説明

絶縁電線

【課題】耐熱性向上の要求を満たすとともに、コイル用途として要求される、はんだ付け性の良好な多層絶縁電線を提供する。
【解決手段】導体4a,6aと前記導体を被覆する少なくとも1層の絶縁層4b,4c,4d,6b,6c,6dを有してなる絶縁電線であって、前記絶縁層の少なくとも1層を構成する樹脂組成物として液晶ポリマー以外のポリエステル系樹脂75〜95質量部に対し、液晶ポリマーを5〜25質量部を含有するポリエステル系樹脂(A)を含んでなるポリエステル系樹脂組成物を用いた絶縁電線。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁層を少なくとも1層有し、好ましくは3層以上の絶縁層を有する絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
変圧器の構造は、IEC規格(International Electrotechnical Communication Standard)Pub.60950などによって規定されている。即ち、これらの規格では、巻線において一次巻線と二次巻線の間には少なくとも3層の絶縁層(導体を被覆するエナメル皮膜は絶縁層と認定しない)が形成されていること又は絶縁層の厚みは0.4mm以上であること、一次巻線と二次巻線の沿面距離は、印加電圧によっても異なるが、5mm以上であること、また一次側と二次側に3000Vを印加した時に1分以上耐えること、などが規定されている。
このような規格のもとで、従来、主流の座を占めている変圧器としては、図2の断面図に例示するような構造が採用されてきた。この変圧器は、フェライトコア1上のボビン2の周面両側端に沿面距離を確保するための絶縁バリヤ3が配置された状態でエナメル被覆された一次巻線4が巻回されたのち、この一次巻線4の上に、絶縁テープ5を少なくとも3層巻回し、更にこの絶縁テープの上に沿面距離を確保するための絶縁バリヤ3を配置したのち、同じくエナメル被覆された二次巻線6が巻回された構造である。
【0003】
しかし、近年、図2に示した断面構造の変圧器(トランス)に代わり、図1で示したように、絶縁バリヤ3や絶縁テープ層5を含まない構造の変圧器が用いられるようになった。この変圧器は図2の構造の変圧器に比べて、全体を小型化することができ、また、絶縁テープの巻回し作業を省略できるなどの利点を備えている。
図1で示した変圧器を製造する場合、用いる1次巻線4及び2次巻線6では、いずれか一方もしくは両方の導体4a(6a)の外周に少なくとも3層の絶縁層4b(6b),4c(6c),4d(6d)が形成されていることが前記したIEC規格との関係で必要になる。
【0004】
このような巻線として導体の外周に絶縁テープを巻回して1層目の絶縁層を形成し、更にその上に、絶縁テープを巻回して2層目の絶縁層、3層目の絶縁層を順次形成して互いに層間剥離する3層構造の絶縁層を形成するものが知られている。また、絶縁テープの代わりにフッ素樹脂を、導体の外周上に順次押出被覆して、全体として3層の絶縁層を形成したものも公知である(例えば、特許文献1参照。)。
【0005】
しかしながら、前記の絶縁テープ巻の場合は、巻回する作業が不可避である為、生産性は著しく低く、その為電線コストは非常に高いものになっている。
また、前記のフッ素樹脂押出しの場合では、絶縁層はフッ素系樹脂で形成されているので、耐熱性は良好であるという利点を備えているが、樹脂のコストが高く、さらに高剪断速度で引っ張ると外観状態が悪化するという性質があるために製造スピードを上げることも困難で、絶縁テープ巻と同様に電線コストが高いものになってしまうという問題点がある。
【0006】
こうした問題点を解決するため、導体の外周上に、1層目、2層目の絶縁層として結晶化を制御し分子量低下を抑制した変性ポリエステル樹脂を押出し、3層目の絶縁層としてポリアミド樹脂を押出被覆した多層絶縁電線が実用化されている(例えば、特許文献2及び3参照。)。さらに近年の電気・電子機器の小型化に伴い、発熱による機器への影響が懸念され、より高い耐熱性を向上させた多層絶縁電線として、内層にポリエーテルスルホン樹脂、最外層にポリアミド樹脂を押出被覆したものが提案されている(例えば、特許文献4参照。)。
