説明

絶縁性の良好なステンレス鋼材およびその製造法

【課題】塗膜の形成によらずに耐熱性の良い絶縁皮膜を形成したステンレス鋼材であって、工業的に比較的低コストにて製造可能なものを提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.0001〜0.15%、Si:0.001〜1.2%、Mn:0.001〜2.0%、P:0.001〜0.05%、S:0.0005〜0.03%、Ni:0〜2.0%,Cu:0〜1.0%、Cr:11.0〜32.0%、Mo:0〜3.0%、Al:0〜0.1%未満、Nb:0〜1.0%、Ti:0〜1.0%、N:0〜0.025%、B:0〜0.01%,V:0〜0.5%、W:0〜0.3%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、残部Feおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼を基材として、その基材表面上に、Ni層を介して、厚さ1.0μm以上好ましくは50.0μm以下のNiOとNiFe24の混合層が形成されているステンレス鋼材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗膜を形成することなく良好な絶縁性を付与したステンレス鋼材、およびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は耐食性や耐熱性が要求される種々の用途に広く使用されている。ただし、ステンレス鋼自体は導電性材料であるため、絶縁性が要求される用途に適用するためには表面を絶縁皮膜で覆う必要がある。絶縁皮膜の形成方法としては絶縁性の塗料をコーティングする手法が一般的である。
【0003】
塗料の多くは有機樹脂を主成分としている。一般に有機樹脂の耐熱温度は200〜300℃である。このため、それより高温に曝される用途では一般的な有機樹脂塗系塗料を使用することができない。例えば、絶縁性の太陽電池基板を想定した場合、成膜工程(硫化処理、セレン化処理など)での500℃程度の温度への加熱に耐える材料が要求される。
【0004】
比較的良好な耐熱性を有する有機樹脂としてはポリイミド樹脂が知られている。特許文献1には表面のFe酸化物の厚みを薄くすることによってポリイミドフィルムとの密着性を高めたステンレス鋼箔が開示されている。しかし、ポリイミド樹脂であっても350℃程度が使用温度の限界であり、上記のような成膜工程に適用することは困難である。
【0005】
特許文献2にはシロキサン結合を主体とするシリカ系の無機ポリマー膜で被覆されたステンレス鋼箔が開示されている。しかし、この場合も500℃といった高温度域での用途には適用できない。
【0006】
耐熱性の良好な酸化物皮膜をステンレス鋼表面にコーティングする手法も考えられるが、その場合には塗膜の密着性を確保するためにショットブラストや電解処理によってステンレス鋼基材の表面を粗面化しておく必要があり、コストが増大する。
【0007】
一方、塗料のコーティングによらずにステンレス鋼表面に絶縁性を付与する手法として、特許文献3にはAlを含有するステンレス鋼の表面を酸化させて全表面をα−Al23で被覆する技術が開示されている。しかし、鋼成分であるAlを酸化させるのであるから絶縁皮膜の膜厚を短時間で急速に厚くすることが困難である。例えば900〜1300℃で1時間未満〜16時間加熱しても絶縁皮膜の膜厚は1.5μm程度にとどまり、絶縁性を持たせるための熱処理に長時間を要するという欠点がある。また、表面疵に対して高い信頼性を有する絶縁皮膜とするためには、より膜厚の厚い皮膜(例えば厚さ数μm以上)が望まれるが、特許文献3の手法ではそのような膜厚の絶縁皮膜を工業的に得ることは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−149885号公報
【特許文献2】特開2004―291453号公報
