説明

絶縁電線

【課題】可撓性を保持しつつ耐部分放電性を高めるとともにコストの低廉化を図ることのできる絶縁電線を提供すること。
【解決手段】導体100上に少なくとも2以上の耐部分放電層300a〜300eが形成された絶縁電線であって、前記各耐部分放電層は、所定の樹脂と所定の無機絶縁微粒子との混合物で構成されており、前記所定の無機絶縁微粒子は、表面に近い前記耐部分放電層ほど濃度が高まる濃度勾配をもって配合されたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁電線に関し、特に耐インバータサージ特性に優れた絶縁電線に係るものである。
【背景技術】
【0002】
近年、インバータ制御(インバータを使った可変電圧・可変周波数の交流電源によって電動モータの速度制御を行う制御方式の一種)を行う電気機器(例えば、エアコン、冷蔵庫、蛍光灯、電磁調理器などの家電や自動車、電車、エレベータなど)が増える傾向にある。
【0003】
ところで、モータのコイルなどに用いられるエナメル線などの絶縁電線においては、インバータ制御に伴なう急峻な過電圧(インバータサージ)の発生により、部分放電劣化を起こし、最終的に絶縁破壊に至って、絶縁電線の寿命が短くなるという問題があった。
【0004】
特に、高効率化の要請等によりモータ駆動電圧は上昇する傾向にあり、部分放電が発生するリスクは高くなってきている。
【0005】
ここで、絶縁電線における部分放電による侵食を抑制するために、有機溶剤に溶解した耐熱性樹脂液中にシリカやチタニアなどの無機絶縁微粒子を分散させた樹脂塗料により絶縁層(耐部分放電層)を形成する技術(ナノコンポジット化技術とも呼称される)が知られている。
【0006】
適度の無機絶縁微粒子の添加は、エナメル線に耐部分放電性を付与するほか、熱伝導度の向上、熱膨張の低減、強度の向上に寄与するというメリットがある。
【0007】
このような無機絶縁微粒子を分散させた絶縁層を形成した絶縁電線に関する技術は種々提案されている。
【0008】
例えば、特開2008−251295号公報には、導体上に少なくとも1層の絶縁層が形成された絶縁電線であって、該絶縁層の少なくとも1層が無機絶縁微粒子を含有し、ベース樹脂がポリアミドイミドである絶縁層であり、このポリアミドイミドの引張破壊伸び率が50%以上である絶縁電線が開示されている。
【0009】
すなわち、2層以上の絶縁層で、そのうち1層は無機絶縁微粒子を含有し、且つ導体に接する層と最外層の無機絶縁微粒子含有量は前述の耐部分放電性を目的とした層の無機絶縁微粒子含有量より少なくした構造の絶縁電線が提案されている。
【0010】
これにより、導体を覆う層を上・中・下と3層に分け、中層に無機絶縁微粒子を含有した耐部分放電層を形成し、上層と下層は可撓性や耐摩耗性向上のために、中層より無機絶縁微粒子含有量を減少させている。
【0011】
この技術によれば、上記のような構成により、従来の絶縁電線に比べて耐インバータサージ特性(耐コロナ特性)、耐熱衝撃性、絶縁性および可撓性が向上するという長所を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2008−251295号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、前述した従来技術に係る絶縁電線においては、上層、中層、下層の間での無機絶縁微粒子含有量の指定はあっても、耐部分放電性の向上を目的として形成した層(中層、無機絶縁微粒子含有塗料を塗布した層)は特に指定されておらず、可撓性と耐部分放電性の向上が期待できない場合があるという難点があった。
【0014】
また、耐部分放電性を向上させるために無機絶縁微粒子含有量を増やす場合には、コストが嵩むという不都合もあった。
【0015】
さらに、絶縁電線でコイルを形成した場合、当該絶縁電線には巻線時に伸長などの機械的ストレスが加わって絶縁層に亀裂が入り、耐部分放電性が劣化するという不都合もあった。
【0016】
本発明は、上述の技術的背景からなされたものであって、可撓性を保持しつつ耐部分放電性を高めるとともにコストを低廉化することのできる絶縁電線を提供することを目的とする。
【0017】
また、本発明は、巻線時に伸長された際の耐部分放電性を高めることのできる絶縁電線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
前記課題を解決するため、請求項1の発明に係る絶縁電線は、導体上に少なくとも2以上の耐部分放電層が形成された絶縁電線であって、前記各耐部分放電層は、所定の樹脂と所定の無機絶縁微粒子との混合物で構成され、前記所定の無機絶縁微粒子は、表面に近い前記耐部分放電層ほど濃度が高まる濃度勾配をもって配合されていることを特徴とする。
