説明

結晶化ガラスおよび情報記録媒体用結晶化ガラス基板

【課題】次世代の情報記録媒体基板用途として要求される各種物性を備え、きわめて低い比重を有する結晶化ガラスおよび情報記録媒体用結晶化ガラス基板を提供する。
【解決手段】結晶相としてRAl、RTiO、(ただしRはZn、Mg、Feから選択される1種類以上)から選ばれる一種以上を含有する結晶化ガラスであって、酸化物基準の質量%で、SiO40%〜60%、Al7%〜23%、TiO1〜15%、MgO1%〜20%、CaO0%〜10%、SrO0%〜5%、BaO0%〜5%、ZnO0%〜15%、FeO0%〜8%、P0%〜7%、B0%以上8%未満、の各成分を含有し、(MgO+CaO+SrO+BaO+ZnO+FeO)/(SiO+Al)の値が0.25以下、(ZnO+FeO)/MgOの値が0以上0.9以下、比重が2.67以下であることを特徴とする結晶化ガラス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、きわめて低比重で機械的強度が高く、研磨後の表面粗度が極めてスムーズである結晶化ガラスに関する。また、次世代の情報記録媒体用基板に必要な物性を備える、情報記録媒体用結晶化ガラス基板に関する。
【0002】
尚、本発明において「情報記録媒体」とは、各種電子デバイス用ハードディスクにおいて使用可能な磁気記録媒体を意味する。
【背景技術】
【0003】
近年、パーソナルコンピュータや各種電子デバイスにおいては動画や音声等の大きなデータが扱われるようになり、大容量の情報記録装置が必要となっている。その結果、情報気記録媒体は年々高記録密度化の要求が高まっている。
【0004】
これに対応するべく、垂直磁気記録方式の採用、量産化が進められている。
垂直磁気記録方式においては、従来の基板と比較して、基板の耐熱性、表面の平滑性、機械的強度がより高いレベルで求められている。機械的強度は、ヤング率、曲げ強度、および破壊靱性が主な評価項目であり、これらの特性の向上が課題となっている。
また、スピンドルモーターへの負担の軽減や、落下時のディスクの破壊を防止する為に、基板材料の比重が重要な評価項目であり、基板材料の低比重化が強く要求されている。
【0005】
情報記録媒体用基板に用いられる材料としては、Al合金、ガラス、および結晶化ガラスなどがある。ガラスおよび結晶化ガラスは、Al合金よりも、ビッカース硬度が高い、ヤング率が高い、および表面平滑性が高い等の点で優位であり、動的な使用が想定される用途において、現在多く使用されている。
【0006】
結晶化ガラスとは、ガラスセラミックスとも呼ばれ、ガラスを加熱することでガラス内部に結晶を析出させてなる材料であり、非晶質固体とは区別される。ガラスを出発材料として製造したものであれば、100%が結晶となったものも結晶化ガラスとして良い。結晶化ガラスは、内部に分散している結晶により、ガラスでは得られない物性を備える事ができる。例えば、ヤング率、破壊靱性等の機械的強度、酸性やアルカリ性の薬液に対する被エッチング特性、熱膨張係数等の熱的特性、ガラス転移温度の上昇及び消失(耐熱性向上)等、結晶化ガラスは、ガラスでは実現しえない特性を付与することができる。
同様に、結晶化ガラスは紛体を焼結してなるセラミックスとは異なる物性を備えることができる。結晶化ガラスはガラスを出発材料として、内部に結晶を析出させることにより製造される為、セラミックスと比較して、空孔が無く、緻密な組織を得ることができる。
【0007】
しかし、現在使用されている結晶化ガラスは、ガラス相に析出した結晶によって高い機械的強度を得ているが、反面、析出結晶とガラス相の間に加工差やエッチングレート差が生じてしまうため、次世代の基板に求められるRa<2Åレベルの表面性状を充分満足することができない。
【0008】
また、ガラスは脆い為、基板表面の僅かな傷が基点となって基板の破損が発生しやすいという特性がある。
特に次世代のハードディスクに使用される情報記録媒体用基板おいては、高記録密度化に伴って磁気ディスク回転速度が高速化の傾向にある為に、基板表面の僅かな傷を基点とする亀裂伝播に対する耐性、すなわち破壊靭性が重要な評価項目となっており、高い破壊靭性を有することが求められている。
しかし、現在使用されているガラス基板ではその要求を満たすことは容易ではなく、破壊靱性を向上するために、基板に2次的な強化処理、例えば、長時間の化学強化工程を施すことが必要となる。
【0009】
ガラス基板や結晶化ガラス基板の製造には、低コストでの製造が可能であるために、溶融ガラスを直接ディスク状にプレスする、ダイレクトプレス法が多く用いられている。
ガラスを溶融する際には、溶融ガラス中から泡を除くために清澄剤として、砒素やアンチモン成分が使用されていた。しかし、近年では、これらの成分は、人体及び環境に対して悪影響を及ぼす恐れがあるとして、使用が制限されている。
そこで、ヒ素やアンチモン成分の代替成分が清澄剤として検討されているが、他の清澄剤を使用すると、ダイレクトプレス時の衝撃によって、ガラスにリボイルが生じ、プレス後の基板内部に泡が残存するという問題があった。
【0010】
そこで、本発明者らは、これらの課題を解決する為に、新規の情報記録媒体用結晶化ガラス基板を開発し、先に特許出願をした(特願2010−051242号)。この情報記録媒体用結晶化ガラス基板は、機械的強度、研磨後の表面平滑性に優れたものであったが、次世代の情報記録媒体用基板には、さらなる低比重化が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
特許文献1には、ガーナイト結晶相を有する結晶化ガラスからなる情報記録媒体用基板が開示されている。これは高い破壊靭性を有するが、研磨後の表面粗度が次世代の要求レベルを満足するものではない。
また、表面硬度が高過ぎる為に研磨レートが低く、研磨加工に長時間を要し、生産性が悪く、市場の要求コストを満足することが不可能である。
さらに、この結晶化ガラスは、原ガラスを熱処理して結晶化する際に、結晶の析出が急激に発生する傾向があり、析出する結晶の結晶化度、結晶粒径の制御が非常に困難である。
【0012】
特許文献2には、スピネル型化合物を結晶相として含有するガラスセラミックが開示されているが、これら実施例におけるガラスの溶融温度は1500℃から1650℃と高く、かつ、最高結晶化温度も950℃から1000℃の範囲であるため、量産性に乏しい。加えて、得られた表面粗さはRa5.3Åであり、所望の表面性状を満足できない。
【特許文献1】特開平07−300340号公報
【特許文献2】特開平09−77531号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、次世代の情報記録媒体基板用途として要求される各種物性を備え、かつ、きわめて低い比重を有する結晶化ガラスおよび情報記録媒体用結晶化ガラス基板を提供することにある。