【特許文献3】特開2002−60924後公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、塗膜の形成によらずに耐熱性の良い絶縁皮膜を形成したステンレス鋼材であって、工業的に比較的低コストにて製造可能なものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的は、質量%で、C:0.0001〜0.15%、Si:0.001〜1.2%、Mn:0.001〜2.0%、P:0.001〜0.05%、S:0.0005〜0.03%、Ni:0〜2.0%,Cu:0〜1.0%、Cr:11.0〜32.0%、Mo:0〜3.0%、Al:0〜0.1%未満、Nb:0〜1.0%、Ti:0〜1.0%、N:0〜0.025%、B:0〜0.01%,V:0〜0.5%、W:0〜0.3%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、残部Feおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼を基材として、その基材表面上に、Ni層を介して、厚さ1.0μm以上好ましくは50.0μm以下のNiOとNiFe24の混合層が形成されている絶縁性の良好なステンレス鋼材によって達成される。
【0011】
上記の絶縁性の良好なステンレス鋼材の製造法として、ステンレス鋼基材の表面に電気Niめっき法にて厚さ1.0〜30.0μmのNiめっき層を形成したのち、その鋼材をNiめっき層の表面が大気に曝される環境で800〜1200℃に加熱し、厚さ1.0μm以上のNiOとNiFe24の混合層が生成し且つNiめっき層の一部が残存する時間範囲で前記加熱を終了する手法が適用できる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、塗膜によらずに良好な絶縁性を有する皮膜を形成したステンレス鋼材が提供された。その絶縁皮膜は金属酸化物を主体とするものであり、有機系の塗膜と比べ耐熱性に優れることから、CIS系太陽電池用絶縁基板、薄膜Si太陽電池基板、面状発熱体など、特に高温での成膜処理を必要とする絶縁部材や、高温で使用される絶縁部材へのステンレス鋼材の適用が可能となる。また、その絶縁皮膜はNiめっきステンレス鋼材を熱処理することによって形成できるものであり、数μm以上の膜厚を有する耐久性の高い絶縁皮膜を有するものを工業的に比較的低コストで量産可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明のステンレス鋼材における表面付近の断面構造を模式的に示した図。
【図2】本発明に従って絶縁皮膜を形成したステンレス鋼材の表面についてのX線回折パターン。
【図3】本発明に従って絶縁皮膜を形成したステンレス鋼材の断面における表面から深さ方向へのEDXによる元素分析プロファイル。
【図4】比較例における皮膜を形成したステンレス鋼材の表面についてのX線回折パターン。
【図5】比較例における皮膜を形成したステンレス鋼材の断面における表面から深さ方向へのEDXによる元素分析プロファイル。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1に、本発明のステンレス鋼材における表面付近の断面構造を模式的に示す。ステンレス鋼基材(以下単に「基材」ということがある)の表面上にNi層を介してNiOとNiFe24の混合層(以下「NiO+NiFe24混合層」ということがある)が形成されている。NiOとNiFe24の各酸化物が絶縁物質であることから、このNiO+NiFe24混合層によってステンレス鋼表面に絶縁性が付与される。
【0015】
〔NiOとNiFe24の混合層〕
NiOとNiFe24の混合層は、ステンレス鋼基材の表面に形成されたNiめっき層を大気中で酸化処理することによって形成できる。そのNiめっき層は例えば公知の電気Niめっき法によって形成できる。Niめっき層を形成した鋼材を大気中で所定温度に加熱すると、表面の金属Niが空気中の酸素と化合してNiOを主体とした酸化物が生成する。また、基材の成分であるFeがNi層中に拡散して大気に由来する酸素と反応し、NiFe24が生成する。NiOはモット絶縁体またはザン・ライス束縛状態における絶縁体と言われており、金属や半導体の性質をもつものではない。NiFe24はスピネル構造の絶縁体である。
【0016】
発明者らの検討によれば、NiO+NiFe24混合層は例えば厚さ1.0μm程度の薄い膜厚であっても表面抵抗率1.0×10-6Ω/cm2以上という良好な絶縁性を呈する。NiOとNiFe24のそれぞれの絶縁物質が共存することにより、電子がより動きにくくなり、このような高い表面抵抗率が実現できるのではないかと推察される。
