説明

結晶アスコピロンPの製造法

【課題】APPおよび水を含む混合物から容易に結晶APPを製造すること。
【解決手段】APPおよび水を含む混合物から結晶APPを析出させることを特徴とする、結晶APPの製造法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は結晶アスコピロンP(2−hydroxymethyl−5−hydroxy−2,3−dihydro−4H−pyran−4−one)の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図1に示した構造式で表されるアスコピロンPは、1978年にセルロースの熱分解によって生成することが初めて報告され(非特許文献1参照)、その後、1H−NMRおよび13C−NMR、赤外線分光法(IR)により構造が解析され、三次元構造が明らかにされた。
アスコピロンP(以下、APPという)は、抗酸化能、変色防止能(特許文献1参照)、さらに抗菌能(特許文献2、特許文献3参照)を有することが報告されており、昨今、その非常に高い機能性に期待が高まっている物質である。また自然界ではある種の真菌類が生産することも報告されている(非特許文献2参照)。
また、最近では、APPが抗腫瘍作用を有することが報告されている(特許文献4参照)。
【0003】
APPの高い機能性が開示されるにつれ、APPの大量調製方法や、高純度化、粉末化の技術開発が切望されるようになってきている。APPは水溶液中では極めて不安定な物質であるため、例え冷凍保存であっても長期間の保存は好ましくない。また更に、取扱いのし易さ等を考慮すると、やはり製品形態として粉末状製品が望まれる。しかしこれまでそれらの技術情報については殆ど開示されていない。
APPの調製方法に関してはいくつかの報告がある。非特許文献1で報告されている、セルロースを熱分解し調製する方法は、APPの収率が原料であるセルロースに対して僅か1.4%程度と低く、さらに、その後の精製では、非常に複雑な分離工程が必要なため、工業的な生産において、該方法は現実的ではない。
【0004】
また、1,5−D−アンヒドロフルクトース(以下、1,5−AFという)を強アルカリ条件下にすると、多数の化合物が生成し、その化合物が生成される過程の中間物質の一つがAPPであることが報告されている(非特許文献3参照)。しかし、この条件下ではAPPは中間体として生成するだけで、その反応によりAPPを効率良く調製する方法に関しては記述されていない。
APPは真菌類のPezizales目(例えば、Picaria leiocarpaおよびAnthracobia melaloma)ならびにTuberales目(例えばTuber melanosporum)の菌体抽出液と1,5−AFを反応させ生合成できることも報告されているが、この方法によるAPPの調製はミリグラム単位でしか行われていない。この調製方法は、かなりの手間や時間を要するにも関わらず低収率であり、効率も悪いため、産業上利用できるものではなかった。
【0005】
最近では、酵素を用いたAPPの生産方法に関して、生産条件を詳細に設定した方法(特許文献5、特許文献6および特許文献7参照)、あるいは、グルコースを出発物質として化学合成によりAPPを調製する方法(非特許文献4参照)についても報告されている。しかし、これらには、生成したAPPを含む混合物からAPPを分離精製する方法として、クロマトグラム分離や、有機溶媒を使用してAPPを抽出する方法が開示されているだけである。さらに結晶化方法については、上記先行文献のなかでも酢酸エチルやヘキサン等の有機溶媒を使用して晶出させることに関して報告されているだけである。
一方、本発明者らは、1,5−AFを加熱することにより容易にAPPを製造する方法を見出し、特許出願している(特許文献8参照)。
前述のとおりAPPの様々な機能性が明らかになっており、産業上の利用が期待されている。APPは水溶液状態で保存すると徐々に水和しアスコピロンTへ変換する。従って、水溶液状態では長期保存に適さないため、安定性を高めるために粉末品が望まれる。さらに、医薬品用途では高純度の標品が要求されるため、結晶状のAPPが切望されている。
【特許文献1】特表2002−540248
【特許文献2】特表2004−509634
【特許文献3】特表2004−509908
【特許文献4】特開2005−154425
【特許文献5】WO03/038084
【特許文献6】WO03/038085
【特許文献7】WO03/038107
【特許文献8】WO05/049599
【非特許文献1】Shafizadeh,F.,et al.,Carbohydr.Res.67,433−447(1978)