また、砒素成分やアンチモン成分を実質的に使用せずとも、ダイレクトプレス時のリボイルの発生がなく、ダイレクトプレス法に適した結晶化ガラスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意試験研究を重ねた結果、RAl、RTiO、 (ただしRはZn、Mg、Feから選択される1種類以上)から選ばれる一種以上(以下「スピネル系化合物」ともいう)を結晶相とする結晶化ガラスにおいて、結晶化ガラスを構成する特定の成分について、その含有量、および含有比率を特定の値に規定することによって、上記課題を解決することを見出した。
より具体的には、本発明の構成は以下の通りである。なお、本明細書において「RAl」、「RTiO」の表記にはこれらの固溶体を含むものとする。
【0015】
(構成1)
結晶相としてRAl、RTiO、(ただしRはZn、Mg、Feから選択される1種類以上)から選ばれる一種以上を含有する結晶化ガラスであって、
酸化物基準の質量%で、
SiO 40%〜60%、
Al 7%〜23%、
TiO1〜15%、
MgO 1%〜20%、
CaO 0%〜10%、
SrO 0%〜5%、
BaO 0%〜5%、
ZnO 0%〜15%、
FeO 0%〜8%、
0%〜7%、
0%以上8%未満、
の各成分を含有し、
(MgO+CaO+SrO+BaO+ZnO+FeO)/(SiO+Al)の値が0.25以下、
(ZnO+FeO)/MgOの値が0以上0.9以下、
比重が2.67以下であることを特徴とする結晶化ガラス。
(構成2)
前記結晶化ガラスは、酸化物基準の質量%で、
RO 5〜20%(ただしRはZn、Mg、Feから選択される1種類以上)
の各成分をさらに含有する構成1に記載の結晶化ガラス。
(構成3)
前記結晶化ガラスは酸化物基準の質量%で、
ZrO 0〜10%
LiO 0〜4%、
NaO 0〜10%、
O 0〜8%、
の各成分をさらに含有する構成1または2に記載の結晶化ガラス。
(構成4)
前記結晶化ガラスは酸化物基準でAs成分およびSb成分、ならびにCl、NO、SO2−、およびF成分を含有しないことを特徴とする構成1から4のいずれかに記載の結晶化ガラス。
(構成5)
構成1から4のいずれかに記載の結晶化ガラスを用いた情報記録媒体用結晶化ガラス基板。
(構成6)
前記情報記録媒体用結晶化ガラス基板の外周端面および内周端面の一方または両方に圧縮応力層が形成されている構成5に記載の情報記録媒体用結晶化ガラス基板。
(構成7)
前記情報記録媒体用結晶化ガラス基板の二つの主表面の一方または両方に圧縮応力層が形成されており、圧縮応力層の深さが30μm未満であることを特徴とする構成5または6に記載の情報記録媒体用結晶化ガラス基板。
(構成8)
構成5から7のいずれかに記載の情報記録媒体用結晶化ガラス基板を用いた情報記録媒体。
【0016】
スピネル系化合物またはその固溶体を結晶相とする結晶化ガラスは、高い機械的強度を有する材料として、情報記録媒体基板用途や建築材料用途への使用が過去にも提案されている。従来、高い機械的強度を有するためには、結晶化度を高くすることが必要であると考えられていた。従って、過去に提案されたガーナイト系の結晶化ガラスは、可視光を透過しないほど結晶が析出しており、その比重も3.0を超過するほど高い値を示し、次世代の情報記録媒体用基板に適していなかった。また、研磨後の表面性状も、次世代の情報記録媒体用基板の要求に合致するものではなかった。
【0017】
本発明者らが開発し、先に出願した結晶化ガラス基板は、表面平滑性に優れ、かつ機械的強度も高い基板であったが、最も比重が低いもので2.69であり、次世代の情報記録媒体用基板の要求は、それをさらに下回るものであった。
【0018】
本発明者らは、結晶化ガラスの構成成分を規定することにより、析出する結晶子の粒径が極めて微細となり、かつ、結晶子の析出量が適度に抑制され、きわめて低い比重を達成しつつ、高い機械的特性と、研磨後の表面平滑性が高い結晶化ガラスが得られることを見いだしたのである。
本発明の結晶化ガラスを肉眼で観察すると、結晶化前のガラス(母ガラス)と比較して、同等の可視光透過性を有し、外観において明確に違いを確認することができない程、析出結晶は微細であり、かつ結晶化度も低い。しかも、驚くべき事に、本発明の結晶化ガラスで作製した基板を、結晶化前のガラスで作製した基板と比較すると、きわめて低い比重を達成しつつ、ヤング率、破壊靭性の値は飛躍的に高くなっているのである。そして、本発明の結晶化ガラスは、研磨加工後に表面粗度Raが2Å未満の表面性状を容易に得ることができ、研磨加工における加工能率もガラス材料と遜色のないものである。
その上、成形温度に相当する2.5ポアズ近傍の温度である1250℃において原ガラスに失透が発生しない。加えて、結晶成長が極めて緩やかであることから、結晶子の析出量、および析出粒子径の制御が容易であり、量産性に優れた材料であることを見出した。
【発明の効果】
【0019】
本発明の結晶化ガラスは、2.67以下の極めて低い比重を有しつつ、次世代の情報記録媒体用基板として要求される、破壊靭性、ヤング率、ビッカース硬度、および破壊靭性の要求をも満たすことができる。また、研磨加工における加工性も良好であり、研磨後の表面性状は、表面粗度Raが2Å未満の値を得ることができる。
さらに、砒素成分やアンチモン成分を不使用としながらも、清澄可能かつ、ダイレクトプレス法を用いた場合に、リボイル発生を抑制し得る結晶化ガラスを提供することができる。
【0020】
また、本発明の結晶化ガラスは、可視光の透過率が高く、研磨後に高い平滑性が得られるため、CCDやCMOS等の固体撮像素子を収納するパッケージ用の基板、電子部品光学レンズ用途のマイクロアレーに適した基板、フラットディスプレイなどに用いられる基板、半導体回路の回路パターンの原板となる転写用マスクの製造に使用されるマスクブランク用基板、携帯電話やPDA(パーソナル・デジタル・アシスタント)等の携帯端末装置の表示画面の保護に用いられるカバー基板、時計のカバー基板等のデバイス用基板としても用いることができる。
【0021】
図1は、特許文献1に記載された結晶化ガラスの原ガラスを、示差熱分析(DTA)することにより得られた曲線である。これは、従来のスピネル系化合物を主結晶とする結晶化ガラスに特徴的に現われる形状の曲線である。
図1の曲線において21に示す部分はガラス転移点を示しており、温度が高温であることが分かる。この為、特許文献1の原ガラスをダイレクトプレス法によりディスク状へプレス成型する場合、プレス時のガラスの成形温度を、失透が発生しないように高い温度にしなければならない。すると、成形時のガラス粘性が著しく低下してしまうため、高い生産性(例えばサイクルタイム2秒以下)を確保しつつ、シャーカット及び、1mm以下の薄さにプレスすることは容易ではない。