しかしながら、巻線加工後の変圧器を機器に取り付け回路を形成する際には、変圧器から引き出した電線の先端で導体が露出されはんだ付け処理後が行われる為、はんだ付け性の良好な多層絶縁電線が求められている。
またその後ワニス等で処理されることから、耐溶剤性の性能が求められるものの、いまだすべてを満足するものはないのが現状であった。
【特許文献1】実開平3−56112号公報
【特許文献2】米国特許第5,606,152号明細書
【特許文献3】特開平6−223634号公報
【特許文献4】特開平10−134642号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような問題を解決するために、本発明は、耐熱性向上の要求を満たすとともに、コイル用途として要求される、はんだ付け性の良好な多層絶縁電線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の上記課題は、以下に示した多層絶縁電線によって達成された。
すなわち本発明は、以下の多層絶縁電線を提供するものである。
(1)導体と前記導体を被覆する少なくとも1層の絶縁層を有してなる絶縁電線であって、前記絶縁層の少なくとも1層を構成する樹脂組成物として液晶ポリマー以外のポリエステル系樹脂75〜95質量部に対し、液晶ポリマーを5〜25質量部を含有するポリエステル系樹脂(A)を含んでなるポリエステル系樹脂組成物を用いたことを特徴とする絶縁電線、
(2)前記ポリエステル系樹脂組成物が、熱可塑性エラストマー(B)を含み、前記ポリエステル系樹脂(A)を連続層とし、前記熱可塑性エラストマー(B)を分散相とする樹脂分散体であることを特徴とする(1)項記載の絶縁電線、
(3)前記ポリエステル系樹脂組成物が、前記ポリエステル系樹脂(A)100質量部に対し、前記熱可塑性エラストマー(B)を15質量部以下含有することを特徴とする(2)記載の絶縁電線、
(4)前記熱可塑性エラストマー(B)としてエポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する樹脂(B−1)を用いたことを特徴とする(2)または(3)項記載の絶縁電線、
(5)前記熱可塑性エラストマー(B)としてアクリレートもしくはメタクリレートまたはそれらの混合物から得られるゴム状コアとビニル系単独重合体もしくは共重合体よりなる外側シェルとを有するコア−シェル重合体(B−2)を用いたことを特徴とする(2)または(3)項記載の絶縁電線、および
(6)前記熱可塑性エラストマー(B)として側鎖にカルボン酸またはカルボン酸の金属塩を有するエチレン系共重合体(B−3)を用いたことを特徴とする(2)または(3)項記載の絶縁電線、
を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の絶縁電線は、耐熱性レベルも十分満足するほか、コイル用途として要求されるはんだ付け性に優れることから、巻線加工後の後処理が容易となるものである。これまでに耐熱F種以上の耐熱性を保持しながら、良好なはんだ付け性を兼ね備えた絶縁電線はなかった。本発明の絶縁電線は、端末加工時には直接はんだ付けを行うことができ、巻線加工の作業性を十分高めることができる。また、多層の本発明の絶縁電線を用いることで、電気特性に優れ、信頼性が高い変圧器を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明において使用される材料について説明する。
(A)ポリエステル系樹脂
本発明においては、絶縁層の少なくとも1層を構成する樹脂組成物として液晶ポリマー以外のポリエステル系樹脂と液晶ポリマーを所定量配合されるポリエステル系樹脂(A)を含んでなるポリエステル系組成物を用いたものである。