【0017】
NiOとNiFe24の混合層の厚さは1.0μm以上であることが望まれる。それより薄いと絶縁材料として多くの用途に適用可能となる表面抵抗率1.0×10-6Ω/cm2以上の絶縁性を安定して得ることが難しくなる場合がある。部品の取り扱い時などに表面疵が生じた場合でも良好な絶縁性を維持するためには、当該混合層は2.0μm以上の厚さであることがより好ましく、5.0μm以上であることが一層好ましい。特に耐疵性の高い皮膜とする場合には10μm以上、あるいは20μm以上といった膜厚とすることもできる。ただし、あまり厚くても表面抵抗率は飽和し、耐疵性も過剰となりやすいので、通常は50.0μm以下の範囲とすればよい。このNiO+NiFe24混合層の膜厚は、大気中での加熱処理に供する材料のNiめっき層の厚さおよび加熱条件によってコントロールできる。
【0018】
NiOとNiFe24の混合層の厚さは、例えばEDXによる深さ方向の分析によってNi,FeおよびOの存在が確認され、そのNiおよびOの検出強度がいずれも基材中の強度よりも高く、かつCrの検出強度が基材中よりも低い領域の厚さとして把握することができる。また、NiOとNiFe24の存在はX線回折によって同定可能である。
【0019】
〔Ni層〕
ステンレス鋼基材と、NiO+NiFe24混合層との間に介在するNi層は、NiO+NiFe24混合層の密着性を確保する上で重要である。Ni層はステンレス鋼基材とNiO+NiFe24混合層の間に存在していればよく、極めて薄い状態であっても構わない。例えば平均膜厚が0.1μm程度であっても、Ni層が存在していればその上のNiO+NiFe24混合層の密着性は確保できる。このNi層は、Niめっき層の全部を酸化させず、一部を金属Niのまま残存させることによって存在させることができる。全ての表面部分にNi層を安定して残存させるために、Ni層の平均厚さは1.0μm以上とすることがより好ましい。NiO+NiFe24混合層が所定の厚さで形成できている限り、Ni層の厚さは厚くても構わないが、経済性を考慮すると例えば平均膜厚20.0μm以下程度の範囲とすればよい。
【0020】
Ni層の存在は、例えばEDXによる深さ方向の分析によって、Niの検出強度がNiO+NiFe24混合層中の強度よりも高く、Crの検出強度が基材中よりも低く、かつOの検出強度が基材中と同等あるいはそれ以下である領域が、基材の領域に隣接して存在することにより確認することができる。Ni層を存在させるためには、大気中での加熱処理に供する材料のNiめっき層の厚さを十分に確保し、かつ、それが消失しないように加熱条件を設定すればよい。
【0021】
〔基材〕
本発明では、鋼の中でも熱膨張係数の小さいフェライト系ステンレス鋼を適用対象とする。用途に応じて種々のフェライト系ステンレス鋼種が適用可能であるが、代表的な成分元素の含有量範囲について説明する。以下、鋼組成における「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0022】
C、Nは、鋼の強度を確保するうえで有効な元素であるが、多量に含有するとステンレス鋼の加工性、低温脆性に悪影響を及ぼす場合がある。本発明ではC含有量が0.0001〜0.15%、N含有量が0〜0.025%の鋼を対象とする。
【0023】
Siは、多量に含有すると鋼を硬質化して加工性を阻害する場合がある。本発明ではSi含有量が0.001〜1.2%の鋼を対象とする。Si含有量は0.5%以下の範囲に管理してもよい。
【0024】
Mnは、多量に含有すると加工性低下、耐食性低下を招く場合がある。本発明ではMn含有量が0.001〜2.0%の鋼、より好ましくは0.001〜1.5%の鋼を対象とする。
【0025】
P、Sは、不純物として不可避的に混入するが、鋼の諸特性に悪影響を及ぼすので含有量は少ない方がよい。ただし、極度の脱P、脱Sは製鋼での負荷を増大させ好ましくない。本発明では、P含有量が0.001〜0.05%、S含有量が0.0005〜0.03%の鋼を対象とする。
【0026】
Ni、Cuは、フェライト系ステンレス鋼において酸性雰囲気での耐全面腐食性を改善し、また低温靭性を改善する作用があるため、必要に応じてこれらの1種以上を含有させることができる。上記作用を十分に発揮させるには、Niの場合は0.15%以上、Cuの場合は0.2%以上の含有量を確保することがより効果的である。種々検討の結果、Ni、Cuの1種以上を含有させる場合は、Niは2.0%以下、Cuは1.0%以下の範囲で行う。