また図1の曲線において、22、23、および24に示す部分は、それぞれ、第1の結晶化ピーク、第2の結晶化ピーク、および第3の結晶化ピークである。これらのピークは、急激に立ち上がっていることが特徴的である。これは、一度結晶の析出が始まると、急激に結晶が析出することを意味している。
【0022】
このように、従来提案されたスピネル系化合物を主結晶とする結晶化ガラスは、結晶析出ピークが複数存在し、その立ち上がりが急激であるため、所望の結晶相のみを析出させ、かつ結晶化度、結晶粒径を高い再現性をもって制御することが非常に困難である。
特に、実際の情報記録媒体用基板の製造において、結晶化の熱処理工程は、トンネル式の結晶化炉の中を、耐熱性のメッシュベルトやローラーの上に載置された原ガラスが連続的に移動することによって行われる。このような結晶化炉では、温度条件の詳細な制御が難しく、例え実験室レベルの小型炉で微細な結晶粒径と低い結晶化度を達成したとしても、実際の製造工程でこれを再現することは困難である。
また、図1の曲線において、25に示す部分は降温時の吸熱、発熱が現れている。これは、ガラスが著しく失透しやすいことを意味する。よって、失透が発生したガラスの再ガラス化のために、多くの熱量と時間が必要であることを意味し、バッチチャージからガラス化までの必要熱量が多くなるため所要時間も増大するため、量産性を損なってしまう。
【0023】
それに対し、本発明の結晶化ガラスの原ガラスは、示差熱分析(DTA)により得られるガラス転移点が650℃〜690℃であり、図1と比較して温度が低温である。この為、本発明の結晶化ガラスは、原ガラスをダイレクトプレス法でディスク状にプレスする場合、プレス時のガラスの伸びが良く、高い生産性(例えばサイクルタイム2秒以下)を確保しつつ、1mm以下の薄さでプレスすることが容易である。また、本発明の結晶化ガラスにおいては、示差熱分析(DTA)により得られる結晶化ピークが1つだけであり、その立ち上がりは緩やかで、ピークは低く、かつ、広範の温度域にある。これは、結晶の析出が緩やかであることから、析出結晶の粒子径および析出量を制御しやすいことを意味している。ゆえに、本発明の結晶化ガラスにおいては結晶化度を低く、かつ、微細な結晶を析出させることが容易に可能となるのである。
この効果は、本発明の結晶化ガラスを構成する各成分の含有割合を、総合的に調整することにより得やすくなり、特にB成分、P成分から選ばれる1種以上の成分を含有することにより、より得やすくなる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】特許文献1に記載された結晶化ガラスの原ガラスの示差熱分析(DTA)により得られた曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の結晶化ガラスは、RAl、RTiO(ただしRはZn、Mg、Feから選択される1種類以上)から選ばれる一種以上を結晶相として含有する。
これらを結晶相とする結晶化ガラスは、結晶がスピネル型構造を示し、優れた機械的強度を得ることができ、次世代の情報記録媒体用基板に要求される表面の平滑性と、比重、ヤング率、ビッカース硬度、および破壊靭性等の機械的強度をバランス良く得ることが可能となるのである。
【0026】
また、情報記録媒体用基板用途の場合、前記の効果を得やすくするためには、析出結晶の平均結晶粒径は、0.5nm〜20nmであることが好ましく、0.5nm〜15nmであることがより好ましく、0.5nm〜10nmであることが最も好ましい。
同様に、前記効果を得やすくする為には、結晶相の最大粒径は30μm以下が好ましく、20μm以下がより好ましく、15μm以下が最も好ましい。
【0027】
ここで、「結晶相」とはXRD回折において、現れるピークの角度から判別する。X線回折による分析では、ガーナイト(ZnAl)とスピネル(MgAl)がピークが同じ角度に現われる為、両者の区別が困難であるが、TEMEDXにより同定することができる。しかし、どちらもスピネル系の結晶であり、RAlの構造を有していれば、本発明の効果が得られる。これは、RTiOの場合も同様である。
【0028】
「平均結晶粒径」とはTEM(透過型電子顕微鏡)により倍率100,000〜3000,000倍での任意の部位の画像を取得し、得られた画像に現われた結晶を平行な2直線で挟んだ時の最長距離の平均値とする。このときn数は30とする。
「最大結晶粒径」とはTEM(透過型電子顕微鏡)により倍率100,000〜3000,000倍での任意の部位の画像を取得し、得られた画像に現われた結晶を平行な2直線で挟んだ時の最長距離の最大値とする。このときn数は30とする。
【0029】
本発明の結晶化ガラスは、研磨加工性を悪化させ、化学的耐久性を低下させる結晶である、フォルステライト(MgSiO)、エンスタタイト(MgSiO)およびこれらの固溶体は含まないことが好ましい。
同様に、本発明の結晶化ガラスは、情報記録媒体用基板として適切な熱膨張係数が得られないので、β−石英、β−ユークリプタイト、α−クリストバライト及び、これらの固溶体は含まないことが好ましい。
【0030】
情報記録媒体用基板は、単に高剛性であっても、比重が大きければ、高速回転時に撓みが生じ、振動を誘発する。加えて重量増加により、消費電力が増加してしまう問題がある。一方、低比重でも剛性が小さければ、同様に振動を誘発することになる。また比重を低くし過ぎると、高い機械的強度を得ることが難しくなる。
したがって、情報記録媒体用基板は、高剛性でありながら低比重という一見相反する特性のバランスを取らなければならない。
近年、記録密度およびデータ転送速度を向上するために、ハードディスクの高速回転化がより進行している。従って、基板の撓みの問題はより顕著となっており、高剛性かつ低比重の要求は、従来にも増して一層高い。
また、近年においては、ハードディスクを動的な状況で使用することが増えており、このような状況下での衝撃に十分耐え得る、ヤング率、表面硬度を有する事が好ましい。
【0031】
以上の観点から、本発明の結晶化ガラスのヤング率は、85GPa以上とすることが好ましく88GPa以上であることがより好ましく、90GPa以上であることが最も好ましい。本発明の結晶化ガラスは上述の範囲のヤング率を得ることができる。
【0032】
同様に、上記の観点から比重について述べる。本発明の結晶化ガラスの比重は2.67以下とすることが好ましく、2.66以下とすることがより好ましく、2.65以下であることが最も好ましい。一方、比重が2.42を下回ると、本発明の組成範囲においては所望の剛性を得難いため、比重を2.42以上とすることが好ましい。本発明の結晶化ガラスは上述の範囲の比重を得ることができる。
【0033】