【0011】
(液晶ポリマー以外のポリエステル系樹脂)
本発明に用いられる液晶ポリマー以外のポリエステル系樹脂としては、芳香族ジカルボン酸またはその一部が脂肪族ジカルボン酸で置換されているジカルボン酸と脂肪族ジオールとのエステル反応で得られたものが好ましく用いられる。例えば、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)、ポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)、ポリエチレンナフレート樹脂(PEN)などを代表例としてあげることができる。
【0012】
このポリエステル系樹脂の合成時に用いる芳香族ジカルボン酸としては、例えば、テレフタル酸、イソフタル酸、テレフタルジカルボン酸、ジフェニルスルホンジカルボン酸、ジフェノキシエタンジカルボン酸、ジフェニルエーテルカルボン酸、メチルテレフタル酸、メチルイソフタル酸などをあげることができる。これらのうち、特にテレフタル酸は好適なものである。
【0013】
芳香族ジカルボン酸の一部を置換する脂肪族ジカルボン酸としては、例えば、コハク酸、アジピン酸、セバシン酸などをあげることができる。これらの脂肪族ジカルボン酸の置換量は、芳香族ジカルボン酸の30モル%未満であることが好ましく、特に20モル%未満であることが好ましい。一方、エステル反応に用いる脂肪族ジオールとしては、例えば、エチレングリコール,トリメチレングリコール,テトラメチレングリコール,ヘキサンジオール,デカンジオールなどをあげることができる。これらのうち、エチレングリコール,テトラメチルグリコールは好適である。また、脂肪族ジオールとしては、その一部がポリエチレングリコールやポリテトラメチレングリコールのようなオキシグリコールになっていてもよい。
【0014】
本発明において好ましく用いることができる市販の樹脂としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)系樹脂は、バイロペット(東洋紡社製、商品名)、ベルペット(鐘紡社製、商品名)、帝人PET(帝人社製、商品名)等がある。ポリエチレンナフタレート(PEN)系樹脂は帝人PEN(帝人社製、商品名)等が挙げられ、ポリシクロヘキサンジメチレンテレフタレート(PCT)系樹脂はエクター(東レ社製、商品名)等が挙げられる。
【0015】
(液晶ポリマー)
本発明におけるポリエステル系樹脂(A)には、液晶ポリマーを含有するものである。用いられる液晶ポリマーは、その分子構造、密度、分子量等は特に限定されるものではなく、溶融したときに液晶を形成する溶融液晶性ポリマー(サーモトロピック液晶ポリマー)が好ましく、その溶融液晶性ポリマーとしては、溶融液晶性ポリエステル系共重合体が好ましい。
このような溶融液晶性ポリエステルとしては、(I)長さの異なる剛直な直線性のポリエステル2種をブロック共重合して得られる剛直さ成分同士の共重合型のポリエステル、(II)剛直な直線性のポリエステルと剛直な非直線性のポリエステルをブロック共重合して得られる非直線性構造導入型のポリエステル、(III)剛直な直線性のポリエステルと屈曲性のあるポリエステルの共重合による屈曲鎖導入型のポリエステル、(IV)剛直鎖で直線性のポリエステルの芳香族環上へ置換基を導入した核置換芳香族導入型ポリエステルがある。
【0016】
このようなポリエステルの繰り返し単位としては、次のa.芳香族ジカルボン酸に由来するもの、b.芳香族ジオールに由来するもの、c.芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来するものを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0017】
a.芳香族ジカルボン酸に由来する繰り返し単位:
【0018】
【化1】