【0027】
Crは、ステンレス鋼の耐食性を確保するために重要な元素であり、本発明においては11.0%以上のCr含有量を確保する必要がある。ただし、多量のCr含有は加工性の低下を招くので、Cr含有量は32.0%以下に制限され、30.0%以下とすることがより好ましい。25.0%以下に管理しても構わない。
【0028】
Moは、Crとの共存によりステンレス鋼の耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて含有させることができる。その作用を十分に得るためには0.3%以上のMo含有量を確保することがより効果的である。ただし、多量のMo含有はステンレス鋼を硬質化させ加工性劣化を招き、またコスト的にも不利となるので、Moを含有させる場合は3.0%以下の範囲で行う。2.0%以下に管理しても構わない。
【0029】
Alは、鋼の脱酸に有効であり、必要に応じて含有させることができる。その作用を十分に得るためには0.04%以上のAl含有量を確保することがより効果的である。ただし、過剰に含有させるとその作用は飽和し不経済となるのでAlを含有させる場合は0.1%未満の範囲で行う。
【0030】
Nb、Tiは、C、Nを固定し加工性を改善する作用があり、必要に応じて含有させることができる。上記作用を十分に得るには、Nb:0.03%以上、Ti:0.03%以上の1種以上を含有させることがより効果的である。ただし、Ti、Nbの1種以上を含有させる場合は、Nb、Tiとも1.0%以下、より好ましくは0.5%以下の範囲で行う。
【0031】
その他、鋼の各種特性を改善するために、必要に応じてB、V、W、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の1種以上を含有させることができる。その場合、Bは0.1%以下、Vは0.5%以下、Wは0.3%以下の範囲とし、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計含有量は0.1%以下の範囲とする。
【0032】
〔製造法〕
本発明に従う絶縁性の良好なステンレス鋼材は、ステンレス鋼基材の表面上に電気Niめっきを施し、そのNiめっき層の表面が大気に曝される環境で所定温度に加熱する手法によって得ることができる。具体的には以下のような条件が好適に採用できる。
【0033】
〔電気Niめっき〕
ステンレス鋼基材の表面に公知の電気Niめっき法によりNiめっき層を形成させる。Niめっき層の厚さは、後述の加熱によりNiめっき層の上層部を所定厚さのNiO+NiFe24混合層とし、かつNiめっき層の下層部(基材側の一部分)を金属Ni層として残存させるに足る厚さを確保する必要がある。種々検討の結果、厚さ1.0μm以上のNiめっき層を形成させることが望ましい。それより薄いと加熱処理によって「所定厚さのNiO+NiFe24混合層を生成させ、かつNi層を残存させること」が難しくなりやすい。Niめっき厚さは3.0μm以上とすることがより好ましい。一方、過剰のNiめっきは不経済となるので、30.0μm以下の範囲とすればよい。15μm以下の範囲に管理してもよい。
【0034】
〔加熱処理〕
Niめっき層を形成させたステンレス鋼材を、そのNiめっき層表面が大気に曝される状態で加熱することによりNiO+NiFe24混合層を生成させる。その際、厚さ1.0μm以上のNiOとNiFe24の混合層が生成し、かつNiめっき層の一部が残存する時間範囲で前記加熱を終了する。加熱温度は800〜1200℃の範囲とすることが望ましい。800℃より低いとNiO+NiFe24混合層の厚さを短時間で十分に確保することが難しくなる。1200℃を超えるとNiめっき層が急速に酸化され、Niめっき層の厚さが比較的薄い場合には基材とNiO+NiFe24混合層の間にNi層を残存させる加熱時間を設定することが難しくなる。また、1200℃を超える高温では基材であるステンレス鋼の結晶粒が粗大化し強度レベルが低下することがある。加熱時間は、Niめっき層の厚さと加熱温度に応じて調整される。工業的には例えば1〜10minの範囲で設定することが望ましい。