加えて、上記剛性と比重のバランスの観点から、ヤング率[GPa]/比重で表わされる値(比弾性率)が31.4以上であることが好ましく、32.0以上であることがより好ましく、33以上が最も好ましい。なお、比弾性率は高いほど良いため、上限値は特に規定されない。本発明の結晶化ガラスは上述の値以上の比弾性率を得ることができる。
【0034】
破壊靭性の値K1Cは、次世代の情報記録媒体用基板として適用しうる為に、1.0以上であることが好ましく、1.1以上であることがより好ましく、1.2以上であることが最も好ましい。本発明の結晶化ガラスは上記の値以上の破壊靭性を有する。
破壊靭性(K1C)はSEPB法(JIS R1607)によって得られた値を用いる。
【0035】
以下、本発明の結晶化ガラスを構成する成分について説明する。
本明細書において、結晶化ガラスを構成する各組成成分について述べるとき、特に記載が無い場合は、各成分の含有量は酸化物基準の質量%で示す。
ここで、「酸化物基準」とは、本発明の結晶化ガラスの構成成分の原料として使用される酸化物、炭酸塩等が溶融時にすべて分解され、表記された酸化物へ変化すると仮定して、結晶化ガラス中に含有される各成分の組成を表記する方法であり、この生成酸化物の質量の総和を100質量%として、結晶化ガラス中に含有される各成分の量を表記する。
なお、例えばFeの酸化物は、FeO、Fe、Feがある。このように、陽イオンの価数によって、いくつかの化学式が存在する成分については、本発明書に表記されたひとつの化学式によって換算する。上記の例では、本明細書は、Feの酸化物はFeOとして換算する。
【0036】
SiO成分は、ガラス網目構造を形成し、化学的安定性の向上や低比重化を達成するためにも必須の含有成分である。その量が40%未満では、得られたガラスの化学的耐久性が乏しく、かつ、他成分含有量の増加に伴い比重が高くなる傾向にある。化学的耐久性を向上させ、低比重を実現する為、含有量の下限は40%であることが好ましく、43%がより好ましく、45%が好ましい。また、60%を超えると粘性の上昇に伴い溶解、プレス成形が困難になり易く、また、材料の均質性や清澄効果が低下しやすくなる。ダイレクトプレス成形性を高め、また、材料の均質性や清澄効果を向上させる為、含有量の上限は60%とすることが好ましく、59%がより好ましく、58%が最も好ましい。
【0037】
Al成分は、SiOと同様にガラス網目構造を形成し、原ガラスの熱処理により結晶相を構成する成分の一つであり、原ガラスの安定化、化学的耐久性向上にも寄与する重要な成分であるが、その量が7%未満ではその効果に乏しい。ガラスの安定化、化学的耐久性向上、および比重の低下の為に、含有量の下限は7%であることが好ましく、9%がより好ましく、11%が最も好ましい。また23%を超えるとかえって溶解、成形性、耐失透性が悪化し、また、均質性や清澄効果が低下しやすくなり、他の成分とのバランスを逸し、本発明の結晶化ガラスが得られない。また、SiO2成分との含有比率の観点から、Al成分が25%を超えると、高い機械的強度が得られなくなる。溶解性、成形性、耐失透性、機械的強度を向上させるため、含有量の上限は、23%とすることが重要であり、22%がより好ましく、20%が最も好ましい。
【0038】
SiO成分およびAl成分の含有量の合計(質量%)を、63%以上とすることにより、低い比重を有する結晶化ガラスを得やすくなる。より好ましくは、当該合計が64%以上であり、最も好ましくは65%以上である。
当該合計が80%を超えると、溶解性、成形性が悪化するため、当該合計の上限は80%であることが好ましい。
【0039】
MgO成分は、原ガラスの熱処理により、結晶相を構成する成分の一つである。また、MgO成分は、結晶化ガラスの低比重化およびヤング率向上に寄与する成分であり、ガラスの低粘性化にも有効な必須成分である。結晶化ガラスの低比重化、およびヤング率を向上させるため、その含有量の下限は1%であり、2%がより好ましく、4%が最も好ましい。
しかし、その含有量が20%を超えると、かえって原ガラスの比重が高くなり、所望のガラスを得にくくなるばかりか、未溶物として析出してしまうことがある。したがって、ガラスの比重を低くし、未溶物の析出を防止するため、これらの成分の含有量の上限は、20%とすることが必要であり、18%がより好ましく、15%が最も好ましい。
【0040】
CaO成分は、ガラスの低比重化およびヤング率向上に寄与する成分であり、ガラスの低粘性化にも有効であるので任意成分として添加することができる。
しかし、CaO成分が10%を超えると、結晶化ガラスの比重が高くなり、所望の結晶化ガラスを得にくくなる。したがって、この成分の含有量の上限は10%が好ましく、9%がより好ましく、7%が最も好ましい。
【0041】
BaO成分およびSrO成分は、原ガラスの低粘性化と、結晶化ガラスの化学的耐久性向上、機械的向上に有効な成分であるが、MgO、CaO成分と比較して、ガラス比重が高くなる傾向にあるため、それぞれの含有量の上限を5%とすることが好ましく、4%とすることがより好ましく、3%とすることが最も好ましい。
【0042】
ZnO成分は、原ガラスの熱処理により結晶相を構成する成分の一つであり、結晶化ガラスのヤング率向上に寄与すると共に、ガラスの低粘性化にも有効な任意成分である。この効果を得るためには、ZnO成分を1%以上含むことがより好ましく、2%以上含むことが最も好ましい。
しかし、ZnO成分の含有量が15%を超えると、結晶化ガラスの比重が高くなる。従って、ZnO成分の含有量は、15%以下が好ましく、10%以下がより好ましく、9%以下が最も好ましい。
【0043】
FeO成分は、原ガラスの熱処理により結晶相を構成する成分の一つである。また、清澄剤としても作用する化合物であるが、反面、ガラス溶融装置に用いられる白金を合金化させてしまう。よって、これを防ぐため、FeO成分の含有量の上限は、8%であることが好ましく、6%であることが更に好ましく、4%あることが最も好ましい。
【0044】
ここで、結晶化ガラスの比重を2.67以下とし、かつ高い機械的強度を得るためには、本発明で規定する各成分の含有範囲を充足した上で、次の条件を充足する必要がある。
その条件とは、SiOおよびAl成分の合計含有量(質量%)に対する、MgO、CaO、SrO、BaO、ZnOおよびFeO成分の合計含有量(質量%)の比の値、すなわち、(MgO+CaO+SrO+BaO+ZnO+FeO)/(SiO+Al)の値を0.25以下とし、かつ、MgO成分の含有量(質量%)に対するZnO成分とFeO成分の合計含有量(質量%)の比の値、すなわち、(ZnO+FeO)/MgOの値を0.9以下とすることである。
本発明者らは、これらの成分のバランスの最適化、すなわち上述の2種の比の値を共に特定の範囲とすることが、機械的強度と比重を両立させるために重要であることを見いだしたのである。
(MgO+CaO+SrO+BaO+ZnO+FeO)/(SiO+Al)の値は、結晶化ガラスの低比重化の為には、0.22以下がより好ましく、0.20以下が最も好ましい。