【0019】
【化2】

【0020】
b.芳香族ジオールに由来する繰り返し単位:
【0021】
【化3】

【0022】
【化4】

【0023】
c.芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する繰り返し単位:
【0024】
【化5】

【0025】
フィルム成形工程での操業性、耐熱性、絶縁皮膜の力学的特性等のバランスから、液晶ポリマーは下記の繰り返し単位を含むものが好ましく、さらに好ましくはこの繰り返し単位を全体の少なくとも30モル%以上含むものである。
【0026】
【化6】

【0027】
好ましい繰り返し単位の組み合わせは下記(I)〜(VI)に記載する繰り返し単位の組み合わせが挙げられる。
【0028】
【化7】

【0029】
【化8】

【0030】
【化9】

【0031】
【化10】

【0032】
【化11】

【0033】
【化12】

【0034】
このような液晶ポリエステルの製造方法については、例えば、特開平2−51523号公報、特公昭63−3888号公報、特公昭63−3891号公報等に記載されている。
これらの中で、(I)、(II)、(V)に示す組み合わせのものが好ましく、さらに好ましくは(V)に示す組み合わせのものが挙げられる。
【0035】
液晶ポリマーは流動化温度が300℃以上であり、また溶融時の粘度も従来使用されているポリエチレンテレフタレートや6,6ナイロンの粘度以下であるため、高速での押出し被覆処理が可能となり、低コストでフィルム製造ができる。
【0036】
液晶ポリマー皮膜は、逆に伸びが数%と極めて低い特徴があり、屈曲性に問題がある。そこで、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートなどのポリエステル系樹脂を液晶ポリマーに配合することで皮膜の伸びを改善し、可とう性を良好にすることが可能になる。
【0037】
本発明においては、ポリエステル樹脂(A)は、液晶ポリマー以外のポリエステル系樹脂75〜95質量部(好ましくは80〜90質量部)に対し、液晶ポリマーを5〜25質量部(好ましくは10〜20質量部)を含有するものである。また、液晶ポリマー以外のポリエステル系樹脂と液晶ポリマーの混合方法は任意の方法を用いることができる。
【0038】
(B)熱可塑性エラストマー
本発明において、上記ポリエステル系樹脂組成物は、熱可塑性エラストマー(B)を含み、ポリエステル系樹脂(A)を連続層とし、熱可塑性エラストマー(B)を分散相とする樹脂分散体であることが好ましい。本発明における熱可塑性エラストマー(B)の含有量は、ポリエステル系樹脂(A)100質量部に対し、15質量部以下であることが好ましく、4〜13質量部であることがさらに好ましい。
熱可塑性エラストマーが15質量部より多いと耐熱性がやや低くなる。液晶ポリマーや液晶ポリマー以外のポリエステル系樹脂に比べてエラストマー成分の耐熱性が低いためと推定される。
【0039】
また、上記樹脂分散体は、液晶ポリマーを含むポリエステル系樹脂(A)と、熱可塑性エラストマー(B)との溶融混練等の過程における化学反応により(A)成分の中に(B)成分が均一微細分散された、(A)成分を連続相とし(B)成分を分散相とする樹脂分散体であることが好ましい。
【0040】
本発明の一つの好ましい実施態様においては、熱可塑性エラストマー(B)として、ポリエステル系樹脂と反応性を有する官能基として、エポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選ばれる少なくとも1つの基を含有する樹脂(B−1)を用いたものである。そのうちでも特にエポキシ基を含有することが好ましい。樹脂(B−1)は、同一分子内で該官能基含有単量体成分を0.05〜30質量部有することが好ましく、0.1〜20質量部有することがより好ましい。該官能基を含有する単量体成分量が少なすぎると本発明の効果を発揮しにくく、また多すぎると前記ポリエステル系樹脂(A)との過反応によるゲル化物が発生しやすく、好ましくない。