【0035】
図2に、本発明に従って絶縁皮膜を形成したステンレス鋼材の表面についてのX線回折パターン(MoKα線使用)を示す。このステンレス鋼材は、ステンレス鋼基材の表面に厚さ10μmのNiめっき層を形成させた後、大気中1000℃×5minの加熱処理を施したものである(表2のNo.18)。基材のステンレス鋼(フェライト相;図中Fe−Crと表示)の回折ピーク、金属Niの回折ピークの他、NiOおよびNiFe24の回折ピークが観測される。
【0036】
図3に、図2に示した本発明例のステンレス鋼材の断面における表面から深さ方向へのEDXによる元素分析プロファイルを例示する。断面のSEM像とそのSEM像中のライン分析位置を図中に重ねて示してある。図中、Fe−Crと表示した領域がステンレス鋼基材に相当し、それに隣接してNi層があり、その上(図中の左側)にNiO+NiFe24混合層がある。
【0037】
図4に、比較例であるステンレス鋼材の表面についてのX線回折パターン(MoKα線使用)を示す。このステンレス鋼材は、ステンレス鋼基材の表面に厚さ10μmのNiめっき層を形成させた後、大気中1200℃×5minの加熱処理を施したものである(表2のNo.29)。基材のステンレス鋼(フェライト相;図中Fe−Crと表示)の回折ピークの他には、NiOおよびNiFe24の回折ピークが観測されるが、Ni層は見られない。これは、加熱温度が1200℃と高めであったため、Niめっき層厚さが10μmの場合に加熱時間5minの条件ではNi層を残存させることができなかったことによる。
【0038】
図5に、図4に示した比較例のステンレス鋼材の断面における表面から深さ方向へのEDXによる元素分析プロファイルを例示する。断面のSEM像とそのSEM像中のライン分析位置を図中に重ねて示してある。図中、Fe−Crと表示した領域がステンレス鋼基材に相当し、それに隣接してCr酸化物層(Cr−Oと表示)があり、その上(図中の左側)にNiO+NiFe24混合層がある。Niめっき層はすべて酸化されたものと考えられ、Ni層の残存は見られない。このように基材に隣接するNi層が存在しない場合には、NiO+NiFe24混合層の密着性が低下する。
【実施例】
【0039】
表1に示す組成のフェライト系ステンレス鋼からなる板厚0.4mmの冷延焼鈍鋼板(酸洗仕上げ材)を用意した。
【0040】
【表1】

【0041】
このステンレス鋼板を基材として、その表面に以下の手順で電気Niめっきを施し、その後、大気中での加熱処理に供した。
〔電気Niめっき方法〕
ステンレス鋼板を60℃の5%オルソ珪酸ナトリウム溶液中に浸せきして、電流密度5A/dm2で10secの電解脱脂を行った後、水洗し、5%HCl溶液中に5sec浸せきした後、水洗した。次に、250g/LのNiCl2水溶液を塩酸でpH0.1に調整しためっき液を用いて、液温35℃、電流密度10A/dm2で15secの下地Niめっきを行った。膜厚は0.1μmであった。水洗後、275g/LのNiSO4水溶液を塩酸でpH3に調整しためっき液を用いて、液温60℃、電流密度10A/dm2で電解時間を変化させて膜厚0.3〜15μmの種々の厚さのNiめっき(本めっき)を施した。めっき後水洗して乾燥した。
【0042】
〔加熱処理方法〕
各Niめっき鋼板から70×50mmの試験片を切り出し、これをマッフル炉(ヤマト科学製;FM−38)に装入し、Niめっき層の表面が大気に曝される状態で熱処理した。その際、鋼板の温度が700〜1200℃の範囲の所定温度となるようにそれぞれ炉温を設定した。試験片を炉内へ装入してから5min経過後に炉外に取り出すことにより加熱を終了し、常温の大気中で放冷した。
【0043】
加熱処理後の各試験片の表面に形成された皮膜について、以下のように絶縁性、皮膜密着性、および皮膜構造を調べた。
〔絶縁性〕
抵抗率計(三菱油化製;HIRESTA−IP)を使用し、試験片を絶縁シート(測定台)の上に被測定面(表面皮膜のある面)が上になるように置き、試験片の表面皮膜に測定用の二重リング電極を押し付けて10Vの電圧を印加し、電圧印加開始から30sec経過時点での表面抵抗率(Ω/cm2)を測定した。絶縁性が要求される多くの用途では、一般に絶縁抵抗がメガオームすなわち1.0×106Ω/cm2以上であることが要求されることから、本測定における表面抵抗率が1.0×107Ω/cm2以上となるものを合格(絶縁性;良好)と評価した。