この比の値は、低いほど良いが、結晶相の析出維持及び原ガラスの粘性をダイレクトプレスに適合する範囲とするために、その下限は0.09が好ましい。
(ZnO+FeO)/MgOの値は、結晶化ガラスの低比重化の為には、0.8以下がより好ましく、0.7以下が最も好ましい。
この比の値は、低いほど良く、下限は0で良いが、所望結晶の安定析出の為には0.2が好ましく0.4が最も好ましい。
【0045】
RO成分(ただしRはZn、Mg、Feから選択される1種類以上)は、結晶相を構成する成分であり、それぞれ原ガラスの安定化にも寄与する成分であるが、その合計(質量%)が小さいと、原ガラスの粘性が高くなり、量産性を損なうこととなる。そのうえ、所望の結晶相が得られなくなる。従って、RO成分の含有量の合計の下限は、5%が好ましく、6%がより好ましく、7%がもっとも好ましい。
一方、RO成分の合計量が20%を超えると、ガラス化が困難となるばかりか、未溶物の析出や失透温度の上昇を招いてしまう。含有量の上限は20%が好ましく、19%がより好ましく、18%が更に好ましく、16%が最も好ましい。
【0046】
TiO成分は、スピネル系化合物を析出させるための核形成の役割を果たし、結晶化ガラスのヤング率向上、低粘性化、化学的耐久性の向上に寄与する必須成分である。また、TiO成分は、RTiO結晶相を構成する成分の一つである。加えて、原ガラスを清澄する効果があり、As、Sb、CeO、SnOなどの清澄成分を含有させずとも、TiO成分を含有させることによって、原ガラスの清澄効果を得ることができる。上述の効果を得るためには、TiO成分の含有量は1%以上が好ましく、2%以上がより好ましく、2.8%以上が最も好ましい。
しかし、この成分の添加量が15%を超えるとガラスの比重値が高くなり、ガラス化が困難になるため、含有量の上限は15%とすることが好ましく、10%がより好ましく、8%が最も好ましい。
【0047】
ZrO成分もTiO成分と同様、結晶相を析出させるための核形成の役割を果たす。ZrO成分は、ガラスのヤング率向上、化学的耐久性の向上に寄与するため、任意で添加することができる。
この成分の添加量が10%を超えると、ガラス溶融時に溶け残りやZrSiO(ジルコン)が発生しやすく、かつ、ガラス比重が高くなる。したがって、ZrO成分の含有量の上限は10%とすることが好ましく、6%がより好ましく、3%が最も好ましい。
【0048】
成分は、ガラスの低粘性化に寄与し、溶解性、成形性を向上するので、任意成分として添加することができる。さらに、B成分は、ガラス内部からの過度の結晶成長を抑制することができるため、所望の結晶相をガラス内部に数ミクロンオーダーの微細粒子として均一に析出させることができる。このため、B成分は、含有させることが好ましい。この場合の含有量は0.5%以上であることがより好ましく、1.0%以上であることが最も好ましい。
しかし、この成分が8%以上であると、機械的特性を満足することが困難になり、さらに所望の結晶の析出を抑制しすぎることとなる。その上、原ガラスが分相しやすくなり、ガラス化が困難になるので、含有量の上限を8%未満とすることが好ましい。より好ましい上限値は6%である。
【0049】
成分は、結晶化ガラスのクラック進展を抑制する効果を奏するため、ビッカース硬度の上昇に寄与することができる。かつ、低粘性化に寄与するとともにSiOとの共存により原ガラスの溶融性、清澄性をより向上させることができる。また、ガラス内部からの過度の結晶成長を抑制することができるため、所望の結晶相をガラス内部に数ミクロンオーダーの微細粒子として均一に析出させることができる。これらの効果を得るために、P成分は任意で含有させることができ、0.2%以上含有させることがより好ましく、0.4%以上含有させることが最も好ましい。しかしながら、この成分を過剰に添加するとガラス化し難くなり、失透や分相が発生しやすくなるので、含有量の上限は7%とすることが好ましく、5%がより好ましく、3%が最も好ましい。
【0050】
R’O成分(但しRはLi、Na、Kから選ばれる1種以上)は、ガラスの低粘度化、成形性向上、均質性向上をもたらす成分であり、任意で含有できる。また、R’O成分を含有させることにより、基板成形後に表面のアルカリ金属イオンを交換し、表面に圧縮応力層を形成し、機械的強度を向上させることが出来る。R’O成分の含有量(LiO、NaO、及びKOの各成分の合計)が2%未満であると、上記の効果を得ることが出来ない為、この効果を得る場合には、含有量の下限は2%であることがより好ましく、1%が最も好ましい。
情報記録媒体用基板は、表面へのアルカリ金属成分の溶出を制限する必要がある。このため、結晶化ガラスが含有するR’O成分は、極力少なくすることが必要である。以上の観点から、R’O成分の含有量の上限は10%が好ましく、9%がより好ましく、8%が更に好ましく、7%が最も好ましい。
【0051】
LiO成分は任意で含有できる成分であるが、多量に含有すると、所望の結晶相が得難くなり、表面への溶出が顕著となる。したがって、その上限は4%であることが好ましく、1.5%であることがより好ましく、含まない事が最も好ましい。
【0052】
NaO成分は任意で含有できる成分であるが、多量に含有すると、所望の結晶相が得難くなる。したがって、その上限は10%であることが好ましく、9%であることがより好ましく、8%であることが最も好ましい。
一方、NaO成分は、他のアルカリ金属成分と比較して、所望の結晶相を析出させるうえで、過度に結晶が析出してしまうなどの悪影響をもたらしにくい成分である。同時に、イオン交換による化学強化を施す場合は、NaO成分を結晶化ガラスに含有させ、結晶化ガラス中のNaイオンをKイオンと交換することが、圧縮応力層を形成するうえで効果的である。従って、イオン交換による化学強化を施す場合、NaO成分は、2%を超えて結晶化ガラスに含有されることが好ましく、3%以上含有されることがより好ましい。
【0053】
O成分は任意で含有できる成分であるが、多量に含有すると所望の結晶相が得難くなるために、含まなくても良い。R’O成分としての効果を得るためには、上記の所望の結晶相が析出する範囲で含有させることが良く、その上限は8%であることが好ましく、7%であることがより好ましく、5%であることが最も好ましい。
【0054】
CsO成分は原料コストが高く、イオン半径が大きく化学強化が困難であるため含まないことが好ましい。
【0055】
本発明の結晶化ガラスは、主たる清澄成分として、SnO成分、CeO成分から選ばれる1種以上の成分を含有することで、高い清澄効果を得ることができる。
高い清澄効果を得るためには、酸化物基準でSnO成分、CeO成分、または両者の合計の含有量の下限が0.01%であることが好ましく、0.1%であることがより好ましく、0.15%であることが最も好ましい。