このような樹脂(B−1)としては、オレフィン成分とエポキシ基含有化合物成分からなる共重合体であることが好ましい。また、アクリル成分又はビニル成分の中、少なくとも1種類以上の成分とオレフィン成分及びエポキシ基含有化合物成分からなる共重合体であってもよい。
樹脂(B−1)の上記の反応性を有する官能基は、絶縁電線においては、実質的に全ての基が反応したものとなる。
【0041】
上記の(B−1)の代表的な例としては、エチレン/グリシジルメタアクリレート共重合体、エチレン/グリシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル3元共重合体、エチレン/グリシジルメタアクリレート/酢酸ビニル3元共重合体、エチレン/グリシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル/酢酸ビニル4元共重合体などが挙げられる。中でもエチレン/グリシジルメタアクリレート共重合体、エチレン/グリシジルメタアクリレート/アクリル酸メチル3元共重合体が好ましい。市販の樹脂では、例えば、ボンドファースト(住友化学工業社製、商品名)、ロタダー(アトフィナ社製、商品名)が挙げられる。
【0042】
また、(B−1)は、ブロック共重合体、グラフト共重合体、ランダム共重合体、交互共重合体のいずれであっても良い。樹脂(B−1)は、例えばエチレン/プロピレン/ジエンのランダム共重合体、エチレン/ジエン/エチレンのブロック共重合体、プロピレン/ジエン/プロピレンのブロック共重合体、スチレン/ジエン/エチレンのブロック共重合体、スチレン/ジエン/プロピレンのブロック共重合体、スチレン/ジエン/スチレンのブロック共重合体に対し、ジエン成分を一部エポキシ化したもの又はグリシジルメタクリル酸のようなエポキシ含有化合物をグラフト変性したものであってもよい。また、これらの共重合体は、熱安定性を上げるため、水素添加されたものも好ましい。
【0043】
また、本発明の別の好ましい実施態様においては、熱可塑性エラストマー(B)として、アクリレートもしくはメタクリレートまたはそれらの混合物から得られるゴム状コアとビニル系単独重合体もしくは共重合体よりなる外側シェルとを有するコア−シェル重合体(B−2)を用いたものである。
本発明に用いられるコア−シェル重合体樹脂(B−2)とは、アクリレートもしくはメタクリレートまたはそれらの混合物から得られるゴム状コア(好ましくは、アルキルアクリレート重合体からなるゴム状コア)と、ビニル系重合体もしくは共重合体外側シェル(好ましくは、アルキルメタクリレート重合体からなる外側シェル)とを有するコア−シェル重合体を意味するものである。本発明に用いられるコア−シェル重合体樹脂(B−2)において、コアは炭素数1〜6のアルキル基を有するアルキルアクリレートから重合され、約10℃より低いTgを有し、加えて、上記のアルキルアクリレートに対し、架橋性単量体および/またはグラフト用単量体を含むアクリルゴムコアとなることが好ましい。特に好ましい上記アルキルアクリレートは、アクリル酸n−ブチルである。
【0044】
前記架橋性単量体は、それらすべてが実質的に同じ反応レートで重合する複数の付加重合性反応基を有する多エチレン系不飽和単量体である。
本発明に好ましく用いられる架橋性単量体には、ブチレンジアクリレートおよびジメタクリレート、トリメチロールプロパントリメタクリレート等のポリオールのポリ(アクリル酸エステル)およびポリ(メタクリル酸エステル)、ジ−およびトリ−ビニルベンゼン、アクリル酸およびメタクリル酸ビニル等がある。特に好ましい架橋性単量体はブチレンジアクリレートである。
【0045】