【0044】
〔皮膜密着性〕
皮膜の表面にJIS Z1522に規定されるセロハン粘着テープを貼付したのち、そのセロハン粘着テープを剥がす方法により、皮膜密着性を調べた。試験数n=5で試験を行い、目視により皮膜がセロハン粘着テープに付着したサンプルが1つもないものを○(皮膜密着性;良好)、それ以外を×(皮膜密着性;不良)と判定した。
〔皮膜構造〕
試験片の皮膜の表面についてのX線回折パターン(図2、図3に例示したのと同様のもの)の測定、および皮膜を含む試験片表層部の断面における表面から深さ方向へのEDXによる元素分析プロファイル(図3、図5に例示したのと同様のもの)の測定により、Ni層およびNiO+NiFe24混合層の厚さを調べた。
これらの結果を表2に示す。
【0045】
【表2】

【0046】
表2からわかるように、ステンレス鋼基材の表面にNiめっき層を形成した後、その表面を大気に曝して800〜1200℃で加熱したものにおいて、Ni層を介して厚さ1.0μm以上のNiO+NiFe24混合層を形成させることができた(本発明例)。これらはいずれも表面抵抗率が1.0×106Ω/cm2以上の良好な絶縁性を呈し、かつ表面の絶縁皮膜の密着性も良好であった。
【0047】
これに対し、No.1〜5は加熱処理の温度が低かったことからNiO+NiFe24混合層の厚さが1.0μmに達しておらず、絶縁性に劣った。No.9,20はそれぞれNiめっき層の厚さが薄すぎたものであるが、No.9では900℃×5minの加熱条件ではNiO+NiFe24混合層の厚さを1.0μm以上とすることができなかったことから絶縁性に劣り、またNo.20では1100℃×5minの加熱条件ではNi層を残存させることができなかったことから皮膜密着性に劣った。No.21〜24,26〜29はNiめっき層の厚さを1.0μm以上としたものであるが、それぞれの加熱温度(1100℃または1200℃)では加熱終了までの時間を5minとした条件でNi層が残存せず、皮膜密着性に劣った。
【0048】
なお、ここでは表1に示したフェライト系ステンレス鋼を基材に用いた例を示したが、上述の組成を有する種々のフェライト系ステンレス鋼種を基材に用いた場合にも、Niめっき層を形成した後、大気中で加熱する手法にて上記本発明例と同様に絶縁性が良好で、かつ密着性に優れた絶縁皮膜を形成させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.0001〜0.15%、Si:0.001〜1.2%、Mn:0.001〜2.0%、P:0.001〜0.05%、S:0.0005〜0.03%、Ni:0〜2.0%,Cu:0〜1.0%、Cr:11.0〜32.0%、Mo:0〜3.0%、Al:0〜0.1%未満、Nb:0〜1.0%、Ti:0〜1.0%、N:0〜0.025%、B:0〜0.01%,V:0〜0.5%、W:0〜0.3%、Ca、Mg、Y、REM(希土類元素)の合計:0〜0.1%、残部Feおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼を基材として、その基材表面上に、Ni層を介して、厚さ1.0μm以上のNiOとNiFe24の混合層が形成されている絶縁性の良好なステンレス鋼材。
【請求項2】
NiOとNiFe24の混合層の厚さが1.0〜50.0μmである請求項1に記載のステンレス鋼材。
【請求項3】
ステンレス鋼基材の表面に電気Niめっき法にて厚さ1.0〜30.0μmのNiめっき層を形成したのち、その鋼材をNiめっき層の表面が大気に曝される環境で800〜1200℃に加熱し、厚さ1.0μm以上のNiOとNiFe24の混合層が生成し且つNiめっき層の一部が残存する時間範囲で前記加熱を終了する、請求項1または2に記載の絶縁性の良好なステンレス鋼材の製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−201949(P2012−201949A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−69006(P2011−69006)
【出願日】平成23年3月25日(2011.3.25)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】