一方、機械的強度を維持しつつ、比重を低くし、高い清澄効果を得て、かつダイレクトプレス時のリボイル抑制効果を高めるためには、SnO成分またはCeO成分から選択される1種以上の含有量の上限は1%が好ましく、0.7%がより好ましく、0.5%が最も好ましい。
しかし、上述の通り、本発明の結晶化ガラスは、その化学組成的な特徴により、TiO成分によっても十分な清澄効果が得られる為、SnO、CeO等を清澄成分として含有させなくとも良い。CeO成分は近年価格が高騰しており、これらの成分を含有させないことで、結晶化ガラスの製造コストを抑制する効果が得られる。
【0056】
As成分およびSb成分、ならびにCl、NO、SO2−、およびF成分は清澄剤として作用するが、環境上有害となりうる成分であり、その使用は控えるべきである。本発明のガラスはAs成分やSb成分を含有しなくても清澄効果を得る事ができるし、これら成分と本願の清澄剤成分を添加した場合、清澄剤同士で清澄効果が相殺されてしまうことになる。
また、PbO成分は環境上有害となるうえに、ガラスの比重が大きくなってしまう為に、含まないことが好ましい。本発明のガラスはPbO成分を含まなくても結晶の過大な析出を防止し、溶融性の向上や成型時のガラス安定性が良好である。
【0057】
Gd、La、Y、Nb、Ga、WO、Ta、およびBi、成分はガラスの低粘性化、ヤング率向上による機械的特性の向上、耐熱性向上に寄与するため、任意成分として添加することができるが、添加量の増加は比重の上昇や原料コストの上昇も招く。したがって、その量はこれら成分の1種以上の合計量の上限値が5%で充分であり、合計量が5%を超えると比重及びヤング率を満足できなくなる。これら成分の合計量の上限は、5%とすることが好ましく、3%がより好ましく、これらの成分は含まないことが最も好ましい。
【0058】
ガラスの着色成分として用いられるV、Cu、Mn、Cr、Co、Mo、Ni、Te、Pr、Nd、Er,Eu、Sm等の成分は、それらの成分に起因する蛍光特性を利用して、ガラスの種類を判別し、製造所等において他の種類のガラスとの混合防止目的のために添加させることが可能である。しかし、比重の上昇、原料コスト上昇、ガラス形成能力の低下を招くため、その量はこれら成分のうち1種以上の合計量が5%までで充分である。これら成分の合計量の上限は酸化物基準で5%とすることが好ましく、3%がより好ましく、着色の目的が無い場合、これらの成分は含まないことが最も好ましい。
【0059】
情報記録媒体用基板等の各種基板を製造する場合、研磨加工後、または研磨加工工程途中に、基板表面に圧縮応力層を形成し、機械的強度を高めることができる。結晶化ガラスの場合は、析出結晶によりあらかじめ機械的特性が高いことに加え、表面層に圧縮応力層を形成することにより、より高い強度を得ることができる。
【0060】
圧縮応力層の形成方法としては、例えば圧縮応力層形成前の結晶化ガラス基板の表面層に存在するアルカリ成分よりも、イオン半径の大きなアルカリ成分とで交換反応させる、化学強化法がある。また、結晶化ガラス基板を加熱し、その後急冷する熱強化法、結晶化ガラス基板の表面層にイオンを注入するイオン注入法がある。
【0061】
化学強化法は、次の様な工程で実施することができる。結晶化ガラス基板を、カリウムまたはナトリウムを含有する塩、例えば硝酸カリウム(KNO)、硝酸ナトリウム(NaNO)またはその複合塩を300〜600℃に加熱した溶融塩に、0.1〜12時間浸漬する。これにより、基板表面付近のガラス相に存在するリチウム成分(Liイオン)またはナトリウム成分(Naイオン)と、これらよりもイオン半径の大きなアルカリ成分であるナトリウム成分(Naイオン)またはカリウム成分(Kイオン)との交換反応が進行する。この結果、ガラス基板表面層中に圧縮応力が発生する。
本発明の結晶化ガラスは、化学強化により形成された、主表面の圧縮応力層の深さが30μm未満でも、十分な強度を得ることができ、15μmまでその強度をほぼ維持できる。
【0062】
圧縮応力層の測定は、ガラス表面応力計を用いて測定する。ガラス表面応力計は、ガラスの表面に沿って光を伝搬させ、光弾性効果を利用して表面応力の深さや応力値を測定する装置である。例えば、株式会社ルケオ製のガラス表面応力計FSM−6000LEを用いることができる。
【0063】
熱強化法については、特に限定されないが、例えば結晶化ガラス基板を、300℃〜600℃に加熱した後に、水冷および/または空冷等の急速冷却を実施することにより、ガラス基板の表面と内部の温度差によって、圧縮応力層を形成することができる。なお、上記化学処理法と組み合わせることにより、圧縮応力層をより効果的に形成することができる。
【0064】
本発明の結晶化ガラス、および情報記録媒体用結晶化ガラス基板は、具体的には以下の方法で製造する。
まず、上記の組成範囲のガラス構成成分を有する様に、酸化物、炭酸塩、硝酸塩等の原料を混合し、白金や石英等の坩堝を使用した通常の溶解装置を用いて、ガラス融液の粘度が1.5〜3.0dPa・sとなる温度で溶解する。
次に、ガラス融液の温度を、粘度が1.0〜2.3dPa・s、好ましくは1.2〜2.2dPa・sとなる温度まで昇温し、ガラス融液内に泡を発生させ撹拌効果を引き起こし均質度を向上させる。
その後、ガラス融液の温度を、粘度が1.8〜2.6dPa・s、好ましくは2.0〜2.5dPa・sとなる温度まで降温し、ガラス内部に発生していた泡の消泡、清澄を行い、その後この温度を維持する。
【0065】
得られた溶融ガラスを、所望の形状となるように、金型等へキャストし成形する。
【0066】
情報記録媒体用基板を製造する場合は、溶融ガラスを次の方法で成形することが好ましい。
上記の条件で作製した溶融ガラスを下型に滴下し、上下型で溶融ガラスをプレス(ダイレクトプレス)することによって、厚さ0.7mm〜1.2mm程度のディスク状に成形する。
具体的には、プレス成形型の上型の温度を300±100℃、好ましくは300±50℃、下型の温度をガラスのTg±50℃、好ましくはTg±30℃に設定する。
坩堝からプレス成型形へ溶融ガラスを導くための、ガラス流出パイプの温度を、ガラスの粘度が2.0〜2.6dPa・s、好ましくは2.1〜2.5dPa・sとなる温度に設定し、前記下型上に所定量の溶融ガラスを滴下し、上型と下型を接近させてこれをプレスし、ディスク状のガラス成形体を得る。
情報記録媒体用基板の製造においては、1枚あたりのコスト低減が求められるため、プレススピード150〜700mm/sec、サイクルタイム(プレス開始後次のプレス開始までの時間)1〜2secという高速でプレスする。このようなプレス時の衝撃においても本発明の結晶化ガラスを使用し、ガラス融液の温度と製造装置の温度を上記の様に管理することで、プレス時のリボイルの発生を抑制することが可能となる。
【0067】