前記グラフト用単量体は、反応性基の少なくとも1つはそれら反応性基の他の少なくとも1つと実質的に異なる重合速度で重合する複数の付加重合性反応基を有する多エチレン系不飽和単量体である。グラフト用単量体の機能は、特に後者の重合段階において、エラストマー相中すなわちエラストマー粒子(ゴム状コア)の表面又はその付近に不飽和基を残すことである。これにより、引き続き剛性の熱可塑性シェル層(以下、単にシェル層又は最終段ともいう。)をエラストマー(ゴム状コア)の表面で重合させると、グラフト用単量体によって与えられた残存する不飽和の付加重合可能な反応性基がシェル層形成反応に参加し、その結果、シェル層の少なくとも一部がエラストマーの表面に化学的に付着される。
本発明において好ましく用いられるグラフト用単量体は、アクリル酸アリル、メタクリル酸アリル、マレイン酸ジアリル、フマル酸ジアリル、イタコン酸ジアリル、酸性マレイン酸アリル、酸性フマル酸アリルおよび酸性イタコン酸アリル等のエチレン系不飽和二塩基酸のアリルエステルのアルキル基含有単量体類が挙げられる。特に好ましいグラフト用単量体はメタクリル酸アリルおよびマレイン酸ジアリルである。
【0046】
本発明に用いられる外側シェル形成用単量体(以下、単に最終段用単量体又はシェル層用単量体という。)は、ビニル系単独重合体または共重合体を形成することができる単量体であり、この最終段用単量体の具体例としては、メタクリレート、アクリロニトリル、アクリル酸アルキル、メタクリル酸アルキル、メタクリル酸ジアルキルアミノアルキル、スチレン等が挙げられる。上記最終段用単量体は単独、又は2種以上の混合系でもよい。上記最終段用単量体は、炭素数1〜16のアルキル基を有するメタクリレートが好ましく、炭素数1〜4のアルキル基を有するアルキルメタクリレートが最も好ましい。前記コア−シェル重合体樹脂(B−2)の製造方法として、特に制限されないが、乳化重合法を用いることが好ましい。
【0047】
好ましく本発明に用いられるコア−シェル重合体(B−2)の1つの例としては、アクリル酸ブチルと架橋剤としてのブチレンジアクリレート、グラフト化剤としてのメタクリル酸アリルまたはマレイン酸アリルとから成る単量体系から重合される第一段即ちゴム状コアと、メタクリル酸メチル重合体の最終段即ちシェルの2段だけを有するものである。また、ポリエステル系樹脂内の分散性を改善するためのシェル表面にエポキシ基、オキサゾリン基、アミン基、及び無水マレイン酸基からなる群から選択され少なくとも1種類の官能基を有するものであってもよい。
上述したように、2段であるコア−シェル重合体の市販品として、呉羽化学工業社製のパラロイド(PARALOID)EXL−2313、EXL−2314及びEXL−2315(いずれも商品名)が挙げられるが、本発明はこれらに限定するものではない。
【0048】
また別の好ましい実施態様においては、熱可塑性エラストマー(B)として、ポリエチレンの側鎖にカルボン酸もしくはカルボン酸の金属塩を結合させたエチレン系共重合体(B−3)を用いたものである。このエチレン系共重合体は、前記したポリエステル系樹脂の結晶化を抑制する働きをする。
【0049】
結合させるカルボン酸としては、例えば、アクリル酸,メタクリル酸,クロトン酸のような不飽和モノカルボン酸や、マレイン酸,フマル酸,フタル酸のような不飽和ジカルボン酸をあげることができ、またこれらの金属塩としては、Zn、Na、K、Mgなどとの塩をあげることができる。このようなエチレン系共重合体としては、例えば、エチレン−メタアクリル酸共重合体のカルボン酸の一部を金属塩にした、一般にアイオノマーと呼ばれる樹脂(例えば、ハイミラン;商品名、三井ポリケミカル社製),エチレン−アクリル酸共重合体(例えば、EAA;商品名、ダウケミカル社製),側鎖にカルボン酸を有するエチレン系グラフト重合体(例えば、アドマー;商品名、三井石油化学工業社製)をあげることができる。
【0050】
本発明における絶縁層には、求められる特性を損なわない範囲で、他の耐熱性樹脂、通常使用される添加剤、無機充填剤、加工助剤、着色剤なども添加することができる。
