図中のバーは20μmである。図3及び図4中の矢頭は8−オキソグアニン強染性筋線維核、*は8−オキソグアニン弱染性筋線維核、矢印は基底膜ラミニンを示す。また黒印は成熟筋繊維核、グレー印は、幼若筋線維核を表している。
【0038】
本実験例では、筋細胞を同定するため上記(3)で述べたように筋線維の細胞膜の外表面を覆っている基底膜に局在するラミニンβ2鎖の重染色を行った。図3及び図4から、ラミニンが局在する基底膜が薄紫色に染まっているのが確認できた。しかし、基底膜は筋線維とそれに付着する筋衛星細胞を共に覆っているため、本実験例では筋線維核と筋衛星細胞の核を区別できない。従って、以下でいう筋線維核には筋衛星細胞核が含まれる。図3B,Eと,図4B,E,Hとの比較から、DMD筋の筋線維核の8−オキソグアニン免疫染色性(DAB酸化重合化合物の褐色沈着)は、健常筋の筋線維核に比べて定性的に強いことがわかる。更に、DMD筋(図4G,H)では8−オキソグアニン強染性の中心核を有する再生筋線維が多数検出された。これに対し、筋細胞の崩壊がない健常筋には再生筋繊維が見られなかった。また、抗8−オキソグアニン抗体非存在下では、非特異的染色がわずかに観察された(図3C,F及び図4C,F)。
【0039】
(画像解析による8−オキソグアニン相対含量の算出)
ニュートラルレッドによる核染色性の多様性(図3A,D及び図4A,D,G)から明らかなように、細胞核の核酸密度は個々の核やその切断面で異なっている。本実験例では同一組織切片を重染色することで、同一細胞核における8−オキソグアニン免疫染色強度とニュートラルレッドによる核染色強度との比から細胞核DNAに対する8−オキソグアニンの相対含量を求めている。以下に8−オキソグアニンの相対含量の算出方法を述べる。
【0040】
上記(1)及び(4)で得られたグレーレベル画像を用いて、染色強度(吸光度)の解析を行った。まず、ニュートラルレッドによる核染色切片のグレーレベル画像と、同一切片を用いて行ったラミニンおよび8−オキソグアニンの免疫重染色のグレーレベル画像から、同一筋線維核の451.2nmの吸光度を前述した吸光度測定用ARGUS−100画像解析システムにてそれぞれ測定した。同様に、ニュートラルレッド核染色と、抗8−オキソグアニン抗体非存在下(コントロール)での免疫染色のグレーレベル画像において同一筋線維核の吸光度をそれぞれ測定した。DMD患者由来筋組織細胞の筋繊維核に結合したニュートラルレッドの吸光度をDpn、8−オキソグアニンとラミニンの免疫重染色を行ったときの筋繊維核における8−オキソグアニンの局在を示すDAB酸化重合化合物の吸光度をDptとし、8−オキソグアニン非存在下での免疫染色におけるDAB酸化重合化合物に吸光度をDpc、更に健常者由来筋組織細胞の筋繊維核に結合したニュートラルレッドの吸光度をDnn、8−オキソグアニンとラミニンの免疫重染色を行ったときの筋繊維核における8−オキソグアニンの局在を示すDAB酸化重合化合物の吸光度をDnt、8−オキソグアニン非存在下での免疫染色におけるDAB酸化重合化合物の吸光度をDncとした。このようにして測定された吸光度について、Dpt/Dpn(図中の○)及びDnt/Dnn(図中の●)をDpn又はDnnに対してプロットしたのが図5(A)であり、Dpc/Dpn(図中の△)、Dnc/Dnn(図中の黒△)を、Dpn又はDnnに対しプロットしたのが図5(B)である。すると、すべての場合において累乗でほぼ近似されるような曲線関係が示された。
【0041】
次に、図5のデータを常用対数プロットすると、図6で示されるような直線関係が得られた。○はlog(Dpt/Dpn)=0.704(−logDpn)−0.301[式1]、●はlog(Dnt/Dnn)=0.580(−logDnn)−0.363[式2]、△はlog(Dpc/Dpn)=0.596(−logDpn)−0.417[式3]、 黒△はlog(Dnc/Dnn)=0.552(−logDnn)−0.477[式4]でそれぞれ近似できる。抗8−オキソグアニン抗体存在下での免疫染色の吸光度を非存在下での吸光度で補正するために、実測値Dpn又はDnnと上記式2及び式4を用いて計算される抗8−オキソグアニン抗体非存在下でのlog(Dpc/Dpn)値又はlog(Dnc/Dnn)値を、抗8−オキソグアニン抗体存在下での実測値log(Dpt/Dpn)又はlog(Dnt/Dnn)から差し引くと、DMD筋においてはlog(Dpt/Dpc)、健常筋においてはlog(Dnt/Dnc)の値が得られた。