【非特許文献2】M.−A.Baute,phytochemistry,33,41−45(1993)
【非特許文献3】Ahmand,T.,PhD Thesis,The Swedish University of Agricultural Sciences,Sweden(1995)
【非特許文献4】S.A.Andersen.,et al.,JOURNAL OF CARBOHYDRATE CHEMISTRY,Vol.21,No.6,569−578(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、
結晶アスコピロンPの製造方法を提供することにある。
【0007】
本発明のさらに他の目的および利点は、以下の説明から明らかになろう。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、1,5−AFおよびAPPについて鋭意研究を重ねた結果、APPの結晶を容易に析出させる方法を見出し、その究明事実に基づいて本発明に到達した。
従来のAPPの結晶化方法では、酢酸エチルやヘキサン等の有機溶媒を使用し、水を全く含まない溶媒からAPPを析出させていたのに対し、本発明の結晶化方法は水を含むことを必須条件としており、全く異なる製法である。
APPは水溶液中では非常に不安定であり、他の物質に変性しやすいことが報告されているが、本発明者らは、敢えてこのような状態から結晶を容易に且つ大量に析出させる技術を見出した。
すなわち、本発明によれば、本発明の上記目的および利点は、APPおよび水を含む混合物から結晶APPを析出させることを特徴とする、結晶APPの製造法によって達成される。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、APPおよび水を含む混合物から容易に結晶APPを製造することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の結晶化方法では、結晶化の原液として、APPおよび水を含んで成る混合物を使用する。APPおよび水以外に含まれるものとしては特に制限されない。当該結晶化原液は、好ましくは、APPの過飽和溶液であって、結晶APPが析出すればよい。ちなみに、純度98.3%のAPP結晶の水100gに対する溶解度は、24℃のとき101g、50℃のとき495.4gであった。
APPの製造方法自体は特に限定されないが、上述の特許文献8の方法に従って、1,5−AFに加熱処理を施すことによって以下の如く調製することが可能である。
APPの原料となる1,5−AFはオゴノリなどの紅藻から抽出・精製したα−1,4−グルカンリアーゼを澱粉あるいは澱粉分解物に作用させることにより得ることができる。
【0011】
かくして調製された1,5−AFは、本発明の製造法で使用する場合は、未分解の原料を含むもの(例えば、1,5−AF純度40%標品など)であってもよい。また、さらにカラムクロマトグラム分離により、デキストリンやブドウ糖などの他の成分を除去して得られる標品、例えば、1,5−AF純度90%以上の高純度品であってもよい。
APPを加熱誘導させるための1,5−AF溶液の加熱条件としては、例えば100℃以上で1秒〜24時間であり、好ましくは120℃以上で1秒〜5時間、より好ましくは、140℃〜250℃で1秒〜2時間程度とすることができる。また、加熱する際、1,5−AF溶液はpH10以下であることが好ましい。pHがそれより高くともAPPの生成は認められるが、同時に多数の副産物も生成するため、APP含有量が低く、結果的に製造効率等を考慮すると本発明の結晶化方法にはあまり適さない。好ましいpH条件としては、2以上7未満である。
上述のようなAPPの製造法においては、1,5−AF溶液の加熱条件によってAPPの生成率も異なる。従って、最終的に結晶化の効率を上げるためにも、1,5−AFからAPPを生成させた後、カラムクロマト分離等によってある程度他の成分を除去してAPPの含有量を高めておくことが望ましい。
【0012】
本発明の結晶化方法において使用される結晶化原液は、APPの純度が例えば30%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは80%以上であればよい。また、該溶液のBxはAPPの純度によっても異なるが、例えば、Bx10〜95、好ましくはBx25〜90、より好ましくはBx40〜85であればよい。
APPの純度の分析方法としては、例えば、高速液体クロマトグラフィー分析を用いることができる。表1に記載の条件で測定した場合、グルコースが10.8分付近に溶出されるとき、APPは24.4分付近に溶出される。
【0013】
【表1】