【0019】
請求項2の発明に係る絶縁電線は、請求項1に記載の発明について、前記耐部分放電層のうち前記導体側の第1層は、前記導体上に形成される可撓性を備える可撓性層の上に形成されることを特徴とする。
【0020】
請求項3の発明に係る絶縁電線は、請求項1または請求項2の何れかに記載の発明について、前記耐部分放電層のうち表面側の最外層の上には、保護層が形成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば以下の効果を奏することができる。
【0022】
すなわち、請求項1に記載の発明によれば、所定の無機絶縁微粒子は、表面に近い耐部分放電層ほど濃度が高まる濃度勾配をもって配合されているので、可撓性を保持しつつ耐部分放電性を高めるとともにコストを低廉化することができるという優れた効果が得られる。
【0023】
また、耐部分放電層が可撓性を保持することから、巻線時に伸長された際にも亀裂が入りにくくなり、耐部分放電性を高めることができるという優れた効果が得られる。
【0024】
請求項2に記載の発明によれば、耐部分放電層のうち導体側の第1層は導体上に形成される可撓性を備える可撓性層の上に形成されるので、可撓性を保持しつつ耐部分放電性を高めることができる。
【0025】
請求項3に記載の発明によれば、耐部分放電層のうち表面側の最外層の上には、保護層が形成されるので、強度を一層高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】実施の形態に係る絶縁電線Wの断面構造を示す断面図である。
【図2】実施の形態に係る絶縁電線Wの被覆層の構成例を示す一部拡大断面図である。
【図3】従来例と実施例の各層における無機絶縁微粒子含有量を模式的に示すグラフである。
【図4】従来例に係る絶縁電線500の被覆層の構成例を示す一部拡大断面図である。
【図5】実施例1〜5等の絶縁電線の課電寿命の測定結果を示す表である。
【図6】実施例に係る絶縁電線の課電寿命と膜厚の関係を示すグラフである。
【図7】耐部分放電層の無機物含有量と各層の関係の例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の一例としての実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。ここで、添付図面において同一の部材には同一の符号を付しており、また、重複した説明は省略されている。なお、ここでの説明は本発明が実施される最良の形態であることから、本発明は当該形態に限定されるものではない。
【0028】
図1から図5を参照して、本発明についての実施の形態に係る絶縁電線Wについて説明する。
【0029】
図1に示す絶縁電線Wは、例えば軟銅線等よりなる導体100を被覆する被覆層200が、導体100の表面に形成される下層200aと、少なくとも2以上の耐部分放電層300(図2参照)で構成される中層200bと、最外層にあたる上層200cとから構成されている。
【0030】
図2に示すように、本実施の形態に係る絶縁電線Wにおいて、中層200bは、本実施の形態では5層の耐部分放電層300(300a〜300e)で構成されている。
【0031】
そして、各耐部分放電層300a〜300eは、所定の樹脂(例えば、ポリアミドイミド樹脂等)と所定の無機絶縁微粒子(例えば、シリカ、酸化チタン、アルミナ、酸化ジルコニウム、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、クレー、タルク等)との混合物で構成され、無機絶縁微粒子は、図3に示すグラフ線Aのように表面に近い耐部分放電層ほど濃度が高まる濃度勾配(300a<300b<300c<300d<300e)をもって配合されている。
【0032】
なお、中層200bを構成する耐部分放電層300の数は、本実施の形態にて採用した5層に限定されるものではなく、2〜4層であってもよいし、6層以上であってもよい。
【0033】
また、所定の樹脂としては、前述のポリアミドイミド樹脂以外に、ポリウレタン、ポリエステル、ポリエステルイミド、ポリイミド、ポリアミド等、導体100を被覆可能な様々な種類の樹脂が適用される。また、無機絶縁微粒子も、上記例示物質に限定されるものではなく、導体100を被覆する樹脂に混合可能な様々な種類の無機絶縁微粒子が適用される。
【0034】
また、下層200aは、導体100上に形成される可撓性を備える可撓性層とすることができる。
【0035】