【0042】
更に、得られたDpt/Dpc=P及びDnt/Dnc=Nの値をDpn又はDnnに対しプロットすると、Dpn及びDnnに依存しないほぼ一定のP値(DMD筋)及びN値(健常筋)が求まった(図7)。図7中の記号はDMD男児の上腕二頭筋のそれぞれ成熟筋線維の辺縁核(○)と中心核(×)、及び幼若筋線維の核(△)におけるP値をそれぞれ示す。●は健常児の上腕二頭筋の筋線維核におけるN値を示す。P値及びN値は、8−オキソグアニンの相対含量を示し、核の核酸密度に依存しない。更にまた、DMD男児の上腕二頭筋における成熟筋線維の核(辺縁核と中心核)と幼若筋線維の核、及び2〜6歳健常男児の上腕二頭筋の成熟筋線維の核(辺縁核と中心核)についてP、N及びDpn、Dnnの平均値及び標準誤差(SEM)を求めた。結果を表1に示す。表中の括弧内は吸光度を測定した筋線維核の数である。
【0043】
【表1】

【0044】
DMD筋についてはP値の平均値は1.57であり、健常筋についてはN値の平均値は1.38であった。これらの両値には有意差があり(p<0.0001)、DMD筋の筋線維核DNAに含まれるグアニンの酸化度が、健常筋のものより約14%増大していることがわかる(P/N=1.137)。本発明により、筋ジストロフィーにおける酸化ストレスの細胞核DNAへの影響を初めて定量的に明らかにすることができた。またDpn/Dnn=1.066からDMD筋の核(DNA)密度は健常筋のものより約7%増大していることがわかる(有意差あり,p<0.02)。有意差検定は、正規検定(Z検定)により行った。
【実施例1】
【0045】
インフォームドコンセントの下で2歳及び4歳の臨床所見がDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)男児患者2名及び3歳の健常男児1名から得た上腕二頭筋バイオプシーを用い、上記実験例と同様の方法で重染色及び画像解析を行った。その結果を表2に示す。表2から、DMD患者1についてはP/N=1.163、DMD患者2についてはP/N=1.148が算出され、2名の患者はいずれも組織病理学的に筋ジストロフィーに罹患していると判定された。
【0046】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0047】
上記実施例では、筋細胞核DNAの酸化度を定量することで筋ジストフィーの病理検査を行ったが、本発明の組織細胞核DNA酸化度の非破壊的定量方法は、筋細胞のみならず種々の細胞、また培養細胞にも応用可能であり、DNA酸化に起因する疾病の病理検査と研究、老化に関する研究、スポーツ医学、法医学等広範な分野での活用が期待される。
【0048】
例えば、本発明の組織細胞核DNA酸化度の非破壊的定量は、老化、アポトーシス、並びに癌、動脈硬化、糖尿病、神経変性疾患(筋萎縮性側索硬化症(ALS)・パーキンソン病・アルツハイマー病)、虚血・再灌流障害、アドリアマイシン心筋症、動脈硬化、消化管粘膜障害等のDNA酸化に起因する疾病の病理検査、更にはこれらの疾病の治療剤のスクリーニング等々に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】図1は、本発明の組織細胞核におけるDNA酸化度の非破壊的測定法の概要を示すフローチャート図である。
【図2】図2は、2歳DMD男児の上腕二頭筋切片のニュートラルレッドによる核染色像(A)と、同一核染色切片の塩酸処理によるニュートラルレッドの完全遊離像(B)を示す。
【図3】図3は、3歳健常男児の上腕二頭筋切片のニュートラルレッドによる核染色像(A,D)、ラミニンと8−オキソグアニンの免疫重染色像(B,E)、および抗8−オキソグアニン抗体非存在下での免疫重染色像(C,F)であり、D〜Fは画像解析システムで取り込んだA〜Cにそれぞれ対応するグレーレベル画像である。