【0051】
本発明に用いられる導体としては、金属裸線(単線)、または金属裸線にエナメル被覆層や薄肉絶縁層を設けた絶縁電線、あるいは金属裸線の複数本またはエナメル絶縁電線もしくは薄肉絶縁電線の複数本を撚り合わせた多心撚り線を用いることができる。これらの撚り線の撚り線数は、高周波用途により随意選択できる。また、線心(素線)の数が多い場合(例えば19−、37−素線)、撚り線ではなくてもよい。撚り線ではない場合、例えば複数の素線を略平行に単に束ねるだけでもよいし、または束ねたものを非常に大きなピッチで撚っていてもよい。いずれの場合も断面が略円形となるようにすることが好ましい。
【0052】
本発明の絶縁電線は、絶縁層を3層とする場合には、常法により導体の外周に所望の厚みの1層目の絶縁層を押出被覆し、次いで、この1層目の絶縁層の外周に所望の厚みの2層目の絶縁層を押出被覆するという方法で、順次絶縁層を押出被覆することで製造される。このようにして形成される押出絶縁層の全体の厚みは3層では60〜180μmの範囲内にあるようにすることが好ましい。このことは、絶縁層の全体の厚みが薄すぎると得られた耐熱多層絶縁電線の電気特性の低下が大きく、実用に不向きな場合があり、逆に厚すぎると小型化に不向きであり、コイル加工が困難になるなどの場合があることによる。さらに好ましい範囲は70〜150μmである。また、上記の3層の各層の厚みは20〜60μmにすることが好ましい。
【実施例】
【0053】
次に本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0054】
絶縁層を形成する樹脂組成物は所定の配合の材料を混練用二軸押出機にて溶融・混合し更に水冷してペレタイザーでペレット状にカットして作成した。得られた実施例に係る樹脂組成物をフィルム状にして透過型電子顕微鏡でその状態を確認したところ、熱可塑性エラストマーを配合しない実施例9以外の、実施例1〜8および実施例10はポリエステル系樹脂を連続相とし、熱可塑性エラストマーを分散相とする樹脂分散体であることが確認された。
【0055】
実施例1〜10及び比較例1〜3
導体として線径0.75mmの軟銅線を用意した。表1に示した各層の押出被覆用樹脂の配合(組成の数値は質量部を示す)及び厚さで、単層の場合は1層を、多層の場合は導体上に順次押出し被覆して絶縁電線を製造した。
得られた絶縁電線につき、下記の仕様で各種の特性を試験した。また、肉眼により外観を観察した。
【0056】
A.可とう性
電線自身の周囲に線と線が接触するように緊密に10回巻きつけ、顕微鏡にて観察を行い皮膜にクラックやクレージングなどの異常が見られなければ合格(表1において○で示す)とした。
B.電気的耐熱性
長さ約50cmの絶縁電線を二つに折り合わせ1.5kgの張力を加えながら約12cmの長さの部分を9回よりあわせたあと張力を取り去り、折り目部分を切ってツイスト状サンプルを作成した。このツイスト状サンプルを235℃で168時間加熱後、絶縁破壊電圧を測定し加熱前の絶縁破壊電圧に対し残率40%以上をF種合格(表1において○で示す)と判定した。また特に残率50%以上で耐熱性が特に良好なものを◎で示した。
C.耐溶剤性
巻線加工として20D巻き付けを行った電線をエタノール又はイソプロピルアルコール溶媒に30秒間浸漬し、乾燥後試料表面の観察を行い、クレージング発生の有無判定を行った。表1において、クレージングの発生が無いものを○、クレージングが発生したものを×で示した。
D.半田付け性
巻線加工後のはんだ付け性を評価するための加工性に関する特性試験である。押出被覆することによって作製した絶縁電線をフラックスに浸漬させた後、先端部40mmを450℃×10秒間はんだ槽に入れた。はんだが付いた箇所が30mm以上であれば合格(表1において○で示す)と判定した。
【0057】
【表1】