そのほか、円柱状に成形したガラス体をスライスする方法、フロート法によって作製したガラスシートを円形に切り抜く方法でも、情報記録媒体用基板を製造することができる。ただし、生産効率の点ではダイレクトプレスによる製造が最も好ましい。
【0068】
次に、得られたディスク状のガラスを熱処理し、ガラス内部に均一に結晶を析出させる。この熱処理は、2段階の温度で熱処理することが好ましい。すなわち、まず第1の温度で熱処理することにより核形成工程を行い、この核形成工程の後に、核形成工程より高い第2の温度で熱処理することにより結晶成長工程を行う。
また、第2の温度のみで熱処理することにより、核形成工程と結晶成長工程を連続的に行っても良い。
この結晶化工程においては、ディスク状のセラミックス製セッターとディスク状ガラスを交互に積み重ね、セッターで挟み込む(セッターの枚数はガラスの枚数+1枚である)と、ディスクの平坦度を向上させることができるので好ましい。
本発明の結晶化ガラスを、所望の析出結晶の粒径、結晶化度とするために、好ましい熱処理の条件は以下の通りである。
第1の熱処理の最高温度は650℃〜750℃が好ましい。第1の熱処理を省略しても良い。第2段階の熱処理の最高温度は670℃〜850℃が好ましい。
第1の温度の保持時間は0分〜300分が好ましく、0分〜180分が最も好ましい。
第2の温度の保持時間は60分〜600分が好ましく、120分〜420分が最も好ましい。
第1の温度までの昇温速度は、10℃/分〜200℃/分が好ましい。第1の温度から第2の温度までの昇温速度は、5℃/分〜100℃/分が好ましい。第2の温度のみで熱処理する場合の昇温速度も同様である。第2の温度の保持時間を経過した後は、10℃/h〜50℃/hで降温することが好ましく、10℃/h〜30℃/hで降温することがより好ましい。
【0069】
次に中央部分への孔空け、外周部および内周部の端面研削、外周部および内周部の端面研磨等形状加工を施し、両面加工機等を使用した公知の方法で、主表面の研削加工(ラッピング)、および主表面の研磨加工(ポリッシング)を施せば良い。
従来のガーナイトを結晶相とする結晶化ガラスは、硬度が高い為に、主表面を鏡面加工する際には、ジルコニア、アルミナ、ダイヤモンド砥粒などの硬度の高い遊離砥粒を用いる必要があり、加工時間も長時間を要していた。さらにその仕上がり面は、硬度の高い遊離砥粒を使用している為にスクラッチが生じやすく、Raで2Å以下の表面性状を得ることは非常に困難であった。
本発明の結晶化ガラス基板は、コロイダルシリカ、酸化セリウム、ジルコン(ZrSiO)などの安価な遊離砥粒を用いて研磨することが可能であり、加工時間も短時間(30分〜90分)で済む。本発明の結晶化ガラスは、現在確立された研磨等の加工方法を用いることにより、Raで2Å以下の表面性状を得ることができる。
また、研磨加工時の残留研磨材除去のために、例えばフッ酸等の酸やアルカリで洗浄した場合においても、Raで2Å以下の表面性状を維持することができる。
【実施例】
【0070】
次に本発明の好適な実施例について説明する。
【0071】
酸化物、炭酸塩の原料を混合し、これを白金製の坩堝を用いて、約1250〜1450℃の温度で、原料となるバッチを溶け残りが発生しないよう充分溶解した後、約1350〜1500℃の温度に昇温後、1,450〜1,250℃の温度まで降温し、ガラス内部に発生していた泡の消泡、清澄化を行った。
その後、温度を維持したまま所定量のガラスを流出しながら、ダイレクトプレス方式により、上型の温度を300±100℃、下型の温度をTg±50℃に設定した上、ディスク状に成形して、冷却し、ガラス成形体を得た。一つの組成について100枚をプレス成型した。
得られたガラス成形体のうち数枚を、セラミックスのセッターを挟んで積み重ね、結晶化の為の熱処理を施した。
次いで、熱処理後の結晶化ガラス成形体を上述の方法で、中央部分への孔空け、外周部および内周部の端面研削、外周部および内周部の端面研磨等形状加工を施し、主表面のラッピングおよび研磨加工をし、研磨剤除去のため、フッ酸洗浄を行い、情報記録媒体用の基板を得た。
【0072】
この時の基板の表面粗度Ra(算術平均粗さ)はすべて2Å以下であった。なお、表面粗度Ra(算術平均粗さ)は原子間力顕微鏡(AFM)にて測定した。
【0073】
表1〜表9に実施例1〜43の結晶化ガラス組成(質量%)、結晶化後の比重[ρ]、ビッカース硬度[Hv]、ヤング率[E]、平均結晶粒径(nm)、最大結晶粒径(nm)、研磨後の表面粗さRa(Å)を示す。
各物性の値は、複数作製したサンプルから一つを任意に抜き出して測定した値である。
表中、(MgO+CaO+SrO+BaO+ZnO+FeO)/(SiO+Al)の比を「比A」とし、(ZnO+FeO)/MgOの比を「比B」と表記した。
【0074】
比重はアルキメデス法、ヤング率は超音波法を用いて測定した。
ビッカース硬度は対面角が136°のダイヤモンド四角すい圧子を用いて、試験面にピラミッド形状のくぼみをつけたときの荷重(N)を、くぼみの長さから算出した表面積(mm)で割った値で示した。(株)明石製作所製微小硬度計MVK−Eを用い、試験荷重は4.90(N)、保持時間15(秒)で行った。
【0075】
【表1】



【0076】
【表2】












【0077】
【表3】















【0078】
【表4】













【0079】
【表5】













【0080】
【表6】















【0081】
【表7】













【0082】
【表8】















【0083】
【表9】

【0084】
実施例2の破壊靱性(K1C)は1.6であった。また、実施例19の破壊靱性(K1C)は1.9であった。
実施例3の結晶化度をリートベルト法を用いて測定したところ、13質量%であった。
【0085】
研磨後の基板について、顕微鏡を用いて内部の泡の有無を観察したところ、実施例1〜43は、直径10μm以上の泡が認められなかった。
【0086】
情報記録媒体用基板は、ダイレクトプレス法により作製されたガラスを熱処理後、中央部分への孔加工及び内外周の研削工程、研磨工程および、両面研削、研磨工程を経て、磁性膜や下地膜などが成膜される前段階の状態となる。また、この基板には圧縮応力層形成のための強化処理が施される場合がある。この強化処理に関しては、
(1)主表面の研削工程前の基板に強化処理を実施する場合、
(2)主表面の研削工程終了の後に強化処理を実施し、その後研磨工程を実施する場合、
(3)複数の研磨工程の間に強化処理を実施する場合
(4)全ての研磨工程後の基板に強化処理を実施する場合
等、多様な方法が考えられる。また、主表面に形成した圧縮応力層を研削工程や研磨工程で全量削除し、基板の端面部のみに圧縮応力層を形成しても良い。
【0087】
(実施例44)