【0014】
また、Bxの値は、例えば、市販の屈折計を使用して測定することができる。
【0015】
本発明の結晶化方法において、結晶化原液から結晶APPを析出させる際の適切な温度条件は、当該溶液のBx値やAPPの純度により異なるが、例えば−10〜90℃、好ましくは0〜80℃、より好ましくは0〜60℃であり、結晶化後の分蜜時の作業効率や、APPの安定性等を考慮すると、5〜45℃であることが特に好ましい。この際、結晶原液の温度を下降させ過飽和状態を保ちながら、より効率的に結晶化を行うこともできる。
本発明の方法において、必要に応じて、例えば、途中、結晶化原液を濃縮しながら過飽和状態を保つ方法を取入れることもできる。また、より効率的に結晶化を行うために、結晶化原液に種結晶を共存させることもできる。
本発明における種結晶としては、例えば、APP結晶自体、あるいはAPP結晶が混合したマスキットを用いることができる。また、種結晶を共存させる方法としては特に制限されないが、例えば、結晶化原液に該種結晶を添加する工程をとることもできるが、予め結晶が混合しているマスキットの状態のものを結晶化原液として使用することもできる。
【0016】
さらに、結晶をマスキットより分蜜して得られた母液を使用して再度上述の種結晶を共存させて結晶APPを製造することも可能である。
本発明の方法により析出したアスコピロンPの結晶は、マスキットより分蜜後、乾燥工程を経て粉末品として得ることができる。
分蜜方法は、APP結晶を採取できればよく、通常用いられる方法をとることができ特に制限されない。例えば、マスキットをバスケット型遠心脱水機に供し、結晶APPと蜜(母液)とを分離し、必要に応じて冷水を噴霧して洗浄することも可能である。
本発明の製造方法により得られた結晶アスコピロンPは、食品工業、医薬品工業、化学工業など様々な分野において利用可能である。
【0017】
以下、実施例により本発明を更に詳述する。本発明は、これらによって何ら限定されるものではない。
なお、以下の実施例において、Bxは、(株)アタゴ社製のデジタル屈折計を使用して測定した。また、APPの純度は上述の高速液体クロマトグラフィー分析を用いて測定した。
【実施例】
【0018】
実施例1
1,5−AF水溶液(Bx10、純度80%)を190℃で2分間加熱した。この溶液をカラムクロマト分離に供し、溶出液を分画した。各画分を分析しAPPを主要成分として含む画分を回収し濃縮した。その結果、Bx65、純度90%のAPP水溶液が得られ、これを結晶化原液とした。
この結晶化原液540gを1L容のセパラブルフラスコに入れ、25℃で1時間保持した後、種結晶としてAPP結晶を2g添加した。この溶液をゆっくりと撹拌しながら25℃から5℃まで24時間かけて冷却した。
フラスコの中は結晶を含んだ溶液となり、この溶液を遠心脱水機(株式会社コクサン製、H−112型)に投入し、10分間回転させて(5,000rpm/min)分蜜し、結晶および母液を回収した。これを減圧乾燥機(35℃)で一晩乾燥させ、107gの結晶を得た。
【0019】
かくして得られた結晶のAPPの純度は99.4%であった。ちなみに、母液中のAPP純度は85%であった。得られた結晶について、高分解熱重量測定法を用いて、室温〜400℃までの加熱減量挙動を調べた。装置はTA Instruments社製のTGA2950を、雰囲気は窒素気流 80ml/分で、最大昇温速度は5℃/分で、試料量は約10mgを蓋にピンホールを空けたアルミ二ウム製の容器に入れ行なった。その結果を表2に示す。試料は160℃付近でほぼ等温的な加熱減量を1段階経た後に、やや複雑な加熱減量曲線を示し、約200℃以上で緩やかな重量減少を示した。
【0020】
【表2】