【図4】図4は4歳DMD男児の上腕二頭筋切片のニュートラルレッドによる核染色像(A,D)と、ラミニンと8−オキソグアニンの免疫重染色像(B,E)、および抗8−オキソグアニン抗体非存在下で行った免疫重染色像(C,F)。D〜Fは画像解析システムで取り込んだA〜Cにそれぞれ対応するグレーレベル画像であり、更に2歳DMD男児の上腕二頭筋切片のニュートラルレッドによる核染色像(G)、及びラミニンと8−オキソグアニンの免疫重染色像(H)である。
【図5】図5(A)は筋線維核における8−オキソグアニンの免疫染色のDAB酸化重合化合物の吸光度(Dpt,Dnt)を、筋線維核に結合したニュートラルレッドの吸光度(Dpn,Dnn)で割った値と、(Dpn,Dnn)との関係を示したグラフ図であり、(B)が抗8−オキソグアニン抗体非存在下での免疫染色における同様の関係を示したグラフ図である。
【図6】図6は図5(A)、(B)それぞれのデータについて常用対数でプロットしたグラフ図である。
【図7】図7は抗8−オキソグアニン抗体存在下と非存在下での8−オキソグアニン免疫染色のDAB酸化重合化合物の吸光度比(Dpt/Dpc,Dnt/Dnc)を、筋線維核に結合したニュートラルレッドの吸光度(Dpn,Dnn)に対してプロットしたグラフ図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の(a)〜(f)各工程をこの記載の順に行うことを特徴とする組織細胞核DNA酸化度の非破壊的定量方法:(a)核染色色素で組織細胞核を染色の後、その被染色組織の画像につき少なくとも被染色核の位置、及び組織の染色度を解析又は計測する工程;(b)工程(a)で得た被染色組織内の標的細胞の膜及び/又は細胞質を、これらの特異的結合物質含有液で重染色する工程;(c)工程(b)で得た被重染色組織細胞内の被染色核を脱色する工程;(d)工程(c)で得た脱色済み組織細胞内の酸化DNAを、これに対する特異的結合物質含有液又は特異的結合物質未含有液で重染色の後、その被重染色組織の画像につき少なくとも前記標的細胞の存在と位置、被染色酸化DNAの位置及び組織の染色度(D)を解析又は計測する工程;(e)工程(a)で解析した細胞核の位置と工程(d)で解析した被染色酸化DNAの位置の同一性、及び工程(d)で解析した標的細胞の存在及び位置と被染色酸化DNAの存在位置の的確性を確定する工程;及び(f)工程(d)での計測により得た組織の染色度(D)について、患者由来組織細胞の特異的結合物質含有液による染色度(Dpt)及び患者由来組織細胞の特異的結合物質未含有液による染色度(Dpc)からP=Dpt/Dpc、健常者由来組織細胞の特異的結合物質含有液による染色度(Dnt)及び健常者由来組織細胞の特異的結合物質未含有液による染色度(Dnc)からN=Dnt/Dnc、次いでP/Nをそれぞれ順次、算出する工程。
【請求項2】
請求項1に記載の定量方法を用いることを特徴とする、DNA酸化に起因する疾病の病理検査方法。
【請求項3】
請求項1に記載の定量方法を用いることを特徴とする、DNA酸化に起因する疾病の治療剤のスクリーニング方法。
【請求項4】
請求項3に記載のスクリーニング方法により得られる、DNA酸化に起因する疾病の治療剤。
【請求項5】
請求項1に記載の工程(a)で用いる核染色色素がニュートラルレッド、工程(b)で用いる特異的結合物質が抗ラミニンβ2鎖モノクローナル抗体、工程(d)で用いる特異的結合物質が抗8−オキソグアニンモノクローナル抗体である筋ジストロフィー患者の細胞核DNA酸化度の非破壊的定量方法。
【請求項6】
請求項5に記載の定量方法を用いるスクリーニングにより得られる筋ジストロフィー治療剤。

【図1】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−17692(P2006−17692A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−354837(P2004−354837)
【出願日】平成16年12月8日(2004.12.8)
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【Fターム(参考)】