実施例2の2.5インチ研磨済み情報記録媒体用基板(65φ×0.8mmt)を400℃の硝酸カリウムと硝酸ナトリウムの混合塩(KNO:NaNO=1:3)に0.25時間浸漬し、表面に深さ3μmの圧縮応力層を形成した。この基板はリング曲げ強度が圧縮応力層形成前(470MPa)の2倍に向上していることが確認された。
なお、リング曲げ強度とは、直径が65mmで厚み0.8mmの薄い円板状試料を作成し、円形の支持リングと荷重リングにより該円板状試料の強度を測定する同心円曲げ法で測定した曲げ強度をいう。また、破壊靱性(K1C)は、2.3に向上していることが確認された。
【0088】
(実施例45)
実施例28の2.5インチ研磨済み情報記録媒体用基板(65φ×0.8mmt)を400℃の硝酸カリウム塩(KNO)に0.5時間浸漬し、表面に深さ5μmの圧縮応力層を形成した。この基板はリング曲げ強度が圧縮応力層形成前(470MPa)の4倍に向上していることが確認された。また、破壊靱性(K1C)は、2.4に向上していることが確認された。
【0089】
(実施例46)
実施例3の2.5インチ研磨済み情報記録媒体用基板(65φ×0.8mmt)を300℃〜600℃に加熱した後に空冷法で急速冷却を実施し、表面に圧縮応力層を形成した。この基板はリング曲げ強度、破壊靱性(K1C)が向上していることが確認された。
【0090】
(実施例47)
実施例3の熱処理後のガラス成形体を順次加工し、第1段目の研磨終了後に530℃の硝酸カリウム塩(KNO)に1時間浸漬し、表面に圧縮応力層を形成した。その後、pH10のアルカリ水溶液で洗浄し、第2段目の研磨を施し情報記録媒体用基板を作製した。研磨工程終了後の圧縮応力層をガラス表面応力計で測定したところ、圧縮応力層の深さは8μm、圧縮応力値は320MPaであった。この基板はリング曲げ強度が圧縮応力層を形成しない場合(480MPa)の3〜5倍に向上していることが確認された。破壊靱性(K1C)は、2.4に向上していることが確認された。
【0091】
(実施例48)
実施例2の熱処理後のガラス成形体を順次加工し、主表面の研削工程終了後に570℃の硝酸カリウム塩(KNO)に2時間浸漬し、表面に圧縮応力層を形成した。その後、pH10のアルカリ水溶液で洗浄し、第1段目及び第2段目の研磨を施し情報記録媒体用基板を作製した。研磨工程終了後の圧縮応力層をガラス表面応力計で測定したところ、圧縮応力層の深さは5μm、圧縮応力値は110Mpaであった。この基板はリング曲げ強度が圧縮応力層形成前(470MPa)の2倍に向上していることが確認された。また、破壊靱性(K1C)は、1.9であることが確認された。
【0092】
(実施例49)
実施例2の熱処理後のガラス成形体を加工し、中央部分への孔空け、外周部および内周部の端面研削、内外周の端面研磨を行った。これを500℃の硝酸カリウムと硝酸ナトリウムの混合塩(KNO:NaNO=1:1)に0.17時間浸漬し、表面に圧縮応力層を形成した。その後、主表面の研削工程、研磨加工を順次施した。研磨工程終了後は主表面の圧縮応力層は無くなり、外周及び内周の端面のみ圧縮応力層が残存していた。この基板はリング曲げ強度が圧縮応力層形成前(470MPa)の2倍に向上していることが確認された。また、破壊靱性(K1C)は、2.0であることが確認された。
【0093】
(実施例50)
また、上記の実施例により得られた基板に、DCスパッタ法により、クロム合金下地層、コバルト合金磁性層を成膜し、さらにダイヤモンドライクカーボン層を形成し、次いでパーフルオロポリエーテル系潤滑剤を塗布して、情報磁気記録媒体を得た。
【0094】
本発明の磁気記録媒体用基板等の基板は、面記録密度を大きくすることができ、記録密度の向上するために基板自体を高回転化しても、撓みや変形が発生することがなく、この回転による振動が低減され、振動や撓みによるデータ読み取りのエラー数(TMR)を低下させることになる。その上、耐衝撃特性に優れているため、特にモバイル用途等の情報記録媒体としてヘッドクラッシュ、基板の破壊が発生しにくく、その結果、優れた安定動作性、磁気記録再生特性を示すこととなる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶相としてRAl、RTiO、(ただしRはZn、Mg、Feから選択される1種類以上)から選ばれる一種以上を含有する結晶化ガラスであって、
酸化物基準の質量%で、
SiO 40%〜60%、
Al 7%〜23%、
TiO1〜15%、
MgO 1%〜20%、
CaO 0%〜10%、
SrO 0%〜5%、
BaO 0%〜5%、
ZnO 0%〜15%、
FeO 0%〜8%、
0%〜7%、
0%以上8%未満、
の各成分を含有し、
(MgO+CaO+SrO+BaO+ZnO+FeO)/(SiO+Al)の値が0.25以下、
(ZnO+FeO)/MgOの値が0以上0.9以下、
比重が2.67以下であることを特徴とする結晶化ガラス。
【請求項2】
前記結晶化ガラスは、酸化物基準の質量%で、
RO 5〜20%(ただしRはZn、Mg、Feから選択される1種類以上)
の各成分をさらに含有する請求項1に記載の結晶化ガラス。
【請求項3】
前記結晶化ガラスは酸化物基準の質量%で、
ZrO 0〜10%
LiO 0〜4%、
NaO 0〜10%、
O 0〜8%、
の各成分をさらに含有する請求項1または2に記載の結晶化ガラス。
【請求項4】
前記結晶化ガラスは酸化物基準でAs成分およびSb成分、ならびにCl、NO、SO2−、およびF成分を含有しないことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の結晶化ガラス。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の結晶化ガラスを用いた情報記録媒体用結晶化ガラス基板。
【請求項6】
前記情報記録媒体用結晶化ガラス基板の外周端面および内周端面の一方または両方に圧縮応力層が形成されている請求項5に記載の情報記録媒体用結晶化ガラス基板。
【請求項7】
前記情報記録媒体用結晶化ガラス基板の二つの主表面の一方または両方に圧縮応力層が形成されており、圧縮応力層の深さが30μm未満であることを特徴とする請求項5または6に記載の情報記録媒体用結晶化ガラス基板。
【請求項8】
請求項5から7のいずれかに記載の情報記録媒体用結晶化ガラス基板を用いた情報記録媒体。

【図1】
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【公開番号】特開2013−23420(P2013−23420A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−161274(P2011−161274)
【出願日】平成23年7月22日(2011.7.22)
【出願人】(000128784)株式会社オハラ (539)
【Fターム(参考)】