ここで、可撓性層は、特には限定されないが、前述のポリアミドイミド樹脂等をベースとし、所定の無機絶縁微粒子(例えば、シリカ、酸化チタン、アルミナ、酸化ジルコニウム、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、クレー、タルク等)の添加量を中層200bより低くすることやベース樹脂のみで層形成したものとすることができる。
【0036】
また、上層200cも、特には限定されないが、前述のポリアミドイミド樹脂等をベースとし、所定の無機絶縁微粒子(例えば、シリカ、酸化チタン、アルミナ、酸化ジルコニウム、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、クレー、タルク等)の添加量を中層200bより低くすることやベース樹脂のみで層形成することで保護層とすることができる。
【0037】
なお、上層200cや下層200aを設けることなく、中層200bのみで導体100を被覆してもよい。
【0038】
ここで、図3のグラフ線Bに示す従来の絶縁電線500は、例えば軟銅線等よりなる導体100を被覆する被覆層が、導体100の表面に形成される下層501と、耐部分放電層502で構成される中層と、最外層にあたる上層503とから構成されている。そして、従来の絶縁電線500においても耐部分放電層502は多層となっているものの、各耐部分放電層502の絶縁微粒子濃度は、例えば10wt%(重量%)と均一となっている。
【0039】
次に、図5の表および図6のグラフを参照して、従来例として無機絶縁微粒子の配合を10wt%(重量%)とした場合のサンプル(中層が21.2μm、30.2μm、31.8μmおよび32.4μmの絶縁電線)と、従来例として無機絶縁微粒子の配合を20wt%(重量%)とした場合のサンプル(中層が20.4μm、32.4μm、32.4μmおよび34.0μmの絶縁電線)と、従来例として無機絶縁微粒子の配合を20wt%(重量%)として10%伸長した場合のサンプル(中層が31.2μmの絶縁電線)と、本発明の実施例として、中層200bの耐部分放電層300a〜eの無機絶縁微粒子の配合を5wt%(重量%)ずつ増加させたサンプル(実施例1〜5)の課電寿命時間を比較する。なお、実施例5では、サンプルを10%伸長した。
【0040】
なお、実施例1〜5の中層200bの膜厚は、それぞれ21.8μm、31.8μm、32.0μm、34.6μm、31.2μmとなっている。また、本実施の形態における耐部分放電層300a〜300eの無機絶縁微粒子の各配合比率は、それぞれ0、5、10、15、20wt%(重量%)であるものとする。
【0041】
また、従来例および本発明の実施例の試料とも、エナメル線を模擬して、銅平板の上に所定の膜を塗布・焼き付けしたものである。なお、塗布には専用のコータを使用し、焼き付けは170℃で15分間行った。
【0042】
課電寿命時間試験は高周波加速試験装置を用いた。電極には、一方が固定された直径10mmの球電極、他方がマイクロメータの先端を球とした直径10mmの球電極として、これらの球電極でサンプルを挟み込んだ。
【0043】
課電条件は、高周波3kHzで1秒間にAC100Vずつ昇圧させ、AC1500V到達後から絶縁破壊が起きるまでの時間を1〜3回程度計測した。
【0044】
その測定結果は、無機絶縁微粒子の配合を10wt%(重量%)とした場合の従来例では、平均241sec、1229sec、2070sec、1938secであり、配合を20wt%(重量%)とした場合のサンプルでは、443sec、3305sec、3598sec、3812secであり、配合を20wt%(重量%)として10%伸長した場合のサンプルでは、356secであった。
【0045】
一方、実施例1〜5の測定結果は、それぞれ平均669sec、2591sec、2962sec、3853sec、863secである。
【0046】
ここで、実施例1の膜厚は21.8μmであり、課電寿命時間は669secとなっている。一方、従来例でほぼ同等の膜厚である21.2μm(無機絶縁微粒子の配合を10wt%(重量%)とした場合のサンプル)、および20.4μm(無機絶縁微粒子の配合を20wt%(重量%)とした場合のサンプル)では、課電寿命時間はそれぞれ241sec、443secとなっていることから、実施例1の方が良好な耐部分放電性を示すことが確認された。
【0047】
このように、実施例と従来例とを、膜厚に着目して課電寿命時間を比較した場合、実施例は何れも上記従来例のサンプルの測定結果を大きくしのぎ、良好な耐部分放電性を示すことが確認された。
【0048】
とりわけ、サンプルを10%伸長した同一膜厚(31.2μm)の実施例と従来例とを比較した場合、従来例の課電寿命時間が356secであるのに対して、実施例では課電寿命時間が863secとなっている。これにより、巻線時に伸長された際の耐部分放電性が高められたことが確認された。