【0058】
表1中、「−」は添加しないことを表す。また、合否の◎は特に好ましい、○は好ましい、×は不適切を表す。
また、表中で略号で示される各樹脂は以下のものを使用した。
PET:ポリエチレンテレフタレート樹脂、帝人PET(帝人社製、商品名)
エチレン系共重合体:アイオノマー、ハイミラン1855(三井デュポン社製、商品名)
コアシェル共重合体:アクリル系樹脂から得られたゴム状コアとビニル系単独重合体よりなる外側シェルとを有するコア−シェル重合体、パラロイドEXL2313(呉羽化学製)
LCP:液晶ポリマー、ロッドランLC5000(ユニチカ社製、商品名)
PES:ポリエーテルスルホン、スミカエクセルPES4100(住友化学工業社製、商品名)
Ny66:ナイロン66、FDK-1(ユニチカ社製、商品名)
また、導体から順に第1層、第2層、第3層が被覆されたものであり、3層構造である場合には第3層が最外層である。
【0059】
表1で示した結果から以下のことが明らかになった。
すなわち、LCPを含まないPESのみを絶縁層に用いた3層電線である比較例1では、耐溶剤性、および、はんだ付け性が劣るものとなった。LCPを含まない、PET/アイオノマーおよびナイロン66を絶縁層に用いた比較例2では、電気耐熱性に劣るものとなった。また、LCPが多すぎる比較例3では可とう性に劣るものであった。
これに対し、実施例1〜9ではいずれも、外観、可とう性、電気的耐熱性、耐溶剤性、はんだ付け性のいずれにも優れるものとなった。またポリエステル系樹脂100質量部に対して熱可塑性エラストマーを17質量部含有するポリエステル系樹脂組成物で被覆された絶縁電線である、実施例10は実施例1〜9より耐熱性は劣るものの、F種合格品として十分使用できるものであった。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】3層絶縁電線を巻線とする構造の変圧器の例を示す断面図である。
【図2】従来構造の変圧器の1例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0061】
1 フェライトコア
2 ボビン
3 絶縁バリヤ
4 一次巻線
4a 導体
4b,4c,4d 絶縁層
5 絶縁テープ
6 二次巻線
6a 導体
6b,6c,6d 絶縁層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と前記導体を被覆する少なくとも1層の絶縁層を有してなる絶縁電線であって、前記絶縁層の少なくとも1層を構成する樹脂組成物として液晶ポリマー以外のポリエステル系樹脂75〜95質量部に対し、液晶ポリマーを5〜25質量部を含有するポリエステル系樹脂(A)を含んでなるポリエステル系樹脂組成物を用いたことを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
前記ポリエステル系樹脂組成物が、熱可塑性エラストマー(B)を含み、前記ポリエステル系樹脂(A)を連続層とし、前記熱可塑性エラストマー(B)を分散相とする樹脂分散体であることを特徴とする請求項1記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記ポリエステル系樹脂組成物が、前記ポリエステル系樹脂(A)100質量部に対し、前記熱可塑性エラストマー(B)を15質量部以下含有することを特徴とする請求項2記載の絶縁電線。
【請求項4】
前記熱可塑性エラストマー(B)としてエポキシ基、オキサゾリル基、アミノ基及び無水マレイン酸残基からなる群から選択される少なくとも1種類の官能基を含有する樹脂(B−1)を用いたことを特徴とする請求項2または3記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記熱可塑性エラストマー(B)としてアクリレートもしくはメタクリレートまたはそれらの混合物から得られるゴム状コアとビニル系単独重合体もしくは共重合体よりなる外側シェルとを有するコア−シェル重合体(B−2)を用いたことを特徴とする請求項2または3記載の絶縁電線。
【請求項6】
前記熱可塑性エラストマー(B)として側鎖にカルボン酸またはカルボン酸の金属塩を有するエチレン系共重合体(B−3)を用いたことを特徴とする請求項2または3記載の絶縁電線。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−198445(P2008−198445A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−31343(P2007−31343)
【出願日】平成19年2月9日(2007.2.9)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】