【0021】
次にAPP結晶の元素分析を行った。測定はC、H、N測定はスズ箔容器に試料を包み込んだ後、微量電子天秤で秤量し、元素分析装置VARIO EL IIIで、燃焼炉温度950℃、還元炉温度500℃、ヘリウム流量200mL/分、酸素流量30mL/分燃焼時間90秒で行った。O測定は、スズ箔容器に試料を包み込んだ後、微量電子天秤で秤量し、元素分析装置CHN−O−Rapidで、分解炉温度1,130℃、混合ガス流量 100ml/分(窒素/水素:96/4)で測定した。その結果を表3に示す。
【0022】
【表3】

【0023】
次に得られた試料をアルミニュム製試料ホルダーに詰め、室温にて広角X線回折法(2θ―θスキャン法)で測定した。測定条件を以下に示す。

広角X線回折法(2θ―θスキャン法)
(1)X線発生装置 理学電機(株)製 RU-200R(回転対陰極型)
X線源:CuKα線
(湾曲結晶モノクロメーター)
出力: 50Kv 200mM
(2)ゴニオメーター 理学電機(株)製 2155S2型
スリット系:1°−1°−0.15mm−0.45mm
検出器:シンチレーションカウンター
(3)計数記録装置 理学電機(株)製 RINT-1400型
(4)スキャン方式 2θ/θ連続スキャン
(5)測定範囲(2θ) 5〜80°
(6)測定ステップ(2θ) 0.02°
(7)スキャン速度 2°/分
【0024】
測定の結果、広角X線回折パターン(生データ)を図2に示す。その結果、試料の広角X線回折パターンにはシャープな回折ピークが複数本観察され、試料が結晶構造を有していることが確認できた。
【0025】
実施例2
実施例1の結晶化によって得られた母液を濃縮し、Bx70、純度85%のAPP水溶液が得られ、これを結晶化原液とした。
この結晶化原液300gを1L容のセパラブルフラスコに入れ、25℃で1時間保持した後、種結晶としてAPP結晶を2g添加した。この溶液をゆっくりと撹拌しながら25℃から5℃まで24時間かけて冷却した。
フラスコの中は結晶を含んだ溶液となり、この溶液を実施例1と同様の方法で分蜜し、結晶および母液を回収した。これを減圧乾燥機(35℃)で一晩乾燥させ、結晶68gを得た。当該結晶のAPP純度は99.5%であった。
【0026】
実施例3
実施例2の結晶化によって得られた母液をさらに濃縮し、Bx80.6、純度69.6%のAPP水溶液が得られ、これを結晶化原液とした。
この結晶化原液155gを1Lのセパラブルフラスコに入れ、25℃から5℃まで24時間かけて冷却した。
フラスコの中は結晶を含んだ溶液となり、この溶液を実施例1および2と同様の方法で分蜜し、結晶および母液を回収した。これを減圧乾燥機(35℃)で一晩乾燥させ、36gの結晶を得た。当該結晶のAPP純度は98.7%であった。
【0027】
実施例4
APP純度81.0%、Bx73.2のAPP水溶液250gを結晶化原液として、1L容のセパラブルフラスコに入れ、30℃に保持し、種結晶としてAPP結晶を4g添加した。この溶液をゆっくりと攪拌しながら30℃から7℃まで70時間かけて冷却した。
フラスコの中は結晶を含んだ溶液となり、この溶液を実施例1に記載の遠心脱水機で分蜜後、結晶を回収し、減圧乾燥器(35℃)で乾燥させた。乾燥後の結晶として、純度99.5%のものが55g得られた。
【0028】
実施例5
APP純度70%、Bx84.5のAPP水溶液を15℃で一定時間保持すると、結晶が析出した。この結晶含有溶液を種結晶としてAPP溶液(純度87.5%、Bx77.1)212gに15g混合し、1L容のセパラブルフラスコに投入し、38℃で保持した後、ゆっくり攪拌しながら38℃から34℃まで48時間かけて冷却した。こうして得られた結晶含有溶液を上述に記載の遠心脱水機で分蜜後、結晶を回収し、減圧乾燥機で乾燥させた。かくして純度98%の結晶が36g得られた。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】アスコピロンPの構造式
【図2】アスコピロンPの広角X線回折パターン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスコピロンPを含む水溶液からアスコピロンPの結晶を析出せしめることを特徴とする、結晶アスコピロンPの製造方法。
【請求項2】
温度0〜60℃の条件下で析出せしめる請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
アスコピロンPを含む水溶液のアスコピロンPの純度が30%以上である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
アスコピロンPを含む水溶液のBxが10以上である請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
アスコピロンPを含む水溶液に種結晶の存在下で析出せしめる請求項1に記載の製造方法。





【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−56574(P2008−56574A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−232511(P2006−232511)
【出願日】平成18年8月29日(2006.8.29)
【出願人】(390015004)日本澱粉工業株式会社 (15)
【Fターム(参考)】