【0049】
ここで、無機絶縁微粒子の配合を10wt%(重量%)として5層の耐部分放電層を形成した場合と、本実施の形態に係る絶縁電線Wのように無機絶縁微粒子の配合を0、5、10、15、20wt%(重量%)と漸次増加させて5層の耐部分放電層300a〜300eを形成した場合とでは、無機絶縁微粒子の配合総量は同等となる。
【0050】
したがって、同量の無機絶縁微粒子を用いる場合において、本実施の形態に係る絶縁電線Wの方が、従来の絶縁電線500よりも価格性能比が向上しており、同等性能の絶縁電線を製造する場合のコストを低廉化することができる。
【0051】
また、耐部分放電層が可撓性を保持しているので、巻線時に伸長された際にも亀裂が入りにくくなる。これにより、絶縁電線Wの耐部分放電性を高めることができる。
【0052】
以上本発明者らによってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本明細書で開示された実施の形態はすべての点で例示であって開示された技術に限定されるものではないと考えるべきである。すなわち、本発明の技術的な範囲は、前記の実施の形態における説明に基づいて制限的に解釈されるものでなく、あくまでも特許請求の範囲の記載に従って解釈すべきであり、特許請求の範囲の記載技術と均等な技術および特許請求の範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0053】
例えば、各耐部分放電層における無機絶縁微粒子の濃度が連続的なグラデーション状態で変化するようにしてもよい。
【0054】
即ち、図7に示すように、各耐部分放電層における無機絶縁微粒子の濃度は、(イ)のように階段状に増加させる場合や、直線(ロ)のように線形で増加させる場合のほかに、曲線(ハ)、(ニ)のように非線形で増加させるようにしてもよい。
【0055】
このような濃度変化のさせ方は特には限定されないが、例えば遠心力を用いた方法や、電磁力、磁力等を用いた方法が考えられる。
【0056】
また、本発明に係る絶縁電線では、導体上に少なくとも2以上の耐部分放電層が形成された絶縁電線について、各耐部分放電層は、所定の樹脂と所定の無機絶縁微粒子との混合物で構成され、所定の無機絶縁微粒子は、表面に近い耐部分放電層ほど濃度が高まる濃度勾配をもって配合されているようにしたが、導体上に1つの耐部分放電層を形成する場合に適用してもよい。
【0057】
即ち、1つの耐部分放電層において、所定の無機絶縁微粒子が表面に近くなるほど濃度が高まる濃度勾配をもって配合されているようにすることも考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明による絶縁電線は、汎用モータ、電装用モータ、冷房用モータなどの各種モータのコイル等に適用することができる。
【符号の説明】
【0059】
W 絶縁電線
100 導体
200 被覆層
200a 下層
200b 中層
200c 上層
300(300a〜300e) 耐部分放電層
500 絶縁電線
501 下層
502 耐部分放電層
503 上層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体上に少なくとも2以上の耐部分放電層が形成された絶縁電線であって、
前記各耐部分放電層は、所定の樹脂と所定の無機絶縁微粒子との混合物で構成され、前記所定の無機絶縁微粒子は、表面に近い前記耐部分放電層ほど濃度が高まる濃度勾配をもって配合されていることを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
前記耐部分放電層のうち前記導体側の第1層は、前記導体上に形成される可撓性を備える可撓性層の上に形成されることを特徴とする請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記耐部分放電層のうち表面側の最外層の上には、保護層が形成されることを特徴とする請求項1または請求項2の何れかに記載の絶縁電線。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−9312(P2012−9312A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−144797(P2010−144797)
【出願日】平成22年6月25日(2010.6.25)
【出願人】(000196565)西日本電線株式会社 (57)
【出願人】(508324433)財団法人大分県産業創造機構 (17)
【出願人】(591224788)大分県 (31)
【Fターム(参考)】